事件は突然に起こった。

場所は火星の北極冠に位置する古代遺跡。

通称―――イワト。

以前、“火星の後継者”を名乗る連中がクーデターを起こした際、

主犯格が本拠地にしたことでも有名である。

そのクーデターから二年と経っていない六月の半ば。

とりあえずは平穏を取り戻しつつあった火星極冠は、

再び争いの舞台となろうとしていた。




『火星極冠遺跡の警護部隊が、所属不明の部隊に襲撃された。

 ナデシコはすぐに救援に向かえ』

それはあまりにも急な知らせだった。

ちょうど火星近海の巡回任務に就いていたナデシコは騒然となった。

火星の遺跡の最深部には、幾何学的な模様が刻まれた立方体―――

これを指して“遺跡”と呼ぶこともある―――が安置されている。

いまだ全容が解明されていないその“遺跡”は、

古代文明の遺産であると同時に、ボソンジャンプの要諦。

使い方次第で、人々の生活に役立てることも、

凶悪な軍事兵器の一種にもなりえる代物である。

そして、“遺跡”が悪用される危険性は、

“火星の後継者”によるクーデター事件で証明済み。

だからこそ、ナデシコが受けた緊急連絡は衝撃的だった。

“火星の後継者”の残党か。

はたまた模倣犯か。

いずれにせよ、遺跡が狙われているのだとすれば、事態は急を要する。

先のクーデター以来、遺跡には連合宇宙軍が常駐し、厳戒な警備を行っていた。

それでも、敵の戦力、規模によっては、

ナデシコ到着前に“遺跡”が奪取されてしまうかもしれない。

最悪の事態が現実になっていないことを祈りつつ、現場へ急行するナデシコ。

しかしながら、駆けつけた一同を出迎えたのは、

敵勢力など見あたらない閑静な遺跡の風景だった。

まず、その不自然な点に気づいたのは、

状況確認のためにレーダーを注視していたハーリーことマキビ・ハリ。

そして、彼からの情報に目を通していた艦長ホシノ・ルリだった。

「すでに戦闘領域に突入しているはずですが・・・変ですね、艦長」

「ええ。襲撃されたと聞いていましたけど、静かすぎます。

 ハーリー君、護衛艦アマリリスは?」

「識別信号確認。アマリリス、健在です」

「回線を開いてください」

「わかりました・・・あれ?・・・つ、つながりません。

 通信機の故障でしょうか?」

「なるほど・・・確かに、不可解な状況になっているようですが、

 私達の行うことに変わりはありません。

 ナデシコは護衛部隊の援護に向かい、“遺跡”を死守します」

「了解」

「なにが起こるかわりません。

 みなさん、細心の注意を払ってください」

ルリが注意を促すまでもなく、現在の状況は誰の目にも奇妙に映っていた。

地表を抉った大穴に建造されている古代遺跡の中心で、

アマリリスは身動き一つとろうとしない。

非常事態において、かたくなに口を閉じ続ける僚艦の姿が、

ナデシコに言い知れぬ緊張感を与えていた。





「こちらは地球連合宇宙軍第四艦隊所属ナデシコC。

 アマリリス、応答願います」

戦闘態勢にあるナデシコは、護衛艦アマリリスへの呼びかけを続けながら、

慎重かつ迅速に遺跡へと接近していた。

まったく状況がつかめない今、なにがあったのかを確かめるためにも、

護衛部隊と交信する必要があった。

「アマリリス、応答願います」

ハーリーが繰り返し呼びかけるも、一向に返答はない。

すでに遺跡は目の前に迫っており、

ナデシコは直径十キロメートルにも及ぶ遺跡の周縁にさしかかっていた。

アマリリスは相変わらず遺跡の中心部上空に停止し、沈黙を保っている。

と、そのとき、はじめてアマリリスが反応を見せた。

ゆっくりとその場で旋回し、艦首をナデシコのほうへ向けたのだ。

「えっ!?」

ハーリーは驚愕した。

アマリリスがこちらを向いたからではない。

その主砲、グラビティブラストが発射体勢に入っていたからだ。

「アマリリス主砲に重力波反応!?

