──身体の震えが、抑えられません。
どうして…どうして私たちが連合軍の特殊部隊に迫られているんですか…。
考えてもわかりませんが…恐らくミスマル父さんの手の及ばぬところで、何かが起きています。
PMCマルスを始めることで何らかの妨害があるとは考えました。
でも、こんなのって…。
こんな形で人間と戦うことになるなんて…。
かつてナデシコ奪取をもくろんだムネタケ提督の事を思い出します。
彼は…ミスマル父さんもそうですが、軍の命令で強硬策をとりましたが、
当然、彼らはクルーを殺すつもりはありませんでした。
でも今は…アキトさんが殺気を感じているというからには、殺しに来ていると考えるべきでしょう。
もしかしてテロリストと認識されている?
とはいえ警告もなしに、殺す?
…不可解すぎます。
「ユリちゃん、行ってくる」
アキトさんはあの時と同じ…バイザーと黒の戦闘服を身にまとい、現れました。
私は…またアキトさんがどこかに消えてしまうのを想像して、
耐え切れず、涙を零してしまいました。
「…大丈夫、だれも死なないさ」
アキトさんはいつもよりずっと落ち着いた…とても低い声で、私をなだめました。
そして私の涙をそっと手で拭ってくれました。
バイザーを取ったその目も…あの頃の目になってしまっています。
二度と見たくなかった…死の覚悟を背負った、あの悲しい目に。
今は私を、みんなを守るために…この姿になったんです…。
…悲しくてやりきれないです。
「アキトさん…まだいっぱい貸しがあるんですよ…。
死なないで…」
「…うん。
ナオさん、マエノさん、お願いします。
テンカワ…お前が最後の砦だ。
ユリちゃんを頼んだ」
「わ、わかった」
テンカワさんも装甲服に身を包み…盾を手にしてくれています。
それでも、私は死ぬかもしれない恐怖以上に…。
アキトさんが、敵を殺してしまって永遠に『あの姿』になってしまうのではないかと…。
私のそばからいなくなってしまうのではないかという不安に、駆られていました。
戦艦・ジキタリスの副長である少佐は退屈そうにPMCマルスの動きを報道する番組を見ていた。
現在修理のためにドック入りしているジキタリスから一度降りていた。
彼はPMCマルスを忌々しく思っていた。
PMCマルスの活動は、連合軍全体からすれば目の上のたんこぶにほかならず、
『連合軍が頼りにならないからPMCマルスに期待する』ということで民衆の期待が集中し、
連合軍は各マスコミに叩かれ、針のむしろ状態だった。
この少佐は家族にすらもそのことをなじられていた。
PMCマルスが勝てるわけがないと思って自分を慰めるほかなかった。
だが…。
『少佐、少し良いか』
「こ、これはこれはバール少将!」
だらけて頬杖をつけいていた少佐は、立ち上がって敬礼をする。
この少佐はまだ20代の若者だが、親類のコネがあるバール少将からの情報で度々武勲を立てて出世した。
立場上、どんなに出世しても少佐どまりの前線指揮官だが、特例的に出世する見込みがある所まで来ている。
少佐もそれが分かっていて、バール少将の通信に身を整えなければならない状態だった。
武勲のあと一押しを欲している。
「PMCマルスについて、良くない情報が入った。
彼らは木星トカゲとつながりがある、テロリストらしい。
今回の戦いで戦果を上げ…連合軍にも一枚噛んで内部事情を探るつもりらしい。
できれば今夜、彼らを全滅させてほしい」
「な!?」
少佐は驚いた。
PMCマルスが特殊な集団であることは既知の事実だ。
とはいえ、テロリスト、しかも木星とつながりのあるものとは考えづらかった。
しかも全滅させるという…テロリスト相手にしても急なやり方を提示された。
何か特殊な意図があるように感じたが…。
「方法は問わないが、建物を破壊するとテロリスト集団であるという証拠がなくなるらしい。
秘密裏に奇襲してしまうしかないだろう」
「し、しかしこの注目度ですよ」
「案ずるな。
どんなに内通していようが、あの小さな部隊にどれほどの余力があろうものか。
戦闘が終わればマスコミを引き入れる余裕などあるまい。
その間に倒してしまえばよい」
「は、はあ…」
「このレベルの武勲であれば、君も大佐になり、ジキタリスの艦長になる事だろう。
情報元はいつも通り秘匿しろ。
証拠は襲撃したら必ず見つかる。
…分かっているだろう?」
「は、はいッ!
いつも正確な情報をありがとうございますッ!」
「ならよい。
富士で演習中の特殊部隊を呼べるようにしてある。
彼らも1900には佐世保に到着できる状態だ。
早めに連絡しろ、帰還してからでは動かせなくなる。
必ず成功させろ。
それではな」
少佐にとっては、出世させてくれたバール少将は絶対だった。
疑う余地がない。
出世できるという成果に酔いしれているというより、思考を放棄している状態だった。
「特殊部隊に連絡をしなければ…」
しかしこの時─少佐は想像しなければならなかったことも放棄してしまっていた。
艦隊勤務の少佐が特殊部隊を動かす不自然さを。
仮にどんな情報を持ってしても単独で射殺命令を出してはならない。
手柄を得るためとはいえ過剰な越権行為をすることの危険を考えなければならなかった。
最も─今までの出世もこの手順で得てしまったので、考えるに至るわけはなかったが…。
「会長、策を進めました」
「結構。
だが良いのか?
かなり遠いとはいえ、君の血縁者だろう?」
「まさか…。
数多い血縁者の中でも、ジャップに嫁いだ恥知らずの子です。
始末しても痛くも痒くもない」
「ならばよいが。
それでは、次の段階に進むことにしてくれ」
「は」
休憩室で頭を抱えている長髪の女性が悶えていた。
「あ~~~~~~もう!
なんで私はこんなところでくすぶってるのよぉ!」
「わー。うるさーーーい」
彼女は突撃アナウンサーの代名詞を持っている。
カメラマンを連れてどこまでも出向く彼女への評価は高い。
しかし、PMCマルス本社への一日取材を担当したために、
当日の取材は別チームへと仕事が回っていた。
同席している地味な顔の女性カメラマンは、不満そうににらんでいる。
「悔しいから私、次の飛行機で佐世保に飛ぶわ」
「またぁ?今日は半ドンだってのに勤勉ね」
「あ・ん・た・も!くんの!」
「えー…」
「さっさと準備するわよ!」
突撃アナウンサーがカメラマンをひっつかんで休憩室を出ていった。
私は執務室で報告書に目を通していた。
…今回の非合法施設の洗い出しで、
クローン研究をしていたクリムゾンの施設が見つかった。
その研究所にアキト君関連の情報があるかと思っていたが、
その調査がすべて空振りに終わり、私は悩んでいた。
まったく何も手掛かりなしとは…。
…それにアキト君の謎が全く解けない。
アキト君とラピスが、
テンカワアキト君とユリカのクローンだったというのは認める。
だとしても、アキト君の能力…そして精神的な成長に関する研究が皆無に近い。
クリムゾンの施設はクローン、サイボーグ関係の研究が多かったが、
能力開発の点についてはおそまつと言わざるを得なかった。
その為、元々技術を持っている人間に洗脳を施す手段を用いている。
完全な洗脳でなくても、条件付けの範疇でもそれなりに相手を操れるからな。
それでは…脳の入れ替え?
脳の入れ替えなら、別人が体を使うことも…。
いや無理だ。
理論上は可能だが、生身の体の移植はまだ拒絶反応を示す可能性が高く、
人工臓器や義体を使う方がまだ負担がないことが多い。
なら、まだアキト君とラピスの誕生にかかわった研究所は見つかっていない可能性が高い。
…いや、今はPMCマルスの戦いを見ることに集中しようか。
私がテレビを付けようとしたところで、兵士が何名か私の執務室に入ってきた。
「失礼します。
ミスマル提督、あなたを拘束させていただきます」
「…なんだ、急に」
「とある情報筋からですが、
PMCマルスはテロリストとのつながりが確認されています」
「…そして、ホシノユリはあなたに呼ばれたことがあり、
さらにホシノアキトはあなたの家に来たことがありますね?
何のご相談ですか?
何かPMCマルスの出撃の事での話ですか?
それとも…クーデーターでもお考えでしたか?」
「…笑えん冗談だな、それは」
この男、アフリカ系だな…。
アジア方面とは少し仲違いをしているアフリカ方面軍とはいえ、
連合内でこんなに露骨に横やりを入れてくるとは思わなんだが…。
「しかし、そうは連合首脳部は考えていなかったようです。
あなたが国家・連合に反旗を翻す意思がある可能性がある、と判断されました。
とはいえ、形式上の事です。
あなたの武勲や貢献度から言って考えられないと思う者も多いので…念には念をと。
疑いが晴れ次第、拘束は解かれます。
さしあたっては、こちらの執務室に軟禁させていただきます」
「…そうか。
無実が証明できるまで外部との連絡を断て、というのだな?」
「はっ。
ご理解感謝いたします」
この兵士はどうやら私を監視するつもりらしいな。
…うかつな動きをしては、ユリカにも危険が及ぶな。
ユリにも連絡したいところだが作戦行動中の上に、
まだユリが実子だとは世間には公表していない…。
こんな所で公表を遅らせたのが裏目に出てしまうとは…!
