俺はいい加減ホシノに見舞いの一つもしないといけないと思って、
見舞い品の中華丼・醤油焼きそば・天津飯(すべて特盛)を岡持ちに入れて病室を訪れた。
…だが、ホシノは先の襲撃事件で襲い掛かってきた特殊部隊に守られるだけではなく、
その隊長と退院と談笑をしていた。
俺はつい、怒鳴ってしまった。
「…テンカワ、ちょっと二人で話さないか?
その岡持ちの中身、見舞いなんだろ?
ここで食べるとさすがに怒られるからさ」
…建前にしては気が利いているかな。
俺も少し言い過ぎた気がしたので、黙ってホシノと一緒に部屋を出た。
隊長たちは申し訳なさそうな顔をしていたが、何も言わなかった。
それでも、気持ちはが収まってはいなかったから…俺も何も言えなかった。
ホシノは俺が持ってきた料理にがっつきながら、俺のほうを見ている。
少し、呆れられているような気がするが…。
ホシノは食べたものをお茶を飲んで流し込んでから、しばらく黙っていた。
「…傷は、大丈夫かよ」
「ああ、もう痛みはほとんどない」
いたたまれず、俺は先に声を発した。
ホシノも短く答えた。
…相変わらず超人じみてる奴だ。
心肺停止まで追い込まれてまだ三日も経っていないのに。
しかしホシノは『お前こそ大丈夫か?』と気遣っているようにすら見える。
なんだか、胸の奥を見透かされてるような気がする。
「なあ、テンカワ」
「…なんだ?」
「俺は特殊部隊の人を…殺すべきだったと思うか?」
!
俺はその衝撃的な問いに…答えられない。
いや、衝撃的でもなんでもないか。
俺の主張は…命令一つで人を殺すような最低の連中を許すのか、ということだ。
最低の連中なんだから…正当防衛で殺してしまっても良かった、と取られても仕方ない。
だが…そんなことは…。
「…もしコックを目指すなら、人殺しはしなくていいよな」
「…そう、だな」
俺はホシノが言ったことに、辛うじて賛同する事しか出来なかった。
もし一人でも殺せば…その最低の連中と同じレベルに堕ちる。
だが俺は…それをミスマルおじさんやユリカに言えるのか?
…でもどんなきれいごとを言っても、殺しは殺しだよな。
例えどんな理由があろうとも…。
けど、そうしなきゃ死ぬかもしれない時、俺は…どうするんだ。
どうしたら、良いんだ。
銃を握ることはできるかもしれないが…本当に撃てるのか?
撃てる気がしない…。
「テンカワ…もし、もしもだ。
俺と同じくらいお前が強かったら…。
こういう時、どうするんだ?」
「…分からない。
どう対処していいかわからないよ、ホシノ…。
でも…お前が死んでたら、そうじゃなくても死人が一人でも出たら…。
逆襲したかもしれない」
「…そうだな、俺もそうするかもしれない。
いや、ユリちゃんを殺されたら間違いなくそうする」
ホシノはあっさりと俺の言ったことを肯定した。
「だったら何で…」
「誰も死ななかったからだ」
「…結果だろ。
それは」
「そうだな。
でも…隊長さんと話してて、彼らもまっとうな家庭を持っているらしかった。
家族の人もわざわざ謝りに見舞いに来てくれたよ。
それで…殺さないでくれてありがとうって…泣きながら礼を言ってくれた。
殺さないで済んで良かったと…心から思うよ」
「…そうか」
結果論と責め立てたかったが…俺にはその資格がない。
この甘く優しすぎるホシノは、その甘さを自分の自力で押し通した。
事務員さんに撃たれてなおそれを曲げようとしない。
…なんなんだ、ホントに。
「どうしてそこまで…」
「…俺だって、昔は木星トカゲを何がなんでも殺したいと思った。
そのために強くなろうとした。
ネルガルに居た期間は…憎しみしかなかったよ…」
「え…」
ホシノの表情が、あの時と…特殊部隊と戦う前の、重苦しい静かな表情に変わった。
だがあの時ほど穏やかじゃない…。
触れただけで傷付けられるような、鋭い刃物のような表情だ。
「あの時…俺が何を失くしたか分かるか?」
「いや…」
「木星トカゲの攻撃で……最愛の人を失った。
そして俺もその時の後遺症で五感を…。
特に…味覚を…失くした」
「なっ!?」
俺は絶句するしかなかった。
確かに一時期五感を失ったとは言っていたが…。
コックとして最重要な味覚を失った…。
それがどれだけの絶望を産むのか、想像すらできない。
そして最愛の人…。
ユリさんとベタベタしている姿は見たことがないが、
それでも二人の関係がとてつもなく深いことは分かっている。
その前に、最愛の人が居た?
失ったその人は…どんな人だったんだ…。
「…。
それでも辛うじて五感を回復して、こんな姿になった。
ホントの俺はお前そっくりだよ」
「え…」
「詳しくは話せないが、そういうことだ」
…どういうことだ?
いや、言葉のままなんだろうが…。
あの危篤の時の俺そっくりの姿が…本来の姿なのか?
…そんなことはいいか。
五感が治ったんなら、それでいいだろう。
きっと何かの治療の副作用だ。
深く追及するのは忍びない。
ただ、それなら…まだ敵討ちの線が残る。
俺はそっちの方が気になっている。
「…だったら、まだ木星トカゲを殺すつもりがあるんじゃないか?」
「…ないとは言い切れない。
ただ…」
「ただ?」
「…最愛の人を失う気持ちが分かるから。
だから奪うのを諦めた…。
だからせめて、木星トカゲに襲われる人達が、
色んなものを失うのを止めたいと思ったんだ。
…機動兵器相手だったら、そういうこともない」
「…ホシノ、お前は」
ホシノの言い方には…引っ掛かりがあった。
きっとホシノは、確信を持っているんだ。
『木星トカゲは人間』
少なくとも木星トカゲの機動兵器を準備している人間が居る。
誰もがうすうす勘付いていながら、決して口にしないことを。
だから『殺したい』という言葉を選んだ。
そして、おそらくは…。
その木星トカゲすらも、殺す気がないんだ。
だから…PMCマルスは対人戦闘を禁じている…。
「本当に、最愛の人を失っても…それを通すのか」
「…ああ」
「どうしてだ…」
「…ユリちゃんが姉のように慕った人だったんだ」
「え?」
少しずつホシノの雰囲気がいつもと同じ柔らかなものに変わっていく…。
なにか懐かしいものを見るような穏やかな視線に…。
「俺が失ったのは…2歳年上の幼馴染…。
天真爛漫で、明るくて、思い込みが激しくて、
ちょっと迷惑だけど俺を放っておいてくれない…。
そんな、女性だった」
「!?そ、それって、まるで…」
ユリカ…!?
俺とユリカの関係にそっくりじゃないか!?
い、いやそんなわけないよな…。
だけど…あまりに合致する。
うろたえる俺を見て、ホシノは微笑んだ。
「ユリカ義姉さんはよく似ているよ…でも…別人だ。
それに俺はユリちゃんに支えられて…憎しみから立ち直ったんだ。
最初は支え合っていただけだったけど…。
本当に、失った彼女と同じくらい…好きなっていたんだ」
「だから…お前は…」
「…彼女は俺がコックをやめたら、きっと悲しむ。
戦うのもコックも、やめないけどさ…。
だけど……もう諦めたくないんだ…失いたくないんだ…」
「…強いな、お前は」
自分の人生を一度完全に失って立ちなおった…。
なんて…なんてヤツだ。
想像もできないほど、強いな…戦闘能力だけじゃない…心も…。
俺なんか到底及ばないくらいに…。
「強くなんかないさ。
…ただ、いろいろ知っただけだよ。
お前とそんなに差があるとは思ってないさ」
「…謙遜も度が過ぎると嫌味だぞ」
「俺は嘘はつけないよ。
味覚か、ユリちゃんか失ったらきっとまたそうなる。
だからさ…。
そうならないように頑張ろうって…」
「…分かった」
俺の中の…木星トカゲと連合軍へのわだかまりは、まだ消えてはいないけど…。
ホシノのという人間を少し知った今、あいつらへの怒りはほんの少しだけ和らいだ。
人間らしい弱味を持っている事に、少し安心した。
そして、今回の状況では俺は考えなかったことに気づいた。
俺も、もしかしたら奪う側になるかもしれない。
パイロットになるということ、兵器を操るということはそういうことだ…。
敵じゃなくても誰かを巻き込む事になるかもしれない。誰かを死なせるかもしれないんだ。
木星トカゲが仮に人間だったとしたら…そいつらを殺すかもしれない。
でも…アイちゃんと、避難所のみんなの事を考えると、今もあいつらを殺したくなる。
でも…木星トカゲを謎の機動兵器群と言って人間扱いしなかった連中が、きっと地球の側に居る。
もしかしたら奴らも宣戦布告しているのかもしれない、それを無視したのかもしれない。
味方だと思っていた人たちが、嘘をついて俺達を騙しているとしたら…。
…俺は誰が悪いのかわからなくなる。
その中で、自分の考えを押し通しているホシノは…やっぱり強いと思う。
行動を起こして結果まで出している。
戦って地球のみんなを守るということと、相手を殺さないということを、
両立できるように実際努力している。
組織に属するのではなく、自分で組織を立ち上げて…自分で責任を背負って。
だが…ホシノがやっていることも正解とは限らない。
そうしないといけない状態にあるというのは分かるが…。
相手を殺さないといけない状況だってきっとある。
…連合軍特殊部隊の人達もそうしないといけない状態にあったんだ。
自分たちが動かなければ何か失うという状態。
…あの時は俺も同じ立場だったのに、責める資格はないよな。
そう考えていたら、木星トカゲはともかく…連合軍特殊部隊の人達への怒るのも、
なんか八つ当たりじみていて、カッコ悪い気がしてくるな…。
…癪だけど、やっぱり謝るか。
「それにな」
「え?」
「…お前は自分で思ってるより、
重要なことをしてくれたよ」
「俺が…?
