作者注:このSSは、ペテン師様作「シキシマ・エイジの場合」の設定を使わせてもらっています。読む前に、其方を先に読まれる事を強くお勧めします。

 

 

からんからん

「いらっしゃいませ・・・・・・って、シキシマさん?」
「お久しぶりです、フレイさん」
「ええ。あの節は、本当にお世話になりましたわ・・・・・・こちらには何時?」
「つい先日。ちょっと、ひとと待ち合わせをしていましてね。ここを使わせてもらおうかと思いまして」
「あらそうでしたの・・・・・・では、こちらにどうぞ」



漆黒の戦神アナザー外伝「武闘派秘書官暴れ旅 −縁は奇なり−」



「よう、シキシマのおっさん。相変わらず、けち臭そうな面だなー」
「・・・久しぶりの挨拶がそれかね? 君も変わってないねえ・・・三堂君」

フレイ=ヒースローの経営するレストランを訪れた、熊と見紛うような大男は、入ってくるなりシキシマに声をかけた。

「変わってないのはお互い様さ。まあお互い、因果な商売だ。長年やってると、イヤでも面に出てくらぁね」
「そうかね? では君がなんの職業に就いているか、其処の通りにいるひと達にでも訊いてみようか? 恐らく、プロレスラーと云う返答が最も多いと思うよ・・・・・・三堂公介秘書官どの」
「よせやい。アンタにフルネーム+役職で呼ばれると、さぶいぼ立つわ」

大げさに顔を顰めてみせる大男−−−−−−三堂公介に、シキシマはまたも苦笑を浮かべざるをえなかった。

「・・・で、何用だ? ここのオーナーが別嬪で料理が旨いって〜だけで、わざわざ日本から呼びつけたワケでもね〜んだろ?」
「ああ。実は君に、頼みがある。」

そういってシキシマが見せた表情は、仕事のときでも滅多に見せないほどに真剣であった・・・・・・

◇          ◇          ◇

「・・・・・・で、なんでこ〜なる?」
「あら。お父さんの話、聞いてなかったの?」
「聞いていたさ。聞いていたからこそ、訊いてるんだ−−−−−−なんでアンタがここにいる? シキシマ・カスミさんよ?」

公介は、ジト目で隣にいる、シキシマ財務次官の一人娘に問いかけた。

返答は、口調同様あっさりしたモノであった。

「何言ってるのよ? お父さんはちゃんと言ったはずよ。『助手が付く』って」
「ああ。それは聞いてたさ。だが、その助手とやらが、アンタだとは聞いてない。」

こめかみを押さえ、頭を振る公介。そうでもしていないと、本気で頭痛がしてきそうだ。

「あーら、何かご不満でも? 少なくとも、ボンドガールより役に立つ自信があるわよ?」
「そういう問題じゃない。大体アンタ、自分の立場解ってるのか? 本当なら、普通にショッピングに行くときでも護衛が必要なんだぞ?」
「この点は、ご心配なく。目下その手の組織は、どっかの真っ黒くろすけにご執心みたいだから」

軽く肩を竦めるカスミを見て、公介は少し考え込んだ。

確かに、某生ける伝説は、裏の世界全ての注目の的と云っていい。それは即ち、他が手薄になる、と言うことを意味していた。

それに、このお嬢様があらゆる意味で並でないことは、公介も良く分かっている。この辺にいる程度の輩ならば、油断しなければ一人でも切り抜けられるだろう。

「・・・・・・OK、いいだろう。だが、俺がアンタを助手として認めるにあたり、3つほど条件がある」
「どんな条件? 先に言っておきますけど、私にはもう心に決めた男性がいるんですからね?」
「ああ、それは心配しなくていい。アンタに友情以上のものを感じることはありえんから」
「・・・なんか、そーゆー言われ方するとムカ付くわねー。」
「まあとにかく。俺が提示する条件は3つ。
 1.仕事に関することは、俺の指示に絶対に従う
 2.自分の身の安全を最優先する
 3.事後、仕事に関することは一切忘れる
 コレが守れないというならば、今回の話はなかった事にさせてもらう。
 どうする?」

カスミは唇に指を当てて暫く考えた後、軽い調子でこんなことを言いだした。

「大筋ではそれでOKよ。でも、細かいところの質問くらいは許されるわよね?」
「まあ、内容にもよるが」
「じゃあ、遠慮なく。
 1.指示に関する質問は許可されるわよね?
   何故なら、私自身が指示の意図に理解していないと、思わぬ齟齬が生じる恐れがあるから。
 2.自分の身を守るためなら、警察に駆け込むのもあり?
   コレは何処まで、事の真相を公にしていいのか? にもよるわ。
 3.私が「忘れた」という定義は何?
   私ってこう見えても、記憶力には自信があるのよね〜。だから、『関係者以外には口外しない』ってー風に言ってくれると、より確実に約束できるんだけど。
 どう?」

