「ひどい惨状だな」

「ええ」

「敵は?」

「現在は撤退している模様です」

「今のうち・・・というわけか」





ブロスとディアの正しいアキト君の育て方
 第三十三話 隊長





住民の罵声が聞こえる・・・

やり切れない思いだけが俺の心を埋める・・・

何時も聞いてる言葉だった。

忘れる事なんて出来ない言葉だった。

この声を聞く度に、俺は守れなかった自分の妻と子供を思い出す。

妻と息子は跡形も無く吹き飛ばされたそうだ・・・

俺は妻にとって良い夫だっただろうか?

息子にとって良い父親だっただろうか?

後悔は腐る程した。

だから今はこの人達を助けるだけだ。

さて、カズシとアキトはどうしたかな。

「隊長」

「カズシか、どうだアキトは?」

「とんでもないやつですね」

「何があったんだ?」

「実は・・・」

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

なるほど・・・

「で、隊長はどう思います?」

「狙ってやってるとしたらとんでもないやつだが、

 素でやってるとしたら・・・

 やっぱりとんでもないやつだな。

 ・・・ますます解らないな」

「確かに・・・」

「いずれにしろ俺が直接その場を見てたわけじゃないからな・・・

 なんとも言いがたい。

 もしスパイなら、口説なら、基地の女を口説くだろうし・・・

 それになかなかいいやつのようだから、監視の目は減らすか」

テンカワ アキト・・・底の見えないやつだ。





ほう、これがそのアキトが口説いたという女の子か。

・・・女の趣味は良いようだな。

「おいアキト」

「何だ?」

「彼女か?」

「ち、違う!!」

真っ赤になりながらそう叫ぶ。

・・・素で落としたわけか。

このガードの固そうな娘を・・・

演技か素か・・・いずれにしろとんでもないやつだな。

「冗談だ、

 それより、お前はどうしてこの作戦に参加したんだ?

 俺が言うのも何だがこの作戦の死亡率は高いぜ」

「死亡率が高いから・・・だ。

 それとも何か・・・人を助けるのにこの国じゃ理由が要るのか?」

「なるほどな、

 人を助けるために自分を犠牲にする英雄って訳か」

!!

な、何だ今の殺気は・・・

「俺は英雄じゃない。

 究極的には俺の利益を優先させるさ。

 俺は、勝算があるからこの作戦に参加したんだ」

勝算がある?

生き延びる自信があるという事か?

・・・なるほど、危険になったら即逃げるつもりか。

悪いとは言わないが・・・

しかし・・・そんな考え方をする奴が、まかり間違えば死ぬような作戦に参加するか?

やっぱり"アンバランス"なやつだな。





そして救出作業が半分ほど終わって・・・

タイムリミットは訪れた。

「隊長!! 前方にチューリップ四つ確認!!

 無人兵器はその数八百を数えます!!

 指示をお願いします!!」

し〜〜〜ん・・・

俺達と住民達の間に沈黙が落ちる。

今、救助した人達と逃げればギリギリ助かるだろう。

だが、残された人達はどうなる?

まだ瓦礫の下に沢山の人達がいる事は、ソナーの反応で解っている。

確実だと言える事は一つだけ・・・残っていても俺達が全滅する事だ。

撤退しても瓦礫の下の人達は死ぬ。

俺は・・・

一瞬妻と、息子の顔を思い出した。

この瓦礫の下にはそんな存在がまだ生きている。

「救助した民間人を乗せたトラックをまずは退避させろ!!

 それと歩ける人達を誘導して、この街から少しでも逃げるんだ!!」

「隊長はどうされるんですか?」

カズシが俺に聞いて来る。

「ぎりぎりまで救助活動の指揮をとる!!

 逃げたい奴は民間人を先導しながらなら許可するぞ!!」

「そんな事を言われるとだれも逃げれませんよ。」

笑いながら俺にそう話しかけるカズシ。

それもそうか。

この時、俺に笑いかける妻と息子の顔が見えた気がした。

・・・幻覚、だな。

それでも俺はその笑顔に向けて、微笑んでいたと思う。

そんな俺の視界にアキトと、アキトの肩に掴まって歩く金髪の少女が映る。

「アキト!! お前は自分のエステバリスで早く逃げろ!!

