テンカワアキトが少女を助け始めた頃。
12人の女の子たちの内、トレーラーに乗らなかった9人は、
PMCマルス本社で待機、戦闘が始まってからは通常業務を一度止め、
食堂でテレビの報道に見入っていた。
「アキト様大丈夫かな…」
「私達が信じないでどうすんのよ。
…確かに一緒に行きたかったけどさ」
「それにアキト様、優しいからお留守番の私達にサンドイッチ作ってくれたでしょ?
忙しいのに気を遣って…もぐもぐ…おいしー!」
彼女達はホシノアキト特製サンドイッチをほおばりながら、テレビを見つめている。
緊急連絡や負傷者の発生時に備え、本社待機をするのを不満に思っていた彼女達の為に、
ホシノアキトはサンドイッチを置いていくので、お腹が空いたら食べてほしいと差し入れた。
手作りサンドイッチを手渡されて、彼女達は土下座せんばかりの勢いで頭を下げ続けていた。
効果は抜群だったらしい。
「ごくごく…。
そういえばテンカワ君って、なんかアキト様と親しいみたいだけど、
なんか特別なのかな?」
「さあ…でもマエノ君みたいに元同僚ってわけでもなさそうよね。
どうして…」
「あ、避難し損ねた子を助けてるわよ」
9人そろってテンカワアキトの動向を見つめる…。
するとヘルメットを外し、顔がホシノアキトと同じと確認すると、絶叫した。
…彼女達、『ホシノアキトファンクラブ』のみならず、
ホシノアキトという芸能人を目撃したことのある全員…。
このPMCマルスの注目すべき初戦闘を見ていた全日本国民が驚愕した。
──ただ一人の中年男性を除いては。
俺は高台の避難所にいた。
同じく避難した若いやつらが持ち込んだテレビでテンカワの様子を見ていた。
女の子を助け、応援され…初めて見る、あいつの『いい表情』に、
俺は安堵した。
全く、一時はどうなる事かと思ったが…。
─そして、俺はうちの食堂に訪れ、涙を流したあの女の子の事を思い出した。
あの、ホシノユリというお嬢ちゃんが来た時。
初めてみるはずの、俺の料理を、そして俺とテンカワを懐かしいものを見るように…。
そして料理を口にして涙を零した彼女を見た時、言い知れぬ予感を覚えた。
最初は、テンカワに恋をしたのかと思っていた。
だが、テンカワの奴はただ『励まされた』と言っただけだった。
妙だな、と思った。
あれくらいの女の子なら、また会いましょうとか言いそうなもんだと思った。
それからも何回か食堂を訪れたにも関わらず、テンカワと親しくしようとはしない。
その後、テンカワに似たダンナが居るって言うのを知った時にある程度の納得はした。
ただ何となく…それでも違和感はぬぐえなかった。
中国人のフリをしてスカウトに来た時もそうだった。
俺は彼女を信じた。
言っていることにはほとんど嘘を感じなかった。
むしろ信じるべき事情が多すぎた。
だが腑に落ちないことが多かった。
確かにIFSを付けている人間が軍にほとんど取られているのは確かだ。
…ホシノアキトと近い事情を抱えるテンカワとはいえ、
それだけで世話を焼くかどうか、という問題だ。
テンカワの疑問は正しい。
初対面の人間をスカウトするには度胸が要る。経験も要る。
俺達みたいなコックだったら分かりやすい。
腕と、やる気と、物覚え、器用さは一ヶ月も一緒に調理をやれば分かる。
それでも一目でスカウトするというのは難しい。
…なんであの子はここに来たんだ?
考えれば考えるほど…理由がわからねぇ。
だが…。
「全く…急に一丁前にいい顔しやがって…」
そんなことはどうでもいいのかも知れねえな。
あのバカが…臆病なコック志望の未熟モンが、自信を持って走り始めた。
…笑えない冗談だぜ。
脱走パイロット扱いだったあいつが、勇敢にパイロットやってるなんてな。
こうでもしないと振り切れないような辛い事があったんだろう。
もしかしてそこまで分かってたのか?お嬢さんよ。
…もう心配要らないだろう。
テンカワはもう二度と怯えない。
それどころか…今日、あいつは木星トカゲをやっつけられるようになっちまうかもしれん。
なら…。
「やっちまえ。
やっつけちまえよ、テンカワ」
作戦開始まで…後、何分だ?
既にチューリップが活性化して、動き始めているのが見える。
早く戻らなきゃ、俺のせいで作戦が失敗しちまう!
焦るな…だけど…!
ピピッ!
『テンカワさん、時間がありません。
そろそろトカゲが街を通過します』
コミュニケからユリさんの声が聞こえる。
作戦行動中は端末での通話ではなく、
どこでもウインドウと音声が出るコミュニケの方が役立つ。
ハンズフリーだし。
…ただ、たまに視界を遮るのだけはちょっと困るけど。
「分かってます!どれくらいあります!?」
『テンカワさんの待機ポイント通過まであと5分です』
「楽勝!戻るよ!」
もう、あと2分もかからないだろう。
エステバリスの再起動までに30秒、動くまでには50秒。
計算上、余裕をもって戻れるはずだ!
「うおおおおおおおーーーーー!!!」
俺は全力で自転車のペダルを踏んだ。
最高速でたどり着くはず──だった。
ばごっ!
「なっ!?」
俺の乗っていた放置自転車は整備が甘かったらしく、チェーンが外れてしまった。
直すのは容易だが、工具も時間もない!
ギアにチェーンが絡まってしまって停止、役に立たなくなった自転車を止めて、
俺は自力で走り出した。
あと自転車で1分の距離だってのに…!
『テンカワさん!?間に合いますか!?』
「…分かりません!
なんとか走ってます!!
…間に合え…間に合えッ!」
俺はただでさえ全力で動かしてきた足がつりそうなのに、
それでも走らざるを得ない状態になって…。
もっと早く訓練をできていたらと、悔んでいた。
まだ…まだ後悔するには早い!
結果はまだ出ちゃいない…!急げ!
