私達は普段、三人一組の部屋割りで生活している。
たまに、ちょっと大きめの部屋に集まって『ホシノアキト上映会』と題して、
持ち寄った映像を大きなスクリーンに映し出してじいっと見ている。
今日も当然そのつもりで集まったんだけど…。
けど、そんな気分にはなれなかった。
ただ全員が俯いて涙を流す事しか出来なかった。
私達はあの輝くアキト様に惚れ込んで集まった。
パイロットであればずっとそばに居られる。
役に立って、褒めてもらえる時が来る…。
そう思っていた。
時間はかかってもいつかアキト様を守れるからって頑張ろうと思っていた。
なのに……。
「…ひぐっ…残酷すぎるよ…」
…まだアキト様が死んだわけでもないのに、死ぬと決まった訳でもないのに…。
私達はお通夜にでもいるかのように泣いてしまっている。
…私達は足手まといだったんだ。
時間がかかっても役に立とうと、頑張ろうと思っていた。
でも、この現実は…。
アキト様は頑張って、自分の命を削って戦って、
それどころか私達を必死で守ろうとしてくれていたのに…。
私達ははしゃいで、役に立てずに、命を張らずに…。
…役立たずとは言われてないし、頑張っているとは思うよ?
でも、アキト様が戦わないで済むくらいには頑張れてないじゃない、私達…。
重子が、自分の顔を強く叩いた。
まだ泣き止んでも居ないのに、無理矢理耐えるように。
「…みんな、泣くのやめるわよ。
時間の無駄だから。
……あんな小さな二人がしっかりやってるのに、
私達がこんなことじゃホントに役立たずになっちゃうわよ」
私達は重子の言葉に動かされて、泣くのを我慢しようとした。
…アキト様の過去が、重たいものだとは思ったけど、
想像以上である程度聞いていた私すらも耐えきれなかった。
それでも、重子が静かに檄を飛ばすと、何とか少しだけは立ち直れた。
……そうだよね、ラピスちゃんもあんな小さいのにすごかったし。
私達も負けてられないよ。
「…とはいえ、何の指針もなくやれるほど、
私達も心根が強くないのも分かったわ。
だからいつもどおり、こいつで決める」
重子はタロットカードを差し出した。
…重子の占いって本当に良く当たるのよね。
このPMCマルスに来たのも、この占いがあったからだし。
カードをみんなに回して、一人ずつシャッフルして、次の人に回す。
最後に重子がシャッフルしてカードを広げ、三枚引いた。
通常は一枚を引くものだけど、人数が多いのと不安要素が多すぎるので、
複合的に占う必要があるってことらしい。
「…出たカードは、すべて正位置。
『愚者』『恋人』『つるされた男』。
相変わらずってところかしらね」
「…悪いの?」
「…カードの意味で言うと、
『新たなスタート』
『みんなで作る成功』
『試練の時』
……一言で言えば、
『みんなもっと頑張りましょう』ってところね」
私達はがっくりと肩を落とした。
そんな事は分かってるわよ…。
「でも良いようにも取れるわ。
『愚者』は『楽観的に始める』
『恋人』は『新たな才能との出会い』
『つるされた男』は『報われる苦労』
の意味もある。
続ける事自体は推奨しているのよ、このカードの主張は。
…最悪だったら『とっとと出ていけ』ってカードが出るわよ。
この『リストラ』『倒産』を示す、『塔』のカードがね」
重子は『塔』のカードを見せつけ、みんなは安堵したように息を吐いた。
……それじゃなくてよかった、本当に。
どんなことがあっても、最後までアキト様についていきたい気持ちは一緒だもんね。
「…ねぇ、重子。
その…アキト様のことは占わないの…?」
青葉の言葉に、全員が体を固くした。
…それはみんなが聞きたくても聞いてはいけないと思ったことだ。
「…占いたくないわ。
悪い結果が出た時に、外れるのを期待するのは性じゃない。
それに…あの人は私達にとってまさに『星』のカードなのよ。
『無償の愛』
『憧れの異性』
『新たな信頼』
すべて私たちがアキト様に向ける感情や言葉のように思わない?
そんな人が死ぬかもしれないなんてこれっぽっちも考えたくないわ。
そしてあの人自身もこのカードそのものなの。
『希望』『理想』『奇跡』
『良い進展の兆し』
『才能の開花』
『右肩上がりの業績』
『V字回復の経営』
『富と名声を手にする』
なんて意味もあるのよ…。
こんなに合致する人、ほかに見たことある?」
私達はすごい勢いで首を横に振ってしまった。
改めて言われてみて、本当に何一つ間違っていないことに驚いてしまった。
「…でもね、このカードの逆位置は、
『高すぎる理想』
『幻滅する』
『気持ちの混乱』
『雑務に追われる』
『先が見えない』
『マイナス思考』
って意味があるの。
…いつものアキト様だったらこんなのは全く似合わないんだけど、
私の直感が…なぜかこれもアキト様の一部だと教えるのよ」
私達は息を飲んだ。
あんなにやさしいアキト様にそんな言葉が関係あるとは思えない。
でも、重子の直感は占い以上に的確に当たる場合がある。
…アキト様を撃った事務員さんが辞めるかもしれないと気付いたのは、直感。
そしてその後の占いで確定となって、声をかけていたらしい。
…私達は全員冷や汗を流した。
「…とはいえ、占いは占い。
過度に心配することもないわ。
……さしあたって、やることは『頑張る事』だけよ。
私達がきっと必要になる時が来るって事。
だから、やるわよ」
「……」
…占いに頼ってる身としては冷や汗が止まらない。
みんなほんと、ほとんど空元気。
むりやり気力を振り絞っている。
でもこれくらいじゃなきゃ私達も沈んじゃって大変だから…。
…そして私達はこの炎天下の中、走り込みにトラックに出た。
居ても立っても居られないし、何かしてないと本当に一日中泣いちゃいそうだったから。
せめて、体力だけは何とか…みんなほとんど10代なんだから、鍛えようと…。
で、でも……ぜぇっぜぇっ……き、きつい…。
…俺とユリカは市街地を歩いていた。
だが…俺は想像以上に有名人になっていたらしく、どこに行っても遠目に観察される。
ホシノと違ってサインをねだられたり、話しかけられたりというのはあんまりないが…。
へっぽこなパイロットな上に…死にそうになってユリカの名前を叫んだというのがいまだに後を引いている。
ぶっちゃけ馬鹿にされてるとか、からかわれているとか、そういう視線が突き刺さる。
……はぁ。
「アキトっ!
次はどこ行こっか?」
「あ、ああ…映画でも見るか…」
俺達は昼食をちょっと値段の良いフランス料理店でとった。
…想像以上にPMCマルスの給料が良かったんで奮発してみた。
元々の給料がパートタイマーにしては破格なんだけど、
それ以上に出撃手当と襲撃事件時の危険手当が凄く高かった。
…飲食店の出店資金にもうすぐ手が届きそうなくらいだ。
そうじゃなくても一度本格的なフランス料理を食べてみたかったんだよなー。
ユリカはなんでか妙に感激してたけど…なんでだ?
ま…いいか。
えーと、映画のタイトルは…っと。
私はラピスと話し終わった後、ミナトさんに呼ばれて街に来ました。
…私も有名人になっちゃったので、それなりに変装はしています。
もっとも、私は不慣れなのですぐばれちゃうレベルなんですけど。
……アキト兄さんとユリ姉さんに教わろっと。
で、集合場所についたら、ミナトさんと、メグミさん…それにアオイさん?
でも、なぜかみんなも変装してます。なんで?
アオイさんに至ってはトレンチコートにハンチング帽まで被って、
まるでコテコテの刑事ドラマみたいです。
でもこの真夏の太陽の下では自殺行為です。
汗が滝のように流れ出ています。
「ミナトさん、急に呼んでどうしたんですか?」
「アオイくんがね、艦長がデートするって聞いて居ても立っても居られないから、
ついていこうとしてるのよ。
でも、暴発しそうだったから付き添ってあげてるの。
ルリルリも、ユリカおねーさんにの事気になるんじゃないのって思って」
「…ストーカーみたいなことをしないで下さい」
「でもぉ、ルリルリだって義理の兄になるかもしれない人の事、気になるでしょ」
そりゃそうですけど…。
…ちょっとおせっかいがすぎるんじゃないですか?
