俺は・・・テンリョウ・アキコ。

自殺しようと思って飲み込んだ薬で・・・・

16歳の女になってしまった!(本当は24の男性、テンカワ・アキト)

そのまま歴史を変えるために過去に来た。

しかし・・・そこにいたのはもう一人の俺だった。

見た目は女!頭脳は男!

その名もテンリョウ・アキコ!


第7話「ナナフシ・・・目は節穴じゃないけどな」






テニシアン島の戦闘から一ヶ月が経過した。





午前5時ー。

「う・・・・・」

アキコはうなされている。

『アキト・・どこ?火星の後継者は居なくなったんだよ?また屋台やろうよ・・・』

(ユリカ・・・駄目なんだ・・・俺、もう戻れないんだ・・・戻りたくても戻れないんだよ)

『アキトさん・・・あなたはまだ気にしているんですか?』

(・・・ルリちゃん、ごめん。自分を許す事は出来ない。

けど・・俺、今はあの頃が・・・恋しくて仕方ないんだ。渇望しているときには失ってる・・・滑稽だよ)

『アキト・・・私はアキトの・・・何だったの?』

(ラピス・・・俺はラピスの事をどう思っていたんだろうな?

少なくとも家族程度に思いたかったが・・・結局復讐の道具にしてただけなんだよな・・・。

・・・・出来れば家族というのを教えたかった)

『アキト・・・私、もう限界だよ・・。生きていく事が、出来ないよ。帰ってきてくれないなら・・・』

(!?ユリカ!早まるな!)

アキトの声は届かない。

ユリカは自分の首筋をナイフでー。

(やめてくれええええええぇ!!)

アキトの視界は真っ赤に染まった。






「・・・またかっ!」

アキコは汗をかきながら目覚めた。

べっとりと肌にまとわりつくそれは体温を奪いつつ不快感を与えていた。

「いつまで引きずれば・・・いつになったら諦められるんだ?」

自分が帰らなかったことにいまだに後悔をし続けるアキコ。

この頃はーあの時から毎夜だ。

毎夜、自分を探し続ける愛しき人が現れる。

ユリカが自分を求めて彷徨う。

ルリが自分が居ないことに対して寂しがる。

ラピスが自分を思い、空に手を伸ばす。

一番酷かったのは揃って身を投げようとしていた姿を見た時だった。

・・・自分で選んだ道だろうに。

それが彼女の望んだものだったはずだが。

自分が進んで失おうとしたはずのその家族を今求めている事が滑稽で、無様で、惨めでー

そういう感情しか浮かんでこない。

とにかくあの場所に戻りたい。

他にはこの感情しか浮かんでこない。

・・・彼女が自分を求めてくれた人を恋しく思えるだけでもたいした進歩だろう。

頑なに自分に触れる事を拒否し続けた彼女からすれば。

だが、それは叶わない。

恋しい時に会えないのは一種の拷問かもしれない。

それが叶わないのはー。

「クソッ」

アキコは起き上がる。

このどうしようもない焦燥を何かにぶつけるために。

「・・・?」

後ろではアイが目を覚ました。

声をかけようとするもアキコの雰囲気に話し掛ける事をためらう。

「・・・・・」

アンダーウェアを取り替える。

彼女は女性になってからもブラジャーやショーツを身に付けることに抵抗を感じ、

機能的なアンダーウェアで代用していた。

最後にパイロット・スーツを着ー。

「・・・5時か」

時計を眺め、呟く。

トレーニング室でこの怒りをぶつけようと思い立った。

そしてそこへ向かおうとする。



ぷしゅ・・・。



「お姉ちゃん・・・」

アイは何があったのかなんとなく理解した。

起きるたびにアキコは寝汗をかき、

それを毎日見ているアイはそれを気にせずにはいられなかった。



午前6時ー。

「はあ・・・はあ・・・」

アキコはトレーニング室で一時間もトレーニングをし続けている。

自分を振り回すこの幻想を振り払いたいと願いつつ、機動兵器を切り裂く。

DFSで蹴散らした敵の数、おおよそ1万。

それでもー自分の体が限界を叫んでいても焦燥感は収まらない。

一度中断し、シートにもたれかかってみる。

「はぁー」

大きいため息をつく。

「・・・・・」

脱力感が彼女に降りかかった。

その虚ろな瞳は何かを捕らえるでもなく泳ぐ。

そのうち、彼女は視界を奪われた。

「・・・?」

目を擦ってみた。

涙だ。

(情けない・・・)

