第九話

「あぁン!? アンタ誰よ!?」

白皙の神秘に真っ先に反応したのは、やはりと言うかアスカであった。

噛み付かんばかりの剣幕が届いたわけでもなかろうが・・・幽玄の美少年はかすかに表情を変え、言った。

「僕は渚カヲル。
 ・・・最後のシ者、と呼ばれる予定だったモノさ」
「最後の使者ぁ? ナンの最後よ?」

訝しむアスカの横で、レイは限界まで目を見開いていた。

(あのヒト・・・いえ、アレはまさか・・・!!)

そしてシンジは。

『・・・ホホ〜。中々面白イコトヲシテルトイウカ、ナッテイルワネェ』
(? どういうことさ)

何時にも増してイミフな初号機の呟きに困惑していた。

『言ウナレバ悪魔人間・・・イエ、主導権大分持ッテ逝ッテルミタイダカラ、"人間"付ケルノモドウカシラッテトコネ。受肉ト言ウニモ半端ナ感ジ。デモばいたるハ安定シテイルワ。アノ状態デ固定スル意味ハ良ク分カラナイケド』
(僕には君が何を言っているのか全然わからないよ)

微妙に相手が違うことを言いながら・・・・・・シンジは改めて、渚カヲルと名乗る何者かを見やった。

超然とした容姿。
超然とした視線。

そして超然とした微笑。

何もかもが浮世離れしたソレは、逢魔が刹那に垣間見た神秘の姿か。


──そして神秘の。

「碇シンジ君」

──神秘の釜が、今開く。

「僕は君に逢うために、ここまで来た」

──其から出るは、天の調べか地獄の唸りか。

「さあ往こう。

 審判(JUDGMENT)を超えて永劫(Aeon)に到り

 世界(WORLD)を塗り替え宇宙(Universe)を目指す

 その為に」



新人類エヴァンゲリオンif《激突編》 其の九

「地の底の輪舞曲」(前編)




「はぁ? 何いってんのアンタ」

アスカが怪訝な声を出す。

欧州出身ではあるが、オカルトとは縁遠い彼女には意味が分からなかったのだ。

「・・・綾波、分かる?」
「・・・・・・ごめんなさい」

レイもふるふると首を振る。

最近はソッチ方面にも興味を持ってきた彼女であったが、まだまだにわかの域を出てはいなかった。

「・・・フフフ」

沈黙を当惑と見たか、カヲルと自らを呼んだ少年は微笑を崩さぬまま、笑みのような息を漏らした。

「今はわからないかな? でも君はそれでいい。いつか全ての軛から解き放たれる、その日まで」
「・・・・・・君は一体、何を言っているの? どうして僕の名前を「・・・あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛もうっっっっっ!!」

やっと問い返そうとするシンジを遮って、アスカが暴発した。

案の定というか、彼女にしては良く我慢した方であろう。

「あたし達は忙しいのっ! こんなコンニャクZAZEN問答なんかヤってる暇ないのよっ!! シンジっ! こんなのかまけてないでさっさと追うわよ!」
「え、追うって「何を、とかふざけたこと抜かしたら・・・分かってるわよねシ・ン・ジ?」 ・・・はい」

肉食獣の笑みを向けられてこくこく頷くシンジである。レイが絶対零度の眼差しを向けるがアスカはガン無視、シンジは例によって気付いていない。

「えっとそれじゃあ渚君? 僕達ちょっと急いでるんで・・・って、あれ?」
「いない!?」
「!?」


時間にしてほんの数秒。

文字通り、ちょっと目を離した隙に──────

神を祕める少年は現れた時と同様、忽然と消えたのである。


          ◇          ◇          ◇


「・・・え?」
「? どうかしたの、マヤ?」
「あ、いえ。今パターン青が出てたような・・・」
「・・・・・・マジで?」
「いえ、警報も出ていませんし・・・・・・見間違いだったかも」
「ここは一度破壊されているし、修理に手違いがあったかも知れないわね・・・・・・一度リツコに言って総点検しましょう」
「そうですね」


