私は市街の廃屋でテツヤとの最終連絡を行っていた。
このあたりは廃屋が多い。
木星トカゲとの戦闘で避難している者が多く、こういう秘密の連絡もしやすい。
平時で廃屋があれば、浮浪者のたまり場になりかねないがこういう時はいい。
戦時中というのはみんながみんな、避難者だ。
私のような根無し草でも戦争に加担する側、というのは多少堪えるものだが、
反面いい気味だとも思う。
私を根無し草にしたのは社会全体。
いい立場に胡坐をかいて、不幸に追い込まれている人間が居ないものと考える連中がほとんど。
そんな連中がどうなろうと知ったことじゃないし、ホシノアキトはその筆頭よね。
何したってうまくいくじゃない、あれじゃ。
…そんな愚痴っぽい思考を一度放棄した。
テツヤから連絡が来ている。
「…はい」
『ライザか。
予定通りやってくれよ』
「ええ…」
私の仕事は『調査』と『暗殺』。
連合軍の特殊部隊が襲撃する以上、生存率はゼロに近い。
それでも、失敗する可能性はある。
そう言う場合に備えてPMCマルスという会社を調査し…弱点を探っておく。
次の機会があればそこを突けばよい。
そして最重要なのが暗殺。
失敗した場合は、ホシノアキトの人間性に付け込んで殺す。
あの男は、どこまでも甘ちゃんだ。
会長が、危険がある事に先陣を切る。
普通の会社ならあり得ることじゃない。
もっとも彼は実質的なブレーンではなく、ユリ社長が経営も戦術も担当している。
戦闘能力の観点で言えばナオかホシノアキトが出てくるのは分かっている。
もっとも、訓練を見るにホシノアキトが使えるのはたかが格闘術のレベルみたいだけど。
今回も生き残れば、ホシノアキトはクリアリングを行う。危険だからと。
それゆえに…仮死薬を飲んで死んだふりをした場合、
私が死んだとすればうろたえて近づいてくるのが分かっている。
そこを撃つ。
至近距離の45口径の威力であればまず助からない。
…いつものテツヤよりは甘っちょろいやり方だけど、
人の弱みを使ういやらしさは健在よね。
「ねぇ…テツヤ」
『なんだ?』
私はあえて彼を呼び捨てた。
彼とはプライベートの付き合いはほとんどない…拾われた頃から、変わりはない。
だけど、呼び捨てても特に注意はしない。
…私は、出会った日からずっとテツヤを。
でも…彼はそれを分かっててこういう使い捨ての任務でも私を使う。
そうするしかないのが分かっているから…。
それでも…この人と居るのを、やめられない。
だからせめて…。
「…任務終わったら、一晩一緒に過ごしてくれない?」
『構わないぜ。
安全の保証はしないけどな』
ケタケタと、下品にテツヤは笑った。
…テツヤは私にハニートラップのやり方を教えてくれたこともある。
男のくせに口説く段階の事からなにから詳しくて…。
その時は私もウブなことを言って、ひどくからかわれたっけ…でも私はそれが嬉しくて…。
恋愛は惚れた方の負けとはよく言ったものよね、ホントに…。
「それじゃ、楽しみにしてるわ。
また後で」
『ああ』
テツヤは一方的に電話を切った。
…恨みはないけど、PMCマルスは今日で終わりよ。
全滅しなくても…ホシノアキトが精神的な支えであり、社員をまとめる接着剤なのは明らかだもの。
彼が死ねば、PMCマルスは完膚なきまでに潰える。
ホシノユリも…ホシノアキトが死ねば立ち直れない。
ひょっとしたら自殺してくれるかもしれない。それほどまでに依存しているのが分かる。
彼女は私と同じだ。
一人の男に依存することでしか生き伸びれない…それがすぐに分かった。
社長として強そうなフリが得意なだけで、
一皮むけば…精神年齢は下手をすれば中学生くらいじゃないかしらね。
性格も私ほどスレてないから、本当に立ち直れないでしょうね。
まあ、そんな女は生きていても辛いだけよ。
スレてでも生き残るような奴じゃなきゃ…ね…。
私は花火を上げて特殊部隊の注意を引いた後、ヒロシゲさんの横に張り付いていた。
…怒られたけど、この間の約束を持ち出すと黙ってうなずいた。
そういう所、やっぱ好きだな。
「おい、マエノ!制圧完了だ!
来てくれるか、こいつらをひとまとめにしとかないと」
「おーう!」
「ホントにやっつけちゃったんだ!?
すっごい!」
私はついヒロシゲさんに抱き付いてはしゃいでしまった。
まさか本当に…ここまで来ないうちにやっつけちゃうとは思わなかった。
アキト会長もナオさんも伊達じゃない!
本当にすごい!
それから私たちは、居住スペースに特殊部隊の人を何とか閉じ込めていった。
武装は解除されているから大丈夫だろうけど…
そして最後の一人、隊長を連れていこうとした。
「あんた、ちゃんとPMCマルスの事聞いてから来たんだろうな?」
「…お前ら、テロリスト集団だろうが。
何だって木星トカゲなんかと…」
「で、でたらめですよぅ!」
…これは心外だ。
私たちは木星トカゲと戦う組織なのに…。
「だったら、なんで木星トカゲの兵器をあそこまで知り尽くしている!
少なくともホシノアキトは…スパイだっておかしくないだろう!」
「なっ…言っていいことと悪いことがありますよ!?」
私はついヒートアップしてしまった…。
「よせ、シーラ。
話すだけ無駄だ」
…ヒロシゲさんにたしなめられて、私はすごすごと引き下がった。
隊長を、他の隊員が閉じ込められている部屋に連れて行った。
「それ、入っとけ」
「…なめるな!」
隊長は、押されて部屋に閉じ込められそうになった時…。
後ろ手にされていた手を、なんと背中から頭を超えさせて前に出した。
しかも…頭のヘルメットからペン型の武器らしきものを取り出している!
「よせっ!」
ペン型の武器は、レーザーブラスターだった。
…最悪。
私たちは今、人を拘束して運ぶために盾を持っていない。
武装解除したつもりだったのがあだになった。
ナオさんがかろうじて部隊長を羽交い絞めして抑え込むけど、ブラスターを押さえきれず…。
「この…!」
ヒロシゲさんがかろうじて私を突き飛ばしてくれたけど…。
羽交い絞めにされた部隊長が手を振り回し…。
レーザーが、私を突き飛ばしたヒロシゲさんの右腕を斬り落とした!!
