どうも、テンカワアキトっす。
PMCマルスで木星トカゲのトラウマを克服しようと思ったけど…。
この、芸能人兼会長兼小隊長兼食堂コックの(兼業っぷりも不安だ)、
俺にそっくりの『ホシノアキト』に不安が絶えない。
…なんていうか能力がものすごい反動なのか、
性格が妙にピュアっていうかアホっていうか…時々ものすごい子供っぽくなる。
今も食堂のピークが終わって、一息入れながら自分の食事を食べながら、
テレビで再放送のゲキガンガーに夢中になっている。
経験が多い方でも年相応じゃないと思っていたが…お前本当にいくつなんだ。
そのせいかここに来る前まで抱きかけていた能力差のコンプレックスは吹き飛んでくれた。
しかし保安部のナオさんから、

「お前、ホシノの方と性格まで似てるところあるよな」

…という不名誉極まりない評価をいただいてしまった。
そんなはずはない、とみんなに話を聞いてみるが…。
八割、ナオさんと同じ感想だった。

ぜッッッッッッッッッッッッたい似てないッ!!!

「テンカワさん、そっくりですよ」

…ユリさん、聞こえてます。















『機動戦艦ナデシコD』
第十三話:double seaters-二人掛け-
















〇地球・東京都・ネルガル本社・会長室─エリナ

私はプロスに先んじてホシノルリをスカウトした。
理由はいろいろある。
本来の時期より早めにスカウトした方が利点が多い事、
ユリから『目の前で買われるのはつらいです』と注意を受けた事、
そしてルリ自体の情操教育の観点からナデシコ出航までの時間を、
PMCマルスでラピスとともにある程度過ごすのが最適であるという事。
そうじゃなくてもルリ・ラピスの二人体制でのオペレーターシフトが望ましいし。

「あのねぇ、思春期の女の子を人身売買同然にしようとしていたのよ?
 どういうつもりよ?」

「いえ~~~~申し訳ないです、はい」

プロスは、なんというか『性格に問題はあるが腕は一流』のお手本のような人よね。
微妙に気遣いを欠く時があるわ。
時々不謹慎なまでに利益の話をしだす…私も人の事は言えないけどね。
ラピスも同意したとはいえ、都合よく利用していた事は事実だし…。
罪滅ぼしじゃないけど、できるだけいい生活を送れるようにしたい。
少なくとも、戦う時以外は精神的に安定できるようにはしてあげたい。
この点についてはユリもアキト君も納得してる。
マシンチャイルドである以上、色々と敵は多いからどんなに頑張っても限度はあるけど、
できる、限りね。

「まあまあエリナ君。
 それくらいにしておこうよ。
 僕らだって子供を戦場に送る悪党なんだから」

「あのねぇ!確かにそういう自覚はあるわよ!!
 でもね、選択肢がないような事をしてるんだから、
 気持ち良く出て来れるように気を使ってあげないでどうするのよ!
 私たちは大人でしょう!」

「おっとっと…そうだね。
 プロス君、そういうわけだからルリ君と、
 ラピスにはちょっと気を使ってもらえるかい?」

「いやはや、気を付けますです、はい」

プロスはサラリーマンらしく丁寧にぺこぺこと謝っている。
…こういう所はあんまり信用ならないのよね、この人。
上下関係がある以上、欠点を直しはするけど反省はあんまりしない…。
なんだかんだでプロスもナデシコで丸くなったところがあるから。

「それはそうと、PMCマルスの戦闘の撮影準備は十分かい?」

「ええ~バッチリです。
 何しろわが社の命運にも関わることですし、
 勝てるかどうかはさておいても、宣材になりえます。
 カメラマン、ドローン空撮、ともに十二分に手配済みです」

プロスは先ほどまでの平謝りから一転、自信満々に背筋を伸ばして見せる。
そう、この世界ではアキト君たちが、
『エステバリス運用の先駆けであり、第一人者』となる。
私とアカツキ君は彼らの勝利を確信しているけど、
まだ世間もネルガル上層部全体も疑問の視線を向けている。当然ね。
社長の一派に至っては、

「どこの馬の骨ともしれない連中に、エステバリスのイメージを下げさせかねない。
 今すぐに中止すべきだ!」

と息巻いている。
ホシノ夫妻は前々会長…つまりアカツキ君の父親の時代に作られたマシンチャイルドの試験体であると、
社長派は当然知っている。
2年前に研究所から抜け出したホシノ夫妻にはそんな事ができるはずがない、と判断するのは当たり前。
確かに『ホシノアキト・実年齢8歳児』のままだったらそうね。
でもあのアキト君は、どんな不利な状況でも生き残り、一人でも戦い抜ける…。
あの、『テンカワアキト君』だもの。
多少腕は鈍って居ようと、腐っても鯛。
イナゴの佃煮くらいじゃ太刀打ちできないわよ。
…ふふっ。
度肝を抜かれる社長一派の顔…今から楽しみだわ。

「結構。
 彼らのお手並みを拝見と行こうじゃないか」

今のアカツキ君の笑みには、昔とは違う影がある。
昔は野心とコンプレックスが混じった、ニヒルさの中に熱さを含んだ影が…。
今は復讐に焦がれるアキト君のような影がある。
…自分の仇討っていうのは奇妙だけど、それだけじゃないわよね。
それは…そうね。
アカツキ君の兄が…前ネルガル会長が死んだのは、
事故に見せかけたクリムゾンの暗殺だってわかったのが、木星戦争末期だったもの。
アキト君と火星で戦った時も、木星への逆襲の気持ちが大きかった。
アキト君へ加担したのも会社のため、アキト君のため以外に、そういう事情があった。
アカツキ君は、何か…本人は表立ってそうは言わないんだけど、
出会ってからずっとアキト君と共に走ってきた。
本当に…奇妙な二人。
でも…。

「エリナ君、僕はバカかな?」

「…何について聞いてるの?」

「ほら、いろいろとさ」

私は、その問いには答えなかった。
そっぽを向いた私を微笑んで見つめるアカツキ君。
…バカよ。
あんた達二人は。






〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・食堂─ナオ

昼休みが終わって、みんなは仕事に戻っているが、
俺は今から昼の休憩だ。
警備の仕事とはいえ、俺は少し特殊なシフトだからな。
体は頑丈な方だし、社屋の部屋ももらっているし、そんなに無理に休まなくても良いとは言ったんだが、

「いざという時に役に立ってもらうためにも休んでください」

と、社長のユリさんから言われているので、鍛錬の他は割と休んだり見まわったりしている。
ちなみに「ユリちゃん」と呼んだ場合、アキトがにらんでくるので、一応やめてやっている。
…意外と嫉妬深いんだよな、あいつ。
そうでなくても年下とはいえ上司だしな。

「アキトさん、そろそろ出ないと」

「あ、ごめん」

アキトはゲキガンガーの次回予告が始まったあたりでテレビを消し、
食器を片付けて食堂を後にした。
そういえば、今日はエステバリスの受領の日だったな。
そろそろPMCマルスも仕事はじめが近づいていて、
日に日に人も増え始めている。
心配されていた経理と事務の人材もそろった。
金髪美人が一人、三十路そこそこの女性が一人。
全体的に忙しいので紹介はまだだが、すでに仕事に入ってくれているそうだ。
口説いてみようかと思ったが、たまった事務処理手続き処理で彼女たちは大忙しだ。
ま、のんびりやるさ。
食後のタバコを…と思ったがここは禁煙だったな。
寂しい口元を癒しに、喫煙所に入ったところで声をかけられた。
整備班長のシーラちゃんだな。

「ナオさーん、ちょっと手伝ってー」

「あいよー」

準備はまだまだあるし、人手が足りてないので、
俺も色んな所で呼ばれる。
保安と警備を任されてはいるが、
門前で突っ立ってるよりは色んな場所を動いていた方が色々と都合がいい。
じっとしているより性に合うしな。
しかし…。

「「「「「うおおおおおおおおおおお!!!!」」」」


「ほらーみんながんばってー!」

シーラちゃんの掛け声とともに、
俺は10人がかりで整備班と一緒に先着していたラピッドライフルを担いでいた。
整備用の台に乗せるのも現状では一苦労だ。
このPMCマルスもまだ設備が全く整っていないので、原始的に動かざるを得ない。
エステバリスは人間のスケールの4倍の全長…。
その場合、人間のライフルは4キロ程度なので16キロと思いがちだが、
仮に人間だったとしても、身長が2倍になった場合、体重は8倍になる。
つまり、軽く見積もってもエステバリスのラピッドライフルは256キロと、
それなりのおみこしぐらいの重量になる。
このサイズの機動兵器としてはかなり軽量の6メートル・2トン程度のエステバリスの場合…。
重量と反動の比率で言うとかなり過分な負担がかかりそうではあるな。
実際はどうなのか分からないが。
そうなると当然…。

グキッ。


「こ、腰がーーーッ!!」

…それなりにいい歳をした整備士が、悲鳴を上げた。
腰痛って…労災になるんだっけか?











〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・元トラック待機場所─テンカワアキト

俺達はエステバリスの受領が終わったホシノと合流して、
訓練の為に集まった。
もっとも、エステバリスはまだ初期設定も出来ない、未整備の状態だ。
その間の鍛錬として、体力づくりのために集まった。
俺とホシノ、マエノさん、そして保安部のナオさんまで居る。
…いや?
ユリさんもなぜかいるな。

「よーし、走り込みはじめるぞー」

「しつもーん。
 パイロットったって、そんなに体力必要なのか?
 IFS使うなら体はそんなに…」

「テンカワ、お前は本当に視野が狭いな」

「なんだよ!」

ホシノの言いぐさについ声をあげてしまったが、
俺以外のみんなはなぜか分かっている様子だった。

「操作に体力を使わなくても、上下左右に揺られるんだぜ、アキト。
 それにIFSってのは要は集中力だろ?
 体力がないと揺れるアサルトピットで集中力を保つのは厳しいぞ」

「そうですよ。
 もしエステバリスが大破したら、
 場合によっては走って逃げないといけないんですよ?
 その時体力がなかったら死んじゃいますよ」

「…うっす」

「おいっちにーさんしー」

確かにそういわれてみると納得だ…。
ナオさんとユリさんの言葉に俺は黙るしかなかった。
マエノさんは一人柔軟体操をしていて、俺には何も言わなかった。

「それに料理だって体力勝負だ。
 今は若いからいいけど、10年20年やってくなら基礎体力が必要だろ」

…ホシノ、お前そういう考えしてるのか?
考えもしなかったぞ、俺は。
本当にお前はいくつなんだ…。

・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。

「ぜはっ…ぜはっ…」

広い元トラック待機場所の駐車場に、
線を引いて校庭のトラックのようにしている場所を、30分ほど俺達は必死に走り込んだ。
俺とユリさんだけはもう限界に近い。
もっとも、ホシノとナオさんは涼しい顔をして俺達に合わせてくれている。
マエノさんは疲れこそ見えるがまだ走れそうだ。

「けほっ…えほ…ぜぇ…ぜぇ…」

──俺が限界になる前に、ユリさんが膝をついてダウンしてしまった。
全員立ち止まって、ホシノが介抱する。

「ユリちゃん、こんなことまで付き合わなくたっていいのに」

「でも…これからは私も前線に出るかもしれませんし…」

「…うん、わかった。
 出来る範囲で、無理しないでやってね。
 そんなに無理しないでもちゃんと体力はつくはずだから」

「はい…」

これを機に、俺達は一度水分補給と休憩を行うことにした。
だが…。

「とりあえず、一時間は走れるようにならないとな」

…ホシノの宣言で、俺は心底げっそりした。
とりあえず10キロ程度を1時間以内にか…。
今からでもできなくはないだろうが、その日は何もできなくなるくらい疲れるな。
その状態からでもある程度動けるようにならないといけないわけか…。

「ユリさん…そこまで付き合うんスか?」

「ええ…」

マエノさんが、ユリさんに話しかけている。
確かに今もパイロットが足りていないし、
IFSを自主的に入れそうなのはユリさんくらいだからな…。
そういう備えの意味もあるんだろう。

「…もしかしてダイエット、とか」

そんなわけないだろうに。

「…実はそれもあります」

あるのか!?

「アキトさんにつられて…食べ過ぎちゃって…」

「大丈夫だよ、ユリちゃん軽いから…」

「アキトさんのせいだって言ってるのに大丈夫とか言わないで下さい!
 わずか半年の間に、体脂肪だけで3キロも増えちゃったんですよ!」

「3キロくらい別に…」

「女の子の3キロは大問題ですッ!!!」


のんきしているホシノをよそに、ユリさんはかなり必死の様子だ。
…女の子って、大変なんだな。

・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。

その後、俺達は柔軟をして体をほぐし、軽い武道の型を教えられた。
これも無関係に思えたがIFSがイメージを再現するので、重要なことだと教えられた。

最後の方は、俺達が整理運動をしている間、
ホシノとナオさんが防具を付けて実践の稽古をしていた。
人間って鍛えるとあそこまでいけるのか。
こういうところの経験の差が、如実に出るか…。

「もらったーーーー!」

「ぐはっ!?」

15分も闘っていたが、ホシノがいい前蹴りを喰らって、ダウンした。
素人ではもう理解できないレベルの闘いぶりだったが、ついに決着だ。

「一本とったぜ。
 やっぱりアキトはスタミナが弱点だな。
 基礎体力が足りてないな」

「体質的にしかたないんですよ。
 筋肉も体力も中々つかなくて…。
 それにしてもこんなにきれいにもらうとは思いませんでした」

「お前は防具を付けて戦うのは苦手みたいだな。
 それにここはリングじゃないし、遮蔽物もない…お前には不利だったんだな。
 とはいえお前が本気だったらもっとやれるんだろうが、
 お互いに怪我するまでやるのは馬鹿らしいからな」

「ご理解、どうもっす」

…ホシノにはまだ上があるのか?
なんなんだお前は…。

















〇地球・東京都・池袋・カフェ『白騎士』

とある小さな喫茶店。
その入り口には『ホシノアキトファンクラブ貸し切り』の札がかけられていた。

「ねーね!知ってる?
 アキト様、ついにエステバリスってロボットで戦うんだって!」

「知ってる知ってる!
 芸能界も、アクションも、料理もできちゃうすごい人なのに、
 木星トカゲまでやっつけちゃうんだ!
 キャーーーーーッ!」

「アキト様の活躍はとどまるところを知らないわね。
 とはいえ、私たちの手からはどんどん離れていく…。
 コスプレ喫茶もやめちゃったみたいだし、一目お会いするのも大変…」

「「「はぁ…」」」

この店を貸し切りにしている12人ほどの女の子。
彼女たちはまだ10代の、普通のミーハーな女の子たちだったが、
ここ数か月でホシノアキトのディープなおっかけになりつつあった。

『ホシノアキトファンクラブ』はすでに100万人に迫っており、
この数字は男性トップアイドルグループには及ばないものの、
単独で、しかも音楽活動をしていない芸能人としては異例の数だ。
つい一ヶ月前までは20万人にも満たない規模だったが、
渋谷のイベント以来すさまじい速さで増加していた。

もっとも当の本人、ホシノアキトがそれに無頓着であったため、
このファンクラブすらも『ファンが主体になって作った非公式ファンクラブ』で、
大規模にもかかわらず非営利のファンクラブという極めて珍しい状態になっていた。
他の各芸能事務所は、活動の幅を広げればどれだけ莫大な利益が見込めるかを考えていたが、
眼上にどれだけ頼んでも『アキト君が乗り気でない以上、やらない』ときっぱり断っていた。
スポンサーになってくれた事務所にはグッズ制作や共演には協力的ではあったがこれは譲らなかった。

しかしこれに困惑しているのはファンクラブのメンバー全員だった。
なにしろ音楽活動もしなければ映画にもドラマにも出ない、お笑い芸人のような巡業もない。
ライブイベントや単独イベントがない以上、どれだけファンであっても関わりが持てない。
テレビ出演やイベントのDVDを見るくらいしかできないファンも多い。
人物像が中々見えてこないミステリアス性も、アキトに惹かれるものを増やしていたらしい。

「そういえばぁ、あんたのお姉さんがPMCマルスに面接に行ったんでしょう?
 どうなったの?」

「ダメダメ。
 アキト様の前じゃ、はしゃいじゃって話にならなかったみたい。
 気持ちは分かるけどがっかりよねぇ」

「パイロットになっちゃだめなワケ?」

一人の発言に、ざわっと視線が集まった。
彼女達もパイロットになれば、と全く考えなかったわけではない。
だが、それは最後の一線だった。
地球でIFSを入れるということは、
戦争中であればほぼ軍に入ることとイコールの認識だった。
大学に入ってそこそこの彼女たちは、その選択ができる状態にある。
しかし、ホシノアキトのために人生を投げ出す覚悟があるかどうかは別だった。

「私はやれるよ?
 もしかしたらアキト様の戦いで、
 木星トカゲとの戦争がすぐ終わっちゃうかもしれないけど…。
 でも、アキト様と肩を並べて戦えるなら…私は死んだっていい。
 …みんなは違うの?」

喫茶店内の空気が変わった。
プライド、意地、そしてたまりにたまった、
『ホシノアキトに会いたい』という気持ちの爆発が、
彼女達の心を奮い立たせた。

「あ、あたしだって!!」

「私も行くよ」

「舐めないでッ!行くに決まってるじゃないの!」

各々がその一人の発言に呼応して、立ち上がった。
発言した当人はにやりと笑って、彼女たちを促した。

「それじゃ大学の退学届けを出して、全員で佐世保に行くわよ。
 3日後の正午、ここに集まって。
 飛行機のチケットは私が全員分とっとくから。
 いいわね?」

「「「「「「「「「「「おーーーーーーっ!!!」」」」」」」」」」」


履歴書も書かず、連絡もせず…。
過激な乙女たちが、PMCマルスに迫る──。













〇地球・東京都・ネルガル本社・応接室─アカツキ
僕は何人もの研究員の報告を聞いて呆れかえっていた。
いや何とも…ひどいもんだ。
昔は親父の進めさせていた研究について積極的に調べなかったけど…ここまでやるか。
目を背けていた自分の愚かしさに、罪悪感を覚える。

子供の実験体の解剖や人体実験は序の口で…。
実験体を得るための誘拐、証拠や追跡を避けるために誘拐した家庭への放火、
幼い実験体の妊娠と出産による実験体の『生産』、
暴走したナノマシンのせいで膨張した腫瘍のように肥大化して肉塊になり果てて死んだ者まで…。
研究内容についても、表沙汰になればそれだけでネルガルへのバッシングは相当のものになるだろうね。
不買運動にすら発展するだろう。

クローン研究で3万人分の血液を使って…。
というホシノアキトとラピスの生まれが生ぬるいとも思える。
実際はその研究所も相当ひどかったんだろうけどねぇ。

研究のために生命の冒涜をここまで徹底してやったっていうのが、
ネルガルの下地を作ったんだろうけど…とはいえ、反吐が出る。

一応、プロスに頼んで『根がまともな研究者』だけを選別してもらって助かったよ。
ヘラヘラしながらこんなことを話すような奴ばかりだったら、
僕だってなけなしの正義感を暴発させてしまいかねない。
どれだけ優秀でも、これから先はこの手の話がタブーになっていくはずだ。
先手を打って間違いなかったね。

ちなみに世間の報道を見る限り、
ミスマル提督の人体実験の研究への追及はかなり苛烈だったらしい。
クリムゾンはかなりの非合法研究所が発見されてピンチに陥っている。
研究成果をそのまま持ち逃げしようとしたのがまずって出遅れたんだ。
証拠もかなり残っていたし、サイボーグ・改造人間の実験体候補が多数救出されたらしい。
実はその実験体はクローン研究の成果だったとか。
いや、危なかったね。
この技術が草壁の手に入る可能性を摘めたのは大きかった。

とはいえ、今はクリムゾンと連合軍との結びつきが大きく、
しばらくはビッグバリアや主力戦闘機・戦艦の契約で生きながらえるだろうが…。
ナデシコとエステバリスの登場でとどめになっちゃうんじゃないかな、これは。
何しろ軍も負け続けてマイナスイメージがあるし、
クリムゾンの研究の一部は軍からも要請をうけているはずだ。

