〇地球・佐世保市内・PMC本社・会議室─ルリ

アキト兄さんとユリ姉さんについての話合いも、ようやく一週したみたいですね。
私達家族関係の以上の情報はそれほどなさそうです。
…しかしパイロット候補生たちは子供っぽいというかなんというかミーハーというか。
はあ、なんていうか本当に疲れますね、アキト兄さんとユリ姉さんがいないと。

「それじゃ、ルリちゃんは何かない?」

「あ…いえ…。
 …ちょっと話しづらいことしかないので、いいです」

「え?
 このみんなにも?」

私は小さく頷きました。
…アキト兄さんがクローンだとか、前世の記憶がどうだとか、
多分この中だと私しか知らないと思います。知らなくていいとも思います。
ちょっと、あまりにも危険すぎる話題です。
…このあたりの事を詳しそうな人物はいますが、ここには居ませんし。

「…ごめんね、アキト。
 こういうこと言うと、ちょっと心配させちゃうだろうけど…。
 アキト君も、色々あったみたいなの」

「…いや、いいよ。
 ホシノの妹のルリちゃんが言うなら確かなことだし。
 ユリカも少しは事情聞いてても、ためらうなら言わなくてもいい」

…テンカワさんはユリカさんと私を気遣ってくれたようです。
こういうところ、ちゃんとしてる気はしますね。
鈍いテンカワさんでも。

「ま、いいじゃないの。
 それにそろそろ…」


ばたん!

「眼上、ごめん。
 遅れた!」

「お邪魔するわよ」

「ラピス、それにエリナさん…どうして」

私は急に入ってきたラピスとエリナさんにびっくりしました。
…確かにこの二人は事情を詳しく知って居そうですし、
呼びたいと思ったところではあるんですが。

「ルリ、アキトの事で私が出ないわけにはいかないよ。
 今回の招集は私がかけたんだもの」

「ラピスが?」

「ほんっとに一途なのよ、この子は。
 特に頼りになるから、話を聞いてちょうだい。
 あ、私もネルガル側の人間として参加させてもらうわ。
 アキト君の活躍いかんでネルガルの命運も決まるからね」

まあ、ラピスがアキト兄さんに心底惚れ込んでいるのは周知の事実です。
彼女が招集をかけて、この会議をスタートしたというのは事実のようです。

「私とラピスはここに向かう途中、
 一応ここまでの会議を眼上プロデューサーに送信してもらっていたの。
 話せるところまではちゃんと私達が、
 アキト君たちのことも、いろんな事情も話してあげるわ」

「でも秘書が肩入れする理由はそんなに…」

「あるよ。
 だってエリナはアキトと付き合ってたことがあるんだもの」



「「「「「えええ~~~~~~ッ!?」」」」」


ラピスの発した衝撃的な事実に、会議室が激震しました。
…あ、あのとぼけてて、ユリ姉さん以外にまったく興味がなさそうなアキト兄さんが!?
芸能界に居てもまったく不倫騒動やらなんやらはなかったのに…。
いえ、恋愛なんて別に何回しててもおかしくないらしいですし、
そういう意味では意外ではありません。みんなは意外だったみたいだけど。
…なにしろ、私とユリカさんはアキト兄さんがネルガルのモルモット同然だったことを知ってます。
にも関わらず、ネルガルの会長秘書と関係があったというのは意外の極みです。
思わず私も声が出てしまいました。

「ラピス?!
 なんでそういうこと言っちゃうわけ!?」


「えー隠すことでもないんじゃない?
 この人達、きっと言いふらさないから」

「だからっていう必要ないでしょその情報は!?」

「いるよ。
 だって言わないとユリが私を見れない間、
 アキトに関係のあるエリナが見てくれたって分からないと、
 ユリは薄情者になっちゃうじゃない。
 …あ、でも今度はアキトが薄情者かな」

「…はぁ。
 も、いいわ…。
 一応表明しておくけど、彼とはちゃんと別れたから。
 彼とはもう何にもないわ」

「で、アカツキと付き合ってるんだよね」



「だからなんで私のプライバシーを守ってくれないの!?」




「だって私、ハッカーだし。
 みんなのプライバシーなんてあってないものだよ」

エリナさんは、机に突っ伏しました。
…この人意外と面白い人なんですね。

「あ、そうじゃなくても私はアキトの視界と聴覚を見れるの。
 眠っている間限定だけどね」

「え?ラピスちゃんそんな事できるの?」

「ひょっとしてエスパー?」

「そんなところかな。
 なんていうの?
 ちょっとした治療の副作用?
 とにかく、後で詳しく教えるから」

「おいおいおい…」

「これは…」

「今日の招集も、アキトが戻って来ないのが分かってたから、
 アキトが居ない間にみんなで集まって情報を共有したかったからなの」

みんな驚いています。
それはそうでしょう、そんな超常現象、超能力なんてなかなかありませんし。

「でも実際今日はアキトとユリは来ていないでしょ?
 あの堅物二人が連絡もなしに。
 お休みとは言っても、
 緊急時の事があるから会社にはいつもいるのに」

「…そういえばそうだね」

「昨日はかなり熱い夜だったのよ」



ざわっ。




「っていうかあの二人…日が昇るまで続けてたよ」

「「「「………」」」」

ラピスの爆弾発言で、みんな顔が真っ赤です。
私も例外ではありません。
あの奥手そうなアキト兄さんが、朝まで…。
そ、想像してはいけませんね。
私はまだ少女ですし…。


パコーン!



「あいったい」

「いい加減になさい!!」

「ぐう…エリナひどい」

エリナさんがどこから取り出したのか、ラピスの後頭部をスリッパで強打しました。
…これはあなたが悪いですよ、ラピス。

「いいから不要な情報を広めないの!!」

「だって二人が、社長と会長の癖に連絡のひとつもしないのが悪いんじゃない。
 それに私だって覗きたくって覗いてるわけじゃないの。
 寝てると見えちゃうんだからしょうがないでしょ。
 せっかくならアキトの裸のほうが見たいのに、見えるのはユリの裸ばっかりだし!!
 これくらい八つ当たりしないと気が済まないよ!!」

…か、過激なことを言いますね、ラピスは。
何というか、便利なのか不遇なのか分からない超能力ですね。
…アキト兄さんも気を遣ってあげないといけないでしょうに。

「……あ、しまった。
 
 アキトが寝ている場合は、
 アキトからも私の視界と聴覚が丸見えかもしれないんだった」






























『機動戦艦ナデシコD』
第二十七話:Disclose-暴露する-































〇地球・東京・某所・ホテル─ホシノアキト


「うわああああああああ!?」



「ひゃっ!?」


俺は深く眠っていたが…ラピスの視覚と聴覚が見えて、つい目覚めてしまった。
隣のユリちゃんも起こしてしまったか…。
もう昼…か。
それにしても…ラピス、お前どこまで話してるんだ。
エリナ、頼むからうまく止めてくれ…。
いや、しかし先に佐世保に戻っているとは思わなかった。
俺達を案じての会議だろうけど…ま、まあいい…。
俺達も佐世保に戻ろう…。

「ど、どうしたんですアキトさん!?」

「あ、あ…なんでも…ないよ…。
 ラピスが先に佐世保に向かってて、色々話し込んでるみたいなんだ。
 ……俺達もそろそろ佐世保に戻ろうか」

「……嫌です」

「…え?」

ユリちゃんは珍しく、俺の提案を拒否した。
嫌って…言われても…。

「…嫌っていうか、腰が抜けてて動けないんです。
 アキトさんのせいなんですから、
 力が入るまで休みますから、しばらく一緒に居て下さい…」

「ご、ごめん…」

「い、いいです…いっぱいかわいがってもらいましたし…」

ユリちゃんは恥ずかしそうに目線を反らして頬を赤らめている。
……いかん、盛り上がりすぎて加減できなかったのが響いてしまったか…。
目を潤ませているユリちゃんに従うしかない状況だ…。

「お水持ってきてください…喉カラカラです…」

「はい…」

俺は小さく頷いて、ベットから立ち上がって、備え付けの水を取りに歩いた。
…エリナが居ればとりあえず致命的なところは言わないでくれるだろうけど、
精神的なダメージがすごいなこれ…。
……恨むぞ…ラピス。























〇地球・佐世保市内・PMC本社・会議室─ルリ

…先ほどまでのラピスの連続爆弾発言で、エリナさんはうなだれています。
これくらい協力的なまま別れたなら、色々あったんでしょう。
アキト兄さんもやっぱり人の子だったということです。

「そんなわけで、自己紹介とかしないでもいいよ。
 私はみんなのことを良く知ってるもん」

「…スゴい子ですね、ラピス」

「えっへん。
 あ、ルリ、後でまた話そ?」

「いいですよ。
 私も年が近い子との付き合いがあまりありませんし、
 この間ちょっと話しただけでは物足りなかったんです」

「やった」

「…なんか普通の子供らしさが同居してるのがすごいな」

ラピスはさっきまでの策士ぶりが嘘のように明るく私を見てくれました。
…そういえばアキト兄さん同様、ラピスもクローンのようですが…。
彼女も戸籍の登録時から起算すると、実年齢は4歳です。
それなのにエリナさんを丸め込む話術を持っている…。
何か彼女も大きな秘密があるのかもしれませんね。

「おほん。
 そろそろ本題に戻るわよ。
 これまでのアキト君の軌跡だけど…。
 ラピスちゃん、早速で悪いんだけど私がスカウトする前のアキト君について、
 少し話してくれる?」

「うん。
 あ、それと…ちょっと話している内容に、
 食い違いがあるかもしれないけど気にしないでね、
 テンカワ、ユリカ、ルリ。
 …アキトは嘘はついていないけど、ちょっと話せる範囲が限られてるから、
 割愛している部分がたくさんあるせいで食い違うだけだから。
 今回も伏せなきゃいけないことがたくさんあるけど許してね。
 みんなも、一応これが公式見解だと思ってもらって構わないから」

眼上さんが会議の再開をラピスに促すと、
ラピスは捕捉するように私達に注意をしました。
…まあ、食い違うでしょうねそれは。
話した相手のそれぞれの立場に合わせて分かりやすく話しているはずです。
隠すべきところが多すぎますし、事情が複雑すぎますし。いろいろと。

「まず、アキトの恋愛関係について。
 あ、ちゃんと関係あるからしっかり聞いてね」

…パイロット候補生の子たちは聞き耳を立ててます。
もしこれがマンガだったらダンボの耳になってそうです。

「数年前、アキトはエリナの前にもう一人、
 婚約するくらい好きだった女の人がいたの」



「「「「「ええええーーーーっ!!?」」」」」




…再び衝撃の事実ですね。
これではアキト兄さんが意外と気の多い人という風に思われても仕方がないです。
仕方ないおにーさんだこと。
テンカワさんとユリカさんとさつきさんだけはその言葉を受け入れています。
アキト兄さんとユリ姉さんからこのあたりの事情を聞いているのかもしれません。
…ユリカさんはともかく、テンカワさんやさつきさんもっていうのは意外ですけど。

