「・・・・・・いいんですか?」
「ン?何がぁ?」
横手からかけられた可憐な声に、由梨花は振り向いた。
視線の先には、シルバーブロンドを両おさげにした白い少女が、手元のB5サイズコンピュータを操作していた。そのまま、うっすらとピンクに色づいた唇を再び開く。
「葛城三佐のことです。」
「・・・あ〜、ミサトちゃんのことォ?全然変わってなかったね〜。」
「いえ、そーゆー事じゃなくて。」
そこで少女は、面を上げた。黄金色の視線が、まっすぐに由梨花を見る。
11、2才くらいだろうか。レイと比べても引けを取らないほど白く抜ける肌。ややふっくらとした顔の造作はしかし、冷徹なまでの知性に縁どられていた。
そしてこの世ならぬ印象を与える、つり目気味の黄金。それは色こそ違えど、かつてのレイと何処か似ていた。
「じゃ、ど〜ゆ〜事ォ?」
「あれじゃあ、葛城三佐の面目丸つぶれです。大人って体面気にするもんですし、後々メンドー起きなきゃいいんですけど。ま、子供の私にはカンケー無いですね。失礼しました。」
「だぁ〜いじょーぶよォ。ミサトちゃんがそんな事思うワケ無いじゃない?瑠璃ちゃんも心配性ね〜。」
井戸端会議中のおばさんよろしく口元で手を振る由梨花を、瑠璃と呼ばれた白い少女は「ばか?」と言わんばかりの目で見返した。
・・・いや、内心では実際に言っていた。
(・・・ほーんと、我が姉ながらどーしてこうバカなんだろ?こんなのが将校なんだから、国連軍もよっぽどひとがいないのね。)
等と、かなりシビアなことを瑠璃が考えていると・・・前方から、やや間の抜けた声が聞こえてきた。
「おーい。別れ道だけど、どっちいけばい〜んだ〜?」
瑠璃と由梨花が視線を戻した先には、18くらいの男が、ハンドルをひねくり回していた。短く刈り込んだ黒い癖ッ毛の向こうには、Y字路が結構なスピードで迫りきていた。
「あ。其処、左に曲ってください。」
「うん、わかった。」
それなりに急なカーブを、ほとんどGを感じさせずにクリアすると・・・男はバックミラー越しに瑠璃を見て、言った。
「・・・ねえ、瑠璃ちゃん・・・なんでわざわざ、赤い矢印手に持ってるの?」
「気分です。気にしないでください。」
「・・・そ・・・そお・・・」
あくまでも涼しい顔で、でっけぇ矢印抱えてる瑠璃に・・・男は、次に言うべき言葉を失ってしまった。その代わり、と言う訳でもないのだろうが、由梨花が男に声をかけた。
「ねえ、章人ォ。どう?追いつけそう?」
「ンなもん、オレが解るワケ無いだろー?こっちにはレーダー、ついてないんだから。」
やけに甘ったるい由梨花の声に、章人と呼ばれた男はぶっきらぼうな返事を返す。シチュエーションが装甲車の中でなければ、別れかけのカップルにも見られかねないトーンである。
「そっかー、ごめんねぇ。今なんか、ちゃんとした指揮車両切らしちゃってるんだって〜。ホンット、段取り悪いんだからァ。」
「・・・・・・そーゆー問題か・・・・・・?」
ぷうっ、と頬を膨らませる由梨花に、章人は諦めの溜め息を吐いた。本当は「だったらそもそも追いかけるなんて言い出すなよ、仮にもお前将校だろ?」と続けたかったのだが・・・それが如何に無意味であるか、彼は身に沁みて解っていたりする。
「そんな事より、ど〜するんですか?ネルフさんの汎用決戦兵器、止まるつもり無いみたいですよ。」
瑠璃の声に、由梨花は液晶画面を覗きこむ。等高線と簡単な色のみで構成された地図で、青い点は確かに移動しているようであった。
「・・・あ〜、ホントだ。しょうがないな〜、もう。」
眉根を寄せて唸る由梨花を、瑠璃は暫く見つめていたが。
「・・・・・・・・・で?」
「ン?『で』って?」
「・・・だから、ど〜するんですか?これ。」
「ど〜するって・・・・・・なんで?」
・・・傍から聞いているだけで、青筋が立ってくるよ〜な会話である。
だが、慣れているのか無表情が地なのか、瑠璃は淡々と言葉を継ぐ。
「まずいんじゃないですか?このまま決戦兵器さんが追いかけてたら。もうすぐ、こちらの防衛線ですよ。皆さん、普段割り喰ってますから・・・ここぞとばかりに巻き添えにするんじゃないですか?」
「・・・ん〜・・・でもォ。ネルフさんは、さっき了承したんだしィ・・・私達が出来ることって、もう無いンじゃないかなァ。」
人差し指を添えて小首を傾げ、由梨花はかなりお役所な事を口にする。それに対して瑠璃は、事もなげに言ってのけた。
「そーですか。ならいーんですけど・・・どーせ、責任とるのは一佐で私じゃありませんし。」
「・・・・・・る・・・・・・瑠璃ちゃん・・・・・・あいかわらずキツい・・・・・・」
顔に縦線いれて引きつる由梨花の方に振り返り、瑠璃はあっさりのたまった。
「気にしないでください。子供の言うことですから。」
(・・・自分で言うかな普通・・・?)
