「・・・そ〜いやあの時言ってたのって、こ〜ゆ〜事だったのか・・・」
「いや。あれは単に家が隣だったから言ったまでだ。お前の家に招待された時、見えていたからな」
そして時間は戻り、朝のHR直後。
お約束のよーに隣の席になった北斗に、アキトは話しかけていた。
転校生の通過儀礼(質問責め)は、北斗の雰囲気に威圧されたのか誰も敢行していない。
「・・・・・・それよりよ。お前、ニュース見たか?」
「ああ。GEARのGの字もなかったな。」
不意に、アキトが声をひそめる。合わせて、北斗も身を乗り出した。
「やっぱアレかな、正義の秘密組織って奴?」
「正義と云うより、へっぽこな悪役面だったぞ。あの仮面女。」
「・・・いやまあ・・・確かに、『やぁぁぁっておしまい!』とか言い出しそ〜な感じだったけど」
「それに最後のほうで出てきた女。あいつも腹黒そうだったしな。やはり、悪の秘密組織同士の抗争だったんじゃないのか?」
知らないとはいえ、言いたい放題ここに極まれりである。
「・・・・・・ね、ねえアキト君。草薙君と知り合いなの?」
とかなんとかぼそぼそ密談やってる二人の元に、勇気ある女子生徒がやって来た。
「ん? ああ、昨日の騒ぎでちょっとな。」
「・・・そう・・・あ、私、レイナ=金城=ウォン。一応、このクラスの学級委員長よ。よろしくね」
そう言って、レイナと名乗った女子生徒は人懐っこい笑みを浮かべた。
「・・・ところで、草薙君はこれからどうするの?」
実は緊急避難ルートなどの連絡事項のみだった授業時間も終わり、とっとと帰り支度を始める北斗の元に、レイナが再びやって来た。
「・・・・・・別に。家に帰るだけだ」
声をかけられた北斗は、面倒そうに応える。だがレイナは気にした風もなく、お気楽とも思える口調で話を続けた。
「だったら、ちょっと私につきあわない? 校舎の中、案内してあげるわよ? なんだったら・・・・・・アキト君と一緒、でもいいんだけど」
言ってちらり、とアキトの方を盗み見る。
「・・・・・・ん?」
ちょうど帰り支度を終えたらしいアキトと、ばっちり目があってしまった。何故か、慌てて目を逸らすレイナ。
「・・・おい、アキト。何でもこの女が、校舎の中を案内したいそうだ。お前と一緒でも構わないそうだが、どうする?」
「・・・・・・この女って、お前ね・・・・・・よし解った。俺が案内してやるよ」
北斗の言い草に、顔が引きつるアキト。案内を買って出たのは、被害を最小限に食い止めたいということか。
「そ・・・・・・それじゃ行きましょうか?」
「あー。いや、委員長はいいよ。案内するだけだったら、俺一人で十分だし」
「そ、それじゃ意味がな・・・じゃなくて! 最初に案内するって言ったのは私なんだから、やっぱり私がいなくちゃ!」
「・・・ナニ力説してんだ? まあいーけど」
何故かみょ〜に慌てるレイナを訝しく思いつつ、アキトは立ち上がった。
「さ。ンじゃいこっか?」
「・・・え〜、まずはここ。図書室よ」
「そのようだな」
「ここって、漫画置いてないからあんまり来ないんだよな〜」
「・・・全く。そんなこと言ってるのは貴方くらいよ? アキト君」
涼しげな声に振り向けば、一寸キツめな女の子が立っていた。
「何だ、いたのか各務。今日はもう下校だぜ?」
「いたのか、とはご挨拶ね? もっとも、私はここ閉めに来ただけだからもう帰るけど」
アキトの言葉をあっさり受け流し・・・・・・各務と呼ばれた女の子は、軽く肩を竦めた。
「・・・誰だ? この女。」
「・・・・・・だからお前、その『この女』っての止めろって・・・・・・『各務 千沙』図書委員長だよ。各務、こっちは草薙北斗。今日転校してきたんだ」
「そう・・・・・・転校初日で、大変だったわね。よろしくね? 草薙君。いつもここに居るとは限らないけど、図書に関する質問があったら、何時でも聞きに来てね」
「・・・ああ。よろしく」
微笑んで手を差し出す千沙に、会釈のみで応える北斗。千沙の柳眉が、僅かに寄ったが──────声音や口調には出さずに、言葉を継ぐ。
「それじゃあ悪いけど、もうここ締めるから・・・・・・じゃあ、またね?」