昔は泣く事すら許されない状況で戦い続けていたはずなのにー。

彼女の考えとは裏腹に涙は流れ続ける。

「とまれよ・・・このっ」

目を擦り続ける。

しかし、それは止まらない。

かえって涙を流す原因となりうる悲しみだけが募っていく。

「えっく・・・とまれ・・・とまってくれ・・・とまってよ・・・」

彼女の思考も、感情も、口調も、姿も、仕草でさえ女性らしくなっている。

元の男のままであったら、男であればこんなに女々しい真似をしないで済むのにー

アキコはそう思う。

諦めたのかアキコはシートに深く腰を沈め、再びため息をつく。

そして彼女の意識は放たれていった。

「すー・・・すー・・・」

泣き疲れたのか、意識を保つ事ができなくなったのか、睡眠不足かー

それは定かではないが彼女は眠りこけてしまった。

そして彼女は再び夢を見る。

ユリカと触れている、温かさに甘える夢を。

『I take yourhands 伝わる温もりが遠く』

だが、彼女にはその温もりは偽者だと分かっている。

『Lost my way 誰かの言葉なんて素通り』

そのユリカは自分が作り上げた虚像に過ぎない。

自分を許してくれると言っていてもそれは自分の都合の良い幻想だと知っている。

『悲しすぎてなのか?悲しみわかんない。激情の果てに無表情にたどり着く』

既に涙も枯れ果ててしまったのか?自分は感情すら失ってしまったのか?そう思い始める。

『全ては過ぎていくそれだけが真理』

だが、時間は過ぎる。アキコが眠っていようと戦っていようと、時間は過ぎる。

『いざとなれば自分の心すら救えない』

アキトをルリの元に戻そうとか言いながら、自分は何も出来ない。・・・滑稽だと自分を評価する。

『全てが嘘っぽいジオラマに見えた』

元々自分が居た時間、だが、違う世界。それは現実なのか?

