短編小説集・こんなIFがあったとかいう話。
「Guilty memory」
ある病室。
無機質な電子音が規則的に鳴っており、しゅうしゅうと、気体が放出される音が聞こえる。
そこには、ベットに寝かされた一人の男性が存在した。
遠目から見れば死んでいるように見えるほどに、静かに眠っていた。
文字通り、泥のように眠っている。
深く静かに呼吸はしているものの、そのリズムの長さは異様に遅かった。
それこそ、健常な人間が眠っている時に刻む呼吸のリズムの数倍にものびていた。
疲れている人間であってもそのように眠って居る事などはありえない。
だが、呼吸自体はやめていない。
無呼吸症候群というものが存在するが、それとはまた、違っていた。
口元につけられた酸素を吸入させるマスクから放出される気体を吸い込んで、間違いなく、生きているのだ。
脈拍も、生きているにしては非常に遅い。
確かに彼は健常ではなく、余命はあと何年あるか分からない。
しかし、このような例を彼の主治医、イネス・フレンサジュは聞いた覚えはなかった。
理科、科学、医療、その他の雑学を辞書数十冊に及ぶであろう、豊富な知識を持つ彼女ですら分からないのである。
不思議に思った彼女が、診察の度に少々余計に検査を行い、調査した結果、驚くべき事が分かったのである。
ナノマシンである。
彼の体に残っているナノマシン、それが彼に生きるように命令しているように、
まるで死期を遅めるように、体のリズムをゆっくりと進めているのである。
それだけでなく、五感を失い、生ける屍同然であったはずの、彼の体がほんの少しだが機能し始めた。
全く動く事の出来なかった手足が少しずつ、動き始めたのだ。
今では体を起こす事くらいは容易に出来るようになっていた。
視力も、真っ暗で何も見えていないのにが、目に当たっている光は感じることができる。ちょうど目を瞑って居るように。
聴覚も、耳打ちをするという条件付で聞こえる。
ただ、味覚だけは一切機能していない。
だが、それも回復の兆しが見えている。
紫色で生気の無かった舌が段々と元のピンク色に戻ってきたのである。
無論、彼は鏡も見えていないのでそれを知る由もない。
周りの人間はそれを本人には伝えていなかった。
いや、伝えられなかった、というほうが正しいのだろうか。
手が動くようになったあたりから、彼は酸素マスクを外そうとしたり、点滴を外そうとするようになっていた。
仕方なく、彼を薬で眠らせるほか無かった。
彼は自分自身が生きて居る事に罪悪感を感じていた。
自分がコロニーを襲撃したせいで、何万という人が死んだ。
それなのに、自分が生きて居る事は許されないと思っていたのだ。
以前、彼は故郷を、そして故郷の人間を死なせた男に出会ったことがあった。
そして、彼は男に激昂して掴みかかったのである。
男が彼らを死なせるつもりは無かった事は知っていたが、それでも彼は向かって行ったのである。
そんな彼が、どうして自分を許す事ができるだろうか?
