「予定では、今日のはずですね」

「ああ」

「懐かしいですね、たった八ヶ月しかたってないのに・・・」

「言ってただろ・・・ナデシコは、俺たちが俺たちらしくいられる場所だって」

「はい。私が、私を見つけた場所ですから・・・」





ブロスとディアの正しいアキト君の育て方
 第十五話 艦長





「テンカワ、本当に今日ナデシコはジャンプアウトするんだろうな?」

「ああ、そのはずだ」

「計算では99%以上の確率で誤差は一時間以内に収まるはずです」

「そうか」

相変わらず苦労性だな、ジュンは。

「ジュン、ただ待ってるのもなんだし、一勝負しないか?」

「あ、ああ。そうだな」

そういって俺たちはシミュレーターに乗り込む。



ジュンの機体はノーマルエステ・・・とは言ってもアカツキが持ってきた物だが、

その改造版で、機動力は落とす・・・というより捨ててあり近距離戦は一切考慮に入っていない。

はっきり言って超遠距離からの砲撃戦専用機・・・

発想としてはエステより、ナナフシに近い機体だ。

その代わり通信索敵機能を増大させタクティクス・ビジョンを内蔵してある、

指揮官用エステバリスになっている。

機動力を無視しているので、全体的に他のエステより一回り大きく、

出力も二回目作ったカスタム機や、ブラックサレナには劣るもののかなり余裕がある。

その出力を利用して、一回の戦闘につき一発限りではあるが、

グラビティ・ライフルクラスの武器が使用可能だ。

将来的に造る予定のジュン専用カスタム機には、縮小版オモイカネ級コンピュータを内蔵し、

さらに通信索敵能力を強化したエステのカスタム機というより、

ブローディアの砲撃戦用簡易量産機風の機体になる予定だ。

閑話休題、

俺はブラックサレナに乗っているが、これではジュンに勝ち目はない。

そこで、ジュンには俺を含めた皆のデータを入れた、八機のエステを指揮してもらっている。

武器も俺はライフルだけで、ジュンにはグラビティ・ライフルから、DFSまで渡してある。

二回目も同じような設定で模擬戦をやったことがあったが、

ジュンの指揮能力は中々のものがあり、そのときより苦戦する。

俺の腕も上がっているはずなんだけどな。





「アキトさん、一休みしませんか?」

「ああ、ありがとう、ルリちゃん」

私が紅茶をいれてアキトさんに声をかけると、

アキトさんがシミュレーターから出てきました。

「でもルリちゃんも料理の腕が上がったよね」

「そ、そんな事ないですよ」

何を言うんですか、アキトさん・・・

「その・・・だから初めが下手すぎただけです」

「そ、そんな事ないって」

「宇宙軍にいたときにはジャンクフードばっかりで・・・

 あ、いや、あの、その・・・忙しかったですし、

 一人で作って食べるのも何か・・・

 別にアキトさんに言われたことを忘れたわけじゃありませんよ、絶対」

「い、いやそんな事言ってないよ。

 ルリちゃんが頑張ったからだよ」

「いいえ、私なんてまだまだです」

「いや、あれだけの時間でこれだけできるようになったら十分だって」

「いえ、それはアキトさんの教え方が良いからです」

「そんな事ないって」

「そんな・・・その・・・」

「ルリちゃんは頑張ってるんだから、これくらい当然だよ」

「それは・・・私なんて・・・別に・・・その・・・

 ア、アキトさんの方が頑張ってます」

「そんな事ないよ、ルリちゃんに比べたら俺なんて・・・」

「そんな事ありません。私なんて・・・」

「いや、違うって」

「い、いえ・・・そんな・・・私は・・・あの・・・その・・・」

「お前たち・・・何やってるんだ?」

「「!!」」

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

ピッ!

「ルリ、ただいま」

「あ、え?は、はい、お帰り、オモイカネ」

「ナデシコが帰ってきたのか。

 ルリちゃん、準備はできてるよね?」

「はい、アキトさん、ジュンさん、急いでください」

「ディストーション・フィールドの出力は?」

「この前の経験を踏まえて出力を5割増にしてあります。

 ナデシコBクラス・・・とは行きませんが、カキツバタクラスのフィールドを展開できます。

 仮に気を失うとしたら、ナビゲーターのアキトさんですが・・・

 大丈夫ですよね?」

「大丈夫、俺が今まで何回ジャンプしたと思ってるんだ?

