テンカワ・アキトはヨーロッパ戦線に派遣された。

キノコの思惑ではアキトに地獄を見せたかったそうだがー

・・・少なくとも地獄には程遠い環境を作り出してしまうのがテンカワ・アキトだった。

「あれ?あなたは・・・」

「今度配属になりました、通信士のサラです」

・・・彼女もアキトによって人生を狂わされた(笑)女性の一人だ。



第2話「白銀の戦乙女と漆黒の戦鬼。そして、テンカワ・アキトの通り名」





アキトは隊の人々に認められ、

最初のとげとげしい雰囲気はなくなり、

アキト本来の明るさと多才さに驚くのだった。

それはそうと、コックまで買って出るとは思いもしなかっただろう。

「おい、このチャーハンうめーな。どいつが作ったんだ?」

「・・・「漆黒の戦鬼」ですよ」

「!?」

シュンは口にしていたチャーハンを噴出すほど驚いた。

「・・・何モンだあいつ・・・」

アキトはあの戦闘以来幾つもの通り名がついた。

「漆黒の戦鬼」、「奇跡のエステバリスライダー」、最近ついたのは「バトル・シェフ」。

そして・・・「稀代の女たらし」。

「稀代の女たらし」と呼ばれた由縁は、

戦場にもかかわらず女性を口説いたり、

・・・戦闘後にもファンと言うレベルでなく、

アキトを慕う人物(もちろんシェリーとマリー)が居たりとか・・・

とにかくアキトの周りでは話題が絶えないのだ。

「アキト!ラーメンあがったよ!」

「はいよ!」

キッチンには、いままで調理場に立たなかったはずのコウタロウ以下三人が居た。

「・・・あの三人も良く分からん。

アキトが来たとたんに厨房に立つとは」

「魅力じゃないですか?