「…でもね、悲劇が起こったの。
 二人は木星トカゲに襲われて…重体に陥って意識不明の状態が続いたの」

「ちょ、ちょっと待ってくれラピスちゃん!?
 数年前の事なんだろ!?
 木星トカゲは…」

「…そうだよ、公式的に攻撃をしてきたのは一年も前じゃない。
 でも…だからといって、威力偵察もなしに攻撃してくるかな?
 それに…みんな一度は考えたけど、
 そんなことないって否定してる…推測。
 あるでしょ?」

…私は息を飲みました。
ラピスが言おうとしている事は…私達の生き方すらも変えかねないことです。

「…まさか」

「そう、木星トカゲは人間なのよ」



「「「「「「!!!!」」」」」」」




…ラピスが知っているのは当然かもしれません。
彼女が凄腕のハッカーであるというのは私も知っています。
ミスマル提督の危機を救ったのは彼女が軍の書類を見つけたことが起点です。
軍の書類を見ることが出来るなら、それくらいは知っていて当然かもしれません。

「…ま、機械なんだから作ってる人がいるのは当たり前って事。
 アキトはそれを暴こうとして、逆襲されて死にかけちゃったの」

「あのホシノが!?」

「テンカワ、意外かもしれないけどアキトもその頃はまだ弱かったの。
 あの頃は今のテンカワともそう大差なかったんじゃないかな」

「うそー!」

…ラピスの発言で、アキト兄さんがテンカワさんと関係がありそうな気がしてきました。
ま、まあいいです。続きを聞きましょう。

「その時の傷が元で、アキトは一時的に五感を失っていたの
 で、私はその治療を手伝ってて、このエスパーみたいな能力もその時の後遺症。
 
 アキトは五感を失って生き残ったけど…でもね、アキトの婚約者は死んじゃったの。
 意識が戻らないままね…」

…再び、みんなが息を飲みました。
事情を知っている私達も、ラピスの沈痛な面持ちに黙り込んでしまいました。
…そんな事が。
そうなるとラピスの立ち位置もちょっと謎が増えますけど、すべて聞き終わりましょう。

「…それからしばらく、アキトは木星トカゲに復讐するために、必死で鍛えたの。
 ネルガルのシークレットサービスに鍛えられて…。
 木星トカゲの来襲に備えてパイロットになるための訓練もしたの」

「ちょっと待ってくれ。
 そうなると木星トカゲとの戦争状態ってのは、
 予測できたことになるだろ。
 それは…」

「マエノ、良いところに気がついたね。
 …そう、ネルガルも、連合軍も、政府も、すべて気づいていた。
 彼らの正体は…とにかく人間。
 詳しい事はまだ言えないけど、ちゃんと地球の関係者だったのは事実だよ。
 でも、それを握りつぶしていたの」

「ホシノはそれを許しちゃいけないって思ったのか…」

テンカワさんはアキト兄さんがそれをうまく暴こうとした事実に気がついたようです。
その頃のアキト兄さんは不正を暴くために戦おうと…なんか今とは違う方面で無鉄砲です。
…どっちかっていうと、テンカワさんみたいです。

「そうだよ、テンカワ。
 アキトは自分の婚約者と共に、
 木星トカゲが戦争を仕掛けるつもりだと暴こうとした。
 
 でも事情を知る身分の高い人は木星トカゲを大した勢力じゃないと思って、
 戦争を起こしてから何とかしようとしたの。
 
 戦争って、いろんな人が得をするようにできているの。
 だから損をしないような状況だったらゴーサインを出しちゃうよ。
 
 軍人は武勲を立てて出世の道を開き、
 タカ派の政治家たちは軍備の増強をする口実を得て力を増し、
 企業は戦争特需でうるおい躍進する。
 
 それを阻止しようとする人が居たとしても…権力があれば握りつぶせてしまうの」

…ラピスはかなり博識ですね。
こんなに端的に、戦争の起こりを説明してしまうなんて。
士官学校を出ているユリカさんは深く何度もうなずいていますし、
みんな小さなラピスの口から出てくる言葉に、びっくりして固まっています。

「もっとも、アキトの場合は、地球のほうからはマークされなかったけど…。
 木星トカゲと、木星トカゲに与する地球の企業の方に挟まれてしまったんだけどね。
 この時点で木星トカゲのほうも勝てると踏んで、妨害するアキトを殺したかったんだよ。
 
 で…こっからはアキトの強さの秘密にも関わることね。
 
 …アカツキの父親の当時のネルガルの会長は、
 そのアキトを利用して、木星トカゲとの戦争を利用して躍進を目論んでいたの。
 優れた兵士、優れたパイロットの作り方を研究するために。
 試作のナノマシンを大量に投与されたり…過酷な訓練をさせられたの。
 アキト自身も、木星トカゲに対する憎悪を糧に強くなっていった」

「…なんてヤツだよ」

「落ち着いて、テンカワ。
 その会長ももう死んでいるし、
 アカツキはそのアキトを助けようとしてくれたんだから。
 あの二人、喧嘩はするけど憎み合っているわけじゃないから大丈夫」

…テンカワさんは納得できてないみたいですね。
仕方のないことです…。
私も結局、ネルガルの前会長に人生を狂わされている方ですし。
…本当、嫌。

「エリナはその時、アキトを支えてたの。
 私と一緒にね。
 私もネルガルに拾われた孤児の一人で…色々恵まれない人生だけど、
 二人に出会えて、一緒に生活してこんなふうに明るくなれたんだから」



「ええっ!?
 同棲経験あるの!?」




「え、ええ…」

ユリカさんの問いに、エリナさんは顔を真っ赤にして頷いています。
…事情が事情とはいえ、すごい流れですね。
ラピスが二人に懐いているのも良く分かるというものです。

「で、ネルガルの会長が死んだ後…。
 会長の座についたアカツキはアキトを助ける為に八方手を尽くしてくれたの。
 それで特殊なナノマシンを導入して、
 私のサポートなしでも何とか生きられるようになったの。
 五感の、特に味覚を失っていたアキトは、すごく喜んだの。
 …私の補助じゃ、
 辛うじて機器や特殊な装備を付けて常人と同じ運動が保証できる範囲だったから。
 
 それでなんとか完全に立ち直ったアキトは、
 コックになる夢をもう一度目指し、自分の人生を取り戻すことを決意して、
 戦争を終結させる方法を探るために、ネルガルを出ていったの。
 ネルガルの用意した里親に引き取られて、名前も変わったしね。
 
 木星トカゲを憎むのは完全に辞めたわけじゃないけど、
 木星トカゲだけを滅ぼしても、地球だけは隠蔽の罪を負わずに一人で得をしちゃうから、
 戦争を終結させて、隠蔽の罪を明らかにしないといけないって思ったの。
 
 ちなみに…私もその後しばらく、アキトの感覚補助の治療を手伝った影響で、
 後遺症が災いして数年眠り続けていたの。
 エリナはアキトに気にしないように言って、私を見てくれていたんだよ。
 
 あ、勘違いしないでね。
 
 私も当時はIFSの研究のモルモット扱いだったけど…。
 でも、アカツキとエリナに助けて貰って、外に出られたの。
 二人に大切にしてもらってきたよ。
 
 もうすぐ退院して、アキトともまた一緒に暮らせる。
 まだ普通の暮らしとは言えないけど…とっても幸せなの。
 だから、気にしないでね。
 
 …アカツキもエリナもアキトも責めないで、お願いね」

小さく、すすり泣きが聞こえます…目を潤ませている人も結構います。
アキト兄さんの戦う理由を詳しく知っている人は多くない。
「対人戦闘を禁ずる会社」そして「民間企業で軍に属さない」というこの特異な会社…。
PMCマルス設立という会社がどうしてこうなったのか、分かる気がします。

アキト兄さんの目標は『できる限り穏やかに戦争を終わらせる』事であって、
『戦争に勝って相手のすべてを奪い去る』事ではないんです。

そうするためには今のやり方が一番良いということなんでしょう。

すべてを奪われる気持ちが分かる…。
だからこそ人を殺したくない。
そしていつか木星トカゲを人間だと暴いて、戦いを止める。

…ただ、それをアキト兄さんが直接するというのは、
さらに危険が迫りそうではありますけど。

…それにしても、ラピスは…うらやましいくらい可愛く笑う。
私よりずっと辛い実験を受けたけど、大切にされたのが良く分かる。
私はあんな風に笑えないから…。

「…だけど、そうなるとアカツキ会長とずっと協力しててもよかったんじゃ?
 どちらかっていうと最近までいがみあってた感じがしたんだけど…」

「それはそうだよ。
 アカツキだって会社の事も背負っているわけだし、
 戦争の利益が欲しくないわけじゃない。
 アキトを助けたのだって、
 最初は会社の利益を損なわないようにって思ってた部分もあるんだよ。
 矛盾してるように見えるだろうけど、どっちとも本気だったの。
 
 それに、木星トカゲを憎んでいたアキトを知っている。
 だからこそ、恋人を殺されても木星トカゲを殺さないつもりでいた、
 自分の気持ちを殺して優しく生きようとしているアキトを批難していたの。 
 アカツキはアキトを本気で想っていたから……でもこの間、それも終わった。
 だから、もう一緒に前に進めるんだ」

「…でもその話だと、ユリちゃんが出てこないよ。
 ユリちゃんと結婚したのはどうして…?
 だってそれならエリナさんと…」

ユリカさんの問いももっともです。
つながらない点がたくさんありますが、それは特に気になります。
流れからすればエリナさんと結ばれて良いはずです。

「…それはもうちょっと複雑になるの。
 まず、アキトの婚約者していた女性は…ユリが姉のように慕っていた人。
 しかも顔や性格がユリカによく似ている人なの」

「えっ?私に?」

…また意外な新事実ですね。
しかしまあ、なんていうか似たような人が次から次へと。
私もユリ姉さんに似ているのが不思議ではあるんですけど。
もしかして『類は友を呼ぶ』ってやつ?

