火星の後継者の叛乱劇からすでに三週間がすぎた・・・・・・
残っていた残党も舞歌率いる木連優人部隊、ユリカ、ルリ率いるナデシコフリートの前では敵ではなく
さらに優秀な指揮官のほぼ全てを先の大戦で失っていたこともあり
叛乱から二週間でほぼ完全に『火星の後継者』はその姿を消した
しかし・・・火星の後継者に参加していた物たちの中で不可思議な発言をする者もいた
その不可思議な発言には・・・・・『悪魔みたいな黒い機動兵器』が必ず入っていた
マスコミはこの機動兵器を闇の王子・・・『テンカワ・アキト』の乗る機動兵器と全く同一の物であるとし
火星の後継者を完全に殲滅する為に戦っているとまるでヒーローのように扱った
これを面白く思わないのは軍の高官達、保身に専念するばかりに今回の叛乱を招いてしまった者達である
先に壊されたヒサゴプランコロニーに関する真実・・・火星出身者の人体実験に関することは
皮肉なことに以前、マシンチャイルドの研究で叩かれていたネルガルからマスコミに知らされた
その事実を知り、テンカワ・アキトが火星出身であったと情報をながしたところ
マスコミは軍を叩く為の武器として最悪のテロリストを同胞の為に戦った英雄に仕立てたのである
当然軍も黙ってはいない、なんとしてもテンカワ・アキトを捕らえテロリストとして裁こうと躍起になってきている
その結果・・・・・一週間ほど前にテンカワ・アキト捕獲の為に出撃し、失敗したホシノ・ルリの謹慎を解き
さらに、草壁逮捕後から封印し続けていたナデシコCの電子戦能力を解放する為に苦肉の策・・・
ホシノ・ルリ、ミスマル・ユリカを筆頭とするナデシコのクルーの乗艦を許可
さらに統合軍からスバル・リョーコを筆頭としたナデシコクルーとタカスギ・サブロウタを乗艦させ
火星の後継者と同時期に出現した『木連優人部隊』を主軸とした木連軍に協力を仰ぎ
東舞歌、白鳥九十九、各務千沙そして月臣元一朗を乗艦させることに成功
今度こそ、といわんばかりの豪華メンバーでテンカワ・アキトの捕獲へと向かわせたのである
その頃火星周辺の偵察衛星から謎の機動兵器の存在を確認と言う情報が入っていた
ユリカ率いるナデシコCはその情報を当たりと信じ一路火星へと向かっていた・・・・・・
機動戦艦ナデシコ劇場版〜The
prince of darkness〜if
『新たなる刻の歌』外伝
『黒き龍の系譜』
新たなる刻への序曲
火星近辺宙域
そこには・・・・・一体の漆黒の機動兵器が微動だにせず停止していた
その眼は・・・・・・まるで懐かしむかのような眼で火の星・・・・・火星を眺めているようだった
『マスター・・・・・本当によろしいのですか?』
漆黒の機体・・・・ダークネスサレナのAIであるスサノオが主であるアキトへと声をかけた
「ん?・・・・・・・ああ・・・・・・・・悪いな・・・・お前には辛い思いさせるけど」
アキトは・・・・焦点の定まりきらない目で何処か遠いところを眺めながら返事をした
その声も・・・・・酷く弱弱しい・・・・・まるで死を目前に迎えた人間の声だった
『いいえ・・・・むしろ私は幸福だと思っております。
ダッシュも、ラピスも看取る事ができないのに私だけはマスターを看取る事ができるのですから』
スサノオは・・・・僅かに悲しみに揺れるような声でそうアキトに言った・・・
リンクしているアキトにその悲しみが気付かれないように・・・
「ははは・・・・・スサノオ・・・・俺が死んだ後のことだけど・・・・」
『わかっております、このスサノオの名にかけてマスターの遺体は丁重に葬らせていただきます』
「ふっ・・・・・あんまり丁重でない方がありがたいけどな・・・・」
『マスター・・・・・!?ボース粒子反応・・・・データ照合・・・・・・ナデシコC!?』
「なに!?くっ・・・・・・・・スサノオ・・・・・フルリンクの準備を」
アキトは一瞬焦点をあわせナデシコCの存在を確認したがすぐにまた焦点が合わなくなりシートに身体を預けた
『!?危険すぎます!!』
「どうせ・・・・もう俺の命はあと僅かだ・・・・・頼む」
『・・・・わかりました・・・・フルリンクシステムスタンバイ・・・・・・スタート』
スサノオの報告と共にアキトの全身にナノマシンの紋様が走り始める
『86・・・・92・・・・・95・・・・100・・・・・・システム・・・・オールグリーン』
「ふう・・・・・・・・ナデシコCに通信を」
フルリンクシステム・・・それはアキトの全身のナノマシンを活性化させ、より高度なリンクでサレナとの同調を行うシステム
