本当にびっくりしました。
アキト兄さんが多重人格…。
前世の記憶があるというのは信じきるわけにはいきませんが、
あの能力を考えるとそういったほうがよほど納得できます。
さっきの子供じみたしゃべりかたも演技ではなさそうですし。
…でも正直、ホッとしました。
今後がどうなるかは分かりませんが、
ひとまずアキト兄さんもユリカさんも、ユリ姉さんも信頼できそうです。
…なんていうかアキト兄さん普通じゃないんですけど、
一緒に居ると普通に生きることができるようになれる気がします。すごく。
あ、いけない。
私の両親のことを聞いておきたいんでした。
「アキト兄さん」
「ん?なんだいルリちゃん」
…なんか呼び慣れてません?
ま、いいけど…。
「私の両親…実の両親のことって、知りませんか?」
「一応、知ってるよ」
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
「う、うん」
聞いておいてなんですけど…本当に知っているとは。
こんなにあっさり情報が得られるとは嬉しい誤算でした。
となると…育ての両親は私を売るために秘匿していたんですね。
そうしないと社検に受かる努力をしなくなり、売れないから。
売った後だから、私の両親の事を知っているアキト兄さんに会えるようになったと。
…本当に嫌です。むかつきます。
でもそんなことは今はどうでもいいです。それより…。
「教えてください!」
すでに家族になるというのは決定でいいんですが、
それはそれとして両親の素性を知りたいんです。
私は何のために生まれ、そして研究所に預けられたのか…。
預けられたのは愛されていなかったからかもしれない。
でも、私は自分のことを知りたい。
知らなければ、納得できない。
あのおぼろげな影しか覚えていない父と母がどこへいったのか。
育った場所はどこなのか…。
それくらい、知る権利があると思います。
…でないと、私は…作られた人形みたいにしか自分を見れなくなります。
でも…アキト兄さんがクローンであるのにこういう風に考えるのは傲慢かもしれませんが…。
「…これはユリちゃんに聞いた方がいいよ、きっと」
「どうして!?」
「会う前から考えていたことなんだけど、
俺は真実を話すことはできるけど…。
そのあと、
戸惑ったルリちゃんをどう導くべきなのか俺には判断できなかった。
相談したら、ユリちゃんは何か考えがあるみたいなんだ。
だから、ほんの少しだけ待ってくれないかな」
「…そうですか」
…仕方ありませんね。
とはいえ、焦ることもありません。
何しろアキト兄さんもユリ姉さんも知っているみたいですから。
ナデシコ出航前に二人が近くにいる間に聞いてしまえば問題ありません。
「それじゃそろそろおいとまします。
アキト兄さんもお大事に」
「うん、ありがとう。
…そういえば今日はお休み?
良ければうちの会社に遊びに行ってくれないかな。
みんな気落ちしてるから、顔出してくれると…」
「あ、ごめんなさい。
今日はネルガルが外部に宿泊施設をとってくれたそうで、
職場のみんなと海に遊びに行くんです」
「おお…ネルガルが…。
太っ腹だね。
ナデシコのみんなと、仲良くしてる?」
「ええ、とっても。
ブリッジクルーのミナトさんと仲良くなりました」
「そっか。
じゃあ、楽しんできてね」
「はい!」
私は一礼して病室を後にしました。
…あれ?私ナデシコの事を言いましたっけ?
ユリカさんから聞いてたのかもしれませんね。
そんなに気にすることじゃないかもしれません。
と、そんなことを考えていたら、アキト兄さんの会社の人が迎えに来てくれました。
まだ日は高いですし、行きましょう。
私…海、初めてでちょっと嬉しいです。
「ええ、すみません。
不手際があって…はい。
処分は保留ですか?…助かります。
次こそは。
では近日中にお伺いします」
端末を切って、クリムゾン会長との会話を終えた。
…計算外なことばかり起こりやがる。
会長も、今回の事は計算外だらけで俺たちの失敗を追及できなかったんだろう。
ホシノユリの出生についても意外で…まあ普通はDNAまでは調べんからな。
しかしホシノアキトが…まさか防弾服を脱いだのに、
至近距離の、しかも心臓に45口径の弾丸を受けて生き延びるとはな。
もっとも…過去22発の弾丸を受けて死ななかったマフィアが実在していたらしい。映画化もされた。
それを考えれば、1発くらいなら生き延びるというのはあり得なくないがしかし…。
ホシノアキト…。
あの容姿、能力…どこかの研究所の人体実験の産物だろうが、その研究所が分からない。
ネルガルの製品を使い、ネルガルに加担するようにしていることから言えば、
あいつはネルガルに関係があるのは間違いないが…。
何しろネルガルの研究所も、あのミスマル提督の調査で解散、研究員もだいぶ逃げ延びたらしい。
そうなると、調べる方法はない。
この調査で…クリムゾンも、この間大打撃を受けたからな。
もっともそうでなかったとしても、今のところ奴を倒す方法がほとんどない。
暗殺しようにも奴の周りには常にファンと監視の目がある。
これからは恐らくネルガルと連合軍の監視も追加されるだろう。
俺の『英雄つぶし』の技術も、ここまで目立っている奴相手だとそれなりに難しい。
親しい人間すらも自分の会社にまとまってしまっている。
…というかあいつ肉親いるのか?
非合法研究の実験体だったとしたらモルモット…まずいないだろうが…。
それも調べる必要があるな。
しかも奴自身も会社からほとんど出ようとしない。
あいつはどんな私生活をしているんだ?
