テンカワ・アキトが暴走する姿を見てアキコは戦慄した。
自分のかつての姿を見て。
そして彼女は思う。
「何で俺(アキト)は何でもかんでも背負おうとするんだ」
と。
彼女は心に誓った。
テンカワ・アキトを必ず幸ある道へ導くと。
第6話「アキトの心境」
前回の戦闘から3日。
謹慎が解け、通常の業務に戻ったアキトはルリに説教を受けている。
傍から見れば結構異様な光景かもしれない。
・・・ここは食堂。
「・・・どうかしたんですか?」
ルリはアキトに聞いてみた。
前回の戦闘について。
「・・・人殺しが人に触れる事に抵抗を感じてたんだ」
「・・・アキトさん、まだ気にしてるんですか?」
「・・・ごめん」
アキトは頭を下げることしか出来ない。
彼はナデシコに乗ってから溜まっていた思いを放ってしまった事を後悔していた。
・・・少なくともクルーにあの姿を晒してしまった事を。
・・・こと。
「はい、ラーメンお待ち」
ラーメンどんぶりが小さい音を立ててテーブルの上に乗せられる。
・・・ずず〜。
そのラーメンを啜り・・・ルリは再び口を開いた。
「・・・あの時と同じ味ですよ?
アキトさんはあの時と同じです。
人殺しでも復讐者でもましてやプリンセス・オブ・ダークネスでもありません。
少なくとも私にこのラーメンを作ってくれるだけでそれは保障できます」
「・・・でも俺はコロニーを落とした」
「あれは!火星の後継者がやったことじゃないですか!」
「・・・けど!俺が探りを入れたばかりに証拠隠滅のついでに消された人は!
俺が戦闘に巻き込んで殺した人々はどうなる!?」
「・・・きっとアキトさんがやらなくても火星の後継者なら殺していたでしょう。
いえ、それだから許されることではないかもしれません。
ただアキトさんが自分に全部押し付けようとしていることを言ってるんです」
「・・・ユリカ一人のために起こす行動ではなかったかもしれない」
「今でも愛しているんでしょう?」
「だが・・・俺が愛したのはあの時代のユリカであって今ここにいるナデシコA艦長のユリカじゃない。
・・・わがままかもしれないが。
でも俺はこの前・・・あの時ユリカを求めようとしていたことに気付いて・・・
その気持ちを抑えようとしていた」
「・・・それでこのような事に?」
「・・・・・」
「だんまりですか。でも今を大切にしてください。
自分も現在も大事にできないなら何も大切にする事なんかできません。
それだけは分かってください。
この戦いが終わったら一緒に・・・屋台をしましょう。
ラピスも一緒に・・・。
ユリカさんを求めることを嫌うなら私で構いません。
いえ、私個人はそうしたいです」
「・・・ごめん、気を使ってもらっちゃって。一度部屋に戻るよ」
「ええ・・・ゆっくり考えてください」
アキトは食堂から出て行った。
「ルリちゃん」
「あ・・・アキコさん」
今度はアキコが出てきた。
仕込をしていたのだ。
「話・・・聞いてたんですか?」
「うん・・・ごめん。盗み聞きしちゃって」
「いいえ・・・アキコさんはアキトさんですから」
「ん〜そうだけどさ」
アキコは恥ずかしそうに額を掻く。
「・・・俺も本心ではアキトがユリカ・・・ルリちゃんでもいい。
誰かと幸せになって欲しいんだ」
「え?」
ルリはアキコの意外な一言に驚いた。