そのシステムの最大の利点はタイムラグが限りなく0に等しくなると言うこと
さらに、アキトの最大の難点である五感をサレナが肩代わりすることで五感がある状態に戻せると言うこと
しかし・・・・最大の欠点は・・・・アキトのナノマシンを無理矢理活性化させていると言うところである
確かに・・・リンク中はサレナの常態が優先されるようにされている為サレナが無事な間はアキトに影響は無い
しかし・・・リンクが終わったあと・・・いや・・・リンク中は普段とは比べ物にならない速度でナノマシンはアキトの身体を蝕む
その結果・・・本来の救出時はデータさえあれば助かるはずだったが・・・・・・・
今ではどんなに詳細なデータがあっても・・・・また・・・安静にしていても・・・・・・
延びる寿命はせいぜい一年か二年がいいところになってしまったのだ
このシステムはアキトが独自に造り上げた物である・・・・
その為・・・・イネスはこのシステムに気付かずにいたため手遅れまで状態が悪化してしまったのだ
最高のシステムだが最悪のシステム・・・・まさに・・・諸刃の剣の名に相応しいシステムだった
『了解・・・・・通信・・・開きます』
スサノオはただ黙々とアキトから指示された仕事を開始した
「アキトさん、どうして帰ってこないんですか!!皆・・・皆待ってるんですよ!!」
通信が開かれた第一声がそれであった・・・かつてのアキトの娘・・・ホシノ・ルリ・・・・
彼女は感情を全く隠そうとせずにアキトに喋りかけていた
「ふん・・・死ぬだけだと知っているのにみすみす帰る馬鹿などいるわけが無いだろう
どうしても連れ帰したいと言うのなら全力でくるがいい!!」
アキトはその言葉と共にダークネスサレナを戦闘態勢に移行させる
「全員出撃!!アキトを傷つけないように手加減して戦ってね」
アキトの言葉に応えるかのようにユリカが指示を出し、それと共に機動兵器がナデシコから発進する
「エステが八機・・・・アルストロメリアが二機・・・・相手にとって不足は無い!!」
アキトは・・・・再会を喜ぶではなく・・・戦えることを喜ぶ・・・そんな・・・邪悪な笑顔を見せていた
「月臣、いくぞ手加減できる相手ではないぞ」
「ふん、誰に言っている。行くぞテンカワ!!」
その言葉と共に二体のアルストロメリアはジャンプしまず一機がアキトの目の前に現れクローで攻撃する
「その程度で・・・・当たると思ったのか?」
しかし、やはりジャンプアウトの際にタイムラグが生じる為あっさりと回避されてしまうが
「もらった!!」
アキトの回避方向をよみそこにジャンプアウトした月臣機がサレナを砕かんといわんばかりの勢いで攻撃する・・・しかし
『ガキィン!!』
アキトはそれすらも読んでいた、クローにソードをぶつけることでその攻撃を防いだのだ
「・・・・・くだらん」
アキトはそう言うと追加装備したもう一個のイミディエットソードで月臣機の片腕を奪おうとする・・が
『バシュン!!ガキィン!!』
「ちっ、侮りすぎたか」
タカスギ機が放ったレールガンに直撃するがフィールドがその弾丸は防ぎきっていた・・・・
しかし、流石に反動は殺しきれなかったようで月臣機から引き離される
「アキト・・・・どうして・・・・どうして帰ってきてくれないの・・・」
「(イツキ・・・・・・・くっ、駄目だ!!今ここで弱みを見せるわけには・・・そうだ・・・・あいつらは敵だ
俺を倒しにきた敵なんだ・・・・・・・・敵に容赦をしている暇はないはずだ!!)」
イツキの泣きながらの呼びかけにアキトは揺らぎそうになるが自らを暗示にかけることでそれを食い止める
「ダークネスサレナ・・・・・暗黒の百合・・・・・闇百合の力・・・・とくとみるがいい!!」
『キュルルルル・・・・・・・グウォォォォォォオオン!!』
アキトの言葉と共にサレナから不思議な音が発生し・・・そして・・・・・・
まるで肉食獣が歓喜に打ち震えるかのような叫び声がどこからともなく発生した
それと共にサレナに異変が発生した・・・・・
宇宙に溶け込むかのような漆黒の鎧から真紅の翼のような物が発生し
その全身も薄く・・・・しかしはっきりと紅く輝いているように見える
「アキト殿・・・・・そこまでしなきゃいけないの・・・・・」
ナデシコブリッジで状況を見ていた舞歌がそのサレナの状態をみて嘆いていた
「・・・・あなたはあの状態のことを知っているんですか?」
ルリが舞歌を直視しながら言う、その眼は・・・嘘は許さないといった目であった