「ぐあっ…ッッッ!!!」
「ひ、ヒロシゲさんっ!!」
部隊長は、往生際悪くブラスターをもう一度発射しようとしたが、エネルギーが切れたらしい。
ナオさんは羽交い絞めのまま後方に思い切り倒れ込み…。
投げっぱなしのドラゴンスープレックスで部隊長を気絶に追い込んだ。
今度はさすがにもう起きれないらしい…。
「あ…ぐ…ぐああ…あつ…い…」
「ヒロシゲさん、しっかり…」
ヒロシゲさんは幸い出血はしてなかった…傷口をレーザーで焼かれてしまったからだろう。
ただ、それはそれでかなり大きく火傷をしている状態だった。
「ヒロシゲさん、すぐに救急車を…」
「銃声!?外から!?」
「あ、アキトが危ない…。
ナオさん、行ってくれ…」
「ひ、ヒロシゲさん!?でも…」
「デモもなんも…っ。
つうううう…。
お、おれの怪我は死にはしないけど…。
銃を持った奴を入れたら全滅するかもしれねえ…。
それにアキトが死んだら、なんもかんもおしまいだ…。
ぐ…PMCマルスだけじゃなく…下手したら日本が…」
「…行ってくる。
シーラちゃん、みんなを呼んできてくれ、救急車もだ!」
「は、はい!」
ナオさんは部隊長の肩を再度外し、さらに手首まで外してから、出ていった。
ヒロシゲさんを置いていきたくないけど、私も行かなきゃ…。
「シーラ…氷も頼む…」
「は、はいっ」
急がなきゃ…!
私はナオさんから制圧の連絡を受けて、ほっとしました。
…さすがアキトさんとナオさんです。
特殊部隊を無事に制圧できたみたいですね。
「ユリさん、撤収します?」
「いえ、私たちだけでもアキトさんが戻るまでは…警戒しましょう。
みんなにもまだ話せませんし…」
隊員をすべて捕らえたのは良かったですが、
それでも油断はできません。
増援を呼ばれていたら洒落になりませんし。
──そんなことを考えていた時、突如響いた銃声に私は体を震わせました。
外からの、一発の銃声。
すでに花火の音も止んでいるのに…単発の銃声が、聞こえ…。
そのあとに何の音もしません。
と、いうことは…。
「あ、アキトさん!?」
「ゆ、ユリさんまって!せめて俺が先に出ないと!」
テンカワさんが前にでて盾を持って先行して、私たちは外に向かいました。
…アキトさん、無事でいて。
…私は12人そろって、みんなで線香花火を楽しんでいた。
まだ夏は終わりじゃないけど、やっぱり花火のシメはこれよね。
「今日は良かったねぇ」
「うん」
みんな、今日の充実した時間を思い返していた。
初出撃に、勝利と佐世保奪還。
アキト隊長を信じていたとはいえ、こんなに華々しく勝てるとは思ってなかった。
…本当にすごい、アキト隊長。
今日はあり得ない事ばかり起こった。
テンカワ君の事。あんな見た目が近い、同じ名前の人が居るっていう奇跡。
ワンマンアーミーのような戦いぶりを見せた奇跡。
そしてチューリップ撃破という奇跡…。
ここに来てよかった…自分の将来と引き換えかもしれないって思ったけど…。
それに…。
「生きててよかった…」
「あ、なにさっちゃんってば今更になって怖くなったの?」
「違うわよう!
ここまで生きていたから今日のこの奇跡の日に立ち会えたって、
思ったら…なんか生きている事そのものに感動しちゃったの」
「ふふふ…みんなそう思ってるわよ」
そう…私たちはぼんくらぞろいだけど、アキト隊長と一緒に同じ時代に居る。
少しでもアキト隊長の力になれている。
それだけで、すごい幸せなんだもん…。
「え…なんの音!?」
「花火の音じゃないわよね!?」
私たちも…整備員のみんなもざわつき始めた。
PMCマルスは報道陣も、外部の客もシャットアウトしている状態だ。
それなのにこんな…銃声みたいな音がするわけはなく…。
「何か、あったんだわ!
みんな、静かに降りるわよ…。
何があるかわからないから…」
私たちは、何が起こったのかも分からぬまま…ただ、怯えながら階段を降りていった。
「あわ、あわわあああああ…」
「う、撃たれちゃった!
アキト様が、なんで!?」
いつも不愛想なカメラマンがうろたえ、突撃レポーターもあり得ない出来事に膝が震えていた。
「あの金髪の人何者なの!?
ど、ど、ど、どうして…撃ったの!?」
「わ、わかんないわよぉ!
で、でもこんなの…こんなの…」
「スクープだけど、だけど…言えないよこんなの…。
みんな絶望しちゃうじゃない…」
「きゅ、救急車!
誰が怪我したって言わなくていいから、撃たれた人がいるって言って!」
二人は18時に佐世保に到着し、報道陣をシャットアウトしたPMCマルスは、
明日のインタビューに各個しっかり応えることで対応することになっていた。
それを知らぬ突撃レポーターは、
奇しくもこの場面を望遠レンズで目撃してしまうことになった。
「アキト様が助かるまでこの事は伏せるわよ…。
ついていきましょ」
「た、助からないでしょあれじゃ…」
「…助かると思うしかないじゃない!
日本全体の希望が消えるなんて考えちゃだめよ!
また奇跡を起こすわよきっと!」
私は本日のナデシコ乗船前の研修を終え、
ナデシコ内部の自室に戻ろうとしたところで、あいさつに来たミスマル艦長につかまりました。
彼女はアキト兄さんの義理の姉ですが、
…そうはいってもこんな時間に私を食事に誘うとは思いませんでした。
…ちょっと、困ってます。
悪い人じゃないんですけど、強引です。
これから職場で一緒になるから、とかいろいろな理由をつけていますが、
なんか裏があるんじゃないかって思います。
…いえ、こんな屈託なく笑ってはしゃがれるとそんなことないとは思うんですけど。
この人、アキト兄さんの義理の姉にふさわしいバカっぷりです。
「ルリちゃん、もっと好きなもの頼んでいいんだよ!