しかし、アキト君がテロリスト?
いや…最初、そういう可能性は考えないでもなかったが、私もすでに裏を取っている。
情報面でも、関係面でも…人柄もだ。ありえない。
何よりタイミングが妙すぎる。
よりによってPMCマルスの初出撃に重ねるとは、妨害の意図があるとしか思えん。
人体実験の調査の件で報復する目的の、クリムゾンの妨害か?
あり得ることだが、やり方がオーバーすぎるな。
極東方面の司令官を軟禁したらもろもろ緊急時危険になるだろうに…。
そう考えるとユリとアキト君に危険が迫っている可能性も高い。
やはり無理にでも養子になるようにいうべきだったか…。
こうなってしまっては、落ち着いて事態を見守るしかないだろう。
「すまないが、飲み物を持って来てくれまいか」
私はテレビをつけて、報道番組にチャンネルを合わせた。
PMCマルスの初戦闘に注目が集まる中、
各テレビ局もこの午後の時間帯に特番を組んでいた。
格闘技番組のごとく、PMCマルスの起こりについての話が語られている…。
連合も調査をPMCマルスに寄越すつもりはあるだろうが、
流石にすぐにどうこうするということは考えづらい。
とはいえ…後手に回ってしまったな。
…ユリ、そしてアキト君…死ぬんじゃないぞ。
…僕はテレビでPMCマルス関係の報道を見ながらも、
会長室に乗り込んできた熱血バカの喚き声にうんざりしていた。
ああ…全く、正体を明かすんじゃなかったよ…。
──僕は先んじてナデシコでエステバリス隊に所属していた四人をスカウト、
僕のトレーニング相手として、かつ早めの養成をするために、
エステバリスパイロット養成所に引き入れていた。
命令権のこともあるので、今回は早めに僕の正体を明かした。
実力的に現在は圧倒できるのでそこまでしないでも良かったかもしれないが、
今回はお気楽にしていられる状況ではないからね。
草壁に対抗するにはロン毛扱いされながらなあなあにやっていては間に合わない。
上司であると釘をさす形にしたわけだ。
…だが、それが裏目に出た。
このヤマダジロウという男、想像以上に扱いづらい。
熱血バカとコケにしようがマイペースを崩さない。
テンカワ君みたいに苛立って止まってもくれない。
今日にしても明らかに駆けつけられない状態と分かるだろうに、
どうにかしてPMCマルスに助太刀しようと言い出す。
全く付き合ってらんないよ。
「ま~ま~、落ち着いて落ち着いて。
リョーコ、ヤマダ君。
会長ごめんね~」
「い、いや君が謝ってくれなくてもいいんだけどね」
リョーコ君とヒカル君も会長室に来てくれたわけだが…。
実力も正体も明かしてもあんまり上下関係、改善しないね。
まあ…いいんだけどさ。
「血気盛んなのは結構だけど、早死にするわよ。
最終的に生き残らなきゃ、ヒーローにはなれないって分かってる?」
「…お、おう」
…シリアスモードのイズミ君って結構辛辣だよね。
『あの頃』のテンカワ君だったら意外といい相棒になりそうな気がするよ。
「だったら、訓練に戻るわよ。
死にたがりは私一人で十分なのよ」
「…わ~、イズミちゃんハードボイルドぶりっこぉ」
「…相変わらずヘンな奴」
「今日のハードな訓練が終わったら、ボウリングでもいかない?
ハード、ボウリング・ゴー…。
なんて…なははははははは………はぁ…」
…ギャグのセンス、相変わらず、本当にないね。
ナンセンスにもほどがあるよ、イズミ君…。
テレビモニターに、テンカワアキト君の姿が映る。
…本当にホシノアキト君とそっくりだな。
ホシノアキト君がクローンであるというのは本当なんだろう。
しかし、その後の戦闘は惨憺たるものだった。
ミサイルに追いつめられるテンカワ君のエステバリスが見える。
「む、大丈夫なのか…。
囮と言ってもこれは…」
アキト君がテンカワ君を見捨てるとは思えないが…作戦がまずかっただろうか。
技量的に素人のテンカワ君が担当できるのはここだけというのは分かるが…。
だが…。
『…ろ、うそだろこんなの!?
ホシノ!マエノさん、ユリさん!
ゆ…ユリカーーーーーーーーッ!!』
「…全国放送で、ユリカの名前を叫ぶとはいい度胸してるなテンカワ君…」
つい力が入ってしまって湯呑にひびを入れてしまったな。
…いかん、ユリカはちょっと会ってきたとしか言ってないじゃないか。
まだ慌てるような段階じゃない…いろいろ問う必要はありそうだが。
いや、彼とはまだ接触するべきではないな、彼の両親の事もある。
…うーむ、事情が複雑だな。
と、そんなことを考えていると、アキト君が狙撃でテンカワ君を助けてくれたな。
やはり、想像以上に卓越した技術を持っている。
クリムゾンの研究所への調査がうまくいかなかった以上、
いずれ彼から直接話を聞くしかないだろうな。
しかしあえて失礼なことを考えているが、
コピーのはずのアキト君がオリジナルのテンカワ君を圧倒しているのは不思議だ。
特殊な訓練を受けていたとしてもだ。
素材が同じなら、育て方で大幅に変わるということだろうか。
…と、仮定するならテンカワ君が孤児として恵まれない人生を送ったのは、
単に境遇が可哀想ということもあるが、
彼自身がとれる選択肢が狭く、才能を生かせずにいたということだ。
…ううむ、あのテロを防げなかったことが、本当に彼の人生を変えてしまったのが分かるな。
何か力になってやりたい気持ちもあるが、今はどうしようもないだろう。
とはいえ、ユリカとの仲を認めるかどうかは別だがな…。
俺はトレーラーの中で煙草をふかしつつ、
端末でアキトの様子を見ていた。
重力波ビーム発生装置が付いているこのトレーラーは、エステバリスには必需品らしい。
エステバリスでジョロをなます切りにする姿が見えた。
…なるほど、本当に伊達じゃないな。
どこでこんな技術を身に着けたのかは分からないが、
どうもアイツを信じている自分に気がつく。
アキトは人を信じすぎるタイプだ。
本人は慎重なつもりだが、一度信じてしまうと底抜けに信頼してしまう。
いつか手ひどく騙されないか心配になるほどにな。
もっとも、人を見る目は確かだ。
この間入ったばかりの女の子たちも、
ファンというだけではなく、よく働くし出来る子ばかりだ。
ユリさんもしっかり彼女達に役割を与えられている。良い連携だ。
何より、アキトは人を引っ張る人望と魅力がある。
一緒に居ると人の能力を最大限に引き出せる類のものだ。
アキトがみんなを信じた分だけ、みんなアキトを信じて支えてくれる。
ちょっと頭が悪いというか世間知らずなトコがあるけどな。
だからみんなは助けたいって思うんだろう。
…本当に死なせたくない奴だよ、お前は。
無理すんなよ、会長だろ?
「エステバリスに乗っている時は守れないのが歯がゆいな」
俺は灰皿で煙草をもみ消すと、缶コーヒーを飲み干した。
──私は呆気に取られていた。
ホシノアキト君の戦いぶりは苛烈なものだったが、極め付けが駆逐艦の撃墜だった。
エステバリスに搭載していたロケットランチャーが優れているのは分かる。
あれは連合戦艦に採用できるだけでかなり有効打を与えられる。
ロケットランチャーによる駆逐艦撃墜はまだわかる。
…しかし、二隻目の駆逐艦の撃墜は、冗談としか思えない方法だった。
飛び上がって、腕をロケットでとばし、
敵艦をよじ登ってミサイル発射口を破壊するなど、
エステバリスのスペックを知り尽くしていなければ出来ないことだ。
エステバリスを『手足以上に』扱う実力。呆れるしかないレベルだ。
私の後ろに控える監視の兵士たちも、口をあんぐりと開けている。
…とはいえ、彼も流石に限界だったようだ。
大破したエステバリスを出るとふらふらとした様子だ。
アキト君だけではなく、PMCマルスはもう戦えないだろう。
アキト君は味方のトレーラーに乗って力なくシートに腰かける。
─直後に連合の船、パンジーがチューリップに激突する姿を見た。
ついにチューリップの撃破を達成した。二例目だ。
これは奇跡と言っていい。
木星トカゲの飽和攻撃の前に、連合は逃げる事すらあったというのに。
私は笑った。
PMCマルスは、奇跡を起こしたのだ。
たったの3機で。
連合軍に木星トカゲを倒すチャンスを与えた。
とはいえ、PMCマルスの全員が満身創痍になるまで戦っていたようだ。
そしてアキト君は、エステバリスが連合を救うと示した。
自分の身をもって、駆逐艦すら強引に破壊して見せて。
やれやれ…私の義理の息子は無茶な奴だ。
「お疲れ様、アキト君」
誰一人欠けず、生きてまた会えそうだ。
…そして私はアキト君が、連合や佐世保だけではなく…。
地球圏そのものを救う存在になるのを、確信していた。
パンジーがチューリップと共に砕け、海に沈んでいったのが見える。
轟音と共に、衝撃波が周囲を荒らしまわる。
「やった…」
「やったぞ!!」
連合司令部、そして戦闘機部隊、地上部隊が、基地すべてが、
雄たけびを挙げて歓喜を示した。
PMCマルスの激闘に背中を押されて、士気が高まり、不可能を可能にした。
佐世保をついにとりもどした実感が、彼らの心に押し寄せる。
「見たかトカゲども!
