私はリハビリが終わると暇になってしまうので、ハッキング用のプログラムを組んでいた。
既に22時を回っているけど、今まで死ぬほど眠っているからあまり眠くない。
私自身は身動きが取れない半年で、体力も昔にまして落ちていると思っていた。
それどころかこの世界で生まれた私はまだ4歳。
生まれて初めて世界を見るはずだけど、むしろ未来の世界に比べても体力はある方らしい。
眠っている間も『教育』の一環で電気的刺激を利用した運動をしていたみたいだからかも。
精神的にも極めて好調。
『ユリカ』の遺伝子のせいなのか、気力が充実している。
それに半年も明るくなったアキトの生活を覗き見れたのは、とっても楽しかった。
アキトを一人占めしてたユリには、ちょっとジェラシーだけど。
そして私はプログラムをダッシュに送信、実行してもらった。
ダッシュも初めて接触する私の命令をよく聞いてくれた。
本当はそろそろ寝た方がいいんだけど……でも、やっておいて良かった。
ダッシュが取得してきた文書をチェックしている最中、
アキトにかかわる軍関係の機密文書を探していたところで問題のある文書が発見された。
ダッシュを起こしてほしいと頼んだのは正解だった。
そうでなければ軍のネットワークには侵入できない。
この時間、このタイミングに私がこうして居なければ、発見できなかった。
「ミスマル…提督が」
ミスマル提督──。
今はユリの実の父親で、私もこの人の娘になる予定の、優しいおじさん。
アキトと話しているのを見ているだけでも温かさが分かるくらい…。
ユリも…本当に好きな、この人。
軍人としても、理不尽な攻撃を許さずに居ることで民間人からの信頼も厚い。
そのミスマル提督が、陥れられようとしている。
見つけた文書は、許せないものだった。
_____________________________
『ミスマル提督はテロリスト集団の疑いのあるPMCマルスとのつながりがある』
『木星トカゲに対抗できるPMCマルスを、
連合軍の存在意義を揺らがすと考え、独断で殲滅しようと考えた』
『殲滅に失敗したミスマル提督は、
襲撃をさせる命令を出させた自分の部下である少佐を暗殺させるように指示、
証拠の隠滅を図った』
以上の観点から、
ミスマル提督を極東方面司令官から降格、第三宇宙艦隊に配属後、
しばらく事件の調査を行う。
立場上、彼には事実の調査を行う権限を与えないようにする。
この決議は、上層部のみで共有すべし。
_____________________________
…支離滅裂じゃない、こんなの。
正反対の事を、こんなふうに書いても疑問に思わないの?
しかもこの文章が作られた時間から考えると、むしろ襲撃させた本人が、
ミスマル提督に責任を押し付けている可能性も高い。
それどころか事件の調査と偽って、証拠をでっちあげるつもりなのが見え見え。
ただ、その理由も理解できる。
裏を取るために調べた情報によると、
極東方面と西欧方面の軍は癒着や兵士の暴走を許さないことで有名らしい。
軍組織としても強硬策をとらない『融通の利かない司令官』として、知られている。
ミスマル提督を降ろして、別の司令官を置きたいという考えがあるはず。
敵が多いんだね。
…許さない、こんなの!
私も端末を預かっている。
でも緊急時以外はアキトにもかけちゃダメって言われてる。
…緊急時、だよね。これは。
端末で通話をしてみるけど…つながらなかった。
もしかしたら電池切れか、電源が入ってないのかもしれない…。
アキトも疲れ切っているし…充電忘れててもおかしくない。
どうしよう…。
「そうだ!」
アキトの端末の番号が分かるなら、電話を制御する側をハックしちゃえばいいじゃない!
それなら通話履歴が残っているはず。
それから電話番号を探し出して…頼れそうな人を…。
確か…芸能プロデューサー、眼上。
若年が多いPMCマルスの中でも倍以上の年齢で、人を動かす事も得意。
いろんなことに詳しくて、アキトのサポートもユリに次いでしている人。
…この人なら!
私はさっそくハッキングして、番号を割り出した。
通話時刻と、私が覚えてる限りのアキトが眼上と通話したタイミングを思い出して、
それと照らし合わせてなんとか把握できた。
ついでにメールアドレスも分かった。
これで…。
…でもちょっと待って。
通話で話そうにも、時間が限られているし…。
何より、この間のスパイ事件の事で敏感になっているはず。
時間がないのに、一度の連絡で疑われたらアウトだ。
かといってのんびりしていると彼女も眠ってしまうかも…。
うーん…うーん…。
そうだ、この間のスパイさんが入社する以前の事で、
眼上とアキトしか知らないことを伝えるしか…。
あの非合法試合…ナオとの戦いの事を書けばいい。
あの試合はスパイ目的で来るには無理があるから、これを知らせればいい。
アキトに話してもらったって言えば、それなりに信憑性がある。
えーと…どんな試合だっけ…。
確か、
・6人抜き
・最後はナオと試合
・ナオとの試合の決まり手はカカト落とし
…うーん、ちょっと弱い気がする。
あ、これならどうだろう。
・アキトはナオとの試合前に、
牛丼を20杯も食べて、1.5リットルコーラを二本飲み干した
…うん、この部分は間違いなく覚えていると思う。
これでいこう。
メールをしたらすぐに返信が返ってきた。
『連絡ありがとう。
ミスマル提督の事については、PMCマルスの安全に関わることだわ。
それにアキト君だけじゃなく、ユリさんにも妹がいるって知らなかったわ。
一応、信頼しないわけじゃないけどあなたについてアキト君に裏をとる。
それから動くつもりでもいいわよね?』
…うん、バッチリ。百点満点の回答だね。
裏を取らずに行動するような人じゃないのは分かっていたけど、
ここまでハッキリ言ってくれると気持ちがいい。
…さて、あとはエリナとアカツキにも連絡しないと。
でも…アカツキはアキトと喧嘩中みたいだし、エリナにだけ伝えようかな。
やんわり伝えておいてくれるかもしれないし…。
アカツキにもミスマル提督の事は重要だろうから。
…しかし、こんなにいろいろ考えられるって、私って意外と器用だね。
うーん…こんなんだっけ、私って?
ま、いっか。エリナに電話しよ。
すでに時刻は23時を回っているけど、
私は食堂にホシノアキトファンの12人の女の子たちを招集した。
「みんな、集まってくれてありがとう」
みんなの面持ちはかなり重い。
呼び出した名目上、そうならざるをえない。
アキト君の負傷は、想定外の事とは言え会社の社員全員が打ちのめされる事態だった。
特にこの子たちは全員酒を飲めない年齢ということもあって、
シーラちゃんの誘導で全員屋上で花火をしていたことで、遊んでた自分が許せないらしい。
…最も、私も祝い酒とはいえ、泥酔してあの出来事のなか眠っていたのは不覚だったけど。
「呼び出す際にも言ったけど、
今後、アキト君は恐らく英雄に祭り上げられるのは間違いないわ。
それに伴って、暗殺の危機は今後も増えていく可能性が高い。
…そうなると、ここにいるあなたたちだけが頼りになるわけなのよ」
都内にこの子たちの出自チェックに向かう中、アキト君関係、PMCマルス関係の報道をチェックした。
…ここまで注目され、英雄としての働きを期待されているのは危険だと思えた。
何より、味方であったはずの連合軍に襲われたことで、世間も反連合軍の機運が高まっている。
これを鎮めることができるのはアキト君本人しかいないけど、
連合軍を許したら許したで彼の人徳がさらに高まってしまうのは明白。
彼がこの役割から降ろされるとすれば、死か、明白な敗北くらいしかないかもしれない…。
そういう状態での危機からアキト君を守れるのは、
そして命を賭けることが出来るのはこの子たちしかいないと私は踏んだ。
「…でも私たちは、技術的には大したことありません。
ナオさんほどは守る自信がありませんよ」
さつきちゃんが不安を口にした。
もっともな疑問だとおもう。
この間まで高校に通っていたような年齢で、まだ垢抜けてない感じの子も多い。
将来や道に迷っているからこそ、PMCマルスに賭けてみることが出来たんだと思う。
だからこそ、彼女達の力が必要だと思った。
未知数で、気持ちばかりが先行してて…。
アキト君に一途なこの子たちは、素晴らしい人材であるということを確信させてくれていた。
「そんなことはないわ。
私が見込んだ人は必ず成功する。
成功し続けるのは難しいかもしれないけど、12人もいればなんとかなるわ。
アキト君だって1人じゃ戦えないもの。
分かるでしょう?」
彼女たちは小さくうなずいた。
アキト君に負けないくらい素直ないい子たちだわ。
…命を賭けさせたくはないけど、彼女たちもそうしたいと思っている。
元々そのつもりでパイロット候補生になったんだものね。
「策は、はっきり言ってまだ何にもない。
でもこれから増える社員は、
アキト君の意思をくみ取れる、守れる人間はまず増えないわ。
断言してもいい。
アキト君が成功したのに付け込んでくる人間が多くなりかねない」
「…そうなると、アキト様の命を守るだけじゃなく、
会社で起こることについても受け皿にならないといけないということですね」
青葉ちゃんが静かに頷いた。
私も頷き返した。
人が増えるということは、手が届かない人間が増えると言う事。
アキト君は優しすぎるから、今回の事があっても完全に人を警戒できない。
例の事務員さんも、あまり接触がなかったからアキト君も人柄を判断する時間がなかった。
しかもここまで華々しい勝利を飾ったPMCマルスなら、
人員を一人でも募集しようとすれば倍率100倍1000倍の人が押しかけかねない。
そんな人数を、スパイではないか、使える人材かどうか見分けるのは困難。
戦う前ですら、住み込み採用と知られると100人以上詰めかけたものね…。
「そういうこと。
アキト君、ユリさんやナオさんは確かに超一級品の実力を持っているけど、
頼りきりでいれば、彼らはつぶれちゃうわ」
PMCマルスの手伝いを辞める前に、ここを詰めておきたかった。
放っとくとたぶん3年以内に倒れるか過労死しかねないのよね、あの人達。
「だから具体的な事はさておいても、
社内の動向を、逐一報告し合い、情報を交換し合ってほしいのよ。
その中心があなたたち。
ユリさんにはこれ以上仕事を重ねたら過労と心労で倒れるわ。
アキト君はそういう細かいことをさせると間違いを起こすし。
もちろん気になった事があったら相談する必要があるけど、
その前にあなたたちが情報を精査していくのよ」
「「「「「うーん…」」」」
迷ってるわね。
まあまだみんな若いから仕方ないわ…できるか判断しかねているみたいね。
「私ももう少しはここに残るから、少しずつやっていきましょ?