そんなこともあったのでまともじゃない研究者に関しては、
やむなく『病死』してもらった。
実験体と違って苦しまなかっただけありがたいと思ってほしいね。

研究員の話が終わり、退室を促した。
まともな人間については情状酌量…警察や裁判官ではないけど、彼らの事情を鑑みることにした。
非合法な人体実験を伴わない新しい体制の研究を改めて編成、再度配置転換。
そこでもろもろの成果を上げてもらおう。
治験じゃ効率は悪くなるだろうが、
たかが商品開発で外道にはなりたくないよ、本当に。

幸い、まともな研究者ほど実験体に対して入れ込んでいるケースも多く、
大半の実験体を養子として引き取ってくれたのは良かったと思う。
彼らの経過にはそれなりに対処は必要だけど、大幅にお互いの負担が減ったからね。
ネルガルとしても研究者としても罪滅ぼしの機会が得られたし、
実験体の子たちもその方が良いと頷いてくれた。
悪党は影で死に、世は全て事も無しってところだね。

「それじゃあ、君の番だね」

後ろで待機していた研究員を読んだ。
彼は最後だ。
何しろ、『ホシノアキト』と『ラピスラズリ』の…『生産者』だ。
もっともその研究所はホシノアキトとホシノユリが抜けた直後、
クリムゾンに襲われて2名を除いて全滅、ラピスだけで数年実験していたらしい。
その2名がかろうじてまともな方だったので、ラピスは無事で居られたんだろう。

「はい…あの…Y’(ユーダッシュ)…。
 いえ、ラピスラズリは大丈夫でしょうか。
 なにしろ培養液から出して普通にベットに寝かせているそうですが…」

「ああ、その点は大丈夫だと思うよ。
 検査した結果はいたって健康、脳波も活発。
 脳神経が未熟だから少しずつリハビリをしてあげればすぐに起きるだろうってさ」

「ほ…」

安堵のため息を吐いた研究員。
ラピスの状態によっては僕とエリナ君が敵に回るというので気が気じゃなかったようだが、
最後の生き残りだったのが良かったんだろう、大事にしてくれたようだ。
しかし…。

「Y’ってコードネームかい?
 もしかして、ユリカ・ダッシュ…とか」

「ええ。
 ホシノアキトはA'(エーダッシュ)…。
 クローンの元になったオリジナルの名前にちなんでつけております。
 彼を引き取った世話係のホシノユリが、
 まさかオリジナルの名前をつけるとは予想外でしたが」

そうだろうね。
しかし、ダッシュとは皮肉な…。
二人の乗っていたユーチャリスのオモイカネ級コンピューターが、
オモイカネのコピー、オモイカネダッシュ…愛称はダッシュだ。
彼らもこの世界でコピーの身体を得て、似た愛称が付けられたわけか…。

「…とはいえ、あの芸能人のホシノアキトは本当にA'なのですか?
 あの研究所を出るころは幼児そのものでしたが…」

そう思うだろうね、まったく。
僕もあんなに派手に動くなんて想像ができなかったよ。
まさかテンカワアキトとは思えない行動に出るとは思えなかった。
『テンカワアキト』でも『ホシノアキト』でもない、新生『ホシノアキト』。
考えるだけでもややこしいよ、彼は。

「ホシノユリの教育が良かったんじゃ?
 あるいは…」

「あるいは?」

「どっかの誰かが、別人の脳をホシノアキトに入れたんじゃないかい?
 それなら納得がいくだろう?」

「…ぞっとしませんよ、それは」

青い顔をしてうなだれる研究員。
からかったつもりだが、半分は事実だ。
聞いている限り、テンカワ君は本当にホシノ君に生まれ変わっている状態だからね。
そりゃ8年ものんきに幼児生活してれば、
記憶がよみがえろうとあの気迫も少しは薄まるというものだ。
ボソンジャンプの事故でない限りは、それこそ脳を入れ替える必要があるレベルなんだ。

まあ、しかし…どうしてこうなったんだろうねえ?
未来のボロボロのままテンカワ君がここに来たら、僕に加担してくれたかもしれない。
その代わり、きっとホシノルリは不幸になっていただろうね。
身体も心も能力も、すべて差し出してテンカワ君に振り向いてもらおうとするか…。
それとも全く振り向いてもらえずに病んでしまったかもしれない。
味覚もユリカ君も失ったままでは、彼は普通には生きようとはしないだろう。

そうした場合、この世界のテンカワ君、ユリカ君、ルリ君は…どうなっていたんだろうか?
全くいいエンディングが想像できないね。

我ながらとんでもない怪物に仕立ててしまったよ。
あの優しいテンカワ君を…。

そう考えると、あの腑抜けのホシノ君で居るのはある意味ではベストだったんだろう。
ホシノユリになったルリ君も、様々な面でユリカ君の代わりとしては申し分ない…。
考えてみればホシノ君たちに都合がいいことばっかりだ。
僕達は何にも変わらずここに戻された。
こうなった理由は神のみぞ知るというところか…。
もしくは…。



─もしも、ボソンジャンプを操る事ができる『神』がいるとしたらさ。



それは『テンカワユリカ』って女神しかいないんだろうけど。



…まさかね。
















〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・食堂─ホシノアキト

俺は厨房で食材を準備していた。
明日の仕込みが大体終わって…あとは自分の練習のために厨房に立っていた。
パジャマ姿のユリちゃんが、食堂をのぞき込んできた。

「ふあぁ…アキトさん、まだやってるんですか?」

「ごめん、先眠っててくれる?
 今日はもうちょっとやっておきたいんだ」

「はぁい…ふあぁぁ…」

ユリちゃんに構ってあげられないのは問題だが…。
俺は料理の勘をとりもどしつつある。
その集大成として『テンカワラーメン』の復活を目指す必要があると思った。
それは技術面だけではなく、精神的にも…次に進める気がしたからだ。
まずは取り戻す。
そして次は取り戻した先…コックとしての、俺の進歩。

…でも幸せだな、立派な厨房に居られるって。
ユリちゃんに…あのラーメンを食べさせたい。
墓場で渡そうとした、あのレシピの…喜んでくれるかな…。

「…だめだ、やっぱり麺だけはどうしようもない」

スープや具材は何とか昔に追い付けた。
醤油ベースで鳥ガラを丁寧に炊きだしたスープ…。
こだわって煮込んだチャーシュー、炒めたメンマ、味付け煮卵、ナルトに海苔…そして白ネギ。
ほぼ当時のまま…できたと思う。
けど、麺だけはだめだ。
ラーメンはスープの仕込みに手間がかかる都合上、
麺の手打ちはラーメンを本業にしている店でもやらない場合が多い。
麺の製造にはかなりスペースと時間を必要とするしな。

「うーん…しかしかといって関東の製麺所に頼むのも…。
 いや、佐世保で製麺所を選ぶのは後だ。
 確実にあの味を出せるなら、頼むべきだな」

昔ラーメン屋台をやっていたころに頼んでいた製麺所…。
ここまで届けてもらうのは料金や手間を考えても厳しいが、
ユリちゃんに…食べさせたいからな…。

──俺は、ユリちゃんに気づかれないように、
   5人前程度あったスープと麺を調理してしまい、胃の中へ隠した。













〇地球・佐世保市・PMCマルス・元トラック待機場所─マエノヒロシゲ

ついにPMCマルスが営業開始だ。
俺はアキトに付いてきたわけだが…テンカワって面白い奴もいるし、おおむね満足している。
メシがうまいしな。

今日はエステバリスの整備が完了して、
開業祝い、そして初エステバリス訓練。
色々とまだ不備はあるが、ひとまずエステバリス小隊として様になった。
…もっとも、ベテランが一名腰痛で療養中になっちまったのは手痛いところだな。
ようやく機材や整備設備、修理パーツがそろって、連戦に耐えられるようになった。
う~む、趣味の世界だな、これは。

「ヒロシゲさん、やっぱこれかなりパトレイバーですよ」

「わかんねーよ」

…シーラはこういう時、相変わらずオタク用語で話すな。
20世紀末のアニメだそうだが、ゲキガンガーより古典を出されると一般人の俺にはさっぱりだ。
まあ、楽しそうだからいいか。

俺達はエステバリスの初起動の前に、納車式じゃないが、
エステバリスの製造元のネルガル会長から贈られた5ダースのシャンパンのうち、
数本をエステバリスにかけて祝うことにしたらしい。
残りの半分は今日の来賓にまず振る舞われ、
もう半分は初出撃で生きて帰った時の祝いに使うつもりらしいな。

一応開業式という形で、
エステバリス購入時のスポンサー…。
眼上さんが招待した人たちが見学する中…。

「「「「「アキト様ーーーー!キャーーーーーッ!!」」」」」


黄色い声援を送り続ける、ホシノアキトファンクラブの女の子たち…。
ホシノアキトファンクラブからは出資金が3億円も出ているので、
彼女たちは抽選で50名程度ランダムで選ばれて参加している。
コスプレ喫茶のさよならイベントの時もすごかったが、
今回は抽選で初めて生でアキトを見る子が多いから盛り上がりがすごいな。
俺とアキトだけがエステバリスに酒をかけて回っている。
ちなみに、テンカワのほうは絶賛厨房で来賓向けの料理の真っ最中だ。
仕込みとある程度時間をおいても大丈夫なものについては二人で作っていたが、
テンカワはあまり有名になりたくなりとかで、厨房にこもっているみたいだな。
一人で可哀そうに。

「俺、こっちの方が性にあってるッスから」

…さよか。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


その後、開業式は滞りなく進んだ。
アキトによるエステバリスでの演舞は、全員の度肝を抜いた。
何しろ渋谷の子供だましイベントの時には本当に機動力を全く見せず、
細かい性能が明らかにならぬまま派手さだけを見せつけた形になったが、
操るアキトの武道の動きを人間顔負けに完全再現し、
ローラーダッシュによる小回りが利く上に、最高速は普通自動車のマックススピードにも匹敵する。
何よりロックオン性能がよい。
べニア板で作られたデコイを手早く撃ちぬき、さらにナイフで一刀両断してみせる。
最後に飛翔して、ロケットパンチ(ワイヤードフィストって後から教えられた)でデコイを破壊する。
会場は沸きに沸いた。
マスコミもそれなりに来ていた。
この派手さはすぐに報道されるんだろうな。

…子供だましイベント、本当に子供だましだったんだな。
アキトの戦闘センスが卓越しているのは知っていたが、エステバリスに乗ってここまでできるとはな。
どこで操縦を習ったんだ?説明書でも読んだのか?

