やれやれ…今回の作戦も大変だったな。
アキトが無茶をしなくてもあれだけの戦果を挙げられたのは良かったと思う。
まだ英雄扱いされ続けてはいるが、だんだんと出ずっぱりの状態は無くなるかもしれん。
あいつも自分が戦うのは不本意そうだからな。
…で、今はPMCマルスの社員全員がこのハンバーガーショップに集まって、
珍しくジャンクフードを揃って食べる事態になっていた。
というのも…俺が護衛のために前の席に座っている、護衛対象のリクエストだ。
淡々としながらも、年相応にしゃべっているこの二人。
お互いにアキトの事だったり、コンピュータの事だったり…いろいろ話している。
既に一時間半が経過している。
「…それにしても、ラピス。
なんでハンバーガーショップなんですか?」
「ルリ、知らないの?
年頃の女の子はハンバーガーショップで話し込むものなんだよ」
…ラピスちゃん、確かにそういうものだが、それは経済的事情とか身近だからとかだと思うぞ。
アキトの妹のルリちゃん、そしてユリさんの妹のラピスちゃん…。
この天才少女二人は、義理の姉妹になるらしいが全員血縁関係はないらしい。
まあ妙だよな。
とはいえ、別に人の家庭の事情に首を突っ込むつもりはないし、聞く必要はないわけで…。
「しくしくしく…」
「…何泣いてんだよアキト」
「ラピスが…こんなジャンクフードを…。
俺の料理のほうが絶対おいしいのに…しくしく…」
…お前は年頃の娘に帰りにジャンクフードを食べたから夕飯要らないって言われたお母さんか。
お前だってやけ食い気味に20人前は頼んでるだろうに。
「アキトは手作り料理大好きだもんね、もぐもぐ」
「たまにはおいしいよ、アキト君。もぐもぐ」
能天気なミスマル家の姉妹二人はアキトをよそにハンバーガーを食べている。
…うーん、ユリさんがこんな感じだと調子狂うぜ。
まとめ役が居ないって言うか突っ込み役が居ないっていうか…。
とはいえ、さっきまでの気落ちした態度から立ち直っているだけずっといいだろう。
しかし、このハンバーガーショップの店長が気の毒だ。
あんまりにも有名人が訪れたせいで、
しかも店をほぼPMCマルス全員が独占する形で占有している関係で、
店の前には人だかりができてしまい、貸し切りにせざるを得ない状態だった。
テイクアウト…というかドライブスルー的に他の客に対応せざるを得ず、
人だかりも中々退いてくれない関係で、開店休業状態だ。
二重三重に災難だな。
「あのー…サインくれません?」
「あ、はい…すみませんっす」
アキトも迷惑料のつもりなのか、いつもはあまり応じないサインを何枚も書いてるな。
この規模の有名人になってしまうと、
逆にまとまって目立っていたほうが安全って言うのがなんともな。
…アキトに続いてルリちゃんとラピスもスゴい人気だな。
ひょっとしたらファンクラブがまたできるかもしれん。
「…はぁ。
ラピスは居心地悪くないですか?」
「大丈夫だよ。
これくらい慣れとかないとアキトの隣にいらんないもん」
「…そういえばユリ姉さんの妹って割には、
アキト兄さんに懐いているんですね?」
「いろいろ訳アリなの。
そうじゃなくても純粋にアキトの事好きだし。
ここじゃなんだからそのうち話すけど…。
あ、それと。
…私、ユリにだって負けてやるつもりないから」
「ら、ラピス!?」
「私、アキト以外の人と付き合うつもりないから」
「…大胆ですね」
「これくらい言っとかないと、
すぐにユリの妹だからって逃げようとするから。
アキトってそういうところ意気地なしだし」
「アキト君モテモテだね」
「ラピスちゃんたら、情熱的なんだから」
ユリカさんとユリさんはニコニコしてアキトを見ている。
微笑ましいって感じだが…。
「ほほう…面白いことになってきたな」
年頃の女の子の戯言、あるいはあこがれから来る発言だとは思うが、
まさか義理とはいえ姉に挑戦するような宣言が飛び出てくるとは。
しかも既婚なのに、この発言だ。
結構マジになってるラピスちゃんを無責任に応援し始めてるギャラリーが多い。
…あ、スポーツ新聞の記者らしいのが数人、ガンマイク片手にメモを取ってるな。
こりゃ、また報道が荒れそうだなぁ。
「…か、勘弁してくれ」
「アキトの頼みでも、いーやー」
「…アキト兄さん、頑張って」
アキトが轟沈した。
机に突っ伏して涙を流している。
…う~む、情けない奴。
ラピスちゃんに強く言いたいものの、注意する言葉も見つからないと見た。
「エリナさん、
ルリちゃんとラピスちゃんをぜひ芸能界にスカウトしたいわ!
きっとアキト君と同じくらい輝いてくれるわよ!」
「…アキト君と本人に聞いて下さい。
私は別に保護者代わりで来ているだけです」
「あら、そう。
失礼したわね」
…眼上さん、アンタもスカウトが早いな。
流石、ホシノアキトをスターに押し上げた敏腕プロデューサー…。
早速ラピスちゃんのほうをスカウトにかかったな。
ルリちゃんは大人しいから向いてないと判断して、先んじてラピスちゃんをスカウトか。
抜け目ないな。
「ラピスちゃん、芸能界に興味ない?」
「いや。
芸能界なんて女の子が入ったら売れなくなったら、
アダルトなビデオに出されたりしちゃうもん」
「ラピス、それはイメージが偏りすぎですよ…」
「まあ、そういうところもないとは言わないけど…。
私が頼むところは大丈夫よ」
ラピスちゃん…意外と耳年増なのか?
いやこれくらいはこのくらいの年頃の女の子なら知ってることだな。
「…アキトと一緒のお仕事ならいいよ。
それ以外は絶対嫌」
「あらあら、
アキト君とならいいの」
「うん。
アキトとなら脱いでもいいよ」
「ラピスちゃん、女の子が裸を安く売っちゃだめだよ」
「べー」
過激だな、この子…。
ユリさんが注意してもむくれて聞かないし…反抗期か?