そんなこと…ないだろ?」
「いや、ある意味じゃ一番の功労者だよ。
テンカワが居なければ作戦は成功しなかったし…。
それにユリちゃんと、俺の命を救ってくれた。
お前を雇って本当に良かったと思ってる。
…ありがとな」
…俺はつい呆気に取られてしまった。
確かに…状況的にあの時は慌ててて気が付かなかったが、
ユリさんの自殺を何とかとめられたし、
仮にユリさんが死んでいて、
しかも俺がいなかったらホシノが息を吹き返したのにも気づけなかっただろう。
処置が必要な状態だったから、気づかれなかったら死んでいただろうし…。
生きていたとしても、ユリさんを失ったらホシノは…。
さっきの話を聞く限り、連合軍に逆襲し、犯人を追い回すことになったんだろう。
…そう考えると、本当に紙一重だったんだな。
「い、いや、偶然だから…」
「偶然でも奇跡でも、お前無しじゃ成り立たなかったよ。
…俺一人じゃやっぱりダメなんだ。
だからさ…これからも、いろいろ頼むよ」
ホシノは照れくさそうに、しかししっかりと俺に言った。
…こいつがこんな風に礼を言ってくれる状況になるとは思わなかったな。
俺がこんなすごい奴を助けられていたってのは、なんか自分でも意外だ。
でも…悪くない気分だ。
「…分かった。
もっとも、俺も本当はパイロットをそろそろ辞めたいんだけどな」
「悪いがもうちょっとだけ頼む。
何しろ、人が足りないんだ。
今度強力な助っ人が来てくれることにはなったが、
俺達は戦艦がないからぎりぎりになりがちだからさ」
「分かってるよ。
本当に危なかったからな、あの作戦」
ホシノの技量なしにはあの作戦は成功しなかったが、
そのホシノがダウン寸前まで追い込まれるすごい戦いだったからなー。
俺程度の実力じゃ、本当は補欠にもなれないんだろうが、
パイロット候補生のみんなはまだ適正が判断しきれてないからIFSもいれてないし、
助っ人の人達は大丈夫としても、今後人を雇うとまたスパイが来るかもしれないから、
俺みたいな半人前でも必要になるんだろうな。
「すまないな。
次の出撃も近いかもしれないからな。
俺はさすがにもう少し休養が必要そうだ。
…頼むよ」
「おう、役不足だけどやってみるよ」
「…役者不足、な」
「お…おう」
…役不足ってこの場合間違いなのか。
ま、まあいいや。
「あ…それと、今日から一時帰宅してもいいらしいから、
これからユリちゃんを迎えに行こうと思うんだ。
お前も来てくれないか?」
「構わないけど…なんだ?
二人きりのほうがいいんじゃないか?」
「…お前じゃないと、
どーーーしても困る用事があるんだ。
頼む」
…何か、嫌な予感がして来たな。
私と眼上さんはカフェスペースでコーヒーをすすっていました。
そろそろアキトさんが迎えに来てくれる時間ですが…。
「ユリさん、アキト君が迎えに来てくれてるんでしょ?
こんなところで待つの?」
「こんなところじゃないと危ないんですよ…。
アキトさんはただでさえまだ体調が優れませんし…。
あまりもみくちゃにされたりするのは避けたいんです」
眼上さんはいつもの化粧を抑えめにして、地味な服装をしています。
あまりにアキトさんが注目され過ぎていて、私と眼上さんまで厳重に変装する必要があります。
私もいつもの中華服で変装していますが…チケットを盗み見られていると危ないです。
「ホシノアキトだ!!」
「キャーッ!」
「…早速見つかっちゃってましたか」
はしゃいだ女性たちが足場やにカフェスペースから走り去っていきました。
私は呆れながら、アキトさんと別ルートで帰る必要があるかとため息を吐きましたが…。
「あれ?アキト君、変装もしないできたの?」
「え?
…おかしいですね」
窓の外を見ると、道路沿いにアキトさんの姿が見えます。
いつも通りにカラーワイシャツを着て、自転車で現れました。
…でもおかしいですね?
サングラスくらいはしていますが…。
何の対策も取らずにアキトさんが…それに迎えに来てくれてるはずなのに、自転車で?なぜ?
「ユリちゃん、迎えに来たよ」
「!?アキトさん!?」
「しっ、声がおっきいよ」
「あら、アキト君…ちゃんと変装して…。
ってことは…」
「あれはテンカワです。
俺も今は走ったりもみくちゃにされたらどうなるか分からないんで…。
影武者を頼んできました」
…なるほど、そういうことですか。
アキトさんも色々考えていたんですね。
私達はそっと立ち上がり、カフェスペースを後にしました。
もちろん、アキトさんの腕をぎゅっと抱きしめて…。
幸せです……。
俺はファンの女の子、そしてマスコミの追跡を振り切ろうと必死だった。
…ホシノに頼まれて囮になるように言われたものの、
空港に近付いてから変装したにも関わらず、すごい人だかりが俺を追いかけてきた。
本当にホシノ…えらい人気だよな…。
いや、この間の出撃の話もまだインタビューされてないし、襲撃事件とかの話もあるから…。
インタビュー希望の連中が恐ろしく集まり、しかもそれにつられてファンの子たちも集まって、
それでこんなことになっているんだよな…。
凄い奴だがあまりに身近で、あまりに似た顔をしてるもんだから実感がなかったが…。
こういう目に遭ってみてホシノが外部にあまりにも期待されてるのが分かる。
早めに変装を解かないと、えらいことになるぞこれは…。
しかしこっちは自転車だぞ!?
なんでみんなついてこれるんだよ?!
「テンカワ君!こっち!!」
シーラちゃんがバイクで俺を誘導する。
この結構大きなバイクはマエノさんのものだ。
一応影武者をするということで、PMCマルスのみんなと協力して、
追跡を振り切ろうということになっている。
…みんなよくこんな大変なことに付き合ってくれるよなー。
俺もだけど。
「この先のバンに自転車で突っ込んで!」
「は、はいーーー!」
シーラちゃんは俺をバンが見える場所まで誘導すると、先行して走り抜ける。
この間、社用車として導入したバンの後部の荷台に板がかかってて、
乗ったまま乗り入れられるようになっている。
俺は突っ込んでいくと、準備されていたクッションに激突して、そのまま乗車した。
「乗車確認!発車しまーす!」
「う、うわあああ!?」
運転手をしているさつきちゃんがフルスロットルでバンを発車させる。
俺は締まり切っていなかった後部ドアを閉めようとしていたので、
グラグラ揺れながら、発車する勢いに落とされそうになる。
…。
しかしなんとか追いかける彼らを振り切って逃げた。
「はぁ…はぁ…あ、危なかった…」
「テンカワ君、お疲れ様。
アキト隊長になりきった気分はどーお?」
「さ、最悪だよ…。
今日はユリさんの事もあるから変わってやったけど…二度としたくないね…」
「あはは、もういつもの規模じゃなくなってるもんねぇ。
でも、またやらなきゃいけないかもね」
「…勘弁してほしいねそれは」
「まあ隊長の事だから命の危険がある時は避けてくれるだろうから、
そこは安心していいと思うよ」
…そうじゃないと困るよ。
今でさえ、結構命の危険を感じてるんだからさ…。
…はあ、まだ車にのって追いかけてる連中が居るけど…。
俺が変装用のかつらとサングラスを取ると、テンカワアキトと分かって引き返していく。
…流石にちょっとムッとするが、英雄扱いされたいわけじゃないからいいだろう。
食堂も超満員にはなるものの、俺のファンって人はほとんどいない。
ホシノほど華麗に活躍できているわけではないからな…芸能界にも出ていないし。
ファンが仮に居るとしたら…避難しそこねたあの小さな女の子くらいだし。
まあ…ホシノに比べれば俺の周りは平和でいいほうか?
