「・・・・・・はぁ・・・・・・」
その悩ましげな吐息に、又もや教室中が凍り付く。
動いているのは、毎度同じ事ばかり話す教師だけである。
事情をある程度察しているアスカや委員ちょでさえ、前を向いたまま石化していた。
それ程までに・・・窓際に座る少女の、ため息の破壊力は甚大であった。
綾波レイ、公称14才。
1世紀ほど前の言い回しを借りれば、
である・・・・・・・・・
「・・・ねぇ、アスカぁ。」
「・・・何よ。」
「綾波さん・・・何とかならないの?」
「・・・・・・何であたしが、あの女のメンドー見なくちゃなんないのよ!?」
「ちょっ・・・アスカっ。授業中よっ。」
いきなり大きな声を出すアスカに、泣く子も黙る2−A委員長・洞木ヒカリは慌てて先生の方に視線を走らせる。
幸いと言うか何と言うか、初老の歴史教師はセカンドインパクト時代にトリップしており、周りの音など何一つ聞こえてないようであった。ついでに生徒たちも、死後硬直起こしていて反応なしである。
それでも一応ヒカリの顔を立ててか、声のトーンを大幅に下げるアスカ。
「何言ってんのよ、ヒカリがそんな事言うから悪いんじゃないのっ。」
「・・・だって・・・授業にならないじゃないの。」
「だったら、直接言えばいいでしょっ。」
「そうは言っても・・・いくらなんでも《ため息つかないで下さい》とは言えないわよ。」
「言うだけ言ってみればぁ?あの女なら、別に何とも思わないんじゃないの?」
「・・・でも・・・」
言ってヒカリは、窓の外を夢見る瞳で眺める、プラチナブロンドの美少女を見やる。
・・・・・・そう、《夢見る瞳》である。
《あの》綾波レイが、である。
誰もが自分の五感と正気を疑う事態だが、恐ろしい事にコレは厳然たる事実である。
◇ ◇ ◇
時間は少々遡る。
定例ハーモニクス試験の後、ミサトはレイを連れて喫茶室に来ていた。
・・・と言うよりも、レイがミサトを連れて来たのだ。「聞きたい事がある」と言って。
「・・・レイ、何飲む?」
「・・・・・・紅茶、お願いします。」
程なく、二人の前に香ばしい香りを放つカップが置かれる。
二人はそれぞれのカップを口許に運び・・・・・・一口だけすすると同時にトレイにおく。
カップを見つめるレイ、その様子を見つめるミサト。
・・・そしてもう一度、ミサトだけがカップを取る。少しだけ温くなったコーヒーをすすり、再びトレイに戻す。
「・・・・・・・・・で?聞きたい事って、何かしら?」
ミサトの言葉に、びくり、とレイの身体が反応する。ほんのり頬が、上気して行く。
(・・・な、何なのよこの反応わ。・・・ま、まさかレイ・・・)
思わず、危ない世界が脳裏を駆け巡るミサト。・・・普段、いったい何を読んでるか容易に想像がつく思考パターンである。
「・・・・・・じつは・・・・・・」
遂に口を開くレイに、身が引けるミサト。その口許は、言わずもがなだが引きつりまくっている。
「・・・あ、あのね、レイ。」
「・・・・・・実は、碇君の事なんです・・・・・・」
「こーゆー事は、ちゃんと考えて・・・・・・」
「碇君が近くにいると・・・・・・胸がすごく苦しくなって・・・・・・」
「そりゃあ、女同士ってのもいいのかも知んないけど・・・私はちょっち・・・あいつの事もあるし・・・」
「考えても・・・・・・分らないんです。」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
会話のテンポが全く噛み合ってない事に、ようやく気付く二人。ついでに、ジオフロントよりも大きな誤解がある事にも気付く。思わず、赤面するミサトとレイ。
「・・・・・・あの・・・・・・葛城三佐・・・・・・?」
「・・・あぁ〜〜〜〜〜〜っあ、シンちゃん、じゃないシンジ君の事ね?そ、それで彼がどうかしたの?」
「・・・・・・碇君が側にいると、すごく胸が苦しくなって・・・・・・」
「ふんふん。」
「見つめられると、頭の中が真っ白になって・・・・・・」
「ほぉほぉ。」
「・・・・・・だからひょっとして・・・・・・」