私のおごりだから!」
「は、はあ…」
どうも艦長は義理の妹が一緒に艦に乗る事に運命を感じているらしいです。
私はまだアキト兄さんにもあってないのに。
…はた迷惑とは思いますが、心地悪くはないです。
バカになる面白さっていうのは、たまにみるテレビでは知っていますが、
まだ感じた事のない感情です。
「ホント、ルリちゃんはアキト君そっくりだね!
びっくりしちゃった!」
「…私、アキト兄さんとは血がつながってないんです」
ぴたり、と艦長は動きを止めた。
エリナさんから私が妹とは聞いていると思いますが、
詳細は聞いていないようですね。
「どういうこと…?」
「…私もあまり話したくありません。
あなたが私の義理の姉だとしても…アキト兄さんが話していないなら、
きっと私も教えていいことではないんです」
アキト兄さんをまだ信頼しては居ませんが…。
私たちがIFS強化体質者の実験体であるということを吹聴するのは好まれません。
…見た目で特殊さはバレてしまうでしょうけど、可哀そうな子扱いされるのも嫌です。
そう考えると、嘘をついてでも誤魔化しておいた方が良かったでしょうか。
「ルリちゃん…アキト君の事嫌いなの?
いい子だと思うよ…」
「…私はまだ会った事がありませんから、わかりません。
私とアキトさんはもらわれっ子ですから」
…なんでこんなに話しちゃうんでしょう。
まだであったばかりのこの人に。
なんだかんだで大人と話す時、黙っていることくらいはできたはずなんですが。
これは、彼女の人柄ってことなんでしょうか。
そんなことを考えていたら、艦長は小さく震えていました。
「…ルリちゃん、私にできることがあったら何でも言って!
血はつながってないかもしれないけど、だけど…。
私はルリちゃんのお姉さんだから…」
「艦長、そんな…」
「艦長なんて呼ばなくていい。
ユリカお姉さんって呼んでいいんだよ」
私の姉になるって言っても…彼女には何の得もないはずです。
景気よく姉になるというこの人…私、同情されているんでしょうか。
信じていいんでしょうか…信じたい。何故かそう思わせる人です。
でも…。
「なんで出会ったばかりなのに…そんな風に言ってくれるんですか」
それだけは知りたい。
何一つ確かじゃなかった、あの里親との関係。
何一つ信じられなかった研究所の人達。
そしておぼろげすぎる、幼少期のほめてくれた両親の思い出…。
おおよそ保証できるものは何もなかった。
私の抱いた問いにやさしく答えてくれた人は誰もいなかった。
──この人は、何かを問いかけたらごまかさずに優しく教えてくれる。
何の保証もないのに、私はこのミスマルユリカという人に…確信をもって質問をしていました。
「…アキト君のお嫁さん、私の妹、ユリちゃんはね。
IFSを使うとルリちゃんそっくりになるんだよ」
「私そっくり、ですか?」
確かに彼女もIFS強化体質の実験をされていたとは聞いています。
この場面ではあまり関係がなさそうにも思いますが。
「ううん、姿だけじゃない。
声も、しゃべり方も、気の使い方も全部そっくり。
…普段は私によく似ているのに、本当にルリちゃんによく似ているんだよ…?」
「…不思議なこともあるものですね。
血のつながりもないのに」
「アキト君と、私のアキトもそうだよ。
不思議だね、ほんとに」
…ああ。あのアキト兄さんそっくりの癖に、情けないテンカワアキトさんですか。
叫んだ『ユリカ』さんって名前は艦長だったんですね。
「…それでね。
ルリちゃん見てたら、ユリちゃんも昔はこんな風に、
寂しそうにしていたんじゃないかって思ったら、悲しくなっちゃったの…」
「…私、寂しそうに見えますか?」
艦長は静かに頷きました。
…驚きました。
こんなに自分の事を詳しく説明したことはありませんが…。
私の評価への評価はいいとこ『仕事はできるが無表情な少女』で、
大概は『クソ生意気でつかみどころのないガキ』です。
私が話した時の表情からそこまで感じ取るなんて…。
…バカって思ったけど、この人、いろんなことを知っているのかもしれません。
「…私はユリさんじゃありませんよ」
「でも、ほっとけないの」
…ホント、強引な人。
でも…この人を信じてみたくなってきました。
どのみち、この人から距離を置けない状態のようですし…。
生まれて初めて『予感』を感じました。
いいことが起こりそうな、予感。
どちらかというと期待や願望に近いものですけど。
「私はまだ姉妹どころか家族が分からないですし、
まだいろんなことを話せませんけど、それでよければ。
…お願いします。
ユリカさん」
「……うんっ。
よろしくね、ルリちゃん」
先ほどの騒がしさが嘘のように小さく、しかししっかりした返事が返ってきました。
ユリカさんが握手の手を差し出そうとしてくれましたが…。
端末が鳴り響き、一時中断してユリカさんは着信に出ました。
「あっ、なにアキト。
電話番号交換しといてよかっ…。
え………。
え、えっ…」
先ほどまでの微笑みが嘘のように、ユリカさんの表情が曇っていきます。
それどころか涙まで…どうしたんでしょう…。
「うそっ、そんなのウソだよ!
どうして、どうしてなの…!?
う、うん…すぐ行くから!」
「…どうしたんですか?」
「あ、アキト君が危篤だって…勝ったのに…ど、どうして…」
「え…?」
あの殺したって死ななそうな、無謀な突撃バカなアキト兄さんが、危篤?
何で?
…でも、この時私が思ったのは…。
アキト兄さんの事より、アキト兄さんが死ぬことで、
ユリカさんとの関係がなかったことになってしまうのではないかという、恐怖。
せっかく、こんな信じたい人に出会えたというのに…。
薄情な事を考えているのは分かってます。
でも…会った事のないアキト兄さんより、ユリカさんの気持ちを…。
受け取れない状態にされてしまうかもしれないという恐怖…。
ユリカさんは会計もそこそこに、走って外でタクシーを拾って、
私の手を引いてタクシーに乗り込みました。
…どうしてこんなことになったの。
私はいっぱいの不安の中…涙を流しているユリカさんを見つめました。
私が何か、できることは…。
そう思っていたら、ただユリカさんの手をとっていました。
「ルリちゃん…」
私は、ただ小さくうなずいて…祈りました。
この出会いをくれたアキト兄さんの無事を…。
…出会いもしないまま、何も言わないままさよなら、なんて嫌ですよ?
