……変わってしまう、ものがある。
なくしてしまう、事がある。
どんなにそれを望んでも、
とどめることなど、できはしない。
……変わることなき、ものがある。
形を変えない、事がある。
どんなにそれを望んでも、
逃れることは、できはしない。
……変えねばならない、ものがある。
やらねばならない、事がある。
どんなにそれを拒んでも、
やらねば前には進めない。
……変えてはならない、ものがある。
触れてはならない、事がある。
どんなにそれを拒んでも、
失う事は、あまりに哀しい……
「零夜?
答えは、出たかしら?」
「……枝織ちゃんは、
北ちゃんから生まれた女の子の部分で、
北ちゃんは、男の子として育ってきて、
……でも、今はお互いを認めてて……?」
「…………」
「……ええっと、舞歌様。」
「なにかしら?」
「…北ちゃんは、北ちゃんだと思います!」
「…クスッ…ウフフッ…
…あなたらしい答えね。
そう言うと思ったわ。」
「そうですかぁ?」
「でもね、零夜」
「?」
「それだけじゃ、
いけないこともあるのよ……」
ヴァーチャル・ゲーム
〜放課後の廊下編……麗しき問題児〜
後編
学園に、羅刹と呼ばれる者がいた。
ただただ自分に正直で、それが故に善悪がなく、
ただひたすらに強くあり、故に人を遠ざける。
悪い人間ではない。
良い人間でもない。
真紅をまとう、麗しき問題児……
学園が下した決定は、監視者をつけること。
指導員の名を冠したその人間は、
羅刹が認める人間から選ばれた。
かくしてアカツキ学園における、
非常勤講師兼用務員兼生徒会ご意見番のテンカワアキトは、
くわえて北斗専属指導員の役目をも、背負う事になったのである……
さて、指導員とは名ばかりの、
北斗の抑え役を拝命して後、一週間が経っていた。
当初はどうなる事かと心配していたシナリオではあったが、
何とか無事に、この物語も大詰めを迎えつつある。
……ここにくるまで、実にいろいろな出来事があった……
どこにいてもトラブルが起こるのだ。
町に出れば例外なくケンカに巻き込まれ、
校内にいればリョーコが絡んでくる。
部活中にはケンカの理由を問い詰めに、
生徒会から会長自ら乗り込んでくる。
そのときちょうど水鳥がいて、何故かその事をとがめられる……
戦闘以外のパートで不機嫌になりつつある北斗をなだめたりしながら、
いっそのこと大会を棄権させてゲームオーバーにしようかと考えた事も一度や二度じゃなかった。
……そんな事をした場合、
どんな罰ゲームが用意されているかがわからなかったので、
結局断念したのだが…
まぁ、心労ばかりがたまっていたか、というとそうでもない。
いつもなら“枝織”が出てくるはずの場面で、
“北斗”のままの反応が見れる。
これはアキトにとっても新鮮で、興味深かった。
何しろ、北斗とこれほど長い間顔をつき合わせていることは、
これまでもあまりなかった事であったからだ。
ある意味、誰よりも理解しあえる間柄にある相手の、自分の知らなかった部分。
それが見れただけでも、耐えた価値があったのではないかと思えてくる。
ともかく、これが最終日。
本日は武術大会当日である……
アキトは後に語る。
『よもや、この日に、
北斗の最も意外な一面を見るとは思わなかった』と。
『勝負ありっっ!!
勝者、影護 北斗っ!!』
審判員が宣言する。
試合場には、仰向けに倒れて気絶している人物と、
それを不敵な笑みで見下ろす北斗の姿があった。
……状況を説明しよう。
いまいるこの場所は武道館。
かなり大きな建物で、客席も多く設けられている。
一般参加可能な大会のせいか、出場者・ギャラリーともに多く、
館内はかなりの賑わいを見せていた。
そんな中、個人戦にてエントリーされた北斗は、決勝に進出。
結果については予想通り、
先ほどの宣言において北斗の優勝が決まっていた。
…これだけ見ればなんてことはない。
北斗の強さは既知のものであったし、
驚くようなことではない。
…予想外だったのは、相手の強さだった。
はたから見ていたアキトの眼にも、
北斗がほぼ手加減ぬきで戦っているのがわかったほどだ。
北斗にこの仮想世界で初めて会ったときに、
相手の登場人物の強さを“アキト・北斗”レベルで
設定してあるという話は聞いていた。
この大会に出るまでにあったイベントで戦った相手……
北斗に殴られた相手が連れてきたチンピラの団体や、
練習試合の相手の強さもそれなりではあったが…
正直、ここまでの相手が出てくるとは思っていなかった。
「……フン、
やはりつくりものだな。反応が鈍い。」
壇上を降りてきた北斗がそう言う。
「こちらの攻撃を見てから動いているようじゃ
まだまだ俺たちには及ばないな。」
口ではそんなことを言いながらも、
それなりに楽しかったのだろう。
その顔に浮かぶ笑みを見ればわかる。
それを見てアキトは嘆息した。
「……納得したよ」
「…何がだ?」
「お前がこのゲームに参加した理由だ」
そう、これが北斗がVG内にいる理由だった。
初めはどうしても納得がいかなかったのだが、
先ほどの試合を見ていればわからないはずもない。
……ようするに、トレーニングの一環だというわけだ。
「……最初に言わなかったか?
