俺達は食堂でホシノのラーメンを食べてからしばらく話していたが、
すぐにユリカが東京に帰る時間になってしまった。
最終便に何とか間に合うので、ユリさんにユリカを送るように言われて車に乗った。
ユリカ自身は泊っていきたいようだったが、
まだ軍の退役手続きが終わっていないので一度戻らなければならないらしい。
俺とユリカ二人きりのドライブというのは、二人しかいないのに騒がしい。
ユリカは俺の話もよく聞いてくれた。
両親が死んで孤児院で暮らし、その中でコックを目指した事を話し、
火星からどうしてか地球に居たことを話すと、ユリカは妙に自信満々に答えた。
「アキトは私の王子様だから死んじゃったらいけないの。
だから神様に助けてもらったんだよ、きっと」
「お前は相変わらず能天気っていうか子供っぽいっていうか…。
まあ命が助かったのは良かったよ」
そのあと、両親の死についてテロだったと聞いているが、
ミスマルおじさんから何か聞いてないかと聞いて見た。
ユリカは知らされていないようだった。そりゃそうか。
ミスマルおじさんも詳細を知っているかわからないが、
聞いておいてほしい、と頼んでおいた。
…そして、話はユリさんの事に移った。
「…ユリカ、お前って一人っ子のはずだよな。
ユリさんが妹って…どういうことなんだ?」
「…ホントはね、ユリちゃんがお姉さまになる予定だったの。
ううん…ひょっとしたら、ユリちゃんが先に生まれていたら、
私はこの世にいなかったかもしれないの」
「どういう…」
「あのね…」
ユリカは自分とユリさんの関係を話した。
ユリさんは不妊治療のために試験管ベイビーとして生まれる予定だったが、
テロリストに受精卵の段階で奪われ、行方不明になったと。
その後悔からミスマルおばさんは自分の体で無理を押してユリカを産んだと。
たまたまテレビに出ていたユリさんを見かけて、調べたところ実子だったと判明した。
ユリさんも…何かしらの事情があるのは確かだが、記憶障害で自分の育ちを思い出せないと。
そんなにつらい生き方をしていたのか…。
「だから…ユリちゃんと、これからもっと沢山思い出を作りたいんだけど…ね…」
「そうか…。
…お前、相変わらずだけど、あんな顔できるんだな」
「どんな顔?」
「だ、だからさ…。
お姉さんらしいっていうか、大人っぽくなったっていうか」
「もう、アキトったらぁ!」
ユリカは俺の二の腕を小突いた。
運転中だっての。
だがユリカは急にすっと静かになって話し始めた。
「…アキト、お願いがあるの」
「なんだ?」
「ユリちゃんとアキト君を、守ってほしいの」
「…俺みたいな駆け出しパイロットに頼むことじゃない。
お前がPMCマルスに入ったほうがまだ…」
俺はパイロットとしてはほぼ初心者、コックとしても半人前。
ホシノの足元にも及ばないだろうし…ユリさんはいろんなことをしっかり準備してくれる。
俺が助けられることなんてほとんどないと思う。
ユリカがそばにいるだけでも、だいぶ勇気づけられると思う。
「違うよ。
あの二人は、確かにすごいよ…いろんなことができるもん。
でも今日分かったの。
出来ないことや心細い部分がたくさんあって…。
どれだけ頑張っても、なんでも自分で出来る訳ない。
どんなにすごくたって強くたって、変わらないよ。
一緒に戦うアキトだからできることがたくさんあるんだ。
私は士官学校でいろいろやったけど…艦対戦の訓練が多くて、
今の二人を助けることなんてできそうにないから…」
「…勝手なこというなよ。
そんなに心配ならやめるように言ってあげればいいだろ」
「ううん。
二人が何のために戦っているのかはわからないけど…。
だけど止めることなんてできないくらい、
凄い決意でこの会社を立ち上げたんだって分かるから…」
確かにそうだ…俺も二人が戦う理由はいまだに知らない。
けど…ユリカの言う通り、あの二人が何か深い事情を抱えているのは分かっている。
木星トカゲをやっつけなきゃいけないのは、コックになるためだけじゃないと思う。
…だから、同じ夢を持つホシノとユリさんを助けたいという気持ちがないわけじゃない。
「…そっか。
俺もそう思うよ。
自分の夢を諦めるなんて辛すぎるもんな…」
「うん…」
夢は小さくても大きくても、誰もが持っている。
俺がコックになりたいように、ユリカも自分の夢がある。
ミスマルおじさんのように軍で戦うことを目指して…。
それを諦めてPMCマルスに来るなんてことは考えられないんだろう。
そんなユリカを責められないよな。
「できる限りだけど、二人の力になってみるよ」
「ありがと…アキト…」
ユリカは今にも泣きだしそうな声だ。
『さっすがアキト!』ってはしゃぎそうなもんだが…。
命がかかる事で、保証できない事だって分かってるんだな。
そりゃそうだ…軍の学校出てるもんな。
木星トカゲに勝てない癖に威張っている軍は嫌いだけど…。
ミスマルおじさんとユリカだけは別だ。
なんていうか、見た目に反してユリカにすごい甘かったよなぁ、ミスマルおじさん。
「お、お前もさ…が、頑張れよ。
戦艦乗るなんて、危なっかしいけど」
「心配してくれるの?」
「ば、バカ…当たり前だろ。
木星トカゲ、強いんだから」
「…うん、アキトも死んじゃったらダメだよ」
「ああ…」
…俺達はしばらく、無言で居た。
最初に弾んだ話が嘘のように静かに…時間がゆっくりと過ぎ去り、
ついに空港についてしまった。
ユリカは少し、ためらっているように俯いている。
戦いに出て死ぬかもしれないなら、もっといろいろ話すべきなんだろうけど、
俺もユリカも、言葉が出てこなかった。
あまり話すと死に別れた時に辛すぎるからだろうか…。
静かにユリカが車を降りようとしたが、俺は何か言わないと後悔する気がした。
アテも何にもないけど…こんな言葉だけは出た。
「…ユリカ」
「なぁに?」
「…またな」
「!
