幻想と電子の空間に、少女がたゆたっていた。
何をするでなく、何を思うでなく。
ただ在り続けるためだけに、少女はそこに在った。
だが。
だがしかし、少女には『予感』があった。
15年前に、喪ったモノ。
己の半身が還ってくる、そんな感触にも似た何か。
情報の波に洗われながら、少女はひたすら在り続けていた─────────
「・・・・・・うわあ、すげえ・・・・・・」
「・・・む。何処の組織のモノかは知らんが、大した設備だ」
時間は少々遡り、『GEAR戦士・撫子』がコンテナに収容された後。
移動している気配が消え、堅く閉ざされていたコックピットが開いた。
開けた視界に飛びこんできたものは・・・・・・薄闇に満たされた、大規模な格納庫だった。
「・・・でも、誰もいないな?」
「・・・・・・ああ・・・・・・ここは無人制御なのかもしれん。どうも、秘密基地の匂いがする」
アキトがきょろきょろと辺りを見回しながら言うと、北斗が足元を調べながら応える。
「・・・何やってんだお前?」
「縄梯子か何かを降ろすスイッチを探している・・・・・・む、これか?」
北斗が小さな蓋を跳ね上げると、赤いボタンが現れた。躊躇なく、そのボタンを押しこむ。
「お、おい!? 自爆スイッチだったりしたら・・・・・・」
ばしゅっ
慌てたアキトだったが、小さな空気音と共に射出されたワイヤーを見て、胸をなで下ろす。
「・・・・・・ふ〜。全く・・・・・・心臓に悪いから、ワケ解んないボタンいきなり押すなよな」
「馬鹿かお前は。こんな押し易い所に自爆スイッチなどあるものか。少しは頭を使ってから喋れ」
呆れ果てたと言わんばかりの北斗に、むっときて言い返す。
「ほ〜? ンじゃあそのスイッチ、『自爆スイッチではありません』とでも書いてあんのかよ? どれどれ〜? ・・・な〜んだ、なぁぁぁぁぁぁんにも書いてませんけど〜? それで良くわかるよなー。いやあすげえすげえ。」
「・・・貴様、馬鹿にしてるのか?」
「とぉぉぉぉぉぉんでもない。おエライ北斗様にそんなこととてもとても。」
「・・・・・・言いたいことがあるなら、はっきり言え。女の腐ったような言い方しやがって・・・・・・」
「ンだと!?」
「やるか!?」
軽く飛びすさって身構える二人。暫く睨み合い─────────
「・・・・・・・・・止めだ。こんな事してる場合じゃない」
「・・・・・・・・・そだな。」
どちらからともなく、構えを解く。
「取り敢えずは、ここから降りよう。こんなとこにいてもラチが空かねえ」
「・・・そうだな。まずは、それからだ」
二人はワイヤーに付いていた取っ手を握り、付いていたボタンを押した。甲高いモーター音と共に、ゆっくりと降りてゆく。
「・・・・・・しっかし、改めてみるとデカいよなー、こいつ」
「そうだな・・・・・・」
降りながら、『撫子』の巨体を見やる二人。つい先程まで激戦を繰り広げた鋼鉄の肉体は、微動だにしない。今されても困るが。
「よっ、と・・・・・・さて、出口は・・・・・・?」
「大抵は、正面にあるものだが・・・・・・?」
床に着いた二人は、取り敢えず出口を探した。程なく、アキトが扉とおぼしきものを発見する。
「これ・・・・・・か?」
「ああ、多分な。エレベータだろう」
アキトが恐る恐る、正三角形のマークが付いたボタンを押す。果たして、扉がスライドし、薄暗かった格納庫内に光をこぼれさせる。
「・・・・・・どうする?」
「どうするも何も、入る以外に道はなかろう。・・・行くぞ」
「あ!? おい待てよ!」
とっとと入る北斗と、慌てて後に続くアキト。二人を収容したエレベーターは、ゆっくりと扉を閉めた。
ウィィィィィィィィィ・・・・・・・・・
「・・・・・・何か勝手に動きだしたけどよ・・・・・・何処に出るんだ?」
「そんなもの、俺が知るか」
見れば階数を表示するインジケータは、既にB20を切っている。言い替えれば、それ以上の地下にあったということだ、あの格納庫は。
