〇地球・東京都内・レンタルオフィス─眼上

『それでは出資の振込みが終わり次第、
 改めてご連絡差し上げます」

「ええ、ありがとう。
 …こんなたかるような真似をしてごめんなさい。
 軽蔑しているでしょう?」

『何をおっしゃいます!
 眼上さんのおかげで何十億稼いだと思っているんですか!
 ウチの稼ぎ頭はいつもあなたのところから出てくるんですから、
 これくらいお安い御用ですよ!』

「…本当にありがとう。
 そう言ってくれると、助かるわ」

私は電話を切ると大きく伸びをして、ため息を吐いた。
手元のメモと、パソコン上のデータを確認する。
─アキト君の芸能界デビューから既に2ヶ月。
彼の素質を生かすためのトレーニングもしてきたけれど、
本人の融通は利かない性格は許容できる範囲としても、
歌と踊りがあまりにも下手だったのは想定外だったわ…。
おかげでレコード会社に掛け合うことが出来なかったのは痛かった。
歌というのは宣伝効果がとんでもなく高い。
繰り返し聞かれる事で印象深くなりやすい。
アキト君が口下手というのもあって、
トーク番組やラジオ番組向きじゃないのもそれなりに問題だった。
けれど、2ヶ月活動を続けてくれた成果は出始めていた。
アキト君も不慣れながら仕事の幅は広がってきたし、
ユリさんもマネージャー業が板についてきた。
そのせいもあって、私はようやく資金集めの時間が取れるようになった。
アキト君のトレーニングと地道な営業の時間は、
私が他の仕事からフリーとはいえ、資金繰りに集中できる余地を与えてくれなかった。
このレンタルオフィスを拠点として、
私がタレントを送りだした各芸能プロに片っ端から出資を頼んだ。
既に一週間ほど経過した。
電話交渉のみならず直接交渉も込みで、40社ほどと時間を持った。
難航していないとは言い切れなかったが、すべての会社から出資は募れた。

しかし、そこまでやっても現状は25億円が限界だった。

芸能界は意外とお金が残らない。
一般人からすれば法外な額かもしれないけれど、
事務所同士のせめぎ合いで、タレントのギャランティは派手な生活をすれば残らない。
テレビ局はもっと資金を出し渋る。
何しろ、スポンサーが手綱を握っているのだから…。
そもそも「借りる」のだったらそれほど問題にはならない。
しかし「借りる」のではなく、完全に「出資」の形にしてしまう場合はそうもいかないわ。
アキト君たちからネルガルからの出資は避けるように言われたものの、
エステバリス・兵器の運用を聞く必要があったので、
ネルガル芸能を通じて軍事アドバイザーのゴートホーリー氏に話を聞いた。
彼曰く、

「兵器の運用は最初の購入費だけが問題ではない。
確かにこの運用計画であれば何とかなるかもしれないが、
それはあくまで『借金で兵器を購入しなかった』場合だ。

兵器を購入する事、ひいては戦闘行為をする事そのものが本来は割に合わないものだ。
戦闘単体で利益を上げるのは無謀とは言わないが、
素人がまともに運用していたらプラスマイナスゼロになりかねない。
出来るだけ被害を出さずに、かつ消耗をしなかった場合であっても、
兵器の購入分を借金してしまえば、返済は滞り、
修理がおぼつかず、増員のための新規エステバリス購入もできなくなるだろう。
…ネルガルの兵器を導入してくれるのは、ミスターが喜ぶだろうがな」

…ということだった。ミスターがだれかは分からないけど。
やはり当初の目標通り、完全にスポンサーを募る形式にするしかない。
この後は、企業関係者との話し合いになるけど、厳しいのは覚悟しないと。
それでもやるしかないわ。

「っと…その前に、軽くごはん入れておかないと」

腹が減っては戦が…ってアキト君の癖が移ったかしら?
















『機動戦艦ナデシコD』
第六話:deployment-展開-
















〇地球・東京都内・テレビ局駐車場─ルリ

私達は料理対決の後、二人きりで宣伝や番組収録に駆けずりまわっていました。

「…はあ…今日はあともう一件で終わりですよ…」

「りょー…かーい…」

日はすでに落ちています。
二人して既に満身創痍です。
私は自動車のキーを回した。
この中古の軽乗用車は眼上さんが二人の仕事用に買い付けてくれたものです。
──ホシノユリは一応運転免許を持っていたようです。
ホシノルリとしての私は運転経験がありませんでしたが、
ペーパードライバー講習を受けたところ、自分の運転に問題がないことが分かり、
眼上さんが資金集めに抜けるのと入れ替わりに、アキトさんと転戦に回りました。

「…その前に、少しお腹空いてませんか?
 アキトさん大量に食べるのに我慢してくれてますし…」

「ありがとう。
 次が大食いの仕事だったらよかったんだけどね…」

「ちょっとコンビニで買っていきましょう。
 適当におにぎりと飲み物を買ってきます」

「気を利かせてくれて…ごめんね」

「アキトさん、すごい顔売れてきてますから。
 私が行かないと危ないんです」

アキトさんは想像以上に売れっ子になりつつあります。
見た目ビジュアルバンドメンバーのように見えると評されながらも、
庶民的な感性を持ちつつ、ややズレているところから出てくるボケ、ピーキーな身体能力と、大食い。
これらが合わさって、何かといるだけで笑いが取れる人物と評されているようです。
元々目立つ見た目であることもさることながら、
外食に行くと必ず多く食べてしまうので、見つからない方が難しい状態です。