うん、アキトも無事でね!」
「うん」
再会を願う言葉。
ただの希望でしかないけど、伝えたかった。
俺は「じゃあな」と言わなかったことを、意外に思った。
後から思えばこの時…。
ただの迷惑な幼馴染だったユリカに、俺は少しずつ惹かれ始めていたんだ。
次に会うのはまた、きっと近い日だ。
そんな気がする。
戦艦に乗ってどこか遠くへ行く日までは、顔が見られると思う。
…しかし、俺はこの時気づいてなかった。
ユリカとの再会は…離れることを許さない運命の再会だった。
そしてホシノとも…。
私とアキトさんは寝る前に、今日の事を振り返っていました。
あの土壇場で意見の食い違いが発生するとはさすがに思っていませんでした。
とりあえずIFSは私も使えるようなので、負傷や交代に備えることは可能のようですね。
ただ…。
「おかしいですね、IFSの紋章が出たり消えたりするなんて」
「確かに…俺と同じタイプのIFSだし、
オペレーター用じゃないようだし」
『ホシノユリ』の体には一応マシンチャイルド用のIFSナノマシンは投与されている可能性があるわけで、
私が『ホシノルリ』状態になるというのはある程度想定できることです。
とはいえ、アキトさんと同じタイプのIFSタトゥーが出たり消えたりするというのはありえないです。
どんなIFSでも『常に使えるようにタトゥーが浮かぶようになっている』ので、
どうも腑に落ちないですね。
実際アキトさんのIFSは常に浮かんでいます。
「それと…アキトさん、改めてありがとうございました。
ラーメン、すごくおいしかったです。
…あのまま何日か過ごしていたら、仕事が溜まってしまうところでした。」
「うん。
食堂のお礼に練習してたんだ。
もしかしたらと思ってさ…」
「あのタイミングで作ってくれるなんて思ってなくて…」
「俺も嬉しかったよ。
ユリちゃんに喜んでもらえたし…。
みんながあんなに夢中になって食べてくれたからさ」
そういえばそうですね。
テンカワさんとユリカさんも、仲良く食べてましたし。
「なんだか、私のせいでどうなるかと思ったんですけど…。
いい感じでテンカワさんとユリカさんが出会えたみたいですね」
「そうだね。
相性がいいのは分かっていたつもりだけど、
想像以上に早くいい関係になっていきそうだ」
かつての衝撃的な「バカばっか」な再会劇でなければいけないかも、
と不安もあったんですが、かえって良かったようです。
何ていうか私とアキトさんがうまく接着剤と緩衝材のように二人を繋いだようです。
二人ともお互いの前情報があったのは良かったんでしょうし…。
テンカワさんも私がエステバリスを暴れさせたせいで、
ショベルカーを暴れさせたユリカさんを思い出したそうですし。
どう転ぶかわからないものですね。
そんなことを考えながら、私たちは布団に入ることにしました。
…PMCマルスの初仕事の時は近付いています。
英気を養って備えましょう。
…今回の事で、一つだけ疑問点があります。
『IFS起動時、なぜホシノユリの記憶はフラッシュバックしなかったのか』
という点です。
IFSは通常、脳内の記憶をフラッシュバックさせるわけですが…。
いえ、意識が『ホシノルリ』のままの私であれば、
当然脳細胞もそれに従っているのはあるのでしょうが。
ひとかけらの記憶も『ホシノユリ』にならなかったのは不思議です。
考えてみればアキトさんが『ホシノアキト』の記憶を呼び起こしたのは、
IFSとは無関係の場面です。
やはり何かしらのシチュエーションで記憶を呼び起こすことになるんでしょうけど。
ひとまず…眠って疲れをいやすことにしましょうか。
ホシノアキトの特製ラーメンのお披露目から一夜。
翌日の食堂でも即完売の勢いを見せ、昼休みから一時間ほどが経過した昼下がり。
ナオは見回りのために腹ごなしの散歩も兼ねて社内の敷地内を歩いていた。
「ふぁ~~~いい天気だぁ」
今日はパイロット訓練が休みのため、退屈そうにあくびをしている。
だが…。
「すみませーん、PMCマルスの人ですかー」
「ああ、そうだけ…ど…」
12人のホシノアキトファンと思しき少女たちがナオに話しかける。
しかしナオは動きを止めてしまった。
年齢と穏やかそうな言葉の割に、何かすさまじい執念のオーラを背負った彼女達は、
ナオを圧倒していた。
「面接希望なんですけど、ご案内していただけます?」
「あ、ああ…人数が多いから食堂に案内するよ…」
普段はファンであれば追い返すが、面接というのであれば一度話だけでも聞かねばならない。
ナオはアポを取ってあるかの確認を忘れるほど気圧されていた。
(…危険そうではないから通して大丈夫だろうが…別の意味で危険だなこの子たち)
格納庫の前に差し掛かると、ヒロシゲとシーラが彼女たちを目撃する。
「…なんか、あの子たち男塾の生徒みたいなオーラですね」
「だから男塾がわかんねーよ」
整備員の面々も物々しい彼女たちの雰囲気に圧倒されて、
話しかけるでもなく見送るしかなかった。
…俺は、調理をしながらも非常に居心地が悪い視線にさらされていた。
原因は…PMCマルスにパイロットとして採用してほしいという12人の女の子たちだ。
ナオさんが食堂に通してくれたのはいい。
だが、アポも履歴書もなしに乗り込んでくる無茶をした彼女達の目の輝きようは、正直怖いくらいだ。
「アキト様…!」
「本物だ…!」
「かっこいい…!」
一応正攻法で面接に来てくれたのはいい。
いいんだが、履歴書もなしに乗り込まれてもどうしようもない…。
ユリちゃんと眼上さんと話し合わないと俺も対処に迷う。
ひとまず食堂で待っていてもらうことにしたが、
お茶とお茶菓子くらいはと思ったが来客用のお茶菓子がなかった。
ので…待機場所の食堂にふさわしく、食事をして待ってもらうことにした。
人間、腹が減っていると冷静になれなくなるから満腹にしておいた方がいいんだよな。
訓練休みでテンカワが来ていなくてよかったな。あいつまで巻き込むところだった…。
俺は彼女たちの注文をさばいて、一度オフィスのほうで対応を協議することにした。
…はぁ。
こういうことも想定しなかったわけじゃないけど、実際に訪れるとため息がでるな。
「…どうしよう」
「…どうしましょうか」
俺は食堂に待機させている女の子たちの処遇に悩んでいた。
追い返したいのはやまやまなんだが、
彼女たちは大学に退学届けまで出したそうで…。
強く言うこともできず、俺達PMCマルス幹部と眼上さんは頭を抱えていた。
「これは予想外ねぇ。
ここまでやってくる人なんていないかと思ったけど」
「心意気は買いたいですけど、半ば脅しみたいなやり方ですね…。
帰って下さいとは言いだしづらいです」
「うん…。
決意はすごいんだけど、適性もわからないし…」
特に俺達が悩んでいるのはIFSを導入することについてだ。
戦わせる場合、俺は彼女たちの人生を背負うことになる。
IFSへの偏見が根強い地球では、死なないにしても将来にかなり影響を与えることになる。
この事実は俺達への迷いを深めていた。
「そうでなくても、パイロットだけじゃなくエステバリスも足りませんし」
「エステバリスは何とかなっちゃうんじゃないの?
初出撃で勝てれば放っといても出資したい人が出てくるはずだし」
…それはそうだけど、ちょっと困ります。
彼女たちには履歴書をその場で書いてもらい、面接をしっかり行うことにした。
一応、彼女たちもあまりはしゃぎすぎないように我慢してくれていたので何とか話し合いにはなった。
ユリちゃんも彼女達を採用するかどうかを悩んでいたが、答えを出してくれた。
「パイロットもですが人手が足りていませんし、この間面接した人達より見込みがあります。
採用してもいいと思いますよ」
ユリちゃんの答えは意外だった。
眼上さんが言うならともかく…。
ユリちゃんもあまり俺のファンの子がいることに対していい顔をしないと思っていたんだけど…。
あるいは外部に変な噂が立つことを想定したものの、大した問題とは思っていないようだった。
理由は、人員の不足だった。
PMCマルスは慢性的に人手不足だ。
まだ会社的な資金は足りていることだし、雇えるなら雇った方が問題が少ない。
現状では人件費を鑑みても人を増やさないで居て、
個人個人に大きな負荷がかかることの方が問題だった。
ユリちゃんは彼女たちを持て余さないよう、『パイロット候補生』として採用しつつ、
俺やテンカワの例によって『兼業』の体制を取ろうと提案した。
一日あたりの5時間を兼業のほうに充て、残りの3時間を訓練時間に充てる。
試用の三ヶ月程度の勤務の間に、彼女たちがあまりに能力がない、
パイロット以外の仕事にも向いていないということであれば解雇。
パイロットに採用されるまでは時給1000円…。
アパートの契約もせずに駆けつけたので、
