夢を見る
この身にはもうけして許されることのない筈の、幸せな夢を見る
迷い子の行く末
かつての仲間に見送られ、ユーチャリスと共にその場を去る。
ついに、復讐が終わった。
今までのことがまるで走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
ナデシコ…三人での生活…あの地獄のような実験の日々…そして、復讐。
全てが苦い思い出だったわけじゃない。 全てが幸せな思い出ばかりじゃない。
ただ…なぜだろうか。全てが終わった今となっては、そのどれもが、あの地獄ですらも尊い記憶であると思えた。
感じるのは、どうしようもない、虚無感。
「ボソンジャンプ完了」
何も考えずに思い出に浸っていると、感情のこもらない平坦な声が聞こえた。
「…アキト?」
反応がなかったからか、声の主が俺に呼びかけてくる。
どうやら、要らぬ心配をかけてしまったようだ。
「すまない、ラピス。少し考え事をしていた」
「」
“ラピスラズリ” 北辰に攫われ、俺と共にネルガルSSに救出されたマシンチャイルドの少女。
それ故に仕方のないことなのかもしれないが、彼女はナデシコで出会ったときのルリちゃん以上に感情が希薄でまさに機械のような、という表現がぴったりくる。
しかし、それはただ感情表現という手段を知らされていないだけ。
今も彼女は俺を補助するために繋げたリンクを通して“本当によかったのか”という旨を語りかけてきている。
「ああ、そうか…」
それに心配ないと答えようとして……ようやく、気が付いた。
大丈夫なはずがなかった。 平気なはずがないのだ。
あの幸せな日々、大切な女性と、大切な家族。
それを奪われたからこそ、俺は復讐に臨んだのではないか。
抱きしめたかった。
すぐにでも飛んで行って、感情に任せてただこの腕で抱きしめたかった。
ただ、それをするのが怖かっただけ。辛かっただけ。
黒を纏い、血に塗れたこの身を見て、みんながどう思うのか。
いや、彼らのことだ。俺のことを叱りつけはするが、最後はきっと誰もがおかえりなさい、と言って迎え入れてくれるに違いない。
だけどそれが…この上なく、怖い。
みんなの中に戻って溶け込めるのならば問題はないのかもしれない。
だが、そんなことはきっとないだろう。
隅々まで弄られ、復讐に染まり、血に塗れたこの体。
それがどうして彼らの中に戻れよう。
きっと白い中に一点だけ、俺だけが、みんなと違い黒く穢れた沁みのように浮き出てしまうに違いない。
それは境界線だ。
“住んでいる世界”という名の絶対的な境界線。
自らの意思で人を殺し、闇にまぎれて生きるものと、そうでない者達の住む世界の隔たり。
それをはっきりと認識してしまえば、俺は……俺は、これからなにを拠所にして生きていけばいいのか。
「ク。 これから、か……」
笑わせるな、今の貴様に“これから”などという自由が許されているとでも思っているのか。
人を殺した。 大勢の関係のない者たちまで巻き込んだ。
これほどのことをしておいて、のうのうと生きていられるはずはない。
生きている権利など、こんなガラクタにはありはしない。
そう、許されるのは残り少ない命を、闇の中で孤独に終わらせることだけ。
***
「で? 何の用だい、テンカワくん。直接会いに来るって事は、重要な話なんだろう?」
ドッグにユーチャリスを格納したあと、すぐにジャンプしてアカツキの元へ向かった。
突然の訪問にもかかわらず、以前と変わらぬ飄々とした態度で接してくれる。
それが、今はとても心地が良かった。
「…ああ。 ラピスとのリンクを外し、あの子をルリちゃんたちの元へ送ってほしい」
「」
それを聞いたとたん、アカツキは目を鋭くして俺を睨みつけてきた。
「…それで、君はどうするんだい?」
「なにもしない、ただ……そう。ただ、一人で今までどおりやっていくだけだ」
「本気かい?」
「ああ」
「ハ」
迷いなく答える俺をアカツキは鼻で笑い
「ふざけるなよ、テンカワ君。僕は人助けに力は貸しても、臆病者の逃避に手を貸すつもりはまったくないね」
「」
厳しく、冷たい声で、そう言い放った。
アカツキは怒っている。いつも飄々とした態度を崩さないあいつが、俺に本気で怒っているのがわかる。
いまはその言葉が痛い。
「…一人で生きていくって言ったね。それは僕達の保護もうけないということだろう?」
「ああ、今や俺はコロニー襲撃犯、大量虐殺者だ。ここにいればお前達に迷惑が」
「馬鹿を言うなよ。君がここから出て、どうやって生きていくのさ。
ラピス君とのリンクがないと満足に動けもしないだろう、そんな体でなにが出来るって?」
「それは…」
言葉に詰まる。
確かに、今の俺はラピスの補助がないと一歩も動けない、言ってみれば半植物状態だ。
…もともと、今の俺が一人で生きることなどできはしないのはわかっていた。
だが……。 だが、それではラピスはいつまでも俺に縛り付けられたまま。ただの人形のままで終わってしまう。