それにパイロットとして頑張るのはこれからでしょう?」
「はい」
「じゃあ早速だけど…手伝ってほしいことがあるの。
今、ちょっと情報が来ているの。
このメールを見てくれる?」
私はモニターに、自分のパソコンの画面を写した。
そこには『ミスマル提督の責任追及について』の軍の公文書が記載されている。
「ユリさんの妹、ラピスちゃんから直接メールをもらったの。
私もびっくりしたけど、アキト君にも裏を取ったから間違いないわ。
彼女は凄腕のハッカーなのよ。
どうやら…ミスマル提督を今回の襲撃事件のスケープゴートに仕立てるつもりらしいの」
「…そうみたいね。
でも、訳あってユリさんが実子である事はまだ公表していない。
連合軍が襲わせるわけがないって思うけど、知られる前に辞めさせちゃえば、
事後で知られてもいくらでももみ消せちゃうわけ。
アキト君は今は外に出ようがないし。
…アキト君もこのことは知っているけど、
動かないように説得するのが大変だったわ…」
恐らく、ミスマル提督とのつながりさえ明らかになってしまえば、
PMCマルスにうかつな手出しをする人間はそれなりに減ってくれる。
そうでなくても、ユリさんもアキト君もミスマル提督を守れなければ大きな後悔をする。
しかしこの戦い、勝てれば今まで以上に大きな後ろ盾を得ることになる。
この事実さえわかれば連合軍へのバッシングは多少和らぐし、
この間の事もあって連合軍全体からの好印象も得られるはず。
世間だけではなく軍を味方につけることができれば、いがみ合いを避けられるようになる。
「それで私達は何をすれば?」
「ユリさんをミスマル提督の記者会見に駆け付けさせてあげて。
彼女が自らミスマル提督の無実を証明すれば事はすむわ。
…もっとも、今は起こさないであげてね。
まずはユリさんを始発の飛行機に間に合うように起こし、
その上で東京まで護衛してあげること。
恐らく彼らもユリさんがミスマル提督の娘とは知らないでしょうけど、
それでもユリさんが動くことで妨害がないとは言い切れないから」
彼女達は揃って息を飲んだ。
次は自分たちが撃たれるかもしれないという恐怖を飲み込んで、
私の次の言葉を待っている。
「人数を二分して、
ユリさんを守る班。
そしてPMCマルスを守る班に分かれる。ナオ君ひとりだと全社見るのは大変だから。
病院のアキト君は特殊部隊が守っているから気にしないでいいわ。
それにマスコミがびっちり見張っているから過剰に心配しなくても大丈夫。
今は仮眠をとって…一人は起きててほしいけど、体力を温存なさい。
ユリさんが目が覚めた時、すぐに支度出来るように食事と服の準備も。
あと、チケットの確保ね。
失敗出来ない仕事よ。
頼んだわ」
「本番はいりまーす。3・2・1…」
ADのカウントが終わり、
テレビのニュースキャスターが、カメラに向かって一礼をした。
「みなさん、おはようございます。
朝のニュースの時間です。
…本日のニュースのヘッドラインは、こちらです。
昨日の朝から収まることのない、全日本の怒りの声をお届け致します」
ニュースキャスターの背後のモニターに、
『PMCマルス襲撃事件、連合軍がなぜ!?』
『テロリストと疑われたPMCマルス』
『謎の暗殺者、彼女は一体!?』
『ホシノアキト、奇跡の生還!!』
『極東方面軍司令官ミスマル提督への疑惑』
と見出しがいくつか並んでいる。
「おとといのPMCマルスと連合軍の共同作戦後、
疲労困憊のPMCマルスを襲撃したのが連合軍の特殊部隊と判明しました。
彼らは連合軍の少佐に襲撃依頼を出されたそうですが、
この特殊部隊は演習でPMCマルスの活躍を知らないまま現地に送られたそうです。
これは、意図的としか言いようがありませんねぇ?」
「いやー意図的ですね、間違いなく。
あの活躍を知っていたらテロリストとは思わないでしょう」
「実際、連合軍の特殊部隊の隊員も今は説き伏せられて、
ホシノアキトの護衛に当たっているそうですね」
「それに関することではあるんですが、
この映像をご覧ください」
コメンテーターが何度かコメントをすると、また映像が切り替わった。
「これは当局の突撃レポーターの撮影した映像です。
一部始終を捉えたようです。
ホシノアキトが悪役のような戦闘服に身を包んで戦っている姿ですね?」
「もう一人のアーマーのような服を着ているのが、
PMCマルスのガード、ヤガミナオですね」
「二人はなんと連合軍の特殊部隊を返り討ちにしていますよ?
8人という戦力差をひっくり返す…なんという戦闘力でしょう。
まさに戦いの申し子ですねぇ」
「まさかエステバリスを降りてもこんなに強いとは思いませんでしたねぇ、はい」
「しかし、問題はここからです。
ホシノアキトは周囲を警戒するために会社の周りを見まわっています。
…ここです、この場面です」
「撃たれたような倒れた女性の社員を見かけて、相当ショックを受けていますね。
自分の戦闘服をかぶせてあげようとしたところで、
はい、ここです。
ショッキングな映像ですが、あえてカットは致しません!
お食事中の方、心臓が弱い方はチャンネルを変えていただくようお願いします。
彼は今も生きています。
ですから、しっかり見て下さい」
撃たれて、倒れ込むアキトの姿が映る。
ニヤリと笑う女性。
「彼女はPMCマルスの社員ですが、暗殺のために潜入していたようです。
この後、彼女はすぐに立ち去ってしまいました。
この映像を見て、何かしら思い当たることがあったらご連絡をお願いします。
…それでは、彼女が何者だったのかを考えてみましょう」
コメンテーター達は、推測できる可能性を提示する。
木星に加担する組織…。
ライバル会社…
そして、連合軍。
考えられる組織を考えるが、結論は当然でない。
「とはいえ、こんな至近距離で撃たれて生還するとは驚きです」
「本当に運が良いというか、頑丈というか…」
「診察の結果、心臓に当たっては居なかったそうですが、
それでもかなりの衝撃が加わり、一時は心肺停止の状態だったそうですね」
「奇跡の生還に、ファンの皆様はホッと胸をなでおろしていたんじゃないでしょうか。
実は私の娘もファンでして、もしこの時死んでいたら自殺していたかもと、
泣いてしまってまして」
「彼は罪作りですねー」
「しかし…問題はここからです。
連合軍で、この襲撃を依頼したとされる少佐は、
なんとその後暗殺されたとのことです。
口封じではないか、ともっぱらの噂になっております。
確定事項ではないんですが、かなり世論がヒートアップしているようで…」
「いえ、これは確定に近いんじゃないですか?
連合軍も負けが込んでますし…。
エステバリスさえ導入すれば、
全くの素人でも一回の出撃で40機の撃墜スコアをたたきだせると分かりました。
そうなると、連合軍の邪魔になるPMCマルスは邪魔ですよね」
「これは連合軍全体の信用にかかわる話になってきそうです。
では、街の人の声を聞いてみましょう」
映像が切り替わり、街中でインタビューをされている人が映る。
その9割以上が、連合に批難を浴びせていた。
それもインタビューする側で都合よく集めた割合ではなく、
純粋に集めた数字でこの割合だった。
続いて、各地の連合軍の基地の周りで、
デモ隊が抗議をするために集まっている映像が見えた。
各地でそれぞれの基地に1万人以上が集まって、抗議をしていた。
平日にも関わらず、である。
「下手をしたら、連合軍全体が木星トカゲに加担しているのでは、
と考える人まで出ているそうです」
「いやあ、さすがにないとは思いますが…。
とにかく少佐の暗殺とPMCマルス襲撃命令について、
ミスマル提督がどんな釈明を行うのかで、今後が大きく変わりそうです。
11時から、生放送で謝罪会見が行われる予定になっております。
それではその時間まで、他のニュースをお送りします…」
私たちは調整中のナデシコ内で研修を行い、寝泊りをしてます。
しかし、ちょっと艦内がざわついていますね。
外部に詰めかけた、連合軍に抗議する人達の人だかりのせいでしょう。
もっともユリカさんがミスマル提督の下に駆けつけるためにお休み。
なので訓練もお休みになるかもしれないんですが…。
外を写すモニター、そしてテレビを映すモニター、それぞれの映像に、
講義の人だかりの映像が流れています。
……大変なことになってしまいましたね。
ユリ姉さんも何か事情があって親子関係を公表しなかったんでしょうけど、
そのせいでPMCマルスを襲撃させたのがミスマル提督ではないかと疑われいます。
あの人達が暴動を起こしたら、とんだとばっちりを私たちも受けそうです。
勘弁して。
「えーと、艦内に放送をっと…。
メグミちゃん、お願いしていいかな」
「はい、任せて下さい」
アオイさんがメグミさんに艦内放送を流すように伝えました。
コミュニケを通じて艦内に放送が流れます。
「ネルガル本社からの連絡です。
本日の訓練ですが、お休みになりました。
また、連合軍に抗議したい人達の危険性を鑑みて、
今夜は外部に宿泊施設を予約しています。
ヘリで沖縄までお送りしますので、一日ですが海で遊んできてください。
とのことです」
「さっすがネルガルさん、話が分かるぅ!」
…ミナトさん、はしゃいでますね。
まあ、ネルガルの思惑は分かります。
『暴動に巻き込まれそうになった』というのは結構印象が悪いですからね。
基地内から離脱する安全策を取りつつ、ご機嫌も取る…一石二鳥ですね。
あ、そういえば…私も行きたいところがあるんでした。
「あ、アオイさん。
私は途中下車します。
その後、追っかけます」
「あら?