人をひきつける人徳みたいなものがあるみたいですし」

「最初に文句言って気絶させられたのは誰だ?」

「・・・それは言いっこなしですよ」

カズシは少し恥ずかしそうに頭を掻いた。

「あいつにはいつも驚かされますね。

この俺があんな優男に吹っ飛ばされるなんて思いますか?」

「・・・いいや」

シュンは少し感慨深そうにいった。

そもそも「ナデシコ」という戦艦自体が謎だらけであった。

一隻で火星に到達する偉業を成し遂げ、

今現在の連合軍の兵力すら上回る戦力を持つと呼ばれた。

実際ー眉唾だと思っていた。

どんな優秀なパイロットとクルーをそろえた所で限界がある。

だが、実際にその戦艦のエースを目にして、現実だと思い知らされた。

限界の壁、現実にはありえない物語の上だけの絵空事だと思いたいことを

見せ付けられたのだから、ここの責任者もショックが大きい。

その責任者は民間人を助ける戦力があるのに命令を出さなかった極悪人として失脚した。

「カズシ、お前何頼んだ?」

「ラーメンです」

「お待ちどうさまです」

シェリーがラーメンを運んできた。

「なあ、シェリー?お前テンカワの何に惹かれたんだ?」

「え?」

「お前さん、テンカワが来てからず〜っとついて行ってるじゃねえか」

「いえ・・・その・・・ここにくる以前からの知り合いなんです」

「ほぉ?お前こんな優秀なパイロット兼コックを軍に紹介する気にならなかったのか?」

「あの・・・アキトさんは軍が嫌いだそうで」

「そういやそんなこと言ってたな・・・」

「シェリーちゃん!これ運んで!」

コウタロウが呼ぶ。

今は食堂のピークの時間帯である。

「は、はい!それでは・・・」

「ああ・・・頑張れよ」

シェリーは一瞬笑顔を作ってから厨房のほうに向かった。

「そういえば・・・あの三人も謎が多いよな」

「そうですね」

コウタロウ達は昔何をやっていたのか話したことがなかった。

聞いてもはぐらかされることが多いのだ。

「ま・・・気が向いたら話してくれるだろ」

「無理に詮索する必要もありませんしね」

二人は今目の前にある料理を食する事に没頭した。





ついでに、今日は新しいエステ乗りが配属されることになった。

「君がこの基地に配属されたアリサ・ファーデッド中尉だね」

「はい!」

ここの新しい責任者がアリサに話しかける。

「ここが最前線と知って気負っているかもしれないから一つだけ言っておく。

ここは最前線ではあるがー

ある意味今現在の地球上ではもっとも安全な場所かもしれない」

「はいぃ?」

アリサは凄い角度まで首をかしげる。

「君も知っているだろう?「漆黒の戦鬼」の働きで

危険地帯が一転して安全地帯になってしまったと言うことだ」

アリサは信じられなかった。

自分がかなり優秀なパイロットと称されているのは知っている。

しかし、その自分がいたとしても安全地帯と呼ばれることは一度もなかった。

「あの「漆黒の戦鬼」は桁違い・・・いや、次元違いだ。

彼と張り合おうとするのは連合軍と一人で張り合おうとするのと同じだぞ。

君が優秀なのは認めよう。

・・・いや、君は「漆黒の戦鬼」の次に優秀だ。

だが、次元が違う。

止めておけ」

(次元が!?)

「彼の戦績は知っていよう?」

「・・・眉唾では?」

「いや〜映像に取れないぐらい・・・ではないんだが

かなり不鮮明に映る。

実際、あれで全滅してるから別にどうでもいいんだが」

(どうでもいいと!?)

アリサは信じがたい事実を耳にした。

映像に捕らえるのが困難なほどエステのスペックは高くないのだ。

「実際に見た人物からの忠告だ。

うわさではないから信用していいぞ」

「・・・はい」

アリサは少し憤りを感じるが・・・

原因はアキトがサラを戦場で落とした(惚れさせた)事にあった。

「稀代の女たらし」が自分の姉を取り、

あまつさえ自分が持っていた連合軍のエースの称号まで取られてしまったのだから

仕方がない。

「・・・彼はどこにいます?」

「ああ。あいつなら食堂にいると思う」

「食堂?」

この時間帯は既に食事を終えている時間である。

「なぜですか?」

「・・・あいつ「俺はパイロットの前にコックです」なんて言ってたからな」

(なんですとー!?)

・・・アリサは呆然とした。

最強のエステ乗りが「パイロットである前にコック」などと言おうものなら、

全世界のエステ乗りに喧嘩を吹っかけるような発言である。

「ま・・・ゆるりと食事でもして来い」

「は、はぁ」

アリサは食堂に向かった。



「アキトさん、ナデシコではアキコさんはどうしてましたか?」

「そういえば・・・聞いてなかったね」

食堂ではーもうピークが過ぎ、食事を終えようとしている人が何人かいるのみである。

コウタロウたちは終始楽しそうだった。

アキトと料理が出来るのは、やはり楽しいことなのだろう。

「あいつは・・・俺がみんなの元に戻るように躍起になってるよ」

「・・・アキトさんまだ逃げる気でいたんですか?」

ルリは少し怒ったような口調でつぶやく。

「一応・・・姿をくらます気はなくなったよ。

・・・後悔してたからな、アキコは。

ユ・・・コウタロウに会いたいと言ってた。

帰れるなら帰りたいと言っていた。

・・・そしたらそんな目にはあいたいとは思わなくなってた。

あんなことをしていた俺が、な」

「アキトは悪くないでしょ?」

コウタロウはアキトを慰める。

元来の童顔と、高い声なのでコウタロウは女言葉を使っても不自然には見えない。

むしろ女に見えるほうが自然なほどだ。

・・・元が女だし。

「そうだな、昔の事で愚痴言うのは格好悪いしな。

・・・それは置いといて、コウタロウはアキコに会ったらまずどうする?」

「え?う〜ん・・・慰めてあげたい」

「なんで?」

「一番傷ついてたのはアキコ・・・だったから。

関係のない人まで巻き込んで、アキコは傷つかないはず無いし・・・

ぼろぼろの心を・・・治してあげたい」

「その気概なら大丈夫だ。

アキコ、会ったら泣くかもな」

「アキトさん!」

三人の笑い声が厨房に響いた。

・・・ラピスは不思議そうにそれを見つめていた。


ぷしゅ!


食堂のドアが開き、アリサが入ってきた。

「・・・ミートスパゲティー一つ」

「はいはい!」

アキトはパスタをゆで始めた。

(どちらがテンカワ・アキトでしょう?)