『このままいっそ過去に生きてしまおうか?』

いっそ、このまま眠って居たい。ここに居れば虚像でもユリカは居る。

・・・それは逃げでしかない事は承知している。

それでも、ユリカに触れたい。

アキコはそう思う。

『こんな僕をあなたはもう叱ってもくれない』

ビンタでもかまされて責められて、許してもらえたらどれだけ楽か。

自分の心が、魂がどれだけ落ち着くのか。

・・・そう思うと切なくて仕方ない。

彼女は更に深い眠りについた。








午前8時ー。


「おい、テンカワ」

「はい、何か?」

「テンリョウを知らないか?」

「え?まだ来てないんですか?」

彼らは勤務時間が始まっているにもかかわらずアキコが来ていないことが妙だと思った。

彼女は時間には正確だし、部屋に居ればアイが起こしているはずである。

「ちょっと探してきます」

アキトは厨房から出て行く。

「さて、どこに行ったものやら」

ここでアキトは自分ならどういう状況の時これないか考えてみた。

誰でもそうだが、相手が何をしているか考える時は自分なら何をしているかを考えると割と把握しやすい。

詳しく知っている人物であれば癖が分かるのでなお良い。

アキコの場合は自分と同じ境遇の人間なので(と言うより同一人物)自分の考えとほぼ同じはずだ。

「・・・体調不良」

アキトが行き着いた先は体調不良だった。

アイも連絡に来ない=風邪と認識したようだ。

とりあえずアキコの部屋まで行ってみる事にした。

だがー。

「誰も居ない?」

部屋には誰も居らず、アイは既に食堂に向かっていたようだった。

しかし食堂でも廊下でもすれ違わなかったのは何故なのか。

「おね〜ちゃ〜ん」

・・・アイも探していたらしい。

「アイちゃん、アキコ見かけなかった?」

「私も探してるの。見れば分かるでしょ?」

「はは・・・けど本当にどこに行ったんだろう」

するとアキトはある事を思い立った。

「そうだ。ルリちゃんが夜勤でまだブリッジに居るなら探してもらおう」

そういってコミュニケを開くアキト。

『アキトさん?どうかしましたか?』

「実はアキコが行方不明なんだ。

どこにいるか探してくれないか?」

『ええ、構いませんよ』

ルリは思考をオモイカネにリンクさせ、艦内検索を行った。

『・・・・・居ました』

「どこ?」

『トレーニング室です』

「じゃあ呼びに・・・」

『いいえ、それには及びません』

「え?」

ルリは少し真剣な表情でそれを引き止めた。

『私が呼びに行きます。アキトさんは食堂のお仕事をしていてください』

「ああ、分かったよ」

アキトは食堂に向かう。

『・・・アイちゃん、一緒に来てください』

「?どうしたの?」

『いいから来てください』

強引にアイを誘うルリ。

二人はトレーニング室で合流した。

「・・・アキコさんは泣いていました」

「泣いていた・・・?」

「さっき探した時眠っていました。

けど顔に涙の後が顔に残っていたのでアキトさんにはきて欲しくなかったんです」

そういってルリは不安そうな表情を浮かべた。

「・・・アキトさんもアキコさんも人に泣き顔を見せようとはしませんから・・・だからこそ慰めてあげたいんです」

「お姉ちゃんは私に泣いてくれたよ」

ルリは少し驚いた。

二人の性格からしてそういう事をしてくれるとは思えなかったのだ。

「・・・そうですか。やはり女性ですね」

「・・・うん」

ルリは自分には泣いてくれないアキトの事を恨めしく思った。

二人はトレーニング室に入っていった。

「すー・・・すー・・・」

中からは静かな寝息が響いていた。

「お姉ちゃん・・・」

エステシミュレーターの中で深い眠りについていたアキコの顔にはやはり涙の後が残っていた。

起こすのも悪いが、話を聞こうと思い、アキコを揺すって起こす。

「・・・ん」

視界がはっきりしないのか、アキコはしばし目を擦り、二人を見た。

「?二人ともどうかした?」

「・・・お姉ちゃん、泣いてたの?」

「あ、え?」

「目の下を見てよ」

指を顔にめぐらせて見る。

そこにはやはり涙がとおった後があった。

「・・・はは、情けない」

「どうして?」

「・・・夢がね。俺を脅すんだ。

ユリカ達は俺を求めて彷徨ってると。

俺と同じように会いたいと思ってるってね」

そういうとアキコは空を仰いだ。

「どうしようもない気持ちになって何かにぶつけたくなって・・・

ここでそれを発散したくなった。

でも気持ちは晴れないし、挙句の果てに泣いて寝ちゃったんだ。

・・・馬鹿みたいだろう?」

「そんなこと・・・ないですよ」

ルリは否定した。

「ごく普通ですよ。

人が後悔したり、それで涙を流したりするのは。

アキコさんが自分の気持ちに正直になれたのはいい事です。

アキトさんはいつも後悔こそしても私もユリカさんも拒絶しようとします。

・・・いつか自分を許してくれるといいんですけど」

「ああ、そうだね」

ルリに向かって笑顔を見せるアキコ。

「だから、だからこそあいつに俺と同じ状況に追い込まないようにしなきゃな。

あいつにはまだ帰る場所が、帰れる場所があるんだ」

そう言って拳を作り、力を込める。

「見ててよ、ルリちゃん。

俺があいつをルリちゃんの元に戻してみせる。

幸せだったあのころの笑顔を取り戻す為に・・・!」

「アキコさん・・・」

「さて仕事仕事!」

身体を大きく伸ばし、アキコは洗面所に向かった。

髪もぼさぼさで、涙の後を消すために洗面所に向かうのだった。




午前10時ー。

「今回はナナフシと称される長距離砲台の破壊が目的よ」

ムネタケは作戦目的を話し意気込む。

「今まで何度かあれに攻撃を仕掛けたけど、いずれも全滅」

「つまり相手が長距離砲ならこちらも地球上で最長の射程を持つグラビティブラストを持つナデシコが抜擢されたわけですね」

ユリカが嬉しそうに発言する。

「とりあえずナナフシに接近するまで各自待機してくれ」

ゴートの一言で各自散会していくクルー達。





正午ー。

「ふん・・・なるほど」

アキトとアキコはトレーニング室にいた。

昼の仕事が終わり、自分達の技、月臣直伝の剣術・・・それを改良し、

達人技としたそれをエステで再現できるか・・・というのを試したくなったそうだ。

サレナには剣が装着されていなかった。

つまり、DFSを装備したエステなら一撃の破壊力で言えばサレナより上だ。

その代わり、今のところAAコンビ専用武器である。

バーストモードを得てからは、たった3分だがブラックサレナ並の機動性を得られるようになった。

とにかく、一時とはいえサレナにのっているときの様に戦闘が出来るようになったのだからそれに越したことはない。

「基本的には『剣技』の使用は基本技ぐらいしかできないな」

「まあ、それほど強い敵が現れるわけじゃないだろう」

「・・・戦いたくないといいつつこんな事をしている・・・

自分の限界まで戦闘力を使って戦闘したくなる・・・

やっぱ俺はどこかで戦う事に喜びを覚えているのか?」

『そんな事はありません!!』

「・・・ルリちゃん。見てたんだ」

『・・・ちょっと気になったものですから』

「そうか・・・で、どう思った?