「・・・おい。見ろ、アキト」
「・・・B4までしかない・・・?」
不意にあることに気づいた北斗が、階数指定ボタンを指差した。確かに、B20どころかB4までしかない。
ウィィィィィィィィィ・・・・・・・・・キュゥゥゥゥゥゥン
そしてエレベータが止り、扉は開かれた。
「・・・・・・なあ。何処に向かっているんだ?」
1時間ほど歩いただろうか。
隣の北斗が、問いかけてきた。
「ウチに決まってんだろ? 何いってんだお前」
何を今更、と言わんばかりの口調で応えるアキト。その答え方に、北斗は不機嫌そうに口を少し尖らせた。
「・・・それじゃお前、ここがどこか解っているのか? 現在位置が解らないなら、家への道も解らないはずだぞ?」
「ああ、解ってるぜ。ここら辺は、前に何回か通ったことがあるからな・・・・・・あんな目立つ建物、そう簡単には忘れないぜ」
言って指差す先には・・・・・・巨大な戦闘機があった。
先のアミューズメントパークの上に設置されたそれは、相当に巨大だった。遠くからみると、『戦闘機のフィギュアとその台』にもみえる。何千人も収容できるであろうパークの大きさを考えれば、その巨大さが解ろうというものだ。
「・・・・・・おい。だったらさっき、『解らん』と言ってたのは何だったんだ?」
「い、いやだってよ・・・・・・中に入ったことないんだぜ? それで解るワケ無いって」
再度視線がキツくなる北斗に、慌てて弁解するアキトであった。
と、その時。
二人は、地響きを耳にした。
「・・・む、何事だ?」
「・・・こ、これはまさか」
辺りを見回す北斗と、何故か顔が引きつるアキト。
そんな二人に向けて、地響きは確実に近づいていた。
ドドドドドド
「・・・・・・まー・・・・・・」
「ん? 何か言ったか、アキト?」
「・・・いや・・・『俺は』何も言ってないぞ」
アキトは何だか疲れた表情で、『俺』を強調した。そんなアキトを怪訝そうに覗きこみ、重ねて問いただそうとしたとき。
ドドドドドドドドド
「・・・ーさまーーー・・・」
遠くから、叫び声が聞こえてきた。急速に大きくなるその声に、何者かと振り返った瞬間。
瑠璃色の弾丸が、北斗の傍を掠めて行った。
「に──────さま─────────────────っ!!」
ドゴォッ!
「ぐはっ!!」
その小柄なミサイルは見事アキトに着弾し、彼の息を詰まらせるという戦果を上げた。
「兄様! ご無事ですか!? お怪我は!? どこか痛いところはありませんか!?」
「・・・・・・し、強いてゆーなら腹が痛てえ・・・・・・」
「・・・た、大変です! 早く病院へ! い、いえ救急車を!!」
「・・・・・・お前のタックル、其処まで威力あんのかよ・・・・・・?」
かなりげんなりしているアキトをしりめに、人型弾頭はぴったり抱きついたまま取り乱していた。
いきなりなその光景に、北斗は唖然として、唐突に現れた少女を見やった。
歳は多分、メティより1つ2つ上だろう。ほっそりしてはいるが、十分に少女らしい体つきをしている。
そして何よりも目立つ、瑠璃色の髪と黄金の瞳。
「・・・なあ、アキト。なんだ『それ』は?」
「ああ。こいつはルリ。俺の妹。」
唖然としたまま、アキトに問いかけてみる。当のアキトは何だか複雑な表情で、弾丸少女──────出雲ルリの頭を撫でながら紹介した。
「・・・・・・兄様。こちらは?」
なでなでされてトリップしていたルリが、表情のない顔で北斗を見やる。その反応にとまどいつつも、アキトは『戦友』を紹介した。
「あ、ああ。こいつは草薙北斗。今日の・・・・・・その、なんだ。『騒ぎ』でちょっと・・・・・・な。知り合ったんだようん。」
何やら歯切れの悪い兄に、ルリのつり目気味の瞳が一瞬燃え上がった──────ように、北斗には感じられた。
「・・・・・・・・・そうですか。初めまして、出雲ルリです。兄が何やらお世話になったようで。」
「あ、ああ。なに、どうということもない」