「う、うん。御免ね、千沙」
何故かこめかみに汗なぞ張りつけて、レイナはアキトと北斗の背中を押して図書室から出て行った。
「・・・ホントにもう。頼むわよ〜草薙君。千沙って、怒らせるとすっごい怖いんだから・・・」
階段の踊り場まで来て、レイナが溜息半分、懇願半分と云った調子で言ってきた。言われた北斗はと言うと、僅かに眉根を寄せている。アレは何で文句を言われるのかさっぱり解ってないときの表情だ、とアキトは思った。付き合いこそ未だ短いが、結構『濃い』時間を共に過ごしてきた仲である。その程度のことは解る。
すると、案の定。
「・・・・・・そうなのか? しかし、それと俺と、何の関りがあるんだ?」
「・・・・・・あ・・・・・・あのねえ・・・・・・」
これである。
「・・・ちょっと、アキト君。彼、どんな性格してるのよ?」
北斗と話しててもラチが明かないと思ったのか、矛先がアキトの方に向いてきた。
「ンな事言われたってなあ。俺、アイツと知り合ったのって昨日が初めてだし。」
もっとも向けられたアキトにしても、肩を竦めるくらいしか出来ない。ある程度のことは解ったつもりになっていても、草薙北斗と云う人格の全てを理解した訳ではないのだ。
「・・・おい、そこで何をこそこそ話している?」
「「い、いやなんでも。」」
訝しげな北斗に、慌てて首を振る二人である。勘繰ろうと思えば幾らでも勘繰れる動作であったが、北斗は特に気にした風でもなく、あっさりと言った。
「そうか? じゃあ、さっさと次に行くぞ」
「あ、おい一寸待てよ!」
「そ、そうよ一体何処に行く気なの!?」
すたすたと歩き始める北斗の後ろを、二人は慌てて追いかけた。
「・・・・・・え、え〜っと・・・・・・ここが、体育館よ」
「そのようだな」
「・・・おい北斗。正反対の方角に驀進してた事にはコメント無しか?」
妙に疲れているレイナ、相も変わらずへーぜんとしている北斗、ジト目で横目のアキト。
傍から見ると、妙な取り合わせである。
だからだろうか。まばらに居る生徒たちの半分以上が、こちらを見ているようだった。その内の一団は、はっきりとこちらを注視している。
「・・・おい、アキト。あいつら、何だってこっちを見てるんだ?」
「知らない奴がいるからだろ」
即座にそれを察知した北斗が指差しながら訊くが、アキトは半ば投げやりになっていた。早くも、案内を買ってでた事を後悔し始めている。
「・・・あら? こっち来るわよ?」
レイナの言う通り、北斗が指差した一団がこちらに歩いてきている。しかも、ずかずかと大股に。
「・・・ちょっと、其処の貴方ッ! ひとを指差してこそこそお話するなんて、失礼じゃありませんことッ!?」
とか言いつつ、一団でひときわ目立つ美少女は、ずびしぃっ! と自分も北斗を指差した。
歳は北斗よりも上だろう。黒絹の髪を赤いヘアバンドで纏め、ほっそりとした美貌に切れ長の目。上質なワンピースの上からでも解るプロポーションは、高校生と云っても通用するかもしれない。
美少女と云うより美人。この歳で、早くもそんな形容が似合う娘だった。
「あ、鬼切丸先輩。こんにちは」
「・・・(ふにゃ〜ん)あ、アキト様。ほ、本日はお日柄もよく、ご機嫌麗しゅうございますわっ。それに、わたくしのことはカグヤとお呼びくださいませッ」
と、思ったのもつかの間、アキトに声をかけられた娘──────鬼切丸カグヤは、真っ赤になってくねくねしだした。言ってる事も支離滅裂である。
「・・・・・・おい、アキト。何だ『これ』は?」
「な、な、な、」
「ああーッ! このひとは、6年の鬼切丸カグヤ先輩! バスケ部のキャプテンで、大企業のご令嬢って奴! 先輩、こっちは草薙北斗で今日転校してきたばっかなんだ!」
またもや指差し付きで地雷を踏みまくる北斗を、慌ててフォローするアキト。その必死ぶりに免じてか・・・・・・カグヤは何とか、舌の上まで出かかっていた怒声を飲み込んだ。
「・・・・・・ま、まあよろしいですわ。所詮下々の者に、多くを求めても仕方ありませんもの・・・・・・ところでアキト様。この後、お暇でしょうか?」