俺はテンカワの行動に驚いた。
確かにこの頃の俺は無鉄砲で考えなしだったと思う。
それでも…ほぼ躊躇なく自分の素顔を晒すとは思わなかった。
…いや、まだこの頃はアイちゃんの事を悔やんでいた時期だ。
アイちゃんと逃げそびれた女の子の姿がダブったんだろう。
今回は、自分の事でも手一杯なのにテンカワもできれば庇ってやる必要がありそうだ。
矢面に立つつもりはあったものの…参ったな。
『アキトさん、テンカワさんが時間通りつかないかもしれません。
マエノさんともども、少し前倒しで動いてください』
「分かった。
…ちょっと激しい戦闘になるかもしれない。
予定より早く弾薬コンテナをポイントに配置しておいてくれる?」
『了解です。
さつきさんがお届けします』
『りょうかーい!お任せ下さい!』
さつきちゃんは威勢よく返事をして再びトレーラーに乗ってくれたようだ。
今回の作戦は母艦がないので、弾薬の補充も一苦労だ。
戦闘予定エリアの大分後ろに配置する手筈だった。
戦闘前に置くと弾薬コンテナそのものが狙われる可能性があるので、
足りなくなるまでは置くつもりがなかったが、テンカワの行動が遅れる場合…。
俺達が先んじてテンカワの代わりに囮になる必要がある。
テンカワが間に合った場合でも、焦ってしまえば後手に回ってテンカワが危機に陥る。
そうなると弾薬を節約するのを考えている場合じゃなくなってしまう。
俺達の会社の事を考えるなら弾薬の節約は重要課題だが、
テンカワを死なせるわけにはいかないし、街の被害も防ぎたい。
この辺が、中小企業の厳しいところだ。
「マエノさん、そんなわけで俺達も作戦開始です」
『オッケイ!』
俺よりやや先行していたマエノ機がローラーダッシュしていく。
俺も追いつきたいところだが…装備の重量があるので、どうしても出遅れてしまう。
ロケットランチャーは置いていきたいところだが、切り札だからそれも無理だ。
参ったな、本当に…。
「こちらテンカワ!エステバリスに到着、起動中!」
『遅れはありますが、なんとかなりそうです。
敵をある程度引き付けてから、行動をお願いします』
ユリさんの注意にうなずいて、俺はエステバリスの起動を待った。
俺がエステバリスのシートに腰かけた時、既に作戦開始時間ぎりぎりだった。
起動、動けるまでの時間を含めると50秒程度の遅れだ。
木星トカゲの方が遅れてきてくれているので助かったな…。
それでも距離はそんなに遠くない。
視界にうっすらと見える程度の距離まで来ている。
…もし、ミサイルが発射されたら助からない。
起動さえしてくれていれば、多少の直撃はフィールドで防げるが…。
「早く起きてくれよ…相棒…!」
『ちょっと待ってね』
『Now Loading...』
能天気な警告文が俺に答えるように表示され、
俺は少し苛立ちながらも、呼吸を落ち着かせる。
ピッ!
『起動完了、よくできました』
はなまるマークがついた賞状のようなウインドウが開き、
俺のIFSが輝き…エステバリスへ、意思を伝達し始めた。
「テンカワ機、行きます!!」
俺はエステバリスを走らせ、眼前のジョロにライフルの弾を浴びせた。
3機程度が爆ぜ、一斉に奴らの注意が俺に向いた。
地上戦力とはいえ、基地にまで到達されると軍はかなり危険だ。
…ホシノが零していたことだが、軍のドックにはどうやらホシノの妹がいるらしい。
なんでそんな所にいるかは答えてくれなかったけど、居るのは確かだったら放っておけない。
そうでなくても、さっきのシェルターの事も、街のこともある。
作戦通り、海辺の開けた場所に引きつけなければ…!
俺はジョロの編隊の一部を一直線の形に蹴散らし、
ローラーダッシュで突っ切って正面突破した。
奴らもマシンガンで反撃してくるが、威力が低く、フィールドで弾かれている。
照準を合わせるのも俺より下手だ!
「よしっ!行けるぞ!」
俺はホシノとマエノさんとの合流ポイントまでこいつらを引き付ける。
一直線の道路を引きつけているせいか、ジョロも攻撃しづらいのか散発的な攻撃だけが届く。
この調子なら全然大丈夫だが…ここからあと3分はかかるか。
『テンカワさん、上にも注意です』
「へっ?」
間抜けな声を上げてしまったが、上空にもバッタが迫っていた。
数は20機。
空戦も来るかもしれないとは言っていたが、来ちまったか…。
減速していては捕まる…!
「飛行物相手はまだ慣れてないんだってば…くそぉっ!」
俺はライフルをめちゃくちゃに撃ちまくって、
4機のバッタにかろうじて命中させたが…一つ目のカートリッジを使いきってしまった。
あと4個しかないってのに!
「この調子じゃ、あの16機を落としたら弾切れだ…!」
この状況でライフルの弾を撃ち尽くすのは危険だ。
ちくしょう…!
『テンカワさん、引きつけすぎるとやられてしまいますよ。
うまくけん制しながら、手を出させないようにしてください』
「わ、わかっ、わかってますけど…!」
『今は弾の事を気にしないで下さい!
アキトさんが必ず助けてくれますから!』
俺はジョロと合体して迫るバッタに脅威を覚えた。
あいつらはミサイル装備だ。
ミサイルで牽制、ジョロに体当たりされたら避けられないし、
フィールド防御も間に合わない!
俺はカートリッジを切り替えてライフルを連射するも、
今度は2機しか当たらず、しかもまたカートリッジを撃ち尽くしてしまった。
俺は結局訓練中でも命中率20%を超えられなかった。
マエノさんですらも50%超えには到達しているというのに…。
実戦だとなおさら当たらない。
焦るな、焦ったら…。
死んじまう…。
だけど焦って身動きが取れなくなるまえに、
バッタのミサイルが100発近く、俺のエステバリスを襲ってくるのが見えた。
俺はかろうじてエステバリスを蛇行させて、ミサイルの直撃を防ぐものの、
完全にはかわしきれず、爆風で押されてエステバリスが転倒して…。
立ち上がる間もなく、ミサイルの第二波が迫る。
フィールドに阻まれながらも、徐々にフィールド強度が下がるのが通知されて、
早く逃げようとするが、焦ってIFS操作がうまくいかない。
ホシノとマエノさんはまだ来ないのか!?
機動兵器とミサイルがアキトのエステバリスに迫るのが見える。
エステバリスはスゴいロボットだけどこんなに囲まれたら…!
「アキト君、早く…!」
「ユリカ、落ち着いて」
ジュン君が私を心配してくれてるけど、落ち着いていられなかった…。
せっかく会えたのに…アキト…。
お願い…間にあって…。
『テンカワ、木星トカゲに押されています。
フィールドに阻まれてかろうじて機体がもっているようですねぇ』
『しかしこれは時間の問題ですよ。
レーダー上では、2キロほど味方と距離があります。
味方のマエノ機、ホシノ機が救援に間に合うかどうか微妙な距離です。
これは絶体絶命です。
おや!?
ホシノ機、止まって射撃姿勢をとりました!
間に合わないと悟って、あの地点から狙撃をするようです!』
「無謀だ!
いくら腕が良くても結構距離がある状態じゃ、
動体目標に当てるのは…」
『おっと…ここで彼らの通信が傍受できました。
テンカワ機のアサルトピット内の音声です』
『音声傍受って…してよかったんですか?
まあPMCマルスは軍や警察ではありませんが…。
断末魔の悲鳴にならない事を願いたいところです』
ざっ…ざざざ…。
『…ろ、うそだろこんなの!?
ホシノ!マエノさん、ユリさん!
ゆ…ユリカーーーーーーーーッ!!』
アキトがこんな時に私の名前を呼んで…。
嬉しい感情がこみあげるけど…死んだらダメ!ダメなの!
アキトは私の王子様なんだから…!
──その直後に見えた光景に、ラウンジに居た人達が歓声を上げた。
バッタが次々に爆発して、墜落していく。
アキトのエステバリスはダメージは少なくないけど…なんとか助かってる…!