「ひょっとして?」
「碇君が・・・・・・初号機が力を使って、何かしてるんじゃないかと・・・・・・」
「・・・は?」
「葛城三佐・・・・・・碇君の側にいて、そんな風になった事はありませんか?」
「・・・いや・・・私はないけど・・・」
「・・・・・・分かりました。」
「ち、ちょっち待って、レイ。」
言って立ち上がろうとするレイに、ミサトは慌てて声をかける。
「・・・・・・何か?」
「念のために聞きたいんだけど・・・この話、アスカにもしたの?」
「・・・・・・いえ・・・・・・それが?」
「だって・・・私よりもアスカの方が、シンジ君と一緒にいる時間長いわよ?」
「・・・・・・・・・聞きたく、ないんです・・・・・・・・・」
「聞きたくない?」
「はい・・・・・・理由は分かりませんが、弐号機パイロットには聞きたくないんです・・・・・・」
「ふむふむ・・・ついでに、もう一つ質問。シンジ君の側にアスカがいると、何かこ〜ムカムカっ、て来ない?」
「・・・・・・ムカムカ?」
「つまりぃ、腹が立ってくるって言うか、気分が悪くなるって言うか・・・」
「・・・・・・はい・・・・・・それなら、そうなります・・・・・・」
「・・・ふ〜ん、な〜るほどぉ〜。」
思わず、にんまりするミサトである。もしシンジであれば、思わず後ずさるところなのだが・・・レイはただ、キョトンとして見返すだけであった。
「・・・ねぇ、レイ。どーして貴方がそんな風になるか、教えてあげましょっか?」
ものすっご〜ぉっく、楽しそ〜にレイに語りかけるミサト。シンジなら、即決で断るところだが・・・レイは、ミサトの本性を良く知らなかった。心成しか勢い込んで、ミサトに問い返す。
「・・・本当ですか?」
「もちよん。・・・それはね、別に初号機が何かしてるって訳じゃないのよ。ま、強いて言えば、シンジ君が何かしたのかもね〜☆」
「・・・・・・良く、分かりません。」
「そんな、難しい事じゃないのよ。すっごく、簡単な事。聞いたらきっと《なあんだ》って思うわよ。」
「・・・・・・そうでしょうか?」
「そ〜よ。だってレイ、・・・あなた、シンジ君の事が好きなんでしょ?」
「・・・好き・・・?」
「そ。しかも話を聞くに・・・《恋人レベルの好き》ね、これは。」
「・・・・・・・・・」
一瞬にして、体中赤くなるレイ。そんな様子を、新しいおもちゃを見つけた子供のよ〜な顔で見つめるミサト。
「・・・・・・でも・・・・・・私・・・・・・」
「だいじょぶだいじょぶ。分かってるって、あなたが奥手な事くらい。・・・ま、このミサトおねーさんに全て任せなさいって!」
蚊の鳴くような声で何か言いかけるレイを遮って、軽薄そのものの調子で安請け合いするミサト。・・・これでもはや、この後の展開決まったよーなもんである。
「まずは、ABCから始めなくっちゃね。マヤ辺りから、色々本借りて来るわ。」
「・・・・・・はい・・・・・・お願い、します・・・・・・」
◇ ◇ ◇
「・・・あの・・・碇君・・・」
「あ、綾波って・・・・・・え゛?」
そして今朝、ホームルーム前。
アスカと一緒に教室にやって来たシンジは、レイに声をかけられ・・・軽い全身硬直に見舞われた。
レイが俯いて《もぢもぢ》していたからである。
「・・・碇・・・君・・・その・・・お、お願いが・・・あるの・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・実は・・・その・・・こ、この前の・・・カップ・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・碇君と・・・い、一緒に・・・その・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・か、買いに・・・行きたい・・・の・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・あーもぉっ!シンジ、何時まで硬直してんのよっ!?」
すっぱーん!