「…本当にごめんね。
 こんなことになってから、デートもできなくて」

アキトさんが私を気遣ってくれています。
…そんな言葉が出てくるなんて、思っていませんでした。
こういうのは嬉しいものですね。

「いいですよ…。
 あなたと居られるなら、それだけでも…」

私はコンビニに車を止める。
暗くなり始めたせいか、影になって少し隠れる場所だった。

「ルリちゃん」

「はい?」

ちゅっ。

「あ…」

振りむいた私に、アキトさんは唇を重ねて…。

あまりに急に起こった出来事に固まってしまいました。
私は自分の唇に触れて感触を確かめ、アキトさんを見つめていることしか出来ません…。

「…こんな俺を支えてくれて、好きでいてくれてありがとう。
 俺も、ルリちゃんが好きだよ」

アキトさんは、ハッキリと言ってくれました。
保留していた、私への返事を…ついに答えてくれました…。

「アキ…トさぁん…」

私はアキトさんに抱き付きました。
涙がこぼれてきます。
この言葉を…こんなに早く聞けるなんて…。

「もう…どこでこんな事覚えてきたんですか?
 こんなことされたらもっと好きになっちゃいますよ…?」

「…昼間のこと、冗談みたいに聞こえたかもしれないけど、
 結構、本気、だったり…して…」

アキトさんは俯きながら顔を真っ赤にしていた。

「ホントですか…?」

「…うん、料理バカって言われちゃいそうだけどさ。
 あんなホウメイさん顔負けの鍋捌きをしているルリちゃんが、
 すごく輝いて見えたんだ…。
 君と将来…一緒に鍋を振るいたいな…」

直球の、二度目のプロポーズ。
本当はアキトさんを強く抱きしめて喜びたい。
ありがとうって、愛してますって、言いたい。 その夢に、飛びつきたい。
だけど素直には喜べません…。

「確かに今の私は…。
 アキトさんの見た事のないタイプの女の子になっているかもしれませんね…。
 でも、この技もきっとホシノユリの持ち物です。
 ホシノルリの技じゃないですよ…」

確かにアキトさんは目覚めてからすぐに想いを受け入れてくれていました。
でも元々の私ではユリカさんとは比べようがない。
アキトさんがユリカさんに惹かれた部分を、私は何も持っていない。
このユリカさんに似た体も、アキトさんが惹かれる料理の腕も…ホシノユリのもの。
私は何の努力もせずにアキトさんに好きになってもらう資格がないように思います…。

「それでも、いい。
結局この世界じゃ、俺達はホシノ夫婦なんだ。

それくらい、いいじゃんか…。

君に素直に好きと言える、
ホシノアキトでいるのが心地よいって思えて…。
そんな自分が手に入ったんだって、
無くしてばっかりの人生じゃないって、思いたいんだ…」

アキトさんは自分のひざの上でぎゅっと手を握っていました。
私の脳裏に、かつて一緒に暮らす中で改めて聞いたアキトさんの過去が思い出されます。

両親を失い…貧しい中で故郷の火星を失い…。
地球に行ってもIFSがあるために自分の夢を失いかけ…。
ナデシコに乗ってからもパイロット兼業のため、コックの修行もそこそこに過ごさざるを得なくなり…。
大切な友達を無くして…。
その後も、ようやく手に入れた平和と小さな幸せを奪われ…。
最後はユリカさんまで…。

…アキトさんが何をしたって言うんでしょう。
改めて考えてみると、本当にひどいものです…。

今、アキトさんはテンカワアキトじゃない。
それでも、決して悪い人生じゃないって思えているんでしょう。
私はそれに応えられる。
応えて、いいはずです。

「そうですね…。
 私達、生まれのせいでたくさん無くしてきましたけど、
 少しくらい欲しいものが手に入っていいはずです。
 アキトさんに好きになってもらえる私になれた。
 それだけでも…それが偶然だったとしても、嬉しいです」

ここに来てから私が欲しいものばかり手に入っているようにも思いますが…。
手に入れたものにはすべて負い目がくっついてきてます。
私はホシノユリの人生を奪ったのかもしれない。
それでもホシノユリに返す方法がないですし、どうしようもない。
この世界で、この言い訳を繰り返しながら、私は生きるしかないんでしょう。
ならば、傲慢でも自分の気持ちに正直にならなければつぶれてしまいます。
分からないことや知らないことが多すぎますし、後悔や懺悔はすべてが終わってからすればいい…。
自分の幸せも、ナデシコも諦めるには早すぎます。

「俺も…いやホシノアキトが、なのかもしれないけど、
 ルリちゃんの事、好きなだけじゃなくて信頼してるんだと思う…。
 昔、ユリカに素直に言えなかったこともできなかったことも、
 ちゃんと言えるし、できる…。
 そんな自分が、嫌いじゃないって思うから…」

「アキトさん…」

私は小さくうなずいた。

「それじゃ、今から私はホシノユリです。
 ホシノユリで、いいです。
 ナデシコに乗るまでに、
 この名前にも慣れておきましょう」

「…うん、そうしよう。
 俺もホシノアキトだ。
 未来の事はまだわからないけど…。
 ちゃんと、君の、夫になる…から…」

アキトさんは私を見つめながらも、顔を真っ赤にして居ました。
私も顔が赤くなっているんでしょう、胸が高鳴りっぱなしです。

「…私もよい妻になります…。
 一緒に…歩いていきましょう…」

私は車から一度降りた。けど、足はコンビニに向かなかった。
やがて胸の高まりは収まり、今度は寂しさが去来した。
ユリカさんを置いて歩いて行く…歩いていくしかない、この状況。
寂しくないわけがありません。