良かった…!
『こ、これは!?
ホシノ機の狙撃が間に合いました!
10機のバッタが瞬く間に撃墜されました!!』
『驚きましたね。
警察の狙撃でも200メートルの距離でかなりためらうものですが…。
機械的なサポートがあるとはいえ、それを立て続けに10連射とは…。
エステバリスは6メートルですから、
人間の比率で言ってもかなり離れているはずですが、いやあすごいですねぇ』
『…ちょっと待ってください?
先ほど私はスナイパーライフルの音を、5回しか聞かなかったんですが。
VTRを確認しましょう。
…最初の一発は、一組のバッタを連結されたジョロごと粉砕、
二発目は、丁度一列になっていた3機を撃破、
三発目、かする形で1機のバッタを直撃、
きりもみ上にもつれる形で2機を巻き込んで墜落、爆発、
四発目、1機だけのバッタを撃破、
五発目、大型ミサイルの発射口が開いているところに直撃、
1機を巻き込んで2機撃破。
…神業としか言いようがありません!
5発の弾丸で10機!まさに一石二鳥!』
『いやー驚きましたねー』
淡々とアナウンサーが今の狙撃を分析している。
ジュン君も呆然としていた。
ラウンジにいたみんなは、その狙撃に拍手をしている。
それにしてもアキトったら…命が危ない時にユリカの事を呼んでくれるなんて…。
感激しちゃった…。
「アキト君…ありがと…」
俺は一瞬何が起こったのか理解できなかった。
ミサイルの雨あられに見舞われていたはずが、ミサイルは打ち止めになり、
俺のエステバリスのダメージアラートも止まった。
動けなくなるようなダメージはなく、樹脂装甲の一部が損傷しているだけだ。
上空に墜落していくバッタが見えた。
…これは!?
『テンカワ、大丈夫か!?』
「あ、ああ…。
ホシノ、お前は結構まだ遠くだろ?
どうして…」
『もらっといたスナイパーライフルが役に立った!
それよりマエノさんと代われ!
一度お前は休んで来い』
…嘘だろ?
俺は辛うじて当てるのがやっとだってのに、こんな距離で当てるなんて…。
相変わらず信じられないことをする奴だ…。
「だ、だけど」
『浮足立ってるヤツを抱えて戦えるか。
落ち着いてからだ!』
「あ…ああ…」
俺は辛うじてエステバリスを立ち上がらせると、
ローラーダッシュで再びジョロの追跡から逃れた。
『だが上出来だ、テンカワ。
あいつらは街から大分離れた。
お前の攻撃がやつらには脅威と感じたんだろう。
後は任せろ!』
「お、俺も落ち着いたら戻る!
必ず!」
『ふっ、言うようになったなテンカワ』
…ったく、偉そうにしやがって。
命の恩人だが、俺が危険に陥ったのもホシノのせいだ。
まあいい…俺も落ち着かないとさっき以上に慌てるからな。
まだ心臓の鼓動の速さがやまない。
水も飲み切ってしまった…エステバリスもチェックしてもらおう。
一度指揮車両の近くで見てもらおう。
手を振るマエノさんのエステバリスとすれ違って、
俺は走り抜けた。
「ふう…」
俺はミネラルウォーターを手渡されて、一度休憩した。
ユリさんに初の実戦なので十分に休むように言われた。
…緊張しているのは確かだな。
ん?近づいてくるあの子は…確か俺のエステバリスを運んでくれていた…。
「えーっと…」
「青葉。
早乙女青葉(さおとめ あおば)。
覚えておいてくれる?」
「あ、うん…」
青葉ちゃんは俺の隣に腰かけ、顔立ちを確認するようにじっと見た。
…嫌な予感はしないけど、心地よくないな。
「テンカワ君、さっきのヘルメットの事…図星だったわけね」
「…うん」
「これから大変になりそうね」
今晩までもたないかもしれないとは思ったが…想像以上に早くばれてしまった。
芸能スカウトとか来るよな絶対…いやそれどころか食堂で働けなくなるかも…。
…はぁ。
「…なんか言いたそうだけど、どうしたの?」
「いや、さっき待機中に見てたテレビでね。
様子を見ていたんだけど」
青葉ちゃんはすっと端末を差し出して見せた。
録画していたようだ。
「なんか通信傍受されてたとかで…ほら」
『うそだろこんなの!?
ホシノ!マエノさん、ユリさん!
ゆ…ユリカーーーーーーーーッ!!』
「いっ!?」
俺が思わず叫んだ…絶叫でユリカの名前を叫んでいた瞬間が、映っていた。
これは…つまり…。
「も、もしかしなくても、全国放送?」
「全国放送。
木星トカゲとの注目すべき一戦だから、視聴率70%に近いってさ。
死にそうになって好きな子の名前を叫んじゃうなんて、
ぶっきらぼうだと思ってたけどかわいいところあるじゃん」
俺はわなわなと震えてしまった。青葉ちゃんは小さく笑っている。
し…死にたい…。
あの瞬間に死んでしまった方がマシだったかもしれない…。
それくらい恥ずかしい…。
情けない発言と、ユリカを意識していたという事実が広まった事…。
…俺だって自分が無意識にユリカが気になってたなんて思っても居なかったよ…。
あと…ミスマルおじさん、怒ってるかも…。
「は…はは…」
「ま、用はそれだけ。
アキト様の足、引っ張らないでよ」
「…なんか言い方キツくない?」
「あたしは顔が同じってだけじゃ優しくする気ないのよ。
それとも、好きな子がいるのに慰めて欲しかったのかしら?
そんな度胸はないだろうけど、ね」
…観察眼、すごいなこの子。
それにしても明日からどうしよう…。
パイロット候補生の女の子が入っているし、
ユリさんから言われた通りやめてもいいとは言われているけど、
辞めてもなんかいろいろ面倒なことが襲い掛かってきそうだし…。
…恨むぞ、ホシノ…。
俺はラピッドライフルを連射して地上戦力をたたいていた。
幸い、地上戦力であるジョロは体当たりとマシンガンくらいしか武装がない。
マシンガンはこちらのフィールドを撃ちぬけない。
体当たりに警戒して距離を取っていれば基本的には安全だ。
それにしても…。
「マエノさん、相手は単調に攻めてきますが油断しないで下さい。
数が数ですから」
「おーう」
アキトの奴、ほとんど鼻歌交じりに木星トカゲを蹴散らしてやがる。
度胸が据わりすぎだ。
何しろ、両手に持っているラピッドライフルで空戦のバッタを一方的にやっつけてる。
俺は油断できない程度の技量で…敵の数がいるからそれなりに緊張している。
…いや、しかしアキトがあまりに強いせいか…連合軍の部隊をほうっといて、
バッタがだんだん集まってきてるな…。
撃墜スコアを見ると、既に100機以上を蹴散らしている。
…俺はまだ36機。
って、弾が切れちまうな。
「アキト、お前弾は大丈夫か?