やれやれ…エステバリスの注文が殺到しすぎて流石に忙しかったね。
アジア、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカ、すべての方面の工場がフル稼働だ。
実務のほうは社長がかなり負担してくれているし、なんとかなるんだが…。
妨害されない根回しとなると僕も出てこないとどうしようもない。
…エリナ君がホシノ君の見舞いとか、ラピスのリハビリに付き合ったりとか、
そういうことがなければもっと楽なんだけどね。
ま、そっちは僕が出来ないことだし、助かるけど。
ナデシコとユーチャリスの件も、滞りなくいきそうだ。
昔はめちゃくちゃやったせいか連合軍との交渉もうまくいかなくて苦労したが…。
ホシノ君が襲撃されたのが逆に良い結果を産んだ。
何しろPMCマルス襲撃事件の負い目もあって、なんの賄賂や交渉もなく、
ほとんど相談だけでユーチャリス譲渡が決定した。
ナデシコもエステバリスの威力を鑑みて接収される可能性があったが、
一隻の戦艦より、運用の自由度が高い艦載機を選んだ。
…もっともユーチャリスの活躍いかんでは、また接収問題が出るんだろうが、
さしあたってはPMCマルスが連合軍と共同戦線を張れば、色々と角が立たないだろうね。
ホシノ君も木星優人部隊が出るまでは容赦なく戦うつもりだろうし、
この辺は心配する必要はないだろう。
…そして、僕は仕事の合間を縫って、自分のエステバリスのチューニングを見に来た。
ホシノ君との決闘も近い。
彼も怪我はひどかったが、回復が早いようだし…いいだろう。
「ウリバタケ君、仕上がっているかい?」
「あ?アカツキ会長か。
確かに言われた通り仕上げたが…こんなピーキーに仕上げて良かったのか?
こんなんじゃバッテリーだけの稼働時間は3割くらいしかないぞ?」
「知っての通り、相手はあのホシノ君だ。
長引かせて不利をこうむるくらいなら、性能を上げて対抗するしかないだろう?」
「だが…ギリギリまで軽量化したせいで、
一発でも弾を貰ったら致命傷になりかねないぞ?
いやまあ、アサルトピットだけは特注品だから大破しても死なないだろうが」
「結構だ。
死ぬつもりはないが、絶対に勝ちたいんだ。
あちらのメカニックも腕はいいだろうが、
ここまで思い切ったカスタムはしないだろう。
…絶望的とは言わないが、彼とはやはり実力に差がまだあるだろうからね。
こうでもしないと互角には持っていけない」
「…死ぬつもりがないんなら構わねぇ。
後味が悪くなるような試合にはしないでくれよ」
「ああ、任せておきたまえ」
ウリバタケ君は仕事が終わったとばかりに背を向けて歩き出した。
…僕のエステバリスは、かなり無理な仕上げをしてもらった。
『陸戦フレームエステバリス・ライトアーマー・カスタム』とでも言おうか?
フィールドの出力を50%増し、駆動系・スラスター周りも30%ほど出力を上げてある。
それにぎりぎり耐えきれるレベルの剛性を保ち、出来るだけ軽量化しておいた。
だが、このカスタムでも恐らく互角が良いところだろう。
彼がかつての『黒の皇子』に戻ってしまえば、僕は間違いなく負ける。
それも即死で負けるかもしれない。
…それでも、仕方ないと思う。
そうなってしまえば、彼は二度と負けないだろう。
だがそうなっては…そして自分の本質に立ち返ってコックの道を諦めるかもしれない。
…彼は義理堅いからね。
僕の遺書を読んでもなお、やめてしまうかもしれない。
…我ながら、良くないことをしているのは分かる。
分かるが…挑まずにはいられない。
この状況が…そしてホシノ君が…。
僕に戦いを選ばせているんだ…。
エリナ君…僕が死んだら…。
君は僕を嫌ってくれるだろうか…。
俺とユリちゃんはただ静かに抱き合っていた。
心臓の音が少し早くなると、まだ胸が痛む。
…やっぱりテンカワに影武者を頼んで良かったな。
まだユリちゃんを『抱く』には体調が間に合わない…。
それでも、触れ合い、抱き合うだけの時間が欲しかった。
俺達はただ静かに、嗚咽を零す事しか出来なかった。
この温かさを…失わずに済んでいたことに、俺達は歓喜していた。
お互いをどれだけ求めていたのか、思い知った。
言葉もなく、ただ…静かに…ずっと抱き合った…。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
──しばらく時間が空いて、俺達は眠ってしまっていたらしい。
気付くと既に日が落ちている…。
そこでようやく、俺達は落ち着いて話し始めることが出来た。
「…アキトさんも話したんですね、テンカワさんとルリに」
「…うん。
テンカワのわだかまりはそこまでしないと解けないと思ってさ。
それにあいつもそろそろ戦うことについて考えるべきだから。
命の取り合いが起こっちゃったわけだし…」
「そうですね…私もユリカさんに話して正解だったと思います」
俺達の事情は、ボソンジャンプが絡む事、未来が絡む事は話せないものの、
段階的に開示しなければ不信感を生みかねない。
俺という人間は出生の問題が多く、伏せておくと不自然な事があまりに多すぎる。
しかもクローンであると言う事も知られるわけにはいかない。
研究所育ちで生い立ちの近いルリちゃんだったらその辺の事情を隠すのはうまいから問題ないが、
テンカワとユリカ義姉さんは顔に出るからな。
「…そろそろご飯でも食べますか?」
「…いや、まだダメだよ。
もう…俺達の気持ちは決まったけど、
この間の事で…ちゃんと言葉にしておきたい事がある」
ユリちゃんは少し動きを固くした。
…あんな風に抱き合うくらい、もう俺達はお互いを求め合っている。
でも…ユリちゃんはあの時、死のうとした…俺のせいで。
「ユリちゃん。
君は…どうして自殺しようとしたんだい?」
「あ…う……ごめん、なさい…」
「謝らなくてもいいよ…。
気持ちはちゃんと分かっているから、大丈夫。
落ち着いて。
どうしてそうなったのか…どうしたらそうしないで済むのか、考えないといけないから。
俺も死なないように気を付ける…もう二度とそんな風にならないように後悔なく生きていこうよ。
お願いだから、ね?」
「は…い……」
ユリちゃんは涙を零しながら小さくうなずいた。
──本当は俺もユリちゃんを責める権利なんてない。
この世界に来る前には自分の人生を諦めていた俺に、
ユリちゃんを責める権利なんてあるわけない。
この世界でも無理をしすぎていて、ユリちゃんに怒られるべき立場だ。
それにユリちゃんは俺と違う方面で無理をし続けている。
判断を間違えるというのは仕方がないことだ。
けど…そうならない為に、愛する人を死なせないために取れる方法がたくさんあるはずだ。
後悔の無いように…精一杯、愛し合うことだってできるはずなんだ…。
…きっと俺がこんなふうに考えられるようになったのは、
ユリちゃん、君のおかげなんだよ?
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
ユリちゃんはその後、俺が死にかかっていた時に話した事を洗いざらい話した。
自分に、嘘をついて生きてきた事を…。
何度も俺に抱かれたかったと、愛していると言ってほしかったと…。
そして前の世界に、取り返せないたくさんの後悔を置いてきたと…。
「私は誰より嘘つきで臆病で、最低なんです…。
いつも強がって、大人ぶって、他人をバカって見下して…」
「…そんなことないよ。
ルリちゃんは…俺達に「バカ」って言いながらも、
いつも静かにあったかく見てくれてたよ」
「…でも、私…変に引っ込み思案だったと思うんです。
あんなに私を想ってくれたミナトさんを、『お姉さん』と呼べなかった。
私を娘として愛してくれたミスマル父さんを『お父さん』と呼べなかった…。
もしちゃんということが出来たら…どれだけ喜んでくれるか分からなかったのに。
きっと…お父さんも、ユリカさんと同じように抱きしめてくれたのに。
あんなに私に愛情をくれたユリカさんに、
『私もユリカさんが好きです』って答えなかった。
いくらでも言う機会があったはずなのに、言わなかったんです。
ずっとずっと…出来ることをしなかった…。
愛情に答える術を分かっていたはずなのに…。
それにアキトさんにも、『好き』って、『愛してます』って、
なんでもっと言わなかったんだって。
ユリカさんみたいに怒られるまで言う事だって出来たはずなんです。
そう思ったら、私…とんでもない卑怯者だって気づいて…」
「…俺ほどじゃないよ。
もっと…さかのぼれば俺にも手はあったはずなんだ。
ユリカを助ける手段だって、もっとあったかもしれない…。
アカツキ達も何度も引き返すチャンスをくれたのに、そうしなかった。
そしてあいつらを…殺した。
挙句にユリちゃんのためにと、ユリちゃんを置いていって…」
「…ご、ごめんなさい。
蒸し返して…。
でもやっぱり…思い出しちゃいますね…」
「うん、大丈夫…。
もう少し続けてみて…」
「はい…。
…私、アキトさんが居なくなったら全部終わっちゃうって思ったんです。
それに…私達はこの世界では異物です。
なら居なくなった方がいいって思ったんです…」
「…ユリちゃん、もう俺達はお義父さんとユリカ義姉さんが居るんだよ?