先にショックから立ち直ったアスカが、シンジの後頭部に張り手をお見舞いする。
「・・・あ、あぁごめん。・・・えぇっと、僕と一緒に、カップ買いたいって話だっけ?」
真っ赤になりつつ、頷くレイ。その様子に、アスカの柳眉がぴくり、と動いたが気が付いた者は誰もいなかった。
「・・・そうだね、じゃあ今度の日曜にでも行こうか?」
「・・・・・・うん・・・・・・ありがと。」
再び、こっくりと頷くレイ。そのままくるりと、自分の席に向かう。
その背中を、シンジは半ば呆然として見送っていた。
(・・・綾波・・・今、笑ったような・・・?)
すぱこーん!
又もや炸裂する、アスカの平手。心成しか、さっきよりも力が入っているよ〜である。
「・・・アスカぁ、痛いじゃないか。」
「アンタがすぐに、ボケボケ〜っとするから悪いんでしょっ!?」
言ってずかずかと、大股に自分の席に行くアスカ。三度茫然とするシンジ。
「・・・何だよぉ。僕が一体、何したって言うんだ・・・」
『何ニモシナイノガ、問題ナンデショ。』
一応初号機のつぶやきは聞こえていたが・・・何が言いたいのかさっぱり理解出来ないシンジなのであった。
◇ ◇ ◇
「・・・・・・はぁ・・・・・・」
今日何度目かの《ため息爆弾》ぶちかまし、レイは今度の日曜日に思いを馳せる。
(碇君と買物して・・・その後喫茶店に行って・・・それから遊園地に行って・・・レストランで食事して・・・それから・・・それから・・・)
食事の後を考えようとすると、思考にリセットがかかるレイである。
いったい何を読ませた、葛城ミサト。
(・・・碇君と一緒に何かする事を思っただけで・・・こんなに、こんなに気持ち良いなんて・・・これが、人を好きになるという事なの・・・?)
一方。
ヒカリとの不毛な会話を打ち切ったアスカは、不機嫌なオーラを全身から発散させていた。
(・・・何よあの女、全っ然似合わない事しちゃって・・・バカシンジと買物するくらいの事が、そんっっっっっなに嬉しいワケ?アレでキスなんかした日にゃ、絶対ひっくり返るわね。)
そんな事を考えれば考えるほど、ますます機嫌が悪くなるアスカである。
(・・・大体、シンジもシンジよ。なによ、何でもないフリしてほいほい受けちゃって・・・ほんっっっっっとに、バカで鈍いんだから。)
・・・と、言いたい放題言われている当人はというと・・・
(綾波・・・今日は一体、どうしたんだろう?この前から、様子が変だったけど・・・今日は特に、すごく変だ。・・・いったい何があったんだろう?)
等と、相変わらずの鈍さを発揮していた。
『・・・・・・頭脳体。イチオ〜聞クケド・・・・・・ホンッッットニ、ドウシテダカ解ンナイノ?』
通じないとは思いつつ、一応言ってみる初号機。帰って来た反応は、思いっきり予想通りのものであった。
(・・・うん。綾波って無口だし、あんまり感情表に出さないし・・・)
『ソンナ事無イワヨォ。・・・ホラァ、チョット前ニれいチャン抱キツイテ来タジャナイ。』
(・・・そうなんだよね。あの辺から、綾波の様子がおかしいんだよ。ホントに、どうしちゃったのかな?)
『・・・何デ抱キツイテ来タカ、解ンナイ?』
(・・・・・・あ、もしかして・・・・・・)
『モシカシテ?』
(具合いが悪くなったんじゃないかな?・・・今も何か、顔が赤いみたいだし・・・)
『・・・・・・ア、ソウ・・・・・・』
珍しくも疲れた声をだし、初号機は沈黙した。そんな事など気付きもせずに、シンジは心配そうにレイの方を見やる。
(大丈夫なのかな、綾波・・・・・・)
で、的外れな心配されてる当人はと言うと・・・・・・
「・・・・・・はぁ・・・・・・」
相も変わらず、妄想に浸っているのであった。
◇ ◇ ◇
「・・・じゃあ、10時に綾波の家まで迎えに行くよ。」
「・・・・・・ウン。」
「じゃ、また明日。」
「・・・・・・ウン。」
そして放課後。
待ち合わせの場所を决めたシンジは、小走りに去って行くレイを見送っていた。
その背中が見えなくなると・・・シンジは踵を返し、一人帰路につく。
アスカは週番、トウジは入院中、ケンスケは途中から姿が見えなくなった。
・・・シンジはふと、考える。
(何だか・・・一人で帰るのって、久し振りのような気がする。)
少年の顔に一瞬、翳が訪れる。だがそれはすぐ、脳裏に響く呑気な声に追い出されて行く。
『・・・ソォ?気ノセイナンジャナイ?』
(・・・そうかな?)
