―――――― 私は・・・夢を見る ――――――
赤いランプが点滅する大きな部屋
黒い影
赤い水で満たされた床
その中に落ちている白いもの
試験管に入っている“何か”
何も動かなくなったその部屋の中で
黒い影が近づいてくる
私に手を伸ばしてくる
私はその手を
ただ無表情に、無感情に
呆然と見つめたまま
意識が消えるまで
その黒い手を見つめ続けた
『Serect Device』 第1話 「それは運命?」
「ふぅ・・・」
またこの夢ですか・・・
昔、私がミスマルの家に引き取られる前の記憶。
私はそのころのことを全く覚えていませんが・・・
機動戦艦ナデシコ専属オペレーター、ホシノ=ルリは自分の体に薄く浮かび上がった汗を洗い流すためシャワールームへと移動する。
ナデシコとは大企業ネルガルが独自に建造した最新鋭戦艦の名称だ。
ルリにネルガルからスカウトがきたのは約1ヶ月前。
プロスペクターと自称する怪しげなちょび髭親父とやたら厳つい体&顔つきのいかにもな人がミスマル家を訪れてきた。
ルリをオペレーターとして。そして彼女の姉たるミスマル=ユリカを艦長としてナデシコにスカウトしたいということだった。
ユリカはその誘いをしばらく考えた後、承諾した。
ルリなどその場ですぐに承諾してしまった。
彼女達の唯一の親であるミスマル=コウイチロウの説得虚しく、彼女達が意見を曲げることはなかった。
ちなみにルリはすでにナデシコに乗り、中枢システム“オモイカネ”の調整に入っている。
艦長であるユリカは今日、搭乗予定だ。
ナデシコは現在、佐世保の地下ドッグにて停泊中。
「最近見ることはなくなっていたのになぜ今頃こんな昔の夢をみたんでしょう・・・?」
ルリは考え始める、がいくら考えたところでその答えが出てくるわけもなく、また溜息を吐きながらナデシコの制服に着替える。
(今日にはユリカさんも乗ってくるはずですし、さっさとブリッジに行っておきますか)
ナデシコに乗って1週間、いつもより早い起床によって余った時間を何に使うわけでもなく、着替えが終わると共にブリッジに向けて歩き始めた。
「・・・・・・プロス」
「はい?」
不意に自分の後ろにいた黒ずくめの人物から声がかかったことに多少の驚きを感じつつもタイムラグも無く、平然といつもの営業スマイルで振り返る。
「あれの納入はどうなっている?」
彼の言う“あれ”についてしばし思案した後、プロスはああ、といったふうに答えを返す。
「すでに終わっていますよ。そちらのご要望通り、コンテナに詰めたまま、未開封で積み込んであります」
「そうか・・・ならばいい」
それきり両者の間に会話は無くなる。
しかし二人ともがそれが当然のことであるようにまた進み始める。
白い船体、白亜の戦艦、機動戦艦ナデシコに向かって。
「ユリカ〜、急がないと遅刻しちゃうよ〜」
アオイ=ジュンは困ったような声を出し、彼が立つ前の部屋の中の人物に注意する。
「え〜!待ってよジュン君〜」
「そんなこと言ったってもう今からじゃ時間ぎりぎりだよ」
「だ〜って〜!この制服いまいちピッとしないんだもん!」
「はぁ・・・そんなことどうだっていいじゃないか・・・」
自分の幼馴染であり、片思いの相手である者の我侭に心底疲れた、といった感のある溜息を吐いて愚痴を言った彼の隣にぬ、と影が現れた。
「ユリカ!いいかげんにせんか!子供でもあるまいしアオイ君を困らせるようなことばかり言ってるんじゃない!」
怒声一発。と共にドアノブに手を伸ばす。
それに気づいたジュンが慌ててその手を抑えようとするがもう手遅れだった。
部屋の主たる人物の父、ミスマル=コウイチロウが開いたドアの先、半裸で佇む彼の娘。その姿を見て、涙を流しながら「立派になったな・・・」と呟く顔にユリカの投げた枕が突き刺さった。