地球を舐めんじゃねェぞ!!」
「日本、アジア、各地より多数の電報が届いております!
チューリップ撃破成功と、佐世保奪還の祝電です!!」
「よくやった!よく頑張ったぞ!
諸君らの力なしに佐世保は取り返せなかった!!」
司令の賛辞に、またも佐世保基地全体が盛り上がった。
「次は地球全土だ!!
やってやる!やってやるぞ!!」
「おうとも!
俺達だって、エステバリスがあればあれくらいやってやらぁ!」
「連合軍バンザイッ!」
「PMCマルス万歳!!」
「エステバリス万歳!!
あっはっはっは!!」
その様子を見ながら、司令は思った。
(とんでもない奴らだ…もう認めざるを…いや礼を言わざるを得まい。
明日、直々に礼を言いに行きたいところだ)
──戦闘終了後、3時間にわたって彼らは騒ぎ続けていた。
だがその直後に、とんでもない冷や水をかけられることになるとは、
この時は想像できなかったのである…。
本当に疲れちゃったな…。
俺はトレーラーから降りたくなかったが…みんなを労う為に降りた。
会長だからな…勝てた事にお礼を言わないと…。
「あっと…」
「アキトさん、しっかり」
ユリちゃんは俺がふらついたのを見逃さずに、力強く抱きとめてくれた。
…本当に、助けられてばかりだ。
「ありがとう…」
「おい!アキトが戻ったぞ!!」
ナオさんがみんなに俺の帰還を伝えると、
みんなは喜び、盛り上がっている状態を中断して素早く集まってきた。
「英雄の帰還だぜ!」
「会長、お疲れ様ッス!」
「「アキト様ーッ!」」
「ホシノ、お疲れ」
口々に、俺を労ってくれるみんな…。
俺が言うより早く、みんなが笑顔で迎えてくれた。
会長なんて、柄じゃないと思っていたが…嬉しいものだな、ホントに。
俺も、みんなを労わないと。
「みんな…。
ここに居るみんなが、そして本社に残ってくれたみんなが…。
一人でも欠けていたら、きっと…俺は生きてはいられなかったよ。
…俺一人じゃ、こんな大きな仕事はできなかった。
だから…本当に感謝してる…ありがとう」
「相変わらずアキトは固いな。
けどお前らしいよ、ホント」
ナオさんは俺をからかいながらも、嬉しそうに笑っていた。
俺もなんだか…気恥ずかしいが、嬉しいな。
「えっ、ちょ!?」
「わっ!?私もですか!?」
「そーれっ!」
俺とユリちゃんは、みんなに捕まってしまい…。
えらく高く、そして長い胴上げに付き合わされてしまった。
これ、スポーツじゃないんだけどな、ははは…。
抵抗する気力も体力もなく、俺達はしばらくされるがままになってしまった。
俺は胴上げから解放された後、帰りのトレーラーで考えていた。
…そういえば、ナデシコに乗っていた時はこんな事はなかったな。
ナデシコという艦が本当に強くて…。
いつも勝てるのが当たり前になって、喜びすらもしなくなって…。
だから火星でボロ負けして…。
今は俺達はギリギリの戦いをしていたから、喜びもひとしおだ。
あんな風な油断は、きっと次の戦いでもしないだろう。
この経験が…俺達のPMCマルスをきっと強くしてくれる。
それがどれくらいの影響を世界に与えるかもわからないが、
PMCマルスという組織とエステバリスが、連合軍の部隊編成に影響を与えるか…。
もしくは連合から独立した強い部隊として、ナデシコのように戦う組織になるのか。
そこにどうたどり着くのか。
そしてアカツキとは…どんな関係を再構築するのか。
…考えるべきことは山積みだ。
けど…今はもう…それ以上は考えられそうにないな…。
「アキトさん」
ユリちゃんが俺を呼んだ。
どことなく、安心したのか緩んだ表情だった。
いつも社長として適度に張り詰めた空気を出しているユリちゃんが。
凄く小さな声で、俺に寄りかかって声をかけた。
「あなたは…いつも誰かの為に無理ばかりして、私に心配ばかりかけてひどい人です。
でも、私はそういうアキトさんが好きです…。
そんなアキトさんじゃなきゃ好きになりませんでした。
だから…そのままでいいです。
そのままで…生き残り続けて下さい…」
「…うん」
トレーラーを運転しているさつきちゃんに、聞こえただろうか。
…いや、聞こえたようだ。
彼女の瞳が、うるんでいた。
辛いんだろうか。
表情がすぐれないが…女の子の気持ちは分からないが…。
「感動しちゃった…」
…大丈夫そうだ。
「本番はいりまーす。3・2・1…」
ADのカウントが終わり、
テレビのニュースキャスターが、カメラに向かって一礼をした。
「皆様こんばんわ、夜のニュースのお時間です。
今日はとびきりのニュースが舞い込んできております。
連合軍と『PMCマルス』の共同戦線で、
チューリップの撃破、佐世保の木星勢力の撃退が成功したようです。
それでは、作戦中に実況解説を行っていたお二人に、
ダイジェストを解説していただきましょう。
どうぞ」
カメラが移動し、二人の実況解説に場面が映る。
大きなモニターを背にして、二人は座っていた。
「こんばんわ。
今日の戦闘、すごかったですねぇ」
「ええ、確かに。
内容もすさまじかったんですが、
今まで秘匿されてきた木星トカゲとの戦闘の一部が公開されたこと自体が、
かなり意味深いですよねぇ」
「確かに。
それでは、今日のPMCマルスの動きを解説しましょうか」
解説がフリップでひとつひとつPMCマルスが行った行動を説明していく。
テンカワ機が街に被害を及ぼす木星トカゲを引き付け、
エステバリス小隊に注意を引きつけて、撃破し続ける作戦で、
木星トカゲの戦力を市街地、そして連合軍から引き離すという手段をとった事を解説。
「しかし街を守るだけではなく連合の負担を減らすとは驚きですね」
「撃破数が増えて連合のほうの戦力を呼びよせてしまったとも言えますねぇ。
ある意味では失敗ともいえそうです。
何しろ、PMCマルスの全戦力をぎりぎりまで酷使したそうですから」
「そうですが、そこまで撃破できた、
芸能界のスター、ホシノアキトの実力が凄まじかったですね。
彼はなんでもできますねぇ」
「本人は学問と演技、歌が苦手とは言っていますが、
それ以外は逆に割となんでもできていますねぇ」
「それでは、本日のPMCマルスの好プレー珍プレー集に入りましょう。
まずはテンカワアキトから。
避難しそこねた少女を助けていますね」
モニターにヘルメット姿のテンカワが映る。
「ここで、全国の皆さんは驚いたんではないでしょうか。
まさかPMCマルスにはアキトという名前の、
まったく同じ顔立ちの人間がいるということに」
「さすがに私も動揺しましたね。
ホシノアキトファンの皆様は、テンカワに興味を持ったんではないでしょうか?」
「しかし、問題はここからです。
新たに生まれたかもしれないテンカワアキトファンを、無くすかもしれないシーンです」
テンカワ機の囮になったシーンが大写しになって出てくる。
バッタのミサイルに囲まれて危険な状態だ。
「ここでテンカワ、大ピンチに陥ります。
直後、ホシノ機の援護射撃に助けられるわけですが…。
通信の傍受によって拾われた音声も一緒にご覧ください」
『うそだろこんなの!?
ホシノ!マエノさん、ユリさん!
ゆ…ユリカーーーーーーーーッ!!』
「この『ユリカ』という女性とテンカワの関係が気になりますね。
デビュー直後にスキャンダルという、あまりにもあんまりな事態です」
「いえ、それよりもちょっと情けないんじゃないですかねえ。
死にかかっているのは事実だったので分からなくはないんですが」
「そういう意味でもファンが減りそうです。
ホシノのほうがめちゃくちゃ強かっただけに」
「えー、もしテンカワのいう『ユリカ』という方がいらっしゃいましたら、
番組のほうに一声かけていただければ幸いです。
ぜひインタビューさせていただきたいので」
「続いて、マエノ機の動きを見ましょう」
モニターにマエノ機の映像が映る。
「彼は派手なプレイ…ではなく行動はしない様子ですが、
堅実に敵を蹴散らしていますね。
テンカワが不慣れな分、彼がフォローをしてくれている形です。
訓練期間は変わらないようですが、元々工事現場でIFSロボを使っていた経験が、
十分に役に立ったようです」
「彼は元々バイクを乗り回したり、ゲームが趣味だったそうですので、
そのあたりも影響しているような気はしますねぇ」
「画面的な面白さには欠けますが、
かなり良い働きをできていたとおもいます」
「では最後に、今回の作戦の立役者、ホシノアキトの映像です。
ホシノアキトファンの皆様、彼自身の映像は少ないのでご容赦下さい。
しかし大活躍でした。
ご覧ください」
ホシノ機がテンカワ機を狙撃で助けるシーンが映る。
「この狙撃、見事なことに5発の弾丸で10機のバッタを撃墜しております。
テンカワ機を取り囲んでいたバッタがすべて撃墜され、逃げる機会を与えています」
「いやーこれは驚きましたね。
ホシノも計算外の状況に良く対応しました」
「続いて、このジョロを蹴散らした技をご覧ください」
ホシノ機が竜巻円舞斬で突っ込んでいく様子が見える。
「まさに華麗!
