涙を流す英雄
それは、歓喜ではなく
それは、悲哀ではなく
それは、激情でもなく
まして、感動でもない
失われた日々
時の流れさえ取り戻した彼にも
取り戻せないものがある
決して消えない想いだけが
彼の心で悲鳴をあげた
せめて想いが届くなら
彼の心をわかってほしい
そしてできることならば
彼の未来を許してほしい
あなたを置いてこの先に
誰かとともに進む未来を
「仮面は外れたよ、王子様。
さあ、お相手を決めておくれ。
君がともに進むのは……誰なんだい?」
ヴァーチャル・ゲーム
〜生徒会室編…双子の婚約者〜
後編
あれから……
テンカワアキトがVG内に入ってから、すでに数日が経っていた。
……とはいえ、VG内での数日である。
どんな方法を用いてか知らないが
外とは時間の流れを変えてあるらしいし、
現実にはあまり時は経っていないだろう。
それでも…やはりVG内にいる人間にとっては数日である。
特に、ゲームから抜け出る事を許されていない彼にとっては、
それは長い時間であったはずだ。
そして、長く時を過ごせば、変わっていく事もある。
例えばそれは、環境に慣れる、ということであり、
今現在の場合で言えばそれは、ゲームの雰囲気にのまれるという事。
つまりは、アキトは次第に、このゲームにのめりこんでいた。
……テンカワアキトという人間は、もともと感受性が強いほうである。
一昔前のことを持ち出すならば、
ゲキガンガーに真剣になっていた事が思い出されることだろう。
そしてそういった人間性というものはそうそう失われるものではなく、
彼のVGへの感情移入度は、かなり、深いものであった……
「……そろそろ、だとは思わないかね?アキト君。」
「……え?」
その話を持ち出されたのは、
アキトがミスマル邸……空想世界の、ミスマル邸に訪れていたときの事である。
部屋の中には、ユリやユリカの姿はなく、
アキトと現実世界でも見慣れたヘアースタイル…もとい、
ひげ……でもない、
見慣れた顔の人物の姿があった。
仕事はどうしたっっ!とか、
軍の上層部がおおっぴらに企業内をうろついてていいのかっっ!とか、
そんなつっこみは『ユリカの父だから』、の一言で済みそうではある。
……ともかく、空想世界でもその役割の変わらない、
ミスマルコウイチロウが、ここにいた。
「……もうすぐ、ユリカも…ユリも学校を卒業する。
だから、良い機会だとは思わないかね?」
「…………」
ふられた話の内容は、わかっている。
だから、アキトは黙り込んだ。
「…昨日、二人の気持ちは聞いたよ。
『アキトが選んでくれるなら、すぐにでも一緒になっていい』
だそうだ。
声をそろえて、そう言ったよ。
……幸せものだな、君も。」
「…………」
アキトは、応えない。
「……時間は……充分あったことと思う。
だから…今ここでとは言わないが、
明日、答えを聞かせてほしい。
……今日一日、考えて、きめてくれ。」
「…………
……………わかりました……」
答えたアキトの顔には、隠せない迷いが、浮かんでいた…。
タイムリミットは明日……
それで…………終わる。
暖かい日差しが、降り注いでいた。
わずかに冷たさを残す風が、通り過ぎていった。
春の訪れの近い公園で、彼は一人、思い悩む。
「……ついに、か。」
つぶやいた彼の顔は寂しげで、どこか、遠くを見ているようにも見える。
ユリとユリカと過ごす日々は騒がしくもあったが、
同時にそれが楽しくもあり、
それが終わる事への寂しさを感じずにはいられない。
「…………ユリカ……」
名を、つぶやく。
……彼女の明るさは、変わる事のないもののように思う。
辛い事があったとしても、悲しい事があったとしても。
例えるならば太陽のように。
雲に覆われ、雨が降り、一度心が沈んだとしても、
雲が晴れればまたもとの、いつもの彼女でいるだろう。
……そんな、気がする。
一時期は、自分には眩しすぎると、眼をつぶっていたものだが……
少しは、見れるようになっただろうか?