二人を泣かせちゃダメだよ」
「…分かってます、分かってますよ。
でもあの時は…前の世界の出来事の事もあって、
二人に愛される資格がないって思ったんです…」
ユリちゃんはむくれたようにこっちを見ている。
…ちょっと言い方が意地悪だったかな。
「愛した人を裏切り続けた、嘘つきに生きている資格なんて…。
…でも、あそこで死んでいたらやっぱり嘘つきのままですね。
ユリカさんと居る時、私…アキトさんと一緒に居る時と同じくらい安心するんです。
私はまだ、全部をなくしたわけじゃなかったのに…」
「…ちょっと耳が痛いな。
俺もそういうところあったから」
「ふふふ、私達って結構似た物夫婦なのかもしれないですね」
ユリちゃんが笑ってくれて…ちょっと俺も落ち着いた。
…そう、五感を失った時…いくらでも他に方法はあったはずだったのに。
あんなやり方を選ぶしかなかった俺は…ナデシコのみんなを裏切ったと言える。
それでも最後は俺を助けてくれた…引き返す選択肢もあってよかったと今は思えるが。
まあ…あの状態じゃ無理だとも思うけどな。
「アキトさん、あなたと居られるならどんなところだっていいです。
地獄だって…どこだって…。
私の恋は、間違いだらけの恋だったと…今でも思います。
正直に生きれば生きるほど、ユリカさんに対して裏切り者になっていきます。
でも、そうしなきゃいられないって…気づいたんです。
…アキトさんがわがままを聞いてくれると言ったのに、引っ込めてたくせに…。
だから…その…」
「…ユリちゃん」
俺はもう一度、強くユリちゃんを抱きしめた。
ユリちゃんは命懸けで俺を愛してくれている…。
分かっていたことだけど…面と向かって言われると俺も抑えが効かない。
「…引っ込めたわがままを言ってくれ。
今、ここで。
その…まだ身体が追い付かないからできない事も多いけど…。
言ってくれたら、どんな事があっても、
絶対、ぜったい叶えるから…」
「あ…あ…ああぅ…」
ユリちゃんが震えている…俺も…。
ユリちゃんはきっと…黙って居たら、俺が生きている間、
『アキトさんが居れば幸せです』って言って…何も受け取らないで居てしまうに違いない。
初めてユリちゃんと夜を共にした時も…そう思っていた。だから無理に誘った。
ユリちゃんを愛しなければいけないと、未熟な愛情を無理に押し通そうとしていた。
今は本当に、ユリちゃんが愛おしい。
俺達はユリカへの負い目と…生来の引っ込み思案な性格が災いして、
お互いをうまく求められず、死にかけて初めて自分の気持ちに気がついた。
「もっとわがままにならなきゃダメなんだ…。
出来る範囲で、言える範囲でいい…もっと、素直にならなきゃ…」
「はい…」
「…生きていてほしいっていうのはダメだよ?
そんなの、当たり前なんだから」
「う…ううぅ…」
抱きしめているからユリちゃんの顔が見えないけど…耳が赤い。
言おうと思ってたみたいだね…。
「もっと具体的に、何をしてほしいか言ってよ。
言ってくれると俺もわがまま言いやすいから助かるんだけど…」
「あっ…あのっ…その…」
ユリちゃんはさっきまで自分で言ってた事すら…恥ずかしいんだ。
本当に可愛いよ…。
「…こ、これからはもっと…私に『愛している』って言ってください…」
「…それだけ?」
ユリちゃんはもうなんか恥ずかしくて混乱しているみたいだ。
さっきとは違う意味で泣いてしまって…。
「う、ううう…!
わ、私をもっと…抱いて下さい…!
今みたいに抱きしめるだけじゃなく、
もっと…夫婦らしい事……たくさんして下さい!
うう……お願いです…勘弁して…。
こんなんじゃ恥ずかしくて死んじゃいますよう……」
「死んじゃったら困るよ、ごめんごめん。
…しかし一晩付き合ったことあるのに、すごい恥ずかしがりかたするね」
「こ、こんなふうに言わせるのズルいですよ!もう!」
「ごめんね。
でも…お互い、ちゃんとわがままになった方がいいからさ」
「アキトさんのいじわる…」
「…でも、嬉しいよ。
ユリちゃんがわがまま言うなんてホント少ないから」
「…ごめんなさい、分かりづらい子で」
「いいってば。
これからはもっとわがままを言ってくれるんでしょ?
…さしあたっては、アカツキとの勝負を生き残らないとね」
近々起こる、命懸けの戦いに備えなければ行けない。
ユリちゃんはやはりこの話題を出すとむくれるね。
でも気を取り直すと、もっと別な事を伝えるべきだと考えたみたいで…。
神妙な顔で俺をみた。
「…体が良くなったら、抱いて下さいね。
約束ですよ?
その…何もないままアキトさんが死んだら、やっぱり死にたくなっちゃいます」
「…うん、分かった。
責任重大だね」
死ぬつもりなんてこれっぽっちもないけど…アカツキもサボっていたわけじゃない。
きっとうまくやらないと死ぬだろう。
アカツキの思惑が分からないが…二人とも生き残ったら話してもらうか…。
その後、俺達は食堂で静かに食事をとった。
俺は二人きりの生活で食べ慣れた超山盛りチャーハンを食べて、
ユリちゃんはラーメンを食べて…。
言葉も少なかったけど、お互いに気持ちが通じ合ったのか、
それでもとても落ち着いた気分になって…。
なんていうか…この瞬間だけは、戦争とか決闘とか完全に忘れていた…。
俺は着替えなどを集めて……また病院に帰る準備をした。
とりあえず…もう一休みしないとな。
「それじゃ、ユリちゃんまたね」
「あ、はい…」
「大丈夫、もうすぐ退院できそうだから…」
ユリちゃんはひどく寂しそうに…俯いている。
…ほんの少しの間だって分かってるのに…俺達は心細くなっている。
この世界で目覚めた頃を思い出すな…。
今の俺達が…安心して離れるには…。
「んっ」
「…君のもとに必ず戻るから。
ユリちゃん、愛してるよ…」
「あ…」
小さく口付して、告げた言葉。
ありふれた、本当にありふれた愛の言葉。
だが…驚くほど、言った側の俺の心が満たされていく。
「わっ…私も…愛してます…」
「…うん、ありがと」
ユリちゃんもぽろぽろとまた涙を流して…。
また俺達の関係が変化して…気持ちもまた改まったように…。
…なんだか、また生まれ変わったような気分だ…。
夜になると、俺も少しだけ目立たなくなる。
タクシーを拾って…俺はまた病院に帰った…。
アキト会長を本社に送り届ける作戦がかろうじて成功してから…。
私は目下、前回の戦闘で破損したエステバリスの修理に追われていた。
アキト会長も、ヒロシゲさんもまずは無事でよかったけど…。
日本のチューリップはまだ数があるから、次の出撃が近い。きっと。
しかも助っ人パイロットたちが来てくれるらしく、
そのエステバリス4台の整備、チューニングも頼まれている。
そうなると、当然…。
「うおーい、班長!
潤滑油が足りねぇ!!」
「ホームセンターでいいから行ってきて!!
領収書忘れないでよ!!」
「班長!!
残業すんのはいいけどよ、メシはどうする?」
「あー、雪谷食堂…は超満員で無理だから…。
3人くらい買い出し班で別に出して、みんなで聞きまわって買ってきて!!」
「シーラちゃん!先輩が腰またやっちまった!!」
「またぁ!?
針灸やってくれるところがあるから行ってきて!!」
「シーラ班長!樹脂装甲の入荷が遅れてます!!」
「装甲は最後にはめるんだからでいいでしょーが!!