軒先に集まって上を見上げる人々。
その頭上で場違いな戦闘が行われ、また連合軍の戦闘機が火に包まれる。
「あ〜あ、またやられた。基本性能が違うんだからやめりゃあいいのに・・・」
誰とも無く呟く声が以外に響く。
「お〜い!こっちのほうが面白いぞ!」
店の中から若い男が顔を出し、空を見上げていた仲間を呼ぶ。
声がしたほうに戻り、厨房の中をのぞいてみると、そこには青年が一人、震えながら厨房の隅にうずくまっていた。
「どうしたんだ?あいつ」
ぞろぞろと店の中に入ってきたうちの一人が店の店長に尋ねる。
「怖いんだとさ」
「ああ?」
「上のドンパチやってる奴らが怖いんだとさ。まったく・・・」
やれやれ、と呟き、未だ震えているバイトとして雇った青年を眺めていた。
「ちくしょう!俺が何やったっていうんだよ!」
文句を大声で囃し立てながら愛用のマウンテンバイクを漕ぐ。
「仕方ないだろ!怖いもんは怖いんだから!!」
彼の言うことは正論だろうか?
恐怖は克服できるものだと人は言う。
だが体に、精神に深く染み込んだ恐怖を克服できるのは、ほんの一握りでしかない。
「うちも困るんだ・・・パイロット崩れを雇ってるなんて噂が立っちゃあな・・・」
「そんな!これは違うって―――」
「周りはそうは思っちゃくれねえさ。これは今日までの給料だ・・・・すまねえな」
そう言われ、店を首になった。
愛用の調理器具一式を餞別としてもらい受け、しかし住むところさえない彼には行く当てなど全くなかった。
そんな彼の真横を黒塗りの高そうな車が走り抜けていく。のはよかったのだがそこから巨大なトランクが抑えていた紐をかいくぐり、彼目掛けて飛び出してきた。
「いい!?」
突然の出来事に咄嗟に反応もできず、彼はトランクに巻き込まれて地面を転がった。
ぶつかった衝撃でトランクの中身が散乱する。
トランクを放り出した車はそれに気づくと急停車し、女性が一人、ドアを開けて飛び出してきた。
青い髪、青い目の変な格好をした人だ。
「申し訳ありません!だ、大丈夫ですか!?」
トランクを抱えた格好で地面に突っ伏している彼に駆け寄り安否を確認する女性。
「あ、ああ。大丈夫だよ・・・」
正直、よく生きてたな俺・・とか思っているのだが体に異常は無いのでとりあえず平気だと言っておく。
「すいませんでした!」
「いいよいいよ。それより早く荷物集めちゃおう」
彼はむくり、と起き上がるとあたりに散らばった荷物を集め始める。
車から降りてきた女性も慌てて集め始め、しかししばらくしてその手を止める。
「あの・・・不躾な質問で大変もうしわけないのですが、私あなたとどこかでお会いしましたか?」
青い髪のその女性は丸い目に疑問の色を浮かべながらこちらの顔をうかがってくる。
「・・・?いや、会ったこと無いと思うけど・・・・」
「そうですか・・・」
まだ納得いかないような顔をしていた彼女に、停止していた車の方から男の声が掛かる。
「ユリカ〜!早くしないとほんとに遅刻しちゃうよ〜!」
「あ、うん!ごめ〜ん!あの、ご協力感謝します!それでは私は先を急ぎますのでこれで」
早口にそう言うとトランクを抱えて車の方に走り去っていく。
「ユリカ、この荷物やっぱり減らしたほうがいいよ〜」
「ダメ!ユリカが厳選に厳選を重ねて選んだものなんだから!」
「この量で・・・・」
ジュンはチラと溢れ返った車のトランクを見やり、溜息を吐くのだった。
車が見えなくなったころ、カイトは自分の側にまだ落ちていた写真立てを拾い上げ、そして絶句していた。
(これは・・・俺が火星にいたとき撮った写真・・・てことは今のはユリカ!?)