会社にもまだ部屋の数があるので住み込みの待遇で採用。
しばらく様子見の形となった。
基本的にはエステバリスシミュレーターのゲーム機を導入し、マニュアル運転にての訓練で適性をみる。
幸い、エステバリスシミュレーターであればIFSの導入が必要ないし、
ナデシコ内でも訓練に使っていたので効果は保証できる。
導入も一台当たり200万円と、安くはないがエステバリスを増台するよりは安い。
しかも彼女達はそれぞれ元々通っていた学校がバラバラで、能力が分かれてくれていたので助かった。
食堂に3人、事務に2人、経理に1人、
大型車両の扱いができる子が3名、消耗品管理・洗濯などの雑務に3人。
社員不足で過剰だった仕事の負担が大幅に減ったうえに、彼女たちもおおむね不満がないと言ってくれた。
IFSを入れる覚悟はしてきたそうだが、
適性がないまま入れても損、と考えて入れて来ない程度には冷静でよかった。
まあ、迷惑ではあるんだけど、ね。
全員の採用が決まると、彼女たちは歓喜の悲鳴を上げた。
とはいえ…俺、既婚者なんだってば。
ユリカは東京都に戻り、連合軍に退役願いを出した後、
ナデシコに乗るための研修のために佐世保に向かう事になった。
史実と違い、プロスペクターのスカウト以前からエリナからスカウトを受けていたため、
かなり早いスタートを切る予定になっていた。
まだ引っ越しの準備が始まってもいない状態だが、そのことをミスマル提督に話していた。
ユリカがPMCマルスに寄った時にユリがマシンチャイルドの姿になったことを聞いて、
ミスマル提督はアキトの説明を思い出して静かにうなずき、
その直後にすぐに戻ったことについて安堵したが…。
「お父様、アキトの事でお話があります」
「む?アキト君では…ああ、お隣のテンカワ君の家のアキト君だな」
最後になってユリカはアキトの事を話し始めた。
テロで死んだとされているアキトの両親が、誰かに『殺された』と語った。
ミスマル提督は、それが確かなのかと問う。
ユリカはアキトがいうから間違いない、という。
少し悩んだような顔をしながらも、ミスマル提督はユリカに事の真相を話した。
「ユリカ、良く聞きなさい。
その事件は、私が長い軍人生活の中で唯一防げなかった…いわば汚点だ。
当時、テロの可能性があったということで、警戒自体はしっかりしていた。
…ただし、軍関係者、政府関係者など高官のみに対してだけガードがされていた」
ミスマル提督は、テロの可能性が高いということは事前に察知していた。
しかし、地球にまとまって移動する地位の高い人間が狙われたと考えたという。
「シャトルが無事に発進できて、私たちはホッとしていた。
ユリカ、お前も乗っていたように親子で乗り込んだものも多かったからな。
…しかしそれこそがそのテロリストの…恐らくはテンカワ君の家を狙ったやつらの目的だったんだ。
彼らの目的は分からないが、私たち軍の関係者はまんまとひっかかってしまった。
…当然その後、私もテロリストの事を調べた。
だが、そのテロリストは全滅している…ことになっていた」
「ことになっていた、ですか?」
「うむ。
一応建前ではテロリストの関係者に政府関係者が居たから規制がなされたということだが…。
今考えれば、軍の関係者がテロリストをかばいだてしたのかもしれん」
「そう…ですか…」
「…断定できないことが多すぎるのだよ、ユリカ。
何しろ当時は物理的な距離がありすぎて調査も困難だったからな…。
私も今ほどの地位ではなかった。
しかし、テンカワアキト君に…こんなことを話しても、解決の糸口にはならないだろう。
ユリカ、ひとまず黙っておいてはくれまいか?
いや、話してしまったらそれはそれでいい。彼の人生の事だしな。
その時は機密にかかわることなので、口外しないようにも伝えてほしい。
それと私の地位でも探るのが困難であることは理解してもらっておいてくれ。
まだ若いのに…両親の事で人生を迷うことになってしまっては、可哀そうだろう」
「…はい」
ユリカ自身は、ある程度アキトに伝えるつもりでいたが、
今のアキトの状態を考えると正直に伝えるべきかどうかはまだ迷っていた。
とはいえ、嘘をつくことも考えられず…。
(アキト…あなたはもし、犯人が分かったらどうするの?
まさか…殺したりしないよね?
アキトはやさしいもん…)
ユリカは一抹の不安を抱いて、また会いたいはずのアキトに会うことを不安に思った。
私は書類を確認しながら、エステバリスの装備を確認していた。
テンカワ君とヒロシゲさんが近距離戦闘向けのカスタム、ホシノさんが遠距離カスタム。
本当はホシノさんも近距離のほうが得意なんだけど、小隊のバランスを考えて、
射撃のカスタムにしないと二人のフォローができない、ということらしかった。
命がけの戦いになるだけに、私も整備班のみんなも緊張している。
私たちはアマチュア・レーサー、半分暴走族みたいな人のために、改造、整備を請け負う。
そっちも命がかかっているだけに気を抜いたことはないけど、
ロボット相手っていうのはオタク心が燃える反面、
F1レーサーのチームメンバーのように危険なことを前提にしなければならない。
当然、私も現地に行かないといけないだろうし、死ぬかもしれない。
でも…軍に入りもせずに、しかもこんな面白い仕事にはなかなかつけない。
ヒロシゲさんと一緒に働けるし、みんな面白くって頼れる人ばっかりだし。
そういえば…私が班長になったのは意外ではあったけど、ちょっとは納得している。
私が集めた人ばかり整備班になったから、言い出しっぺだし。
…まあ、なんていうか私以外の人は結構性格がキツイっていうか、
言い方がきつくて喧嘩になりやすいからっていうのもあるっていうのはユリ社長が言ってたけど。
「ふはぁ…たった三台なのに仕事が多いねぇ」
「ぼやくなぼやくな」
「ちめたっ」
ヒロシゲさんが缶ジュースを買ってきてくれた。
頬に押し付けられたサイダーをあけて一気に飲み干す。
わざわざ暑い場所で書類仕事しなくてもいいんだけど、
機械のそばでこういう仕事をするのもオツなのよね。
「しかし…本当に良かったのか?
お前も来てくれるっていうのはその…嬉しかったけど」
「あったりまえじゃん!
ヒロシゲさんのためなら地獄だってついていきます!」
「…照れるな、さすがに。
でもな、約束してくれるか」
ヒロシゲさんは私をじっと見ると、肩に手を置いた。
「俺達はまだ籍も入れちゃいないが、とっくに夫婦みたいなもんだと思ってる。
だから…子供もまだだけど、俺の兄弟たちの事もあるし…。
どっちかが死んでも、自殺しないって約束してほしいんだ。
…大事な人に、死んでほしいって思う奴なんていないだろ?」
「…うん、わかった。
頑張る」
そのあとの人生が大変なものになるのは分かっている。
でも誰かを好きになる、誰かのために生きるってそうそうやめられない。
私は両親が少し前に死んじゃったから、家族がいない辛さよりは大変でもいいって知ってる。
ヒロシゲさんは私の頭をくしゃくしゃ撫でた。
女の子の扱いは分かってないけど…温かさをくれるこの人が、私は好きだ。
「死なないように、
死なせないようにがんばろーね」
「…ああ」
僕はPMCマルス関係の情報を見ながら、コーヒーを飲んでいた。
最近はトレーニングは一度中断して、会長職に戻っている。
ナデシコシリーズの資金繰りのあれこれがどうしても多くて、
過去以上にいそがしいだよねぇ、これが。
いや、しかし面白くなってきたね。
PMCマルスの主戦力、エステバリス小隊…。
ホシノアキト、テンカワアキトの両名に加え、一人採用。
しかも押し掛けたホシノアキトファンの12名の女の子たち。
さぞホシノ君は苦労しているだろうねぇ。いい気味だ。
「アカツキ君、ちょっとラピスのことなんだけど」
「ん?ラピスがどうかしたのかい?」
くつくつと静かに笑ってえらくご機嫌だね、エリナ君。
「いえ、おっかしいのよ。
まだ目覚めないけど、寝言を言うようになったの」
「寝言?どんなだい?」
「アキト君の事呼んでデレデレしてるの。
あのラピスがよ?
ふふふ、想像できる?」
「そ、そりゃ何とも…」
あの控えめな性格のラピスが?
…なんていうか、ユリカ君を思い出すねそりゃあ。
まあラピスはこの世界でユリカ君のクローンになったそうだから、
そういうこともあるかもしれないが。
そこまで人格に影響を与えるものなんだね、DNAって。
「そこまで来ているなら目覚めるのはもうすぐだろう。
君もリハビリを手伝ってあげるんだろう?
…それまでにはホシノ君との事も決着をつけておくよ」
「…本気なの?
アキト君とやり合うつもり…って…」
「もちろん。
…君や、ユリ君や、ラピス君に恨まれる覚悟もしているつもりだよ。
ある意味では木連との戦い以上に、僕には必要なことなんだ」
「だけど…ッ!