そして、最後に食堂で来賓をもてなすことになった。
しかしアキトは相変わらず厨房に立っていた。テンカワはその間、再び隠れる。

来賓はアキトと話したい人も多かったらしいが、料理をするアキトを見られるのは結構レアで、
ファンクラブの女の子たちも大満足していたらしい。
あんなに楽しそうに作った手料理振る舞われちゃ、そりゃなぁ。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


そんなこんなで式典は解散し、俺達はようやく訓練に入ることになった。
とはいえもう日が傾いているし、
まずはIFSで基本的な動作をするのを30分くらいやるだけだ。
明日からは本格的にやることになるが、まずはな。

「複座って…すんげー狭いな…」

「マエノさん、後ろのほうが狭いんで勘弁してください」

「おーう」

俺は複座式アサルトピットに乗っていて、後ろにアキトが乗っている。
陸戦エステバリスは6メートルのロボットで、乗り込むアサルトピットは元々狭い。
車同様、教習が必要な場合もあるので、
二人乗りのアサルトピットもカタログに掲載されているらしい。

「まず、歩く感覚で…」

俺はアキトの言う通りに少しずつモーションを練習した。
IFSで建築ロボを動かした事はあったが、
『子供でも簡単に操縦できるようになる』システムという触れ込み通り、
自分が歩いていると思い込むだけで動く。
ローラーダッシュは感覚がつかみづらかったが、なんのことはない。
平地用のエスカレーターをイメージすれば簡単に動く。
ローラースケートのイメージだとうまくいかないんだな。
最後に、バッタを仮想で出現させて射撃訓練を行い…。
命中率30%でクリア。
悪いかと思ったが、そこそこ良いらしい。

「よし、お疲れ様っす。
 ひとまず大丈夫そうですね」

「おお、テンカワと代わるか」

テンカワと変わると、火星出身なのもあって楽々動かしているのが分かる。
しかし射撃訓練になると…。

『うあっ!うああああああ!!!』


『落ち着けテンカワッ!』

…げんこつを落とされて、テンカワはかろうじて立ち直るものの、
声を聞いているだけでも、相当消耗している様子だった。
う~ん…やっぱりトラウマは深いんだな。

『よく見てろ、こんな奴らはエステバリスなら怖く無いんだ』

アキトはテンカワから操縦権を奪い…。
教習用だから教官席である後部座席が優先権高いんだよな。
バッタを軽々と落として見せる。
…命中率、98%。マジかよ。

『あ…あ…か、勝てるのか…?』

『そうだ。
 お前もやってみろ。
 あいつらに、気持ちをぶつけてやれ』

『はぁ…ふぅ…よ、よし!
 行くぞ!!』

テンカワは震えながらも、何とかバッタを見つめて攻撃を繰り返した。
…もっとも、命中率はひどいものだ。10%を切っている。
だが、テンカワは少しずつ、バッタの動きを追いかけられるようになったらしい。
意外と集中力があるんだな。

『で…できた…』

『今日はこれくらいにしよう。
 自信もてよ、テンカワ』

『い、言われなくたって』

やれやれ…怯えてたやつの発言じゃないな。
だが、まあ…少しずつトラウマが和らいでくれそうだ。
いい傾向じゃないか。

日が完全に沈んで、俺達の訓練は完全に終了した。
初日にしてはそれなりに良かったんじゃないか?
そんなことを考えながら俺はシーラとともに我が家に戻った…。













〇地球・佐世保市・雪谷食堂─テンカワアキト

訓練が終わって、もう夜の7時か…。
サイゾウさんに一声かけて、厨房に入った。

「どうだ、テンカワ。
 それなりに慣れてきたか?」

「わ、わかんねっす。
 ちょっとは、大丈夫にはなったとは思いたいんすけど」

ウーーーーーーーーーーーー…。



言ってるそばから警報…。
…いや、俺は…エステバリスがあれば、何とかやれるんだ…。
怯えるな…怯えるな…。
だが、震えはどうしても少し出てしまう…まだダメだ。

「どうした?
 震えちゃいるが何とか大丈夫そうじゃねえか」

「え…?」

「逃げ出さないでもいられるなら、もうちょっとだろ」

…確かにだいぶマシな感じだ。
調理の腕が正確に振るえないが…叫んだり、足がすくんだりはしない。
深呼吸だ…深呼吸…。

「ぐっ…ふー…ふー…」

「まあ、無理すんなよ。
 水でも飲んで落ち着いとけ」

「うっす…」

まだ完全には治ってないけど…。
厨房から逃げ出さなくて済むくらいにはなれたか…。
しかしエステバリスなら大丈夫って思えたくらいで?
俺はそんなに単純なのか?
ちょっと落ち込むところはあるが…。
希望が、少しずつ見えてきた気がするな…。









〇地球・佐世保市・海岸─ホシノアキト

エステバリスでの初訓練から2日─。
俺達は街中での移動の訓練を行っていた。
保険の関係もあるのであまりうかつな動きは出来ないが、
どう考えても必要になる事だからな。
海岸沿いの道路を一列になってローラーダッシュで移動している。
エステバリスの色は俺が白、テンカワが黒、マエノさんが濃いピンクだ。
俺はテンカワが濃いピンクにするつもりだったが、この配色は眼上さんが決定した。
…理由は聞かないでも分かった。
俺とテンカワが同じ顔立ちだとばれた時に、イメージカラーがうまく分かれるからだ。
確かに過去、俺はエステバリスの色にこだわった覚えがなかったが…。
眼上さんは何気なく、そういう仕込みをしておくのもうまい。
売り込むために自分からばらすつもりはないが、そうなっても良いようにしておくとは。
ホントに敵わない…。

『おーいテンカワ。
 もうちょっと車間距離をとれー。
 オカマほっちまうだろー』

『ま、マエノさん言い回し古いっすね』

『古くねぇよ。
 シーラの車友達のせいでそういうのに慣れてんだよ』

こういうのんきな世間話は集中力を欠く場合もあるが、
今はテンカワの緊張感がほぐれない方が問題だ。
リョーコちゃん、ヒカルちゃん、イズミさんの三人のように、
軽口叩きながら緊張感をほぐして、腕を振るえるようになる方がいいが、
俺はそういうセンスがないからな。
軽口をたたくのがどうも苦手で、緊張をほぐしてやれない。
それにブラックサレナに乗っていた時の癖もあって、どうしてもスタンドプレーになりがちだ。
今回はそうもいかないだろうし、俺も訓練が必要だ。

・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。

俺達は人気のない海岸に降りた。
海にエステバリスを入れてしまうと整備が大変だが、
とはいえコンクリートの上でエステバリスを転がすと傷だらけになって、
塗装や見栄えに問題が出やすい。
…眼上さん曰く、実践はともかく今はイメージが大事だと言っているしな。
砂の上で、伏せたり、しゃがんだりしながら射撃体勢をとる訓練を行った。
…これはこれで整備に問題が起きそうだが、な。
訓練を続けていると、だんだんと周囲にマスコミだの野次馬だのがあつまり、
感嘆の声を上げつつ見学していた。平日だってのにみんな暇だな…。
そんなことを考えていると、テンカワがコミュニケで連絡通信を入れてきた。

『ホシノ、ちなみになんで俺の後ろにユリさんが居るんだ?』

「聞いてないか?
 お前は混乱するかもしれないからだよ。
 人ひとり背負って無理する度胸はお前にはないだろ」

『そうです。
 テンカワさん、意外と無鉄砲な気がします』

『…どーせ俺は臆病で無鉄砲だよ』

テンカワがいじけているが、事実だからな。
俺だって腕が上達していようがそういう部分が結構ある。
…今は教官だからおくびにも出さんけど。

ウーーーーーーーーーーーー…。


警報…!
遠目に、5機で編隊を組んでいるバッタが見える。
こちらに気づかれるとまずいな…。
俺はともかく、二人はまだ基本もできていない。

「二人とも、伏せてやり過ごすぞ!
 あいつらに気付かれるまで反撃するな!
 ディストーションフィールドがあればあれくらいの数ならしのげる!」

『おーう』

マエノさんがエステバリスを伏せさせ…。
俺は射撃体勢を保持したまま、伏せた。
だが…。

『はぁ…はぁ…』

「テンカワ!?なんで伏せない!?」

『お前らが…お前らがーーーッ!』


テンカワが、怒りに猛ってライフルを構えた。
しまった!トラウマを克服させることばかりにとらわれて、
ある程度慣れた時に逆上する可能性を考えていなかった!

出撃申請しないで戦うのはマズい…いや、逆上しているのが一番マズい。
ユリちゃんを背負ってるんだぞ、わかってんのかテンカワ!?
案の定とも思うが、状況がまずすぎる。
…ユリちゃんだけじゃなく、後ろに野次馬やマスコミが居る。
巻き込む可能性だってあるんだぞ!?

「やっちまえーーー!」

「木星トカゲをやっつけろーーー!」

野次馬が無責任に囃し立てて…。
背中を押される形になり、ついにテンカワが弾けた。

「みんな!離れろーーーッ!」


テンカワが辛うじて周りの野次馬を気遣い、スピーカーで警告している…。
く…クソガキだ…。
気にするところが間違っている…。
いや、とはいえ野次馬が離れるまで待っている。
その間に止めるしかない!