二人のどちらにも言えることだが、発狂してもおかしくないほどの後悔を負ったはずである。
それに彼を支えていた少女の姿はもう、ない。
彼女は、彼に言われて隣から去っていた。
思い残して居る事はまだ、たくさんあった。
それでも、自分がそれを全て手に入れることは叶わないと、一人で勝手に決め込んでいた。
確かに彼は許されない事をしたのだろう。
だが、それを覚悟の上で、愛する人を助けると誓った筈なのだ。
彼に手を貸した女性は、このどうしようもない矛盾を解決する事は出来なかった。
そして、彼の元に一人の男が現われたのである。
「・・・・」
アキトは、久しぶりに意識が覚醒したのを感じた。
すると半ば無意識にマスクに手が伸びる。
しかし、その手は抑えられた。
「・・・やあアキト君。
いつから、そうなんだい?」
声をかけられても、アキトは全く返事をする気はなかった。
もう自分は死んだ人間なのだから、死人は口を聞く事も出来ないし、口を聞いてもいけない。
そう言っているように、彼は目を開けるでもなく、黙り込んでいた。
部屋に現われた男は見舞いの花を置くと、ベットの脇に置かれている安いパイプ椅子に腰掛けた。
彼はそういった安物とは全く無縁の地位を持っているが、彼自身はそれを気にかけている様子はなかった。
「だんまりか・・・そうやっていつまで意地を張っている気かい・・・?」
声をかけつづけるが、アキトは答えなかった。
事実、彼は舌を悪くしているので喋る事に関しても調子が悪いのだが、
感覚補助を受けている間にある程度勘を取り戻しているので、ちょっと聞き取りづらいだけでちゃんと喋れる。
故に彼を訪ねてきた男、アカツキ・ナガレにはそれを言い訳にしたとしても逃げ切れない。
彼の体調に関しては、秘書からの連絡で大体の事は知っている。
アキトもそんな事は言われなくても知っているようで、ひたすら無視すると言う形でやり過ごそうと言う気なのだ。
「正直な話・・・僕は君に親友として、手を貸した。
ネルガルの会長としては・・・とんでもない金食い虫として煙たがりたいところなんだ。
そこまでやったのは、何のためだと思ってるんだい?」
もう一度、問われてもアキトは答えない。
これが、彼の意思表示なのである。
会話を成立させない事によって、自分は何も喋らないと、もう死んでいるのだと言いたいのである。
アカツキがどのような言い方をしても答える気は無いと言いたいのである。
その様子を見てアカツキは溜息を吐いた。
そして、アキトに衝撃を与えるキーワードを彼は口にした。
「なら、彼女はネルガルで引き取るよ。
−遺跡の翻訳ユニットとしてね」
「!!」
アキトは初めて体を動かして反応した。
それは、かつて自分達をモルモットとして扱った者たちが、ボソンジャンプをコントロールする為にとった、『人柱』を作る行為である。
それは人間ではなく、ボソンジャンプ為の機械として、死することすら許されない彫刻となることを意味する。
その間は幸せな夢を見る。
自分に都合のいい、とても楽しくて優しい虚像。
自分の意志一つで全てが望むようになる世界。
だが、それは全て嘘なのである。
作り物の世界で、永久に生き続ける。
60億の人類が外宇宙への進出をする為に、たった一人の生贄で充分だと言えば、
恐らく心無い政治家、軍の上層部、そして社会の知識人を名乗る者達は大喜びで手を叩くだろう。
しかし、彼らに庶民と呼ばれる人間はそれを許さないだろう。
昔は祈りの儀式だけであっさりと生贄を容認していた人類であっても、これを許すであろうか?
少なくとも、知らないうちに偽の夢を見せて死を許されないのは、生を持った者に対する一種の冒涜とも言える。
人でも動物でも虫でも微生物であっても、生まれたからには死亡率は100%なのだ。
それに逆らう行為を行って進歩する事を、果たして誰が許すであろうか。
本当は誰も許してはいけないはずだ。
正しいどうこう以前に、本当に人間としての心を持っているならば、そんな事を許せないと言える。
−そんな事を彼はあっさりと肯定したのだ。
そもそも彼も企業家として、重要な位置に立っている人間でもある。
つまり、利益が出るのならそれを優先してとっても不思議ではない。
だが、それは人間としての心を捨てて、共に命を賭けて戦った戦友である彼女を生贄にするということを意味する。
アキトはアカツキの事を、どんな事があっても、仲間を生贄にするような人間ではなかったと思っていた。
しかし彼は現に、ここまで軽い口調で言い切っている。
彼にお構いなしに、アカツキは続けて話しつづける。
「別にネルガルじゃなくたって、遺跡に張っ付けて差し出せば、連合軍でもクリムゾンでも、
もしくは火星の後継者の残党でも、誰だって引き取ってくれるよ。
後は君次第って所だ」
あえて、彼はアキト次第だと言う言葉を使った。
簡単に言えば、これは一種の脅しである。
アキトが自分から死ぬのをやめてユリカと共にあろうとすれば、ユリカは救われる。
最悪の状況から抜け出せるし、彼女自身も一番それを望んでいるであろう。
だが、アキトがそれを拒んだとしたら、身売りすら生ぬるい状況に捨て置かれる事になる。
その問いに、アキトは言葉でなく、行動で自らの意思を示した。
アカツキが声を届かせる為に自分の顔の近くに居ると言う事を分かっていた彼は、右の手で顔を引っ掴んだ。
しかし、その手は逆に手首を握り返される。
今のアキトが無力である事をアカツキは知っているのだ。アキト自身も分かってはいる。
それでも、ユリカを不幸にしようとしてるアカツキを敵だと認識して、彼は呪詛じみた叫びを上げた。
「そんな事をしてみろアカツキィィッ!