今度は、公介が考え込む番だった。

腕組みをしてうんうん唸ったあげく、出て来た答えは

「・・・OK。それでいい。警察に関しては、『変質者に狙われてる』くらいで行ってくれ。できれば、アンタ自身か俺が処理できる範囲内に押さえたいところだが。」

であった。それを聞いたカスミは会心の笑みを浮かべ、右手を差し出した。

「おっけー、それじゃあ契約成立ね! よろしく、ボス!」
「ボスって・・・・・・まあいいが。」

公介は、その手を苦笑しながら取ったのであった。

◇          ◇          ◇

「さて。今回の仕事の中身だが・・・・・・」

大通りに面した大衆向け食堂で、公介とカスミは作戦会議を開く事にした。

「ん。お父さんから一通りは聞いてるわ。ワイアット元少将の裁判の件でしょう?」
「ああ、その通り。なんでもアンタの親父が掴んだ情報によると、ワイアットの背後に居る奴が、この件をもみ消そうと画策してるらしい」
「ええ。判事を買収したり、検察に圧力をかけたりしてるらしいわね」
「そうだ。で、そいつらまとめてお縄に出来れば、こっちの完全勝利。最悪でも、妙なちょっかい出させなくするのが、俺達の仕事だ」
「おっけー、じゃあ手筈はどうするの?」
「俺は、直接黒幕に揺さぶりを掛ける。アンタは、事実関係の調査を頼む。誰が買収されていて、誰がどんな圧力掛けられてるのか? をできるだけ調べてくれ」
「りょーかい、任せといて!」

と、話が一区切り付いたところで、頼んでいた料理がきて・・・・・・二人は暫し、食事に専念した。

「・・・・・・ところで・・・・・・コレは純粋に、個人的な興味で聞くんだが」
「ん? なに?」

不意に、公介がそんなことを言いだした。カスミは手を止めずに、生返事とも取れる相槌を返す。

「アンタ、なんでこの件に首突っ込もうなんて考えたんだ? 下世話な言い方だが、フレイ嬢はライバルなんだろ?」

ぶしつけともいえる公介の問いに、カスミは特に気にした風もなく、あっさりと答えを返した。

「そんなの決まってるわ。アキト君だったらそうするからよ」
「・・・・・・?」

今ひとつ要領を得ない公介に、カスミは言葉を足した。

「つまりね。私は、アキト君の隣に立ちたいの。彼に相応しい女になりたい、彼の役に立ちたい。そう思うから、アキト君ならするであろう事を、私もするの」
「・・・解るよ〜な解らんよ〜な・・・」
「ふふっ。男の貴方には、解らないかもね? 私個人の、つまらないこだわりでしかないかも知れない、とも思う。・・・でもね? 私は、私自身に胸を張って『アキト君のパートナーに相応しいのは、この私』って言えるようになりたいの。そりゃあ私には、チューリップを落としたりなんかできっこないわ。でも、だからって彼の隣に立つ資格がないかっていったら、そうじゃないでしょう?」
「そりゃあ、まあ」
「だから私は、自分が出来る事に磨きを掛ける。誇りを持って、誰よりも彼の役に立っていると言えるようになる。今回の件も、その一環ってとこかしら?」

強い意志をこめて、はっきりと言うカスミを見やり・・・・・・公介は、取り敢えず肩を竦める事にした。

「まったく、果報者だな漆黒の戦神様は」
「そりゃあ、私が見込んだ旦那様ですもの」

カスミは、極上の笑顔でそれに答えたのだった。

◇          ◇          ◇

「・・・それで、何の用かね? 私はこれでも、忙しい身なんだが」

せわしなく視線を動かすハゲ面を見据え、公介は柔らかい口調で語りかけた。

「アポなしで押しかけてしまい、誠に申し訳ありません。実は緊急に、先生から言付かりまして・・・・・・」

そこで一旦言葉を切り、曰くあり気に周囲を一瞥する。それをどう察したか、ハゲ面−−−−−−この界隈ではそれなりの力を持つと言われる政治家、メッチャー・エルランは手元のインターホンのスイッチを入れた。