まあ、それもすぐに分かるが…。
「ライザ」
俺の後ろでキーボードをたたいていたライザの肩がびくっと震えた。
通話は聞こえていただろうから、処分はされないと思ったんだろうが、
罰があるとでも思ったみたいだな。
「不手際だったな」
「…ごめんなさい」
ライザはひどく落ち込んだ様子だ。
俺は責めるつもりは毛頭ないが、どうもこいつは俺に責めてほしいって顔をしているな。
ま、それはあとに取っておくことにしよう。
今はな。
「失敗は失敗だ。
とはいえ、人材不足だから首の皮一枚だが生かしておいてやるぜ。
さしあたってはPMCマルスのレポートをさっさとまとめろ。
主観があっても構わない。
出来る限り、奴の弱点を探れるようにな…」
「…はい」
──あの襲撃事件の夜、俺に見せたあの顔が嘘のように沈んでいるな。
だがこいつも絶望や失敗を受け入れることには慣れている。
役立たずだったらもう追い出すが、やりきるだろう。
レポートの出来上がりが楽しみだ。
私は初めて訪れる海を満喫していました。
私は運動をしたりは苦手ですが…こういうの、結構たのしいですね。
浮かれているみんなも、いい雰囲気です。
トラブルや仕事から逃れて一日遊びに来れるというのはやはり、大人になっても嬉しいんでしょうね。
バカになるというのは、自分を解放するっていうことなんでしょう。
…と、思えてました。
海に来て3時間くらいは。
夕暮れになって、夕食のバーベキュー大会になっていると…。
…どんどんと私の姿をみて人が集まってきてしまいました。
ビーチで遊んでいる時は人数が人数なのでそれなりにネルガルで貸し切り状態のビーチを使えたんですが…。
バーベキューは別の場所に入る形になってしまったので、外部の人が居る状態になってしまいました。
そうなると、もう例によって例のごとく、です。
アキト兄さんってこんなに大変な事が普通、毎日のことなんでしょうね。
私はマシンチャイルドの特徴を持っているため、当然アキト兄さんによく似ています。
こういう目立つ場所にいると、アキト兄さんの妹であるとバレバレで、当然絡まれます。
ミナトさんが適切にブロックしてくれているので妨害はされないんですが…遠巻きに盗撮されています。
なんていうか…。
「…勘弁して」
「ほら、ルリルリ。
焼けたわよ。
元気出しなさいって」
「ありがとうございます。
…やけ食いしてやります」
アキト兄さんほどじゃないですけど、私も結構食べれるほうですから、
やけ食いしましょう。
ナデシコでの研修中に食べるごはんがおいしくて、
普通の食べ物の良さを痛感します。ホウメイシェフに感謝です。
…それにしてもあの人達、マスコミに私の写真でも売り込むつもりでしょうか。
はぁ。
ホント…バカばっか…。
「うん…何とかなってよかったよ。
こんな時に動けなくてごめんね…」
『あまり気にしないで下さい。
無理に動いたら死んじゃいますよ。
あなたが生きていないと私も…その…』
「…うん、そうだね」
俺はユリちゃんと電話で話していた。
ユリちゃんも疲労がひどいので、ミスマル邸でもう寝てしまおうとしているらしい。
あの襲撃事件から…本当に激闘だったもんなー。
「今回はラピスにだいぶ助けられました。
後で十分にほめてあげて下さい』
「うん、分かってる。
…ユリちゃんもね」
『…!』
ユリちゃんは本当に頑張ってくれたが、
まだ精神的にかなり疲れ切っているはずだ…。
俺も労ってあげたい…。
だが今…そういう時間を取れるか…。
いや、なんとしても取らないとだめだ。
いろいろと話し合うのはそのあとでいい。
そうしないと、ホントにダメになっちゃうよな、俺達。
ただでさえ忙しいからって後回しにしすぎだ。
いつもそんな風に思ってるのに、できていない。
けど死にかけて…やっぱり『すぐ』じゃないとダメなことがたくさんあるって気づかされた。
そうしないと…俺もそうしたいって思っていたのに。
一刻も早く、何が起こってもお互いの後悔がないようにしないと。
この間のデートで失敗したのが堪えていたから…お互いに少し距離が開いていた気がする。
今なら…ユリカにも背中を押してもらった今なら。
もう、あんな事はない。大丈夫だ。
あれが夢だったとしても、関係ない。
俺はユリちゃんと…。
「…期待、しちゃいますよ?』
「だってさ…まだ東京でいろいろ頑張ってくるんでしょ?
これからも大変なんだからさ…」
『…ありがとうございます。
やる気出ますね』
「無理はしないでね」
謝罪会見で、俺達の主張ははっきりしたが、
それでも各所で都合よく俺たちを使おうとする人たちがいるかもしれない。
ユリちゃんはそれぞれのテレビ局やマスコミにくぎを刺しに行くみたいだ。
眼上さんもそれについていくみたいだな。さっき佐世保を発ったと連絡があった。
『…アカツキさんの件、ホントは責めたいんです。
私も止めるようには言ったんですが、
でも…勝負をやめるなら、
ラピスをアカツキさんとエリナさんが引き取ると…』
「相変わらずあいつは抜け目ないな…。
ある面ではそれもそれでいいかもしれないが…ラピスが嫌がるだろう。
俺もラピスを、自分で見てやりたいから』
『…あの、アキトさん」
「うん?」
『…いえ、なんでもありません。
お大事に』
「うん、養生してるよ。
…戻る時は連絡して、体が良ければ迎えに行くよ」
『はい…』
…どことなく、急にユリちゃんの元気がない。
どうしたんだろう?
いや考えまい。女の子の考えなんて読めやしないんだから。
……そういえば。
「腹減っちゃったな…」
病院食というのはどうも物足りない。
…仕方ないな。
病院食じゃとても足りないので…すこし引け目はあるものの、
食事を追加でとっている。
しかし…。
「アキトさん、これ食べて下さい!」
「私も!どうぞ!」
「おう、兄ちゃん頑張ってくれてありがとな。
よければもらってくれ」
「撃たれて重傷って聞いたけど元気そうだ。
よかった、これ食べなよ」
「ありがとう、助かります!」
俺は食堂でとかく目立ってしまうので…食べているそばからおかずをおすそ分けしてもらっている。
お礼とばかりに増えていくおかず…時にそばとかラーメンとかどんぶりものとかまでくれる。
これくらいのレベルでお返ししてもらえるって、なんかすごく嬉しいなー。
おおげさにお礼されちゃうと気兼ねしちゃうから。
…本社に花とか花輪まで送ってくれる人もいるみたいなんだけど、
今の大食いな俺にはこっちの方がいい。花より団子だ。
「…あの、ホシノさん。
そんなに元気なら退院してもらっていいですか?」
「すみません、まだ傷は動くと痛むんですけど、
これくらい食べないと餓死しちゃうんです…」
担当医の、さらに上の上司に叱られてしまったな…。
けど本当に空腹でかえって傷が治んなくなりそうで…。
「…はぁ。わかりました。
騒ぎにならない程度にお願いしますよ。
看護師の女の子はやる気がでてくれますけど、
やっかむ人も結構いるんですからね」
「申し訳ないです」
医師が去っていくと…入れ替わりにマエノさんが現れた。
「相変わらずだな、アキト」
「マエノさん。
食べ過ぎて元気なら退院しろって怒られちゃいましたよ」
「はは、そらそうだ。
…お前はどれくらいかかりそうだって?