補充に配置されたコンテナに戻るつもりだが」
『大丈夫っす。
退路を確保しますから、先に行ってください。
バッタが片付いたんでジョロを片付けることにします』
…おいおい、マジかよ。
とはいえ、あと50機はいるが…。
『マエノさん、これ預かっといてください』
「あ?」
アキトはラピッドライフルを地面に置いて…両手にイミディエットナイフを取っていた。
そのままジョロの大群に突っ込んでいった!
「おい!?」
『小太刀二刀流…』
俺が注意する間もなく、アキトはジョロに接触し…。
アキトのエステバリスがジョロの体当たりを回避しつつ、
回転するような独特の足さばきで駆け抜け、
時にローラーダッシュが挟まり、ジョロの大群を抜けると、
30機程度のジョロが両断され、爆発した。
大爆発に巻き込まれ、残ったジョロもほとんどが爆発した。
そして残った数機のジョロもアキトはさっさと片付けてしまった。
「…アキト。
おめーそんな必殺技あるならさっさと使えよ」
『だからバッタが残ってるとミサイルで邪魔されて使えないんですよ』
…そういうことか。
とりあえず、俺達は弾薬の補充に一度弾薬が置いてあるコンテナに戻った。
私はレーダーと、チューリップを映すモニターを見つつ、
今後の動きを思案します。
…それにしてもアキトさんの動きがスゴいです。
確かに過去の木星戦争後期の成長ぶりも目覚ましかったですが…。
ブラックサレナで戦う姿ともまるで違うので、驚いています。
恐らく、以前見た格闘術…木連式柔とその他の基礎的な戦闘素養が、
人型のエステバリスを使った時に応用できるようになったんですね。
本当にすごい…ただ…。
…恐らくアキトさんはこの技を人に振るった事がある。
血を浴びて技を覚え、磨いた…あまりその力に頼ってしまうと、
アキトさんは過去に意識を持っていかれてしまう気がします。
いえ…私はアキトさんを信じます。
もうアキトさんは人を殺したりしない。
殺さないでいいようにしないといけない…。
だから…。
「ユリさん、ユリさん」
「え?
ああ、なんでしょう」
青葉さんが考え込んでいた私を呼び止めました。
「テンカワさんが再出撃準備OKって、
シーラ整備班長から連絡来ました」
「分かりました」
私はテンカワさんのコミュニケに通信を飛ばし、出撃をお願いしました。
作戦のほうに思考を戻し、次の手を考え始めますが…。
…少し不安があります。
連合軍が、木星トカゲの戦力がこちらに集中したのでなんとか押し返して、
チューリップを撃破しそうな状態にはあります。
しかし、アキトさんの攻撃力があまりに高いので、
チューリップも増援を強くする可能性がある。
とはいえアキトさんに加減してほしいというのも無理でしょう。
テンカワさんとマエノさんの練度をカバーするためには、
アキトさんもそれなりに本気にならないといけません。
何しろ母艦もなければグラビティブラストも使えないので、
まとまった敵に対抗するのが困難ですし。
レーダーを確認すると、アキトさんとマエノさんが、
武器コンテナのもとに戻ってます。
テンカワさんもここを合流ポイントと見なして合流する形になるようですね。
「アキトさん、そちらは大丈夫ですか?」
『うん、無事だよ。
修理が必要なほどダメージはないからこのまま続行する。
次の木星トカゲの増援が出てくる前に、
連合軍が押し勝てれば俺達も撤収できるんだけどね』
「そうですね。
警戒しつつ、弾薬の補充をお願いします。
それと重力波ビーム発生トラックも近場に寄せます。
念のため充電出来るように」
『ありがとう』
コミュニケの通信が切れると、
私は青葉さんに重力波ビーム発生トラックを移動させるように伝えました。
現状では作戦行動全部にかなりの人手が必要で、
すべて順繰りに行うので、細かく手順を考える必要があるのは大変ですね。
ここまでやったら、木星トカゲも黙っては居ないでしょうし、用心です。
佐世保基地の司令は戦況を確認しながら苛立っている。
たった3機の、素人しかいないはずの連中が次々に木星トカゲを撃破してしまっている。
状況的に有利になり、チューリップ撃破のチャンスが生まれつつある。
だが…。
「木星トカゲに半分無視されているにも関わらず、
押しきれないとは…!クソッ!」
木星機動兵器の半数以上がPMCマルスの戦力に向かっている。
今もチューリップ防衛を差し置いて移動しているバッタが多い。
それにもかかわらず、佐世保基地の全戦力を持ってしても、まだ押し勝てない。
たった3機で、しかも素人パイロットの集まりにもかかわらず、
佐世保基地の全戦力に匹敵する事実がそもそも腹立たしいが、
司令はこのチャンスをものにできない事に苛立っていた。
既に増援を申請している状態だが、
動ける戦艦の距離が遠すぎるので到着にもう少しかかる。
歯がゆい状態だった。
この時代の基地は、艦の整備や修理をしない限り、艦船は居ない場合も多い。
基地そのものに防衛戦力を配置しやすいため…。
そして現在では木星トカゲの多さのため、艦船が常に出払っている事が多いためだった。
「あのチューリップさえ撃破できれば佐世保は…!」
司令はチューリップが居なくなれば佐世保はだいぶ安全になると考えていた。
未だチューリップの撃破はフクベ司令の一例のみだ。
ここで撃破できるかどうかが、
佐世保、そして日本全体に希望を与える事が出来るかどうかの境目だった。
「司令、防衛部隊の損耗が激しいです…。
死者はまだ出ていませんが、疲労が相当たまっており、軽傷者多数!」
「…あと何分だ?」
「は?」
「パンジーの到着はいつになる?」
「は、後…10分です」
「…あと10分で押し切れるかどうかだな。
いいか!今日、この瞬間が佐世保を取り返せるかどうかの正念場だ!
司令の発言に、司令部も気迫を持って応えた。
司令はチューリップが撃破できなければ、PMCマルスも消耗戦で負けると踏んでいた。
そうなれば、恐らく二度目のチャンスはない。
仮にパイロットが無事だったとしても、
PMCマルスが二回目の戦力補充ができるかは怪しい。
世間は負け続ける連合に厳しく、PMCマルスも負ければ同じ轍を踏む。
つまり今回勝たなければ、自力では佐世保を取り戻せない。
司令は額から落ちた冷や汗をぬぐった。
僕はPMCマルスの激闘を映すモニターを見ながら、
ラウンジの喧騒の中で、呆然としていた。
…ユリカがテンカワを王子様と言った件はショックではあったが、
まだ決着は付いていない。
もし付き合っていたとしても遠距離恋愛のようだし、
チャンスはあるはずだ。
…佐世保で決着を付ける。
けど…エステバリスの性能には驚愕させられた。
ライフル一つとっても、木星トカゲの特殊な装甲を撃ちぬくのに向いているようだし、
人のように柔軟に動き、優れた機動性、ロックオン性能。
…そして木星トカゲの駆逐艦以上の艦でなければ付いていないはずの、攻撃をはじくフィールド。
敵の技術を転用するばかりではなく、小型化・強化している。
連合軍の防衛部隊に匹敵する威力を、たった3機で発揮している。
木星トカゲに対抗できる…この映像が人々に与える希望の大きさは計り知れない。
連合軍も、本格的な導入を考えざるを得ないだろうね。
とはいえ連合軍でもエステバリスを採用している部隊は、まったくないわけじゃない。
ただ運用への疑問や問題が多く、重力波ビームの扱いもあって全く定着していないだけだった。
ここまでの戦闘能力を発揮できる運用をできなかったのは問題だけど…。
ひょっとしたら数年後の連合軍の機動兵器はすべてこれにとってかわられるんじゃないだろうか。
それほどまでにこのエステバリスは凄かった。
PMCマルスはしばらく途切れていた木星トカゲの攻撃が再開し、
敵の第二波を迎え撃っていた。
『さあ、すごいことになってきました!