ルリルリ、寄り道なんて感心しないぞぉ?」
…ミナトさんは私を気に入ってくれたのか愛称までつけてくれています。
なんていうか、最近私を見てくれるお姉さんが増えすぎてるように思います。
…ちょっとじゃなく、すっごく嬉しいんですけど。
「いえ、入院しているアキト兄さんの様子を見てきたいんです。
一応無事は確認しているんですが…あのヒートアップしてる人達も、
アキト兄さんが直接注意しないと止まらないかもしれませんし」
「あ、そっか。
ルリルリってば、お兄さんが『あの』ホシノアキトだもんねぇ。
大変よねぇ」
「…私、あの人苦手です」
ミナトさんは極めてのんきに、ミーハーな感じも全くなくコメントします。
正直、食堂のおねーさん方にはしゃがれながら質問攻めにあった身としては、
こういう態度で居てくれるのがすごくうれしいです。
ミナトさんを私も気に入ってる理由の一つです。
それに対してメグミさんはアキト兄さんを嫌っています。
なんとなく、なれなれしく呼ばれたことがあって嫌だとか。
…思ったより結構神経質なんですね。
「はい。
…すみません、入院している病院で降ります」
「はいはい、大丈夫だよ。
ユリカの義理の妹さんの頼みじゃ、断れないよ」
…アオイさんはいわゆる『いい人』ですね。
それで損ばかりしてそうですが…。
──ユリカさん、ちゃんとフッて上げないと可哀想ですよ。
私はコーヒーを飲んで気分を落ち着けながら、記者会見の時間を迎えた。
…ついにこの時が来てしまったか。
覚悟を決める時だな。
もっとも…これだけの地位にありながら、
娘と娘婿を守れないような情けない男には似合いの展開なのかもしれんが。
「ミスマル提督、お時間です」
「うむ」
先ほどテレビを見ていたが…この基地周辺では、暴動寸前のあり様らしい。
無理もない。
ほとんど英雄視されているアキト君を連合軍の特殊部隊が襲う。
その怒りの矛先が向けられるのは極東方面軍司令官の私しかない。
日本中の怒りが向けられているといっても過言ではないだろう。
…濡れ衣とはいえやりきれんな、これは。
…完全に誤算です。
報道をちゃんと見ている余裕がなかったとはいえ…連合軍基地に、
これだけのデモ隊が詰めかけているなんて。
これをうまく通過しないといけないなんて…。
「ゆ、ユリさん…どうします!?」
「…堂々と、通るしかないでしょう。
あの人達も、アキトさんの為に怒って集まっているなら、
私が連合軍の基地に入るのは止めないはずです」
私達は8人乗りのレンタカーを借りてこの場所までたどり着きました。
これもさつきさん達の手配によるものです。
私を送り届けるのに、十分な準備をしてくれたことに、感謝しています。
私達は近くの駐車場に車を預けると、連合軍基地へ歩きました。
…流石にムッときますね。
私とお父さんの関係を知らないとはいえ…。
いえ、アキトさんもそれがなかったとしても、こんなばか騒ぎは望んでいない。
民衆の力を借りることなく、自分から本人を問い詰めるはずです。
…アジテーションを行っている人は別の思惑があって、
アキトさんをダシにして連合軍批判しているだけです。
『真実を知らせないのは後ろめたいことがあるからだ!!
我々は断固として…ッ!?』
アジテーションを行っている男の人は、私に気づいたようですね。
いえ、だんだんと浮かれた表情になるのが分かります。
私がこのバカ騒ぎに…加担すると思い込んでいるんでしょう。
『これはこれはホシノユリさん!
こちらへどうぞ!』
男の人が、わざわざ作った台の上に私を案内しました。
他の人達も盛り上がって…何人いるんでしょう、呆れるほど多いです。
…私が怒りに表情を硬くしているのを見て、男の人は笑顔になっています。
私が怒っているのはこの人に対してなんですけどね。
「…マイク、貸してください」
『どうぞ!』
私は深呼吸をして、ぎりぎりまで気持ちを落ち着かせました。
…とりあえずこの場を収めなければ、通るのも大変です。
『ホシノユリです。
聞いて下さい。
いえ、聞かせて下さい。
あなた達は誰のためにこんなことをしているんですか?』
一瞬で、お祭り気分だった人達の声が静まりました。
連合軍憎しで盛り上がっていただけに、私の意外な問いに戸惑ったのでしょう。
「誰って…もちろんアキトさんのために」
…本当におめでたいです。
やられたらやり返す…それはまだ分かる。分かります。
でも、それは当事者だけの問題です。
当事者だけでどうしようもない時は、
こういう人達の手も借りないといけない場合もあるかもしれません。
…しかし、この人達は私達の意見なんて聞かずにこんな事を始めてしまいました。
論外です。
『PMCマルスだけではあの時の作戦は成功しませんでした!
それに確かに連合軍特殊部隊が襲撃したのは事実ですが、
誤報によるものです!
私たち夫婦は、彼らを責めるつもりはありません!』
…この人、本当に都合の良いところしか覚えていないみたいですね。
暗殺者はまだ連合軍と関係があったと決まった訳ではなく…。
襲撃した連合軍特殊部隊は、今はアキトさんを護衛しています。
…そうなると、連合軍に当たるのは時期尚早にもほどがあります。
それが確定しないまま動くのは軽率です。
『理由はあとでわかります。
今は私が直接話を聞きにいきますから、
みなさんは解散して下さい!!』
「し、しかし…」
…嫌になります、本当に。
この人達…はともかくとして、
この男の人は連合を批難する為に、
アキトさんをどこまでも使いたかったみたいです。
真相が知りたい、というのは建前に過ぎないんですね…。
この集まった人達は、それなりに真相を知ろうとしているみたいですが。
…時間がもったいないです。振り切りましょう。
「う、うう、う…」
『連合軍にPMCマルスが取って代わってほしいみたいですが、
私たちができることなんてあれで精一杯です!
取って代わったところで全滅するだけですよ!!
バカげたことを言わないで下さい!!』
「し、しかし…アキトさんだってもっと優れた設備さえあれば、
連合軍の何倍も勝てると思うんですが…」
「だ、だったらなんで…」
「…ユリさん、それくらいにしましょう。
時間が惜しいです」
…さつきさんが私を呼び止めてくれました。
私も感情的になりすぎました…時間が惜しいのはそうですね。
行きましょう。
『…そうですね。
分かったら道を開けて下さい』
「は…い…」
何とか彼らを振り切って、私達は門の前に来ました。
…連合軍の兵士の人は一礼して私を建物まで送ってくれました。
これでとりあえず…集まった人たちは大人しくしてくれるでしょう…。
ユリたちが連合軍基地に入っていくと…。
アジテーションを行っていた人物は、一転して白い目で見られていた。
彼に扇動されたとはいえ、自分たちの行いがほめられたものではないと、
ダシにしていた人物の身内から批難されてしまい…。
推測で勝手に盛り上がって否定していただけだと気づいてしまって、
自分たちを騙そうとしていたとすら感じていた。
しかし…彼らも怒る気力もなく解散してしまい、
残ったのはほんの100人足らずだった。
彼らは肩を落とした。
アジテーションを行った男性の所属する政党の、扇動部隊しか残らなかったのだ。
この場の出来事は、マスコミにすべて撮られている。
全国に、ホシノユリの
下手をすると自分たちの所属する勢力、
ひいては政党の批判すら起こりかねない。
彼らもその場をそそくさと立ち去り始めた。
私は…どうしようもない状況に、落ち込んでいた。
チャンスを見ようにも動きがないし…かといって基地内をうろついてしまうと、
さすがに呼び止められてしまうから…。
でも何もしないよりは…。
…考えていたら、待合室のテレビの報道が見えた。
『…おとといのPMCマルスの襲撃事件について、
連合軍極東方面軍司令官のミスマル提督の謝罪会見が、
まもなく開始され…』
「…嘘、どうして…」
お父様がPMCマルスの襲撃の責任を問われているの…?
やっぱりお父様が命じたの…?
…違う!
絶対に違う!
お父様がそんなこと…。
ぜったい…。
「絶対ないもん…」
涙で視界がぼやける…。
でもお父様を信じていても、辛い…。
そんなこと絶対にしない…民間人を、それも実の娘の居る会社を襲わせたりしない。
何より、そんなことをしたという濡れ衣を着せられるのが耐えられない。
どうしたら…。
「はぁ…はぁ…ユリカさん!」
「ゆ、ユリちゃん!?」
「お父さんは…だ、大丈夫ですか?!
PMCマルスの事で…謝罪会見をさせられてるみたいですけど…」
ユリちゃんが息を切らしながら駆けつけてくれた。
お父様の為に来てくれたの?
アキト君もまだ重傷できっとそばに居たいはずなのに…。
ユリちゃんだけじゃない。
PMCマルスの社員の子たちまで…。
みんなで…でも…。
「わかんない…。
昨日からずっとここで待たされてて…」
「しっかり!
一緒に助けに行きましょう!」
ユリちゃん…。
テレビの報道なんて、まったく信じていないみたい…。
ただ…お父様を助けたい…きっとそれでここに来てくれたんだ…。
私もお父様を信じてるよ!
そうだ、ユリちゃんがちゃんとお父様の子供だって自分で言ってくれれば…!
ユリちゃんは沈み込んだ私に希望をくれた。
「…うん!」
ユリちゃんが居ればお父様の無実を証明できるかもしれない!
待ってて、お父様!
記者会見の行われている場所を探している途中で、
連合軍兵士の人に捕まってしまいました。
…取調室には連れていかれないみたいですが、帰るように言われてしまってます。
「退いて下さい!
ミスマル提督にはPMCマルス襲撃の件でお話したい事があるんです!」
「記者会見の後でいいでしょう。
わざわざ会見中に来る事はありません」
「会見の後では遅いんです!
お願いです!」
「私からもお願いします。
お父様の所へ、行かせてください!」
「ミスマル提督の娘さんでもダメです。
軍の規律を崩してまで…」
「軍の規律を守ったら、
味方の、しかも民間人を撃ってもいいというおつもりですか!?
民間人殺し、未遂とはいえこの汚名を着せられたら、
二度と返上する機会は得られません!!
そんな汚名を着せられたお父様に、
直接、釈明の機会を与えられるのは、
この子だけなんですよ!?」
「ダメなものはダメです」
兵士の言いように、ユリカさんが激昂しています。
今回の事件は…調査を怠っての襲撃もいいところです。
連合軍に非があると認めているのであれば…私は通っていいはずです。
さすがに、そんな認識がないとは思えません。
…となると、この兵士も敵の手の者ですか。
「…ユリさん」
さつきさんが私を見ています。
…覚悟しているみたいですね…みんなそうみたいです。
…ごめんなさい、アキトさん。
私達も無理をします…失いたくないものが、大きすぎますから。
息を小さく吸い込んで、
反逆者と言われる可能性への怯えを、同時に飲みこんで…。
私は…。
「お願いします」
雄たけびと共に、レオナさんが兵士に低い姿勢からのタックルを繰り出しました。
彼女は185センチと体格に恵まれており、レスリングの経験があるそうです。
アキトさんが死亡したと思われた時、屋上から飛び降りようとした彼女は、
11人の同僚を引きずっていったそうです…。
そのあまりに強力な足腰の動きに、兵士も対応できなかったようです。
壁に体を押し付けられて、兵士が身動きがとれないうちに、
彼女だけではなく、残りの5人もありったけの力で殴打し続けています。
「ごぉっ!?や、やめっぉ…」
兵士は当然銃を持っています。
彼女達は丸腰ですし、戦闘訓練もほとんど受けていません。
現役の兵士を相手にしていれば、下手をすれば撃たれる可能性が高いです。
それでも果敢に彼女達が立ち向かってくれて…。
…この命懸けの行動を無駄にしてはいけません!
「ユリカさん!
