「新人類エヴァンゲリオンif」 Byプロフェッサー圧縮

    970129版Ver1.0

新人類エヴァンゲリオンif 其の伍「ゴルゴダの丘を撃て」
It proved to be the deathblow to their plans.


その男は、風の中に佇んでいた。

眼下には荒れ果てた大地が、その無残な姿を晒している。

背後には、ひび割れたコンクリートと歪みねじれた鉄骨。そして散乱するガラスの破片。

自らの意志によって、動くものは何も無い。この世にたった一人取り残されたような、そんな錯覚を覚える死の世界。

そう・・・男の周囲に、生は無い。だからかも知れない。男が、この場所を選んだのは。自らの仕事に、相応しいと思ったのは。

・・・男は咥えていた煙草を吐き出し、持参の黒いゴルフバッグを肩から降ろす。

そして再び、遥か前方−−−−−−きれいに整地された坂に視線を戻した。

何者にも、その考えを悟らせない瞳で・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「いーーーかーーーりーーーくん!がっこいこ!!」

碇シンジ及び惣流・アスカ・ラングレーの級友達は、一緒に登校すべくインターホンに向かって声を張り上げる。

程なく、制服に身を固めた二人が現れ・・・・・・そのままでしばし、凍り付く。

「・・・・・・・・・何でアンタが、ここにいるのよっ!?」

「・・・・・・・(ぽっ)」

硬直が解けるなり噛付くアスカに、赤面のみで答える綾波レイである。上目使いのその視線は、シンジだけに注がれていた。アスカのこめかみに、音を立てて青筋が入っていく。

「ふぁあぁぁぁすとぉおぉぉぉぉぉぉ、質問に答えなさいぃぃぃぃぃぃ。」

地の底から響くようなアスカの声。だがレイはそれでビビったりはしなかった。より一層頬を染め、実にぬけぬけと(アスカ談)言った。

「・・・・・・碇君の、お迎え・・・・・・」

ぴし。

「・・・ぬわぁんですってぇぇぇ?よく聞こえなかったんだけどぉぉぉぉぉぉ?」

「・・・碇君と・・・少しでも一緒に居たいから・・・遠回りだけど・・・」

ぴしぴし。

「・・・ほ・・・ほほーーーーーーっ、で?」

「・・・学校に行くまで・・・いろいろお話したい・・・次のデートの事とか・・・」

ぴしぴしぴしぴしぴし。

「・・・・・・ふ、ふーーーーーーん。で?やっぱりおてては繋いだりしてる訳?」

「・・・・・・(ぽっ)」

・・・ぱっきーーーーーーん。

「・・・・・・ねえ、ふぁすとぉ?」

「なに?」

「ふっざけんじゃないわよぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!」

「・・・・・・わっ!?あ、あああアスカ、落ち着いて・・・・・・!」


アスカ、暴走。

その叫びでようやっと我に返ったシンジが、何とかアスカをなだめようと奮戦し出す。当のレイは、きょとんとしてその様子を眺めていた。

・・・そしてその横では、シンジの友人・相田ケンスケとアスカの友人・洞木ヒカリが《やっぱりこ〜なったか》という顔を並べて立っていた。

「・・・・・・なあ、委員長。やっぱ、まずかったんじゃないの?」

「そんな事言われたって・・・綾波さんに、あんな顔で頼まれたら断れないわよ。」

「・・・そりゃまぁ、委員長の気持ちも分らなくはないけどさあ・・・」

言ってケンスケは、シンジ達に視線を戻す。事態の収拾は、当たり前だが全っ然付いていなかった。

「・・・シンジっ!そもそもアンタ、いったいどっちの味方なのよっ!?」

「み、味方って言われたって・・・僕達は、みんな仲間じゃないか。」

「なぁぁぁにキレイ事ほざいてんのよっ!?こんな事が、許されるとでも思ってんのっ!?」

「こ、こんな事って何だよ。」

「ファーストが、毎日アンタを迎えに来るって言ってんのよっ!?分ってんの!?」

「う、うん。別にいいじゃないか。何でそれで、アスカが怒るんだよ?」

「・・・・・・何で、って・・・・・・」

鈍感通り越して罪悪とさえ言えるシンジの発言に、アスカは俯いて黙り込んでしまう。

それを激発の前兆だと勘違いしたシンジは、慌てて弁解のようなものを並べ立て始めた。

「・・・あ、いや、その、あの、別に、アスカが悪いとか、アスカには関係ないとか、そーゆーことじゃなくて・・・その・・・だから・・・つまり・・・」

「・・・・・・・・・もう、いいわよ。」

「えぇっと・・・その・・・・・・え?」

「・・・・・・もういいって言ってんのよ。早く行かないと、遅刻よ。」

力無い口調でそう言って、アスカはさっさと歩き出した。一瞬呆然としたシンジではあったが、すぐにその背中を追う。残った3人も、慌ててシンジに続いた。

「・・・・・・何よ・・・・・・人の気も知らないで・・・・・・バカ・・・・・・」

          ◇          ◇          ◇

・・・・・・来た。

男は、表情にすら出さずに心の奥底だけで呟いた。

準備を終えてから、61分の後。彼の視界に、ターゲットが入ってきた。

男は音もなくしゃがむと、愛用のM1ライフルの照準器に目を当てた。

ターゲットまでの距離は、現在2122m。男が手ずから改造した古風なライフルは、この距離でも針の穴すら射ち抜く事ができる。

だが、彼は待った。どんな奴でも、絶対に避けられない距離を。

男が生死を共にしてきたライフルには、特殊カーボンで作られた矢尻状の弾丸が込められている。それが収められている薬莢には、すさまじい燃焼力を持つガスが高圧圧縮されて詰まっていた。