「ん? いや未だ、北斗の案内が残ってるけど?」
「左様でございますか・・・・・・でも、それは其処のレイナさんでも出来るのではありませんか?」
「・・・気付いてたんなら、挨拶くらいしなさいよ・・・このたかびー女」
「何か言いまして? レイナさん」
「いぃえぇ。なぁんにもぉ。」
「あらそうですか? 何やら、とても失礼な言葉が聞こえてきたような気がしましたもので・・・」
「気ぃぃぃの所為ですわぁぁぁぁぁぁ。きっといつも気にしてる事が、空耳で聞こえてきたんじゃないですかぁぁぁぁぁぁ?」
「そんなことはございませんわ。わたくし、常に完璧ですもの」
「ほぉぉぉぉぉぉ、よくもまあ、臆面もなくそんな事をいいますわねぇぇぇぇぇぇ?」
「・・・・・・おい、アキト。こいつら、突然どうしたんだ?」
「・・・知らないよ・・・何か、仲悪いみたいだけどさ、この二人」
鼻先までお互いの顔を近づけて睨み合うカグヤとレイナ。そんな二人を遠巻きにして、北斗とアキトは理解できない、と言った顔を見合わせていた。
「まあとにかく、こーなっちゃったら長いからさ。次行こうぜ。」
「そうなのか? ならば、行こうか」
こうしてアキトと北斗は、後はゴング鳴らすだけ、の二人をほったらかして、体育館を後にした。
「で、ここが保健室な」
「そのようだな」
「・・・お前さ、さっきからそればっかだな」
「ならば如何言えというのだ? 『違う! ここは医務室だ! 保健室ではない!』とでも言えばいいのか?」
「いやまあ、そ〜ゆ〜事じゃないんだけどさあ・・・・・・」
「あら、アキト君? また怪我でもした?」
しょーもないことを言いあっていると、背後から柔らかい声が掛けられる。振り向くと、白衣を羽織った、妙齢の女性が立っていた。
「あ、遥先生。」
「はい、こんにちは。・・・あらアキト君、また新しい娘?」
「新しい娘って・・・・・・こいつは草薙北斗、今日ウチのクラスに転校してきたんです。北斗、遥ミナト先生。保険の先生だ」
「はい、よろしくね草薙『さん』」
「・・・よろしく。」
何処か面白そうに笑いかけるミナトに、北斗は何故か警戒しているようだった。一人、訳の解らないアキト。
「・・・おい、北斗? どうかしたのか?」
「いや、なんでもない」
「? まあいいや。それじゃ遥先生、俺、こいつを案内してる途中なんで・・・・・・」
「そう。それじゃあ、また明日ね〜」
「おい、行くぞアキト」
「お、おい、そんな引っ張るなよ! そ、それじゃ遥先生、さようなら〜」
「はいはい、気をつけてね〜」
ミナトはひらひらと手を振って、北斗に引きずられて行くアキトを見送った。
「・・・機会があったら、事情を聞いてみようかしらね?」
等と、謎の言葉を呟きながら・・・・・・
「おい北斗ぉ・・・・・・どこまで引きずって行くんだよ・・・・・・」
「ん? おお、済まんな」
北斗がぽい、とアキトを解放(捨てたともいう)したのは、アキトのズボンが真っ黒になりかけた頃だった。
「・・・ったくぅ。一体、ど〜したんってゆーんだよお前? 唐突にひとを引きずり倒しやがって」
「・・・・・・だから済まんといっている」
「おまえな〜・・・・・・セイイとかマゴコロって単語知ってッか? 言っとくけど、喰いモンじゃねぇからな」
「お前じゃあるまいし、そんな事思う訳がなかろう」
「ンだと!? ひとが親切でやってやりゃあてめー、い〜加減にしとけよ!?」
「・・・・・・やるのか? 相手してやるから、来るんならとっとと来い」
「上等だ!!」
またもや軽く飛びすさり、睨み合う二人。
だがこの時、北斗はどこか諦めたような、寂しいような瞳をしていた。完全に頭に血が上っているアキトは、気付かなかったが・・・・・・
と、その時。
二人は、再び地響きを聞いた。
「・・・・・・おい、アキト。コレはまさか・・・・・・」
「ああ。そーだよ」
思わず引きつった顔で問う北斗に、アキトはげんなりした表情で答えた。
すると、やはり。
「に─────さま────────────────っ!!」
ドゴォッ!