 グラビティブラストがチャージされてます!!」

「回避・・・は間に合いませんね。

 みなさん、衝撃に備え―――」


ドォォォン!


ルリの声は、振動と衝撃にかき消された。

直撃。

だが、ナデシコの白い船体に傷はない。

事前に展開していたディストーションフィールドが、グラビティブラストを防いだ。

念のため、主砲にまわす分のエネルギーも、フィールドにつぎ込んでいたのが幸いした。

「なんでアマリリスがナデシコを!?

 ま、まさか・・・裏切り!?」

ハーリーは顔を真っ青にして声を上げた。

突然、友軍から攻撃をされれば、驚くのは当たり前。

それが威嚇などではなく、明確な敵意をもって放たれたのであれば尚更である。

だが、ルリは動揺する仲間を落ち着かせるように、

いつもと変わらぬ冷静な口調で言った。

「いえ、裏切りは絶対にありません。

 あの艦を指揮しているのは、ミスマル指令が信頼する、私達もよく知る人物です」

ルリの言葉で、クルー達に冷静な思考が戻った。

地球連合宇宙軍第三艦隊所属の戦艦アマリリス。

安定した高い能力を有する、宇宙軍のエリート部隊。

それを指揮するのは、派手さはないが、

何事もそつなくこなす優秀な艦長だと聞いている。

確か名前は―――。

「あ!アオイ艦長!!」

「そうです。アオイ中佐が裏切るとは考えられません。

 きっとなにか理由があるのでしょう」

「でも、通信手段がないので、確かめようがありませんよ。

 こっちから攻撃するわけにもいきませんし・・・どうします?」

「大丈夫です。ほら、さっそく向こうから連絡がきました」

「へ?」

ルリに促され、ハーリーがアマリリスに目を向けると、

その艦橋付近から、ちかちかと光が点滅するのが見えた。

「も、モールス信号ですか・・・!?」

「シンプルな手段ですが、それだけに有効でもありますね。

 ええっと・・・ワレ、敵ノハッキンングニヨリ、制御不能」

「ハッキング!?そんなっ!

 軍の戦艦をのっとるなんて、まず不可能ですよ!」

「いえ、そうとは言い切れません。私なら簡単ですからね」

「そ、それは、艦長の得意分野で・・・って、まさか!?」

「そう。私達、マシンチャイルドなら可能、ということです」

ルリはあっけらかんと言い放つ。

ハーリーは目を大きく見開いた。

「ぼ、僕達以外にもいるんですか!?しかも、敵だなんて・・・!」

「落ち着いてください。あくまで推論です・・・っと、信号の続きですね。

 敵戦力ハ、ボソンジャンプ可能な戦艦一隻。注意サレタシ」

「単独ボソンジャンプできる戦艦・・・そんなものが存在するんですか?」

信じられないとばかりに、ハーリーがつぶやいた。

直後、ブリッジに警報が鳴り響く。

ルリは、ナデシコの前方、遺跡を挟んだ向かい側の空を睨んだ。

「答えが出ましたね。

 実在しているようですよ」

ぐにゃりと景色が歪んだかと思うと、なにもない空間に光が溢れた。

≪警告≫

≪ボソン粒子増大≫

≪質量推定:戦艦クラス≫

≪識別信号なし≫

「あれがアマリリスに奇襲させた張本人みたいですね」

瞬く間に、ルリの周囲は、解析情報を載せたウインドウで埋め尽くされる。

その間も、光の粒子はとめどもなく溢れ続け、やがて一隻の船へと姿を変えた。

現れたのは、騎兵槍のような流線型の船体をもつ、白い戦艦。

かつてのコロニー連続襲撃犯が使用していたものとデータが一致する。

それを確認したハーリーは、驚愕の表情で振り返った。

「か、艦長!この照合結果・・・!!