舞歌に『イメージトレーニングがわりにはなる』
と誘われたと。」
「聞いたけどな、実感できたのは今だ」
苦笑しながらアキトが返す。
「まぁ、トレーニングとしては不十分だろうがな。
暇つぶしにはなった。
……お前が出ていれば、もっと楽しめたと思うがな?」
「そうだな。
だが、まぁここではコーチ役らしくてな。
大会参加は不可だったしな。」
“例の”選択肢にはそれはなかった。
面白そうだったので、やってみようとは思ったのだが、
“大会参加はできません”の一点張り。
もう少し、融通がきいてもいいのに、とアキトは笑う。
もどったら、手合わせでもするか、と言いながら。
そんな、会話の途中だった。
二人が“その存在”に気付いたのは。
「……何なら今から始めても俺はいっこうに…………?」
と、北斗が言葉を途中で切る。
そして、後ろを振り返ると……
「……?子供?」
「……だな。」
北斗のすぐ後ろに、試合場には不釣合いな、
3,4歳ぐらいの女の子の姿があった。
親とはぐれたのだろうか、その目に涙をため、
不安そうにこちらを見上げている…
……普段なら、北斗がこんなにも他人の接近を許す事はない。
たとえ態度に表さなかったとしても、知覚はしている。
だが、VG内では多少感覚が鈍っている上に、今は周囲に人が居すぎた。
大会終了後の表彰式でもあるのだろう。
バタバタと周りを駆け回る人間が多かった。
加えて、もともと気配の薄いVGの人物である。
殺気でもない限り気付け、という方が無理だろう。
……だから、その時の北斗は完全に不意をつかれた形であり、
その子に服を掴まれるのを、避けられなかったのである。
「……チッ」
軽く舌打ちする。
いかにも迷惑そうな表情を浮かべ、その子を睨んだ。
「おい、はなせ。」
「…………ま…」
そんな北斗の言葉も聞いていないのか、
女の子は小さくつぶやくばかりだ。
「……おねぇちゃん……まま…どこ…」
「知らん!!
いいから離せっ!!」
「まぁ、まてよ北斗。」
声を荒げる北斗を見かねて、アキトが制止した。
女の子の目線にあわせてしゃがみ込む。
落ちつかせるように微笑むと、
すっと軽く涙をぬぐってあげた。
「…ね、きみの、お名まえは?」
できるだけゆっくりと聞く。
やさしく、はっきりと聞き取れるように。
「………………」
「ええと、お兄ちゃんは、アキト」
「………………あ…きと?」
「そう、テンカワ、アキト」
「……て…んかわ…あき…と…?」
「そう、きみの、お名まえは?」
「…………」
女の子は、しばらく答えられないでいたが、
やがて、
「…………き」
「?」
「さ…き。くろ…い、さき」
「くろい、さきちゃん?」
その子がコクリ、と頷くのを見て、
もう一度にっこりと笑うと、
「ありがとう」
といって、アキトは立ち上がった。
……ふと、じっとこちらを見ていた北斗と目が合う。
………………
「…………おとすのか?」
「おとすかっ!!」
思わず声が大きくなった。
ビクッとさきが身を震わせる。
「あ……ごめん、さきちゃん」
「…………」
あやまるものの、さきは北斗の後ろに身を隠してしまった。
アキトはそれを見て苦笑する。
「北斗」
「なんだ」
「係りの人を呼んでくるから、さきちゃんを頼む。」
「な!?
