「目的地の北極海に入ります」
「凄いブリザードね〜」
「目視に変えても支障は無いと思うよ、ユリカ」
「だが、逆にそれがこちらの有利にもなる」
ブロスとディアの正しいアキト君の育て方
第十九話 救助
「目視に、変えますか?
ふぁ〜っ」
「うんお願い。ルリちゃんどうしたの、眠そうだね?」
「ちょっと昨日遅くまで起きてたものですから・・・」
「駄目よルリルリ、夜更かししちゃ」
「はい、すいま・・・ファ〜、せん、ミナトさん」
「う〜ん」
ピッ!
「あ、すいません、寝てたんですか?」
「いえ、今起きたところですよ。
どうかしたのですか、ミナトさん」
「いや、ルリルリが昨日眠れなかったみたいなんで、
良かったらフィリスさん代わってあげてくれないかなって」
ピッ!
「そんな、いいです。別に大丈夫・・・ふぁ、ですから」
「ほらまたあくびして・・・そういうわけだからできれば変わってあげてください」
ピッ!
「困りますな、勝手な事されては。
勝手に勤務時間を変えられると労働基準法に・・・」
「ああ、でしたら、これは私のボランティアという事でいいですよ」
「でも・・・」
「ルリルリ、そんな状態で失敗したらそっちの方が迷惑なんだから。
ここは素直に休みなさい」
「・・・はい、ありがとうございました、フィリスさん、ミナトさん」
「うん、確り休みなさいよ」
「このような時のためにサブオペレーターがいるのですから」
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「でも・・・ルリちゃんどうしたんだろうね」
「ふむ・・・そう言えば・・・」
「何、ゴートさん何か知ってるの?」
「昨日の夜中ホシノ ルリとテンカワが話しているのを見たんだが・・・」
「え〜〜!!
何で、何でアキトとルリちゃんが!!」
「落ち着きなよ、ユリカ」
「そうですよ、艦長」
「落ち着いてなんかいられない〜〜〜!!
いつ?どこで?何で?何をしてたの?ねぇねぇねぇ?」
「ム、だからな、昨日の夜中にテンカワの部屋の近くで、
理由と内容までは知らんが、話をしていたんだが・・・」
「なんでぇぇぇ!!」
こうして俺の知らないところでユリカの絶叫が響き渡った。
今日もナデシコは平和だ。
「アキト〜、やっぱりアキト・・・
ううん、そんなはず無いわよね?」
「艦長!!しっかりしなさい!!
そんな風にいい加減だから、彼に逃げられちゃうのよ!!」
ガ〜〜〜ン!!
「逃げられる・・・アキト〜〜〜〜〜!!!
お願い、私を捨てないで!!!」
地球圏最強の戦艦ナデシコは今日も今日とて概ねのどかだ。
とても戦艦とは思えぬほどに・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「あの・・・艦長?艦長?」
「え!!あ、フィリスさん、なんですか?」
「皆さんお昼に行かれましたが・・・
艦長はどうされます?」
「私はいいです・・・フィリスさんも言ってきていいですよ」
「では、私も失礼させてもらいます」
「うん、ゆっくりしてきていいですよ」
俺はトレーニングルームで、訓練をしていた。
二回目のときは戦略なんかについて自分なりに勉強してたんだが・・・
今回はそういった話はジュンに任せたから俺が学ぶ必要はあるまい。
広範囲に攻撃できる技とか、細かいコントロールのできる技も欲しいしな。
そういえば・・・最初のときも二回目もここでユリカがグラビティ・ブラストを・・・
チュドォォォォォォォォォォンンンン!!!
・・・この行動に何か意味があるのか?
ま、俺にとっては、バーストモードと、DFSのテストができて好都合なんだが・・・
ルリちゃんにでも聞いてみるか。
・・・着信拒否?
今は・・・ブリッジにいるはずだよな。
・・・何があったのか?