あのアキト君は、もう無意味な戦いには…」
「無意味にはしないさ。
彼にも引かせないだけの理由を与えるつもりだ」
──僕は『アキト君』に勝ちたい。
勝たなければ、先に進めないと考えていた。
理由は色々あるが…木連との戦いに勝つにも、自分が生き残るにも…。
それくらいの実力があって初めてかろうじて生き残れるだろうと踏んでいる。
「…アカツキ君、あなた最近変よ。
少なくとも、昔は自分の持ち駒を自分で握りつぶすようなバカじゃなかった」
「そうだね。
でもこれが終わんなきゃ…その頃にすら戻れそうにないんだ」
「…これだけは約束してくれる?」
「なんだい?」
「…生きて帰ってきて」
「…ああ」
エリナ君は…まだ僕が『アキト君』には勝てないと考えているんだろう。
その考え自体が、少し冷静さを欠いていると思うけどね。
ホシノ君になって弱くなってくれた分だけ、僕に有利なんだ。
まあなんでこんなことをしているのかといえば…。
つまらない男のプライドってやつも多分にある。
とはいえ、それまでにホシノ君が生きてくれているかは、分からないんだけどね。
「さしあたってはエステバリスたった3機で戦う彼らを見守ろうじゃないか」
「…そうね。
でも、依頼はどこから来るのかしらね。
一度の出撃にしてもエステバリスが大破したら費用も大変なはずだし」
「一応、ネルガル関係企業のスポンサーも受け入れてくれるようになったから、
そろそろ動くんじゃないかい?
…まあ、彼らは不本意な出撃を強いられることになるだろうけどね」
「え?」
…これは、どういう顔をしたらいいんだ。
俺とユリちゃん、眼上さんはテレビ局の社長に呼ばれてきていた。
要件は…エステバリスの出動について特番を組みたいので出撃してほしいと。
既にエステバリス訓練を始めてから一週間が経過している。
…俺達は主に「連合軍の戦闘に合わせて、地元の要請を受けて出撃する」というイメージで居た。
しかし、蓋を開けてみれば地元からの依頼はなかった。
理由は単純で深刻なものだった。戦闘による被害が深刻なんだ。
市民は当然、私財を失っているものが非常に多い。
出撃依頼の資金を出したくても出せるわけがない。
さらに言えば出資してくれたとしてもまとめる役が居ないので出撃依頼が出るわけがなかった。
そこで、テレビ局がタイアップして出撃依頼を出す形をとりたいと、眼上さんに要請したのだそうだ。
エステバリス購入時ほどは資金がかからないこともあり、乗り気で居てくれる企業が多かった。
代わりにPMCマルス内部での特集番組を一本とることと、出撃時の放送権の取得を約束させられた。
最終的にはほとんどのテレビ局もこの計画に乗ってきた。
依頼と資金的な問題はほぼ解決したわけだが…。
「アキトさん、責任重大になっちゃいましたね」
「…な、なんか祭り上げられちゃってるよね?」
あまりいい予感がしない。
なんというか、期待されているのは分かっているつもりだったがそんなレベルではなく、
街にうっかり出れないレベルで…英雄にでも祭り上げられているような感覚だった。
かろうじて会社への侵入はブロックしている状態ではあるがそれもいつまでもつか…。
「責任、とってくださいね?」
「…ユリちゃん、それ言う場面間違えてるよ」
…昔はパイロット兼コックで『半端者』と思ったものだけど…。
最近は、それでも結構幸せだったんじゃないかと思い始めている。
今は、会長兼パイロット兼コック兼、芸能人…。
ぶっちゃけ、しんどいよ…。
どれも手放せないからなおさら…。
「…ユリちゃん」
「なんですか?」
「…仕事の半分くらい、テンカワに影武者してもらっていいかな」
「…それは最後の手段です。
今はやめて下さい」
…はぁ。
思った以上に芸能人したことが尾を引いている。
この場合、部分的に助かる要因にはなったいるんだけど…。
…最初の段階でアカツキと話しに言っていたら、解決すべき問題は少なかったんだろうけどなー。
自立・独立するというのは大変だ…。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
その後、俺は例によってテンカワにはしばらく訓練を休むように伝え、
テレビ局の取材が入った訳だが…。
食堂で食レポされ、パイロット候補生の女の子たちのことでなじられ、
エステバリス二人乗りをさせられ…それなりに大変ではあった。
…一番大変だったのは、放送の翌日、
パイロット候補生が住み込み採用だと知られてしまったので、
さらに100名ばかりのパイロット候補生希望の女の子が、
本社に直接面接に押し掛けてきてしまった事だ。
もう足りてると断るのが大変だった。
現実的に総勢15人のエステバリス中隊が編成できれば、
フィールドランサーなしに駆逐艦~巡洋艦クラスまで沈めるのも楽になる。
弾薬や損耗を考えると現在の会社規模では出来ないが、
将来的には必要になるかもしれないな。
15人連携…ああ、そういえばユリちゃんにパイロット候補生の子たちと、
それなりに距離を詰めておくように言われたんだった。
意外なことだが、お互いにある程度知っていた方が良いと。
…確かにキャーキャー言われてたら仕事にならないからな。
一人ずつ、機会をみてこまめに話すべきだろう。
…そんな事を考えながら、ついにPMCマルス初出撃の時が迫っていた。
連合軍佐世保基地司令は苛立っていた。
『PMCマルス』という民間の警備会社が、
木星トカゲと戦うということで世間の期待を背負ってしまっているからだった。
「まったく何のために軍が居ると…何もしらない民間人のくせに。
ほとんど死にに行くようなものだが、そこまでして死地に出たいか?」
まだ盾にでもしてやった方が役に立つだろうと、司令は考えていた。
それでも連合軍極東支部の総司令・ミスマル提督から連携をするように言われている以上、
拒否も出来ない状態だったのが、佐世保基地司令をさらに苛立たせていた。
部下に渡されたPMCマルスの資料を見ながら、考え込む。
戦力についてのデータがある。
エステバリスのスペックと台数が記述されている。
「たった三機の機動兵器だと?
舐めた真似を…。
どんな奴らが…」
今度はパイロットの一覧を見る。
PMCマルス・パイロット─
ホシノアキト(19)、本業・PMCマルス会長、兼芸能人
マエノヒロシゲ(19)、アルバイト(フリーター)
テンカワアキト(18)、本職・食堂勤務、兼PMCマルスパイロット(パートタイマー)
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
──司令は、重たいデスクを無理やりちゃぶ台返ししてブチ切れた。
どうも、ホシノルリです。
現在絶賛調整中のナデシコでの研修とオモイカネの教育にそれなりに苦労しています。
私もいくら遺伝子的な強化と特殊な教育をされているとはいえ、まだ少女です。
私は物覚えは良い方ですし、
コンピュータをオペレートするのは慣れてておちゃのこさいさいですが、
実務となると人生経験や判断の差は露骨に出てしまいます。
とはいえ、それなりに対等に接してくれる人が多いので心地悪くはないです。
モルモットや人形扱いされないだけずっとマシです。ほんと。
…オモイカネだけは、ちょっとまだ慣れません。
唯一友達と思える相手ではあるんですが…。
『ルリ、エリナ秘書からコール』
「回して」
私は一人、ブリッジでオモイカネの調整をしていましたが、
この間、スカウトを受けた時から定期的に飛んでくる…。
ネルガル会長秘書直々の、通信にとまどっています。
スカウトしに来る人でも立場でもないと思ったんですが、思いのほか私に入れ込んでくれています。
理由はわかりませんけど、話し相手がいると意外と心地よく感じます。
彼女が言うには、
どうも『ラピスラズリ』というマシンチャイルドの少女の面倒を見てたことがあって、
私の事も放っておけないとか。
…それと、ホシノアキト…兄さんともそれなりに知り合いみたいで、
私が聞くといろんなことを答えてくれます。
今も…不安なことを聞こうとしてます。
『ルリ、元気にしていた?』
「はい、そこそこに。
…そういえば、アキト兄さんがそろそろ戦い始めるって聞きましたけど。
ナデシコは動けないんですか?」
「意外と心配性なのね。
でもナデシコが出なくても大丈夫よ。
ネルガルのエステバリスは強いし、アキト君はエステバリス乗ったら無敵なのよ?」
…なんか私、子供に思われた気がします。実際子供ですけど。
無敵って、今時ロボットアニメにだってつけませんよ。
「…そうですか」
「果報は寝て待、てでしょ?」
エリナさんは、やたら笑顔です。
アキト兄さんが勝つことと…私がアキト兄さんに出会うのを、妙に楽しみにしているようです。
なんか、そんなに面白いことになるんですか?