なんだか解らないが、強烈な『何か』を含んだルリの視線と台詞に、北斗はらしくもなくやや怯んだ。
そんな両者を交互に眺めて・・・・・・アキトは、深く深く溜め息を吐いた。
「と、とにかく、い〜加減で行こうぜ? もう随分、遅くなっちまったし」
なんだか知らないが膠着状態に陥っている北斗とルリに、アキトは声をかけた。
「あ、ああ。そうだな」
「・・・・・・まあ、いいです。母も心配していますし」
一も二もなく、と言う感じでカクカクと頷く北斗と、氷点下の視線もそのままに、返事だけをするルリ。
アキトはもう一度溜め息をつくと、率先して歩き出した。少し遅れて、後の二人が続く。
「・・・なあ、アキト。お前の家って、この近くなのか?」
暫くして、不意に北斗がそんな事を訊いてきた。アキトは振り返ると、怪訝そうに言った。
「ああ、そうだけど? なんでそんなことがわかるんだ?」
「なに。其処の妹がこんな時間に出歩いてても、お前何も言わなかっただろう? だからだ」
「・・・・・・ふーん・・・・・・?」
何と言う事もない、と言った風情の北斗を、アキトはじろじろと見つめた。そんな様子に、一寸むっとする北斗。
「・・・なんだ? ひとの顔じろじろ見やがって」
「いや・・・・・・お前、観察力あるなあ、って思ってさ」
心底感心したような声音に、北斗はこそばゆくなった。
「・・・いきなり変なことを言うな、気持ち悪い」
「なんだよ。誉めてんじゃないか」
「うるさい。お前の口から聞くと、誉められてる気がせん」
「・・・ちぇっ。」
自然に交わされる、たわいのないやりとり。そう、まるで十年来の親友のように何気なく。
(・・・・・・まったく。今日会ったばかりなのにな)
知らず、北斗の口元は綻んでいた。
「・・・ただ〜いまっ、と」
そんなこんなで、アキトはわが家に帰ってきた。
が。
「・・・・・・なんだよ? 鍵がかかってるじゃないか。誰もいないのか?」
玄関先で、首をかしげる羽目に陥った。
「・・・あ。そういえば、学校の方に行くって言ってました。『学校に避難した皆、心細いだろうからね。ついでに、何かあったまるモンでも作るとするよ』って」
ずっと腰にしがみついていたルリが、そんなことを言ってきた。アキトはふっ、と息を吐くと、ルリの頭に手を乗せつつ言った。
「しょーがねぇなあ。ンじゃルリ、頼まあ。俺、こんなカッコだから鍵持ってねぇし」
「・・・はい、兄様。」
ルリはちょっとだけ名残惜しそうな表情をすると、扉の前までとことこ歩いて行った。ポシェットから鍵を取り出すのを見届けて、アキトは北斗の方を振り返った。
「で、お前ど〜する? ウチ寄ってくか?」
「・・・・・・そうだな。では少し休ませてもらおうか」
北斗は少し考えた後、首を縦に振った。正直かなり疲れていたし、落ちついて考えたい事項は山脈を形成しつつある。
「・・・兄様。早く入りましょう。」
と、ルリが袖口を引っ張る。一体いつの間に戻ってきた、気配全然感じなかったぞ? と引きつるアキトを引きずって、開けっ放しの玄関をくぐる。アキト同様、呆然としている北斗の方を振り返り、
「・・・・・・其処のひと。兄様がお誘いした以上、貴方はわが家のお客様です。粗茶程度はお出ししますので、とっととお上がりになってください。」
とまあ、少々クール過ぎる一言を残して見えなくなった。
北斗はやや暫く固まっていたが・・・・・・軽く溜め息をつくと、その跡を追って出雲家に入って行った。
「・・・・・・どうぞ、粗茶ですが。」
「ああ、すまん。」
出雲家リビング。
ソファに陣取った北斗の前に、ルリは湯のみと煎餅を置いた。一歩下がって、お盆越しにじっと見つめたりしている。
「・・・・・・何だ? 俺に何か用か?」
「・・・いえ、別に。」
と言いつつ、ルリは視線を外さない。微動だにせず、その金色の瞳で北斗を見据え続ける。
「・・・・・・」