・・・・・・・・・・・・
ブリッジに行ってみるか。
・・・・・・・・・・・・
「フィールドを張りつつ後退!!」
「後、十分前後で敵の攻撃範囲から脱出できます」
「どこまで逃げるの〜!!」
無人兵器の攻撃をしのぎつつ後退・・・
で、結局ナデシコは氷山の下に隠れた。
?
ルリちゃんがいないな・・・
着信拒否って事は・・・寝てるのか?
・・・やっぱり無理させてるのか?
後でラーメンでも持って部屋に言ってみようか。
「ほんと!!信じられません!!
どうしていちいち敵を呼び寄せるわけ!!」
「ま〜ま〜、済んじゃった事は仕方がないんじゃないの?」
「貴方ね!!」
「人生前向き前向き」
ふう、俺もこれくらい口がうまければな・・・
「すいません、私のプログラムの管理ミスです。
全て持ち場を離れていた私の責任です。
すいませんでした」
フィリスさんが謝る。
「そんなことありません、無理を言って変わってもらった私の責任です」
ブリッジの扉が開いて、ルリちゃんが入ってきた。
「ん〜、それを言ったら、
昨日夜遅くまでルリちゃんと何かやってたアキトさんにも責任があるんじゃないんですか?」
メ、メグミちゃん?何を言い出すんだ。
「あ、そうだった。アキト君、昨日ルリルリと何をやってたの?」
「ほらほら、リョーコ、何か言わないと・・・」
「お、俺は別に・・・」
「フフフフフフフ」
「困りますな、テンカワさん。
一応社のイメージというものもありますので、
そういう行為は・・・」
「お、俺は別に何にもやってませんよ!!」
「ふ〜ん、じゃあ何をやってたのかな〜?」
ヒカルちゃんが話を囃し立てる・・・
「はいはい、そういう話は後にしなさい」
ほ、助かりました、エリナさん
「アキト君、貴方ね、風紀を乱すような行為は慎みなさい。
後で事情を聞きますからね」
・・・前言撤回。
「敵集!!敵襲!!」
!!
前回はこのタイミングでは見つからなかったよな・・・
チッ、同じ行動してるつもりでも何かが歴史を変えたって事か。
確か前はユリカを慰めて・・・
くっ、ユリカはどうする?
慰めてる時間はないし・・・
とそのとき、ユリカがブリッジに入ってきた。
「皆さん、遅れてゴメンナサイ!!」
今回は落ち込んでなかったのか?
まぁ、一応後で・・・ミナトさんあたりに話を聞いてみよう。
「ルリちゃん、もう大丈夫なの」
「はい、全く問題ありません。
それより艦長は大丈夫なんですか?」
「うん、私は艦長さんだからね」
本当に立ち直ったのでしょうか?
後でアキトさんに・・・でもアキトさんも・・・
「敵、確認しました。
チューリップ二機、戦艦二十隻、無人兵器多数」
今回は敵の主力にぶつかったみたいですね・・・
「無理よ、逃げなさい!!」
提督がわめいてます。
「後方には氷山があります。
後退は不可能です」
「そ、そんな・・・」
崩れ落ちる提督、静かでいいですね。
「艦長!!」
「ルリちゃんグラビティ・ブラストは?」
「一応充電率は100%ですが、
大気中のため再充電に十分以上かかります」
「・・・・・・・・・・・・」
ピッ!
「こちらテンカワ機・・・これより敵を殲滅する」
「え?」
そして、漆黒の戦神と呼ばれた男の戦いが始まりました。
敵に近付くたびに強く輝く光の剣で、次々に切り裂かれるバッタ・・・
戦艦のフィールドすら紙のように切り裂くDFSの前ではバッタなんて紙細工も同然です。
恐ろしいほどの強さを誇りながら、不思議な安心感を与えてくれる・・・
守護神とでも言うべきその戦いに皆目を奪われていました。
アキトさんの得意技・・・敵の攻撃を推進力に変えて高速で突撃して一刀両断にしていきます。
私はシミュレータで見た事があったので、そこまで驚きませんでしたが・・・
ちょっぴり優越感があります。
ピッ!