…まあ、いいんですけど。
「それと、ナデシコの艦長…ミスマルユリカももうすぐそっちに行くわ。
彼女はアキト君の義理の姉だし、仲良くしてみたら?」
「…まだアキト兄さんにも会ってないのに、ですか?」
「いいじゃないの。
メインディッシュは後に取っておきなさい」
…はぁ。
すでに艦長のプロフィールは見ていますが…。
彼女、あんまり評判が良くないんですよね。
なんかめんどくさいことになりそうな気がします。
勘弁して。
俺とユリちゃんは、PMCの初仕事に取りかかる前の作戦を考えていた。
いよいよ出撃の日だ。
ユリちゃんが連合軍の教育課程を学んでくれていたので、いろいろと助かった。
小隊規模での戦いにいろんな提言をしてくれた。
PMCマルスの基本戦術は、
『木星トカゲとの交戦で街に影響が出ないように誘導、撃破』
つまり、一度敵を引き付ける必要がある。
現在佐世保では戦闘が激化し、基地周辺市街地の被害が拡大している。
実際、雪谷食堂の近くの商店街も補修が全く進んでいない。
佐世保基地は戦力があるため、一時的に敵を退けることは可能だ。
しかし連合軍側の被害が圧倒的に多く、戦死者が少なからず出ており、
街中も墜落する戦闘機による被害が出ないとは限らない。
連合軍は基地防衛にこだわるあまり、戦力の損耗が著しかった。
何よりチューリップが定期的に海上を移動して現れることが、
基地司令部の悩みの種だった。
定期的に襲撃するということはある程度予測が立てられるということだが、
兵士たちに与えるプレッシャーは計り知れない。
「連合軍も…ミスマル父さんも、戦力を集中できなくて困っているでしょうね」
「うん、少しでも楽になるようにしよう。
…しかし、エステバリスが3台と運送用トラック3台、重力波ビームトラックが1台か…」
正直、エステバリス3機では不利にならないとはいえない。
駆逐艦クラスでも、空戦フレームがないのでは戦うのは厳しい。
砲戦フレームがあればいいんだろうけど、ミサイルの一つもなしに戦うのは厳しいからな。
陸戦フレームはバッテリーが多いので計算上1時間以上動けるが、
動き方によっては1時間を切る場合もある。
重力波ビームトラックの位置を知られるのもまずいし…難しいことが多いな。
「あの二人の練度もまだ高くはないし、
うまく引っ張ってやらないと、死なせることになる」
「でもアキトさんならうまくやるでしょう?」
「…俺だって自分が生き残る自信はあるけど、
戦艦支援なしに全員を生き残らせる自信はないよ。
まして空戦フレームが一台もない。
バッタがあまりに多くなると不利になりやすいから…。
それにフィールドアタックの類が使いづらいのがきびしい」
「フィールドアタックがアキトさんの十八番ですね、そういえば」
「ちょっと新しい戦術が必要になるかもしれないね。
エステバリスが手に入ったらいろいろ試さないと」
今回の出撃に際しては、俺が射撃中心のセッティングだからな。
ラピッドライフルが2丁、スナイパーライフルが1丁、特製ロケットランチャーが9発。
砲戦フレームに準じた装備に近いものになっている。
スナイパーライフルとロケットランチャーは本来陸戦にはない装備だったが、
エリナが量産型エステバリス向けの開発中試作品を回してくれたので遠慮なくもらった。
ミサイルと違って直進するだけのロケットだから使い方がちょっと難しいんだよな。
テンカワ機とマエノ機はスタンダードなライフル1丁の装備、弾倉は多めに持っている。
俺の装備の多さにテンカワからブーイングが来たが、
この装備だと重量が偏りやすく、射撃レベルの差もあるので俺しか扱えない。
「アキト君、出撃準備行くわよ」
「はい!」
眼上さんが俺を呼び出した。
…しかしなぜ眼上さんが呼び出したかというと…。
パシャ!パシャシャシャ!
「えーホシノさん、自信のほどはいかがですか?」
「が、頑張ります」
…報道陣が待ち構えているからだった。
出撃しない方がいいんじゃないかとかいろいろ言われたが、何とか切り抜けた。
後ろで控えてるテンカワとマエノさんも苦笑いだ…。
「あー…戦うよりこっちのほうが疲れるよ…」
「アキトさん、しっかりしてください。
士気にかかわります」
「はい…」
戦艦があればユリちゃんが艦長で責任者になるところだが、俺が実質的に組織のトップ扱いだからなー。
情けないのもほどほどにしないとな…。
「…よし、みんな聞いてくれ」
俺は気を取り直してみんなを集め、ブリーフィングを行った。
ドン!ドン!
「頑張れよー!」
「木星トカゲをやっつけろー!」
でかい花火の音が響いて、完全にお祭り騒ぎ状態の沿道を、
この間採用されたホシノのファンの女の子が運転をする中、
トレーラーの中はなんというか居心地が悪い。
男が一人、騒がしい女の子二人が乗っている中というのはなー。
「うう…アキト様の車両に乗りたかったぁ…」
「しょーがないでしょー?じゃんけんで負けたんだから諦めなさいって」
「うるさいうるさーーーい!
好きな人と一緒に乗れてる子にはわかんないわよ!」
シーラにやつあたっているこの子も個性的だよなぁ。
この状況下でえらい度胸が据わっているっていうか…将来性はありそうだよな、この子たち。
12人で一方的に乗り込んでくるだけの事はある。
まだ彼女達の実力は未知数だが…俺とテンカワだけじゃアキトを助けきれない。
今回の出撃で成果をあげればエステバリスの増台だって夢じゃない。
うまくやるか。
人が命がけで戦おうって時に、お祭り騒ぎはちょっとな…。
まあホシノの人気ぶりが良く分かる。
…この状況下で、バレてはいけない。俺の顔立ちがバレては…。
俺はヘルメットを目深くかぶって顔を隠すので精一杯だった。
「…ねえ、テンカワ君」
「は、はい?」
俺はトレーラーを運転している女の子に話しかけられた。
このトレーラーは俺達二人だけが乗っている。
レーダーや通信を担当する指揮車両はナオさんが運転中だ。
女の子はさっきから俺のほうをチラチラと見ながら運転している。
「あなた、どことなく…口元がアキト様に似てるわよね」
「そ、そうかな?」
「それに声も…」
ぎくり。
「…もしかして、ヘルメット外すと瓜二つとか」
ぎくぎくり。
「な、何言ってるのかなぁ?
ちょっと昔火傷した跡がひどいから隠してるだけだよぉお?」
…俺は声色を変えながら、かろうじて嘘をついて誤魔化そうとしている。
しかし女の勘っていうんだろうか、鋭いね…この子。
「だったらヘルメットじゃなくてもマスクでもいいじゃない。
…まあ、いいわ。
話は生きて帰ってからで」
疑念が全く晴れていない…。
…どうしよ、俺の「普通の生活」の運命が風前の灯火になりつつある。
この調子だと今晩にはバレるかもしれない…。
恨むぞ…ホシノ…。
…俺は非常に居心地悪く座っていた。
トレーラーが走る中の、街道で俺に向けて送られる声援の多さにうんざりしている。
死にたくないんだけど、なんかもう死にたくなるくらい恥ずかしい。
俺は本来小市民なので、自分が好かれるという感覚に慣れていない。
アカツキだったらお気楽に歯でも光らせてファンサービスするだろうなぁ。
やるだろうな、あいつ。
「ほら、アキトさん手ぐらい振ってあげましょうよ」
「…勘弁してよ」
と言いつつも俺は小さく控えめに手を振って見せた。
ユリちゃんはというと、企業的なイメージの事もあるのでむしろ積極的に愛想を振りまくように言う。
こういう時静かな割に、意外とノリノリなんだよなユリちゃんって…。
「るんるん~~~♪
アキト様と一緒~♪」
俺の乗車するトレーラー運転権を賭けた壮絶なじゃんけん大会を制した女の子、
明野さつき(めいのさつき)ちゃんがご機嫌でトレーラーのハンドルを握っている。
…だから既婚者なんだって!俺は!