俺はそろそろ退院していいそうだけど」
「…なんとも言えません、昨日の今日ですし。
無事だったのはナノマシンのおかげみたいってことしかわかりませんし…」
そう、俺の心臓に銃弾が届かなかった理由はナノマシンのおかげだったそうだ。
体内に光を充満させるレベルのナノマシン量…。
それは撃たれた瞬間に硬化して、俺の内臓を守ってくれたらしい。
摘出された銃弾はナノマシンのきらめきに包まれており、かろうじて心臓への直撃を防いでいた。
そして俺が15分以上心肺停止しても脳死しなかったのも、
ナノマシンが止まった心肺機能の代わりに脳に酸素を送ってくれたのが原因らしい。
らしい、というのはほとんど推測にすぎなかったからだ。
普通は低酸素状態が続くと脳に障害が残ったりする。
そうでなくてもすぐにしゃべることなんてできない。
俺の場合、ユリちゃんに人工呼吸してもらっただけでハッキリ喋れるようになれたし…。
心臓には直接触れてなかったとはいえ、衝撃は相当だったのにな。
もっともこの二つの働きを行った直後、
俺のナノマシンはほとんど休止状態になってしまい、
脳神経の代わりをしているらしいナノマシンまでほとんどが休止、
髪の毛の色も黒に戻って、身動きがほとんどできなくなっていたようだ。
…そうなると、ユリちゃんの髪の色の変化もなにか関係がありそうだな。
何しろあの人工呼吸で俺もナノマシンの状態が回復して動けるようになったわけだし。
うーん。イネスさんさえ居てくれればなにか分かるかもしれないんだが。
「しかしお前の体内のナノマシン量が過剰に多いって知らなかったぜ。
大丈夫なのかよ?」
「不便はしてません。
体調を崩したこともないですし。
しいて言うなら大食いになってしまったことくらいですよ」
「そうか。
…お前の秘密が一つ分かった気がするな」
俺はこの件について『ネルガルで新型IFSのテスターをしていた』で通すことにした。
おぼろげに覚えている『幼い』ホシノアキト時代の研究員の言葉でも聞き覚えがあったし、
ルリちゃんもそう認識していたから間違ってはいないだろうし。
「いつもどおり大食いしてるのを見て安心したぜ。
また後で病室に遊びに行くからな」
「どうもっす」
マエノさんは俺の前から去っていった。
俺も負傷で体がまだ重いが、骨休みだと思って今は十分休むことにした。
この三ヶ月はなれないことを必死に頑張ってしまったからな。
のんびりするのも大事だろう。
もっともナノマシンが細胞の修復を手伝ってくれているみたいで、
この二日で急激に傷がふさがってくれているらしいから、もう何日かするだけで直るかもしれない。
…内臓が近い傷口からナノマシンの光がこぼれるので、
なんか宇宙人とか光の戦士とか言われてるのは、ちょっと嫌だが。
命には代えられないから耐えよう。
…病室に戻る前に、例によって食堂でファンの子に捕まっていろいろ聞かれてしまった。
これはもう毎日のことだからあきらめているが…。
たまにはちゃんとやり取りしてみるのも、悪くない。
何しろ俺も入院していると退屈がすぎるからなー。
ユリちゃんに何をしたら喜んでもらえるかの相談も、たくさんした。
女の子にも、男性にも、とにかくたくさんだ。
この間はベタなやり方もやったが、やはり人によって違うんだな。
確かにそれぞれ趣味も違うし、当然だ。
…う~ん、やっぱりいろんなケースを知るというのは大事なことなんだな。
良い経験になった。
連合軍は洋上プラントをいくつか持っている。
いまだにネット上ではなく、将校が集まって総会を開くということが常態化しているので、
戦艦が停泊しやすく、かつ国同士でのアクセスができるだけ不公平にならないような位置に、
洋上プラントを作り、そこに集まる形になっている。
最近は木星トカゲがほぼマークしない太平洋にある洋上プラントを使うことが多いようだ。
「おいっ、どうなっているんだ!?
PMCマルスとミスマル提督への嫌疑は多重にかかっていたんじゃなかったのか!?」
「わ、私が知るわけないだろう!
リークされた情報の提供元は信頼できるところだったのか!?」
「ミスマル提督がホシノユリに襲撃後に交渉したんじゃないのか!?」
「我々が動きを押さえていたんだからあり得るわけないだろう!!」
「遺伝子的な調査でも100%実子、一人娘のユリカ嬢とも姉妹と確定している!!
この点を虚偽ということはできん!!」
「ではPMCマルスが最初からミスマル提督の支配下にあったというのは?」
「それもあり得ん!
遺伝子調査が行われたタイミングと合致しない!
ミスマル提督とはいえど、そこを改ざんすることはできん!!」
「ではやはり少佐は別の勢力に暗殺されたのか!?」
連合軍上層部は、PMCマルス襲撃事件、そして少佐の暗殺事件について議論を行っていた。
しかしそのありさまはひどいものだった。
パニックに陥っているという方が正しい。
何しろ目の上のたんこぶであったはずのPMCマルスは、
世間の期待以上の、英雄視されるレベルの活躍を見せ、
そのPMCマルスを襲撃させた連合軍は批難を浴びていた。
連合軍の信用にかかわる事件に、全世界が震撼した。
当然、連合軍特殊部隊を動かせるミスマル提督の勇み足だと連合軍上層部は判断した。
それでもミスマル提督の人物像からかけ離れているため、反対は多かったが、
押し切る形でミスマル提督の処分を進めた。
そうしなければ連合軍そのものが信用を失うことになりかねなかった。
ところが、ミスマル提督の謝罪会見で現れたユリによってそれが覆された。
ミスマル提督の処分を推し進めた上層部の面々はこれに泡を食った。
彼らは正義感の強いミスマル提督を排除したい気持ちが大きく、
自分たちの利益や気持ちのほうを優先して無理筋を通そうとして現在の事態を招いていた。
しかもあまりに短期間での決着を目指してしまったのが、彼らに対する不信を産んでいた。
彼らを批難したのは各国のマスコミ、民衆、そして政治家たちである。
この事件のすべては、ネットのみならず通常のマスメディア全体で報じられることになり、
謝罪会見内でのユリの発言は完結に、短く、都合よくカットのしようのない内容で、
ほとんどゆがめられることなく全世界に発信された。
また、彼女が連合軍基地の外でデモ隊に対して発した言葉も、
マスメディア・ネット上で大きく拡散された。
彼女の『ホシノアキトをダシにする人間』への強い抗議心は、
ホシノアキトを英雄視しつつあった世間の空気に冷や水をかけることになった。
その働きの大きさに対して、とてつもなく小さな夢。
戦争が終わらなければ、いつ失うかもわからないその小さな夢を叶えたいという気持ちは、
全世界の、戦争による被害にあえぐ民衆の心を動かした。
彼らもいろんな夢を失って生きていた。
ホシノアキトの気持ちに同調する形で、民衆は彼を支持しつつあった。
同時にそんな彼らを陥れようとした人間への批難が加速していった。
ユリがミスマル提督の実子であることを伏せた理由も、ほとんどの人間は十分に理解した。
会見で言った通り、発表すれば出撃が遅れてしまい今回の戦果も挙げられなかった事、
現在の騒動の大きさから考えればあまりに当然だった。
そして連合軍が最も恐れていたことが実現しようとしていた。
PMCという業態の、勃興である。
かつて軍が『軍を動かしたと判断されたくない』として外部委託を行うための組織として利用された、
PMCという業態は割に合わない職業であることもあって、
戦艦運営すらオートマ化された22世紀末の現代においては数が少ない。
しかしエステバリスを扱うPMCマルスによって、成立する職業になりつつあった。