超軽量の弾丸と、それを押し出す強力な気体。この二つによって、死の使者は1000mを、0.01秒で駆け抜けるのだ。

どんな生物でも、この速度で飛来する弾丸を防ぐ事は出来ない。前もって察知していない限り。

だから男はいかなるセンサーにも反応しないよう、自らの持物全てに反射防止処理を施した。更に自らの体温すら、外気温と同じにまで下げた。

いかに現在のここ−−−−−第三新東京市が一年中夏だからといっても、体温をそこまで下げて、なおかつ精密作業を行うなど、並みの人間では考えられない事である。

だが、男には自信と実績があった。そう、彼はプロと呼ばれるべき存在なのだ。

・・・ターゲットの周囲に、四人。前に女が二人、隣に女が一人、後ろに男が一人。しかし、狙撃に問題はなし。計画、実行。

男の心理を言葉にすれば、こうなるに違いない。ターゲットが何であれ、彼の精神に揺るぎと言う文字はない。例えそれが、たった14才の子供であってもだ。

・・・残り200、180、160、140・・・

ターゲットは、着実に近づいていた。死すべき一点に向かって。

男は機械よりも正確に、そして無慈悲にカウントダウンする。

・・・80、60、40、20・・・

ターゲットが、気付いた様子はない。たとえ気付いたところで、もはや逃れる術はなかった。

そして、男の指は引き絞られた・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・あれ?」

シンジは不意に、顔を上げた。

「・・・どうしたの?碇君。」

「あ、いや・・・今何か、音がしたような気がしたんだけど・・・」

「音?」

「うん。・・・何か、電気がショートしたような音だったんだけど・・・気のせいみたいだね。」

不思議そうに聞くレイに、辺りを見回しながら答えるシンジ。・・・確かに、そんな音がしそうなものは何も無い。

「・・・・・・こら、バカシンジ!何やってんのよっそんなとこに突っ立って!?」

「ご、ごめん。何でもないんだ。」

どうしてこっち見てもいないのに、立ち止まってるのが分ったんだろう?などと相変わらず鈍い事を思いつつ、シンジは慌ててアスカの後を追いかける。

それを気配のみで察知しつつ・・・アスカは何時もより、少しだけゆっくりと歩いて行く。

・・・だがシンジは何時もの間隔まで追い付くと、それ以上間を詰めようとはしなかった。アスカの肩が、ほんの少しだけ落ちる。

「・・・アスカ・・・元気、出しなよ。大丈夫、いつか気が付いてくれるわ。」

「・・・・・・ん・・・・・・」

アスカの隣を歩くヒカリが、それに逸早く気が付き、フォローする。だが、アスカは力無く頷くだけだった。

(・・・アスカ、元気無いな・・・やっぱり、碇君と綾波さんの事なんだろうな・・・)

ヒカリは、少なからぬ罪悪感に囚われた。アスカの気持ちも考えずに、レイを連れてきてしまった事に。

最近のアスカ・・・特にシンジにきつく当たった後のアスカは、何時もこうだ。

ヒカリ以外の他人に、そんな姿を見せる事はなかったが・・・ヒカリにしてみれば、しょんぼりしているアスカを知っているだけに、余計自分の迂闊さに腹が立つ。

(・・・今日は帰りに、あんみつでもおごろう・・・)

学校帰りに寄り道なんて、と思わないでもなかったが・・・ヒカリは、そこまで杓子定規な人間ではなかったし、なりたいとも思わない。

それはヒカリが、煙たがられつつもクラスのみんなに信頼されている理由なのかもしれなかった・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・また、失敗か。」

深淵の中で無気味に光る黒いプレートが、忸怩たる思いを音にして吐き出す。

「これで通算19回目だよ。これ以上刺激するのは、まずいのではないかね。」

別のプレートが、諦めの言葉を口にする。それを受け、また別のプレートが言う。

「諸君等も知っての通り、今回使ったのは歴史をも塗り変えた事のある男だ。それが、このざまではな・・・」

プレート達が取り囲んでいる立体映像には、コンクリートの床に全身めり込んでいる男が映し出されている。その横には無残にひしゃげたM1ライフルが、これまた仲良く床にめり込んでいた。

「・・・やはり、《神》に尋常な手段は効かんか。」

「しかし、どうする?このままでは、計画の遂行は不可能だぞ。」

「碇は、何と言っている?」

「だんまりを決め込んでおるよ。何を企んでおるのやら。」

「・・・査問にかけるか?」

「それは、奴の尻尾を掴んでからだ。どうせ呼びつけたところで、のらりくらりとかわすだけだよ。」

「《鈴》はどうしている?」

「先日、連絡があった。『機会を窺っております』だとよ・・・奴も、思ったほどは使えんようだな。」

口々に、非建設的な事を言い合うプレート達。・・・古今東西、刺客を送り付けるような連中が建設的な事をした例はないのだが・・・彼らとて、必死ではあるのである。

「・・・・・・この際だ。サードチルドレンと、直接話をしてみてはどうかね?」

「だが、碇がそんなことをさせると思うかね?」

「理由は、いくらでも作れるよ。・・・例えば、例の研究に協力させる・・・」

「なるほど。それは良い案かもしれんな。」

「《神》の力を持ったとはいえ、サードチルドレンの精神は、普通の子供と変わらないようだからな。我々に従うよう仕向けるのは、さほど大事でもあるまい。」

プレート達は自分達のアイディアに満足し、消えた。

・・・だが、彼らは自分達に致命的な事実誤認がある事を知らない。

それがいかなる事態を引き起こすか・・・それこそ、神ならぬ身の彼らには、知り得るはずも無い事であった・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・シンジ君を南米支部に、ですか?」

ネルフ司令執務室で、ミサトは《また無茶な事を》と言うニュアンスを、語気に込めて問い返した。

「そうだ。委員会の要請でな・・・SS機関の研究に、ぜひとも協力して欲しいそうだ。」

「ですがシンジ君は今や、ネルフの切り札です。彼を一時的にとはいえここから離すのは、戦略上重大な問題があります。」

「・・・葛城三佐。これは既に決定事項だ。それに、戦力の事なら問題はない。近々、伍号機と六号機がこちらに届く。同時にパイロットも補充されるはずだ。」

「・・・・・・分りました。」

内心歯噛みしつつも、ミサトはこう言わざるをえなかった。

「・・・以上だ。下がり給え。」

「・・・・・・はい。失礼します。」

一礼し、退出するミサト。その脳裏には、何時も以上に疑念が渦巻いている。

(どうして司令は、シンジ君を引き渡そうとするの?彼の価値に、気が付いてないはずはないのに・・・)

「・・・・・・なあ、碇。本当にこれでいいのか?」

「百聞は一見にしかずだ。老人達も、自分の目で見たほうが納得できるだろう。」

「それはそうだが・・・危険すぎはしないか?」

「老人達に、今のシンジをどうこうする事はできんよ。」

「いや、そうではなくてだな・・・」

「・・・シンジは、帰って来るさ。その為の黙認なのだからな。」

「・・・葛城君と、レイの事か?」

コウゾウの問いに、ゲンドウはただ沈黙を持って答える。

だが彼は、それが肯定である事を知っていた。

「本当にいいのか?碇よ。」

「・・・・・・構わん。大事の前の小事だ。」

その答えにコウゾウは一瞬、ゲンドウの横顔を見直した。

しかしそこには、彼の求める答えを見出す事はできなかった。

(・・・碇よ・・・それはつらいぞ・・・誰にとっても・・・)

