ついにこの時が来てしまった。
俺はユリさんと共にこの場所に来たが…。
すぐにユリカ義姉さんとお義父さんも追いついてきた。
どうやらアカツキは手を回してお義父さんの予定まで合わせてくれたようだ。
…なんというか気が利いているのかいないのか。
あまりこんな個人的な決闘に付き合わせたいとは思わなかったが…。
今回の件はお父さんも無関係じゃないからな。
「…アキト君、どうしても戦うのか?」
「はい」
「…分かった」
お義父さんはそれ以上問いかけなかった。
…俺もアカツキ親子に散々苦しめられたが、
アカツキが居なければ俺は力を得ることもなかったし、
今こうして立っている事はなかっただろう。
…あいつが何を考えているのかは分からないが、
俺もあいつに応えてやりたいという気持ちがある。
…ラピスも俺が命惜しさに一緒に暮らすのを諦めたと聞いたら失望するだろう。
そんな事くらい分かっている。
「アキト君、死んじゃダメだよ。
ユリちゃんを置いていったら許さないんだから」
「…はい」
ユリカ義姉さんは、止めたい気持ちを堪えて俺を励ましてくれている。
この二人を悲しませるくらいならアカツキを殺してでも生き残らなければと思うものの、
俺はアカツキを殺したくない…。
あいつはどういう鍛錬をしてきたんだかわからないが、
あそこまで言うんだから相当腕を上げてきたんだろう。
油断は出来ないな。
…それにしてもユリカ義姉さん…か。
ホシノアキトになった今、ユリカをユリカ義姉さんとして見るようになった。
抱きしめることはどんな状況になってもしないと心に決めたが…やっぱり辛いな…。
こんなに近くに居て、どんなに焦がれても、どんなに愛していても、決して届きはしない。
…それでもこの苦しみは受け入れるべきだ。
ルリちゃんにかつて俺が背負わせた苦しみなんだ。
俺にはユリちゃんが居る………これ以上、甘ったれるなよ…!
馬鹿も大概にしろ、俺はっ!!
「ようこそ」
俺達を出迎えたアカツキ…。
いや、アカツキだけじゃない。
あれは…!?
「え、何を驚いてるんだよ?
ホシノがエステバリスの性能試験やるからって呼ばれたんだけど…。
俺ももう少しパイロットやるなら、勉強に来ないかって…アカツキ会長に」
…こいつは。
ちょっと疑問に持てよ。
そんな名目なら、他のパイロット候補生とパイロット訓練生も一緒に連れてくるだろうに。
しかしアカツキの奴…俺との戦いをテンカワにも見せるというのは、悪趣味な。
俺が死ぬ様をそんなに見せたいのか?
「…いや、俺は聞いてなかったんだ。
気にするな、テンカワ」
「?
ああ」
テンカワは俺の事をそれほど気にせず、様子を見ているだけだ。
ユリカ義姉さんもテンカワが居るのに神妙な顔をしているので…。
その内気がついてしまうかもしれない。
…早めに決着を付けるか。
「それじゃ、準備してくれ。
ホシノ君」
私は一人、トレーラーにエステバリスを積んで会社を出て、ここに来た。
CM撮影のためにアキト会長のエステバリスを持ってくるように頼まれて…。
でもその時はまさかライフルまで持ち出すとは思ってなかった。
撮影用とはいえ、ちゃんとフル装備で持ってくるって言われておかしいとは思ったけど…。
まさか男同士の決闘沙汰なんて、今時アニメだってやらないのに。
「アキト会長、本当に大丈夫?
実弾でやるなんて…」
「…うん、いつもありがとう。
シーラちゃんもお休みだったのに、ごめん」
「それは良いよ…でもこんなの…」
「…一応、俺もアカツキも自分の立場は分かってるけど、
わきまえられない事情があるんだ…」
アキト会長は少し暗い表情で…寂しそうにしていた。
…これは深く聞いちゃいけないやつね。
秘密が多いのは分かっていたけど、仕方ない。
「…分かった。
ユリさんや世間の女の子を泣かしちゃだめだよ、色男!」
「は、はは」
「うおーい、そっちの準備はいいかぁ!」
「あ、大丈夫っす、ウリバタケさん」
「なんだ、ホシノアキトにも紹介済みか。
よろしく頼むぜ」
「どもっす」
「シーラちゃん、知ってるの?」
「おっ。
俺を知ってるのか?」
「知ってるも何も、整備員仲間の中では有名な話ですよ!!
3年前の正月のゼロヨンレースでぶっちぎりの記録を出した後、
違法改造で検挙される寸前に追い込まれて、
ほとぼりを覚ます為にしばらく引退状態になってた伝説の違法改造屋!!
こんな所で会えるなんて…。
で、でも…まさかアカツキ会長のエステバリスは…」
「そうだぜ。
俺が腕によりをかけて仕上げた、傑作だ。
もっともピーキーすぎると何度も言ったんだがな」
うそ……!?
私とみんなの整備したエステバリスが、
ウリバタケさんのエステバリスと対決するの!?
アキト会長が凄腕とは分かっていても、性能が段違いになっていたら…。
「わ、わたしっ…自信が…」
「…いいんだ、シーラちゃん。
ここからは乗る俺の仕事だよ。
確かに大きなカスタムはしなかったかもしれないけど、
君は完璧な整備をしてくれたでしょ?
それで十分だよ」
「…はい」
…アキト会長の言う通りだ。
私はウリバタケさんに技量も経験も及ばない。
十年というキャリアの差は、埋めようがないし…。
そもそも性能を上げる整備まで行くのは大変。
ウリバタケさんに勝つ自信はないけど、
自分の整備はちゃんと自信を持って出せるところまでやった。
何があっても後悔がないくらい、完璧に。
大丈夫、きっと…。
「へっ、若いが腕はいいみたいじゃねーか。
いい味方がいるな、ホシノ」
「ええ。
信頼してます」
ウリバタケさんはトレーラーに積まれたエステバリスの状態を見て、ニッと笑った。
へへっ…褒められちゃった。
「じゃあ、乗り込むよ。
立ち上がったらトレーラーを外に出してくれる?」
「はいっ!」
俺達はホシノとアカツキ会長のエステバリスの性能試験の試合を見る事になって、
観察用の部屋で待機している。
出された飲み物を飲みながらも、なんか、ヘンな空気を感じた。
…一番疑問だったのはユリカが騒いでないからだけど、
なんでミスマルおじさんまで来ているんだ?
聞いてみるか…。
「あ、あのおじさん…お久しぶりっす。
今日はどうしてここに?」
「あ、ああ。
エステバリスの性能を、この目で直接見てみたいと思ってな。
アキト君とアカツキ会長はこのエステバリスパイロット養成所で過ごした事があるとかで、
二人の優れた技術なら限界までエステバリスの性能を引き出せるようだ。
それを見に来たんだ」
…なんか、妙に説明口調だ。
うーん…どうしたんだ?
ユリさんも黙ってるし…。
「…アキト、あのね」
「ユリカ、よしなさい。
ここで話すようなことじゃないだろう」
「話すようなことだよ!!
だって…だって…」
そうか、前に俺の両親の事を聞いたのに、答えてもらってなかったから…。
ミスマルおじさんに直接聞ける状況だから今に、ってことか。
「…いい、ユリカ。
話す機会がなかったけど…後にしよう。
なんか別の事で緊張してるみたいだし…」
「…ごめんね、アキト」
正直に言えば、この件はあまり我慢したくはなかったんだが…。
一応シーラちゃんや、スタッフの人もいることだし、言うタイミングではないと思う。
それにこの部屋の空気の重さは異常だ。
何か、戦闘前の緊張感以上の重たい空気が…。
「ユリカ、これホントに性能試験なのか…?
なんか変じゃないか…?」
「それは…」
ユリカは俯いて言葉を選んでいる。
…ただ事じゃないのは確かみたいだな。
「…アキト君とアカツキ会長は、真剣勝負をするそうなの。
ルールは、どちらかが戦闘不能になるかギブアップするか…。
どちらかが死ぬまでの…」
「なんだって…!?