思い至るや否や側で倒れていた自転車を起こし、猛スピードでユリカの乗っていた車を追いかけ始めた。
(あいつなら知ってるかもしれない!父さんと母さんがどうして死んだのか!それに・・・アキトが今どこにいるのか!!)
ナデシコの格納庫で冷や汗を垂らしながら立ち尽くすプロスとその隣にはバイザーで顔を隠した全身黒ずくめの男が目の前に広がる光景を眺めていた。
そこには転倒した一機のエステバリス。
エステバリスはネルガルが開発した人型機動兵器の名称である。
なにやら喚きながらいかにも暑苦しい男が担架で担がれ、運ばれていく。
「一応申しておきますとこのナデシコの人事は『性格に難があっても能力は一流』がコンセプトですので・・・」
多量に流れ出してくる汗を胸ポケットから出したハンカチで拭いながら苦しい言い訳を隣の男に言う。
「・・・・・・」
プロスの様子も、転倒したエステバリスも無視して彼はその奥にあるコンテナを見つめていた。
それに気がついたプロスがハンカチをしまう。
「あの通り、誰も触れないようにしてあります。あのコンテナはわたくしとあなたにしか開けられないようになっています」
「・・・・・」
納得したのか彼はコンテナから視線を外した。
「それではブリッジの方に参りましょうか」
と歩き出した途端、艦内放送によってプロスが呼び出された。
「おや?今日は特に何もないはずなんですが・・・・」
「・・・俺はこのままブリッジに行かせてもらう」
「わかりました。ブリッジにはゴートさんがいるはずなので頼んでおきましょう」
プロスの言葉などまるで聞くことなくさっさと歩き出す。
いつものことなのかプロスも気にすることなく、呼び出された場所へと向かうのだった。
「・・・・早かったな」
黒人のような黒い肌、角刈りの異様にごつい男、ゴートがドアの前で立っていた。
「・・・・・」
ゴートの表情は変わっていないが正直驚いていた。
プロスに格納庫から連絡を受け、ブリッジ前で待とうとドアを出て数秒で彼は現れたのだ。
格納庫からブリッジまでは一般用の通路を使うと歩いて5分程は掛かるのだが・・・
だが相手からの返答など無いとわかっているのか相手の反応を待たずに話を続ける。
「ここがブリッジだ。ブリッジ要員は艦長と副艦長以外揃っている」
プシュという音を立ててドアが開く。
中に入ると、中段部分に女性が3人。
ドアのすぐ側、上段に威厳がありそうな老人ときのこ頭の男がいる。
その全員がドアの開く音に振り返る。
そしてゴートの後ろ、彼の姿を見た反応は全て同じだった。
全員が一瞬驚きに目を見開いた。
まあ、大抵の人間はこの姿を見たら驚くだろう。
全身黒ずくめで顔は黒いバイザーで隠されている。髪はボサボサでさらには黒いマントまでしている。
街中を歩こうものなら1分で警察に職務質問されるだろう。
「夢の・・・?」
「ゴ、ゴートさん・・・その人は・・?」
中段の一番右、紫色の髪を三つ編にした女性が恐る恐るといった感じでゴートに説明を求めた。
「この男はコルネアという会社から派遣社員としてナデシコに乗った“キバ”だ。ナデシコ内での担当はブリッジ専属の保安要員だ」
要点だけの説明を終えるゴート。
「で?それって保安部の制服なの?」
軽い口調で尋ねてくる左端の大人びた女性。
「いや、コルネアの制服だそうだ」
ムッツリと不機嫌そうな顔を一切歪めることなくゴートが答える。
「あれが制服・・・・」
後頭部に大きな汗が張り付くのを感じるブリッジクルー達。
「ま、まあいいわよね。私は操舵士のハルカ=ミナトよ。よろしくね」
「つ、通信士のメグミ=レイナードです!」