「・・・ええ・・・・あのモードはダークネスサレナ最終決戦モード・・・・ルシファーモード・・・
・・・ダークネスサレナに組み込んである強化型小型エンジンを暴走させるモード・・・
あの状態で勝てる機動兵器は少なくともこの時代には存在していないわ・・・・
いえ・・・・・機動兵器だけじゃない・・・・どんな戦艦でも勝てないでしょうね・・・・・」
「しかし・・・あのモードは余りにも欠点が大きすぎたので完全に封印したはずでした・・・・」
舞歌の言葉に隣でサレナが少しずつ・・・まるで固まっていた身体をならすかのように動く姿を見ていた千沙が続いた
「欠点?・・・・・今の情報を聞いただけだと暴走の危険性しかなさそうだけど・・・他に何かあるのかい?」
ユリカの隣で策を練っていたジュンが疑問を述べる
「はい・・・・あのモードでは暴走を防ぐ為に桁違いの情報量を処理しなければいけません
ダークネスサレナには支援用AI搭載されているので大丈夫だと思ってたんですが・・・・
とても耐え切れない量の情報処理量でした・・・一度・・・オモイカネ級AIで実験をしたんですが・・・
オモイカネですら情報処理で手一杯でとてもサレナを動かせる暇はなかったくらいです」
「ほえ?・・・・・・じゃあ何で今アキトの乗ってる機体は動いてるの?」
「・・・・説明してあげるわ」
ユリカの疑問の声と共にいつの間にかブリッジに上がっていたイネスが珍しく悔しそうな表情で言う
「・・・・短めにお願いします」
ユリカが念を押すと分かったと言う感じで頷き、一度深呼吸をして説明を始めた
「あのモードでアキト君が動いてられるのははっきり言って不可能なはず・・・それは先ほどの言葉でわかったでしょう?
でも・・・アキト君は動かしている・・・・・それは何故か・・・・・
答えは簡単・・・・・アキト君もサレナの一部と化しているからよ
人としての感情・・・・思考・・・・その全てを捨てて情報の処理に徹する・・・・・
それをサレナの支援用AI、『スサノオ』が手助けをしていく・・・・・
理論上IFS伝達率が300%近くまで行けば完全に動くことは可能になるのよ・・・・
信じられる?人間ならナノマシンの扱い方を訓練しても95%まであがれば稀代の天才よ
それを・・・・アキト君は無理矢理跳ね上げているのよ・・・・できるなら・・・あの形態は永遠に封印してほしかったわね」
イネスの言葉が終わると共にサレナが全身に纏っていた光と翼が消えうせ再びサレナが停止した
「なになに?どうしちゃったの」
「オーバーヒートを起こしたのか・・・・まあいい、ちゃっちゃと捕まえようぜ!!」
「やめるんだ!!今のアキト君に近づくんじゃない!!」
「へ、なに言ってんだよ・・・・別に何も・・・・!?」
『ドッゴー――ン』
リョーコがそう言い放った瞬間、リョーコ機はその手足を胴体から離され、全て爆発させられた
「リョーコ!!」
サブロウタが叫ぶ・・・・・
「大丈夫です、アサルトピットの信号確認、リョーコさんは無事です」
仕事に戻ったルリがサブロウタに報告する
「ふぅ・・・・どうやらまだ手加減をしてくれるくらいの意識は残ってるみたいだね・・・
でも・・・・これで・・・・もう・・・・」
アカツキは・・・・リョーコが無事で安心した気持ちと・・・
自分が最後まで懸念していた事が現実となってしまったことへの後悔に打ちひしがれていた
「な・・・・はやい!!」
「人間にこんな行動ができるの!?」
「くっ、速すぎてロックしきれない」
「くっ・・・・ここまでか」
他のパイロット達はアキトの余りの速さに絶望を覚えていた
アキトはレーダに感知しきれないほどの動きを続けていた
しかも・・・・・すれ違いざまに少しづつ戦力を削っていく・・・・
対峙しているパイロット達はまるでアキトのことを闇から襲ってくる見えない悪魔のように思えていた
ナデシコCブリッジ
「そんな・・・・システムが止まったんじゃないんですか!?」
今までの紅い翼も、紅い輝きも無いまま凄まじい速度で攻撃を続けるサレナを見てユリカは叫んでいた
「いいえ・・・あれが真のルシファーモードよ・・・あの真紅の翼はシステムが終了するまでの防衛壁でしかないわ
余りの高速さ故にたとえ扱いきれたとしても操縦者は無事ではすまない・・・・
アキト君が造り上げた悪魔のシステム・・・・・それがルシファーシステムよ」
「・・・・・貴方達は止められなかったんですか・・・・アキトさんのことを」