 じゃあ、この襲撃犯って!?」

およそ二年前。

世間を騒がしたコロニー連続襲撃事件。

その主犯は素性もわからぬまま生死不明となっており、

ついに事件の真相が明らかにされることはなかった。

しかし、それはあくまで世間一般の話。

一部の人間は、犯人の氏名や動機、その後ろ盾まで知っているのだ。

もっとも、それはごく少数の関係者のみであり、

ナデシコにおいても、ルリを除けば、ハーリーとサブロウタの二名だけ。

だからこそ、ハーリーは驚いた。

全ての事情をこと細やかに把握しているわけではないが、

コロニーを襲撃せざるをえなかった人物と、ホシノ・ルリとの関係くらいは知っている。

「どういうことですか!?

 なんであの船が!?

 で、でも、だって、あれは―――」

「あれは敵です」

動揺しすぎて混乱気味のハーリーを見て、ルリは顔色一つ変えずに断言した。

≪敵機動兵器確認≫

≪機数:二≫

≪データ照合≫

≪結果:幽霊ロボット≫

ルリは新たなに表示されたウインドウを一瞥してから、仲間達に命令を下した。

「ナデシコはアマリリスと協働し、“遺跡”を狙う所属不明部隊を迎撃します。

 グラビティブラスト、チャージ開始。

 タカスギ大尉は、アマリリスのエステバリス隊と連携し、

 敵人型兵器を撃破してください」

『了解です』

ルリとハーリーの目の前に、ピッ、とウインドウが開き、

すでに発進体勢に入っていたサブロウタが現れた。

『しかし・・・それでいいんですか?』

そのサブロウタが、珍しく言葉を返した。

年下の艦長であっても、全幅の信頼を寄せている彼にしては、本当に珍しい。

また、ウインドウ越しの彼の表情は、真剣そのものだった。

平素のひょうひょうとした雰囲気はない。

彼の視線を真正面から受け止めたルリも、真剣な面持ちでうなずき返した。

『すみません。余計な気を回しすぎたみたいですね』

もうサブロウタは口答えしなかった。

『了解しました。

 僚機と連携して、敵人型兵器を撃破します』

「ち、ちょっと待ってください・・・!」

迷わず命令を復唱したサブロウタに、今度はハーリーが声を上げた。

「一体どうなっているんですか!?

 というか、なんで僕達が戦うことに!?」

『ハーリー』

「だって、タカスギ大尉も知っているでしょう!

 あれに乗っているのは艦長の―――」

『ハーリー!!!』

突き刺さるようなサブロウタの怒鳴り声が、ハーリーの言葉をかき消した。

いつになく厳しい剣幕に、ハーリーは、びくっと身体をすくませる。

事情をのみこめていない他のクルー達が、

ウインドウに映るサブロウタと、目をまん丸にしているハーリーを振り返った。

何事だろうか?

どうせまたいつもの喧嘩じゃないのか?