 よし、フィールド展開、フェザー放出、フィールド同調開始」

「フィールド出力、必要値を突破!!」

「ジャンプフィールド展開、イメージング・・・・・・

 ジャンプ」

次の瞬間、私たちの視界が、虹色の光に包まれました。



・・・ジャンプ完了。

俺は遠くなりかけた意識を無理やり引き寄せると、あたりの状況を確認した。

ここは・・・俺の部屋か、イメージ通りだな。

まぁ、ブリッジに跳ぶ訳には行かないし・・・

ここならディストーション・フィールド発生装置を置いといても問題ないだろ。

「お帰りなさい、ルリ。

 これが周りの状況です」

「ありがとう、オモイカネ」

やっぱり気付いていたルリちゃんと、オモイカネの短いやり取りの後、

モニターには、過去とほぼ同じ映像が映し出された。

「とりあえずブリッジへ」

ルリちゃんたちはジュンの意見を受けて、ブリッジへと走り、

俺はとりあえず展望室へジャンプした。

ユリカは・・・やはりイネスさんと一緒に寝ている。

とりあえずまだ起きてはいないみたいだな。

また同じ事を繰り返すのもあれだから・・・

「ジャン・・・」

俺はユリカの手を取ると、ブリッジに向けてジャンプしようとして、

フィリスさんの存在に気が付いた。

あの人もFIS強化体質だからな・・・

起きてるかもしれない。

でもあの人なら、艦長がここにいることに気が付いたらすぐに連絡を入れるような気がするな。

まじめな人っぽかったし・・・

ナデシコには貴重な存在だよ、ほんとに。

ピッ!

とりあえず俺はルリちゃんに聞いてみることにした。

・・・また逃げてるな、俺は。

でも・・・俺が、俺の口で、俺の意思で話したい・・・

ばれたので仕方なく・・・って言うのは避けたいんだ、言い訳かも知れないけど・・・

「どうしました、アキトさん?」

「ブリッジの様子が知りたくってね、

 ユリカをジャンプさせても問題ないかな?」

「ええ〜と・・・オモイカネ、どう?」

「みんな寝てる、問題ないよ、ルリ」

「・・・だそうです」

「解った、ありがとう、ルリちゃん」

「はい、どういたしまして」

なら、ユリカが起きる前にジャンプするか・・・

「ジャンプ」

・・・・・・・・・・・・

さて、とりあえずユリカは・・・ここでも良いか。

「おい、ユリカ起きろ!!起きろってば!!」

結果は見えてるような気がするが・・・一応ユリカの身体をゆすってみる。

「う〜〜〜ん、アキト〜〜〜〜」

ゴロッ・・・

前回と一緒・・・か。

「ユリカ起きてるのは解ってるんだ、さっさと起きろ」

ピクッ!

意地でも狸寝入りを続ける気だな・・・なら・・・

俺はオペレータ席に行くと、オモイカネと話をはじめた。

『やあ、オモイカネ、調子はどう?』

『アキトさん?あなたがFIS強化体質だという記録はないんだけど・・・』

『そうなんだから仕方がない。

 それより慣性制御システムを切って急制動をかけてくれないか?』

『目覚まし代わりだね・・・

 良いよ、ルリが良いって言ったらだけど・・・』

シュッ!!

その時ブリッジの扉が開いてルリちゃんとジュンが入ってきた。

「アキトさん、何をしてるんですか?」

「ああ、ルリちゃん良いところに来た

 ちょっとオモイカネに頼み事をしててね」

「はあ、解りました」

数秒後、ナデシコ全体に衝撃が走った。

「!!痛〜〜、何?何が起こったの?」

ユリカが頭を打ったらしく、悲鳴をあげて飛び起き周りを見回す。

「何これ、何で敵のど真ん中にいるの?」

チューリップがワープゲートだというイネスさんの意見を考えれば、

敵のど真ん中に出ない確率の方が低いんじゃないか?

「と、とにかく総員戦闘配備、皆を起こして。

 ルリちゃんフィールド最大で後退、

 チャージ出来次第グラビティ・ブラスト出力最低、収束率70で連射して牽制!」

流石はユリカだな、おそらくそれが最善だろう。

しかし、ことナデシコの事だけを考えるのなら、前回の方法が最善だったらしい。

ナデシコは圧倒的な数の敵に囲まれてしまった・・・

何だかんだいって前回はあれで敵をほとんど撃破できたからな。





今回はすぐに発進・・・か。

「ジュン、作戦は?」

「作戦か・・・ちょっと待ってくれ。

 整備班、ランサーは幾つある?」

ピッ!