「うう…ユリカ…なんで君はあんな奴と…」
「アオイさん、諦めて次の恋を探した方がいいですよう。
艦長、あんなに楽しそうにしてますよ」
「い、いや!
まだ終わってない!終わってないぞ!」
アオイさん…諦め悪い。
でも、アオイさんちょっと情けなさすぎです。
「アオイさん、告白する機会なんていくらでもあったんじゃないですか?」
「うっっっ!!
そ、それは…」
「ユリ姉さんはアキト兄さんに、凄い葛藤したけど勇気を出して告白した。
アキト兄さんも、色々恋愛関係には悩んでいたけど、それを受け入れた。
恋愛って私も分かりませんけど、そういう覚悟が必要だってこの間教えてもらいました。
……それくらい出来ないと、ユリカさんはついてきません」
「うぐぐっ…ぐうう…」
「あらー…容赦ないわね、ルリルリ」
「私もそんな勇気のない男の人を義理の兄と呼びたくありません。
臆病で、情けなくて、エステバリスの操縦もへたくそですけど、
自分のトラウマに向かい合って、勇気を出して戦う一生懸命なテンカワさんのほうがマシです」
「そっか、ホシノアキトもいろいろ大変だったんだ。
でも…私、やっぱり好きじゃないな…」
…メグミさんもしつこいですね。
「るーるーるー…」
「あ、アオイくん、気にしすぎないでよ。
ルリルリ、男の人って案外脆いんだからそこまで言わないの!」
アオイさんは滝のような涙を流してうつむいています。
…ちょっと言い過ぎましたか。
アキト兄さんもこういうところありますし…。
「…ごめんなさい」
「でもアオイくん…確かにこのデートが終わったら、
すぐにでも告白しないとチャンスなくなっちゃうわよ」
「は、はい…」
そんなこんなで私達はテンカワさんとユリカさんのデートを遠目で観察しました。
せっかくの休みの日に私達って何やってんだか。
ただあのユリカさんの表情を見る限り……もー手遅れみたいだけどね。
「ユリカこんな小さい子に張り合ってんじゃない…。
大人げないだろ」
「だー!やめてくれってば二人とも!!」
…あ、ユリカさんが小さな女の子とテンカワさんを取り合ってる。
あの子、確かテンカワさんが素顔をさらしてまで助けた女の子…。
テンカワさんも何気にモテモテですね。
俺は頭を冷やしに喫茶店を目指して歩いていた。
社屋を守るのも重要だが、休日なので俺も少しは外出したかった。
主要メンバーがほぼ出払っているので暗殺関係は来ないし、
スパイ関係くらいなら事務所に鍵をかけておけば、異常があればみんな気づくしな…。
…それにしても、アキトの過去には納得させられる部分が多いものの…疑問も残る。
例えば、連合軍の特殊部隊を蹴散らした時のことだ…。
手加減して殺さないように戦う、あんな戦い方は訓練だけで出来るもんじゃない。
多分、あいつは人をかなり殺している。
チンピラやギャングの末端のように一人や二人じゃない。
数十、数百…そういう人数を手にかけて加減を覚えることで、手加減が出来るようになる。
俺がボディーガードを始める時に鍛えてくれた教官はそういう人だった。
元特殊部隊で数限りない修羅場をくぐって、それでなお生き残った人だ。
教官の口癖を思い出す。
『相手を殺してしまうことをためらうな。
お前たちは弱い。
相手の目的や、意図を察する余裕も、加減する余裕もないはずだ。
急所を狙って確実に倒すことでしかお前たちは生き残れないぞ』
その教えは正しい。
俺だって、そんな手加減は出来ない。
職業はまっとうなボディーガードではあった。
だが数は10には満たないが、人は殺している。
場合によっては格闘技の真似事で戦うのだって、自分の趣味だからというのもあるが、
そっちのほうが致命傷になりづらいからだ。
教官は訓練を受ける俺達を可哀想な奴らだといつも寂しそうに、そして優しく見つめていた。
どこか罪悪感に満ちた、孤独を感じさせる瞳だった。
だが…アキトにはそれを感じさせるものがなんにもない。
アキトが人の痛みの分からないタイプのサイコパスだったら話は分かるが、
痛みが分かるからこそ殺しを禁じているタイプだ。
事務員さんに撃たれた時の映像を見てもよくわかる。
自分のせいで人が死ぬというのに耐えきれるタイプじゃない。
なら考えられるのは…。
…二重人格説が濃厚だな、この場合。
幼児退行を起こした事があるという話や、ユリさんの記憶喪失からヒントを得た。
とはいえ二重人格だとして、別の人格が持っている技術をアキトが使えるようになるのか?
それに、数百も殺したら裏社会でもかなりの有名人になっちまうはずだ。
例えばカタオカテツヤって名前の伝説の始末屋が居るって噂があるが、
奴は尻尾を掴ませないことで有名だ。
しかし名前はどうしても広まる。手口すらも知っている場合がある。
どんなに痕跡を残さない人物であっても名前くらいは広まる。
…それに裏社会に居るような人間はここまで堂々と芸能人なんてやらないしな。
例外は居るだろうが、ここまで大々的にやりたがらないし、数百殺すなんてのもありえない。
顔を整形している可能性もなくはないが…いや、無理だな。
俺の人生経験からいっても、これだけは確かだ。
どんなルートを通ろうと、19年の人生では今のアキトは生まれない。
他の様々な疑問はあるが、これが一番の問題だ。
料理人、パイロット、白兵戦向けの兵士、そして芸能人…。
二足の草鞋どころか四足の草鞋。
それぞれ専門の訓練機関に在籍したとして、習得に各2年は必要で、
芸能人はまだ3ヶ月そこそこだが、それでも6年は必要。
となると13歳からの訓練。
しかし現実的には現地での経験もそれぞれ少なくとも1年は無ければあのレベルにはいけない。
…そうなると10歳からのスタートだ。現実的じゃない。
幼少期から特殊工作員の仕事をしていると仮定して、それがクリアできたとしても、
あまりにも感性が普通すぎる。
壮絶な人生を送ってきたにも関わらず、普段が普通すぎる。そうはならん。
…そもそもあの生い立ちだったら、精神病を患っていておかしくない。
通常、あのレベルからだとすれば……そうだなその治療だけで2、3年かかるかもしれん。
…だめだ、考えるだけ無駄だ。情報が足りない。
アイツだって無事に戦争を終えたら話してくれるって言っただろう。
俺はアキトを信じている。それだけで今はいいはずだ。
とりあえずタバコとコーヒーを味わって、リラックスして来よう。
冷たいアイスコーヒーがうまい季節だからな…。
…うー飲み過ぎちゃったわ。頭がガンガンする。
昨日はアキト君の珍プレー好プレー集だけでずいぶん話しこんじゃったわ。
こんなに盛り上がっちゃうなんて思わなかった…。
目が覚めているのに、頭の痛みと倦怠感で動けなくなってる…。
しかしそんな私…いえ、私達をよそに、
ラピスが朝食を要求してフライパンをお玉でガンガン叩いてる。
う…うう…。
二倍三倍頭が痛くなってくるわ…。
「ら、ラピス!分かった!分かったから!
あ、頭が痛いんだからやめてくれ!!」
「もう二時間は待ってるんだよ!