太陽に闇は似合わない。
自分の闇は、薄れただろうか?
「…………ユリ……」
彼女は、不完全だった。
ユリカと同じ基礎を持ち。
ユリカと同じ姿でいるが、
やはり、ユリカではありえない。
だからこそ……
だからこそ、手を伸ばしたくなる。
自分の手で、繋ぎとめたくなる。
腕の中で抱きとめて、
全てをかけて、護りたくなる。
……そばに、いたくなる。
「…………優柔不断、か……。」
言葉が身にしみた。
よく言われた言葉ではあるが、
決断を迫られたとき、唐突に実感する。
それは昔から、変わらない。
何も、変わってはいない。
……結局、自分は成長してないのだろうか……
「おや?テンカワさん……
いえ、テンカワ先生……ですな。」
唐突に、
本当にいつのまにそこにいたのかわからないほど唐突に、
アキトの目の前に現れたのは、プロスペクターであった。
偶然会った…というスタイルでいるものの、
それはゲーム内の事。
偶然は、ありえない。
「……プロスさん……
…先生なんて呼ばないで下さいよ。
呼ぶ必要、ないんでしょう?」
「いや、はは…
となり、よろしいですかな?」
と、アキトの座るベンチに腰掛ける。
「……ずいぶん、お悩みのようですが……
私でよろしければ、聞きましょうか?」
「……やめてくださいよ……
知っているんでしょう?」
「いえいえ、
もちろん、表面上のことは知っておりますが……
いつになっても、心の中身は、わからないものです。」
「…………」
しばし、無言の時間が過ぎる。
静けさの中、プロスはただ待ち……アキトは視線をさまよわせる。
結局、再び口を開いたのは、かなり時間が経ってからだった。
「選べ……ないんです。どちらか、なんて。」
ぽつり、ともらす。
「選べないんです……誰か一人を……
相手が傷つくからとか…そんな立派なもんじゃなくて…
もっと、自分勝手で、
きっと、傲慢で。
二人共に、魅力を感じている自分がいるんです……」
「…………」
「だから……選べないんです。
俺は、」
「テンカワさん」
不意に、プロスが口をはさんだ。
諭すような、呼びかけるような、穏やかな調子で。
「あなたは何を、選ぼうとしているのですかな?」
「……え?……」
「人と人を比べていては、答えは決して得られないでしょう……
テンカワさん、テンカワさんは……
お二人を、大切に思われているのでしょう?」
「……はい」
プロスの言葉の意味は掴みかけたが、それだけは答えた。
……紛れもない、真実であるのだから。
「何かを大切に思う気持ちに、
差などありはしないと、私は思います。
心の形は様々ですが、
大きさは皆同じなのだと、私は思います。
それを比べたところで、答えは出ないものです」
「…………」
「テンカワさん、
人を選ぶのではなく、
道を選んでみてはいかがですかな?」
「……道……?」
「はい。道です。
ご自分の進むべき道。
歩んでいく道。
……決して譲れない、生き方です。」
言って、プロスは笑う。
人を安心させる笑みをうかべる。
「ご自分の生き方に、ついてこれる方を選んでは?
相手の幸せを考える意味でも、
ご自分の幸せを考える意味でも、
それがよろしいかと思いますが…」
「……生き方……」
「…人に合わせる生き方には、
必ず無理が出てきます。
ですから、無理なく共にいることのできる方を選んでは?」
「……進むべき、道……」
「もしかすると、誰もついてはこれないかもしれません。
その時は、一人でいることが、一番良い事なのでしょう。
もしかすると、皆、ついてくるかもしれません。
その時は、皆と共にいることが、一番良い事なのでしょう。
テンカワさんは……どんな道を歩むつもりなのですかな…?」
「…俺の…道…」
プロスはアキトの眼を見ていた。
そこには先ほどのような、どこか虚ろな迷いを含んだ色はなく、
はっきりとした、意志の光が見てとれた。
(何かを……掴んだようですな。)
それを見て満足すると、プロスはベンチから立ち上がる。
「……らしくない話などしてしまいましたが…
そうだ、テンカワさん」
「…はい」
「もう一度お二人に会われてはいかがです?