それにしては、妙に雰囲気が・・・。

そんな興味半分、戸惑い半分の視線が、二人に集中する。

緊張感を含んだ、ぎくしゃくした空気がブリッジ中に広がった。

パンパンッ。

その息苦しい雰囲気を霧散させるように、ルリが手を打ち合わせた。

「みなさん、敵はすぐ目の前ですよ。油断しないでください。

 ほらほら、ハーリー君とタカスギ大尉も。

 こんなときくらいは真面目にお仕事しましょうね」

一同を見渡すルリは、いたってのんびりとした表情だった。

そんな彼女を見たクルー達は、なんだやっぱりいつものじゃれ合いか、

と納得して、それぞれの仕事に戻っていく。

傍目には普段と変わりないルリの様子だが、

それが場を取り繕うための建前にすぎないことに、サブロウタは気づいていた。

ハーリーも然り。

ただ、二人とも彼女の胸の内に秘められた思いまでは知らない。

『ちっ』

サブロウタは小さく舌打ちして、ばつが悪そうに頭をかいた。

自分が軽率に大声を出したことで、周囲から余計な関心を集めてしまった。

なにか事情があるらしいルリを慮ったつもりが、

逆にその本人にフォローさせてしまったのでは世話がない。

ふと見ると、ハーリーもすっかり縮こまってしまっていた。

『ハーリー、怒鳴ってすまなかった』

サブロウタは小声でハーリーに話しかけた。

『確かにお前もいろいろ言いたいことはあると思う。

 俺もないわけじゃない』

「・・・サブロウタさん?」

『でも、これは艦長命令だ・・・わかるな?』

サブロウタがなにを言わんとしているのか、ハーリーはわからなかった。

しかし、二人が目を合わせた瞬間、それは伝わった。

サブロウタの真摯な瞳の中には、わずかながらルリに対する疑問が浮かんでいる。

それでもなお彼がルリの命令に従うのは、彼女を信頼しているからだ。

ハーリーは力強くうなずいた。

「そうですか・・・そうですよね!」

たとえルリの考え全てを理解しているわけでなくても気にしない。

少なくとも、今は気にしない。

彼女の指示どおりベストを尽くす。

それはいつもと同じ自分の務め。

しかし、それこそが今の自分のすべきことだと思えた。

ハーリーは、パン!と自分の両頬を張った。

「すみませんでした、艦長!

 すぐにグラビティブラストのチャージを開始します!」

シートに座りなおし、背筋を伸ばした。

そんなハーリーを見て、サブロウタも満足そうに笑った。

『それでこそだ!

 っしゃ!俺も出るぜ!』

言うが早いか、サブロウタの乗る青いエステバリスが、カタパルトから飛び出していく。

ルリは彼らから目をそらすように、そっとまぶたを閉じた。

自分に対して疑問を押し込めて、仲間達は忠実に自分の指示に従ってくれる。

頼もしい彼らに対して、

(ごめんなさい・・・)

と、心の中でつぶやく。

それから、大きく息を吸い込んだ。

脳裏に、ある言葉が蘇る。


―――今度会うときは、敵同士だ。


彼らと最後に会った日。

真剣な面持ちで切り出す彼に、ルリは次のように返した。


―――わかりました。そのときは、私も容赦しません。


あのときの気持ちに嘘偽りはない。

肺いっぱいに溜めた空気をゆっくりと吐き出し、心を決める。

ルリは目を開けた。

あのときの言葉に従い、全力で敵を討つべく、自身のIFS強化体質をフル稼働させる。

瞬く間に、彼女の全身がまばゆい光で包まれた。

「私は友軍をハッキングから護ります。

 正直、敵の妨害を抑えるので手一杯になると思うので、ハーリー君、

 あなたにナデシコの全システムを任せます」

「は、はい、了解です!」

ハーリーが威勢よく返事した。

彼以外にも、ルリの抜けた穴をカバーしようという意思が伝わり、

クルー全員の表情に気合いがみなぎる。

ルリは新たに小さなウインドウを一つ表示した。

「いくよ・・・ラピス」

独り言のようなルリのつぶやきは、誰の耳にも届くことなく、

ブリッジの空気に溶け込んでいった。






場所は変わって、戦艦アマリリスのブリッジ。

敵のハッキングを受け、なすすべないにもかかわらず、

そこの空気は思いのほか落ち着いていた。

もう散々足掻いた末の諦観か、優秀な指揮官の手並みによるものか。

はたまた、強力な援軍が現れたことへの安堵からか。

事実は、それらの要因すべてが重なり合ったためだが、

一番大きかったのは、やはり援軍ナデシコの到着だろう。

アマリリスを統べる艦長アオイ・ジュンは、いつでも動けるよう部下を待機させつつ、

静かにナデシコからの働きかけを待っていた。

正直、待つしか手がなかった。

『アマリリスのみなさん、こんにちは』

突然、のん気な挨拶と一緒に、大きめのウインドウがブリッジに現れた。

そこには映っているのは、待ちに待った救世主、ホシノ・ルリだ。

全身に光の紋様をまとう姿は、まさに“妖精”と呼ぶにふさわしく神秘的である。

彼女の登場で、にわかにブリッジ内が騒がしくなった。

『遅くなってしまってすみません。

 突然ですが、もうハッキングの影響はないはずです。

 どうですか?』

「え!?い、いつの間に!?