「ユリカと初めて会った時に、アキトとユリ、泣いてなかった?
 …二人とも、思い出しちゃったのよ。
 嬉しかったと思うよ。
 違う人だと分かっていても、実の姉が、姉と慕ってた人にそっくりだったのは。
 アキトが、ユリカとテンカワと引き合わせたのと同じような事が起こったの。
 
 で、それは置いといて…。
 
 アキトとその婚約者が死んだと思い込んでいたユリは、
 何も知らないで生きてきたけど…ある時、木星トカゲについて気づいて調べ始めたの。
 その最中で、五感を失って復讐の鬼のようになったアキトと再会した。
 もちろん、ユリは愕然とした。
 何とかしようとしたけど、無理だった。
 
 でもね、ユリが婚約者の妹であると気づかれて、木星トカゲに誘拐されかけて…。
 
 アキトは辛うじてユリを助けて、追撃を断ち切って、なんとか守りきったの。
 …その時、ユリはアキトに告白したの。
 婚約者を裏切ることになると分かっていても、アキトが好きなんだって…。
 
 彼女の分まで一緒に生きてほしいって…」

…もう、私も涙がこぼれてきました。
アキト兄さんとユリ姉さんの葛藤が、手に取るように分かります。
それでもなお、間違っていると分かっていても……好きなのをやめられないんですね…。

「…私もね、アキト君の事は好きだったけど、
 お互いにちょっと勇気が足りなかったの。
 だから、別れることにしたけど、ラピスも意識が戻るまでは見ようと思って。
 それくらいは私も責任を負ってあげないと、って」

「ありがとね、エリナ」

…エリナさんもまだ成人して間もないくらいなのに…色々苦労してきたんですね。
でも、とっても柔らかく笑う人です。
やっぱり愛情深くて心根がすごい優しいんでしょうね。

「…ぐすっ。
 アキト君…辛すぎる生き方をしてきても…。
 いろんな人に助けられて立ち直れたんだね…」

「…うん。
 最後に、みんなにお願いしたい事があるの。
 助けてもらうついでで、悪いんだけど…」

ラピスは全員を見ました。
ほとんどの人が涙を零す中、ただまっすぐに。

「ここまで聞いてもらったのはこのお願いがしたかったから。
 …アキトはね、もう体が持たないかもしれないの」



「「「「「「えっ!?」」」」」」




…そうです、アキト兄さんは常人だったら致死量のナノマシンを体内に保有しています。
かといってナノマシンをすべて取り除けば五感を失う…。
そんな状態の板挟みです。

「度重なるナノマシンの投与で、あと何年生きれるか分からないの。
 たぶんあの大食いもナノマシンの保有量がけた違いだから起こる事だと思うの。
 ひょっとしたら明日死んでしまうかもしれない。
 でもひょっとしたら10年後も普通に生きて居られるかもしれない。
 …アキトを何とか助けたいの。
 ナノマシンがないとまた五感がダメになっちゃうかもしれないし…。
 アキトを治せる可能性があるのは、火星に居るナノマシン研究の専門家だけなの。
 
 …だから、アキトは火星を目指すしかないの」

全員、唖然としています。
当然です。
火星はほぼ絶望的な状態です。
その火星に賭けなければならない…アキト兄さんの状況。
それを聞いて、パイロット候補生たちは震えてしまっています。
辛うじて普通に戻れたはずのアキト兄さんが危機に陥っている…。
神は居ないのか、と言わんばかりの表情です。
…ま、神が居るなら私ももうちょいマシな人生だとおもいますけどね。

「火星に…行くのか?」

「うん」

「テンカワ君、ここからは私が話すわ。
 ネルガルの方針のことだし、協力会社であることだしね。
 
 ネルガルは、戦艦ナデシコで火星を目指すわ。
 
 火星に取り残された人の救出、そして研究データの回収。
 …そしてアキト君を治すことの出来る研究員の発見を目的としてね」

!?
わ、私も何気に巻き込まれてたんですか?!

「…行きます」

「ユリカ!?」

「私やお父様の為に戦ってくれた…。
 ユリちゃんとアキト君を火星に連れていきます!」

「ミスマルユリカ、あなたならそう言ってくれるって分かっていたわ。
 ホシノルリ、あなたはどうするの?」

…意地の悪いことを言いますね、エリナさん。

「…行くしかありませんよ。
 私、ユリカさんもユリ姉さんも、アキト兄さんも、
 亡くしたくありません」

「よろしい。
 それじゃ、PMCマルスのみんなは?」

「…俺も行く。
 俺は火星出身だ。
 火星があれからどうなったのか、知らなきゃいけないし、
 生きてる人がいるかもしれないなら、助けたいんだ」

「アキト…」

テンカワさんまで手を挙げるとは意外です。
…パイロット業はそろそろやめたいって言ってましたけどね。
それでも、トラウマを克服したのもあって挑んでみたいんですね。

「…うーん、ゴメン。
 俺とシーラは行けないな。
 まだ小学生になったばかりの子もいるんだ。
 両親が戻ってこないことには…」

「いいよ、マエノ。
 どっちみちPMCマルスは地球に必要だし、
 エステバリスの訓練業務だってまだ必要だから」

…なるほど、プレッシャーを与えてふるいおとすというよりは、
チーム分けをするために実際のところを知っておきたいんですね。

「眼上は?」

「私はそろそろ抜けるから、パスね。
 宇宙に行くなんて楽しそうだけど、人が少ない場所じゃ役に立てなさそうだし」

「ナオは?」

「…うーむ、アキトについていきたいのはやまやまだが、
 ボディーガードが宇宙で必要とは思えん。
 白兵戦の機会も少ないだろうしな。
 地球に残って、社屋を守ることにするよ」

「そ。
 パイロット候補生のみんなは?」

「うっ、あっ、えっ?
 そ、そうね…アキト様のためだし、
 たとえ火の中水の中だけど…」

「…ただでさえ、アキト様を追いかけてるせいで、
 親にうるさく言われてる方だし、
 行けそうな子だけになっちゃうかもね…」

…そりゃそうでしょうね。

「じゃ、一応親御さんと相談してきてね。
 どっちみちナデシコに乗っても乗らなくても、
 ちゃんと役立ってもらうことには変わりないし。
 気にしなくって全然いーよ」

「それじゃ、ナデシコ行きになる人には改めて連絡するからね。
 …ま、それも近々になることになるでしょうけど」

?エリナさん、含みの有りそうな言い方をしますね。
何か関係がある事なんでしょうけど。



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



そして会議はぴったり13時に解散しました。
テンカワさんとユリカさんはデートに出ていって、
ナオさんは散歩に出かけて、
眼上さんはテレビ局の人に会いにいってて、
パイロット候補生はいつも通りアキト兄さんのビデオ鑑賞。
…今日は涙を抑えきれなさそうですね、パイロット候補生のみんなは。

私はラピスとエリナさんと、アキト兄さんの部屋に集まっていました。
また少しだけ、ラピスと話をしたかったからです。
ただ、ラピスも退院手続きがあるのであまり時間は取れないのですが…。
それでも、結構楽しいものです。
最後に、疑問だったことを聞いてみました。

「どうしたの?」

「…一応、ラピスの話はすべて本当だと思います。
 ただ、どうしてもいくつかひっかかる事があるんです」

そう、私の引っ掛かりは事実の食い違いではないんです。
私がアキト兄さんに問い、前世の事…と話された事と同じです。

年数が合わないんです。

先ほど、話が通りやすくなるように嘘を混ぜた事に気がつきました。
所属していた研究所、そして研究所のデータから考えると、
ラピスは孤児ではなく、アキト兄さんと同じくクローンであるはずです。
ラピスが4歳と仮定するなら、
数年前にあった出来事が少なくとも1歳の時点で起こることになります。
同様に、アキト兄さんは9歳でありながら前世の記憶で色々出来る、というのはぎりぎり納得できます。
しかし1歳ではどう工夫しても動けるようにはなりません。
…脳の移植でもしないかぎりは、絶対に。
……この点を二人に質問しました。
アキト兄さんには前世の記憶あると聞いた、ということも伝えて。
すると…。

「さすがルリ、アキトからその言葉を引きだせたなんてすごいね」

「…アキト兄さんみたいなことを言わないで下さい」

「うん、話してもいいよ。
 でも一個だけ謎を解いて…ピースランドに行ってからにした方がいいと思うよ」


なんでピースランドの事が出てくるんでしょう。
いえ、それは置いといて…。

「一個だけ、ってどんな謎です?」

「一応ユリが解けた謎だよ。
 今のルリが知っている内容や前提条件はほとんど変わらない状態で、ちゃんと解けたよ。
 今までの話で、疑問点が必ず出るはずなの。
 答えが分からなくても、疑問点を聞けたら教えてあげてもいいよ」

…意地の悪い質問ですね。
答えを見つけるより難しいかもしれません。
ユリ姉さんが解いた謎ですか……中々に難儀ですね。

「…ごめん、ラピス。
 私は解けないみたい」

「なら、ピースランドにお手紙書いたら?
 その間に何か気づくかもしれないよ」

…まあ、確かにナデシコの研修も終わりに近づいてますし、いいんですが…。

「…とりあえず行きます。
 でもこの謎はしばらく解かない方がいい気がします。
 ラピスの笑顔を見ていたらちょっと不安になってきました」

「あー!ひどーい!」

これはほとんど直感ですけど…。
この部分を知るというのは、私の人生の方向性を完全に決めてしまうような気がしました。
いえ、ラピスが『ピースランドに行ってから』と言ったせいもあります。
つまり、少なくとも将来が関わることを良く知ってから聞いた方がいい…。
そういう忠告を含んでいるようにすら思います。

なら、焦って知る必要はありません。

…別に戦争が終わってから聞いたってかまわないんです。
積極的に言おうとしないことを聞かれる辛さは分かりますし。
信頼がおける人が増えて、私もかなり余裕が出てきたようです。
出会ってそんなに経っていないのに、私はラピスを妙に信頼しています。
ユリ姉さんも、アキト兄さんも、ユリカさんも。
まるで一緒に育ったことがあるかのように、懐かしくて、信頼しています。
…本当に不思議な人達。

「くすっ。
 ラピスはあんなとんでもないことを言いだしておいて、
 こんな顔が出来るなんて、普通の女の子でもあるんですね」

「そんなの、ルリだってそうだよ。
 ちょっと突っ張ってるだけで普通の女の子じゃない」

……私が?
育ての親に冷たくされて、つられて性格が冷たくなった私が?
不愛想なガキ、機械的、コンピュータのオプション、と言われ続けてきた、私が?
呆然としている私に気づいて、ラピスは続けました。

「ルリ、どこで誰に何を言われて来たか知らないけど、
 私やアキトやエリナ、ユリ、ユリカからは普通の女の子にしか見えてないよ。
 周りに比較対象がなさすぎて自分で分からなかっただけじゃないの?」

……ラピスに言われて、初めて気づいてしまいました。
私が育つ途中で、一緒に居た子たちは私と似たような子が多かった。
育って施設を出た後はそもそも同い年の子がいなかったですし。
ユリカさんやユリ姉さんに、寂しがりと見抜かれたり、子供扱いされたりしたし…。
想像以上に見る人がみれば子供っぽかったのかもしれません。

…ひょっとして、私って結構自分が見えてないタイプの、バカ?

