「はあ・・・。
どうしたらいいんだ・・・」
ハーリー君ことマキビ・ハリは、頭を抱えて溜息をついた。
とある公園の一角に設置されているベンチ。
彼はそこに腰掛けていた。
太陽はもう西の空に沈みかけており、ここを賑わしていた子供達の姿はない。
今この公園にいるのは、気を落としたハーリーと、もう一人・・・。
「そんなに思いつめないでください」
慰めるようにかけられた言葉に、ハーリーは頭を上げて、隣に座っていた女性を見た。
「艦長・・・」
「プライベートで他人行儀は要りませんよ?」
「あ、すみません、ルリさん。
つい・・・」
一緒にベンチに座っていた女性、ホシノ・ルリは、ふふっと短く笑う。
それから、心配しないでと言う風に優しく微笑みかけた。
「口ではああ言っていても、
アキトさんはあなたのことを認めていない訳じゃないと思います」
彼女の言葉には、単なる気休めではなく、
確信のようなものが含まれている気がした。
ハーリーはそれを感じていたが、そうそう楽観的になることはできなかった。
「そうなんですか?
僕にはそうは思えませんよ・・・」
ハーリーはもう一度大きく息を吐いて、赤く染まった空を見上げた。
彼の脳裏に、アキト達と面会したときのことが蘇る。
一刻ほど前、ルリの義父母であるアキトとユリカを相手に、
ハーリーは一世一代の大勝負に臨んでいた。
「ルリちゃんとの交際を認めてほしい・・・か」
ハーリーの言い分を一頻り聞き終えたアキトは、重々しく口を開いた。
いつもは天真爛漫なユリカも、今は神妙な面持ちを浮かべている。
聞けば、二人の仲が進展してから、もうそれなりの時間が経っているらしい。
良くて姉弟という程度だったはずの二人は、
いつの間にか互いを異性として意識するようになっていた。
アキトの口調に若干の怒りが滲む。
「なんで付き合い始めた頃に言わなかったんだい?」
「そ、それは・・・その・・・申し訳なかったと思ってます。
でも、僕達は真剣に付き合ってるんですっ!
だから・・・!!」
ハーリーは膝の上で強く拳を握って、向かい側に座るアキトを真っ直ぐに見つめた。
アキトはふうっと一つ溜息をつく。
ちらりとルリを見やると、彼女は頬をほんのり赤く染めて俯いていた。
二人の仕草を見れば、ハーリーの言っていることに嘘がないことは分かる。
アキトが複雑な表情を浮かべながらユリカに視線を送ると、
彼女も同じような顔をしていた。
だが、彼女の眼は仕様がないよねと言うように苦笑している。
それに小さく相槌を打つと、アキトはハーリーとルリに向き直った。
「二人の同意のもと、そういうことになっているんだから、
俺がどうこう言うことはない」
「それじゃあ・・・」
ハーリーは息を呑んだ。
まさかこんなにも早く話がまとまるとは思っておらず、
彼の表情が安堵と期待で和らぐ。
しかし、アキトはハーリーが期待するほど簡単には首を縦に振らなかった。
「でも、形だけだったにしろ、俺達はルリちゃんの親だ。
勿論仮だし、親らしいこともしてあげられなかったけど・・・」
「だけど、ルリちゃんは大切な家族なんだ。
だから、ルリちゃんにはちゃんと幸せになって欲しいと思ってるの」
アキトとユリカが自分達の想いを打ち明ける。
「アキトさん・・・ユリカさん・・・」
ルリが涙声で二人の名前を呼んだ。
アキトとユリカはにこりとルリに微笑んだ後、真摯な瞳でハーリーを見つめた。
「君はルリちゃんを幸せにできるかい?」
「君はルリちゃんを幸せにできるの?」
ハーリーは大きく息を吸い込み、
「必ず幸せにしてみせますっ!!」
と、精一杯の誠意と決意を込めて宣言した。
アキトとユリカが顔を見合わせて頷く。
