まだ人気も少ないくらいの、霧が差し掛かる早朝。
アキトはジャージに身を包み、公園内を必死に走り込んでいた。
「はっ…はっ…はっ…」
ルリはベンチに座ってうとうとしながらアキトを見る。
日付が変わるまでずっと残業しながらも、
アキトのトレーニングについていくのをやめなかった。
──リハビリの間は何が起こってもおかしくはない。
ルリはアキトが体力をある程度取り戻すまでは油断できないと思った。
「…っだあっ…ぜー…ぜー…」
アキトは力尽きるように、膝をついて倒れ込んでしまう。
心臓が張り裂けそうに感じて、胸を押さえていた。
「二十分も走らないで…こんな状態になるなんて…」
様子を見ていたルリは首を横に振った。
「アキトさん、もう一週間もそうじゃないですか。
このまま戦うなんて自殺行為です。やめましょう」
「はぁ、はぁ、はぁーっ…。
そういうわけにもいかないよ…っ。
それに、少しはマシになってきたんだからさ」
「PMCをしなくても、
代替案を考えて回避する方法だって考える時間はあります。
…この時代のアキトさんに任せてもいいはずですよ」
アキトは深呼吸を何回かして、落ち着いてきたのか、
改めてルリを見た。
「そうじゃなくても、ルリちゃんを守れないなんて問題外だよ。
…俺だって、IFS強化体質かもしれない。
そうだったら狙われるかもしれないし…何があるか分からないんだ」
「…アキトさんの頑固もの」
ルリは呆れたように言った。
「こんな性分でごめん」
「…もういいです。
こういう時のアキトさんは止められないって分かっています。
まだ続けるんですよね?
せめて、少し休んでからにして下さい」
「うん、ありがとう」
アキトはルリの隣に座る。
ルリはアキトにスポーツドリンクを差し出すと、
アキトは礼を言って飲み始めた。
「…それよりルリちゃんこそ無理しないでね。
俺の鍛錬に付き合わなくたっていいんだよ?
仕事、忙しいんでしょ?」
「そっちは身から出た錆です。
…一応、準備のこともあるので完全週休二日に直してもらいました。
まだ大丈夫です」
「…うん。
あと三ヶ月は頑張らないとね。
ごめん、法律とか手続きとか任せきってて…」
「…アキトさんにはアキトさんしかできないことがあります。
PMCの事業が始まったらアキトさんの力のほうが必要になります。
さしあたっては働いたり、疲れた私をねぎらったりして下さい。
その為にも鍛える必要があるとは感じていますし…」
「そうだね。
この体力じゃ今の仕事ですら、ちょっと辛いくらいだから」
─アキトとルリは資金が準備出来ようと出来まいと、準備に使える期間を三ヶ月と考えていた。
既にナデシコ出向までのリミットは九ヶ月半。
PMCの設立準備が三ヶ月、会社を構築するのに三ヶ月と、結果を出すのに三ヶ月は必要と思われた。
無理は二人とも承知だったが、これが現在の期限として考えられる範囲だった。
「…そういえば、まだ会社の名前を決めてなかったね」
「良い候補を考えてあります。
「マルス?」
「ローマ神話の、戦と農耕の神です。
火星を示す言葉でもあります」
「…いいんじゃないかな。
戦の神っていうのはあまり好ましく感じないけど、
火星を目指す俺達にピッタリだと思う」
「ええ…『火星の後継者』なんかに火星をもう渡せません。
頑張りましょう」
「うん」
アキトは頷くと、スポーツドリンクを飲み干し、軽く柔軟を始めた。
呼吸を整えながら、しっかり筋肉を伸ばしている。
「…よしっ、続けよう」
アキトは今度は軽い型の練習を行っている。
突き、蹴り、手刀、掴み技、受け、捌き、避け、足運び…。
日本武道の流れを組む木連式柔の動きを繰り返していた。
「大丈夫ですか?」
「こっちはあまり本気でやらないでも為になるから大丈夫」
アキトの言葉通り、やや緩慢な動きの型だった。
「そうはいっても全身運動ですよね?」
「木連式柔は、非力でも使える技がたくさんあるから、
身体に覚えさせればまだなんとかなるんだ」
アキトは技が少しずつ鋭さを見せ始めたところで、倒れ込んでしまった。
アキトの足は、力なく震えていた。
「あたた…筋肉を使い過ぎた」
「ほら、無理しすぎですよ」
「分かったよ…少し休んだら帰ろう」
(こんな事じゃ月臣に笑われるな…)