「ま、いいんじゃない?
 今度は別の比較対象を見に、ピースランドに行って来れば」

「…言ってくれますね、ラピス」

「ごめん、ちょっと偉そうだったかな。
 …実を言うと、私だってルリが居るといろんな事に気づくんだよ。
 私に足りない所や、自分の良いところや可愛いところにだって気づけるようになるの。
 だから、ルリ。
 ピースランドに行っても、必ず帰ってきてよ?」

「…そうですね。
 もしピースランドと家族を気に入ったとしても、一度お別れを言いに来ます。
 そんな事、あり得ない気がしますけどね。
 こんなに良い年の近い、面白い姉妹が居るのに、もったいないですから。
 ユリ姉さんとも、ユリカさんとも…もっといろんなことを知りたいんです。
 アキト兄さんも助けたいですし」

…私は正直、ピースランドに期待をしていません。
お金が有り余っている人というのは、傲慢になるか極端な能天気になるかどっちかです。
かといって、育ての親みたいに金にがめつい人もゴメンですけど…。
でも、ユリ姉さんが言う通り…実の親を見れば色々分かることがあるのかもしれません。
それに期待しましょうか…。

「…うん、それなら絶対また会えそうだね」

「ええ。
 帰れなさそうな時は、アキト兄さんと一緒にお迎えをお願いしますよ。
 またカゴの中の鳥になるのはゴメンです」

「うん、おっけおっけ」

ラピスは私に小さくハイタッチして約束してくれました。
軽い約束に聞こえるのに、スゴい信頼できる子だと感じさせてくれます。
…本当に不思議です。
静かで姿かたちも全然違うのに…時々ユリカさんやアキト兄さんと同じ雰囲気を感じますし。
血縁関係はないはずなんですけどね。
…いえ、それ言ったら私とユリ姉さんもなんですけど、ね。























〇地球・高速道・ハイヤー車内─エリナ

「…ねえ、ラピス。
 大事な事を話せたとは思うわ。でもあそこまで話さないといけなかった?
 あれじゃ後を引くわよ」

私は車を自動運転に切り替えて、東京に戻るために高速道をまた走らせていた。
…ほとんど全部話したようなものじゃない、あれじゃ。
まあ、私も半端に隠すよりはしっかり話した方がいいかもしれないとは思ったけど。

「しょーがないでしょ。
 何をどうやってもテンカワとユリカとルリはそのうち不自然なところに気づくよ、きっと。
 いくら別の人間に生まれ変わったとはいっても、
 結局同じ性質を持っているし…色々敏感に気づかれる可能性がある。
 だったら、ほとんど全部話すくらいのほうがよっぽどマシよ。
 その方がまだ覚悟ができていていいって思うの。
 それに何か疑惑をもたれてから全部話したって疑われちゃうかもしれないでしょ」

…それはそうだけど。
 
「だってアキトなんて今までボロを出さなかったのが不思議なくらいなんだから。
 あんなボケボケしてると思わなかったよ。
 ま、ボソンジャンプでこの世界に来た事自体は隠し通せるかもしれないけど、
 それに付随する疑惑が膨らんだらアウト。
 みんなは優しいし、アキトが純真すぎるから今は信じてくれるだろうけど、
 アキトの現在への道筋が分かりやすくなっていたら確実についてきてくれると思ったの」

「でも、それって彼らの人生を歪めるわよ」

「とっくに歪めてるでしょ。
 彼らの人生どころか、全人類の人生を歪めてるかもしれないのよ。
 アキトたちは良かれと思ってやってるけど。
 …過去と同じに進めてたら、
 木星トカゲに何も知らないで殺されてたかもしれないんだから、
 それよりはよっぽどマシよ」

…ドライすぎる考えだけど、反論できないわ。
どう動いても私達の行動は他人の人生を左右するもの。
多くの人間が助けられる可能性は出てきたけど、
死ななくて良かった人間が死ぬ可能性もある。
…パイロットを増やすというのはそういうことだし、
エステバリスが広まるのは良い結果を産むけど結局誰かが死ぬ。
……分かっては居るけど、辞めるわけにも行かないことばかり。

「それに、パイロット候補生の子たちはちゃんと事情を知っとかないと、
 カルト宗教かアッパーなテロ組織みたいにニコニコして死にに行きかねないんだから。
 戦争について、命について、真剣に考える機会が必要だと思うよ。
 しちゃいけない、って消極的な答えだけじゃなく、
 どうするべきか、何をするべきかを考えないと。
 …それに、死ぬかどうかは分からないけど命を賭けさせるのよ。
 死ぬ時、納得して死ねないと可哀想よ」

…一見矛盾している言いようだけど、言いたい事はわかるわ。
彼女達が軽率に死を選ぶとアキト君への負担が大きいばかりじゃなく、
一人特攻でもしようものなら、連鎖的に特攻をしかねない。
もっともおめでたい思考回路している子たちではあるけど、
それなりに彼女達は彼女達で考えていると思うけどね。
…後半は言わずもがなね。
ラピス自身もリンクでアキト君を知り、
命を賭けるに足る人物とアキト君を評価しているからここまでできる。
相手が死ぬほど好きだからと言って、本当に死ぬかどうかは別だもの。

とはいえ、ラピスがここまで考えてきていたとは思わなかったわ。
何しろこの世界に来る前のラピスは消極的で、
アキト君を案じたりはするけど相手の気持ちや動きを先読みするほどは出来る子じゃなかった。
色々先んじて動くのも、積極性も段違い…改めて驚かされたわ。
元々アキト君と思考もリンクしてしまうこともあって、裏での成長はあったんだろうけど…。
この世界に来てからの知識の吸収や分析までスゴい領域に来ているわ。
ユリカさんのDNAって本当にすごいのね。

……本当にそれだけかしらね。

ちょっと異常だわ、ラピスのこの判断と知識量。
それに私や、PMCマルスの社員たちに疑いを持たせないほど話すのがうまかった。
アキト君の知識や『黒い皇子』時代の容赦のない考えとも違う。
かといってホシノアキトの人生と重なったアキト君とも違う感じがする。
何しろ今のラピスの年齢は4歳、自我がまだ未熟であるはずだから、
知識量はともかく、重なる人生がないに等しい。
私とアカツキ君の影響だけとは考えづらいし…。
ラピス自身が成長した?…違うわ、それにしては短期間で伸びすぎてる。
明るくなっただけ、判断力が上がっただけ、アキト君への愛情表現が激しくなっただけ…。
そういうところだけならユリカさんのDNAで説明がついてもいい。
けど今のラピスの話し方には、ラピス本人、クローンの肉体のオリジナルであるユリカさん、
そしてラピスが関係した人の『思想』がどこにもなかった。
話してる時のカリスマ性のようなものはユリカさん譲りとしても…それ以外が納得できない。
…どういうことなのかしら。

「…エリナ、やっぱり私ちょっと変かな」

「…変だとは思うわ。
 でも、ラピスが色々気づいてくれてるから私達は何度も助かっているの。
 ……ラピスが自分で自分をラピスって思えていれば大丈夫よ」

「ん、それは自信あるからだいじょぶ。
 ありがとエリナ」

ラピスは安心したように、シートに頭を預けた。
不安はあるけど、アキト君とユリが抜けてる部分はラピスが補ってくれれば、
ひどいことにはならないでしょうね。
…それにラピスもまだ年頃の娘だから、色々大変だし。
アキト君とユリの関係に疲れたら逃げ場になってあげないと可哀想よね。

「ラピス、疲れているなら眠ってもいいわよ」

「ううん、まだアキトとユリがデートしてるかもしれないし、
 ユリの笑顔みるの癪だからもうちょっと起きてる」

…因果な体質よね、ホント。





















〇地球・PMCマルス本社・屋上─テンカワアキト

…俺とユリカは、会議が終わった後、屋上で少し風に当たっていた。
とはいっても、もう日差しが強くて汗が止まらないくらいなんだけど…。
その熱がないと、どうにも心が冷えそうで辛かった。

「…ユリちゃん、そのアキト君の婚約者の人の事があって、
 …重ねてみちゃうと失礼かもって、私に遠慮してたんだね…。
 あんまりお姉さんって呼んでくれなくて、落ちこんじゃってたけど…。
 そんなの全然いいのに……」

「…そうだな」

…そうでなくても、ユリさんも、色々複雑だったんだろうな。
それでもユリカは、自分に妹ができてうれしいんだろうけど。

「ルリちゃんも、ラピスちゃんも、もっと私に頼ってほしいけど、
 みんなスゴい子だから、私…」

「まだ出会って日が浅いだけだって。
 気にすることじゃないだろ」

そもそもあのホシノ家ってのは色々マズい事情を抱えてるみたいだしな。
ネルガルにホシノが引き取られた、ラピスちゃんが引き取られた、となると、
ユリさんもそうだし、そもそもホシノ家っていう家自体が相当怪しい。
ネルガルが準備した、人売りの名義貸し先みたいなものなんだろうな。
ユリさんだけは明確に代理出産されてるっていうのは多少事情が違うんだろうけど。
…ネルガルって危ない会社だな。
そんな会社がPMCマルスと協力会社ってなるとちょっとゾッとしないがな。

「それにね、私は先に聞いてたんだけど…。
 アキト君のことずっと心配なの」

「…そうだな」

ユリカは俺より早くホシノの体の事を聞いていたらしい。
…しかし、あいつ本当に…。

「アキト君がすぐに死んじゃうかもしれないなんて…。
 あんなにカッコよくて、優しくて、強くって…。
 本当に王子様みたいな素敵なアキト君…死なせたくない。
 ユリちゃんを泣かせたくないよ…アキト…」

「…ああ」

「…それにね、私、ちょっと引っかかってる事があるの。
 アキトだけに話すね。
 …ユリちゃん、アキト君の婚約者の事を話した時、

 『その人は囚われで』『取り戻すために強くなったんです』って言ったの。

 食い違いはどうしても出るって言ってたけど…これだけはちょっと、気になるの。
 …重体のまま、意識が戻らないまま死んだって話していたけど…。
 
 アキト君と婚約者の人、本当は何か元々特殊な体質で、
 それを狙われたんじゃないかって思うの。
 
 ネルガルにナノマシンを投与されたって言っていたけど、
 もしかしたら木星トカゲに捕まって何かの人体実験をされたんじゃないかって…」

「…そう、考えることもできるか」

…ちょっと飛躍してるが、あり得ない話じゃないな。
木星トカゲの正体は分からないが、人間であることは確かみたいだ。
そうなると…木星トカゲに捕まって五感を失うほどの人体実験を受け、
ネルガルに拾われて復讐の為に強くなったとも考えられる。
ただ、そこを隠す必要がないとも思うが。
ユリカが疑問に思っているのは、仕方ないとしてもだ。

「でもね、変なの。
 私もここまで思いつくんだけど…でもラピスちゃんが言っていることも事実だと思ったの。
 
 この推測も、ラピスちゃんの言ったことも本当じゃないかって。
 
 …考えすぎだよね、きっと」

「…考えすぎ、だよな」

あいつは秘密が多すぎたから考えすぎるのも仕方ないか。
それにしても状況や内容から言って、嘘じゃないというのは分かるが…。
俺達、本当にあんな小さな子にまるめ込まれてしまったような気がするよ。
…まあ、誰も疑わなかったし、ホシノの秘密が全部つながるからそれも分かるんだけどさ。

「ほらアキト君もユリちゃんも二重人格なところあるでしょ?
 なんかそれが関係してそうな気もするの」

「いや、そりゃ飛躍しすぎてないか?」

いくらなんでもあり得ないだろう。
そんな二つの人生が重なっているなんてことは…前世の記憶とか?
しかも、そんなひどい人体実験を、二回の人生で連続して?
…あり得ないだろう。

「そう、だよね…。
 でもなんか妙に納得できちゃって…」

「…とにかく一緒に火星に連れてってやろうよ。
 俺は大した事出来ないけど…。
 何かと縁があるし、助けたいと思わせる奴だからさ」

「そうだよね!
 それに、アキトとアキト君ってもう兄弟みたいだもんね」



「誰がだ!?」




「だって~えへへぇ。
 私とアキトが結婚したら、アキト君は義理のお兄さんだもんね♪
 それにアキト君の婚約者も私に似てたなんて、運命みたいじゃない。
 やっぱり、相性がいいんだよきっと」

だから俺もお前もホシノともその婚約者とも、血縁関係なんてないだろうに。
しかし…ユリカに言われて初めて気づいた。
………ユリカとの結婚まで考えてはなかったけど、そうだった。
ユリカと結婚すると、名実ともに、あいつの親族に…?