いったい何が!?」
「…分からないの。
でもアカツキ会長が何か理由があるみたいなんだけど…。
アキト君が弱くなったんじゃないかって…」
…なんなんだそれは。
だが、なんで真剣勝負なんだ…?
普通に考えればシミュレーターで事足りるし…命を賭ける必要がない。
いや、それよりも…。
「何で止めなかったんだよ?」
「止めたよ!
止めたけど…。
お父様が失脚しそうになった時、
アキト君がアカツキ君に助けてほしいって頼んでくれた時、
この決闘を条件にしてきたの…。
あの時お父様が失脚していたら、別の司令官が来て、
PMCマルスはきっと連合軍に接収されて、
もしかしたらアキトも軍に入れられていたかもしれないの…」
…あり得そうだ、それは。
PMCマルスは連合軍からすればかなり邪魔だからな…。
襲撃事件の負い目を気にせず、世間の批難を押し切って接収した方が都合がいい。
いや、それどころか最前線に押し付けて全滅させたかもしれない。
…ミスマルおじさんとホシノが居なければ、あの状況じゃ…。
「…はぁ。
アカツキ会長は何考えてんだよ…。
ホシノをほっといた方がネルガルは儲かるだろうに」
「…そうだな。
何か確執があるんだろう」
「…そっすね。
ユリさん、何か知ってませんか」
ユリさんはためらいがちに首を横に振った。
「知ってるけど…知っちゃいけないよ。
あの二人はお互いを想い合って、助け合って、
でも傷つけあって生きてきたから」
「ユリ…?記憶が?」
「…アキトに教えてもらったんです。
だから止められなさそうで…」
「ユリちゃん、お父様…。
この決闘の話をしていた時、アカツキ会長は言ってたよ。
『僕は彼を死なせたくないだけさ』って。
…この間みたいに、アキト君が死ぬような事があるかもしれないから。
想い合ってるなら、それが怖くて…」
「…試すような真似か。
気に入らないやつだな、アカツキ会長は」
「…大丈夫だよ、テンカワ君。
だって…」
「だって?」
「…ううん、大丈夫だよ、きっと」
ユリさんは何かを飲み込むような言葉のひっこめ方をした。
俺に何か隠すような…俺に関係のある事なのか?
いや…そんなわけないだろ。
ホシノは顔立ちと性格が似ているだけで、俺はあんなにいろいろ出来ない。
だったらなにもあるはずがない。
ないよな?
無いと思っていいんだよな?
…やっぱ、ないよな。
俺も気を取り直して、ウォーターサーバーに水を貰いに席を立った。
まあ…なんていうか…重たい空気もなんだけど…。
このミスマル家の『家族一同集まってます』って空気に一人投げ込まれた身としては、
すごくいたたまれないんだよな…。
…さっさと終わらせてくれ、ホシノ。
「準備はいいかい?」
「ああ」
俺とアカツキはエステバリスのアサルトピットの中でにらみ合っていた。
…どうやらアカツキは本気で勝ちに来ているみたいだな。
ウリバタケさんの言う事が本当なら…性能ではあちらが上だろう。
もっともピーキーにしてしまったために、バランスは悪いだろうが…油断はできないな。
アカツキの思惑は分からないが…とにかく勝たなければ。二人とも無事で帰らないと。
俺も本意ではない戦いだが…。
「カウントダウンだ」
アカツキが言うと、開始のシグナルが進み…。
俺の腕にも少しだけ力が入った。
この元ボソンジャンプ研究所は、パイロット養成所に変わっていた。
アカツキもボソンジャンプにまつわる実験は辞めてくれているらしい。
…それだけでも、俺はアカツキに感謝している。
結局、ボソンジャンプに関わる人間が減れば、
テンカワとユリカ義姉さんが巻き込まれる可能性は低くなる。
後は草壁達を抑え込めるかがカギだが…。
まずは火星にたどり着いてみないと話にならないしな。
…っといかん。
今は戦いに集中しなければ…。
ついに、シグナルが開始を示す。
幾多の命を奪った実験の合図を示すためのシグナルも、
もはやこのような模擬戦闘の合図にしか使われない。
…もうここで、この場所で死人を出したくない。
背中合わせでスタートした決闘だったが…。
アカツキのエステバリスは素早かった。
俺のエステバリスは、俺の反応速度に応えきれない。
アカツキの銃撃のほうが早いと踏んで、割り切って動くことにした。
質量攻撃や実弾にやや弱いとはいえ、ディストーションフィールドは楕円形だ。
丸みをうまく使えば弾丸を受け流す事は容易だ。
もっとも…実際にそれをするのは難しい。
動きながら集中砲火の中では無理だ。
これは一対一ならではの状況だ。
俺はローラーダッシュでターンを繰り返して、アカツキのライフルの斉射を回避した。
フィールドに何発かかすったものの、エステバリスには傷がついていない。
ラピッドライフルはディストーションフィールドに極めて有効な被膜でおおわれており、
エステバリスサイズの機動兵器でも3発ももらえば貫通されてしまう。
しかし、動きながら、回転しながらであれば受けたとしても弾を受ける場所が変わり、
フィールドに再生の時間を与えてくれる。
『さすがだねホシノ君!
一瞬で決着を付けるつもりだったのに!』
「舐めるな、アカツキ」
直撃を受けないようにギリギリで受ける…。
北辰と六連の7機の連携をから逃れるにはこの技術がなければならなかった。
連携攻撃は捌き切れないことが多く、ブラックサレナも必然的に装甲を厚くせざるを得なかった。
最終的にはあいつらの錫杖をうまく受けて、武器を奪う方面に持って行くしかなかったからな…。
…俺はアカツキから距離を取った。
この実験場は街中での戦闘を意識して、ビル街に見立てた試合場になっている。
遮蔽物はかなり多い。アカツキも俺を見失うようなミスはしないだろうが、
先ほどの射撃は作戦を立てなければ危ういと感じさせるものだった。
技量的にはエステバリスの性能が同一であれば負けないかもしれないが…。
何しろ性能が違う。
早さでは対抗できない。火力はほぼ同一。
フィールドは…恐らくあっちの方が強い。
そうなると、バッテリー切れを狙うか?
いやピーキーな機体のバッテリー切れは早いだろうが…。
どんなに短く見積もっても15分は動くだろう。
そう考えたら、逃げ切れるとは考えづらいな。
守る側は常に不利だからな。
くっ!?
アカツキの奴、ナイフを突き立てて遮蔽物をよじ登って射撃を!?
あのカトンボ級を撃破した時の戦闘映像から真似したのか!
上からの射撃は避けづらい。
どうしても距離感がつかめみづらいからな…。
逃げ場のある空中や宇宙空間のほうがまだマシなんだ。
屋内ということもあって、陸戦エステバリス同士だ。
撃ち下ろされる形になる俺が一方的に不利になる。
この手を考えるとは、やるなアカツキ!
『何をぼうっとしているんだい?
死にたいのかなぁ…!』
「ちぃっ!」
私は廊下を走ってようやく、実験の映像を見るための観察室にたどり着いた。
既に決闘は始まってしまっているはずだけど…!
「はぁっ!はぁ…っ!
け、決着は付いてないわよね!?」
「エリナさん!?」
「…遅かったですね」
「はぁ…ぜぇ…アカツキ君に置いてかれたのよっ!