エステバリスの柔軟性がホシノの技を受け入れています!」
「古武術のように見えますが、不勉強で申し訳ありません。
この武術に詳しい方、ご連絡をお願いします」
「では最後に、駆逐艦を撃墜した場面です」
ホシノ機がロケットランチャーで一隻のカトンボを撃墜、
その後にもう一隻のカトンボによじ登っていく姿が映る。
「これはさすがに無謀としか言いようがありません!
しかし、ギリギリまでエステバリスの性能を引きだし、
本当に撃墜してしまいました!」
「この駆逐艦が連合の部隊を襲ったらひとたまりもありませんでしたねー。
それにしてもロケットランチャーがフィールドをぶち破るとは。
連合軍はこれを採用してほしいところですねー」
「しかしPMCマルスに助けられながらも、連合軍も黙ってはいませんでした。
普段以上の激闘で、木星トカゲを追いつめ、チューリップの撃破を完遂!
ついに佐世保を救ったわけです!」
「連合に対してふがいないという声もありますが、この判断は見事でした。
PMCマルスも、主力のホシノもこの時すでに限界でしたからねぇ。
ここでチューリップが駆逐艦を出していたら連合もPMCマルスも手がないところです。
かなり危険な戦闘でしたが、連合、PMCマルスの連携でかろうじて撃退できました!
全日本の皆様、彼らの次なる激闘を待ちましょう!」
「それではカメラ変わりまして、
日本各地で喜びの声が上がっていますので、中継につなぎます。
どうぞ」
『こちら渋谷です!!
PMCマルスのエステバリスお披露目イベントが行われたこの土地は、
もはや祭りです!
しかし飲酒によるトラブルや、混雑で警察が出動している事態に陥っています!!』
『こちらはスポーツバーです!
本来はスポーツ観戦で湧くこのバーも、PMCマルスの激闘を見て盛り上がっています!
現在は録画された戦闘を、繰り返し上映している状態です!』
『こちらは秋葉原の模型店です!
エステバリスのプラモデルが完売続出しております!
同時に白の塗料がすべてなくなってしまっているようです!
あ、エステバリスのプラモデルを大量に買い込んだ男性にお話を聞いてみましょう!』
『あー?
別にホシノアキトのエステバリス目当てじゃねぇよ。
ただ、エステバリスってメカに興味が出るきっかけにはなったけどな。
純粋に作ってみたいって模型魂が刺激されちまったんだよ』
『なるほどー。
二足歩行のロボットというのはやはり男の子的にいいんですか?』
『やっぱり浪漫だよなぁ、二足歩行ってのは。
普段は戦車の方が作るんだが、エステバリスはデザインがなかなか洗練されてるし、
市街地のジオラマでも映えやすいのが、オイシイんだよな~~~。
この天才、ウリバタケセイヤが作る次のジオラマは決まったぜぇ!!』
『こちらは連合軍佐世保基地の兵士達が集うバーです!
既に泥酔している方もいらっしゃる状態です!
どうですか、勝利の美酒のお味は!』
『サイコーですね!
PMCマルスの奮闘は本当に俺達も励まされました。
いやぁ…ようやく勝てました…。
本当にようやく…やっと…。
うう…うっ…ぐすっ…。
戦友の仇が取れて感無量です…』
『各地、まだ盛り上がり続けていますね。
それではエステバリス製造・販売を行っています、
ネルガル重工の若き会長のアカツキナガレさんから話を聞いてみましょう』
『どーも。アカツキナガレだ。
エステバリスの威力、ご覧いただけたかな?
中々イカすだろう?』
『最高でした!
ところで、ホシノアキトがエステバリスを選んだ理由はご存知ですか?
何かあなたとの関係は?』
『ふっ…何を隠そう、わがネルガル重工の誇る、
エステバリス養成所の第一期生がホシノアキトなんだ』
『ええ~~~~~~~っ!?
そうだったんですかぁ!?』
俺は頭を抱えながらテレビを見ていた…。
「あ、アカツキの奴…またいい加減なことを…」
「ホシノ…違うのか?」
「い、いや…あながち間違っても居ないんだが…」
テンカワの問いを、俺は肯定せざるを得なかった。
本当はテストパイロットをしていたと答えてもいいんだが、
話がややこしくなりそうだから肯定しておいた方がいいんだよな。
…ただ、あいつの下で働いていた事になるとかいうのが癪なんだけど。
これも事実ではあるんだけどさ…。
「…まあ、アカツキさんはほっときましょう。
そろそろ乾杯です。
アキトさん、音頭を取って下さい」
「あ、うん」
…いろいろ根も葉もないことを言われてしまっているが、
アイツもあまりに害の及ぶ事は言わないだろうからいいか…。
「…あ、ヤマダさんが乱入してアカツキさんを抑えますね」
「ああ…元気そうで何よりだ」
元気そうなガイを見られるのは、嬉しいな。
会えたら、またゲキガンガーでも一緒に見たいな…。
「…なあ、テロリストとはいえ、いきなり射殺か?
交渉はしてあるんだろうな」
「してあると思うしかないだろう。
俺達は疑問を持っていい立場じゃない。
俺達は手足だ。
考えるのはお偉いさんの仕事だ」
「だが、確かにPMCマルスは気に入らないが…。
敵とは思えんのだが」
「そういうヤツほど敵だったりするだろ。
いいから少し休んどけ。
演習の疲労が抜けてないだろう」
「む…そうだな…」
連合軍の特殊部隊が、フル装備で向かい合って座っている。
PMCマルスの社員の全滅を命令されていた。
海外のテロ集団に対してはこのような作戦が秘密裏に行われる事があるが、
こと日本においてはテロリストに対して強硬策を取るのもためらうことが多い。
彼らを納得させたのは『木星トカゲと関係のあるテロリスト』という言葉である。
木星トカゲは人間ではない…無人兵器の集団だ。
しかし、無人兵器であるということは人工物であると言う事でもある。
異星人の侵略と仮定するとしても…その先に人間が居るという事になる。
それを勘案すれば、地球のテロ組織が『木星トカゲ』の本体である可能性は捨てきれない。
規模から言えばそんなことはありえないのだが…彼らも過酷な訓練で、判断が鈍っていた。
もっとも冷静になっていたとしても命令の拒絶はそもそも困難だったが…。
何より、この特殊部隊の隊員は演習を行っていたため、
今日のPMCマルスの戦闘について何も知らない。
連合軍にとって、目の上のたんこぶである、という印象がぬぐえていない。
…もし、彼らが一人でもテレビを見ていたとしたら、
少なくとも命令者について問い合わせていたが…。
…アキトさんが疲れで眠ってしまってから、どれくらい経ったでしょうか。
隅っこで私がアキトさんを膝枕してあげていると、
みんなが代わる代わるアキトさんを見に来ています。
こんな風に人前で眠るアキトさんが珍しいんでしょう。
…実際、昔のアキトさんだったらこんな姿は見られませんでした。
ナデシコの中はもとより…ユリカさんや私と暮らしていた時でさえ、
どこか無理をして…安心できない部分があったように感じます。
今のアキトさんは目いっぱい無理をしますけど、
心から信頼している人がそばにいれば、人前でも眠ってしまいます。
その気持ちは、私にもよくわかります。
私もなんだかんだ言っても…常にもらわれっこだったので、
無意識に遠慮をしていた部分があったんです。
…子供らしいわがままは、大事な時しか言いませんでしたし。
オモイカネの事とか、ピースランドの時とか…。
相手を信頼して、心を開いた行動を取るということが苦手なんですね、私達は。
でも、今は…こんな風にアキトさんを抱きしめられる。
アキトさんも…こんなに頼ってくれる…。
これほど嬉しいことはありません。
「おや、アキトはまだおねむか」
「ナオさん、もう少し寝かせてあげて下さい。
この人、無理をしすぎるんです」
「分かってるよ。
…すごい奴だよ、こいつは」
ナオさんは、ウーロン茶を飲んでいます。
祝杯を挙げている日だというのに…プロ意識、なんでしょうね。
この人、砕けているように見えて私達を常に守ってくれています。
信頼がおける…心強い人です。
あの時の判断は間違いではなかったようです。
「でも、よくついてきてくれましたね。
命懸けになるって分かってたのに…」
「これは惚れた弱味みたいなもんさ。
俺自身、生きる道に迷ってたからな」
「…誤解を招きますよ、それ」
「ちっと学がないもんでね、こういう言い方しかできないんだ。
それに人が人に惚れ込むなんてのは普通だと思うぜ。
性別はあんまり関係ないんじゃないか?