嫌だ!嫌すぎる!!




あんなやつと親族で居たら身が持たん!
ただでさえ静かに暮らせる可能性が低くなってきてるってのに!!
…だが、ユリカとの今日のデートの約束をすっぽかしたら…。
……PMCマルス社内で総スカンは間違いないな。
しかも理由は『ホシノと親族になりたくない』って…。
そこまでいったら総スカンどころか…あのホシノとユリさんを敵に回しかねない。
四面楚歌じゃないか…。

い、いや…一度忘れよう…。

ユリカと…女の子と出かけるなんてそうそうないことだ。
もしナデシコって戦艦に乗って、火星に行って往復する間はそんな事はだいぶ減るだろう。
ユリカとの関係はこれからしっかり考えるとして…ちゃんとデートをしよう。

「…それにね、ちょっとだけ安心したの。
 二人とも仲がいいのは分かるんだけど、会社のこともあって、
 あんまりデートとかしてなさそうで不安だったけど…。
 あ、朝までラブラブだったなんて…」

「……人は見かけによらないよな」

ユリカは顔を真っ赤にして頬に手を当てて悶えている。
ホシノのやつ、芸能人にしては固い奴だからな…人の事言えないけど。
それに趣味はガキっぽいし、ぼうっとしてる奴なのにな。
でも一度動くとなるとすごいんだな…。

「う、うんっ!きっとだいじょうぶ!
 アキト!私たちもデートしよ?
 どこにいこっか」
 
「あ、ああ…そうだな。
 ちょっとATM寄ってから行こうな…」

ユリカ、お前切り替えが意外と早いのな。
しかしPMCマルスの初任給を使うのがユリカとのデートか…。
一応男の甲斐性的には、それなりにいい感じなんだろうが。
ただ…ユリカか…俺にだって選ぶ権利があると思うんだけど…。
いや、別に嫌じゃない。
最近、こいつが気になるのは事実だ。
全然嫌じゃないけど…なんでか恥ずかしい。
…でもなんかホシノも何気にユリカと俺の仲を応援してたよな、二回目の出撃の時…。
社内もいろいろ俺の意思と関係なく盛り上がっててどうしようもないし。

…お、俺の逃げ場っていったいどこにあるんだ…。





















「ないんじゃない?」

ぼそっと、ルリちゃんの声が聞こえた気がした。





























〇地球・ネルガル本社・会長室─アカツキ

僕は軽い検査を受けて一日入院して、昼下がりに退院した。
…けどエリナ君がラピスと佐世保に向かってしまってて、一人寂しく退院した。
そして今は、昨日休んだ分の書類処理と色々な決済を行っていた。
くうっ、遅くなってしまいそうじゃないか。
エリナ君も遅くはなるだろうけど顔を見たいのに、帰れないかもしれない。
くそう。


ぷるるる。



「アカツキだ」

『あ、ナガレ君?
 サヤカだけど──』

「ああ、サヤカ姉さん。
 どうしたのさ」

──内線の相手は、僕の兄さんの幼馴染で婚約までしていた、サヤカ姉さんだ。
僕が新米会長をしていた頃、良く面倒を見てもらっていた。
今はサヤカ姉さんの父親である社長の秘書を務めている。
だが僕はこの世界に戻ってからすぐに、エリナ君を秘書に迎えた。
本当はナデシコが火星から帰還する少し前に交代したんだけど、
今回は事が事だからね、巻き込みたくはなかったんだよね。
まあそのせいで社長とも過去以上に対立しちゃったんだけどさ。

『あの、とうさ──じゃなくて社長が呼んでるわよ。
 18時にホシノアキトの事でいろいろと聞いておきたいって。
 私が代わりに書類の処理は行うから、決済だけ先にして行ってほしいそうよ』

「なんだそんな事か。でも助かるよ」

『そんな事か、じゃないでしょう?
 ホシノアキトはネルガル所属だったことがあるって聞いたけど、
 社長はあんな能力がなかったはずだって気にしていて』

「人間は成長するものさ。
 それに彼は僕の親友なんだから」

『そ、そうなの?』

サヤカ姉さんは意外そうに聞き返した。
ま、それはそうだろう。
この間の決闘騒ぎも社長たちには気づかれている。
しかもこの世界に来てからは、ホシノ君に直接コンタクトを取ったのはたった一回だ。
10ヶ月で一回しか連絡を取らないような関係、普通は親友とは思わないだろうし。

「ネルガルに協力的なのはそのせいもあるけど、
 彼の秘密をネルガルが握っているせいもある。
 …けど一番の理由は、エステバリスの性能が良いって彼が判断したからさ。
 僕達がエステバリスの性能アップを怠らなければずうっと協力してくれる。
 それでいいじゃないか」

『そうね。
 …人は成長するもの…かぁ。
 ホント、人って急に変わっちゃうわよね…。
 …アカツキくんも最近大人っぽくなって、バリバリ頑張っちゃうんだもん。
 ね、アカツキ君、良かったら今夜…』

…これは嬉しいお誘いだね。
何しろ、僕は兄さんの足元にも及ばない才能しか持ってないと思ってた。
サヤカ姉さんにも甘ったれて居た方で、会長職も自信がない中続けていた。
それを隠すために伊達男を気取っていたほうだからねぇ。
…僕も、前の世界の経験があってようやくちょっとは兄さんに追いつけたかな。
でもね…。

「おっと、ごめんねサヤカ姉さん。
 社内でも噂になってる通り、僕はエリナ君をパートナーにするって決めちゃったんだ。
 …ホント、気持ちは嬉しいんだ。
 エリナ君がいなかったら、きっと答えられたんだけど」

『…私を振っちゃうなんてひどいわ。
 昔のアカツキ君だったら、食いついてきたのに』

「昔の僕だったら、そうは言ってくれなかったでしょ?
 ネルガルの会長が務まるくらいの男になってから、って口癖だったじゃない?」

『それだけじゃないわよ。
 女の子のナンパ辞めたって聞いて、驚いてたんだから。
 …本当、別人みたい』

…サヤカ姉さんの事だから一晩だけと約束しても、頷いてくれるだろう。
でも、そうはいかないんだ。
何しろ、僕もエリナ君にはマジになっちゃってるんだから。
そもそもエリナ君も僕の性格は知っているだろうけど、かといって甘ったれると後が怖いんだよね。
彼女に貸しがあると100倍じゃ効かないくらいのお返しを要求されてしまう。
…それが分かってて浮気するほど僕も馬鹿じゃない。

「ふっ、成長して僕も生まれ変わったのさ」

…とはいえ、ちょっと情けないところはあるけどね。
ホシノ君ほどじゃないけど。

…さて、それじゃ社長たちをねじ伏せてやるか。






















〇地球・東京・某所・ホテル─ホシノアキト

さっき、ようやくユリちゃんの腰が戻って…。
食事をとってから佐世保に戻ろうと思って、個室の焼肉店に立ち寄った。
この間のハンバーガーショップの反省からだ。
個室なら多少は周囲の目を気にしないでいいし、食べ放題を選んでコストを抑えるのも多少できる。
…とはいえ、店員さんに周りに気づかれないようにするためにサインとかの約束は必要だったけど。
で、食事が一段落して…。

「…ラピス、ほとんどしゃべっちゃったんですね」

「…うん」

ちょっと良くないかと思ったが、エリナも了承の上で事情をすべて話してしまったらしい。
先ほど、話した内容についてラピスからメールが届いた。
ボソンジャンプの事はさすがに言わなかったみたいだが…これは。

「怒りたい気持ちもありますが…いい機会だったとも思います。
 ラピスの言う通り疑惑が出てから話すよりはマシです。
 謝るなら早い方がいい、疑惑が進んでから言い訳すると失う物が多いってことです」

「うーん、ちょっと耳が痛い」

…エリナの件を許してもらった身としては本当にな。
もしもユリカ相手だったら相当こじれたぞ、あれは。

とはいえ、色々と問題が起こりそうだったのは事実だ。
PMCマルスを放り出してナデシコに乗ると広まると困るし、
火星に行くというのを内々でも話していないとトラブルの元だ。
木星トカゲの正体についても、俺の主張と合わせてうまく話してくれたと思う。
しかしラピス、ここまでまとめるとは…すごいな。

疑惑が進んでから言い訳すると…っていうのは木星戦争の実態にも言えることだ。

木星トカゲの秘密を隠した人たちは戦犯扱いだった。
ネルガルさえもその割を食うことになったからな。
自分の利益の為に隠さずにちゃんと相談する方がよっぽどいい方向に行く。
特に木星トカゲの件については100年前の事件で、戦犯扱いするべき相手がいない状況だった。
地球側が突っぱねなければいくらでもうまくいっただろう。
…まあ、木星側がそこで何かしていた可能性もあるが、真偽は分からんし。

「…それと、アカツキさんからメールです。
 ちょっと手伝ってほしいことがあるみたいです」

「え?何?」

「アキトさんの事で、ネルガルの重役たちに呼ばれたみたいです。
 ま、ここじゃなんですし、歩きながら話しましょう」

…そうだな。
ただでさえ、聞き耳立てている店員さんも居ることだし。
俺はサイン書いたり、騒ぎ立てなかったことに礼をして、店を後にした。
























〇地球・東京都・ネルガル本社─アカツキ

僕は社長に呼び出されて、時間きっかりに会議室に到着した。
雁首揃えてまあ、なんとも情けないことを聞きに僕を呼んだものだね。
いつもの彼らだったら利用できるものは利用するとばかりにふんぞり返っているだろうに。
特に、若い人間はやたら舐めてかかる。
僕に対してすらもそうなんだから、外部の若造に対してはなおのことだ。

その彼らすらも、ホシノアキトというスペシャルな英雄は恐ろしいんだろう。

…いや、この社長の事だ。
親父の相棒だったことから言っても、もっと二手三手先は考えているはずだ。
例えば外部の組織に、ネルガルから出ていった空白の2年で鍛えられたとか、
実は所属していた研究所が、研究内容とは別の内容を研究して、その成果がでているのか、とか。
それならクローニングでもっと数を増やしてしまえばいいのではないか、とか…。

…まあ、このホシノアキトとラピスを作った研究所というのは、
ネルガルの研究の中でもかなり特異で金食い虫だ。
そのせいで資金繰りが昔以上に大変だったんだよねぇ。
過去の世界よりプール金が大分少なかったんだもんねぇ。

損を取り戻してあまりある利益を生む戦闘のプロ、芸能界の星、ホシノアキト。
それを量産して、世界制覇かい?