「あ、あのさ…さつきちゃん」
「はいッ!なんですかアキト様!」
「そ…そのアキト様ってやめてくんない?
もう俺達は命がけで戦う仲間っていうか…」
「アキトさん、そんなこと言ってるとアカツキさんにまた笑われますよ。
せめて部下とかいいようがあるでしょう?」
…うう、そういえばなじられたことがあったな。
「私は部下でも下僕でも何でもオッケーですよぉ!
ご一緒できて光栄!」
「うう…勘弁してってば…俺が落ち着かないんだ」
「そいじゃ会長って呼びます?」
「う~ん…ちょっとそれも…。
せめて『隊長』とか…」
考えに考えて『隊長』…。
とはいえ、『アキト様』呼びで放っとくと俺自身も嫌だし、やっかみの元になるしなー。
「そうですね…。
作戦行動中は、少なくともそう呼ばないと命令権の事もありますし、
隊長呼びでいいかもしれないですね」
ユリちゃんからは納得が得られた。
これくらいがぎりぎり妥協点だ。
「はいっ!
これからもよろしくお願いします、アキト隊長!」
…はしゃいでるなーこの子。
そんなことを考えていたら、コミュニケに入電だ。
だんだんと沿道に居る人も減り始め…壊れた家屋が目立つ街中を通過する形になる。
『おーいホシノー、ちょっといいか』
「どうした、テンカワ」
『この辺りは街の被害が大きいけど、どうしてだ?
基地からはだいぶ離れてるとおもうんだけど』
テンカワの感想は最もだ。
木星トカゲがいくら攻めてきているとはいえ、
連合軍とやりあっているだけの状態ではこんなに被害が出るはずはないと思うだろう。
「地上戦力の通行ルートになっているんだろう。
連合軍も陸戦兵器は戦車がなくなってからは、
そんなに力を入れてないんだろう。
木星トカゲの主戦力は空戦だ。地上戦力は補助に過ぎないからな」
『補助ってこの被害でか…まだ、こんなに人が居るってのに』
「どのみちチューリップがあそこに陣取る限りは無理だ」
沿道から見える海の先に休眠中のチューリップが見えている。
『…やっつけられないのか?』
「最新鋭のエステバリスと言ってもアレ相手じゃ、
竹槍で戦闘機に挑むようなものだ。
俺達で機動兵器を引き付けて、その隙に連合軍に総攻撃をかけてもらうしかない」
『…ちくしょう』
ピッ!
『そうぼやくな。
俺たちだって、街に危害を及ぼす連中はやっつけられる』
忌々しいと言わんばかりのテンカワを制するように、
マエノさんがフォローをしてくれる。
本当にマエノさんが居るといい感じにテンカワをほぐしてくれるな。
昔のアカツキほどニヒルに突き放さないし、落ち着かせるのがうまい。
「テンカワ、今回の作戦はお前が起点だ。
焦って手を出すなよ。
お前ひとりでは袋叩きだぞ」
『わ、分かってる。
この間みたいなカッコ悪いマネはしないよ』
今回の『囮』はテンカワだ。
俺が当時ぶっつけ本番でも何とか出来たように、逃げる分にはテンカワの技量でも行ける。
射撃がまだ不得手なら、このやり方で何とかするべきだろう。
幸いぶっつけではなくそれなりに訓練できているので昔よりだいぶマシだ。
「ならいい。
信じてるぞ」
『お、おう』
短く発した信頼の言葉に、テンカワも短く答えた。
俺達の関係は奇妙なものだが、不思議に同族嫌悪には陥らないようだ。
自分がかけてほしかった言葉が分かるからか、テンカワは素直に聞いてくれる。
やりやすくていい。
ピピッ!
「アキトさん、連合軍から電文連絡が来ています。
『普段の襲撃周期のとおりであれば、1300より敵が攻撃開始。
避難民は各シェルターに避難中、現在91%が避難完了、
攻撃開始までには100%になるのでそれまでは動かぬように願いたい。
作戦前の打ち合わせ通り、
貴殿らの配置近くに木星トカゲの陸戦戦力が来る。
空戦戦力もかなりの数が追随する可能性大であるため、
危険があったら無理をせずに撤退せよ』
…だそうです』
「好意的に受け取れば不利なら逃げてもいいってことだが、
戦力が多くなる可能性があるから逃げ切れるかは保証外ってところだね」
「はい。
…各トレーラーの運転手は、エステバリスを配置後、
作戦通り指揮車両の近くにトレーラーを運んでください。
車両は動かなければ敵に捕捉されません」
エステバリスなどの機動兵器やヘリなどの空を飛ぶものでない限り、
木星トカゲは相手にしないはずだ。
地球に来ている木星無人兵器は人間相手にはそれなりに加減をする。
…あくまでそれなり、だけど。
「それじゃ、ここからは各自指示されたポイントについていきます。
一時停車し、パイロットはエステバリスに搭乗、お願いします」
「みんな、エステバリスやトレーラーは壊していいけど…。
…絶対死ぬなよ」
『お、おうっ!』
テンカワだけ返事がそろわないな。
…相変わらずって感じだな、これは。
私とジュン君はフライト予定だった機が木星トカゲとの戦闘で欠航になって、次の便を待ってる。
サンドイッチを食べながら、私は不安を押し殺すので精一杯だった。
ユリちゃんたちの事は心配していないんだけど、落ち着かない。
「まいったね、ユリカ…まさか木星トカゲが襲撃する日にかぶっちゃうなんて」
「うん…PMCマルスの初出撃の日だから、
ユリちゃんたちと一緒に居たかったんだけど…」
ジュン君がナデシコの副長になってくれるって言ってくれて本当に良かった。
私の足りないところはいつもジュン君が補ってくれていた。
ジュン君がいなければ、私は落第スレスレだったかもしれない。
心強いよ…本当に。
「あ、ユリカ。
テレビ見なよ。
ホシノアキトが出てるよ」
「あ、ホント」
出撃前のインタビューが流れる…アキト君の、戦う人とはとても思えない、はにかんだ優しい笑顔。
口下手で、戸惑いながらもなんとか答えている。
ワイプで現在のアキト君たちの乗っているエステバリスの様子が見える。
白がアキト君で…黒がアキト。
名前は知らないけどもう一人のパイロットさんがピンクのエステバリス。
それぞれ市街に点在する形で配置についている。
レーダー対策なのか、布で姿を隠しながら待機している。
「たった3機か…厳しいね」
「うん。
でも、大丈夫…きっと…」
ユリちゃんに聞いたエステバリスの性能、作戦…私もお父様も、十分対抗できると思った。
だから…。
「きっと、生きて会えるよ…」
根拠はある。
だけど確信はない。運が悪ければどんな時でも…誰でも…死んでしまう。
それはどんなエースでもそう。
だけど信じるしかないよ…。
ユリちゃん…アキト君…アキト…。
お願いだから死なないで…。
俺は精神を集中させるため…コックピットで目をつむっていた。
すでに配置にはついているし、作戦が始まるまではエステバリスも起動できない。
ただ、静かに待つだけだった。
「ユリちゃん、ごめんちょっと眠るから…10分したら起こしてくれる?」
『はい、おやすみなさい』
ユリちゃんはまだトレーラーで指揮車両のある場所に向かっている。
指揮車両からはまだ木星トカゲの動きがない様子だった。
眠ったのはリラックスしたかったのもあるが…ラピスに話しかけたいからでもあった。
リンクが半端なので眠らないと話しかけられないのはどうにも不便だが、
こんなテレパシーみたいな真似ができるだけでも十分便利だ。
(ラピス…ラピス?聞こえるか?)