アリサは少し迷った。

身長175センチ前後の黒髪に黒い瞳といわれたが、

当てはまる人物は二人、アキトとコウタロウだ。

アリサはスパゲティーを食べ終わり、

「・・・テンカワ・アキトさんはどちらですか?」

と、少々失礼だと思いながらも、ぶしつけに二人に聞いてみた。

「え?アキトは俺だけど?」

「・・・後でお話があります。

トレーニング室まで来て下さい」

「え?ああ」

アリサは出て行った。

「・・・あの人、サラさんに似てますね」

「そういえば・・・双子かな?」

コウタロウとルリは呟く。

「何かしたんですか?アキトさん」

ルリはアキトに聞く。

「・・・何も心当たりがないんだけどね」




「来ましたね、アキトさん」

「何の用か知らないけど・・・何か気に障ることでも?」

「私、アリサ・ファーデッドの姉、サラ・ファーデッドにふさわしい男性か見極めさせてもらいます」

「はぁ?」

アキトは訳がわからなかった。

サラを助けはした。

それがきっかけで軍に入隊し、ここに来たのも知っている。

しかし・・・こうまでぶしつけな勝負を仕掛けられるとは思わなかった。

(少し古臭いですが、相手の力量を測るにはこういう方法が一番手っ取り早いです)

アリサは自分の世界に浸っているようだ。

「・・・何か勘違いしてない?俺はサラちゃんには何も・・・」

「何もしていないのに軍に入りますか!?

姉さんは私が軍に入ろうとしただけで初めて本気で怒ったほどの人ですよ!