各国の、比較的資金集めができる層がこぞってエステバリスを手に入れようとし始めているのである。
そしてホシノアキトの気持ちに同調するように立ち上がった民衆たちは、
このPMCの勃興に呼応する形で集まり、急速なムーブメントへとつながっていった。
もっとも、まだ準備段階なので具体的にどうこうということはないのだが…。
──こうなると、連合軍の立場が危ぶまれる。
彼らも焦りながら、PMCマルス襲撃事件の首謀者探しに躍起になっている。
自分たちが関係ないと証明できなければ、間違いなく辞任に追い込まれてしまうからだ。
民衆たちが「自分たちの身は自分で守る」と表明してしまえば、連合軍の解体にすらつながりかねない。
それは木星トカゲの撃退には効力を発揮するだろうが、
その後地球圏全域で、国同士の衝突、戦争を引き起こす可能性がある。
連合軍はそれを避ける義務があった。
そのためにも、首謀者を探し出さなければならなかった。
少なくとも、暫定的に犯人でないとしても処分する対象がいなければことは収まらない。
その上でPMCに関する法律の制定をし直し、制御する。
そうしなければ、反感で連合軍の瓦解を興しかねない。
──その結果として。
「…なんで私が!?」
「…すまん、お前しかいないんだ。
遠いとはいえ少佐の血縁者で、関係がありそうな将校はお前だけだ。
しばらく第三宇宙艦隊を預けることになるが、
出来る限り早めに…無実を証明してやるから、頼む」
「だ、第三宇宙艦隊って今は月との小競り合いをしている箇所ですが!?」
「チューリップが動かない限りは大丈夫だ、だから…」
バール少将はアフリカ方面の軍上層部の言いつけで、第三宇宙艦隊に配属になろうとしていた。
月は技術的な拠点であることもあり、月に取り残された人間を助けるのは目下の課題だ。
そのため激戦区になりやすく、多数の艦隊が何度も攻撃を繰り返している領域である。
本来この場所に更迭予定だったミスマル提督の無実が証明されてしまったため、
空席になってしまった場所に誰が入ることになるかという問題が起こる。
そこに白羽の矢が立ったのがバール少将だった。
ホシノアキト暗殺の犯人は当然見つかりづらい。年単位の操作になる可能性すらある。
そうなると少佐にPMCマルスの襲撃命令を出した人物の特定が必要になる。
少佐は極東方面軍の直轄であり、ミスマル提督が命じたのでなければ、
何らかの縁がある人間が命令したことにしておかねば、辻褄があわない。
そうなると距離が離れていても血縁者のバール少将は適任だった。
しかしミスマル提督同様、肉親であるため、彼の暗殺は命じてはいないとは考えられていたが、
連合軍の不信を一時的に避けるための避雷針として、バール少将を差し出すことになった。
──もっとも、本当にバール少将が少佐に命令したとは知らなかったが。
因果応報である。
私はユリたちと別れた後、
上層部に今回の騒動について弁明し、各所に連絡と報告を続け、
移動中に仮眠を取って今、この洋上プラントにたどり着いていた。
一応無実が証明され、処分がなされることはなくなってくれたようだが…。
もっともPMCマルスによって各地でPMCの勃興が起こったことで、
上層部からは「ホシノアキトにPMCを辞めるように言うか、各地のPMCを押さえるように」と、
釘を刺されてしまった…。
まあ今アキト君を戦いから降ろすことがあれば民衆の不満がかえって爆発するだろう。
PMCの勃興の件については各国の政治家がやることで、私のやれることなど皆無。
そんなことはできないと分かっていながら言っている、嫌味に過ぎない。
とはいえ…。
「ミスマル君、君は娘にも娘婿にも恵まれたなぁ」
「ミスマル、ズルいぞ」
「そうだそうだ」
「ふふふ、やらんぞ」
私は他の方面の提督に囲まれてやっかみというか、からかいというか、
小言をずーっと言われていて少し居心地悪く…いや、それなりに私も自慢しつつ席についていた。
アキト君の戦闘能力や出自については、
ネルガルのアカツキ会長がある程度保証してくれたので、深く追及されずにすんだが、
それでも意図せず『英雄の義父』になってしまったことでいろいろ聞かれてしまっている。
…PMCの勃興という問題こそ起きたものの、
連合軍でもエステバリスの有用性が知れ渡り、
ネルガル製の兵器の導入の検討が進んでいる。
今回の招集の目的も、この部分が大きい。
木星トカゲとの戦闘も、かなり有利になることだろう。
エステバリスの有用性を知らしめるのが、
最短の道と言っていたアキト君の言う通りだったな。
…そういえば、ユリカの受け持つネルガルの戦艦・ナデシコ…。
ここまで木星トカゲに対抗できるエステバリスを作ったネルガルであれば、
その威力は想像もできないものになるだろうな。
となれば…アキト君がアカツキ会長との勝負に勝てば手に入る、
ユーチャリスという艦もそれに匹敵するものと考えるべきだろう。
ナデシコが登場するまでは間違いなく地球圏最強の艦、と言っていたしな。
もっとも巡洋艦クラスでそこまでの火力があるとは考え難いが…。
…ううむ、しかしあのアキト君の事だ。
巡洋艦一つで木星トカゲの艦隊すら撃破してしまうかもしれん…。
ユリもユリカほどではないが、
ユリカに二回勝ってしまったほどの戦術・指揮能力を持っている。
ひょっとしたらひょっとするな。
それにしても…バール少将を…。
血縁を理由にして少佐の命令者にするのは、ちと行き過ぎた事に思えるがな。
混乱を避けるためとはいえ、無実のものを動かすのはあまり感心しない。
…それに暗殺者の行方も、犯行理由も分かっていない。どこの勢力が…。
未だに捜査は行き詰っているようだしな…。
『えー、それでは本日の議題を……』
議長が、私たちの視線を集めた。
エステバリスの導入についての話と、長所短所の話、運用上での問題点、
パイロットとして向いている資質を持った人間の話など…。
一つ一つ詳しく説明している。
予算的な折り合いはついていないが、
エステバリスを導入しなかったことで起こる損失を考えれば致し方無い。
そして、話はネルガル製の武器や艦船の話に移り…。
フィールド対応型のミサイルの配備をまず進め、順次現行の連合軍艦船に搭載する。
そして次は新型戦艦の建造をネルガルが進めているという話に変わった。
「ネルガルは二隻の試作艦を建造中、ナデシコとユーチャリスという名です。
その威力を確認後、本格的に三隻の戦艦を建造予定。
この三隻のうち、二隻…シャクヤクとカキツバタは地球圏の遊撃に使用し、
最後の一隻のコスモスは、
宇宙での戦いを有利に進めるためのドック艦としての運用を計画しているそうです」
「試作の二隻の配属は?」
「ナデシコはネルガルが私的運用を計画しており、
もう一隻のユーチャリスはPMCマルスに提供される予定だそうです」
会場がどよめいた。
当然だな。
これだけの期待を受けているネルガルの新型戦艦を、
まさか連合軍に渡さないとは考えられないだろう。
しかもPMCマルスの戦闘力は本物だ。
とはいえ母艦が皆無であればその能力も半減以下になる。
そこに最新鋭の、しかも対木星トカゲ兵器を作れるネルガルの艦が入ってしまえば、
それこそ連合軍の存在意義が問われてしまう威力を発揮してしまうだろう。
…全員の鋭い視線が私に向いているな。
これも当然か。
彼らはまだもう一隻のほうのナデシコの艦長がユリカである事は知らないだろうが…。
ここで知られるとブーイングの嵐だろう。黙っておこう。
…しかしアカツキ会長は、
アキト君との勝負の結果も出ていないのに、
もうそこまで発表しているのか?