(あ、アキト。
アキトから話しかけてくれたの初めてだね)
…そういえばそうだな。
(様子はわかってる。
勝てそう?)
(ああ、何とかな)
(信じてるよ、アキト。
怪我したりしたら怒るからね)
(ああ、大丈夫。
お前にはまだ俺のラーメンを食べてもらってないし、
いろんな事を一緒にしたい…だから死んでられない)
(…うん、ありがと。
それじゃ、元気で会おうね)
(またな、ラピス)
『…さん、アキトさん』
ラピスの声が遠くなり、ユリちゃんの声が聞こえてきた。
「ん…ああ、ありがとう。
すっきりした」
『はい。
テンカワさんのスタートがもうすぐになります。
…お願いします」
「任せてよ」
俺は小さくあくびをして、歯を食いしばった。
…さて、どうなる?
アキト様…じゃなくてアキト隊長がトレーラーを降りてから10分も経っていない。
でも私はまだ興奮冷めやらぬ中…背中に冷たい汗が伝うのを感じた。
アキト隊長を乗せてドライブできた…それだけで後悔はないって思う。
でも…やっぱり恐怖は、ある。少し体が震えている。
しかしユリ社長は私とそう歳は離れてないにも関わらず、落ち着いている。
震えもせず、ただ自信に満たされている…アキト隊長をどれだけ信じてるんだろう。
羨ましいな…。
「あの、社長…」
「ユリでいいです。
緊張しているみたいですね」
「は、はい…。
ちょっと、お話してて大丈夫ですか?」
「構いませんよ。
その方が気がまぎれるでしょう?」
…肝が据わってる。すごい。
「アキト隊長とは、付き合いが長いんですか?」
「ええ。
ざっと4年くらい…いえ、正確にいえば7年ですね」
何だろう、すんごいずれてるけど、間違える年数かな。
でも、7年…12歳からの付き合い?それって本当に長い…。
中学生からの付き合い…ずっとベタぼれなのかな…。
「なれそめとか…聞いていいですか?
こんな時に恋バナを聞くのも変ですけど…」
「…ちょっと表現が難しいんです。
兄妹みたいな関係だったんです」
「え?同い年ですよね?」
少しためらいがちに…そして遠くを見るようにユリさんは話し始めた。
自分が姉のように慕っていた女性とアキト隊長は恋に落ち…。
1年ほど前にその女性が死んだのを境に、
ためらいながらも、傷ついたお互いを支え合って生きてきたと…。
詳しいことはあまり話せなくて、とユリさんは謝った。
その言葉の端々から、その姉のように思っていた女性への愛情がほとばしっていた。
今も昔も、焦がれ、憧れ、そして愛していたんだ。
アキト隊長もきっとそうだった…。
…芸能界でまばゆい光を放つような『ホシノアキト』の半生は…きっと辛かったんだ。
でも…自分の夢を諦めないから、大切な思い出があるから今も…。
ユリさんもきっと…ずっと長い間アキト隊長を好きだったんだ…。
好きな人がずっと近い距離に居るのに、どうしようもない…。
なんて辛い恋だったんだろう。
それに比べれば…私の人生は、なんと平凡でありふれたものなんだろう。
私みたいなファンの一人では到底…その気持ちを量り知ることはできない。
なんていうか、私達12人にとってアキト隊長は…おとぎ話の登場人物みたいな憧れの人。
私達はどんなに頑張っても、脇役にしかなれないもん…。
決して手が届かない…近くに居たいとは思っても、ユリさんに取って変わろうとは思えない。
アキト隊長がユリさんを見る顔は…テレビで見かけるその笑顔より、何百倍も綺麗だった。
奪うことなんて…考えられない。
せめて、アキト隊長の…そしてその傍らで支えるユリさんを…助けたい。
「私も…力になります…どこまでやれるかは分からないけど、
存分に私の命を使って下さい。
ここまで思えたのは生まれて初めてなんです」
「…ありがとう、さつきさん」
ユリさんは…恥ずかしそうに、しかし断らずに…。
私の事を受け入れてくれた…。
ただの部下である私の、自棄になっているともいえる言葉を聞いてくれた。
私はそれだけで自分のありふれた人生が愛しくなった。
こんな人達に出会えた…出会える時代に生まれて、自分で掴みとった。
後悔なんてなかった。
思えば、この時…。
私は…私達は『芸能人のホシノアキト』じゃなく、この輝く人達を…。
人生を賭けて追い続け、支え、そして護り続けたいと…。
憧れを超えて、心酔し始めていた。
負けじとPMCマルスに駆け付ける意思を固める時よりも、ハッキリと。
具体的にこの人達と共にあろうと考え始めた瞬間だった。
俺は、トレーラーからエステバリスを降ろすと、街中をローラーダッシュで走らせる。
市街地の前…木星トカゲが通過するコースを、遮るように立ち、布を被ってエンジンを停止させる、
すでに避難はほとんど終わっていたが、家財道具を持って走っている人はまだいる。
彼らの表情は優れない…沿道に居た人達ほど気楽になれないんだろう。
PMCマルスが勝てるか…勝ってくれればいいが…と不安を抱いているのが良く分かる。
…ごめん、だけど何とかして見せる。
俺は避難する人を見送り、チューリップが動かないかどうかを確認する。
どれだけの規模で襲ってくるかは分からないが…今更になって膝が震えてくる。
武者震いって強がることすらも、今はできない。
「はぁ…はぁ…」
まだ何もしていないのに呼吸が荒くなる。
備え付けのミネラルウォーターを手に取って半分以上飲んだ。
今エステバリスに被せている布は安物ではあるが、多少のレーダー対策ができるらしい。
布で隠れて居る限り起動しない限りは奴らに気がつかれることはない。
今は安心していいだろう…。
そういえば、ユリカはどうしているだろうか。
今日には来ると言っていたが、結局間に合わなかったか…。
この戦闘で飛行機も出れないだろうからな。
…なんでこんな時に、真っ先に考えるのがユリカなんだ。
サイゾウさんとか、ユリさんとかホシノとか…考えないで…。
でも、この状況を考えていて居ると真っ先に思い出すのが…火星での出来事だ。
あの時は俺はフォークリフトを動かす事くらいしか出来なくて…。
…あの時エステバリスがあっても、結果は変わらなかったんだろうけど。
あの場所で出会った小さな『アイちゃん』の笑顔が、俺の脳髄に刻み込まれている。
既に前ほどトラウマと恐怖はない。
それでも…アイちゃんの事を考えると涙が出そうになってしまう。
なんで…なんであんな小さな子が…。
俺は逆上しそうになる自分をかろうじて抑え込んでいる。
残った水をすべて飲み干して、自分を保った…。
だが…。
ピーッ!ピーッ!
「…警報!?」
エステバリスの備え付けの生命検知レーダーが動いた。
既にエンジンは切ってあるが、避難している人が逃げ切れなかった時に備えていた。
備えておいて良かったが…あれは!?
5歳くらいの女の子がへたり込んで、泣いていた。
なんてこった…!
「あと何分ある!?この子を連れて…」
『時間はまだある!自転車とか周りにないか!?』
「何でだよっ!エステバリスで行けば…」
『バカかお前は!!
エステバリスで行ったらシェルターが攻撃されるかもしれないだろ!!』
…俺は反論できなかった。
素直にしたがって、俺はエステバリスを降りた。
『ユリちゃん、最寄りのシェルターはどこだ!?』
『はい、ちょっと待ってください。
指揮車両も使うのが難しくて…。
テンカワさん、準備が終わるまでその子をなだめて下さい」
「はい!」
そうだ。
俺たちは軍人じゃない。
「人のため」なんて名目で非情な命令で動くんじゃない。
この街を放っておくような連中とは違う…。
俺たちは本当に人を助けるんだ!
俺はへたり込んでいた女の子に近づいて様子を確認するが…。
「大丈夫!?お母さんとはぐれたの?」
「いっ!?」
…なんでそんな泣いちゃってるんだ?