「私だ。今日の予定は、一切キャンセルだ。それから私が呼ぶまで、誰もこの部屋に近づけてはならん。いいな?」

早口で捲くし立て、インターホンを切り・・・・・・メッチャーは、勿体付けているのがバレバレの動作で葉巻を取り出し、火をつけた。

そして吐き出した煙が消えぬ内に、メッチャーは口を開いた。

「それで? 海神(わだつみ)氏はなんと?」
「はい。先生はこうおっしゃいました。『困ったことがあれば、なんなりと言ってくれ。悪いようにはしない』と」

メッチャーは、暫し無言だった。

が、公介にはその脳裏で繰り広げられている打算が、ほぼ全て手に取るように解った。

全くこんな『正直者』で、良く今までやってこられたな、と内心呆れ返ってもいたのだが、無論そんな考えはおくびにも出さない。完璧に『真摯で誠実な秘書官』を演じきっている。

そうこうしているうちに、メッチャーが再び口を開いた。

「・・・・・・それで、海神氏は私に何をして欲しいんだ?」

散々考えてそれか、と内心で大笑いしつつ、表面上は大真面目に答える。

「実はですね。先生の友人が経営している会社がですね、この度こちらにも進出する事になりまして。『安くて質の良い小麦』の仕入先を探しておられるのですよ。そこで、こちらの事であればメッチャー様を通すのが最善かと存じまして」
「ふむ・・・・・・それだけかね?」
「いえ、実はですね・・・・・・これは、ご内密に願いたいのですが」
「何かね?」
「実は、先生は余りご健康が優れませんで。昔のように、お一人で権勢を振るう、ということも中々ままなりません。そこで、先生は信頼できうるパートナーを探しておられます」
「・・・・・・君。私は、アーサー議員の親友だ。その辺、解って言っておるのかね?」
「ええ、それはもう。良く存じあげております。アーサー議員とウチの先生が、私どもの国で言うところの『犬猿の仲』であることも、よーく存じあげているつもりです」
「ならば、この話を私が受けるはずがない、ということも解ると思うがね?」

公介は、そこで目を伏せ・・・・・・たっぷりと間を置いてから、絞り出すように言った。

「・・・・・・そうですね・・・・・・解りました。申し訳ありませんでした。では、この話はなかった事にして頂くということで・・・・・・」
「ま、待て待て待て待て待て! そう短絡的に、結論を出してはいかん!」

するとメッチャーは、いっそ哀れなまでに取り乱した。漏れそうになる笑いをこらえつつ、公介はあくまで神妙に言葉を続けた。

「・・・しかし、アーサー議員とのご友誼にヒビを入れる訳にも・・・」
「いや、だからな、その、なんだ・・・・・・かどが立たないような方策もある、ということだ!」
「そうなのですか? して、それはいかような・・・・・・?」
「う・・・・・・そ、それはだな・・・・・・」

油汗を流してうんうん唸るメッチャーを、公介は暫く眺めていたが・・・・・・こりゃあダメだと見切りをつけ、見かけ上の助け船を出す事にした。

「では、小麦農家や工場に関する、詳しいデータを頂けますか? 僭越ながら、私どもの方で検討したいと思いますので・・・・・・」
「う、うむ・・・・・・しかし、私にも守秘義務と云うものがあるからな・・・・・・」
「ご心配なく。外部には決して漏らしませんし、この資料の入手先に関しましても、私は一切口外しない事を誓います。」
「そ、そうか・・・・・・信じていいのだな?」
「はい、不肖三堂公介、一度口にした約束は必ず守ります」
「わ、解った。資料は今日中に用意させよう」

