ピースランドからこんにちは。
どうも、ルリです。
…なんだか親子関係って何かと大変よね。
アカツキさんも確執があったみたいだし、
マエノさんちも思想が偏った親御さんで大変みたい。
どこぞのキノコ親子さんも苦労しながらも再スタートするみたいだけど。
そこんとこ行くと、私は父に放っておかれて腐っちゃいそうです。
はぁ、やっぱりお金持ちって性格が悪いのかなぁ。
アキト兄さん、王子様らしくいっちょ私を助けて下さい。
あ、ユリ姉さんが囚われの姫じゃなくて残念でしょうけど。
そんじゃ、本編スタート、よろしく。
よーい、どん。
……昨日の衝撃的なユーチャリスの主砲、そしてムネタケ提督の艦内ジャック訓練。
連合軍パイロット訓練生組の私たちは食堂で交流会をしながら、
その状況を見守っているしかなかった。
あの威力、本当にうらやましいわよねぇ……西欧方面軍にもユーチャリス、一隻くれないかしら。
いろんな事がありすぎて、もー頭が痛いわよ…でも…。
「……私達こんなことしてていいのかしら」
……私達パイロット候補生一行は…。
PMCマルスの慰安旅行でピースランドに遊びに来ています。
…なんていうか、サービス良すぎよね、PMCマルス。
一般企業にしたって、やりすぎじゃないかしら?
一人あたり日本円で三万円のお小遣い付きでこんなことをするなんて…。
…ホシノアキト隊長は、芸能界で荒稼ぎしてきてくれたからこれくらいなんともないらしいけど。
とはいえ、ある意味「半舷休息」なので大丈夫なんだろうけど。
ナデシコ班のみんなが今はユーチャリスを使ってる。
で、当然そうなると私たちがあぶれるので、
その間は遊びに来ていいってことになったわけで。
逆に次の出撃は私たちの所属しているユーチャリス班の人たちが出る。
ナデシコ班はその時にピースランドで遊ぶ。
…会社の空気の軽さもさることながら、この余裕を忘れない態度、逆に尊敬すらするわよ。
この間に裏でルリ姫の様子を見に行くつもりというのはあるらしいんだけど、
それにしても大げさだとは思うのよね…。
「何真面目になっちゃってるのよ。
次の出撃は私とアリサも出るんじゃない。
命賭けるんだからこれくらいいーのよ」
「青葉…そうは言うけど、私たちは連合軍から派遣されていて…」
「見なさい、ほら」
青葉が指さす先には…ムネタケ提督がパフェ食べてる!?
「あれくらいリラックスして力を蓄えるのも仕事じゃないの?」
「な、な、な…」
…意外です。
ムネタケ提督はムネタケ参謀のご子息で、
結構お堅くて融通が利かないことで有名だったんですが…。
「人に指差してるんじゃないわよ。
それに私はこれでも真剣なの。
…休暇の過ごし方が下手すぎて、
過労気味になりやすいって医者から言われてるのよ。
リラックスするのにも練習が必要だそうでね…」
…なんていうか、それはお疲れ様ですね。
ただ、最初にユーチャリスで見かけた時は評判通りって感じたんですけど…。
ずいぶん雰囲気が柔らかく、いい具合に力が抜けているように思います。
いい休日を過ごせるといいですね。
このピースランド、趣味ではなさそうでちょっと複雑そうな顔ですけど。
「ほら、私達も楽しもうよ。
アキト様だって楽しんでるんだから」
「えっ?」
…遠目に見える人だかり…。
テレビ局のカメラはもとより、たくさんの人だかりが見える。
いつもどおりの人気ぶりですね。
って、よく見ると日本のテレビ局が結構多いです。
西欧諸国に属するピースランド…。
当然、西欧諸国周辺のテレビ局、そのほかマスコミもかなりいますが、
半数以上は日本のテレビ局ですね。
やっぱり、ホシノアキトは日本のスターですからね。
英雄と呼ばれながらも、身近な存在だからでしょう。
実際、わざわざアメリカ系やアフリカ系のマスコミは来てません。
ネタ探しに近所から来てる感じでしょうね、西欧系のマスコミは。
…とはいえ。
「…見えないわよ」
「ほいっと」
わっ!?
