色とりどりの花が咲き乱れる花園。

花におしべとめしべがある。

もしそれを擬人的に例えるならば、ここは恋人の楽園だろう。

その花はいつしか枯れ、土に還り、今に生きる花の糧になる事だろう。

そして、ここに二本の枯れそうな花があった。

「ユリカ・・・」

「・・・あき、と」

二人は、刈り取られた花。

無知な人間によって刈り取られ、飾られ、水を与えられて、見られるために、望まないのに枯れさせられる運命にあった。

二人が望んだのは、ただ咲き誇り、自然に枯れていく事だけだったのに。


















こんなIFがあったとかいう話。








『二人だけで』

















「あなたは、既に死んでいる」

部屋に入ってきた白衣の女性の第一声はこれだった。

「面白い冗談だな、ドクター」

「生憎、冗談じゃないのよ」

「知っている」

白い診察室には明らかに不似合いの−。

もっと言えば、男そのものにも似つかわしくないだろう、黒衣の中肉中背の男がいた。

−名を、テンカワ・アキトと言った。

「・・・ついでに、その言葉遣いもやめて欲しいわ」

「・・・ああ、そうだな。

イネスさん、結論だけ聞きたい。

俺は・・後どれだけ持つ?」

アキトの一言に、イネスと呼ばれた女性は一瞬言葉に詰った。

長めに話を伸ばして−言いたくない事は後に廻したかった。

故に、彼が最初にそう言ってくると言い出しづらいものがあった。

そして、俯いて短くこう言った。

「・・・長くて一週間」

少し長めの沈黙が病室を支配した。

アキトの顔は絶望しているようには見えない。

特に感慨深そうでも無く、ただ、見えなくなった、光の返らない瞳で天井を見つめていた。

「長い」

「長いって、あなた・・・」

「長いよ。

俺は明日、いや、今すぐにでも死にたい」

「何を言ってるの・・・?」

「俺はもう誰にも愛されていない、誰も愛せない。

−だから早く死んでいい」

「滅多な事を言うんじゃないわよ!」

イネスが、身を乗り出して叫んだ。

恐らく、アキトの体が健康であったなら平手の一つでもかましているだろう−

それほどに彼女は怒っていた。

もっとも、それを見ている人間などいないが。

「あなたは愛されている。何人もの女性に。

それも、自分の人生を賭けていい位に!

けど、一度決めたと思ったらまた思わせぶりな態度を取って・・・!

どれだけ自分勝手なの!?」

「自分勝手、ですか?」

「ええ」

「なら、その言葉、そっくりそのまま返しますよ」

「・・・!?」

アキトは見えてもしない目で睨みつけた。

声が聞こえている方に適当に視線を向けただけだが、それでも充分に感情は伝わる。

「俺は、別に思わせぶりな態度を取ったわけで何でもない。

ただ、あの連中にユリカを好きにさせたくなかった。

ただ、俺の私怨をぶつけたかった。

そして、ユリカの元に戻るのが嫌だった。

それだけ、それだけなんだ。

・・・期待して待ってただけじゃないか、みんなは」

「・・・」

イネスはどこか、複雑な表情を見せていた。

確かに、彼に好意を抱いていた人間は多々居た。

しかし、積極的なアプローチはしても、直接「好き」だとは言っていなかったのである。

とはいえ、彼が一番愛している女性、ミスマル・ユリカとの仲が成ったのはイネスが居たからである。

放っておいてもその内、彼が告白をしたりしたのかもしれないが。

どちらともいえない、微妙な立場にいて、イネスは居た堪れなかった。

「・・・それに、ユリカと会ったとしても・・俺はどうして顔向けできる?

ユリカの命がどれだけかは分からないが、俺は目が利かないのに?耳も不自由なのに?