「な、なんなんだよ、あの武器は!!」
ピッ!
「ふふふふふ、
あれはこんな事もあろうかと、作っておいたDFSだ。
う〜〜(涙)こんな事もあろうかと、こんな事もあろうかと、っだ!!一度言ってみたかった・・・」
「DFS〜?」
ピッ!
「説明しましょう!!
アキト君が使ってるあの剣。
あれって異常に良く切れると思わない?」
「そういえば・・・バッタさんのフィールドは、結構強くなってたよね〜?」
「アキト君が使ってるあの剣、あれの正式名称は、
ディストーション・フィールド・ソードというの」
「ディストーション・フィールド・ソード〜?」
「そう、アキト君発案。
アキト君、私イネス フレサンジュ、ウリバタケ セイヤ共同設計。
ウリバタケ セイヤ開発の秘密兵器、ディストーション・フィールド収束装置を使った剣よ。
解りやすく言えば・・・エステバリスの纏うディストーション・フィールドを、剣の形に収束する装置よ」
「ふ〜ん、結果的には強くなったんでしょ?」
イネスさんの説明にミナトさんが質問します。
「そうね。でもDFSは、本来防御用のディストーション・フィールドを攻撃に転用する武器・・・
つまり、考えれば解るけど、DFSは強化すればするほどエステバリス自体の防御力は落ちていくの」
「うそ!!」
「でもさっきから・・・利用して加速してるけどテンカワのエステにがんがん攻撃が当たってるじゃねーか」
その通りです。
爆風や、ビームを防ぐ際の斥力を利用して、普通のエステバリスでは到底不可能な機動戦を繰り広げてます。
「そうね、気が付いてると思うけど攻撃の瞬間アキト君のDFSが強く輝いているでしょ?
あれは攻撃の瞬間だけ出力を上げている・・・
つまり攻撃中にミサイルでも当たったれば粉々、ね。
原型が残れば、御の字かしら」
皆の顔が凍りつきます。
「どうしてそんな物をって顔ね皆」
「当たり前です」
「あれは本来もう一つの装置、バーストモードと併用する、これが理想なの」
「バーストモード〜?」
「そ、アキト君発案、
製作にはルリルリにも手伝ってもらったエステバリスの決戦モード。
三分だけだけどジェネレータの出力を五倍まで引き上げられるわ。
これならDFSを発生させながら、防御用のディストーション・フィールドを発生させられるわ。
DFSはディストーション・フィールドを収束させている分強力だし、防御力もかなり上がるから、
戦艦相手でも十分にエステバリスで戦えるわよ。
戦艦クラス・・・ナデシコのディストーション・フィールドさえ切り裂けるし、
最大出力で防御すればナデシコのグラビティ・ブラストですら防げる。
でもアキト君の選択は違った。
ま、この数では三分じゃ決着はつかないから仕方ないのかも知れないけど・・・
こんな話聞いてる暇があったらアキト君の援護にでも行ったら?」
「!!行くぞ、ヒカル、イズミ」
「オッケー」
「了解」
そのとき、アキトさんのDFSが二百メートルほど伸び、戦艦を真っ二つにしました。
「そろそろいいか・・・
皆、俺はこれからチューリップを殲滅する、
少しの間援護してくれ」
「了解」
「解ったよ」
「ふふふ、楽しみにしてるわよ・・・」
「ま、君のかくし芸・・・じっくり見させてもらうよ」
パイロットの皆さんが口々に言います。
そういえば誰かを忘れているような・・・気のせいですね。
そのままアキトさんはナデシコのディストーション・フィールドの上に立ち・・・
全く、変なところで器用ですね・・・
「アキト、やっぱり無理よ、エステでチューリップを撃破するなんて・・・」
「大丈夫です。
チューリップの一つや二つ、アキトさんの敵ではありません」
「そうだよ、ユリカ。
テンカワができるって言ったんだ、艦長の君が信用しないでどうするんだ」
「どういうことだ、お前等?」
「・・・論より証拠ですゴートさん。
始まりますよ」
「バーストモード・スタート」
フィィィィィィィンンン!!