PMCマルスはたった3機の機動兵器で、
連合軍以上の撃墜スコアを刻み続けています!
スゴいぞエステバリス!スゴいぞPMCマルス!』
『やはり先ほどの神業ができる技量の有るホシノアキトが抜きんでていますね。
撃墜数は既に200機を超えている様子です。
続いてマエノ、70機。
最後にテンカワ、40機です。
しかしロボットを動かした経験があるのはホシノとマエノのみです。
テンカワはまだロボットを動かした経験がまったくなく、
かつ一週間の訓練のみで参加しています。
そう考えれば十分に戦えていると言って過言ではないでしょう!』
ユリカはどこまでも…この小さな部隊を信じているらしい。
僕が特に驚いたのは、やはりこのホシノアキトだ。
まるで二十世紀のアメリカ映画のように、
腰だめに構えた二丁のライフルで次々に木星トカゲを撃墜している。
敵を全く寄せ付けない、強力な戦闘能力…。
芸能人をしているだけかと思った、とぼけた男・ホシノアキトはどこでこんな技術を?
…まさか改造人間とかじゃないだろうな。
冗談みたいな考えだけど、その方がまだ納得がいく。
軍歴もないはずだし…。
とはいえ…連合軍も士気が高まって、木星トカゲを何とか押し返そうと必死に戦っている。
一矢報いるチャンスだ…!
「頑張れ!!」
僕もついに声を上げて応援し始めてしまった。
こんな所からじゃ声も届かないだろうけど…。
それでも言わずにはいられなかった。
負け続けた連合軍が、地球が…勝てるかもしれない。
僕の心は、この小さな希望に震わせられていた。
ここのラウンジが、いや恐らく全日本がこの戦いに胸を踊らせている。
必ず勝ってほしい…!頑張れ!!
──かなり戦ったな。
さすがに俺も疲労してきているのを感じる。
…どうやらこの俺のIFSは試作なのでタトゥーが通常の物と異なるらしい。
そのせいなのか、この程度の戦闘時間でひどく体力を消耗している。
…俺達は何とか敵の第二波を退けて、一息ついた。
第二波は、単調な編成の第一波と違ってかなり強力だった。
パターン色が強いものの、連携がうまく、
バッタの数が多く、俺はほとんどかかりきりだった。
ジョロなどの地上の敵をテンカワとマエノさんに担当してもらった。
俺のエステバリスは無傷だが、テンカワのエステバリスは限界が近い。大破しかかっている。
マエノさんのエステバリスも、脚部のダメージがひどい。
…二人には撤退してもらうしかないだろう。
「マエノさん、テンカワ。
二人は撤退してくれ。
その損傷ではこれ以上戦えば生きて帰れるか分からない」
『ま、待てよ、ホシノ!
次が来たらどうするんだ!?』
「俺は見ての通り無傷だ。
それにもう武器コンテナの弾薬も俺一人分くらいしか残ってない。
三人で継続した戦闘はもうできないだろ」
『だけど!』
『…テンカワ、悔しいが俺達じゃ元々アキトの半分も戦えない。
それに、アキトだって危なくなったら逃げるさ。
エステバリスと俺達の命を失うわけにはいかないだろ』
『…分かった。
ホシノ、死ぬなよ。
ユリカにお前を助けろって…頼まれたんだ』
…ユリカめ、余計な事を。
だけど…ユリカにそういう風に心配される…なんかこれも新鮮だ。
今は『ユリカ義姉さん』だけどな。
「ああ、大丈夫だ」
俺が言い終わると、二人は早々と背を向けて撤退した。
こっちもエステバリスの状態を確認する。
バッテリーは89%…。
損傷度、5%未満。
各関節負荷、60%…。
…しまった、無理な機動をしすぎた。
関節部の負荷を考えてなかった。
これはウリバタケさんだったら注意されるレベルだぞ…。
「この状態で同じくらいの戦力が来たらエステバリスが持たない…。
空戦ならまだ良かったが…」
空戦も強いGがかかるので消耗はするが、それに向いた設計なのでまだ良かった。
陸戦だと問題の起こることばかりしている。
最初の狙撃もあまりにスパンを置かずに5発撃ったり、その後も二丁ライフルで腕関節を消耗し、
竜巻円舞斬で脚部、腕関節全部に負担をかけてしまった。
…仕方なかったとはいえ、やりすぎたか。
しかしエステバリス全損はさせたくないが。
…そういえば遭難した時のエステバリスっていくらしたんだろ…あれ景気よくパージしちゃったけど。
いや、考えまい。
「ユリちゃん、ごめん。
ダメージは大したことないけど、
関節の消耗で、もしかしたら動けなくなるかもしれない。
トレーラーをいつでも動かせるようにしておいてくれる?」
『了解です。
無理はしないで下さいね』
「…了解」
さて…ライフルの弾倉を補充して、しばし休憩だな…。
ミネラルウォーターを飲んで一息つくか…。
私はユリさんの指示で、トレーラーの運転席でエンジンをかけたまま待機していた。
…たった3機であれだけの木星トカゲと戦うのは本当に大変なんだ。
さっきテンカワ君とマエノさんが戻ってきたけど、
二人のエステバリスも一度修理に回さないといけないくらいのダメージ。
今日はもう出せないってシーラさんも言ってる。
でもアキト隊長でも一人っきりじゃ…。
コミュニケからユリさんの声が響く。
何があったんだろう。
く、駆逐艦!?
研修中にちょっと教わったけど戦艦の類だよね!?
『いや…この場で逃げれば、駆り出すためにめちゃくちゃに砲撃される!
俺が助かっても、流れ弾で街が壊滅する!』
アキト隊長が、自分の主張を叫んでいるけど…。
勝てもしない戦いをしちゃだめですよぉ…!
『1隻は簡単に落とせる!
2隻目は…何とかする!』
『あ、アキトさん!?
…すみません、さつきさん!
緊急時に備えてアキトさんを回収できる位置にトレーラーを!』
「了解ですッ!
その時は私の命に代えてもッ!」
…覚悟する時が来てしまったみたいね。
でも…不思議と震えない。
私もどうかしちゃったかな。
ふふふ…。
私はトレーラーのハンドルを握りしめて走り出した。
…なんてこった。
俺達が奮闘しすぎたせいか…カトンボ級が出てきたか…。
カトンボ級は、砲戦フレームのキャノン砲かミサイルがないと厳しい。
空戦フレームもミサイルを付けていることがあるからなんとかなるが…。
陸戦は撃墜する手段がほとんどない…工夫して何とかするしかないだろう。
一隻は、ロケットランチャーがあれば落とせる。
だが…全弾使い果たしてしまう。
ええい、まずは一隻を何とかしないと!