殺してやるからなぁぁ!!」
地獄の底からでも聞こえてきてしまいそうな、恐ろしい叫び声。
自分の何を賭けても護りたいと思っている存在を、人間として認めない人物に対しての憎しみと怒り。
これは、火星の後継者に向けていた殺気と同じであった。
同じ状況に置かれれば、恐らく誰でも同じ感情を抱くだろう。
それでも、おおよそ人間の吐き出せる声量とは思えない大きさの声であった。
百年分の恨みでも乗せているかのような、空恐ろしい警句である。
そんなアキトの様子を見ても、驚くでもなく、狼狽するでもなく、アカツキはぼそりと呟いた。
「じゃあ・・・帰るのかい?」
やけに小さい声だったが、アキトにははっきりと聞こえた。
そして、自分から考えたわけではなかったが、自分を待ってくれている人間のことを思い出した。
幼い頃から知っている、とても明るい妻。
一緒に暮らし、思い出を紡いだ義妹。
自分の四肢として、五感としての役割を担い、心を支えてくれた自分の分身とも言える少女。
復讐の為に手を血で汚す事もいとわなかった協力者達。
そして、昔、共に命を預けあって戦った仲間達−
自分が死なせた人間を悲しんでくれる人が居るように、自分が生きている事で喜んでくれる人間が、まだ、居る。
それを、何でもないことから思い出させられ、アキトは黙り込んだ。
彼は、自分を許す気は無い。
果たしてそんな資格が自分にあるのだろうか?
だが、掛け値無しに考えて、自分の本当の気持ちを言えば、帰れるとしたら帰りたい。
彼の心は、確かにその瞬間に揺らいだのだ。
「今、頭に浮かんだ事、それが本当の君の気持ちだと・・・・僕は思うよ」
突然、アカツキの口から発せられた言葉。
その言葉の意味するところは、アキトにも分かった。
今、自分が考えていた事を見透かされていた。
別に読心術の類を使われていたわけではない、単純に彼の表情や反応、そして真っ直ぐだが意地っ張りな性格。
全て総合して考えればすぐに答えは出る。
「本当は彼女からは安楽死を申し付けられているんだ。
彼女も君と同じように、もう生きている理由は無いってね。
そうでなくなるようにするには、君が戻るしかない」
アキトは、返事こそしなかったが、驚いていた。
ユリカがそのような事をするタイプの人間ではないと思っていたからである。
無論、帰らせるための口からでまかせかもしれないが、その言葉には信憑性があった。
彼も、ユリカの研究所での扱いは見てきたのだから。
精神崩壊を起こしていたとしても何ら不思議ではない。
試せるだけの実験を行う、実験用のラットの方がいい扱いだろうと思えるほどの仕打ちを受けてきた。
それだけに、短絡的な思考しか持たない彼には考えた事も無かった、ユリカの心身のダメージ。
復讐に耐えうるだけの精神力と技能を手に入れる事に必死になっていた彼は、そんな事は全く考えていなかったのである。
考えても、自分が死んだと言えば、彼女独特の思想、「私らしく」で図太く生きてくれる程度にしか考えていなかった。
しかし、改めて考えてみれば、どうだろう。
以前、彼女は自分の勝手でユートピアコロニーの生き残りの人間を死なせてしまった。
その時、全く悩まなかったのか?
それは違う。
彼女はちゃんと悩み、自らの弱さを露呈して自分を頼っていた。
そんな彼女が、あっさりと自分を忘れて新しい恋に走れるだろうか?
恋愛の対象を自分だけしか知らなかった彼女が、果たしてできるだろうか?