「・・・・オペレーターのホシノ=ルリです」
「提督を務める、フクベ=ジンだ」
「副提督のムネタケ=サダアキ少将よ」
ブリッジの面々がそれぞれ簡単に自己紹介する。
「・・・・有限会社コルテアより派遣された“牙”だ。よろしく頼む」
ボソリと呟くように言った言葉に反応するものが二人。
その一人であるフクベは鋭い視線でキバを凝視している。
残りの一人、ミナトは興味津々といった目で質問を投げかける。
「ねね、そのキバって名前なの?」
「・・・・コードネームだ。本名は知らん」
「じゃあその服ってほんとに制服なの?」
「・・・・この服は白兵戦闘用のボディースーツだ。社員は常にこれを着ている」
「なんで有限会社の社員がネルガルなんて大企業の戦艦に乗ってきたの?」
「・・・・ネルガルからの依頼だ」
「じゃあさ―――」
「君は本当に“あの”コルネアの社員なのかね?」
終わる気配を見せなかった質問の嵐を止めたのはこの艦の最高指揮官たるフクベ=ジン提督からの声だった。
その声は明らかに強張りを感じさせた。
「・・・・ああ」
「そうか・・・」
そこで会話は終わった。
ただそれだけの会話なのに、ブリッジにはなんともいえない緊張感が漂っていた。
と、その緊張を振りほどくようにナデシコが大きく揺らいだ。
彼、テンカワカイトは警備員に取り押さえられ、薄暗い部屋に監禁されていた。
(くそ!ユリカなら知ってるかもしれないっていうのに!!)
自分の無力さを腹立たしく思いながらじっと待つ。
と、目の前のドアが開き、そこからちょび髭のサラリーマンらしい男が姿を現した。
「あなたですか、ドッグの入り口で大暴れしたというのは・・・」
「う・・・・」
自分に非があるのを認識しているだけに唸ることしかできない。
「ではまずあなたのことを調べなくてはなりませんね・・・ちょっと舌を出してみてください」
言われた通り舌を出すと、ペンみたいなものを近づけてきた。
「っ痛!」
チクっと舌に痛みが走り、思わず声をあげる。
「あ〜なたのおっなまえしらべましょ♪・・・・・全滅した火星からどうやってこの地球に・・・・」
お気楽な歌を歌いながら示された結果を見て、プロスは表情を変える。
DNA判定によって判別した彼の経歴。
第一次火星会戦で火星から逃げ延びることができた人は少ない。
軍は相手に敵わないと見るやすぐに逃げ出し、一般人の生存者は運よくシャトルで逃げることができたごく一部だ。
そして、目の前にいる青年はそのシャトルに乗っていたわけでもなく、軍にコネがあったわけでもない。
何より火星から帰還した人々の中に彼はいなかった。
それはデータが証明している。
だが、彼はここにいる。
何故?・・・だがここでプロスはすぐに一つの可能性に行き着く。
“ボソンジャンプ”
「自分でもわからないんです。火星のシェルターの中でバッタの大群に襲われて・・・それで・・・撃たれたと思ったとき目の前が真っ白になって気づいたときには地球の野原に転がってたんです」
彼の話を聞いて、さらに推測が真実味を帯びる。
ここで確定するのは早計だが、可能性の一つとして考えられることも事実だ。
こんな話を怯えた顔つきで真剣に話すこともそれが真実であることを確信させる。
(ふむ・・・可能性とはいえあながち関係ないとも言い切れませんねぇ・・・テンカワ夫妻のご子息ということもありますし・・・・)
一瞬で考えをまとめると早速行動に移す。
「それでテンカワさんは何故ここに?」
「そ、そうだ!ユリカに会わせてくれ!俺はあいつに聞きたいことが!」
「ふむ、ユリカさんのお知り合いなのですか?」
「幼馴染なんだ!」