俺は、インパクトレーザーをチャージしている手前のカトンボ級駆逐艦にロケットを向けた。
レーザーとレールカノンでの支援がメインの艦なので、それほど脅威にならない。
レーザーを発射する瞬間はディストーションフィールドも切られるし、
牽制用のミサイルは少しやっかいだが、接近しなければ当たらない。
「いけぇッ!」
ロケットランチャーのロケット弾が、片方のカトンボ級に当たった。
このロケットランチャーは先端の外殻が非常に頑丈で、
ディストーションフィールドを超えてから遅延信管で発火する方式になっている。
砲戦フレームやナデシコに乗っているミサイルと構造は一緒だ。
ただその仕様上、ただでさえ高いミサイルがさらに倍近く高くなってしまっている。
…だから量産型にはロケット弾の方を使いたいんだろーな。
ロケットの全弾が命中して、カトンボ級は脆くも崩れ落ちた。
その様子を見ていたもう一隻は、俺にインパクトレーザーを放ってとどめを刺そうとした。
エステバリスのローラーダッシュで何とか逃れる。
インパクトレーザーは威力が高いが、エステバリスのフィールドでも何とか耐えられる。
問題はレールガンだ。
あれは直撃するとたぶん助からない。
レールガンは未来でも小型・実用化されたものが機動兵器についている。
ディストーションフィールドには質量で対抗するのが有効だからな。
とはいえ、この時期のレールガンはチャージに時間がかかり、かつ大気圏内だと扱いが難しい。
反動が強く、インパクトレーザーほど射角を選べないからな。
インパクトレーザーのチャージが済まないうちに、俺はカトンボ級の下に迫った。
バッタとジョロで地上を制圧、艦対戦ではカトンボ級で圧勝。
それが木星無人兵器の必勝パターン。
そのためカトンボ級は、下部には武装がない。
ミサイルもあまり柔軟に飛べないので直下に居れば直撃しない。
しかも──。
「それを待っていた!」
悪あがきで俺に向かってミサイルを撃とうとしたカトンボ級。
俺のねらい目はそこだった。
ミサイルを撃つ場合、一度ディストーションフィールドを解除しないといけない。
そこを狙わなければ、陸戦フレームではフィールドを破壊する手段がない。
俺はミサイルを回避するのも兼ねてスラスターで垂直に上昇する。
そして、ギリギリ手が届かないであろう場所に向かって、ワイヤードフィストを放った。
その手には、イミディエットナイフがある。
狙い通り、イミディエットナイフはカトンボ級の側面に突き刺さった。
本来はエステバリスの自重は重く、スラスターではそれほど高く飛べず、
すぐに冷却時間が必要になる。
しかし、最高点に達したと同時にワイヤードフィストで取り付けば話は別だ。
ワイヤードフィストを巻き取りながらスラスターを吹かせれば自重は自然軽くなり、
本来たどり着けない上空にたどり着ける。
と、言う事は──。
ワイヤードフィストが巻き切られ、エステバリスがカトンボ級の船体に張り付いた!
それと同時に、俺はもう片方の手にイミディエットナイフを持たせ、
カトンボの船体の側面に突き立てて、足を引っかけ、また突き立てて足を引っかけ、
時にスラスターを駆使して、カトンボの側面をよじ登った。
ここまで来たら、もう勝ちだ。
覚悟しろ!
アカツキとエリナがモニターでアキトの戦闘を見ていた。
「ぷっ…あっはっはっは!!
空戦も砲戦もなしにどうやってやっつけるつもりかと思ったが、
こんな手でクリアするのかい!
はははははは!!」
「…見た目は間抜けだけど、危ない事するわね…」
ルリはモニターでアキトの戦闘を見ていた。
「アキト兄さんってエリナさんが言ってた通り、
エステバリスに乗ると無敵みたいですね。
…でもアキト兄さんって…バカなんですか?
それとも死にたがりですか?
…はぁ」
『無病息災』
『安全祈願』
『家内安全』
『交通安全』
「オモイカネ…バカ」
俺はカトンボ級の上部にたどり着いた。
何をされているか分からず混乱しているのか、まだミサイルの発射口は開いている。
それが…命取りだぞ!
「うおおおおおおお!!!」
俺はラピッドライフルを上昇しながら連射、発射口のミサイルに弾丸を撃ちこむ。
ミサイルは爆発し──すべてのミサイルに引火して、大爆発を起こした。
当然、俺は離れようとしたが…ちょっとだけ吹っ飛ばされてしまった。
こ、こんなので死んだら笑いものだぞ!?
何とかスラスターを制御して体勢を整えたものの…。
元々飛び上がるためだけのスラスターなので、すぐにオーバーヒートしてしまい、
もうちょっとで安全に着地できそうな高さに来れたのに──。
カトンボの船体が横たわるすぐそばに墜落した。
少しだけ頭がくらくらするが、無事だ。
…エステバリスは…もうだめかもな…。
コミュニケの着信が来て、ユリちゃんの顔が見える。
『アキトさん!?大丈夫ですかアキトさん!?』
「ぶ、無事だよ…。
エステバリスはだめかも…」
『迎えを寄越します!
エステバリスの回収は後でいいですから、戻って下さい!』
「りょーかい…また無茶しちゃったね、ごめん」
『今日は仕方ないです…戦力増強すれば済むことです。
それじゃ、また後で』
ユリちゃん…ちょっとだけ怒ってるかな?
あとで…いろいろサービスしてあげよう。
俺も今は…疲れて…。
「もう、寝てしまいたいな…」
体力ぎりぎりまで戦っちゃったな…。
流石に疲れた。
…俺達はもう、これで限界だ。
機材も人材も使い果たした。あとは連合軍に任せよう…。
俺はエステバリスを降りると、
トレーラーで迎えに来たさつきちゃんに小さく手を振った。
彼女は満面の笑みで迎えてくれた。
俺は笑顔というか、苦笑に近い顔だったが。
「PMCマルス、強引に敵駆逐艦クラスを撃破!」
「り…陸戦兵器でか!?」
「はい!無理やりよじ登ってミサイル発射口を爆破したようです!」
「人型兵器の利点というわけか…」
司令は苦虫を噛み潰したようになりながらも、
チューリップから出てくる機動兵器も数が減ったことに気づいて、
自分たちも最後の攻撃を考える。
「民間人に負けっぱなしで居ていいわけがない!
我々もフクベ提督以来のチューリップ撃破に挑むぞ!」
「し、しかし司令!?
どうやって!?」
「フクベ提督にならえ!
質量攻撃を防ぐ方法はやつらにはない!