後ろからレオナが私を持ち上げた!?
185センチの巨体とはいえ、人ひとりを軽々と!?
私は、さつき、青葉、レオナのグループと同行している。
…連合軍の軽い男どもについていかなかったためにあぶれた私は、
パイロット候補生で互角のレベルに居る青葉のグループに混ぜてもらった。
……ひとりぼっち回避できたのは結構嬉しかったわ。
「見えた…なんか遊んでるけど…」
「あ、考えてみればあんなにマスコミが居るんだから、
端末で日本のテレビの生放送で見れるじゃない」
……それは盲点でした。
私はレオナに降ろしてもらって、全員で端末を確認してみています。
どうやら、射的をやっているみたいですね。
コルクの銃ではなく、リボルバーの形をしたエアガンのようです。
『あー!
倒れないよう、アキト!』
『しょうがないな、代わってやるよ』
…大きなクマのぬいぐるみ狙いですか。
ラピスちゃんに代わって銃を受け取るホシノアキト。
一応倒せないことはないんでしょうけど、数人がかりでやらないとダメでしょうね。
『やっぱり無理かな』
『へっへっへ、さすがに一人じゃ無理ですぜ、王子様』
エアガンの空気音が鳴り響き、
ぬいぐるみはよろめきながらも全く落ちる様子がありません。
…西部劇のヒールみたいな店員さんですね。
超似あってます。
『いや、これで癖は分かった。
もう一つ、お願いします』
代金を払うと、もう1挺銃を受け取り、空になった方の銃を返してます。
『リボルバーだったらこいつが使えるんだよね』
『なっ!?』
『わー!アキトすっごーい!』
『アキトさんがやったら反則ですよ』
トリガーを引いたままもう片方の手でハンマーを連打する連射方法ですか!?
BB弾の連打を受けてぬいぐるみはあっさり落ちてしまいました。
この撃ち方は映画でしか見たことありませんし、
普通あんなじゃ照準が定まらなくてうまくいかないのに…。
いえ、そもそも趣味的な要素も多いリボルバーの扱いに慣れている日本人なんてそうはいないんですが…。
…ま、気にするところじゃありませんね。
そもそも日本語名だからと言って日本人とは限りませんし。
血のつながりのない妹のルリちゃんだって、ピースランドの出身だとするなら西欧系です。
…あ、次の順番の子供が真似してるけどうまくいってない。
そりゃそうですよね。
あ、ホシノアキト隊長がまた代わってあげてる。
相変わらず人がいいですね、彼は。
私たちはマスコミの人たちに30分ほど足止めをされながらも、
ようやく離れてくれました。
ルリの事をたくさん聞かれたり、
前回の出撃ではムネタケ提督のユーチャリスジャックの件があったので聞けなかった、
私の容姿がマシンチャイルド化した事などについて聞かれました。
…体質です、としか答えようがないですけど、やっぱりネルガルのバッシングにつながっちゃいそうですね。
この世界での育ての両親の事を突っつかれると結構危ない気もしますけど、
ま、それくらいはアカツキさんが何とかしてくれるでしょう。
…で、私たちは遠巻きに撮影されながらもちゃんとピースランドをそれなりに楽しんでいます。
前の世界の事があって、二度目。
あまり楽しめないとは思っていたんですが、ちゃんと楽しめています。
あの時は国王、そしてピースランドという国を…見極めるのに必死だったところがあって、
どうも楽しみ切れなかったんですが、完全に他人になってしまった今、
ベタベタなこの国でのアキトさんとのデートは、楽しいです。
こういうデートだって、私たちは中々できてなかったですから。
けど…。
「ああ、待ってろってば。
…お前ホントにユリカに似てきたよな」
……この『私の妹になったラピス』というコブさえなければ完璧なのに。
「…ラピス、ちょっとは気遣ったらどうです。
この間みたいに私にゆずっても…」
「べー!
私だってピースランド初めてだもん!