じょ、状況は!?」
「見ての通りっす。
…あいつら化け物じみてますね。
ライフルの弾を互いに衝突させて、相殺してる。
アカツキ会長も、あんなことが出来るなんて…。
何したらああなるんだよ…」
…テンカワ君が呆れてる。
けど、あんたも鍛えるとああなれるんだけどね。
そんなことはどうでもいいわ。
アカツキ君は…。
状況的には互角以上に持っていけているけど、二人ともあまり余裕はないみたいね。
アカツキ君は恥も外聞も捨てて、エステバリスのカスタマイズを行った。
PMCマルスはそこまでの設備を持っていないし、
エステバリスについて熟知している人間も居ない。
鍛錬の他にカスタマイズでアキト君と互角に追いついたけど…。
このままじゃ、下手すれば相討ちも…。
「死なないで…」
私は誰にも聞こえないくらい小さく呟いて祈ることしかできなかった…。
アカツキ君にもアキト君にも死んでほしくない…お願い…。
二人とも…。
ち…気が抜けないな。
アカツキがここまで腕を上げていたとは…。
お互いにライフルの弾丸での相殺を続けていたが、
アカツキのライフルのカートリッジが先に尽きてリロードを行う隙を狙おうとしたが…。
そんな事はアカツキも承知済みだった。
すぐに遮蔽物に入り、次の直撃を回避した。
…こっちのカートリッジはあと2つしかない。
アカツキは…見た感じあと1つか。
そろそろ15分が経過する…。
バッテリーが切れる可能性が出てくるが、アカツキも勝負に出てくるかもしれない。
『ホシノくん、聞いてるかい』
「なんだ。
命乞いでもする気になったか」
『別に。
ちょっと世間話さ』
アカツキは秘匿回線に切り替えて話しかけてきた。
…なるほど勝負に出る前に揺さぶりに来たか。
北辰が良く使う手口だったな。
今更そんな安い挑発に乗ると思ってるのか…?
『君もずいぶん大人気になったじゃないか。
もう君は普通に生きることなんてできないんじゃないか?
それに…君の命は不正に得られたものだろう?
居ないはずの『ホシノアキト』…。
どこの誰が、その命を用意したんだろうねぇ?』
「興味がない。
お前だってB級ジャンパーでもなしにこの時代に来ただろう」
『そうだね。
でも…こうは考えられないかい?
ボソンジャンプを不正に利用して…。
君でも草壁でも僕でもない存在が、
この世界の改変を主導していたとしたら?
茶番劇のキャストとして選ばれただけだったとしたら?
君はどうする?
俺は本当にどうでもいいと思った。
…確かに不自然なことだらけだ。
作為的なものを感じるところも多い。
だが俺はこの『ホシノアキト』の人生を嫌ってはいない。
少なくとも『黒い皇子』のまま死にゆくより…。
ユリカを失っても、俺は生きたいと願ってしまったんだ…!
『そうかい。
…だったら君は負け犬だ!』
!?
アカツキはライフルを投げつけてきた!?
勝負に出てきたか!!
俺もライフルを投げつけて防いだが…。
ライフルを追いかけてきたアカツキのエステバリスの拳に、
メインカメラを半分潰された!!
くっ!!
俺は辛うじて立ち直って、アカツキのエステバリスが繰り出す拳を回避し始めた。
…最後は格闘か!!
性能差が大きいだけに、この判断をされるとマズい!
こちらも防戦一方にならざるを得ない!!
アカツキが…泣いている?
こんなアカツキを見たことはない…。
いつだってひょうひょうとしていて…俺を良くバカにして…。
でもよく助けようとしてくれた。
……そうか、この今の一瞬でさえも…そうなのか…。
『今の君じゃすぐに死ぬ!絶対に!!
こんな僕に負けるような君ではね!!』
「…分かったよ、アカツキ」
アカツキの気持ちは…もう分かった。
そうだったら…今俺がすべきことは…。
僕はこの期に及んで、一人きりの戦いを挑むことを選んだ。
一人でなんでもできるつもりになるほど思いあがっちゃいないけど、
『黒い皇子』はすべて失ったところからすべてを奪える力を手に入れた。
その執念と血のにじむような努力、危うさ…僕は彼に惹かれてしまった。
…変なものだね、僕は彼を憎んでさえいるというのに。
今度も『黒い皇子』が草壁の野望を打ち砕くのを期待して待っていたんだ。
ところが現れたのは…腑抜けの『ホシノアキト』という男だった。
今のホシノ君って男は甘えてて気に入らない。
強さはまだ残っているのに…心根がナデシコ時代とほとんど変わらない。
本当に、僕はそんな彼を軽蔑さえしていた。
草壁が戻ってきていると知っていてなお、殺す気がないと…。
…元々の彼の人柄はそういうところがあったのは分かっている。
けど、そういう問題じゃないんだ。
勝たなきゃ未来はない。
戦争というのは生き残らなければ意味がない。
生きながらえたとしても戦争に負けて支配を受ける側になって割を食うのはごめんだ。
奴隷にされて惨めな生き方をしたい人間がどこに居る?
人体実験に使われたい人間がどこに居る?
…ホシノ君を軽蔑していようと…二度とあんな目に遭ってほしくない。
ユリ君も、テンカワ君も、ユリカ君も、ルリ君も…。
今度こそ…彼らが幸せになった姿を見たいんだ…。
そして僕も…。
草壁の野望を打ち砕くことが出来るのは、あの迸る強さを秘めた『黒い皇子』だけだ。
呼び起こす事さえできれば、今度も間違いなく勝てる…。
それがなくてもやれるっていうなら…。
だったら…。
支離滅裂か…ユリ君にも言われたな。
ま…そうかもね。
だが僕にも勝てない君では、間違いなく死ぬと思うけどね?
僕のエステバリスが繰り出す拳を、ホシノ君はどんどん捌いていく。
段々と彼が余裕を取り戻しているのが分かる。
…ここらで決着を付ける!
最後の一撃!
今度は間違いなくメインカメラを完全に潰すはず!
───だった。
「うわあぁっ!?」
僕のエステバリスのアサルトピット部分に大きな衝撃が伝わった。
そして僕は壁際にたたきつけられてしまった。
何が起こったのか一瞬気がつかなかったが…。
…しまった!!
至近距離からのワイヤードフィストとは!!
ホシノ君は自分のエステバリスの掌を開き、僕のエステバリスを吹き飛ばしたんだ!
ブースター式のワイヤードフィストなら、最初の一撃で浮かせて、
その後さらにブースターを点火すれば、
自重の軽い陸戦エステバリスなら吹き飛ばす事は出来る。
…こんな手があったとは!
だけど!
「良いヒントをくれたね、ホシノ君!」
僕もワイヤードフィストを使って先ほど衝突したライフルを拾った。
先ほどの衝撃で照準がガタガタになっているだろうが、
僕を抑え込んだままワイヤーを巻き取って無防備に突っ込んでくるホシノ君を抑えるのは容易だ!
「っっっ!!しまった!!」
これは…ホシノ君のほうのライフルか!?
僕の方だったらカートリッジを交換していたから勝てたかもしれないが、
弾が切れてしまった!!
運が悪かったっていうのかい!?
動きを止める為に、ホシノ君のエステバリスの脚部を攻撃したが…。
ダメだ、行動不能にはなっていない…!
そして…ホシノ君のエステバリスが迫った。
「終わりだ、アカツキ」
ホシノ君は僕のエステバリスを壁に完全に抑え込んで、
片手でアサルトピットを抑え込んだ。
もう片方の手はライフルを持っていない手のほうを抑え込んでいる。
これでは、どうやっても反撃も逆転も出来ない。
…いや、僕のエステバリスのバッテリーは、もう切れかかってる。
あと一分も動けなかっただろう。
ああ…やっぱり僕じゃダメか…。
まあ…合格点だと思うよ。
僕もホシノ君も…。
どちらも『黒い皇子』には勝てはしないかもしれないが…。
僕ら二人がそろっていれば…そう簡単には負けはしないだろう。
何とかこの後の戦いも、戦っていける。
…それに、ここが限界ってわけじゃない。
まだ時間は残されている。
後悔無いように、準備しよう…もう、ヒールのフリは止めだ。
「…参ったよ。
そろそろコミュニケの回線をもとに戻そう。
もう君を挑発する必要もなくなったしね」
『ああ…。
無事に済んで良かったよ』
ホシノ君は気にする様子もなく、僕の暴言を責めるでもなく…。
安心したようにほんの少し僕を気遣うように言葉を発した。
…敵わないな、君には。
「全く…一か八かで無防備に突っ込んでくるなんて、
何を考えているんだ君は」
「途中の世間話で、
お前がアサルトピットを狙わないのが分かったからな。
勝敗にこだわる必要がない勝負だ。
甘えさせてもらった」
…僕もまだまだ甘いね。
殺す気がないと悟られてこんな手を使ってこられるとは。
とはいえ、これであっさり勝たれてしまうとは思わなかったよ。
『アキト!大丈夫!?』
『アカツキ君!!無事!?』
エリナ君とユリ君の顔が見える…。
エリナ君が間に合っちゃったのは誤算だが…無事に済んで良かったよね、ホント。
多分エリナ君に怒られるけど…うまくなだめないとね。
僕達がなんだかんだ無事だったから、嫌われはしないだろうけど…。
…ん?