早くしてよぉ!」
…一応ラピスも我慢はしてくれていたみたいだけど、
二時間も待っていたらさすがに限界よね…。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
それからしばらくしてアキト君が朝食を作ってくれた。
私かアカツキ君が適当に食べるくらいの食材しか入ってない冷蔵庫から、
アキト君はかなりグレードの高いモーニングセットを作ってくれた。
…さすが本職は違うわよね。
でも…。
「…ホシノ君、ストックの食パンを2斤まるまる食べるのはやめてくれたまえよ」
「何言ってるんだ、アカツキ。
そろそろ賞味期限が危ないところだったぞ。
食材を無駄にするのは良くないぞ」
…相変わらず、食べる量がけた違いだわ。
アキト君は焼いたそばからトーストを口に運んでいる。
ナノマシンの体内保有量のせいでこんなことになってるみたいだけど、
それにしたってどこに入っているのよ…その量。
「アキト、私もトーストおかわり」
「ああ。
すまないなラピス。
もうちょっとちゃんとしたのを最初に食べてほしかったんだが」
「ん、いいの。
ちゃんとおいしいし、
もうすぐいくらでも食べられるようになるんだから」
「アキト君、病院によって軽く検査したら一緒に帰ってあげなさいよ。
もう大丈夫みたいだから」
「そっか、良かった」
アキト君はにこっと笑ってラピスを見つめた。
リハビリを手伝ってきた身からすると、ちょっとだけ寂しいわよね。
「…エリナ、寂しい?」
「…そうね。
でも、いいわ。
またナデシコで結局会うんだから」
「それもそっか」
「…エリナ君」
ナガレ君が私の方をじっと見ている。
…なによ、その熱っぽい視線は。
ナガレ君の大ボケっぷりに、全員が突っ込みを入れた。
というか、空いた皿をみんなして投げつけた。
…その後、私達はラピスを病院で検査に出し、
それから飛行機に乗るアキト君たちを見送った。
みんなが帰った後…。
結婚もしてないのに早すぎるというのと、
無事に戦争終わってからにしろって言うのと、
ラピスが何かしらの事情で戻ってくる場合がゼロじゃないので戻りやすくしておくということと、
色んな意味で問題があると説教した。
それで返ってきた言い訳は…。
「エリナくぅん…ちょっとしたプロポーズのつもりだったんだよぉ…」
……どうかしらね。
ったく、ちょっと甘やかすとこれだから…。
私は水を飲みながら、休憩コーナーで休んでいた。
あいたたた…二日酔いになるなんてPMCマルスの初出撃依頼だわ…。
私は昨日からずーっとアキト君の事を大げさに取り上げないように釘をさしに回ったけど…。
結局テレビ局のお偉いさんたちから終始接待され続けてしまい、
次のテレビ出演についてほぼすべてのテレビ局に接待を受けてしまった…想定外だったわ。
アキト君がここまですごくなるなんて思わなかった…この私が目測を誤るなんて。
いえ、アキト君のしたことがあまりにすご過ぎて私だって間違えるわよね、これは。
何しろ、テレビ局を歩けば、アキト君あてのラブレターや贈り物を大量に渡されるし。
視聴者側の子ならまだしも他の芸能人たちですらもラブレターを届けてくれるように渡して来て…。
…まずいわよねぇ、これ。
ネルガルの会長も挟んで、ちょっと話し合おうかしらね。
この間のアキト君の過去の件もあるから、バラすわけにはいかないし…。
ここを詰めないまま辞めるのはちょっと気が引けるわ。
後釜のあの子にも十分話をしておかないとね。
本当、大仕事だわ。アキト君にかかわると何もかもが。
…しかし、アキト君にこの状況下でテレビに出ろって、のんきよねぇ、テレビ局も。
ちゃんとアキト君に頼んでおかなきゃだけど。
「マリア、探したわよ」
「あら、ヨーコ。
元気そうじゃない」
「もう悪夢にうなされなくなったから」
ヨーコが久しぶりに私に会いに来た。
アキト君のPMCマルスの出資金をめぐる非合法ファイト以来になるわね。
…そういえば、飲みに行く約束をしてたわね。
「ごめんね、今日は飲むの勘弁してちょうだい。
大変だったのよ」
「別にいいわよ。
…凄いことになっちゃったわよね、あんたたち」
「そうなのよぉ、聞いてよ」
…その後、ヨーコとPMCマルスについての雑談をしばらくしていた。
ヨーコは口が堅い方だし、マスコミ垂涎の秘密の話を話した。
くすくすとヨーコは笑ってくれていた。
「大変だったわね、ホント」
「笑い話じゃないわよもう。
…でも、かろうじて今のところは大丈夫だから。
ま、後釜の子を育てたら私も抜けるわ」
「あら、やめることないじゃない」
「バカいわないでよ。
向いてない仕事でバリバリやれるほど若くないわよ」
「ま、そりゃそうね。
じゃあまた今度」
「またね」
ヨーコはすっと立ち上がって私の前からいなくなった。
…本当、すごいことになっちゃったわよ。
さて、今後のための仕込みは終わったし…。
最後の仕事をしなきゃね…。
私達は、100…いや200人くらいの女の子たちに追いかけられていた。
どうしてこうなったの!?
仕事前に青葉とレオナと一緒に街中を走り込んで、
終わり際にタピオカドリンク飲みに来ただけなのに!!
し、尻軽女って…!
で、でも…抜け駆けってのは本当だし…言い訳できないよね、これ!
しかもよく見ると包丁持ってる子までいるじゃない!?
つ、捕まったら殺されちゃうわよ……!
アキト隊長だけじゃなくて私達まで追われる身になっちゃうなんて、想像もしてなかったわ!
こんな剣呑とした追っかけなんて嫌すぎるけど、アキト隊長の人気ぶりが上記を逸しているからだよね…。
…青葉、この期に及んで一人だけ抜け出すつもりかしら。
良い度胸してるわよね、ホント…。
!!
良かった、重子が『テンカワ君影武者作戦』で使ったバンで来てくれた!!
私達は走りながら何とか車に乗り込んで、ホシノアキトファンの女の子を引き離した。
後部座席で、私達は息を切らしてうなだれるしか出来なかった。
「ぜーっ…ぜーっ…あ、危なかった…」
「だから言ったでしょ、今日は止めといた方がいいって」
今更だけど…重子の忠告を聞くべきだった。
占ってはいないけど、直感で出かけない方がいいって言ってたのに、
私達はちょっと気分転換で外を走って、
ついでにタピオカドリンクを飲みたいって出ちゃったもんだから…。
「…私達ってやっぱ裏切り者かな」
「まー見方によってはね。
でも私達だって人生賭けて来てるんだから、
何もしなかった人たちには言われたかないわよね」
…重子、意外と辛辣よね。
「あんな風になる人が出るなんて想像もしてなかったわ…」
「青葉、恋や愛ってのは強ければ強いほど裏返った時が怖いのよ。
恋愛相手や、恋のライバル、自分自身…。
どの方向に向こうとも、甚大な被害を与えるわ。
その重さたるや地球一個分に匹敵するかもね。
ある種の『呪い』と言っても過言じゃないわ。
想いが純粋で、温かで、優しい心であればあるほど、
呪いは重たく、解きがたいものになる。
愛した人が決して手に入らないって気づいた瞬間に、
呪いが解けるかどうかでその人の人生が変わってしまうのよ。
とはいえ自分の事はどうすることも出来ないから、
他人に押し付けることしかできなくなるわけ。
本当は他人のほうが思い通りにならないのにね。
…ま、自分の状態をちゃんと理解してどうこうできる人のほうが少ないから」
……呪い、かぁ。
考えたこともなかった。
何しろ私達は自分の事だけで精いっぱいだから…。
重子はいろんな人の占いをしてきたからこういうことよーく分かるんだね。
「重子、もしかしてあんた…占いが原因でトラブったこと多いの?」
「……言わないで」
……重子、あんたも苦労人なのね。
…はあ、昨日のデートは結構楽しかったけどトラブル続きで疲れた…。
今日はホシノとユリさんが午前休状態だったが、俺も訓練に参加していた。
ホシノとユリさんを欠いている状態でも何とか訓練は滞りなく行われ、
午後に戻ってきたホシノ達も加わり、実力のテストが行われた。
訓練生の中でもだんだんと頭角を現す人が出てきたことに盛り上がり始めた。
まだ訓練の日数は少ないが、やはりシミュレーターをやりこんでいる子が凄い伸びを見せている。
特にパイロット候補生の中では青葉ちゃん、
そして連合軍のパイロット訓練生の中からはアリサちゃんがトップレベルの実力を見せている。
リョーコちゃんたちからの評価もすこぶる高く、
先に訓練を始めていた俺やさつきちゃんですらもこの二人にはなかなか勝てない。
やっぱりやる気と才能の差は大きいんだな。
─そして日が落ちた頃、俺達は食堂に集まっていた。
ついにPMCマルスに正式に参加することになったラピスちゃんの歓迎パーティ、
そしていよいよ今週の金曜日にはなんとユーチャリスって巡洋艦がPMCマルスに導入される前祝だ。
しかし戦艦の類まで仕入れるとは…どこをどうやったらそこまでしてもらえるんだか。
事情は聴いてるがそこまでいれこむか、アカツキ会長。
……宴会はパイロット訓練生も交え、大いに盛り上がった。
ラピスちゃんに対する質問が集中していた。
「ラピスちゃん、ホシノアキト狙いなんだって?」
「もちろん!