「ここにきてやっと気づいたんだ。女心って言うのかな・・・・
男の時は気づかなかったことに気づいたりしてね。
ユリカやルリちゃんの気持ちが少しは理解できたし、
俺がいかに意味のないことばかりしてきたかも分かったよ・・・」
「・・・だからアキトさんだけにでも幸せにて欲しいと?」
「自分勝手なのは分かってる。けど俺はここに来てから自分の失ったもの大きさが・・・
改めて身にしみた。・・・俺にはもう帰る場所も帰りを待つ人もないんだ。
・・・この戦いが終わったら俺はどうしたらいい?」
「それは・・・アキコさんも一緒に来てくださいよ!」
ルリはアキコの言葉に少し心を震わせた。
「俺も・・・か。人に幸せになれっていって来ないのもなんだけどね・・・
そう言ってくれるなら喜んでついていくよ」
「あ・・・ありがとうございます」
ルリはー二人のアキトがいなくなることを恐れている。
あの時のような悲しみにはもう耐えられない。
「それより、アキトはどうしたら心を開いてくれると思う?」
「え・・・その・・・分かりません」
こればかりはルリにも分からない。
「あいつも・・・俺も過去に殺した人のことで後ろめたい気持ちを持っている」
「・・・」
「結局、自分に巻き込ませたくないんだ。傷つけたりすることに異常なほどの
嫌悪感を持っている。その癖、自分に頼ってくる人がいないと
どんどん不安になる。頼られた側はー頼った事によって
あいつが傷つくのを見るのはもっと嫌なのにな。
それにー最後の火星の後継者との戦いの時から、自分についてくる人は
少なからず傷つくと考えた。
だから・・・」
「もう私達に会いたくなかったと?」
「そうだ・・・。だが、俺は完全な逃げ場に来てから後悔したんだ。
だから・・・あいつにもそういう思いをさせるのには忍びないんだ」
「・・・アキトさんはどうしたら・・・」
「・・・ごめん。俺にも分からないんだ。頑固者の俺を説得できる人がいなかったから」
「・・・そうですか」
二人は深いため息をつく。
(アキト・・・お前が思っている以上にルリちゃんは強くなったんだぞ。
お前について行きたいが為に。
これ以上・・・何を望むんだ?)
アキコは自分のやってきたことに決着を付けたいと思っていた。
だが・・・自分の(アキトの)決着を付ける事は容易でないようだ。
その夜。
「・・・・!・・・はぁ・・・はぁ」
「?どうしたの?お姉ちゃん」
アキコは寝ようとしていたが背中に悪寒が走り、凄い勢いで起き上がった。
「今・・・猛烈に食堂に行かなければならない気がする!」
「?」
「ごめん・・・ちょっと待ってて」
アキコは部屋から出て行った。
「どうしたんだろう?」
可愛らしく首をかしげるアイ。
ガイに怪しい実験をしているマッドサイエンティストと同一人物とは思えない。
「く〜・・・・」
すぐに眠ってしまったが。
たったったった・・・・。
アキコは走る。
食堂に走る。
妙な悪寒がするなか走る。
アキコが食堂に着くと・・・そこには煙が立ち昇っていた。
「うおっ!」
それでも厨房に向かうアキコ。
「ホウメイさん!これは・・・」
「ああ、テンリョウかい。艦長がテンカワに料理を作ってるらしい」
(それかー!!)
アキコの予感は当たった。
女性になったせいか、勘が強くなったのだ。・・・女の勘か?