「しかし…。
こんなかわいい妹さんが二人も居るなんて…。
テンカワアキト君の事もそうだけど、
どこまでエモいのよ、アキト君のおうちって」
「…眼上さん、勘弁して下さいって…」
アキトはもう徹底的にうなだれている。
…同情するぜ。助けはしないが。
「ぶっ…」
「あ、青葉どうしたの!?
大丈夫!?」
「…さ、さっきの会話で、
アダルトなビデオとアキト様を結び付けて考えてしまったわ…。
…ごめん…こんな不純な青葉を叱って…」
パイロット候補生のテーブルで、青葉ちゃんが鼻血を出して震えている。
…この子、結構想像力が豊かなんだな。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
結局、にぎやかにもう一時間ほど話し込んでいたが、
その間、ずっとアキトはうなだれていた。
ギャラリーは帰る頃までずーっと居た。
ヤマダが一人武勇伝語りをギャラリーにして居ることである程度注意が逸れてくれたのが、
この際かなり救いだったといえるだろうなー。
俺達は再び、佐世保に帰る準備を始めたが…。
「…アキト、私に何か隠してるでしょ」
「な、何もないってば」
「嘘だよ!
エリナもなんかおかしいし、
アカツキは私の顔を見に来てくれないし!
イネスはどっか行っちゃったみたいだし!
目覚めてからヘンな事ばっかりなんだもん!」
東京に戻る間際のラピスちゃんがアキトを問い詰めている。
どうやら彼女もまだ退院後のリハビリらしく、もう少し退院にかかるらしい。
その間際…アキトの様子がおかしいと勘付いたようだ。
…う~む、小さくてもやっぱり女の子だな。
女の勘ってやつだろう。
そうじゃなくてもアキトは嘘をつけるタイプじゃないからバレバレだ。
しかし…ラピスちゃんはネルガルの会長と仲がいいんだろうか。
アキトも昔はネルガルに所属していて縁があるみたいだったが。
その時の縁みたいだな。
「ラピス、やめなさい。
人には聞かれたくないことの一つや二つあるものよ」
「そんな事分かってるよ!
でも、アキトって放っとくと危ない事ばっかりするじゃない!!
私だって、私だって手伝ってあげられるのに…。
それにその態度、何かエリナとアカツキが関係あることでしょ!
私に関係がないなんてありえないよ!!」
「…ラピス、いい加減にしなさい。
気になるのは分かるけど…。
あなたがアキト君をどれだけ想おうとも、別の人間なのよ。
話したくない事を話させちゃいけないわ。
一心同体にはなれっこないでしょ」
「──ッ」
「あなた、頭がいいんだから分かるでしょ?」
「…勝手だよ。
みんな、勝手すぎるよ」
「…ごめんね、ラピス」
ラピスちゃんが大粒の涙を流してエリナさんを睨んでいる…。
エリナさんはラピスちゃんを撫でてなだめているが…。
…う~む、何か深い事情がありそうだが…色んな意味で聞けそうにはないな。
事情が複雑そうだ。
「…アキト。
お前なにかあったのか?」
「…ちょっと複雑な家庭でして」
「そりゃ分かるが。
まあ人の家庭の話だし、深くは聞かないが…。
年ごろの子のへそを曲げるなよ。あの調子じゃ後を引くぞ。
お前の事を好きじゃなおさらな」
「うー…」
アキトは頭を抱えて唸ってるな。
隠さなきゃいけない事情との…板挟みって感じだな。
ユリさんもオロオロしているだけだし…ううむ、俺も打つ手なしだ。
そうこうしているうちに、ラピスちゃんはエリナさんに連れられて帰って行った。
アキトもひどく気落ちした様子で、ラピスちゃんを見送った。
やっぱりラピスちゃんはしっかりした子なんだろう。
まだ怒っている様子だが、それはそれで仕方ないと思っているみたいだ。
アキトを抱きしめて頬にキスして去っていった…アキトのほうがよっぽど重傷だ。
こういう時は情けない奴だとは思ったが、
特に家族相手だと本当にメンタルが弱いなーこいつは。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
俺達はトレーラーに揺られて佐世保に戻った。
結局日付が変わる頃になってしまった。
明日は金曜日で訓練がある予定だったが、この調子じゃ休みか午前休だろうな。
まあ、土日は休みだから大丈夫だろう。
しかし、この落ち込みようでアキトがラピスちゃんの件から立ち直るかは知らないが。
…しっかりしろよ、会長だろ。
私はPMCマルスに戻ってから、アキトにいろいろ聞いた。
エリナさんとアカツキ会長さんの事も、もっと知りたかったから。
…アキトの言う通り、二人とも根っからの悪人じゃないのは良く分かる。
でも、だからといって私の育てのお父さんとお母さんのことはまだ受け入れきれない。
受け入れちゃいけない…でもどうしたらいいのか、まだわからない。
アキトが、今後の事を賭けて決闘しなきゃいけない状態であるというのも…良く分からない。
男の人って、なんでこういうよくわからない勝負をしたがるんだろ。
それとラピスちゃんの事…。
以前はリンクで感覚や感情をどんな場所でも共有できる状態だったって。
でもそれ以上に、ちょっと気になったのがラピスちゃんとエリナさんの関係。
なんていうか姉妹か、親子のように見えて…。
ネルガルの責任だからと単に保護をしてあげている状態には見えなかった。
そうなるとこの二人をつなげている人が必要になる。
縁があるとしてもそこまで肩入れするわけないから。
…アカツキ会長?
いえ、アカツキ会長も顔を出していないと言ってた。
ってことは……アキト?
…もしかしたら、アキトはエリナさんと…?
ユリカお姉さんを見るアキトの目を見るとそんな事ない気がするけど…。
…聞いてみよ。
「ねえ、アキト」
「うん?」
「エリナさんと付き合ってたの?」
あ、アキトが硬直した。
やっぱり、そうなんだね。
「…そんなに凍り付かなくてもいいのに」
「あ、いや…その…」
…思いっきり浮気がばれた時の状態みたいになってる。
じゃあ、やっぱり…。
「その様子、ユリカお姉さんを助ける最中のことだよね?