目を見据えて断言する公介に気圧され、メッチャーは首を縦に振っていた。

公介は心から満足そうな笑みを浮かべると、席を立って一礼した。

「それでは、何卒宜しくお願いします」
「あ、ああ。君の先生によろしくな」
「はい、必ずお伝えします」

軽く握手をした後、公介は執務室を後にした。

◇          ◇          ◇

「・・・さってっとっ。何処から攻めよ〜かしら?」

軽い調子で呟きつつ、カスミは大通りを歩いていた。

今までざっと見回してきたが、巨大なデパートなどは余り見かけていない。その代わり、中程度の専門店やチェーン店などが、それなりにひしめき合っていた。

つまり大都会というほどではないが、そこそこ拓けている。

こう言う場所での情報収集は、意外と厄介なのだ。

所謂情報屋でも知っていれば話は別だが、カスミはこの辺で仕事をしていたことがないため、「渡り」をつける方法すら解らない。

「・・・ま、取り敢えずはすぐ解るところから、当たりをつけていきましょか?」

まずは基礎情報集め、ということで・・・・・・カスミは、図書館に向かう事にした。

◇          ◇          ◇

「・・・・・・こりゃまった、呆れたもんねー。」

思わずカスミは、低く呟いた。

市立図書館で、過去の新聞を斜め読みしてみたのだが・・・・・・その「工作」の余りのお粗末さに、カスミは心底呆れ果ててしまった。

何しろ政治面の、この辺りに関係する記事が、どの新聞も一字一句、同じなのである。

恐らく、メッチャー子飼いの記者がいて、そいつの書いた記事を強制してるのだろうが・・・・・・それにしたって、普通の感性してたら表現くらいは変えるだろう。

ついで、社会面。

連続放火事件よりも、子供が老婆のバッグをひったくった事件の方が、でかでかと報道されているのだ。前後の記事を注意深く読んでいると、どうやら議員の家が放火されているらしい。

この程度で、「公平な紙面」の体裁を取り繕っている、とでも思っているのだろうか?

ここまででも頭痛モノなのだが、止めが「司法機関の人事の記事が一切無い」

新聞によっては扱わないこともあるだろうが・・・・・・全ての新聞において一行も無い、などというのは異常である。もっともこれは、カスミだからこそ気付いた点ではあるのだが。

「・・・そぉんなに、後ろ暗いのかしらね? あの男」

とか呟きつつも、検索の手をゆるめないカスミである。

と、ほどなくして。

「・・・・・・これは・・・・・・」

カスミの視線が、ある記事に引き寄せられた。

◇          ◇          ◇

からんからん

「いらっしゃいませ・・・・・・って、確かこの間の?」
「はい。どうもこんにちは」

窮屈そうにかがんでドアをくぐり、公介はフレイに愛想良く笑いかけた。

「この間のランチが美味しかったもので、また来てしまいました。」
「そうですか。お口に合いまして、良かったですわ」

ゆったりと微笑みを返すフレイは、なるほど良家のお嬢様の気品と優雅さを醸し出していた。今の彼女を見て、あの「真紅のローズ」だなどと思える奴は皆無であろう。

「さて。カウンター、よろしいですか? 少しお話したい事もありますので」
「はい、構いませんわ。どうぞ、こちらに」

フレイに案内されてカウンターに座った公介は、この前と同じモノを頼んだ。フレイがオーダーを厨房に伝え、戻ってきた所で話を切り出した。

「取り敢えず、一発目の『仕込み』は終わりました。相棒の方が終わり次第、次に取り掛かりますが・・・・・・恐らく、ここ1週間でケリがつくと思っています。」
「・・・・・・そうですか」

そう返事をした、彼女の表情は堅かった。公介は太い笑みを浮かべると、こう言い添えた。

「大丈夫。あの程度の小物、何ほどのものでもありません。不肖三堂公介、お父上の名誉は、必ず護ると約束します。」
「・・・ありがとうございます。そうですわね、この程度でおたおたしてちゃ、あのコに笑われちまうよね」

未だ堅さは残るものの、笑みが戻ってきたフレイの顔を見て・・・・・・公介は、不意にカスミとの会話を思いだした。

「あの・・・・・・すいません。ぶしつけだとは思うのですが・・・・・・一つ、質問してよろしいですか?」
「はい? なんでしょうか」
「『あのコ』っていうのは・・・・・・漆黒の戦神のことですよね? どんな奴なんです?」
「あら。三堂さんの立場なら、私から話聞くよりも、詳しい情報幾らでも入ってくるんじゃありません?」

フレイのもっともな疑問に、公介は頭を掻きつつ苦笑いを浮かべた。

「・・・それがですね。ほら、彼って無類の軍・政治家嫌いでしょう? 私の所に入ってくる情報なんて、マスコミに載ってるモノと大して変わらないんですよ」
「はあ。そういうものなんですか?」
「ええ、そうなんですよ・・・・・・そこで、直接あったフレイさんに聞きたいなあ、なんて思いましてね。ああ、純粋に個人的興味ですから。決して口外しないとお約束します。」
「そうですか。わかりましたわ・・・・・・」

言って、フレイは遠い目をした。遠い遠い、色褪せない想い出を見つめるために、ひとはそんな目をするのだろうか。

「・・・・・・一言で言うなら、そう・・・・・・私と同じ、かな。」
「フレイさんと同じ・・・・・・ですか?」
「そう。何か悲しいことがあって、何か失ったものがあって・・・・・・もう、大事なモノを無くしたくない。そのために強がりの仮面を被って、弱い自分を押し殺して。仮面はいつか取れなくなって、自分でもその仮面が素顔だって勘違いしてる。あたしと、同じ。」