アキトさんのエステバリスが、真紅のディストーション・フィールドに包まれます。
「イネスさん。
アキトは何をするつもりなんですか?
説明してください」
「説明しましょう!!
・・・って言いたいところなんだけど、私も知らないの。
昨日聞いたけど教えてくれなかったのよ」
「何言ってるんだ。
こういうものは、実戦でいきなり見せるから燃えるんだ。
これぞ漢のロマン!!」
セイヤさんが叫んでいます。
アキトさんのほうは、そのまま掲げたDFSが白から真紅へと変わっていきます。
「あれ?なんだか刃の部分が短くない?」
ミナトさんは気付きましたか・・・
さてアキトさん、あれをやる気ですか、
ま、確かにテストには有効な技ですが・・・
出力の関係上つかえない技もありますし・・・
この状態なら最良の選択ですね。
「短いなんて物じゃないわよ!!
あれだけの量のディストーション・フィールドが発生してるのに!!
ジェネレータの出力が五倍って事は、ディストーション・フィールドの量も五倍って事なのよ?
さっき戦艦を切ったときでさえ二百メートル程度・・・戦艦を切るにはそれで十分なの。
しかもアキト君は今バーストモードを作動させてるのに、
防御用のディストーション・フィールドを展開していない・・・
それなのにどうしてDFSの作る刃がたったの十メートルほどだと思う?
信じられない事に、あの長さの刃の中に圧縮されているのよ!!
空間歪曲バリア・・・つまりディストーション・フィールドをあそこまで圧縮すると・・・」
「空間の歪みが実体化・・・
つまりマイクロ・ブラックホールが生成されます」
「・・・その通りよルリルリ。
あなた、アキト君が何をしようとしてたか知ってたわね?」
「ええ、知っていました。
多分説明しても、だれも信じてくれないと思ってましたから」
ナナフシを見た後ならともかく、
今説明してもだれも理解してくれないでしょうから。
「なら・・・アキト君はアレを完全に制御できるのね」
あきれた顔のイネスさんが聞いてきます。
「ええ、アキトさんの得意技の一つですから」
「一つ?アキト君はブラックホールを作るような技をまだ他にも持ってるの?」
あれはそんなに強力な方じゃありませんよ。
確かに威力はありますが、時間がかかりますし・・・
何より直線上にしか攻撃できませんし、進路上の全てを問答無用で破壊しますしね。
「で、結局どんな攻撃な訳?」
「そうですね、あのアキトさんの得意技というぐらいですから気になりますよね」
ミナトさんとメグミさんが好奇心に満ちた口調で話しています。
そんな事を言っていられるのも今のうちだけですよ?
あれを見たら空いた口が塞がらなくなりますから・・・
「アキトの得意技・・・一体どんな技なんだろう?」
「"あの"テンカワの得意技だからね。
ユリカ・・・何が起きても驚かないでよ」
ジュンさんは何気にユリカさんの心配をしています。
「むう・・・始まりますな」
アキトさんの機体を覆う真紅のディストーション・フィールドは全てDFSに吸い込まれました。
そして・・・真紅の刃が、漆黒に染まります。
「ああ、そうだな。
ところでドクター フレサンジュ、制御できるのか聞いていたが、
あれが暴走したらどうなるのだ?」
「そうね・・・少なくともナデシコは消滅するでしょうね・・・」
「だ、そうだ・・・
ミスター、どうする?」
「ま、今更どこにも逃げられませんな。
テンカワさんを信じましょう」
「皆、俺の前からどいてくれ」
「「「「了解」」」」
アキトさんの前から皆さんが逃げるのと同時に、
アキトさんは漆黒の刃を一段と高く掲げ・・・
「咆えろ!!我が内なる竜よ!!