ユリカさん…ごめんなさい…。
だけどこうするしか私は…私達には、方法がないんです。

根無し草の私達は、他の誰かを想うことなど出来ないですし…。

何より私達はあなたを忘れたくないんです。

あなたを忘れないで済む、アキトさんとじゃないと嫌なんです。

消えた未来のあなたの事を覚えておけるのは、私達しか居ないから…。

こんなの言い訳にしか、ならないですけど…。

アキトさんが私にとって一番大切な人だから、だけじゃないんです…。

あなたの分まで…頑張りますから…。

















〇地球・東京都内・コンビニ駐車場─アキト

俺は自分の感情を持て余して、泣いていた。
後悔や悲しさだけではない。
ルリちゃんと曇りなく歩んでいけることが分かって、嬉しいんだと思う。
新しい人生を楽しんでいるんだと思う。
まだ戦いは終わるどころか始まってすら居ないのに、浮かれているよな…。
ユリカはこんな俺達を見たらどう思うだろう。
彼女は、怒ってくれるだろうか。
いや、怒るな。あいつの場合は。
浮気者って大きな声を上げて、大粒の涙を流して、アキトとルリちゃんのバカって言ってくれるんだ。
だけど…最後にはきっと寂しそうに笑って、許してくれる気がする。
ほかの人だったら嫌だけど、妹のルリちゃんならいいよって、大事にしてあげてねって言ってくれる気がする。

そんなのは、俺の妄想かもしれない。

ユリカを、俺にとって都合のよいユリカに変えてしまっているだけなのかもしれない。
言い訳のためだけに、そんなことを考えてしまう自分が、最低だと思う。

でも…ユリカ…俺はルリちゃんを好きになっちゃったんだ…。
ごめんな…。

ルリちゃんは戻ってきた時、少し寂しそうだった。
俺も何も言えなかった。
俺達は静かにおにぎりを咀嚼してお茶で流し込んだら、黙り込んでいた。
だが意を決して、ルリちゃん…ユリちゃんに決意を伝えた。

「ユリちゃん…。
 本当にこんなことで俺達の目的が達成できるかはわからない。
 でも俺はナデシコに乗れなくても、もう後悔しないと思うよ…。
 きっと、それがこの世界での、
 俺達の限界なんだろうから…」

ユリちゃんは呼び方に戸惑うようにしていたが、やがて頷いてくれた。

「…はい。
 私も、そう思います。
 私達の生きる道はもう決まりました。
 後は…眼上さんを信じるしか、ないですね」

「うん。
 資金集めもだんだん進んでるみたいだし」

「ええ。
 彼女はギラギラしている見た目なのに、
 利潤を追及しているというより、
 人の輝きを追いかけたい一心なんでしょうが、
 芸能関係でもあんな人もいるんですね」

眼上さんには、いつも感心させられるばかりだ。
面倒見がいいだけじゃなく、相手のプライドを気にしてくれているし、
利益の為に相手を消耗させないのが一番利益に直結するという思考をしている。
あの人の下で働きたいという人は多いんだろう。
会社を始めたら、参考にしなきゃいけないことも多いと思う。

「本当に知らないことばっかりだ。
 狭い世界で生きてきたんだね、俺達」

「狭くても、世界は世界ですよ。
 家庭が小さくても世界であるように、
 二人でも、一人でも家庭というみたいですから」

なるほど。
ユリちゃんの言う通りだな。
誰かが生きているんだから、世界であり家庭か。
…戦争で死ぬ兵士、そしてその数だけ家庭がある。
俺も奪う側には二度と立ちたくはないが…。



─この考え方で、生き伸びれるだろうか?





















〇地球・ネルガル会長室─エリナ

私は会長席に座ってコーヒーを片手に書類を睨んでいた。
ゴートホーリーとプロスペクターから上がってきた報告をかみ砕いて考えた。
エステバリスの個人購入者が出るかもしれない、ということだった。
こんな事は私が生きてきた「前回」の世界では起こり得なかった。
それだけじゃない。
私の胸中を穏やかにさせなかったのは、その購入を予定している会社だった。

『有限会社PMCマルス』

火星を意味するこの会社の名前、社長・ホシノユリ、会長・ホシノアキトという名前。
芸能界で名前を売っているこの二人が、なぜこの会社を立ち上げるのか。

──考えられる理由はただ一つ。

彼らは『私とアカツキ君』と同じ境遇に居る。
そして何かしらの理由で、私達とは完全に別行動をとることを選んでいる。
この二人は──。

「──いい加減、看過できなくなってきたわね」

「ああ、そうだね。
 少し、接触をとってくれないかい?」

目を向けると、アカツキ君がドアの前でお気楽そうに突っ立っていた。
気配もなく入ってきたわね。

「そうしていると会長に見えるよ、エリナ君」

「そりゃどーも。
 代行でも会長職続けてればそうなるわよ。
 それじゃネルガルを譲ってくれるのかしら?」

「それは嫌だね。
 悪臭を放つ遺産がゴロゴロしてる会社だけど、
 それでも兄さんの会社だからね」

アカツキ君は、いつもの皮肉めいた笑顔で答える。
いつもそう。
「父親の会社」とは言わないのが、アカツキ君だもの。

「話し合ってきてくれ。
 その間は僕が会長職に戻るから」

「…全く、呆れるわよ。
 何にこだわってそんなトレーニングしているんだか」

「言ったろう?戦争に勝つ為さ」

「…やっぱり、戦うつもりなのね」

「ああ。やられっぱなしは悔しいからね」

アカツキ君の筋肉は、ナデシコ時代よりも一回り以上大きくなっていた。

「…そうならないように、努力はするわ」

「ああ、勝手にしてくれ」

アカツキ君は私に会社を任せながらも──私とは意見がかみ合ってない。
どうしてこうなってしまったんだろう。
まだ手を取り合って何とか出来るかもしれないというのに…。
私は冷めきったコーヒーを飲み干すと、会長室を後にした。

「アキト君…ラピス…あなた達はどうするの…?」

誰も居ない廊下で、私のつぶやきが少しだけ響いた。

















〇地球・東京都・テレビ局─アキト

俺とユリちゃんはテレビ局のリフレッシュルームで火星ソーダをすすっていた。
ようやくお昼の番組の収録が終わって一息ついていたところだ。
そろそろPMCマルスも宣伝が必要になり、番組の最後に告知をさせてもらったりと、
段々と会社らしいこともし始めた。
とはいえ、不慣れなことをしているのでカンペありでも内容を噛みまくってみんなに笑われてしまっていたが…。