「止められる物なら・・・・とっくに止めています・・・・私だって・・・アキトさんのあんな姿・・・見たく・・ない」
千沙は涙をこらえながら言った・・・・・最も・・・最後はほとんど聞き取れないほど弱々しい声になってしまったが
「・・・・・・決着はついたようね」
舞歌がそう言うとブリッジの全員が外の戦闘を移しているウィンドウに向いた
そこには・・・・・ただ一機・・・・左手と右足をもがれた紫のエステと、そのエステの前に立つ漆黒の機動兵器の姿があった
「・・・・・・・・」
「アキト・・・・」
二体の機動兵器は微動だにしなかった・・・・・
『マスター!!もう限界です!!』
「ウッ・・・・・・・・・・クッ・・・・・・・・グハァゴホッゴホッゴホッ・・・・・・・・」
「アキト!?しっかりして!!アキトォ!!」
スサノオの報告と共に急に手を口にやるアキト・・・・そして・・・その手の間からはおびただしい量の血が流れ出る
それも一度ではなく・・・・咳き込むたびにその量は増していく
「・・・・タイムリミット」
「・・・そうね・・・・・悲しいことだけど・・・」
その光景を見ていた(アキトのウィンドウは常に開かれたままだった)イネスと舞歌が悲しそうに言った
「どういう・・・・意味ですか」
ルリがその二人を睨みつけるような目をしながら言う
「・・・・・・アキト君の命はあの反乱の時から後もって三ヶ月がいいところだった・・・・」
「・・・けど・・・アキト殿は戦うことを止めようとはしなかった・・・・
自らの命を削り・・・・・戦い続けてきていた・・・」
「そして・・・・あの禁断のルシファーシステム・・・もう・・・・アキトさんの寿命は尽きたも同じです」
イネス・・・舞歌・・・千沙の三人が・・・悔しそうに・・・・悲しそうに言葉を紡いだ・・・
「アキト!!しっかりしてアキトォ!!」
イツキは必死にアキトに呼びかけていた、アキトは・・・それに応えるかのように最後の力を振り絞り・・・話し始めた・・・
「はっははは・・・・・無様なもんだな・・・・・・・イツキ・・・御免・・・本当は・・すぐにでも会いに行きたかった・・・・
・・・・でも・・・・・・できなかった・・・・・・・いや・・・会おうとはしなかった・・・・」
アキトの言葉に誰も口を挟むものはいない・・・全員・・・アキトの遺言になるであろう言葉を聞きもらさまいと集中していた
「イツキには・・・こんな姿見せたくなかったから・・・こんな・・・・死にかけた姿なんか・・・・・」
「アキト・・・どうして・・・・・・」
イツキは・・・色々言いたい事があった・・・アキトに面と向かって言いたい事があった・・・・
でも・・・・言葉にできたのはそれだけだった・・・・・
「できる事なら・・・・誰にも会わずに消えたかった・・・・・皆が俺が死んだ事がわからないように・・・消えたかった・・・
でも・・・できなかった・・・・ランダムジャンプをしようとしても・・・どうしても・・・・できなかった・・・
いつも・・・・誰かの顔が浮かんできた・・・・そのたびに・・・イメージが固まった・・・・・」
アキトは火星の後継者の戦いの後何度もランダムジャンプを決行しようとした・・・・・
しかし・・・・アキトの告白どおり・・・一度も成功しなかった・・・・・
生身でジャンプすれば・・・・今までナデシコが通ってきた火星や地球にジャンプアウトしてしまい
サレナでジャンプすれば・・・・かつてのサツキミドリや火星周辺にジャンプアウトしてしまっていたのだ
まるで・・・・・アキトがランダムジャンプするのを拒むかのように・・・・
「・・・・心残りは・・・多い・・・けど・・・・・もう駄目だって事は自分でもよくわかる・・・・」
「アキト・・・・そんな事いわないで・・・・・お願い・・・」
・・・すでに・・・イツキの言葉はアキトには届いていなかった・・・・・・
「イツキ・・・・月に・・・・俺のもう一人の娘・・・ラピス・ラズリがいるんだ・・・・
もう・・・俺は迎えにいけない・・・だから・・・・・ラピスの事を・・・頼みたいんだ・・・
無茶な事だってのはよくわかるけど・・・・・・・お願い・・・・・」
・・・アキトは・・・もうすでに何も見えていない、何も聞こえていない・・・・・・
ただ・・・・『イツキが聞いている』・・・その事だけが・・・アキトの口を動かし続けていた
「イツキ・・・・本当に・・・・御免・・・・・・・・・愛して・・・る・・・・・よ・・・・・・・・」
その言葉と共にアキトの口は閉ざされ・・・・力なく・・・目が閉じられた・・・・・