「・・・ホウメイさん。止めといたほうがいいですよ、これは」
「あ、アキコちゃんちょうど良かった。味見してみて」
ユリカが鍋の液体?物体?みたいな物を差し出す。
「・・・ユリカさん。まずは自分で味見してください」
「え?・・・もぐもぐ・・・(失神)」
ばたっ・・・。
ユリカは失神した。
「ま・・・間に合った・・・」
「?」
ホウメイはアキコが何故ユリカを止めに来たのか分からなかった。
それに気づいたようにアキコは説明を始める。
「あの・・・なんとなく厨房に来なきゃいけない気がしたもので」
すると、ホウメイは微笑む。
「テンリョウ、テンカワが好きなのは分かるが邪魔しちゃいけないよ」
「違いますっ!」
思い切り否定するもののこの状況では信じろというほうが無理だ。
「・・・と、言うわけでテニシアン島に調査に行くことになったわけなのよ・・・。
でもこの話を誰も聞いてないのは何故かしら」
熱弁を振るおうとしていたキノコの傍には誰もいなかった。
『現在は消灯時間ですのでお部屋にお戻りください』
「コンピューターが偉そうにするんじゃないわよ!」
『・・・』
誰に相手にしていないから哀れに思って話しかけてくれたオモイカネに凄い言いようだ。
ぷち・・・。
すると、ブリッジの電気が消えた。
「いや〜〜〜!?何!?暗い!怖い!パパ〜〜〜〜〜!!」
・・・キジも鳴かずば撃たれまい。
ちなみに夜勤は無い。
現在、ドックに停泊中で他の部隊が警護に当たっているためである。
翌日、キノコが泣き叫んでいる状態で発見された。
「・・・オモイカネ、何をしたんですか?」
『・・・僕を邪険に扱ったからそのお仕置きさ』
するとオモイカネはキノコを見下した。
この姿を見たら誰でもするであろう。
「・・・で?その理由は?」
『テニシアン島に調査に行くって命令を受けたからって真夜中に喚き散らしたんだ。
だから明日にしろって言った。
そしたらコンピューターは偉そうにするなって言われた』
「・・・分かりました。これ以上は言いません。
では、ユリカさん指示をお願いします」
「怖い〜暗い〜」
まだブリッジの隅でガタガタ震えながら泣いているキノコ。
とりあえずそれを無視してテニシアン島に向かう事となった。
・・・だが。
テニシアン島に調査に来たが、ある意味バカンスもしているナデシコの面々。
「アキトさん」
「何?ルリちゃん」
二人はビーチの端にいる。
パラソルの下でパソコンをいじっているルリ。
その横でたたずむアキト。
「・・・こんな場所まで来て何してるんですかね、私」
「一緒に泳ぐ?」
「止めておきます。他の方に凄い目線で見られるので」
「?」
アキトは超ニブチンの本領を発揮してわからなそうな顔をしている。
「さ〜いらはい。海水浴場の三大風物と言えば!そう!
粉っぽいカレーに、不味いラーメン、そして溶けたかき氷!!
俺はそれを伝える、一子相伝の最後の浜出屋師なのだッ!」
気合いの入っているウリバタケ。
それとは対照的に客はジュンしかいない。
「ラーメン一つ」
「あいよ!」
ウリバタケは素人加減にも程があるゆで方ですばやくラーメンを作る。
「・・・・まず〜」
「あたぼうよ!」
文字書きどおり不味いらしい。
看板に偽りなし!
「ウリバタケさん」
「あ?」
「不味いをうりにしちゃだめですよ。ここの麺はこうして・・・」
アキコがラーメンの指導を始めた。
ちなみにアキコは水着ではなく、Tシャツにハーフパンツという涼しげな格好をしている。
「どうぞ!ジュンさん」
そのラーメンをおそるおそるジュンが啜る。
ずるずる〜。
「っ!うまい!同じ材料でこんなに変わるものなのか!?
ウリバタケさんのラーメンがゴムをお湯につけて出したような歯ごたえなのに対して
アキコさんのは歯ごたえは抜群にある上に噛みしめるたびに中身は柔らかい!
スープも熱すぎるウリバタケさんのと違って程よく熱く、
そしてすぐに食べたくなるような適温!
スープの味を生かしたダシ!