確かに深さや種類はそれぞれ違うけどな。
あの女の子達だってそうだろ?
アキトに抱いてほしいから来たって感じじゃない…。
ただ、追いかけたいんだよ。
勝手に惚れて、勝手についていきたくなったのさ」
…確かに、そうです。
私も過去は、アキトさんへの恋心を抱きながらも、
とにかく一緒に居たいという気持ちでいっぱいだった。
もっといえば、ミナトさんに憧れた気持ちも、惚れ込んだってことでしょうし。
将来の事は分からないけど、ただついていきたい…共にありたい。
そこには理屈を挟み込む余地すらないようにも思います。
「…ありがとうございます。
これからも、お願いします」
「あいよ」
ナオさんは、背を向けて歩いて行こうとしましたが…。
「ん…」
「アキトさん、まだ寝てても…」
「…ダメだ」
…?
アキトさんの様子がおかしいです。
なんか…いつもと…。
「ナオさん、ちょっと」
「あ?どうした?」
「テンカワ、マエノさんも」
「え?」
「なんだ?」
私達はアキトさんに連れられて廊下に出ました。
…妙ですね。
この人選…戦いにでも行くかのような。
杞憂だといいんですが…。
「…殺気を持った人が近くに潜んでいます。
7人…いや、8人…」
「なんだっ…おい、ホントじゃないか」
ナオさんはしゃがんで窓の外をのぞき込むと、
暗がりに隠れた戦闘員を発見したようです。
アキトさんは彼らの殺気を見抜いたようですが…。
…なぜ、こんなところに?
「ホシノ、お前そんな…なんで分かる?」
「…一時期、俺は五感を失っていたことがあったんだ。
その時の癖で…人の気っていうか、精神の波がわかるんだ。
それはいい、そうじゃない。
理由は分からないが、このPMCマルスを襲うやつらが居るってことだ」
「だが、あの装備…見たところテロ組織っていうよりは、
どう考えてもお堅いところの装備だぜ?」
「…そうですね。
連合関係の組織である可能性が高いです」
連合軍!?
でもミスマル父さんがこんなことを許すはず…。
いえ…ないとは言い切れません。
過去、地球を脱出しようとした時はクリムゾンに賄賂を受けているアフリカ方面の提督に妨害、
アカツキさんがナデシコを奪おうとした時は、妨害したミスマル父さんが左遷させられた事があります。
極東総司令ではなく、第三宇宙艦隊に配属になって…。
それほどまでに手を回している企業がないとは言えないんです。
今回は明らかにクリムゾン系ですが…まさか連合を動かしてくるとは。
「でも、装備や殺気から言って…俺達を全員殺すつもりみたいです」
「こ、殺す!?」
テンカワさんは驚いている様子です。
当然です。
佐世保を防衛した私達が、しかも連合に殺される筋合いはありません。
「落ち着け、テンカワ。
…この会社の基本は変わらない。
『対人戦闘はできる限り避ける』
俺とナオさんで出来るだけ食い止める。
それでだめな時だけ、正当防衛をしてくれ」
「ま、待てよ!?
お前…連合軍の特殊部隊とやり合うつもりなのか!?」
「…そうなるな」
「ミスマルおじさんに連絡するとか、警察に連絡するとかあるだろ!?」
「それでは間に合わん。
あいつらがいつこちらに来るか分からんし、
警察はどんなに早くても5分はかかる。
お義父さんに連絡しても、恐らく伝達するまでの時間でアウトだ。
…それに特殊部隊を動かすような連中が、お義父さんを放っておくとは思えん。
何かしら足止めをされていると考えるべきだ。
…分かったら、装備を取りに行くぞ。
幸い、装甲服は3着ある。
ナオさん、マエノさん、テンカワが着てほしい」
「待てよアキトよぉ。
お前はどうすんだ?」
「特別製の戦闘服があります。
流石に装甲服よりは防御力は低めですが、
動きやすいので俺には向いているんです」
「…なるほど、お前防具キライだもんな」
ナオさんの言葉通り、アキトさんは装甲服の類は苦手です。
アキトさんは体術を重視する傾向がありますから。
…対人戦闘を避ける方針であっても、備えがあってよかったです。
でも…。
「あ、アキトさん…」
「…心配しないでいいよ。
誰も死なせやしないよ…」
アキトさんは、私の考えている事を理解してくれていました。
でも…それでも…私は…。
「みんな、装備は二階にある。
動きを覚られないように、匍匐前進で二階に行こう。
…それに、特殊部隊が動いているのを社員のみんなに気がつかれたら、
パニックになる」
「待って」
食堂の方から、シーラさんが出てきました。
…話を聞かれていたようです。
「私も手伝う。
…何かやれることはない?」
「…ありがとう、それじゃ…」
アキトさんは簡単にシーラさんに説明をすると、
4人で装備を取りに行きました。
アキトさんは素人二人の着付けに手間取ったようですが、
しっかり装備を整えて戻ってきました。
…あの、黒い戦闘服姿で。
不安が、恐怖が、どんどん膨らんでいきます。
身体の震えが、抑えられません。
どうして…どうして私たちが連合軍の特殊部隊に迫られているんですか…。
考えてもわかりませんが…恐らくミスマル父さんの手の及ばぬところで、何かが起きています。
PMCマルスを始めることで何らかの妨害があるとは考えました。
でも、こんなのって…。
こんな形で人間と戦うことになるなんて…。
かつてナデシコ奪取をもくろんだムネタケ提督の事を思い出します。
彼は…ミスマル父さんもそうですが、軍の命令で強硬策をとりましたが、
当然、彼らはクルーを殺すつもりはありませんでした。
でも今は…アキトさんが殺気を感じているというからには、殺しに来ていると考えるべきでしょう。
もしかしてテロリストと認識されている?
とはいえ警告もなしに、殺す?
…不可解すぎます。
「ユリちゃん、行ってくる」
アキトさんはあの時と同じ姿。
私は…またアキトさんがどこかに消えてしまうのを想像して、
耐え切れず、涙を零してしまいました。
「…大丈夫、だれも死なないさ」
アキトさんはいつもよりずっと落ち着いた…とても低い声で、私をなだめました。
そして私の涙をそっと手で拭ってくれました。
バイザーを取ったその目も…あの頃の目になってしまっています。
二度と見たくなかった…死の覚悟を背負った、あの悲しい目に。
今は私を、みんなを守るために…この姿になったんです…。
…悲しくてやりきれないです。
「アキトさん…まだいっぱい貸しがあるんですよ…。
死なないで…」
「…うん。
ナオさん、マエノさん、お願いします。
テンカワ…お前が最後の砦だ。
ユリちゃんを頼んだ」
「わ、わかった」
テンカワさんも装甲服に身を包み…盾を手にしてくれています。
それでも、私は死ぬかもしれない恐怖以上に…。
アキトさんが、敵を殺してしまって永遠に『あの姿』になってしまうのではないかと…。
私のそばからいなくなってしまうのではないかという不安に、駆られていました。
お願い…。
アキトさん達だけじゃなくて…。
誰も死なないで…。
全く…無理な作戦だぜ。
『相手を殺さず、自分も死なない』っていうのは…。
自分たちの安全を確保するつもりなら、敵を殺すしかない場合も多い。
だが、アキトはそれではダメだと言った。
連合軍と事を構える可能性があるのがマズいという点、
そして自分たちは『傭兵じゃない』からだと語った。
技量的なところで言えば、俺も特殊部隊に引けは取らない自信はあるが、
人員と装備に差がある。
こっちは良く見積もっても手練れが二人。相手は八人。
さらに相手は殺傷武器で向かってくる。
俺達はゴム弾仕様のハンドガンとショットガン、スタンガン、スモークグレネードくらいしかない。
正直、これでも一般企業としては過剰で、無理に仕入れたものだ。
エステバリスの所有は木星トカゲに対する使用で許可をされているが、対人は不可だ。
──やっぱり格闘術か?
だが…アキトは疲労がひどい。
判断を誤らなければいいが…。
──今日は、途中で帰った金髪美人の事務員さん以外、全員社員が残っている。
そのほとんどが佐世保に住んでいる社員ばかりで、
俺達以外は非戦闘員ばかりだ。
しかもほとんどが疲労や酒でつぶれている。
…それを殺す命令を出すのはちょっといかれてる。
どこの誰のせいなのかは分からないが…今回は俺が、アキト達を守れる場面だ。
エステバリスでは戦えなかった分までやってやる。
作戦は、シンプルだ。
俺とアキトが特殊部隊の制圧。
マエノは俺達が突破された場合の第一防壁。撃ち漏らしが無いようにする。
最後の砦はテンカワとユリさんだ。
どういうわけかレーザーブラスターが一丁あったが、アキトはユリさんにそれを渡した。
ユリさんは小さく頷いてそれを預かった。
…テンカワは抵抗こそしたが、
ユリさんが人を死なせるかもしれないので、責任者の私に任せて欲しいと言い張った。
それにユリさんは射撃訓練は経験があるらしい。
殺さない部位を狙える技術はテンカワはないしな。
「アキト、お前…こういう経験があるみたいだな?