俺達がシミュレーターで戦ってるのを見て」

アキコはルリに向かって問う。

『・・・言葉では表すことが出来ません。

正直、あの時のアキトさんだってこんな技を使いませんでしたし。

でも・・私にはその力が振るわれるたびに胸を締め付けられた事だけは・・・覚えておいてください』

「・・・それはやっぱりルリちゃん達を守る為の力だから気にしてるのかい?」

アキトはポツリ、と呟く。

『はい。何でそこまでしなければいけないんですか?

アキトさんは今まで無理を続けてます。

アキトさんも分かっているんでしょう?

・・・私達を守るためにその力を振るう度に自分をすり減らしている事を』

その一言にアキトは・・。

「・・・ああ。

俺は戦闘を終えるたびに肉体的な疲労よりも精神的に参ってる事を痛感させられてる。

けど、その反面戦う事に高揚感を覚えている時はそれが無いように錯覚しているんだ。

何でだと思う?」

『・・・それは』

「人を殺す、機動兵器をたたき伏せる。

破壊衝動や殺人衝動に駆られる自分が居るんだ。

分かるかい?この狂ってしまったんじゃないか・・・って

自分がわからなくなる瞬間が!

一度復讐の鬼になって人を殺し狂った気分が!」

『・・・』

「皆を・・・ナデシコを、ユリカやルリちゃんを守りたい。

負けたら終わりだ。

だけど戦争が終わるまでに、終わる前に俺が潰れてみんなに牙を向けてしまうかもしれない。

戦いが終わるまで正常で居られるか分からないんだ。

木連の人達を・・・ナデシコの皆さえ虐殺してしまう可能性を秘めた俺の中に住む野獣が抑えられるかどうか・・・!」

『アキトさんなら絶対に大丈夫です!!』

ルリはぽろぽろと涙を流していた。

アキトがアキコとは違った意味でどれだけ心を痛めているかを知ったルリはその痛みを自分にも受けたような気がした。

同時にー彼の不安要素を否定したいがー心の底で否定しきれない自分を呪っていた。

「・・・ごめん。

俺にはこういう時、なんて声をかければいいかわからない。

・・・情けないな」

『・・・いいえ。私はそんな不器用なアキトさんだから好きなんです』

「・・・」

ルリの告白ー

この時、アキトは自分を引き止めるための嘘だと信じてやまなかったが、

ルリは本気だった。

『・・・私がアキトさんに対する感情に気付いたのは火星の後継者との戦いの最中なんです。

ユリカさんと結ばれたはずのアキトさんの事を好きだと・・・。

それ以外の感情であっても、

あのシャトルが事故で落ちたと言う知らせを聞いた時・・・

アキトさんが生きていると知ったとき・・・

ユリカさんが遺跡に取り込まれた姿を見た時・・・

私は・・・涙を流していたんです。

家族と呼べた人達が傷つく所を・・・黙って見てる事しか出来なかった私は。

それでも会いたいと「そこまでだ、ルリちゃん」』

アキコがルリを静止した。

「アキトもそれは知っているだろう?

・・・いや、アキトも心のそこでは望んでいたんだろう?

許されるなら会いたいって」

「・・・ああ」

『なら・・・』

ルリの言葉をさえぎってアキトは言う。

「でも死んだ人の事は無視できないんだ。

俺が殺した人の事、

ネルガルに殺された俺の両親、

木連に襲われて死んだ人の事。

・・・俺は臆病なだけだったのかもしれない。

その責任から逃れたくて死に急いだのかもしれない。

だから・・・」

「おい、アキト」

「?」

アキコがアキトを止めた。

「その責任から逃げ出して後悔している奴がここに居るんだぞ?