おい、まて、アキト!!」
北斗が呼び止めようとしたときにはもう、
アキトは走っていってしまっていた……
「…………」
ちらり、と自分の服を掴んだままのさきを見て、嘆息する。
「連れて行けばいいだろうに……馬鹿が」
といいつつ、壁際に移動して、腰を下ろした。
ついてきたさきはちょこん、とそのとなりにすわる。
あいかわらず、北斗の服はつかんだままだ。
「………………」
「………………」
迷惑な。
心の中で北斗は毒づく。
すがる相手を選べ、とも。
……それでも、むりに引き剥がさないあたり、
今の北斗は機嫌がよかったのかもしれない。
いまもこうして、アキトを待っているのだから。
「……大体、ほおっておけばいい。
どうせ擬似人格だ。
本当の子供というわけでもあるまい。」
(ここが仮想空間だ、
ということを忘れているんじゃないかあいつは。)
と、さきをみる。
彼女はただ、きょとんとしていた。
(何も知らない……という顔だな。
あるいは、考える事さえ、許されていないのか…)
……頭に浮かんでくることがあった。
閉じられた世界。
決められた道。
逆らえぬ命令。
心の中で、言葉と記憶が一致する。
……知らず、北斗の手は、
さきの頭を、なでていた。
「つくられた存在……か。」
そういって、目を細めた。
どこか遠くを見るように……
しばらくそうしていたら、
さきが、身を寄せてきた。
その感触に、ふと我にかえる。
(我ながら、
らしくないことを…)
と、手をどけようとしたとき。
すっ、と言葉が耳に届く。
……そのつぶやきは、
彼女のどこか、深い部分を
……刺激した。
「……おねぇちゃん……
…おかぁさんみたい……」
「!!…………」
衝撃だった…その言葉は。
自分が暖かさを求めた時代の……
かすかな記憶が、脳裏をよぎる。
わがままを、聞いてくれた“あの人”…
あいつには内緒で、なでてくれた“彼女”…
……
ははの、ぬくもり……
あの人も…こうして、自分を見ていたのだろうか……
「おかぁさん……」
子が、つぶやく。
彼女の目は先ほどとは違う光を、宿していた……
「母さん……か……」
そして、それからしばらく後…
アキトがその場に戻ったとき、
彼はしばし立ち尽くし、
その光景にみとれた。
そこには猛々しき羅刹はおらず、
ただ、子を慈しむ、母の姿があったという……
「……北ちゃん……きれい……」
「……そうね、きれいね……」
「…………」
「…………」
「……舞歌様」
「なにかしら?」
「……いえ、
なんでも…ないです」
「そう?」
「…………」
「……これで……」
「……?」
「これで少しは、
変わってくれると、いいのだけれど……」
誰かが、誰かに聞いてみた。
『二人の関係は?』と。
『ライバル』
誰かは、そう答えた。
最もよく聞く答えであり、
最も確実に彼らを表す言葉だ。
互いの存在ある限り、競い合う……
あるいは、その存在が失われても、そうなのだろうか。
『親友』
誰かは、そう答えた。
昔の彼らしか知らぬ人から見れば…
また、彼らを紙面でしか知らぬ人が聞けば、
首をかしげる事だろう。
……そうこたえるのは、彼らを深く知る者であり、
また、あるいは彼らを深く知らない者であるのだろう。
『敵同士』
誰かは、そう答えた。
…ある面では、そうかもしれない。
だが、それは彼らにふれたことのない、
遠巻きの人間の弁。
かつての報道を考えるなら、
それも仕方のないことか。
『戦友』
誰かは、そう答えた。
彼らとともにいた事のある人間なら、
そう考える者も多いことだろう。
もしかすると、最も理解しやすい表現かもしれない。
『恋人』
誰かは、そう答えた。
賛同者の少ないであろうその答えは、
ある意味では最も深く内面を捉えている。
……甘い関係では、ありえないのだろうが。
結局は……
結局のところ二人の関係は、
第三者にははかりかねるものなのだろう。
それは、本人達がきめること……
だとすれば、いま草原を並んで眺める彼らの心は、
一体どのような関係を望んでいたのだろうか……
「…………」
「…………」
草原に風が吹く。
一面の緑色の海が、波をうった。
風の色はどこまでも透明で…
草の色はどこまでも緑で…
朱に染まりつつある日差しが、あたりを包んでいく…
彼の隣には風に流れる赤色の髪…
いつもは鋭く刺すような瞳も、