…残念ながらユリさんのお姿は見ておりませんが…
ユリカさんは先ほど病院に向かう道でお会いしましたよ。」
「…病院、ですか?」
「はい、何でも足の調子が悪いとかで……
この時間ならまだ病院内におられると思いますが?」
言い終わったときには、もうアキトも立ち上がっていた。
「プロスさん、俺……行ってみます!」
「それがよろしいでしょう」
プロスの言葉を最後まで聞くこともなく、
アキトは公園の出口に走っていった。
……出口から出ようとして、一度プロスを振り返る。
「プロスさん!!」
「……はい?」
「ありがとうございましたっっ」
礼を言って公園をでていく。
そんなアキトを、プロスはほほえましく見ていた。
……やがて。
公園の形が崩れていく。
主人公のいないゲーム画面は、存在しない。
「……私の出番はこれで終わり、ですな。
…いやはや、なれない役でしたが……
これで良かったのでしょうか?会長……?」
アキトは、考えていた。
病院で、患者達の中にユリカの姿を探しながら。
自分の進む道。
ユリカ達と、共に行く道を。
…プロスは、道についてこれる方を選べと、そう言っていたのだが、
自分にそれはできそうになかった。
だから、甘い考えとは知りつつも、その道を選ぼうと思う。
……実際に、不可能な選択だとはわかっていても。
結局……結局のところは、自分はユリを選ぶ事はできない。
何故か、など考えるまでもないだろう。
自分は…この世界の人間ではないのだから。
だがそれでも、その答えは…その答えの出し方は、
彼にとって、とても卑怯な事のように思えた。
だから……考える。
二人と共に歩む未来を。
道がなければ探せばいい。
時間をかければ、きっとある。
二人でならば、多くの道が。
三人でなら、もっと多くの。
だから今はそれを信じて……ユリカを探そう。
ユリも見つけて……話をしよう。
明日になるまで、時間はあるから…
「!ユリカ!!」
と、アキトはようやく彼女を見つけた。
向こうはまだ、こちらに気付いてはいなかったようだ。
声をかけられて、驚いたような表情を見せている。
「アキト!?
アキト!!」
そして声をかけた相手を見つけて、
それがアキトとわかるがいなや、
足の怪我の事も忘れて駆け出し……
べしッッッ「わぶっっ!?」
…損ねて床に衝突した。
「……あ…え、と
……ユリカ?」
アキトが近づき、声をかけるとむっくりと起き上がり、
涙目でアキトにすがる。
「ふ・・・
ふぇぇ〜〜〜〜ん!!
あきとぉ〜〜〜〜〜」
「…………」
幼児化するユリカに
いまいちどう反応していいか迷いつつ苦笑する。
……そんな事をやってると、背後から声をかけられた。
「……何をやっているんだ、何を…」
と、その言葉に振り返れば、
呆れたような……いや、はっきりと呆れた顔をした
アオイジュンが立っていた。
「……ジュン……なぜここに?」
「話の都合上だ。」
……みもふたもない。
「……とにかく、場所を変えるぞ。」
「?」
突然のジュンの提案に戸惑う。
「…………」
問い掛けるような表情をしていたのだろう。
ジュンは無言で指をさす。
「……ユリカ?」
まずは、自分に抱きついているユリカ。
そして、今度は自分の背後を指差す。
「…………」
ジュンが移動させた指の先には、
半眼になっているギャラリーの目……
「……?……!…っ!!」
所詮サブキャラクターですらないと思っていたのだが……
……いる。
姿かたちは全く違うが……
この視線。
ギャラリーの目を通して……
確実にみている!!
「さ…さぁいこう!!
ジュン!ユリカ!