「ふはー…今日は仕事これで終わりだよね」

「はい。
 資金集めの件は一段落していませんが、
 そろそろ会社の社屋を探す必要があります。
 今日は下見に行きます」

「社屋っていうけど、どうするの?」

「一応あたりはつけてあるんですが…。
 8メートルあるエステバリスですから、貸倉庫を借りて保管するのが良いと思います。
 カバーをかけて放置では整備も調整もできませんし。
 …ただ、調べたら300万円から1000万円ほどかかるそうで」

「…それって月当たりだよね」

「…月当たりです」

俺達二人はそろってため息を吐いた。
仕方のないことだが、やはり大金が必要なことばかりだ。
飲食店を始めるのとは桁が何個も違う。
どれだけ続けるのかは分からないけど、失敗したらと考えると気が重いな。

「若い二人が、なに不景気な顔してるのよ」

「眼上さん」

眼上さんは俺たちのテーブル席に陣取ると、
いくつかの書類を差し出した。

「待たせたわね。
 資金集めの中間報告をしに来たわよ」

「ありがとうございます…と」

ユリちゃんは自分の端末を確認すると、立ち上がった。

「…すみません、番組プロデューサーと話してきます。
 来週の収録について、相談したほうが良いことがあるとかで。
 アキトさん、聞いておいてください」

「あ、うん」

眼上さんはユリちゃんが席を立つのを意に介さず、
グラフの日ごとの集金の部分を指さした。

「資金の集まりは悪くないんだけど、鈍化しているの」

「そう…ですか」

名前が売れてきたとはいえ、俺はまだ所詮新人タレントだ。
俺達の目的にどれくらい賛同してくれる人が居るかは未知数だ。
だが…。

「今のところまでで30億円、集めたわ」

「す、すごいっすね」

俺は驚きに目を丸くするしかなかった。
正直、短期間にそこまで行くとは思っていなかった。

「…だけど内訳が、良くないの。
 私の関係者から25億、
 そして各企業から5億…。
 合わせて30億。
 正直、ネルガルとクリムゾンがあちらからスポンサーになると言ってくれているだけに、
 それ以外の企業からしか集められないのは痛手ではあるわね」

「すみません、変な条件付けて…」

俺は謝ることしかできなかった。
30億という額は十分ではないが、可能性を大きく押し上げてくれるくらいの額だ。
何より出資金を募るにあたって自分の関係者に協力を頼んでくれている。
それだけでも、本当に感謝に堪えない。

「いいのよ、あなたに無理を言ったのは私だもの。
 あとはこれから地道に営業していくしかないところね。

 あ、それと…これは未確定情報だけど、
 『ホシノアキトファンクラブ』からも結構出資金がたまってきているそうね」

「…あんまり、頼りたくないですね」

ファンの心理というのが、今一つ俺にはわからない。
出資してもらえるのは助かるが何か見返りを求められそうでな…。

「そういうと思ったけど、最後の一押しになるかもしれないわよ。
 …あと一ヶ月、できる限り集めて見せるけどね」

確かにそうだ。
それに少なくとも俺が動いたことで、資金が得られる可能性が上がったのなら、
この不慣れな芸能生活にも意味があるということで少しは誇れる。
そんなことを話していると、眼上さんに雰囲気が似た…。
しかし、さらに危険な色気を振りまいている、長髪の女性が俺達に近付いてきた。

「久しぶりね、マリア。
 中々面白いことをしているみたいじゃない」

「…ヨーコ。
 何しに来たのよ」

「ご挨拶じゃないの。
 せっかく私も、PMCマルスに出資を考えているのに」

「あなたの手は借りないわ!!」

眼上さんが激昂してヨーコと呼ばれた女性を睨んだ。
何か確執がありそうだな…。

「ねえ、アキト君?
 あなた格闘技は出来て?」

「え、まあそれなりに……」

「やめなさい、アキト君!」

ヨーコと言われた女性は、俺に興味を持ったのだろうか。
だが今の俺は鍛えているといっても格闘者から見れば相当に華奢な方だ。
それなのに格闘技ができると見抜くとは…。
しかし雰囲気の危険さといい、警句を発する眼上さんといい、
何かありそうだな。

「あなた、噂じゃ新しい会社を立てる為に資金を集めているそうじゃない?
 それじゃ、勝ち抜きの試合をしてみない?」

「勝ち抜きの試合…ですか?」

「そうよ。
 一戦勝つごとに一億円…。
 もちろん正規ルートから出資させてもらうわ。
 試合は通常の格闘技ではなく、非正規の試合だけどね。
 私を楽しませる試合をしてくれれば、追加の出資も考えてもいいわよ」

「……この試合の件は、表沙汰になりませんね?」

「アキト君!?」

眼上さんは俺を止めたいらしいが、
この不十分な体でも『一般の格闘者』に引けはとらないと踏んでいる。
一戦ごとに一億円…危険かもしれないが、悪くない取引だ。
非合法の戦いになるかとは思うが、それはかえって都合が良い。
木連式柔──現段階では表で使うわけにはいかないが、
非合法の試合になるなら、体格の差をひっくり返すのにいくらでも使える。
今の体力なら、破壊力が不完全でも一撃必倒の技を繰り出すことはできるだろう。

「ええ、約束するわ」

「受けます」

「やめなさい!そんな事してもユリさんは……」

「それじゃ、今夜お願いするわ。
 場所はマリアに教えるから、必ず来なさい。
 せいぜい柔軟を欠かさないことね」

ヨーコさんは俺を値踏みするように見つめた後、立ち去っていった。
…舌なめずりした彼女の顔は、北辰にそっくりの嫌な笑顔だ。
サディストしかしないであろう、歪んだ笑みに嫌悪感を覚えながらも、
俺の意識は急速に戦いに向かい始めていた。