うますぎるっ!」
料理番組ではないんだぞ、ジュン。
しかし、その大声が他のメンバーに届き、集まってきた。
食堂でいつも食べているのはホウメイ直伝のレシピで作っているが、
アキト(&アキコ)の編み出したラーメンはラーメンに特化して調理出来るように修行を積んだため、
ラーメン一品で言えばAAコンビの方がうまい。
「・・・アキコさんもなにやってるんですかね」
「ははは・・・」
だがアキトも口出ししたかった事は言うまでもない。
ーアキコは楽しそうだった。
かつて味覚を失い、料理人という夢を失ったころのあの落ち込んだ、
それこそ廃人のような雰囲気はもうない。
アイも楽しそうにアキコを手伝い、
ウリバタケは頬を赤らめーぶつぶつ呟きながら丼を洗っている。
・・・無論、男性陣の視線が厳しいが。
一家のようなそのほほえましい光景は誰にも心を和ませる。
さっきまで将棋をさしていたプロスもゴートもニコニコ顔でラーメンを啜っている。
その姿を見てーアキトは一瞬だが。
一瞬だが心が揺らいだ。
ルリはそのアキトの一瞬を見逃さなかった。
「・・・戻りたいですか?あのころに」
アキトは我に返った。
何を馬鹿なことをー。
俺はもうあんな暖かい場所にいていい人間じゃないんだ。
アキトはそう思いなおすがー。
「アキコさんは言ってましたよ。アキトさんには自分と同じ思いをして欲しくないと」
「!!」
アキトは驚いた。
完全な逃げ場をー女性となってユリカに関わる事すら出来なくなっている
もう一人の自分がそんな事を思っているとは夢にも思っていなかった。
「・・・アキコさんは完全な逃げ場を手に入れてから後悔したそうです。
自分のした事の無意味さに。自分が突き放した人の事に」
「・・・」
アキトは悩んだ。
自分が人として許されないことをしたのは知っている。
しかし、それでも自分について来てくれる人を突き放すのはー正しいことだろうか?
傷つけてしまうのではないか?
「・・・もう少し待ってくれ。
この戦いが終わるまでに答えを出してみせる。
もう少しでー自分が許せるかもしれない」
アキトはアキコを強いと思った。
いや、強いというよりは強くなれたと言えるかもしれない。
弱い自分を露呈してもう一人の自分を救いたいと思えたのだから。
「私はアキトさんが一人になっても
アキトさんの周りにいる人がすべて敵でもー」
ぎゅ。
「・・・アキトさんの傍にいます。
つらい思いをしてもいいです。
私が今、一番つらいのはアキトさんがいなくなることです」
「ルリちゃん・・・」
急に抱きついたルリにアキトは驚くがー
その決意の固さにもっと驚くのだった。
ここ(過去)に来てから固い決意をしていることには気づいていたが、
まだ幼さの残る少女の決意はーどんな人間よりも強いように思えた。
「あ〜!ルリちゃんずる〜い!」
そこにユリカが入ってきた。
11歳の少女に本気で嫉妬するなよ・・・。
「アキトは私の王子様なんだよ!ぷんぷん!」
「・・・私にとっても王子様です」
「!」
時が・・・止まった。
ミナトからすれば無機質であった少女の反応ではない。
ごく普通の・・・少女の反応だ。
いや、もっと幼い少女の反応か?
それがかえって大きな衝撃だった。
周りに集まってきた女性陣は固まった。
無論、アキトも。
「る・・ルリちゃん?」
「アキトさん、ごめんなさい」
ちゅっ・・・。
「「「「「ああ〜〜〜!!!!」」」」」
ルリは不意にアキトの唇を奪った。
そして、ルリは不敵に微笑み
「私のファーストキス、捧げました」
アキトピ〜ンチ!
「ルリちゃんひど〜い!」
「アキトさん、そういう趣味があったんですか!?」
「ほうほう。今度はこれをネタにした同人誌を・・・」
「ルリ!てめえ・・・!」
「・・・・・・」
色々と反応が返ってくる。
その時、アキトの耳元でルリが呟いた。
「アキトさん、早く結論を出さないと・・・」
手を添え、さらに一言。
「もっと大胆にいきますよ♪」
「・・・・・・」
アキトは固まった。
・・・結論を出さないとそれこそ永遠に落ち着けない気がした。
・・・でもさっきはゆっくり考えろって言ってなかったか?