「そうですか・・・しかしユリカさんはこちらでとても重要な立場にある方なので外部の方ではお会いになることはできません。そこでどうでしょう?あなたもここで働いてみては」
「ええ!?」
「見たところコックさんのようですし・・・今うちはコックが足りなくて苦労しているんですよ」
チラッとカイトの荷物、鍋やおかまを見やるプロス。
「そ、そりゃあ前にいた店首になったばっかりで願っても無いけど・・・」
「それはそれは!それではこの契約書にサインを・・・お給料の方はこんなもんで・・・」
キランと眼鏡を不気味に輝かせながら弾いた電卓の計算結果をカイトに見せる。
「こ、こんなにもらえるんですか!?」
「ネルガルは金払いだけはいいんですよ。まがりなりにも一流企業ですから」
「ネルガル!?そんな大企業で働いてるんですか?ユリカの奴」
「はい。それにこの契約書にサインしていただければあなたも晴れてネルガルの社員さんです」
差し出された契約書を大雑把に眺めてサインするカイト。
サインするときプロスが口元を歪めた気がしたのは気のせいだろうか?
「これで契約完了です!それでは紹介しましょう!あなたがこれから乗ることになる機動戦艦ナデシコを!!」
ドッグの中に案内されると目の前には真っ白なボディに赤いラインが一筋入った白亜の戦艦ナデシコがあった。
「どうです?これがネルガルが最新鋭の技術を駆使して作り上げた機動戦艦ナデシコです!!」
「・・・・変な形ですね」
「はっはっは、これは痛いところを。なんせディストーションフィールドの採用によって空気抵抗を考える必要がなくなりましたからな」
出てもいない汗をハンカチで拭いながら言うプロス。
「でぃすとーしょんふぃーるど?」
「まあその辺は後でマニュアルをお渡ししますので読んでおいて下さい。まずは中を案内しましょう」
プロスとカイトは全面白で構成されている廊下を連れ立って歩いていく。
「一番近いところか。ここが格納庫です。エステバリスというこれもネルガル製造の機動兵器が置いてあります」
と、自身満々に言ったはいいが、そこには倒れているエステバリスとその周りに集まっている整備員の面々が見えるだけ。
「先ほどちょっとした事故がありましてね・・・・それの処理をして―――」
プロスの説明は途中で途切れ、変わりに大きな振動が襲ってきた。
「・・・・これは・・何かありましたかね?ちょっとブリッジに確認してきますのでくれぐれもここを動かないで下さいね」
そう言うとプロスはカイトから離れ、端末のようなものを操作し始めた。
その姿をカイトは呆然と眺めていた。
「奴らだ・・・」
そう呟きながら。
「あら?お昼のチャイム変えたの?」
サイレンが響く中、ミナトが少し焦った様子も無く尋ねた。
「違います。警報。敵襲です」
ルリが簡潔に現状を説明する。
「バッタ200機。ナデシコ上方の地上部隊を次々攻撃しています」
「攻撃はこの上に集中している・・・ナデシコを嗅ぎつけたのか!?」
「ちょっと!さっさと反撃しなさいよ!わたしはこんなところで死ぬなんて真っ平よ!!」
「無理です。艦長の持つマスターキーがないとナデシコは起動できません」
周囲の焦りを無視するかのように冷静に返答するルリ。
オモイカノの操作をしつつも、しかしその視線は先ほどからずっとキバに向いている。
「その艦長はどこいったのよ!?」
ムネタケがルリの指摘に逆上して言い返した瞬間、プシュと空気の抜ける音と共にブリッジのドアが開く。
「始めまして!私がこのナデシコの艦長ミスマル=ユリカです!ぶぃ!!」
「「「「V〜!?」」」
「・・・・・ユリカさん・・・馬鹿・・・」