「アキト君ッ!何考えてるのよ!
 あいつは危険な賭け試合をして有望な格闘家を潰す事で有名なのよ!」

「…時間があまりないんです。
 資金集めを早くする方法があるなら挑むしかない」

「あなたねぇ!
 ヨーコの悪辣さを知らないからそんなことを言えるのよ!」

眼上さんはヨーコさんについて詳しく話し始めた。

倉石ヨーコ──。
格闘技の大御所プロデューサーにして倉石総合格闘ジムの経営をしている、格闘技業界のドン。
眼上さんのかつての同級生だが、そのころから悪い噂が絶えなかったそうだ。
俺も格闘技について詳しくない頃から知っているような有名な格闘技番組は、
すべて彼女が取り仕切っているらしい。

だが、裏の顔は血を好む残忍な性格をしている。

表の格闘界では飽き足らず、放送出来ないような苛烈なファイトを見る為に、
暴力団やマフィア、そのほかありとあらゆる暴力機関とのつながりがあり、
危険な賭け試合を行っているということだ。
敗北しても怪我で済むこともあるが、
ひどくなると格闘家として再起不能になるか、死ぬ事もある。
それで表沙汰にならないのは彼女の力が大きいのもあるが、死ぬ事がめったになく、
ジムを持つため「スパーリング中の事故」ということで片付けられるという側面が大きい。
それでも不祥事になり得るが、もみ消すための下準備がしやすいのだろう。

彼女は特に顔立ちの良い男性が傷つくのを最も好んでおり、
まだ無名の格闘家を引きずりこんでは、壊すのを楽しんでいるそうだ。

「…危険な人ですね」

「そうでしょ!?
まだ間に合うわ、断りなさい!」

「勝ち目のない戦いはしませんよ」

俺は「勝てない戦い」を何度もしてきた。
しかし今回の戦いは楽ではないにしろ勝てないものではない。
まだ全盛期の40%に満たない俺の体力も、格闘技フィールドであればまだなんとかなる。
何より、今の俺がどれだけ戦えるか実戦で確認する機会がない。
今回はその確認も兼ねての戦いになる。

「格闘技の心得があるだけなら断っています。
 生き残るために戦ったことがあるから、勝つ自信があります。
 が、それだけじゃありません。
 大怪我をするような事はあっても、
 死なないようにする方法を知っています」

「だけど!」

「……眼上さん、あなたは俺達の全力を尽くしてくれてます。
 そしてこんなに心配してくれています。
 それだけで、十分です。
 無理をしてでも、後は俺が欠けている部分を埋めないと」

「……止めても無駄なのね。
 分かっていると思うけど死んじゃダメよ。
 ユリさんが悲しむわ」

俺も死ぬつもりはないが…ユリちゃんを持ち出されると、どうも弱いな。

「ユリちゃんには、黙っておいて下さい。
 怒られてしまいますから…」

「……男の人っていつもそうね。
 でも、試合中でも危なくなったらその場で呼んじゃうわよ。
 危なげなく、勝ちなさい」

眼上さんにも、何か嫌な思い出があるようだ。
だが、『危なげなく勝て』とは無茶を言う。
最も俺のほうが無茶をしようとしているんだがな…。
ユリちゃんには仕事というしかないだろうが、万一のために言い訳くらいは考えておくか…。


















〇地球・埼玉県・ホシノ"ルリ"の家─ルリ

私はホシノルリ。
IFS強化体質──。
まあぶっちゃけていうと、マシンチャイルドってやつです。
この名前、適当についちゃった渾名ですけど。
ナノマシンに支配された子供のようであんまり好きじゃありません。
とある研究所で生まれ育って──かすかに父親と母親の記憶はあるんですが、
今は訳あって里親に出されています。
里親なんですが、そんなに子供っぽくは扱われていません。
研究所の人曰く、「普通の女の子の生活もしてもらわないと扱いづらい」とのことですが。

この父と母、私を金づるとしか思っていないようです。

私は特異な見た目のせいもあって、通常の小学校には通えていません。
この両親、いじめとか面倒事が嫌なんでしょうね。
それだけならまだしも「社検」の取得を強要しています。

ここで一つ、「社検」というものについて簡単にせつ…なんか寒気がしました。
「社検」について解説を挟んでおきましょう。

かつて21世紀の日本には「飛び級」という制度がありませんでした。
そのせいで優秀な人材であろうと一定年齢にならない限り、進級進学ができない教育システムでした。
しかし、このせいで日本は21世紀の時代に後塵を拝す結果になりました。
他国は優秀な人材を輩出する期間を短縮、成果を上げ、来たるべき宇宙時代の準備を進めました。
日本はその競争に対応できず20年という時間を無為無策で過ごしてしまった。
政権が完全な世代交代を行った直後、一番最初に手を付けたのがこれ。
その以前から「大検」や「高卒認定」と呼ばれる試験がありましたが、
それを元に作られたのが「社会人検定」略して「社検」です。
この試験に合格したものは社会人として認められ、大卒程度の資格を得られることになる、というものです。
これさえ取得できれば義務教育のキャンセルも可能。
そして10歳だろうと5歳だろうと社会人扱いで就業が可能になり、就労や生活上で成人として扱われます。
無論、飲酒や喫煙などはできませんが、身長が足りてさえいれば各種運転免許の取得すら可能です。
あ、ただし結婚や養子縁組など一部手続きでは年齢が必要なものは実行できないそうですけど。
常に月4回程度、オンライン受験で取得できるようになっています。

この制度は最初こそ有名無実なものだったけど、その成果は確実に出始めた。
何とか遅れを取り戻した日本は、月への移民を成功。
極東での日本の立ち位置を、確固たるものにしたわけ。
現実的には9割程度の人間はこれを利用できないので、天才を動けるようにするための法律ね。
私の知ってる限り、テレビタレントでも歌のおねーさんのメグたん以外はあまり持っていないそうだけど。