まったく、まるでそれじゃ草壁の考えた計画じゃないか。

そんな皮算用、通じるわきゃないだろう。
通じるかどうか調べる目的なんだろうけど、馬鹿げてるよねぇ。
ホシノ君だって必死で苦労して鍛え直して、芸能界でも会社でも頑張ったのにねぇ。
運が良かったのはあるにしても本人も相当苦労した。
本人の努力と途中経過、期間を計算できないっていうのはいい大人としてはまずいと思うんだけどね。
あ、この能力の伸びは2年じゃ無理だね。そりゃ気になっちゃうか。

「お疲れ様。
 僕を呼び出して何の用だい?」

「会長、一体ホシノアキトは何者ですか!?」

社長は相当焦っている感じだねぇ。
僕が思ったよりはホシノ君を脅威に感じているようだ。
…ま、当たり前か。

「いけしゃあしゃあと言うよね、社長。
 君たちが親父に命令されて主導して作ったクローンだろうに」

「そういうことを言っているんではありませんッ!!
 あの戦闘力、一体どこの組織がホシノアキトを…」

当然そう来るよねぇ。
でもその組織はネルガルなんだけどね、未来の。

「ネルガルが、本人の復讐のために鍛えさせたのさ。
 …僕の命令でね」


ざわっ。



「ホシノくん、入っていいよ」

僕の一言でホシノ君が入室してきた。
社長たちに直接釘を刺しに呼んでおいたんだ。
まだ都内に居たのが幸いしたね。
ホシノ君は例の耐G・防弾機能を兼ねた戦闘服を身にまとった姿で現れた。
未来のネルガルで彼専用に作った高価な戦闘服だ。
決闘に際して、念のため持ってきてくれていたらしい。

これとブラスターだけはなぜか物理的にこの世界に持ち込めたんだよねぇ。
全く謎だけど。
しかし、こうしているとあの頃ほどの迫力はないにしても、
プロ相手でない限りは相手を金縛りにできるくらいはあるんじゃないかな。
しかもその後ろにはユリ君までいる。


「き、き、貴様ッ!?」



おーおー焦ってる焦ってる。
これだけ条件がそろえばわかるだろうね、流石に。
ネルガルのマシンチャイルドプロジェクトの中でも秘中の秘。
マシンチャイルドクローン計画、後天的マシンチャイルド化計画。
どちらもマシンチャイルドを作るのが大変な事から試された計画。
…その被害者が二名、ネルガル重役の目の前に現れた。
しかもホシノアキトは一人でも連合軍の特殊部隊と互角以上に戦える。
この姿で戦った映像は全国に流れちゃったからねぇ。
社長たちももちろんご存知だ。
そのホシノアキトが戦闘服姿でこんな場所に現れたということは、だ。

「…お前らが奪ったものの重さを思い知れ」



「わ、私たちがお前から何を奪った!?
 お前の命は私たちなしに与えられなかったろう!?」



「そうだな、それは感謝している。
この命なしにはこの場にいることも叶わなかったからな。
だから俺はネルガルには莫大な利益で報いた。
…今度はお前らが俺に報いる番だ」

ホシノ君のブラスターが社長の眉間に向けられた。
こうなると、もう降参するしかないだろう。
しかし中々役者だね、ホシノ君。決まってるよ。
コスプレ喫茶では演技が下手だと言われていたようだけど、
やっぱりマジなセリフとなると迫力が変わるんだね。

「の、望みを言え!!
 金かッ!?」

「…随分偉そうに聞いてくるな。
 その気になれば今の俺ならいくらでも手に入るのが分からないか」

「…アキト」

おっと、ここでユリ君が口を出してくるか。
…社長の顔が一層青くなったな。

思い当たることがあり過ぎるんだろう。
何しろ、僕の親父が危篤になっている中、
ユリ君の両親を殺してでもユリ君を連れ去る判断をしたのは、
おそらく社長だ。

…いや、全く。
こんな社長の姿はサヤカ姉さんには見せたくないね。
親父の時代を支えた重役のドス黒いやり口は本当にえげつなかったからねぇ。
もっとも賢い彼女のことだ。薄々感づいているだろうけど。

「何だい、ユリさん?」

「…引き金を引いて」

「いいか?アカツキ」

「僕に許可を求めるなよ。
 殺人の許可を出したなんて共犯になっちゃうじゃないか。
 勝手にすればいい」

「か、会長!?」

会長は絶望して怯え切っている。
悪いがこれはフォローのしようがないよ。
謝るとかすればまだマシだったろうに『金か?』はちょっと言い過ぎだよ。
ホシノ君の登場で混乱してるのかもしれないけどさ。

「悪いね、社長。
 ホシノ君を止めたら僕まで撃たれそうだからさ。
 ま、因果応報ってことでひとつ」

「だ、だれか何とかしてくれ!!」

しかし、重役は誰も動きはしなかった。
まあ、重役連中も自分のほうにブラスターが向かないかの方が気になっているんだろう。
…口を開けば共犯を疑われる状況だからね。

「撃って!!」

そしてついにユリ君の叫びと共に、ホシノ君の指が引き金を引いた。
次に起こる光景を想像して重役たちは目をつぶった。



カチッ…。



社長が怯えに身体を硬直させる中、
ただ、玩具のような間抜けな音が会議室に響いた。
ブラスターのレーザーは、放たれなかった。

「…ふうっ。
 ありがと、アキト。
 ちょっとは気が晴れたよ」

「それは良かった」

ホシノ君とユリ君が突然柔和な空気を放ち、
重役連中が呆然と二人を見ている。
…しかし二人とも本当に性格変わったよね。
いや、今はこの世界の「ホシノアキト」「ホシノユリ」として話しているんだろうけど。

「か、会長これは…」

「常務、見ての通りだよ。
 ホシノアキトは最初っから殺す気なんてなかったのさ。
 レーザーブラスターのエネルギーパックは既に抜いてある。
 ユリ君のリクエストで、社長に両親が撃たれた時の恐怖くらいは味わってもらわないと、
 とてもじゃないけど協力関係になりたくないっていうもんだからさ」

「うぐ…ぐぐう…」

…社長も流石に参ったみたいだね。
血圧が上がって、本当に死にかねない顔になっている。
何年か寿命が縮んでそうだけど、これくらいで済ませたんだから感謝してほしいよ、本当に。

「ま、そういうわけでホシノアキトは敵対する気は無いらしいから。
 それは安心していいと思うよ」

「しかし、社長が言っていたとおりホシノアキトの戦闘能力は…」

「過去はどうあれ、能力はあるんだ。
 それを利用するのが経営者であって、
 危険そうだからと排除するのは会社をかえって危険にすると思うけどね。
 ボソンジャンプだのマシンチャイルドだのクローンだの、
 確実じゃない技術に先行投資するよりは確実性があると思うよ?」

重役たちは痛いところをつかれたとばかりにうなだれた。
新技術というのはいつも不安定なものだし、
これから間違いなく求められる技術だと投資したくなるというのもわかるが、
今は確実に味方についているホシノ君のほうが役立つ。

社長は水を飲んでなんとか落ち着こうとしている。
入院はしないでもいいだろうけど、明日は寝込むなこれは。
重役連中もたまには痛い目を見ないと、緊張感がないまま間違った判断するからねぇ。
今回みたいに。
クリムゾンが落ち目になりかかっている今、
それなりに気を引き締めてもらうにはいい機会だったよ。

…まあ、とは言うけど僕だってこんなやつ急に現れたら扱いあぐねるよ。
今みたいに銃を突きつけられて脅されるか、
ボソンジャンプを餌に操られるのがオチだろう。

「ま、僕らはきみらと違って若いし?
 エステバリスにしろ戦闘訓練にしろ、飲み込みが早いってわけさ」

「それで納得しろと…?」

「納得するかどうかじゃない、協力するかどうかだ。
 君たちはそれを協議するべきで、僕は協力するべきに一票入れた。
 それだけのことだろう?

 ついでに…君らわかってないのかい?

 エステバリスを持ち込んで明日香だのクリムゾンだのに、
 ホシノ君が移籍したらどうなる?

 それにホシノ君自身がネルガルのクローンとして自分の出生を、
 マスコミに明かしたらどうなる?

 ホシノ君の強さや人気から考えれば暗殺して阻止は無理だし。

 …味方はいなくなると思うよ、確実に」

重役たちはようやく自分の状況が飲み込めてまた顔を青くした。
これだから普段から安全圏にいる年寄りってのは困るよ。
若い相手を見ると無条件で握りつぶせる相手と思って舐めるんだからさ。

「ま、君らが協力を拒んでネルガルがつぶれても、
 僕はホシノ君に頭を下げてパイロットになっても食べていけるし、
 ホシノ君のそばにいたらすぐにチャンスが巡ってくる。
 ホシノ君だって、僕の経営力はあったら助かるだろう?」

「そうだな。
 お前とエリナが揃ってPMCマルスに来てくれれば、
 俺とユリちゃんは作戦に集中できる。
 そうなることがあったら経営権の譲渡を考えてやってもいい」

「おっと、これは嬉しい言葉だねぇ」

ホシノ君も今のは半分くらいはリップサービスだろうけど、
もう半分は本気でいてくれているね。
お、さらに重役連中は顔を青くしたね。
そりゃそうだろう、人生の大半を注ぎ込んでネルガルを作ってきたのに、
ネルガルの信用が地に落ちたら、何も残らないからねぇ。
ホシノ君をクローンとして生み出したとばれたら、再雇用も絶望的なんじゃないかな。

PMCマルスは小さな会社だけど、資金繰りと会社の構築がうまくいけば、
数年でかなりの規模に持っていけるんじゃないか?
…とはいえ、そうも言っていられないんだけどね。

「だが、そうはいかないな。
 ネルガルほどの企業を構築するには20年はかかってしまう。
 エステバリスを他の会社でつくるのも半年は必要になる。
 …それでは遅いんだ。
 死人をこれ以上出したく無い。
 だから協力してほしい。
 すまないが、不自然な俺のことはなんとか飲み込んでくれ。