なんだこの音は…。
これは…。
ホシノ君のエステバリスの脚部ローラーの駆動音だ!!
「な、何だい!?
何してるんだホシノ君!?」
『お、俺じゃない!!
どうした、止まれよ!!』
『ま、まさかさっきの脚部への被弾で、
IFSの回線が切れて、コントロールが効かなくなったの!?』
「じょ、冗談じゃ…!?」
ホシノ君のところのメカニックの女の子が叫んだ。
先ほどホシノ君が僕のエステバリスをがっちり抑え込んでしまったので…。
脚部ローラーが動いてしまうと、手を動かそうにも前進しているので抜けない。
片方の手は相変わらず僕のアサルトピットを抑え込んでいる。
しかも脱出に使うべき、バッテリーは使いきった。
予備バッテリーも、軽量化の為に外してしまった。
この距離じゃどうやってもアサルトピットの射出は出来ないだろうけどね。
──つまりだ。
このきしんでいつ壊れるか分からないアサルトピットは、
本来の『僕を守る』という役割を果たすことなく、
完全に僕を閉じ込め押しつぶすためだけの、
鉄の棺桶になり果ててしまったということだ。
頬に冷や汗が伝う…。
そして自分のバカさ加減に苦笑してしまった。
やれやれ…こんなところでゲームオーバーとは…。
余計な事をするんじゃなかったか…。
…僕ではテンカワ君にはどうころんでも勝てない。
どんなに他人に対する厳しさを失おうとも…容赦なさを捨てたとしても…。
分かりきった事じゃないか。
バカだな、僕は…は、はは…。
迫りくるアサルトピットのモニターが…だんだんと暗くなっているのが見える。
このつぶれ方じゃあと一分も持たないだろう。
皮肉だな…。
僕とエリナ君はここでエステバリスを使ってボソンジャンプの実験をしていた。
彼らも死ぬかもしれないと分かってやっていたとはいえ、許されることじゃない。
僕も何度か実験の映像は見たことがある。
耐圧処理をされたエステバリスでも、
ボソンジャンプの負荷はいともあっさりとアサルトピットを押しつぶした。
こんなふうにね。
…これも一種の天罰ってやつかな?
因果応報ってやつだろうか?
避ける方法なんていくらでもあったろうにね。
「どうして僕は…」
「…ごめん。
エリナ君…」
コミュニケの映像が、僕にエリナ君の泣き顔を見せつける。
…女の子を泣かした事はたくさんあるが、一番見たくなかった顔だ。
ああ、最悪だよ。
エリナ君の泣き顔なんて死んでも見たくなかった。
こんな顔を…こんな愚かな僕に向けてくれるなんて思いもしなかった。
『黒の皇子』を見送る時でさえこんな顔はしなかったというのに…。
『だ、ダメだ!!
思う通りに動いてくれない!!
アカツキのエステバリスが近すぎて、
こっちのアサルトピットも射出出来ない…!』
エリナ君の悲痛な叫びが、僕の耳に響く。
ホシノ君側のエステバリスも、どうしようもないのか…。
ここまで、かな…。
「さよなら、エリナ君──。
こんな、事なら…」
こんな事なら…。
僕もホシノ君と同じくらい腑抜けて、彼と歩むべきだった、かな…。
ついに僕の目の前のモニターが完全に砕け散り…。
僕の目の前は真っ暗になっていった…。
アカツキ会長が死ぬ…こ、これじゃ…!
アカツキ会長を殺してしまったら、
あの優しいアキト君は立ち直れなくなっちゃうかもしれない…。
アキト君だけじゃない、隣で泣いているエリナさんも…。
そんなのダメ…!
ダメだよ…。
「何とかならないのか!?
メカニックの君でもダメなのか!?」
「今から下に行っても間に合わないです!!
それにこんな状況でエステバリスの足元に近づいたら、
私達のほうが死にますよ!」
お父様の問いに、シーラちゃんが叫んでうろたえている。
「ホシノッ!!
くっ…せめてエステバリスがあれば!!」
「アキト…ダメだよ…。
殺さなくていいよ…お願いだから…」
ユリちゃんはアカツキ会長が死ぬかもしれないって、震えてる。
アカツキ会長を憎んでも仕方ないはずなのに。
やっぱりユリちゃんは優しい子だよ…。
お願い…何とかして…誰か…!
アカツキ会長が死んでも誰も喜ばないんだよ…。
「ラピス!?
どうしてここに!?」
「アカツキは死なせない!
エリナの…大事な人だもん!」
ラピスちゃんは自分のノートパソコンを開くと、
即座にキーボードをたたいて…何をしてるんだろう…。
もしかして…!
「ラピスちゃん、ハッキングしてるの!?」
「もちろん!
伊達にこんな見た目してるんじゃないのよ!
まさかと思って準備しておいた甲斐があったね!!」
「なんだと!?」
こんな小さな子が、私達でもどうしようもないことを何とかしようとしている。
ユリちゃんもルリちゃんもだけど、
なんでアキト君の周りはこんなすごい子ばっかりなの…?
そんな事を言っていると、
アキト君のエステバリスの駆動音は完全に止まった!
よかった!!
「アキト!!
脚部制御用の回路の電気を止めたからもう大丈夫!
アカツキを早く助けて!!」
『すまない、ラピス!!』
「エリナ、しっかりして!!」
「アカツキ君…アカツキ君…!」
エリナさんは…アカツキ会長からの応答が途絶えて、膝をついて泣いてる…。
ラピスちゃんの呼びかけも聞こえてないみたい…。
…お願い、助かって…!
「…アカツキ!返事をしろよッ!
おいッ!!」
俺は焦ってアカツキを押しつぶさないように、
ゆっくりとアサルトピットの外装をはがそうとしていた。
あまり急に剥がしてしまえば、アカツキが落下してしまう可能性だってある。
とはいえあまり時間はない…くぅ…!
ほんの少しだけ、アサルトピットがはがれてくれて…。
辛うじて人が一人通れそうになってくれた。
俺はエステバリスの動きを固定して、アカツキのエステバリスに飛び移った。
「アカツキ…!」
「う…うぅ…」
アカツキは頭を打ったのか、うめいては居るが…。
何とか無事のようだ…よかった…。
いや、油断はできない…外傷がないとはいえ、打ちどころが悪いと…。
ええい、すぐに助けを呼ぶしかない。
「エリナ、アカツキは生きてる!
担架と医務室の用意を!!」
『…ぅぐっ!
よ、よかっ…』
俺はつい声を荒げてしまったが…。
エリナが呼ぶ前に他の部下が呼んでくれたのか、
担架を持った社員が現れてくれた…。
…ひとまず、これで大丈夫だろう。
ラピスに礼を言わなきゃな…。
何てザマだい…。
好きに決闘を始めて…運が悪くて死ぬなんて…。
兄さん…。
僕は…バカかな…。
こんなじゃ親父の事を笑えないや…お迎えには来てくれないのかい?
馬鹿な僕じゃ…そんな価値はないかな…はは…。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
ん…まぶしいね…。
蛍光灯の光が少し…少し開いたまぶたに入ってきて…。
「ん…生きてる…のか」
僕は突然の大声に、びっくりして体を震わせてしまった。
エリナ君の声だ…。
「……心配かけたね」
…エリナ君はずいぶん心配してくれたみたいだ。
化粧が崩れるほど泣いてしまって…。
こんなに掛け値なしに僕を想ってくれていたとは…さすがに思わなかった。
それからしばらく、エリナ君は落ち着くまでずっと僕に抱き付いてくれていた。
落ち着いたあと、エリナ君はひどく怒っていた。
「…ごめんよ、エリナ君」
男って言っても僕とテンカワ君しか知らないだろ君は──と言いかけてやめた。
…そんなことを言ったらどうなるか、
分からないほどはバカじゃないからね。
「こんな事しないでよ、もう…」
「…ホシノ君と争ってほしくないから?」
「あなたに生きていてほしいから…。
…決まってるじゃない、バカ!
