短編小説集・こんなIFがあったとか言う話。





「耐えられなくなる事」












「ふうーっ」

「ご苦労様」

真っ白な病室に、二人の人影がある。

妙齢の女性・・・ブロンドヘアーで、さらさらとなびく。

だがその髪は染めた物だ。

亡き養母の希望で、日系人だった彼女は髪を金色に染めた。

彼女は養母に特別な感情を抱く事も無く、死に別れた。

その彼女は。

何に悲しみを感じて生きているのだろうか?

自分を長年育ててくれた養母の死にすら涙を流す事も。

一抹の悲しみを感じる事も。

手向けの黙祷をする事も無く。

彼女は、ただ生きている。

だが。

彼女と一緒に居る男・・。

まだ若いのだろう、顔には皺一つ無く、端整な顔立ちが見える。

ベットの上で上体を起こして座っている彼に・・・。

彼に、彼女は涙を流した事があった。

かつて・・・幼い頃に見た、優しい笑顔を持っていた・・・この男に。

「アキト君・・・あなたが治療を受けてくれる気になってくれたなんて・・・いまだに信じられないわ」

「はは・・・イネスさんがそんなに冷静になっているほうが信じがたいですよ、俺には」

アキトは額をコリコリと掻いた。

照れているようで、困った顔をしている。

その表情を見て、彼がほんの数日前までは火星の後継者を追いまわす復讐人であった事をどこの誰が分かるだろうか?

「その話をしたらイネスさん飛びついてきて号泣したじゃないですか」

「・・!

ごほっ、ごほんっ・・・。

いい、アキト君」

イネスは、咳払いをして誤魔化そうとする。

だが、アキトの顔に張り付いた笑みは消えそうに無い。

「・・・良いから聞きなさい

・・・非常に損傷が激しくて修復は不可能だと思ってたの。

でも、火星の後継者の持っていたデータのお陰で・・・何とか寿命も、感覚も常人並になりそうなのよ」

「おお、さすがですね」

パン、パンと手をたたき、拍手を贈る。

「・・・茶化さない。

・・・そもそもこんな技術を作れる事自体疑わしかったのよ?」


そう、モノを破壊する事は非常に簡単なのだ。


しかし、破壊されたモノを治すのは困難だ。

例えば、木の端くれをのこぎりで切ったとしよう。

切る工程は単純で簡単だ。

だが、それをくっつけるにはどうしたらよいだろうか?

接着剤と、答えるだろう。

しかし、それは治ったとはいえない。

元々の強度が無くなり、脆くなってしまう。

もしくは、釘でくっつけてみる。

それも、違う。

余計な物が加わってしまうし、形が変わってしまう。

治す、という事は相当に困難だということが分かるだろう。

「そもそも・・・治療を受ける気になった理由、まだ聞いてなかったけど」

「そうですねぇ・・・少なくとも、人並みに生きられるって聞いたからですかね」

彼は本来なら余命5年ほどだったのだ。

だが、イネスが必死に延命措置を模索した結果、充分に人並みの寿命を、生活を手に入れる事が保証されたのだ。


その時から、アキトは変わった。


頑なに妻と義妹の元に帰る事を拒んでいたが、最近は「その内帰るつもりだ」と言った。

前向きに、ただ、前向きに生きようとした。

たまに病室に現われるラピスという、彼の感覚補助をする少女が来ると、アキトは笑顔で迎える。

復讐をしていた時は決して見せなかった、笑顔を。

かつて復讐人と呼ばれた男の厳しさは、その顔からは見とれなかった。


やはり、仮面だった。


彼の復讐に荷担した者たちはその顔を見て、そう思った。

(時間があるだけでこんなに心にゆとりができるなんてな)