自らの胸の内だけに聞こえる声でそう呟くと、コウゾウは視線を入り口に向けた。

その先に、求める答えがあるかのように・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・シンジ、塵紙持った?ハンカチは?パスポート忘れてないでしょうね?薬セットは入ってる?」

新東京国際空港、出発ゲート前。

アスカは心底心配そうに、シンジの旅の準備の確認をしていた。ほとんど、修学旅行に子供を送り出す母親のノリである。

「大丈夫だってば。子供じゃないんだから・・・」

「なに言ってんのよ。アンタこれ以上無いくらい、お子様でしょうが。大体アンタはただでさえ抜けてんだから・・・加持さん。シンジの事、ホントにお願いね。このバカが間抜けな事して、日本の恥を晒さないように・・・」

「ああ、任しといてくれ。シンジ君が浮気しないように、しっかり見張ってるから。」

「・・・アンタが言ったって説得力無いわよ。」

「ははっ、相変わらず手厳しいなあ葛城は。・・・だけど実際のところ、向こうにいる1ヶ月は缶詰だろうからなあ。いくら俺でも、口説く対象がいないんじゃあどうしようもない。」

「・・・てことは、対象がいたら軟派するのね。」

「おいおい、それはもののたとえって奴だよ、アスカ。」

「・・・・・・どーだか。」

などと言い合っている内に、搭乗手続開始を告げるアナウンスが入る。シンジは荷物を抱えあげると三人に軽く挨拶し、リョウジと共にゲートに向かって歩き出した。

・・・と、その裾を捕まえるものがあった。

「・・・なに?綾波。」

シンジは、ずっと下を向いて黙っていたレイに振り返る。レイは未だ下を向いていたが・・・その唇から、か細い声が洩れた。

「・・・・・・これ・・・・・・」

「え?」

「・・・・・・これ・・・・・・私だと思って・・・・・・」

俯き、頬を薔薇色に染めるレイの視線の先をたどると・・・そこには、握られた手に負けないくらいに真っ白な、ひと巻きの包帯があった。

「・・・・・・あの・・・・・・綾波・・・・・・?」

「・・・碇君がもし、怪我したときに・・・これを使って・・・私だと思って・・・」

シンジは思いっきり唖然として、耳まで真っ赤になったレイを見返した。さもありなん。

(・・・綾波・・・一体何が言いたいんだろう?)

『・・・頭脳体。ヨ〜スルニれいチャンハ、コノ包帯ヲオ守リ代リニ持ッテイッテ欲シイノヨ。イザト言ウトキニハ、役ニ立ツンダシ・・・』

(・・・なんだ、それならそうと言ってくれればいいのに・・・)

『ショーガ無イジャナイ、れいチャン口下手ナンダカラ・・・頭脳体ダッテ、ソウデショ?ソレクライ、ワカッテアゲナクッチャネ。』

(・・・・・・うん、そうだね。)

初号機のフォローで、ようやくレイの言いたい事を理解したシンジは、にっこり微笑んで言った。

「・・・うん、ありがとう綾波。大事にするよ。」

「・・・・・・うん・・・・・・」

シンジの言葉と微笑みに、もはや全身真っ赤っ赤のレイである。その様子を見て、当然の如く柳眉が釣り上がって行くアスカ。

「・・・・・・シンジ!これ貸したげる!」

突然言うが早いか、アスカは自分の髪止め代りのインターフェースを外し、シンジに突きつけた。

「え?」

「だから、これを持って行きなさいって言ってるの!」

「・・・でも、これアスカのインターフェースだろ?僕が持ってても、使い道が・・・」

うるさいわねバカシンジ!あたしが貸してあげるって言ってんだから、アンタはありがたく持って行けばいいの!」

「で、でも・・・・・・」

「い・い・か・ら!!ごちゃごちゃ言ってないで、早く受け取りなさいよ!!」

荷物になるだけなんだけどなあ、などとアスカが聞いたら往復ビンタ必至の事を思いつつ、シンジは真紅のインターフェースを受け取った。

「・・・大事にしなさいよ。このあたしのインターフェースなんですからね。壊したり無くしたりしたら、ただじゃおかないからね!」

「う、うん。」

「・・・それから・・・」

くるりと背中を向け、アスカは言う。何でもなさそうに・・・でも少しだけ、上擦った声で。

「ちゃんと、返しに来なさいよね・・・・・・・・・待ってるから。」

シンジはそれを聞いて・・・言った。レイに向けた以上の微笑みで。

「アスカ・・・・・・ありがとう。絶対、返すから。」

そしてシンジは踵を返し、今度こそゲートに向かった。

「何があっても帰って来よう」と言う、決意を胸に・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・サードチルドレンは、南米支部に向かったようだな。」

「左様。・・・しかし、おまけが付いているようだ。」

「《鈴》の事かね?自分で志願したらしいが・・・」

「仕事はしている、とアピールしたいのではないかね?もっとも、我々がこうして動き出した以上、彼の仕事などもう無いのだがな。」

「まあ、よかろう。邪魔にはなるまい。」

          ◇          ◇          ◇

「・・・あの、加持さん。僕は向こうで、何をすればいいんですか?」

日本を後にして、1時間ほど。

シンジは隣のリョウジに、これからの予定を聞いて見た。

「葛城から、聞いてないのかい?」

「・・・は、はい。すみません。」

「いや、君が謝る事じゃないよ。・・・まったく、しょうがないなぁ葛城は。まぁ昔っから、あいつはルーズだったから・・・」

「・・・昔から、そうだったんですか?」

「ああ・・・君も随分、苦労しただろう?」

「・・・ええ・・・まぁ・・・」

ミサトが聞いたら、1ミリ秒で首を絞められる事間違いなしの言い草である。

そしてリョウジは据え付けのイヤホーンで機内音楽に興じ、シンジは自前のSDATを取り出す。

・・・と、シンジの手が止まり、再びリョウジの方を見た。

「・・・・・・・・・あの・・・・・・・・・それで結局、僕は向こうで何をするんですか?」

リョウジは、リクライニングしたシートに身を沈めたまま、言った。

「・・・・・・葛城からは、何も聞いてないんだろ?」

「は・・・はい。」

「なら、俺といっしょだな。」

「・・・・・・それって・・・・・・」

「ああ。俺も、何も知らない。・・・ま、別に取って食うって訳でも無いだろ。」

平然と・・・実に平然と言うリョウジに、二の句が継げなくなるシンジであった。

『・・・マァ確カニ、私達ヲ取ッテ食エルヨ〜ナ存在ガ、コノ地上ニイルトハ思エナイワネ。ドッチカッテユ〜ト、取ッテ食ウ側ナンダシ。』

(・・・・・・そーゆー問題とは違うと思う・・・・・・)

先行き不安になるシンジとは関係なく、飛行機は実に順調な旅を続けるのであった。

          ◇          ◇          ◇

「・・・はい、もしもし・・・シンジ!?