びょ、病院で騒ぐのは、いけないことだな!!」
二人の手を引き、病院を去る。
身の危険を感じたアキトは、
予想以上に、素早かった。
……場所を変えてもあまり意味がないことには、
気付いていなかったが。
……場所を変えて、中庭。
木のそばで、三人は向かいあっていた。
「アキト?
ジュン君?
どうしたの?突然……」
ユリカの疑問は病院内から移動したことをさしている。
「…いや、ちょっと、ね。」
「…………」
言いよどむアキトに無言のジュン。
ユリカはますます疑問顔だ。
「……まぁ、それはともかくとして、だ。
用件はなんだ?ジュン」
「……何のことだ…?」
ジュンが眉をひそめる。
「何って、用があったから話し掛けたんじゃないのか?」
「…話の都合上だ。」
「…………」
「…………」
「…もうすこし、積極的に参加しようとは思わないのか?」
「……やってられるかこんなラブコメ。」
「…………」
「…………」
「……まぁ、お前はそれどころじゃないしな……」
「……?……」
「やるんだろう?
この後。
お前主人公で、ヒロインユキナちゃん。」
「…………」(泣)
図星だったらしい。
木に向かって反省ポーズをとるジュン。
……彼の場合頭痛の原因はユキナ自身よりもその兄にあるのだが……
今回の話には関係ないので説明は省く。
「アキト、じゃ、アキトの方の用事は……?」
「ん、ああ……」
ジュンを慰めようとしてかける言葉を考える途中で、
ようやく本来の目的を思い出す。
「実は……明日の事なんだけど……」
「明日?」
「…聞いてないか?
明日…結論を出す。」
「……!!……そっか、そうなんだ……」
アキトの話を悟るユリカ。
…彼女も、終わらせる事に抵抗を感じているのだろう。
頷くその姿にも、ためらいが混じっている。
「それで…アキト?
答え…出た?」
ゆっくりと、ユリカが聞く。
「……そのことなんだが…ユ」
「そうか、ついにけっこんか」
「…復活早いなジュン…」
話をさえぎってジュンが口をはさんだ。
台詞は悲しいくらい棒読みである。
…どうやら、やる事だけとっととやって早く逃げたいらしい。
「それでゆりかをえらぶのか」
「あ〜〜いや、そのな」
「まあとうぜんだな。
せきにんもあるしな。」
「?」
棒読み台詞の中の身に覚えのない言葉に疑問がわく
「……責任?」
思わず問い返していた。
「わからないのか」
聞き返そうが、相も変わらずの棒読み演技……
……だから、油断していた。
「……その足は、一生不自由なままだ。
……あんなくだらない、悪がきの逆恨みのせいでな。
生徒会長なんてやるもんじゃない…」
と、ユリカの足を指す。
「…おまえが、ユリカを守れなかった証だろう」
「…っっ!!」
ずきんっ
痛みが、走った。
身に覚えのないこと。
実際にはなかったこと。
だが、それに変わる記憶が……アキトにはある。
「?……!」
ジュンも…おそらくは喋っているときには気付かなかったのだろう。
アキトの反応をみて……そして悟る。
自分が何に、触れたのかを。
「アキト……」
ユリカが声をかける……いたわるように、寄り添う。
わかっている……わかっている。
今がもうあの歴史でない事は、わかっている。
あの事は、もう起こらないのだと、わかっている。
「ユリカ…」
どうにか笑ってみせる。
……それで、アキトが大丈夫だ、といって、話は終わる…
…はずだった。
だが、事はそれだけでは終わらなかった……
がさっ
「「「…!!」」」
物音のしたほうを見ると……
「…………」
「……ユリ……」
彼女がいた。
「……アキト……ユリカを…選ぶの?」
普段は見せない鋭い表情で…泣きそうな表情で、立っている。
「……ユリカを…選ぶんだ…」
「…いや、そうじゃな」
「嘘っっ!!嘘言わないでっっ!!
だってユリカの怪我が……アキトのせいでっっ!!
ユリカはずっとアキトの事想ってて!