 艦長!ハッキングされていたシステムが、すべて復旧しています!」

オペレータの一人が驚愕の声を上げた。

周囲から、すごい、さすが、といった歓声が沸く。

ジュンも手元のコンソールで、正常に動作しているシステムを確認すると、

ウインドウの中のルリに向かって感謝を述べた。

「助かりました。

 さすがですね、ホシノ少佐」

任務中であるため、やや他人行儀。

そんなジュンに対して、ルリも一人の軍人として応じる。

『いえ、気にしないでください。

 それに、まだ気を抜くのは早いですよ』

「艦長!敵機動兵器、急速接近!

 まっすぐこちらに向かってきます!」

「ただちにエステバリス隊を出撃!

 敵機を迎撃するんだ!

 敵戦艦はアマリリスで叩く!

 ナデシコも援護をお願いします!」

『わかりました。

 ですが、私は敵ハッキングへの対応に専念したいので、

 アオイ中佐に指揮をお願いしたいのですが』

「私が?・・・了解しました。

 私が全軍の指揮を執らせてもらいます」

『ありがとうございます』

「かまいませんよ。

 なにより、ホシノ少佐の援護ほど心強いものはありません」

お願いします、と伝えてから、ルリはウインドウごと姿を消した。

ジュンは表情を引き締めると、ブリッジのクルー達に向き直った。

「エステバリス隊は!?」

「すでに全機出撃!」

「よし!エステバリス隊は敵所属不明機二機を撃破!

 アマリリスはエステバリス隊を援護しつつ、敵戦艦を抑える!」

『了解!』

「了解!」

ジュンが命令を下すと、クルー達が威勢よく返事した。

“電子の妖精”が援護してくれるということが、彼らのテンションを上げているのだろう。

なんにせよ士気が高まるのはよい傾向だ。

そんな中、ジュンは誰にも気取られぬよう、密かに回線を開こうとした。

だが、思いとどまり、首を振った。

すでに戦いは始まっている。

「なにを考えている・・・」

ジュンは誰に言うともなくつぶやいた。

彼の視線は、後方から援護に駆けつけてくれるナデシコに向けられた後、

自軍のエステバリス隊と交戦状態に入った正体不明機二機に向けられた。






真っ黒に塗られた、エステバリスより一まわり以上も大きい体躯。

その両肩に装着された大型のスラスターユニットは腰近くまで達しており、

背部からは翼や尻尾を思わせるバインダーが生えていた。

既存の兵器のいずれにも似つかず、禍々しいとすら思える。

それが敵機動兵器の姿だった。

明らかに耐久力を重視した巨体でありながら、

驚異的な機動性をみせる二機を目の当たりにし、ハーリーは驚愕の声を上げた。

「し、信じられない!