          ◇          ◇          ◇


「今のは一体・・・・・・?」
「・・・・・・分からない」

謎の出現をして謎の消失をした謎の少年に、シンジとレイは揃って首を傾げた。

そのシンクロ率を見てピキピキと血管に来たアスカは、諸々の鬱憤を叫びに載せることにした。

「あ゛ーもう! あんなナルシックポエマーなんてどうでもいいのよっ! とにかく今は! あの暴走野郎を取っ捕まえてぎゃふんと言わせること! 分かったらさっさと追う!!」
「あ、う、うん。分かったよ・・・・・・ってあれ?」

再度発せられた疑問形にむくむくと嫌な予感が沸き起こるアスカ。

「・・・・・・アンタ、まさかと思うけど・・・・・・」

シンジは油の切れたゼンマイ人形のように首を回して、半ば呆然とその事実を口にした。

「・・・・・・うん、ごめん。そっちもロストしたって」

その直後衝角内で発生した赤きサイクロンは、初号機がうんざりする程続いたという・・・・・・・・・


          ◇          ◇          ◇


「・・・・・・・・・ふぅぅぅぅぅぅん」

発令所にほど近い小会議室で。

特務機関ネルフ作戦司令官・葛城ミサトは、胡乱げな声を上げていた。

「つまり戦自のアレを追っている最中に通信障害が発生。妨害源へ急行したところ、不審な人物と接触したがこれをロスト。そういうことでいいのね?」
「は、はい」

半眼で睨め付けられて首を竦めつつも、シンジは事前の口裏合わせ通りにこくこく頷いた。

「・・・・・・まあ、筋は通っているわね」

諦めたように溜め息を一つ吐き、ミサトは赤鉛筆で印がつけられた地図を机に放り出した。

その場所は・・・・・・マヤが言う『一瞬の誤検知』があった所と、ほぼ一致していた。

(通信障害は眉唾モンだけど・・・・・・その渚カヲルとか言うのが特殊な存在だってのは本当っぽいわ)

しかもソレは、シンジの生身が露出していない初号機に向けて「碇シンジ君」と呼びかけたという。

この1点だけでも大ごとである。今のシンジと初号機の状態は最高機密なのだ。

「・・・とにかく。その渚カヲルについては、何か分かり次第知らせるわ。戦自のアレについては私達に全部任せなさい。いいわね?」
「えー!」
「これは命令です。反論は受け付けません」

予想通りに不満の声を上げるアスカに、ぴしゃりと言うミサト。

「そんなの横暴よ!」
「横暴などではありません。チルドレンの任務は使徒の撃滅です。無関係な事柄に及ぶ権限はありません」
「ぐぬぬ・・・・・・」

一部の隙もない論理に歯噛みするアスカ。

そんな彼女を見て・・・・・・ミサトはふっ、と表情を和らげた。

「・・・別に手出し出来ないとかお咎め無しにしようとかってんじゃないのよ? 落とし前はきっちりつけてくるから安心なさい。マンション建替えさせて家具も全部補填させてやるから任せといて」
「・・・・・・あたし達のクリーニング代もふんだくってきなさいよね」
「10着追加させてやるわ」

ようやくアスカの態度が軟化したのを見て、ホッと一息のミサトである。

「まあ最終的にはともあれ、当面の問題はレイの部屋よね〜。幾つか空き部屋見繕ってきたから、後でカタログを・・・」
「葛城一佐」
「へ?」

虚を衝かれ、思わずまじまじとレイを見詰めるミサト。

自らのことであっても、この時点で発言してくるとは思わなかったのだ。

そしてあろうことか。

「私・・・・・・碇君と一緒が、いい」

頬を鮮やかなバラ色に染めて、白亜の美少女綾波レイは唐突にNN爆雷を投下した。

「「ぬ、ぬわんでぇすってぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」」

その後の会議室の惨状は、関係各位の名誉のために伏せさせていただく。


          ◇          ◇          ◇


「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・あたまいたい」
「溜息をつくと幸せが逃げるわよ」

素面で二日酔いの顔をする友人に、リツコはブラックコーヒーを淹れてやっていた。

「ありがと。・・・まったく何だって厄介事ってのは、おててつないでマイムマイムして来るのかしらねぇ?」
「確率は偏在するのが自然よ」
「だったらイイコトも纒めて来なさいよっての」

軽口を叩きながら、ミサトはふと視線をマグカップに落とす。

「・・・・・・逆に言えば、何もないってのは停滞してるってことよね」
「まあ、そうね」

リツコが頷き、ミサトは思いつくままに口を動かす。

「その更に逆、つまり今みたいに一気に物事起きてるってことは・・・・・・大きな流れみたいなものが、動き出している?」
「さあ。それは何ともいえないわね。表層雪崩なんかは、下の雪は動いてない訳だし」