どちらにしても気持ちの整理には時間が掛かるし、今のままでは何年生きられるのか分からない。
もし、アキトとともにあり、回復を目指して、自分達の失った未来を取り戻せる可能性を信じて治療に励めば、
可能性は低くとも、あるいは、人並みに生を共にする事が可能なのかもしれない。
人間は、何か生き甲斐を見つけた時、癌細胞すら駆逐する。
人間の意志とは、物語上の安っぽい奇跡などでは表せない力を持っているのである。
それに、アカツキ達は賭けたかった。
アキトの体がナノマシンで修復されているという事実もそれを大きくしていた。
自分達の手で出来る事ならなんでもする、そういう決意あった。
しかし、二人が揃って生きる事を望まなければそれも叶わない。治療も出来ない。人間の可能性に賭ける事も出来ない。
そして、揺れるアキトに、アカツキはさらに言葉をぶつけつづける。
「君は言ったね。
自分の手は血に汚れている、そんな手でユリカ君を抱きしめる資格はないと。
だけど、僕だってユリカ君だって君と同じぐらいの人間は死なせているはずだ。
いまさら天国に行って可愛い女の子とのんびりお酒を飲めるなんて思っていないさ。
それとも何かい?
そんな自分は虐げるくせに、僕もユリカ君も責めないってかい?
あんまり人をからかうものじゃないよ」
「・・・・」
アキトはまた黙り込んでいた。
だが、今度は拒否の意味でなく、考えているのである。
確かに、考えればアカツキは人の命を奪うものを売る仕事もしているし、アキトの復讐に一番荷担した者でもある。
それに企業と言うものは、別の企業を潰して成り立っているものだと言っても過言ではない。
潰さなければ潰されるので間違いでもないのだが、それで不幸になる人間は山ほど居るし、自殺者も居るだろう。
ユリカはといえば、相転移砲を代表に、戦闘で巻き込んだ、あるいは敵として戦った相手を、何人も殺した。
二人がそれを表面に出していなかったとしても、心の奥底では悩み、苦しんでいたのかもしれない。
それでも、二人は人並みに幸せになろうとしている。
そうでなければユリカは自分と生涯を共にしようとは考えないだろう。
だと言うのに、自分は何をしているのだろう。
無関係の人を巻き込むことも、関係者を巻き込むことも、本質的には全く変わらない。
どんな理由があろうと、人を殺すと言う禁忌を犯している事には変わりがない。
割り切る事は出来なくても、生きることを諦めて、護るべきものを護れないのでは本末転倒だ。
−ユリカの気持ちに応えたいという気持ちがある。
自分をひたすら追いかけて、それこそ自分の居場所を忘れるほどに一心に、盲目だと言って良いほどに。
恐らく、逆の立場にいたとしても、彼女は自分を助けただろう。
だからこそ、彼は本来あるべき場所に戻りたいという欲求を刺激された。
復讐者としての自分を客観的に見てしまえば、全くあつかましいかもしれない。
だが、どうだろう?
それが自分ではなく、周りに居る人間に対しての謝罪になるとしたら。
自分が死んだ時の、仲間達の心の痛みを消せるとしたら。
これは自己満足にまみれた、彼も含めたナデシコのクルー達の甘い幻想かもしれない。
最後の最後で遺跡を放棄するか破壊するかでも、自分達の思い出を無くすのが嫌で、結局放棄に逃げた。
それは許されざる自己中心主義である。
しかし、彼は考え込むうちに気付いた。
自分達は既に、許されざる罪人である事に。
恐らく、他の人間が同じ状況に置かれたとしても選ぶ状況であっても、死んだ人間からすれば、それはふざけた判断でしかない。
つまり、自分達は平和を作ろうとしながらも、自分達以外の人類を否定したと言っても過言ではないのである。
下手をすると、火星の後継者のように自分を否定する人間を咎める事も出来ないのかもしれない。
では、自分はどうするべきなのか?