ユリにだって負けないんだから!」
「おお…お姉さんを呼び捨てとは…。
対抗心すごいね」
連合軍パイロット訓練生に囲まれて質問攻めされているにもかかわらず、
物怖じしない態度で応じてる。
本当にすごい子なんだなーラピスちゃんは…。
お、質問が一段落して、今度はホシノと話し始めた。
「そういえばラピス、お前役職はどうする?
色々手伝ってもらうけど…。
さしあたっては事務員さんの抜けを補ってほしいんだけど」
「アキトさん、この子に決めさせては…」
…エリナさんに面倒を見てもらってただけのことはあるな。
しかしなんていうか年頃の女の子らしいまっすぐさだ。
ラピスちゃんもかなり大変な人生だったって聞いたが、
エリナさんがしっかり見てたんだなぁ…。
…なんかユリカだけじゃなくて俺まで自信なくなるな。
いや、元々ないんだけどさ…。
「…止めはしませんけど露骨ですね」
「だって会長秘書ってそれとなく会長に迫れそうじゃない」
「ラピス、そういう目的ならやめてくれよ…」
「いーやーっ!
それに眼上からもお願いされてるのよ」
「眼上さんから?」
「そうよ、アキト君。
私の後釜はラピスちゃんなんだから。
会長秘書が広報や折衝を担当するのは不自然じゃないわ」
割り込んできた眼上さんの発言に二人はびっくりしている。
なんだって!?
マスコミ広報や外部への折衝を執り行うのが眼上さんの役割だったが…。
まさかこんな小さな子に、老練な眼上さんの代わりなんて…。
……いや、出来ないとは言い切れない。
ホシノの過去の説明の仕方、相手に信じさせる話術、
そして世の中の事を…多分俺たちより良く知っている。
何よりホシノの事を支えてきた実績がある。
ひょっとしたらひょっとするな。
「それにね、眼上とも相談したんだけど、
アキトの芸能マネージャーもやるよ。
あとはバラバラに非公式だったファンクラブもまとめ上げる。
何しろ数が多いのに情報がいきわたってないんだもん、
不満で爆発しそうになってる子も多いの。
さつきたちも追いかけられて今日は大変だったみたいだし。
私に任せて!」
「まったく…アキトさん、大丈夫ですか?」
「あ、あははは…」
…ホシノも押しがつよい子には弱いんだよな。
俺も人の事は言えないけどさ…。
タイプは違うけどユリカと同じくらいの押しの強さがあるよな、この子。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
その後、俺達は解散することになった。
まだ時間も早いし、また明日以降の訓練に備えよう。
…そういえばサイゾウさん、激務で腰を痛めて休養してるんだよな。
俺のせいで申し訳ない。
しばらく俺もPMCマルスで鍛えることに集中するか…。
火星に行くの決めちゃったしな…。
ラピスが佐世保に来た翌日、
俺とユリちゃんは、今後のスケジュールについて話し合った。
ユーチャリスが導入出来た後、俺達は巡洋艦サイズの運用、
そしてスタッフの増員が不可欠である事を考えた。
本当はもう新しい人を入れるのは危険なので避けたかったんだが、
ナデシコクルーも生活班や整備班など人数が多い場所であればスパイをゼロにするのは難しい。
そう言った面から言えば、危険は伴うにしても増員を避け続けるのも無理だ。思い切ってやるしかない。
だが俺達もPMCマルスをいつまで続けるかという答えが出ていない。
しかも数年木星戦争が続くとして、ユーチャリスの乗員は数年で降りないと行けなくなる可能性がある。
現状の社員数であれば何かしら別事業を始めるなり、支援するなりできるが…。
ユーチャリス運用には120名程度必要と考えると、その後の支援は厳しいものがある。
そう考えると、増員もうかつに数を増やし過ぎるのは…ううむ。
…これは参った。
「あ、このあたりはラピスにアイディアがあるらしいんです」
「ラピスに?」
「…それと、もう一個問題があります。
ラピスがもうすぐ来ますから一緒に…」
噂をすれば、元気よくラピスが入ってきた。
しかも…どこで仕立ててきたのか、ラピスのサイズの女性向けビジネススーツまで着込んで。
エリナの会長秘書姿によく似ている。
「ラピス、おはよう…どうしたんだ、それ」
「えへへっ、特注で仕立ててきちゃった!
会長秘書ってカンジするでしょ」
「特注でって…高かったろうに。
代金はどうした?エリナに借りたのか?
しかもこんなに早く仕立ててもらうなんて…」
「眼上のツテで『洋服の赤山』の社長に頼んじゃった!
仕立てる時には広告に出る条件で、ずっとタダで仕立ててくれるって!」
「ら、ラピス…あなたという子は…」
…ユリちゃんが頭を抱えている。
こんな速度で行動して来るとは思わなかった。
早速ツテをフル活用してくるとは…。
それどころか俺の義理の妹であるという立場まで使って…。
ラピス…お前経営者とか向いてるよ、本当に…。
「それで、ラピス。
何か話があるのか?」
「そうなのよ、アキト。
…この間の襲撃事件の特別手当と補償費、
コスプレ喫茶と芸能界のギャラで賄ったでしょ?」
「あ、ああ。
ユリちゃんもその時、そのあたりの事ができなかったから…」
「…あのね、アキト。
私も会長秘書になるにあたって調べておいたんだけど…。
PMCマルスも会社だから法人税必要だよね?
で、アキトって事務所と契約してるんじゃなくて、
眼上と提携してPMCマルスを事務所として芸能活動してたから、
そのあたりの収入は全部売上として計上しなきゃいけないの。
えっと、ここまででアキトがコスプレ喫茶と芸能界で稼いだのは1億円ちょっとで、
法人税は25.5%程度かかるとすると…。
簡単に計算するけど2550万円くらいは必要になるよね?
でも、アキトはマエノの腕を失った保障と、
高額な襲撃事件の特別手当を収入から出しちゃったよね?
PMCマルス始めるまえに稼いだお金のほとんど全額で。
経費といえば経費だけど、襲撃事件の危険手当って前例がないから経費にできない可能性が高いの。
今まで集めた出資金も、この間のエステバリスフレーム増台でぜーんぶ使っちゃった。
…ってことはね、アキト。
2550万円、丸々負債なのよ…。
ううん、それどころかこの間の出撃の報酬から計算すると1億以上行っちゃうかも…」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!?
俺たち出撃回数は少ないけど、作戦成功して収入はあったよな!?」
「一回目の出撃の時のは二台のエステバリスがほぼ大破、修理で全部パー。
二回目の出撃の時のは弾薬を使い過ぎて7割依頼費がなくなって、
そのあとのアカツキとの決闘で、
アカツキに譲ってもらった陸戦エステバリスカスタムも脚部全損で、
修理費かかっちゃって残りの2割が消えて、
さらに、ギリギリみんなに給料出したらゼロなの。
ナデシコの給与体系を真似したのが災いして、高くついちゃったから。
わが社はもう火の車ーーってかんじなのよ」
…油断してた。
俺は計算さっぱりだからユリちゃんになげっぱなしだった。
とはいえユリちゃんがユリさん状態の時はこのあたりの事知らないわけで…。
かろうじてユリちゃんが計算していた額を振り込みをして事は済んだと思ったんだが…。
「そうなんです。
…今は出資金を出してくれる企業は増えてるんですが、
額が額で、共同経営やらを持ち掛けてくる企業が増えてて、
断るのが大変なんです。
…でも、外部のコントロール受けると危険が増えますし…。
ですから、アキトさん出稼ぎお願いします」
「へ?」
「へ?じゃないよアキト。
アキトは芸能人出来るんだから、稼ぎにでなくちゃ。
今のアキトならギャラの値段はつけ放題だよ?」
「え!?