放置放置!!」
「班長!!眠いです!!」
めっちゃくちゃ忙しいわけで…整備そのものはともかく、
この数日、ユリさんが居ないので発注関係やらがほとんど滞ってて、
食堂班とアキト会長、テンカワ君まで出払っているから食事ひとつにも困る。
う~ん…班長になったの、まずったかな。
まあとはいっても…私が女の子だからなのか、ちょっとみんな甘え気味なんだよね。
パトレイバーみたいに、
『ボサボサしてると海に叩き込むぞ!』とか、
『飯ぬいたくらいでギャアギャアわめくな!』とか言えたらいいんだけど…。
そこまで出来ないんだ。したくないし。そこまでパワーもないし。
困るなぁ。
「はー…買い出し班戻ったら休憩にするから、
それまでしっかりやるよー」
「「「「おー」」」」
本当はもう少し…せめて30代近いくらいの人が班長のほうがいろいろいいんだろうなぁ。
パトレイバーのシゲさんみたいな。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
なんだかんだですべての整備が一通り終わり、私は帰路についていた。
ヒロシゲさんのバイクで帰宅している。
後は装甲をはめ込むだけの状態に持ってきたけど…。
装甲の状態がいいけど関節部がほとんど破損しているホシノ機から、
装甲がズタボロのテンカワ機に装甲を移植していると、
今度は塗料の問題があるって事に気がつく。
う~ん、塗装出来る人は多いんだけど、あんまり買ってなかったからねぇ。
かといってテンカワ機をホシノ機に切り替えるのもちょっと…。
何しろあの戦闘スタイルじゃ、今度届いた少し性能の良いエステじゃないと耐えられないし。
とほほ、どっちつかずなのよねぇ。
「ただいまー」
「「「「おかえりー!!」」」」
「おう、おかえりー」
「あ、ヒロシゲさん!
退院したの!?
言ってくれれば迎えに行ったのに!」
「そんなに気にするなよ。
バランスがふらふらする以外はそんなに普段と変わらないんだ。
それに、こんな遅くなるまで頑張ってるのに呼び止められないって」
「…もう、ばか」
…私のせいでこんな怪我をしたのに、いつも通りに私を見てくれている。
本当に…ばか…。
「ほら、夕食にしようぜ」
「はーい」
…私もいつも通りにしていよう。
それでいい…ヒロシゲさんの4人の弟、妹たちも心配そうに見ているから。
私までそうしているわけにはいかないから。
「兄さん、あーんして」
「や、やめろよ…ガキじゃないんだから…。
左手はあるんだから食えるって…」
「でもまだ慣れてなくてフォークじゃない」
「そーだそーだ!食べろよ兄ちゃん!」
「うああ、一度に四つも食えねぇって!!」
ヒロシゲさんが右腕を失ったことで、兄妹たち全員が、
自分の夕食のおかずを差し出して口を開けさせようとしている。
ヒロシゲさんがこんな怪我までして頑張ったから…みんな労いたいんだ。
佐世保をみんなで守ったもんね…そうだよね…。
「ほら、ヒロシゲさん。
一口くらい食べてあげて。
一個ずつなら食べれるでしょ」
「ああっ、たく!
食うよ!ちゃんと!」
ヒロシゲさんは恥ずかしそうに…でもちょっと嬉しそうに、涙目で一つ一つ咀嚼した。
もし…あの時、私かヒロシゲさんが死んでいたら、今はきっとお葬式だったんだ…。
そんなの…想像しただけで泣いちゃうよ…みんな…生きててよかった。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
いつも以上ににぎやかな食卓が解散されて、小さな弟が眠りに就くころ…。
「さて風呂でも入るか…」
「背中、流しますよ」
「い、いいって…」
「…これくらいさせて下さい。
義手が出来るまでの間くらい、右手の代わりをしたいんです。
私も…」
「わ、分かったよ…」
ヒロシゲさんは真っ赤になりながらうなずいた。
こういう体の触られ方は…普通しないから、さすがに恥ずかしいんだろうけど。
…傷口のほうはまだ治りきってないけど、入浴くらいはして大丈夫。
傷カバーがいいのがあるからね、今時は。
ヒロシゲさんの大きな背中を洗いながら、私は少しだけ弱気になっていた。
「…ごめんなさい。
本当に…」
「気にするなって。
罪滅ぼしのつもりじゃないんだろ…?
だったら、いつも通り居てくれ」
「…はい」
あれからも何度も謝ったけど…気が済まなかった。
だからせめて手助けはしたいと思って…。
ヒロシゲさんはシャワーで泡を洗い流し、先に湯船に入った。
私も洗髪を始めて目を瞑った。
「…なあ、シーラ。
俺は…パイロット続けるつもりだけど、いいのか?」
「…いいです。
どっちみち…私もPMCマルスでメカニックを続けたいですし」
「…そうだな。
あんないい奴ばっかりの会社、なかなかないしな」
私達はあまり組織に属するのに向いている性格じゃない。
礼儀やなんやらの出世に絡むような事が出来るタイプじゃないし…。
そういう意味では整備班長って結構大出世なんだよね。
…あ、いい奴じゃない人もいた。
例の事務員さんだ…。
「……そういえば、事務員さんのことヒロシゲさんは何か知りません?」
「いや…そういえば事務員さん、名前なんて言ったっけ?」
「わかんないです…。
何でか思い出せないんですよね、みんな…。
平凡な名前だった気はするんですけど…」
「そうなんだよな…名簿のデータも履歴書も抹消して…。
うーん…スパイってすごい奴なんだな」
恐らく偽名だった名前も、特殊メイクで隠した顔も、なんでかうまく思い出せない。
まるで私達が嘘をついて事務員さんという人間を準備していたかのように、
彼女の情報は見つからなくなっていた。
そうするように仕組んでいたんだろうね。
捜査上で私達が居ない犯人を偽装していたと思わせるように…。
ただ、ホシノ会長を撃ったあのシーンの映像があったから、
辛うじて私達が仕組んだことではないと判断されたんだけど…。
「シーラ。
約束、覚えてるよな」
「…うん、どっちか死んでも後追いしないって」
「これからも危ないことが増えるけど、
約束守ってくれよ」
「はい…必ず」
…きっとアキト会長たちも、こんな話をしているんだろうなぁ。
アキト会長もあんな怪我なのに無理して熱い夜過ごしちゃったりして?
……私もそんな夜を過ごしたいなぁ。
ヒロシゲさんの怪我がなければ私だって…。
「なにボケっとしてんだ?
…先上がるぞ」
「あ、はい…」
…やっぱこういうの鈍いんだよね、ヒロシゲさんは。
そんなことしてる場合じゃないからいっか…。
…私に甘えてくれるくらいの可愛げがあってもいいと思うけど、ね。
「本番はいりまーす。3・2・1…」
ADのカウントが終わり、
テレビのニュースキャスターが、カメラに向かって一礼をした。
「みなさん、おはようございます。
朝のニュースの時間です。
本日のニュースのヘッドラインは、こちらです。
PMCマルスに関する報道が過熱しております」
ニュースキャスターの背後のモニターに、
『ホシノユリ、ミスマル提督と衝撃の血縁関係』
『利用された連合軍、犯人の思惑は?』
『ホシノアキト退院、傷の経過は良好』
『PMCマルス、連合軍から戦艦を譲り受ける!?』
と見出しがいくつか並んでいる。
「三日前のPMCマルス襲撃事件から、怒涛の新事実が明らかになり続けています。
まずはホシノユリとミスマル提督の関係ですね。
ホシノユリはかつて不妊治療のために試験管ベイビーとして、
ミスマル家の長女として誕生する予定だったそうですが、
テロリスト集団の襲撃により受精卵の状態で行方知れずになっていたそうです」
「しかし、彼女は日本で無事に育つ事ができていたようですね。
火星で奪われた受精卵がどういう経路で日本に来ていたのかは不明ですが…。
彼女の両親についてもまだ謎が多いです」
「それはさておいてもまさかミスマル提督と関係があるとは…。
いくつかの週刊誌では、ミスマル提督がPMCマルスを裏から糸を引いていたのでは、
と報道しているところもありますが」
「エステバリスの威力を知らしめるために、ですか?