内心でだけツッコミを入れつつ、章人はアクセルを踏み込んだ。
早い所この二人(主に由梨花)から、解放されたかったのである。
「・・・・・・・・・で?」
「・・・・・・え・・・・・・え〜ッと・・・・・・」
「・・・・・・・・・(しょぼん)」
珍しく不機嫌なシンジの声に、アスカとレイは身を縮めた。特にレイなど、「そんないたずらばっかりしてると捨てちゃうよっ」と言われた子犬のように、しょんぼりしてしまっている。
だが、これまた珍しいことにそんな様子を見ても、シンジのこめかみには青筋が浮いたままであった。もっとも彼の全身にくまなく出来た、痣やらミミズ腫れを見れば、その原因推して知るべし。
「・・・・・・・・・で?」
もう一度、唸るような声。アスカは冷や汗で痒くなって来たこめかみをぽりぽりと掻きつつ、上ずった声音で言い訳のようなものを並べはじめた。
「・・・・・・その・・・・・・ほ、ほら。良くあるじゃない。腹が減っては怒りっぽい、って・・・・・・」
「・・・・・・・・・だから?」
「・・・・・・えっとその・・・・・・ほ、ほらぁ。よく言うじゃない?穴があったら埋まりたい、って・・・・・・」
「・・・・・・・・・それで?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・なによ。ちょーっと巻き添え喰ったからってさ。そんなに怒んなくたっていいじゃない。」
ぼそぼそっと呟いた声を聞き付けて、シンジはじろっとジト目を送る。アスカはあらぬ方を向きながら、多くなって来た冷や汗をぬぐうようにこめかみを掻きつづけた。
『マ〜マ〜、頭脳体。あすかチャン達モ反省シテルミタイダカラ、ソノ辺ニシトイテアゲタラァ?』
(・・・・・・だってさ・・・・・・)
『ソンナ事ヨリ、コレカラドウスルノ?現在、《未確認物体ヲ追跡》こまんど、実行継続中ナンダケド。何カマズインダッタラ、きゃんせるスルカ新シイこまんどチョウダイ。』
(あ、うん。そうだね・・・・・・どうしようか?)
『ソレヲ考エルノガ頭脳体ノ仕事ヨ。』
(・・・・・・いやそーじゃなくて・・・・・・相談、したいんだけど。)
『ア、ソウ・・・マァ現状ヲ鑑ミルニ、コノママ馬鹿正直ニ追イカケテモ、アンマリゴ利益ハナサソ〜ネエ・・・ソモソモ、追イツイタラド〜スルツモリナノ?』
(・・・・・・えーっと・・・・・・)
毎度おなじみ、初号機のシビアなツッコミと返答に詰まるシンジである。
「・・・・・・?シンジ、どうしたの?」
唐突に困り顔になったシンジを上から覗きこみ、アスカが不思議そうに聞いてくる。
ポニーテールに結わえた髪がさら、と流れてシンジの視界を塞いだ。
「・・・あ?うん、ちょっと・・・これからどうしようかな、って・・・」
「そんなん、決まってるじゃな〜い。あいつに追い・・・」
「・・・ダメよ。帰投命令、でてるもの。」
満面の笑みで言いかけるアスカを遮るように、レイは氷点下の視線と声を突きたてる。うっとうめいて、アスカは気まずい表情になった。
「べ・・・別に、い〜じゃないのよ。少しくらい。」
「命令違反は、最低3日間の営倉入りよ・・・・・・貴方、そんなに独房が好きなの?」
「ンなワケ無いでしょッ!!」
「なら、決まり・・・・・・碇君、私達を降ろして。ここからなら、54番ゲートが近いから・・・・・・中に入ってから元に戻れば、きっと大丈夫だと思うの。」
「え、あ、うん。そ、そうだ・・・・・・」
「ち、ちょっと待ちなさいよっ!」