「ぐはっ!!」
人型対人ミサイルが、またもやアキトの腹に着弾した。
「兄様! ご無事ですか!? ナニか変な事はされてませんか!?」
「・・・ルリ・・・お前がナニを言ってるのか、さっぱり解らんぞ・・・?」
「・・・・・・・・・ふう。」
もう二度と離さない! てな勢いのルリを見やって・・・・・・北斗は、思わず気の抜けた溜め息を吐いた。
「・・・ホントにもう、心配したんですよ? 昨日の今日で又、いなくなってしまったかと思うと・・・」
「そんな訳ね〜じゃん・・・って、お、おい、泣かなくたっていいだろ!?」
「・・・だ、だって、教室まで迎えに行っても誰もいないし、担任の先生も帰ってしまってるし・・・」
「あーもう、泣くなってばよ〜」
「あっ・・・・・・(ポポッ)」
何やら進退窮まった(気がする)アキトは、対ルリ用最終兵器「なでなで」を出した。
もう何回もされているはずなのに、ルリは傍から見ていて面白いくらいにふにゃふにゃにされていった。・・・・・・実は何か出てるのか? アキトの右手からは。
「・・・・・・おい、お前ら。何時までそうしてる気だ?」
呆れ果てて何も言えん、と言わんばかりの口調で北斗が言う。言われた二人は、今気付いたといった感じで北斗を見た。特にルリ。
「・・・・・・・・・いたんですか、貴方。こんなところで何をしてるんです? 学校は部外者立ち入り禁止ですよ?」
「ああ、こいつ転校してきたんだよ。で、今学校案内しているとこ」
「・・・・・・そうですか。では、私もご一緒させて頂きます。構いませんね?」
「・・・あ、ああ。俺は別に構わんが」
ルリが例の視線で北斗を睨みつけ、北斗はカクカクと頷く。
何やら定番と化しそうな光景に、今度はアキトが溜め息を吐いた。
「ここは視聴覚室。ノートパソコンが沢山置いてあるんだ」
「そのようだな」
「・・・草薙さん。入ってもいないのになんで解るんですか?」
「ん? 何だ妹、アキトの奴は嘘付いてるのか?」
「そんな訳ないじゃないですか。全く、どーゆー思考回路してるんです?」
「はいはいはい、もーどーでもいーって。どーせ鍵ね〜と入れないんだし。次行くぞ次」
軽くボケツッコミなど交えながら、三人は視聴覚室を素通りしようとした。
と、その時。
防音用にひときわ厚いドアが開き、中から人がひょっこり顔を出した。
「・・・あら? アキト君にルリちゃん?」
「・・・あれ、先生?」
「こんにちは、大岩先生。」
視聴覚室から出て来た女性は、目の前の子供たち同様、小首を傾げてみせた。キャリアウーマン張りの毅然さを全身から漂わせているだけに、こういった幼いしぐさは結構な破壊力を持っていた。
「・・・誰だ?」
もっとも、北斗を筆頭にしたこのメンツには、あらゆる意味で効果が無かったが。
「いやだからお前ね・・・・・・」
「大岩エリナ先生。兄様の担任の先生です。知らなかったんですか?」
絶句するアキトに代わり、ルリが答えた。冷ややかな視線はフォローというよりむしろ馬鹿にしていることを意味していたが。
「・・・・・・ふむ。そうか、道理で見たことあると思ったぞ」
「・・・そ・・・そお。それじゃあ、更めてよろしくね」
しかし北斗はそんなことには微塵も気付かず、どキッパリと言い放った。言われた女性─────────大岩エリナが多少引きつりつつも笑顔を作ってみせたのは、流石にプロといったところであろう。
「と、ところで先生! こんなところで、何やってるんですか?」
それを見て、アキトが慌ててフォローに入った。気苦労の絶えない奴である。
「あ、うん。実はちょっとね、探し物があるの」
云って、エリナは大量の長机で物陰一杯の視聴覚室を見渡して、嘆息した。
「・・・をーい北斗ぉ〜。あったかぁ〜?」