いや、答えは出ていた。
「・・・・・・・・・帰るさ」
許されざる罪人ならば、どこまでも否定される存在ならば、自分達が否定しなければいい。
罪を償う事も出来ないほどの人間を殺した自分に、そしてユリカに残ったものがあるならそれにすがるまでだと。
惨めに見えるかもしれない。
あつかましく見えるかもしれない
罪を償う気の無い残酷な人間に見えるかもしれない。
それでも、それこそが自分達が選んだ道だった。
罪を犯して、思い出を護ろうとした自分なら、まだ護れるはずだと思えた。
もう一度、思い出を作れると思えた。
その返事に満足したように、アカツキはほっと小さい溜息を吐いた。
「いやあ、そう言ってくれると、大変助かるよ。
実はこの病院にはもう一人入院者が居てね。
君と面会したくてたまらないらしいんだ・・・・会ってもらえるね」
「・・・ああ」
アキトは小さく頷いた。
アカツキは、それを見ると、さらに言葉を継いで見せた。
どこか皮肉っているかのように、大きな声で話し掛けた。
「ああ、それともう一つ。
・・・君達の体を蝕んでいたナノマシン、今は君達を生かそうとしてくれてるみたいだよ?
君も気付いているんだろう?」
今度は黙っていた。
それでも、気付いているようで、小さく頷いた。
「君が生きる事を望めば、恐らくそのナノマシンは君を助けるはずだ。
もしかしたら奇跡的に味覚を治してくれるかもしれないよ。
どうだい?
そのたった1%の可能性に賭けてみるっていうのは?」
「・・・フン」
アカツキの気障な台詞を遮るようにアキトは鼻で笑って見せた。
それは、皮肉ったわけでもなく、好ましさを感じた時に浮かべるようなそういう笑みである。
アカツキは、アキトの様子を見て、流石に中々ついた癖は落ちないか、と微笑した。
こちらはどちらかと言えば苦笑に近い、皮肉たっぷりな憎らしさすら感じる笑みである。
「ま・・・今すぐに昔みたいになってくれ・・・なんて言わないさ。
別にこのままでも構わない。
だけど−僕達の想いには応えてくれると期待していいね?」
「・・・失望はさせない」
「安心したよ」
アカツキはアキトの耳元に寄せていた顔を離し、素早く立ち上がって部屋を出て行った。
彼の口から一言で表現された言の葉は、色々な、そして特別な意味が篭っていた。
彼に伝える文句はまだまだ沢山あったが、それに代わるほど、彼の返事は満足の行くものであった。
無論、もっとはっきりした返事を聞きたかったのも本音なのだが、
彼も男なので、親友とは言え、本当のことを言えないのも何となく分かっていた。
それに、彼が正直でないのは昔からの事だったから。
今の言葉を裏返せば、彼の言いたいことはすぐに見えてくる。
『期待以上に応える』
その一言を表現しているのだった。
そして部屋を出ると、廊下で二人の美女が彼を出迎えた。
かたや金髪で妙齢、かたや黒髪で−若干こちらの方が年が若いであろうか。
いつまでも黙っているわけでもなく、黒髪の女性が口を開いた。
「彼は?」
「ああ、もう大丈夫みたいだ。
連れて来てもいいよ」
「ええ、分かったわ」
金髪の女性は頷くと、歩いて行く。
あらかじめ決まっていた誰かを連れてくるようで、誰を連れてくるかは聞き返さなかった。
残った黒髪の女性がアカツキに向き返った。
「ご苦労様」
「ありがとう」
女性が労いの一言を添えると、アカツキは応えた。
二人はどこか疲れた表情で、肩の荷が下りたとばかりに首をこきこきと鳴らしていた。
実際、自分達が数年がかりで一番気に病んでいた問題が解決したのだ。
それだけに、このリアクションは全くオーバーと言うわけでもなかった。
むしろ、気が抜けすぎてへたり込んでも良いほどの緊張だったとも言える。
「あなたの説教って初めて聞いたわ。
何しろ、いつも説教をされる側ですものね」
普段の横着で、仕事を放ってばかりいるアカツキを嗜めるように女性は皮肉った。
だが、それにはどこか柔らかさが感じられる。
彼女が口にしたのは事実なのだが、本気で皮肉っているわけでもないらしい。
「僕は説教できるほど立派な人間じゃないって自覚してるんだけどねぇ」
「まあ、それなりに格好良かったわよ。
少なくとも普段の節操無しのナンパ男よりは」
「手厳しいね、エリナ君」
再び的を得た皮肉を口にされ、アカツキも微笑んで見せた。
彼も、特に皮肉を怒るわけでもなく、皮肉を返すでもなく、ただ柔らかい笑みを浮かべるだけだった。
「それはどうも・・・・・・」
「どうしたんだい?」
黙り込んで自分の方を見つめるエリナに、アカツキは疑問符を浮かべて声をかけた。
「・・・ありがとう」
「何が?」
珍しく、どこか幼く見える、素直な表情を浮かべて、エリナと呼ばれた女性は礼を口にした。
それに大して、アカツキはとぼけたように聞き返した。
無関心という訳ではないが、そっけなさを感じさせるぼうっとした声色だった。
「もう・・・言わなくても分かるでしょ?」
エリナは頬を赤くしていた。
別に彼に好意を抱いているからという訳ではない。
ただ、正直な気持ちを露呈して、心からの礼を言っているのが自分らしくないので少し恥ずかしいのだろう。
「『あなたもそこまで野暮じゃないでしょう』・・・って?