懐かしいような、切ないような。

そんな口調で、フレイはとつとつと語る。

「・・・だからあたしは、ここで待つ事にしたのさ。あのコはね、料理している時が一番楽しそうなんだよ。だから、あのコが帰ってくる場所は、きっとそういうところなんだ。・・・ま、あたしも、昔からそこそこ料理は出来たからね。あのコのためにだけ、ってワケでもないんだけどさ」

最後には照れてそっぽを向くフレイを、公介は「可愛いひとなんだな」と思いつつ微笑ましく見つめていた。

そして、からかい気味にこういった。

「なるほど。彼をより理解するためにこのレストランを始めた、と言う事ですな?」
「い、いやね。それだけじゃないんだって!」

ムキになって言い募る彼女に、公介はにこやかに止めを刺した。

「いや、誠にご馳走様でした。注文したランチは未だ頂いていませんが」

元「真紅のローズ」は、昔の二つ名のごとく真っ赤になって轟沈したのだった。

◇          ◇          ◇

「・・・ここが、そうね」

見渡す限りの廃墟。

完膚なきまでに粉砕された家々が、襲撃の凄まじさを物語っていた。

周囲を注意深く見回している内に、カスミは花束を見つけた。

置かれて間もないのだろう。瑞々しい彩りは、灰色が支配する周囲において、唯一かつての「生」を偲ばせるようであった。

「・・・・・・あ。」

不意に、か細い声がした。

振り返ると、8歳くらいの女の子が、別の花束を持って立ちすくんでいた。

「・・・どうしたの? こんなところで」

カスミは立ち上がり、できる限りやさしい声で問いかけた。女の子は、少しの間逡巡していたが・・・・・・おずおずと、話し始めた。

「・・・・・・お花、持ってきたの」
「そう・・・・・・一人で?」
「ううん、施設のひとと」
「・・・・・・そう・・・・・・」

カスミはゆっくりと女の子に歩み寄り、しゃがみこんで目線を合せた。

「ねえ。その一緒に来たひと、お姉ちゃんに紹介してくれない?」

女の子は、如何しようか迷っていたようだったが・・・・・・やがてこっくりと頷くと、カスミの手を取って歩きはじめた。

(・・・・・・こーゆー時の予感ほど、当たって欲しくないのよねー・・・・・・そう行かないのが、世の中なんだけど)

女の子に手を引かれながら、カスミは己の直感が当たらないことを祈っていた。

◇          ◇          ◇

「で、そっちの首尾はどうだった?」
「入れ食いでほくほくよ。そっちはどう?」
「イージー過ぎて拍子抜けだ。釣れた鯛がヒラメじゃないか、思わず確認してしまったくらいだ」

3日後、公介が泊まっている高級ホテルの一室にて。

公介とカスミは、お互いの戦果を確認しあっていた。

「私の方は、買収済みの判事のリストと、直接の圧力があった人物のプロフィール。そっちは?」
「俺の方は、メッチャー議員が癒着してる民間企業の裏帳簿。裏をとって見たが、どうやら本物のようだ。」
「マジ? どうやって手に入れたの?」
「そいつは秘密だ。あんな奴相手でも、約束は約束だからな。」
「・・・ふぅ〜ん・・・普通は、間違ってもそんなもの渡さないと思うんだけど・・・一体全体、どうやったワケ?」
「そいつぁ企業秘密だ。ただ、よっぽどウチの先生のコネが欲しいらしいな」
「そりゃそうよ。『伝法の伝七』の後ろ楯が欲しくない人間なんていやしないわ」
「まあ、な・・・・・・さて、取り敢えず成果の確認と行こうじゃないか?」

そして公介とカスミは、お互いの資料の確認作業を開始した。

「・・・しかしすげぇな。たった3日で、良くここまで調べられたもんだ」
「んふふー。やり方は企業秘密よ? と言いたいとこなんだけど。誰でも知ってたのよねえ、これが」
「・・・・・・どういうことだ?」
「つまり、この程度は日常茶飯事、ってこと。何しろ、メッチャーとその腰巾着に逆らったら、その街から軍がいなくなるのよ? 自分一人ならともかく、何千人単位の人々が危険に晒されるわ・・・・・・まったく、あざといやり方もあったもんよね」