・・・同じ轍を踏むな」

すると、アキトは黙り込んだ。

自分が会いたい愛するものに対しての欲求。

そして自分が生きていることによって生じる疎外感。

確かにアキトは早く死ぬことを望み、

それに焦燥感を抱いていたのも嘘ではないだろう。

「ルリちゃん」

『アキコさん?何ですか?』

「それより、今アキトは非常にまずい位置に立ってるよ」

「「え?」」

「それも火星の後継者よりたちが悪いのに」

「「ええ?」」

二人は意味が分からない、という顔をしている。

「あの同盟・・・TA撲滅組合だっけ・・・に狙われてる。

あと・・・女性陣の半数近くが惚れてる。

・・・アキトに」





ぞくっぅ!





アキトは大汗を掻き始めた。

「前回はユリカとのキスで決着がついたからいいけどな・・・

今回はそれをしても多分、泥沼だ。

どっかに逃げても見つけ出されるぞ。

何しろナデシコクルー、だからな」

この時、アキトは自分がナデシコに乗っていることを半ば後悔したという。

「ま、アキト次第だけど」

『はい・・・楽しみにしてますからねアキトさん。約束ですよ』

「あ・・・ああ、約束だ」

アキトは今からでも逃げ出したくなった(笑)。

・・・無論、どこに逃げても追ってくるだろう。

ナデシコクルー達は。

と、そんなことをしている間にナナフシのマイクロブラックホールが発動した。





どごおん!





『!アキトさん、アキコさん!ブリッジのほうに向かってください』

「「りょ〜かい!」」



ブリッジ。

「何だと!こちらの射程の二倍だぞ!?」

ナナフシはグラビティブラストの射程外から発砲してきた。

「ミナトさん、避けきれますか?」

「無理!被害を最小限にして不時着するわ!」

ミナトが面舵一杯とばかりにナデシコを動かす。




どごおん!




マイクロブラックホールはディストーションブレードの表面を抉り取り、

ナデシコそのものを震わせた。

「くっ!」




ずずう・・・・ん。




ナデシコは辛うじて不時着。

「被害報告!」

「!最悪です。相転移エンジンが故障!出力が30%までダウン、ディストーションフィールドが張れません!」

メグミの悲鳴じみた声がブリッジに響く。

「ウリバタケさん、エンジンの復旧にはどれだけかかりますか!」

『駄目だ!応急処置だけでもあと20時間はかかる!