ラーメンも・・・作れないのに?どうしろって・・・?」

「それはラピスちゃんに」

「・・・数日前にリンクは切った。

そうでないとあの子は俺が死ぬ時もどこにいるか探すだろう。

何より、俺から離れることが出来なくなるだろう」

「・・・・・・・」

「俺はユリカが好きだ。

もし、ナデシコに乗っていた時に、誰かが俺に告白してくれてたら好きになってたかもしれないが」

アキトは虚ろな表情で目を伏せた。

「・・・今会ったって、あの時に戻れる訳じゃないんだ。

もう、終わりにしたい」

彼が言い切ると、イネスはかける言葉が無かった。

自分の事しか考えていない彼の考え方でも、自分には否定できなかった。

−十数年越しの恋を押し付けようとした彼女には。

だが、水のように重たくなっていた空気に、波紋が広がった。

『ばかばっか』

「!」

「!」

聞きなれた声。

アキトも、イネスも不意をついた声に驚いた。

「聞いてたの?」

『ええ、最初から。

ちょっとラピスに泣きつかれまして』

そう言うルリの隣には今にも泣きそうなラピスが居た。

彼女もマシンチャイルドとしての実力は確かなのだが、ラピスはアキトが居なければ全くの無力である。

心の支えをほとんど持っていない、彼女では仕方も無い。

故に、ルリが手を貸したのだろう。

無論、彼女もここを突き止めるのは容易では無かったのだろうが。

『アキトさん、どうしてそう考えるんですか?』

「どうしてって−」

『ユリカさんも、もって一週間です。

けど、泣いてます。

このままじゃ、長くないでしょう』

「・・・」

『けど、たった一週間でも、いえ、一分間でも。

アキトさんが居てくれれば、それはユリカさんにとって「幸せ」なんです。

あなただってそうでしょう?

もう戻らない、大切な時間。

でも、たった一週間でもゼロじゃない。

無理をしてまで、とは言いませんから。

本当に、誰にも愛されないで居た方が楽だと思ってるんですか・・?』

ルリの言葉に、アキトは揺れた。

確かに一人で気付かれないように死ねば、悲しませる事も無いし、それを悩む事は無いだろう。

しかし、一人で死ぬ事がどれだけ怖い事か、彼も知らないわけではない。

彼はかつて遺体置き場に打ち捨てられた。



その時、彼はとてつもない絶望と孤独を味わった。















周りは死体の山。



暗黒の世界。



無音の世界。



終わりの世界。



死の世界。



そして、自分の中から命がどんどんと消えていく感触。



怖い。



寒い。



暗い。



誰か、誰か居ないのか。



誰でもいい、傍に居てくれ。



出来れば、俺の手を握ってくれ。



多分、それだけで穏やかに死ねるだろうから。



誰かー!




















その時、既に視力は無いに等しかった。

死体を見ていたらもっと絶望していただろうか?

それとも見えていれば暗黒にいないだけマシだろうか?

どちらにせよ、彼は恐怖していたのだ。

−死に。

そして、それを思い出した彼は、思ったのだ。


愛する女性の傍ならばどんな場所よりも穏やかに死ねるのではないかと。


女性の方が先に逝ってしまっても、自分が死んだ先に居れくれるなら。

死ぬまで一緒に居てくれて、思い出を語れたら。

悲しいかもしれないが、孤独も、絶望も無い。

そして、温かいだろう。

一番幸せな死に方かもしれない。

自分に残された、最後の贅沢なのかもしれない。

何より−。

これで、愛する女性が、満足してくれるなら。

幸せだったと、楽しかったと笑ってくるなら。

それ以上に望む事は無いのではないか?

愛しているならば、一番してやりたい事なのでは?

そう思うと。

揺れるしかなかった。

『・・・私が言いたい事は、これだけです。

ラピス、あなたも言いたいことがあるのでしょう?』

ラピスは頷くと、一歩前に出て、話し始める。

『・・・アキト、私はアキトと居て、すごく、すごく楽しかったよ・・?