『ソォヨ。・・・マァ、今日ハチョット特殊ナ1日ダッタシ。疲レテンジャナイノ?』
(・・・うん。そうかも、知れない。)
『・・・マ、今日ハチャントオ風呂入ッテ、早メニ寝ルノネ。明日ハ、キット大変ヨォ?』
(・・・・・・大変って?)
『・・・・・・明日ニナレバ分カルワヨ。嫌デモネ。』
(何だよぉ。さっきからずっと、思わせ振りな事ばっかり言ってさ。・・・はっきり言ってよ。)
『・・・後悔シナイ?』
(・・・え?)
『ダカラァ、聞イテ後悔シナイ?ッテ言ッテルノ。』
(・・・・・・それは・・・・・・)
『フフン、ソンナ覚悟ジャア教エテアゲラレナイワネ。』
(・・・・・・けち。)
既に毎度御馴染みになった漫才を繰り広げながら、シンジはゆっくりと坂を上っていくのだった。
◇ ◇ ◇
「・・・ねぇ、アスカ。」
「なに?」
夕闇迫る、学校近くの公園。
アスカはヒカリに連れられ、ベンチに並んで腰を下ろしていた。
「綾波さんって・・・もしかして、碇君の事好きなのかしら?」
「・・・な、何でそんな事あたしに聞くのよっ!?」
「何でって・・・エヴァのパイロット同士でしょ?」
「・・・・・・知らないわよ、あの女の事なんか・・・・・・」
「そう・・・・・・碇君は、どう思ってるのかしら?」
「・・・だから!何であたしに聞くのよっ!?」
怒鳴り付け、立ち上がるアスカ。目を丸くして、見上げるヒカリ。
「・・・・・・ごめん。」
言って、再び腰を下ろすアスカ。その表情には、自分自身に対する戸惑いがありありと浮かんでいる。
「・・・・・・ねぇ、アスカ。」
「・・・・・・ん?」
「碇君の事、どう思ってる?」
「・・・・・・・・・解んない。」
俯いて、ぼそりと言うアスカ。いつもの彼女らしくない反応ではあったが、ヒカリにはその心情が手に取るように分かった。
「・・・ね、アスカ。碇君ってさ・・・すごく優しいよね。」
「違うわよ。あいつのは、ただ自分が嫌われたくないだけ。優しさなんかじゃないわ。」
「そうかなぁ?ホントにそれだけ?」
「・・・ヒカリ・・・?」
「自分が嫌われたくないって事は、自分だけが可愛いって事よね?そんな人間が、エヴァに乗ってみんなを守れるの?」
「・・・・・・」
「ずっと前に、鈴原に聞いたわ・・・碇君は鈴原達を守る為に、命令違反したんでしょ?それで、牢屋に入れられて・・・自分だけが可愛いんだったら、見捨てちゃえば良かったんじゃない?元々、あんなところでウロチョロしてた鈴原達が悪いんだから。」
「・・・それは・・・」
「それにさ、碇君って・・・絶対何かと戦うとかって、向いてないわよね?」
「うん。」
「だから・・・すっごく、無理してると思うの。特に、最近の碇君って・・・」
「え?最近何か、違うのあいつ?」
「・・・うん。何だか、すっごく哀しそうな目をするの。もうすぐ自分が、いなくなっちゃうって感じの。」
「・・・ヒカリの気のせいじゃないの?」
「ううん・・・アスカが知らなくても、無理ないと思うわ。だって碇君、誰も見てないって思ってる時しかそんな目しないもの。」
「・・・・・・」
「私も、2、3度偶然見かけただけなんだけど・・・ホントに哀しそうな目だったわ。1回見たら、忘れられないくらい。」
「・・・・・・あのバカ・・・・・・」
「・・・アスカ、心当たりあるの?」
「・・・・・・ごめんヒカリ、詳しい事は言えないの。」
「そう・・・じゃあ、これ以上は聞かないわ。だけど・・・碇君の事、支えてあげてね。」
「・・・何でそんな事、あたしに言うのよ?」
「あら、綾波さんに言った方が良かった?」
「・・・ちょっと、それどーゆー意味よ!?」
「解んない?」