予備のエンジンも飛ぶようにするだけでもあと15時間は必要だ!』

「絶体絶命・・・いっそのことナデシコだけ放棄してみんなでとんずらしますか?」

「無理です。ナデシコの周囲に2万の戦車が包囲しています」

アカツキの皮肉にルリ冷静に報告をする。

「・・・逃げる事も不可能ってことかい」

「その戦車隊はなおも数を増大。

発進しているのは旧世紀の戦車工場です」

「旧世紀の産物に脅かされるなんて考えもしなかったな」

「しかしナデシコの被害状況と数を考えると本当に危険です。エステ隊の発進急いでください」

ユリカが発進指示を出す。

「作戦目的はナデシコの防衛。今回は砲戦3、陸戦3のフォーメーションだ」

ゴートが渋い顔を見せながら言う。

ちなみに砲戦はパイロット三人娘、陸戦はアキト、アキコ、アカツキだ。

「あ、あのガイは?」

アキトの質問にイネスが答える。

「一応出撃は出来るわよ。

逃げないように貼り付けてきたけど」

「っとぉ!出撃だって?今すぐ出るぜ!」

いきなりガイが現れた。

しかもその体にはいくつかのバンドの跡がついている。

「・・・引きちぎってきたの?」

「おう!博士の薬のせいで異常なまでの力がついちまったぜ!」

「力だけじゃないわよ。ヤマダ君の元々の回復力とあいまって

切り傷くらいなら1分で完治するはずよ」

「・・・・」

唖然とするクルー。

「ヤ、ヤマダも入れて砲戦4。作戦開始だ」

ゴートが目をぱちくりさせて指示を出す。

「あ、それとナナフシの質量とさっきの攻撃の規模から考えると次の攻撃は10時間はかかるみたい。

とは言ってもナデシコが動けるようになるまでに発射される恐れがあるわ」

イネスの一言にクルーは意気消沈とした面持ちで動き始めた。

格納庫。

「ウリバタケさん、あれは出来てますよね?」

「ああ。完全に出来たぜ。

今現在の技術で出来る最強のエステだ」

ウリバタケが指差す先には2台のエステがあった。

片方は黒。もう片方は赤。

ランドセルカラーである。

「バーニア出力を二倍に・・・DFS、バーストモード搭載。

間接の動きにいたっては従来の50%もスムーズに動くようにしてある。

こんな機体、リョーコ達だって操りきれねえよ」

それはそうだ。

単純にバーニアが2倍=Gが二倍だ。

これに耐え切れるのはAAコンビだけだ。

バーストモードは他の機体にも搭載したが、

DFS以外ではディストーションアタックと防御以外にはあまり役に立たない。

それによって機体の速度も半端なく上昇するが。

そしてバーニアだが、その速度ゆえ肥大化する。

つまり誘爆率が高くなるのだが、アキト達はそれすら気にならない。

今回は陸戦での出撃だが・・・地上戦においても絶大な効果がある。

「ありがとうございます!」

「いいって事よ。

お前らの戦闘スタイルについていけるエステなんかないだろうからな。

とりあえず今回はこれで勘弁してくれ」

そして。

アキト達は一面に並ぶ戦車隊にうんざりしていた。

その数、2万。

蹴散らせないことはないだろうが・・・いまだに数を増やしている事と、

ナデシコが動かず、あと10時間でナナフシが活動を開始することを考えれば絶望的だ。

「だ〜!うっとおしい!」

戦車の攻撃ぐらいで落ちるエステではない。

だが、正直言って疲労感のほうが増える。

宇宙ではあまり気にしないのだが、

平面の敵は一定の角度から狙わなければ倒せない。

これは、ガンダムがマゼラトップの大群に苦戦したことからも分かる。

宇宙ではロックオンすれば機体が反応してそっちを向いてくれるが、

地上の平たいところに並ばれると蹴散らすのに時間がかかるのだ。

「まるでエアキャップ(梱包用のプチプチつぶせる奴)つぶしてるみたいだね〜」





がががっ・・・ががが。





「誰も乗っていない戦車に手加減は必要ないわ・・・」

「本当にじみ〜な作業だね、これは」

口々に文句をこぼす。

「ゲキガン・ビ〜ム!」

ただ一人、久々の出撃で嬉々としたガイがいる。

AAコンビはというと・・・・。

DFSで必死になぎ払っていた。

200mまで伸ばせるのだが、戦車に当てるために

しゃがんでいる姿はどこか間抜けだ。




「周囲3キロ、完全に包囲されてます」

「こんな時こそ・・・テンカワ・アキトを使いなさい!」

無能キノコが叫び散らすがー

他に有効そうな手段がないのだから反論は出来ない。

「・・・俺がやるよ」

「アキトさん・・・」

ルリは心配そうにアキトを見つめる。

「他に策がないんだ・・・俺の考えた作戦で」

「ほう、作戦があるのか?」

ゴートはアキトに問う。

「ええ、あります。

まず、ナナフシの強度ですが・・・

見る限り普通のエステでは破壊するのは困難なはずです」

マイクロブラックホールを出せるのだから、それなりに強いフィールドがはれるはずだし、

何より砲台の弱点は接近戦だ。

そう考えれば強度が高い事は十分にありえる。

「一番破壊に適しているのはグラビティブラストですが、ナデシコは動きません。

そこでDFSを使用したいと思います」

「でもよ、そこまでバッテリーが持たないだろ?」

リョーコが指摘した。

そう、グラビティブラストが届かない場所には少なくともエステのエネルギー受信範囲には入らない。