こういう日にアキトを独り占めなんてずるいじゃない。
それにユリは私のお姉さま、でしょ?」
……くっ、それを持ち出されると反論できない。
自分の立場を活用するのがうまい上に、正直にまっすぐな言葉を出すのも得意。
その上に頭の回転は作戦行動中のユリカさん並にキレキレですね…。
本当に油断のできない子です。
「ふ、二人ともやめてくれって…。
ユリちゃん、ラピス、三人で楽しむ約束だろ?
お願いだから……」
「…そうだね、喧嘩しちゃったら台無しだし、
週刊誌に書かれるとちょっとシャクだよね」
「…分かりました。
ここは、素直に楽しみましょう」
「…ほ」
ラピスがピースランドの視察をしたいっていうので、
それも込みで遊びに来ているわけです。
この通常のテーマパークの5倍のサイズともいわれている大きさのピースランド、
真剣に回ろうとすると3日以上かかるのが普通です。
要所要所を観察しながら、作戦を立てるために情報を集める…。
ネットやハッキングだけではどうしても地理、突破できない場所、
移動に必要な時間や体力が想像できないですからね。
久しぶりにちゃんと遊びに出るっていうのも重要です。
何しろ、本当に忙しいですから、PMCマルス始まってからずっと。
…ま、ちなみに週刊誌のほうはたぶん手遅れなんですけどね。
「…そういえば、ユーチャリス本当に大丈夫かなぁ?」
「一応両親を乗せてあるし、
あの子、思ったよりはちゃんとしてる子だし、
アキトのファンらしいからご機嫌とってあげれば大丈夫だよ」
「そ、そうだったんだ」
ユーチャリスを地球に残す場合、マシンチャイルドのオペレーターがゼロになると困るので、
研修を兼ねてハーリー君を緊急的にユーチャリスのオペレーターとして駆り出したんですが…。
………大丈夫かなぁ。
あの子、ちょっと子供らしすぎて扱いづらいところあるから…。
…昔は純粋に羨ましかったところですけど。
離れたところに居るとどうも不安ですね、ハーリー君。
今度も鍛え直してあげないと。
私たちはピースランドに行けるという言葉に後ろ髪をひかれる思いをしながらも…。
かろうじて目の前の作戦に集中していた。
ラピスちゃんも、ルリちゃんの事があるからって一度降りちゃったんだよね。
いいなぁ、ユリちゃんたち。
早く私も遊びに行きたいなぁ。
「…ユリカ、ぼうっとしてる?
そろそろいい感じに敵がまとまってきたよ?」
「ほへっ!?
ご、ごめんねジュン君!」
…放心状態になってたかな?
いけない、しっかりしなきゃ。
…うん、エステバリス隊、グラビティブラストの範囲外に逃げたね!
「ハーリー君、グラビティブラスト!
広域放射!お願いね!」
ハーリー君の元気のいい声とともに、グラビティブラストが放たれて、
敵がすべて爆発…そして…。
連合軍の支援部隊から通信が入った。
『こちら連合軍戦闘機部隊!
バンカーバスターでの連打!行きます!』
「わ、ありがとう。
でも、もう一発グラビティブラストを撃てば終わりますよ?」
『そう言わんで下さい。
あなたたちばかりに戦わせてしまっては連合軍の名が廃ります。
それにこの骨董品の弾薬も、最後の晴れ舞台を欲しがってますよ』
…そういえばそうだね。
この間の山口県での出撃の時もだったけど、
骨董品のバンカーバスターって結構いろんなところにあるんだね。
結局、格納庫を圧迫する骨董品で次使うか分からないのに残しておくのも…。
そうしないと次の兵器を導入できないし。
チューリップもグラビティブラストで傷こそ負ってないけど、
ちょうどフィールドも半減しているはずだし…。
うん!大丈夫!
「それじゃドーン!てお願いします!
クリアランスセールで行きましょう!」
『了解!』
40発にも及ぶ、バンカーバスターの連打が、
強固な外殻をもつチューリップを崩壊させた。
…うん、一度やったけど、やっぱり戦い方次第だよね。
連合軍の既存武器でも、対抗できないことはない。
もっとも、ここまでの状況を作るのにはやっぱりエステバリスは必要だけどね。
ユーチャリスかナデシコがあればもうばっちり。
うん!やっていけそう!