「おお、ちょうど二つ目ができたところだ」

「二つか、ならテンカワ機はランサーを持って突撃、突破口を・・・

 オペレーター、敵の陣形でもっとも薄いところは?」

「はい・・・左舷後方7度、俯角25度のあたりがもっとも薄いです」

「ということだ、そこに突破口を開いてくれ。

 ヤマダ機はテンカワ機の援護、バッタの相手をしてくれ」

「了解」

「スバル機はもう一つのランサーを持って前衛に、アマノ機はスバル機の援護、イズミ機は後方支援、

 こちらはナデシコの防衛が最優先、ナデシコから離れすぎるな」

確か二回目はこれがガイの初陣だったな・・・

確か突撃してアカツキに助けられたっけ?

さて、今回はどうなるかな?





「ルリちゃん、フィールドは?」

ユリカさんが聞いてきます。

やっぱり戦闘中のユリカさんはなかなかかっこいいです。

「現在75%で展開中、システムにかなり無理がかかっています」

やはり火星での無理がたたったんでしょうか?

「グラビティ・ブラストは?」

「グラビティ・ブラスト、現在充電率83。

 フルチャージまで後1分はかかります」

いくら宇宙で、しかも最低出力でも20発近く連射したらかなりエネルギーを食いますね。

「解りました。グラビティ・ブラスト出力20、収束率を95に変更、

 味方にあたらないように気をつけて・・・発射―!!」

なるほど、グラビティ・ブラストを細くして味方への被害を減らしてしかも威力を上げるわけですね?

「了解、グラビティ・ブラスト、出力20、収束率95、発射します」

ドゴーン!!

「敵、戦艦タイプ2隻撃墜、一隻にはフィールドで無効化されました」

「え〜〜!嘘」

「敵ディストーションフィールド、出力が以前と比べて20%ほど上がっています。

 どうしますか?」

「うう〜っ。グラビティ・ブラスト充電率90になったら報告、エステバリス隊は?」

「了解、エステバリス隊、前方のスバル隊はスバル機に多少のダメージ。

 後方、テンカワ隊はヤマダ機が小破、しかし作戦行動は可能」

流石はアキトさんですね。

「敵は?」

「前方、戦艦タイプ50、護衛艦タイプ470、バッタとジョロ多数。

 後方はあらかた殲滅・・・

 待って下さい、後方にチョーリップ確認、敵増援部隊、出撃してきます」

「えぇ〜〜〜っ」

・・・ヤバイですね。

「このままでは危険です。艦長、どうしますか?」

「・・・グラビティ・ブラストの充電率は?」

「現在85です。フルチャージまで後約1分」

「ディストーション・フィールドの出力を落としてもかまいません、後30秒でチャージしてください」

大胆な命令ですね。

「艦長!!」

「私が責任を持ちます。ルリちゃん、敵の動きに注意、

 攻撃位置とタイミングを予測、データをミナトさんに送ってください」

「了解」

「ミナトさん、そのデータをもとに敵の攻撃を回避、お願いします」

「難しい事言うわね、良いわやってあげる」

「ありがとうございます」

ユリカさん、ミナトさんを信頼しているんですね。

「ルリちゃん、前の敵は?」

「かなりの数がグラビティ・ブラストの射程圏内に入っていますが、

 フルパワーで打つと前方の連合軍にも一部被害が出る恐れがあります。

 また敵の一部が射程圏から漏れています」

「・・・チャージが終わりしだいグラビティ・ブラストを前方に出力最大、収束率−10で発射」

そ、それは・・・思いつきますか?そんな事。

「そ、それではナデシコ本体、ディストーション・ブレードにも被害が出てしまいます」

「困りますな、艦長、あなたの行動は・・・」

「現状ではこれが最も被害を少なくする方法です。

 このまま敵に撃破されるよりはましです」

・・・確かにユリカさんの言う通りですね。

「了解。グラビティ・ブラスト出力最大、収束率−10に設定」

「ちょっと、ルリルリ」

ミナトさん、ユリカさんを信じてあげてください。

「ありがとう、ルリちゃん。

 スバル隊に連絡、グラビティ・ブラストの射的圏外へ退避」

「わ、解りました」

「ナデシコよりスバル隊へ、これより・・・」

「スバル隊退避完了、

 グラビティ・ブラスト、発射準備整いました」

「グラビティ・ブラスト、発射!!」

ドゴォォォォォォンン!!!