アキトは苦笑する。
火星の後継者と戦っていた頃に比べればプレッシャーが少なく、
アキト自身はのびのびと鍛えているつもりでも、体は付いてこなかった。
この世界のホシノアキトの体力は相当に弱い。
それでも鍛えればなんとかなるとアキトは踏んでいた。
だが時間はほとんど残っていない。
火星の後継者から救助されたアキトがリハビリに要した時間は半年──。
それを上回るペースでの訓練が必要になる。
アキトの頬に冷や汗が伝った。
ルリは一人、土曜日に図書館にこもっていた。
会社の立ち上げに必要なものを調べている。
各種手続き、資金の計算、税金、株式、人員の確保、保険、雇用、福祉などなど…。
会社を立ち上げるための下準備、知るべき法律は多岐に渡る。
特に日本という国においては、軍事・傭兵を民間で行う必要が薄く、
法律が複雑になりがちである。
ルリの優秀な頭脳を持ってしても、一人で行うのは困難だった。
「…はあ」
メモに使っていたノートが切れてしまい、ため息が漏れる。
準備や下調べをアキトも手伝うとは言ってくれたが、ルリは断った。
ルリは会社を立ち上げた後は恐らく自分の身動きは取れないと踏んでいた。
それほどまでに、会社の事務処理は多く、複雑だった。
会社内で独自の労働システムをプログラミングする余裕はない。
業務の一部をアキトが負担したところで、
慣れない仕事をした時の危険さを考えると、避けたかった。
(…アキトさん、昔の屋台経営すらも危うかったから)
ルリはアキトの計算能力には問題を感じなかったが、
経費計算、税金計算、必要なことを知るのが苦手だったと記憶している。
そのため、ユリカとルリが手伝っていたが、それでも漏れが多数起こり、
最終的にプロスペクターに手数料を払ってチェックしてもらう必要すらあった。
もっとも、数年経験していればそのあたりもなれたのかもしれないが…。
ルリの端末がバイブレーターで着信を知らせた。
ルリは露骨に嫌そうな顔をした。
アキトは仕事中で連絡をもらう可能性が低い。
この着信は仕事先からしかあり得なかった。
端末を開いて、メッセージを確認する。
『ホシノさん、ヘルプお願いします。
重大度:A+』
「はぁ…」
ルリの表情が再び曇る。
土日を休みにしてても、ソフトウェア会社のヘルプは度々飛んできた。
アキトと居る時は無視するが、
一人の時は重大度B以上であれば一時出社して解決に当たる必要がある。
会社が近所であることがデメリットに働いていた。
(もうちょっと何とかならないものですか…?)
その後─。
アキトがコスプレ喫茶に就業して、二週間が経過した。
料理の勘も少しずつ戻ってきていた。
「おーい、ホシノさん、
チャーハンと天津飯一つずつ追加でー」
「はーい!」
「それとバナナパフェとイチゴパフェも」
「はいー順番に行きます」
アキトはなんだかんだでコスプレ喫茶での勤務はよくできていた。
キャラ付け演技は棒だが地のキャラが受け入れられて、
常連客がだんだん増えていた。
またナデシコでの各種調理経験があったこともあって、
メニューの幅が広がったのが、店としても助かることが多かった。
…ただ、アキトのレパートリーが中華に寄っていたので、店の雰囲気からは逸脱しやすくなっていた。
チップを含めるとすでに実質時給は1万円にまで膨れ上がっていた。
だが…。
「ホシノさん、またラブレター来てますよ」
店舗マネージャーがアキトを呼び止めると、
みかんの段ボール箱いっぱいに、ラブレターが山盛りになって現れた。
「こ、こんなに接客しましたっけ?」
アキトは、確かに大量にチップをもらっているが、
店が行列を成すほどは繁盛していないのは知っていた。
しかし、熱烈なファンが毎日常連として現れていた。
グループで、数人まとまって集まるせいもあり、
アキトは濃度の薄いコミュニケーションで大量のチップをもらっていることに、
罪悪感すら感じているにもかかわらず、ラブレターすら来るらしい。
「いや~~~~妻帯者なのにモテるよねぇ」
「え!?これ全部妻帯者って知ってておくってるんすか!?」
「ガッカリさせちゃいけないからホームページに一応ちゃんと書いてあるんだけどね」
「…そーいうところ親切なんですね」
「まあ半年は居られないんだろう?