普段の倍は喋るレイになんとなく気圧されて、シンジが頷きかけた瞬間・・・やはりというか当然というか、アスカが猛然と割って入る。そんな彼女に、レイは冷たく言い放った。
「・・・何?貴方だけ独房に入りたいんだったら、止めないわ・・・ただ、碇君を巻き込まないで。」
「・・・う、ぐ、そ、そーゆー問題じゃないでしょお!?だ、大体、壊されたのアンタの家なのよっ!?少しは、腹が立つとかガツーンとやっちゃいたいとか、無いワケぇ!?」
「・・・別に。あそこには、何もないもの。ただ、天候に左右されずに、比較的安全に睡眠がとれる・・・それ以上でも以下でもないわ。」
「・・・・・・それ以上でも以下でもないって・・・・・・」
あまりにも淡々としたレイの物言いに、絶句するアスカ。ただシンジは、意外なものを見るようにレイを見上げていた。
「・・・?なに?碇君。」
「・・・あ。いやその・・・別に・・・」
視線にすぐ気付いたレイが、小首を傾げて聞いてくる。シンジは慌てて正面を向くと、何故か早口で捲くし立てた。
「そ、それじゃあ、ゲートに向かうことにするよ。もしかしたら、ミサトさんが何か知ってるかもしれないし。・・・アスカも、それでいい?」
「・・・・・・・・・ああそお!!じゃ勝手にすれば!!あたし降りる!!やってらんないわよっ!!」
「あ、アスカ!?」
シンジの感覚では、突然に。
自分から離れようと暴れ出すアスカを、シンジは呆然と見つめていた。
「なによ!!ひとが折角、レイの部屋の仇討って上げようと思ったのにっ!!ヒカリとあれこれ、改装計画練ってたのがバカみたいじゃないっ!!なによなによなによひと馬鹿にしてっ!!」
「あ、あ、アスカ!?ちょ、ちょっと落ち着いて・・・!」
「うるさいうるさいうるさぁーーーーーーいっ!!このバカシンジバカシンジバカシンジーーーーーーーーーっ!!」
「う、うわ、うわわっ、ちょ、ちょっとやめてよー。」
まるで小さな子供のように喚き散らしながら、ぽかぽかとシンジの頭を叩きまくるアスカ。レイの呼び方が普段と違っていることにさえ、全く気が付いていないようだ。
その様子を、レイはただひたすら唖然として眺めるばかりだった。
・・・と、その視界の片隅で何かが点滅した。
みると・・・・・・『進路案』と、ど真ん中にでっかく極太明朝で書かれたサブウィンドゥが、点いたり消えたりを繰り返していた。
なんとはなしに、触れてみる。すると、ネルフ施設が書きこまれた周辺の略式地図に、何本かの線が引かれていた。・・・どうやら、これからの進路パターンを提示しているらしい。
「・・・・・・碇君。これを見て。」
「え?・・・・・・進路案?綾波が作ったの?」
「進路案〜!?」
シンジに呼びかけ、ウィンドゥを指さすレイ。興味を持ったのか、アスカもシンジの頭の上から一緒に覗きこんだ。さっきまで一方的にいじめていたくせに、突然仲睦まじくなる様子を見て、レイの心に言いようのないさざめきが広がって行った。
だが、レイはそれを無理矢理押さえつけると、いつも通りを装って淡々と話した。どうしてそんなことをするのか、自分自身でも良く解らなかったが。
「いいえ、違うわ・・・・・・さっきこのウィンドゥが点滅していて、触ったらこうなったの。」
「あん?それってど〜ゆ〜事よ、シンジ?」
「・・・え〜っと・・・」
『アァ、ソレ?イチオ〜確率高ソ〜ナ事態ヲ想定シテ、コレカラノ進路しみゅれーとシトイタノヨ。頭脳体ノ今後ノ方針ニヨッテ微調整スル必要アルカラ、一通リノ結果デタ時点デホットイテアッタノヨネ。』
(あ、そうなの?)