ただそれにしては大げさな気がしますが…。
一応開業したのと接触があったという時期が、
合致しないそうなのでちがうとは思いますがね」
「連合軍に対して強烈なバッシングをしていた人達が、
大きな肩すかしを喰らわされたのもありましたね。
ホシノユリ自身が、それを否定しにくるとは思いませんでした」
「娘だったと発表する時期がズレたのが事を大きくしてしまいましたね。
…とはいえ、こうなるとはだれも想像できなかったことでしょう」
「ホシノアキトの戦後の目標についても語られて、
ファンの皆様は改めて驚いたんじゃないでしょうか。
木星トカゲが居る限り自分の夢であるコックを始めることもできないと。
元々彼が芸能界に入ったのはPMCマルスの資金集めだったとか」
「いやー。
ディープなファンなら知っていることではありますが、
芸能界とPMCマルスの活動しか知らないファンにとっては、
かなり意外だったみたいですねぇ」
「続いて少佐をそそのかし、連合軍を利用した犯人たちの思惑についてです」
「少佐の遠い親類であるアフリカ方面軍のバール少将が、
今回の事件の首謀者ではないか、というのが語られるようになりましたねぇ」
「彼も一時的に閑職に移動、捜査の妨げにならないようにされたようですが…。
ただ犯人の一味に暗殺されたことから考えると、親類を殺すとは考えづらいですし…。
この線もあまりなさそうではありますね」
「しかしどのみち少佐が利用された事と、
少佐、そしてホシノアキトを暗殺しようとした犯人たちは関係が深そうです。
こうなってくると、犯人は木星に加担する組織か、
そうでなければライバル会社のどちらかになりそうですね」
「この間の推理が大外れしたのはちょっと悔しいですが、そうなりますね。
もっとも、そこから先の捜査が行き詰っているようですが…」
「ひとまず、私達もこのあたりは情報待ちになりそうです。
続いて、ホシノアキトは一時的に退院を許可されたそうです。
傷の治りが早いですが…かなりの重傷とのことでしたが」
「どうやら彼はナノマシンを過剰に体内に持っているそうで…。
ネルガルによるとかつて新型IFSのテスターを頼んだ際、
その影響で体内ナノマシンの量が多くなってしまったようで…。
傷口からナノマシンの光が零れるようになって神秘的な光を放つそうです。
やはりナノマシンは人体に与える影響が大きいようですねぇ?」
「人体に影響のあるナノマシンを使用したネルガルに対して抗議の声が上がっていますが、
現在流通しているIFSのナノマシンではそこまでの状態にはならないようです。
あの白い髪と金色の瞳ももしかしたら新型IFSのせいかいもしれませんねぇ」
「そういえば沖縄でホシノアキトの妹と思しき少女が目撃されたそうですね。
この少女について情報をお持ちの方はぜひご連絡いただければと思います。
詳しいことは判明していませんので、続報を待ちましょう」
「最後に、期待が持てそうなニュースです。
PMCマルスに、ネルガルの新型戦艦…巡洋艦が譲渡される見込みだそうです」
「おっと?これは連合軍が黙っていないのではないでしょうか」
「いえいえ、ところがこれは連合軍がこの間の一件を気に病んで、
PMCマルスに反省の意を示す形で、
ネルガルから納品予定だった巡洋艦を渡すことになったそうです。
これはなかなか粋な計らいですね」
「ええ、連合軍もさすがに今回の事態は想定外でしたでしょうから。
それに、連合軍もエステバリス導入に際して、
PMCマルスと合同訓練を実施する運びになっているそうです。
いよいよ木星トカゲに対して反攻を仕掛けられる状況が迫ってきそうです」
「えー、ここでPMCマルス会長のホシノアキトからのコメントが届いています。
『連合軍の事情も良く知っています。
今回の事は誤報で利用された側でお互いに被害者ですから、
ユリちゃんの言う通り、俺達夫婦は気にしていません。
それに艦が手に入れば各地の転戦も可能になり、
連合軍との協力体制も万全になって、助かる人が増えます。
合同訓練も進めば俺達だけでは到底出来ない事が、実現していくと思います。
今は地球圏で争っている場合ではないので、
協力して前に進んでいきましょう』
との事です。
やはり彼は大物ですねぇ、こんな事があっても許すとは」
「ホシノユリとミスマル提督との関係の事もありますが、
彼自身はPMCマルスの力を強くすることよりは、
連合軍と協力してでも早く終戦を迎えたいというような傾向が見られますね。
…これは期待できそうです!」
「PMCマルスとエステバリスの活躍に今後も注目ですね。
では、続いて今日の天気です…」
この間の一時帰宅から3日ほど経過した。
…世間の盛り上がりもあって、病院で寝泊まりしながらも、
度々呼ばれてマスコミに話だけはしなければならないことも多かった。
ユリちゃんも忙しくてそんな場所でしか顔を合わせられず、
俺達は二人で苦笑することしか出来なかった。
周囲にも次の出撃について問われることは多かったが、
ナノマシンがそんなにすぐ傷が治るわけもなく…保留せざるを得なかった。
この3日ほどで、傷もふさがり痛みは引いていたがそれでも時々熱っぽくなったりする。
依頼もたまってきているそうだが…うーん。本当に大変だ。
それで、今は経験豊富な高齢の医師に来てもらって診察してもらっている。
ゴットハンドとあだ名されるこの医師は、陸戦兵士を幾度となく救ってきた達人だ。
この22世紀末ですらも、未だゲリラ戦が活発な地域がある。
日本の連合軍でさえ、駆り出されることもあり…診察が困難な場所に派遣されることも多い。
そういうところを渡り歩いてきたこの医師であれば、
レントゲンや最新の治療器具を使っても見きれない俺の体を、
診察できると、医院長が推薦して呼んでくれたんだ。
…しかし、触診と聴診器だけのクラシックな診察で、分かるんだろうか?
今度はトントンと、俺の背中に指を当てて様子を見ている。
「…驚いたなぁこれは。
もう3日もあれば運動もできそうなくらいに治っておるよ」
「本当ですか?」
「まあ、あと1週間はパイロット稼業も殴り合いも禁止だが。
退院してよろしい。
嫁さんとの夜伽も3日後ならしていいぞい」
「よ、夜伽って…」
「いろいろ看護婦やファンの子に相談しとったんじゃろう?
嫁さんをどうやって喜ばせるか熱心に聞いていたって、
もっぱらの噂だったぞい」
…俺は顔が赤くなっているのを自覚した。
少し度が過ぎるやり方だったか…。
「ほれ、週刊誌にもバッチリ書かれとる」
「うえ?!」
「ほっほっほっほ、照れなさんな。
仲が良くて何よりじゃ。
ストレスがないのが一番の健康法じゃからな。
奇跡の生還で夫婦仲が良くなるなんてよくある事じゃて」
…こ、この人本当に百戦錬磨だな。
バレバレだったみたいだ。
「そんなわけで退院しなされ」
「…う、うっす」
俺は照れながらも診察室を出た。
ユリちゃんも、しばらく滞っていた会社の事で手一杯みたいだし…。
身体の調子を見たいから歩いて帰るか…たまにはな。
これもリハビリだ。
変装道具、あったっけか…。
ユリちゃんに一声端末で連絡をすると、俺は病院を出た。
もみくちゃにされても大丈夫だとは思うが…。
…今日に限っては変装がばれても走れないから気を付けないとな。
俺は歩いて帰るついでに、以前働いていたコスプレ喫茶に顔を出す事にした。
たまには顔を出してほしいっていう話だったけど、
忙しすぎてあんまり顔を出せなかったからな…。
とはいえ…。
「英雄の帰還だぜ!!囲め囲め!!」
「な、なんかすごいことになってません?」
寄ってみて驚いたが…。
コスプレ喫茶が入っていた雑居ビルは、ワンフロアだけだったのに、
雑居ビルを買い取ったらしく、すべての階…7階すべてがコスプレ喫茶になっていた。
俺が働いていたこの店はもはや聖地と化しているらしく、
俺が抜けてからも連日満員状態だったとか…。
だがそれ以上に驚いたのは…。
「…みんな、俺の真似までしないでも良くないっすか」
「なーに言ってんだよ、意外と評判いいんだぜ?」
「しかもあの戦闘服まで真似てる人もいるじゃないっすか…。
導入が早すぎませんか?」
「最新流行だぜ」
…このコスプレ喫茶、いろんなコスプレをする喫茶だったが、
チャンスとばかりに『ホシノアキト』のコスプレをしている人ばかりになっている。
髪を白に脱色したり、かつらかぶったり…。
最近流行の金色のカラーコンタクトまでして…。
…なんていうか、もうマシンチャイルドも見た目だけなら珍しくない感じだよな。
俺のせいだけど…。
こういう…時期を逃さない商売っ気っていうのが経営者の素質なんだろうな。
…いくら儲けたんだ、オーナー。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
その後、俺のゲリラ来店で店が盛り上がりすぎたので、
ひとまず来店している子たちにサインしてあげたり写真取ってあげたりして、
早めに離脱することにした…長居している場合じゃないからな。
…名残惜しいとは思わないが。
今日はたまたま寄ってみただけだけど、
また俺に会えるかもしれないって、あのコスプレ喫茶超満員になったりするんだろうか?