彼自身も、信じられないほどに心の中が穏やかだと思った。

無論、彼が迷惑をかけたコロニーの住民に対する責任を忘れてはいない。

だが、それ以上に、自分の生に対する考え方が変わった。

いや・・・自分が求めた物の大きさを、自分を求める人の気持ちを思い出した。

幸い、コロニー襲撃では死亡者は出なかった。

少なくとも、公の数字では。

全ての責任を負わせて連合軍が追い回そうとした。

それも含めて・・・彼は「自分が帰る場所は無い」と思っていたのだ。

しかし、それは気鬱だった。

責任を負わせたのは連合軍側の悪の部分。

その悪の部分の不祥事を全て公表し、テンカワ・アキトが諸悪の根源であるように仕向けたと発表されると、

世論に押される形で排斥された。

それを行ったのは、彼の義妹たるホシノ・ルリだった。

彼女の秘密工作により不祥事は全て表沙汰にされ、

残ったミスマル提督、ムネタケ提督に後始末を任せる形で責任は消えた。

それを聞いた瞬間、アキトは魂が抜けてしまったかのような顔をして・・・脱力した。

例えるならば、こうだ。

「責任」という空気があったとしよう。

「テンカワ・アキト」という風船にそれは詰められる。

最大まで膨れたそれが、一気に抜けたら、どうなるだろう?