葛城家、P.M.10:33。

一人でテレビを見ていたアスカは、電話をかけて来たのがシンジと知って、驚きと喜びと不安の入り交じった叫びを上げた。

「どうしたのよいったい、何かあったの?・・・え?ミサト?未だ帰って来てないわよ・・・こらちょっと待ちなさい!ミサトに何の用なのよ?・・・はぁ?アンタバカぁ?何でそんな事今になって聞くのよ?

・・・どうやらシンジ、電話でミサトに聞けばいいと言う事に思い当たったよ〜である。アイディア自体は、極めて順当かつ有効である事は間違いない。

ただ唯一の間違いは、ミサトの携帯に直接かけなかったと言う事にあった。

「・・・アンタって、ほんっっっとにバカね。まったく、トロイんだから・・・やっぱり、あたしがついてないと駄目ね・・・こらっ!未だ話は終わってないわよっ!後がつかえてるぅ?そんなもん、待たしときゃいいのよ!

にこやかに、理不尽な事をのたまうアスカである。もっともアスカに、その自覚は全く無い。シンジと話すことは彼女にとって、当然の権利なのだから。

「で、どう?空の旅は・・・機内食がおいしかったぁ?アンタねえ、もうちょっとマシな感想って無い訳ぇ?・・・え?あたし?うん、だいぶ前に食べた。・・・何って、その・・・ラーメン・・・いいでしょ、別に。毎日こればっか食べるつもりなんて無いんだから・・・」

いきなり、長電話モード突入。だがシンジのテレカにも、限界と言うものはある。国際線の機内電話ともなれば、その減りもまたすさまじいのである。

「・・・うん、うん・・・え?もう切るですってぇ!?こら、待ちなさい!度数が無いぃ!?アンタねえ、何でもっと高いの買っとかないのよ!?ちょっと!!・・・・・・切れちゃった・・・・・・」

アスカは暫く、受話器を置いた電話を見つめていたが・・・・・・おもむろに自分の携帯を取り出すと、何処かへとかけはじめた・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・君が、碇シンジ君ね?初めまして。私はここの技術主任をやらせてもらっている、シンディ=アイゼンハワーよ。よろしくね。」

「・・・は、はい。よろしくお願いします・・・」

空港から、ヘリに乗って約3時間。

小高い山の中腹に設置されたヘリポートに到着したシンジ達を出迎えたのは、見るからにアングロサクソン系の、すらりとした長身の美女だった。腰まで届く癖のある金髪を、首の後でだけ束ねている。

「さて、と・・・着いたばかりでお疲れのところ悪いんだけど、早速この研究所内を案内させてもらうわ。付いてきて。」

言うだけ言って、さっさと歩き出すシンディ。シンジとリョウジは、一瞬顔を見合わせ・・・その背中を追いはじめる。

「・・・やれやれ、随分と人使いの荒い御仁のようだな。」

「そうですね・・・」

「あーあ、こりゃあスイカの世話でもしてた方がマシだったかもしれんなあ。」

「はあ・・・」

どこまで本気なのか、ぼやく事しきりのリョウジ。だったら来なきゃいいのに、とは流石に言えないシンジであった。

「・・・まぁ唯一の救いは、彼女が美人だって事だな。しかも、俺好みだ。」

「・・・・・・加持さんの好みじゃない女の人って、いるんですか?」

「ははっ、シンジ君も言うねえ。・・・そうだなあ、元男とか、元ヘビとかはちょっと遠慮したいね。・・・まぁ、元ネコとか元ウサギとかだったら、考えてもいいんだが。」

・・・どうせ真面な答えは返って来ないとは思っていたが、それでもやっぱりどっと疲れるシンジであった。

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・・・・ふう。」

シンジは、割り当てられた部屋で寝っ転がった。ベッド以外は何も無い、よく言えば簡素、悪く言えば殺風景な部屋である。・・・まぁ、後者の印象を受けるのが普通であろうが。

「・・・知らない天井・・・何だか、すごく久しぶりの気がする・・・」

我知らず、シンジは呟く。・・・実際は、最後に呟いてから1年も経ってはいないのだが。

『ソンナ事ヨリ・・・ココノゴ飯、何トカナンナイノカシラ?味ト量、ドッチカダケ欠ケテルンナラ未ダ許セルケド・・・両方トモッテ、イッタイド〜ユ〜了見シテンノカシラネ!?』

その脳裏で、初号機が心底腹立たしそうに、研究所での食事に文句をつける。・・・ど〜やら彼女、意外とグルメのようだ。

(・・・そんな事言ったって、しょうがないじゃないか。こ〜ゆ〜ところの食事って大抵こんなもんだって、加持さんも言ってたし・・・)

『ダカラッテ、コンナ非人道的ナ事ガ許サレルッテモンデモナイデショ!?私ハ断固、抗議スルワヨッ!!』

(そんな事言われたって・・・実際に抗議するのは、僕じゃないか・・・)

『頭脳体ハ、コレデイイノッ!?アンナノガ、毎日出ルノヨッ!シカモ、1ヶ月!・・・マッタクココノ連中ト来タラ、人間ノ三大欲求ノ一ツヲ何ダト思ッテルノカシラ・・・ブツブツブツ』

食い物のうらみは恐ろしいと言うが・・・よっぽど、ここの食事が不味かったらしい。

まぁ、普段シンジの脳裏でしゃべるくらいしかする事のない初号機にしてみれば、食事はほぼ唯一の楽しみである。それが無くなるとなれば、確かに大問題ではあろう。

(・・・で、でもさ。ミサトさんのカレーよりはずっとおいしいよ。)

『あれハ、食ベ物ジャナイワ。』

きっぱり即答する初号機に、何も言えなくなるシンジであった。・・・それにしても、使徒すら食らう初号機に、ここまで言わせるミサトのカレーとは如何なるものか・・・余人には想像すら出来ない代物であろう事は、間違いない。

『・・・ア、ソウダ。頭脳体ガ自分デ料理スルッテノハドウ?台所、貸シテモラッテ・・・』

(・・・・・・そこまでするの?)

・・・と、その時。壁に備え付けてある電話が鳴り出した。

「・・・はい、もしもし?・・・え?アスカ!?