「ユリちゃん、テンカワを止めろ!」

「は、はい!」

俺はユリちゃんに、テンカワの手をIFSから離すように言ったつもりだった。
だが、彼女は自分のIFSの方に手をやった。
二人乗りの教習用アサルトピット─自動車の教習用の車同様、
助手席…教官席で緊急時にブレーキがかけられるような感覚で、
IFSの操縦を乗っ取ることが可能だ。優先権が後部座席のほうが高い。

「ユリちゃん!?」

『私のIFSは、私自身が拒絶しなければ動きます!」

「そ、そうじゃなくて!」

しまった…意見が食い違ってしまっている。

「はぁぁぁ…」

ユリちゃんの手の甲に俺と同じ変わったIFSの紋章が浮かび…。
その髪の色が変わっていくのが目に見えた。
なんだと…!?






〇地球・佐世保市・海岸─ユリ

私は自分のIFS拒絶体質については詳しくは知りません。
ただ、『IFSが入っている』のと『マシンチャイルド用のナノマシンが入っている』のは事実です。
それが表面化しないようになっているだけで…多少の実験が行われていたので。
拒絶体質が…自分の心因性のものであるため、
その気になれば操縦に使えると踏んで、テンカワさんの後ろに付きました。
万一に備えた形です。

一応IFS用の注射器もありますし、もし使えなくてももう一度入れてみれば大丈夫です。
競合したナノマシンは、お互いを食い合いながら適正な量に落ち着いてくれます。
しかし…私は別の事態を想定しておくべきでした。

IFSは過去の記憶を…特に大事な思い出やトラウマを呼び起こすことを…。

そのせいでノイローゼ状態のムネタケ提督が、錯乱して死を迎えたことを…。

思い出しておくべきだったんです。

「はぁぁぁぁあ…」

私は深呼吸をして自分の意識を集中させて、IFSを使う感覚を呼び起こしました。

!!!!

IFSを導入した時の異物感はありませんが、
私の目の前に、記憶が走馬燈のように駆け巡っていきます。

ナデシコに乗り込んだ時の事…。

オペレーターとして働いていた時の事…。

ミナトさんに初めて『女の子らしい』ことをちゃんと教われた事…。

『バカばっか』とつぶやきながらも微笑んでいられた、楽しい日常…。

オモイカネの反抗期…。

アキトさんとユリカさんのドタバタの恋愛関係…。

ピースランドでの出来事…。

アキトさんを想って歌った、あの歌…。

ナデシコ長屋での日々…。

屋台を引いた温かい日々…。

アキトさんとユリカさんが乗ったシャトルが爆発した日…。

空っぽになってしまった一年…。

軍に居ながら少しずつ自分を取り戻した二年…。

アキトさんが変わり果てても生きていると知って嬉しさと悲しさを覚えたあの日…。

そして…。


ユリカさんを殺したあの日。あの瞬間。


それらがすべて私に襲い掛かった。
嬉しいことも悲しいことも、恐怖したことも全部…。
ホシノルリとして生きた16年の人生で受けた感情がすべて…。
心がコントロールできなくなり…。

私はその時…。
自分がホシノユリであることを、忘れ去っていました。










〇地球・佐世保市・海岸─テンカワアキト

俺は自分のエステバリスがピクリとも動かなくなったことで、
一瞬思考が止まり、冷静にならざるを得なかった。
どうしたんだ…?
俺は震えているユリさんが、IFSの操縦権を奪っていることに気が付いた。
そして彼女は髪と瞳の色がホシノそっくりになっていた。

「ああああああああああ!!!」


そうすると突然、ユリさんは叫び始めてしまった。
そのまま彼女がエステバリスをめちゃくちゃに動かし始めてしまった。
遠巻きに観察していた野次馬たちも驚いている様子だった。
どうなってるんだ!?

「テンカワ、ユリちゃんの手をIFSから離すんだ!
 彼女のIFSは恐らくエステバリス用じゃない!
 うまく操れないんだ!」

「わ、わかった!」

俺はユリさんがあまりに取り乱すので、
自分が我を忘れていたのを、逆に忘れてしまった。
だが…。

「ま、待ってくれ!?バッタが来てるじゃないか!?」

「5機くらいどうってことない!
 俺が対処するからまずは落ち着かせるんだ!」

俺達に気づいてしまったバッタが迫るが…。
ホシノはそう言うとラピッドライフルで手早くバッタを撃ち落とした。
…なんて腕だ。
感心している場合じゃない、ユリさんを止めないと!

「ユリさん、落ち着いて!」

「あ…あ…あうぅ…」

ユリさんは震えながらIFSから手を離して、自分を抱くようにしていた。
…とりあえず大丈夫そうだけど、トラウマでもあったんだろうか。
それよりも髪と瞳の色が変わるなんて…。
…いや、俺もトラウマはあったんだけど、なんか自分を見てるみたいで、
かえって冷静になっている自分が居た。
男がこんな風に取り乱していたと考えると、ホントに情けない気持ちになるが…。

「あ、アキトさん…?
 なんで…嘘…こんなの夢…」

「ど、どうしたの?」

「だって…だって…」

ユリさんは相当混乱している様子で、うろたえていた。
それどころか俺をホシノと勘違いしているようだ。

『…テンカワ、黙ってエステを乗り換えろ』

「な、なんだよ!?」

『いいから早く!』

「分かったよ…ったく」

釈然としないまま、俺はアサルトピットから降りようとした。
っと、顔が割れるとマズい。ヘルメットを深くかぶる。
ホシノの奴、なんか
…何だってんだ、まったく。











〇地球・佐世保市・海岸─ホシノアキト

…危ないところだった。
今のテンカワに俺達の事情を悟られるのはマズい。

ユリちゃんは恐らく俺が過去の姿に戻ったように、
IFSの導入による記憶のフラッシュバックで過去の精神状態に戻ってしまったんだろう。
髪の色まで変わってしまうのは、なにかあるんだろうけど…。
一度通信を切るようにみんなに伝えてから、
俺はテンカワと入れ替わりにアサルトピットに入り込み、ユリちゃんをなだめることにした。

「ユ…ルリちゃん、怖かったね」

「え…アキトさんが二人?
 マシンチャイルドのアキトさん?
 ど、どうして…?」

やっぱり混乱しているな。
事情の説明が必要だが、ひとまずこの場を離れることにしよう。

「しっかりして。
 いろいろ混乱しているのは分かるけど、
 まずはここから逃げないと。
 バッタが応援を呼ぶ前にね」

「は、はい…」

俺はユリちゃんを落ち着かせ…いやルリちゃんだな。
エステバリスを走らせ、何とかPMCマルスに逃げ帰った。






〇地球・佐世保市・PMCマルス・格納庫─テンカワアキト
俺はPMCマルスに戻ってきて、ふと思い出した。
…そういえば、昔こんなことがあった気がする。
ユリカ…そうか、『ミスマルユリカ』。
思い出した。
何かと俺にべたべたしてきた、迷惑な奴。
ブルドーザーをいたずら半分に操って、何とか俺が止めたんだっけか。
…しかし顔立ちは似ているがユリさんとは似ても似つかない迷惑で騒がしい奴だったな。
あいつ、今どうしてるんだろうな。
ユリさんがお姉さんって言っていたような…。

「あいつに妹ォ!?」


あんなに似てない性格しているのにか!?

…俺はユリさんがショック状態であるのすら忘れるほど、
あの二人が姉妹であるという事実を受け入れられないまま衝撃を受けて、
格納庫の屋根の下で頭を抱えて、しばらく立ち尽くしてしまった…。






〇地球・佐世保市・PMCマルス・格納庫─ホシノアキト

俺はルリちゃんの状態を確認しようとしたが、
ルリちゃんも落ち着いたら落ち着いたで…泣いちゃって、どうしようもなかった。
シャトル事故の事をしきりに語って会いたかったと、
生きていてくれて良かったと、繰り返していた。
…どうやらルリちゃんは、
『俺とユリカがシャトル事故で死んだと思って一年ふさぎこんだ時期』の状態のようだった。
今が何年か問うと、2200年と答えた。恐らく14歳…。
俺はルリちゃんの記憶を戻すためにも『話したくないこと』も込みですべて話すことにした。
…ルリちゃんがユリカを撃った件だけは、話してはいけないが。
過去の件はひとまず置いて…。
現在についてランダムジャンプで過去に戻った事を話した。

「…そうなんですか、この体もランダムジャンプの影響で…」

「細かいことはひとまず置いておくけど…。
 俺はこの世界ではテンカワアキトのクローンでマシンチャイルドの実験体…。
 未来の記憶を持ったまま、新しい体を手に入れてしまったらしい」

「…それでホシノアキト、ですか。
 なんだか照れますね」

ルリちゃんは昔と同じ、はにかんだ静かな笑みで笑った。
しかし、ユリちゃん状態の場合はクールに見えてユリカ似の表情が多いからな。
なんか懐かしいや。
兄妹であるという風に思ったんだろうけど、その先は伝えづらいな。
けど…それ以上に、話しづらいことばかりだ。
俺はあまり話したくない部分を話す。
そうしないと話がつながらないからな。
シャトル事故の件、ジャンパーの人体実験の件と、
話が続くとルリちゃんはまた泣いてしまった。

「ごめんなさい…。
 私がその時ちゃんと調べていればひょっとしたらアキトさんは…」

「仕方ないよ。
 あの事故の様子を見たらだれも疑わない。
 君のせいじゃない」

精神的に追い込まれて無為に一年を過ごしたことをルリちゃんは悔いていた。
確かにルリちゃんがオモイカネ級コンピューターを使って調べていたら分かったかもしれない。
それでも火星の後継者を特定できるかわからないし…。
特定できてしまっていたら、俺の復讐に巻き込んでしまうことにつながったかもしれない。
…それだけはいけない。
二人してそうなっていたら…今の状況になっても、復讐を続けていたかもしれない。

そして人体実験で五感とユリカを失い、復讐に臨んだ件を話すと、
ルリちゃんもうっすらと記憶がよみがえったのか、むっとした顔をした。

「…無鉄砲すぎです。
 どうしてアカツキさんはアキトさんを利用してばかりなんですか。
 アキトさんもアキトさんです。
 それでいいはずありません」

「…そう言わないで。
 俺もあの時期はひどい男だったんだ。
 でも今は君に…心を救われて、穏やかにもどれたんだ」

「あ…い、いえ…。
 なんだか自分の事なのに、恥ずかしいですね」

ルリちゃん、顔を真っ赤にして…。
…本当に懐かしいな、この姿を見ると昔を思い出す。

最後に、火星の後継者との戦いに電子制圧で勝利したものの、
ユリカがすでに死んでしまった事、最後の最後で俺達は勝ちきれず、
ボソングレネードで草壁ごとボソンジャンプして、ランダムジャンプで過去に来たと伝えた。