私はあなたを…何も知らないんですから…。
そう思って私は初めて、アキト兄さんをテレビで見た時よりもはっきりと、
アキト兄さんに興味を持てている自分に気づいていました。
ユリカさんは…私の心の扉を開いてくれたんでしょうか。
何も持たない私が、初めて抱いた失いたくない気持ち。
温かさを覚える、失くす恐怖を覚えるほどの大切なもの…。
…こんな、こんな素晴らしいものを、こんなに早く失くすとしたら、
私の人生は本当にどうしようもない…とるにたらない、つまらないものです。
私は信じたことも祈ったこともない『神様』に、
生まれて初めて祈りました。
どうか奪わないで…。
私の希望を…。
初めて抱いた希望を…。
医師のホシノの死因の説明と、ユリさんがそっとしておいてほしいという言葉がどこか遠く感じた。
PMCマルスの社員が全員、救急車を追いかけて集中治療室の前に駆けつけた。
全員が…沈痛な面持ちで立ち尽くしていた。
──俺も、ホシノの死を受け入れられていなかった。
あいつは殺しても死なない奴だと…。
死んだと思っても、すっとぼけて戻ってきてしまうような気がしていた。
…それを信じたくなかった理由がもう一つあった。
死を信じなければならないと思った理由でもあるけど。
ホシノは、撃たれてから髪の色が真っ黒になったんだ。
本当に…俺そっくりになったホシノ。
その姿を見て…俺は初めて自分が死ぬかも知れなかったことを、明確に意識した。
…死ぬかもしれないという恐怖は、何度も感じた。
だが死を、死んだらその先がどうなるのか、周りがどうなるのか、それは知らなかった。
両親が死んだ時でさえ、避難していたみんなが全滅した時でさえ…。
俺は恐怖に支配されつつ、死を意識できなかった。
今回は…ホシノという人間があまりに俺そっくりで…。
さらにホシノが助かるように祈りながら涙を流すユリさんが、ユリカを思い出させて…。
…俺が死んだら、こうなったんだろうと思って胸が締め付けられた。
そしてユリさんの悲しそうな表情が、俺を責め立てた。
俺は、守れなかったんだ。ホシノという男を。
今は俺の分身にすら思える、この…悔しいほど、素晴らしい男を。
ゲキガンガーが好きで、ちょっとズレている…料理が大好きな、底抜けのお人よし。
誰からも愛される、いわばアイドル。
そのくせ、戦闘センスも技術も抜群の、佐世保を救った英雄。
フィクションだったとしてもちょっと設定盛りすぎなんじゃないかってくらいの、
でも俺は似ていると他の人に言われる、親近感を覚えずにいられない男。
…俺が死ぬのと、ホシノが死ぬのとじゃ与える影響が違い過ぎるが、
なんでこいつが死ななきゃいけなかったのかわからない。
なんで…なんでだ…。
「ちょ!?レオナ!待ちなさい!
…みんな、止めるわよ!」
…12人の、ホシノのファンの女の子…その一人が走り出してしまった。
彼女たちも現実を受け入れられずに、涙を流すしかなかった。
あのレオナって子…早まらないでほしいけど…。
「…みんな、ショックなのは分かるが一度落ち着こう。
本社に戻るのは危ないかもしれんが…酔いつぶれて寝ている奴もいるし、
ずっと空にしちまうのはまずい…警察も呼ばなきゃならんだろうしな。
俺は先に戻っているから、みんなは…ちょっと休んでな」
ナオさんは言い切ると、一人本社に戻っていった。
本当は責任者のユリさんが居ないと良くないんだろうが、それどころじゃない。
…こんな時でも、ナオさんは役目を果たせるんだな。
俺は……。
「…みんな、外で酒でも飲もうか。
祝い酒じゃなくなるのは…なんだけどさ…」
さっきまで明るく酒を飲んでいた整備員が、ぽつりと零した。
自棄酒…というにはあまりに辛すぎる酒だろうけど。
それでも飲まずにいられないんだろう…。
本社に戻る気力もないようだし…分かるよ。
整備員たちはまとまって、外に出ていった。
病室の前に居るのは、もう俺だけだ。
俺は動けなかった。
足が震えていた。
身近な人を亡くしただけじゃなく…守れなかった事。
そして殺人による死を…目の当たりにして、動けなくなっていた。
ユリさんの…そしてユリカの悲しむ顔を思うと、逃げ出したくなるのに…足が動かない。
ホシノ…お前はどうして死んだんだよ…?
私達は一人屋上に走ったレオナを11人がかりで飛び降りようとするのを止めている。
止めているけど…この子、11人がかりで抑え込もうとしているにも関わらず、
凄い力で振り切ろうとしている。
まるで…命をすべて使い尽くそうとしているかのように。
「…みんな、やめよ」
…私はレオナの手を押さえようとした手を、放した。
「さ、さつき何言ってんのよ!?