秘剣!!咆竜斬!!!」
アキトさんが気合の入った声と共に、
頭上に掲げた十メートルほどの、漆黒の刃を振り下ろします。
DFSから解き放たれた漆黒の竜が咆え・・・
一直線上に飛びながら、大量のバッタを消し去り・・・
数十隻の戦艦を押しつぶし・・・
氷山を吹き飛ばし・・・
その背後に居た二機のチューリップを完全に消滅させ・・・
ブリザードを起こしている雲さえをも飲み込み・・・
私たちの視界から消えていきました。
全てが終わったとき、私たちの前には敵の居た形跡すらなく、
ただブリザードが吹き荒れていました。
「敵の殲滅を確認。
現在、ナデシコの索敵エリア内には、
敵の存在を確認できません」
「よし、エステバリス隊、全機帰還せよ」
「りょ、了・・・解」
耳の痛いほどの静寂の中、
私とジュンさんは仕事を続けています。
あの部屋でもう何度も見た光景ですからね。
・・・でも、実際に現実で見ると迫力が違いますね。
アキトさんの話してくれた北斗さん・・・
アキトさんの乗るブローディアと北斗さんの乗るダリアの戦い・・・
一体どれほどのものだったんでしょうか・・・
「・・・うそ」
ユリカさんがポツリと漏らしました。
この場の感想として、これ以上のものは無いでしょう。
「い、異常よ彼は!!絶対!!」
エリナさんが叫び出します。
しかし、それは私とジュンさんを除くブリッジ全員の心情でもあるでしょう。
「アキト君・・・彼って、本当に味方だよ、ね?」
ミナトさんも声が震えています。
・・・自分の乗る戦艦すら、一撃で沈める事のできるアキトさん。
確かに敵に回れば恐怖でしょう。
「アキトさんの得意技・・・
アキトさんって・・・一体何者なの・・・」
チューリップ二機分の戦力を一撃で"消去
"する事のできるアキトさん・・・
確かに普通じゃありません。
「あのマイクロ・ブラックホールを本当に制御して見せるなんて・・・
確かにルリルリの言う通りね。
チューリップの一つや二つアキト君の敵では無いわね・・・
あの戦闘力・・・あのアイデア・・・あの知識・・・それに他にも・・・
ますますアキト君に興味が湧いて来るわね。
ほんと、彼って一体何者なのかしら?」
「おい、ルリ!!テンカワの技はあれだけじゃないって言ったな!!
あれ以外に何があるんだ、
お前はテンカワの何を知ってるんだ?
あいつは一体何者だ!!」
「アキトさんはアキトさんですよ、
ネルガル重工所属の戦艦、ナデシコのコック兼パイロットです。
それ以外の何者でもありません」
「ルリさん、お話願えませんか?」
「ルリルリ・・・」
「・・・アキトさんはアキトさんです」
「ルリちゃん・・・
教えて・・・
アキトの目的って何?
アキトは・・・なんであんな事ができるようになったの?
あの力で何をするつもりなの・・・・」
ユリカさんが呆然とした顔で聞いてきます。
「アキトは・・・一体何者なの?
何で、あんな事ができるの?
アキトは・・・私たちの味方なの?」
その言葉にキレました。
あんなに頑張っているのに・・・何より・・・自分の命より、
皆の幸せを願っているアキトさんなのに・・・
そのために全てを擲ってるアキトさんなのに・・・
だから・・・私は我慢できませんでした。
「艦長!!
艦長はアキトさんが信じられないんですか!!
アキトさんはアキトさんです!!
火星で艦長の・・・ユリカさんの隣に住んでたアキトさんです!!
アキトさんにも・・・私にも理由が有って、今はまだすべては話せません。
でもアキトさんは私たちの・・・ナデシコの皆の味方です!!
それなのに・・・ユリカさんが疑ってどうするんですか!!
アキトさんは別に望んであの力を手に入れたわけではありません!!
力が必要だから・・・力が無くては何もできないから手に入れたんです!!
アキトさんが・・・アキトさんがどんな思いで戦っていると思ってるんですか!!