悪戯っぽく笑うヒカリに、顔が赤くなるアスカ。気取られまいとして、ぷいと横を向くが・・・それは答えたも同然であった。
「・・・ね、アスカ。一人で頑張るのも大事だけど・・・誰かを支えてあげるって事も、とっても素敵な事だと思うわ。私は・・・そうしたいと思う。」
・・・ヒカリは一生、鈴原の事を支え続けるのだろう。必ずやり遂げるに違いないと、アスカは思った。そんな確信を抱かせる、ごく自然体の告白だったから。
同時に・・・とてもかなわない、そうも思った。自分はこんなに、強くないと。
それは一種、爽快ささえ伴う敗北宣言だった。
「・・・ヒカリ・・・」
「ん?」
「あたし・・・ヒカリと友達になれて、本当に良かった・・・」
アスカの心からの言葉に、ヒカリは極上の微笑みで答えるのみであった。
◇ ◇ ◇
「・・・いいこと、レイ。シンジ君は奥手もいいところだから、あなたが積極的に迫るのよ。恥ずかしいとか何とか言ってちゃダメ。いいわね?」
以前とほとんど変わっていない、綾波レイの部屋。
ミサトはビール缶片手に、RS作戦の最重要ポイントを力説していた。神妙な面持ちで、頷くレイ。
ちなみにRS作戦とは、
《レイ×シンジらぶらぶ大作戦》
の暗号名である。・・・誰が考えたかは自明の理なので、敢えて解説は省かせて頂く。
「とにかく、自分に正直に。思った通りに話せばいいの。・・・まぁ、シンジ君はちょっち驚くかもしれないけど、そこで不安になっちゃダメよ。一生懸命アタックすれば、必ず報われるわ。・・・頑張るのよ、レイ!」
やたらと熱を込めて、同じような事をくり返し言うミサトに相槌を打ちながら・・・レイの心は、既に明日のデートに精神汚染されていた。
(碇君と買物して・・・その後喫茶店に行って・・・それから遊園地に行って・・・レストランで食事して・・・それから碇君に送ってもらって・・・それから・・・それから・・・)
・・・何か、学校に居る時となんも変わってないという説もあるが・・・取り敢えず、リセットのタイミングがやや遅れているようではある。
コレは先程まで行われていた、RS計画最終確認において覚えた事項らしい。もっとも、最後にど〜するかを考えると、未だに頭の中が真っ白になってしまうレイである。
いい加減で『相談相手を間違えた』と思うべきなのだが・・・この手の事は何も知らないレイに、それを求めるのは酷というものであろう。
一方、葛城家。
居間の壁にもたれ掛かり、シンジはいつものようにSDATを聞いていた。そのすぐ横には、アスカが寝そべってテレビなんぞを眺めている。
・・・ちなみにアスカ、最初は居間のド真ん中に陣取っていた。それが立ったり座ったりをしている内に、何時の間にやらそんな位置に来てしまったのである。
もちろん、当の本人意識しての行動ではない・・・と思いきや。チラチラと、シンジの方を盗み見ていたりする。
(・・・何よ、シンジったら。こ〜んな美少女がすぐ近くにいるってのに、全然気が付いてないみたいじゃない。ホンっと、鈍いんだから・・・せっかくこのあたしが、相談に乗ってやろうって思ってるのに・・・)
だったらはっきり言えば良さそうなものだが・・・シンジの前だと、何故か自己主張がヘタになるアスカである。
(・・・ホント、冴えない子よね。初めて会った時と・・・全然変わってない。)
ぼんやりと前をむくシンジの横顔を見上げ、アスカはふと思い出す。
(あの時も・・・一緒に弐号機に乗った時も、このくらい近くにいたっけ。あたしの華麗な操縦に目ェ回して、半分のびてたわね、こいつ。)
華麗かどうかは異論が出そうだが、シンジが目を回してたのは事実ではある。