「!?・・・・スサノオ・・・聞こえているでしょう・・・・アキト君は・・・・・」
『・・・・・心臓の停止を確認・・・・・マスターは・・・・死亡しました・・・・』
イネスの言葉に応えるように新しくナデシコに現れたウィンドウは非情な現実を告げた・・・・
「いや・・・・・・・うそ・・・・でしょ・・・・・そんなの・・・・・嘘・・・・でしょ・・・アキト・・・」
イツキの声が・・・・段々の力無い物になっていく・・・・
ブリッジ・・・いや・・その場に居合わせた全員が顔を下に向けている
「いや・・・いや・・・・イヤァァアァァアアァアアア!!」
・・・イツキの・・・・愛しい人を失った事への慟哭だけが・・・・・宇宙に響いた・・・・・
「う・・・・うぅ・・・・・・・うっ・・・・・・・うぅぅ・・・・・」
どれくらいたっただろうか・・・・誰も動こうとはせず・・・ただ・・・・声を殺しすすり泣くイツキの声だけが響いていた
『・・・・・・・マスターの死亡を確認・・・・・システム・・・開始します』
その言葉と共にアキトの体が光に・・・・・ボソンの光に包まれていく
「なっ!!何するんですか!!」
一番最初にそのことに気付いたルリが抗議の声をあげるが・・・時すでに遅くアキトの遺体はジャンプしていた
『・・・・イツキ様には申し訳ないとは思いますが・・・・・これは・・・マスターの御遺志でした』
「・・・・たとえアキト殿が望んで無くても・・・誰かが行うでしょうね」
「・・・・どういう意味ですか」
「・・・狂った研究者達にとってはね・・・遺体も十二分すぎるほど材料になるのよ・・・・
まして・・・・数多くのナノマシンを植え付けられたA級ジャンパー・・・・本当にいい材料になるでしょうね」
イネスが・・・・嫌悪感を隠そうともせずそう言い放つ
「つまり・・・アキトのお墓が荒らされるかもしれないからジャンプで遺体を残さないようにしたって言うんですか?」
ユリカがイネス、舞歌の言葉から推測できたことを言う
「その通りよ・・・・実際死んでいたところを無理矢理実験材料にされて生き返らされた上に洗脳された人たちもいるしね
それに・・・・・一億分の一以下の可能性だけど・・・・アキトくんが生き返る可能性だってあるわ」
その言葉にブリッジにいた全員・・・いや、先ほどまで泣いていたイツキまでもが顔を上げイネスを見た
「本当・・・ですか?」
「ええ・・・・この時間軸からは消えてしまうでしょうけど・・・・・上手くいけば・・・・悪性ナノマシンを多く除去できるはずよ」
「・・・・どうやってですか?」
ルリが当然ながらその方法を疑問に思う
「・・・本来ボソンジャンプは私達の体をボース粒子状にして遺跡に取り込み
転送先にその情報を送ることで再形成しているの
その際に重要になっているのが体内にいるナノマシン、このナノマシンがいわばパスポート役をしているわけ
まあ遺伝子を改造してジャンプに耐えられるようにしているといった方が正しいんだけどね
さらに、明確なイメージがあれば確実にその場に、安全にジャンプできることは私や艦長が証明しているわね
なら・・・不明確な場合はどうなるかを想定してみましょう」
イネスはそう言うと隣に説明用のウィンドウを取り出した
「先ほど言ったとおりボソンジャンプは改造された遺伝子がキーとなり安全に移動させています
つまり、キーがあることで本来バラバラで粒子状なはずの肉体を元の形に戻しているわけです
この際にイメージが重要なわけは演算装置が時間も場所も無視して跳ばそうとするためそれを阻止する為なのです
しかし、ランダムジャンプの場合はそれこそどこに跳ぶかも、無事でれるかもわかりません
つまり・・・無事にジャンプアウトできても体の一部が失われる可能性があると言うわけです
キーの力が強ければ原形はとどめるでしょうがそれもどこまで持つか・・・・・・・」
「・・・と言うことは・・・・アキトさんが無事生きていられる場所にジャンプアウトしていれば・・・
悪性ナノマシンが除去されている可能性もあると言うわけですね」
「そう、その通りよホシノ・ルリ」
イネスは満足そうに言った
「まあお話はこれくらいにしましょう、皆を回収して月に向かいましょう・・・・・・
さっき話しに出ていたラピスが・・・・お兄ちゃんから何か預かってるみたいだからね」
イネスの言葉に全員反応しすぐに回収作業を追え月へと向かった(ダークネスサレナも回収された)
月では・・・・エリナがナデシコクルーを出迎えた・・・桃色の髪の少女と共に