言って肩を竦めるカスミだったが・・・・・・目は笑っていなかった。

「ようするに、完全にやりたい放題、隠す気すらない、ってことか?」
「そんな感じね・・・・・・まあもっとも、ここ最近はそうでもなくなってきたみたいだけど」
「何故だ?」
「簡単よ。危険そのものが、ぐんと減ってきてるから」
「・・・MoonNightか」
「ピンポーン。それにほら、民衆って抑圧されてると、反動ってコワイじゃない? それでまあ、軍の内部からも突き上げ喰らい始めてたみたいよ、ワイアット。」
「ふーん・・・・・・つまり、ケツに火ィ付き始めて、慌ててトンズラここうとしてボロ出した、と」
「そゆこと。でもこのメッチャーって奴・・・・・・ワイアットより鈍いんじゃない?」
「ま、一応現場に近いところにいた奴と、安全な場所に隠れてふんぞり返ってた奴の違いだな。もっとも、それも強いて言えばの話で、人間的には五十歩百歩さ」
「あ、そ。まーこんな奴のことなんてど〜でもい〜わ。それより、どう料理するの?」
「ああ。それなんだがな・・・・・・ビッグゲストが招待できる事になった」
「ビッグゲスト?」

鸚鵡返しに問いかけるカスミに、公介はにやりと笑ってみせた。

「ああ・・・・・・ま、見てなって」

◇          ◇          ◇

「やあ、良く来てくれたな。待っていたよ」

公介が泊まっているホテルの会議室に入ると、下駄のような顔が相好を崩して出迎えた。

「お初にお目にかかります。私がメッチャー・エルランです」
「おう、おう、公介から話は聞いてるよ・・・ささ、座った座った」

手ずから椅子を引きそうな勢いに、メッチャーはやや面食らった。

公介の『先生』、伝説の連合議会議員・海神伝七郎。

数々の『武名』はメッチャーも耳にしていたが・・・・・・目の前の男からは、どう見ても「単なる気のいいおっさん」以外の異名が出てこない。

だが、写真やテレビで見たそのままの風貌を、この男はしていたし、何より傍に控える公介の態度が、彼が本物である事を示していた。

そんなメッチャーの戸惑いをよそに、伝七郎はにこやかに歓談を進め・・・・・・不意に表情を引き締めると、公介に目配せをした。

公介は一礼すると部屋から出ていき・・・・・・後には、伝七郎とメッチャーのみが残された。

「さて、メッチャーさん。公介が持ってきた資料、読ませてもらったよ・・・・・・そこでだ。2、3聞きたいことがあるんだが、構わねえかい?」
「ええ、結構ですよ。私に解る事でしたら、なんなりと」

伝七郎の口調が微妙に変わったことにも気付かず、メッチャーは鷹揚に返事をした。

一つ頷くと、伝七郎は始めた。

裁きの宴を。

「まず、この企業の成り立ちをちょいと知りたいんだがよ」
「ああ。ここは創業50年ほどですが・・・・・・」
「いやそうじゃねえ。メッチャーさん、アンタがこことどう関わってるか? てえのをアンタの口から聞きてえんだ」
「ええと・・・・・・それはですね。実はこの企業の会長と私は、古くからの友人でして。今でも、お互いパーティに招待したりされたりしてますよ」
「なるほどぉ・・・・・・それじゃあ聞くけどよ。1年前くらいか? この辺に、でっかい食品工場建ったのッてよ? そん時の材料仕入先、なんでこの企業になったんだ?」
「それは・・・・・・その、公正な落札の結果でして。私には、なんとも」
「ほー。じゃあ質問を変えようか。その話がでる直前に、西欧方面軍が大移動してんだよ。お前さんのこの企業関係の農場とかを護るよ〜にみえたんだが、おまえさんの意見はどうだ?」
「そ・・・・・・そうですか? 私には、なんとも・・・・・・」
「知らぬ存ぜぬ与り知らぬ、と言うワケだな?」
「え、ええ。あの・・・・・・先程から、一体何を・・・・・・?」

流石に、風向きがおかしくなってきたことに気づき始めたメッチャーだったが、伝七郎は全くお構いなしに話しを続ける。

「気にすんな、単なる確認だ。それに、これで終いだよ・・・・・・ゴップ・ワイアット元少将のことは、知ってるな?」

ワイアットの名を出した途端、メッチャーの身体がびくり、と跳ねた。冷や汗を流しつつ、メッチャーはしらを切ろうと試みる。

「・・・・・・え、ええまあ。名前くらいは・・・・・・」
「テレビや新聞で見たくらい、てか?」
「え、ええ。あの、一体何の話を・・・・・・」
「・・・・・・ふーん・・・・・・なあ、メッチャーさんよ? ホントのことを言うなら、今のウチだぜ?」
「な、な、何の話だ!?」
「だからよ? 今ここで、俺になんもかんも話してくれれば、決して悪いようにはしないぜ? ん? どうだい、この俺を信じちゃあくれないかい?」