まったく予期しない出来事に、シンジは驚きの声を上げる。

「どうしてまた?・・・あ、いや、その・・・ち、違うよ。別に電話する必要もないかなって・・・ご、ごめん。・・・・・・う、うん。分ったからさ、そんなに怒鳴らないでよ・・・」

・・・ど〜やら、シンジが連絡よこさなかった事で、アスカはご立腹の様子らしい。

シンジとしては、シンディなりが向こうに連絡入れているだろうから、自分が電話する必要はないと思っていたのだが・・・アスカがそう思ってない事は、先の機内電話で明白である。

「・・・うん・・・うん・・・大丈夫だよ・・・うん、ホント大丈夫だって・・・え?いや、ホント。ちょっと疲れてるけど・・・あ、いや、そうじゃなくて・・・・・・違うんだよ、ただ着いてすぐ、中を案内してもらったから・・・」

声に元気がなかったせいか、アスカはしつこいくらいに心配しているよ〜である。

「・・・うん、そうなんだ。結構大規模な施設でね・・・そう、山のかなりの部分が空洞なんじゃないかな・・・うん、そう・・・あ、ここで言っちゃまずいのかな?・・・そう?ならいいんだけど・・・」

一瞬、盗聴の心配をしたシンジであったが・・・アスカ曰く「専用回線だからだいじょ〜ぶ!」との事であった。・・・実はこの為だけに、アスカはミサトに掛け合って、第二発令所のコンソール使用許可を貰っていたりする。無論、シンジには言わないが。

「・・・うん。え?いや、未だだけど・・・明日から、それの発掘作業をするって話だから、その時に案内されるんじゃ・・・え?僕がするんだよ。・・・・・・そりゃあ危険じゃなきゃ、僕が呼ばれたりしないよ。・・・・・・大丈夫だよ。・・・・・・それは・・・そうなんだけどさ・・・・・・」

何とかアスカを安心させようと、なるべく自信ありげな口調を作ろうとするシンジではあったが・・・不器用鈍感男のシンジに、そんなまねができる訳はなかった。

「・・・だからさ、仕事なんだから・・・大丈夫だってば、ここの人達がちゃんとバックアップしてくれるから・・・うん、加持さんもいるし・・・え?・・・・・・そうなったら・・・・・・それは・・・・・・その・・・・・・」

案の定、アスカに痛い所を突かれたらしく、シンジは沈黙した。

「・・・・・・うん・・・・・・まあ・・・・・・でも、やらない訳にもいかないし・・・・・・」

・・・何やらアスカに突っ込まれている内に、段々不安になって来たらしい。

一方。

自室でブラッシングをしていたシンディは、ノックの音に振り返った。

こんな時間に誰?といぶかしみつつ、ドアを開けると・・・実物には今日初めて出会った男が、微笑みながら立っていた。

「・・・添い寝の相手なら、間に合ってるけど?」

「そりゃ残念。じゃあ、お話だけにするよ。」

言ってリョウジは、するりとシンディの部屋に入り込む。

「随分と、手慣れてるわね?」

「何がだい?」

「レディの部屋に入り込むのが、よ。」

「心外だなあ。俺はこう見えても、純朴で通ってるんだぜ?」

「・・・ハイスクール時代に使ってた英和辞書、未だあるわよ。お貸ししましょうか?」

「あれ?俺何か、間違ってたかい?これでも、英語は得意科目だったんだがなぁ。」

呆れた顔でつっけんどんに応対するシンディに、あくまでもマイペースを崩さないリョウジ。見る者が見れば、張り巡らされた緊張の糸が見える事だろう。

「・・・・・・いいわ、とにかく話とやらを聞きましょ?」

このままでは埒があかないと見たか、シンディは本題を話すよう、リョウジに促す。

リョウジは一つ頷くと、淡々と話しはじめた。いきなり核心を。

「・・・キール叔父さんは、いつ頃こちらにご到着かな?」

「・・・・・・叔父さんが、こっちに来るの?何の為に?」

流石にそう切り込んで来るとは思わなかったか、シンディの動揺は一瞬、顔に出てしまった。それを逃すようなリョウジでは、無論無い。

「お互い、忙しい身だ。前置きはもう、ナシにしようや。俺の事を、知らん訳でもあるまい?」

畳み掛けるようなリョウジの言葉に、シンディは暫く固まっていたが・・・やがて深いため息をつくと、妙にさっぱりとした顔で言った。

「OK、それで何が知りたいのかしら?」

          ◇          ◇          ◇

「・・・アスカ、今日はどうかしたの?」

夕陽の差す教室に一人残っていたヒカリは、朝見掛けたっきり行方不明だったアスカに声をかけた。

「・・・ん、ちょっとね・・・」

ぽりぽり頬を掻きながら、ちょっとバツが悪そうにアスカは答えた。流石に「ちょっと地球の裏側まで、シンジと長電話。」とは口が裂けても言えはしない。

「・・・お仕事の事なんだろうけど・・・でも本当に、今日はどうしたの?髪型も、何時もと違うし・・・」

ヒカリの鋭い指摘に、内心うっ、となるアスカであった。

今日のアスカはその長い栗色の髪を、赤いリボンで結んだポニーテールにしていた。

その新鮮な姿は多くの男子を改めて虜にし、この所少々懐がさびしかった少年Aに、一寸した小遣い銭をもたらしたが・・・閑話休題。

「・・・べ、別に何でもないわよ。あれ、ちょっと壊しちゃって・・・」

「そうなの?アスカのあれって、いっぱいあるもんだと思ってたけど・・・」

「そ、そうでもないのよ。あれって結構、特別製なのよ。」

「ふ〜ん、そうなんだ。」

「そうそう、あたしって天才だから・・・」

何故かどもるアスカを、ヒカリは不思議そうに見ていたが・・・別に変な事を言っている訳でもないので、特に何も言わなかった。

(・・・ふう。危ない危ない・・・ホントにヒカリだけしかいないんならともかく、こんな場所じゃあ誰が聞いてるか分ったもんじゃないわ。)

「それはそうと・・・ヒカリ、こんな時間まで何やってたの?」

「何って・・・アスカを待ってたのよ。鞄置いてあるから、未だ帰ってないと思って。」

「そっか。ごめんね、ヒカリ。」

「ううん・・・それじゃあ、帰りましょうか?」

「うん。」

言って二人は、そろって教室を出た。

「・・・・・・ところでさ、アスカ。」

「なに?」

「碇君・・・いつ帰って来るの?」

「・・・・・・来月。」

「・・・そう・・・さびしくない?」

「・・・・・・ちょっと・・・・・・ね。」

隣のヒカリがやっと聞き取れるくらいの声で、アスカはぼそり、と言う。

ヒカリはそんなアスカに、やさしく語りかける。

「・・・電話とか、した?」

「・・・・・・うん。」

「碇君、元気そうだった?」

「・・・ううん。着いた早々あちこち引き回されて、疲れたって。」

「そう・・・・・・心配ね。」

「・・・・・・うん。」

ボソボソと答えるアスカを見て・・・ヒカリはかわいそうになると同時に、少しうれしくなっていた。

ちょっと前までは自分にさえ、正直な気持ちを打ち明けた事のないアスカが・・・今はこうして、心を開いてくれる。

(・・・綾波さんといい・・・碇君って、ホントにすごい人ね。)