どこで身に付けた?」
「ちょっとネルガルのシークレットサービスに鍛えられた時期があるんです。
…まあ、会長の気まぐれですけど」
「なるほどな、あの試合中の技術はそこから来てるのか。
だが特殊部隊を恐れずに戦いを挑むレベルになっているってのは、
その若さには見合わないが」
アキトは不自然なほど特技が多い。
エステバリスの操縦技術だけ、料理の技術だけ、
というのであれば納得してもいいところなんだが。
この仰々しい戦闘服もネルガルの支給品なんだろうな。
悪役みたいだが闇に潜むのにはいい。
「…あんまり気軽に話せないんです。
俺の見た目にかかわることです」
「いずれ話してくれるか?」
「とりあえずここを生き残って、
戦争を無事に終えたら酒でも飲みながらお話しますよ」
「ならいい、約束だぞ。
今日は俺が役立てる場面だしな。
お前の過去、生きてなきゃ聞けないだろうしな」
相当面白い話が聞けるだろうな。
戦争終結までアキトを生き残らせたらもらえるボーナスだ。
これは多分、世界で一番高いボーナスになるだろうな。
英雄の知られざる過去。
恐らく、アキトはすでに世間では英雄扱いだ。
フクベ提督というチューリップの撃破成功の一人目に続く、文句なしの英雄だ。
普段から身近にいるとはいえ、恐らくほとんどの人間が聞けない思い出話を、
直接聞く権利をもらえるってのは…本当に楽しみだ。
「世間話はこれくらいにしましょう…。
…行きますよ」
少しバイザーをずらしていたアキトは再び、バイザーを上げた。
声がだいぶ低くなり…何かしら精神的なスイッチを入れているんだろうな。
今日はアキトの本気が見られるかもしれない。
…これもまた楽しみだ。
さすがに自分の命もかかってるってのに、不謹慎だがな。
「速やかに侵入し、射殺しろ。
…見つかったものは、全員だ」
連合軍の特殊部隊は、ガラス戸を静かにダイヤモンドカッターで切り裂き、
鍵を開けて静かに侵入した。
6人は防弾チョッキとメットの通常装備、2人は装甲服の重装備。
通常装備の内1人が隊長で、唯一レーザーブラスター拳銃を所持している。
相手が多数とはいえ、レーザーブラスターは相打ちになる可能性が高く、実弾装備に偏っていた。
ほとんどの隊員がサブマシンガン、あるいはショットガンを装備している。
突如響いた音に隊員たちは驚く。
先手をとられたかもしれない…その焦りが、
銃撃か、花火かの判断を一瞬ためらわせた。
「うろたえるな!ただのロケット花火だ…ッ!?」
隊長が注意をしているそばから、手りゅう弾が足元に投げ入れられ、
彼らも必死に退避行動をとった。
ぱしゅっ…!!
「スモークグレネードだと!?舐めた真似を…!」
どすっ!
隊員の一人が苛立ちに猛った瞬間、彼の意識が断たれた。
「撃つな!同士討ちになるぞ!退けッ!」
特殊部隊は人員を二分して、少し移動した。
打ち上げ花火を何個も付け、音が鳴り響いた。
「たーまやーーーー!」
私は酔いつぶれている人を食堂に残し、一部の盛り上がっている社員を連れて、屋上に向かった。
アキト会長の指示で、今日のお楽しみに取っておいた花火を、上げた。
当然目的は特殊部隊の注意を一瞬でもそらすためだ。
それと、食堂に押し込まれた場合の事も考えて、せめて分散していた方がいいという判断もある。
最悪、雨どいを伝って辛うじて降りられるし。
「うちの会長達は、連合に呼ばれて礼を言われに行ったって?
まあ、とーぜんだな!」
「当然当然!アキト様すごかったもんね!」
…私のついた嘘は有効に働いてくれたみたい。
でも…。
「みんな、ごめん。
ヒロシゲさんとそろそろ帰らなきゃいけないの」
「おう、おつかれ」
整備員のみんなと別れを告げ…。
私はヒロシゲさんの手助けをしに向かった。
せめて…盾くらいはもってあげたいもん。
死ぬかもしれないとは思ったけど、こんなことになるなんてね…。
急がなきゃ。
スモークグレネードの煙が広がる中、俺は一人突っ込んでいく。
手始めに…できるだけ数を減らさなければならない。
俺の感性はあの黒い皇子時代に完全に戻っていた。
やはりこの服を着るだけで、神経が研ぎ澄まされた状態になる。
煙の中でもバイザーの暗視装置なしに、敵の動きがはっきり感知できる。
しかし──。
殺さないように気絶させることのいかに難しいことか。
装備が整った相手であれば、通常の打撃では倒すのが困難だ。
かといって、装備越しにダメージを与える技というのは死亡につながりやすい。
禁じ手で、かつ相手を完全に倒すレベルの技は、
脳や、臓器への致命傷を与える技しかないからな…。
と、なると…。
「がはぁっ!?」
うまくメットをずらして、致命傷にならない位置に打撃を当てるしかない。
もしくは…。
「ぐああぁっ!?」
投げ飛ばしてしまう。
メットをしている都合上、投げは致命傷にはなりづらい。
あるいは、スタンガンだ。
「うわああああああっ!」
「このぉ!」
冷静にサーマルゴーグルを装備して俺の位置を把握した一人が、ハンドガンを構えた。
悪くない判断だ。
だが…。
「ちっ!」
俺がスタンガンで行動不能にした隊員を盾にすると、相手はナイフに切り替えようとした。
しかしその判断はマズったぞ!
「うおっ!?」
俺が盾にしていた隊員を、相手に投げつける。
こうすることで、確実に相手の重心がずれこみ、行動が一瞬止まる。
その隙に、俺は相手の後ろに回り込んで投げ飛ばした。
「ぐはぁっ!?」
…これで4人。
完全な戦闘不能には追い込めていないが、
煙が晴れるまでにこいつらを拘束すれば問題はない。
こういう時、特殊部隊は部隊を二分して全滅を避けるようにする。
スモークを炊いた時点で轢いた4人は、息をひそめて機会をうかがっているはず。
第一陣が来ている間は、第二陣は無理に出てこない。
…俺は、彼らの装備の中に手錠があるのを認め、
彼らを拘束して、さらに彼らが持っていた拳銃とサブマシンガンをいくつか失敬した。
そのまま、彼らから距離を置く。
隠れている奴らが、煙が晴れたら出てくるかもしれない。
一度距離を置いて、ナオさんと合流し直す。
「アキト、大丈夫か?」
「ああ。
あいつらは肩を外して手錠をかけてやった。
それに奴らの装備を少しもらってきた。
これで装備は互角だ」
とはいっても相手を殺すつもりもないので、
威嚇くらいにしか使えないがこの違いは大きい。
拳銃弾程度じゃ防弾チョッキや装甲服相手では足止めにしかならないものの、
相手に与えるプレッシャーの大きさが段違いになる。
元々、こちらの装備の貧弱さはバレているだろうからな。
これくらいはしなければならないだろう。
「呆れたやつだ。
もう半分片付けたのか?」
「そうだな。
…だが装甲服の二名と、隊長は侮れない。
スモークが晴れても倒したやつらを助けに来ないあたり、間違いなく手練れだ」
「…お前がその評価じゃ、五分の勝負ってところか。
とんでもない奴らを寄越したな」
「数を減らすのに終始したのが悔やまれるくらいだ。
今の戦闘でこちらの手の内が読まれた可能性すらある」
ちょっとでも甘さの残っている人間ならうっかり味方を助けようとする。
だが、さすが連合軍の特殊部隊…。
俺の戦闘を観察して手の内を読みにかかった。
俺に関しては優位さがかなり下がってしまった。
しかもスモークを炊くのは意味がない。
サーマルゴーグルで先んじてこちらの位置を把握してくるだろう。
「それじゃ、いよいよ俺の出番ってところか」
「任せる。
死ぬなよ、ナオさん」
「おう」
ナオさんは盾を手に前に出た。
こうなるとナオさんに先に出てもらうしかない。
実力的には確かだが、敵との技量は五分。
数で劣っている分、実力を見せていないナオさんを出すしかない。
「フレンドリーファイヤーだけは勘弁な」
「ああ」
俺は後方からの援護をするため、拳銃を構えた。
「…驚いたな、ホシノアキトがあんなにやるとは」
特殊部隊の隊長はカメラ付き拳銃…角から隠れて撃つための拳銃のカメラを、
サーマルモードにしてアキトの戦いの一部始終を確認した。
(しかし奇妙なのはあいつらがあの4人をほとんど無傷で捕らえたことだ。
人質にするにしてももう少し手荒にしていいはずだ。
…テロ組織にしては気を使い過ぎている)
隊長はこの時点で、一度話し合ってもいいかと考えたものの…。
即時射殺という命令の重さが、対話を選択させなかった。
「隊長、どうします?」
「…そうだな。
技量は大したものだが、勝てない相手じゃない。
手堅くイージスフォーメーションで行くぞ」
特殊部隊員は装甲服の隊員を二人前に出し、盾を構えさせてゆっくり歩を進めた。
このフォーメーションは、相手が爆発物を使えない時に有効に働く。
特に狭い建築物の中であれば有効だった。
何より──。
(…こちらにブラスターが一丁でもあるなら、攻撃面で有利だ。
いくら金属製の盾なら防げるとは言っても装甲服では防げん)
レーザーブラスターは本来、過剰な装備である。
人間という拳銃弾を防げぬ脆い物質相手ではオーバーキルにしかならない。
それでも反動の少なさ、即死狙いがしやすい、掩体によっては掩体ごと撃ちぬけるなど、
利点が多いので士官クラスの装備には入っている事が多い。
だが…。
ナオが天井に開いた穴から顔を出して、サブマシンガンで装甲服の二人のうち一人を殴打した。
あまりに急に、かつ至近距離にナオが現れたため、
狙いを付けるのが遅れて特殊部隊の4人は銃を向けられない。
ナオは両手にもったマシンガンを、彼らの胴にめちゃくちゃに撃ちこんだ。
殴打に使ったぶんだけ照準がずれてしまったかもしれないが、この距離なら関係ない。
いくら防弾チョッキ、装甲服と言えども至近距離で撃たれれば衝撃は相当のものだ。
彼らも一瞬動きが止まり、痛みに硬直した。
そして、ナオは手早く彼らが手に持っている銃器を叩き落した。
その隙にアキトも援護射撃を行いながら近づき、ナオと共に隊員一人と体調を気絶させた。
残るは装甲服を着た二名だけだ。
「これで五分以上だぜ」
装備を失った装甲服の二名を前に、ナオは笑って構えて見せた。
ナオさんの奇襲は見事だった。
あまりに映画的な動きで、特殊部隊の連中も見たことがない動きだったんだろう。
反応が遅れて、五分の状況に持ってこれた。
しかし…無茶な真似を。
隊長と思しき男は、ブラスターを持っていた。
あれを撃たれていたらナオさんは死んでいたっていうのに。
…俺達の為に、命を賭けてくれたんだな。
そして今も…。
「どうしたどうした!