そばに居てほしいのよ!
私にはあなたが必要なの!!
それだけじゃダメなの!?
どうしていつもそういう事言うの──」
──僕はエリナ君の唇を無理矢理ふさいだ。
僕はそれ以上言葉を聞きたくなかった。
それ以上、聞く必要がなかった。
僕は……その言葉が聞きたかったんだ。
君が僕を…情けないほど自分が嫌いな僕を必要としてくれれば…。
それだけで僕は…。
「僕もだよ、エリナ君…。
…愛してる。
一緒にこれからも居てくれるかい?」
「バカ…。
…うん…もちろんよ…。
だってあなたは…。
私と同じ方向を見て、いつだって一緒に走ってくれる…。
あなたは…私の最高の、人生のパートナーなんだから…」
…くらっと来ちゃうな。これは。
ビジネス上のパートナー関係ってことで、僕達は長い間組んできたけど…。
こんな風に豊かに、柔らかに笑って僕をまっすぐ見てくれて…。
人生のパートナーになってくれるって…?
決闘騒ぎも、ちょっとはしてよかったと思う…けど…。
…いや、これをもっと早く正直に言えなかった自分を情けなく思うべきか。
これじゃホシノ君を笑えないじゃないか。
…それよりも、僕は気になっていることがある。
「もう二度と置いていかないでよ。
アカツキ君一人じゃ、危なっかしくて見てらんないんだから」
「…嬉しいよ。
でも…あのさ。
いい加減『ナガレ君』って呼んでくれない?
その…関係それなりに深いのに苗字呼びって結構傷つくんだけど…」
「……あ、ごめんなさい。
何だか呼び慣れてて…」
「…ぷっ」
「ふ、ふふ…」
「はははははは…!」
「あはっ…くふふふ…」
僕達はおかしくて笑ってしまった。
勝てなかったのは悔しいが…。
もう一つの決闘の理由もバレずに済んだし…いいか。
そう…ホシノ君を案じた事も、理由の一つだったのは事実だが…。
もう一つの理由は、ナデシコに乗った頃…。
僕が真剣に付き合いたいと、初めて思った、エリナ君を…。
鼻っ柱が強くて、誰にもなびかなかったエリナ君の心を動かし、
それどころか彼女が身を挺して助けたいとまで思わせたあの『テンカワ君』に、
一度くらい真っ向からやり合って勝って、
ちゃんとエリナ君を奪ってみたかったなんてさ…。
…言えっこないよね。こんなこと。
やれやれ…無事に済んで良かった。
アキト君はラピスを連れてきた女性二人に、
サインとツーショット写真をねだられ、礼を言ってきたが…。
しかし聞けば聞くほどラピスという子は無茶をしてきたな。
病院から無理矢理抜け出し、車を止めてここに駆け付けるとは…。
しかもそれが出来たのがラピスが凄腕のハッカーだったからだという。
…なんて子だ。
まあ…この子がいなかったらアカツキ会長は死んでいたことだろう。
アキト君も精神的に手ひどい打撃を受けることになりかねなかった。
良かったとしようか。
…ううむ、しかし義父になる身としては止めなければならないんだろうが、
私を助けた時もラピスが起点だったと聞いてしまった…。
…こんな小さい子に命綱を掴んでもらっていたというのは、
本当に恐ろしいことだ。紙一重すぎる。
今後も何かと危険の多いアキト君の助けになることをしてくれるだろう。
…仕方がないか。
私達はようやく家に戻り、アキト君とラピスを労った。
…テンカワ君は帰したかったがユリカがどうしても!というので仕方なく連れてきた。
ううむ、まだ交際を認めたわけではないので、
家族団らんの場に入れたくはなかったが……いいだろう。
アキト君とも兄弟のようなものと思えばよい。
…ユリカには言えんがな、いろいろと。
「ユリちゃん、良かったね。
アキト君が無事で」
「ええ、ホントです。
ユリカさん、お父さん、ご迷惑をお掛けしました。
…アキトさんもアキトさんですよ。
ほんと無茶ばっかり。
迷惑です、ホント」
「はは、ごめんねユリちゃん…え?」
「え?」
「あれ?」
「ユリ?」
「はい、ユリです。
ただいま」
ユリはここに来るまでの間、
アキト君を抱きしめて離さなかったので、話す事がなかったが…。
いつの間にか、記憶がもどったみたいだな。
「ついさっきです。
…決闘騒ぎの前に戻れなくて不覚でした。
いろいろ感情が動くうちに、元に戻れたみたいです」
…良かったな。
色々とアキト君も苦労をしていたようだった。
これで、万事大丈夫だろう。
「…あ、アキトさん。
ちょっと後でお話が」
「ギクッ」
「…そんなに怯えないで下さい、怒ってはいません。
ちゃんと事情は呑み込んでます。
大丈夫ですよ。
ちょっとムカついただけです。
ツケがたまってますし、それ払ってくれればいいですから」
「…はひ」
アキト君は真っ青になっていたが、なだめられて少し落ち込んだように変わったな。
…ううむ、ユリは強いな。
しかしこの容赦のなさは、やはりルリ君とよく似ている。
まあ、些細なことではあるがな。
「…ユリ、ずいぶん情けない姿を見せてくれてたけど、
これからはちょっとは期待していいの?」
「ラピス…もちろんですよ。
でも、アキトさんは渡しませんよ」
「いい。
私、頑張っていい女になって、
アキトに浮気させて見せるんだから」
ぬ、ぬう!?
すさまじい火花を散らしている…!
このラピスという子は、どれだけアキト君を想っているんだ?!
「…あ、あのラピス…あんまりそういうことを言いふらさないでくれるか」
「いーやー!」
「ホシノ、頑張れ」
「アキトくーん、頑張ってー」
…アキト君はこういう時本当にダメなんだな。
ハッキリと断りたいが、ラピスの事が大事で傷つけたくないんだろう。
まあ、年頃の娘が言う事だ…大丈夫だろう。
ユリカもほんの十年前はお父さんと結婚するってずっと言っていたし…。
ううっ、思い出すと涙が出てくる。
何だってこんなアキト君とDNAしか一致してないテンカワ君なんて…。
あ、しまった。
テンカワ君がオリジナルだったな。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
せっかくなので出前の寿司をとって、食事をとって…。
しばらく話し込んで、泊まっていかないかと話そうとした矢先、
アキト君はネルガルのエリナ会長秘書から話があると呼び出されたらしい。
泊まりになるかもしれないということだ。
そういうこともあって、ユリカとテンカワ君は先に佐世保に戻ることになった。
アキト君たちもラピスも子供だというのに連れ出して行ってしまった。
養子の話はちゃんと受けてくれそうだったから良かったが…。
にぎやかになったあと取り残されると…寂しいな。
酒でも飲むか…。
私達はセキュリティの面で優れているアカツキさんの家に向かいました。
エリナさんにいろんな事情を聞きました。
…アカツキさんは死ぬくらいなら木連を滅ぼすつもりだったというのは事実だったようですが、
木星トカゲの動きがあまりに無いのと、
クリムゾングループが衰退しつつあるということから、
ナデシコが火星に向かってから様子を見るという結論になったそうです。
アカツキさんは本当にアキトさんを心配しているみたいだったと言いはしますが、
真剣勝負を持ち掛けといて心配もないでしょうけど。
ま、アキトさんもそう思ってるみたいですし、信じましょう。
…それとユーチャリスの導入が一週間後になる、という話も出ました。
ようやく母艦が手に入る…。
私達の苦労も半減してくれます。何しろ人的コストが高すぎます。
お金はともかく、設備的な問題が多すぎますし。
これ以上腰痛での負傷を出すわけにはいきません。
もっとも、戦艦が一つあるといろいろ問題が増える可能性もありますが、
ナデシコの運営のほうが10倍楽、という状態はいい加減解消したいものです。
…ってのは、仕事のお話です。
「…アキトさん、いい加減ちゃんとエリナさんとの事を話してください。
ユリさんだった時にちょっとは聞きましたけど。
あの時ちゃんと怒ったので、もう責めたりはしません。
…そうしないと生きていけない状態だったのは分かってますから」
「…うん」
いい加減、エリナさんとの事をちゃんと把握しておきたいんです。
勇気がでないとか言ってた時、ちゃんと聞くべきだったんです。
…。
それからしばらくアキトさんは、
心身共に立ち直れないほどの傷を負って、自傷を繰り返した事、
その時にエリナさんが身を挺して暴力に近い抱き方をさせてでも自分を救ってくれた事、
エリナさんがナデシコ時代に抱いていた好意に応えようとし始めた事を告白してくれました。
…そんな事、責められるわけないじゃないですか。
むしろお礼を言わないといけないです。
「…私もユリカさんを裏切っている方ですし、
責める気はありません。
エリナさん、アキトさんを生かしてくれてありがとうございます。
…いいです。
二人とも、何も悪くありません。
アキトさんも、間違ってる事をしても生きて居たかったんですよね?