そう思いつつ、ヒカリはアスカを慰め続けるのだった・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「おはよう、シンジ君。昨晩は、良く眠れたかしら?」

「・・・・・・まあ・・・・・・一応は・・・・・・」

食堂、朝食後。

にこやかに朝の挨拶をするシンディに、シンジは余り景気が良いとは言えない顔で応対した。

「・・・その様子だと・・・中々離してくれなかったみたいね、あなたの彼女は。」

「・・・・・・そんなんじゃありませんよ。」

結局アスカは、日付が変わるまで話を続け・・・それで目一杯不安にさせられたシンジは、中々寝付けなかったのである。有難迷惑どころか、迷惑千万と言いたいシンジであった。

「・・・まぁ、いいわ。今日は作業する訳じゃないから。」

「え?今日からじゃないんですか?」

「ええ・・・今日は、昨日案内しなかったところを回るから。・・・そもそも、肝心の作業現場を未だ見てないじゃない。いくらなんでも、見てもらう前から作業しろ、なんて言わないわよ。」

言われてみれば、その通りである。

シンジは一つ頷くと、シンディに聞いた。

「・・・と言う事は、今日は現場に行くんですか?」

「ええ・・・そのつもりよ。付いてきて。」

またまた一人でさっさと行こうとするシンディの背中に、シンジは慌てて声をかけた。

「・・・ま、待ってください。加持さんがいないんですけど・・・」

「あぁ、彼?何か他に用があるみたいよ。別に彼が作業する訳じゃ無いんだから、いなくてもいいでしょ?」

言うだけ言って、又もや一人でさっさと歩きはじめるシンディであった。しかたなく、小走りに追いかけるシンジ。

(・・・なんだか随分、マイペースな人だなぁ。)

『ソ〜ネェ。人ガド〜シテヨ〜ト知ッタコッチャ無イ、ッテ感ジヨネ。』

珍しく意見が一致した二人(?)に、シンディはやや唐突に語りかける。

「・・・ねえ・・・今の世の中を、どう思う?」

「えっ?」

タイミングもそうだが内容の突然さに、面食らうシンジ。だがシンディは、そんなシンジなどおかまいなしに言葉を継ぐ。

「今の世界は、争いに満ちているわ・・・何時でも必ず、何処かで戦争が起っている・・・どうしてだと思う?」

「・・・・・・え・・・・・・え〜っと・・・・・・」

考えた事も無い命題を突きつけられて、シンジはどう言っていいか分らなくなった。・・・普通は、そうである。

「・・・それは、人に欲望があるからなのよ。嫉妬、羨望・・・こう言った、争いの元にある感情は、全て欲望が源泉よ。」

「・・・・・・はあ・・・・・・」

「では、欲望はなぜ発生するのか?・・・それは・・・」

既に講義口調になり、とうとうと語り続けるシンディ。もはや、シンジがいるかどうかさえ、眼中にあるまい。

「・・・それは、人の心に欠陥があるから・・・不完全な魂は、完全になろうと足掻き・・・そして、自分に無い部分を求めはじめる。これが、欲望よ。・・・もし・・・もしも、この欠けた部分を補えるなら・・・この世の楽園が、現出するわ。・・・その為にはシンジ君、あなたの・・・」

そこまで言ってシンディはようやっと、何時の間にか上を向いていた視線をシンジに戻す。

「・・・・・・すーすー・・・・・・」

・・・そこには、床にへたりこむような格好で器用に熟睡する、シンジの姿があった。

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・・・・す、すみません・・・・・・・・・」

「別にいいわよ。単に私の話がつまらなかった、ただそれだけの事なんだから。」

「・・・・・・いえ・・・・・・あの・・・・・・そんな事は・・・・・・」

ものの見事にぶすっとするシンディに、何時も以上に腰が低くなるシンジである。

「・・・そんな事より、着いたわよ。」

しゃくられたあごの先を見れば・・・話にだけは聞いていた、しかし予想を遥かに上回る規模の空間が広がっていた。

「・・・・・・すごい・・・・・・」

「・・・《マークの大空洞》。発見者の少年の名を取って、こう呼ばれているわ。総面積、約7500ha。一番高い天井までは、約220m。どうしてこんなものができたのかは、今もって謎に包まれているわ。」

単純に驚いているシンジに多少気をよくしたのか、シンディが親切にも解説を入れてくれる・・・ただ単に、説明好きなだけかもしれないが。

「・・・まあ、この大空洞自体にも学術的価値はもちろんあるんだけど・・・肝心なのは、ここに埋まっていた《モノ》なのよ。」

「それが・・・あれですか。」

言ってシンジは、大空洞のほぼ中央で下からライトアップされている物体を指差した。

それは、言わば錆びた卒塔婆。大きさは、この位置からではよく判らないが・・・恐らくは、初号機を楽々括りつける事が出来るであろう。そんな事が出来るかどうかはさておいても。

・・・それに、そこには既に先客が居た。胚芽期の人間の胎児を、無理矢理そのまま大きくしたようなそれは・・・括りつけられている、と言うよりも卒塔婆といっしょに作られたような一体感を醸し出していた。

その巨大物体を、シンディはシンジと共にしばし見ていたが・・・やがて重々しく、口を開いた。

「そう・・・・・・恐らく、あれは使徒の化石よ。」

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・も〜、この風呂の温度センサー、壊れてるんじゃないの?」

アスカはぶつぶつ言いながら、バスタオルを巻いただけの格好でリビングに出て来た。

そのまま台所に行き、やかんをコンロにかける。

沸くまでの時間を利用して着替えを済ませ、カップラーメンの袋を破る。

それを流し場の中に置き・・・アスカはぼんやりと、コンロの火を眺めるともなく眺めた。

・・・と、突然チャイムが鳴り響く。アスカは弾かれたように振り返ると、ものすごい勢いで玄関目指して走る。

叩きつけるようにして「開」ボタンを押し、空気音と共にドアが開かれる。

そこに、アスカが見たものは・・・・・・

「・・・・・・何だ、ファーストか・・・・・・って、ファースト!?いったい何の用よ!?