『エエソ〜ヨ。暇ダッタシネェ・・・・・・ドノ道入リ用デショ?』
(う、うん・・・・・・ありがとう)
『ドーイタシマシテ。』
「・・・・・・ちょっとシンジぃ。ど〜ゆ〜事か、説明しなさいってば。」
そんな内輪話など当然聞こえないアスカが、固まってしまったシンジの肩を急っついた。シンジははた、と気が付くと説明を始めた。
「あ、うん。えっとね・・・それは要するに、その・・・初号機が、作ったんだ。」
「あっそ。」
何とも歯切れの悪い説明にも関わらず、アスカはあっさりと頷いた。拍子抜けするシンジをよそに、頭の上から手を伸ばすと慣れた手つきでウィンドゥを操作して行く。
「・・・ふんふん、基本的な操作は弐号機と同じね・・・んーと、これは兵装ビルの41番ね・・・こっから先は市街地、と・・・ふんふん・・・」
「・・・・・・あ・・・・・・あの・・・・・・アスカ・・・・・・?」
頭の上でぷにぷにする感触に顔を赤らめながら、シンジはか細い声で注意を促してみた。だが、操作に熱中しているアスカは気がつきもしなかったりする。シンジにしても、言い訳程度に声をかけただけなので、その後は何も言わなかった。・・・ああ見えて、結構むっつりなのかもしれない。
やがて、操作を終えたアスカが得意げに言った。
「でーきたっ♪どう?これなら優等生も、文句ないでしょ!?」
「・・・・・・!?」
「・・・・・・こ、これって・・・・・・!?」
絶句する二人を等分に見やって、アスカはしてやったりの笑みを浮かべたのだった・・・・・・
「初号機、進路を変えました。」
マヤの報告を受けて、ほっとした表情を浮かべるミサトである。
「・・・・・・ふ〜。これで一安心ね。」
通信が途絶した時は、体張ってでも、と思っていたのだが・・・どうやら、その必要はなさそうだ。
ほっとしたついでに、ミサトは軽〜く聞いてみた。
「で?何処のゲート向かってるの?」
「はい。・・・・・・こ、これって!?」
「・・・どうかしたの?」
「は、はい・・・・・・恐らく、葛城三佐のマンションに向かっているものと・・・・・・」
「・・・・・・あ〜す〜か〜!!」
「・・・ネルフさんの決戦兵器、進路を変えました。予想目的地、郊外の住宅街。」
瑠璃の年齢不相応に落ち着いた声が、過不足なく状況を伝えて行く。
「・・・・・・う〜〜〜〜〜〜ん・・・・・・」
隣りに座る由梨花はその報告を受けると、なにやらあごに指を当てて考え込んだ。その様子をバックミラー越しに見て、章人は不審そうに声をかけた。
「何だぁ由梨花?何考え込んでんだよ?」
「・・・ねぇ、章人ォ。アニメとかの秘密基地ってさあ、人気のない山の中とかに発進口あるんだよね?」
「な、何だよ。いきなり・・・・・・」
「正義の味方でも悪の組織でも、基地って大体秘密なんだよね?」
「・・・お前、さっきから何が言いたいんだよ?」
「ほら、このネルフさんの決戦兵器って、旧住宅街から突然出てきたでしょ?第三新東京市って最初から要撃基地として設計された訳だからァ、この付近にはいっぱい発進口ってあるはずなの。そう考えると・・・なんでわざわざ、街の向こう側まで行くのかなぁって。」
「・・・うーん。言われてみりゃ、確かに・・・」
「でしょでしょ?」
嬉しそうに笑って、由梨花は運転席に身を乗り出す。横の瑠璃がジト目を送るが、全く完璧気付きもしない。
「それでさァ、私考えたんだけどォ・・・・・・実は、あの決戦兵器って、ネルフさんのものじゃないんじゃないかなーって。」
「・・・はぁ?なんでそ〜なるんだよ?」
「だって貰った資料だと、あの決戦兵器ってコンセント繋いでないと5分しか動けないんだよ?技術が上がって、今はもっと長く動けるようになってたにしても・・・そんないきなり、何十倍にもならないと思うの。」
「・・・で?」
「あの資料が全然デタラメで、ホントはそんなことはないって考えもあるんだけど・・・其処まででっち上げだったら、予算とかで困ると思うんだァ。電気代って意外と誤魔化すの大変だしィ・・・そーゆー苦労って馬鹿馬鹿しいじゃない?」
章人は思わず「やったことあるんかい」と突っ込み入れそうになったが、取り敢えず黙っておいた。言ってもムダだし、今の話の本筋とは関係ない。