 たったの二機で五機と渡り合うなんて・・・!」

彼の言葉どおり、正体不明の二機は、サブロウタとアマリリスのエステバリス隊、

計五機を相手に互角の戦闘を繰り広げていた。

サブロウタは言うまでもなく、アマリリスのパイロット達も、

経験、技術の両方を積み重ねた猛者達である。

その彼らを前にして、勝るとも劣らぬ正体不明機。

敵ながらあっぱれとは、このことだろう。

しかし、互角と言っても、やはり数の上での不利さは押し返せず、

敵機は防戦一方になりつつあった。

お互いが決め手に欠け、戦闘は持久戦の様相。

そのすきに、ナデシコとアマリリスは、敵戦艦の両舷に回り込んでいた。

戦艦は警戒するように留まりながらも、ナデシコを迎撃する姿勢を見せている。

これを好機と見て、ナデシコとアマリリスの二隻により挟撃する作戦だ。

いくら高性能な戦艦であろうと、所詮は一隻。

二方向からの攻撃に対応することは容易ではない。

もうすぐ作戦通りの位置に回り込める。

そう思った瞬間、ジュンが叫んだ。

『ナデシコ!敵機がそっちへ向かった!!』

「えっ!?」

ハーリーは慌ててレーダーに目をやった。

五機を相手に攻めあぐねていた敵機は、持ち前の装甲と推力にものを言わせて、

強引にエステバリス隊を振り切ったようだ。

母艦を護るため、ナデシコに急速接近している。

「ど、どうしましょう!?艦長・・・!!」

「ディストーションフィールドは?」

「展開してはいますが、グラビティブラストのチャージを優先しているので、

 出力は通常の五割も出ていません!」

「ここは守りに徹しましょう。

 すぐにタカスギ大尉達が駆けつけてくれるはずです」

ルリは自身の作業に集中しながら答えた。

モニタに映る敵機。

ふとそれらを見たルリは、再びある言葉を思い出した。


―――絶対に油断しないことだね。私達は躊躇いなくルリちゃんにも引き金を引く。


彼女は自分に向かって、そう言い切った。

その言葉が冗談でも脅しでもないということは、彼女の目を見ればわかった。

だから、ルリも決意を込めて彼女と視線を合わせた。


―――遠慮なくどうぞ。二人がそうするというのであれば、私は・・・。


ルリはつぶやく。

「あなた方を―――」

「敵機動兵器接近!」

ハーリーが叫んだ直後、ナデシコのディストーションフィールドに、

二つの黒い機体が弾丸のごとく突っ込んできた。

「フィールド出力低下!?

 そんな・・・!戦艦のフィールドを破る気なのか!?」

見えない壁にぶつかった敵は、それでも推力を落そうとしない。

互いのディストーションフィールドが干渉し合い、凄まじい騒音を立てる。

しかし、それもわずかな時間だった。

「フィールド消滅!」

「そんな・・・!」

「敵機来ます!!」

ブリッジは騒然となる。

鎖から解き放たれた獣のごとく、敵機はナデシコに突進してきた。

「か、艦長・・・!!!」

ハーリーは悲鳴をあげた。

黒い巨体が真っ直ぐ突撃してくる。

あの質量と速度で体当たりされたら、戦艦の装甲と言えど、ひとたまりもないだろう。

ところが、二機はブリッジにぶつかるすんでのところで急停止し、

両腕のハンドカノンを構えた。

至近距離から確実に撃ち殺すつもりだ。

目の前に突きつけられた大きな銃口に、ブリッジのクルー達は声を失った。

銃の先で叩けるほどの距離ならば、誤射など期待もできない。


ガァァァン!


衝撃音が鳴り響く。

死んだ。

誰もがそう覚悟し、目を閉じた。

しかし、いつまで経っても痛みは襲ってこない。

恐る恐るまぶたを開けると、目の前にいたはずの黒い機体がいなくなっていた。

『みんな!無事か!?』

ブリッジにサブロウタのウインドウ通信が飛び出した。

えぐっ、とハーリーが涙ぐみ、

「た、タカスギ大尉〜!」

『全員無事みたいだな・・・よかった』

「ありがとうございます、タカスギ大尉。

 助かりました」

ルリも、ほっと安堵の息をもらしていた。

目の前に、青いエステバリス―――サブロウタが現れる。

ナデシコが撃たれる直前、彼は二機を狙撃し、退けたのだ。

サブロウタはナデシコをかばうようにブリッジの前に陣取った。

遅れて、アマリリスのエステバリス隊も到着する。

一方の敵機は、体勢を整えようと、母艦近くまで後退していた。

両腕に装着されていたハンドカノンも、片方ずつ吹き飛んでしまっている。

これで二機とも攻撃力は半減した。

「正直、ここまでするとは予想してなかったぜ・・・」

サブロウタは苦々しくつぶやいて、レールガンを敵機に向けた。

それを合図に、他のエステバリス四機も銃を構える。

黒い二機は使えなくなった武器など気にもしていないようで、

機体各所にあるスラスターを展開し、攻撃の意思を示した。

仕切りなおしとばかりに、睨み合う両軍。

上空から、なにかが降り注いだのは、ちょうどそのときだった。

「え?」

ルリは目を見開いた。

予想外の出来事に、思わず艦長席から腰を浮かす。

敵の白い戦艦に落ちたのは、三発のグラビティブラストだった。

いずれも艦の中心を確実に捕らえていたが、ディストーションフィールドに阻まれる。

持ちこたえた敵艦を見ながら、ルリはつぶやいた。

「こ、これは・・・」

「援軍です!艦長!」

報告と同時に、さらにグラビティブラストが発射された。

またも敵戦艦はフィールドで防ぐ。

その背後に、アマリリスと同型の戦艦が、二隻の駆逐艦を従えて降下してきた。

識別信号は地球連合宇宙軍。

友軍の戦力が増すに越したことはない。

しかし、ルリの表情には、隠しきれない戸惑いがにじんでいた。






『ナデシコ、アマリリスを援護し、敵部隊を撃破する!