アキトさんが、どんな思いであの力を手に入れたと思ってるんですか・・・
あの力を一番憎んでるにはアキトさんなのに・・・
アキトさんなのに・・・それなのに・・・皆して・・・」
何で私を・・・アキトさんを信じてくれないんですか・・・
確かに私たちには秘密があります。
でもそれは皆だって同じじゃないですか。
皆多かれ少なかれ秘密を持っています。
ただ、私たちの秘密が他の人と比べて大きいだけじゃないですか。
ここで・・・私だけで・・・アキトさんの意思の確認無しで真実を明かすわけにはいきません。
でも・・・アキトさんを疑うクルーの視線には耐えられません・・・
何より、アキトさんを一番信じてあげるべき人・・・
ユリカさんの疑いの言葉だけは許せません!!
「どうして・・・どうして信じてあげられないんですか・・・
アキトさんが戦う理由は・・・ユリカさんを・・・ナデシコを・・・大切な人を守るためだって・・・
皆を・・・大切な人を幸せにするためだって・・・」
「それは違うな」
突然入ってきた声に、私の言葉はさえぎられました。
「アキト・・・」
「アキトさん・・・」
どういうことですか?
アキトさんは・・・皆を守るために・・・皆を幸せにするために戦ってるんじゃないんですか?
「俺は、俺が助けたいと思った人を、俺の目の届く範囲で、
俺がやりたいと思った方法で、俺がやりたいように助けて、
俺がその人が幸せになるだろうと思った形に、
俺がやりたいように持っていくために戦っている。
用は俺の我侭だ、俺の私利私欲のために皆の、ナデシコの運命を弄んでるだけだ。
ルリちゃんが言うような、だいそれたものじゃない。
俺が勝手に考えた人の幸せのために、人類の未来のために、
戦局をひっくり返すような力を動かしてるんだ。
考え方としてはヒトラーと同レベルだな」
「そ、そんな事ありません!!そん、な・・・事・・・」
反論したかったのですが、アキトさんに睨まれると声が消えてしまいました。
・・・確かに、アキトさんの言っていることは正しいかもしれません。
確かに今の攻撃は、もはや戦術レベルではなく戦略レベルの攻撃でしょう。
コロニーですら一撃の下に破壊できるかも知れません。
そんな力を、一個人の思い描く勝手な未来のために使う・・・
それは草壁のやった事と変わらないかもしれません・・・
でも、でも・・・
痛いほどの静寂がブリッジを包みました。
その静寂を破ったのは・・・
「そんな事無いよ。
私はアキトを信じてる。
アキトは皆のために・・・ほんとに皆の幸せのために戦ってるんだもん。
私は信じてる。
アキトがやってる事は正しいって。
アキトの思い描く未来なら、ほんとに皆幸せになれるって。
ごめん、ルリちゃん・・・ルリちゃんが泣くなんてね・・・
私、駄目な女の子よね。
普段はアキト、アキトって言ってるのに、
肝心なところで逃げちゃって・・・本当にごめんね」
私・・・泣いてますか?
そうですか・・・
ちょっと恥ずかしいですね。
「ルリちゃんがそこまで信じてるんだもん!!
ユリカも負けないよ!!