行きましょう!」
「う…うん!」
ユリカさんはためらいながらも、私と共に走り出しました。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
私達はかろうじて記者会見が行われていると思しき場所にたどり着きましたが、
兵士がドアの前に…いえ、少し離れた場所まで6人も立っています。
「…これじゃ、さすがに近づけません」
「ど、どうする?」
ユリカさんも作戦が思いつかないようです。
…こんなところまで踏み込んだ私達を、通してくれはしないでしょう。
当然武器なども持っていません。
彼らも敵の息がかかった兵士だったら…下手をすれば…。
ナオさんがせめて居てくれればなんとかなるかもしれないんですが、
本社を守る人がいなければどうしようもないですし…。
「…ここまで、ですか…」
引き返して、逃げるしかない…?
けど…それでは…。
お父さんは汚名を着せられたまま…。
さらにPMCマルスがいずれ接収される可能性が…。
アキトさんだって無事じゃすまないかもしれない…。
そんなの…嫌です、絶対。
大反対です。
…どうすれば。
「やれやれ…ホシノ君はともかく、
ユリ君は突撃バカじゃないって信じていたんだけどね」
私達の後ろから聞こえてきた、懐かしい声に、
私は勢いよく振り向いてしまいました。
やれやれ…こんなところまで丸腰で来れてしまうというのは、
凄いことだが、無謀さが増してるよね、やっぱり。
ミスマル家は軍人としては優れた戦術家ではあるけど、個人としては突撃バカなんだろうね。
ナデシコクルー脱出の時もそうだったけど、まあ脇が甘い上に無謀だ。
策なしでは何ともならないだろうにね。
「会長自ら荒事に乗り込んでくるとは思いませんでしたよ」
「社長自ら荒事に乗り込んでるじゃないか君は。
ホシノ君に泣いて頼まれたら来ないわけにはいかないだろ」
「アキトさんが…?」
「おっと、比喩じゃないよ。
彼は頼む時、本当に泣いてたんだからさ。
…愛されてるじゃないかユリ君」
ユリ君は不信だと言わんばかりにむくれている。
危機を救おうとして来てあげたのに、ひどいよねぇ。
「君の部下たちも保護した…というか兵士を保護したよ。
結構骨折しちゃっててひどいことになってるから、
後で治療費出してちゃんと謝ってあげなよ、まったく」
「…ありがとうございます」
「いいよ、別に。
それなりに借りは大きいけどね。
プロス、ゴート。
気を失わせるだけにとどめるよ」
「「了解です」」
僕も軽く体をほぐしながら、拳銃を構える。
当然非殺傷弾のハンドガンだ。サプレッサーもついている。
兵士を殺して連合軍と事を構えるほど馬鹿じゃないからね。
「…アカツキさんも戦うんですか?」
「もちろんさ」
僕だってホシノ君に対抗するためにいろんな特訓を続けてきた。
最近はゴートからだって一本とれるくらいにはなれた。
…それに今回は僕が一緒に駆け付ける必要がありそうだからね。
事は、あっさりと片付いた。
僕もゴートもプロスも、一人頭二人を音もなく片付けて…。
ユリ君達を呼んだ。
「すごい…」
「すっごーい…。
アカツキ会長って強いんですね…」
ユリ君とユリカ君は僕たちの動きに感心していたようだ。
戦いともいえないくらいの一瞬の奇襲だったからね。
「まあそれなりにね。
ざっとこんなものさ。
…さ、早く入ってあげるんだ」
二人は声をそろえて一礼すると、記者会見の会場に入っていった。
僕は二人の姿を遠く見ながら…昨日の出来事を思い出した。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
僕はエリナ君を抱いて…事が済んで…。
しばらくただまどろんでいた。
…もう何度目だろう、彼女と夜を過ごしたのは。
具体的な愛の告白もなく、ただお互い求め合う…。
行きずりにしてはしっかりと捕まえてしまっているが…。
僕も女の子をコマすのは止めている。
時間がないのもそうだが…そうしないには十分すぎる状況だった。
「アカツキ君…やっぱり手助けはしないの?」
「…ああ。
彼らも分かっててやったことだろう?」
エリナ君は呆けたような緩んだ視線を向けながらも…。
かなりはっきりと、僕に問う。
ミスマル提督のピンチについてだ…。
エリナ君にラピスからの連絡があった。
彼のピンチは、PMCマルスのピンチでもある。
疑いを晴らすのは簡単だ。
ユリ君が実子であると自分で言えばよい。
ただ、言う方法が多くない。
記者会見…謝罪会見の後では遅いが、ミスマル提督は疑いのせいで身動きが取れない。
かといってユリ君が単独で記者会見をしたところで、
ミスマル提督が濡れ衣を着せられるのを防げるとは限らない。
直接的な妨害や、電波妨害など情報封鎖をされてしまっては、間に合わないからね。
…となると、ミスマル提督の記者会見に直接殴り込んで、無実を証明するしかない。
しかし、ホシノ君なしでユリ君がたどり着けるわけがないからねぇ。
自慢のガード、ナオ君も本社の守りでいっぱいだろう。
そうなると僕達が手助けしないと絶望的な状況だと思う。
「それは、そうだけど…。
味方につければ心強いでしょ?」
「…彼は僕の父を良く知っている。
心を許してくれるか分からないじゃないか」
「でも!」
「いい加減にしてくれ、エリナ君。
彼らが連絡ををくれたわけでもないのに、
どうして僕が彼らに気を遣って、先回りして動いてあげる筋合いがあるんだい?
別に頭を下げろと言っているわけじゃないだろう?
一言軽く頼んでくれれば動いてもいいとは思っているよ?」
エリナ君は黙ってしまった。
…小さな男と思われるかもしれないが、これは譲りたくなかった。
対立していても、僕は彼を友人だと思っている。
たぶん、ホシノ君もそう思ってくれていると思う。
しかし大事な人を守りたいという時に、頼らないヤツを友人と思いたくはない。
そもそも、そんな男は助けたいと思えないんだ。
すべてを失った時は利用されていると分かっていても僕を頼った。
それがもう一度出来ないなら…意地を張ったまま倒れるしかないだろう?
「この場合、意地を張っているのは僕じゃなくて、
ホシノ君たちじゃないか」
「…私からの、お願いでも?」
「…君らしくもない。
いつもの君だったら、
ホシノ君に電話をかけさせるようにアドバイスするだろうに」
「…ひどい人」
そんなことを言われたらできるわけがない。
そう言いたそうに、エリナ君は僕を睨んだ。
だが──その時、僕の端末が鳴った。
番号は…ホシノ君からだ。
「噂をすれば、だね」
「…良かった」
エリナ君は微笑んだ。
僕は端末のボタンを押した。
「アカツキだ。
ホシノ君、こういう時間にかけてきてもらえないかい?
エリナ君と過ごしているところなんだが」
『…すまない、アカツキ。
だが…どうしても力を貸してほしいことがあるんだ』
嫌味を意に介する様子もなく、ホシノ君は神妙に言葉を継いだ。
「…言ってごらんよ。
事と次第によるけど」
『…ミスマル提督…お義父さんを、助けてほしい。
PMCマルスの襲撃を命令したと濡れ衣を着せられたらしいんだ。
ユリちゃんが謝罪会見に…たどり着けるように…』
「…これは高くつくよ。
木連を滅ぼす計画に加担してくれるなら、構わないが」
僕はあえて彼を揺さぶってみた。
…本当は断るつもりなんて毛頭ない。
だが…ホシノ君の覚悟を知りたかった。
失うくらいなら、すべて奪い去る。
黒い皇子の頃の彼なら、それを選べたはずだ。
今の彼は何を考えて、僕にものを頼んでいるのか。
それを知りたい。
『…すまない、それだけは出来ない。
それ以外であれば…なんでもいい。
頼む…』
「わがままだな、君は?」
…さすがにちょっと驚いた。
この場面では失う物を選ぶ余裕があるようには思えない。
そうならものを頼むにしても言い方があるだろうに…。
『…っ…お前しか頼れないんだ…。
アカツキ…ぐ…ひぐ…。
もう……無くしたくないんだ……。
頼む……』
…泣いて、いる?
半分幼児みたいな状態ではあると思っていたが…。
僕は驚きのあまり、二の句が継げなかった。
…覚悟ではなく、普通にただのわがままなんだな、本当に。
何というか…子供っぽいのもあるが、昔と違って素直なんだな、ホシノ君は。
こういう時、もう少し怒ったり、理屈っぽく責めたりとかしてきたと思うんだが。
……まあ、いいか。
あんまり意地悪くするのも、ここまでくると逆に罪悪感がある。
助けてやろう。
元々そのつもりではあった訳だしね。
「……分かった。
だからみっともなく泣くな」
『…ッ!
ありがとう!アカツキ!!』
…電話口からでも分かるくらい明るく喜んでいる。
はぁ…なんとも情けない男になったね、ホシノ君は。
いや、だからいろんな人に助けてもらえるのかもしれないね。
「その代わり、条件は……」
僕はついに、ホシノ君に……この世界に来たからずっと考えていたことを、
木星トカゲとの戦いと同じくらい重要だと思っていた事を話した。
馬鹿げている、本当に馬鹿げた話をして見せた。
ホシノ君はその話をすべて受け入れた。
『分かった。
…アカツキ…お前が本気だって分かるよ…。
だから…』
「そこから先は飲み込んでくれ、ホシノ君。
この約束が成立したからにはそういう言葉は聞きたくない。
追加の頼み事があったら、エリナ君に言ってくれ。
必ず君の頼みは果たす。
だから君も必ず応えてくれ」
『…すまない。
ありがとう…』
僕達はほぼ同時に電話を切ったみたいだった。
端末を置いて、もう一度枕に頭を預けた…。
「…本当に、やるの?」
「やるさ。
…僕が死ぬような事があったら、ネルガルを頼むよ。
ホシノ君たちのことも…」
「馬鹿げてる。
こんなことする必要ないじゃない」
「…ごめん、エリナ君。
これが終わらなかったら…僕は僕で居られないんだ」
エリナ君は涙を零していた。
彼女の顔はそれでも美しかった。
死んだら…エリナ君をもう抱けない。
彼を殺したら…エリナ君はもう二度と僕に抱かれてくれないかもしれない。
…でもやめられなかった。
──それほどまでに、僕は彼に魅せられていた。
すべてを賭けて最低の男になってでも、自分の愛するものを取り戻す戦いに走った彼に…。
そして自らの命を賭してまで、殺さない信念を突き通した、甘ちゃんの彼に…。
記者会見の開始から30分ほど経過したが…。
…まるで私が悪者だというのが確定事項のように質問が飛んでくる。
少佐との通信記録もなく、それどころか接点すら認められないのにだ。
別段、起訴されたわけでもないというのに…。
これはかなりマズい。
日本では特に『容疑者』の段階で犯人扱いされてしまう傾向が強い。
これは警察がかなり追い込んでから逮捕に至る性質があるせいだが、
悪い方向にこれを利用される事も多い。
今のように、意図的に誰かを悪者にしたい時に便利に使われる。
…そうならないようにしてきたつもりだが、参った。
そもそもこの場が、『謝罪会見』になっていたのが想定外だった。
罪を謝る場にされてしまっている。
これでは挽回のしようがないじゃないか…。
…軍の上層部は私をトカゲのしっぽきりに使うつもりだろうか。
不祥事の大きさからか…連合軍への信頼を揺るがしかねない事件だからな…。
なんともやりきれないな…。
「今回の事件の命令者である少佐が暗殺されたそうですね。
もしかして口封じですか?」
「…繰り返すが、
そもそもPMC襲撃自体が私の命令ではない。
よって、少佐の暗殺も私の命令ではない。
それに上層部からも、そういった類の情報は届いていない。
…なぜそこまで断定的に聞くんだ?」
「ジャーナリストは情報があれば確認をとりたくなるものですよ」
…しらじらしいな。
確定事項だと、信じているだろうに。
「…命令した証拠もないが、証明する証拠も今のところは一切ない。
私が観測した限りの情報ではこれ以上、答えられはしない。
よって記者会見で公表出来ることは、今のところはない。
以上だ」
──茶番だ、これでは。
私に準備された情報がそもそも少なすぎる。
これでは叩いてくれと言わんばかりじゃないか。
PMCマルスの出撃から今まで、テレビ以外の情報源からほぼ隔絶されての会見だぞ。
…これを謝罪会見として準備していた連中の思惑にまんまとはまってしまったか。
私の連合軍士官としての人生も…これまでだろうか。
今回の事件の中においてはこの醜態では、降格は免れないだろう。
今後、武勲を立てるには向かない閑職につかされる可能性が高い。
…私自身はそれでもかまわないが、極東方面軍はどうなる?