「いや、こちらにはなさそうだな」
「こちらの列にもありません、兄様。」
声はすれども姿は見えズ。
教壇からだだっ広い教室を見渡して、エリナはなんとはなしにそんな事を思っていた。
「・・・ん〜こっちにもないぞ〜」
「こっちも望み薄だ」
「こちらにも落ちてません、兄様。」
(・・・そういえば昔、ラジオドラマがステレオ化したての時にはこんな風に、極端に右だけ/左だけから声が聞こえて来ていたっけ)
一体歳いくつだ? と問い詰めたくなるような事を考えつつ、エリナも最前列を覗いて廻る。
「・・・ところで、エリナせんせ〜」
「ん、なに? アキトくん」
アキトの間延びした声にちょっとほんわかしながら、返事をする。
「探し物って、フロッピーなんですよね〜? 白いラベル貼ってあって、何も書いてない奴〜」
「ええそうよ・・・・・・もしかして、見付かった?」
「いえ〜まだですけど〜・・・・・・それ、何が入ってるんですか〜?」
「起動ディスクよ。OSのインストール用の」
「だったらそれ、新しく作った方が速いんじゃないですか〜?」
「・・・・・・・・・あ。」
その手があったか、と今更思い当たったのがモロバレの声が、場を激しくフリーズさせた。
「・・・・・・ん、んじゃまあ、ルリ。頼まあ」
引き攣った笑みを凍らせて、アキトはルリに目を向けた。
「・・・はい、兄様。」
そのルリはと言うと、普段と全く変わりなかった。
もっとも目だけはナニかを言いたそうにしていたが。
「・・・・・・あれ?」
が、その小さな口から出て来たのは、目が語っていたモノとは全く違う呟きであった。
「ん? どーかしたのかルリ?」
「あ、はい。実は・・・い、いえ、何でもありません。た、ただちょっとその・・・そう! 準備するのに時間がかかりそうなんです」
「へ? なんで?」
クールに端末を操作していたルリの突然の挙動不審に、アキトは訝しげな視線を向ける。
「あ、あ、あの、それはですね、その、あの・・・そう! この端末、ちょっと特殊なんです!」
「・・・『5万も出せば買える安物ですね』って前に言ってたじゃん、お前」
「い、いえあの、その、あれは言葉の綾と申しますか、その・・・」
端末にちらちら視線を送りながら、しどろもどろになるルリ。
ルリがこうなるのは極めて珍しいが、このあからさまに怪しい状態には身に覚えがあった・・・・・・そう、テストの結果を聞かれた時の自分そのものである。
であるからして、アキトは常日頃ホウメイにして欲しい選択をする事にした。
「・・・ん、わーった。じゃあ、準備が出来たら呼んでくれ」
「え? ・・・は、はい!」
くるりと向けた背に熱い視線を感じながら、アキトはふっ、と渋い笑みを浮かべた。
「・・・・・・アキト。実はお前自分に醉っているだろう?」
北斗の的確なツッコミも、無論聞こえないフリであった。
「・・・さて、と」
「? アキトくん、何してるの?」
よっこいしょ、と別の端末前に腰かけるアキトに、エリナは不思議そうに問いかけた。
「あー、ルリの奴ちょっと時間かかるみたいなんで・・・・・・ちょっとソリティアでも」
「・・・ほどほどにしなさいよ?」
「はーい」
お固く見えるエリナだが、決して頑迷ではない。
けじめさえちゃんと付けるなら、大体のことには寛容であった。
「・・・ん?」
そんなエリナのお目こぼしの元、OS付属ゲームを立ち上げようとしたアキトであったが・・・・・・右下にアイコンが出ているのに気が付いた。
所謂インスタントメッセンジャーが出すアイコンで、この種類は確か「緊急」であったはず。
僅かな逡巡の後、アキトはそのアイコンをクリックした。
(兄様の信頼に応えるためにも、頑張らなくては! 貴方を瞬殺です!!)