レオナを見捨てるの!?」
そうだ…。
私はアキト様…アキト隊長だけじゃなく、ユリさんにも…惹かれ始めている。
そしてユリさんはアキト隊長が一番、護りたかった人。
…きっとユリさんはこれから辛い…傷だらけの一生を過ごす。
あんな輝く人を亡くしたら、とりかえしなんてつくはずない。
代わりなんていようはずもない。
そうでなくても、ユリさんのすべてがアキト隊長だって…見てれば分かる。
だから…。
「…私はユリさんが出てくるまで病室の前で待つ。
レオナ、あんたは大事な仲間だけど…あなたの命だもの…好きになさい。
私は…一生をかけてでも、ユリさんを支えて見せる。
じゃあね…」
こんな生き方…親不孝にもほどがあるけど…。
それでも私はそうしたい。そうしなければ自分が自分でなくなる気がする。
だから…。
「待って…」
レオナは、背を向けた私を呼び止めた。
「待たないわ」
反省の言葉なんて聞きたくなかった。
ただ…自分の意思を通したかった。
レオナにも、そうであってほしかった。
来るなら勝手に…自分の意思で付いてくればいい。
アキト隊長が死んで、希望がなくなる。
だったら…私達自身が、自分で希望を紡いでいくしかないじゃない。
ユリさんと…一緒に…。
私は歩き出した。
…参った、本当に。
俺の火傷の痛みは痛み止めである程度…緩和できた。
進んだ医療で、治療はすぐに済むが…レーザーブラスターの火傷はことのほかひどく、
焼かれたせいで再接着は出来ないらしい。
それでも、自分の腕を失ったという喪失感より…。
アキトが死んだという事実に…耐えられなかった。
俺は…あいつが好きだったんだな…。
女々しいと思っていても、そう気づいた時に涙が流れた。
シーラもそうだった。
俺の腕を失った原因が自分にあると思って、泣きながら何度も謝っていたが、
アキトの死で、今度は涙の理由が変わっていた。
こいつは…ユリさんが、どんな気持ちになっているのか分かるんだ。
ちょっと運命が違えば、俺とアキトの位置は逆転していた。
死んだのは俺かもしれない。
そう考えた時…ユリさんがどれだけ悲しんでいるのかが分かるんだろう。
優しい奴だよ、前は…。
「なんで…連合軍の特殊部隊が…」
「分かんねぇけど…なんかあったんだろう」
──ただ、連合軍の部隊が襲ったのはともかくとして、
なぜアキトが防弾服を脱いでいたのかが不明だ。
特殊部隊員が隠れているだけだったら、防弾服に阻まれる。
レーザーブラスターで殺されたってんならわかるが…。
…何があったんだ?
いや…考えまい。
考えたってアキトが生き返るわけじゃないし…。
んん…?
待て…。
「え?」
「おい!
確か…ユリさんはレーザーブラスターを一丁持ってるんだ!
まだ、持ってるかもしれない…そうなったら…」
「あ…」
人が死んだ時…誰しも判断を誤る可能性が出てくる。
シーラも両親が死んだ時は、相当堪えて死のうと考えていたみたいだった。
…そこに拳銃が一つあればどうなるか。
明白なことだ。
「シーラ、行ってくれ…」
「は…はい…っ」
俺は動きたくても、もう体力がない…。
間に合ってくれ…頼むぞ…。
『アキト』
『もう来ちゃったの?』
『ユリカ、なのか』
『うん』
『お前が迎えに来てくれるとは…。
もうあの未来はないんだから会えないはずなんだけどな。
…これが夢でも嬉しいよ…ユリカ』
『…ねえ、アキト』
『…ユリちゃんを置いて、私のところに来ちゃうの?』
『お前──』
『私、ずっとアキトとルリちゃん…ユリちゃんの姿をずっと見てきたよ。
ユリちゃんが私の妹になったって知った時、泣いちゃうくらい嬉しかった…。
それだけじゃない。
アキトとユリちゃんは私の分まで生きて、
幸せになってくれようと頑張ってくれてた。
あんなに、あんなに幸せに暮らして…凄く羨ましいって思った。
…これからもずっと幸せでいてくれると思ってた。
だから安心して私は死んでいられるって思ったのに…。
アキトはこんなところで死んじゃうの?』
『だけど…死んじゃったじゃんか、俺はさ…。
情けないけど、俺はこんなとこで死んじゃう男なんだよ…』
『…アキトの意気地なし』
『…ねえ、アキト。
まだやり残したこと、たくさんあるよね…』
『ああ…。
たくさん…ある…。
ユリちゃんを幸せにしなければならなかった…。
ラピスを普通の女の子として成長させたかった…。
いつか店を持ちたかった…。
戦争を無事に終えて、穏やかな一生を過ごしたかった…。
…それだけじゃない。
…この時代の俺とユリカを、ボソンジャンプの呪縛から解き放ち…。
俺が出来なかったことをたくさん出来るようにしてやりたい。
PMCマルスのみんなの気持ちに応えてあげたい。
もっと木星トカゲにおびえている人を助けたい。
そうだ…。
まだ…まだいっぱい…。
この時代のルリちゃんにだってまだ会ってないし…。
お義父さんともまだ話し足りてない…もっと喜ばせることをしないと…。
まだイネスさんの無事も確認してない…。
ガイと一緒にゲキガンガー見たり…。
ホウメイさんに今の俺の実力を見てほしい。
ナデシコに乗って、みんなとあの頃みたいにたくさん楽しいことをして…。
アカツキの奴を止めなきゃいけない…。
木連の人達にも助けたい人がたくさんいるから…。
エリナにも、まだラピスを見てくれた礼をいってないのに…。
俺は…俺は、俺はどうして…。
どうしてだ…。
どうして、こんなところで……』
『……思い出した?
アキトはまだ、私と行っちゃいけないんだよ?
私をどんなに大事だと思ってても…。
アキトが背負いたい人達と、アキトの願いの大きさに比べたら、
私一人なんてちっぽけだよ』
『…でも、死を覆す事なんて…』
『出来るよ!
だって、アキトは私とユリちゃんの……ううん!
アキトは今や世界一の王子様だもん!
出来ない事なんて、何もないよ!』
『ゆ、ユリカ!?』
俺は悲しみながらも…彼女に自分の幸せを誓った。
ユリカは本当に安心したように笑いながら…だんだんと姿が見えなくなり始め…。
そして…ついに闇から抜け出そうとしていた。
俺は……。
あれからどれくらい経っただろう。俺はまだ動けずに居た。
…ここから去ることも、自分の意思でここに残ることもできず。
ただ足が動かないというだけで、立ち尽くした。
…俺は軍人が嫌いだ。
今日はちょっと見直したと思ったけど…特殊部隊のせいでまた台無しだ。
人殺しを仕事にするなんて…でも今日みたいな時、
俺は銃を握って、相手を殺すことができたろうか。
誰かを殺そうとする人から自分を守る時…銃を握れるだろうか。
殺したとして…俺は自分を嫌いになるんじゃないだろうか。
コックをやめてしまうんじゃないだろうか。
…まさかそれを知っていてユリさんは自分でブラスターを握った?
いや、まさか…素人で射撃が苦手なのを考えてくれただけだろ?
実際ホシノは殺さないで八名全員倒したわけだし…。
…待て、待てよ。テンカワアキト。
…今、ユリさんはブラスターを持っていないか?
ユリさんは強い人だと思うけど…あのホシノを失ってまでそうでいられるか?