「…悔しいです。
 そこまでの力を持っても、何ともできなかったんですね…」

「ああ…。
 今も草壁たちと戦わないといけないかもしれない。
 だから今からテンカワアキトも鍛えてるんだ」

「…悲しいです。
 どこまでいっても私たちはそうするしかないんですね」

…確かに、ね。
戦争したくないと言いながら戦うしかないんだから…。

「今はホシノアキトとホシノユリとして振る舞ってくれるかい?
 俺達も戦わないわけにはいかないし…」

「ええ…」

ルリちゃんは俯いて考え事をしているようだった。
これだけの状況を飲み込むのは大変だからな。

…だが、ルリちゃんは、ハッとしたように自分の薬指を見ていた。
俺の薬指も、見た。

「あっ…アキトさん、私たちって…」

「…うん。
 兄妹じゃなくて夫婦なんだ」

…隠し切れないとは思っていたが、
想像以上に早く気づいてしまったな。

「ユリカさんが死んだからって…だからってこんな…こんな…ッ」

ルリちゃんは肩を震わせて、目に涙を浮かべていた。
…嫌な予感がしてきた。

「アキトさんはいつからそんなに薄情になったんですかッ!
 半年で再婚するなんてどういうつもりですッ!?」


「あ、あの…ルリちゃん落ち着いて」

「アキトさんのバカッ!知りません!」


「だ、だからさ…」

「くどいですッ!
 しばらく放っといてください!!」



バチーーーーン!!



…俺は頬に椛マークを作って、エステバリスを降りた。
結婚って一人じゃできないんだけど…そこに気づけないくらいには怒ってるみたいだ。
釈然としないがルリちゃんも興奮してるし考えが整理できるまで、しばらく放っておくしかない。
しかし…髪の色が変化したことも説明しづらいし、うまく隠せるかどうか…。
あんまりみんなに話したくないなぁ…。










〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・食堂─テンカワアキト

ホシノは顔にでっかい椛マークを作って戻ってきた。
みんなにからかわれながらも、
ユリさんが精神的にやや退行している状態になので、
しばらくそっとしておいてほしいと頼んできた。
今のユリさんは14歳ごろの精神状態であると…。
髪と瞳の色については、ちょっとした体質だから、と説明している。
ホシノの不自然な髪と瞳の色の事もあるし、そういうことなんだろうけど。
しかし14歳の頃って分かるってことは…結構付き合い長いんだな、二人は。

…この騒動の原因は俺にあるっちゃあるわけだが、ホシノは一時保留でいいと言っている。

「今回は未遂であって、撃たなかったのでひとまずよし。
 けが人も死人も出なかったし、保険や保証が必要な状況でもない、
 よって責め立てる必要なし。
 ただしユリちゃんを危険な目に合わせそうになったことだけは十分反省しろ」
 
…とのことだ。
軍隊だったら命令違反で罰則ものだとはナオさんの弁だが、
軍隊じゃないから、ってことだな。
…俺が悪いことは悪いので、ちゃんと謝った。

──それより、ユリさんの精神退行の方がみんなの関心事だ。

「まあ、アキト君もそう言う事あったし、
 仕方ないわよねぇ」

俺が考え込んでいると、眼上さんがつぶやいた。
…そうだったのか?

「え?どんなんだったんです?」

「おっかしいのよ。
 アキト君ね、小学生低学年くらいになっちゃったのよ?
 ファンに見られたら大変だったわよきっと」

「み…見てみたいなそれ…ぷくく…」

ナオさんは腹を抱えて笑いをこらえて、心底見たかったような表情だった。
…普段と変わらない気もするけどなー。
そんなことを考えていたが、ホシノが厨房で静かに調理をしているのを見かけて、
昼は終わったけどな?と考えつつ俺も厨房に入ろうとしたが…。

「テンカワ、ごめん。
 ちょっと練習してるだけだから」

「あ、おう」

…気がまぎれないんだな。
ホシノも放っておいてやろう…。
作っているのはラーメンか…。
…いつものように咀嚼もそこそこに麺を完食、スープを一気飲みしてやがる…。

「よし…」

妙に自信に満ちた顔でどんぶりを洗って…。
なんだってんだ?








〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・格納庫・アサルトピット内─ユリ

…アキトさんが出ていって2時間程経ったでしょうか。
日が沈み始めて、ようやく興奮が収まってきました。
…ふう。
アキトさんだけでも生きていてくれた事は…嬉しいんです。
…ユリカさんの件はまだ気持ちが収まってないんですが、
状況的に、私も納得して指輪を受け取ったのは確かなんです。

…当たり前のことですが、一人では夫婦になれません。
身に付けている以上、押し付けられるということはありえませんし。
それを考慮せずに一方的に怒ってしまいましたし…反省の至りです。

とはいえ、我ながらアキトさんをひっぱたくなんて考えもしなかったです。
私もこの体では違う性質をもってしまっているんでしょうね。
…でも、こんなにスタイルがいいなんてまるでユリカさんみたいですけど…。
いえ、まずはちゃんとアキトさんに謝りましょう。
コミュニケを開いてみます。

「…アキトさん、ごめんなさい。
 ひっぱたくことありませんでしたよね」

『大丈夫だよ。
 あんまり急すぎて、びっくりしたでしょ?
 …そっち行っていいかな』

「はい。
 いえ…ちょっと場所を変えましょう。
 秘密のお話をするのにはここはちょうどいいですけど、
 さすがに窮屈になってきちゃいました」

アサルトピットはそれなりに狭いですからね。
これは珍しい複座式なのでなおの事狭いです。

…正直、現実感のないことばかりで、これは夢じゃないかと今も疑ってしまっています。
明らかに夢じゃないとは思うんですが、あまりにおかしいことばかりなので…。









〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・社屋・屋上─ユリ

私たちは、社屋の屋上に来ました。
…ナオさんが盗み聞きをしようとしたのを何とかシャットアウトして、
アキトさんは火星ソーダを買ってきてくれました。
…なんかナデシコの外なのに、ナデシコに乗っているのと同じような会社ですね、ここ。
私とアキトさんが作った会社だから…そうなっちゃうんでしょうけど。

「なんか不思議です。
 私とアキトさんが夫婦で…しかも会社を始めちゃうなんて」

「半年くらいだけど色々あったよ…。
 味覚が戻って嬉しかったり、ナデシコにのる方法がないか考えたり、
 コスプレ喫茶で資金集めしたり、芸能人やってみたり…」

「コスプレ喫茶?芸能人?
 アキトさんがですか?」

「う…うん…」

に…似合いません…。
あの不器用で意地っ張りで女性関係が苦手なアキトさんが、コスプレ喫茶と芸能人…。
その風景をナデシコのみんなが見たら笑わない人のほうが少ないでしょうね。

「ぷくくく…」

「あ、ルリちゃん笑ったね。
 似合わないって思ったでしょ」

「ええ、とてもおっかしいです…。
 でも…頑張ったんですね、アキトさん」

「うん、君と一緒にね」

会社を興すのは本当に大変なことです。
…記憶がないのが悔しいです。
でもアキトさんもこうなった時のことを、覚えていたそうですし…。
そんなに気にする必要もないんでしょう。
いずれ思い出せることです。

「まだいろいろ話さないといけないことも多いけど、
 まずは…体は大丈夫?
 IFSを無理やり動かしたから、負荷があるかもしれないし…」

「それは大丈夫です。
 昔と何ら変わりません。
 …でも体がなんだか全然違いすぎて、違和感がありますね」

私の体より背もずっと高いですし、アキトさんと並んでも不釣合いには見えません。
ホントにナイスバディです。
さっきも思いましたけどユリカさんみたいなスタイルで、嬉しい気持ちがあります。
…あんまり私、発育が良くないですからね。

「そういえばまだ話してなかったっけ。
 君はこの世界ではユリカの──」

「ユリちゃーーーーん!」

バターーーン!


…こ、この声…!
この世界のユリカさん…!

「交戦があったって聞いてびっくりしちゃって、来ちゃったの!
 大丈夫!?」

「あ、あの…アキトさん…」

「…うん、君はユリカの妹なんだ」

妹…妹!?
うっすらとその時の記憶が思い出されますが…。
嬉しさと混乱がまぜこぜで、どんな顔をしていいのか、もう…。












〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・屋上─ユリカ

私はネルガルのスカウトを受けて、
艦長にスカウトされた戦艦『ナデシコ』を見に来るついでに、
PMCマルスに寄り道することにした。
でもナデシコの詳しい紹介と説明をされている間にアキト君たちが訓練中、
木星トカゲさんの偵察部隊と交戦したって聞いて、飛んでここまで来たの。
とりあえず怪我はなかったみたいだったけど…。
案内される中、食堂に『私の』アキトが居たのが見えた。
アキトがパイロットをしているなんて、格好いい!
って思うけどアキトは優しい男の子だったのに…とも思ったからいろいろ聞きたかった。
『私がピンチの時に駆けつけるために強くなる!』ってロマンチックな展開も考えはしたんだけど、
ユリちゃんが言うには結構複雑な事情があるみたいだし…。

だからアキトが見えた時、叫びたかった。
「あなたのユリカが会いに来たよ」って。何か悩みがないか、聞きたかった。
でも…ユリちゃんの調子がおかしいって聞いたから、
断腸の思いでユリちゃんの居る屋上に走った。
その先にいるユリちゃんの異常に、私は思わず声を上げてしまった。

「ゆ、ユリちゃんどうしたのその姿!?」

「あ、あの…」

見た目がアキト君にそっくりになったユリちゃんはよそよそしく私を見た。
初めて会った時より、どこか小さく見える。
私と対等に見えたあのユリちゃんじゃなくて、もっともっと小さな、妹のように見えた。