…アキト、ひどいね。
奥さんを放っておいて、エリナさんと浮気してたんだ」
「…」
アキトは黙り込んで、うつむいた。
…きっといろいろあったんだろうけど、
未来の世界のユリカお姉さんの事を考えると、本当にひどいと思う。
今でも大事に思っているのは分かるけど…罪滅ぼしのつもりなのかな。
「…あの」
「あっちいって。
今日は一人で寝るから」
「その、あの…はい…」
アキトは静かに部屋から出ていった。
多分、アキトがちゃんと話したら私は許せたけど…今は言い訳をしてほしくなかった。
私が想像できないくらい辛いことがあったんだろうけど、言わないアキトが悪いもん。
そんなのは『黒い皇子』として人殺しをしてきた事に比べれば些細な事なのかもしれない。
…でもエリナさんとラピスちゃんの人生は、アキトがおかしくしたのかもしれない。
二人とも気にしている様子はないけど、だからって簡単に許しちゃダメ。
だって…。
「…未来のユリカお姉さん、死んじゃったんじゃ…。
私が怒るしかないじゃない…」
私は独り言を言いながらも、ユリカお姉さんが死んじゃったらと想像して、
涙が少しだけ零れた。
……参った。
昨日から何も手につかない。
自分でもどうしようもないくらい頭も体も動かない。
ラピスとユリさんに言われるのがこんなに堪えるとは…自分でも思わなかった。
「…おい、アキト大丈夫か?
顔面蒼白だぞ」
「ちょっと…無理っ…ぽいす…」
「ちょっと放っといてくれるか…。
みんなゴメン…訓練しててくれるか…。
俺…休むから…」
「それは構わねえけど…布団で横になった方がいいぜ?」
「そーだよー!寝不足は大敵だよ!!
締め切り前だからって寝ないと効率もクオリティも落ちるよー?
あえて、寝るーっ!」
「そうよ。
寝不足になって、ふーらふらしてたら死体になって転がってるなんて事になったら、
洒落にならないわ。
フーラフラシテタラ・シタイ…。
フランケンシュタイン…なんて…あは、あははあ」
…返事をする気力もないよ。
そうこうしていると、みんなは部屋の外に出ていった。
俺はしばらく…恐ろしく時間の進みが遅く感じる中、うなだれることしかできなかった。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
「アキトくん、お昼終わっちゃったわよ?
部屋で寝ないで何してるのよ」
「眼上、さん…」
俺がうなだれて会長室に引きこもっているので、様子を見に来たのか、
眼上さんは一人で会長室を訪れてくれた。
俺も…ガキじゃないだろうに、一人で篭ってしまって恥ずかしいが…。
「ほら、ユリさんが料理作ってくれたわよ。
元気出しなさい」
「…すみません」
ユリさんはまだ怒っているんだろう…俺を呼びにも来ないんだから…。
俺は眼上さんが差し出した麻婆豆腐定食を、静かに食べた。
眼上さんはそれをじっと見て待っていてくれた。
「…エリナさんとラピスちゃんの事よね?」
「ど、どうして…」
「あなたの三倍近く生きてるのよ、それくらい分かるわよ。
それにスキャンダルの現場だっていっぱい見てきたわ。
…あなたに限ってそんなことはないって思ってたけど…」
「面目ないです…」
「良いわよ、芸能界に居たら別に珍しいことじゃないわ。
別に関係は険悪じゃなさそうだし。
ちゃんと助けてくれてるのに、その割に付き合いがしっかり切れてそうだし…。
アキト君の人柄から鑑みても、そんなに悪い関係じゃないと思うのよ」
「…」
「話してごらんなさいよ。
ユリさんにどんな顔して言い訳すればいいか悩んでいるようにも見えるわ。
いいじゃない、あなた芸能人なんだからスキャンダルの一つや二つ。
それにユリさんはちょっとやそっとじゃ離れていかないわよ。
今だって…ちゃんと料理作ってくれたじゃないの。
機嫌が悪くて顔を見たくないか、罰のつもりなのよ。
ちょっとくらいならアドバイスできるわよ?
あなたも苦しいんでしょ?」
…本当に敵わないな、この人には。
でも…いい機会かもしれない。
ホウメイさんよりずっと年上で…色んな人間関係を見てきたこの人なら、
何か俺の気づかなかったことを教えてくれるかもしれない…。
俺は例によって、ある程度伏せて事実を語った。
かつて婚約していた、付き合っていた女性がいて、
その女性が病に倒れ、目覚めない間、俺自身も病に苦しみ、
自分を支えてくれたエリナと関係を持ってしまったこと、
その時にラピスに病を助けてもらったこと、
エリナとラピスとはその時、
一時期家族のような関係に近い状態になっていた事など…。
事実に基づいて、言える範囲で伝えた。
眼上さんはいつも通り真剣に俺の話を聞いてくれた。
怒ることも、遮ることもなく…。
言い終わるとしばらく眼上さんも考え込んでいたが、ついに再び話し始めた。
「大変だったみたいね…。
でも、別に変なことだとは思わないわよ?