それじゃあがっつり稼がなきゃ」
「あは、あはははは…」
アキトは諦めにも似た乾いた笑いを発した。
その後─アキトの時給は最終的に平均3万円にまで膨らんだ。
「テレビの取材とかちょこちょこ舞い込んできているけど、
出てくれないんだもんなぁ」
「…勘弁して下さい」
アキトはあまりメディアに出るつもりはなかった。
だが、それでも隠し撮りなどで雑誌、ネットニュースなどで名前や写真が流れてしまっている。
来店なしでラブレターを送付してくるファンもいる。
──既に、ファンクラブもできているというのはもっぱらの噂だった。
「…いいわね、彼」
コスプレ喫茶に似つかわしくない、毛皮のコートを着たギラギラした女性が、
アキトに熱い視線を向けていることに、
アキトも、店の誰も、気づきはしなかった。
「アキトさん、何でそんな厳重なんです?」
ルリは、週に一度のデート日に、サングラスとキャップをして、
人相を誤魔化しているアキトに疑問を問いかける。
「え?
あ、あははちょーっと有名人になっちゃったみたいで」
「ああ、これですね」
ルリが端末を見せると、
ネットニュースのトップにアキトの事がかかれていた。
『白い髪と金色の瞳の彼は一体何者?!』
『コスプレ喫茶で働く、天然白銀の美男子!』
『ファンは「堕天使」と噂する!』
アキトはネットニュースを見る習慣がなく、
自分の平凡な顔にマシンチャイルドの容姿が乗っただけで、
やたらめったに評価されていることに愕然と、呆然としている。
呆れたような困ったようなアキトの表情を尻目に、
ルリは冷ややかにアキトの様子を見ていた。
「る、ルリちゃん知ってたの…」
「ええ。仮にもアキトさんの妻ですから。
外見くらいではIFS強化体質であるかどうかはさすがにまだばれないでしょうし、
でも、これはこれで都合がいいんです」
「え?」
アキトの背中に大きく暗い背景が出てきた。
「る…ルリちゃーん…」
「使えるものは全部使っておこう、です。
…ぶい」
ルリは小さくVサインをする。
アキトはルリの思考がプロスやエリナに少し近づいているのを感じた。
「お…お手柔らかに…」
ルリはアキトが有名人になる事には反感がなかった。
体を壊す方向でなければ、それはそれで好ましいと思っていた。
ルリもかつて連合宇宙軍で「客寄せパンダ」と呼ばれてしまっていた経験がある。
ルリ自身はどうでもよかったが、その経験上、効果的と知っていたため、
アキトの容姿も何でも使っていかなければナデシコには乗れないと考えていた。
アキトは落ち着こうと、飲んでいたアイスコーヒーを半分ほど一気に飲むと、
容姿についての話から、ルリの髪型に触れた。
「…そういえば、ルリちゃん…ツインテールやめたんだね」
「アキトさんはそっちのほうが好きですか?」
「いや…なんていうかその…」
アキトは、ルリがユリカに近い姿を取るのは困りごとの一つだった。
何回か呼び間違えた事もある。
ルリにはかつてのトレードマーク、
ツインテールでいてほしいという気持ちがないわけではなかった。
「…やっぱりユリカさんに似てると気になりますか?」
「あ、いや…そういうわけじゃ…」
図星をつかれ、アキトはうろたえる。
だが、ルリはそれを分かっていた。
「…私が似せておきたいんです。
こうしていると、毎朝鏡の前でユリカさんに会える気がして、
ずっとつながって居られる気がして…なんだか落ち着くんです…」
「あ…」
「ごめんなさいアキトさん。
もう少し…この髪型で居させてください。
でも…次のデートの時は、ツインテールにしましょうか?」
「う、ううん、大丈夫。
別にこだわりがあるわけじゃないんだ…。
ルリちゃんの好きにしていいから」
「そうですか?