それは置いといてアキトの真の戦いはここから始まったといっても過言ではない。
そして・・・遠くで整備員達の雄たけびが響いた。
それから一時間ほど・・・。
「アキト君?ちょっと」
「何ですかイネスさん」
「ヤマダ君が逃げ出したわ。
ロープで縛っておいたんだけど・・・
実験台にされるのは嫌だったみたい」
そりゃーそうだ。
自ら実験台にされる奴ぁいない。
「ま・・探しておきます」
と、アキトは近くで大きい意識のぶつかりあいがあることに感づく。
(ゴートさんだな)
と、もう一つかなり巨大な意識を見つけた。
・・・ガイがゲキガンガーを見てる時に出てる奴だ。
(・・・やっぱそっちにいくか)
呆れたようにアキトは森に向かった。
だーん・・・。
銃声が森の中に響く。
クリムゾンのSSとゴートが諜報戦を始めたのだ。
さっきまでラーメンを啜っていた姿は何処にも無い(笑)。
「くっ・・・早い」
「ゴートさん、気をつけて。奴らマジに強いですよ」
後ろからアキトが現れた。
「ああ・・・っ!テンカワ!お前いつの間に」
あまりにも自然に、かつ気配もなく近づいてこられたのでゴートも驚いた。
「ちょっと凄い意識のぶつかりあいがあるような気がしたもんで。
それより、あいつらクリムゾンのSS(シークレットサービス)みたいですよ。
ゴートさんもそうでしょう?ネルガルのSSで」
「!」
ゴートは心底驚いた。
アキトはゴートに気配を悟られることなく近づいてきただけでなく、
ゴートの本来の役職まで見抜いてしまったからだ。
「何故それを・・・」
「ええ。昔、家の父親の働いてる研究所にもSSは居ましたから」
しゅん!がきっ!
そこに、ナイフが飛んできた。
しかし、そのナイフは弾かれた。
・・・アキコの手刀によって。
「ゴートさん、余所見はいけないですよ」
「!テンリョウまで!」
アキコはエプロンを付けたまま現れた。
「アキコ、店は?」
「完売した。あんまり量がなくって」
「よし・・・戦闘開始といくか」
「お前らエステだけじゃなく諜報戦も出来るのか!?」
「「ええ」」
AAコンビは即答した。
ゴートから見てもさっきのナイフの回避の仕方から見ても只者ではないのは明白だが。
二人は同調するようにSS達を薙ぎ払い始めた。
・・・たったったった。すたっ。
アキコが走って敵を探していると、一人の男が前に降り立った。
男は赤い髪に赤い瞳をした若干筋肉質な男だ。
「・・・ずいぶん堂々とした登場をしてくれるな」
「ふん・・・」
男は明らかにさっきまでの雑魚とは違った。
放つ殺気の量が尋常ではない。
「ならさっさと来い。時間がないわけじゃないが面倒だ」
「行くぞ・・・!」
男は低く走りこむ。
そして・・・男は炎を放った。
「!?」
「死ねえ!」
ぼおぅっ!