恋愛なんてそんなものだもの」
「…死んだ付き合っていた女性というのが、
ユリちゃんの姉同然の人だったんです」
「…なるほどね。
あなたは薄情な自分に嫌気がさしているわけね」
「はい…。
死んだ彼女は文句も言えずにそのまま…。
エリナとも半端な付き合い方をしたので苦しませてしまって…。
そればかりではなくラピスの面倒を見てもらったり、
情けないことに…助けられてばかりです」
───エリナとの関係について、俺は言い訳のしようがない。
俺もあの頃…リハビリ中、発狂しそうになりながら、自傷を繰り返した時期があった。
エリナはそれを抑え込むため、傷だらけになりながら俺を慰めてくれた。
リハビリが終わった後も、戦いの中で痛みと憎しみに悶える俺は、エリナを何度も抱いた。
そんな日々の中…俺は罪滅ぼしのつもりだったのか、
だんだんとエリナを優しく抱けるようになって…。
ラピスの情操教育も兼ねて…穏やかに、家族のように過ごせるようになった。
しばらくそんな日々が続いて、ついにユリカを発見した頃の…。
エリナとの別れの夜…。
彼女が言ってくれた言葉が、ずっと胸に残っていた。
「エリナ、すまない」
「いいのよ、そんな風に思わなくても…。
こんなの、きっと罪滅ぼしにもならないわ…
だってあなたの人生を狂わせたのは、
私があなたを生体ジャンプさせたから…。
あの横須賀であなたの人生は狂ったのよ。
私が狂わせたの…。
ごめんなさいね…」
「…」
「で、でもね、アキト君、私ね…。
私はあなたに抱かれて少しだけ願いが叶ったのよ。
傷だらけになっても、痛くても、乱暴でも、嬉しかったの…。
ナデシコに乗ってた頃は言えなかったけど…。
あなたの事が好きだった…だから耐えられたの…。
私を抱くのもアキト君、だんだん上手になって…。
私、本当に…大丈夫だから…。
だから……」
俺はその時、何も言えなかった。
ただ、抱きしめることしかできなかった。
エリナの気持ちに応えるどころか、乱暴に一方的に…。
自分が生きたいという気持ちと情欲をぶつけた俺は、何かを言う資格がなかった。
…ただ彼女が求めるままに、抱きしめてやることしか…。
眼上さんは頭を横に振った。
俺の考えを否定するかのように。
そして、俺の目をしっかりと見た。
「自信を持ちなさい、アキト君。
確かに誠実さには欠けた付き合い方だったかもしれない。
でもね…あなたが軽薄なだけの男だったら、誰もついては来ないわ。
みんな納得して付き合って、納得して別れた。
恋愛は一人じゃできないもの…。
あなただけの問題じゃないでしょう?」
「でも…」
「あなたを支えてくれる人と付き合えた。
自分も、相手も、誇っていいことじゃない」
「…誇る?」
誇る…だって…?
どこを、どうやったら誇ることが出来るんだ?
俺は…ろくでもない事しかしていない。
…だがエリナは?
ただ俺を生かしたいと…自分の大事な体を差し出して…。
決して良いやり方ではなかったかもしれない…。
だが俺はその献身で戦えるようになった。
少なくとも火星の後継者を止めるまで死ねないと思えるようになった。
分かっていたはずだ、彼女が居なければ何も始まらなかった。
彼女に命を救ってもらったじゃないか。
俺はエリナが居たから今ここで生きていられるんだ…!
「アキト君。
過去の事で自分を嫌いになるなら、
いくらでも嫌いになりなさい。
でもね。
それなら自分にもったいないくらい、
とても立派な女性に愛されたんだって思いなさい。
助けられたから、今立っていられるんだって。
相手を本当に想うなら胸を張りなさい!
立派な女性に愛された自分を、
それだけのものを持っている自分を誇りなさい!
あなたはちゃんと相手を愛することができているわよ。
普段のあなたを見ていれば分かるわ。
だから助けてもらえるんじゃない。
今はユリさんも怒ってるかもしれないけど、
絶対にあなたを嫌いになんかならないわよ。
…そうじゃなきゃ、ここまで来れないわ。
ここまで本当に大変だったものね…」
……目から涙がとめどなく流れた。
俺は…自分の不貞が恥ずかしかった。
エリナの恋心を利用して、使い捨てたと思っていた。
そうしなければ生きていけなかったから、と言い訳を繰り返した。
そうじゃない。
エリナが間違っているやり方だと分かっていても、
俺を愛して救おうとしてくれたように、
俺はユリカを裏切ってでもエリナの愛情に応えたいと、
間違っていると知りながら彼女を愛していたんだ…。
自分でも気づかないふりをしていただけで…。
…俺はいつもそうだ。
俺を好きでいてくれる相手が居るのに、答えず誤魔化してきた。
自信がなかった。
コックとしてもパイロットとしても半端で、がむしゃらに立ち向かうしかなかった。
余裕がない俺が人を想っていいのか自信がなかった。
どう応えていいかも分からなかった。
メグミちゃんと真っ向から付き合えなかった。
ユリカにすら再会して3年近くもたたないと告白一つできなかった。
ルリちゃんに対しても淡い愛情を感じながら、兄としての立場でごまかし続けた。
そんな自分が、嫌だった。
ようやく最近、ユリちゃんに正直に向かい合えそうになったくらいで…。
愛される資格なんてないと思い込んで、一歩踏み出すのを恐れていたんだ…。
俺は涙が止まらなかった。
眼上さんは気にする様子もなく、退室しようとした。
「アキト君…よく考えなさい。
あなたが伝えたいことを、ちゃんとね」
俺は辛うじて小さく頷くことしか出来なかった。
僕はゴートと共に、自分の体術の仕上げに入っていた。
すでに時間はあまりなく、限られた時間での鍛錬だったが何とか間に合ったようだ。
ようやくゴートと五分以上の戦いが出来るようになってきた。
っと、危ない!倒れたところにストンピングとはえげつないね。
身体をひねって回避、ゴートに足払いをかけて形成逆転を目指すが、避けられてしまった。
流石に手馴れているね。
「おや、会長も中々やりますなぁ~~~」
遠くで観察しているプロスが僕の一連の動きを見て感心している。
この10カ月ばかりの訓練は無駄ではなかったらしい。
もっとも、それでも『黒い皇子』の足元にも及ばないだろう。
彼は勝率100%でゴートを一分以内に倒せるようになっていたからね。
エステバリスの戦いでは関係ないと考えがちだが、