「それに、やっぱりどうせ出すんだったら、敵の前だと思うし・・・《三又槍》ってばネルフさんにとっては、自分とこに来なければいいだけの相手でしょ?だったら、追い回さないで迎え撃つのが普通じゃないかなァ。資料がホントだったら、補給の問題もあるんだしィ。」
「・・・なるほど。」
口調にそぐわない論理的な推論に、章人は素直に感心した。その反応に気を良くした由梨花は、ほとんどはしゃいでいる状態で喋り続ける。
「でね、でね。連絡入れてから進路変更がかかるまで、随分間があったでしょ?ふつーの指揮系統してれば、すぐに反応あるはずじゃない?だからね、あの決戦兵器ってネルフさんの直接の指揮下じゃないと思うのっ。章人も、そう思うよね?ね?」
「あ?うん、まあ・・・・・・瑠璃ちゃんは、どう思う?」
「む〜っ。ど〜してそこで、瑠璃ちゃんに振るのよォ・・・・・・」
今にも抱きつきそうな由梨花に引きつつ、章人はなにげなしに瑠璃に聞いてみた。由梨花の頬がみるみるふくれて行ったが、見ないフリをしておく。
そして瑠璃は少し考えた後、澄ました顔でつらつらと語り始めた。
「・・・・・・そうですね。確かに、あの決戦兵器さんの行動には、かなり不可解な点が多々あります。だからといってネルフさんを影で操る秘密組織のもの、はちょっと飛躍し過ぎ、はっきりいえば大分妄想入ってる感じですけど。まあ、い〜んじゃないですか。少なくとも、決戦兵器さんがネルフさんの言うこと良く聞くいい子じゃ無さそうなのは結構確度高いっぽいですし。その隙を突いてあわよくば情報入手、出来れば本体もこちらの陣営に取り込みたい、なんて姑息な考えは、私子供なので良く解りません。こんなふうに思っていますけど?」
「・・・・・・・・・そ、そう・・・・・・・・・あ、ありがと。」
「どういたしまして。」
思わず顔が引きつる章人と、平然としたままの瑠璃を見比べて・・・・・・由梨花は、滅多につかない溜め息をつくのであった。
「目標、捕捉。射程内まで、あと10000。」
迷彩服を着込んだ男が、瑠璃のそれよりも大型な液晶ディスプレイを覗き込んだまま報告する。
それを戦車の上で受けた隊長とおぼしき男は、レシーバーのスイッチを全員発信に切り替え、怒鳴りつけるように指令を下した。
「いいか!オレ達の任務をもういっぺん確認すんぞ!
あのトチ狂った機密盛り沢山のがらくたをぶち壊す!
それがダメならネルフに押しつける!
もといっ!
要撃区域に追い込んで周囲を封鎖するっ!
とにかく、死んでも市街にゃ入れんじゃね〜ぞっ!!
解ったかっ!?
後から『聞いてなかった』なんて抜かした奴ぁ、このオレが膝枕してコンバットナイフで耳掃除してやるぞっ!
それがイヤなら、今のウチに確認しとけっ!
以上っ!!」
ほとんど山賊か何かのよ〜なセリフに、部下たちは呆れもせずに「了解」を返す。完全に慣れ切った様子である。良い意味か悪い意味かはともかく。
「ところで、だ。我らがお姫様は、今どちらにおわす?」
「目標を追跡中、とのことです。」
「やれやれ。事故のフリして、機銃弾でも打ち込んでやるか?9mmくらいなら、当たっても洒落で済むだろ?」
「済みません。」
部外者に聞かれたら、それこそシャレでは済まない隊長の言葉を、通信士はさらりと受け流した。この程度でおたついていては、とうていこの部隊に居ることは適わない。
もっとも、《その種の》適性があるからこそ、《こんなところ》にいる訳だが。
「まあ冗談はさておき、品定めもしない内から華と散らすのも、もったいないわな。能力がなきゃないで、花瓶にでも生けときゃい〜だろ。・・・おい、お姫様に電文だ。『120秒後に攻撃開始。速やかに離脱せよ』」
「了解。『120秒後に攻撃開始。速やかに離脱せよ』」
通信士が復唱するのをつまらなそうに見やりながら・・・・・・隊長は、ぼそりと独りごちた。
「さてさて・・・・・・華と散るのは、一体誰かな?」
「展開中の部隊より入電。『120秒後に攻撃開始。速やかに離脱せよ』」
「え〜? もぉ〜?」
淡々と電文を読み上げる瑠璃に、由梨花は声音とほっぺたの両方で不満を表明した。
「どーでもいーから早いとこ指示出してくれ。言っとくがこのまま味方に蜂の巣にされるのはごめんだからな」