「リョーコちゃんの言う通りだ。

けど一つだけ方法がある。

これは隠し玉なんだけどね」

「・・・おい、まさか」

アキコが何かを感づいた。

「ああ、レッドサレナだ」

「「「「「「レッドサレナ?」」」」」」

『あの赤いヤツか?』

ウリバタケがウインドウを開く。

「ええ、そうです。

実はあのサレナはエネルギーの受信を必要としない試作エステバリスなんです」

「なんと!?」

アキコの説明にプロスは驚く。

「そんなものはネルガルではまだ開発していませんよ!?」

「はい。

私の両親が開発しました。

とはいってもエステバリスとは似ても似つかない格好です。

エステバリスの直系ではないので構造も機構も違います」

「しかし・・・そんなものが何故?」

「・・・実は火星が木星蜥蜴に占領される一ヶ月ほど前、私の両親が暗殺されたんです」

この一言にブリッジは静まり返った。

「それを察知していたのか両親は遺書を残していました。

そこにはこう記されていたんです。

『お前を守る事が出来なくて本当にすまないと思う。

最後にお前が自分を守れる銃だけは残す。

・・・お前は類稀なる戦闘能力を持っている。

だからこの「レッドサレナ」をお前に託す。

これに乗って地球まで迎え。

宇宙では戦闘が激化する可能性が高い。

ネルガルならたぶんパイロットとして雇ってくれるはずだ』

・・・と。

レッドサレナは大気圏に突入できるほどのディストーションフィールドと、

半永久的に動く試作小型相転移エンジンが搭載されています。

食料を満載し、地球に向かいました。

幾度となく戦闘に巻き込まれ、うまくナデシコが発進する所に出会えたんです」

(ちょ〜っと強引かな?)

「・・・ちょっと!そんなものがあるなら早く言えばいいじゃないの!」

エリナが怒り出した。

「あれは両親の形見です。

そんなことうっかり話したりしたら接収されてしまうじゃないですか?」

「・・・」

黙り込んでしまった。

「で、レッドサレナを使ってどうする気だ?」

「ああ、レッドサレナで空戦フレームのエステを抱えて持っていく。

そうすれば高度によっては戦車の砲撃は当たらないしな。

その上でDFSでナナフシを切り裂く。

残りのメンバーはナデシコの防衛に当たってください」

「その作戦しかないようだな・・・よし、作戦開始だ」




「テンリョウ・アキコ、レッドサレナでます!」

「テンカワ・アキト、発進します」

カタパルトで発進する二機。

すると、アキトはレッドサレナに自らのエステを近づけた。

「よし、行くぞ!」



ごおおおおっ!




レッドサレナは殺人的な加速を始めた。

「なんだ!?あの加速力は!」

ブリッジのメンバーが口々に驚嘆の言葉を口にする。

「あんな加速力は・・・人体に影響が無いはずが無い!」

「ええ、そうね」

イネスが付け足すように説明を開始した。

「前回アキト君がリミッターをはずしたときの二倍はでているわ。

こんな加速をした場合・・・良くて気絶、悪ければ骨が折れるわ」

「そんな・・・」

「安心して。今回はレッドサレナのディストーションフィールドがあるわ。

レッドサレナのフィールド出力はかなり高いはず。

でなければ大気圏を突破するなんてできっこないもの。

仮に墜落してもアサルトピットは多分無事なはず。

それに今回は高高度の飛行。

攻撃を受ける可能性は低いわ」

そう言って再びモニターを見つめるイネス。

(・・・けど、どこからあんな技術が?

独自の研究であそこまで強力な機体が作れるとは思えない)

多少の疑問が残ったものの、今は二人の様子を見ることに集中するイネスだった。








ごおお・・・・。







「なあ、アキト」

「あ?」

アキコが接触回線で話し掛けてきた。いわゆる「お肌の触れ合い会話」だ。

「少し話がある」






 

 

ナデシコサイド。
 
『少し話がある』 

「ルリルリ? 何を聞いてるの?」

「今大事な所なんです!! 黙っていて下さい!! ミナトさん!!」

「は、はい」

ルリはアキトが心を開くようにアキコが説得するのを聞こうとしている。

「ルリちゃん?・・・ちょっとゴメンネ」

ミナトが近くにあったボタンを押した。

ポチッ!!

『・・・お前まだ帰る気ないのか?』

ブリッジ内に限らず・・・ナデシコ全体に通信が入る。

(・・・私はもう知りません。運を天に任せましょう)

「・・・何よコレ!!アキコちゃんと、アキトさんの会話じゃない!!」

「ええ、そうです。エステバリスからの通信です」

・・・ルリも開きなおる。

「つーかあの加速でこんな世間話してんのか!?」

ウリバタケが驚嘆の声をあげる。

「でも帰る気?よくわかないが・・・」

ジュンが首をかしげる。

『帰る気、か』

『・・・やっぱり無いのか?』

『・・・やっぱりも何も。俺の事はお前が一番良く知ってるだろ?』

『ああ。だけどな・・・』

この言葉にクルーは一瞬凍る。

・・・アキコがアキトを一番知っているということは、

アキコがアキトとかなり関係が深い、と推測するのが当然だ。

(本人ですから・・・しかしアキトさん、まだ消える気ですか?)