…分からない。
少しだけ病室の戸を開けて…そんなそぶりがないかだけは見ようか。
…しかしその先の、案の情な光景に、俺は焦った。
焦って戸をガタって大きく開いてしまった。
ユリさんはハッとした表情で俺のほうを見た。
ブラスターを胸につきつけたまま…うつろな目で俺を見た。
「ユリさん、死んじゃったらダメだ!
こんな事してもホシノは喜ばないって分かってるだろ!?
あいつは命を投げ捨てても、ユリさんを守りたかったんだろ!?
なんで死んじゃうんだよ!?」
俺は、昔自殺を単に自傷行為だとしか思ってなかったが…。
テレビかなにかで言っていたことだが、自殺はいわば殺人だ。自分を殺すと書くように。
…人殺し、対人戦闘を良しとしないPMCマルスの社長が自殺なんて、洒落にならないよ。
だけど、俺は…つい感情的になりそうなのをかろうじて抑えて…説得しようと必死だった。
「それに俺はユリカに二人を守ってほしいって言われたんだ!
その…ホシノは守れなかったけど…でも助けたいんだよ…」
ダメだ…ユリさんは、いつ引き金を引いてしまうか…。
ホシノ…俺は……。
──俺は辛うじて意識を回復した。
理屈は分からないが…とりあえず息を吹き返せたらしい。
目が少しだけ開いたが…ユリちゃんが俺のブラスターを突き付けているのを見て、
身体が動かないことに焦りを感じた。
何してるんだよユリちゃん…!?
動けっ!動け…!
俺は生きているんだよ、ユリちゃん!
気付いてくれ…!
い、息がうまくできん…。
声が出ない…ぐ…。
どうすれば…!
私は戸惑いました。
テンカワさんが見ている時だと…やっぱり引き金を引けそうにありません。
…結局、彼もアキトさんです。
死ぬな、と言われてしまうと…やはりできません。
…ずるいです、やっぱり。
「一度、ブラスターをしまって…もらえないっすか。
…銃刀法違反っす」
「…ぷっ…そんなことを…」
少しだけ気持ちが楽になって…私は素直にブラスターをしまいました。
…テンカワさんは慎重そうに、少しずつ近づいてきました。
やっぱり…この人のお願いを断ることはできない…。
かつてテンカワアキトって人に惚れた弱味ですね、これは。
テンカワさんも、私が持ち直したのを確認して安心してくれたみたいです。
「…ユリさん、ホシノは…。
何か隠しているんすか?
そんな気がしてならないんですけど…」
「…死んでしまったんですから、もう話してもいい気はしますが…。
ごめんなさい、もう何年か後でいいですか?
まだ…いうわけに…は…」
「そうで…え?」
私は自分の目を疑いました。
アキトさんが少しだけ目を開けて、こちらを見ています。
唇も震えているのではなく、言葉を発するように動いています。
私の胸が高鳴り…また涙がこぼれ始めました。
「あ、アキトさん!?」
「っ…ぅ…ぁ…」
「ホシノが息を…」
「わ、分かった!」
アキトさんが生きている…まだ髪の毛は黒いままだけど…。
それでも、生きてくれている…まだ助かると決まった訳じゃないけど、
私の心は弾んでいた。
助かって……早く…ドクターが来てくれればッ…!
「げほっ……」
「アキトさん!?呼吸ができないんですか!?」
手を取ってみると、脈は何とか戻り始めているようですが、
呼吸器がまだ動き始めてないようです。
身体もほとんど動かない様子で…なら、人工呼吸で!
「ふぅ…っすう…ふうぅっ…」
アキトさん、アキトさん、アキトさん…!
生きて、お願い!
それだけしか…。
今の私の望みはあなただけなんですよ…!
私が息を吹き込むたびに…アキトさんの顔色は良くなり、
髪の毛もだんだんと白くなりました。
アキトさんが蘇ってきているのが分かる…!
私が息を送り込もうと口付た時…。
アキトさんの手が、私の体を引き寄せました。
「んっ!?うむぅっ!?」
少し弱い力でしたが…。
アキトさんは私が離れられないようにするくらいには強く、抱きしめてきました。
「ん…ちゅっ…ん…」
「ぷはっ…生き返った…ありがと…」
「あ…アキト…さぁ…ん……!」
アキトさんがまた声を…私に声をかけてくれました。
流石に疲れ切っているというか、瀕死というか…弱っていますが、
ハッキリといつもどおりに私に話しかけてくれました。
嬉しい…。
私の心を支配していた絶望が消え去り…。
歓喜の感情が私を満たしてくれました。
「…ユリちゃん…。
自殺なんてダメだよ…。
生きてくれなきゃ…」
「うん…うん…ごめんね…」
思わず、声を上げてしまいましたが…。
でも本心ではアキトさんが生き返ったのが嬉しくて、どうにかなっちゃいそうです。
今日は本当に…いろいろ大変です。
「ずっと一緒に居て下さい。
寿命以外で死なないで下さい。
そうじゃないと地獄まで追っかけますよ…」
「それは困るね…。
またユリカに怒られちゃうよ…」
「ユリカさんに…?」
「…夢かもしれないけど、ユリカに会ったんだ…。
ユリちゃんとの生活を見られてたんだ。
それで…やり残した事がたくさんあるのに、
まだユリちゃんが居るのにって…怒られたんだ……」
「…ユリカさんに一生頭が上がりませんね、私達」
ユリカさん、あなたは…死んでいても世界を隔てていてもそんなことしちゃうんですか?