アキトは責任を感じててっっ!!」
叫ぶユリ……
その姿が、アキトの中で誰かとかぶる…
「!!………ユリ」
「……もう婚約でも何でもユリカとすればいいじゃないっっ!!」
呼ぼうとした名は誰の名だったか……
それはユリの声にかき消された…
「アキトの……アキトのバカーーーっっっ!!」
そして、走り去る彼女の姿が……
完全に……
“あの時のユリカ”に重なった…
――――――イネスさんに責任感じてるんでしょう!?
――――――キスなんて、イネスさんとすればいいじゃない!!
「………っ!!」
とっさに、アキトは追おうとする…が。
がしっっ
腕を、つかまれた。
「……どこにいくつもりだ?」
「っはなせっジュン!!」
「追うなッッッ!!」
「っ!?」
あまりの気迫に、動きが止まる…
「あれは…プログラムだ。」
「!!」
「お前は今、誰を追おうとした……
一体、誰を!」
「…………」
感情をこらえきれずにアキトを責める。
……彼は、気付いていた。
アキトがいま、何を見たのかを……
「いつまで…過去を追うつもりだっっ!!
いつまで…もういない彼女を追うつもりなんだっっ!!
こたえろっテンカワアキトっっ!!」
「…………」
あるいは……それは、ジュン自身に向けられた言葉……
守れなかった彼女を…いまだ振り切れない自分への……
と、アキトの腕を掴むジュンをとめる手があった。
その手は優しく…しかし力強く、ジュンの戒めを解こうとする。
「…ジュン君。やめて。」
止めたのは……ミスマルユリカ。
今の…ユリカだった。
「……ユリカ……」
「…アキト…
追っかけて。」
静かに言う。
「…追いかけてあげて…
私からの、お願い」
決意を込めた瞳で、彼を見る。
アキトも、彼女を、見つめ返した。
……それを見ていたジュンは…力を、緩める…
「…ユリカ…っ……すまないっっ」
そして、テンカワアキトは去っていった…
「……よかったのか」
「…うん。
……ホントはね、ちょっと、嫌だったんだけど…
これで、いいと思う」
その場に残った二人。
風景は、徐々に形を崩してきていた。
「……なぜだ?」
「きっと…
それがアキトだと、思うから」
言って笑顔を見せる。
しばしジュンは無言だったが、
しばらくして口を開いた。
「…戻って、こないかもしれないぞ?」
「…だ〜いじょうぶ!!
だって…
だってアキトは…私の王子様だからっっ!!」
ジュンが心から笑ったのは、
本当に久方ぶりのことだったという。
中庭を出て…
ただひた走り…
幻を追う。
どこに行くかもわからずに…
どこかもわからない場所を行き…
過去の彼女の背中を追った。
追いついた後、どうするか。
かける言葉を、もっているのか。
答えはいまだ、出ないまま。
どうして、気付かなかったのか……
彼女はそう、
今の彼女より、もう少し弱い。
今の彼女より、もっともろい。
…今の彼女より、なつかしい。
俺のよく知る……昔の彼女…
全てを戻した代償に……
もう会う事の、ない彼女。
望んで、求めて、愛しても……
二度と共には、行く事はできない…
……彼女の、背中が見えた。
走る速度をまだあげる。
人並みの速さしか出ない、この身体が、もどかしい。
もっとはやく、もっとはやく。
近づく背中、揺れる黒髪。
手を伸ばす、歩幅を広げる、力を込める。
息は切れない、疲れはしない。
今は求める、その名を呼んだ…
「ユリカっっ!!」
手が……届いた……
失われた日々
時の流れさえ取り戻した彼にも
取り戻せないものがある
決して消えない想いだけが
彼の心で悲鳴をあげる
せめて想いが届くなら
彼の心をわかってほしい
そしてできることならば
彼の未来を許してほしい
あなたを置いてこの先に
誰かとともに進む未来を……
「…………」
……コト……
アキトは、身に付けていたヘッドセットを置いた。
部屋の中は薄暗く……明かりは、ついていない。
…ギシ…
長時間座るために負担をかけないよう、計算され尽くした椅子に身体を預ける。
そして大きく、息を吸い込み…
ゆっくりと、息をはきだす……
「……どうだった?