エリナさんの気持ちに応えたかったんですよね…?」
「うん…」
「それじゃ、この件はこれで終わりです。
でも…アキトさん、
ちゃんとまだ言わないといけない事がありますよね?
私じゃなくて、エリナさんに…」
「ふふ…ユリったら、お母さんみたいね」
「ホシノユリの人生の18年は伊達じゃないんです」
私がアキトさんに前よりずっといろんなことが言えるようになったのは、
ホシノユリとして生きた18年間があったから。
ホシノアキトを保護して母代わりとして生きた経験が、私のものになっているんです。
ミスマル家のDNAもかなり影響を与えてくれました。
そしてアキトさんが、素直に相手に気持ちを伝えることが出来るようになったのも、
ホシノアキトとして生きた8年間があったから…。
…そう考えると私達はやっぱり生まれ変わっちゃったんですね。
未来の記憶はあるけど、性格から何から差がたくさんあります。
ぶっちゃけていうと、私はホシノルリだった頃はかなり無精で生活力には欠けていました。
こっちの世界に来てホシノユリとして生きた18年の経験は、
家事をするにも何をするにも、積極性を与えてくれて…。
とはいえ、振り返ってみると問題点もありました。
私の『ホシノルリ』としての自意識はアキトさんと関係を進めたいと思っていましたけど…。
『ホシノユリ』としての経験と無意識が、アキトさんを子ども扱いしていた節があったせいで、
アキトさんとの関係に積極的になれなかった部分があったように思います。
最初はともかく、仕事が忙しくなったあたりからは我慢してても平気でした。
…本来の私はもうちょっとわがままですからね。
結局私たちはこの世界に生まれ直して、違う人間になってしまったってことです。
…だから…今のアキトさんなら、きっとエリナさんに言える。
今のアキトさんは、あの頃の意地っ張りで、恥ずかしがりで…。
相手を気遣うあまりに遠ざかる、アキトさんではありません。
自分の弱さを受け入れて、助けてもらうことにもためらいを覚えない、
素直な気持ちを伝えられる、だけど私と離れたがらないくらい寂しがりで、
ちょっと情けないけどかわいいアキトさんです。
…アキトさんは少し息を飲んでエリナさんを見ました。
「エリナ…ご…っ。
俺を愛してくれて…助けてくれて…ありがとう…。
俺も…愛していたよ…。
エリナが居たから…俺は…おれは…」
「…バカね、ユリの前で言うようなことじゃないわよ…」
アキトさんも、エリナさんも…涙もぬぐわずにお互いを見ています。
本当に二人とも、お互いが大事なんですね。
こんなの見たら…さすがに妬いちゃいます。
それにしてもアキトさんが謝らなかったのは意外です。
アキトさんはいつも好意を向けられても不器用な対応しかできなかったのに…。
「…うん。ありがと。
私も愛していたわ。
でも…その中で私は分かったの…。
私はあなたとは噛み合わない…。
ベストな状態で恋をしたとしてもね…。
噛み合わない歯車はいつか壊れるわ。
あなたを笑わせる事なんて、できなかったもの…」
「…ちゃんと、笑えたよ」
「ありがと…。
でもユリカさんとユリには負けるわ」
エリナさんは笑って、今度は涙をぬぐって私達を見てくれました。
悲しみなんてひとかけらも感じさせない、すごくすがすがしい顔です。
「それにね。
やっぱり私、自分でも気づかなかったけど、
ナガレ君が好きだったみたい。
ずっとビジネス上のパートナーだって思ってたのに、
この世界に来てから頑張ってる姿に惹かれちゃった。
…同じ夢を見て一緒に走っていける、
最高のパートナーなの」
これは…エリナさんはアキトさんをとうに吹っ切っていたみたいです。
…強いですね。
「…幸せに、なれそう?」
「…ええ。
あなたもでしょ?」
「…うん」
「じゃ、笑ってお別れできるわ。
…こんな別れ方、あり得ないと思ってたけど。
結構、いい気分ね」
「…そうだな」
…二人とも気持ちの整理がついたみたいですね。
「ま、エリナが不倫辞めても私は辞めないから」
「えへへっ。
私はアキトを諦めないもーん」
…この子は。
アキトさんとエリナさんの事は許しましょう。
恐らく事情を知ればユリカさんであったとしても許してくれると思います。
…しかしラピスに明らかな悪影響を与えてしまったのは良くないことですね。
いえ、私もラピスに強く言える立場ではありませんが。
「…はぁ。
ラピス、まずはあなたと付き合ったとしても、
アキトさんが犯罪者にならない年齢になってから言ってください」
「いやー!」
…本当に、もう。
「そういえばあなたたち、佐世保に戻るの?
チケットはないんでしょ?」
「お義父さんには泊りになるかもって言っておいたけど…。
思ったよりは早く済んじゃったな」
「いいじゃないですか、お父さんも喜んでくれますよ。
戻りましょうよ」
「ちょいまち、二人とも。
いいの?そんなこと言ってて」
ん?ラピスはどうしたいんでしょうか。
「佐世保に戻ったらまた色々しなきゃいけないことが見えちゃって、
時間なくなっちゃうんじゃないの?
ユリに苦労ばっかり掛けて、しかも浮気してたのが明らかになって、
それを許してもらって、何もしてあげないの?
…ここは一晩過ごしてあげないといけないんじゃないの、アキトは」
あ、アキトさんが凍り付いた。
…まあ、私もいい加減ツケを払ってもらいたいので、そういう気持ちもありますけど…。
とはいえ。
「…ラピス、12歳の子がそんなことを言っては…。
それにライバルの私を助けるなんてどういうつもりです?」
「だーってぇ。
もっと二人の仲が進んでないと、中々倦怠期に入らなさそうなんだもん。
倦怠期になったら私の付け入る隙間ができるもん。
」
…な、なんて計算高い。
こういう時に口に出しちゃうあたりはまだ幼いんでしょうけど。
いえ…ここは。
「倦怠期の事は賛同しかねますけど…それもそうですね。
アキトさん。
せっかくですから一晩付き合ってください」
「ゆ、ユリちゃん…そんなあけすけに言わなくても」
「嫌です。
この間だってねぎらうって言っておきながら、
説教を先にしたじゃないですか。
それにいつ死ぬか分からないんだから、
わがままを言ってほしいって言ったのもアキトさんです」
「い、いいんだけど…いいんだけど!