う~ん…戦いが終わってもまた芸能活動に駆り出されてしまいそうで憂鬱だなぁ…。
早く人気が落ち着いてくれないかなー。
俺は会社に戻ると、
ちょうどユリちゃんも外回りから帰ったところだったので、二人で食事をとった。
昼下がりで会社のみんなも、まだ仕事中だし…夕飯くらいは俺が作ってあげたいな。
いろいろと報告した。
体調はひとまず安心して大丈夫そうな事、
コスプレ喫茶での出来事…。
ユリちゃんはホッとしていたようだった。
「そんなことがあったんですか」
「うん…人気が大事になってる自覚はあったんだけど、
飛び火しまくっているみたいだ」
「…そうなると、詐欺への警告も必要そうですね」
「え?詐欺?」
「…ほら、PMCマルスにスカウトしに来たとか、
ホシノアキトの芸能事務所に入らないか、とか…。
無限に出てきそうですよ?」
……あるかもしれない。あのレベルになってると。
「…PMCマルスは採用を締め切っているのと、
協力会社はネルガルくらいであるということと、
芸能活動は休んでいることと、
パイロットになりたければ連合軍に行ってほしいって伝える必要がありますね」
「…そうだね、こんなことで不幸な目に遭う人が居たら困るよ」
「それもなんですが…。
まだアキトさんも1週間くらいは復帰できないんですね?
じゃあ、さしあたって編成を変える必要がありそうですね」
「そうだね…いつまでも会社を止めておくわけにも行かないし」
「直近で動く必要がある依頼は…5日後です。
進めても大丈夫ですか?」
「うん。
本当に危ない時は俺も出る必要はあるだろうけど…。
5日なら何とか治ってるかもしれないし、大丈夫」
「…では、そうしましょう」
俺とマエノさんが動けない以上…。
ナデシコのエステバリス隊のみんなと、テンカワで編成する必要がある。
正直エステバリス隊のみんなだけでも十分に戦い抜けるだろうが、
実地での経験は何物にも代えがたい大事なものだ。
そろそろパイロット候補生からも出撃要員を出して経験を積ませたいしな。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
俺とユリちゃんはエステバリス隊の編成について考えた…。
ある程度まとまって、ナデシコのエステバリス隊を呼び出して…。
全社員が集まって、話し合いを始めた。
「みんな、集まってくれてありがとう。
おかげさまで、俺はこの通り何とか元気だ」
みんな安堵してくれたのか、小さくため息を吐いていた。
…心配かけたな、本当に。
「俺も復帰まであと1週間は必要だけど、現場復帰しておこうと思う。
まだ日本には助けを求める人達がたくさんいるからな。
…そして先ほど紹介した、
アカツキに鍛えられたエステバリス隊が、しばらく手を貸してくれる。
とても強いパイロットだ、頼りにしてくれていいよ」
「…はい」
まだ不安そうな顔をしている社員が多いな…。
外部の人を迎え入れるのにまだ不安があるんだろうな。
俺は大丈夫と分かっていても、それはそうだ。
だが付き合っていけばだんだんとほぐれていくことだろう。
ユリちゃんがホワイトボードの前に立った。
「それでは、エステバリス小隊の編成を発表します。
復帰後は改めて小隊の再編成を行いますが、
暫定的に決定しないと私たちも身動きが取れませんし、
さしあたっての編成になります。
小隊を2つに分け、3機でのフォーメーションで当たろうと思います。
また、今回はパイロット候補生から1名、選出します」
「おお…」
「ついに…」
パイロット候補生のみんなはざわついている。
エステバリスシミュレーターの成績はみんなかなり伸びている。
俺が撃たれてから、かなり必死になって鍛え上げてくれていた。
パイロット候補生の選出の為にみた映像で、それが良く分かった。
「まず、第一小隊ですが、
スバルさん、アマノさん、マキさんの三人です。
元々この三人は連携・そして役割分担が見事です。
この三人を分割するのはかえって損が大きいと判断しました」
「任せとけ!」
「はいはーい!」
「…分かったわ」
「それでは第二小隊です。
テンカワさん、ヤマダ「ダイゴウジガイ!!」…さん。
そしてパイロット候補生からさつきさん、お願いします」
「わ、私ですかぁ!?」
「すごいじゃない、さつき!!」
「でもさつきは、スコアだけで言えば全体の3位にも入れてませんけど…」
「アキトさんが訓練の様子をみて、今後の伸びを感じたのがさつきさんです。
それに撃墜スコアだけではなく連携や判断力がよかったそうです。
…期待してますよ」
「はい!頑張りまっす!」
そう、さつきちゃんは平均的にやや高い能力を持つが、代わりに目立った能力はない。
けど、視野が広く、チームをまとめる力がある。
パイロット候補生の中にも、戦闘に関してはかなり強い子が居る。
しかし、連携のイロハができている子が一人でもいるかどうかというのは、
今後のPMCマルスのパイロット育成に関わることだ。
この判断は悪くないと思う。
「この編成について、何か質問は?」
「俺とさつきちゃんは素人同然だけど、この配置で大丈夫なんすか?」
「ええ。
先ほど言った通り、第一小隊のメンバーは連携が見事です。
これを切り離してしまうと戦力が半減してしまうのが目に見えています。
それにヤマダさんは連携こそ苦手ですが単独行動時の戦闘能力は一つ頭抜けています。
こういう場合、素人同然の二人はヤマダさんを手本にするのが良いかと思います。
連携するにもまだ練習が必要ですから」
「おう!任せろ!」
ユリちゃんはガイには不安が大きいらしいが、
アカツキが矯正してくれたと考えておくしかないだろう。
…もっともアカツキも扱いあぐねて押し付けただけかもしれないが。
まあ、俺も今回は教官業に徹することだし、いいだろう。
「そんなわけで、出撃までの5日…しっかりと訓練をお願いします。
また、第一小隊の皆さんは、パイロット候補生の訓練を別途担当してください。
ヤマ『ダイゴウジガイだ!』…ガイさんは、テンカワさんとさつきさんの訓練を、
別途担当して下さい。
どちらの訓練もアキトさんがちょいちょい見に来てくれます。
…それでは、今日はここで解散としましょう。
では…」
「ちょっと待ってくれ」
ナオさんが割って入ってきた。
どうしたんだろ?
「助っ人も来てくれたことだし、
アキトもマエノもまだ怪我はあるっても、なんとか退院だ。
歓迎と、快気祝いと…この際、ここでやろうと思ってな。
俺と眼上さんと整備班のみんなで準備しておいたんだぜ」
「それじゃあぶなーーーい刑事?」
ナオさんはさっそくリョーコちゃんとヒカルちゃんにいじられている。
おお…こんな展開は想定してなかったな…。
俺達も結局、会社と自分の事で精いっぱいだったし…嬉しいなこれは。
この間の祝勝パーティも、俺は疲れ切ってて少し食べたら眠ってしまった。
しかし幹部だというのにみんなに気を遣わせてしまったな…。
いや、この際甘えてしまおう。遠慮するのもそれはそれでよくない。
またいずれ、俺達が準備してあげればいいことだ。
うん、楽しもう。
「ありがとう、ナオさん、眼上さん、みんな…。
ぜひ、ごちそうになるよ」
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
それからしばらく、この間のお葬式気分を吹き飛ばすがごとく、
俺達は盛り上がった。
持ち込まれたホットプレートで肉を焼き、その場でいろいろ調理をした。
ナオさん曰く、屋上でバーベキューでも良かったが、
今はあまり目立つ行動を取らない方がいいとの配慮だった。
──前回の事もあって、ほとんどの人はアルコールを飲もうとしなかったが。
それでも十分俺達は楽しんでいた。
笑い合いながら英気を養う…いい時間だった。
…そして、かたづけが終了した後、
眼上さんが少し話があると俺とユリちゃんを呼び出した。
その前に…。
「…眼上さん、すみません。
こんなことまで気を使っていただいて」
「いいのいいの。
まだみんな給料日来てないんだから。
…それに私もお祝いしたかったの、あなたの無事を」
このパーティの準備資金を、
眼上さんが出してくれていたとユリちゃんが気づいて、俺達は頭を下げていた。
…初任給が出る前にこんな目に遭ってしまったのは参ったが…。
「それで眼上さん、話ってなんですか?」
「前々から言っていたことだけど…。
あと一ヶ月くらいで、手伝うのをやめようと思って。
もうそろそろ独り立ちしてもいいころよ、あなたたちは」
「…本当にありがとうございます。
会長としては引き留めたいところですけど…お世話になりっぱなしで、
眼上さんも得意じゃないことをたくさんしてもらったので、
そんなことを言えませんね…」
「ふふ、そうね。
私も久々に全力で3ヶ月も頑張っちゃったわ。
でも、ホント楽しかったわ。
この年になっても初めて尽くしの事ばっかりで…。
新鮮で、驚きの毎日だったのよ?こう見えても」
百戦錬磨の眼上さんでさえも、いろいろと大変だったからな…。
でも楽しんでくれていたと言われると少し気持ちが楽だ。
「一応ね、後釜になる子は決めてあるの。
これから大変になるとは思うけど、大丈夫だと思うわ。
何か月か休んで…また芸能界に向いている子を探すわ。
あ、よさそうな子が居たら紹介してね?」
「…ええ、必ず」
眼上さんは微笑んで…明日の仕事について少し話すと帰っていった。
…感慨深いな。
あの人が居なかったら俺達はとっくに破産しているか、
アカツキの思惑に乗らざるを得なくなっていた。感謝してもしきれない。
「…ついに眼上さんが抜けてしまいますか」
「うん…本当に頼りっぱなしだったから、
大変にはなるだろうね」
「分かっては居たことですが…はぁ。
また私の負担が増えてしまいそうです」
「…そういえば後釜って誰だろう?