すると、アキトがおもむろに腰を上げた。
「なら、その決意・・・証明してもらおうか」
「え?」
予期していなかった発言に、ハーリーはきょとんとしてアキトを見上げた。
「幸せにすると言うのなら、それを守れるだけの力がないと、ね」
そう言いながら、彼は軽く半身に身構える。
「ルリちゃんと付き合いたいというのなら・・・俺を倒すんだな」
冗談にしか聞こえない台詞だが、アキトの表情は真剣そのものだった。
もしかすると、過去にユリカを守れなかったことが、
今でも彼の中では蟠りとなって残っているのかもしれない。
だから、彼は執拗に守る為の力を要求するのではないか。
あるいは、単に付き合わせたくないだけなのかもしれないが。
いずれにせよ、ハーリーにとって理不尽な条件には違いなかった。
「そ、そんなあ・・・!!」
ハーリーが悲鳴のような声を上げる。
彼とて相手の力量を知らない訳ではない。
しかし、軍人とはいえ、一介の副長補佐であるハーリーが、
アキトに勝てる見込みはなかった。
結局彼は戦闘を放棄し、敵前逃亡する羽目となったのだ。
「どうしたら認めてもらえるんだろう・・・」
本当に彼を倒すしかないのだろうか。
ハーリーはそう思うと気が滅入ってきて、また深い溜息をついた。
「何度もお願いしに行きましょう。
そうすれば、いつか許してもらえますよ」
ルリがまるで他人事のようにさらりと言うので、ハーリーは微かに眉をひそめた。
「ルリさんはなんでそんなに気楽でいられるんですか?」
不安げに尋ねるハーリーに、ルリは屈託ない笑顔を向ける。
「私のことを気にかけてくれないなら、
アキトさん達は何も言ったりしないでしょう。
だから、私のことを考えてくれてるんだと思うと・・・、
なんだか嬉しくなってしまって」
「そ、そんなぁ!ルリさぁん!!」
「アキトさんとユリカさんは私の大切な人ですから、
そう思ってしまうのは仕方ないです」
ルリはけろりと言い放ち、ハーリーの反応を楽しむようにくすくすと笑った。
「でも、そんなことでいちいち心配しないでくださいよ。
私の一番は・・・あなたでなんですから・・・」
ルリは照れくさそうに、いつの間にか自分より高くなった彼の顔を見上げた。
夕日に照らされ、彼女の顔は上気して見え、瞳はきらきらと艶めかしく輝く。
彼女の表情にどきっとして、ハーリーは慌てて顔を背けた。
「もっと自分に自身を持ってください。
あなたなら大丈夫ですよ、ハーリー・・・」
ルリが心持ハーリーに身体を寄せた。
そして、彼女の視線がなにかを訴えるように熱っぽくなる。
その瞬間、ハーリーの心臓がどくんと大きく鳴った。
彼女の仕草に気付かないほど鈍感ではない。
ハーリーは緊張して強張る身体を動かし、ぎこちない手つきでルリの肩に手を回した。
「ルリ・・・さん・・・」
「ハーリー・・・」
どちらからともなく身体が近づき、ゆっくりと瞼が閉じられる。
「ん・・・んむ・・・」
「ハーリー・・・」
「んん・・・ルリさん・・・」
「ハーリーっ」
「ルリ・・・さん・・・」
「おい!ハーリー!!」
「うわあっ!!」
どしぃんっ!
ハーリーは突然壁に叩きつけられたような衝撃を受けた。
叩きつけられたのは壁ではなく、見慣れた自室の床だと気付くのに、
それほど時間はかからなかった。
「あ、あれ?サブロウタ・・・さん?」
「なにやってんだよ?ハーリー。
自分から床に転げ落ちるなんて・・・」
サブロウタは呆れ顔で、ぼんやりとした瞳のハーリーを見下ろしていた。
ハーリーがきょろきょろと辺りを見回す。
「ここは・・・僕の・・・部屋?」
「昨日宿舎に戻ってきたんだから、当たり前だろ?