一方ルリは異様に萌えて、もとい燃えていた。
燃え過ぎてやや言語中枢に不調を来しているようだが、肝心のオペレート能力に影響はない。むしろ絶好調である。今ならナノマシンアーキテクチャを書き換えて文明を無に帰す事だって出来そうだった。
(この私がいるシステムに侵入して来るとはいい度胸です。クラッカーに人権は無いんですよ、ふふふふふ)
ちなみにルリはシステム管理者ではないのだが。
(ファイアウォールセキュリティポリシー一時変更、サブネットマスク・デフォルトゲートウェイ変更、ルーティングテーブル変更、DMZ起動、DHCP一時停止、デーモン再起動)
凄まじい勢いで、侵入者包囲網を構築して行く。
文字通り生粋のハッカーであるルリにとって、この作業は息をするのと同じくらい馴染みのものであった。
(外部とのセッションはとっくの昔に切られているようですね・・・・・・木馬型ですか)
その中で平行して、侵入プログラムの正体を推理する。
ざっとスキャンした限りでは、見知らぬファイルも無いし改ざんされた跡も無い。メモリに常駐するだけのようだ。
恐らく興味本位の侵入か、最悪でもDDoS攻撃の踏み台といったところだろう。ログもしっかり残っているし、どうもトーシロの悪戯の線が濃厚である。
(・・・何処にでもいるキディですか。ま、お仕置きは何時でも出来そうですし、兄様を余りお待たせするのも宜しく無いです・・・・・・とゆーワケで、ちゃっちゃと消えてくださいね、っと)
逃げ道を完全に塞いだのを確認して、ルリは件のプログラムをメモリから完全に抹殺した。
(・・・ふ、ぬるいです)
血は繋がってないはずなのに、今のルリの表情はつい先程のアキトのそれと酷似していた。
一緒に暮らせば犬でも似てくる、とはよく言ったものである。
「それじゃあ皆、ありがとね」
「や、お安い御用ですよ。な?」
「・・・まあ、大した労力で無かったのは確かですが」
「俺は別に何もしてないが」
「・・・・・・お前らね・・・・・・」
「ふふ・・・それじゃあ、皆気をつけて帰るのよ?」
「は〜い」
出来上がったフロッピーを手に、エリナは去って行った。
「・・・さて。では行こうか」
「ちょっと何処に行く気ですか!? 貴方案内されてる身でしょう!?」
「あ〜はいはいはいはいはいはいはい、もー何でもいーからとっとと済ますぞ」
例によってまた勝手にどっか行こうとする北斗を見とがめるルリ、焼かねばならない世話が10倍に増えた気分のアキト。
端からみれば、中々愉快で平和な集団であった。
「・・・しっかし、ありゃー結局なんだったんだ? メッセージなんにも無かったし・・・それに、あんな馬のアイコンなんてあったかな?」
「ん? 何か言ったか、アキト?」
「や、別に」
そんな平和な風景だから、些細な疑念などすぐに溶け消えた。
この事がどれほどの意味を持つのかは、今は誰も知らなかった。
そう、狭い意味では『誰』も・・・・・・・・・
「ンで、屋上にやって来た訳だ、コレが」
「そのようだな」
「・・・兄様。誰に向かって説明してるんですか?」
「・・・・・・説明?」
ルリの台詞の極一部に、某地下秘密基地の一角で誰ぞが反応してたりするのは置いといて。
「んーっ・・・・・・いやいい天気だよな〜。こんな日に、学校が無いッてのはいいことだよ、うん。」
「・・・まあ、否定はしないな」
「だろだろ? やっぱ天気のいい日は、外で遊ぶに限るぜ!」
「・・・・・・まあな」