ちょ、ちょっと待て…。
俺はもう芸能活動はしないって…」
「そんなこと言ってる場合じゃありません。
人員の補充どころか弾薬の補充ですらも怪しいんですよ。
せめて次の出撃分の弾薬代金くらいは稼がないと後がないんです!」
「それに私も眼上に弟子入りしてアキトのマネージャーと、
外部の折衝を覚えないといけないの。
一週間くらいは覚悟してよ?」
「じゃあパイロット訓練は!?出撃は!?」
「そっちはアカツキさんが手伝いに来てくれます。
アカツキさんも一週間くらいならエリナさんに、
会長職任せればなんとかできますから」
「あ、アカツキのやつ…。
PMCマルスに遊びに来るつもりか!?
エリナもそれでよく許したな!?」
「でも弾薬や修理費、追加スタッフの給与を稼ぐのはアキトしかできないよ?
元手ゼロでちょっと働くくらいで高額なギャラをそのままもらえる人ってほかにいないし」
「ユリちゃん…な、なんとかならないの…?」
「現状ではこれがベストです。
融資を受けることはなんとかできるでしょうけど、
アキトさん、借金にはいい思い出がないでしょ?
アカツキさんもユーチャリスの建造と工場を増やしたので、
裏金とかプール金ほとんどないらしいです。
連合軍にエステバリスが導入されない限り収入がないので、
弾薬代金をおごれないそうです。
…というわけで、ラピス、あとはお願いします」
「まっかせて!!」
「え!?ユリちゃんは!?」
「…仕事の時は甘えないで下さいよ。
社長の私がいないとPMCマルスは何も回らないんですから。
この間身に染みてわかったでしょう?
…ラピス、一緒に寝るのとほっぺにキスだけは許可します。
裸でうろついたり、一緒にお風呂はいったりはダメですよ」
「むうっ、ユリの意地悪」
「二人行動を許したんですから、妥協しなさい。
私だって数か月はキスだってなかなかしてもらえなかったんですから。
それにパパラッチが張り込んでるんですよ」
「ま、しょうがないか。
まだそういうタイミングじゃないね」
俺の意見抜きでどんどん話が進んでいる。
というか俺の立場って……。
なんか…世間の情けないって言われるお父さんの気持ちがわかる気がする…。
…ラピスを娘として迎えられなかった俺の甲斐性の低さがよくわかるよ。うう。
俺の気持ちが軽んじられても反論できない。
どんなに稼げても、世間で英雄扱いでも、実態はこんなものだ…。
「だ、だけどユリちゃん、俺がいないと寂しいでしょ?」
「寂しいですよ…?
でも弾薬とエステバリスは私たちの生命線です。
死んじゃったらなんにもなりませんし、一週間くらいは我慢できます。
ユーチャリス運営だってただじゃ済みませんし、
スタッフの増員もお金がないとどうしようもなりません。
諦めて頑張ってください」
……はぁ。
しかたないか。
「ほら、アキト!
さっさと東京に行くよ!!
眼上が待ってるんだから!」
「わかったよ…。
あ、そういえば人員補充の件のアイディアは?」
「だいじょーぶ!
もうユリに相談して眼上にお願いしてあるの!
仕込みは流々ってね!」
…本当に仕事が早いな。
ラピス、しっかり者の上に仕事ができて、明るく話して…。
…俺が親代わりにしてやれることなんてもう何もないんじゃないか…?
いやいっそ…。
………俺、ラピスに会長の座を譲っちゃおうかな。
『え~続きまして…コーナーが変わります!』
『A子と!』
『B子の!』
『今日の話題は、この2週間くらいずーっと続いちゃってる、
『世界一の王子様』ことホシノアキトさんについてのお話でぇ~~~す!』
『うぇー…そろそろ飽きてきちゃったわよぉ』
『しょーがないでしょ!
最近、テレビニュースも芸能ニュースもPMCマルスとホシノアキトでもちきりなんだから!
ほかにめぼしい話題なんてないんだからぼやかないの!』
『すごいことになっちゃったよねー。
ここんところ目立ったニュースも芸能人も出てきてないから、なおのことよね』
『そうそう!
それにね、PMCマルスのパイロット「明野さつきちゃん」が、
ファンに逆恨みされて追いかけられちゃったりとか!
だんだんすごいことになってきちゃったのよ!
PMCマルスにはラブレターを送るの禁止されてるから、
ファンのみんなは思いのたけをぶつける場所がなくって、
そりゃ~~~~もう大変なのよぉ!」
『アキト様ってば既婚者の上にシャイだもんねー。
そろそろ暴動とか起っちゃうんじゃないの?』
『ところがどっこい!
以前、ラジオにお手紙をくれたラジオネーム…『アキトの…』…。
あーもう!長いから省略するわよ、名前も出していいって言われてるし!
アキト様のお嫁さん、ホシノユリさんの妹、
ホシノラピスラズリちゃんからお手紙がまた来てまぁす!』
『おおーっ!
ファン待望の、身内からの情報提供!
やったね!』
『いくつか告知があるそうで…。
ねえ、ディレクターさん?
これ宣伝になっちゃうけど読んでいいの?
…読んでいい?すでに了承済み?
それじゃ、読み上げますっ!
「前略
ラピスです。
…この度は、アキトがあまり芸能活動ができなくなって、
ファンのみんなは姿が見れなくて残念かと思います。
で、ちょっとPMCマルスも資金繰りがまた厳しくなってきたので、
一週間限定で芸能界復帰しています。
午後からのテレビ番組にご注目くださぁい!」
ですって!
ファンのみんな、うれしいねっ!』
『ようやく会社にこもりっきりで出撃の時しか出てこないアキト様が、
限定的だけど戻ってくれるみたいね』
『続き読むわよ?
「それとファンのみんなにビックニュースです。
PMCマルスに導入される巡洋艦・ユーチャリスのスタッフ募集です。
今までは会社規模が小さかったので採用枠がゼロに近かったんですが、
今度はなんと100人の採用枠があります!」
聞いた!?100人よ!?』
『えー戦艦の運営って100人で足りるのかしら?』
『そんなのはいいわよ、とにかく続き読むわよ!
「各広告で告知しますが、念のため公式ホームページのほうでもご確認をお願いします。
ただし今回は正社員ではなく、契約社員の待遇になります。
わが社も木星トカゲとの戦争が一段落したら業務をエステバリス教習のみに縮小する見込みです。
さしあたって三年の契約、
そして満了時にまだ戦争が続いている場合は一年単位での契約更新、という形になります。
年齢制限等はありませんが、契約期間満了後はほぼ確実に解雇される可能性が高いです。
それでも参加して大丈夫な方の参加をお待ちしています。
募集は、生活班、整備班、通信士、保安部、その他補欠採用もあります!
みんなでホシノアキトと地球を守ろう!」
…だそうよ?』
『なるほどねー。
参加できる人は限られそうだけど、これはファンの人たちの応募が殺到するわよ』
『と、いうわけで、ラピスちゃんからの告知は終わり!
続いては、「アキト様へ届けっ!」のコーナーに移ります!』
『えー…かったるいなぁ。
このコーナー、届くお便りは全部が全部、
浮気してほしいとか、子供を産みたいとか、そんなのばっかりなんだもん。
思うのはいいけどこういうところに送らないほうがいいと思うんだけど』
『それは言わないお約束!
これもお仕事、お仕事はおまんまと自由のバロメーターよ!
真面目に読むの!』
『でもでも、浮気志望の皆々様?
かなわぬ想いは自分をむしばむってご存知かしら?』
『けどけど、恋愛するのは自由じゃないかしら?』
『ああっ、おせっかいだと知ってはいるけど言わずにいられない!
恋に恋して生きるのは普通の事かもしれないけれど?』
『それで視野が狭くなっちゃって、
近くにいる自分の王子様を見逃しちゃって、
お嫁に行きそびれちゃったら何にもならないんじゃないのかしら?』
……ホシノがいなくなってからもう4日経つな。
俺はサイゾウさんが店を閉めて休養してることもあって、最近はずっとPMCマルスにいる。
相変わらず、ネルガルのエステバリス隊をはじめ、PMCマルスは騒がしい。
ホシノがいなくなってから、変化はまあ色々あった。
最近、ユリカとルリちゃんはナデシコでの研修の最後の詰めに入っているらしい。
そのせいか、ホシノがいないせいか、あまりPMCマルスに顔を出さなくなった。
その代わりというか、ネルガルの極楽トンボなアカツキ会長が代わりに教習に来た。
…ネルガル、あんなに注目されてるのに暇なのか?