それだけは、どうしても許すことはできない。
「…君がリンクを外すなんて言いだした理由には見当が付くよ。ラピス君を自分から開放してやりたいとでも言いたいんだろう?」
「そうだ。今更俺が言う資格があるかどうかはわからないが…。 あの子は俺の補助をするために作り出された人形じゃない、ちゃんとした感情を持つ女の子だ。
俺とは違って、ラピスにはまだ将来が残っている。今からでも俺から離し、ちゃんとした家庭に入れてやれば…」
「それを、本人が望んでいなくてもかい?」
「……ああ」
当然だ。今のラピスは俺に縛られているだけなのだから。
俺から離れて、他の人間のそう、ユリカやルリちゃん…ナデシコのみんなと触れ合えば、きっと俺から解放されてかつてのルリちゃんのように普通の少女に戻ることが出来るはず。
だがそんな俺の考えを聞くと、アカツキは肩をすくめ
「テンカワ君。 君はあの時からほんとに何も変わっちゃいないねぇ。」
「俺が…変わってない?」
馬鹿にするような口調でいや、実際馬鹿にしているのだろう。俺を心底あきれ返ったような目で見てきた。
「どういうことだ、アカツキ」
「わからないかい? ほんとうに?」
「……わからないからこそ、聞いている」
「ハア。 …いいかい、テンカワ君。君は致命的に独善家で、自己中心的な男だってことさ」
「っ」
その言葉に、歯をかみ締める。
許せなかった。
アカツキは俺を独善家だと断言した。でも、こんな俺が傍にいてはみんなに迷惑がかかるのは事実。ラピスが俺に縛られて普通の女の子に戻れないのも事実ではないか。
なら、こんな人間などいっそいないほうがいい。
……なのに、どうしてこいつはそれをわかってくれないのか。
「アカツキ! それは」
「まあ落ち着いて、人の話を最後まで聞きたまえよ。そういうところが既に間違ってるんだってわからないのかい?」
「」
わからない。わかりたくない。
…でもアカツキの顔はいつになく真剣で、今は、コイツの話を聞いておかなくてはならない、そんな気にさせるなにかがあった。
「自分の意見を主張するのは立派だよ、それを曲げない意志もたいしたものだ。
それがなければ君はきっとユリカ君を救出することなんて出来ずに奴らにやられていただろうし、僕だってここまで手を貸すこともなかったかもしれない。 でもね」
アカツキは一呼吸間をおいて
「それも、度がすぎれば関わった者を不幸にするだけなんだよ。テンカワ君」
今の俺のあり方を、否定した。
「だが」
「ほら、また。
テンカワ君。君はね、頑固すぎるんだ。そしてそれが周りに迷惑を与えているのを理解していない。
ここでこうするのが自分にとっても、他人にとっても最良の方法だと決め付けて、勝手に突き進んでいく。仲間の意見なんてその考えの中には入っちゃいない。
どうだい。これを自分勝手、独善家といわずしてなんというんだい?」
「……だが、俺がいることでネルガルがリスクを負うのは事実だ」
「そうだね、確かにコロニー襲撃犯を匿っていたっていう事実が露見すれば、最悪ネルガルは取り潰しにすらなりかねない。 あのクーデターに関わる事件がそれだけ大事だったのは認めよう」
俺の言葉に頷くアカツキ。だが、それでも
「だがね、これに関してはそんなことは問題じゃないんだよ。
エリナ君、イネス君、プロス君、ゴート君、月臣くん僕を含めた、僕の回りにいる有能なメンバーがみんな揃って、君を匿うことを了承して…いやむしろ主張しているんだから」
俺を匿ってやることの方が重要だと、言ってくれた。
「アカツキ……」
「…テンカワ君。君が遠慮するのは良くわかる。でも、自分だけで全てを決めてしまわないでくれ。 僕たちが良いといっているんだ。一人でどうにもならないときぐらい、頼ってくれたっていいだろう?
それに自分で全てを決めて、他者の意見を顧みない姿勢は……それでは、君は草壁と同じになってしまうんじゃないのか?」
「っ!」
最後まで言い切ると、アカツキはまた会おうと言って部屋を出て行った。
言葉が、なかった。
***
「」
ジャンプで月のドッグまで戻る。だが今はまだアカツキの言葉が頭に残り、何も考えられそうにない。
ユーチャリスの前まで行くと、そこには腕組みをしたエリナと目を赤く腫らしたラピス、そしてそれをあやしているイネスがいた。
「! アキト!」
俺の姿を認めると、すぐにラピスが俺に飛び込んできた。
その姿は弱々しく、見ていて罪悪感がこみ上げる。
「ラピス……どうした? なにかあったか?」
「アキト…私はアキトと一緒にいる、私を置いていかないで!」
「ラピス。お前、何処でそれを…」
「もちろん、私が聞かせたのよ。アカツキ君の指示でね」
「エリナ…」
厳しい表情をしてエリナがこちらに近寄ってくる。
ラピスに聞かせたということは、彼女も勿論あの話を聞いていたことだろう。
怒るのも、無理はない…か。
俺が向き直ると、彼女は有無を言わさず右手を振り上げ
パン!