 その女の子を連れて駆け落ちしても良いぞ!!」

どうせ最初からそのつもりだったんだろ。

・・・そうか、戦場という過酷な環境だからこそ、

おびえた一般人は口説きやすい・・・そういうわけか、

結果として人を救ったんだから悪いとは言わないが・・・

俺の言葉に少女が真っ赤になる。

一方のアキトは苦虫を噛み潰したような、

なおかつ苦笑しているような、

左右非対称の微妙な表情で切り返して来た。

「やめときますよ、後が怖いですから・・・ね」

・・・どう言う事だ?

自殺願望でもあるのか?

しかしそれなら何でその少女を助けたり・・・

解らんな、この男は。

「貴方はどうするんですか隊長さん?」

アキトの肩に掴まっている少女が俺に質問する。

「俺か? 俺は最後の部下がここを撤退するまで指示を出すのさ。

 なんせ俺はこの隊の指揮官だからな」

「「軍人の割には馬鹿なんですね」」

少女は呆れたように、アキトは苦笑気味にハモリながら言う。

・・・誉め言葉だと思おう。

後ろでカズシが笑ってるのを後頭部を叩いて黙らせる。

「本来なら上官侮辱罪を適用するぞアキト、お嬢さん」

「「俺(私)は軍人じゃないですから」」

「・・・いきなり仲がいいな、君達」

さっきまで喧嘩腰で罵っていたらしいが・・・

・・・それが一時間程でアキトを見る目は恋する少女になってるし。

恐るべし、テンカワ アキト。

「取り敢えず逃げるんだアキト!!

 お前も民間人なんだろうが!!」

俺の言葉を聞いて驚く少女。

・・・自分の立場を黙っていたのかアキト?

この現場では軍人は憎悪の的だったろうに。

不器用な男だな。

俺はアキトの評価を改めた、

こいつはスパイなんかじゃない。

ただひたすらに不器用なだけだ。

だからこそ、この男にはここで死んで欲しく無かった。

「そのお嬢さんの安全の為にも早く逃げるんだアキト!!

これは一人の人間としての頼みだ」

俺とアキトの視線がぶつかり合う・・・

そして。

「断る」

「な!!」

その場にいた全員がアキトのほうを向く。

「先程言ったでしょう?

 "勝算があるから俺はこの作戦に参加した"・・・とな」

どう言う事だ?

「なら・・・俺は俺にできる事をするまでです。

 サラちゃん、悪いけどここからは別の人に送ってもらって」

そうか、サラと言う名前かこの子は。

だが・・・それ以前に何を考えているアキト。

「そんな・・・アキトはどうするの?」

「おい、アキト何を考えているんだ?」

そんな俺達に向けるアキトの視線は・・・

底知れぬ闇と、太陽のような暖かさを併せ持った、不思議な瞳だった。

その眼光の闇に気圧されて黙り込む俺とサラ。

後ろのカズシも硬直している。

「本当ならもっと早く動いても良かったんだが・・・

 その言葉が聞きたかったんでね。

 それに隊長・・・

 貴方は俺の知る軍人の中でも、上位に位置するまともな人物だ。

 ここで死ぬのは惜しい人材だと判断した。

 俺は救助に邪魔なモノを排除するまでだ。

 さっきも言った通り、俺は最終的には自分の利益を優先させるし・・・

 人の命を救うために自分を犠牲にするつもりは無いが、

 自分の目的のためなら自分を犠牲にする事も厭うつもりは無い。

 そして、あなたたちは俺の目的のために必要だ」

そう言い残して自分のエステバリスに歩き去るアキトに・・・

誰も声をかける事は出来なかった。





「お、おい、アキトを止めろ!!」

俺の声を無視して、アキトはエステバリスに乗り込む。

「あいつ、格好つけやがって、

 要するに自分が犠牲になって俺たちを助けるって事だろうが、

 そんなことされても嬉しくないぞ!!」

その声に反応するかのように一瞬だけこちらに顔を向けると、

アキトのエステバリスは、信じられない加速でチューリップへ向かって飛び立った。

「おい!!エステバリス隊!!

 アキトがそっちへ向かった!!何としてでも止めるんだ!!」

カズシが通信で上空からチューリップを偵察していた、五機のエステバリス隊に命令する。

「だ、駄目です!! 追い付けません!!」

「何てスピードだ!!」

「テンカワ機、無人兵器と交戦可能域に入ります!!」

「何だあの武器は?」

「そ、そんな馬鹿な!!」

シ〜〜〜ン・・・

突然黙り込むエステバリスのパイロット達・・・

撃墜されたのかアキト!!