「・・・貴女が・・・イツキ?」
桃色の髪の少女・・・・ラピス・ラズリがイツキの前に立つ
「そうだけど・・・・貴女がラピスちゃん?」
「うん・・・・・貴女がここにきたって事は・・・・アキトは・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・アキトから頼まれてる物がある・・・・これを渡してくれって」
ラピスは・・・・大事そうにその手に持っていた物をイツキに手渡す・・・・それは
「ホログラム・・・・ディスク・・・」
そう・・・・一枚のホログラムディスクだった・・・・・
「・・・皆用にもあるわよ、あと・・・あなた達用のもね」
エリナはそういいながらユリカと舞歌にそれぞれホログラムディスクを手渡していった
「うぅ・・・・・・アキト・・・・」
イツキは・・・・・再び泣き崩れてしまった・・・・・・・
その後・・・・ナデシコクルーは月でアキトが託した最後のメッセージを聞いていた
イツキも・・・・・個室に戻り自分に託されたメッセージを聞き続けた・・・
舞歌達は・・・・木星へと戻りアキトが託したメッセージを・・・共に戦ってきた仲間と共に聞いていた・・・
一個の存在・・・・そう言いきるにはアキトの存在感は大きすぎた・・・・
テンカワ・アキトの死亡後、ナデシコクルーの多くは今までとは違う道を自ら歩んでいった
そのいくつかを伝え・・・・この物語の終焉とすることとしよう
ミスマル・ユリカ
アキトの死亡後は今まで階級に興味など無かったようなのにそれが一変
才能を活かし二十九歳で宇宙連合軍の中将に昇進
その後統合軍、連合軍の両軍に大規模な粛正を行い腐敗の基をたった
軍法も今までと比べ物にならないほどしっかりとした厳格な物とし
その後300年の間軍の腐敗を阻止することとなった
生涯独身をつらぬき、退役後は私有財産を使い戦争孤児たちの為に施設を建て、その園長となった
スバル・リョーコ
アキト死亡後統合軍から連合軍に転属、自ら前線を指揮しユリカの片腕として戦い続けた
血反吐を吐くような訓練を繰り返し、ダークネスサレナの後継機、ブラッディサレナを操っていた
タカスギ・サブロウタと結婚、それでも戦うことは止めなかった・・・・・
退役後は特に何事も無く平穏に過ごせたそうである
アカツキ・ナガレ
今までの極楽トンボ振りなど微塵も見せず、冷徹な会長と化した
傾いていたネルガルを一気に持ち直すと社長派を一気に切り捨てクリムゾンに宣戦布告
今までアキトが手に入れてきた情報を武器にクリムゾンと争い続けた
エリナ、プロスペクタ―、ゴートが最後まで従いクリムゾンを破った・・・・・
その政治戦争の話は後世まで語り継がれた・・・・・・・
イネス・フレサンジュ
医療の道に専念し続け今までとは違う画期的な医療法もいくつも発見
後に医療機関最高の賞となるフレサンジュ賞を作る事となった
生涯独身をつらぬき、退職後はユリカと共に孤児院を経営していた
東舞歌
木星に残っていた草壁派を一気に排除し、地球との真の和平を結んだ
その後全権を握り独裁者といわれる立場となったが市民の生活は平穏無事だったらしい
彼女も生涯独身を貫いたが、アキト死亡の三年後に父親不明の子供を出産している
イツキ・カザマ
ラピスを養子に迎え、軍を退役しルリ、サツキが持っていたレシピを基に料理の訓練を続けた
その後、ルリ、サツキ、ラピスと共にテンカワ食堂を経営
アキトの師、ホウメイの店、日々平穏と並ぶほどの大盛況だった
イツキはアキトの死亡から約一年後に一人の男の子を出産した
ルリが誰の子かと疑い遺伝子を調べたところテンカワ・アキトのものと一致したと言う・・・・
そして・・・・・・テンカワ・アキト・・・・
・・・・ボソンの光がどこからともなく現れ、そして、人の形を作り・・・・そこから黒尽くめの男・・・アキトが現れた
「くっ・・・・・・ここは・・・・地獄か?」
今だ焦点の合わない目で天を仰ぐ・・・・・そこには・・・信じられない物が映っていた
「な・・・月・・・・だと?・・・・・ここは・・・・地球?・・・・・・ここで・・・死ぬわけにはいかない・・・」
そう言うとアキトは最後の力を振り絞り内蔵していたジャンプシステムを起動させる
「・・・・・・・・・」
アキトの脳裏には走馬灯の様に今までの記憶が駆け巡っていた・・・・・・
アキトの体がボソンの光に包まれた時・・・・・・・・
アキトの脳裏にその記憶が巡ったのははたして偶然だったのだろうか?