勝てないと分かっていて話を進めているというのか?
…ますますわからんな。
「…ミスマル提督、彼らに肩入れしすぎではありませんか?」
「私に言うな。
これはネルガルの会長が決定したことだ。
私はそれを聞いただけだ」
「しかし、これはちと問題では」
「問題がないとは言わんが、優秀な武器は優秀な人材に使われるのが良いだろう。
そういう面では私もこの決定を支持している。
決して娘と娘婿の会社だからと推薦したわけではない」
「…これは上層部の承諾も得ております。
我々はPMCマルスに借りがあります。
佐世保奪還の朗報も、士気の高揚に作用しました。
何より、彼らを襲撃してしまった汚名はここまでしないとそそげない…。
というのが結論になりました」
議長の発言に、ざわついていた一同が黙り込んだ。
なるほどな。
その路線であれば無理筋とはいえん。
ネルガルも要請があったとしても接収には応じないつもりではあったんだろうが、
『連合軍がPMCマルスに喉から手が出るほど欲しかった戦艦を使う許可を出した』
という建前を準備することで、PMCマルスに艦を渡す筋書きか。
連合軍は自分たちのメンツを保ちつつ、しかも無料で名誉を回復できる。
ネルガルも正面切って自分たちの商品の宣伝が一番うまいPMCマルスに戦力を与えられる。
PMCマルスも、より強力な戦力を得ることが出来る。
…誰も損をしないいい展開だな、確かに。
戦果を奪われる懸念もあるだろうが、共同戦線を取ることで戦果を共有することも可能だ。
それにPMCマルスは依頼があれば協力してくれる会社だ。
しかも、継続して資金を提供する必要もない。
一回きりのスポットで呼ぶことすら可能だ。
連合軍と共同戦線を張り続ければ、ユリと私の事がなくても、
PMCマルスが連合軍を支持している、と自然に思ってもらえる。
そうすれば過剰なPMC会社の勃興は抑えられるかもしれん。
連合軍としては予算を割くのは嫌だろうが、
依頼一つで呼び出せる戦力が増えると考えればむしろ使いやすいんではないだろうか?
21世紀初頭のPMCとはまさにそういうポジションだったようだしな。
そういう意味でも巡洋艦を手に入れるというのは、いいことになるだろう。
連絡があればすぐ駆け付けられる強力な部隊…うむ。良いポジションだ。
連合軍特殊部隊襲撃の件で、距離感を誤ると叩かれるので慎重になってくれるだろうしな。
「とはいえ、彼らをあてにして連合軍の本懐が遂げられるとは思いませんが?」
…またアフリカ系の提督か。
うーむ…どうにもいい顔をされないんだな、あっちの軍には。
「言いたい事は分かるが、選択肢を選んでいる場合ではない。
それに、彼らとの共同戦線を張る他にもとれることはたくさんあるだろう?」
む、今度は西欧方面のグラシス爺だな。
彼も年の割には柔軟な対応を得意としている…。
普段は重鎮じみた態度が多いが、なかなかに抜け目ない。
「…と、言いますと?」
「PMCマルス、そしてネルガルにエステバリスのパイロット養成を頼むんだ。
あのホシノアキトも、ネルガルの養成所で鍛えられたという。
素質があるものを、エステバリスのパイロットとして養成すれば、
そのノウハウを覚え、さらに他の兵士に株分けし、どんどん広めることが可能だろう。
期間はそれなりに必要だろうが、なに、戦っている年数は我々が上だ。
死ぬ気でやれば短期間で彼らに追い付くことだって不可能じゃないだろう」
…なるほど、そう来たか。
確かにグラシス爺の言う通りだろう。我々は組織的な戦闘や訓練に関してはプロだ。
新兵器の訓練や、運用方法について真剣にやれば普通の民間上がりよりは早く構築、習得できる。
エステバリスが新兵でも使えるとは言っても、軍としての連携ができればできるほど強力になる。
数がそろえば、本当に強い軍になっていくだろう…。
単にエステバリスの導入のみ行うのでは、運用を見出すのに時間がかかる。
運用について確かな成果を出しているPMCマルスとネルガルの養成所に訓練を頼むのは妥当だ。
そういう意味でも巡洋艦があれば艦隊でのエステバリス運営についても考えやすくなる。
アフリカ方面の提督はむくれたように黙って座った。
…やれやれ、ひとまずは安心だろう。
…しかし、またユリとアキト君の負担が増えてしまいそうだな。
ネルガルの養成所とは言っても、
アキト君の事で一応調べたがオープンに訓練生を募っているわけではないらしい。
そうなると、PMCマルスに訓練生が集まる形になってしまう。
間違いなく二人の負担が増えてしまうな。
軍としては情けないことだが、これも致し方あるまい。
新時代を切り開くのはいつだって若者だ。
新技術の導入も私たちの年齢になってしまうと難しいところもある。
ひとまず、会議が終わって…私は帰る前に親友であるムネタケ参謀と、
極東方面軍の今後の動きを話し合うことにした。
何しろ、私たちは仕事も課題も多すぎるからな…。
ユーチャリスの一件も、各所に説明せねばなるまい。
徹夜明けで、何とか移動中も眠っていたとはいえ、疲労が抜けきってはいないが…。
また仕事が重なってしまうな。
いや、今度こそユリとアキト君の為に力にならなければな。
二人のためにも根回しを怠るわけにはいかん。失敗できんぞ。
「…はあ、やっとおわりましたね」
「お疲れ様、ユリさん」
私たちは各テレビ局、マスコミに私たちの主張・方針がゆがめられないように釘をさして回っていました。
もっともそれでも多少なりとも曲げられるのは仕方のないことですが…。
少なくとも最終的にアキトさんは戦いが一段落すれば、
戦うのをやめて食堂を始めたいのが本音、と広まらないといけません。
これは連合軍をある程度安心させる目的もあります。
PMCマルスがいつか連合軍に取って代わられるのでは…と不安視している軍のひとも多いみたいですし。
この間のデモの人達みたいに、過剰な期待を寄せるのも避けたいです。
アキトさんの情報はかなり詳しく詳細に広まっていますし、誤解も生まないくらいに知られてしまっています。
デモ隊の一件で、ダシに使われづらくはなるでしょうし、今後はある程度大丈夫です。
私とお父さんの関係が多少スキャンダル扱いされるのは仕方ありませんが、
将来に影響を与えるレベルにはならないと思います。
…もっとも、今後も私たちの出自がばれず、ネルガルの悪事を暴かれる形にならなければ、ですが。
「疲れたでしょう。
そろそろ実家に戻った方がいいんじゃない?」
「いえ…ユリカさんも先に佐世保に戻ってしまいましたし、
お父さんも今夜は戻れないみたいです。
私も先に佐世保に戻ろうかと」
「あら、そう。
じゃチケットを予約してっと…。
それにしても…いろいろあったわね、この3か月くらい」
「ええ…本当に」
振り返ってみれば、この3ヶ月で私たちは恐ろしいくらい、いろんなことをしました。
芸能界での2ヶ月もそうですが、ナオさんと格闘試合をしたり、
アキトさんが幼い「アキト」になってしまったり、
ミスマル父さんに挨拶に行ったり、会社の準備をしたり、
テンカワさんと会ったり、ファンの女の子が駆けつけて社員になってくれたり、
初戦闘と、その後の散々な襲撃事件と、お父さんの危機を助けに行ったり、
そして今マスコミ関係者にくぎをさしに回ったり…。
…なんていうか、
一つの仕事を雇われでやるのってそれはそれで大変ではありますけど、
色んな事をせずに済むんですね。
自分で仕事を組み上げる大変さっていうのを実感します。
「もうちょっと落ち着いたら、
ちゃんとアキト君との時間を取りなさい。
…年をとるまでこんな生活続けてたら精神がやんじゃうわよ」
「…はい。
いっぱい、構ってもらいます」
「…ユリさん、
あの時…その。
辛かったでしょう?