 一筋縄ではいかない相手だ!

 総員、全力でかかれ!!』

援護に駆けつけてくれた部隊を率いる艦長は、男気ある熱血漢だった。

そして、どうやらホシノ・ルリを敬愛してやまない人物でもあるらしい。

彼の人柄は、

『“電子の妖精”と共闘できるなど恐悦至極!

 我らが命に代えてもお護りします!』

という台詞に表れている。

“電子の妖精”とは、ルリの高度な電子戦術と、その神秘的な容姿を称える愛称。

宇宙軍内には、彼女の熱狂的なファンさえいる。

この熱血艦長は、そのなかの一人。

そして、彼の部下もまた、ほとんどが彼と同じ“妖精”のファンらしい。

そんな彼らだからこそ、ルリと敵対する所属不明部隊への戦意は、異常なほど高かった。

『全砲門、開け!

 目標、敵戦艦!』

『全艦、発射準備完了!』

『撃てぇ!!』

戦艦、駆逐艦に搭載されている全ての砲台が一斉に火をふいた。

グラビティブラストや実砲弾、ミサイルなど、あらゆる火力をつぎ込んで、

白い戦艦のフィールドを削り取っていく。

その脇で繰り広げられていた、人型兵器同士の戦いも戦況が一変していた。

増援が加わったナデシコ・アマリリスの協同部隊は、

圧倒的戦力差で敵機を追い回していた。

尋常ではなかった敵の二機も、

さすがに九機ものエステバリスを同時に相手をすることはできないようだ。

被弾回数は着実に増え、次第に動きが鈍くなってきている。

「艦長・・・いいんですか!?」

ハーリーは我慢できなくなってルリを見た。

大きな声を出さずにはいられなかった。

振り返ると、ルリはいつの間にやらウインドウとの睨めっこに戻っている。

しかし、援軍が現れた瞬間、彼女がわずかな動揺をみせたことを、

ハーリーは見逃していなかった。

これまで、どのような事件も冷静沈着に解決してきた彼女が、

今回の緊急事態においても落ち着き払っていた彼女が、確かに動揺した。

その理由は明らかだった。

なんらかの考えをもって、この事態に臨んだルリにとっても、

軍艦三隻の増援は、イレギュラーな出来事だったに違いない。

つまり、今の一方的な展開は、彼女の想定の範囲外ということになる。

だからこそ、ハーリーは声を上げずにはいられなかったのだ。

「艦長!本当にこれでいんですか!?」

「敵部隊が投降に応じなかったので、撃破するしかありません。

 最優先すべきは“遺跡”の死守です」

「そうじゃな・・・いえ、そうですけど・・・」

「いいんです、これで。

 こうするしかないんです」

ルリはハーリーと視線を合わせないまま、淡々と答えた。

それが自分自身に言い聞かせているようにも聞こえて、ハーリーは言葉を失う。

そうこうしているうちに、とうとう敵艦のディストーションフィールドが破られた。

『やりました!敵戦艦のフィールド消失!!』

『よし!一気にたたみかける!』

丸裸になった敵に対して、ここぞとばかりに、三隻の友軍艦が主砲を放った。

そこにナデシコとアマリリスも加わる。

嵐のような猛攻が、容赦なく敵の戦艦を襲った。

ディストーションフィールドを失った戦艦はもろかった。

やすやすと船体の中心を貫かれ、爆発を起こす。

誰もが敵艦の撃破に気をとられたそのとき、満身創痍の敵機動兵器が急加速した。

「艦長!敵人型兵器接近!!」

ハーリーが慌てて報告した。

敵機は最後の力を振り絞り、これまでにない速度でナデシコに向かっていた。

ただ、その一直線に突き進む単調な機動には、先の巧みな操縦技術の影はない。

ナデシコだけでも道連れにしようという腹か。

しかし、それも無駄な足掻きだった。

『ナデシコをやらせるな!“妖精”を護れ!!』

彼が声を上げると同時に、エステバリス隊は一斉に敵機を狙い撃った。

無防備に背中を見せていた敵は、弾丸のほとんどを被弾してしまう。

頭が飛び、腕が砕け、足が爆ぜた。