でも、私はアキトの目に、耳に、手に、足になるくらいしか出来ない・・・。

心は、励まされる事はあっても、励ますどころか支えられてるだけだった。

私はアキトの望むままにしたい。

それが今までで・・・これからも、ずっと・・・』

「ラピス・・・」

『エリナに、アキトが私に一人で歩いて欲しいからリンクを切ったって言われた。

アキトが望むならそうしたのに・・・。

私はアキトの望みは何でも・・・何でも、叶えるよ・・・?』

「・・・」

『強く生きて、自分を見つけてっていうなら・・・やってみせるから!だから!』

「・・・ラピス、お前は・・・一人前だよ・・俺よりも・・・」

『アキト・・・?』

「俺がお前に望むのは、強く生きて・・自分を見つける事だ。

もう、それだけで・・・・おれは・・・」

アキトは、その瞳から涙を零した。

『・・・アキトさん』

「・・・」

『これで・・・言い残す事は無いですか?』

「ああ・・・」

『では・・・アキトさん』

『アキト』

二人は息を揃えて、一声に言った。

『『ありがとう』』

そして、四角形のウィンドウは消えた。

真っ白な空間が元に戻ると、アキトは言った。

「・・・・ありがとう、ルリちゃん、ラピスちゃん・・・」






















−そして。

「ユリカ・・・」

「・・・あき、と」

二人は誰も居ない、広い広い花畑にいた。

色とりどりの花が咲き乱れ、蝶達が恋人を求める、この穏やかな楽園に。

二人は大きな大きな桜の木下で座り込み、肩を寄せ合っていた。

「俺のわがままに付き合ってくれて・・ありがとう」

「私こそ・・・帰ってきてくれて・・ありがとう」

二人の中で、お互いの言葉が、反響して、心を温めていく。

それだけで心の中が一杯になっていた。

本当の事を言えば、もっと長い間生きて、『幸せ』をもっと享受したかっただろう。

だが、それは口にしない。

たった今の『幸せ』があるから。

「・・・アキト、幸せ・・だった・・ううん・・幸せ、だ、よ・・・?」

「・・ああ、俺も、幸せだ・・」

恐怖も、絶望も無い。

二人の間には幸せと温かさがあるだけだった。

いつしか、二人の鼓動は止まり、枯れた。

だが、その顔は幸せそうで、ただの深い眠りについているようである。

起こしても起きない、そういう眠りをしているだけに見える。

眠った二人を、迎えに来た少女が一人、花畑を歩いてやってきた。

「ああ、今眠ったところですか。

もう少ししたら、みんな迎えにきてくれます。

ですから・・・ですから・・・」

表情はあまり崩さないが、哀しみの涙を流し、二人の前に膝を付き、泣き崩れる。


「誰も邪魔しませんからっ・・く・・・・今は・・・ただ、眠ってて下さい・・。




















−二人だけで−

































作者から一言。

やりきれねえぇー!

・・・いえ、多分、物足りないでしょう、このショートショート。

テーマは「死ぬ事でしか全てから逃れる事が出来ない、幸せになれない二人」と、

「中途半端で卑怯かもしれない、けど、これが人間の本性ではないか」という物です。

前者は、二人は自由に生きたいのに、環境に縛られ、心無い人に縛られ、世界に縛られていました。

となると「自分達が誰にも邪魔されずに自由になるための死」を描くというのは絶対条件かな、と。

それが一番幸せなのではないかと。

後者は、アキトの本質を成す性格の片鱗を僕的に最大に引き出すとこうかなと。

何故かグラップラー刃牙読んでたらこんな話を思いつきました。

理由は聞かないで下さい。

・・・でもきっついなー、死ぬのを書くのは。

BEN殿はどんなにキツイ目に会ったのだろうか?

代理人殿はどうですか?

では、また。

 

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代理人の感想

そこそこ、かなぁ。

人の死を用いて緊張感をちゃんと出してるのはいいんですが、ややテーマがぼやけているかと。

序破急でいうと、破が弱いといったところでしょうか。