と、細かい話はこれくらいで。
私は両親からそれを合格するように強要されているわけ。
まあ、大学卒業並の知識も求められちゃうので、私でも楽勝とは行かない。
マシンチャイルドとして頭脳の各能力は強化されていても、多少一生懸命にやる必要はある。
…ただ、身売りさせられたあとどうなるかって考えるとブルーになるわけで。
そう考えると一生懸命になるの、馬鹿らしいのよね…。

「はい、ごはん」

母がカロリーブロックと栄養ゼリーの並んだトレイを差し出す。
飲み物は、ただの水道水。もう慣れてるけど。
研究所でとっていた食事と変わらないから、飽きているつまらない食事。
行儀についてとやかく言われはしないからいいけど、つまらない。
ちらっとついていたテレビに、私によく似た男性が映り込んだ。
ホシノアキト…?

「父、この人は私の兄ですか?」

思いついた疑問を、ただ正直に義理の父に聞いてみた。
父は私の質問に「答えられない」ということが多かった。
だから期待はしていなかった。
だけど…。

「ああ、そうだ。
もっとも研究所が違うので、血はつながってはいないが」

意外にもすんなり答えてくれました。
思うに彼もこの父に里親に出されていたのかもしれません。
しかし父は苦虫を噛み潰したような表情をしています。

「…ったく、仕事についたなら金くらい送ればいいだろうに」

…ホント、嫌です。
この父。

でも、この『アキト』という人、
間の抜けたことばかりしているのでバカだと思うんですが、どこか憎めない気がします。
ちょっとだけ、会ってみたい。
肉親じゃないけどこの父と母よりは、一緒に居てみたい気がする。
機会が作れそうなら、会ってみよう。
そして──知っているか分からないけど、私の本当の両親の事を聞いてみよう。
そう考えられるくらいには、
私の短い人生の中で、初めて興味深いと思える人を見つけられました。
















〇地球・佐世保市・貸倉庫─ユリ

私はアキトさんと離れて、佐世保市内の貸倉庫を見に行きました。
本当は関東寄りの位置に行けばトレーラー移動で全国をフォローできるのですが、
現在のチューリップの配置が沖縄と佐世保の近海に集中していることと、
木星トカゲに襲われて社長以下従業員がすべて全滅してしまった倉庫があり、
その遺族から格安でこの倉庫を借りることが出来ました。
彼らは木星トカゲを追い払うことを心から願っていました。
最終的には木連との和平を行わなければならないものの…。
一時でも彼らの心の平穏を取り戻すためには、この佐世保を取り戻す必要があります。
段々と、私たちの戦いが引けないものになってしまっているようにも思いますが…。
それでも、やるしかない…。

「それでは、来月からお世話になります」

「頼みましたよ。
 …あいつらをやっつけて下さい」

私は静かにうなずきます。
こんな戦いはしたくありませんが私達の選択は、そういうものを含まずにはいられない。
少なくともこの佐世保を取り戻すまではやりましょう。
貸倉庫を後にした私を、雨が迎えました。
貸倉庫の管理をしている人に傘を借り、空港に向かいますが…。
空港で飛行機を待つ間に悪天候になってしまいました。
東京に戻らなければなりませんが、飛行機も欠航はしないでしょうがしばらく足止めを食ってしまったようです。
アキトさんも先にホテルに戻っていることでしょうし、お茶でも飲んで待っていることにしましょうか…。


















〇地球・東京都内・恵比寿駅・倉石ジム・地下リング─アキト

ざわざわ…。

会場内が、妙な熱気に湧いている。
ざわめく声が聞こえる。

「おい、ホントにあのホシノアキトがファイトするのかよ?」

「あの優男が?」

「アキト様ー!怪我しないでー!」

「この出資金の賭けファイト、業界内で悪評が多すぎて、
 もう誰もやらないと思ってたのに…」

「壊されるのがオチだぞ、やめとけやめとけ」

好き放題言われてるな…無理もないが。

「アキト君、ちょっとでも危なくなったらユリさんに連絡行くからね?」

「すみません。
 怒られるのは覚悟してます」

「…怪我してもいいけど再起不能とか死ぬとかはナシよ。
 後味、悪くしないで」

眼上さんのいうことももっともだ。
俺が無謀な事に付き合わせているだけの状態だ。
彼女は止められないと分かって、セコンドについてくれた。
それだけで大分気持ちが楽だ。
何しろ衆人環視の中で格闘をやるというのは初めてだ。
それなりに緊張もしている。
月臣直伝の木連式柔、今の俺にどれだけ使えるか…。
そんなことを考えていたが、そろそろゴングらしい。

『赤コーナー…倉石ジム所属、
ボクシングの期待の新星、『渋谷のロッキー』こと、
宇田川拳司!』

ワーーーーーーッ!!!

会場内が湧いた。
かなり有名な選手のようだ。

「ッ!
 まさか、あの宇田川選手を…」

「知ってるんですか?」

「最近頭角を現した、ライト級の選手よ。
 ボクシングは私も詳しくないんだけど、
 ここまでの10戦、すべてKO勝ちで進んでいる…。
 しかもそのすべてを、2ラウンド以内に撃破しているとか」

眼上さん、詳しくないと言いつつ、戦績までしっかり教えてくれたな。
メディアの露出が多いタイプなんだろう。

「…アキト君、本当に勝てるの?」

「ダメそうに見えたら、タオルでも投げて下さい」

俺は屈伸しながら、宇田川選手のほうを観察する。
体重は同じくらいか、俺のほうが上だろう。
だが、相手のリーチのほうが長い。致命的に不利ではない。
…まあ、この程度の相手に手こずっている場合ではないだろうが。

『青コーナー…眼上プロ所属、
命知らずの大食いチャレンジャー、
ホシノアキト!』

「…なんかほかに、呼び方なかったのか?」

ブーーーーーーッ!!