ルリはやはり落ち着いている。
 
『・・・俺にはそんな資格ないだろ』

アキトの言葉にクルーは驚いた。

アキトが何故そんな資格がないと思っているのかが分からなかったからである。

『ルリちゃんの言葉を忘れたのか?』

その言葉にルリを横目で見るクルー達。

『・・・』 

(・・・駄目ですアキコさん!!会話の状況によっては私たちの正体がばれます!!)

『それじゃあ・・・この戦争が終わったらどうする気なんだ?

・・・資格どうこうじゃない。

お前を求める人がいるのにお前は逃げるのか?』

『・・・返事を先延ばしにしていたから今のうちに言っておく。

今現在の時点では俺は姿をくらます気でいる』

「「「「「「「「!!!!!!!」」」」」」」」

その言葉にクルー達は今までにないぐらいに驚く。

『・・・同じ轍を踏むなって言ったはずだ。

俺はそれをやって後悔したって。

・・・失ったものを取り戻すことが出来ないのがつらいって・・・

言っただろう?』

クルーはさっきほどではないものの驚いた。

・・・16の少女に何があったのかと思うのは当たり前だろう。

『・・・お前がやってるのはただガキが癇癪起こして

意地張ってるの変わらん。

・・・失ったもの、奪ったものは俺も同じだ。

その意見を無視してでも進めるのか?』
 
『・・・そうだな。くだらない考えかも知れんな』

『ナデシコのみんなの悲しい顔を見たいのか?

・・・いや、逃げたら見ることすらできないか。

逃げるな。

それが俺の言える最大の助言だ。

逃げるならー』

アキコは一度言葉を切ってからつぶやいた。

『どこまでも追いかけてボコってから連れ戻す。

それでも逃げるなら発信機・・・

またそれでも逃げるならイネスさんの実験台だ』

『ぷっ・・・ははは・・・』

『笑い事じゃない。俺は本気だ』

クルーたちも半ば笑っていた。

だが、その心境は複雑だった。

なぜ、自分たちには話さないようなことをアキコに話してくれるのか

はなはだ疑問だったからである。

『ま・・・無理にでも連れ戻す気だ。

俺にはお前の考えてることぐらいわかる。

無駄だ』

『それもそうか・・・俺、逃げてばっかりだし。

逃げることでまた誰かを傷つけるなら・・・

居てもいいよな。みんなの元に』

『ああ』

この言葉を聞いてールリは涙を流した。

「・・・アキト・・さん」

ぽろぽろと涙をこぼす。

「ルリルリ?・・・どうしたの?」

「な、なんでもありません」

「ちょっと休んで来なさい。ね?」

「い、いいえ」

「駄目よ。オペレーターは精神的に疲れてると勤まらないの」

「・・・・・はぃ・・」

ルリはミナトに言われたとおりに席を立つ。

部屋に戻ったルリはー泣いた。

「アキトさん・・・戻ってきてくれるんですね?

本当に・・・ホントに・・・」

枕に頭を押し付け、アキトに問い掛けるようにつぶやく。

「あの時みたいに・・・

いっしょに屋台やりましょう?ねえ、アキトさん・・・」

ルリは・・・眠った。

彼女の今まで感じていた、アキトが居なくなってしまうかもしれない不安感が、

この瞬間、消えうせた。

戦争が終わったらーアキトは誰を選ぶのだろう?

そして、自分の幸せをつかむことはできるのだろうか?

アキトはー自分を許すことができるのあろうか?

・・・その結果は誰もわからない。・・・そう。

アキト本人ですら計り知れないのだから。




作者から一言。

アキトがついに残留表明しましたよ。

比較的簡単に説得されたのは同じ立場の人間に意見を言われたからだと思ってください。

後、あのエステの名称は『試作エステバリスカスタム一号機TYPE−A(アキト・アキコ仕様)』です。

容姿はGP−01フルバーニアンに瓜二つです。

・・・こんな設定ですいません。

では次回へ。




改定後の一言。

・・・やはり、歌の挿入ですね。それしかないです、はい。

分からないですもんね、タイトルだけじゃ。

それ以外の変更はありません、ほとんど。

04年2月22日。武説草良雄。



 

管理人の感想

武説草良雄さんからの投稿です。

・・・本当に根本から性格が変わりつつありますな、アキコさん。

ま、女性の方が精神的に男性より強いという証明でしょうか?(爆)

ナナフシ撃破後の、ナデシコクルーの反応が楽しみですなぁ