本当に…夢だとは思いますけど…。
ユリカさんが本当に居たらそういうことを言いそうです。
でも…アキトさんを助けちゃうなんて…本当にすごい人です…。
「それで…ほかに何か言ってました?」
「俺達が幸せに居てくれるから、安心して死んでいられるってさ…。
ずっと元気で、ずっとユリちゃんと幸せに暮らしてほしいって…。
この白い髪が似合うおじいちゃんになるまでこっちには来ちゃダメだってさ…。
俺に…大好きだって…」
アキトさんは涙を零しながら俯いて…震えています。
ユリカさんから…夢と分かっていても直接別れを告げられたのが悲しかったんでしょうね。
でも…そうは言っても、戦う限りやはりこんな事は起こります。生きていけるかは分かりません。
「…そうですか。
これからも…今日みたいなことがあるかもしれません。
それでも…アキトさんは戦い続けますか?」
「うん…」
分かりきっていた事ですが、アキトさんはすぐにうなずきました。
私達の未来は戦わずに開けません…この時代の私達を助け、私達も生き延びる。
この時代の私達が無事に生き残るためには、乗り越えるべきことがたくさんあります。
またいろんな準備に奔走しないといけないですね。
「…それじゃ、計画を立てましょう。
まずはアキトさんの体が良くなってから…ですけど」
「うん…次はこうならないように、準備しないとね」
今回は木星トカゲに対して万全を期しているつもりでしたけど…。
対人も考えないといけないというのは、少し骨が折れそうです。
ゴートさんに少し、協力をお願いしましょうか。
疲れてはいますけど…もうこんな気持ちにはなりたくありません…。
アキトさんが居ない人生なんて考えたくありません。
…そんなことを考えていると、医療用具を持った医師たちが駆けつけました。
思ったよりは遅かったようですが…。
どうも担当医がアキトさんのファンで立ち直れてなかったらしいです。
私は医師と入れ替わりに…名残惜しいところではありますが、出ていきました。
…これから本社に戻りましょう。
たぶん警察の人が来ますし…徹夜仕事になりそうですね…。
「あ、ユリちゃん」
「なんです?」
「…ちょっと落ち着いてから本社に行った方がいいよ。
髪の色が変わってるから」
…あ、本当です。
なんか妙ですよね…この体…。
俺達は医師を連れてホシノの病室に駆け付けた。
あいつは妙に元気そうに…ユリさんを抱きしめていた。
…なんなんだお前は本当に…。
「アキト会長…生き返ったんだ…良かったね…ユリさん…」
…駆け付けたシーラちゃんと、12人のホシノファンは、
この夜も遅くなりつつある時間にもう泣くわ叫ぶわ…。
整備班のみんなや、ナオさんにも連絡したら、
自棄酒が祝い酒に切り替わっている様子だった。
…まったく、みんな元気だ。
「あ、ああ…今息を吹き返したところだよ」
「よ…よかった…」
ユリカは息を切らせながらも…駆けつけてくれた。
…ん?この小さな…ユリさんにそっくりな子は?
「ユリカ、この子は?
ユリさんの妹?」
「違うよぉ、アキト君の妹だよぉ。
ルリちゃん、私の王子様のアキト」
「知ってます。
初めまして」
「あ、うん。
初めまして」
「きゃっ」
ホシノファンの子たちは…この小さなルリちゃんがホシノの妹ということもあって、
やたら気に入ったみたいだな…。
質問攻め状態に陥ったルリちゃんは、迷惑そうに受け答えしている。
だが…。
「あ、ユリカさん…遅くにありがとうございます」
「あ!ユリちゃんまたそんなカッコになって!
アキト君の事、大変だったね…」
「…ちょっと大変なことになってそうです。
そうだ、ユリカさん…お父さんに連絡取れませんか?
なにか…」
出てきたユリさんの姿に、みんな驚いている。
そういえばこのホシノっぽい姿になったのを見たのは眼上さんとナオさんと整備員の数人だけだな。
…おっかしーな。
さっきは別に普通の状態だったと思ったんだけど。
まあ、いいか…。
そんなことを考えていると…ルリちゃんの様子がおかしかった。
「おねえ、さん…?」
私は…アキト兄さんのファンと思しき人達にもみくちゃにされてぶっちゃけ不機嫌です。
…別にアキト兄さんのおまけってわけじゃないんですけど。
でも、ひとまずアキト兄さんが無事だと分かって一安心です。
…ちょっとだけ、現金な自分が嫌ですけど。
けど、そんな感情を吹き飛ばすような衝撃が…私に起こりました。
病室から出てきて、ユリカさんと話しているユリさん。
話には聞いてましたけど…ユリさんは私にそっくりです。
IFSを使用するとってことでしたが…スゴいそっくりです。
「おねえ、さん…?」
私は思わず…呟いてしまいました。
話してすらいない…義理の姉になるかもしれない人に対して。
「あなたは…ホシノルリ?」
「は、はい…」
変な子だと思われましたかね?
でもそんなことはどうでも良いです…。
「アキトさんの妹…ってことは、私の妹でいいんですか?」
「そうだよぉ!
もう私も仲良くなっちゃったもん!」
ユリカさんが私とのさっきの食事での出来事を堂々と言います。
…隠す事ではありませんけど、関係をあまり広めないで欲しいですね。
「ユリカさん、ありがとうございます。
ルリ、アキトさんの為に来てくれてありがとね」
「わ、私はそんな…」
…言ってしまえば成り行きですし、大したことはできてません。
「ルリちゃんは優しいんだよ!
私が連絡もらって落ち込んでる時に手を握って励ましてくれたんだから」
あ、あのだからあんまり広めないで欲しいんですが…。
「そうなんですか。
…ありがとね、ルリ。
私の大事なお姉さんを励ましてくれて」
「あ、いえ…はい…」
…なんでしょう、この人達には本当に逆らう気がしない。
何もかも…私をどこまでも認めてくれるような、温かさがあります…。
ユリさんは姿が似ているだけなんですが…それがとっても安心できます。
何というか肉親をようやく見つけられたような…そういう感じで…。
「ルリ、お姉さんって言ってくれたでしょう?
今日から私がお姉さんですよ」
「…はい。
ありがとう…」
ユリさんは、私の前で手を広げました。
…私はどうしていいのか分からず、固まってしまいました。
「ルリちゃん?
抱きしめてもらわないの?」
ユリカさんは、私が固まっているのを見て…問いました。
抱きしめられる…こういう風にされるものなんですか…。
ドラマはあまりみないので、そういうのを想像しがたかったです。
いつか、実の両親に抱きしめてほしいって思ったことはありますけど…。
「ルリ、おいで」
…私は少しユリさんに近づきました。
ユリさんは今度は自分から近づいて、私を抱きしめました。
あったかい。
嬉しい…。
そして覚えたなつかしさ…。
母に抱かれる感覚というのはこういうものなんでしょうか…。
どこか自分に似た、優しい人に抱きしめられる…。
どこまでも安心できる感覚が…私を満たしていきました…。
「…っ…ぅっ…」
私はユリさんの胸に顔をうずめて声を殺して泣いてしまいました。
こんな優しさを私が味わうことなんて想像もできなかった…。
初めて出会ったこの人を…もう離せそうにない…。
ユリさんもユリカさんも、離したくない。
幸せがここにある…そう確信させる温かさに…。
私は生まれて初めて、誰かと別れたくないとわがままを抱きました。
──しかし、冷たすぎる里親からこうなるって…。
私の家族運、極端すぎませんか?