「アキト様負けないでーーー!」

わずかに声援もあるものの、俺に対するブーイングが激しい。
ここは確かにアウェーだが、露骨だな…。

『このファイトはノールールデスマッチです。
 武器の使用以外すべて許可します!!』

倉石さんが高らかにこの非正規試合のルールを説明する。
本来反則になる攻撃の許可は、強みにはなりづらい。
昔の俺だったらそういうダーティな戦い方も選択肢にはあった。
だがこれは命を賭ける必要はあるが、命の取り合いではない。
過剰に相手選手を傷つければ、報復目的の危険な反撃が予想され連戦するにも危険が増す。
そういう意味でも、この試合は俺に不利な条件が多い。
そんな考えはお構いなしに、倉石さんは試合の開始合図を指示する。

『ファイッ!』

カーンッ!

ゴングが鳴り響き、試合開始が知らされた!
俺は突進してくる宇田川選手を迎え撃つ!

「アキト君、危ないッ!」

「シュッ!」

宇田川選手は連打を行いながら適切に呼吸を制御して、
連打をしつつも冷静に俺を追いつめようと様子を見ている。
今の俺は、昔より打撃に弱い。
骨の密度も筋力もやや低く、かつ五感が戻っているせいで、
普通より余分に痛いと感じるはずだ。
本来は精神力と集中力、アドレナリンの分泌で防げるものだが、
現状は肉体に引っ張られているせいか、そこまでは出来ないようだ。
現にこのラッシュを捌きながら受けているだけでも、
舌打ちが出るくらいにはうっとおしい痛みが走っている。
直撃は避けられているが、ボクサーのスピードにはまだ慣れられていない。
ここまで弱っているのかと吐き捨てたくなる。

「おらぁっ!」

宇田川選手は、俺のディフェンスを揺さぶるためか、
大きなスイングパンチを繰り出そうとしてくる。
だが、引っかかったな!俺はそれを待っていたんだ!

ガツンッ!!

















〇地球・東京都内・恵比寿駅・倉石ジム・地下リング─眼上

私は、夢でも見ているんだろうか。
あの中肉中背の、鍛えられているとはいっても、
モデル体型が少し筋肉を付けているだけのように見えるアキト君が、
次々に本物の格闘家を撃破している。

第一戦、ボクシングライト級、宇田川選手。
開始1分、ラッシュの最中に繰り出されたスイングパンチを見逃さず、
アキト君は宇田川選手に突進。
全体重を乗せた頭突きで宇田川選手の眉間を直撃。
泡を食った宇田川選手を、即座に寝技に持ち込んで、腕ひしぎ十字固め。
あまりにあっけない幕切れに、会場は騒然とした。

続いて第二戦、空手全日本選手権大会三位、加藤選手。
型の中でしか使わないような、危険な技を繰り出し続けるも、
宇田川選手ほどのスピードが無く、アキト君にあっさりと打撃を捉えられ、
小手返しでダウンを奪ってからの下段突き寸止め。
反撃の機会すらない追いつめ方で、加藤選手のギブアップで勝ち。

第三戦目は、レスリング出身のプロレスラー、イワン・ザンギエフ選手。
身長2メートル、体重が150キロを超える巨漢で、
総合格闘技に挑んだこともあり、打撃に対する耐性がけた違い。
アキト君に棄権を勧めたものの、却下。
試合が始まってからいつでもタオルを投げ込めるようにしていたのに、
突然起きた現象で体が固まってしまった。
イワン選手がアキト君を両手でつかんで投げの体制に持ち込もうとした瞬間、
アキト君はその腕の動きより早く沈み込み、巴投げで投げ飛ばしてしまった。
どこにそんな力があるのよ!?
もちろん、イワン選手はその程度で参るはずがなく、アキト君に突進してきた。
アキト君はその突進の力を利用して、イワン選手の頭をコーナーポストにたたきつけた。
クッションがあるとはいえ、鉄のコーナーポストにそのおそろしい体重を預けたため、
さすがのイワン選手も一瞬意識が遠のいたようだった。
その隙をついて、アキト君がロープの強さを確認、
思い切り走り込んでロープワークを行い、自分自身をパチンコのように撃ち出し、
イワン選手の頭部に、膝蹴りをお見舞いした。
立て続けに頭部に強い打撃を受け、イワン選手は昏倒。
アキト君もさすがに相手の心配をしたようだけど、
試合後、イワン選手はすぐに立ち上がって苦笑いをして握手の手を差し出した。
それを見てアキト君もホッとしていた。

第四戦はテコンドー世界大会三位、キム選手。
キム選手はことのほか素早く、そして重い蹴りを持っていたため、
トリッキーな動きに翻弄されて、アキト君も何回か受けて転んでしまった。
私は危ないかと思ったが、隣でヨーコが苛立っているのを見て、
彼女はキム選手の蹴りがちゃんと入っていない…。
ポイントをずらして受けているのが目に見えているようだった。
この試合は思ったよりも長引いた。
テコンドーはアキト君も初めて見る格闘技だったらしい。
しかし、アキト君はその技の質とパターンを見切ることに集中していたみたい。
後半になると五分の防戦一方の展開が嘘のように、ひっくり返った。
アキト君はキム選手の動きを真似て、全く同じ動き、同じコンビネーションで合わせた。
互いの技で動きが相殺され、左右対称のように動く。
まるで、踊るように。
キム選手も苛立ち始め、大技で決着をつけようとしたようだけど、
その動きすらもアキト君には見切られていたらしい。
正確に言えば、間合いが読まれていた、というんだろうか。
リーチや脚力にはそれぞれ限界がある。それを読まれたようだった。
最後は、飛び蹴りを繰り出そうとしたキム選手を空中で捕らえて、
変則のパワーボムでリングに叩きつけた。
受け身も取れずに背骨を打ったのか、悶絶するキム選手。
これで決着。