俺とサラとカズシの顔が青くなる・・・

その時!!

ドゴォォォォォォォォンンンンン!!!!

信じられない音量の爆発音が俺達の耳を襲う!!

「な、何だ!!」

「キャアァァァァァァ!!」

「くっ!!」

俺とカズシは指揮用の装甲車から飛び出し・・・

信じられない光景を見た。

真っ二つにされ崩れさるチューリップ。

その周りを盛大に彩る無人兵器達の爆発光。

「テ、テンカワ機、チューリップを一つ撃沈!!

 他、多数の無人兵器を掃討してます!!」

「やっぱり!! あいつがあのナデシコのパイロットなんだ!!」

「すげ〜!! 本当にチューリップを切り裂きやがった!!」

一体、何が起こってるんだ?

俺達はまた装甲車に戻り、興奮しているエステバリス隊のパイロットに通信を入れる。

「エステバリス隊!! こっちに映像を寄越せ!!」

「了解!! 隊長、これが俺達エステバリスライダーの、エースの戦いです!!」

そして送られて来た映像には・・・

白い刃を片手にチューリップに向って突撃する、アキトのエステバリスが映っていた。  

その直線上にいる無人兵器など、紙細工の様に切り裂くアキト!!

敵の攻撃は全て最小限の動きで避け、

時にはその衝突の際の斥力や、

敵を落としたときの爆風さえ利用して加速し、またその白い刃で切り落とす!!

「す、凄い・・・」

「・・・馬鹿な」

俺とカズシの顔には驚愕しか無かった・・・

チューリップ四つの敵戦力。

これは俺の所属する駐屯地全ての戦力をもってしても、撃退は困難だ。

それを一機のエステバリスが実行している。

悪夢でなければ喜劇だった。

「凄い・・・アキトの戦いって綺麗・・・」

サラは青空をバックに華麗に飛ぶアキトの漆黒のエステバリスに、目を奪われている。

そしてアキトのエステバリスが突然、急降下に移り・・・

ブィィィィィィィィンンンンンン・・・

その右手に持つ白い刃が200m程に急激に伸び・・・ 

ザシュウゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!

チューリップを斜めに切り裂く!!

その信じられない映像は・・・

ドゴァァァァァォォンンンンン!!!!

後からやってきたチューリップの破壊音でこれが現実だと、俺達に認識させた。

「化け物・・・いや・・・これは・・・」

そう呟くカズシの心情は俺と同じだろう・・・

恐ろしいほどの戦いだが、同時に安心できる。

さっきのアキトの眼のように・・・

・・・神と悪魔、その両方を宿しているような・・・

次ぎの獲物に向けて加速に入るアキトのエステバリス。

アキトは周りの無人兵器など、眼中に無いかのように、

ただ、煩げに、無造作に、無人兵器達を切り裂く・・・

同時にその動きは無駄なく・・・

常に大量の無人兵器を切り裂いている。

無造作に・・・自然に・・・かつ計算し尽くされ・・・

まるで全ての敵の位置が、ミリ単位で見えて・・・

いや、すべての敵の次の動きがわかっている・・・

ドラマの殺陣のような・・・

優雅で・・・恐ろしく・・・神々しくて・・・禍々しい・・・

そして三つめのチューリップが沈み。

息つく暇も無く、最後のチューリップも沈んだ。





帰還してくるアキトのエステバリス。

その漆黒の機体は傷ひとつ無く・・・

エステバリス一機のみによる、前代未聞のチューリップ殲滅はここに終わった。





サラを慰めていたというアキト・・・

こちらを見もせずに、俺を威圧したアキト・・・

俺を死なせないといったアキト・・・

俺たちの全戦力を軽く凌駕するアキト・・・

サラの事でからかわれて、真っ赤になるアキト・・・

同じようにからかわれて、苦笑するアキト・・・

実に"アンバランス"なやつだ。

鬼神の如き強さ。

その年齢を疑わせる気迫と雰囲気。

暖かくサラを包んだその懐の深さ。

全てを消し去らんばかりの殺気・・・

ここまではまだ解る。

ただ裏表の激しいやつ・・・で済まそうと思えば済ませられる。

だが・・・

帰還した後のアキト・・・

大勢の中に・・・その中心にいながら、

孤高の寂しさを見せる背中。

この説明がつかない。

いつ見ても、寂しそうな・・・迷子の子供のような目をしている。

どこか無理をして笑っているような・・・

そして、光と闇・・・その両方を同時に宿した瞳・・・

相反するそれを、同時に宿す・・・そんな事ができるのか?