・・・そんな姉さんが軍に入るきっかけを作るほどの人物か見せてもらいます」

「・・・聞く耳をもたなそうだね。

仕方ない、相手になろう」

アキトは覚悟を決めた。

ここにあるエステシミュレーターはウリバタケの改造を受けていないため、

精度は格段に低い。

だがーアキトにはそれは関係ない。

あくまで反応の問題で、他は大差ない。

「いきます!」

「・・・話を聞かない女性の相手はもう慣れてる。いくよ・・・」



アキトとアリサが会話している時。

・・・あの三人は影からのぞいていた。

「・・・アキトさん、あの時の人の事でトラブってますね」

「う〜・・・やっぱり気になる」

コウタロウはアキトの事を気にしている。

・・・まあ本命はアキコだが。

「・・・アキト」

ラピスはアキトの事を気にしっぱなしだ。

「・・・「話を聞かない女性」ってだれだろうね」

「・・・」

ルリは黙っていた。

ここで本当の事を言おうものならしばらく口を聞いてもらえない。



「そこっ・・・」



どどどどっ・・・。



アリサのエステはラピッドライフルを乱射する。

しかしその弾は空を切るのみだ。

「なんで・・・」

打ち続ける。

「なんでよ・・・」

まだ打ち続ける。

「なんであたんないのよー!!」

アリサのエステは弾切れになった。

ミサイルもラピッドライフルもない。

残るはワイヤード・フィストとイミテッドナイフ・・・

どちらも距離を詰める必要があった。

だが・・・アキトは弾を一回も使っていない。

この時点で、アリサの負けは確定している。

「このおぉぉ!」

アリサはイミテッドナイフを構え、突撃していった。

その様はまるで出入りのやくざがどすを持って突っ込むように見えた。

「・・・そんな攻撃じゃ素人にも避けられるよ?」

アキトはあっさりかわし、エステを殴った。

ディストーション・アタックのような破壊力はないが、コックピットを貫くには十分過ぎた。

「GAME OVER」


ぷしゅー・・・。


「・・・負けたわ」

「なかなか手ごわかったよ」

「嘘をつかないでください。

一発も当たらず、しかも武器も使わずに勝たれたなんて・・・

「白銀の戦乙女」の名が泣きます・・・」

「・・・少なくとも俺が戦ってきた中で三人目に強い」

「・・・二人も上がいるじゃないですか」

アリサはため息をついた。

「私の上には誰がいるんですか?」

「アキコだ」

「ご兄妹ですか?」

「いや・・・あいつもナデシコに乗ってるクルーの一人だ」

「そうですか・・・」

アリサはまた、大きなため息をついてから言った。

「・・・サラ姉さんの事を・・・お願いします」

「だからー・・・違うよ。

サラちゃんはたまたま俺が助けただけで・・・

交際相手じゃないよ」

「え?そうなんですか?」

「そうなの!」

「・・・すいません」

「まあいいよ、誰でも間違いはあるから。

また今度相手になってよ。少し前から誰も手伝ってくれないんだよ」

アキトがその実力の一端を見せた日から、アキトの訓練に付き合うものはいなくなった。

もちろん、いい訓練になるかも知れないと頼むものはいた・・・が。

毎回瞬殺され、手加減をしてもらってもあまり意味がなく・・・

最終的には誰も来なくなってしまった。

「!はい、こちらこそお願いします!」

・・・ここでまたアキトのアキトスマイルが炸裂してしまった。

アキトの嫁候補ー一人増加(爆)。






「なんか軟派ですね。アキトさん」

「そうだね〜」

「・・・(怒)」




その日ー

木星トカゲの襲撃があった。

アリサは「少し用事を済ませてくるから無理しないで戦線維持をしといて」と

アキトの指示を受けていた。

アキトが何を考えているのかは分からなかったが、

態度から別に無意味な用事ではないと分かったのでそれ以上は追求しなかった。

「ぜんぜん減らないわね・・・」

明らかに長丁場、チューリップから排出される機動兵器と泥沼の戦闘を続けていた。

夜になっても戦闘は終わる気配がない。

「アキトさん、まだ〜?」

「もうすぐ来ます」

シェリーは冷淡に呟いた。

「アリサさん、もう少し下がっててください」

「はい?」

「時間です」


ぎゅうううぅぅん・・・・!!


コウタロウの一言とともに、一体のエステバリスが走った。

「あれが!?」

アリサの横を通り過ぎたのはー漆黒のエステバリス。

アリサが「白銀」アキトが「漆黒」、

まさに対照的な色合いである。

そしてアリサはそのエステを見て驚いた。

エステバリスの特徴は、小型かつ大火力だ。

しかし、アキトのエステはバーニアが大型で、

加速力は2倍以上である。

その手に握られているDFSはアリサが見たこともない武器だった。

「な・・・なんなの!?あのエステ!?」

イネスがいれば(もしくはアイなら)嬉々として説明してくれるのだろう。

誰も説明してくれない謎のエステにただ呆然とするアリサ。

「お待たせ!ソナーの配置に手間取って」

「ソナー・・・を?」

この状況では敵の位置を把握するのが困難だった。

戦闘が始まった時、夕方で、今は日が暮れている。

確かにこの状況ではソナー一台が戦況を左右しかねない。

「ちょっと下がってて!」

アキトはーこうして平然と会話しているものの、

普通のパイロットであればとうに気絶しているGを受けながらもこんなにリラックスしているのだ。

・・・彼にとってはまだ心地いいマッサージなのかもしれない。

「いくぞ!」

アキトがDFSを操ると、チューリップが一撃で真っ二つになった。

「・・・うそ!?」

アリサは、「漆黒の戦鬼」の恐るべき実力に見入った。

眉唾だと思われていた、あのどこにでも良くありそうな英雄伝説ー

それが現実だと知って・・・唖然とした。

シミュレーターではアキトのエステもノーマルであった。は

アリサも「白銀の戦乙女」と言うだけあってエステのカスタムもしている。

だが、アキトのエステはむちゃくちゃな設計思想で成り立っている。

バーニアが肥大化するということは、必然的に誘爆率が高まることなのだ。

ウリバタケは、バーストモードの使用によるフィールドの強化と、

アキト&アキコの圧倒的なセンスによって補える、と仮定したのだ。

そもそもーDFSがあるだけでも危険だから変わりはない。

そのDFSがあることによって敵の接近を許さないのも強みだが。

とにかく、普通のパイロットが乗ればGで気絶、

耐えられても制御不能のエステだ。

アリサでも乗りこなすのは不可能だった。

アキトの能力を考えて作られただけある。

ここまでアキトの能力を引き出せるエステを作れるのは、

あのウリバタケがいるからに他ならないだろう。

「・・・本当に次元が違いますね」

アリサはー張り合うことをやめるとかでなく、アキトに引かれ始めた・・・

いや、さっき既にハートを射抜かれてるか(爆)。

・・・とにかく今日は衝撃を受けることが多かったアリサだった。






作者から一言。

ははは・・・アリサ撃沈。

原作(時ナデ)と違ってアリサはこの日、サラには会わずじまいです。

何だかんだでアキトと一緒に料理がしたかったりする三人組がちょっとあれかも知れませんが、

そこはあれで、元の世界のアキト=アキコに会っても飛びつかないように訓練していると思っていてください(爆)。

あーーーー。ひねりが無い。

では次回へ。




改定後の一言。

変更は効果音のみです。

04年2月26日武説草良雄。