もしかしたら…新しい極東方面軍司令官が、PMCマルスを接収すると言い出しかねない。
それだけは防がなければならないが…。
「あれだけ民間人の為に立派に戦った
PMCマルスのホシノ夫妻を殺そうとするなんて、
やはり軍は利益のための人殺しの集団でしかないんですね!!」
私の激昂に、記者たちも一瞬ひるんだ。
…私も抑えが効かなんだな。娘と娘婿のこととなると。
つい叫んでしまった。
恐らくさらに不利になるような質問が飛んでくるだろうな…。
「な…何でですか!?
なんでそこまで感情的に…」
!!
こ、この声は…。
私のほうを見つめるユリが、そこにはいた。
ざわつく会場の中で、ユリはただ堂々と会場に現れた。
渦中の人物が現れたことで、事件の真相が分かると思ったのだろうか、
記者たちは驚きと期待の視線でユリを見つめている。
ユリは記者たちを蹴散らすがごとくずんずんと進んでいる。
後ろには…ユリカの姿もある。
二人が…どうして…いや、そのさらに後ろには、ネルガルの…若会長がいる。
彼が二人をここまで連れてきたのか…。
ユリは私の隣に座ると、私をじっと見た。
「…ミスマル提督…もう、いいんです。
私とユリカさん…アキトさんも、全員分かってます。
あなたがPMCマルスを襲わせることなんてありえません。
ありえない理由を…話してあげて下さい。
私がここに居れば、言っても大丈夫ですから…」
「ユリ…」
「ミスマル提督が…ホシノユリさんを呼び捨てに…!?」
「こ、これはスキャンダルでは!?」
…分からないというのは幸せなものだな。
記者たちは自分に都合のいいシナリオしか頭にないようだ。
愛人かなにかと考えているんだろうが…まったく度し難いな。
俗っぽい人間じゃなかったらマスコミなんてやっていられないだろうがな。
だが…。
「…すまん。
こんなところまで駆けつけてくれるとは思わなんだ」
「大切な人のピンチの時に…助けに来るのは当たり前ですよ」
「お父様…」
…二人とも、私を嫌うどころか助けに来てくれたんだな。
こんなに嬉しいことはない。
二人の気持ちに…応えねば。
「…分かった。
真相を話そう。
今一度、説明をさせていただこう。
この場で、真実を。
すべて」
再びフラッシュが瞬く中…。
どう転んでも、スキャンダル扱いする記者は居るだろう。
それでもユリは胸を張って、これからも戦い続ける。
そう確信した時、私はこみあげてくる感情を抑えるので精いっぱいだった。
私は万感の思いを胸に、真実を告げる覚悟をした。
「私がPMCマルスを襲撃させたのでもなければ、
襲撃の証拠を消そうとして少佐を暗殺したわけでもない理由はここにある。
再びざわめく会場。
彼らも想定外だったのだろうが…。
まだ隠し子と思っていそうだな。正しく訂正しなければ。
「…うおっほん。
それも隠し子ではない。
今、ユリの隣に居る私の娘、ユリカと同じく私の妻と私の子供だ」
「そうです」
「ど、どういうことですか!?」
「私はかつて…妻の不妊のため、試験管ベイビーを生まれさせることを決断した。
しかし、その受精卵をテロリストに奪われてしまい、行方が知れていなかった。
それがユリだ。
受精卵のユリをテロリストに奪われた事がショックで、
妻は無理を押して自分の体で娘を作った。
それがユリカだ」
「い、いつにこのことを!?」
「一ヶ月も前ではないな。
テレビでユリを見かけてから、もしかしてと思って遺伝子の調査を行った。
その時一度PMCマルスの出撃の事を問い合わせる時に、
彼女にこのことを告げて、今に至る」
「そ、それでは…接触があったというのは…」
私を軟禁していた兵士が驚いていた。
…確かになんの接点もない人間を自宅に招いていては怪しまれるだろうが、
こういう疑われ方をするとはおもわなんだが…。
「しかし何故、すぐに公表されなかったんですか!?」
「出来るわけがないだろう。
ただでさえ注目度が高いPMCマルスだ。
もし公表していたら、取材やなんやらで出撃準備を大幅に遅れさせていたかもしれない。
君たちマスコミは、こういう話題が好きだろう?
ただでさえ、PMCマルスは少数精鋭の部隊だ。
もしわずかでも準備が遅れていたら佐世保の奪還はできなかったはずだ」
「確かに…」
その場に居た記者全員がざわめきながらも頷いていた。
PMCマルスだけではなく、軍や報道機関への影響を考えても、
この判断そのものは悪くなかったと思う。
…本当はPMCマルスが出撃から帰還してすぐするべきだったんだろうが。
「それに公表をしないでほしいと頼んだのは私とアキトさんです。
お父さんはむしろ公表しないことで狙われる可能性があると心配してくれました。
…公表のタイミングが遅れてお父さんを危険にさらしてしまったのは不覚の極みです」
…ユリ、私をまだお父さんと呼んでくれるのか…。
すまない…。
「私も襲撃事件のことがあって、完徹で事実関係を探りました。
…結果、アキトさんの暗殺を仕組んだのは連合軍ではないと、確信を持ちました」
「な、なぜ!?」
「まず、極東方面軍司令官のミスマル提督が私の父であると言う事です。
当然のことですが、
お父さん娘の会社を襲撃させたり、
娘婿のアキトさんを殺したりしません。
そうなると今回の襲撃、
そして暗殺未遂はミスマル提督からの命令ではなくなります。
さらに言えば連合軍全体からの命令だった線は無くなります。
お父さんはそういう命令を受けていないようですし。
そうなると極東方面軍の部下が動くはずがないからです。
ここまでで少なくとも事件の起点は連合軍ではないというのはある程度確定します。
そもそもアキトさんを殺したところで、連合軍に利益は少ないですし、
やっかみで起こすには物騒すぎる事件です。
もちろん連合軍内部に、犯人に協力した軍人が居る可能性は捨てきれませんが…。
この場合、襲撃命令を出した少佐がだれかしらに依頼されて行った可能性が高いです。
さらに、暗殺未遂を起こした犯人がPMCマルスに入社して内部事情を探っていた点があります。
事前調査としてはあり得ないことではありませんが、
私達を全滅させることを目的としているなら、少々大袈裟です。
PMCマルスを全滅させるだけなら、
連合軍なら視察目的で正面から入って偵察してもいいはずです。
人数と武装をある程度把握できれば、内部事情を知る必要はありません。
つまり…理由は分かりませんが、
アキトさんを確実に殺す方法を探っていた。
そう考えるのが妥当と思われます」
「それ自体が、連合軍ではないと偽装する目的である可能性はないんですか?」
「あり得なくはありませんが…。
ここまで巧妙にしている相手であれば、
それ以上の偽装工作は逆に不自然になると考えると思います」
…素晴らしい名推理だよ、ユリ。
アキト君が死ぬというのはPMCマルスが再起不能になるのと同じだ。
つまり、犯人の目的は『PMCマルスがつぶれる』事であって、
『PMCマルスの社員を全滅させる』ことではない。
アキト君を殺せればすべては片付く。
だからこそ詳しい調査をしてでも、二段構えで確実な暗殺を謀りたかったのだろう。
…まあ、普通に考えたら特殊部隊が侵攻した時点で全滅すると思うだろうがな。
念には念を入れたのだろう。
逆に言えばアキト君が死なない限り…犯人たちの目的は果たせない。
PMCマルスが消えても、アキト君一人生き残れば、
エステバリスを活躍させた人物となればネルガルが手放さないだろう。
…そう考えると、ライバル会社のクリムゾングループが仕掛けた可能性があるな。
「私も一晩かけて刑事さん、連合軍の方々とある程度現場検証を行いましたが、
犯人と特殊部隊の連携は皆無でした。
つまり、連合軍は少佐を経由して特殊部隊を利用されてしまった、
いわば被害者の側になります。
特殊部隊の攻撃でアキトさんは実際傷ひとつ付けられていませんし、
私個人として恨む理由は全くありません。
この点はアキトさんも同様です。
特殊部隊の人も私達に謝ってくれていますし、
アキトさんの護衛を買って出てくれました。
アキトさんも彼らを受け入れ、病室でサンドイッチをふるまって医師に怒られてたそうです。
それくらいには打ち解ける事ができています。
重ねて言いますが、私達は特殊部隊も連合軍も恨んでいません。
今は暗殺した犯人一人をしっかり追いかけることのほうが重要です。
特殊部隊を動かすのと同時に、暗殺者が動いた…。
これは少佐を動かした人間と、暗殺者とが結託しているという事実を示します。
…PMCマルスの身内に裏切り者が居たというのは、
私達夫婦にとってかなり堪えました。
それと…社員が一人片腕を失う重傷を負ってしまいましたが、
その点については私達PMCマルス、
そして連合軍が十分に保証をすることで決着しています。
後で本人にも話を聞いてみて下さい。
あんなことがあっても退社をしていませんし、
アキトさんと入院しながらも明るく話してます。
よって、お父さんを責め立てるのはお門違いです。
…お分かりいただけましたか?」
意外すぎる展開に、記者たちはざわめいている。
夕刊に間に合わせるつもりで来たのにアテが外れたようだな。
「つまり、PMCマルスはミスマル提督の私兵集団、
ということでよろしいですか?」
…空気を読まない、支離滅裂な言葉に場内が静まり返った。
いや、この男…わざとこんな発言をしたな。
先ほど私が激昂したのをもう一度誘発させるような挑発だ。
安っぽいが、むっとくることをいうな。
「…さきほども言いましたが、
PMCマルスの開業の届け出は数か月以上前に行っています。
私をお父さんが見つけたのは一ヶ月程度前の事です。
タイミングが合わないと考えないんですか?」
「タイミングなんて、
いくらでも偽装してずらせますよね?」
「あなたの発言だって推測にすぎませんし、根拠はほとんどありません。
いくらでも偽装できますよね?」
…ユリが記者とにらみ合っている…。
あの記者…確かクリムゾン関係の新聞社の…。
名前は『カタオカテツヤ』と書いてあるな。
…やり方が露骨すぎやしないか、クリムゾン。
「それに、ホシノアキトの戦闘能力についても不自然なことだらけだ。
エステバリスの操縦はともかく、
対人戦闘で連合軍切っての武闘派である特殊部隊を一方的に蹴散らすとは。
テロリスト扱いされても仕方がないのでは」
「それについては、僕が説明しよう」
む、ネルガルの若会長が割り込んできたな。
この時の為に待っていた、と言わんばかりの表情だ。
「ホシノアキト君は、
過去2年ほどネルガルの戦闘養成所で鍛えられていたのさ。
彼の身体能力は見ての通り折り紙付きだ。
エステバリスパイロットの養成所はそのあと1年ほど…。
僕らは兵器商だからね、優秀な兵士のサンプルが必要だった。
彼は身寄りがなかったから、里親を探して所属させたというわけさ」
「なるほど、さしずめ『虎の穴』ってところですか。
…人道にもとる企業ですね、ネルガルは」
「父の時代の事なので…というのは言い訳に過ぎないだろうとは思うよ。
だが彼がちゃんといろんな道を選べるようにも教育していたようだがねぇ?