心なしか穏やかな光をたたえてみえる。
「……そうか」
北斗は、それだけを言った。
長い長い、彼の物語を、
聞いた後でのことである。
…二人が、この場所に来てから
随分と時間が経っていた。
武道館での出来事の後、
草原に行かないか、と彼が言い出して。
あの時はまだ、日が真上にあったはずだから、
午後はずっと、ここで話を聞いていた事になる……
……あの後、
あの子供は無事に母親と再会した。
二人でその場に残り、見届けたから間違いない。
……ただ係りの者に預けて、
それで終わりでも良かったのだが、
なんとなく、それはためらわれた。
理由は、といえば……
……母親の姿を、見たいと思ったからだ。
幸せな親子の姿を、見たいと思ったからだ。
そう、例えそれが、
作られた物語の中だったとしても。
結局は…自己満足。
それも、わかっている事。
何がどうなるわけでもなく、
なにが、変わるわけでもない。
再び時間を巻き戻せば、
やはりあの子は迷子になり、
やはり誰かにすがるのだろう。
そして何度でも、繰り返す。
……それでも、自分は、
再会の場面を、見ずにはいられなかった。
親子の姿を…
覚えて置きたいと、思ったから……
「しかし……意外だな」
「……なにがだ?」
「お前が、
『昔の話を聞きたい』
なんて言うとはな」
軽く笑いながら彼が言う。
「……どういう風の吹き回しだ?」
「……たいしたことじゃない。
俺は約束を、思い出しただけだ。」
「約束?」
「……前に火星で、
『いつか語って聞かせる』
と言ったのはお前だ」
「……そうだったな。」
それに、過去を振り返ったついでだ、と、
これは聞こえないように、北斗がつぶやく。
彼の昔話を聞こうと思ったのは、
本当に、気まぐれだった。
大体のところは、すでに伝え聞いていたし、
あらためて聞くほど、興味があったわけでもない。
そんな気分だったんだ、と北斗は結論づける。
「しかし……奇妙なものだな」
「……なにがだ?」
「俺達の事だ。」
苦笑しながら、北斗は言う。
「はじめに顔を…いや、
拳をあわせたときには
こうして互いの過去など、
語り合うなどとは思わなかった」
「……そうだな」
命のやり取りから始まった関係…
それがいまでは……
「……それがいまでは、
お前の影に、俺がいる。
……世界で唯一、
対等に戦える間柄だというのにな。」
「なんだ。後悔か?」
「まさか!
……だが、あるいは敵同士のほうが
都合が良かったかも知れんな?」
にやり、と意味ありげな笑み。
その意味を、彼は違えない。
「……遠慮なく戦える、か。
遠慮なんかした事あったのか?」
「馬鹿を言え、我慢しっぱなしだ。
……下手に手をだそうとすると、
舞歌や零夜がうるさい。
だから欲求不満がたまってるんだ。」
「で、解消の相手を求めてここに、か」
「……そんなとこだ。」
そういって、息をつく。
ふと気付くと、日はすでに半ばまで消えていた。
紅の時間も、もう終わりが、近いらしい。
「…………」
「…………」
と、会話が途切れてふと思う。
そういえば……と。
「……なぜなんだ?」
「……なにがだ」
「なぜ草原にきたんだ?」
北斗が聞く。
彼の提案に頷きはしたものの、
理由は聞かされていない。
「…………」
「どうした?」
「……本来、ならな。」
と、いいにくそうに北斗を見る。
「ここで告白の類をするらしい」
「告白?なんのだ?」
「ああいや、
要するにだ、惚れたはれたの問答だ。」
「…………」
「さっきから頭の中でどうするか、と別の声が響いててな。
悩んでるところだ。」
「…………ほう、
恋人同士の睦み合いの場だったのか…」
と、北斗が返す。
その目は何故か、楽しそうに笑っていた。
「では、してみるか?」
「……は?」
「その睦み合いとやらを」
突然、そんな事を言い出す。
「本気か?」
「他人が言うには、
俺はお前に惚れている、そうだぞ。」
一週間前の呼び出しでのことだろう。
あの時、確かにそんなことをいっていたような気がする……。
だが、それを肯定していたような記憶はなかったが……
彼は真意がつかめず、北斗の目をみる。
そこにあった光を見て、ようやく悟った。
「……なるほど、な。」
「それとも、俺には魅力はないか?」
お互い、不敵に笑う。
「そんな事はないさ。
これ以上ないくらい魅力的だ。」
「では、さっさと手をだしたらどうだ?