優しげに、猫なで声で話しかける伝七郎に・・・・・・メッチャーは、激しく動じた。

様々な打算と疑心暗鬼が脳裏を駆け巡り、果ては新聞に載っていた星占いまで思い出し・・・・・・メッチャーは、結局現状維持を選択した。

それが、最悪の答えだとも知らずに。

「・・・いや。本当のことも何も、私は真実しか言っていない。西欧軍の内部事情など知らないし、ましてやワイアット少将との面識など全くない」
「・・・・・・本当かい?」
「ああ、本当だとも。そもそも海神さん、貴方は一体なんの根拠があって、こんな誹謗中傷紛いのことを言われるのです? 事と次第によっては、私にも考えがありますよ?」

ここぞとばかりに反撃にでるメッチャー。だが、伝七郎は冷ややかな目で見返すのみであった。思わず、言葉に詰まるメッチャー。

「・・・・・・っ、な、なんだねその目は? 言っておきますがね、私はアーサー議員と親友の間柄なんだ。私を蹴落とそうとしたら、彼が黙ってはいないぞ?」

今度は虎の威を借る腐れ政治屋に、伝七郎は深い深いため息をついた。

「・・・あのな、メッチャーさんよ。ネタァ上がってんだよ。あんまり見苦しい悪あがきは、止めといたほうがいいぜ?」
「な、何を根拠にそんなことを言っているのだ!? 其処まで言うなら、証拠を出したまえ! 証拠を!!」
「証拠か? そんなに見たきゃあ見せてやらァ! おい、公介!!」
「へいがってん! ・・・ってか?」

威勢のいい声と共にドアが勢いよく開き、公介が入ってきた。小脇に、顔の原型が判別できないほどボコボコにされた男を二人、抱えている。

「・・・っ!」
「こいつらに、見覚えあるよなあ? ・・・っておい公介。こんなんじゃあ、こいつらの親でも誰だか解んねえぜ? もちっと考えろ、このカボチャ頭!」

ジャンプして公介の頭をべしっ、と叩く伝七郎。公介は頭をぽりぽり掻きつつ、一応弁解した。

「すんません。でもこいつら、フレイ嬢を襲おうとしてたんですぜ?」
「何、そうか。それじゃあまあ、しょーがねえよなあ」

一応納得してうんうん頷く伝七郎に、我に返ったらしいメッチャーが喚きだした。

「な、なんだねこいつら!? 私は、こんな奴等知らないぞ!」
「知らない? へー、自分のボディガードの面も知らないそうですよ、先生?」
「そうか。その年で其処までボケてやがるのか。大変だなあ、オイ?」
「な、な、な・・・・・・い、いい加減にしたまえ! 名誉毀損で訴えるぞ!!」

漫才紛いのやりとりをする伝七郎と公介に、メッチャーはキレた。

が、この二人がマトモに相手する訳もなく。

「それじゃあもしかしたら、自分の女房の顔も忘れてるかも知れませんねえ」
「ああ、そうかもなあ。こいつ、すけべえそうな面してやがるから、いちいち覚えてらんねぇのかも知れねぇぞ?」
「ああ、ああ。ありそうですねえ」
「〜〜〜〜〜〜っ! 不愉快だ! 私は帰る!!」

椅子を蹴立ててたち上がるメッチャーに、公介はお気楽な声をかけた。

「ああ、お帰りでしたらおみやげをどうぞ」
「要ら・・・・・・!!」

公介が放り投げた書類の束を、反射的に受け取ったメッチャーの怒り顔が、瞬時に凍りついた。

「良く撮れてるでしょう? 結構高かったんですよ? その写真」

その書類の表紙には、サービス版の写真がクリップで止められていた。

メッチャーとワイアットが、高級クラブで豪遊している写真である。

「あーそれから、その下の資料は不肖三堂公介が作成した、汚職関係者リストです。一応、漏れがないかどうかチェックして頂けますか?」

いけしゃあしゃあと宣う公介。メッチャーは、真っ白な顔して脂汗をだらだら流していたが・・・・・・やがて震える声で、精一杯の強がりをしてみせた。

「・・・・・・こ、こんなものがなんの証拠になるものか!! 見ていろ! 貴様ら全員、アーサーに頼めば貴様らなぞ・・・・・・!」
「呼んだかね?」

入り口から掛けられた、深いバリトンの声に、メッチャーは再び凍りついた。

会議室に入ってきた、長身の影はゆったりとメッチャーに歩み寄り・・・・・・ぽん、とその肩に手をおいた。

「私は、君のことを職務に忠実な友人だと思っていたのだが・・・・・・残念だよ」
「ま、待ってください! こ、こ、これは・・・・・・そう! これは罠です! こいつらが私を、いや貴方を陥れようと」
「君の手にしている資料を、私も持っている。無論、私の方でも真偽のほどを確かめさせてもらったよ・・・・・・実に、実に残念な結果だ」