遺跡へ沈んでいく母艦を追うように、ばらばらになった敵機の破片が落下していく。

今度こそ終わった。

そう思って、その場にいた全員が一息ついた直後、またもや事態は急変した。

全友軍艦のセンサーが異常を検知したのだ。

≪熱量増大≫

≪敵艦動力炉暴走≫

≪危険≫

「えっ!?こ、これは!?」

「ハーリー君!作戦領域から緊急離脱!

 全速上昇!急いで!」

「は、はいっ!」

ナデシコに続き、アマリリス、その他三隻の戦艦は上空へと退避した。

一体、なにが起こるのかはわからなないが、ただ事でない。

ひたすら上昇し続け、遺跡の大きさが半分くらいに見えるところまで昇った頃。

突然、遺跡は光に包まれた。

しかしながら、それ以上のことが起こる気配はない。

やがて遺跡全域を覆った光が消えると、そこには大きな穴が残されているだけ。

なんの変化も見られないその光景を、一同は拍子抜けした面持ちで眺めていた。






大騒ぎしたわりには、結局、大事には至らなかった。

かと思えたが、事実は違った。

ナデシコが慎重に降下していくにつれて、クルー達から表情が消えた。

つい先ほどまで遺跡があったはずの場所に遺跡がない。

上空から見えていた穴は、文字通りただの穴だったのだ。

大地をスプーンで抉り取ったように、きれいな半球状のクレーターができている。

みんな一言も喋らず、目の前の変わり果てた風景に見入っていた。

まるで時間が止まったかのように固まっている。

その沈黙を破って、複数のウインドウが表れた。

内容は、先の現象の解析結果である。

我に返ったハーリーが、ルリを見上げて言った。

「さっきのはやはり動力炉の・・・って、艦長?」

「・・・」

「艦長〜?」

「・・・」

「艦長!」

「えっ?あ、はい。

 なんですか、ハーリー君?」

「解析結果が出ましたよ。

 あれはやはり動力炉の暴走によるもののようです」

「周辺空間の強制相転移・・・ですか」

「はい。まさかこんなことが起こるなんて・・・。

 それにしても、なんにもなくなっちゃいましたね」

ハーリーは改めて眼下に広がるクレーターを眺めた。

何度見ても、遺跡の残骸など全く見当たらない。

直径10キロメートルもある遺跡を、跡形もなく消滅させた原因を、

無差別の特大相転移砲とでもすると、

その有効射程範囲は直径20キロメートルにも及んだかもしれない。

一同は、改めて全員無事でいられたことに安堵した。

しかし、本来の目的を考えると、手放しで喜んでいられる状況でもない。

「作戦は・・・失敗ですね」

ルリは背もたれに体重を預け、一つ深呼吸した。

「戦闘モード解除。

 エステバリス収容後、地球に向けて帰還します」

「了解」

ルリの命令を合図に、ようやくクルー達は自らの役割に戻った。

それでも、どこか現実でないような、ぼんやりとした感覚が抜けきっていない。

火星極冠遺跡は正体不明の襲撃部隊と共に消滅。

その事実のみを手に、ナデシコら宇宙軍艦隊は火星北極冠から離脱する。

次第に、地表に残された遺跡の跡が小さくなっていく。

ルリはそれをウインドウ越しに、じっと眺めていた。

肉眼で確認できなくなるまで目を離さず、

見えなくなっても、ずっとウインドウを見つめて続けていた。












<あとがき>

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

イメージしたのは『だまし合い』。

信頼を寄せてくれる仲間を裏切り、その仲間が裏切らないことを信じる。

身勝手な信頼を押し付けられた側もまた、裏切ろうとする仲間を信じる。

仲間なら、妄信ともいえる信頼で結ばれていたい、なんて考えています。

またお付き合いいただけたら幸いです。

本当にありがとうございました。

 

 

第六話