イメージを正確にするには、こういう体を使った実戦が不可欠だ。
リョーコ君の武術体術がそれにあたる。
もしくはヒカル君の想像力によるイメージングやイズミ君の観察力から来る推測力…。
そういった力で代替する事自体は可能だが、どちらも僕には欠けている。
となると、骨身に沁みこませていくしかないのさ。
「もらった!」
逃れようとする僕に拳をたたきつけようとするゴート。
しかし外れて床に拳が当たるが、痛がる様子もなく僕を追いかける。
僕も壁に向かって走って逃げることしかできない。
「っと!」
「がはっ!?」
──わけじゃないんだよねぇ、これが。
僕は壁で三角飛びで意表を突いて飛び蹴りで反撃した。
ゴートも格闘術には長けるが、武道をしていたわけじゃない。
どちらかというと軍人格闘技で、奇襲よりは堅実な格闘術を優先している。
こういうトリッキーな技術があるから侮れないんだよねぇ、武術は。
僕はダウンしたゴートに拳を突き付けて動きを押さえた。
「…参りました」
「結構。
どうだい、僕の仕上がりは」
「シークレットサービスだったらとっくに一流ですよ、会長。
…しかし、会長が直々に戦うこともありませんでしょうが」
「そうはいかないよ。
今回の相手はホシノアキトだし、
生き残れたとしても、このエステバリスの注目度じゃ、
今後は僕も狙われそうだからね」
「…ご謙遜を」
ゴートは飛び蹴りを受けた自分の胸をさすった。
相変わらずの分厚い筋肉で守られて骨までは到達していないだろうが、
行動不能にするのが目的ならこの程度で十分だ。
突き付けたのが拳ではなく、銃だったら命取りだからね。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
僕は一度汗を流しにシャワーを浴びに行って…。
それからエステバリスのチェックを行った。
抜かりがあってはいけないからね。
…エリナ君もそろそろ出社して良いころだけど、ラピスと話し込んでいるようだ。
ラピスも僕らのことを勘付いてはいるだろうけど、手出しは出来ないだろう。
決闘の場所も分からなければいいわけだし、判明してもブロックは簡単だ。
あの場所なら外部の通信は入れづらいし、電子機器が近場に無ければハッキングも出来ない。
…さて、あとは…。
私とエリナは、退院が近いことを喜んでいた。
元々、管理が行き届いていたせいか体の状態が悪くはなく、
私のこのユリカクローンの身体は、
オリジナルのミスマルユリカ同様、優れた健康な身体だった。前とは全然違う。
エリナは私のリハビリに付き合ってくれて…ようやくここまで来た。
アキトほどじゃないけど、大変だったから。
ようやくアキトと暮らせるんだ…長かったなぁ。
嬉しい……でも…。
「…それじゃ、ラピス。
私はそろそろ仕事に行かないと」
「うん。
…またね、エリナ」
エリナは少しだけ申し訳なさそうな顔をして、病室を出ていった。
みんなが隠し事をしているのは気に入らないけど、話す気がないみたいだし、
私も深くは聞かなかったけど…甘いよ、エリナ。
そう簡単に追いかけるのをやめるわけにはいかないの。
だって…私達は理由はどうあれアキトの犯した殺人の共犯者なんだもの。
相手がどんな人であろうと、それは変わりない。
『黒い皇子』になる前の昔のアキトと、今のアキトは殺人を許す人じゃなかった。
そんなアキトが進んで殺しを続けた。私もそれを手伝った。
…今更、私達の間で隠すべきことなんてあるわけないじゃない。
アカツキもそう。
私を見に来ないほど冷たい男じゃない。
となれば理由は一つだけ。
『アキトとアカツキが何かで争っている』
ってことは明らかだもん。
…きっと、何か良くないことを考えてる。
もしかしたら、殺し合ってしまうのかもしれない…。
ありえない、って思いたいけど…。
私は病室に来たエリナの端末をそれとなくハッキングしておいた。
オフにされていたGPSも勝手にオンにして、追跡を始めた。
とはいえ、エリナだってそれくらいは御見通しだと思う。
私に気づかれるのは織り込み済みだろうから…。
多分車に乗った時点で電源を切ると思う。
社用車なら自動車電話も付いているから、連絡には事欠かないだろうしね。
だけど私をなめてもらっちゃ困るよ。
エリナの端末を起点にして、運転手の端末のGPSを拾うように切り替えて、追跡。
さらにそこから周囲のスピード違反取り締まり用の監視カメラから様子を見る。
そうすればエリナは自分の端末にしか意識がいかない。
でも私は私でずっと監視しているわけにもいかないから、
そっちの監視はダッシュに任せて、いろいろと準備しなきゃ…。
私はユーチャリス関係の根回しを進めていたが、
先ほどアカツキ会長から連絡が来て、手が止まってしまった。
…どうやらもう明日の10時には決闘を始めるらしいな。
私は止めたいが…あまりに大きな借りがある。
あの時、私がPMCマルス襲撃の罪を背負うことになって居れば、
ユリとアキト君たちこそ、無事でいられなかったかもしれないんだ。
だが、アキト君も引き受けてしまった以上、ここで止めれば…。
…ラピス君の事もあるしな。
スケジュール的な空きはなかったが…アカツキ君は上層部に手を回したのだろう。
明日の予定をすべてキャンセルする連絡が入った。
…アキト君とアカツキ君に関わる用事となれば、それはそうなるしかないだろうな。
連合軍は二人の顔色を窺わないといけない状態だからな。
戦力的にも世間の対応的にもだ。
あの普段威張り散らしている老人たちもさぞ悔しい思いをしているだろう。
私も二人に対して連合軍が矜持を保てる程度に動くように、
アドバイスをしてやる必要があるだろうしな。
二人ともまだ若い…判断を誤ることは決して少なくないだろう。
そう…彼らはまだ若いんだ。
まだ彼らは自分の将来や周囲の人間より、目先の事にとらわれ過ぎている。
アキト君は自分の将来について分かりやすい意見をもっているが、
自分が死んだ時に何が起こるかが想像できなかったようだし、
今回もアカツキ会長の思惑に乗せられてしまった。
それにどうもアカツキ会長は、連合軍の兵器シェアの獲得だけでは足りないらしい。
今後少なくとも五年から十年は独占できるくらいの技術と期待を得ているにも関わらずだ。
…まさかアキト君に張り合っているとでもいうのか?