「あ、うん。それじゃあ、2つ先の交差点左に曲がって。ちょっとしたら幹線道路に出るはずだから、それ北上して」
「・・・・・・決戦兵器さんの方を追っかけるんですか?」
章人にせっつかれて由梨花が出した指示を聞いて、ノートPCと無表情にらめっこを敢行していた瑠璃が疑問の声を上げた。
「うん、そぉ」
「・・・・・・それは何故ですか?」
章人へ向けていた顔を、更に後ろに回して由梨花が答える。瑠璃もノートPCから視線を上げて、珍しく真っ直ぐ目を見て更に問うた。
「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・女の勘?」
「・・・ヲイ」
人差し指を顎に当てて小首を傾げ、何故か疑問系で言う由梨花へ章人のジト目ツッコミが入るが、無論の事聞いちゃ居ない。
「なんとなくだけどォ・・・・・・決戦兵器さんが追跡諦めたような気がしないんだよね」
「・・・つまり、あの進路変更は《三又槍》の行動予測をした上での先回りであると?」
先程のボケにも微塵も揺るがぬ黄金の瞳へ、由梨花は頷いて見せた。
「さっきのミサトちゃんの反応からしても、ネルフさん素直に言う事聞いてくれてると思えないしぃ。進路変更までのタイムラグは、ひょっとしたら予測の時間だったかも」
「・・・お前、さっきと言ってる事違わないか?」
ハンドルを切りつつ再度ツッコミを入れる章人の方へ顔を戻して、由梨花はにこりと笑いかけた。
「戦いはインスピレーションだよ、章人」
「・・・・・・・・・それ、ただの思いつきの行き当たりばったりとナニが違うんでしょうか」
ぼそりと呟いた瑠璃の一言は、由梨花の耳には入らなかったようである。
幸いかどうかはともかく。
「栗須川一佐の車両、進路変更。射程圏内から離脱しました」
オペレーターからの報告に、隊長は頷いた。
「よぉっし! 予定通り、攻撃を開始する! カウント始め!」
「了解。カウント、30から始めます」
復唱した命令が、速やかに展開中の部隊へと行き渡る。
多連装対地ミサイルが鎌首をもたげ、戦車砲が獲物を求めて旋回した。
「・・・10、9、8、7・・・」
隊長は首からぶら下げていた双眼鏡を手にとって、目に押し当てた。
スコープの中に投射された映像には、彼らの《敵》がはっきりと映し出されている。
セカンドインパクト以前からある骨董品に近いものだが、性能に全く問題はない。むしろ最新機種の方が役に立たないくらいだ。
あの前世紀最大の災厄からおよそ15年。
凄まじい速度で復興してきたとは言え――――――その巨大な傷痕は、こうしてひょんな所から時折顔を覗かせる。
自分が志願したのも、元はと言えば・・・・・・
「・・・5、4、3、2」
残り僅かとなったカウントを耳にして、隊長は思索の浅瀬から自らを引き揚げた。
そう、今は感傷に浸る時でも場でもない。
とてつもなく不本意な任務であり立場ではあったが、それで職場放棄する程、彼は無責任ではなかった。日頃の行いにより信じる者は少数派であったが。
「1、0」
「ミサイル隊、
隊長の号令を受けて、16連装対地ミサイル戦車2台が次々と火を噴いた。
角度を付けて発射された赤外線追尾ミサイルは、予め設定された目標へ自ら軌道修正して排気炎に緩やかな弓弦を描かせた。
その獰猛な牙に晒された黒い機体は、潜水艦のような胴体上部からICBMのように数発のミサイルを撃ち出した。
斜めに撃ち出されたそれらは親機の前方数十m先で突如発火。ゆっくりと下降しながら本体と似通った熱を発し始めた。
32基の対地ミサイルはこのフレアにあっさり騙され方向転換。下げていた機首を上げて空中の熱源へ殺到し、設定距離で爆発して何もない空間へ虚しく破片をバラ撒いた。
「第一波攻撃、命中0!」
「かぁ〜っ!! これだから安物は嫌なんだ!」
こめかみに手を当てて隊長が喚く。
倉庫の片隅で埃を被っていたのを「使えりゃ何でもいい」と強引に引っ張り出してきたのは当の本人なのだが、既に忘却の彼方のようである。
「えぇい次だ次! レーダー誘導ミサイル、
隊長の命を受けて、12連装ミサイルポッドから連続してミサイルが発射される。
・・・実はこちらの方が射程が長い上、命中精度も高い。何故先に撃たなかったかと言うとぶっちゃけ予算の都合である。