「・・・・・・碇君・・・・・・」

露骨にがっかりした表情から憤怒の表情へ一瞬で変化を完了したアスカに対し、レイは哀しげな顔で、ポツリと言う。

アスカの柳眉が怒りと怪訝さで、限界まで跳ね上がった。

「はぁ!?アンタいきなり人ん家やって来て、なに訳のわかんない事言ってんのよ!?」

「・・・・・・碇君・・・・・・未だ、帰って来てない?」

「・・・アンタバカ!?帰って来てる訳ないでしょ!いたらこんなに・・・こんなに慌てて出て来ないわよっ!!」

「・・・・・・そう・・・・・・」

ぼそぼそと話すレイに、叫びまくるアスカ。

それは何時も通りの光景でありながら・・・何処か覇気が無く、虚しさの漂うものであった。

「・・・・・・・・・ファースト、何だったらなんか食べてく?カップラーメンしかないけど。」

しばしの沈黙の後・・・アスカは余人が聞いたら、ひっくり返るような事を言い出した。レイもまた、他人が見たら仰天するような行動に出た。

こっくり頷くと、玄関から上がり込んだのである。

「・・・アンタ、肉駄目だったわね?ワカメラーメンでいい?」

リビングに体育座りしたレイは、再び無言で頷く。それに怒る風でもなく、アスカは淡々とワカメラーメンを取り出し、封を切る。

・・・丁度お湯も沸き、それぞれのラーメンにお湯を注ぐ。箸を上に乗せ、キッチンのテーブルまで運んで来たアスカは、レイに静かに声をかける。

「・・・そんなとこに座ってないで、こっち来なさいよ。」

レイは黙ってとことこと、アスカの側までやって来る。アスカはあごで椅子を示すと、自分も席につく。

・・・そして3分、沈黙の時が流れる。

ニワトリをディフォルメしたデザインのタイマーを止め、蓋を取り、液体スープを入れ、箸でよくかき混ぜる。

セカンドインパクトを乗り越えても変わらないこの風景には、時代を超えた妙な雰囲気があった。

・・・家族の団欒や暖かみといったものからは、程遠いものではあったが。

「・・・・・・・・・おいしくない。」

不意にアスカが、ぼそり、と洩らす。

その正面に座るレイは、聞いているのかいないのか、ひたすらつるつると麺をすすっている。

「・・・・・・なによ・・・・・・アンタなんかいたって、全然おいしくならないじゃないの!もういい!出てって!」

空になったカップをテーブルに叩きつけ、アスカは叫ぶ。

だがレイは全く聞いている素振りを見せず、平然とスープを飲んでいる。アスカは、顔中に青筋が立つ思いがした。

「・・・ふ〜〜〜あ〜〜〜ぁ〜〜〜す〜〜〜と〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

まさに、鬼気迫るとしか表現しようの無いアスカの声に、流石にレイは顔を上げた。

しかし、その口から出て来た言葉は。

「・・・・・・ごちそうさま。」

もはや怒りを通り越して唖然とするアスカを尻目に、レイはすたすたとリビングを後にする。

そして、振り返りざまに一言。

「・・・さびしいのは、あなただけじゃないわ。」

・・・残されたアスカはその背中を、いつまでも見つめていた。

そう。レイの背中が視界から消えても・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・それじゃあシンジ君、よろしくお願いね。」

言ってシンディは、乗って来たジープを駆って元来た道を戻って行った。ただ一人残されたシンジは、別に気にする風でもなく辺りを見回していた。

「・・・ホントに、これ以外は何にもないんだなあ。」

『ソ〜ネェ。少ナクトモ、女ノ子ガ住ムヨ〜ナトコロジャア、無イワネ。』

(・・・それはいいから、早く始めようよ。その為に、連れて来てもらったんだからさ。)

『ハイハイ、分ッテマスッテ。・・・ジャア頭脳体、ヨロシクネ。』

シンジは目を閉じ、初号機の姿を思い浮かべる。そのイメージが浮かび上がった瞬間、シンジの躰は光に包まれる。

『臨戦体制移行!初号機活動形態、開始!!』

脳裏に聞きなれた、澄んだ女性の声がした時には既に・・・14才の少年の姿は何処にもなかった。その場所には・・・エヴァンゲリオン初号機と呼ばれる巨神が、その魁偉な姿を人々の前に現していた。

(・・・それじゃあ、早速調査を始めよう。・・・でも、僕はどうすればいいの?)

『頭脳体ハ、特ニ何カヲスル必要ハナイワ。コノ姿ニナレバ、全部ノせんさート補助演算機関ガ使エルカラ。頭脳体ハ何ヲ、ドウイウ事ニ付イテ調ベルカサエこまんどシテクレレバ、後デ私ガ調査結果ヲマトメテ報告スルワ。』

(ふ〜ん、そうなんだ・・・)

『便利デショ?コノ姿ナラ、大抵ノ事ハ出来ルノヨ・・・ドウ?コノ姿ノママ暮ラサナイ?』

(だ、駄目だよそんなの。困るよ。)

『マァ、頭脳体ガソウ言ウンジャアショーガ無イワネ。・・・ット、ソンナ事ヨリ、オ仕事シナクッチャナラナイノヨネ。頭脳体、こまんどヲ。』

(あ、うん・・・じゃあ、目の前にある、この塔について調べてよ。)

『了解。調査れべるハ?』

(・・・え?)

『ダカラァ、《何ヲ》ニツイテハ今聞イタケドォ・・・《ドウイウ事ニツイテ》ヲ未ダ聞イテナイノヨ。』

(・・・そ、そんな事言われたって・・・わかんないよ、そんなの。)

『ソレジャア、私ハ動ケナイワネ。』

(そんなあ・・・・・・何とかしてよ、そのくらい。)

『ダァメ。5W1Hハ、人ニモノヲ頼ム時ノ基本ヨ。』

(・・・・・・そんなあ・・・・・・)

一方。

大空洞入口付近に設置された管制室に戻って来たシンディは、出現したままぴくりとも動かない初号機に首を傾げていた。

「・・・どうしたのかしら、いったい?」

「さあ・・・・・・もう既に、調査を行っているのではありませんか?」

「それにしては、電磁波重力波、その他センサー波と思しきものは何も検出されてないわ・・・何か、トラブルでもあったのかしら?」

シンディは半ば無意識に、右側のコンソールに目をやる。そこには、黄色と黒で彩られた、危険を示す帯で囲まれたスイッチがあった。

卒塔婆の周囲を取り囲むように設置された、32個のNN地雷の起爆スイッチである。

(・・・これを使う羽目にならなきゃいいんだけど・・・)

胸の内だけで呟いて、シンディは再び正面モニターに視線を戻すのだった・・・・・・

          ◇          ◇          ◇

(・・・・・・それじゃあさ、これが生きてるかどうかをまず調べてよ。それなら、出来るんだろ?)