ちょっと前の確執が、どうやらすっこーんと抜けているらしいアキトに、北斗は複雑な笑みを浮かべていた。見ようによっては、苦笑とも取れる。
「・・・そうですね。兄様、案内が終わったら如何するのです? 何処かへ出かけるのですか?」
「ん〜。そうしたいのは、山々なんだけどさあ・・・・・・今、街に行っても、どっこも開いてなさそうだからな〜」
言って、空を指差すアキト。指し示した先には、巨大なコンテナを積んだ輸送へりが編隊を組んで、ゆっくりと飛んでいた。
ガルファ機獣襲撃で破壊された街の、復興用資材を運んでいるに違いないヘリをぼんやりと眺め・・・・・・アキトは再び、口を開いた。
「なんかさあ・・・・・・昨日の事、アニメか戦隊モノみたいだよな。怪獣だか宇宙人だかが攻めてきて、それをスーパーヒーローがやっつける、と」
「・・・そういえば・・・噂では、昨日暴れていた怪獣を、謎のロボットがやっつけたって聞きましたけど。」
ぼそっ、と呟いたルリを、ぎょっとして見やるアキト。アキトが何か言いかけるのを遮って、北斗が口を開いた。
「そうなのか? 俺達は聞いてないが。なあ? アキト」
「あ? ・・・あ、ああ! そうそうそうなんだよ〜。るり、そのはなしほんとかよ〜だったらすげぇよな〜おれたちもみてみたかったぜ〜なぁほくと?」
「・・・・・・お前な・・・・・・」
北斗の目配せに珍しく気が付いて、アキトは何とか誤魔化そうと試みているようだったが・・・・・・どう見ても、逆効果である。何故かこちらを睨んでくるルリの視線も相まって、北斗は本気で頭痛がしてきた。
「・・・・・・出雲、先輩?」
と、そんな時。
遠慮がちに、少女の声が掛けられた。
「・・・チハヤちゃん?」
視線を出入り口に向ければ・・・・・・其処には、セミロングの女の子が立っていた。
歳は、ルリよりは上でアキト達よりは下か。如何にもおとなしそうな風貌は、どこかやつれているようにも見えた。
「はい・・・・・・あの、出雲先輩。こんなところで、どうしたんですか?」
「ああ。こいつ転校してきたからさ、あっちこっち案内してるとこ。こいつは草薙北斗。北斗、こっちは片岡チハヤちゃん。3年生だ」
「・・・か、片岡チハヤです。宜しくお願いします」
「草薙北斗だ。よろしく」
北斗に睨まれて(実際は只見てるだけ)縮こまるチハヤに、北斗は相も変らずそっけなく挨拶した。見かねて、アキトがフォローを入れる。
「ああ、チハヤちゃん。こいつ無愛想だけど、近づいてもいきなり噛付いたりしないから。・・・北斗、お前も〜ちょっと愛想よく出来ないのかよ?」
「そ・・・・・・そうなんですか?」
「おい。俺はイヌか何かか?」
「・・・・・・イヌなら、躾ればいい分楽ですけど(ぼそっ)」
「・・・おい妹。今、何か言ったか・・・?」
「いいえ、別に。それから、私は『出雲ルリ』です。貴方の妹じゃありませんので、名前で呼んでください。」
「ル、ルリ。なんかお前、昨日から変だぞ? 前から変だとは思ってたけど・・・・・・」
「ひ、ひどいです兄様! 一体誰の味方なんですか!?」
「・・・・・・あ・・・・・・あの・・・・・・?」
唐突に勃発した騒動に、チハヤはひたすらおろおろするしかなかった。
「・・・・・・そ・・・・・・それでチハヤちゃん? 何か用があってきたの?」
およそ30分後。
ヤケにげっそりしているアキトが、顔が引きつっているチハヤに話しかけた。