実際、彼は芸能界でもやっていけるくらいにはかわいい性格してるだろう?」
……!
この発言で、私は確信した。
アキト君とラピスをクローン人間として『製造した』のは、ネルガルだ。
もっとも…この若会長の指示ではないようだが…。
私が調査をした時、彼が隠蔽工作を計ったのは間違いない。
…いや、しかしユリと私を助けたのは彼だ。
敵ではない…。
だがなぜか味方という感じもしないな。
…話す必要がありそうだ。
「…なるほど。
参考になりました」
「いやいや」
「…では、記者会見を終えてよいだろうか?」
私の発言に、記者たちは黙り込んでいた。
詳しく聞きたい事は山ほどあるのだろうが…。
彼らも筋書きが変わってしまった原稿を書き直す時間が必要なんだろう。
すごすごと帰っていった…やれやれ。
「…ミスマル提督、数々のご無礼をお許し下さい」
「結果でしかないが、私は何も失わなかった。
…今回はそれでよいとしようじゃないか」
「…お心遣い、感謝いたします」
私を軟禁していた兵士も、一礼して去っていった。
連合軍上層部でこの件をどう考えてくれるかは分からないが…。
ユリとの関係を鑑みないほど愚かではないだろう。
血縁関係も、遺伝子情報を見れば分かってしまう事だからな。
どんな調査よりも簡単で確実だ。
「ふう…」
流石に疲れたな。
いや、そんなことを考えている場合じゃない。
「ユリ…本当にすまなかった…。
アキト君とガードのナオ君があれほど強くなければ、
お前もきっと…」
「…危なかったのは確かですが、守ってもらえました。
誰も死なずに済みました…。
ご無事でよかったです…お父さんも…」
「ホントです…良かった…お父様…」
…ユリは私の謝罪を受け止めてくれた。
あの事件を防げなかった私を、何事もなかったかのように…。
ユリカも、安心したのか涙を流している。
…嫌われずにすんだな。
ユリに…本当に救われた。
それにアキト君も…その言葉通り、命を賭けてユリを守ってくれた。
彼にも謝罪と礼をしなければ…。
「ユリちゃん…結局私なにもできなかった…。
ダメなお姉さんでごめんね…」
「そんな事ありません!
私、ユリカさんがいなかったらここまでこれませんでした!
…自分を卑下しないでください。
勇気を貰えました」
「ユリちゃん…」
…ユリカもユリに感謝しているようだ。
ひとまず一件落着だな…。
「三人とも、少しお時間をいただいてもいいかな?」
…ネルガルの若会長が、私達を呼び止めた。
なんだ?急に。
「今回の事は少し高くつくよ。
…場所を変えよう、ここではあまり良くないだろうからね」
「…では私の執務室に来ると良い。
最も、あまり明るい話題ではなさそうだがな」
…ネルガルの前会長は食えない男だったが、
この息子のほうも相当のようだな…。
──俺は病室を訪れていたルリちゃんと共に、
ユリちゃんとお義父さんの記者会見の一部始終を見て胸をなでおろしていた。
あのお義父さんを陥れるためだけの謝罪会見も、
俺達を殺す理由が見当たらなくなれば、問題はない。
この一件はもう幕切れになるだろう。
…ただ、癒着があったと思われないようにするのは骨だな。
その角度で攻めてくる連中も居そうだ。
今更悪評くらいでは折れたりはしないが、やれやれだ。
「…ほ。
ひとまずユリちゃんとユリカ義姉さんが無事でよかった。
お義父さんも疑いが晴れたし…。
ひとまず心配事がなくなったよ」
「…よかったです、本当に」
「それにしてもルリちゃん、
一人でお見舞いに来てくれるとは思わなかったよ」
「誰かさんのおかげで、
連合軍基地の周りは人だかりでいっぱいで…。
今日は訓練がお休みになっちゃいましたから…。
それに、色々…姉さんたちがいない間に、
アキト兄さんに聞きたいことがたくさんあるんです。
無理を言って何とか外に送ってもらったんです」
…なるほど、そういうことか。
ユリちゃんとユリカ義姉さんと仲良くなったとは聞いていたけど、
想像以上に進展していたみたいだ。
なんだか話すのもナデシコに乗り込んですぐの頃より、
ずっと自然に…コミュニケーションを取ろうとしてくる。
で…ユリちゃんたちの無事が確実になった今、
今度は俺との関係、兄妹としてやっていけるかを確かめておきたいんだろう。
いや、きっとそれだけじゃない。
自分の出生について知りたがっていたルリちゃんの事だ。
俺の素性についても色々気になるんだろう。
そしてルリちゃん自身の素性についても、俺に聞きたいんだろう。
「…アキト兄さんについて、色々調べました。
研究所の研究成果も…。
ただ、その中でたくさん疑問が出てきました。
不自然に能力が高いのに…。
研究所の『教育』がお粗末だったのと知りました。
噛み合わなくて変だと思ったんです」
「アカツキの言っていた通りネルガルで鍛えられていたからだよ」
「…年数が合いません。
アカツキ会長の言うことを信じるなら、
研究所をすくなくとも4年前に出ている必要がありますが、
実際は2年半ほど前です。
…何より」
ルリちゃんはタブレット端末を差し出した。
「私とあなたの記録は、
たしかに断片的にしか記録されていないところが多いです。
偽造されたとはいえ里親、そしてバックボーンはあることになってます。
ただ『戸籍の登録日』だけはごまかせません。
登録日は9年前になっています。
実験体の生年月日を遅れて登録する意味はあまりないでしょう。
実際ユリ姉さんは生まれてからの年数が合致していますし、
卒業した学校のデータもかなり詳細です。
…逆にアキト兄さんは、虚偽のデータが多く、
通信の学校を卒業した事になっている所が多いです。
この戸籍の登録日付を信じるなら、あなたの年齢は9歳。
…私より年下です」
「…さすがルリちゃんだ、鋭いね」
ルリちゃんの受けた『教育』はかなりすごかったんだろうな。
ピースランドで出会ったルリちゃんの遺伝子改造を行った元研究員の言った、
記憶力に関するものもそうだけど…プログラマーとして重要な、
論理的思考能力…そしてそのほかの思考能力はかなり高い。
元々の遺伝子の優秀さもあるんだろうけど、そこはズバ抜けている。
「誤魔化さないでください。
仮に研究所のいうような粗末な『教育』がなされていたとすれば、
あなたの人格がそうなるはずはないんです。
IFSのテスターとしても、マシンチャイルドとしても不自然なことだらけ。
挙句に、将来の夢は料理人…数年でここまで変わるわけありません。
…もしかしたら、別人と入れ替わっているのではと思ったんです」
この時期のルリちゃんはかなりのリアリストだ。
そうならざるをえない状況にいたとはいえ、
自分の目の前にいる人間が義理の兄の別人だとすれば、
彼女はついて行きたくないんだろう。
恐ろしい結末が待っているかもしれないから。
…それが慕っている、理想的な姉たちと離れる結果になったとしても。
「本当に、聞きたい?」
「…はい」
「俺は間違いなくホシノアキト本人だよ。
体も、脳も、心も、魂も全て。
…もっとも、ちょっとだけ特殊な事情を抱えてはいるけどね」
「…というと?」
ここは──『この世界のホシノアキト』として話すべきかな。
正直な言葉でなければ、いくら話しても平行線だ。
そうなれば、ルリちゃんは再び心を閉ざしてしまうだろう。
…それはしたくない。絶対に。
「…僕はね。
クローン人間として作られた…。
君の言う通り…未熟な子どもなんだよ、本当は。
無力で、無知で、君に何一つ勝てるわけがないくらいの、出来そこないの役立たず。
それが僕、本来のホシノアキトなんだ」
「!?」
ルリちゃんの目が大きく開かれた…演技ではないことが分かるんだろう。
僕の『テンカワアキト』が目覚める前の部分が語り掛ける事実。
ユリさんの足を引っ張り続けた…あの情けない日々を思い出す。
「ただ、ある日に…前世っていうのかな、
僕が生まれるずっと前から持っている人格が目覚めたんだ」
「二重人格…!?」
「人格が完全に別れているわけではないから、
正確に言えばだいぶ違うだろうけど…そう思ってくれていいよ。
…この人の人生は悲しかった。
両親を亡くし、施設で育ち、料理人を目指しながらも、
戦争に巻き込まれ、恋人を、夢を失って…。
…最後は指一本動かせないまま、その23年の生涯を終えたんだ」
ルリちゃんは僕の言葉を信じてくれたみたいだ。
…荒唐無稽すぎる、この話を正面からうけとめた。
作り話と思われても仕方がない、この話を。
──俺はこの話をすることにためらいはあった。
信じてもらえるか分からなかったからな。
だが、ルリちゃんはまず誤魔化せない。
生きのびるために磨いてきた感性が、俺の嘘を見抜く。
未来のあの墓場での言葉は…俺の根源を知り尽くしていたから出た言葉だ。
ルリちゃんの前では俺のカッコつけのセリフなんて、意味をなさない。
この小さなルリちゃんでも、それは変わりない。
迂闊な嘘は見抜かれる。
お義父さんの時同様、嘘をつかない必要がある。
もっとも…全てを言うわけにはいかないが。
「今は言えないことがいっぱいあるけど…。
僕を信じてくれないかな。
…まだいろんな未練がある。
前世の人も、この僕も。
ユリさんと生き延びたいんだ、僕は」
「…。
私は前世とか宗教とか信じているほど夢見がちではありませんし、
…不可解なところはたくさんありますが、
正直に答えてくれたので信用します。
嘘ばかりついてきた大人達と、アキト兄さんは違うようです。
むしろそんなじゃ、正直すぎて生きづらいでしょうね」
「…悔しいが否定できないな。
俺も甘いのは自覚があるんだけど、どうにも」
「…はあ。
急に戻らないで下さい、びっくりします。