とはいえ、アカツキ会長の実力はホシノに次ぐレベルだ。
なんでか俺を妙にしごきに来るあたり、ホシノの代わりに八つ当たりされてる気もするが…。
それでも結構丁寧に教えてくれるので、俺みたいなへたくそでもだんだん上達してきた。
あと、パイロット候補生たちが鬼気迫る表情で訓練に臨むようになって、
連合軍のパイロット訓練生たちを圧倒し始めている…。
…ホシノの件が堪えたんだろうけど、立ち直ると強いなこの子達…。
…そんなことを振り返りながら、
ユリカからの電話が来て話し込んでいた。
『ね、アキト、明日のユーチャリスの受領式出れそう?』
「ああ。
サイゾウさん本格的に腰やっちゃってるから店はやってないんだよ。
俺も出るよ」
『やった!
…そういえば、アキト君はまだ東京?』
「ああ…芸能界は戦闘したりするよりは負担ないだろうから、
大丈夫じゃないか?」
『そっか…そうだよね…』
ユリカはホシノが東京にいるのが少し不安なんだな。
ホシノの健康状態はかなり不安があるし…。
資金繰りのため、必要なのは確かだが…ユリさんも寂しい想いをしているのは遠目から見てもわかる。
幸い最近は出撃がなかったから俺たちもよかったんだが…。
訓練生たちを見るので精いっぱいってところだからな。
「ま、大丈夫だって。
明日の受領式には一度戻るだろうから」
『うんっ。
ルリちゃんもちょっと不安そうだから、
顔が見れたらいいなって』
…ホシノのやつ、本当に心配ばっかりかけるよな。
あんなに強くても、やっぱり人間だからな…弱いところの一つや二つあるとは思ってたけど。
…そういえば、アカツキ会長はホシノの事をあまり語らないな。
色々パイロット候補生、パイロット訓練生共に聞かれてるのにはぐらかしている。
ネルガルがかかわることが多いからか?
…いや、何か違う気がするな。
特に俺がいる場所だと避けてるような気が…。
…気のせいだな。
「ぐ…はぁ…疲れた…」
「アキト、お疲れ様」
「あ…ありがとう、ラピス…」
俺はビジネスホテルに戻ったそばからぶっ倒れてしまった。
ラピスが差し出した火星ソーダを受け取って、額に当てて頭を冷やした。
…久しぶりの芸能活動は、人気の白熱具合と比例して密度が上がっていった。
今まで以上の仕事量が入っている。
テレビ番組もさることながら…ファンイベントが多く開催されて、
俺も表立ってファンサービスをしなければいけなくなった。
ギャラの事もあり、結構張り切る必要があった。
…途中、ヒーローショーみたいなことをやらされた一幕はちょっと恥ずかしすぎたけど。
これはラピスの提案だった。
ラピスは俺の感覚で仕事を調整すると露出が少なすぎてファンがまた暴発する可能性が高いといった。
…俺はそこまで考えないといけない立場か、と肩を落とした。
しかし、やった甲斐はあったな。
積極的に俺が前面に立つのを避けない方が、ファン、そして世間の共感を得やすかった。
彼らは戦い関係なく、何気なく俺に関わってほしいと思っているようで、
奇妙なことに、あんな戦闘をして戦うよりはこちらの方が求められているらしい。
それはそれで、戦うのが似合うといわれるよりは嬉しい。
木星トカゲとの戦いのシンボルや、単純に英雄として祭り上げられる状態を避けるには、
こういう芸能活動をした方がいいってことがわかってきた気がする。
結局そっちのほうが早く飽きられるかもしれないしな。
それだけじゃない…ラピスのスケジュール管理、あいさつ回り、交渉、折衝はすべて完璧だった。
ラピスはルリちゃんほど厳密な記憶力の調整などはされていないし、
コミュニケーション能力だってそんなにもともとは高くないのに…。
…いかん、俺のほうが自信を無くしそうだ。
「いよいよ明日はユーチャリスが来るね!
わくわくしちゃうよ!」
「…ああ。
……あの船には、いい思い出があまりない、けどな」
「…わかってるよ。
でも、私とアキトの船でしょ?」
「…ごめん、愚痴が出ちゃったな」
ユーチャリスという船は、俺にとってはユリカを取り戻すための武器であり…棺桶だった。
ユリカを助け出した後…おそらくは、あの中で朽ち果てるだろうと思っていた。
実際、そうなりかかっていた。それでいいとも思っていたが…。
ラピスだけは何とか離れてほしいと思っていたのに、最後までそれは叶わなかった。
ユーチャリスという船が、俺にラピスへの罪悪感を思い出させてしまう…。
「アキト…。
いいじゃない、あれはもうなくなった未来のことだよ?
アキトはもう『黒い皇子』じゃない。
『黒い皇子』の力を受け継いで入るかもしれないけど、
アキトはもう別の人間になっちゃったんだから、いいじゃない。
それにアキトは、今のほうがアキトらしいってわかるもん」
「…そうだな」
…とはいえ、まだ引きずってはいるがな。
「アキトはね、元の優しい一人の男の子に戻れたんだよ?
『黒い皇子』が真っ白な『世界一の王子様』になっちゃったんだよ?
アカツキたちと、ナデシコのみんなと、
私しか味方のいなかった『黒い皇子』が、
全世界を味方につけて、
一番星の王子様になっちゃったのよ。
冗談みたいでしょ?
こんなのありえないって思ってるかもしれないけど、
アキトはもうそういう人になっちゃったんだから」
…本当に冗談みたいな話だ。
こんな俺が英雄だの、輝く芸能人だの王子様だの…。
またユリちゃんやラピスを殺されたら、
きっとあの頃に逆戻りする俺のような奴が、な…。
……いかん、意識が昔に引きずられているな。
卑下しているつもりはないが、あれは一つの俺の姿。
紛れもない真実の俺の姿なんだ。
考えすぎれば、戻れなくなるかもしれん…。
「…アキト、また難しい顔して。
リンクがなくても昔の事考えてるのわかるよ。
悩みすぎは健康に悪いよ」
…そうだな、体に不安を抱えてる状態でこんなことを考えるのはよくないな。
これからが、大事なんだ。
いくらでもまっとうな人生を歩む方法がある。
変えられない過去じゃなくて、そっちのために色々頭を使おう。
「む、ごめん…。
そうだな、俺らしくないもんな。
…疲れたし、シャワー浴びるのは明日にして、もう寝るか」
「うん。
今日もいっしょに寝よ」
…またか。
東京に来てから毎日だぞ…。
一度この場面眼上さんに見られて『浮気現場みーっけ♪』って笑われるし、
ラピスは俺に抱き着く寝相があるから寝苦しいし、できればベットをわけたいんだが…。
「ラピス、一度聞いておきたいんだが、
俺のどこがいいんだ?
…ユリカやユリちゃん、エリナに好かれたところが今一つ、
俺自身じゃわからないっていうか…。
なんていうか納得できてないんだが…」
「私より恋愛経験あるくせにバカなこと言わないでよ。
男と女が好きになるのに理由なんていらないじゃない。
アキトだってそう言われればわかるんじゃないの?」
「……そうだな」
…なんにも言い返せん。それはそうだ。
恋愛って理屈も分からず心が動いてしまうんだからな…。
後から理由は考えたりするが、最初っからその理由があったとは言い難い。
しかし、好きになるのに理由がいらない、か…。
今のラピスは本当に素直に、まっすぐに答えるな…。
「そうじゃなくたってアキトは世界一の王子様だよ。
好きでい続けて一生を棒に振ったって惜しいと思わない子も多いと思うよ」
「…勘弁してくれ」
そういうのは本意じゃないというかなんというか…。
その人の可能性をつぶしていると思うと胸が苦しいな。
ラピスもそうなるかもしれないって考えるとなおのことだ…。
そもそもの話…。
「俺にはユリちゃんがいるんだぞ?