ナデシコを激しい振動が襲います。

上の方でドガッ!!っていう痛そうな音が聞こえましたが・・・大丈夫でしょうか?

「痛たたた・・・ルリちゃん、現状を報告」

「はい、前方の敵半分ほど撃破、残りの大半は連合軍と交戦中。

 ナデシコの被害はディストーション・ブレードが中破、

 ディストーション、フィールドは出力が25パーセントまで低下、

 具体的な被害は現在調査中」

「解りました。

 ミナトさん回頭180度、アキトたちを援護しつつ微速後退」

「了・・・」

「待って下さい、前方の敵目標をナデシコに変更、戦艦5護衛艦40が向かってきます」

「えぇ〜〜!!」

今の攻撃で連邦軍よりナデシコに脅威を感じたんでしょうか?

流石にこのままじゃまずいですね・・・

アカツキさん、早く来てください。

「ルリちゃん、ディストーション・フィールドの出力は?」

「現在26%ですが、無理をすれば40ぐらいまでは可能です。

 瞬間的になら60ぐらいまでは上げられます」

「・・・相転移エンジンの出力は?」

「現在67%です」

「・・・全ての安全装置を解除したら幾つまで上げられる?」

ユリカさん、自爆する気ですか?

「これ以上は上げられません」

「ルリちゃん!!」

ユリカさん・・・そんな顔でいわれたら・・・

断れないじゃないですか・・・

「全ての安全装置を切れば103%ぐらいまでは・・・

 しかし耐えられたとして10秒が限界です」

「総員退避、私は相転移エンジンを暴走させて敵を殲滅します」

「ユリカ!」

「艦長!!」 

こんな事になるなんて・・・

!!この反応は・・・

「艦長、その必要は無いようです」

「え?」

次の瞬間、後方の敵に幾筋もの閃光が襲い掛かります。

ドゴォォォォオオォオオオンンンン!!

「敵、二割がた消滅」

「うっそ〜〜!!」

「第二波感知」

ドゴォォォォオオンンンン!!!

「す、凄い!!」

「多連装のグラビティ・ブラスト、だと!!」

「それじゃあ!!」

「!!テンカワ隊に連絡、前方に移動。

 スバル隊と合流して前方の敵を迎撃」

「りょ、了解」

その後、コスモスの活躍により木星蜥蜴の軍は壊滅しました。





第十六話に続く





あとがき

というわけで「育て方」の第十五話です。

未来を知っているからといって、最善の選択ができるとは限らない。

事態を知っているからこそかえって事態を悪くしてしまうこともある・・・

今回はそんなお話です。

カタストロフを起こしても良かったのですが、流石にそれは・・・

ということで、ユリカに頑張ってもらい、いいタイミングでコスモスに登場してもらいました。

ところでグラビティ・ブラストとは収束率を変えられるのでしょうか?

でも広域放射できるのですから可能でしょう。

しかし収束率とはマイナスにも設定できるものなのでしょうか?

まぁ、御都合主義って事で・・・



追記

ジュン君が戦闘技術を教えて貰いたがったのは、チハヤさんの事を話したからです。

このことは確か書いたはず・・・

!!

書かれていませんね・・・

ふみみみみ

書いたと思ったのですが・・・

と、とにかくジュン君は、チハヤさんの事を知っています。

エステバリス隊の指揮をするのでしたらエステバリスに乗っていたほうが良いですし・・・

と、とにかくそういう訳です、すいませんでした。

 

 

代理人の感想

・・・・いや、私が言ったのは向き不向きとか適材適所とかの事なんですが・・・。

ジュンが優れているのは士官として、あるいは参謀副官としてであって、

海のものとも山のものともつかない機動戦や個人戦闘なんぞを教えるより

そちらの能力を伸ばした方がよほど有益じゃないかと思うんですね。

それに、過去そのままの場面でチハヤを救う「対症療法」より、

そもそもそんな状況を起こさない「予防」の方が対策としては優れているでしょうし。