とすれば…ますます考え方が若いな。
まったく…。
地球圏の安全を握っているような二人が、こんな決闘を始めるというのは度し難いな。
「提督、ムネタケ参謀からエステバリス配備計画の提案の連絡が」
「む、回してくれ」
ひとまず、明日の事は一度後回しにしよう。
さしあたっては職務を全うするか。
パイロット候補生、そしてパイロット訓練生たちが見守る中、
ホシノアキトは二人がかりの攻撃を凌ぎ続けていた。
「くっ!ほっ!やるね!」
リョーコとアリサが、二人がかりで攻撃している。
リョーコは木刀を、アリサはフェンシングのレイピアで攻撃を繰り返している。
それもホシノアキトは、リョーコの持っている木刀よりかなり短い木刀を二つ持っているだけだった。
「お、おい…かれこれ5分以上あの調子だぞ」
「アキトの奴…反撃もしないであんなに長い間…。
さすがに技量の違いが大きいな」
「ナオさんだったら、どうします?」
「俺は殴り合い専門だ。
ああいうのは趣味じゃない。
…それにそろそろ決着だ」
テンカワの問いにナオが答えると、
リョーコとアリサの武器が同時に弾き飛ばされる。
そしてホシノアキトは二人の首筋に木刀を突き付けた。
「勝負ありだね」
「ま、参りました…」
「ち、降参だよ。
…ったく、二人がかりの上に得物でハンデもらってるのにこれじゃ、
流石に自信失くすぜ」
「ホントですよ。
レイピアを避けるのはかなり難しいのに」
「俺だっていろいろやってきたからね。
それにリーチは短いけど、俺はこっちのほうが得意なんだ。
これはハンデじゃないよ。
リハビリに付き合ってくれてありがとう」
ホシノアキトは両手に持った短い木刀をまとめて袋に入れる。
──ホシノアキトはあの後、ひとしきり泣いて、気を取り直していたところ、
アカツキから翌日10時に決闘を申し込まれた。
ホシノアキトは一週間ほど休んでいた分を取り戻すために、
リョーコとアリサに武器ありでの試合を申し込んだ。
ナオとは訓練回数が多く、練習になりづらいと考えての事だった。
「…しかし眼上さん、何を言ってあげたんですか?
アキト隊長があんなにすっかり立ち直るとは思わなくて」
「何も?
ちょっと話を聞いてあげただけよ」
さつきは眼上を見つめるが、
眼上は機嫌がよさそうにしているだけだった。
「よし、みんな聞いてくれ。
明日はネルガルに用事があるから俺とユリちゃんも会社を空ける。
会社に泊まってる人はごめんだけど雪谷食堂とか外に食べに行ってくれ」
「ああ。
確かエステバリスのCM撮影だったか?
あとエステバリス増台の相談とか…。
…そういえばもう少しで給料日だったな?
期待してるぜ、アキト」
「あ、あははは…はい…」
ホシノアキトは冷や汗をかいていた。
何しろいろんなトラブルがあったので、いろいろと謝罪代わりに割り増しで払う必要があり、
その中でも襲撃事件地、危険な目に遭うのを覚悟していたナオとマエノ、テンカワには、
それなりに大きなボーナスをはらう事になってしまったのだった。
(あー、コスプレ喫茶と芸能界で稼いでおいて良かった…)
事業に関わる資金はかなり余分に確保してあるものの、
参考にしたナデシコの給与テーブルが一般企業としては破格、
しかもマエノには右腕を失ったことで支払う賠償金を払う必要があり、
各企業から出資された事業資金からは出しづらい状態ではあったが…。
ホシノアキトがコスプレ喫茶と芸能界のギャラで溜めていたので、
足りない分は何とか補えたらしい。
もう日が沈んでしばらく経つけど…晩御飯を食べた私とアキトは、
しばらく黙ってテレビを見ていた。
明日決闘って聞いて、気が気じゃなくなってきた…。
何か言わなきゃ…止めなきゃって、焦っても何も言葉が出ない。
だからこうやって…ぼうっとテレビを見てしまっている…。
テレビ番組でも、CMでも、アキトを見かけない日はない。
見慣れているはずのアキトの顔が…どこか絵空事のように、見えた。
そして再び戦おうとしているアキトの事も…。
「…ごめん。
いつも迷惑ばかりかけてるね」
アキトはこの静かさに耐えきれなかったのか、私に声をかけた。
これが最後の夜になるかもしれないから…。
…私はこんな時に、アキトを抱きしめることも出来ない。
キスしてあげる事も、何も…。
「…気にしないで、もう怒ってないから。
私もユリちゃんも…そうしたくてしてるだけだから…」
この関係だけは、変わらないのかも…。
そうさせるだけのものを、アキトはいつも持っているのかもしれない。
アキトも、テンカワアキト君も、黒の皇子でさえも…。
きっとエリナさんもそういう…何かに惹かれてしまったんだ…。
「…ね、アキト」
「なんだい?」
「…ユリカお姉さんの事、
今も好きなの?」
「…うん」
「私…ううん、ユリちゃんより?」
「…同じくらい、だと思う」
「じゃ、エリナさんは?」
私は思い切って聞いてみた。
アキトは昨日と違って、どこか寂しそうにすぐに答えた。
「…ちょっと違う感じ、かな。
あの時、ボロボロの俺を支えてくれたエリナを好きになっていったけど…。
この世界でもお互いに負い目を引きずったままだったから…」
「…好きだって言えなかったんだ」
「…うん」
「でも…大事な人なんだね…」
「…うん」
私はアキトのこの答えだけで、妙に安心できた。
きっと、『黒い皇子』のアキトはひどい人だったんだ…。
そんな人間になりたくないって思いながら、
人殺しをしたくないって心の底では思いながらも…。
自分の人生のすべてとユリカお姉さんを奪われた怒りと苦しみで、アキトは心を砕かれて…。
それを繋ぎ止めたのがエリナさんなんだ…。
アキトはエリナさんの愛情で生き伸びられたんだ。
アキトも、アカツキ会長も…きっと、生まれついてのひどい人じゃない。
何かに、自分の人生を歪められて苦しんで…。
私も……。
「…アキト。
私がアカツキ会長を恨んでいるって言ったら、どうする?」