誇らしげにVサインを掲げるユリカにブリッジ要員はさすがに度肝を抜かれる。
ルリはユリカの性格を熟知しているためかあきれ果てるばかりのようだが・・・
「艦長、遅刻の件はあとで追求するとして早くナデシコを起動してもらいたい」
ゴートが多少引きつった顔でユリカに言う。
「あ、は〜い」
軽い返事をしつつ、さっさとマスターキーを挿入し、回す。
「ナデシコ、起動しました。相転移エンジン起動。各ユニット正常。システムチェッククリア」
「状況はルリちゃんから来る途中で聞いています。ドッグに注水。ナデシコは海中を移動し、敵後方よりこれを殲滅します!」
「しかし、それでは敵を一撃で倒すことはできん」
「真下から焼き払っちゃえばいいのよ!」
「上にいる軍人さん達巻き添えにする気〜?」
「それって非人道的ですよね」
「そうよね〜」
ムネタケの提案をブリッジ3人娘(整備班命名)の二人が非難する。
「じゃ、じゃあどうするってのよ!?」
「エステバリスに囮に出てもらって敵を一箇所に集めてもらいます。ルリちゃん、パイロットさんに通信繋いで」
「はい、ですが唯一のパイロットであるヤマダ=ジロウさんは先ほど足を折って医療室に運ばれたようですが・・・」
「ほぇ?なんでぇ〜!?」
ルリがヤマダ転倒時の衝撃映像を写す。
そこで一言。
「・・・・・馬鹿ばっか・・・」
「ほ、他にパイロットは!?」
「いません」
「パイロットじゃなくてもIFS持ってる人は!?」
「検索します・・・ナデシコ内のIFS体質の人は、ヤマダさんの他ではオペレーターである私とそこにいるキバさんです」
「キバ?誰それ?」
「そこの黒い人のことです」
「黒い人って・・・ルリちゃん・・」
ルリの余りの言い様にミナトがタラリと汗を一筋流しながら呟くが、一番的確に彼を表している言葉のように思えるのも事実だ。
「断る」
ルリの報告を聞いたユリカが頼もうとするより早く、その言葉は響いた。
「な!あんた!ナデシコが沈んでもいいって言うの!?」
「俺の仕事はエステの操縦ではない。それに、もうエステは出ているようだが?」
「「「「え?」」」」
「はい、囮のエステ、すでにエレベーターで移動中です」
キバが指し示す先にはエレベーターに乗っている赤いエステ。
「オペレーター、あのエステに通信繋げるかね?」
「はい」
ブリッジの中央に巨大なスクリーンが現れ、そこに見たことの無い人物が映し出される。
「誰よあんた!?なんでそこにいるのよ!!」
「誰だね君は?所属と名前を言いたまえ」
提督、副提督コンビが問う。
片方は無駄に喚いているが・・・
「あ、テンカワ=カイト。コックっす」
「何故コックがエステバリスに乗っている!?」
「てめえ!俺のエステ返せ!!」
暢気に答えるカイトにゴートが一喝する。
その隣で松葉杖をつきながらヤマダが叫ぶ。
全員に無視されていたが・・・
と、カイトの映っているスクリーンの隣に新たな画面が出現する。
「いやはや、彼は先ほどわたくしが雇ったコックさんでして・・・」
プロスがにこやかに言う。
「カイトさん、困りますなぁ・・・それはこれから囮としてナデシコの外に出るんですが・・・」
「え?・・・・ええええええ!?」
プロスの説明にカイトが仰天する。
ちなみにプロスは状況をルリに聞いている。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!カイトだカイト!!」
「「「「「!!?」」」」」
じーっとカイトを見つめて何やらぶつぶつ呟いていたユリカが大声を上げる。
超音波化したその声を直接くらったブリッジクルー・・・壊滅。