アキトの戦い・・・恐怖と安堵を同時に与えるようなあの戦い・・・

全てが噛み合っていない・・・

多重人格とかそういうのならまだいい。

実に"アンバランス"だ。

「テンカワ アキト・・・一体何者なんだ?」

いや、そんな事はどうでもいい、

あいつは・・・何を望む?

何を考えている?

全てを持ち、全てを持たない・・・

面白い男だ・・・

あいつは味方なのか?

・・・味方だ。

そう願いたい・・・

それに・・・あいつのあの口調、嘘を言っていたとは思えない。

それに・・・もはやスパイの可能性も無いだろう。

あそこまでの力を持つ者をスパイに使うとは考えにくい。

仮に使うとしても・・・

あそこまで目立つ行動をするとは思えない。

それに・・・アキトにスパイは無理だ。

あんなに不器用に生きている男には・・・

「それに・・・もし敵なら・・・

 俺がどんな手を打ったとしても・・・」

・・・殺される・・・消される。

俺たち・・・いや、西欧方面や、それどころか地球圏ごと・・・

アキトに対する俺の疑問と興味は尽きる事が無かった・・・

いずれにしろ・・・

あいつには協力しよう・・・

それが・・・この部隊の・・・あいつの・・・俺の・・・そして地球圏のためだから・・・





(で、これで良いかな)

『いいと思うよ、

 ま、ちょっと危なかったけどね。

 気を付け無いと・・・』

(ごめんごめん)

『結構怪しまれてはいるみたいだけど・・・

 取り敢えずはサラさんを引き入れる事にも成功したし・・・

 カズシさんも信用してくれたみたいだよ。

 シュンさんはまだ多少疑ってるみたいだけど・・・』

(シュンさんが?)

『責任者なんて疑り深い位がちょうど良いんだし・・・』

(そうなのか?)

『アキト兄はアカツキさんとユリカさんぐらいしか知らないから、

 そう思うかもしれないけど、

 自分の部下を死なせるわけにはいかないでしょ?

 自分が嫌われても部下の安全を取るのが普通だよ?』

(・・・なるほどな)

『ま、元々怪しまれるなって言う方が無理な事やってるんだし・・・

 これでアリサさんも来ると思うから、

 後は・・・ね?』

(ああ、なんとしてでも助けて見せるさ。

 俺が正義だというつもりはないが、

 非戦闘員を巻き添えにするのは・・・)

『張り切るのは良いけど、ぼろを出さないでよ。

 アキト兄問い詰められられたら全部話しちゃいそうだから・・・』

(わかってる、全てを話す決心は・・・まだついてない)

『そ、なら良いけど・・・

 変な事しちゃ駄目だよ。こっちも色々と準備ってものがあるんだから』





第三十四話に続く





あとがき

今回はシュン隊長の心境です。

取り敢えずアキト君に"協力"してくれる事となりました。

いつまでもアキト君に孤立していられても、困りますし・・・



・・・他にネタはありませんね。

しかし・・・アリサさんはアキト君に惚れさせた方が良いでしょうか?

やり方によっては、自然に違う方向に持っていけると思うのですが・・・



次回は、アリサさんとサラちゃんのネタ、

もしくはアキト君のいないナデシコについて書かせていただきます。

アリサさんの考え・・・

アリサさんはサラちゃんより鋭そうですから・・・

さてどうなる事やら・・・

また、良くも悪くもキーパーソンで、

全ての要だったアキト君がいなくなる事でナデシコはどうなるのか?

ネルガルの陰謀や、完全に信頼されていないユリカの苦悩、

ルリ君の考えと、その望み・・・

ユリカ派とアキト君派の中間にいる、ジュン君の考え・・・

ミナトさんとルリ君の会談・・・などなど、

書きたい事は何個もあります。

いつものように、期待しないで待っていてください。