5倍の価格差は『後方』からイヤミを言われるのに十分な動機となりうる。
隊長は自分の元上司と辛子の次に、ねちねち言われるのが大嫌いであった。
閑話休題、檻から放たれた猟犬達は先の軌道をトレースするかのような山なり曲線を描きつつ、倍の速度で目標へ肉薄した。
迎撃したばかりで準備が整っていないのか、《三又槍》と呼ばれた機体に動きはない。数瞬後にはミサイル群と愚直に正面衝突するかと思われた刹那、ミサイルが突如軌道を変えた。
目標を見失ったかのようにあらぬ方を向き、蛇行しつつあちこちへ逸れて行った。
「くそったれ! ECMか!」
思わず机を叩く隊長。もっとも彼自身が最初に言ったように《三又槍》は機密いっぱいの最新鋭兵器だ。そのくらい装備しているのは予想して然るべきではあったが、今となっては後の祭りである。
「・・・だがまだまだぁ!! 戦車隊、射撃開始!」
きりきりと砲身が熟練の技で微調整され――――――タングステン鋼の矢の群れが一斉に襲いかかった。
『頭脳体。例ノ機体ヘみさいるガ発射サレタワ』
「え?」
進路変更を決めた時から開きっぱなしにして置いたサブウィンドゥに目を向ける。
丁度機体が撃ち出したフレアが炸裂したところで、其処に吸い込まれるようにミサイルが向かって行っていた。
そして、爆発。
「あ、途中で爆発しちゃった」
『単純ナ赤外線誘導みさいるダッタミタイネェ。ココノ装備ッテ、皆コンナモンナノカシラ?』
凸凹主従がのんきな感想を持っている内にミサイル第二波が襲来。今度は一見、勝手に逸れて行った。
「あ、外れた」
「ふ〜ん。伊達にデカい図体してないって訳ね」
シンジの声で気が付いたのか、何時の間にかウィンドゥに目を向けていたアスカが感嘆のような呆れたような微妙な呟きを漏らす。
「・・・そうなの?」
「そーよ。決まってんでしょ?」
解説する気が無いのか、アスカはそれっきり口をつぐんでしまった。
機体性能を見極めようと集中している所為かも知れないが、端からは突っ慳貪に見えたかも知れない。
そして思いっきりそう取った少女がいた。シンジを挟んで反対側に。
「・・・碇君。あれはECMよ。ElectronicCounterMeasuresの略で、今のようにレーダー誘導ミサイルを攪乱する装置などを総称してそう呼ぶわ」
「・・・あの綾波? 痛いんだけど」
「・・・・・・そう」
最初からむすっとしていた表情を更に深めて、レイはふんっとそっぽを向いてしまった。
両手でシンジの顔を強制的に向けての解説では、感謝より先に抗議が出てもおかしくはないのだが、恋する少女とは理不尽な存在である。
「・・・なんだよもう」
最近すっかり定番となってしまった困惑顔を浮かべて、シンジはアスカ側にあるウィンドゥに視線を戻そうとして。
『アァソーソー。言イソビレテタケドサッキノみさいる、3発程商店街ニ向カッテルワヨ?』
「なんだって?」
彼にだけ聞こえるのんびりした警告に、表情を一変させた。
「対地ミサイル、コントロールロスト。商店街に着弾します」
「緊急自爆コード送って!」
「・・・ダメです。反応ありません。電子妨害によりコマンドが届いていません」
「章人ォ! 追っかけて!」
「無茶言うな!! こんな鈍重な装甲車でミサイルに追いつける訳ねぇだろ!」
『ホラ、コレヨ』
《三又槍》を映しているウィンドゥに重なるようにして、新たなウィンドゥが連続で開かれた。
1枚目は山なりに飛んでいるミサイルのライブ画像。
2枚目は商店街のワイヤーフレーム画像で、中央やや南寄りと東端と北西地区ど真ん中に丸いマーキングが入っている。恐らくミサイル着弾予想地点であろう。
『予測デハ15秒後ニ南地点ニ着弾。以下17秒後ニ北西、20秒後ニ東ネ』
「時間がない・・・!」
まさに待ったなしの状況に、シンジは焦る。
如何な初号機の超速とて、この位置から15秒以内に追いつくことは不可能に近い。
かと言ってここから届く武装はライトニングハンマーだけである。
威力・射程共に申し分ない必殺武器ではあったが、発射前後の隙が何気に大きい技でもある。
反動が大きいため射撃中に方向転換出来ないという欠点も抱えており、広範囲に目標が散らばっている状況にはとことん合わないのだ。
(どうすれば・・・! どうすればいい・・・!)