そこは覆せないだろ?」
「そこだよアキト。
私は逆にそこがわかんない。
ユリは元々ユリカの娘とか妹とか、そういう立場だったでしょ?
アキトにとっても妹くらいの感じだったでしょ?
…それなのに、結局はユリの告白を受け止めちゃったでしょ」
「うっ…」
…そういえばそうだった。
この世界だと同い年で、しかもしっかり者で、
ホシノアキトとしての人生ではほとんど親代わりをしてきた人…だが…。
テンカワアキトとしての俺の人生…未来の世界においてはラピスの言う通り、妹のような存在だ。
…ユリカに申し訳ないという気持ちはあっても、後悔はせずに受け入れた。
未来のルリちゃんと同じような立場にあるラピスにそういわれると…。
ラピスと俺が付き合う可能性が全くない、と言い切れないわけで…。
「ユリだって可能性があって、それをつかんだわけじゃない。
いいじゃない、私にも好きで居させてよ」
「で、でもラピスはまだ子供で…」
「う、うおお…」
ラピスに畳みかけられて俺はよろめいてしまった。
そ、そうか、ユリちゃんがほっぺにキスとか一緒に寝るのは許すとか言ったのはこのせいか…。
ユリちゃんもラピスの気持ちがわかるから、俺への恋心を閉じ込めるようには強制しなかったのか…。
だが、俺以外の男性がどういう人なのか知るってことを諦めてほしくないな…。
……いや、今は言うまい。
「…だけど、俺は浮気しないぞ?」
「…いい。
一生抱いてくれなくったっていい。
ユリよりアキトのほうが長生きする気がしてるから。
私、アキトがその白い髪が似合うくらいの、
しわくちゃのおじいさんになってからだっていい。
一日だけだっていいの…。
アキトのお嫁さんになってみたいの…」
「ラピス…」
さっきとは打って変わって、ラピスは弱弱しく俺にささやいた。
……思ったより、これは根が深そうだ。
それって人生をかけて俺を追いかけるってことじゃないか。
ラピスがこんな風に考えてるなんて思いもしなかったな…。
「分かった…。
ラピスの気持ちはよく分かった。
でもな、まずはいろいろ決着をつけてからにしよう。
俺たちはまだ何も終わってないんだからさ」
「うん…」
──結局、また保留か。
ユリちゃんの時もそうだったけど、保留しておくしかない。
俺もラピスのこととなると弱いんだよな…。
俺の勝手な復讐に巻き込んだラピスの、
普通の子のように明るくなったラピスの気持ちを手折ることなんてできない。
………こんなだとユリちゃんに愛想をつかされないか心配だな。
帰ったらユリちゃんと相談して、ちゃんとまた時間を持とう…。
そのためにも今はしっかり休もう。
明日はエリナのところにユーチャリスを取りにいかないといけないしな。
そして俺たちはたまり込んだ疲れをいやすためにただ静かに眠った…。
ふー。
会長職代行も結構骨が折れるわよね。
過去にも未来にも前例がないくらいネルガルの業績が伸びて、
エステバリスの生産に関わる色んなフォローが大変だった。
…結局アキト君に脅されたムトウ社長、三日くらい寝込んだのよね。
そのフォローでサヤカ先輩もかなり奔走して、連携が大変だった。
全く、みんな余計なことばっかりするんだから。後始末は私にばっかり押し付けて。
帳尻合わせさせられる身にもなってほしいわ。
…でもついにユーチャリスが、アキト君とラピスの手に渡る。
私の目の前にたたずむ、白亜の戦艦・ユーチャリス。
かつてターミナルコロニー5つを落とした最悪のテロリスト『黒い皇子』テンカワアキトの船が、
地球圏の英雄ホシノアキトの船として復活…いえ、誕生し直すなんて、本当に冗談もいいところね。
でも、きっといい結果を残してくれるわ。
今は連合軍のナデシコシリーズへの期待を膨らませてくれる、
そしてナデシコシリーズより先駆けて木星トカゲを蹴散らす船になる。
…後は木星に実際に行った時の対応と後詰だけね。
「おはよう、エリナ」
「早かったわね」
二人ともビジネスホテルに泊まってたからもう少しかかると思ったけど、
予定より15分以上早く来てくれたわ。
「ゆっくり食事をとろうと思ったんだけど、
アキトが食べ過ぎて追い出されちゃったの」
「…ラピス、言うなって」
…アキト君、強いし色々目立っては居るんだけど基本的には『キレンジャー』なのよね。
ちょっと性格と感性がずれてて、大食漢な感じで。
「ま、いいわ。
基本の操作系統は昔と大差ないし、ナデシコに準じたのに変えてある。
乗員がいる前提の船になってるから、ラピスは気をつけなさいよ」
「ん、だいじょうぶ。
うっかり昔の癖で口走ったらみんなを脅かしちゃうからね」
未来のユーチャリスの開発にはかなり木連の技師が入っているせいで、
人員不足をバッタで補ったりしていたので、
そのオペレーションをしてしまうと…木星トカゲのスパイと思われかねない。
ま、ラピスもアキト君もそんなことを今更しないでしょうけどね。
「ついでだから私も乗ってくわ。
いい加減ナガレ君を回収しないと」
「くすす、アカツキ、荷物扱いになってる」
「ほんと、いい加減にしてくれないと本当にネルガル乗っ取っちゃうんだから」
「…そりゃ怖いな」
笑いながら、私達はユーチャリスのブリッジに移動した。
…外観の意匠は一緒にしたけど、やっぱり内装はナデシコのコピーよね。
その方が色々落ち着くから…。
未来のユーチャリスは落ち目のネルガルでぎりぎりの状況で作った船だから、
内装も生活環境も最低限で良い船とは言えなかったものね…。
厳しい戦いだったとはいえ、あのころのような生活をラピスにはもうさせたくないわ。
今回はブリッジもナデシコ準拠になっているから、大人数で集まれるようになっているし、
巡洋艦としてスケールダウンしているとはいえ、十分な生活環境になったわ。
「ただいまっ!ユーチャリス!」
ラピスが、昔は見れなかった満面の笑顔でオペレーターシートに座った。
…本当、かわいくなったわね。
『初めまして、ラピス』
「あ、ダッシュ。
こうやって会うのは初めてだね。
よろしくね」
『よろしく』
ダッシュのメッセージウインドウがラピスに応じている…。
ラピスは入院中もダッシュと交信して、いろんなところをハッキングし続けていた。
相転移エンジンが動かないうちに使うと、
一日500万円という電気代を使うこのスパコン、オモイカネダッシュのおかげで、
ミスマル提督の失脚阻止、クリムゾン衰退情報、そしてナガレ君の事故死阻止という成果が得られた。
…本当、私たち一生ラピスに頭が上がらない気がするわ。
「エリナ、このコンソールだと操舵権の事が書かれてるけど」
「ああ、このユーチャリスの場合、操舵手が必要なの。
今日は私がやるわ」
「エリナがやってくれるなら心強いね!」
昔取った杵柄だけど…まさか私とラピスとアキト君でこの船を動かすことになるなんてね。
……ナガレ君と付き合うの決めてなかったら、ついはしゃいじゃうところだったわ。
「ラピス、行こう。
佐世保に!」
「うんっ!」
今のアキト君とラピスも、なかなかに名コンビよね。
…これは三年も経てば、結構ユリも危ないんじゃないかしらね。
ふふふ…。
私は電話に出ていました。
私が勤めていないPMCマルス本社にいるのに。
ユリ姉さんが出るのが主な受話器をなぜ私が使っているかというと…。
『ルリ、頼む。
アキトにお前ともども早くミスマル家に入ってしまってくれ!