男は炎を腕にまとい、跳んだ。
炎の色はー怪しく、そして冷たいイメージを連想させる紫。
紫炎。
彼の炎は熱かったが、眼光は鋭く、冷たかった。
炎はアキコの腕をかすった。
火傷こそ負っていないが、流石に眉をしかめる。
「どうした!そんなものか!」
ごぅっ。
男は炎を地面に這わせ、アキコの方向に向かわせた。
しかし。
「・・・!消えた!」
アキコは男の視界から消えた。
そして・・・後ろを取っていた。
「終わりだ」
ぶおっ!・・・どか。
「ぐっ・・・」
男は木に向かって投げられ、体を打ちつけた。
「・・・手加減なんぞ必要ない。殺ればよいだろう」
「お前は腐ってない。そんなやつを殺しても無意味だ」
「・・・後悔することになるかも知れんぞ?」
「正面からかかってくるような男がそんなことをするとは思えないな」
「くくく・・・」
男は低い声で笑っていた。
「ひとつ名を聞くか。お前の名は」
「ヤガミだ。ヤガミ・イオリだ」
「ヤガミ、また会うことがあったらいつでも相手をしてやる。
・・・その時まで死ぬなよ」
アキコはイオリを残して立ち去った。
「二人とも無事だな?」
「「はい」」
「・・・正直君たちがここまでやるとは思わなかった。だが・・・君達は危険すぎる」
ゴートは二人のことを見つめる。
「エステの戦闘ではナデシコを沈めかねない上に生身でもこの戦闘力だ。
・・・何処を探してもそんな優秀な人材は二人と居ない」
「では、排除でもしますか?」
アキトが少しふざけた調子でゴートに呟く。
「いや・・・君達はこの手の人間にしてはまっすぐ過ぎる目をしている。
排除するべき対象ではない。良ければこの諜報戦をどこで習ったか聞きたいのだが?」
「・・・時がきたら話しますよ。
どんな人間でも体験したことのないようなそれこそ真っ当じゃない話を、ね」
アキトは不敵な笑みを浮かべる。
「さて、俺はガイを探しに行かないと」
少し面倒くさそうな表情でぼやき、アキトは走り出した。
そのころ。
ガイは痺れる程度の毒入り料理を振舞われているところであった。
「あの・・・体は大丈夫なんですか?」
アクアは痺れる事無く料理を食べつづけるガイを見る。
「ふっ・・・心配は要らない。
俺の体はイネス博士の薬に慣らされているからな。
少々食べ物が痛んでいても関係ない」
「あー毒なんですが」
「はっはっは!気にするな!」
「・・・とんでもない人拾っちゃった」
後ろ汗をかきながら引くアクアだった。
「アハハ。アクア、面白い人を拾ってきたネ」
すると、奥から一人の男が出てきた。
「アッシュ兄さん・・・」
「僕にも何か作ってくれないか?甘いヤツ」
「いいですよ」
「・・・ただし毒は無しの方面で」
・・・やはり兄は良く知っているようだった。
「ガイ!ここに居たか!」
「おお、アキトか。お前も食うか?」
「いや、遠慮しとく」
即答だった。
ちなみにタイムは0.02秒。
「そろそろ昼飯の時間だ。戻るぞ」
「そうか」
そういって立ち上がるガイ。
「・・・昼飯も食えるのか?」
「ああ!俺の腹にはまだ若干、いや!十分な余裕があるぞ!」
ガイはその腹をパーンと叩く。
・・・だが、毒を受けているはずのガイが動けることにはまったく突っ込まないアキトだった。
時刻が正午を回り、昼飯であるバーベキューを食べているクルー達。
・・・じゅう〜〜〜〜。
「・・・アキト君、それ取ってくれない?」
「ええ、いいですよ」
アキトは一つの串をエリナに渡した。
「それと一つ・・・いえ、いくつか聞きたい事があるんだけどいい?」
「・・・はい」
二人は少し場から離れた。
「あ!イズミそれ私の!」
「油断しているほうが悪いのよ」
後ろでは争奪戦が激しくなっている。
「・・・アキト君はどこまで知ってるの?」
「どこまで、とは?」
「とぼけないで」
そう言ってキツイ目でアキトを見つめる。
「あなたの経歴、見させてもらったけど・・・
どこにも怪しい点は無かった。
けどこんな戦闘力を持っているのにあの経歴はかえって怪しく見えるわ。
・・・たった一つ、それらしいのは」
「・・・テンカワ博士の息子である事、ですか」
「ええ」
エリナはバーベキューの肉を口に含んだ。
マナー違反かもしれないが冷めてしまうのは勿体無いからだろう。
「それなら何かしらの訓練をしていたかもしれないし、
ボソンジャンプについても何かを知っているかもしれない・・・
私はそう踏んだのよ」
「・・・そうですか。
・・・・・知っている事を言え、と聞くのでしたら
俺の両親を殺した犯人、ボソンジャンプでの人体実験の無意味さぐらいは知っていると言っておきましょうか」
「!」
エリナも知らないわけではない。
ネルガル先代会長が二人を暗殺した事を。
「安心してください。
いまさらネルガルに復讐なんて考えてません」
「そう・・・でも!