 俺もできるだけネルガルの利益になることをしているつもりだ。
 頼む…いや。

 …お願いします。
 あなたたちの協力が必要なんです」

さっきとは打って変わってのホシノ君の協力要請で重役たちは目をぱちくりしている。
しかし本当にホシノ君が人間ができていて助かったよね、君ら。
もしホシノ君が『黒い皇子』のままここに来ていたら、両親の仇だとマジで処理してたかもしれない。
テンカワアキトという人間はネルガルの被害者だからねぇ。
一応僕が止めたら止めてくれるとは思うけど…戦争終わったら殺してるかもね。
ま、悪事はし続けたものの、ネルガルを長年支えた功績、そして能力がある。
会長としては彼らを大事にしたい気持ちもある…サヤカ姉さんの親父を死なせたくないしね。
今回のことで少しは反省してくれれば別に良いさ。

「ボソンジャンプの件をとめても、なんとか釣り合いが取れる。
 採算なしにボソンジャンプの人体実験を辞めさせないってば。
 ホシノ君さえいればね」

「か、会長まさか!?」

「そう、すでに教えちゃった。
 それにホシノ君のオリジナル、
 テンカワ君もボソンジャンプの利権争いの被害者だ。
 ホシノ君も全くの無関係じゃ無いしね」

「テンカワを巻き込むな。
 あいつはボソンジャンプを知る必要がない」

「おっと失礼。
 ま、僕らの邪魔は戦後もずっとしないで居てくれるそうだ。
 だからがっぽり儲けさせてもらおうじゃないか」

とりあえずここでこう言っておけばテンカワ君の方に危害は及ばないだろう。
ボソンジャンプについてはこれからホシノ君と協議する予定だ。
何しろ、草壁の思惑がほぼ読めないからねぇ。

「そういうわけで、お二人にはお帰り願って…。
 ここからはネルガルの重役会議と行こうじゃないか」

「それじゃ、また。
 …釘をさすまでもないとは思うけど、
 あんまり悪巧みするとまた来ちゃいますんで」

「じゃ、そういうことで。
 …別に私達に協力しなくてもいいですけど、
 慎重にどうぞ」

ホシノ君たちは静かに会議室を出て行った。
重役たちもホッと胸をなでおろした。

「なんていうかいい歳なんだし、大人になろうよ。
 あっちもネルガルに協力するつもりなんだからさ」

「は、はぁ…」

その後、僕は重役たちとホシノ君の作ったエステバリスブームを安定させ、
連合軍への納入をうまく進めるようにと話した。
幸い、エリナ君が先んじて工場を増やしてくれたので、
ナデシコが出るころには、すべての戦線にエステバリスが届いてくれる。
あとはナデシコシリーズの建造、そして連合軍とのパイプをより強く、確固たるものにしていく事だけだ。
それに来たる戦後の事も考えた。
ボソンジャンプという莫大な利益を放棄するからには、この点を詰めるべきだ。
最初は捕らぬ狸の皮算用とばかりに彼らも見ていたが、
具体的なところを詰めていくと先見の明だと感心してくれた。
実際見てきちゃったからだけどね。

…しかしユリ君があそこまで育ての両親にこだわっているというのは意外だった…。
やっぱりユリ君は未来のルリ君本人ではあるけど、
生まれ変わってこの世界のホシノユリとして生きた人間ということなんだろうね。
それにしても…。

…やっぱりややこしいね、色々と。



















〇地球・東京都・アカツキ邸─ホシノアキト
俺達はアカツキが重役たちと会議を終えるまでネルガル社内のカフェで待っていた。
一時間もしないうちにアカツキが合流した。 そしてアカツキの家に再び呼ばれ、今後の展望について話し合った。
エリナからある程度聞いていたものの、詳しいところはアカツキから聞く予定だったからな。
だが…。

「ユーチャリスをナデシコクルーの練習艦に?」

「そうだ。
 今のユーチャリスは未来のユーチャリスと違い、内部構成はナデシコに準ずる艦なんだ。
 ナデシコが出航可能になるまでの間、共同で使うようにすればいい。
 もうすぐ訓練の終わる優秀なクルーを塩漬けにしておくのももったいないし、
 君たちも訓練業務がまだあるだろう?
 そうなるとユーチャリスも使えない時間が増えてもったいないからさ」

アカツキからの意外な提案に俺は驚いた。
ユーチャリスをPMCマルスに譲渡するという話は既についていたが…。
ナデシコクルーの練習艦として運用する計画を持ってくるとは思わなかった。
…抜け目ないな、アカツキ。
意外だが、これは理に適っている。
俺達PMCマルスは40人そこそこの会社で、整備班すらも足りていない。
ユーチャリスを運用しようにも、少なくともあと3倍程度の人員が必要になる。
この人員の補充はとてもすぐには出来ない。しかもこの人員数だと、連戦が不可能だ。
休養を取る合間が無くなってしまう。
過去のナデシコも、結局は企業の体裁を保っているため週休二日を保つ必要があった。
そのためどうしてもナデシコが出撃出来ない日が多くなりがちだった。

だが、ナデシコが出向するまでの間、
ナデシコクルーとPMCマルスで交代して半分ずつ共同で使うなら話は別だ。
人数を調整して、稼働率をほぼ100%に持って行ける。
パイロット訓練生、パイロット候補生も実地での訓練が可能になるし。
しかもユーチャリスは相転移エンジンのサイズがナデシコと同一で、
火力に問題がなく、しかも船体が軽いので早い。
地球内で戦闘して、日帰りで佐世保に戻ることすら可能だ。
艦長もオペレーターも、二人ずつ確保できている。
エステバリス隊も練度はともかく数は揃っている。

これは…アリだな。
流石アカツキだ。

「分かった。
 悪いな、アカツキ」

「ネルガルとしても友達としても協力しないわけにはいかないさ。
 もう落ち目になるのはゴメンだからね。
 せいぜい、君にあやかって稼がせてもらうさ」

「ああ。
 宣伝くらいならいくらでも出てやるよ。
 代わりにちょっとは仕入れ値を負けてくれ」

「おおっと、君らしくない交渉を挟んできたね。
 ようやく会長職らしくなってきたかい」

「…俺だって色々苦労してきたんだよ。
 計算はまだユリちゃんには負けるけどさ」

「全くです。
 アキトさん、昔っからお金と手続きの事苦手ですから」

「…面目ない」

…結局、まだ直ってないんだよ、この苦手。

「ま、仕事の話はそんな所さ。
 …さて。
 散々迷惑かけたことだし、仲直りと行こうじゃないか。
 飲もうよ」

「なんか素直だな、アカツキ」

「僕が負けた理由が理由だからね。
 意地張ってもしょうがないさ。
 僕が勝手に突っ張ってやらかした事だし」

「ホントです。
 偶然今のほうが私達に有利になったから良いようなもので、
 木星を滅ぼすとか真剣勝負するとか訳の分からないことをしていて、
 それで対抗策がとれなかったらどうするつもりだったんですか」

…本当だよな。
アカツキ、相変わらずこういうところはポンコツな気がする。
遺跡の演算ユニットの取り合いの時、
アカツキも無理くりエステバリスで挑んできた時も思ったが、お前が戦う事なかったろうに。
…いや、なんか別の感情があったんだろうけど。
勘定より感情を優先しちゃ、企業の長としちゃまずくないか?
俺も人の事は言えないけど。

「デリバリーの食事も取ってある。
 もうちょっとしたら届くだろうし、
 先に乾杯と行こうか。
 エリナ君も佐世保からそのうち追いつくだろうし」

「…私達、一応未成年なんですけど」

「一年くらいどうって事ないだろ。
 ホシノ君も昔は飲んでたんだから。
 あ、でもユリ君は元々未成年か。
 …いいじゃないか、色々祝いたいだろ?」

「…そうですね、一杯くらいはいいでしょう」

ユリちゃんはワイングラスを受け取ると、じっと見つめた。
珍しそうに、においをかいで…まだこういうところは未成年って感じがする。
俺もアカツキからワイングラスを受け取った。
安物ではないが、極端に高いわけでもない、趣味のいい白ワインだ。
アカツキが好きで常備しているこのワイン。
俺も荒れていた時期はよく飲ませてもらってたっけな。
…苦い思い出がこもった味だが、今はそれも悪くない。
アカツキと、もう一度またここからスタートしよう。

「それじゃ、乾杯だ」

「何に?」

「色々さ」

アカツキは色々と大変だった俺達を労うように、自分のグラスを差し出した。
小さく鳴ったワイングラスが俺達の再会を改めて祝してくれた。




















〇地球・東京都・アカツキ邸─ラピス

私とエリナが結局東京に帰ったのは0時を回ってからだった。
流石に私も力尽きちゃって、眠ってしまった。
エリナが私を寝床に連れて行ってくれた。
先についていたアキトとユリたちは、アカツキとすでに盛り上がっていた。
私も混ざりたかったけど、眠りながらでもみんなの様子は見れるから構わなかった。
発言できないのはつまらないけど、それでも嬉しかった。

エリナが、アカツキが屈託なく笑っている。
『黒い皇子』のアキトと居る時の悲しそうな笑顔ではなく…。

それだけでも私は嬉しかった。
アキトの声も、どこか弾んでいた。
過去の出来事はまだ心に残っているんだろうけど、
それを一時期でも振り切れるくらいになれたんだ。
本当に楽しそう。

…いいなぁ、みんな。
私が大人になったら、こんなふうに飲みたいな…。

「そう言えば、アキトさんが幼児化した時、
 助けてくれてありがとうございます」

「何言ってんの、持ちつ持たれつじゃない」

「その時、私ホントにまいっちゃってたんです。
 …だってアキトさん、寝てる時に私のおっぱい吸うんですよ」

「ゆっ、ユリちゃん!?」



「「ぶーーーっ!!」」




「あはっ、あははははははは!!

 な、なによそれぇ!あははははははは!!」



「いひっ、ひーーー、ぁふはははははははは!!

 は、は、は、腹がよじれるぅ…っ!
 