こっちは身が持たないんだ!!』
「…はぁ。
私も一応あなたたちに生かされた身ではありますし、
そうしたいのはやまやまなんですがアキト兄さんはまだ戻ってませんし、
私にもちょっと事情があるので…」
『そこを何とか頼む…!』
「あとちょっとで決着が付くと思いますから…」
…私とアキト兄さんが引き取られていたことになっている里親である『ホシノ家』からの電話です。
今電話をかけている父によると、一週間ほど前にアキト兄さんの実家であるとマスコミにばれてしまい、
ご近所さんからの執拗な質問攻め、監視が続き、
そしてファンの女の子からプレゼントやラブレターが山のように毎日届くようになってしまい、
かといって捨ててしまうのもPMCマルスに送るにも、分量が分量なので大変な状態のようです。
そのせいで両親ともどもノイローゼになりかかっているそうです。
ちょっとだけいい気味ですが、口には出せません。
スムーズに親権を移動してもらうためには、相手の神経を逆なでるのは危険です。
ま、人身売買同然のことをしてるんですから、これくらい我慢してほしいです。
「できるだけ早く連絡をしますから、
もう少しだけ耐えて下さい」
『ぐ…わかった…』
受話器を置いたら、ついため息が出ました。
「ルリ、なんだって?」
「…アキト兄さんのせいで自分たちのところにお手紙やプレゼントが来すぎて、
参ってるのでさっさとミスマル家に親権を渡したいってお願いしてきました。
勝手なんですよね…」
「…ルリちゃん、苦労してるのね」
「ルリ、もうちょっとだから我慢してね」
ユリカさんとユリ姉さんが左右から、頬杖をついている私の頭を撫でてくれています。
…本当に早くあなたの家に行きたいです。
私もピースランドの実の両親と話し合いが済めばさっさと親権移動できるんですが…。
ピースランドの人たちもあと何日かしたら来てくれるでしょうけど…。
はぁ。
ホント勘弁して。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
それからしばらくして、私たちはユーチャリスの受領式の準備に取り掛かりました。
テンカワさんと食堂班のみんなで総出で料理を作り、
屋外の立食パーティの会場に運ぶ姿が見えます。
来賓も少しずつ集まってますし、連合軍関係者もいますね。
近くに連合軍のパイロット訓練生のテーブルがあります。
少し離れたところに、私たちナデシコクルーの場所が確保されています。
そのすぐ隣のテーブルにPMCマルスの社員のテーブル。
とはいえ、いろんな人が行き来しているので、あんまり厳密にはなってませんが。
「ついにユーチャリスが来るってか!
これで木星トカゲもイチコロだぜぇ!」
「そういや姉妹艦っていうからナデシコに似てんのか?」
「いや、ちょっと違うよ。
ナデシコの場合は大きなブレードが2本前に出ているだろう?
ユーチャリスは形状がさらに独特なんだ。
アンテナのような細いブレードが4本あって、それを状況に応じて広げたりするのさ。
そして細長い三角形の船体をしているんだが、その船体に合わせて格納したりね」
「へー!
変形ギミックなんて、かなり凝ってるね!」
「…強度はどうなの」
「ディストーションフィールドがあるから多少は平気さ」
…パイロットの人たち、だいぶ盛り上がってますね。
アカツキ会長が詳しいことをベラベラしゃべってますけど、
身内とはいえちょっとしゃべり過ぎじゃないですか?
「やっぱりすごい船なのかなー!」
「木星トカゲに対抗できる兵器だよな、やっぱり」
…そうでなくてもパイロット候補生、パイロット訓練生も色めきだっています。
こんなんでいいんでしょうか。
あ、それとナデシコのブリッジクルーや整備班まで来ています。
今後、提携してナデシコクルーの練習艦としてユーチャリスを使うという話はありましたが…。
アオイさんやメグミさんが憮然な表情でいるのをみると、避けた方がいい気がしてきますね。
みんなが一斉に振り向くと…遠くに白い、三角形の船体が見えました。
双眼鏡を手に持っている人までいます。
…なるほど、あれがユーチャリス。
ナデシコとは確かに構造が異なりますね。
かなり脆そうな印象がありますけど…。
『みんな、待たせたな!』
『ユーチャリス、とうちゃくっ!』
コミュニケに、アキト兄さんとラピスの顔が映ります。
…?
操舵席にはエリナさんですか。
彼女もそんなことができるんですか…でもなんで?
…あ、アカツキ会長がそっと逃げようとしてますね。
エリナさんと付き合ってるんじゃなかったんですか?
…ああ、なるほど。
会長職をもう少しさぼりたいんですね。
で、迎えに来たエリナさんからもうちょっとだけ逃げようと。
そんなことしてると嫌われるんじゃ?
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
その後、受領式が行われました。
アカツキ会長が簡単に期待の言葉を述べた後、
通信でミスマル提督まで、一言くれました。
……で、当然のごとく、マスコミが殺到してますし、
PMCマルスの外部には人ごみ人だかりができてます。
…はぁ。
平日の昼間だっていうのに、みんな暇なのね。
アキト兄さんとユリ姉さんはマスコミへの対応に追われてますし、
ホント、ごくろーさまって感じです。
…ん?
なんか、上空に、また船が来てませんか?
連合軍の船もわざわざこんなところに祝砲を撃ちに来ませんし…。
マスコミの人たちは慌ててアキト兄さんたちのところに詰め寄ってます。
当然ですよね。
直撃されたらひとたまりもありませんし。
でも、なんか変ですねあの船。
なんか光ってますし…。
「…いや、あれって」
「…ピースランドの船、ですね」
確かによーくみると輝くネオンに「PEACE LAND」の文字が!?
こ、こんなタイミングですか!?
このタイミングで来るんですか!?
一週間と少し前に髪の毛を数本添付した手紙を送りましたけど…。
エアメールでしたし、DNA鑑定に時間がかかるとは思いましたけど…。
せめて土日に来てほしいって一応書いておいたのに…。
さ、最悪のタイミングです…。
ユーチャリス受領とのことでマスコミが殺到しています…。
多分、生放送が多数です。
全世界の期待を集めるPMCマルスの戦艦を一目見ようと、集っています。
こんな時に私がピースランドの国王の娘だってばれたら…。
ネオン輝く、派手で悪趣味な船のスピーカーから…私を呼ぶ声が聞こえました。
ああ…ほんとやめて…。
その場にいた全員の視線が突き刺さります。
私以外にこの場にルリと名前の付く人はいません。
この場でルリといえば私だけです。
……私はよりによって最悪な状態で、私は故郷への初コンタクトを果たしてしまいました。
今回ははじけるラピス&ホシノアキトのせいで運命変わったり影響を受けまくっている人たちのお話でした。
いつも基本的に裏方だったラピスがどんどこ動くと楽しいですね。今回も裏方は裏方ですけど直接的ですし。
ぼつぼつ今後への仕込みが完了しそうな空気を出しつつ、
ピースランド編に突入していきます。盛り上がるといいなぁ。
次回、ユーチャリスの初出撃、初任務とルリちゃんピースランド漫遊記です。
かつてのピースランドの状況から何か変わるのかなぁ~~~?などといいつつ、
ってな具合で次回へ~~~~~~~~ッ!!
あるえ?そんなにひどかったかな…(読み直す)。
ラピスが話してる体で、全員に話しているシーンにしたかったんですが、
読み直すとかなり冗長ですね…む、昔からこの辺の癖が直ってない…。
精進します。
こんにちは、ユリカです!
ルリちゃん、大丈夫かなぁ?
なーんか穏やかな感じじゃないんだよね、ピースランドの人たち。
何か誤解されてないかなぁ?大丈夫かなぁ?
あ、それとね!
ついに正式にナデシコとPMCマルスのみんなが合流するの!
私達も実戦経験必要だし、ユーチャリスの慣熟運航もかねてね!
でも、今回はユーチャリスの出番なさそ?そんなことない?
とにかくドーンとやっちゃいますっ!
ユリちゃん、なんなら私に任せて休んじゃってもいいよ!
なんてったってユリちゃんはアキト君とラブラブなんだからっ!
最近そもそもアニメを見るのがしんどくなってMADばっかり見てる作者が贈る、
ナデシコが出航する前に原作イベントが尽きちゃいそうなナデシコ二次創作、
をみんなで見てくださいっ!
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代理人の感想
ラピスサイズのビジネススーツか・・・
なにそれクッソ可愛い。
そして有能すぎるwww
渉外は無理にしても経理としては超有能だなw
そしてジュン君不幸!
うんもうほんとにそれしか言えないw
強く生きてくれw
>ピースランド
ゲラゲラゲラゲラwwww
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