そんなもんか、連合の特殊部隊ってのは!」
「…ッ!ふざけるな!!」
装甲服の男はナオさんの挑発に完全に乗せられている。
ナオさんは殺さないつもりで格闘にもちこんでいる。
それをふざけていると、激昂しているんだろう。
だが勝負あったな。
実力が五分なら精神的に有利な方が押し勝てる。
それに装甲服とはいえ、至近距離の銃撃は堪えるのだろう。
あばらを庇うようなしぐさを見せている。
俺はといえば、装甲服相手にほとんど素手で挑んでいるのでそれなりに苦戦している。
今はほとんど膠着状態だ。
素早さでは俺のほうが有利だが、敵のほうがカウンターに徹しているので手が出しづらい。
ナックルガード、固い装甲服の表面に体がぶつかるだけでもかなりダメージだ。
実際、手足がかなり痺れている。
俺が手を出さないと相手もやりづらい。少し休憩だ…。
「はぁっ!」
と、思ったところで流石に焦れたのか、ストレートパンチを仕掛けてきた。
…こちらもそれを待っていたぞ!
木連式柔・禁じ手──
特殊部隊員の腕がひしゃげ、悶絶する。
この間のナオさんとの試合で出した矛砕きとは威力が段違いだ。
あの時は今以上にダメージがひどく、無意識に出していたので威力が半減していた。
今は感性が昔に戻っているせいか、死なない技を出すとなると容赦がなくなる。
この技は関節にダメージを与える技なので、装甲服の上からでも通る。
そして俺はこの装甲服の男を、手錠をかけて拘束した。
「おー、アキト。
そっちも終わったか」
「あだだだだだだだ!!ギブアップギブアップ!!」
振り向くと、ナオさんは卍固めで装甲服の隊員を絡め取っていた。
…確かにごつい装甲服同士じゃ関節が相当苦しいだろうけど、
この局面でプロレス技で相手を倒すとは…。
…ナオさんが捕らえていた相手と、ダウンしていた隊長ともう一名を拘束し、
何とか制圧を成功させた。
…かなり紙一重の勝利だったな。
ナオさんが奇襲を成功させなかったら危なかった。
「ナオさん、ユリちゃん達を呼んできてください。
その後…一人ずつ、慎重に運んでください。
俺は少し、周囲に隠れている人や危険物がないか探してきます」
「おう、クリアリングだな」
すでに危険はないだろうが…。
この襲撃が計画されたものだとしたら、
仕組んだ本人は便乗して爆発物を仕掛けているかもしれない。
…俺は社屋の周りを一周して、クリアリングを行った。
敵影、なしっと。
大丈夫。
…あ、エステバリスの周りも見ないとな。
エステバリスは、俺達の生命線だからな…。
だが…。
「あ…」
俺は息を飲んだ。
エステバリスのすぐそばで…金髪の事務員さんが倒れていた。
拳銃で撃たれたのか、血まみれで…力なく壁に寄りかかっていた。
首筋を触っても…脈はない。
手遅れだ…。
「う…うう…お…俺は…。
守れなかったのか……」
守れなかった……。
視界が滲んできた。
宴会が少し経過してから帰って行った彼女の名前を、俺は覚えていなかった。
急に人が増えて会社が大きくなる中、顔と名前が一致しないことは多々あった。
それでも…死んだこの子を知らないでは済まされない。
俺は…この子を死なせたんだ…。
戦闘で巻き込んで死なせたのでもなく、
ただ…俺が意地を張ってアカツキと組まなかったことで…。
いや、ひょっとしたらお義父さんにあの場で、頷いてさえいれば…。
死ななかったんだ…俺達の判断ミスで、この子は巻き込まれて死んだ。
「なんてバカだ…おれは…」
…このまま、置いておくわけにはいかない。
ひとまず…血まみれの彼女を隠してあげなければ…。
「こんな物でごめん」
俺は近場に適した布がないので、戦闘服のマント部分を脱いでかぶせた。
…警察に連絡するか。
連合軍の特殊部隊…本当にこんな非戦闘員まで殺すとは…。
この子の家族になんていえばいいんだ…何をしてあげれば、いいんだ…。
償いようがないようにしか、思えない。
──彼女の手が、一瞬動いた。
俺はその時、痙攣かもしれないその動きに希望を抱いた。
彼女はもしかして息を吹き返して…。
だが…。
乾いた音と共に、放たれた銃弾が俺の心臓を捉えていた。
熱い。痛い。苦しい。
────────────だめだ。動けない。
俺は撃たれたのか。
この事務員の子に…。
恨まれた?
いや…最初から…この子は…。
「英雄さん、聞こえてる?
──仲間に撃たれて息絶える気分って、どんな気分?」
俺は返事どころか、呼吸もできずに、やたら彼女の声だけがはっきり聞こえた。
目も…霞んできた…。
「私はあんたに恨みなんてないけど、あの人の言い付けだから。
あ、でも個人的にもちょっとムカついてたりはしてたのよ?
何をやってもうまくいく、
顔と才能だけで生き抜く、
甘ちゃんの、甘えん坊の、世間を舐め切った幸せ者…。
私にはあの人しかしないのに…。
私は何一つうまく行く事なんて、ないのに…ね。
今度もいい夢見れるといいわね、英雄ごっこが大好きな坊や。
ホント…ふざけんなよって感じよ。
──くたばっちまえ」
俺の心に、吐き捨てた彼女の言葉がこだまする…。
なんて…ことだ…。
こんなふうに狙われ、嫌われ、恨まれるなんて想像もしなかった。
彼女の言う通りだよ…俺はあんな地獄を生き抜いたってのに……。
こうしてまた、お人よしに戻っちまって…人を信じて…裏切られて…すべてを失うんだ……。
は、はは…洒落にもならないよ…。
──ラピスの声がする。
ご、めん……ラピス……お前と…いろんなこと……しなきゃいけなかったのに……。
ユリちゃんの声だけが聞こえる。
だが、それもだんだん遠くなっていく…。
──アキトさんが運び込まれた病院で、私は生きた心地がせずに呆然とアキトさんを見つめていました。
どうして、こんなことになってしまったのか…もう分かりません…。
アキトさんは辛うじて生き残っていたはずなのに…どうして…。
「電気ショック、効果ありません…。
死亡確認を」
「ま…待って…」
私は事実を受け入れることができません…。
アキトさんがなぜ死ななければいけなかったのか…なぜ死んでしまったのか…。
そもそも死んだとは限らないです…。
「心臓に、銃弾は届いていなかったんですよね…?