「ユリカ義姉さん…少しIFSの不調で、
 精神的に何年か前に戻ってしまって…この格好もそのせいで…」

「ええっ!?大丈夫なの!?」

「体質的なものですから…大丈夫です」

私は小さく震えるユリちゃんが見えた。
初めての実戦で…怖かったんだね…。
それだけじゃない、きっと自分の姿が変わってしまって不安なんだ…。
自分が自分じゃないみたいに思って…。

「ユリちゃん…怖かった?
 ユリカお姉さんがそばにいるからね…大丈夫だからね…」

私がユリちゃんの手をぎゅっと握ると、ユリちゃんはびくっと震えた。
数秒、ユリちゃんは表情を硬くしていたけど、
この間会った時よりも、顔をくしゃくしゃにして、泣きだしちゃった。

「ぐずっ…ユリカさぁん…。
 うああああぁぁぁぁあん!!」


「よしよし…怖くない怖くない。
 一緒に居るから…」

私がユリちゃんを抱きしめると、私の胸に顔をうずめて泣いていた。
ユリちゃん…。
私よりずっと強いと思っていた、私の妹…。
でも私より辛い生き方をしてきたのが、なんとなくわかった。
状況や周りに負けないように、ずっとずっと無理をしてきたんだね。
この間、お父様と会っていた時ですらも我慢して…。
命懸けの戦いで無理が効かなくなっちゃったんだ。
私がしっかりしなきゃ…。

・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。

ユリちゃんはそれからしばらく、ずっと泣いていた。
ユリちゃんの事を考えると、私も涙がこぼれた。

どうして私ともっと早く出会えなかったんだろう。
どうして私と一緒に暮らせなかったんだろう。
どうしてユリちゃんばかり辛い目にあうんだろう…。

どうして…私は何も知らずに幸せに育ってしまったんだろう。

私は…罪悪感すら覚えていた。
でもユリちゃんは顔を上げると、すっきりしたのか笑ってくれた。
良かった…。
ほんの少しだけ私も気持ちが軽くなった。

「ありがとう、ユリカさん…。
 もう平気です」

「どういたしまして!えへへ」

ユリちゃんの声…安心してくれているのがわかる。
私とお父様の事を恨んでも仕方ないはずなのに…どうして?
なんでこんなに私を好きでいてくれるの?
分からない…分からないけど…。
でも、すっごくうれしい!

「せっかく遊びにきてくれたんです、
 お茶くらい飲んで…」

きゅるるるる~~~~~。


ユリちゃんのお腹が、可愛く鳴った。

「お茶より、ごはんだね」

「…恥ずかしいです」

「ユリちゃん、なんか作るよ。
 ユリカ義姉さんも食べていきます?」

「うんっ!」

アキト君、料理上手だもんね。
この会社立派な食堂あるし、アキトとお話もしたいし。





〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・食堂─テンカワアキト

俺は食堂の在庫のチェックをしていた。
今日はもう帰っていいんだけど、気になっちゃうんだよな。
発注の関係もあるし。

「やっほ~~~~アキト~~~~~!!
 あなたのユリカが会いに来たよ~~~~!!」


「げっ!?」

…来ちまったのか、あいつは。
ユリさんのお姉さんとは聞いていたけど、マジなのか…。
隣で笑っているユリさんの姿を見て、何とか立ち直っているのは良かったけどさ…。
いや…ナオさんと整備員のみんなもニヤニヤして俺を見ているのが分かる。
定時が終わって既に1時間、夜の7時。
独身と酒を持ち込んでいるのんべえが雑談しに残っているだけだから、
からかうのが好きな人が残りやすいんだよなぁ。

「おやおやぁ?ホシノアキトに続いて、
 テンカワアキトにも恋人出現かぁ?」

「…勘弁してください。
 ただの幼馴染で…」

「あー!そんなこと言うんだ!
 ユリカ、ぷんぷんだよ!
 久しぶりに会ったんだから、
 『懐かしい』とか『久しぶり』とか言ってくれてもいいじゃない!」

「お前なあ…。
 昔っから突然現れては突拍子もない事ばっかしやがって、
 いつも迷惑なんだよ!
 …ったく」

俺はほとんど罵詈雑言みたいなことを言ったのに、
ユリカはニコニコ笑ってほとんど意に介していないみたいだ。
ああ…そうか。
十年も離れていたのに、一目でユリカと認識できたからだな。
突然現れやがって…まあ、仕事中に来られるよりはずっといいか。

「テンカワ、ユリカ義姉さんが何か食べたいってさ。
 作ってあげたらどうだ」

「…ホシノが作ればいいだろ」

「俺はちょっとな」

ホシノはそう言いながら寸胴をいじっていた。
そういえば、ラーメンのスープを煮込んでいたっけな。
ユリカはメニューを渡すとチャーハンを注文して席に着いた。
ユリカとユリさんが互いに、今日の出来事を話していた。
女の子同士の話は長引くっていうが…。
今はあまり似ていないが…普段だったら本当にそっくりだよな。
なんていうか今は…ホシノとユリさんが、兄妹みたいに見えるくらいだ。

俺はユリカの注文のチャーハンを作り上げると、
二人の隣に陣取った…というかユリカに隣に座らさせられた。
昔ドラマかなんかで見た親戚のおばちゃんみたいだな…。

とはいえ、ユリカに聞きたい事が俺も実はあったわけだが…。
両親の死について、何かしっているか聞きたかったが、
ユリさんと話している姿を見ると、どうもためらってしまう。
ユリカは迷惑な奴っていう印象しかなかったが…。
少し精神的に疲れたユリさんを気遣う、姉らしい優しい瞳を見ると…、
この状況を崩してまで、すぐに聞くべきか迷ってしまう。

迷惑な奴なのに、近くにいると放っておけない奴ではあったけど…。
ちゃんと『お姉さん』してるユリカは、
はしゃいで子供っぽく見える割に、年相応に見えた。

…冷静に考えれば、ユリカが俺の両親の事を知っているかどうかは微妙だ。
二人きりになってからでいいだろう。
この調子ならすぐ機会も来るだろうし。

「ねえねえ、本当にアキト君とアキトって兄弟じゃないの?
 そうじゃなくても親戚とかじゃないの?」

「…違うって。
 何回この質問をされたと思うんだ…。
 そもそも兄弟や親戚に同じ名前つけないだろうに」

…いい加減にしてほしいな。
見た目が近くて名前も同じなので、本当に良く勘違いされる。
PMCマルスの件でうかつに顔が出ないようにはしているが、
うっかりすると危ないかもしれないな。
有名にならないようには気を付けておかないと。
ただでさえ眼上さんにスカウトされかけてるわけだし…。

「でもでも不思議~。
 顔は姉妹の私とユリちゃんより似てるんだもん、他人には見えないよぉ」

「他人の空似だっての!
 …そもそも、お前こんな所で何してんだよ。
 わざわざ遊びに来たのか?」

「それもあるし、アキトに会いたかったんだもん!
 あとね、今度のお仕事でこっちに来る用事があったの」

…そっちがついでなのかよ。
ユリカはどうやらミスマルおじさんみたいに軍人になって戦艦に乗るらしい。
まったく、こんな迷惑な奴を部下にする艦長が気の毒だよ。










〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・食堂─ユリ(ルリ)
ふふ…。
アキトさんとユリカさんが、こうして元気に話しているのを見ると…。
私までナデシコ時代に戻ったみたいで、なんだか幸せです。
私が失った時は戻らないけど…。
アキトさんとユリカさんがこうしているのをまた見られるなんて、思いもしなかったから…。
嬉しい…。

「くすっ」

「あ、ユリちゃん笑った?」

「ユリカが変なことばっかり言ってるからだろ?」

「むぅ!アキトの意地悪!」

「いえ、なんか夫婦みたいだなって」

私が言った事に、二人は顔を真っ赤にして慌てだしました。

「なっ、ユリさん何言ってんすか!?」

「そそそそそうだよぉ!
 確かにアキトは私の王子様だけど、
 恋人を飛ばして夫婦なんて言い過ぎだよぉ!」

「ユリカ、そこじゃないだろ!?」

「ええっ!?それじゃあどこなのぉ!?」

二人はなおさら混乱して…いいですね、本当に。
遊びがいがあります。
この頃のアキトさんは、ぶっちゃけちょろいですからね。
メグミさんが手玉にとれるわけです。
でも深いところまではとれないんですよね、そのやり方だと。

…あれ?
私ってこういう事、こんな詳しかったですっけ。

私も19歳になったそうなので、それなりに地は成長してるんでしょうね。
もう少ししたら、記憶が戻ってきそうな気もします。
そんなことを考えていたら、私の嗅覚に懐かしい香りが…。
これは…!?

「はい、ユリちゃん。
 特製ラーメン」

「えっ!?
 こ、これって、あのラーメン…」

「うん、あのラーメン。
 …君に食べてほしくて、特訓してたんだ。
 ここまで来るの大変だったよ」

目の前にある、ラーメン。
これは…アキトさんが苦心の末作りだした、『テンカワ特製ラーメン』。
記憶と寸分たがわぬ、見事な…おいしそうな…。
私がいくら再現しようとしてもできなかった、
二度と食べられないと思った、あのラーメンが…。

「あ、あの…」

「さ、食べてみて。
 味は大丈夫だと思うから」

「おいしそう!ユリカも一口…」

「ごめんなさい、ユリカ義姉さん。
 これだけは最初にユリちゃんが食べないとダメなんです」

「えー…」

「ユリちゃんが食べたら、作りますから。
 お願いです」

「はぁい…」

どうしよう、涙が出そうです。
でも泣いちゃったら味が分からなくなっちゃう…。
早く、早く食べないと…。

ズズッ!