「なぁんだ、もう終わっちゃったの。
あっけないの」
「でもよかったですよ、誰も怪我しなくて」
「…うん、メグちゃんの言う通りだよ。
誰も怪我しないのが一番…」
私は言いかけて、言葉をすべて吐き出せなかった。
…木星トカゲが人間ってちょっと前に聞いて、少しだけど戦うことへの疑問が生まれている。
今は制圧のために無人兵器主体の攻撃を繰り返しているんだろうけど…。
いつかは人間同士の戦いになるかもしれない。
…その時、対人戦闘を禁止しているPMCマルスはどうなるの?
私はその時、人を相手にしてどこまでやれるの?
……分からない。
同じ人間だってことは…家族が居るってことで…。
国家や上司にどんな悪逆非道の国だと宣伝されていたとしても、
そこには血の通った人間が間違いなく居る。
それを分かってるアキト君は…全世界が戦争に舵を切ったとき、どうするんだろ。
……今度ちゃんと聞いてみようかな。
だってアキト君はもう、英雄だもんね…。
戦争反対の位置を取ったらどれくらい危険で、
どんなことになるのか想像できないもん。
「…艦長、最近ボーっとしすぎじゃない?」
「ほへ、ごめんなさい。
…アキト君達、ちゃんと楽しんでるかなって」
「…あの人そんなに信用できるんですか?」
むっ、メグちゃん、ひどい。
アキト君ってそんなにひどい人じゃないよ。
そ、それはいろいろ昔あったみたいだけど…悪い人じゃないよ、全然。
「……それって、あんまり信用できないですよ。
誰かが信頼してるから、信頼できるなんて。
世の中には暴力を振るわれても『この人はいいところがあるから』って我慢する人がいるんですよ。
それに芸能界に居る男の人って怖い人ばっかりです」
「メグちゃん、あなたも結構苦労したの?」
…大変なんだ、芸能関係って。
メグちゃん、声優とか歌のお姉さんとかいろいろやってたみたいだけど、大変だったんだ。
アキト君も大変そうだったもんね……。
………。
……考えるのやめよ。
そんなことないだろうし。
アキト君強いし。
「おかーさん、
ホシノアキトさんまだこないの?」
「待ちなさい。
明日になれば会えるわよ」
……ハーリー君、かわいいけど。
ユーチャリスを動かす場合、ユリちゃんかルリちゃんかラピスちゃんが必要で、
今回はルリちゃんより小さな子をさらに連れてこないといけないって…なんか不安。
オペレーターのシステム、ちょっと考え直した方がいいんじゃないかなぁ、ネルガルさん。
せめて普通のオペレーターでも扱える予備システムくらいあったほうがいいんじゃない?
私は例の…ネルガルの犬と思しき、ホシノアキトの入国を聞き、この監視室に赴いた。
彼奴は、とんでもない女好きで年齢を問わず毒牙にかけているという噂だ。
ルリのあの態度からすると、毒牙にかかっては居ない様子ではあったものの、
長い間ホシノアキトのそばに居たらその可能性がなかったわけではない…。
何よりネルガルに囲われて、ネルガルの宣伝用に作られた偽りのスター、偽りの英雄。
その庇護下にあるというのは、ゾっとしない。
そこまで強固に固められている状態で、ルリは自分の出生の秘密を突き止め、
私たちにコンタクトを取ってくれたのだ…。
もう二度と、どこの誰にもやるものか…!
「首尾は?」
「問題ありません。
入国後、普通にピースランドの内部で遊びまわっているだけのようです。
……思いのほかルリ姫の事を忘れているようで、薄情ですね」
「薄情はそれはそうだろう。
偽りの家族にすぎんのだからな。
とはいえ、あれほどの戦闘能力、まだ何か隠し持っているかもしれん。
ネルガルに何を仕込まれているかわからん。
チェック、怠るな」
「はっ」
「…ちょっと、あなた。
大げさな事ばかりしないで下さい。
ルリがまた呼んでるんですよ」
「な、お前は、公務をほっぽってこんなところに来たのか?!」
「隙間があったから様子を見に来ただけです。
…本当は私もルリの所に少しでも顔を出したいのに、あなたは」
「私だってそうだ。
賊が入り込んでくるというので、警戒に当たっているだけだ!