…それじゃ、そうします」
ルリの髪型をとがめる事などできなかった。
アキトも、ユリカを忘れることなど、したくなかった。
そして、アキトがユリカと言い間違えてしまうのも、受け入れていた。
それが原因でアキトとの仲が進展しないことすらも受け入れていた。
──二人にとっての『ユリカ』は、それほどまでに大きな存在だった。
「はっ、はっ、はっ…」
アキトは公園を走っていた。
アキトが目覚めて4ヶ月、
アキトがトレーニングを始めて2ヶ月─。
少しずつ体力をとりもどし、
ルリに人通りの多い時間であれば一人でのトレーニングをしてもよいと許可された。
トレーニングの成果か、ようやく連続して一時間程度走るのが平気になり、
18歳当時のテンカワアキトの体力を少しずつ上回り始めた。
とはいえ、そこから先の進歩にはだいぶ時間が必要に感じた。
ホシノアキトの育ちのせいなのか筋力の伸びが、特に良くなかった。
(栄養が…足りないのか…)
アキトはかつて五感を失った時になりふり構っていられない状態だったので、
かなり強力な薬物によるドーピングの恩恵が多かったことを思い出す。
そう考えると、現在摂取している市販のプロテインでは足りない。
健康体に戻りつつある今、少しずつ負荷の多いトレーニング…。
ジムでのマシントレーニングも可能な状態になった。
しかしこのペースでは、全盛期の体力には程遠い状態だった。
(…やっぱりこうするしかないか)
アキトは、コスプレ喫茶の勤務の時間が近いことからトレーニングを打ち切ることにした。
汗をぬぐうと、そのまま街中をランニングし始める。
「今日は…ここにするかな」
アキトはステーキハウスのドアを通る。
しかし、PMC開業のため、無駄遣いは禁物のはずだが…?
「いらっしゃ…」
挨拶を言いかけた店員の声が止まる。
「3ポンドチャレンジステーキセット、お願いします」
「か、かしこまりました…」
アキトを見かけて硬直しながらも、店員はキッチンに戻る。
「噂の『白い悪魔』…既に10店舗もの大食いチャレンジに挑み、
そのすべてを完膚なきまでにくらい尽くした伝説の男…!」
─そう、マシンチャイルド化したホシノアキトはとんでもなく大食いだった。
食費を押さえるため、そして足りない栄養を補うため、
『食べきったら無料!』『食べたら賞金!』という店に立ち寄り次々に撃破、
既に大食いチャレンジャーとして佐世保市内に名をはせていた。
アキト自身も最初こそ大食いな自分に嫌気がさしていたものの…。
「いや~やっぱり運動後の食事は格別だなぁ~♪」
取り戻した味覚を喜ばせる食事の数々に、
だんだんと楽しみを見出しつつあった。
ステーキとライスを交互に頬張り─。
テーブルの上には1ポンドステーキが3つ並んでいるにも関わらず、
肉が次々に消えていく。
「あ、すみません」
「な、なにか?
ギブアップですか?」
アキトは店員を引き留める。
店員は一抹の希望を抱いていたが…。
「いえ、これっておかわりできます?」
─結局、アキトは3ポンドステーキセットを3セット平らげてしまった。
コスプレ喫茶店員として目立つ事を避けようとしていた割に、
大食いチャレンジャーとして目立っていることには気づかなかった。
そうアキトは──本人は否定するだろうが、
ユリカとは別路線で世間とずれているところがあった。
「あ、賞金はいいんで」
この日、このステーキハウスは赤字になったらしい。
「…ねえ、このマシンチャイルドみたいな…アキト君みたいな…。
大食いチャレンジャーが居るんだけど…」
休憩中に見ていた雑誌を見せる女性。
「…他人の空似じゃないかい?」
「そうね…こういうキャラじゃないとは思うんだけど…」
「…一応、マシンチャイルドの研究を、
している研究所に探りを入れておいた方がいいかもしれないね」
「はぁ…ただでさえシークレットサービスも足りないっていうのに」
「直接話して来たら?」
「バカ言わないで、こんな事で手が離せないわよ。
…そんなこと言うなら一日くらい会長の仕事を代わりなさいよ」
「君が本当に行くって言うなら代わるよ。
すまないね、僕が鍛えている間まかせっきりで」
「…別にいいわよ、仕事だから…」
桃色の髪の少女が、試験管のようなカプセルの中で漂っていた。
試験管の前にある小さな札で「ラピス・ラズリ」とだけ書いてある。
二人の研究員は、その少女を見つめた。