私は静かにラーメンの麺をすすった。
おいしい…。
これが…これが食べたかった…。
スープをすすって…具をスープに深く浸して麺とともに咀嚼して…。
また麺だけを食べて…。
とっても幸せです。

この世界でのアキトさんとの再会は…現実感を欠くものでした。
シチュエーションがめちゃくちゃで、
説明もすべてでたらめでもおかしくないものばかり。
夢ではないかと…都合のよい夢ではないかと思っていました。
夢でもいいと…アキトさんと会えて嬉しいと。
夢だったとしたらと、後悔に備えていました。

でも、このラーメンは違います。

夢にまで見たこのラーメンも、夢では味や香りや温度までは味わえなかった。
この刺激が…香りが…スープの温度が…今が現実だと教えてくれています。

最後…スープの最後の一滴まで飲んだ瞬間、涙がこぼれました…。

私は、アキトさんと、この世界に居る。

私を知らないアキトさんでも、夢の、幻のアキトさんでもない。
現実に、私と共に生きた、あの『アキトさん』が居る。生きている。
見た目が変わろうと、世界が変わろうと、このラーメンを作れるのはただ一人だけ。

その事実を受け入れた瞬間、私はアキトさんに抱き付いていました。

「あ…アキトさぁん…!」

「…おいしかった?」

「はいっ!
 世界一おいしいラーメンです!」

そして、私は…。
歓喜の中、記憶がよみがえっていくのを感じました…。
この世界で半年間頑張った記憶が…。
私の髪の色も、記憶と共に『ホシノユリ』に戻っていくのを感じました。

『ホシノルリ』としてこのラーメンを食べられたのは、幸せでした。
ここまで感動して味わえるなんて…さすがになかったと思いますから。












〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・食堂─テンカワアキト

──どんなラーメンなんだ、あれは。
俺はなんの変哲もないラーメンを必死に食べていくユリさんの姿に、驚きを禁じえなかった。
何か思い入れのあるラーメンだったんだろうが、味が普通であればああはならないだろう。
気になるな…。

「あ、あれ?ユリちゃんの髪が…」

「あ、ああ」

そしてもう一つ驚いたのは、ユリさんの髪の色が普段の黒に戻っていったことだ。
IFSのナノマシンとの体質的な相性の問題とは聞いていたが…。
いや、精神的なものなのか。
イメージが関係するIFSであればそういうこともありそうだ。
とはいえ…。

「すごい…。
 ユリちゃんの髪が戻っちゃった。
 …アキト君って魔法使いなの?」

「お前の言う魔法使いとは違うんだろうけど…。
 コックってのは、ある意味魔法使いなんだよ。
 今一つな食材でも、コックがうまく調理すればおいしくなるんだ。
 魔法みたいだろ?」

「…そういえば、アキトはパイロットは、
 ホントはしたくないんだっけ?」

「ああ。
 俺はコックになりたいんだ。
 人を感動させる料理を作れるようになりたい。
 でも木星トカゲが怖くってさ、手が震えちまうから…。
 だからパイロットになったんだ。
 あいつらをやっつけられるようになりたくてさ」

そうだ。
俺はどんなに遠回りをしてもコックになりたい。ならなきゃいけないんだ。
けど…今はパイロットもコックもホシノに負けっぱなしだ。
でも、いつか料理の腕は超えたい。
あんな風に…誰かを感動させる料理を作りたいんだ。

「…そうなんだ。
 やっぱり、アキトは昔と同じで優しいんだね」

「…なんでそーなる」

…相変わらずユリカの思考回路は分からん。
結論が先にでていてどうしてそうなったのか全く分からん。
…あ、ユリさんがようやくホシノから離れた。

「元気になった?」

「はい!」

良かった良かった。
これで一件落着だな。

「アキト君!
 その魔法のラーメン、私も食べたい!」

「お、俺も!」

思わず俺も手を挙げてしまった。
それだけじゃなく、その場に居たみんなが一斉に注文をしてしまった。
…そりゃ気になるよな、こんなラーメン。
順繰りに出されるホシノのラーメン…。
味は、確かにそこらのラーメン屋では太刀打ちできないくらいにうまい。
ラーメン業界で全盛の豚骨醤油スープ、そして九州地方の豚骨スープとはは程遠い、
醤油と鶏ガラベースの東京スタイル…それもかなりクラシックな『中華そば』スタイル。
強烈な個性や特別さは感じなかったが、飽きがこない…病みつきになる味だ。
何てやつだ…何年やればここまで行ける?
それが計れないような味をしている。

ユリさんも、ユリカも、俺も…その場に居た誰もがこのラーメンをお代わりした。
ホシノが麺とスープが切れたというまで、それは続いてしまった。

…その後、この『ホシノ特製ラーメン』は、『魔法のラーメン』とあだ名され、
PMCマルス・ホシノ食堂の看板メニューとして、長らく注文数第一位を獲得し続けた。
ユリさん曰く、

「あの製麺所は遠いので、できれば使いたくないんですが、
 佐世保のどの製麺所の麺を試してもあの味になってくれないので…」

…ということで、かなり特殊なラーメンのようだ。
だが誰もが食べたくなるようなラーメン…。

今はトラウマを乗り越えなきゃいけないが…。
俺この時、明確にホシノを超えたいと思った。
見た目の似た、俺よりすごい奴というだけじゃなく、
何ていうか『ライバル』みたいに、意識をし始めていた。














〇地球・クリムゾン本社・会長室

葉巻をくすぶらせながら、ロバートはこの上なく苛立っていた。
度重なる不運が、自分を追い詰めつつある事が原因だった。

ミスマル提督の人体実験の追及は、ダミー会社に被せて辛うじて回避することが出来た。
しかし、別口のジャーナリストたちの追及の手は激しく、
ダミー会社がクリムゾン経由で動いていたことが明らかになる可能性も低くはない。

さらにネルガルのエステバリスを売り出すかのように動き始めたPMCマルス。
現在は日本地域のみでの盛況を見せているものの、
報告されている限りのエステバリスの性能は、木星機動兵器を圧倒するに十分なものだった。

もし実戦に至ればネルガルは一躍、対木星機動兵器の専門兵器商へと昇り詰める。
そうなってしまえば、連合軍との癒着もいつ解消されてしまうかわからない。

何より、ロバートが木星との交信が途絶えたのが彼のいらだちを加速させていた。
木星との協力体制があってこそ、クリムゾンの圧倒的な優位は成り立つ。
死の商人としての立ち位置はとてつもない利益をもたらしていた。
だが…。

「チィッ…。
 兵器商の盟主の座をネルガルの若造にくれてやるものか」

彼は確信していた。
PMCマルスはネルガルが自作した、パフォーマンス用の会社でしかないと。
そうでなかったとしても、深い癒着は間違いなくあると確信していた。

「失礼します」

一人の男が入室してくる。
ジャーナリストのようで、少し崩したスーツ姿でカメラを持っている。
あまりにラフな格好で、取材に来たような姿には見えなかった。
ロバートは苛立ちを消し去るように、葉巻を灰皿に押し付けた。

「来たか…テツヤ…。
 お前の腕が必要になった。
 ネルガルの出鼻をくじいてもらいたい」

「ええ。
 下調べは十分です。
 ライザもすでに潜り込んでいます。
 後は引き金を引くタイミングですが、どうしますか?」

ロバートは少し考えて、答えた。

「できれば出撃前に潰したいところだが、
 初勝利に浮かれている間を狙うべきだろう」

「それしかないでしょうね。
 もっとも、いつもの俺のやり方ができないので工夫は必要でしたが。
 …まあ全滅に追い込むこと自体は容易でしょう。
 あの中で注意すべきはガードとして手練れのヤガミナオ一人しかいませんし」

「お前の事だ。
 全滅させた後の事もぬかりはあるまい?」

「もちろんです」

テツヤは、隠し撮りしたPMCマルスの主要メンバーの写真を見せる。

「いつもと手順は違いますが、
 自ら手を下さず、証拠を残さず…。
 いいやり方をお見せしましょう」

テツヤはまだ火種が消え切っていない灰皿に写真をおいて燃やした。
ロバートは少しだけ口元をゆがめ、テツヤは静かに会長室を後にした…。
















〇作者あとがき
どうもこんばんわ。
武説草です。
今回は、今作のギミックの一つ『複座アサルトピット』のお目見えでした。
色々な準備が整い、ついに始動!という時に、もろもろトラブっているわけでして…。
暢気している彼らの前に立ちはだかるトラブルは留まることを知らない~!
とはいえなんで尺また長くなるし…。
そんなわけで次回へ~~~ッ!
















〇代理人様への返信
>ユリカはなあ。確かにこんな風に色々持てあまされてこっち来たんだろうなあとw
>まあ本人が軍になじめなかったというか、自分探ししてたのも大きそうですが。
>参謀としてはめっちゃ有能な人材だと思うんですよね。
本人の性格もさることながら、状況がいろいろ阻害してそうですね。
今回は普通のリクルートイベントみたいな感じで書いてみましたw












~次回予告~
あなたはいくつ初めてのことを覚えていますか?
初めてのおつかい、初めての友達、初めての恋人、初めてのチュー。
ある時は鮮明に、ある時はおぼろげに、ある時は忘れたいような記憶。
あなたは何度ヨロシクを言って、何度サヨナラを言った?
その間にイコールが入れられればちょっとだけオトナさ!
この世界での初めてのエステバリスでの戦闘。
全日本が期待し、そして全兵士が「うまくいくわけがない」とぼやくPMCマルスの初出撃!
ホシノアキトが、
テンカワアキトが、
マエノヒロシゲが、
激闘する姿を、ああ君は見たか!?

小学生のころから基本的に二次創作しかしていない作者が送る、
大、大、大、大、大爆発なナデシコ二次創作、

『機動戦艦ナデシコD』
第十四話:drop a bomb-大きな衝撃を与える-
をみんなで見よう!







































感想代理人プロフィール

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代理人の感想 

腰痛は労災です。
いやほんと、労災にしてくれないと死ぬからw


>プロスは、なんというか『性格に問題はあるが腕は一流』のお手本のような人
ナデシコに乗るにふさわしい人ですなw
・・・考えてみると、ホウメイさんもそうだったんだろうか?
個人的には彼女だけは別口だと思いたいw


>体脂肪で三キロ
・・・いやそれふつうにキツいよw
特にルリみたいに小柄な場合はw


>それは『テンカワユリカ』って女神しかいないんだろうけど。
>…まさかね。

・・・うわーいw


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