(それからずっと・・・ずっと、一緒にいるのよね。・・・考えてみれば、ユニゾンして倒さなきゃならない使徒は今いないんだから、もうあたしはシンジと一緒に暮らさなくても良いのよね。)
そこまで考え、アスカは不意にある事に気が付く。
(・・・あたし・・・シンジと離れて暮らすなんて、考えた事も無かった。どうして・・・?男なんて、大嫌いのはずのあたしが・・・)
・・・と、突然シンジが立ち上がった。びくっ、と硬直し、慌てて視線をテレビに向けるアスカ。
「? どうかした、アスカ?」
「ど、ど、どうかしたって・・・何がよ?」
怪訝そうなシンジの問いに、努めてさり気ない口調で答えるアスカ。どもっている上、声も裏返っていたりするのだが・・・これでも当人、さり気ないつもりなのである。
「いや・・・何って・・・その・・・」
流石の鈍感シンジもアスカの異常に気付いたが、それを指摘するよーな度胸は当然の如く持ち合せてはいない。例によって、しどろもどろになってしまう。
「・・・な、何よ・・・」
対するアスカも、さっきのが未だ尾を引いていて何時もの切れが無い。そんなこんなで、およそ会話とは認識出来ない時間が10分ばかし過ぎてゆく。
そして、沈黙が二人を包む。
「・・・・・・何よ。明日は《でぇと》なんでしょ。何時までもこんなとこいないで、さっさと顔でも洗って寝りゃい〜でしょ、バカシンジ!」
突然、言葉とクッションを叩きつけ・・・アスカは逃げるように、自分の部屋に去って行った。茫然と、それを見送るシンジ。
『アラアラ・・・あすかチャンモ大変ネェ。』
(・・・大変なのは、僕だよぉ・・・)
『ナ〜ニ言ッテンノヨ頭脳体。他ノ男ノ子カラスレバ、羨マシイ限リジャナイノ。』
(・・・いきなりビンタされたり、バカバカ言われたりするのが?)
『ソォヨ。』
(・・・・・・僕って、変なの?)
『マァソーユー言イ方モ、アルワネ。』
(・・・叩かれて喜ぶくらいだったら、変でもいいような・・・)
心も身体も1つになっている割には、さっぱり会話の噛み合わない両者なのであった。
◇ ◇ ◇
赫い瞳に、皓い光が宿る。
その背後には泥棒にでも入られたかのように、色とりどりの衣服が散乱している。
ミサトが童心に帰った結果である。
そんな惨状など気にも止めず、レイはただ月を見上げていた。
「・・・碇、君・・・」
少女の口から、ため息にも似たつぶやきが洩れる。途端に、瞳に宿る光が微妙に揺らぎ始める。
「・・・・・・碇君。」
もう一度、舌に乗せてみる。少女の手が、我知らず胸に当てられる。
明日、逢える。
学校では毎日会っている。でも、明日は特別。
碇君に、自分の為だけに会うのだから。
初めて・・・生まれて初めて、自分の為だけに何かをするから。
・・・・・・自分なんて、無いと思っていた。
道具としての綾波レイは在る。何の価値もないはずの、この命。
この身体が滅んでも、何も変わりはしない。そう思っていた。
だけど。
今の自分・・・そう、二人目と呼ばれるべき綾波レイは、碇シンジに逢いたい。
何かをしたいと思える事が人である証なら、今の自分は紛れもなく人。
だから・・・伝えたい。この想いを、綾波レイが人になったと言う事を。
「・・・寝なてくは・・・」
言って少女は、ベッドに横になる。寝不足の顔は酷いものだと、葛城三佐は言っていた。
そんな顔、間違っても見られたくはない。
・・・不意に、視界に玄関が飛び込んで来る。彼がやって来る場所だ。少女に・・・綾波レイに会う為に通ってくる場所。
「・・・寝なくては・・・」
もう一度、呟いてみる。だがその瞼は、いっかな下りようとはしない。
今にもその扉が、開きそうに思えたから。
◇ ◇ ◇