遂にメッチャーは、がっくりと膝をついた。

その肩をぽんぽん、と最後に叩き・・・・・・長身の男、西欧方面を代表する政治家『フェンリル』ことアーサー=フェルナンドは、伝七郎の正面に立ち、こういった。

「今回の件は、一応借りにしておくよ・・・・・・恐らく、すぐに返せると思うがね」
「へっ。利子は十一だぜ?」

言い返し、伝七郎はにやり、と獰猛な笑いを浮かべたのだった。

◇          ◇          ◇

「・・・さて。短い間だったが、なかなか面白かったぜ」
「そうね。私も、貴重な体験をさせてもらったわ」

空港ロビーで。

公介とカスミは、別れの挨拶を交わしていた。

「ま、もう逢う事もないだろうが、達者でな」
「そう? 私は、また逢いそうな気がするんだけどな」
「お、なんだ? 俺に惚れたか?」
「違うわよ。」
「・・・即答するなよ、しかもそんなきっぱりと。」
「誤解されたくないもの。只でさえ彼の周りには、強力なライバルが山ほど居るんだから・・・・・・」
「へいへい、解りましたよ。それじゃあ、なんで『また逢えるかも』なんて言ったんだ?」
「んー。それはね・・・・・・彼の周りには、有能なひとが集まってくるからよ」
「・・・要するに、漆黒の戦神が世界を変える、っていいたいのか?」
「其処までかは解らないけど・・・・・・でも、もしまた貴方と逢う時がきたら、それは味方としてであることを祈ってるわ。これ、本心よ?」
「ああ、そうだな・・・・・・そうだと、いいな」
「・・・・・・じゃ、私そろそろ時間だから」
「ああ、またな」
「ええ。じゃ、またね」

お互いに「またね」と言葉を交わし。

二人は、それぞれの道を歩む。

お互いの道が、再び交わる日は来るのであろうか?

それは、いつか別の講釈にて−−−−−−−−−

 

《おわり》

あとがき

どーも、作者のプロフェッサー圧縮でございます。

「エリカの場合も書かんでナニやっとるか!?」などとゆーお叱りの幻聴が今からしてるんですが(爆)こっちが書きたくなったんだからしょーが無いのです(・・)

い、いやさくら戦神も書いてます。書いてますけども・・・・・・あとから書きはじめたこっちが先に上がるとは、世の中不思議で一杯でございます(゜゜)

・・・い〜加減にしないと某所から光って唸るアレが飛んできそうなので(爆)少し真面目モードになりますと。

この話でしたかったことはズバリ「アキトの女難もたまには役立つ」です(核爆)

まあ、一種のアンチテーゼといえなくもないです。特定個人にケンカを売るつもりは毛頭ありませんが、某同盟って最近、某妖精とかも含めて十把一絡げな扱いになってきてるような気がします。

キャラは容姿や設定を以って立つに或らず、ただその行動に寄ってのみ立つ。

などとエラそーなことをぶっこきつつ、わたくしは逃げます(待てい(爆))


と、その前に。


最後になりましたが、設定使用を快く了承していただいた、ペテン師様及び別人28号様。

お二方に、この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。

それでは御免ッ(脱兎)

                By プロフェッサー圧縮

 

 

後ろ暗い代理人の感想

 

「エリカの場合も書かんでナニやっとるか!?」などとゆーお叱りの幻聴

 

ぎく。

 

こっちが書きたくなったんだからしょーが無い

 

ぎくぎくぎく。

 

世の中不思議で一杯でございます(゜゜)

 

ひでぶっ(大爆発)!

 

 

 

 

 

と、ゆーわけで色々身につまされてる代理人です(汗)。

人様にツッコミ入れてる場合じゃないですな、こりゃ。←さっさと自分の作品を書かんか、こら。

 

しかし、流石は教授ことプロフェッサー圧縮氏。

一本スジの通った気持ちいい話でした。

 

特に「伝法の伝七」こと海神伝七郎!

実〜〜に私好みのキャラクターであります。

さぁ、彼の出てくるSSを書きたくなった人はさっそく教授に許可を取ろう(笑)!