 ぐ、ぐふぅはははは…はぁ…はぁ…」




アキトのあまりにも情けないエピソードでアカツキとエリナが転げまわってる。
すごい落差だよ、本当に。
あのハードボイルドで、悪くて強い『黒い皇子』が、
まさかナデシコ時代を突き抜けてこんな子供っぽくなっちゃうなんて思わないよね。
挙句の果てに寝る時おっぱい吸っちゃうって…テンカワより情けない。

私はアキトがもしもう一度『黒い皇子』になってしまったとしても、ついていくつもりだけど、
今のアキトのほうが好きだけどね。楽しいし、あったかいし。
この落差の大きさってやっぱり笑いに必要なんだね。うんうん。

「ゆ、ゆ、ユリちゃん…。
 それはこの世界のホシノアキトのせいだってば…」

「でもホシノアキトはもうアキトさん本人です。
 もう諦めて下さい。
 私も色々大変だったんですから、
 これくらい許してくださいよ」
 
「しゅーん…」

あ、アキトが肩身が狭そうに縮んだ。
本当に今のアキトってこういうところ弱いね。

「あーおかしい…くふふふ…。
 いいじゃない、可愛いわよ」

「そ、そうだね…こりゃいい。
 一生このネタで笑えそうだよ…」

「…勘弁してくれ」

「…でも良かったよ。
 君がそんな風に昔みたいに…いや昔より情けないけどさ。
 なんていうか、君の元の状態に戻っててくれて。
 …腑抜けなんて言ってすまなかった。
 君はそうしてくれていたほうがいい。
 みんな、君のそういうところが好きなんだからさ」

「…ああ」

アキトは落ち着いたように、白ワインを飲み込んだ。
昔の、少し影のある声で応えて…。

「…やっぱり『黒い皇子』は死んだよ、アカツキ。
 お前の言う通り、俺は『黒い皇子』の遺灰で作られた人工のダイヤモンドさ。
 そんな命でも、俺が欲しかったものをくれた。
 やり直す機会をくれた。
 どういう理屈化は分からないけど、もう後悔しないように戦うよ。
 これからも頼む」

「もちろんさ。
 ま、人を殺さないっていうのは結構だし、
 それが重要だとは思うけど、綺麗事も過ぎると死ぬから、
 綺麗事を通すなら通すなりでやりきることだね」

「…綺麗事だと、やっぱりまずいかな」

「いいじゃないか、綺麗事で。
 君が『黒い皇子』になる前はそんな綺麗事を命懸けで通そうとしたじゃないか。
 
 そして、それを実現した。
 
 …僕も草壁も君に負けたんだよ。

 君は今度も、どこの誰もが本来信じないレベルの『綺麗事』で世界を変えるんだ。

 傑作だろ?

 君が受けた、テンカワ君がこれから受ける予定だった『黒い歴史』がすべて塗り替えられることで、
 世界そのものも大きく変わる。

 人類にはまだボソンジャンプは早すぎた技術だったんだ。
 ボソンジャンプの封印さえ間に合えば、きっとそれも叶う。
 誰にも遺跡の演算ユニットを奪わせないし、破壊させてリセットもさせない。

 いつか人類がボソンジャンプに変わるワープ航法を自力で作れるようになるまで、
 固く封印すべきだ。
 …過去と未来を行き来できてしまうのはやっぱりズルいからね」

「そうだな…俺達がどんな目に遭っても演算ユニットを破壊できなかったのはそのせいだった」

…ユリカを助ける為に戦った頃、アキトの心には遺跡の演算ユニットを破壊するという選択肢があった。
演算ユニットを破壊すればボソンジャンプの演算結果がリセットされ、
俺達はボソンジャンプが無い歴史に飛ばされる事になる、というのが推測されたから。
ナデシコAの最後の戦いでは、それが提示された。

でもアキトはあれだけひどい目に遭いながらも…リセットは出来なかった。
ナデシコで得た大切なものを、捨てたくなかったから。
ボソンジャンプがなければアキト達は悲劇に見舞われなかったけど、
アキトのたくさんの出会いはボソンジャンプをめぐる戦争なしには得られなかった。

戦争や勝手な奴らを認めるつもりはない。
けど、それによって得られた人生を否定する気持ちにはとてもなれなかったんだよね。

それに戦争が無くなるということはルリや私の生命が危険にさらされる場合がありえた。
ボソンジャンプがなければルリと私は研究所でモルモットにされ続けた可能性が高い。
…そんな未来、嫌。

──だからアキトとアカツキはボソンジャンプの封印を決めた。
これ以上過去も未来も操れるボソンジャンプを放置してはいけないと。
草壁がこれに頷くかはまだ未知数だけど…。
そうなってくれれば、本当にいい未来が来てくれる。
アキトが自分の夢を叶える未来が…。
芸能界のアキトのまばゆさからは想像できないくらい小さくて、
とってもあったかくて優しい夢がを叶える未来が手に入る。

……アキトとアカツキは、まだ話し続けている。

「ボソンジャンプを自在に出来るようになったとして…。
 それを正しく管理することなんてできないだろう。
 チューリップを介したヒサゴプランは悪くはなかっただろうが、
 その一手先は底なしの沼地だ」

「だよねぇ。
 ボソンジャンプの安全性を確保する研究を続ければ、
 結局タイムスリップが可能なところに行きつく。
 
 それじゃいくらでも人生にやり直しが効いてしまうだろうね。
 どんな資産や、地位ですらも抵抗を許さない絶対的な権力だ。
 タイムスリップすれば情勢を知り放題、
 インサイダー取引なんて目じゃないくらいの利益を手にするし、
 君たちみたいに偶発的に新しい体を手にするかもしれない。
 …そんな危険な物、放っておけないよ。
 
 技術を危険なものと安全な物に分離するのはえらく時間がかかる。
 核技術は発電と兵器である程度平和利用への分岐が出来たけど、
 最初はやっぱり兵器利用しか考えてなかったからねぇ。
 核パルスエンジンも、安全性の確保に一世紀も必要だった」

「その間に、どれだけの血が流れたか分からない。
 実験の繰り返しと、情報戦争でな。
 利益が莫大になればなるほど、
 あくどいやり方をしなければいけなくなりやすいしな」

「耳が痛いね、これは。
 ま、技術革新をすべて止めるわけにはいかないけど、
 ボソンジャンプは物事の順序を変えちゃうからねぇ。
 
 あくどいやり方はドラスティックに、劇的に時代や技術を進められるけど…。
 結局後で手痛いしっぺ返しを食らうって、
 ネルガルが落ち目になってようやくわかったからね。
 
 いやぁ、ホント。
 ネルガルのあくどさも抜くのに何年かかるやら」

「いいじゃない、アキト君がそれを証明するわよ。
 あくどいやり方よりも、クリーンなやり方のほうがよっぽど利益が出るって。
 …ホントに世の中ずっとスゴいことになっちゃったわよねぇ。
 アキト君のせいで」

「ナデシコに乗り込むのが目的で始めた企業で、
 ネルガルに対抗できそうなところまでやってくるとは思わなかったよ。
 本当になんていうか、君たちは世界を革命しちゃったよね」

「…オーバーだよ、アカツキ。
 こんなブームなんて3年もあればなくなるってば」

「いや、君はもう国民的スターで英雄さ。
 海外のファンもだんだんと増えてる。
 動画共有サイトで君の動画が出回っているからね。
 10年は続くね、間違いなく。
 …だからこそ、僕達も全力でサポートするさ。
 利益も友情もコミコミでね」

「…頼りにしてるよ、アカツキ」

「そうね、アキト君。
 …寿命がどれくらいあるかはイネスが見つからないとどうしようもないけど、
 もし短いなら無理してても辞めさせてあげる。
 だから、その…」

「…エリナ、大丈夫だ。
 まだ死ぬと決まった訳じゃない。
 寿命が短くても…。
 五感があって、元気で居られるだけでも俺は嬉しいしさ」

「ダメです」

ユリの言葉で、三人がユリを見つめた。
ぶっきらぼうな顔をしている。

「どんな事をしてでも、私より長生きしてもらいます。
 …もう、置いてけぼりはゴメンです」

「…う、うん。
 約束はできないけど、そうなれるように努力するから」

「ならいいです…」

ユリはしゅんとして静かに頷いた。
ユリもアキトの体の事が不安なんだ…。
そうだよね、アキトの身体はまだ分からないことだらけ。
…アキト、長生きできるといいな。
アキトが普通に生きられる世の中になればいいな。

でもユリの言う通り、アキトがユリより長生きするなら…。

私が後妻になれる。
…そんな消極的な方法はとりたくないけど、
できればアキトと結婚したって事実が欲しいもん。
私の方がDNA的にはユリカに近いもん。可能性はある。

うん、それならまだ希望がある。
…アキト、ユリの事、本当に好きだから、今は引きはがせないし。
でも、いつか浮気させて見せるんだから。絶対に。



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



それからみんな、一時間もしないうちにその場で眠り始めてしまった。
アキトも深く眠ってしまったのか、私とも意識はつながらなかった。

…私も今までのアキトの事を振り返った。
たくさん、いろんなことをしてきた。
過去のアキトでは全く想像もできないことをたくさん…。
アキトの新しい人生は、輝きと愛に満ちた人生。
誰もが憧れる、頼れる、英雄。
でも目立つということはこれからも狙われる可能性があるということ。
そのための根回し、しっかりしなきゃ。

アキトの事は色々心配だけど…。
私もアキトのために出来ることがたくさんある。
だから、私は…。









──今度もアキトの為に戦うんだ。



































〇作者あとがき

今回はついにアキト達の素性がほぼバレる回にしてみました。
ラピスの悪巧みとはこういう事でした。
現状のアキトの甘っちょろさ、
ユリのユリカへの気遣いを考えるとラピス以外はこういう事しないのでは…と考えた末の結果です。
しかし彼女の思惑はまだ別のところにもあり…ってな回でした。
でついでにアカツキとの関係修復などを込々でやってみました。
次回、これまで控えめだったルリとラピスが軸になり始めます。

ってな具合で次回へ~~~~~~~~ッ!!



















〇代理人様への返信
>うーんw
>総集編というかデータまとめというか・・・
>まあ香貫花レポートではあるw

総集編の部分はちょっと軽い感じで織り込みつつ、
オリキャラ増えすぎててちょっと収集ついてなさげな感じがあったんで、
一度まとめておきたかったんですよねぇ。
ちょっと野暮ったくなってる感じはありますが。
とはいえあんまり設定資料集じみててもちょっとつまらないので、こういう形でやってみました。
しかし…やっぱ長くなっちゃいましたね。
























~次回予告~

こんにちは、ルリです。
アキト兄さんとユリ姉さん、ラピスの秘密がついに明らかになって、
ちょっと気になることも多いですけど、私はこの人達を気に入ってます。
でもついにこの時が来ちゃったみたいで…はぁ。
やっぱ強引よね、金持ちって。
お金があれば人に頭を下げないで済むっていうけど、
そんなに頭を下げるって嫌なことかしら?
ま、自分の命や生活を奪われるようになりたくないって意味じゃお金あった方がいいけど。
その理屈じゃ頭を下げないでいい人の人数のほうが少ないじゃない。
それならいっそのこと全員が頭を下げたほうがいいと思うけど。

はぁ、オトナってバカばっか。

金はおまんまと自由のバロメーター、厳しく優しく生きていこう!がモットーの作者が贈る、
ゆるふわアキトが中心人物のナデシコ二次創作、










『機動戦艦ナデシコD』
第二十八話:daughters-娘たち-その1














をみんなで見てね。







感想代理人プロフィール

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代理人の感想 
ひでえ話だw

途中の説明の所、原作に準じた部分はもうちょっとさらっと流してもよかったかなあ。



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