アキトの脳裏には・・・・かつて木星で舞歌と共に見た一人の女性の姿が映っていた
それは・・・・月臣、西沢、舞歌から鍛錬終了の言葉をもらい火星の後継者の基地に殴りこむ前日の事だった
『・・・・どうして俺をここに連れてきた』
『・・・北辰と戦う前に・・・・見てもらいたい事があるのよ』
『見てもらいたい事?』
舞歌は無言で頷くと部屋の扉を開いた、そこには・・・・赤い髪の女性が座っていた
『あ・・・舞歌お姉ちゃん!!』
その女性は・・アキトと同年代くらいだろうか?・・幼さを感じさせるほど無邪気な笑顔で舞歌に抱きついていた
『御免ね、ちょっとお仕事が忙しくて会いにこれなかったのよ』
『ううん、いいよ、お姉ちゃんのお仕事って大変なんでしょ?』
『・・・・・舞歌、見せたかったのはこの女性か?』
『ええ・・・そうよ・・・』
『・・・・お兄ちゃん・・・だれ?お姉ちゃんの知り合い?』
赤い髪をした女性はアキトを見ながら言う
『まあ・・・・知り合いといえば知り合いだな』
『ふーん・・・・・私は影護北斗、お兄ちゃんはなんていうの?』
『俺は・・・・テンカワ・アキト・・・・』
『北斗、ちょっと話があるから外してくれる?』
『うん、わかった』
北斗はそう言うと部屋に備えられてある本棚の方に向かっていった
『・・・・あの子は北辰の一人娘なの・・・・かつては真紅の羅刹とまで言われていた木連最強の人物よ』
『・・・・・・・まるでそうは見えんがな』
『ええ・・・以前・・・北斗の体の中にはもう一つの人格があったの・・・影護枝織と言う人格が・・・』
『・・・・どういうことだ』
『・・・北斗はね・・・枝織のことを嫌悪していたの・・・男として生きようとする北斗にとって枝織は邪魔な存在だった・・・
でも・・・枝織だって消えたくは無かった・・・・だから二人は争い続けたの・・・・・
その結果・・・・・人格崩壊を起こして・・・・殺されそうになったわ・・・使えない道具に意味はない・・・ってね』
『・・・・それをお前が保護したのか?』
『いいえ・・・・助けたのは北辰よ』
『・・・・どういうことだ』
『・・・北辰は・・・本当はあんな奴じゃなかった・・・・・・北斗が生まれた時は本当に可愛がっていたのよ
・・・当時のことを知っていた西沢が言っていたわ・・・北辰は本当に変わったって・・・あの事件から』
『あの事件?』
『ええ・・・北辰はね・・・・自分の奥さんを自らの手で殺めたのよ・・・・・・・
当時はだれも真相を知らなかったけどいろいろ調べているうちにわかった事があるわ・・・
その頃・・・北辰の奥さん・・・さな子さんは・・・・ガンの末期症状だったそうよ・・』
『・・・・・』
『当時の木連の医療技術は本当に低かった・・・少なくとも地球とは比べ物にはならなかった
そして・・・・北辰は・・・・さな子サンを・・・・自らの手で殺めている・・・このことから考えられるのは』
『・・・・苦痛から妻を死を持って解放した・・・・と言うところか』
『ええ・・・・その後は今とあんまり変わらなくなったけど・・・・・北斗を助け出したときにいっていた言葉があるの
「我はこの事で罪を問われ、おそらく死することとなるであろう
しかし・・・・・もし我が生きたまま草壁閣下の下にいるときは・・・・・・
おそらく・・・我が記憶を変えられ・・・洗脳されているだろう・・・・・
そうなれば遠慮は無用・・・・確実に我を闇に葬り去ってくれ」
てね・・・・・今、北辰は洗脳されているんでしょうね・・・・
だからと言って手加減しろと言うつもりは無いわ・・・・・ただ・・・』
『・・・言いたいことはそれだけか?・・・悪いが出撃の準備がある、これで失礼させてもらう』
アキトはそう言うとすぐにジャンプ体制に入り月へとジャンプしていた・・・・・
アキトの脳裏に浮かんだ一つの光景・・・・舞歌と・・・無邪気な笑顔を見せた影護北斗・・・
それが・・・・・彼の行き先を決めた最大の要因だったのかもしれない・・・・・・
2196年・・・・木星
「舞歌様!!どこにいったのですか、まだ仕事は終わっていませんよ!!」
「氷室さん、私がこのあたりを探しますから氷室さんはあちらの方をお願いします」
「わかりました、各務隊長、くれぐれも舞歌様の策に乗らないように」
「わかっています」
二人の男女・・・・各務千沙と氷室京也が互いに頷きあい目的の人物の探索を再開する
その目的の人物・・・・・東舞歌は・・・・・
「・・・・・予想以上に早かったわね・・・・・腕を上げているという事かしら・・・・まあ・・・まだまだ甘いけどね」
そう言って再度逃亡を開始しようとした時・・・・彼女の目の前で光が発生し・・・・その光から黒尽くめの男が現れた