出来ればはっきり君の口から言ってくれると嬉しいかな」
アカツキは、普段見れないエリナの表情を見て、つい意地悪をしたくなったのか、
今、口にした言葉に含まれた意味を直接言うように嗾けてみた。
彼女もついに恥ずかしさが頂点まで来てしまったのか、怒る事も忘れて、背中を向けてもう一度礼を言った。
「・・・彼を助けてくれてありがとう」
「どうって事無いよ。
僕はそんな言葉よりも、君が直接お礼をくれると嬉しいんだけど?」
「もうっ・・・!ふざけないの!」
いい加減に調子に乗りつづけるアカツキに痺れを切らしたのか、エリナは振り返って怒鳴るように注意を口にした。
しかし、顔が紅潮している事と、いささか動きがオーバーになってしまった為に、
その姿には、いつものような企業人としてのクールさは見受けられない。
「・・・本気だよ?」
「そんなことっ、クリムゾンからトップを奪い返してから言ってみなさいよ!」
エリナは踵を返してどこかへ歩いていってしまった。
彼女が去ると、アカツキはどこか遠い視線で天井を見つめた。
「さて・・・今夜は飲みに行こうかな」
心の中で、『全てが元通りになることを祝って・・・』と付け足しながらひとりごち、アカツキも歩き出した。
一人で酒を飲んで、これから自分も身の振りかたでも考えようか、それともこの浮かれた気持ちに浸るのか。
あ、と気付いてエリナも誘えばよかったかな、と思った。
今のような浮ついた誘いではなく、もっと普通の誘い方で。
それとも、プロスやウリバタケ達でも誘ってみるか。
彼が帰って来た事に祝杯を上げるのもいい。
もっとも、今日は一人で飲むのも良いかもしれない。
−自分も決して罪が浅くない人間なのだと、思い知りながら。
作者から一言。
・・・何か最初に考えた話とは全然違う路線になってしまった・・・。
罪の意識に関しては、最終的に主人公が幸せになれば人殺しも破壊活動も何でもありの、
「主人公最上主義」の否定をテーマにしてみたくてやったんですが、否定しきれてません。
それを理解した上での自分の幸せを掴ませようとしたからです。
後は、それを自分の中で受け止めきれているアカツキで締め・・・。
ある意味、主役に挿げ変わっていましたが(汗)。
それとこの作品を書いていて、お話作りってどう描いても、視点を変えると傲慢さって拭いきれてない事を痛感しました。
では、また。
代理人の感想
うーん、ちょっとどころじゃなく冗長かなぁ。
言葉で全部話すんじゃなくて、ある程度は行間を読ませるようにすることが必要かと。
小説の場合は必ずしもそうではありませんが、1から10まで説明するんじゃなく、必要最低限だけで伝わるようにするのが大概はベスト。
「簡にして要を得る」という奴ですな。
強調のためのくどい描写と長ったらしい説明とは似て非なる物だと言うことです。