…まあ私もとれる選択肢が少ないですし、
あの家には二度と戻りたくありません。
ユリ姉さんとユリカ義姉さんの次くらいには信用させてもらいます」
「…良かった。
これからよろしく、ルリちゃん」
「…はい」
ルリちゃんに手を差し出すと、握手をしてくれた。
ひとまずルリちゃんと家族になるというのは大丈夫そうだ。
あとはナデシコの事と、ルリちゃんをどう守っていくか…。
ヤマサキと草壁の件も、何一つ分かっていないしな。
「それに…」
「うん?」
「…こんなでっかい弟は、
ちょっと困ります」
「ぷっ…違いない」
「ふ…ふふふ…」
「ははは」
二人しておなかを抱えて笑ってしまった。
この時期のルリちゃんが面と向かって、
本音とジョークを組み合わせた言葉を出してくれるとは。
なんとか打ち解けることができたようだな。
「…アキト兄さんはとぼけたバカではありますけど、
ちゃんと兄とよべるくらいには大人です。
そうなった過程はどうあれ、
私もちゃんとあなたをお兄さんと言えそうです」
「ルリちゃんきついなぁ」
「兄がバカだと妹はしっかりするしかないんですよ」
ルリちゃんは思ったより俺を信頼しているみたいだ。
…うん、よかった。
それにしてもユリちゃんとユリカ義姉さんのすごさがよくわかる。
もう少し疑われるかと思っていたんだけど…すごいな、本当に。
それからしばらく、俺達は自分たちの出生について…詳しく話した。
ルリちゃんの事は分かっているつもりだったが…。
かつてルリちゃんだったユリちゃんが語りたくなかったことをいろいろ聞けた。
ラピスの境遇や、この世界のホシノアキトよりはずっと恵まれていたようだが…。
それでも下手をすると施設に居た頃の俺よりも環境的には厳しかったんだろう。
…こんなに長い間一緒に居ても、分からないものなんだな。
そんなことを考えながら、俺達は穏やかな時間を過ごした…。
…ひとまず、危機は脱しましたがいろいろと悪い予感がします。
アカツキさんは一応味方ではありますが、危険です。
それに結構えぐい手口を使うことに引け目を感じない人です。
この世界に来てからも、そういう準備をしているらしいですし。
私達は執務室の応接ソファに腰かけ、向かい合っています。
…私とユリカさんはお父さんを挟んで座ってますが、少し狭いです。
応接ソファってそんなに多いものじゃないですからね。
「…ネルガルが、アキト君の成長に関わっていたのか」
「ええ。
あまり褒められた話じゃありませんが」
…!
お父さんはネルガルがアキトさんとラピスの『製造』にかかわったと見抜いた!?
マズいですね…。
ナデシコへのユリカさんの艦長としての乗船も止めさせかねないです。
「とはいえ、それで連合軍は…。
いえ、地球は希望を手に入れました。
ホシノアキトが広めたエステバリスの威力…いいことづくめだと思いますが?」
お父さんは怒鳴り声を上げて激昂しています。
当然です。
許されていいはずがありません。
ユリカさんもお父さんの様子で何か感じ取ったようです。
…二人が敵対しなければいいんですが。
「僕に言われても困ります。
親の代でやっていたことで…兄も僕も、
それを知らずに会社を預かっていたんだから。
それに僕は度々ホシノ君たちの力になっていたのは事実だ。
…ユリ君だって、知っているだろう?」
「半分くらいは打算と利益でしょう、アカツキさん」
「そうだね。
でも、そうだったとしても僕は彼と親友であると自負しているよ。
今日の事だって、助けに来たのは彼の頼みだ。
条件は付けたけどね」
…嫌な予感が膨らみますね。
こんな緊急時に条件を付けるなんて。
「…ユリ、本当なのか?
アキト君とネルガル会長の間は…」
「…事実です。
ただ、今は木星トカゲとの戦い方の事で対立してます。
それで別々に戦う方法を探っているんです」
「その対立に決着を付ける約束をしたのさ」
「…!?
まさか…」
「一対一の、
エステバリスでの真剣勝負を約束させた」
私達は絶句しました。
アキトさんの腕は地球圏一と言って過言じゃありません。
そのアキトさんに、真剣勝負を…恐らくは実弾による実戦を挑む。
無謀にもほどがある約束。
どうしてアカツキさんは…。
「…正気ですか」
「正気さ。
それに勝てない闘いをするつもりもない」
…本気みたいですね。
でも、仲間同士で争っている場合ではありませんが…。
「…今からでも取り消させます。
アキトさんは重傷です」
「もちろん治ってからでいいさ。
それにミスマル提督と君たちを助ける代わりの条件で、
この約束をとりつけたわけさ」
「…別の方法でお返ししますよ」
「いや、既に利益という面ではむしろ君たちにかなり協力してもらっているよ。
けどこれは『アカツキナガレ個人としての』ホシノ君との約束だ。
利益ではどうこうできる話じゃない」
…アカツキさん、性格的にかなりめんどくさい人になってますね。
昔は結構、利益に直結している部分にこだわっていた気がしますが…。
「…どうしてそんなことを」
「僕は彼を死なせたくないだけさ」
「支離滅裂な事を言わないで下さい」
「支離滅裂ではないよ?
──彼をナデシコに乗せるには相応の覚悟が必要だと僕は思っている。
彼はナデシコに乗ったとしても、
今のままだと一人で無理して死ぬか、
無防備に居て謀られて死ぬか…どちらかしかありえないと言っているのさ」
……!
ここでナデシコの話を、お父さんとユリカさんの前でしますか!?
二人ともびっくりしています。
「おっと、二人はこのことを知らなかったかな。
ネルガルの新造艦・戦艦ナデシコにはユリカ君も乗り込むことになっているだろう?
実はホシノ君とは親友だからね、彼の腕を見込んでナデシコにスカウトしたのさ。
彼の戦闘能力と、木星トカゲの戦艦を圧倒できるナデシコ。
この二つがそろえばこの戦いには勝てる。
間違いなくね」
「…そのアキトさんと戦うというのは少しばかり無謀すぎませんか?」
「僕だって怠けていたわけじゃない。
彼にだって対抗できるくらいには仕上げたつもりさ。
とはいえ、彼ももろもろと甘ちゃんで危なっかしいからね。
僕を殺してでも進むつもりかどうかを問いたいのさ」
…アカツキさんはアカツキさんでアキトさんを案じているんですね。
でも、こんな…意味のない戦いを。
「まあ…どうしてもというなら戦うのをやめてもいいよ。
ナデシコに乗せないくらいで済ませてもいい」
「ホントですか…?」
「ただし…。
その代わり、ラピスは僕とエリナ君が引き取る。
何かを失くしてでも戦いぬかないホシノ君じゃ、
ラピスを守り切れないだろうからね」
…油断していました。
やっぱりアカツキさんと正面からやりあっては勝ち目がありません。
こういうカードの切り方をされると、私の選択肢はほとんどなくなります。
私もアキトさんも、アカツキさんはともかくエリナさんは信頼しています。
でも…エリナさんはアカツキさんの意見を却下できないでしょう、この場合。
エリナさんだって…ラピスとは離れたくないでしょうし。
アキトさんと離れさせたことで、ラピスに恨まれる結果になったとしても…。
「…ユリちゃん、ラピスちゃんって?」
「…私の妹です。
病気で数年眠り続けていて…。
私も会った事はないんですが…最近ようやく目覚めたんです」
「…そうか、アキト君に話されたあの子か」
「で、でもおかしいよ?
なんでアカツキ会長が…」
「聞いていないかユリカ君?
ホシノ君とルリ君は血がつながっていない兄妹だって。
…ラピスもそうなのさ。
ユリ君とは血のつながりがない。
ラピスはそういうこともあって眠り続ける前には、
一時期、僕とエリナ君が面倒を見ていたことがある。
最近になってユリ君の家に養子になったのさ。
彼女はホシノ君についていきたいと言っているからね」
…すらすらと良くでまかせでストーリーを作りますね。
事実が元になってはいますけど。
確かにラピスはユリカさんのクローンで、血のつながりそのものはありませんが、
関係はあるんですが…この場では言いようがありません。
ユリカさんには、まだ話したくありませんし。
「そういうわけで、勝負を受けてくれたらラピスは無条件で返そう。
それに僕に勝てたらナデシコに乗れる以外にも副賞があるよ」
「…副賞?」
私達の睨みを全く意に介さず、
アカツキさんはにやりと笑いました。
「ナデシコの姉妹艦、白亜の巡洋艦・ユーチャリス…。
この船をPMCマルスにあげよう。
木星トカゲを圧倒できるレベルの、
グラビティブラストとディストーションフィールドを備えた、
ナデシコが運航開始するまでは、間違いなく地球圏最強の船だ。
戦艦が手に入ればPMCマルス内でのホシノ君の負担は大幅に減り、
戦闘の幅は大きく広がるだろう?
ナデシコへの乗船チケット、ラピスの身柄、ユーチャリス。
すべて君たちがほしい物ばかりだ。
これだけ揃っていても、受けないつもりかい?」
「…はぁ。
ラピスの事さえなかったらそれでも断りたいくらいですが、
アキトさんは約束を放棄するのを嫌がりそうですし…。
断れませんよ、ここまで来ちゃうと」
「…エリナさんはともかく、アカツキさんも見ての通りの方です。
ラピスの将来の事を考えると、受けざるを得ません。
それに…アキトさんはアカツキさんを殺さないで勝てると思います。
…さすがに不安ではありますけど」
ラピスの事がなければ無理にでも断るところです。
でもラピスを手放してまで断るのは、私もアキトさんも嫌です。
とはいえ他の特典の魅力が大きいのも事実です。
アカツキさんの言う通り、戦艦のない私達は限界がすぐ来ます。
なにしろエステバリス一台の回収にすら困るくらいですから…。
「…しかし、いいのか?