久しぶりの休みだからって寝ぼけすぎだぜ」
ハーリーの頭は急速に覚醒していった。
「夢・・・。
はは、当たり前か・・・、夢に決まってるよな・・・」
無性に空しさが込み上げてきて、ハーリーは溜息をついて肩を落とした。
がっかりしだした彼を見て、サブロウタが意地悪い笑みを浮かべる。
「一体どんな夢をみてたんだよ、ハ〜リ〜。
寝言で艦長の名前ばっか呟いてたぜ?」
サブロウタににやにやと笑われ、ハーリーは恥ずかしさで顔を真っ赤にした。
「べ、別に、そんな、大したことじゃ・・・!
って、それより、なんで勝手に入ってきてるんですか?!
あれほど部屋に入るときはノックをしてくださいって言ってるのにっ!」
ハーリーは恥ずかしいのを誤魔化すように声を荒げた。
睨みつけてくる彼を軽くいなして、サブロウタは澄まし顔で肩をすくめる。
「何度ノックしても起きなかったのは、お前じゃねえか」
「だからって、無断で入ってくることないでしょうっ!」
「あ、そういう言い方しちゃうんだ〜。
悪い、悪い。すぐに出て行くよ。
艦長にも断っとくから、お前はゆっくり休んでいてくれ」
思わせぶりな態度のサブロウタは、ひらひらと手を振りながら踵を返した。
ハーリーが慌てて彼を引き止める。
「ち、ちょっと待ってくださいよ・・・!
なんでそこで艦長が出てくるんですか?!」
「艦長が一緒に昼飯を食べないかって言うから、
お前をわざわざ起こしに来てやったのになあ・・・」
「えっ!ホントですか?!」
「勝手に入った俺が悪かったよ。
お前は宿舎でのんびりしてればいいさ」
じゃあなと言い残して、サブロウタは部屋を去ろうと扉に向かう。
「ごめんさない!ごめんなさい!!
起こしてくださってありがとうございますっ!
お願いですから、連れてってください〜!!」
ハーリーはサブロウタの足にすがりつき、目じりに涙を溜めて懇願した。
さすがに、サブロウタも顔を引きつらせる。
「じ、冗談だよっ。
泣いてる暇があったら、さっさと準備しろって!
艦長が待ってるんだからな」
「は、はいっ!すぐ行きます!!」
ぱっと顔を輝かせたハーリーは、物凄い勢いで着替えを済ますと、洗面所に駆け込んだ。
早くしろよとサブロウタが去り際に言ったのを聞き流し、顔を洗って歯を磨く。
ハーリーは鏡の中の自分を見つめ、ぱちんっと自分の両頬をはった。
「よしっ」
心機一転。
ハーリーは気合を入れなおすと、急いで部屋を飛び出した。
宿舎の廊下を走りながら、彼は心の中で唱える。
自分を磨いて、きっとあの人に相応しい男になってやる。
いつか自分に自信が持てた時は、その時は・・・。
彼はぐっと拳を握り締める。
そして、真っ直ぐ前を見据えて、力強く駆け出していった。
<あとがき>
ハーリーがルリに抱く感情は、姉に対するそれに近いものだと思ってます。
にも関わらず、大人びたハーリーとルリのお付き合いを
描くつもりだったんですが・・・夢オチに。
ありがちなパターンと言われるとそれまでなのですが。
よくギャグキャラ的扱いをうけるハーリー(偏見でしょうか?)を
かっこよく書きたいと思って筆を執りました。
夢オチの場合、夢を見ている当人以外の人物の感情の描写や、
当人の知りえない情報が出てくるというのはおかしいですよね?
いろいろと都合の悪いところがあったかもしれませんが、
了承していただけるなら幸いです。
ネタ的にも、手腕的にもまだまだな私の文ですが、
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
代理人の感想
まぁ、ネタとしてはありですな(笑)。
ただ、前回よりはかなりましですが、短編としてのまとまりはやはり悪いので頑張ってください。
>ギャグキャラ的扱い
何を言うにも劇場版のハーリーダッシュがなぁ・・・・(苦笑)