「なっ!!・・・・生体跳躍・・・・・」
舞歌は思わず身構えたが黒尽くめの男は動こうとはしない・・・・舞歌は少し不思議に思い男に近づく
「・・・・特に罠を張ってるわけじゃあなさそうね・・・・どうしたの・・・・・!?」
舞歌は・・・・その男の様子が尋常では無いことに気付いた、呼吸はしているようだが・・・酷く浅いのである
「大丈夫!!・・・・脈も弱い・・・・・外傷はないみたいだけど・・・・」
「舞歌様!!ここにいらしたのですか、早く仕事に・・」
「そんな事言ってる場合じゃないの!!近くの病院に連絡して」
「は・・・・はい!!」
舞歌を見つけた千沙は舞歌を責めようとしたが舞歌の余りにも真剣な顔と声に押され急いで病院に連絡していた
それから約十時間後・・・・・・
男は身分を証明する物は何ももっていなかったため、付添い人は第一発見者の舞歌がなる事になった
ちなみに男は・・・・今は病院で手術を受けている最中だ
外傷はないものの、おびただしい量のナノマシンが全身に入っているためその除去作業が開始されたのだ
・・・・手術中のランプが消え・・・中から医師がでてきた
「あの・・・・あの人は大丈夫なんでしょうか」
舞歌と共に付き添いをしていた千沙が訊ねる
「ええ・・・・幸いなことに命に別状はなさそうです、ナノマシンも何とか最低限の物は除去できました
しかし幸運でしたね、ここがナノマシンを扱っている病院で、他のところだったら手遅れになっていたでしょうね」
そう・・・・この病院はまだできて間もない病院だったのだ、
唯一木星で医療目的にナノマシンを扱う施設・・・・男にとってはまさに幸運だっただろう
「あの・・・彼に話を聞くことは・・・・」
「麻酔が切れれば大丈夫だと思います、まあ念のためにしばらく入院してもらいますけどね」
それからしばらく時間がすぎ・・・・男が目を覚ました・・・・
「やっと起きたわね、私は東舞歌、一応貴方の命の恩人になるわね」
舞歌は押し付けるではなく、まるで悪戯をしようとしている子供のような顔をしながら男に言った
「・・・・・よくはわからんが世話になったようだな・・・・すまなかった」
「別に礼を言ってもらいたいわけじゃないわよ、ところで・・・・貴方はなんていう名前なの?」
「・・・・・・俺は・・・・?・・・・・・・?・・・・???」
男は何かを言おうとして急に頭を抱え始めた
「どうしたんですか、何かあったんですか?」
舞歌の隣にいた千沙が男に訊ねる
「・・・・わからない・・・・俺の名前が・・・・わからない・・・・・」
「まさか・・・・・記憶喪失?」
「・・・・・・・・・・そうかも知れん」
「・・・やけに落ち着いているんですね」
「慌てても仕方がないだろう」
「それはそうでしょうけど・・・・」
千沙はまるで動じていない男に半ば呆れていた
「・・・・貴方・・これからどうするの」
舞歌が真剣な表情でベッドで横になっている男に話し掛ける
「さあ・・・・・仕事を探すしかないだろう」
「・・・・・・ならしばらく私に雇われてもらえないかしら」
「舞歌様!!」
「・・・・・どういう意味だ?」
「私はこれでも武術を身に付けているのよ、貴方から発せられる気はただの気じゃない・・・
相当の修羅場を潜り抜けていないとそこまでに気は持てないわ・・・・」
「・・・・つまり・・・・俺に護衛をしろ・・・と言うことか」
「ええ・・・・・どうかしら」
「構わん、助けられた恩もある、退院したらすぐにでも護衛の任につこう」
この二人の出会いが・・・・後に大きな変化に繋がるとは・・・・誰も思ってはいなかっただろう
木連最高の知将東舞歌と素性の知れない男との出会い・・・・・・
それは・・・新たなる刻への・・・・・序曲にすぎなかった・・・・・
後書き
黒き龍の系譜後編でした
ルシファーシステムとかフルリンクとかかなり無茶しましたがどうか笑ってお見逃しください
ちなみにこの世界のアキトは両親譲りの頭脳を持っています
だから上の二つのシステムを造り上げる事ができたと言うわけです
一応今回の話が黒龍のたどってきた過去と言うわけになります
こちらの後日談ももっと考えていたのですが・・・・まあそれはよしとしましょう
ちなみにこの話は余り深くは本編と絡まないためあくまで外伝としてお読みください
では・・・・・少しでも早くあげられるように全力を尽くしてきます
管理人の感想
B-クレスさんからの投稿です。
おお、北辰洗脳説浮上(笑)
それにしても、ルシファーシステムのフルリンクって・・・シンクロ?(爆)
いや、パーセンテージで表示されてますしね。
それにしても、ユリカ達のその後が書かれていたのは新鮮でしたね。