アキトはアキトだもん!!」
・・・それでこそユリカさんです。
でも、アキトさんを信じる事に関してはユリカさんにも負けませんよ。
ユリカさんが今の壊れそうなアキトさんを支えられる人になって、
アキトさんが最終的にユリカさんを選んだんなら、
そのときはおとなしく身を引きますが・・・
それに、ユリカさんは最初のときの幻影って言う大きなハンデがあります。
それに、今の状態では、私のほうが一歩リードです。
「お、俺だってテンカワを信じてるからな!!」
「ほうほう・・・この場でその発言」
「これは・・・リョーコのテンカワ争奪戦参戦表意とみた」
「テ、テメーら!!」
リョーコさんも・・・ですか。
でも、アキトさんを支えられないような人に任せるつもりはありません。
皆・・・アキトさんの強さだけを見ていて、アキトさんの弱さを見てません。
アキトさんの脆さ、弱さ、危うさを・・・全て包んであげられるような人じゃないと、アキトさんを救えませんから。
「あらあら・・・アキト君も大変ね
ま、競争相手は多いほど楽しいけどね」
意味深な言葉を残して通信を切るイネスさん。
王子様を追い求めるユリカさん、
一番星・・・自分より強い人を捕まえようとしているリョーコさん、
自分を危機から救ってくれたお兄ちゃんを探しているイネスさん。
今回はどうなるかわかりませんが、
間違ってると知りながら、その間違いを正す事も無く、
全てに変えても手伝ってあげる事も無かったエリナさん、
自分の理想の恋人像を押し付けていたメグミさん。
何でアキトさんを好きになる人はこんな人ばっかりなんでしょう。
アキトさんの本質は弱いところにあるのに・・・
弱いから人の悲しみに耐える事ができずにそれを自分の事のように受け取ってしまう・・・
人の悲しみを自分のもののように感じるから・・・だから優しくて・・・だから危うい・・・
「ふ〜ん、ルリルリも大変ね?」
「・・・そんな事ありませんよ。
アキトさんを好きになる人が多ければ・・・
アキトさんを本当に救える人が出てくる確率もあがりますから・・・
アキトさんには本当に幸せになって欲しいんです。
アキトさんにはだれより幸せになる権利があるんです。
アキトさんが幸せになれないと、意味がないんです。
アキトさんが幸せになる事・・・それが私の望みですから・・・
アキトさんの幸せ・・・それが私の幸せです」
「そ、そう・・・
ルリルリって結構大人ね」
「そんな事ありませんよ、私少女ですから」
「そんな事無いよ」
「それに・・・アキトさんを本当に救ってあげられる人意外に・・・
アキトさんを任せるつもりはありませんから」
数時間後、敵をほぼ殲滅したナデシコは悠々と熊の捕獲に成功しました。
その後暫く、檻に入った熊を見るのがナデシコ内で流行しました。
ほんと、ナデシコは馬鹿ばっかです。
私もその一人ですけど・・・
第二十話に続く
あとがき
と、言うわけで「育て方」の第十九話です。
今回は少し長いですね。
ルリ君が眠そうにしていたのはバーストモードのプログラムを作っていたからです。
今回は「時の流れに」の第九話その2と第十一話その2を足して二で割ったような内容ですね。
ただメインはアキト君の「俺は、俺の私利私欲のために皆の運命を弄んでいるだけ」という部分です。
大概の主人公最強主義系逆行物に言えることですが、
アキト君、貴方は何様のつもりなのですか?
と言いたくなるような話が多々見受けられます。
草壁中将は、「自分の正義が他者の正義であると信じて疑わない」とはっきり言われています。
アキト君が、皆の幸せのため、と称して皆の運命に干渉しているのですから、
草壁中将と大差ないのではないでしょうか?
これが皆のためになると信じて疑わず、とんでもない力を動かす・・・
少なくとも、私の近くにはいて欲しくありません。
たとえそれで本当に私を幸せにできるとしても・・・
しかし・・・ルリ君大人ですね・・・
「時の流れに」でも初めはこういう感じだったと思うのですが、
いつからアキト君の幸せを考えなくなったのでしょう?
少なくとも「時の流れに」で、初めにユリカに告白までせずとも、
戦いが終わったらユリカとまた付き合うつもりだとルリ君に伝えたのであれば、
ルリ君はむしろそれを応援したでしょう。
アキト君の幸せのために自分は身を引く・・・健気ですね。
劇場版のルリ君ならそうすると思います。
アキト君の本質は弱さにある。
弱いから人の悲しみを無視できず、無視できないから優しい。
このあたりがアキト君の基本的な思考パターンだと思います。
一見強そうで、優しい・・・だから頼れる人がタイプ・・・という人が集まる・・・
しかし、それではアキト君は幸せになれません。
私的には、アキト君が一番幸せになれる相手はミナトさんだと思うのです。
彼女ならアキト君の弱さを見つけて、支えていくでしょうし、
間違いも正していくでしょうから・・・