怖かったでしょう…?」
「はい……」
「…ユリさん、あなた変わったわね。
であったころは、強がってて、無理に頑張ろうとしていた。
最近もまだそういう所が結構あったのに」
いつもはアキトさんとの仲を言われてしまうと顔がすぐ赤くなってしまいましたが、
今はもうよどみなく…答えられます。
私はアキトさんが居ないとダメなんです…それが良く分かりました。
私はアキトさんが危篤になった時…。
本当に世界が終わってしまったようにすら感じました。
私も死ぬことしか考えられないくらいに…。
…もしまた、あんな思いをするくらいなら、
後悔ないようにもっと自分に正直になりたいと、思い始めています。
もっとアキトさんにわがままを言って…。
お互いにいろんなことを叶え合って…。
愛してますって、何度も言いたい。
愛してるって言われて、何度も抱かれたい。
そうしなきゃ、夫婦になった意味がありません。
生きている甲斐がありません。
…あんな事がないとそう思えない自分が恥ずかしいです。
でも、気付けただけマシだと思います。
「…アキトさんは、私の前に好きな人が居たんです。
私もその人のことが大切で…その人が死んでも、二人して振り切れなくって。
でもアキトさんが死んだと思った時、たくさん後悔したんです。
なんでもっとわがままを言わなかったんだって…。
なんでもっと『愛してます』って何度も言わなかったんだって…」
「…そう」
「あんな風に考えないように、
これからは目いっぱい好きだと伝えます。
アキトさんを離さないようにします。
もう二度と…誰にもアキトさんを奪われないように…」
「そうね…。
…アキト君、早く退院できるといいわね」
「はいっ!」
その後、私たちは佐世保に戻る飛行機に乗りました。
まだ、たくさん不安なことがあるけれど…死ぬかもしれないことがたくさん待っているけど…。
そこまでの道で、後悔しないように頑張って、
後悔しないようなアキトさんとの関係を持ちましょう。
…アキトさんだって、私を労ってくれるみたいですし、
ちょっと前にも、わがままを聞いてくれるって言ってくれました。
私、もう我慢してるだけのいい子じゃいられません。
…アキトさん、断らせませんよ?
私はかなり緊張していた。
軍の制服も、着慣れていないながらにしっかりと整えたつもりだった。
──軍の学校を卒業してから、初めておじい様に呼ばれた。
私自身はコネでの配属や出世を避けたかったので、
できる限り干渉しないでほしいとお願いしていたんだけど…。
連合軍の西欧方面軍司令官であるおじい様が「どうしても頼みたい」と、私を指名してくれた。
私自身は軍の学校を卒業したものの、
戦闘機の増産が追い付かず、まだ機体を預かれていない。
パイロット候補生として、卒業後も訓練に明け暮れている。
戦果を挙げることのできていない私…。
そんな私をおじい様はどういうつもりで…。
「待たせたな、アリサ少尉」
「はっ!」
「うむ、いい敬礼だな。
アリサ少尉…いや、アリサよ。
だがちゃんと話したいことがあるんだ。
少しリラックスして私の相談を聞いてはくれまいか?」
「は…。
分かりました」
私は敬礼を解いて軽く体をリラックスさせた。
階級で上下関係のあるおじい様には、正しく対応する必要があると思ったものの…。
おじい様はまず孫娘であるアリサ・ファー・ハーテッドに用があるらしい。
…なんだろう。
「おじい様、頼み事ってなんですか?」
「それがだな…PMCマルスとエステバリスの事については知っているか?」
「知っているも何も…今は連合軍全体がその話題で持ち切りです。
軍内広報でも戦闘映像がほとんど隠されずに出回ってますし、
エステバリスが木星トカゲに対するのに最適な兵器だとか…。
佐世保でのチューリップ撃破の映像と絡んで紹介されてます」
「そうだ。
そこでだ、アリサ。
お前は若く、軍の訓練もすべて修了している。
しかも戦闘機パイロットの訓練も十分に行っており、成績も優秀だ。
お前はフェンシングの実力も、軍の学校では一番だっただろう?
エステバリスの操縦には体術や武術を修めたものが向いているという。
お前に…PMCマルスに出向して、
エステバリスの操縦、そして運用を学んできてほしいのだ」
私は驚いてしまった。
同時に…私は正直、乗り気になれなかった。
何しろ西欧方面軍ではホシノアキトは女好きで有名だった。
元々芸能界で働いていた事から、不倫三昧しているとか、
…妻が居ながら、12人の女性をパイロット候補生として迎え入れ、
日に日にとっかえひっかえしているとかいううわさが立っている。
そんなところに私を派遣するとは、正気の沙汰ではありません。
「…ホシノアキトが女好きとご存知ではないんですか?」
「うむ、聞いている。
私も不安だったので裏を取っておいた。
だが、むしろホシノアキトはあまり女好きではなく、
人員不足のためにやむなくパイロット候補生を受け入れたらしい」
「ほ、本当ですか?」
「事実だ。
ほとんどのパイロット候補生はパイロット訓練もそこそこに、
兼業の業務に手一杯な日が多いらしい。
それどころか、事業立ち上げであまりに忙しくて、
妻とすらも関係をほとんどもっていないらしいのだ」
それは驚きですね…。
『英雄色を好む』というように、
強い男性というのはガツガツしているタイプが多いですし、
西欧方面の男性は女の人を口説くのがうまいですから。
想像がつきません。
そんな控えめな人が、最強のエステバリスライダー?