俺はそれをまっているんだぞ?」
「いいとも。じゃあ、想いを確かめるとするか。」
といって、草原のほうに歩いていく。
「ああ、俺はもう焦がれて焦がれて、
我慢ができそうにない。」
北斗は彼と少しはなれた位置へ。
「いいのか?昂氣はないんだぞ」
「ふん、そればかりが戦いではない」
その言葉を皮切りに。
草原に、赤と黒の嵐が起こる……
すべてはそう、いつものように、
二人は拳を、交えていた……
暗闇の中に画面が光る。
照らし出されているのは二人の女性の姿。
東 舞歌と紫苑 零夜がそこにいる。
二人が見つめる先……VGのモニターの中では、
楽しそうに闘う、アキトと北斗の姿があった。
「……結局、こうなるのねあの二人は。」
と、苦笑しながらため息混じりに舞歌がもらした。
少し期待したのに、とつぶやく。
「……でも、北斗にも女性的な一面が見れた、
ということで、良しとしましょうか。」
「あの、……舞歌様?」
何か一人で納得している彼女の後ろから、
何かを考えていた零夜が声をかけた。
「やっぱり、聞いてもいいでしょうか」
「なにかしら?零夜。」
舞歌は可愛い妹分の顔を振り返る。
微笑とともに。
「……舞歌様の目的って、結局、なんだったんですか?」
「……一言でいうなら…
“北斗”を女性にする事……かしらね?」
「?」
わからない、といった表情をする零夜。
「……そうね、
……例えばあなたは、自分の体が男の子だったら、どう思う?」
「………あまり、わかりません。
北ちゃんを見てたら、嫌なことなんじゃないかって思いますけど…」
「そうね。
性別の不一致というのは想像以上に深刻よ。
かつて……北斗はそれで、壊れかけてしまったわ。」
少し、昔を振り返り、舞歌は語る。
「……その時は、枝織ちゃんの存在によって、
何とかなったけれど、ね。
今のままでは、いけないのよ。
北斗が男のままでは、ね。」
「……でも、北ちゃんはもう枝織ちゃんと
正面から向き合ってますよ?」
そう、今の北斗は枝織の存在を認めている。
それで、安定しているはずなのだ。
「そうね、枝織ちゃんのことを見るようになったわ。
でも……それだけじゃ、不十分なの。
“北斗”が男のままでは……
北斗自身が女性だ、と認識していないとダメなのよ。」
「え…………?」
「北斗がいる身体は、結局女性のものだから。
その相違は本人でも気付かないうちに、
北斗の存在を危うくしていくわ。
……一気に、ということははないでしょうけれど……
少しづつ、少しづつ、緩やかに、ね。
そして、後には、枝織ちゃんだけがあの体に残ることになる……
いえ、それは正しくないわね。
北斗が、表に出てくる事がなくなる、ということかしら。」
「そんな……!!」
「……私の目的はね。零夜。
北斗の中に、女性の部分があることを確認する事。
そしてそれを、北斗自身に認めさせる事。」
といって、画面に向きなおる。
「だから、
このゲームに北斗を連れ出したのだけれど……」
「…………」
「いきなり上手くいくとは考えてなかったけれど……
……相変わらずの二人ね。」
と言って、笑った。
零夜は黙って、モニターを見ている。
「まあいいわ。
一つ目の目的は果たしたし。
二つ目のほうは……時間をかけてやっていきましょう。
……残念だけれど、ね」
「………………」
「………………」
「そう……ですか?
……そう、なんでしょうか?」
「零夜?」
舞歌は今一度、零夜を振り返った。
彼女は、じっとモニターを見ている。
モニターの中の、北斗を。
「私、ドキドキしてました……
すごく、ドキドキしてました。
…………そして、ホッとしたんです。
……いつもどおりに、あの人と接する北ちゃんを見て…
……ホッと、したんです。」
零夜は語る。
呟くように。
「……北ちゃんが、いなくなるのは嫌です!
とても……とっても、嫌です!!
……でも、そうはならないって、気がします。」
「…………どうして?」
「だって……」
零夜は笑みを浮かべていた。
その先にある答えを、
自分なりの答えを、
見つける事ができたから。
「だって、北ちゃんは、
北ちゃんだから、
北ちゃんなんだと思いますから!!」
彼女の視線の先には、闘い続ける北斗の姿……
紅の時間の終わりに、変わることなき、真紅の羅刹……
「……そう、
そうかも、知れないわね……」
舞歌は思う。
零夜の意味を持たない様な、
それでいて、何よりも真実のような言葉を聞いて。
ひょっとして。
もしかすると。
北斗の事を一番わかってないのは、
自分かもしれない、と……
〜放課後の廊下編…麗しき問題児〜
完
「……ところで、舞歌様」
「なにかしら?零夜」
モニタールームから出ていこうとして、
はた、と零夜が何かに気付いたように舞歌に問う。
「なんで私を、モニター室に呼んだんですか?」
「……あら、だって北斗の変化を見るのに、
幼馴染を呼ばない手はないでしょう?」
「あ、そうか!