アキト君だって…」
「…事情を鑑みなくても、私達は助けられた側です。
この借りは大きすぎます。
アキトさんを信じるしかありません…」
…こんな事はしたくないけど、
それでもアカツキさんのおかげでお父さんを助けられたのは事実です。
アキトさんもそれでいいと言ってしまいましたし…。
「アカツキさん、念のため遺書は書いておいてくださいよ。
…そうならないように努力はしてくれるでしょうけど」
「そっちこそホシノ君の心配をした方がいいよ。
…どっちも死ぬかもしれないんだからね」
…言ってくれますね。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
その後、すぐにアカツキさんは出ていきました。
私達もお父さんに一礼して、一度ミスマル邸に戻ることにしました。
一緒に帰ろうともしましたが…今回の件について、
これから諸々連絡や報告をしないといけないんでしょう。
そんなこともあって、私達は帰りました。
さつきさんたちはボコボコにしてしまった兵士の人にちゃんと謝罪をして、
彼を軍の病院に付き添ったあと、佐世保に先んじて帰ってもらうことにしました。
兵士の人もミスマル提督がらみの事で重要な事を邪魔したことで、
自分の非を認めて起訴するつもりはないと言ってくれたので…助かりました。
…彼女達の言いようからすると、兵士の人は敵ではなく頭が固いだけでした。
申し訳ないことをしてしまいましたね…。
…とはいえ、私達姉妹も疲労しすぎています。
私も完徹から眠って、午前三時から起きて…まだ十分に疲れが取れていません。
ユリカさんも一晩完徹です。
それでストレスのかかることばっかり起こるし、話していました。
なんか一生分心配して苦労したような気分になっています。
二人してまた大浴場でお風呂に入って、眠ることにしました。
身体を洗って湯船に使って振り返り…たくありませんね…もはや。
ついでに、襲撃された日からお風呂に入る余裕がありませんでしたし、
嫌な汗を何度もかいてしまって、本当に最悪です。
はぁ。
「…ユリちゃん、あのね」
「はい…?」
ユリカさんは湯船につかったまま、私のほうを見ました。
…今日の事でいろいろ気づかれてしまったみたいですね。
疑われてはいないようですけど…心配をされているかもしれません。
アキトさんの出生については、今は答えたくないんですが…。
「…アキト君は、
どんな辛い生き方をしてきたの…?」
「…アカツキさんとアカツキさんのお父さんに苦しめられて来たんです。
一生、縛られていたと言っても過言じゃないくらいに…」
「で、でも親友なんでしょ!?」
「…アカツキさん自身はアキトさんを想ってくれています。
段階を踏んで…ちゃんと親友になったのは事実です。
それでも…苦しめてきた過去があります…。
…でも、それと同じくらいアキトさんを助けてきました」
「だ、だからって…」
「アキトさんは優しいから…アカツキさんを憎み切れなかったんです。
あと…アキトさんには、
私の前に婚約するほど愛した人が居ました」
「え…」
「…その人は囚われの身で彼女を助けるために、
アキトさんはすべてを捨てて立ち向かったことがあるんです…」
「そう…なの…」
ユリカさんは呆然と私の言葉を聞き入れています。
…本当はユリカさんにだけは伝えたくなかった。
未来のあなたなんです…その人は…。
詳しいことは…話せません。話してはいけません。
幸い…今のアキトさんの状態しか見ていないなら、
あの頃のアキトさんの危険さは分からないですし、大丈夫です。
本人すら当時の事をうまく思い出さないようにできてますし、
今後も大丈夫だと思います。
「…私もその人を慕っていました。
アキトさんと一緒になるなら、
その人にすべて任せられるって…思える人でした」
「…ユリちゃん…」
「その時にアカツキさんは力を貸してくれました。
アキトさんも死に物狂いで強くなりました。
取り返すために…でもその人は助からなかった。
手遅れ、だったんです」
ユリカさんはただ、涙を流して居ました。
私も…。
私達は移し鏡のように…ただ泣いていました。
「…その時のアキトさんの顔は見てられませんでした。
でも、だから、私は…。
アキトさんにもう一度あの頃みたいに笑ってほしくて、
それで…自分の気持ちを伝えて…その……」
「…ご、ごめん。
ユリちゃんの心の傷をえぐるような事を、わたしっ…」
「…いいえ、いいんです。
聞いてくれてありがとう…お姉さん…」
私の言葉に、ユリカさんはひどくうろたえています。
…ひとまず、これ以上の深入りは避けられるでしょう。
未だに…私はユリカさんに…うまくお姉さんと言えません。
まだ慣れてない…でも今はそう言いたかった。
ユリカさんは少し安心したように私を見つめてくれた。
「…アカツキさんは、それを知ってて、
アキト君と戦うんだね…?
そのころと同じくらい、今も強いか知りたくて……」
「…はい」
「分かった…私達じゃ止められないんだね。
でも…二人とも無事だといいね。
アカツキ会長は…なんか、ワルぶってるだけみたいだから…」
「ええ…ホントです。
底抜けのバカです。
あの二人は」
…本当、アキトさんのバカっぷりに付き合うと疲れます。
でも…それでも嫌いにはなれないんですよね。
恋愛は惚れた方の負けですね、やっぱり。
アカツキさんのバカさも…どうにかしたいです。
こんな馬鹿げた決闘をするような…。
遺跡の取り合いとかでなければアキトさんとやり合うつもりはなかったと思いますが。
…でも考えてみるとアカツキさんが木連を滅ぼすという発想は、どこか馬鹿げています。
ボソンジャンプのキーである遺跡を握ってしまえば、
あとはむしろ戦争を長引かせた方がネルガルには利益が大きいです。
そんな事に気がつかないアカツキさんではありませんし…。
その上で自分を撃った草壁とヤマサキを殺す、なら分かるんですが…。
…あまり長考しているとのぼせてしまいますね。
「ユリカさん、上がりましょう。
…もう疲れ切っちゃいました」
「…うん」
「…ユリカお姉さん。
あなたが居てくれて本当に良かったです。
アキトさんが居ないといつも心細くて仕方ないんですけど…。
あなたと居ると大丈夫なんです」
「…そう、なの?
嬉しいな…」
…私はユリカさんと居たい。
できれば…アキトさんも、テンカワさんも、お父さんも、ルリも、ラピスも、
戦いを終えて、みんなで暮らしたい…。
今の事情を考えればきっとそうはならないんでしょうけど、
戦いが終わったら…何か変わってくれるかもしれない…そんな気が…。
いえ、そんな願いを抱いています。
「…ね、ユリちゃん達もナデシコに乗ってくれるの?」
「ええ…ユリカさんを守りたいんです…。
もっと一緒に居たいんです…」
今度こそ…ユリカさんを守りたい。
…今回は火星に着いたとしても、生きて戻れるかは分からない。
草壁がどんな策をめぐらせているか分かりません。
また彼らに敗北してしまうかもしれない。
その時は……。
「ユリちゃん…ぐすっ…。
でも…PMCマルスはどうするの?
ユリちゃん達なしじゃ…」
「アキトさんが勝てばユーチャリスが手に入ります。
戦力的な問題は何とかできます。
それにアカツキさんとも和解できたら…。
もしかしたらナデシコと並んで運用するかもしれませんし。
そうなれば問題なんてほとんどなくなりますよ」
「そっか…。
嬉しいっ!」
「わっ!?
ユリカさん危ないですよ!」
湯船の中でユリカさんは私を抱きしめました。
タイル、固いんで…頭を打つとさすがに痛いですから。
「ふふふ…」
「えへへへ…」
「ずっと、一緒です」
「…うん」
本当に幸せです。
ユリカさんと姉妹でいるこの時間。
今は勝てるか分からない戦いに、命を賭けて何とか頑張るしかありませんが…。
今度こそ無くさないように…戦い抜く。
──でも、ユリカさん。あなたに一個だけ嘘をつきます。
あなたが…ナデシコのみんなが死ぬかもしれない時……。
私とアキトさんは…喜んで命を投げ出します。
そうすることしか出来ない時が来たら、きっとそうします。
ナデシコのみんなが…テンカワさんとユリカさんが幸せになる未来があれば…。
それでいい…。
それでいいんです…。
本当は…そうしたくありません…。
そうならないようには努力しますけど…。
私もアキトさんと幸せになりたい。
幸せな時間を過ごして、年老いて、後悔なく笑顔で死にたい。
それでも…。
──あなたが生きていない未来なんてもう見たくありませんから…。
ミスマル提督はなんとか助かりましたが、どうやら面倒事へつながってしまったようです。
ついに裏でちょいちょい動いていたアカツキ始動回です。
彼も複雑な心境でアキト達を見つつ、
草壁への対抗策を模索している状態でしたが、果たしてどうなりますやら。
勝てればついにラピスと母艦を手に入れることができますが、
ラピスは何も知らずに黙ってみているしかないのか!?
そして暗殺を企てた張本人たちは?!
ってな感じで次回に続きます!
そんなわけで次回へ~~~ッ!
>あらら、暗殺されちゃったか。
>・・・何事もちゃんと考えて行動しないとあかんね、うん(何か身につまされた模様)
責任について真剣に考えているつもりでも、
想像以上に配慮できていなかった自分に気づいて悶える事が未だに…。
…私は責任について正しい感覚が身についてなくって、
話が書けなかった時期が長かったんだろうなーとか考え始め(死
>しかしミスマル提督にとばっちりが来るとは・・・どうなることやら。
ナデシコ出向後の話のほうが多いのでミスマル提督はあまり出てこないので、
彼に直接かかわるエピソードをもっとやりたかったりで入れてみました。
>>かしらかしらご存じかしら
>懐かしいなあw
あの噂話の体を表現しやすいやり方が面白かったので、
本編でもやってみたくなったりでしたw
ラピスだよ。
ミスマル提督が助かって良かった。
後でいーっぱいアキトに褒めてもらおっと。
私もそろそろリハビリ終わって、病室を抜け出したい。
アキトの一番のパートナーは私なんだから!!
とはいえ、アキトもまだフラフラだから用心しなきゃね。
情報収集、頑張らなきゃ。
登場人物が多すぎていろいろ収集が付かなくなってない?
でもそれなりに進展してるし大丈夫じゃない?
ナデシコ乗り込みにようやく近づいてきたよ!なナデシコ二次創作、
を、みんなで見てねっ!
感想代理人プロフィール
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代理人の感想
どうにかうまいこと行ったかー。
しかしアカツキ、また変な条件出してきたなあ。
原作でもわざわざパイロットとして乗り込んできた事と言い、
実は自分の体を動かしたいタイプなのかねえ。
※この感想フォームは感想掲示板への直通投稿フォームです。メールフォームではありませんのでご注意下さい。