「…ユリさんは、どうしてほしい?」
「……殺してほしいって…言いたいのに…。
私はまだ育ててくれたお父さんの事で、恨み切れないの。
私って、薄情なのかな…。
大事な人のはずなのに、
奪った相手を殺したいって思えないの…」
「…薄情じゃないよ。
俺もアカツキの父親に両親を奪われた。
人生を歪められても…アカツキを憎み切れなかった。
…それにあいつにはかなり助けられて来たしな」
アキトは本当にアカツキ会長を友達だと思っているんだね…。
それにアキトに比べれば、
私は人生を歪められたというよりは、最初から歪んでいたと思う。
でも…その中にある温かさも忘れられずにいる。
あの愛情が嘘だったとはとても思えない。
間違いだらけの、私の人生でも…。
……なんだ、簡単なことじゃない。
私の人生の中にもう答えがあったじゃない。
間違ったやり方や関係であっても、そこにあるものが嘘になるとは限らない。
アキトとエリナさんだって、アキトとアカツキ会長だって、きっとそうなんだ。
自分を傷つけた相手であっても、分かり合えるんだ…。
でも…。
「…それじゃ、ユリカお姉さんの時は?」
「…ユリカが助けられる可能性がわずかでもあったから。
俺のすべてを奪ったあいつらを殺してやりたかったのも本当だけど…。
ボソンジャンプを公的機関に組み込もうとして、あいつらは政府や軍を味方につけていた。
…テロリストまがいの事をしなければ、事が表沙汰にならずに、
ルリちゃんの力を借りることもできなかったんだ。
あの能力がなければ、どうしようもなかった」
「…すごいんだね、ルリちゃんって」
「…俺もせめて味覚か、ユリカを取り戻せて居たら、
あんな事をしないでも済んだかもしれない。
でも、そうはならなかったんだ…」
悲しそうなアキトの顔を見て、私は罪悪感に襲われた。
…言い過ぎちゃったよね。
「ごめんね、意地悪なことばっかり聞いて」
「…ううん、俺も少しはすっきりしたよ。
君が記憶を取り戻したら、また怒られちゃうかもしれないけど」
「いいの。
アキト…死んじゃダメだよ…。
アカツキ会長も、殺さないで…」
「…うん。
ユリちゃんとも約束したから。
無事に一緒に帰ろう」
アキトはそっと私の頭を撫でた。
どこか懐かしい、妹を見るかのような優しい視線で…。
なんだか頬が赤くなってきちゃった。
私も…今になってアキトに惹かれたのかなぁ?
ちょっとだけドキドキしちゃうな…。
「アキトは…素敵な人と恋をしてきたんだね…」
アキトは顔を赤くして、小さく頷いた。
自分の暗い過去、辛い過去、ひどいことをしてきた過去は変えられないけど…。
未来だったら、なんとか変えられるかもしれない。
アキトの辛い過去である『未来』は、これから変えられる。
…明日、すべて決着が付く。
私の望んだ結末ではないかもしれないけど、見届けなきゃ。
そうしなきゃ、未来は良くならないんだから…。
僕とエリナ君はリビングでワインを飲んでいた。
エリナ君は、何とか僕とアキト君の決闘を止めようとしている。
…もう、引き留めるなど無理だと分かっているだろうに。
しかし彼女も酒が進みすぎたのか、言葉がだんだんと感情的になってきた。
「…男の子にはそうしたい時があるものなんだよ」
「めんどくさがって答えが適当になってるんじゃないの!?
正直に理由くらいは話しなさいよ、バカッ!」
…これじゃ夫婦喧嘩じゃないか、まったく。
エリナ君ってば付き合いが長くなりすぎて、言葉を本当に選ばないからねぇ。
もっとも、永遠に夫婦になることもなく終わるかもしれない事態だ。
説得で済むならそれで終わらせたいんだろうが…。
「ほら、もう一杯飲んだら一緒に寝ようよ。
…最後になるかもしれないんだからさ」
エリナ君は僕が差し出したスパークリングワインを一気にあおった。
そしてワイングラスをテーブルに置くと…僕の手を引いて寝室に向かった。
僕を止められないと思って…最後の思い出になるかもしれないからと、
自分の怒りを抑え込んで手を取ってくれたみたいだね。
しかし…。
「う…飲み過ぎちゃったかしら…」
「おっとっと、ベットはもう少しだよ。
ほら、頑張って」
「ん…アカ…ツキ…くぅん…」
エリナ君はよろめいて、ベットに横たわってしまった。
そして間もなく、彼女は目を瞑って眠り始めてしまった。
先に入ったアルコールの事もあって、
さっきの最後の一杯に入れた睡眠薬が良く効いたらしい。
…こんな卑怯なやり方はしたくなかったが、
この調子じゃエリナ君が明日弾ける可能性も高いからね。
深く深く眠ってくれれば、明日の10時には間に合わないだろう。
…正直、自分で始めておいてなんだが、
エリナ君には勝つところも負けるところも見せたくないんだ。
ホシノ君が死ぬか、僕が死ぬか、両方死ぬか、両方生き残るか。
両方生き残る確率は四分の一だ。
両方生き残らなければエリナ君は恐らく僕を嫌うだろう…。
そんな分の悪い賭けをエリナ君の前でやるほど自信過剰じゃない…。
もっともホシノ君に挑むことそのものが…馬鹿げた自信過剰男のやることだろうが。
「エリナ君…生きて帰れたら、
ちゃんと僕の気持ちを伝えるよ…」
エリナ君、出来れば僕が……いや。
生きて帰れても、このことだけは言うまい。
少なくともエリナ君は…僕を想ってくれている。
それだけでいいじゃないか…。
僕は運転手を呼び戻して、決闘の場に向かった。
あの宿命の場所に──。
…なんてこと。
私は目覚めてすぐ、焦ってエリナの追跡データを追った。
眠っている間、アキトの視界リンクを見ていたけど…。
それとなくユリがアキトに死なないでほしい、
アカツキも殺さないで欲しいと、言っていたけど…。
私の嫌な予感が的中してしまったみたい。
事情はまだ分からないけど…案の定、アキトとアカツキは戦うつもりみたい。
エリナの追跡データを見ると…アカツキの家で一晩過ごしてる。
あれ、あの二人付き合ってたんだ。
へー…じゃなくて!!