パイロット候補生かな?」
「そうだと思いますよ。
整備員の人達はあまりそういうの得意じゃなさそうですし」
まあ、細かいことは分からないが…何とかなるだろう。
俺達は自分たちの部屋に戻った…。
私はこの間のミスマル提督の一件が片付いて、ホッとしていた。
あれ以来、ハッキングでの情報収集を続けているけど…。
その中で妙な事に気がついた。
クリムゾンの動きが、小さい。
ネルガルと明日香インダストリーに並ぶ、巨大企業とは思えないほどに。
株価が低迷しすぎてて…このままだと先細って消えてしまいそうな状態。
確かに…エリナから聞いた前回の史実と比べると、
ネルガルが本当に圧倒的な有利を獲得しているのは確か。
とはいえ、そうは言ってもまだ始動段階に過ぎない。
確かに注目は集めているけど連合軍ともまだ契約以前の段階で、利益は出ていない…。
ネルガルの株価が上がったとはいえ、それが原因にしては落ち方が妙だった。
人体実験の研究所も、見つかったとはいっても、まだクリムゾン主導とは広まってない。
…この件について、エリナが見舞いに来た時に話し合った。
エリナも妙だと勘付いた。
株価が低いことには当然気づいていたけど、
私が裏付け用に集めたデータを見て驚いていた。
「これ…まさか木星とつながりがなくなっているの!?」
「どういうこと?」
エリナ曰く、クリムゾングループが持っているバリア技術は、
ディストーションフィールドの亜種であるということらしい。
これは会長のロバート・クリムゾンが一代にして、
軍事産業、特にバリア関係のトップになれた事と直接関係がある。
木星の技術を転用して作られたバリア兵器は、従来のビームやミサイルにかなり有効。
もっとも、艦船につけるには電力的な問題が大きすぎて積まれていないそうだけど。
これを解決するには相転移エンジンを必要とするらしい。
核パルスエンジンだと厳しいのだとか。
重要なエリア…軍事施設の一部、そして政治家や金持ちを守るバリアを中心として、
バリアの需要が広がり、一大産業に発展するきっかけになったらしい。
つまり、地球を守るビッグ・バリアを代表とするクリムゾン製バリアのすべてが、
実は木星とのつながりなしには作れなかったということ。
そして現在、クリムゾンが株価を落としている原因は…。
木星とのつながりがなくなってしまったため、技術的な水準がさがり、
新規の兵器開発が滞っているのが原因なのでは、とエリナは想像できたみたい。
「…どうなってるの?
木星だって、地球からの技術提供は喉から手が出るほど欲しいはずなのに」
「わかんないよ。
でも…これっていい事だよね?とりあえずは」
「…そう、それが不安なのよ。
草壁がこの時代に来ているなら、逆にもっと地球がピンチになってていいはず。
クリムゾンと手を切る場合…地球を諦めているか、もしくは…」
「…クリムゾンと手を切ってもいいくらい、
有利な状態になっている…だよね」
私達は考え込んだ。
…情報が少なすぎて、これ以上は分からない。
とにかく、危険の芽を摘んでおきたいんだけど…。
「…アカツキと話して来て。
調べてほしい事、たくさん出てくると思うから」
「…ええ、お願いね。
ラピス、いつもありがと。
いい子いい子」
「えへへ」
ダッシュを起こしてもらって置いてよかった。
私もオモイカネ級コンピューターがないとどうしようもないからね。
でも…。
「…ね、エリナ。
私に隠し事してない?」
「…何にもないわよ」
「嘘。
エリナ都合がわるくなるとすぐ答えが遅くなるもん」
「本当に何もないわよ。
…とにかく、お願いね」
「…はーい」
これ以上踏み込んでも無駄かな。
エリナは口が堅いからね…。
でも、私にわからない事なんてそうそうないんだよ?
…ま、いいや。
私もアキトを助けるための情報収集する時間のほうが大事だし…。
そっちはアキトと合流してからでも…。
「ふぁぁぁ…」
もう夜の9時…。
私も大きくなりたいからもう寝ようかな…。
ナイスバディで綺麗な女の子にならなきゃアキトは振り向いてくれない。
…アキト、そういう子ばっかり好きになるんだもん。
だから頑張らなきゃ…。
いつか浮気させてみせるんだから。
今は…ねよっと…。
ぐー………。
今回はホシノアキト復活に向けた準備、
そして戦闘に向けた準備、
アカツキとの決闘への準備などの準備回となりました。
人員補充、そして離脱も絡みつつ、ナデシコの影がゆっくり見え始め…?
しかしアカツキ決闘までもって行きたかったけどな~かなか終わらんです。
ってな具合で次回へ~~~~~~~~ッ!!
>ナノマシン凄いな! 本当になんでもありだな!w
ゴールドアームさんのハルナ嬢より控えめなら大丈夫かと(ry
それはさておいてもナノマシンに苦しめられたアキトが、
なんだかんだ助けられるようになっているというのが面白いかなーと。
>>なんか宇宙人とか光の戦士とか言われてるのは、ちょっと嫌だが。
>ばろすwww
ナノマシンが原因と分かっているだけに結構世間もからかい半分な感じですw
芸能人という経歴が、本来忌避される事を緩和しまくってるようです。
>>いまだにネット上ではなく、将校が集まって総会を開くということが常態化している
>まあある意味では有効な手段ですよね。
>特にルリちゃんみたいなのがいる世界ではw
考えてみればそうでした。
ただ、点在するチューリップを避けて集まるのだけでも結構大変な気はしますがw
>>バール
>ザマアw
フラグ回収が早すぎるバール少将、アウトーーー。
>>メンツを潰しまくったせい
>・・それはかなりありそうだなあw
この辺、
テレビ版だとこき使われて報復され、
時ナデ版だとアキトを引き抜いて報復しまくってますが、
それぞれなにかとうまくいってない連合軍。
そしていろいろ埋め合わせがうまくいっていないアカツキ…。
う~ん、やっぱりうまくいかないもんですね。勢力間の調整って。
戦争がなくならないわけだ。
>>テンカワを影武者に
>君の知っているホシノアキトは死んだ(ぉ
ホシノアキトからすると、
「ユリカと結ばれる権利があって、
しかも地球に残れて安全で、
料理続けられるんだから良くない?」
みたいに、むしろ気を遣ってあげている(そして少しだけ嫉妬している)
のでこういう態度になりましたw
で、今回実際に影武者やらせてみました。
ちなみに、
テンカワアキトはテレビ版を、
ホシノアキトはBenさんのアキトを意識して書いてはいましたが、
最近、設定や状況が違うから時ナデ版とは当然違うんですが、
って考え始めてます(爆
>あ、あの爺さんと孫娘の名前は「ハーテッド」です。
>よく間違える人います(いました)けどw
一瞬焦って確認しに行きました。大丈夫ですね。
書く時も確認したんですが、まさか間違えたかと…。
ちなみにアリサはその後登場した北斗のせいで比較的印象が薄かったんですが、
改めて読むとちゃんとヒロインしているんですよね。外伝では。
こんにちは、ホシノユリです。
アキトさんとの関係が進むと思うといっつも状況に妨害されててけっこうブルーです。
…でも、もう私迷いません!
アキトさんともっと…その…ごにょごにょ…。
ファンの子には悪いですが、私はもう誰にもアキトさんを渡しません!
ラピス、アキトさんと助け続けたあなただったとしても!!
…それにしてもアカツキさん、いい加減にしてくれませんか?
おんなじタイトルが連続しててそろそろDに関わる単語が枯渇したの?
イチャラブがうまくいかない系展開が続くいつも通りなナデシコ二次創作、
を、みんなで見て下さい。
テーマ的にDeny-否定するをつづけなきゃいかんのですよぉ by 作者
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代理人の感想
うんまあ、ほんとに箸休め回ですねw
しかしクリムゾン衰退かー。
とすると、テツヤ達もフリーなんかな。
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