焦りが思考の空転を呼び、じりじりとカウントだけが進んでいく。
こうなったら無理を承知でライニングハンマー薙ぎ払いを試してみようか、と思い始めた時。
『頭脳体。新設武装ノ使用許可ヲチョウダイ』
何時もより気持ち速めの《声》が、脳裏に響いた。
(え・・・? いや、うんわかった。何でもいいからやって!)
一瞬戸惑ったシンジであったが、すぐその意味しているところに気付くと早口思考で許可を出した。
『了解。右腕部あんかー展開』
途端、前腕側面に装着されているウェポンラックが縦に割れ、手首側を支点にして上下に展開した。
それらは「へ」の字の角度で固定され、支点の先からはクナイのようなスパイクが飛び出してくる。
そして初号機は右腕を頭上高く振り上げた。錨のような形状になったウェポンラックが赤熱しはじめる。
『ふぇにっくす・あんかー!』
振り下ろした右腕から、焦熱の錨が撃ち出された。
それはやがて炎のブーメランとなり、名の通り不死鳥へと進化した。
火焔の鳥は瞬く間にミサイルに追いつき、横っ腹に喰らいついた。
ミサイルは爆発どころか一瞬の抵抗も許されず、煉獄の炎の内に飲み込まれた。
猛る炎は次なる供物を求めて唸りを上げ、その速度をいや増した。
半瞬後には2発目に辿り着き、更にその半分の時間で3発目を喰い尽くした。
まさしく疾風迅雷、侵略すること火の如し。
その形容は。今この時の為にあったのかとすら思える、圧倒的な光景であった。
「・・・・・・すごい・・・・・・」
感嘆の声は、誰が漏らしたものであったのか。
それを凱旋の歓声として、火の鳥は悠々と初号機の手首へと戻ってきた。
バチンと右腕が跳ね上がり、肘が直角になる間に180度回転しつつ展開していた翼が閉じる。
元の形に戻る頃には、もう灼熱の痕跡は何処にもなかった。
――――――それは、必然だったのだろうか。
当面の危機が去り、砲の轟きも瞬間途絶えた刹那のエアポケットに。
Hark,the glad sound! the Savior comes,the Savior promised long;
let every heart prepare a throne,and every voice a song.
しずやかに、のびやかに。
On Him the Spirit, largely poured,exerts His sacred fire;
wisdom and might, and zeal and love,his holy breast inspire.
朗々たるうたが、ながれた。
He comes the prisoners to release,in Satan's bondage held;
the gates of brass before Him burst,the iron fetters yield.
「・・・これは・・・?」
『頭脳体、2時ノ方向、びるノ屋上!』
珍しく緊迫した《声》の指示する方へ振り向くと・・・・・・『それ』はいた。
夕日を背に受けて、朱く燃え立つ髪は白銀。
その朱よりなお深い、赫い瞳は紅玉。
雪花石膏に新雪をまぶした、肌は白亜。
パーツ全てが芸術な『それ』は、人の技を越えた奇蹟の造形を持って、神秘へと昇華していた。
初号機の、いやシンジの視線に気付いたのだろうか。
『それ』は一旦口を閉ざし――――――微笑みかけた。
「歌はいいねえ・・・・・・リリンの生み出した文化の極みだよ。
そう思わないかい? 碇シンジ君」
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代理人の感想
何か凄い懐かしいのキターっ!?
つーか。思えヴァこれが初めて読んだエヴァンゲリオンのSSだったような気もします。エヴァだけに。
いや、最初は圧縮解凍ソフトが欲しくて検索していたらプロフェッサー圧縮さんのページにたどり着いて、ルナ・ヴァルガーは知っていたので興味を引かれてそのまま読んでしまっただけなんですけどね(実話)!
なんつーか・・・8年ぶり?
どっかで見たような戦自の三人組とか、色々時代を感じますよね。w
エヴァSS界隈ではある意味伝説の作品らしいのでどーぞ皆さん読んであげてください。
てぇか8年経って続きが書ける事にちょっと感動。w
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