頬を張る軽い、しかし大きな音があたりに響いた。
「…私がなにを言いたいか、わかってるんでしょうね」
「……ああ」
「馬鹿!」
それだけ言って、彼女は俯いてしまった。
…いまは、何も言えない。言うべきではない。
そんな気がして、声をかけずにラピスを連れてユーチャリスへと歩みを進める。
「…ま。考える時間くらいはまだあるんだから、しっかり悩んでらっしゃい」
「ああ、わかった」
「あら。ふふ、ずいぶん素直になっちゃって」
イネスは悪戯な顔で笑ったあと、きちんと身体検査には戻って来いとだけ言い残し、エリナを促して外に出て行った。
***
ブリッジに入り、席へ付く。
正直、まだどうしたらいいのかわからない。
自分はこれからどう生きるべきか。ユリカやルリちゃん、ラピスを幸せにしてやるにはどうしたらいいのか。
幸い、ドクターが言うには考える時間くらいはまだあるようだ。
しばらくは…そう、ちょっとだけ、ゆっくり休んで考えてみよう。
「アキト、何処へ行くの?」
「そう、だな。火星、かな…」
そう、まずは俺が生まれ、全てが始まった星へ行ってみよう。
ちょうど、ラピスにも俺の故郷を紹介してやることも出来る。
「火星クーデター鎮圧後のため、軍が駐留している可能性もある」
「気にするな。それよりも、ラピスに俺の故郷を見せてやりたい」
「…故郷?」
ラピスが首をかしげてこちらを見つめてくる。
おそらくは、このまま残党狩りにでも行くものだと思っていたのだろう。
…これが、俺が今まで無意識にこの子に教えていたことか。
「そう、故郷俺の生まれた場所だ。 …嫌か?」
「故郷…アキトの、生まれた場所。 ……ううん。行ってみたい」
「そうか。 じゃあ…いくか」
俺の言葉を合図に、ラピスはジャンプの準備を始める。
よく考えれば、ラピスと出会ってからの俺は、この子に戦うことしか見せていない。
そんな俺が、はたしてこれから幸せにしてやれるのだろうか? 幸せを感じさせてやれるのだろうか?
考えれば考えるほど、不安に押しつぶされそうになる。
でも…ゆっくり考えてみると言ったんだ。
アカツキの言葉が、心に残っている。
泣きついてきたラピスに罪悪感が募った。
エリナに張られた頬が今も痛む。
イネスが笑って励ましてくれたのを、覚えている。
だから
もう少しだけ、頑張ってみよう。
夢を見る。 ありえない、幸せな夢を見る。
愛しい人と、瑠璃色の髪をした大切な家族。そこに桃色の少女を連れて、またみんなで屋台を引いていた。
試行錯誤して様々なメニューを考えて、ちょくちょくやってくる仲間たちと馬鹿騒ぎをして。 夜には四人で一緒に眠りに付く。
どうしようもないくらい平凡な、それでいてこの上ないくらいの幸せが詰まった日常。
これからどうなるか、自分がどうすべきなのか。 まだ、答えはわからない。
でも、失いたくないものがあるから。
謝らなくちゃならないことも、たくさんあるから。
もう少し……もう少しだけ、よく考えてみようと思う。
後書き
みなさんこんにちわ、あわしです。
今回は唐突に浮かんだネタを披露させていただきました。
眠りについて2時間後に突然思い浮かんで目が覚めたこの一本。
執筆中はしこたま眠かったのを覚えています。
ネタとしてはありきたりと言うのはあれなんですが、楽しんでいただければ幸いです。
そしてついに! あわし初のデッドエンドでない短編が誕生しました(爆)
このまま勢いに乗って長編のほうもスラスラと書いていきたいものです…いや、ホントに。
それと、ここで書くべきことではないのかもしれませんが、一つお知らせを。
前回投稿したFate短編、“虚ろに芽吹くもの”なのですが、あれを投稿した際にこちらのメールアドレスを変更していることを代理人様に伝えるのを忘れておりまして、アドレスが以前のままになっているのに気づきました。
昔のは解約してしまいもう利用不能になってますので、もし万が一作品を読んでメールをくださった方がいましたら、お返事できずに申し訳ありませんでした。
確認のしようがないので、この場を持って報告させていただきます。
それでは、次回の作品は短編か長編か、ナデシコかTYPE-MOONなのかわかりませんが(ぉ
この辺で失礼を… それでは、あわしでした!
代理人の感想
「頑張ってみよう」
「考えてみよう」
そこらへんが、良かったかなと。