「・・・う〜・・・」
万人にその精神状態が分かる唸り声を上げつつ、少女は再び寝返りを打つ。
その蒼い瞳が、卓上の時計をねめつける。
「・・・もうこんな時間じゃないの。・・・何よもう。何で眠れないのよ。」
ぶつぶつ呟きつつ、少女はもう一度寝返りを打つ。
「・・・後、8時間か・・・」
少女に、明日の予定はない。予定があるのは、同い年の同居人だ。
「何よ・・・関係ないじゃないの。あいつが誰とデートしようが、誰と付き合おうが・・・」
何度、そう呟いた事だろう。だがその言葉は、何の力も持ってはいなかった。
(どうして・・・こんなに、あいつの事が気になるの?ただのバカじゃないの。バカで、臆病で、人の視線ばっか気にして、内罰的で、鈍感で・・・)
だけど。
一緒にいて、嫌だと思った事はなかった。
否・・・・・・一緒にいる事が、当たり前に思えていた。
・・・でも明日、あいつはいない。不自然に色が白い、あの女に会いに行くから。
「・・・ファースト・・・」
不意に、シンジがレイに微笑みかける映像が脳裏に浮かび上がる。その瞬間、締め付けられるような鈍い痛みが胸に走る。
「・・・何よ・・・なによぉ・・・」
震える声で呟きつつ、少女は枕に顔を埋める。
自分のものではなくなりつつある自分を、押えつけるかのように。
◇ ◇ ◇
『・・・あすかチャンモ、ホント大変ネェ。素直ニナレバ、楽ニナレルノニ・・・』
夢も見ずに爆睡するシンジの脳裏で、初号機は一人ごちていた。
彼女にとって、部屋の仕切りなど無いも同じである。
『ソレニシテモ・・・頭脳体モ、ソロソロ気付イテモヨサソ〜ナモンナノニネェ。何デココマデ、鈍イノカシラ?』
そう呟いては見たものの・・・彼女には、その理由は分っていた。指令を仰ぐべき存在の、哀しき過去を知っているから。
『・・・マ、私ハ言エタ義理ジャナイノヨネ。ソノ原因ノ片割レナンダカラ・・・ネ、ゆい?』
初号機の謎の言葉に答えるものは無く・・・少年の脳裏に、葛城家に真の静寂が訪れる。
そして月は、全てを見下ろして、ただ浩々と輝いていた・・・・・・
《つづく》
by プロフェッサー圧縮
はい、大変永らくお待たせいたしましたぁ!新人類エヴァンゲリオンif「廻れメリーゴーランド(前編)」ですっ!
・・・・・・・・・え?タイトル違う?
そそそ、そんな事は・・・・・・(^^;;;;;)
・・・・・・ううっ、ごめんなさいごめんなさい。ホントはもっと、短い予定だったんですぅ。其の弐くらいの分量だったはずが、アスカの乱入で・・・・・・(^^;)仕事も押して来てるし(未だ終わってない(爆死))あんまり待たせちゃうと見捨てられそーだし・・・・・・
で、色々悩んだ末にこ〜なりました。予告のイベント、半分も入ってないんで心苦しいんですが・・・分量的には其の参とほぼ同じくらいありますので、何とぞご勘弁のほどを。
・・・という訳で、if初の続き物と相成りました。ちゃんと責任持ってデートシーンは書きますので、ご安心くださいませ。
プロフェッサー圧縮
次回予告
初めてのデート。
それは一生忘れられない、大切な想い出。
レイは、その甘さに酔いしれる。
久し振りのデート。
それは自分が招いた、1つの結末。
アスカは、その苦さを噛み締める。
そして、少女達は気付く。本当に価値在るものに。
次回、新人類エヴァンゲリオンif「廻れメリーゴーランド(後編)」。
この次はちょっち凄いわよん☆
第四話(後編)へ
※代理人注:ページタイトルは作成当時のそれをそのまま再現しております。
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