エリナの端末だけじゃなく、エリナの端末を通じてアカツキの端末もハッキング済み。
アカツキも私が何をしているかは知らないはずだから対策も甘いはず…。
今度はアカツキの追跡データを調べると…。
アカツキはアトモ社のボソンジャンプ研究所に向かったみたいね。
もっとも、今はボソンジャンプの研究自体を縮小しているから、
この研究所はエステバリスパイロットの養成所になっていたみたいだけど。
…今は7時半。
ここから2時間足らずの場所に研究所はあるみたいだけど、間に合うかな…。
この病院を正面から抜けようとするとさすがに止められちゃうよね。
一応、警護は付いてるけど病室の前に居るから窓から出れば何とかなるけど、
どうやって下に降りるの?どうやってたどり着くの?現金もないし…。
うーん…佐世保に居る人を呼ぶのは無理があるし…。
……。
そうだ!!
「昔、エリナと見てたドラマでこういうの見た事ある!」
私は2階の病室に居るから、カーテンとシーツを使ってロープを作れば…!
幸い、私のハッカー行為を見られない為に警護の人も部屋の中までは見ない。
急いで私はできる限り強くシーツとカーテンを結んで、
かろうじて飛び降りられそうな場所に届くのを確認して、下に降りた。
もちろん、パソコンも持ってきた。これがないと何もできないもん。
そして私は静かに病院の敷地を抜け出した。
後は…!
自動車の目の前に立ち止まって、呼び止めた。
お金なんて当然持ってないから、ヒッチハイクしかない。
でもヒッチハイクなんて悠長なことは言ってられない。
無理にでも止めないと!!
「何してんのよ、バカ…って、ラピスラズリ!?
アキト様の義理の妹の!?」
「嘘っ!?」
乗っていたのは若い女性…しかも私の事を知ってる、アキトのファンの人!
やったぁ!
「ねね、アキトに会いたくない?
私、アキトに突然会いたくなっちゃって…。
でもちょっとワケありで、足がなくって」
「え、ホント!?ラッキー!!
アキト様ってなかなか会えないのよねー!」
「早く乗って!
場所はどこ!?」
「これっ!
急いで!!」
私は端末を差し出すと、運転していた若い女性が場所を確認して走り出した。
何とか間に合って…!!
う…う…飲みすぎたわ。頭がガンガンする…。
昨日はアカツキ君と一緒に居て…あれ…?
でもあれからすぐにベットで眠ってしまったの…?
そんな訳ないわよね…だっていつもは…。
時計を見ると…9時!?
アカツキ君が決闘するのが10時で、ここから1時間近くかかるのに…!!
私は意図的にアカツキ君に置いていかれた事に気づいて激怒した。
決闘をするだけでも馬鹿げているのに、
あのバカはよりによって私を置いていった。
…なんでいつもいつも大事な時になると私を置いていくのかしら!!
これだから男ってやつは!会ったら引っぱたいてやるんだから!!
タクシーを拾って…ああっ化粧も崩れてるのに!
乗りながら直すしかないわ!
…生きてなさいよ、バカ男二人!!
今回はいい加減決闘シーンまで入れたかったんですが、
容量爆発につき(120KB)、さすがに分割と相成りました。
日曜日に間に合わせようとしたものの、分量と内容の問題で無理っぽいという…。
内容的にはラピスを取り巻く状況と、アカツキの決闘の準備、
アキトがついに自分の気持ちに決着をつけ始めるという内容となりました。
各自、決闘の場に向かうものの、微妙にトラブルが重なっております。
そして!ついに次回は決闘!
決闘決闘、絶対運命黙示録~♪
ってな具合で次回へ~~~~~~~~ッ!!
●22話分
>うーん・・・ちょっと冗長かな、さすがに。
>これらの話が全部後で収束するにしても、ちょっと厳しい。
……ちょっとやりすぎたと反省してます。
色々理由はあるにしても、
単純に情報量をぶつけてるだけ感がありますね…反省です。
>後アキトに別人格があってユリに別人格があって・・・さすがにややこしくないですかこれ。
ちょっと複雑すぎる設定になってしまった感はありますが、
これがないと色々説明がつかないと思って盛り込んだので…。
とはいえ、ホシノとテンカワで分けられるとはいえアキトが二人いるっていう状態を、
明確に表現するために(テレビ版と時ナデ版を両方同時に出すみたいな方式を取りたいが為に)、
両方アキトっていう名前にしたのもちょっと分かりづらさを増やしてる気がしてきます。
かといって、『カイト』にしたくなかったので…。
じゃあ何でルリはユリにしたのって話になっちゃいますけど…。
うごごごご…。
●23話分
>すいません、前回頂いた作品、更新作業はしたんですがアップするのを忘れてました。
>・・・意外とよくやるんだよなあ・・・(落ち込み)
お気になさらず…ホントお疲れ様です。
というか最近分量増やしすぎててすみません(汗
キーボードを変えてから速度がさらに上がってしまってます…。
>しかしお遊び気分とか言ってるけど、
>アリサも戦いたくて仕方ないあたり、割と人のこと言えない気がw
彼女、戦闘機が足らな過ぎて訓練期間が長すぎてこんな愚痴が出てましたw
高みの見物を決め込む彼らに比べればやる気と戦意は勝っていますが果たして…?
みたいな状態です。
で、今回は別口ですが戦ってもらいました。
アカツキだ。
ついに真剣勝負を始めることになった訳だが…録画の準備は済んだかな?
僕の華麗なる戦闘、ホシノ君をぶちのめす瞬間をぜひ見てほしいね。
え?そんな展開は望んでいない?
はっはっは。たまには彼が負ける姿だってみたいだろ?
そんなわけで、覚悟の時間だ。
ネタのストックが中々切れず話が伸び続けて半年以上の作者が贈る、
全員ゴリゴリ動く系ナデシコ二次創作、
をみんなで見てくれたまえよ!
感想代理人プロフィール
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代理人の感想
うーん、男の子。
まあ女にはわからないものもありますわなw
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