ちなみにルリはアキトの腰にしがみついて、自分とアキト以外の全てを威嚇し。北斗は北斗で、こめかみの「#」マークを順調に増やしつつあった。
一体ナニがあったかは、読者諸君のご想像にお任せする。
「・・・・・・・・・あ、は、はい。ちょっと、ここの風景見たくなりまして・・・・・・・・・」
言われてやっと、当初の目的を思いだしたのか・・・・・・チハヤは、アキトたちがもたれ掛かっている手すりまで歩み寄ってきた。アキトとは、約2mほど離れたところに身を預け、金網の向こうの景色を見やる。アキトの隣に行かないのはルリが怖いからだと、頬に張りついた冷や汗が物語っていたりするのだが・・・・・・アキトは見なかった事にした。
「そ・・・・・・そっか。あ、あのさ。アレから、兄貴どうしてる?」
言った直後に、アキトは後悔した。
チハヤの瞳が、深い哀しみと疲労をにじませてしまったから。
「あ、ご、ごめん!」
「・・・・・・いえ・・・・・・いいんです。もしかしたら、また・・・・・・ごめんなさい。」
ぺこり、と一礼して。
チハヤは足早に、屋上を去っていった。
後には何ともいえない、気まずい雰囲気が残された・・・・・・
「・・・・・・なあ、アキト。あいつ、何があったんだ?」
そんな重苦しい空気を打ち破ったのは、やはりと言うか北斗であった。
「ん。・・・・・・まあ、機会があったら、その内話すよ。もうちょっと・・・・・・落ちついたら、さ。」
「・・・そうか。」
それっきり、暫し沈黙する北斗。元からうるさく追求してくる性格ではなさそうだが・・・・・・今回に限っては、一応北斗なりに気を使っているように、アキトには感じられた。
「・・・さて。そろそろ、移動しよう。結構な時間が過ぎているような気がするし、な」
再び北斗が口を開き、意味ありげにルリの方を一瞥する。ルリは気付いているのかいないのか、アキトにしがみついたまま微動だにしない。
「そ、そだな。そうしよう、うん」
今度はアキトがかくかく頷いて、三人は屋上を後にした。
「・・・って言っても、よく考えたら他にめぼしいとこ、もうないよなあ」
階段の踊り場まで降りて来て、アキトはそう言いだした。独り言に近いセリフだったが、ルリが妙に嬉そ〜に反応した。
「そうですね。そもそも初日で全部廻る必要もないですし。と、言う訳で帰りましょう兄様。ええ、それはもう速やかに。とっとと。早急に。」
「お、おいルリ引っ張るなって! ほ、北斗。お前はどうしたい?」
「そうだな。特に見る物がないというのであれば、帰るのに吝かではないぞ」
「そ、そうか。じゃあルリ、お前先に校門のとこで待ってろよ。俺達も、直行くから」
「・・・そ、そんな! ひどいです兄様!」
何故かは全く不明だが、何やらショックを受けて抗議するルリに、アキトは呆れ返りつつも重ねて言った。
「何が酷いんだよ? お前達のげた箱、俺達のより遠いじゃんか。今から行くくらいでちょうどいいって。ほら、早くしないと遅くなっちまうぞ?」
「・・・ううううう・・・兄様のいぢわる・・・」
後ろ髪どころか前髪も引かれてるよ〜な感じで、ルリは何度も振り返りつつ低学年用の玄関へと向かった。
その姿が見えなくなったところで、アキトは北斗の方へと振り返った。
「んじゃ、俺達もいこっか?」
「ああ。」
並んで、歩きだす二人。
・・・が、ほどなくして、北斗がアキトの耳元に顔を寄せてきた。
「ん? どした北斗?」
怪訝そうに振り向くアキトに、北斗は囁いた。
「アキト・・・・・・二人っきりになれる場所はないか?」