想像しがたいですね。
「…もっとも、お前に手を出したらどうなるかわからないような男なら、
連合軍を総動員してでも全面戦争するつもりすらあるが」
「…そこまではしないでいいです。
自分の身を守れないほどか弱くはありません」
「とはいえ、対人戦闘は連合軍特殊部隊を一方的にうちのめすくらい強いぞ、彼は」
「…何なんですかそれは」
そっちの映像は見ていなかったけど…そういえば事件にはなってるのは知っていた。
誤報による連合軍特殊部隊の襲撃があって一戦交えて、
戦闘後に別の暗殺者の奇襲を受けて重傷になったと…。
「私も不安はあるんだ。
だからアリサ、無理にとは言わない。
だが…お前が西欧方面軍のエステバリス運用の核になれるよう、
ノウハウを学んできてほしいのだ」
「…不安はありますが、そこまで言われてしまうと辞められません。
拝命させていただきます」
「すまん、アリサ」
不本意ながら、私は行くことにした。
西欧方面軍はまだ競り負けてはいないけれど…いつこれが崩れるかわからない。
そうなればお父さんも、母さんも…そしてサラ姉さんも、無事でいられないだろう。
そんなのは嫌だ。
私がこれを救えるのであれば、こんなうれしいことはない。
「では、アリサ・ファー・ハーテッド少尉、
エステバリス運用の習得のため、日本に赴きます」
「うむ、頼んだ。
追って正式な辞令を出す。
三日ほど時間を与えるので、それまでに荷物をまとめておくように」
「はっ!失礼致します!」
最後は軍の形式にのっとって、敬礼、退室した。
不安はあるけど、やるしかない。
もはや西欧方面軍の命運を私が背負っていると言っても過言ではないのだから…。
なら、どうせ目指すなら…ホシノアキトを超えたい。
無理かもしれないけどそれくらいの気概がなければ、
西欧方面軍を背負うことはできない。
…そう言えば、出る前に実家に寄りたいとも思うけど…。
家族とまだ喧嘩別れしている状態だから、一目会いにいくのも気が引けちゃう。
いや、今はただ自分を鍛えよう。
そして西欧一のエステバリスライダーになって、胸を張って会いに行こう。
軍に入るのを心配してた家族にそんなことを伝えたって、ただ嫌がられるだけかもしれない。
けどそれくらい私が頑張ったんだって、
みんなを守りたいから強くなれたんだって、誇りたい。
そのためにも…頑張らなきゃ。
俺の病室にエリナが訪ねてきた。
どうやら話したい事があるらしい。
彼女にラピスの様子を尋ねると、こっちに来れないのを悔しがっていたと教えてくれた。
…ただ、ラピスにはアカツキとの真剣勝負は知られたくない。
これは俺達全員の認識だ。
幸い、彼女が寝ていなければ俺の状態は悟られない。
ラピスも俺達のために情報収集・ハッキングに努めてくれているらしい。
…ほんとうに頼り切りだな、我ながら。
「しかしエリナ、わざわざこっちまで来なくてもよかったのに…。
話すにしても電話するか、
そうじゃなくてもユリちゃんが東京に行ってるだろうに」
「ご挨拶ね、もう。
…私だって心配したのよ?」
「…すまん」
「いいわよ、別に。
それはそうといろんな話を持ってきたわ。
実はユリとも話してないわけじゃないの。
でもアキト君も入院中に少し考えておいてほしいのよ。
ユリも手一杯だしね」
「そうだな、体を休ませてるわけだし頭くらいはちゃんと使うか」
ピンピンしているというほど自由に体が動くわけじゃないが、
幸い痛みもあまりないので、考えるか。
エリナが言うには…。
アカツキから、俺達はエステバリス運用の訓練業務を始めるのを勧められたらしい。
確かにエステバリス運用は重力波ビームの関係があるので、かなり癖がある。
またその性質上、それなりに操作は簡単でも軍人として組織立った運用を覚えるのは大変だという。
なら、PMCマルスの訓練にエステバリスライダー志望の軍人、
そしてエステバリス運用を検討している人間を集めてまとめて鍛える方がいいと。
ちなみに…エリナによると、過去はエステバリスの売り込みはかなり四苦八苦したらしい。
エステバリス導入が遅々として進まなかったのは予算以上に、
その独特の運用スタイルのせいだったとか。
IFSを導入しているパイロットは多かったものの、人型兵器に馴染まない人が多かった。
さらにステルンクーゲルが新パイロットに支持されたのは、
性能の良さ以上にIFSを使わない操作系だったからだ。
戦後の早急な人員補充をスムーズにした功績はすさまじく大きかったようだ。
今回の世界は前回とは比較にならないくらいエステバリスの注目度が高かったらしい。
いくらエステバリスがすぐれた機体でも、
ここまで急速に導入を検討、訓練業務の発生はなかったとか…。
一週間の訓練で参加して40機の撃墜スコアを出したテンカワ、
そして俺のカトンボ級駆逐艦の撃破はそれくらいインパクトがあったらしい。
…う~ん、そうなると本当に俺達は歴史を変えてしまったんだな。俺達は。
いや待てよ。
エステバリスそのもののせいじゃなく…。
そもそも…ナデシコ出航時のトラブルの多さを考えると、
連合軍と対立するような事をしたせいで、
エステバリスが広がらなかったんじゃないか…?
出航時に連合軍を一方的に出し抜き、
デルフィニュウム隊を蹴散らし、ビッグバリアを破壊し、
メンツをつぶしまくって火星に向かった。
事情を鑑みても、やりすぎだと思うぞ。
いや、下手をするとあの一件で戦後の運命が決まってしまったのかもしれん。
アカツキ…ああ見えて、まさか結構ポンコツ会長なのか?
…いやポンコツじゃなかったらナデシコに乗らないか。
ん?
俺は今、仮にも会長だから…ナデシコに乗り込めば同類か?
…いや、そもそも俺は頭脳労働するとポンコツだ。
こんなんじゃ何言われても反論できんな。
「そんなわけでアキト君。
操縦できる状態じゃなくてもいいから、
退院したら彼らを鍛えてほしいの。
訓練カリキュラムを組み立てたりしてくれるかしら」
「…しかし何人来るのかわからないが、
俺一人じゃ限度が…」
まだマエノさんもテンカワも素人に毛が生えた程度だ。
とてもじゃないが教官などできまい…。
「そう来ると思って、助っ人をお見舞いに連れてきたわよ。
…待たせたわね、入ってきなさい」
「邪魔するぜ」
「はーーーい!こんにちわーーー!」
「ぐっどあふたぬーん」
「あ、もしかして…!」
こ、この懐かしい聞きなれた声は…!