そうですよね!」
と、零夜は納得してモニタールームを出て行った。
その後ろで。
(まさか、北斗とアキト君が一緒にいるのを
邪魔しそうだったから引き止めてた、
なんて言えないわよね。)
舞歌がそんな事を考えていたというのは、
彼女の預かり知らぬところである。
そして、一方。
二人が出て行ったあと、モニタールームの前の廊下では。
「……せめて縄を解いていってほしかったんだけどなー。」
縛られて転がされていた
本来のモニタールームの主
アカツキが泣いていた。
「舞歌さーん、零夜く―ん、カムバーック!!」
「……なにしてるんですか?会長」
そんなアカツキに話し掛ける影がある。
「……あれ?誰だい君。」
「……酷いですね。
縄、解いてあげませんよ。」
「ああ!!
まった、まった!!
思い出したよ、確かVG開発室の」
「ええ、総合プロデューサーです。
名前まで覚えていないでしょうけど。
その様子だと。」
言いながら、アカツキの戒めを解く。
「いや〜、喉の奥まででかかってるんだけどね。」
「いいですよ、別に。
わたし、しがない平社員ですから。」
「……とげがあるね〜。
会長に対する社員の態度としては問題あると思わないかい?」
「会長は、
実力さえあれば多少の事には目を瞑る、と聞いてます。」
「自信家なんだね。」
「そうでなければネルガル本社ではやっていけませんから……
……っと、解けましたよ。」
縄が解けたようだ。
アカツキは立ち上がると、あらためて礼を言う。
「助かったよ、感謝する。」
「いいえ、それじゃ、わたし、少し急いでますから。」
「?そんなに慌ててどうしたの?」
「いえ、私的な用事なんですけど…
個人用VG端末ルームに……」
「?テンカワ君に、なにかあったのかい?」
「そういう訳でも……
アキトせ……アキトさんに会うのはそうですけれど。」
ではこれで、と言った感じで彼女は去っていった。
アカツキはポツン、と一人その場に残される。
「……何があったのかな?
…………もしかするとテンカワ君の事だからまた……」
その想像は、当たっているように思えた。
彼女の様子を思い出して、苦笑する。
「…それにしても、
彼女、高校生にしか見えなかったね……
……実際、年齢的にはそうだったのかな?よく覚えてないけど……
っと!そうそう、思い出した!!」
ポンッと手をうつ。
「彼女の名前!!
“松葉 水鳥”だ!」
……遠くで彼女の『アキト先生!』という声が聞こえる…
…………………
結論。
アカツキは、野暮だった。
…………おしまい。
あとがき
え〜と、こんにちは、
前回当分書かないとかいうことを言っておきながら、
舌の根も乾かないうちに投稿した荒田 影です。(笑)
さて、今回の話、主役は北斗。
“いろんな面の北斗”を書いてみたつもりでしたが、
いかがだったでしょうか?
……前編における冒頭部分。
彼と呼ぶのか彼女と呼ぶのか、というあたりですが、
あれ、私の本音だったりします。
……で、迷った挙句、北斗の事を彼、彼女と表記するのは
避けました。
今回の話の中では一箇所だけ“彼女”と書いてますが…わざとです。
あの時の北斗は紛れもなく女性である、と書きたくて…
どこ、とはいいませんけど。
まあ、多くを語るのはやめましょう。
この話をどう受け取るかは、読んでいただいた皆さん次第……
私としましては、
少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。
……で、次回の予定はやっぱり未定です。
また、ふと何かが浮かんだときは、
その時はよろしくお願いします……
――――荒田 影
代理人の感想
まぁ、一部私が何を言うか期待してらっしゃる方もいるんでしょうが・・・・・
ノーコメント(笑)。
野暮は嫌いですんで。
(そこの人、『その割には粋でもないだろうが』などと言わないように)
ああ、でも一言だけ・・・・
> どこ、とはいいませんけど。
バレバレですって(笑)。