人前だから!」
「良いじゃないのアキト君。
私やラピスに隠すような話じゃないでしょ。
それに…ずるいわよ。
私のナガレ君を怪我させておいて、
のうのうと熱い一夜を過ごすんだから」
「あ、あのエリナ…その…あうあうあう……」
「ぷくく、アキトは面白いね」
…やっぱりアキトさんはこういうところは、
死んでも生まれ変わっても変わらないんですね。
ちょっとつっつかれるだけでこんなにうろたえるなんて。
でもいつも通りに戻れた気がして嬉しいですね。
…いえ、嬉しいですけど、今日はいつも通りよりもっと前に進みましょう。
「ユリ、セキュリティのよさそうなホテル一個見つけてあるよ。
予約とっとくから」
「ありがとう」
「ラピス、お前…」
「あ、ちゃんと隠しカメラとマジックミラーには気を付けてねー。
フィルムカメラとかのぞき見までは面倒見てあげられないから。
アキトは有名人なんだから」
…何から何までいたせりつくせりですね。
ちょっとだけ怪しいですが、まあ、いいでしょう。
楽しみましょう。
「エリナ、アカツキも居ないし泊まって大丈夫でしょ?」
「え、ええ。
いいわよ。
でもラピス…まだ退院していいって言われてないわよね?」
「一応病院のカルテものぞいておいたけど、検査結果は大丈夫だって。
ま、明日の夜には一度戻るつもり」
「そうだ…。
エリナ、ラピスの事を見てくれてありがとう。
ラピスがここまで表情豊かになれたのはエリナのおかげだったもんな」
「いいのよ。
私もラピスの事はかわいい妹か娘みたいに思っているから。
…もっとも、私とナガレ君の子供にできないのは残念だけどね」
「…ごめんね、エリナ。
エリナとアカツキの事、大好きだけど…。
やっぱりアキトを追いかけたいの」
「いいの、ラピス。
私もあなたの気持ちを考えてユリの妹にしておいたんだから。
気にするんじゃないわよ」
…ちょっと複雑ですね、これ。
世間にバレるとすっごいスキャンダル扱いされそうです。
でもラピスは親が居ない事ですし、ミスマル家に養子にとられるとはいえ、
立場が立場です。頼るところがたくさんあった方がいいです。
エリナさんとアカツキさんのところが実家のようになっているというのは良い事だと思います。
さて…諸々の事情は一段落しました。
出撃依頼もまだ数日は大丈夫でしょう。
ラピスもまだ正式に退院してないみたいですし、何日かは動かないでしょう。
明日はお休みです。月曜日までは会社に戻らなくても何も言われません。
…じゃあ…いっぱい、アキトさんと……ふふふ。
「それじゃ、アキトさん…。
行きましょ」
「…分かったよ」
これ以上抵抗してもいじられ続けるだけだと観念したのか、
アキトさんは表情を引き締めて私の手を引いてくれました。
真剣に私に付き合ってくれるんですね。
嬉しい…。
何か聞こえた気がしますが…。
ま、気にしません。
俺は部屋に何かしらの機器やマジックミラーの類がないか調べている。
…本当にセキュリティがいいな、ここ。防音も良いし…。
…ラピスに言われるがままに乗ってしまったが…。
このホテル、値段はそれなりなのにしっかりしてるな。
豪奢ではないけど、雰囲気もある方だ…。
…ラピスの奴、自分が行ってみたいホテルを調べてたな。
はぁ…ルリちゃんの方がよっぽど扱いやすいよ…ホント。
あそこまで能動的に動くといろいろ助かることも多いんだけどさ…。
いかんいかん、どうしても愚痴っぽい思考になっているな。
…いろいろ決着したし、一晩くらいユリちゃんに向かい合う時間が欲しい。
真剣に…真剣に…冷静に…冷静に…。
「…ラピスはいいセンスしてますね」
「…う。
そ、そうだね」
…思いっきりラピスの事を思い出させられてしまった。
いや、大丈夫。切り替えよう。
「…ユリちゃん、色々あったけどさ、
何とかナデシコに乗れそうなところまでたどり着けた。
これからやる事はたくさんあるけど…。
でも、今夜だけは…忘れよう」
「…はいっ」
ユリちゃんが緩んだ笑顔で俺を見ている。
こんな顔は初めて見るな…。
苦労させてしまったし…うまくユリちゃんを抱きしめることも、なかなかできなかった。
夫婦らしくなれたと思えても、まだあと一歩足りなかった。
でも、もう大丈夫だ。
ユリちゃんが愛しい。
その気持ちをすべてぶつけよう…。
…俺達はようやくここまで来た。
俺達のPMCマルスという会社は連合軍ともある程度、対等に並び立てるようになった。
小さな組織ではあるが、評判だけではなく実績を得たおかげで一目置かれている。
テレビ局の介入はあまり好ましいとは思えなかったが、
軍が戦果を隠す性質があったのに、戦果を隠されなかったことで実績が世間に評価され、
エステバリスともども、軍も認めざるを得ないようになりつつある。
俺自身も、単なる芸能人というだけではなく色々と意見を言っても問題がない立場になりつつある。
英雄扱いというとそれなりに危険があるだろうけど…目立っているのがかえっていい方向に働いた。
俺が『本来戦いたくない人間』であるというのも広まり始めている。
戦争が一段落したら抜け出すこともある程度しやすくなったし、
木星トカゲが人間と判明した後、
和平を提案しても、和平交渉の座にいても不自然ではない。
ここまで目立てば暗殺するのも逆に危険と思ってくれるようになっただろう。
それに、俺自身が和平交渉を行う必要もない。
誰かにきっかけを与えて、和平を成した『英雄』になってもらった方が俺は助かる。
…ナデシコに乗る前に、ここまで状況が整ってくれるとは思わなかったが。
早めに、俺達なりに工夫したのが良かったんだろうな。
アカツキ達に最初から協力を求めていたらこうはいかなかっただろう。
…草壁の思惑が分からないのは不安だが、地球への攻撃が苛烈になっていないので…。
草壁自身に何か変化があったということを期待している。
今でもユリカと、火星での最後の事で恨んでは居るが…そろそろ報復し合い続けるのは止めにしたい。
そういう気持ちなしに、戦争に巻き込まれた人達に和平をお願いする事なんてできっこない。
…とにかくナデシコ出航までの、
残りの二か月を有意義に過ごそう…まだやれることはたくさん残っている。
ユリちゃんとも、もっと色々な思い出を作ろう。
何があっても後悔が無いように。
必ず生き残れるなんて考えるほど気楽には居られない。
イネスさんに体を見てもらわなければ、俺はいつまで生きられるのかも分からないし…。
…そういえばイネスさんがまだ見つかってないんだよな?
ネルガルの社員名簿にすら載っていないっていうのはどういうことなんだ…?
この世界には…アイちゃんもイネスさんも居ないっていうのか?
…そんなことは認めたくないが、火星に行かなければ何もわからないだろう。
すべては、火星に行かなければ始まらない。
そして今は…。
ユリカに背中を押してもらって、
エリナにあの頃言えなかった事を伝えられた今、
もう、負い目はない。
──俺の目の前に居る、最愛の人の妹。
そして、今の俺の最愛の人。
ユリちゃんと…これから最高の時を生きるんだ。
「…アキトさん。
今日までは実感がわかなかったんですけど、
やっぱり私達は別の人間に生まれ変わっちゃったんですね」
「…うん。
どんなに過去を引きずっていても、
俺はDNAが一緒でも…テンカワアキトじゃないんだ」
「…でも私、やっぱりあなたが好きです。
ホシノユリになって、ホシノユリの人生を思い出したとしても…。
アキトさんが好きです。
愛してます。
ユリカさんといっしょであなたが大好きなんです。
…自分でもこんなにアキトさんが好きだなんて知りませんでした」
ユリちゃんは目を潤ませて、顔を真っ赤にして、
それでも目をそらさずに俺を見てくれている…。
だが…。
「…人殺しで、
浮気者の、
どこかに行ってしまうかもしれない、
俺でも?」
「もう…そんな意地悪を言わないで下さい。
それもアキトさんの一面かもしれませんけど…。
アキトさんはそうしなくてもいい状況だったら、絶対にしません」
…そうだ。
俺が望んだ事だったとはいえ、そうしたいと思っていたわけじゃない。
だからといって言い訳はできないけれど…。
そうしなければ死んでしまうところまで落とされてしまった。
これは…生まれ変わったからと取り消せるわけではない。
でも、これからそうならない為に、いくらでもやれることがある。
…そうならないように、戦っていくんだ。
ユリちゃんと…。
「…うん。
俺も君とは離れたくないな…」
「…嬉しいです」
俺も既にユリちゃんに心を掴まれてしまっている。
ユリカ似の姿…ユリカとは違う心で俺を愛してくれる…。
俺が死んだら、つられて命を絶ってしまうほど俺を愛してくれているこの子に…。
「私、この世界でいろんなものを貰いました。
ユリカさん顔負けのこの体も。
アキトさんと夫婦になれました。
…ミスマル家の次女になれました。
ユリカさんの実の妹、ですよ?