『了解。オ安イ御用ヨ、頭脳体。』

ようやっとシンジの命令を聞けた初号機は、その両眼を怪しく光らせ、調査を開始する。

『・・・内部温度、19.267834℃・・・電磁波反応、無シ・・・重力位相、変化無シ・・・』

シンジには、何だか判らない言葉をぶつぶつ呟きつつ、初号機は卒塔婆を隅々まで探査して行く。・・・そして程なく、初号機は結論を出した。

『頭脳体、コレハアラユル意味デ生キテハイナイワ。』

(・・・あらゆる意味、って?)

『冬眠状態トカ、仮死状態トカデモナイッテ事ヨ。』

(それじゃあ、これはもう死んでいるって事?)

『ソウネ・・・コレガカツテ、生キテイタラノ話ダケド。』

(・・・それって、これが使徒の化石じゃないって事なの?)

『マァ、タダノ岩トカジャアナサソ〜ナノハ確カダケド・・・頭脳体達ノ言ウ、使徒カドウカマデハ解ラナイワネ。』

(・・・そうなんだ・・・)

『・・・デ?ドウスルノ頭脳体?未ダ何カ、調ベテ見ル?』

(・・・・・・そうだなあ・・・・・・取り敢えず、シンディさんのところに戻ろうか?)

伺うように言うシンジに、初号機は妙に静かな声で問い返した。

『・・・ソレ、こまんど?』

(・・・え?あ、いや、その・・・そう、と言われれば、そうなんだけど・・・)

『頭脳体。相談ナラ相談、こまんどナラこまんどッテ、ハッキリ言ッテチョウダイ。』

(う・・・・・・うん。じゃあ、相談。)

おどおどと言うシンジに、初号機はため息をついた。

『・・・頭脳体。私ハ頭脳体ノこまんどニ従ウ存在ナノ。自己防衛行動以外ハ、私ハ自分デ行動スル事ハ出来ナイワ・・・コレガドウイウ事ダカ、解ル?』

(よ・・・よく解らない・・・)

『ツマリ、頭脳体ニシッカリシテモラワナイト、私ガ困ルノヨ。ワカッタ?』

(う、うん・・・わかった。)

シンジの返答を聞いた初号機は、コロッと口調を一変させた。

『マ、ソーユートコロ私ハ気楽ヨネ〜。決定権ガ無イカラ、好キ放題言ッテラレルシ・・・』

(・・・自分で言うなよぉ・・・)

からかう初号機に、文句とも愚痴ともつかない台詞を洩らすシンジ。何時もの二人(?)に戻ったところで、初号機はさっきの相談事に答える事にした。

『トコロデ頭脳体、サッキノ話ナンダケド・・・イッタンしんでぃノトコロニハ、戻ッタ方ガイイデショウネ。ソモソモ彼女ガ、何ヲ調ベタイノカ知ラナインダシ。』

(・・・そうだね。そうしよう・・・これは、コマンドだよ。)

『了解!』

どことなくうれしそうに、初号機は返事をする。そして踵を返し、管制室に向かって歩き始めた。

その瞬間。

卒塔婆の周囲に、32条の閃光が生まれる。

何?と思う暇も無く・・・初号機は、NN地雷の光と熱の中に消えた・・・

          ◇          ◇          ◇

「・・・・・・はっ!?」

アスカは、テーブルから跳ね起きた。

「・・・あたし・・・寝てたんだ・・・」

呟き、額の汗を拭う。アスカの全身は、冷たい汗でぐっしょりと濡れていた。

「・・・嫌な夢・・・」

悪夢は、見慣れると言うことがない。ましてや、初めて見たものならば。

アスカは一つ頭を振ると、シャワーを浴びるべく立ち上がる。

・・・とその時、電話が鳴った。

アスカは飛び付くように電話を取ると、勢い込んで言った。

「はいもしもし!・・・使徒!?・・・わかった、すぐ行く。」

アスカの期待は、言わば最悪の形で裏切られた。

・・・だが、アスカは静かに受話器を置くと、決意の表情でリビングを出ていった。

あいつが帰って来る場所を、守るために・・・・・・

《つづく》

                        by プロフェッサー圧縮


あとがき<其の伍>


皆様、あけましておめでとうございます・・・って、もう一月終わるだろが!!の作者です(爆死)

・・・え〜、大変永らくお待たせおば致しました。第伍話「ゴルゴダの丘を撃て」やっとこの完成です。

この二ヶ月、いったい何やってたかといいますと・・・まぁ、ここ以外にあちこち出張なぞ少々・・・実はそっちも、連載だったりなんかして・・・ん〜、自爆してますねぇ(他人事みたいに言うな!)

だから、と言う訳でもないんですが・・・今回、凶悪な引き方してますね(をィ)

別に力尽きた、って訳でもないんですが・・・なんせ、行数が今回もとんでもね〜事になってますからねぇ。これでも、当初の予定の半分なんですわ。それを考えると・・・あんまし大量にあっても、読む方も大変かと思いまして・・・こ〜した次第であります。

後、言われる前に言っちゃいますが・・・今回、レイの出番少ないです(爆)

暫くは、レイもアスカも平等に扱って行きたい、と言う考えがありまして・・・今シリーズでは、脇役に回ってもらう事にしました。

とゆ〜訳で順当に行けば、次々回はレイの出番、って事になりまする。レイファンの皆様、そーゆー事ですんで暴動は起さないよ〜に一つ・・・(しないしない)

何はともあれ・・・引きがアレですんで、続きはなるべく早く書きたいとは思っております。・・・いままでの所業を考えると、いつ頃って言えないのが、我ながら悲しいですが(爆)

・・・では、近い内にまたお会い出来る事を祈りつつ・・・(軟弱)

プロフェッサー圧縮

次回予告

コアの無い使徒に、苦戦を強いられるアスカとレイ。

ミサトは、絶望感の中で無力さを噛み締める。

しかし彼女達は待ち続ける。光と熱の中に消えたシンジを・・・

次回、新人類エヴァンゲリオンif「天空(あま)翔ける虹色の想い」。

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代理人の感想
テレホンカードって所に時代を感じるなぁ。いや、私自身今でも使ってますけど、やっぱり携帯になっちゃうかなぁと。
(国際線の飛行機で携帯が使えるかどうかは知りませんが)

しっかし、本当ノリが良いですね初号機。
どこの誰に似たんだか(ぇ?


追伸:タイトルからして期待させたのに出オチで終わった暗殺者に幸アレ。


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