「…今日も、あの子は眠っているのか?」
「ああ」
「…最後の実験体だ。大切に取り扱え」
「分かっている…。
しかし会長がこの研究所を突き止めた時は肝が冷えたな…。
ここは前々会長の派閥の組織だっただけに取り潰されるかと…」
「しかもこの子に名前を付けて、
大切に扱うように、とは…。
会長はロリコンだったか?」
「はは、ありえるかもな。
スケコマシで有名らしいからな。
今度は光源氏の真似事でもするんじゃないか」
「女性不信にでもなったかな。
まぁ…この研究所の唯一の生き残りだ…。
ロリコン会長にくれてやるのはもったいないだろう」
「まったくだ。
…いや、生き残りはもう一人いるだろう?」
「誰だ?」
「ほら、あの…ボロボロにして放り出した事を怒った子…。
えーと…ユリって、別の研究所の子が身元を引き受けていた…。
俺は新聞や雑誌を見ながら木星トカゲや軍の動向について調べていた。
半分も理解できる頭を持ち合わせては居ないが、
その半分以下の知識と情報でさえも今の俺には必要だった。
ルリちゃんが会社の設立に必要なことを調べてくれている以上、
教官になる俺も知らなければいけないことは多い。
…とはいえ、もう深夜の一時だ。
こんな時間にも関わらず、ルリちゃんは戻ってこない。
連絡はもらっているから心配はそれほどしていないが、それにしても遅い。
ルリちゃんがナデシコA時代、一人でオペレーターをしていた事を思い出す。
ルリちゃんははあの時ですら、大人と同レベルに仕事をすることに疑問を持たなかった。
そんな彼女が、会社で重要な位置にいる。
…ルリちゃんはもうすぐ辞めるから、責任を感じているんだろう。
責任感が強いルリちゃんが、これからで始める会社でも重要な位置を占める。
無理をさせたくないが、ナデシコに乗ることが確定するまでは、
かなり無理をすることになる。
分かっているからこそ、苦手なことにも向き合う必要があった。
「ただいま…」
ルリちゃんは疲れ切った表情のまま、アパートのドアを開けた。
「おかえり、ルリちゃん」
「あ、アキトさん…。
寝ていてくださいよ、私を待たなくても…」
「…ダメだよ、ルリちゃん。
会社と距離が近いとは言っても、こんな時間に一人で歩いているんだから。
何かあるといけないから…待つくらいは、したいんだ」
「…すみません、早く戻れるようにします」
本当に申し訳なさそうな表情で、ルリちゃんは俯いていた。
「いいんだ。
俺はそんなに朝早くないし、これくらいはさ」
「はい…」
俺はルリちゃんの足取りがふらついているのをみて、立ち上がった。
ルリちゃんは案の定靴を脱ぎ損ねてつまずいた。
「あっ─」
「危ないっ」
俺はルリちゃんを抱きしめて、倒れるのを防いだ。
…体が言う事を効かないところまで…頑張ってるんだ…。
「…ごめんなさい。
こんな事じゃ…」
「ストップ」
俺はルリちゃんが続けて謝罪をしようとしたのを制止した。
…俺達は何かというと、『ユリカの分まで頑張ろう』としてしまう。
だけど、その気持ちで無理をするのは違う。違うと思う。
ユリカがこんな状態のルリちゃんを見ても、
「頑張ってほしい」なんて思わないだろうから…だから…。
「こういう時は…助け合おう?
今は俺達二人しかいないんだからさ」
「…はい」
ルリちゃんは続いてユリカの事を口にしようとした事を、反省しているようだった。
…夫婦だから、って言えないのがもどかしい。
こんな時でもそう言えない自分自身の情けなさは理解しているが、
それでも心がこもらない言葉を言う気にはならなかった。
「あき…と…さん…」
「なんだい?」
「もぅ…だ…め……すぅ…すぅ…」
俺に抱きしめられながら、ルリちゃんは眠ってしまった。
決して楽な姿勢ではないのに…寝てしまうなんて。
俺はルリちゃんが凄まじい無理をしていた事を改めて気付かされた。
俺が…最初に助けるべきは…ナデシコじゃなくてルリちゃんなんだ。
ちゃんと頼ってくれるように、ならなくては…。
俺はルリちゃん布団に寝かせるために抱き上げた。
ユリカよりほんの少しだけ小柄になったルリちゃんは決して軽くはない。
だが、俺はルリちゃんを軽々と持ち上げられた。…もう少しで、多少戦えるようになるな。
馬鹿げた方法だと思ったが、タンパク質の大量摂取はかなり効いているようだ。
「ぁ…」
ルリちゃんは申し訳なさそうに声を出し、目が半分開きそうになった。
「眠っていいよ」