コミュニケ越しだったプロスとカイトは音量調整が成されていたため無事だった。
「か、艦長。そんな大声を出さなくても聞こえますから・・」
「ユ、ユリカ!俺はお前に聞きたいことが・・・」
「カイトがいるってことはアキトも来てるの!?どこどこ!?」
きょろきょろと周りを探し始めたユリカに、襲ってくる頭痛を何とか堪えてさらに問いを繰り返す。
「だ、だから!俺が聞きたいのはお前がアキトの居場所を知らないかってことで―――」
「エレベーター停止、地上に出ます」
「へ?ちょっと・・・」
「がんばって下さい♪」
「俺のゲキガンガー返せぇ!!」
「うるせぇええ!」
ユリカに話をできないどころかわけのわからない状況で滅茶苦茶なことを言われたカイトはちょっと切れた。
がたん、という音と共にカイトを乗せたエステが地上に出る。
そこで見たのはバッタの群れ。すでに囲まれている。
「う、うわああああぁあ!!」
カイトの意思を受け、動き出すエステ。エレベーターを飛び出し、がむしゃらに進みだす。
「作戦は10分間。とにかく敵をひきつけろ。健闘を祈る」
作戦概要だけ伝えてゴートが消える。
すでにカイトにはそんなことを聞いている余裕はなかったが・・・
「こらぁ!逃げずに戦え!!」
「無理よ!コックに囮なんて!やっぱり対空砲火よ!!」
「いえ、彼はよくやっています」
「見事な囮ぶりだ」
カイトの操縦にそれぞれが意見を述べたところでルリから報告が入る。
「注水完了」
「エンジン、いいわよ」
「ナデシコ、発進です!」
「了解、ナデシコ発進します」
「ちくしょう!ちくしょうちくしょうちくしょう!!」
必死にバッタの群れから逃げ回りながら目の前の地図に示されているポイントを目指す。
たまに反撃しているものの、素人の反撃がそうそう当たる筈も無く、そのほとんどが何も無い空間を抜けていく。
「テンカワさん、私はオペレータのホシノルリです。これよりナデシコが浮上します。海に飛び込んでください」
さっきと同じように操縦席の斜め前にウインドウが表示され、先ほど見た女性が言う。
「う、海に飛び込む!?だって何にも・・・」
「いいから飛べ!!」
ルリとは違う低い声に一喝されてカイトは反射的にエステに意思を伝える。
ブースターを吹かしてエステが降り立った海上には、確かに足場が存在し、それが浮上し全体を現す。
ブリッジではいきなり大声を上げたキバを皆が驚きの視線で凝視していた。そんな中ルリが冷静に状況を報告する。
「敵残存兵器、ほぼすべて有効射程内」
ルリの報告を聞いて我に返ったユリカはすぐさま指示を出す。
「目標、敵まとめてぜ〜んぶ!てぇえ!」
あくまでどこか抜けた声でユリカが指示する。
同時にナデシコの砲門から放たれたグラビティーブラストが、鈍い音を響かせながら敵兵器をすべて鉄屑に変えた。
代理人の感想
ん〜んんん〜ん。
現状では逆行ものかTVの再編成ものかわかりませんけど、
逆行者(ないし黒幕)からの視点からではないのが非常に新鮮ですね。
原作とはちょっと違う世界の「ちょっと違う理由」を世界の謎として残しておくのは
ともすればマンネリ化しがち(つーか大抵はマンネリそのもの)なこの手の作品において非常に有効なスパイスなのかもしれません。
まぁ、上の文はちょっとした事を大袈裟に言ってるだけなので余り気にしないで結構です(爆)
ひとつ気になったのは締めですね。
現状のままだと微妙に落ちておらず、尻切れトンボな感がぬぐえません。
このままでも「次回予告!」とか「作者の後書き」とか入ってるとまだ「ああ終りだな」という気にもなるんですが
・・・・いや待てよ、代理人の感想が入ってるからこれはこれでいいのか・・・?