韜晦しながら、リツコは友人の妙な鋭さに感嘆していた。

(昔から妙に、勝負所を嗅ぎ付けるところがあるのよね・・・・・・)

「そういえば、結局どうするの? 戦自の脱走者は」
「どうもこうもないわよ・・・・・・全くあの狸ヒゲめ、面倒事はぜーんぶ丸投げなんだから」

ぐでーと机に伸びながら、心底嫌そうな顔になるミサト。

「まあ、廃坑とは言えきちんと封鎖してなかったこちらにも落ち度はあるわね。かと言ってジオフロント内に戦自を入れるのも問題」
「そーなのよねー・・・・・・かと言って、クソ広い未開発エリアを探索する人員もいない」

《三又槍》と呼ばれる戦自の試作機動兵器は、迎撃ミサイルの爆発で生じた間隙を縫い、旧ゲヒルン時代の物資搬入口に飛び込んでいた。

「・・・市街地に向かうと見せかけたのはフェイク。本命は最初っからあそこだったって訳ね」
「戦自も脱走者の目的は把握できてないみたい。得意のおとぼけかもしれないけど」
「其処はマジなんじゃないかなぁ〜・・・・・・なんとなくだけど」
「何、得意の女の勘?」
「ま、ね」

揶揄するリツコに曖昧な笑みを返し。

ミサトは思考する。

(『上』からの秘密指令にしちゃあ派手すぎお粗末すぎ。・・・・・・これはきっと、重大なイレギュラーが起こったんだわ)

それが何か。

分かれば苦労はないが、さりとて無策でいる訳にも行かない。

「まあ何とかかき集めてやるっきゃないっしょ。重武装したテロリストが枕元に潜んでるんじゃあ、おちおち寝てもいられないわ」
「そうね。こっちでも何か方策がないか考えておくわ」
「ん、お願い」

よっこいしょと身体を起こしたミサトは、ぬるくなったコーヒーを一息に流し込んで立ち上がった。

座っていても幸せはやってこない。

それは《あの日》から常に思い知らされる、痛みを伴う座右の銘であった・・・・・・


          ◇          ◇          ◇


「よう、碇」
「あ、ケンスケ」

翌朝、登校してすぐ。

ケンスケがシンジの机にやってきた。

「昨日の件なんだけどな・・・」
「ごめん。何も言うなってミサトさんが」
「・・・そか」

それだけで察したのか、ケンスケはメガネを押し上げて話題を切り替えた。

「それはそうと、今日転校生が来るらしいぜ」
「え? 今日?」

もう期末テストも終わり、夏休みまで残り僅か。

転校してくるなら休み明けが普通である。

「そう、今日なんだよ・・・・・・こっちは何か聞いてないか?」
「いや、全然」

首を横に振るシンジ。実際そんな話は噂にも聞いていない。

「そか。・・・っとチャイムか。また後で」

ばたばたと生徒達が席に戻り、初老の担任が現れる。

「きりーつ! れーい! ちゃくせーき」

委員ちょの号令が終わり、担任のどうでもいい話も終わって。

ある意味唐突に。
ある意味必然に。

『それ』は現れた。

「霧島マナです。ちょっと外国に行ってましたが日本生まれです。今の日本のことは分からないところも多いと思うので、色々教えて下さい。よろしくお願いします」
「「「!!!」」」

しなやかな猫を思わせる美少女転校生の登場にケンスケ以下が沸き立つが・・・・・・シンジレイアスカの驚愕は別のところにあった。

「渚カヲルです。隣の霧島マナさんとは別の国から来ましたが境遇は同じようなものです。よろしくお願いします」


──夏の終わりがひたひたと。

浸すように近づく足音を、シンジは聞いたような気がした─────────


《つづく》

 

 







感想代理人プロフィール

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代理人の感想

「七年ぶりだな」
「ああ、間違いない。新人類Ifだ」



思わず冬月先生になってしまいそうな今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
長かったなあ。思わず最初から読み直しちゃいましたよw

しかしレイが爆弾放り込んだと思ったら、マナとカヲルのダブル転校。
これもうわかんねえな(ぉ


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