何でボソンジャンプの人体実験が無意味だと分かるの!?」
「ええ、俺の両親が死んだときは7歳ですからそれほど詳しいとは思えませんよね。
その問いに答える事は出来ません。
代わりにいくつか忠告しておきましょう」
「忠告?」
しゅっ。
エリナの首筋にバーベキューの串を突きつけた。
「・・・人には踏み込んでもらいたくない領域というものがあります。
それに深入りするようでしたらあなたを殺してしまうかもしれない。
・・・今は話すときではありません。
この戦争・・・木星蜥蜴との戦争が終わったらその話をしましょう。
それは約束します。
あと、アカツキに伝えておいてください。
『足元を見ようとする人間は自分の足元がおろそかになる。それを覚えておけ』
・・・と」
アキトの視線はあの復讐鬼の瞳だった。
その暗い視線にエリナは戦慄した。
「分かりましたか。俺は戻りますよ」
バーベキューをしている場所に戻るアキト。
「ふふ・・・なんて人なの・・・。
私が動く事も出来ないなんてー」
エリナは足が震えているのを見て苦笑する。
「でもね、アキト君。
あなたのその危険さ、威圧感。
・・・そしてその不安定さ。
魅力的よ。
あの極楽トンボなんかとしか比べられないのが残念なほど。
踏み込んだら死んでしまうかもしれないスリル。余計に私を踏み込ませてしまうのよ。
あなたのことがもっと知りたいーテンカワ・アキト・・・」
エリナはその心の奥底に小さくも熱い恋の炎を灯した。
「彼のほうが一枚上手と言う事だね」
後ろからアカツキが出てきた。
「・・・あんたとはホント比べ物にならないわよ」
「ああ、分かってるつもりだ」
アカツキは苦笑した。
だが、アキトは彼らが思っている以上に深い人間だ。
彼らが思っている以上に・・・だ。
「さあ!お仕事お仕事!」
昼飯のバーベキューを食べ終え。
一向はチューリップの調査に乗り出した。
「なんだぁ?悪趣味な模様が入ってるぞ?」
チューリップを見て第一声を発したのはリョーコだった。
『クリムゾンの紋章だそうです』
「わ、訳分からん」
それはそうだ。
もっとも、あの孫を見ればおのずと祖父の趣味も知れよう。
「とっとと破壊しよう」
だがー。
ばちばちん!