そして五戦目──。
たった今戦っている、八極拳のユン。
彼はどうやら格闘業界の人間ではなく、流しの用心棒をしている人らしい。
…ここにきて、暴力団関係者の登場。
第四戦まではヨーコの組む試合にも出てくる選手だけど、
このユンという男…用心棒で食べていくには、こんな試合で負けてはいけない。
そんなプライドをかけている男を引きだしてしまった。
ヨーコも、もう引けない所まで来てしまったらしい。
闘っている二人の間では木人拳のように、
お互いの重たい打撃が伸びきらぬうちに相殺され、
互いの手足に、無数のあざを作っていた。

「ユン!方法は問わないわ!
 必ず殺るのよッ!」

「アキト君!ギブアップした方がいいわ!」

「冗談じゃ…ないっす、よっ!」

ユンの放った蹴りが、アキト君の腹をかすめて皮膚を切り裂き、出血する。

「…よくかわしたな」

「間合いを読んだつもりだったんだがな」

「いやお前は正しく間合いを読めているさ。
だが、俺の蹴りの鋭さが普通じゃなかったんでな」

二人のやり取りで、私は気付かされた。
この戦いでは、ギブアップ宣言をしようとしたところで技を受けてしまう。
今の互いを讃えるような会話でさえも、駆け引きであり、技である。
うまく打たなければ、致命の打撃を受けることになる…それが素人目にもよくわかる。
この戦いでギブアップを宣言するのは、恐らく敗北することよりも危険なのだろう。

「決めよう」

ユンは腰を落として、大きく拳を後ろに引いて構えた。
アキト君も、同様に大きく後ろに足を引いて構え、応えた。

「抜き打ちか」

アキト君は、どこか懐かしいような…そして困ったような表情で、ユンを見た。
二人のにらみ合いは長かった。
殺気立ってはいない。闘気すらないようにすら見える。
しかしそれ故に、二人が何を考え、そしていつ動くのかが全く読めない。

会場が静まり返った。


何秒、何分止まっているんだろう。


誰もが彼らに意見できない。


永遠にこのまま止まっているんではないだろうか。


そう思うほどにこの時間が長かった。


観客全員が、わずかな空気の動きすらも感じるほど二人の動きを注視した時。


二人は完全に同時に動いた。


そして、交錯する拳が私にも見えた。


当たったのは─アキト君の拳だ。


鈍い音が響くように繰り返された。


ユンが倒れた時、
ついに私達の時間が正常に戻った。

「…紙一重だったな」

「ずいぶんと…分厚い紙一重だ、な…」

「お前がこんな小細工してなかったら相討ちだったよ」

アキト君の耳に…針が刺さっている。それを引き抜いて見せた。
ユンは含み針を使っていた?

「目を狙ったようだが、読めた。
 真っ向勝負で相討ちするよりは、負ける確率があっても勝つための小細工か…」

「分の悪い賭け…だった…がな…」

ユンが完全に気絶した。
…とはいえ、恐らくこれでもうヨーコは選手を持っていない。
この賭け試合も、何とか無事に切り上げることが出来たみたいね…。
ヨーコは苛立った様子ながらも、負けを認めたのか、脱力した。

「…これまでね。
アキト君、マリア、あんた達の勝ち──」

「ちょーーーーっと待った!」
バッ!

観客席から一人の男が飛びだし、そのままリングに着地した。

何てジャンプ力…。
その男は、レフェリーのマイクをひったくり、アキト君に指をさして叫んだ。

「俺はヤガミナオ!
ホシノアキト、俺と戦ってもらうぜ!」

ヤガミナオと名乗った男は、楽しそうにアキト君を挑発していた。













〇作者あとがき

どうもこんばんわ、武説草です。
ナデシコメインで行こうとしたらナオも出てくるし、思いのほか準備編が長引いてしまってあるぇ?
と思いながらこの文章を書いております。
でも書きたくなったら止まらないのも致し方なし…。
たのーしー。

わずかに前進したアキトとユリ。
自分たちの生き方に迷いながら、決意も新たに進み始める。
しかし動き出すアカツキとエリナ!彼らは何を考えているのか?
そしてルリはアキトに出会うのか?
ユリを置いて戦いに挑むアキトの目のヤガミナオの実力やいかに!
そんなわけで次回へ~~~ッ!





※年末年始書き溜め期間のため、来週の更新はお休みします。






〇代理人様への返信

>三ヶ月で五十億って無茶にもほどがあるwww >ホントに達成できたら色々な意味で伝説だなw
資金の量もさることながら正規ルートで集金するともろもろの制限を被るので、
かなり余分に確保する必要があったりなかったり。
そう考えるとマシンチャイルドのハッキングの強さが再認識されますね。







~次回予告~

良い子のみんな!賭け事は大人になってからほどほどに!
鉄骨渡りや地下労働になっている人の真似はダメだよ!
え?そうじゃなくてもバイト代も給料も安い?世知辛いのじゃー!
ダークなリングでクリーンファイトを貫くアキトの前に現れる、
ヤガミナオはいかなる技を繰り出してくるのか!
彼の戦う理由やいかに!

グラップラー刃牙のアニメを見ながらこの作品を書いている作者が送る、
ちょっと砕けたアキトが走るナデシコ二次創作、


『機動戦艦ナデシコD』
第七話:Drastic plan review-抜本的な計画の見直し-



をみんなで見よう!























感想代理人プロフィール

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代理人の感想 
えーっ! 
ナオさんの登場で色々ブッ飛んだwww
そりゃまあ時ナデ展開でなくてもいてもおかしくはないんだけどw


>二人して既に満身創痍です。
>眼上さんが資金集めに抜けるのと入れ替わりに、アキトさんと転戦に回りました。

満身創痍だの転戦だの、芸能界は戦場だなあw


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