「…ぃ…」
少しだけ開いたルリちゃんの目が、もう一度閉じた。
今度は少し揺れても開かなくなっていた。
俺はルリを布団に横たえると、一人物思いにふけった。
もう、春が近い…。
ナデシコが出港するまで、あと半年…。
プロスさんがスカウトが始まるまでにはあと4ヶ月…。
時間がない…。
俺は焦る気持ちを押さえようとしたが、
エステバリスを何とか手に入れる方法を考えると、
とてもではないがどうしようもないと脳裏によぎる。
実際の値段を知るわけではないが、どう考えても家一軒より高くつく。
…確実に乗り込もうとするなら、ネルガルに身売りするしかないのかもしれない。
だが、それは今後の人生を投げ捨てることにつながる。
マシンチャイルドで居る限り、常に危険が伴うのは事実だが、
ネルガルの、特に社長派以下幹部に身柄を完全に抑えられるのは危険だ…。
アカツキとの接触も、逆行していない場合は危険だ。
どうしたものか…。
「…ユリカさぁん…」
俺はルリちゃんの寝言が聞こえて振り向いた。
「…ごめん…なさぁい…」
ルリちゃん…。
ルリちゃんと一緒にすぐ眠ってしまう俺は、ルリちゃんが寝る姿をあまり見た事がない。
まだ彼女は深く傷ついているんだ…。
…それに比べて俺は、妙に能天気になってしまっている。
ユリカの事を考える時間はまだ長いにも関わらず…。
ユリカを奪った火星の後継者の事を思い出さないで済んでいる。
火星の後継者と戦う日々の中見続けた─地獄のような実験の日々の、悪夢。
それをこの世界に来て、目覚めてからは一度も見ていない。
ありがたいとは思ったが、不自然すぎた。
思い出せないわけではないが、どこか他人ごとにすら思えている。
ユリカの事も、ナデシコでの出来事も鮮明に思い出せるのに、
自分自身の事と火星の後継者の事だけは、
妙に冷めた目線で見ている…怒りがこみあげてこない。
俺は…本当にテンカワアキトだったのか、疑問にすら感じる。
かといってホシノアキトとしての自分も、知らない。
だったら、俺は一体誰なんだ?
…堂々巡りだな。
「なんだか、本当に昔の自分にもどったみたいだ…」
俺は一人ぼやくと、ルリちゃんが眠る布団に潜り込んだ。
悩みがある割に、すぐ眠くなって寝てしまった。
悪夢にうなされない眠りは…やっぱりいいな……。
どうもこんばんわ。武説草です。
アキト・イズ・ずれずれ。
それは一体だれのせい~?私のせい~?遺跡のせい~?アキトのせい~?
…は、ともかくとして下準備の回となりました。
素人が開業するの、本当にハードル高いんですよね。
資金もですが法律が分からん!
起業してる人、ホントすごい…。
前回の予告より展開が進まなかったんで一度切りまして、
次回のタイトルがDominationに変更です。
そんなわけで次回へ、つづくぅう~~~ッ!
>きみのしっているほしのあきとはしんだー
>(大爆笑)
よぉし、やったぁ!
>いかん、それまでの展開が丸々頭からふっとんだw
いかんッ!?やりすぎた!?
…い、いやッ!笑いどころもないよりはずっといいッ!
楽しんでもらえる作品であることが大事ッ!
…そんなわけでどうもお粗末様でした。
ルリルリに着てほしいのは猫スーツ?それとも鎧武者?プリンセスのドレス?
あ、今ユリと名乗るユリカ似のルリにはもっと別のコスプレもいいんじゃないか?
コスプレ──ある者はそれを自己表現といい、ある者は自分を隠すためのものという。
コスチュームプレイ──その危険な遊戯の香りに惹かれて、危険な奴らが集まってくる。
…あ、でもこの話でコスプレするのは野郎のアキトだけだわな…。
職場がハロウィンのメッカに近く、ハロウィン当日は喧騒から逃れる為に、
一駅歩く作者が綴るナデシコ二次創作、
をみんなで見よう!
感想代理人プロフィール
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代理人の感想
9ポンドって4キロだぞ4キロw
それだけのカロリー、筋肉もつかないしそこまで体を動かしてもいないって、一体どこに消えてるんだか・・・w
なおサーロインで大体100グラム300Kcalなのでおよそ12000カロリー。
成人男性の一日の摂取カロリーが多めでも約3000である・・・パタリロか!
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