「・・・・・・(じーっ)」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・(じぃーっ)」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・(じぃぃぃぃぃぃーっ)」
「ええいうっとうしい!! 一体なんのマネだ!?」
遂に(といっても我慢してたのは1分くらい)北斗が切れた。だんっ! とテーブルを叩き、荒々しく立ちあがってルリを睨みつける。高校生の不良共すらひと睨みで追い返した、凶悪な眼光だ。
だが、ルリは全くの無表情で北斗の怒気を受け流すと、ぼそっと呟いた。
「・・・兄様のところに、行かないんですね?」
「・・・・・・なんだと?」
意外なことを言われて、北斗はあっけにとられた。
それに構わず、ルリは淡々と続けた。
「・・・いえ。兄様に『くっついてきた』ひとは全員、兄様の部屋に行こうとしますので。・・・貴方は、行かないんですか?」
「・・・そいつらが何者で、何を考えてたのかは知らんが・・・少なくとも俺は、招待主に『ここで待っていろ』と言われたのだ。だからアキトが来るまで、ここで待つつもりだ。それが何か問題なのか?」
「いえ・・・・・・そういうことなら、それで結構です。」
相変わらず鉄面皮ではあるが、今のやりとりでなんとなくほっとしたように、北斗には見えた。理由はさっぱり、解らなかったが。
「お待たせ〜。はー、何かウチ帰ってきたら腹減っちまったな・・・・・・ルリ〜、何かあるか〜?」
と、其処へちょうど良くアキトが降りて来た。赤いセーターとベージュのスラックスに着替えている。
「あ、はい。出来合いのものはありませんが、いつも冷蔵庫に入ってる食材で、切れてるものはないはずです。」
「そっか〜。ちょっとメンドーだけど、何か作るか・・・・・・北斗、お前はどーする?」
「・・・どうする、とは何がだ?」
「だーら、俺これから飯にすんだけど、お前は何か喰うか? ってこと」
北斗は一寸考えた後、首を縦に振った。
「・・・・・・そうだな。折角のお誘いだ。馳走になろう。」
「・・・なあ、アキト。」
出雲家リビング。
アキトのチャーハンを綺麗に平らげ、食後の茶を啜っていた北斗が、対面に座っているアキトに話しかけた。
「ん?」
「結構、飯作ってるのか? 随分と手慣れているようだったが・・・・・・」
「ああ。かーちゃんに仕込まれたんだ。『人間、食い物にさえ困んなきゃあ死なないもんだよ!』とか言っちゃってさ。」
答えて、肩を竦めるアキトである。
「それにさ、かーちゃん旅行好きでさあ。俺いっつも連れてかれるんだけど・・・・・・何回遭難したか。まあ、それで腹減った時は感謝するけどな。毒草とか毒キノコとか、喰えね〜モンの見分け方はいちお〜習ったし。知ってッか? 菊って喰えるんだぜ?」
「・・・・・・・・・何処に行ってるんだ、お前ら・・・・・・・・・というより、何者だお前の母親は」
何気にスゴイことをさらっと言ってのけるアキトに、引きつった笑いが出る北斗である。
「んー・・・・・・何か、今の道場やる前ってコックだったみたいだぜ。世界中を武者修行してたとかで、あっちこっちに友達いるぜ。だから俺、ホテルって泊まったことないんだよな〜。泊めてくれるひと達って、みんないい人なんだけどさ。たまには一寸洒落たベッドで寝てみたいじゃん? 俺、前にそう言ったんだけど頭叩かれちゃってさ〜・・・・・・」
「・・・兄様。そろそろ夜も遅いです。母も心配していますから、そろそろ避難所に行かれた方が。」
くいくいと袖を引っ張られて振り向けば、複雑そうなルリの顔があった。いつになく嬉しそうな兄貴の邪魔はしたくないが、そう言う訳にもいかない。そんなことを言っているように、アキトには思えた。
「お、そうか。ンじゃあ悪いけど北斗・・・・・・」
「ああ。馳走になったな。」
空気を察したのか、北斗は鷹揚に頷くと立ちあがった。
「話す事なら、何時でも出来そうだしな。」