今の敵戦力だったら乗り越えられる!」
司令部が再びざわめくが、辛うじて押し返しつつある連合軍基地防衛部隊を、
この場で勝たせなければ次がないのが分かっているため、
彼らも頷いて、到着したばかりのパンジーをチューリップにぶつけるための動きを取る。
「…こんな方法しか取れないのか。
私達はもう無力なのか…」
司令は誰も聞こえないくらいの声で言いかけて、首を横に振った。
そして時代が変わってしまったのだと自分に言い聞かせた。
長らく艦隊戦中心、ビーム兵器中心で動いていた軍の基本戦術は、
木星トカゲの出現で崩れ去ってしまった。
それを再度崩したのがエステバリスだっただけに過ぎない。
自分たちもエステバリス中心の部隊を作れれば、何とかできる。
そう考えて、気持ちを奮い立たせた。
「各部隊、士気が高まっています!
PMCマルスの駆逐艦撃墜に対抗心を…」
連合軍佐世保基地司令部は一体となり、
ついにチューリップを追いつめていった。
脱出の手順を踏みながら、パンジーの乗組員たちはあわただしく動いていた。
持ち出す私物の整理が間に合わぬものは急かされてしまい、
脱出というよりはさながら災害時に近い動きになっていた。
「艦長、いいんですか!?
思い出深い艦なんでしょう!?
それに轟沈したあとの艦だってまだ…」
「案ずるな、チューリップ撃墜の二例目になれば必ず次がある!
…それにこの艦は旧式でも良い艦だったが、木星トカゲ相手じゃ役には立てんよ。
だったら立派に最後を迎えさせて、
みんなを勇気づけてやろうじゃないか、なあ?」
「艦長…」
このパンジーを預かる少佐は10年艦長として乗船してきた。
現場のたたき上げで出世した艦長であり、年齢もかなり高い。
恐らくこれ以上の昇進は望めないというのが連合軍での評価だった。
チューリップ撃墜の二例目になれたとしても、良くて中佐に昇進だと艦長自身も分かっていた。
それでもこのチューリップ撃墜は、連合にも市民にもいい影響を与えると考えていた。
次の艦が決まるかどうかはともかく、そうするべきだと艦長は確信していた。
「総員、ブリッジへの避難が完了しました!」
「よし、本艦をぶつけるぞ!!」
「ブリッジ、パージ!!」
ブリッジが浮き出て、飛行して退避する中…。
パンジーはチューリップを直撃するため、重力に引かれて落ちていった。
俺達はすでに撤収の準備を始めていた。
ホシノがそろそろ戻ってくるはずだけど…俺達はもう限界だ。
俺とマエノさんはともかく、エステバリスがほとんど動かないからな…弾薬もない。
それにしてもホシノはあのレーザー艦を本当に落としちまうなんて。
…信じられないことばっかりしてやがる。
これで佐世保は…助かったんだろうか…。
「お、おい見ろ!みんな!」
度重なる連戦に時間が経過してしまい、すでに日は傾いてしまっている。
だんだんとオレンジがかった光になり始めた空に、
チューリップに食い込んだ戦艦が見えた。
かなり遠くにも関わらず、轟音が届く。
爆発でチューリップは砕けて、海に沈んでいった…。
「やった…」
俺は呆然と思わずつぶやいた。
みんなもそうだった。
口々に、歓喜の言葉をつぶやいていた。
あの忌まわしい機動兵器を無限に吐き出すようなチューリップを…。
連合軍が撃破したことに感動を覚えていた。
「あの…木星の船を沈めた…」
「やった!やったぞ!!」
そう、俺達は…佐世保に住むみんなが…木星トカゲの支配から、ついに開放された。
木星トカゲはもしかしたら別の場所からまた攻め込んでくるかもしれない。
それでもあの場に居た消えない恐怖を振り払うことができた。
それも…俺達自身の手で…。
火星で俺達を守れない軍が嫌いになった。
でも、俺達はその軍と協力して、木星トカゲに一矢報いた。
この場にいた人間は…歓喜に沸いた。
俺も思わず笑っていた。
全員が全身で喜びを表現して、歓声を上げていた。
俺は…火星に居て施設で生きてきた期間も、この佐世保に来てからも、
『仲間』ってものを味わえなかったと思う。
喜びを共有し、苦難を乗り越え、気持ちを通じ合わせ、共に同じ目標に進む…仲間。
最初に出来た仲間が、ホシノ。
そしてホシノが俺につなげた…この会社の仲間。
ホシノには迷惑ばかりかけられていると思っていたが、そうじゃなかった。
俺はいろんなものをホシノにもらったんだ。
仲間も、希望も…未来さえも…。
俺がホシノそっくりってバレて、明日から大変かもしれない…だけど…。
あの強大な、誰も勝てなかった木星トカゲにすら勝てたんだ。
俺達は…これからなんだって出来るような気がする。
もっと料理がうまくなりたい。
もっと強くなりたい。
もっと…自分の気持ちを伝えられるようになりたい…。
それが全部出来るような気がする。
これから…未来を信じていけるような、そんな気がした。
あ、ホシノがトレーラーに乗って戻ってきたな。
あいつも疲れ切って…ふらついたところをユリさんに支えられて…。
俺も…あいつの力にちょっとはなれた、かな?
…ユリカ。
みんな生き残れたから…早くお前も来いよ…。
俺は他の避難してきたやつのテレビでテンカワの様子が見えた。
チューリップの撃墜で、この避難所の誰もが感動の涙と歓声を抑えられなかった。
俺も少しにやついている。
木星トカゲを倒せた事もだが…途中情けない声でわめいていた弟子が、
生き残ってくれたことが本当にうれしかった。
…やったな、テンカワ。
お前は木星トカゲに勝っただけじゃない。
ついに『逃げてる自分』に勝ったんだ。
…まあ、兼業パイロットになっちまったのは災難だったがな。
それでも…もちっとマシなコックになる準備ができて良かった。
──戻ってきたら、またしごいてやらねぇとな。
食堂でテレビを見ていた居残りの女の子がハイタッチしてはしゃぎまわっている。
…ついにアキト君たちも会社経営を成功させたわ。
もう、私の手が必要ないところまで来てくれた…。
本当に木星トカゲに一矢報いちゃうなんて…ふふふ。
私が育てたのは輝く芸能界のダイヤの原石じゃなくて…。
稀代の英雄だったのかもね。
「さて、私の役割もそろそろ終わりが近いわ」
「え?眼上さん会社やめちゃうんですか?」
「私は芸能人のスカウトとプロデュースが本業なの。
元々、乗りかかった船だったから手伝ったけど、
ちゃんと船に乗れるようになった子は自立した方がいいわ。
第2、第3のホシノアキトが生まれるかもしれないじゃない?」
「テンカワ君をスカウトするんですか?」
「テンカワ君には振られちゃった。
あ、一応彼には名刺渡してあるからもしかしたらいつかデビューするかもね」
…本当に惜しいわ。テンカワ君、アキト君以上に面白いかもしれないから。
まあ…しばらくは手伝いにたまに顔を出してあげた方がいいかもね。
この会社、人材の宝庫になる予感がしているから…。
「ゆ、ゆ、ユリカ…」
僕はユリカが感激のあまり抱き付いてきているので顔が真っ赤になっている。
嬉しさでというのもあるが、息ができないほど強烈に締め上げられて苦しいのと、
力が強くて骨がきしむ音が…あばらがきしんでいるのが半分くらいあった。
「私ね、ユリちゃん達が負けちゃったらどうしようってずっと思ってた…。
無事に会えそうでユリカ嬉しいの…」
「そ、そ、そうだね…よ…良かったね…く…苦しいんだけど…」
「えっ?あっ、ご、ごめんね!」
ユリカはようやく僕を解放してくれた。
ほ…。
「大丈夫ですか?