あれからすぐ私達はタクシーに乗り込み、ユリカさんとルリを佐世保基地に送ると、
髪の色が元に戻っている事を確認すると、本社に戻ることにしました。
一応特殊部隊の引き取りも込みで連合軍の人にも会社に来てもらうことにして、
現場検証に向かう形になりました。
…本当は基地司令は礼を言いたかったみたいです。
身内の暴挙にひどく落ち込んでいましたね。
改めて挨拶にくる約束を取り付けて、会社に戻りました。
…そういえば、アキトさんから誰に撃たれたのか聞き忘れてましたね。
私も少し心労が祟ったようです。
それにしても…ルリがすでにあんなに心を開いているとは思いませんでした。
ユリカさんが話したせいなんでしょうけど…。
…考えてみればユリカさんとミスマル父さんって、
『身内』と『惚れ込んだ相手』に激甘でしたね。
ユリカさんはナデシコに乗っている時の私には、むしろ甘えている感じでした。
それは人を頼る才能でもあったので、情けないように見えて実は上司として重要な部分です。
そう考えるとアキトさんはそういうのが苦手なのが分かりますね。
今日の事で良く分かります。
しかし以前の世界で、戦いが終わってみれば私を引き取ったユリカさんは、
私をどうにかこうにか、甘やかそうと一生懸命でした。
…思えば子供らしく甘えたい私の心境を見抜いていたんでしょうね。
とはいえ…数年分もすっ飛ばしてルリの心をほぐしてしまうとは、わが姉ながら恐ろしいです。
後でルリに何を話したのか聞いておきましょうか。
…しかし、会社に戻ってからの私はホントに大変でした。
酔いつぶれた社員にタオルケットをかけてまわり、
警察からの連合軍特殊部隊の事情聴取に付き合わされ、
それが終わってからの現場検証を続けさせられ…。
マエノさんが右手を切断されたことが労災に入るのかを調べ、
そうでない場合でもどれくらい保証するべきなのかを調べ、
現場検証が終わった時点ですでに翌朝になっていたので、
工務店に会社の修理の依頼を出し、
各社員の点呼を行い…そこで事務員さんが一名行方不明になっていることに気がつき、
周囲の捜索を行い、彼女がアキトさんを撃った犯人ではないかと疑いが深まり、
アキトさんに彼女が犯人かを確認し…。
彼女が犯人であることが判明したので彼女の仕組んだことを明らかにするため、
彼女のデスクを探ったところ社員分の東南アジア向けのチケットが見つかり、
そこにエステバリスを使ったテロ計画と思しき書類が見つかり…。
ここにきてようやく、彼女が私達をテロリストに仕立てようとしたことが判明しました。
連合軍の特殊部隊が私達を全滅させてしまえば、このチケットと書類が証拠になり、
連合軍の正当性が明らかになります。
しかしそれが無理と踏んで、死んだふりをしてアキトさんを暗殺。
基本的にはアキトさんが死ぬ事が彼らの勝利条件だったようですね。
…誰かに狙われるというのは、本当に嫌なものです。
事務員さんも結局見つかっていませんし。
…ここまで終わって、ようやく18時になっていました。
完徹でも、ここまで追いついたのは幸いでしたが…。
「ユリさん、お疲れっす。
…さすがにもう寝たほうがいいっすよ」
「は、い…。
すみませんが…寝ます…」
私は力尽きるように、自室で布団もひかずに倒れ込んでしまいました。
この本社はナオさんが護ってくれますし…。
アキトさんも連合軍の特殊部隊が誤報の礼とばかりに護衛してくれてます。
彼らも肩を外されたり、怪我は軽くなかったんですが無理を押してついてくれました。
ひとまず…安心して…いいでしょう…。
「ぐー…」
『あのーユリさん…』
『バカッ!起こしちゃだめよ!!』
「…ん。
限界です…起こしたら銃殺刑…ですよ…」
『ほら、過激な事いってるじゃないの。
いいから後にして!』
『でも…』
『いいから!』
…なにか少しは重要な話のようですけど、限界なので私は眠ってしまいました。
畳ですら寝れます…今は…。
私は意識を完全に手放しました…。
ラピスが静かに寝息を立てていた。
だが…。
「ん…アキト……」
ついに、ラピスは長い眠りから目覚めた…。
どうもこんばんわ。
武説草です。
ちょっと筆が乗ってしまったんで二話連続投稿です。
いろいろあったPMCマルス襲撃編も次回くらいで終わりです。
ただ、このままいろんなことが済むわけもなく…?
ってな感じで次回に続きます!
そんなわけで次回へ~~~ッ!
今回は二話連続投稿により、代理人様への返信は次回とさせていただきます。
~次回予告~
どうも、ホシノユリです。
PMCマルスもついに軌道に乗り始めていますが、その分だけ大変です。
アキトさんはしばらくダウンしてますし、どうしましょうかね…。
助っ人を募集するにしても、ちょっと今疑心暗鬼なんですよね。
人を増やすとまたスパイとか来そうで。
パイロット候補生に期待するしかありませんか?
…不安です、ほんと。
でも、みんなだんだんと戦う理由ができてきて、
やる気はあるみたいなんでいいとしましょうか。
それはそれとして、家族が増えていきますし、いろいろにぎやかですね。
あとテレビ局とマスコミ屋さん、ちょっと自重してくれませんか?
シティーハンターの映画のOPだけ見ただけで涙があふれる、
ちょっと涙もろすぎるんじゃないのぉ?な作者が送るナデシコ二次創作、
を、みんなで見て下さい。
人は懐かしさにはあらがえないよ。 by作者
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代理人の感想
えええええええええええええええええええええええええええw
いやまあそれなりにドラマティックだったからいいけど、
こんなにあっさり生き返っていーんか、おいw
>シティハンター劇場版
あれはシティハンターだからね、しょうがないね。
なお代理人の中でそれに相当するのがマジンガーINFINITYな模様。
あれは大きくなった俺たちの為の東映まんが祭りだ。
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