だ、だったら…」
「…心臓に届いていなかったので、出血は大丈夫でしたが、
心臓がショックで止まってしまっては…。
それに心肺停止してから15分以上経っていたら…助かりません。
すでに30分が経過しています。
…御気の毒ですが…」
医師の言葉が、私の反論を止めました。
…奇跡は一日に何度も起きない。当たり前のことですが…。
私はとどめを刺された気分です。
私が生きている理由が…無くなってしまったのですから…。
「…少し、一人にしてくれませんか」
「はい。
お待ちの皆様にも、そのように伝えます」
医師達は治療器具をかたづけて、私をそっとしてくれました。
…どうして。
その言葉が、何度も私の脳裏に浮かんできます。
どうして?
アキトさんは何も悪いことをしていないのに…。
みんなを助けて喜ばれたのに…。
連合軍の特殊部隊と対峙しても誰も殺さなかったのに…。
善行を積んだから助かるはず、と思うほど私は宗教を信じていません。
それでも、あんまりにもあんまりな仕打ちです…。
私はあの時の選択を後悔しました。
ナデシコに乗るのをやめようと弱音を吐いたのをひっこめた時。
アカツキさんの計画に乗るのをやめようと話した時。
ミスマル父さんに養子にしてもらう話を保留した時。
アキトさんを一人で周囲の警戒にでたとナオさんに言われた時…。
どこかで立ち止まる事は出来たはずです。
そんな後悔は遅い。遅すぎです。
私はアキトさんを殺したんです。
無謀な戦いを何度しても、戦うのをやめろと言えなかった。
でも、そこで戦うのをやめるのは、結局アキトさんの心を殺してしまう。
……この運命は絶対に避けられなかったと、諦めるしかないの?
私は…アキトさんの頬を撫でてみます。
「…まだ温かいですよ、アキトさん。
本当に…死んじゃったんですか…?」
現状を認識しようとするのを私は拒んでいる。
だから思ったよりは冷静にアキトさんに呼びかけていられるんでしょう。
涙はもう、止まり様がないけれど。
…昔、ヤマダさんを看取ったアキトさん。
あの時のアキトさんは、本当に悲しそうでした。
私はこんな時にも、どこまでも薄情です。
あんな風に声を上げて泣くことすらできない…。
あなたが一番大事だって、思っているくせに…。
…自分がどんどん嫌いになります。
ユリカさんだけじゃなく、アキトさんも…私が殺したも同然…。
それでも、また…私は…。
アキトさんに弱音を吐こうとしています。
この世界に来てから、アキトさんが昏睡状態でも聞こえていた私の弱音…。
今度も、アキトさんが私の言葉を聞いてくれていることを期待して…。
生きている事を期待して、弱音を吐く。
私は自分の弱さも、図々しさも、汚さも…分かってます。
分かってますよ…。
でも…でも言わずにはいられないじゃないですか…。
「アキトさん、聞いていますか…?
私…嘘ばかりついてきました…。
本当はもっとあなたに何度も抱かれたかったんです。
愛してるって、何度も言ってほしかったんです。
…もっとあなたにわがままを言えばよかった。
なんでいつも私はいい子で居ようとしたんでしょう…。
あなたが起きないかもしれない時しか、弱音を言えなかったんでしょうね…?」
───違う、それだけじゃない。
もっと、もっと、もっとたくさんあった。
私の人生には、後悔が…してもしきれない後悔がたくさんあった。
もう二度と取り返せない後悔が…。
「私は誰より嘘つきで臆病で、最低なんです…。
いつも強がって、大人ぶって、他人をバカって見下して。
あんなに私を想ってくれたミナトさんを、『お姉さん』とついに呼べなかった。
あんなに私を娘として愛してくれたミスマル父さんを『お父さん』と呼べなかった。
きっと…ミスマル父さんも、ユリカさんと同じように私を抱きしめてくれたのに。
あんなに私に愛情をくれたユリカさんに、『私もユリカさんが好きです』って答えなかった。
いくらでも言う機会があったはずなのに、言わなかったんです。
──あなたにもです、アキトさん。
なんでもっと何度も何度も、好きだって、愛してますって、言わなかったんだって。
ユリカさんみたいにうっとおしいって怒られるまで言う事だって出来たはずなんです。
───なんで。
なんで、なんで……なんで……。
私はどうして……。
…う、ううう、ああ………」
感情が逆流して、胸が苦しい。
抑えつけてきたすべての感情が…アキトさんを失っただけではなく、
この世界に来た事で、ホシノルリとして生きてきた人生をすべて失った事に気がつき…。
あの世界で自分がいかに子供として甘ったれ、何もしてこなかったのかを思い返しました。
あの愛しい日々、そして温かい思い出…。
思えば、私は愛してもらってばかりでした。
何一つ返す事も出来ず、子供としてただ漫然と、愛情を受け取り続け…。
本当に卑怯者じゃないですか…。
涙が……止まりません…。
「ごめんなさい…アキトさん…。
私、敵討ちも出来そうにないです…」
そんなことを望んでいないと分かっていても…私は言わずにいられない。
アキトさんの為に、出来る事なんてもうなにもありません…。
…もう終わりなんです。
アキトさんが居ない時点で、私は全部終わりなんです。
それ自体、私が何もしなかったことが原因なんです…。
…いいえ。
そもそも私とアキトさんは…。
「ホシノアキト」と「ホシノユリ」は居てはいけない存在なんです。
だから、きっとアキトさんは…SFでいう、歴史の修正力で死んだんです…。
だったら…私もそうしましょうか…。
ちょうどアキトさんのブラスター預かったままですし…。
「アキトさん、一緒に…眠っていいですか?
分かってます…アキトさんはそんなことを望んでいません。
分かりきってます。
でも、もう疲れました。
アキトさんのいないこの世には、なにもない。
あなたはそうは言わないと思いますけど…」
私はブラスターを、自分の心臓の前に押し付けました。
…どんなに頑張っても、もうなにも報われない。
この半年…アキトさんと夫婦生活が出来ただけで、幸せだったんです。
一緒に生きていけるだけで幸せで…。
「それに私はミスマル父さんに娘にしてもらう資格なんてないんですよ…。
ユリカさんからあなたを奪ったんですから…。
ラピスも目覚めたらエリナさんが見てくれるでしょうし…。
アカツキさんがこの戦いを何とかしてくれるはずです…。
この世界の私達とともに、戦ってくれます…。
私が居ても居なくてもそんなに変わらないと思います…」
全部、言い訳です。
自分が死にたいだけだって分かってます。
でも…そうするだけの理由がある。
──愛した人を裏切り続けた、嘘つきに生きている資格なんてありません。
「私達はこの世界では異物なんです…。
居ちゃいけない…生きていてはいけなかったんです…。
こんな気持ちになるなら、あの時…。
あの時、死んでしまっていればまだ幸せだったのかもしれません…。
寂しい想いはさせません、一緒に逝きます。
もし会えたら…いっぱい、いっぱい叱って下さい。
あなたに会えるなら…どんなところだっていい…。
地獄だって…どこだって…。
思えば、間違いだらけの恋だった。
でも──────。
私は静かに目を瞑り…そして…。
どうもこんばんわ。
武説草です。
前回の厄い予告から出てきましたんはこんなお話でした。
いろいろとあっちゃこっちゃして、ああっ!?どうなるのぉ!?
ってな具合で次回に続きます。
次回では今回またある程度すっ飛ばしている部分を描きつつ、
改めて進んでいきましょう!
そんなわけで次回へ~~~ッ!
>まあ色々あったけどどうにか勝利!
>いいですねー。
みんなで頑張ってみんなで勝利!
直接的には共闘してないんですけど心は一つ!
ギリギリまで頑張って~♪
こういうシチュエーション、好きです。
>テンカワアキトくんはこの先色々大変そうだけどw
彼には幸せと同量の不幸が似合います。
>しかし次回予告が厄いなおい!
この辺はシナリオ上の幸福感と悲劇を演出するのには高低差が高い方がいいって、
ナデシコ→劇ナデの流れと、Benさんが教えてくれたような気が(超失礼)。
Benさんゴメンなさい。
~次回予告~
どうも、ホシノルリです。
エリナさんが話す、そしてユリカさんが話すアキト兄さんの話。
聞いてて思いますけど、アキト兄さんってどこまでバカなんですか?
底抜けにお人よしで…放ってくと詐欺にあっちゃいそう。
…ま、いいんだけど。
え?家族が居るアキト兄さんが羨ましそうに見えるって?
…ばか。
作者はつい夜更かししながら書いて、ミスを電車内でチェックして、
週一度出すくらいが限界だそうですよ?な、ナデシコ二次創作、
を、みんなで見れば?
あー次回から忙しくなりそうね…。
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代理人の感想
うわー。
しかしこいつ・・・ライザか?
>バール少将
忘れてる人もいそうなので注釈。
時ナデのオリジナル編で出てきたアフリカ方面軍副司令官(当時)です。
まあ大体クソ野郎の悪役。
>ユリカとの仲を認めるかどうかは別だがな
余裕があるな、オヤジwww
まあミスマル提督らしいと言えばらしいですがw
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