これ、お酒ですけど…どうぞ」
「え?」
むせ込んだ僕に、
ラウンジのウエイトレスの女性が僕にビールグラスを差し出した。
「僕、注文していないんですが」
「店長が『自分のおごりだー』って出してくれたんです。
木星トカゲに快勝してくれたのが嬉しくてしょうがないんですって」
確かにカウンターの店長と思しき男性が、
えらくご機嫌につぎつぎにビールを注いでいる。
足止めを喰らっていた人たちもご相伴にあずかっていたようで、
そこかしこでビールジョッキが打ち鳴らされている。
…どう見てもこれから仕事の人達だけど、気持ちはわかるよ…。
ユリカだってジョッキを手に取って…ってユリカ!?
「ジュン君、乾杯しよ!」
「ゆ、ユリカ…いいの?
一声だけだけど、挨拶に行くんでしょ?」
「いいのいいの!
飛行機が出るまで一時間くらいあるみたいだし、
一杯くらいなら飛行機乗ってればぬけちゃうよぉ!」
…いやそれはそうかもしれないけどさ。
まあユリカはお酒が強い方だし…いいか。
お堅い奴って思われたくないし…。
「かんぱーい!」
「か、乾杯」
かちゃーん…。
ユリカは意外と豪快に…ビールジョッキを半分くらい飲み干していた。
僕はというと、ちびっと飲んでるだけだった。
僕も弱くはないんだけど、ユリカが飲むなら僕は少しにしとかないと、
もろもろ困ることが多いから…。
「もう!ジュン君ってばもっと飲んでいいんだよぅ!
祝杯なんだから!」
「い、いや僕は…」
「すみませーん!ビールもう二杯お願いしまーす!」
「ゆ、ユリカってば」
「ジュン君、私のビールが飲めないのぉ!」
…ユリカは酒に酔っているというより高揚感で場酔いしてる感じだ。
言ってることはほとんどアルコールハラスメントだけど、
ユリカは僕の飲める量を知られてしまっているからなおの事断りづらい…。
「の、飲むよ。飲むってば…」
…結局、僕は飛行機が来るまでの時間で三杯飲んでしまった。
ユリカも五杯飲んでいた。
…一杯くらいなら、という話はどこへやら。
僕達は結局、飛行機に乗ったあとは心地よく眠ってしまった…。
起きた時、ある程度アルコールが抜けてくれているのを祈って…。
俺達は、PMCマルスに戻ってから祝杯を挙げた。
すでに日は落ちている。
今日はもう俺は消耗しきっていたが、テンカワが料理を作ってくれてたので、
宴会は滞りなく、盛り上がり続けていた。
何度も乾杯が行われ…。
俺はユリちゃんに支えられながら、みんなの騒いでいる姿を見ていた。
みんなは騒いでいるが、整備班の人以外はほとんどが未成年なので、
酒は一部の人しか飲んでいない。
それでも、逆に10代が多いのでスゴいエネルギーで盛り上がっていた。
眼上さんはお酒には強いがあまりに周りの人が酒を勧めるので早くもつぶれて、
嬉しそうな顔で机にふせって眠っている。
眼上さんには…本当にお世話になりっぱなしだ。
さっきも報道陣は俺達を取材したがっていたが、
疲労困憊なので明日にしてほしいと眼上さんが断ってくれた。
ここまで来れたのはこの人が居てくれたからだ…感謝に堪えない。
「…アキトさん、みんな生きて帰ってこれて良かったですね」
「…うん」
ユリちゃんは、すごく小さな声で俺に話しかけた。
俺達は隅っこでみんなの様子を見ている。
話す気力がもうなかった。
やりきった気持ちはあるけど…。
佐世保をとりもどしたと、盛り上がれるみんなとは少し心境が違った。
俺は…正直、会社をやる自信がなかった。
ユリちゃんがいなければきっと俺は…。
いや、ユリちゃんや眼上さんだけじゃない。
テンカワも、マエノさんも…整備班の人達も、トレーラーを運転してくれた子も…みんなだ。
一人でも欠けていたらうまくいかなかったんだ。
今日、もし俺一人で戦っていたら…ここまではやれなかったはずだ。
ひょっとしたら死んでいたかもしれない。
でもこうして…みんなに支えられて、初めて戦えるようになるんだと、
ナデシコに乗っていた時以上に感じた。
ユリちゃんが居て…みんなが居て…だから無茶しちゃうんだけど…。
「これからが大変だからさ…今くらいは、ゆっくり休もうか…」
「はい。
…寝ても大丈夫ですよ。
流石に疲れたでしょう?」
「…う……ん…」
俺の体力は結局、全盛期の半分程度…この体はいろんな消耗が激しい…。
何か考えている余裕すら…もう…なくて…。
ユリちゃんは俺の体をそっと倒して、ひざに俺の頭を乗せて膝枕をしてくれた。
温かい…。
「おやすみなさい、アキトさん…」
返事をする事も出来ず、俺は眠りに落ちていた…。
──ラピスの声がする。
(アキト、お疲れ様。
初勝利おめでと)
どうもこんばんわ。
武説草です。
ホシノアキト、激闘の果てにダウン。
技術的には黒アキトの物を持つものの、
精神的にはある程度TV版に戻っているせいか、変な無鉄砲さは健在でした。
しかし体力の限界値はこのあたりなのか?などと匂わせつつ、次回へ続きます。
テンカワもトラウマを乗り越え、人間的に成長しようとしつつも、
様々なトラブルと偶然が重なってしまい、どんどこどんどこ不幸が吸着。
原因の半分くらいはふっきれてない自業自得な、テンカワアキトの明日はどっちだ。
ちなみにやや戦闘後の描写がたんぱくなのは意図的です。
出てきていいはずの人が出てないのもそのせいです。
そんなわけで次回へ~~~ッ!
>うん、これは司令悪くないw
>ブチ切れていいw
こんなん見たらそりゃキレますねw
>途中の女の子は・・・やっぱアイちゃん思い出すよなあ。
>今回は助けられて良かったな。
意図的にシチュエーション的にはそっちに寄せてるんですが、
実はユリカがブルドーザーを動かしてIFSをつけたエピソードのほうが元ネタだったりします。
女の子を助けようとしたことがきっかけで、アキトの人生が変わってしまう…。
という流れの方を踏襲してます。
~次回予告~
『機動戦艦ナデシコD』
第十六話:drop dead!-くたばっちまえ!-
感想代理人プロフィール
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代理人の感想
まあ色々あったけどどうにか勝利!
いいですねー。
テンカワアキトくんはこの先色々大変そうだけどw
しかし次回予告が厄いなおい!
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