このゲームは?」
ふいに、声をかけられる。
…ずいぶんと、懐かしい響きに思えた…
「アカツキ……」
「なんだい…?」
口を開こうとして…何かを言おうとして…頭を振る。
「……いや、なんでもないさ……」
「…そうかい?」
「……ああ……そうだな、
いい……ゲームだったよ」
アキトは、うすい笑みを浮かべてそう言った。
泣いているようにも見える、悲しい笑みを。
「…きっと…一般には、売れないだろうけどな」
「…そうか。
…それは実に残念だね。」
少しも、そんな風に聞こえない調子で、アカツキは言い、
そして、部屋の出口に歩いていく。
「……先には、進めそうかい?」
ぽつり、とそんな事を聞く。
「…………」
「…待ってるよ。彼女達。」
「……ようやく…わかった気がする…
逃げていた、理由が。」
「…そう?
じゃ、応えないとね。」
「……少しづつなら…できるかも、知れない。
“彼女”には……謝ってきたから…」
「…………」
アカツキの表情は、見えなかったが、
満足そうに笑ってる……気がした。
「アカツキ」
「ん?」
アキトも、笑う。
今度はとても晴々しい笑顔で。
「……ありがとう」
そして…
ひとつの物語は終わりを告げ…
新しい想いを抱いて、時は進みだす。
これからの道を共に行く、誰かと共に…………
〜生徒会室編…双子の婚約者〜
完
「…ああそうだ。」
部屋を去ろうとしたアカツキが、ひょっこりと顔をだす。
「休憩は、30分くらいでいいよね?」
「…?休憩?」
「言ったはずだよね?
…彼女達、まってるって。」
びしっっ
…アキトは、石化した。
「せっかく準備したんだし……
全部試してもらわないとねぇ?」
「…………あ、アカツキ…」
「…ユリカ君と、随分仲良くしてたみたいだねぇ。
様子を見に行った社員が何人か、運ばれていったよ、救急室に。」
「…あ…え…う…」
「物理的なダメージじゃないけど…かなり精神に負荷がかかったようだね。
後々に傷が残らなければいいけど。」
「……アカツキ……」
すがるような目で見る。
「……残念だけど、助けられない。
まだ、命は惜しいし。」
残念と言う割には目が笑っている。
「そうだ。」
「?」
「今度はR指定Ver.で試して……」
「そ、それだけはやめてくれ〜〜〜〜〜!!!!」
……本当に完。
あとがき
……もえつきました。
SS書くのってすごいエネルギーいるんですね…
自分で書いてみて実感しました…
やっぱり短編連作形式にして正解です…
そうそう続けられないっす、私には。
…それはさておき。
いかがでしたでしょうか?
登場人物の性格が、変なふうになってはいないでしょうか?
ストーリーが、変ではなかったでしょうか?
…ナデシコの雰囲気じゃないって突っ込みは、
勘弁してもらいたいところです…
他にもいろいろと、目に付くところがあるかもしれませんが…
少しでも、楽しんでいただけたでしょうか?
もし楽しんでいただけたのなら、幸いです。
さて、このSSの続きですが…
実は全く予定がありません。
と、いうのも、現時点での自分の書きたい事は書いてしまった気がする、
というのが理由だったりします。
また、ふっと何かが浮かんできたときには、
その時はまた、よろしくお願いいたします…
−−−−−荒田 影−−−−−
代理人の感想
いい話ですね〜。
時ナデに限りませんがナデシコ系SSでアキトが自分自身ときっちり決着をつける話、というのが
とても少ないだけに実に新鮮に感じました。
>現時点での自分の書きたい事は書いてしまった気がする
ま〜、創作ってそう言う物ですからしょうがないですが、
個人的には荒田さんの別の作品も読みたいですねぇ。
期待しちゃ、だめですか(笑)?