いや知らない人にはついていっちゃいけないってのはあるけどさ。
「な、泣かないで…。
ほら、一緒に避難しようよ」
手を取ることもできない…。
どうやら…俺が人相隠しに使っているヘルメットが、
どこかのアニメの悪役によく似ているんだな…なんてこった…。
とはいえ…ここでヘルメットを脱いだら…マスコミがドローンで撮影している…。
だけど…。
ラウンジで足止めされたみんなが…テレビを食い入るように見ていた。
…アキトがエステバリスを降りて、女の子をなだめていた。
避難させるために説得しているみたいだけど…泣き止まない。
どうするの?アキト…。
私が考えていると、テレビのアナウンサーの声が聞こえた。
『あーっと、パイロットのテンカワ、女の子を救助に向かいました』
『これは大丈夫なんですかねぇ?
まもなくキックオフ…じゃなかった、作戦開始ですが』
実況解説の人は普段スポーツの実況解説をしている人なのか、
言葉選びに四苦八苦しているみたい。
確かに軍事行動の現場ってあまり報道されたことないから難しいよね。
『女の子はヘルメットが怖いようですね。
しかし、テンカワはなぜヘルメットをしているんでしょうか』
『いやぁ、パイロットですから安全のためにはしておいた方がいいんでは?
とはいえ何を脱ぐのを迷っているのか…』
それはそうだよ…だってアキトは…。
あ!?
アキトが迷いながらヘルメットを脱いだ!!
ざわっ!?
「ええっ!?」
ラウンジでテレビを見ていた人がみんなざわめいた。
隣のジュン君も、びっくりしていた。
アキトは…アキト君と顔立ちが全く同じだから…。
『こ、こ、これは!?
なんと、テンカワは…ホシノアキトに瓜二つです!!
驚きました!』
『えー、ただいま手元の情報を確認しました。
彼のフルネームは「テンカワアキト」。
現在、町食堂でコックを目指して修行中だそうですが、
木星トカゲに対してトラウマを持っているため克服するために入隊したそうです。
ホシノアキトとは血縁関係こそないようですが、
同じ顔、そして同じ名前であるため顔を隠して参加していたそうです。
顔が売れるのを嫌がるとは奥ゆかしいですね。
みなさん、ご覧ください!
PMCマルスにはアキトが二人います!!』
おおおーーーー!?
「ユリカ…この事を知っていたの?」
「うん…この間寄ったから…」
「あいつ…なんなの…」
「アキトは…私の王子様だよ…」
「えっ!?」
でも…アキト、大丈夫なの…?
女の子を助けるために、仕方ないけど…。
このままだとどんどんアキトの夢から遠ざかっていっちゃう気がする…。
アキト君はなんでか分からないけど…それでも何とかしてしまう気がする。
だけどアキトは…。
アキト…。
俺はシェルターに向かって、放置自転車を拝借して疾走している。
俺がホシノそっくりだって知ると、女の子は現金なまでに素直に自転車に乗ってくれた。
…なんていうか女の子って時々信じられないくらい現金だよなー。
「るんるーん♪私の王子様ー♪」
女の子はものすごいご機嫌だ。
どうやら、俺は彼女の中で『悪役』から『仮面を脱いで自分を迎えに来た王子様』になっているらしい。
こういうのユリカも言ってるけど女の子のあこがれってやつなのかな…。
言うのも思うのも勝手なんだけどさ…。
まあちゃんと助けられてよかったよ本当…。
俺はシェルターにたどり着くと、ドアを開けた直後、女の子の母親が出迎えてくれた。
女の子は俺から少し離れるのを渋ったが、俺も戦うとなんとか説得して手放した。
「ありがとうございますっ…!ありがとうございます…!」
「いえ…よかったッス」
女の子の母親は何度も何度も頭を下げていた。
…この人も、女の子を置いて逃げざるを得なかったんだろう。
良かった…本当に。
「あの、お名前を聞いても…」
「テンカワアキトっす。
ホシノとは関係ないんすけど、なんでか顔と名前が一緒で。
ははは…それじゃ…」
俺が背を向けると、とんでもなく大きな声援が聞こえた。
シェルターに隠れていた人たちは…俺に勇気づけられたようだった。
こんなに…こんなに誰かに励まされた事があるだろうか。
今はホシノのおまけに過ぎないかもしれないけど…。
この声援が、女の子を助けられたという事実が、俺の背中を押している。
俺の中の怯えが気にならなくなり…足が自然と前に動いた。
「…行ってきます!」
シェルターの扉が閉じられるまで、大歓声に励まされ…。
俺は自転車で駆けだした。
汗をかきながら必死に漕ぎ続ける中、俺はもう一度アイちゃんを思い出していた。
あの時…恐怖で身体が動かなくなって居た時…。
今のようにアイちゃんを助ける為に走る勇気があったら、アイちゃんはきっと…。
だけど俺はもう迷ってはいなかった。
後悔はまだしている。
それでも…もう過去が襲い来る気配は、無い。
俺はこの時、コックでもパイロットでもなく…。
ただの『テンカワアキト』として、一生懸命に走り出していた。
どうもこんばんわ。
武説草です。
タイトルどおりに爆弾が落ちないッッッ!!
ちっと悔しいですが最近長文を投げすぎるので、今回はこの辺で切ります。
途中の連合軍司令、
書いてて『あ~~~こんなやつ居たら切れたくなるわなぁ』ってむしろ同情しますねw
とはいえ新たなテクノロジーが生まれてとってかわられる時というのはこういう状態だったりしますが。
いやぁ…未来来てますねぇ、昔連載していた当時から考えると。もうコンピューター安い!
個人的にスポーツ実況のノリで戦闘実況しているというシチュエーション、なんか好きです。
そんなわけで次回へ~~~ッ!
>腰痛は労災です。
>いやほんと、労災にしてくれないと死ぬからw
力仕事に従事してた時期がありましたが、実際死にますね。
…慢性化してると労災もでなくて(ry
>>プロスは、なんというか『性格に問題はあるが腕は一流』のお手本のような人
>ナデシコに乗るにふさわしい人ですなw
>・・・考えてみると、ホウメイさんもそうだったんだろうか?
>個人的には彼女だけは別口だと思いたいw
個人的にホウメイさんは、
「士気を高める食事を出せるが、常に意図的に食費予算をオーバーする」という形で、
性格に問題はあるが腕は一流な気がしてますw
>体脂肪で三キロ
・・・いやそれふつうにキツいよw
特にルリみたいに小柄な場合はw
自分がデブいとそういうの無神経になっている自覚があります(ぉ
>>それは『テンカワユリカ』って女神しかいないんだろうけど。
>>…まさかね。
>・・・うわーいw
もろもろまだ謎は謎~♪
とりあえずその辺はもっともっと後のお話ですんで~気長に~いきます~。
ついに世間に顔をテンカワアキト!
次に待つのはエースの証?それともヒーローの証?それともスキャンダル?
そんなことよりまだまだ続くよ初戦闘!
テレビ版と同じく見事な囮ぶりをできるかテンカワ!
でもグラビティブラストはないぞ!どうするんだホシノ!
ユリが作戦を指揮、ユリカが見守り、ジュンがうろたえ、ルリはいつも通りの『バカばっか』。
時にいつも通りで時にいつも通りじゃないナデシコメンバーと、
PMCマルスの激闘を、ああ~~~~ッ!君は見たのかァッ!!!!
書けば書くほど終わりが見えず、楽しいけれど眠気と疲れに誤字脱字が抜けない、
ランナーズハイな作者がお送りする、ナデシコ二次創作、
『機動戦艦ナデシコD』
第十五話:drop a bomb-大きな衝撃を与える-後編
をみんなで見よう!
感想代理人プロフィール
戻る
代理人の感想
うん、これは司令悪くないw
ブチ切れていいw
途中の女の子は・・・やっぱアイちゃん思い出すよなあ。
今回は助けられて良かったな。
※この感想フォームは感想掲示板への直通投稿フォームです。メールフォームではありませんのでご注意下さい。