「攻撃が効かない!?」
イズミエステが射撃をしてみるものの着弾しない。
バリアが張られていた。
『バリアが張られているようです。
グラビティブラストで殲滅したいのですが・・・
島にも被害が及ぶのでお勧めはしません』
ルリの通信を聞いてパイロット達は溜息をついた。
「で?どうすりゃいいんだ?」
「バリアはパリーンッて割れなきゃバリアじゃないよ〜」
なんの話をしているんだ、ヒカル。
「ウリバタケさん!」
『・・・何だ』
「あれを・・・あれを使ってもいいですか?」
『あれ・・・か。
あれを使いたいなら約束しろ。
これから先、この間のような真似は絶対にしないとな』
「ええ、約束します」
『艦長、ルリちゃん、メグミちゃん、それでいいか?』
『もちろん!』
『当然です』
『お願いします』
「じゃあお願いします」
『おお・・・と言いたい所だが、今日はアキコに譲れ』
「はいい?」
『昨日の今日だ。
今日は反省したのを確かめたかったんでな。
安心しろ、一応あいつも使えるみたいだからな』
「はぁ・・・」
『他のパイロットの方は使えないんですか?』
『ああ、この前の戦闘のあとシミュレーションで使ったらしいんだが、
機動戦をしながらはアキトとアキコしかできない。
イネスさんに言わせりゃ「全力疾走をしながら針に糸を通すようなもの」だとよ』
ルリの問いにウリバタケはそっけなく答える。
「ウリバタケさん、コードをお願いします」
『「バーストモード発動」と呟けばいい。
だが制限時間は3分だぞ?』
「分かってます!バーストモード発動!」
『バーストモード・スタンバイ』
画面に「READY?」の文字が浮かび上がる。
するとエステから煙が上がり、ディストーションフィールドが赤く変色する。
『ウリバタケさん、あれは?』
『ああ、制限時間付だがエンジンとフィールドジェネレーターを暴走状態に近い状態で稼動させ、
本来の5倍のディストーションフィールドを張れるようにするモードだ。
DFSを使う時にはこれを使えばフィールドは普段のままで強力なDFSを発生する事ができる。
もちろん普通に使用してもナデシコのディストーションフィールド並に強いフィールドが張れるぞ』
『なるほど』
『・・・だが代わりに使った後はエンジンをオーバーホールしなけりゃならん。
戦闘中も2・3回使えるか使えないかで、その後は10分の冷却時間が必要だ。
まったく整備班泣かせなシステムを思いついちまったもんだぜ』
ウリバタケは小さい溜息をついた。
「いくぞ!」
アキコエステはチューリップに向かって飛ぶ。
「DFS・・・収束率80%!・・・斬!」
赤い200mほどの刃がチューリップから出て来ようとした戦艦ごと切り裂く!
ばしゅっ。・・・どどどどん!
「衝撃、来ます!」
チューリップの撃破による衝撃波がナデシコを襲う。
そして爆炎でアキコエステが見えなくなる。
「アキコ機、姿を確認できません」
メグミが報告するのとほぼ同時にアキコエステが姿を現す。
「チューリップ撃破。帰還します」
あっさりとチューリップを屠り帰還宣言をするアキコ。
・・・さり気無くクリムゾンの屋敷の一部を破壊していたのはご愛嬌。
そして・・・その夜。
「うえ〜ん」
「うまく・・・卵が・・・」
「いって〜指切った!」
「ちがいます!そこでこうです!」
・・・夜食を作ろうとした3人をとっ捕まえてアキコが料理指南していた。
無駄な努力にならないことを祈ろう・・・。
「・・・何か熱血ですね」
モニターでその様子を眺める夜勤のルリ。
幸ある未来は遠そうだ・・・・。
作者より一言
アキトが揺れましたね。
ついにアキトの心が開き始めました。
しかし、アキトの気苦労は増えます。
原作(時の流れに)と同じように。
あと、ヤガミ・イオリとアッシュ・クリムゾンについて。
皆さんお分かりかもしれませんが、彼らは某有名格闘ゲーム「KOF」のキャラです(名前でとるやんけ)。
さりげなくクロスしてます。すげー中途半端ですが。
今回は兄で登場しました。
アッシュ氏はゲストキャラ、イオリ氏はこれからも出てくる予定のキャラです。
スーツ着てます(本当の設定はバンドマン)。
性格がちょっと・・・いや、結構やわらかいですが。
歳も20から30になってます。
もちろんヤガミ・ナオもでますよ。
今回はアキコの戦闘シーンのみクローズアップしてますので
アキトとナオの戦いは実際には起こってますけど書いてません(爆)。
では次回へ。
管理人の感想
武説草良雄さんからの投稿です。
・・・いや、確かに『ヤガミ』繋がりですけどね(苦笑)
実はヤガミ ナオの漢字名は「矢神 那雄」なんです。
ですからその「八神」とは繋がらないとゆー事なのですが(笑)
ま、兄弟とか親戚筋じゃなければ問題無いでしょw
イオリが出てきたという事は、オロチやクサナギも出てくるのかな?