こんな夢みたいなことばっかり…ありえないです…でもすごく嬉しくて…」
「…うん」
「…あのユリカさんのクローンに移植された、本物のユリカさんの脳髄の記憶が…。
まだ遺跡には残っていて、そのせいで私達をここに送ってくれたんじゃないかって…。
もしかしたらって、思うんです…」
「それは…ありえるかもね」
最近、どうもユリカが相手だとなんでもあり得るような気がしてくる。
…何しろ、俺が瀕死の時に姿を見せるくらいだ。
あれはどうにも夢には思えなかった。
世界を改変してまでも、俺とユリちゃんを救おうとする…。
本当にそうだったとしたら…。
……俺って、実はとんでもない奴と付き合っていたのか?
「…この世界のユリカさんをお姉さんって呼んだ時、すごく胸が締め付けられます。
でも、すごく胸の中が温かくなって、泣きそうになるんです。
せめて…この世界のユリカさんには、
この戦争の真実なんて何も知らないまま、ただ幸せになってほしいんです」
「うん。
俺もそうしたい。
ユリカだけじゃない。
テンカワも、ルリちゃんも、ラピスも、アカツキも、エリナも、お義父さんも、
ナデシコのみんなも、PMCマルスのみんなも…とにかく、みんなだ。
……でもさ」
俺はユリちゃんを強く抱きしめた。
シャワーからあがったユリちゃんの清潔感のあるせっけんのにおいと、
彼女の優しい香りが混ざって…とてもいいにおいだ。
「…まず、今は…君を幸せにしなきゃね」
「あ…」
ユリちゃんの体が小さく震えた。
大きな期待と、不安とが入り混じった瞳で俺を見ている…。
「…今度は何があってもやめたら許しませんよ?」
「…分かってる」
ユリちゃんは、あえて強い言葉で俺に忠告した。
彼女の強がりにも似た弱弱しい警句が、俺の気持ちをかえって奮い立たせた。
もう、ユリカと言い間違えることなどあるものか。
ユリカはもう…俺の義姉さんなんだから…。
俺はこれから…ユリちゃんと歩いていくんだ…。
「ユリちゃん…」
「アキトさん…」
俺達は唇を重ね…。
そして…。
俺とユリカは、飛行機で佐世保に向かっていた。
お互いに寝床に就くのは日付が変わってからだろうな…。
しかし、なんかよく分からないうちに決闘も終わって、
ユリカの家に連れ込まれて話し込んで…なんなんだ、本当に。
俺は始発でなんの為に呼ばれたんだよ?
せっかくの休みだってのに…実力差を見せつけるためか?
嫌味なやつだよ、アカツキ会長は…。
「ね、アキト」
「…うん?」
「結局、お父様に聞かなかったんだね」
「…ああ。
あの様子じゃあんまり大した事は聞けないと思ったから」
ユリカの家に来た段階になって気づいたけど…。
重大なことだったらさっさと呼び出して話しているはずだ。
…そうしないということは、多分何も知らないんだろう。
「…あのね、アキト。
ユリちゃんも、育ての親を殺されたの」
「…そうなんだ」
「…犯人も分かってるのに、何もしようとしなかったの」
「…なんでだ?」
「その命令を下した人が死んじゃっていたっていうのもあるみたいだけど、
…育てのお父さんに言われたんだって。
『私が悪いから、相手を恨まないで自分の人生を生きてほしい。
お前はどんなことがあっても生きてくれ。
お前は…私達が生きた証だ』
って…。
アキトだったら…そういわれたら、どう思う?」
「…俺はそこまで大人しくなれないかもしれない。
木星トカゲが今でも憎いから」
俺はホシノほどやさしくなれない。
犯人が分かっているならどうにかしないといけないと思うし…。
死んでしまっているなら、それも出来ないだろうが。
「…そうだよね。
ユリちゃんとアキト君が優しすぎるだけだよね…」
「ユリカ、どうした?
お前…最近変だよ」
最近、ユリカはよく沈み込んでいる。
すぐに立ち直っているから気にしなかったけど…。
俺と再会した時みたいに明るくしている事はかなり減ったよな。
「…ううん、だいじょぶ。
ただ…何度もアキト君が危ない目に遭ってて、
助けられない自分がふがいないだけだから」
「…らしくないぞ、明るさと元気さがお前の取柄だろ。
ホシノはそう簡単に死なないさ」
「心配させちゃった?
…ゴメンね」
「良いって……ユリカ、あのさ…」
「ん?何?」
俺は…自分で言おうとしたことが意外すぎて…一瞬止まってしまった。
いや、止める必要がないな。
俺はこいつを知りたくなったんだ。
こいつのユリさんに向けた年相応のお姉さんらしい顔も、
ホシノに向ける不安に震える顔も…。
俺に「信じてほしい」と頼んだ時の、頼もしく、信じたいと思わせる顔も。
人を想うユリカを、何故だか知りたくなったんだ。
ただの底抜けに元気で、厄介な奴と思っていたユリカが、
人並みに沈んだのを見たくなかっただけなのかもしれないけど…。
「明日、暇か?
サイゾウさんも混雑がすごいからさすがに疲れ切ってて、
三日くらい休むって言ってたから、今日も来れたんだ。
良かったら…一緒に出掛けないか?」
「バカ、声が大きいって。
…そ、そうだよ。
たまには、遊びに行くのもいいかと思って」
…結局、俺達の大声で眠っていた人達が目覚めてしまったうえ…。
俺に気づいたホシノのファンの子に色々質問されてしまって…。
まったく…こんな事してるともう誘わないぞ…ユリカ。
…ま、いっか。
いろんな状況が渦巻く中、それなりにアキトは矢面に立ちながら、ようやっと個人的なスタートです。
書くうちにどんどん長引いて、特に芸能界編は初期プランにないのにどんどこ増えて、
物語そのものに相当組み込まざるを得ない状態になりました。
そのおかげでどんどこ必要な設定が生まれて、楽しいけど長すぎるお話になってしまいました。
いやぁ、やっぱり長かったっす。
次回、機動戦艦ナデシコD、『会社立ち上げ編』ついに完結です。
いろいろと一段落する2クール目の最終回が次回になりますが(いつから1クール12話になったっけ)、
長くなってしまったんで、次回は小説作品では掟破りの総集編です。
意外な切り口になっていればいいなぁ…。
ってな具合で次回へ~~~~~~~~ッ!!
>うーん、男の子。
>まあ女にはわからないものもありますわなw
恥ずかしがりだったりプライドだったりいろんなものがミックスされすぎて見えづらい、
男の子の純情~~~~っ。
ちょ、ちょっと!?私が次回予告!?
担当間違えてるんじゃないの?!
あってるの?
いいの?
お、おほん。
……ライザよ。
私も手痛い失敗で、テツヤに愛想を尽かされないか心配なんだけど…。
でも仕事は仕事でしっかりやらないとね…。
次回は私がテツヤに命令されて作ったレポートで、PMCマルスの人員構成とホシノアキトの秘密に迫るわ。
何やら私以外にも、そういうことをしている人達がいるみたいなんだけど…。
…はぁ、テツヤ…。
ようやっと折り返し地点にきて、どうしても書いて見たかった総集編を描く作者が贈る、
ラピスラズリというカンフル剤を得て話が回っていくナデシコ二次創作、
をみんなで見なさいよ。
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代理人の感想
あーなるほどね、アカツキもアキトの「ファン」だったわけか。
ホシノの方のアキトがホストやらアイドルやらやってたのを考えると中々深いw
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