空気で伸びでしまったよれよれの「テンカワ・アキト」が残る。

もし、責任がのしかかりつづけたら・・・風船は破裂していただろう。

よれよれの風船になった彼は・・・膨れすぎた自分自身が虚像のように見えた。

その脱力した姿が本当の自分で、責任で膨れすぎたのが復讐者の仮面を被った姿。

不思議とそう思えたのだから彼自身、不思議に思うのだ。

「じゃあ私は行くわ。

それと、退院を許可するから、後は週一の通院だけで良いわよ。

−好きな場所に行きなさい」

「はあ、そうですか」

イネスはすぐに出て行ってしまった。

すると入れ違いでラピスが現れる。

「アキト、体、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ」

アキトはベットから出ると、ラピスを抱きしめた。

ラピスは嬉しそうにそれに甘んじた。

「・・・♪」

「退院していいってさ。

−少し、散歩に行こうか」

「うん!」

彼女は随分と嬉しそうだった。

以前は−少なくとも、アキトが復讐に生きていた時はこんなに表情豊かではなかった。

だが、アキトが治療に専念し始めると、彼がラピスに『愛情』について教える為に過剰なまでのスキンシップを繰り返し、

結果、ここまで快活な元気少女となった。

もっとも、アキトだけが身寄りであるラピス自身、彼がスキンシップを図ろうとすればそれに飛びついて来てしまうのだ。

普通に接していたとしても、人並みに感情表現は出来るようになっただろう。

そして、ラピスがここまで快活になったのは、アキト自身の気持ちの具現化とも言えるのかもしれない。

彼が快活な人間を好むのは、彼の妻たるテンカワ・ユリカの存在があった。


彼女ほど快活で騒がしく、面白おかしい人間はいないだろう。


ナデシコに乗っていた人間は例外なく、そう答える。

あまり明るい性格ではないアキトはユリカの明るさに惹かれていた。

故に、自分の好みをそのままラピスの性格に反映してしまったのだろう。

そして、二人は公園に着いた。

「あ、アキトアキトー!今、お魚さんが跳ねたよ!」

「ああ、居たな」

はしゃぎながらラピスはくるくるとアキトの周りを忙しなく回り、嬉しそうな顔をしていた。

アキトはそのラピスの様子を見て微笑んでいた。

すると彼の後ろに、一人の女性が現われた。

「アキト君」

「エリナ・・・さん」

アキトは気だるそうに振り向くと、とってつけたようにさん付けで女性の名を呼んだ。

「いいわよ、呼び捨ててよ」

「いや、俺は・・・」

別にそういう仲ではない、そう言おうとして言い損ねた。

エリナはそれを止めるように言った。

「いいから」

「・・・ラピス、ちょっと離れててくれないか?」

「え・・・うん・・・」

どこか寂しそうにラピスは歩き、少し離れたベンチに腰掛けた。

そして、彼女が聞こえない距離に言った事を確認してから、アキトは話を切り出した。

「で?どういう用事なんだ、エリナ」

「至極、単刀直入に聞くけど・・・ユリカさんに会いたくないの?」

「会いたいよ」

アキトは単純な切込みを、さらに単純に切り替えした。

あまりにも素直な物言いに、エリナは目を丸くした。

彼は本来こういう性格だが、最近こういった正直な返事を聞いたことが無かったからだ。

そんな彼女を尻目に、アキトは続けた。

「今すぐ会って・・・抱きしめて、「ただいま」って言ってあげたい。

その後、一緒に泣いて・・・それで、美味しくなくてもラーメンを作ってあげたい」

「じゃあ何で会いに行かないの?」

そして、極当然の疑問を返す。

すると、思いがけない一言が返ってきた。

「我慢してるからさ」

我慢している?

何故?

会いたいと思っているならば、もう柵など無いはずなのに。

「な・・・なんで我慢してるのよ」

「まだ、我慢できるからさ」

すぐさま帰ってきたアキトの答えにエリナは眉をひそめた。

「何で我慢できるの?

あれだけ苦労して辛い目に会ったのに?」

「それは秘密です」

また要領を得ない、彼らしくない人を食った返事にエリナはあきれ返る。

そして、一言。

「・・・馬鹿ね、本当に」

「ふっ」

エリナの返事に鼻で笑う事で答え、アキトはエリナに背を向け、ラピスの方に向かう。

「ラピス、待たせたな」

アキトはラピスの小さくて白い手をそっと握った。

彼女はにっこりと笑って立ち上がり、彼の腕にしっかりと組み付いた。

アキトはただ空を見つめ、自分の胸に去来した、家族を愛しいと思う感情に微笑んだ。

「アキト・・?」

どこを見ているのか分からないアキトの瞳を見て疑問そうにラピスは声をかけた。

「ああ、何でもない、何でもないよラピス・・・」

ラピスに心配をかけないように、アキトは優しく言った。

頭を撫でてやると、嬉しそうに目を瞑っていた。



そして思った。







会いたい。



早く会いに行きたい。



ああ。



そろそろかな。



もう、こんなに会いたい。



もう、こんなに愛しい。



病院で寝ているはずのユリカの所に行って驚かしてやろうか。



ルリちゃんの所に行って、喜ばせてやろうか。



そう考えただけで、こんなに嬉しい。



胸の中が温かくなる。



どこか照れくさいな。



でも、それは良い事なんだろうな。



「我慢できなくなるってのも・・・いいもんだな」





俺は、ひとりごちると、歩き出した。






−アイツの笑顔を見に。































作者から一言。

ちょっと、表現の修行をしてみたいと思って、短編を書いてみました。

この話、漫画「ぼのぼの」にあった話を元にしたんです。

やっぱり、アキトが帰って来れないのは一分の罪悪感と、九分の責任感、そして九割の意地ではないかと。

別に問題なくても意地を張るのが男の性ではないかと。

それを自覚できないからアキトは帰って来れないと思ったんです。

じゃあ自然に自覚できたらどんな形で帰ってくるのかな?って考えたらこうなりました。

・・・あと、同時に投稿した二本とは日が離れているのでちょっと心境が違います。

溜めといた短編向きのテーマがバラバラだったんで・・・。

では、また。

 

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代理人の感想

ん〜。

目先が変わっているからか、今回の三本の中ではこれが一番良かったかな?

タイトルはちょっとネガティブな感じがしたんですが、いや、なかなか。

上手くナデシコに当てはめましたね。

特に「気が抜けた」あたりのくだりは大いに納得できました。

こう言う短編をもっと読みたいかなぁ。