「おろ、もう話がとおってんのか?」
「なーんだ。ビックリさせるつもりだったのにぃ」
「ビーーーックリビック栗、ビックリカ〇ラってか。
…あははは」
三者三様、リアクションを取ってくれたが…。
「…名乗っても呼んでくれる人は一人もいなかったじゃない」
ガイは素早く駆け寄って俺の肩をバンバン叩いてきた。
エリナは呆れているが、
ガイがものすごい笑顔で俺を叩き、さらに揺さぶるのでさすがにくらくらする。
…元気なガイが見れる、これだけでずいぶん嬉しいな。
「…よろしく、ガイ」
「ははは、ゲキガンフレンドね。
分かったよ」
どうやらガイは俺がゲキガンガー好きだって知っているらしいな。
俺はついつられて頷いてしまった。
…今度は死なせない、それにこいつに木連の人達と会ってほしい。
ガイにとっては楽園だろうなぁ、間違いなく。
「あれー、世間の評判とは違ってなんか静かで子供っぽいところあるんだね。
ホシノアキト君ってば」
「ったく、テレビなんてあてになんねーだろうが」
「…けどあの戦い方は本物よ。
エステバリスの腕もアカツキ会長より…。
でもそれ以上に白兵戦の腕が凄いわ。
一体どんなことをしたらああなるんだか…」
…相変わらずイズミさんのマジモードって心臓に悪いな。
いろいろ見抜かれそうになる気がしてくる。
「…というわけで、アキト君。
彼らをPMCマルスで預かって頂戴。
ナデシコが出航するまでの間、訓練を手伝わせたりコキ使ってあげて。
もちろん、戦力としてもね。
普通に訓練するより実戦のほうがいろいろ磨かれるしね」
「部屋もまだあるし、構わないが…エステバリスが」
「ちゃんと準備してあるわ。
それにウリバタケ班長もそのうち乗り込んでくれるから。
あ、それとアキト君の分のエステバリスも準備してあるわよ」
「え?注文してないけど」
「バカね。
ネルガルのおごりよおごり。
どっちにしても勝負する時に機体がないんじゃ意味がないでしょ」
おお…こんなことでエステバリスをもらえるとは思わなかったが、助かるな。
確かに整備班のみんなにチューニングしてもらわないと、戦うのにも困る。
アカツキがどれくらい仕上げたかは分からないが、油断はできないしな。
「それじゃ、またね。
アキト君。
彼らもしばらくはナデシコに滞在させておくから、
ユリと合流したらまた呼び出してあげなさい」
「ああ、ありがとう」
エリナは軽く手を振ると、エステバリス隊のみんなを引き連れて出ていった…。
…これで戦力が当面確保できるな。
とはいえアカツキの思惑が分からん。
あいつも俺に塩を送って有利になることはたくさんあるんだろうが、
決闘前にそこまでしてくれるというのは流石にちょっと気を回しすぎじゃないか?
…まあ、あいつもあれで素直じゃないヤツだからな。
素直に受け取っておこう。
あとは…ナデシコ出航までに、PMCマルスのパイロットをみんな成長させないと。
PMCマルスを…そして地球を守れるように育てる必要がある。
期間はそれほど残っていないが、エステバリス隊のみんなとやればなんとかなるかもしれない。
彼らもどうやらアカツキに相当鍛えられたらしい。この点も楽しみだ。
いや…待て。
考えてみると、俺…地球から出れるだろうか。
英雄視されて…どこに行くにも目立って…最近は変装も見破られやすいし…。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
ナデシコが出向するまでにある程度チューリップと機動兵器を片付けても、
そしたらそしたで離しちゃくれないな。
…というかお義父さんが許してくれんかもしれん。
いやその場合は…。
うん、それがいい。
そうしよう。
「テンカワー!麻婆豆腐やれ!」
「うっす!」
調理中のテンカワアキト。
しかし…。
「ううぉっ!?」
「何震えてんだテンカワ。
忙しいんだからトラウマなおってねーとかは、ナシだぞ」
「い、いえ…それとは無関係そうな、すんごい悪寒が…」
相変わらず不幸属性なテンカワアキトの明日はどっちだ。
アカツキとの決闘回の前に、もろもろ状況が微妙に変化してる回です。
そしてアリサの登場回となりました。
西欧方面ではジャパンの芸能関係の映像などあまり流れるわけもなく、
民衆はホシノアキトをそれなりに支持してますが、
閉鎖的な連合軍内部ではホシノアキトの株を落としたい人達の流した噂が、
流れまくっているわけですね。
それとナデシコエステバリス隊の加入、そしてアリサをはじめとする連合軍訓練生が加入、
ではPMCマルスのパイロット訓練生はどうなっちゃうの!?
解雇!?
ってな具合で次回へ~~~~~~~~ッ!!
>どうにかうまいこと行ったかー。
情報網があったとしても、戦闘力のない面々でどうこうしようとしたらどうなるのか、
というのを書いてみたかったのでこんなふうに書いてみました。
もっとも最後の最後で彼女達だけではどうにもならなかったというのも込みですが。
>しかしアカツキ、また変な条件出してきたなあ。
>原作でもわざわざパイロットとして乗り込んできた事と言い、
>実は自分の体を動かしたいタイプなのかねえ。
彼は兄へのコンプレックス、プレッシャーを与える重役達にもまれて、
自分の手で直接何かを掴むことにこだわりを感じている節があるように思いますね。
今回の話ではさらにプラスαがありますが…。
ボソンジャンプを無理に試そうとしたように、
アキトをいろいろけしかけたりしたりした裏には、
やっぱり特別な人間になりたいという気持ちが大きくあったんでしょうねー。
まあ、平凡な人からすると若会長で何とかやっていけるだけで、
そーとー特別なんですけどねー。
…なんか、シャアみたいなへんなねじ曲がりかたしてる気がする。
リアルロボットアニメ好きみたいですし。
こんにちは、ユリカです!
私もいろんな事があって大変だったけど、お父様もユリちゃんも、アキト君も無事でよかった!
けど、アキト君ホントに大丈夫かなぁ?
アカツキ会長と戦わないで済むならそれが一番いいんだけど…。
…でも、ユリちゃんもアキト君もルリちゃんも…私に隠し事してるんだ。
私を案じてくれているんだろうけど…私はどんなことがあっても受け止めたい。
だって…私にとって、失くしたくないかけがえのない家族なんだもん!
ユリちゃん、今は大変なことが多いでしょ?私が助けるからね!
ナデシコメインシナリオで組もうとしたらオリキャラ増えすぎてしかもナデシコが中々出航しない、
「時の流れに」のキャラがだんだん増えてきた系ナデシコ二次創作、
を、みんなで見て下さいっ!
感想代理人プロフィール
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代理人の感想
ナノマシン凄いな! 本当になんでもありだな!w
>なんか宇宙人とか光の戦士とか言われてるのは、ちょっと嫌だが。
ばろすwww
>いまだにネット上ではなく、将校が集まって総会を開くということが常態化している
まあある意味では有効な手段ですよね。
特にルリちゃんみたいなのがいる世界ではw
>バール
ザマアw
>メンツを潰しまくったせい
・・それはかなりありそうだなあw
>テンカワを影武者に
君の知っているホシノアキトは死んだ(ぉ
あ、あの爺さんと孫娘の名前は「ハーテッド」です。
よく間違える人います(いました)けどw
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