まだ公務は夜遅くまで残っておるわ!」
「そういうことを言っていません!
ルリはほんの30分欲しいと言ってきているのです。
私にまで公務に集中させてなにも話させないんですから…」
「子供のわがままに構っている場合か!?
今度はルリが命を落とす…いやそれすら生ぬるいことになるかもしれん!
親として見過ごすわけには…」
「ならなおのことです!
ルリが私たちと言葉をかわせぬまま、連れ去られるようなことがあったら…」
貴重な時間を浪費していると分かっていても、やめられず…。
私達の話し合いは平行線を辿った。
父と母がまだつかまらないので…せめて気がまぎれるようにと、
弟たちとちょっと話してみようかと考え、部屋を訪れました。
私と歳は2つくらいしか変わらないようですが、なんていうか…。
「お姉様、囚われの生活でさぞ大変だったでしょう!
安心して下さい、ここは怖い看守や見張りはいませんから!」
「…い、いえそんなに最近は閉じ込められたりは…。
それに私は独房に囚われてたわけじゃ…」
「ああっ!
可愛そうなお姉様、きっとみすぼらしい衣を着て、
朝から晩までつらい労働を…」
「あ、あのね?
私はどっちかっていうと頭脳労働を…」
「いいんです、お姉様。
ぼくたちがお父様とお母様に代わって、存分に癒して差し上げますから」
…おーい。
みんな、話聞いて。
「…あの、ちょっと落ち着いてください。
私、アキト兄さんやユリ姉さん、ユリカさんに、けっこう家族として温かく迎えられていたの。
…たしかにその前はつらい思い出ばっかりだけど、
そんなに心配しないでいいの、弟たち」
……この子たち、父によーーーく似て話を聞いてくれませんね。
はぁ。
でも一人でいるよりはいいし、根気強く話しましょう。
父と母についてわずかでも情報を仕入れたいところですし、
時間は有り余ってますから。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
その後、しばらく話を続けたところ、
ようやく私の質問に答えてくれる状態になってくれました。
…どうやら父と母はもともとピースランドの経営者として、
普段から多忙な毎日を送っており、なかなか帰ってこないようです。
月に一度か二度、夕食を一緒に食べて少し話している他は、
従者や家庭教師と過ごすことが多いようですね。
……それを知っていればいの一番に文句言ってあげたんですけど。
幸い、弟たちは部屋に閉じ込められているわけではなく、
外遊びや城下町への外出など、それなりに子供らしく遊ばせてもらっていたりするそうで、
思い込みが激しいけれど、ちょっとだけホッとしました。
ただ…。
「でもちょっとだけ不満はあります。
お父様たち、僕たちをピースランドの外には滅多に連れていってくれないんです」
「それにぼくたちもそろそろ兄弟以外の人と遊んだりしたいです。
友達とか、外の世界とか憧れてるんです。
観劇でもたくさんそういうものが題材になってますし、
ぼくたち、もっといろんなことを知りたいんです」
…なるほど。
弟たちも普通の子供らしい、普通の不満をもっているんですね。
とはいえ父と母とは滅多に会えないから、ご機嫌取ろうとして言えないわけね。
「でもピースランドは敵は少ないけど漬け込む人は多いから…。
僕たちが国外に外出すると付け込まれるっていうのも分かるんです」
「つらいよねー、解決できないから」
……弟たち、はしゃいでなければそれなりに子供としては賢い方かもしれないですね。
よく見てますね、父と母を。
「お姉様、そういえば引き取られていた先では、
ホシノアキトがお兄さんって聞いたんですが…」
「はい。
…聞きたいですか?」
弟たち、興味津々ですね。
本物の王子たちに興味を持たれるなんて、
やっぱり評判の王子様なんですね、アキト兄さん。
…そのあと、またしばらくアキト兄さんのことを話しました。
どうやらアキト兄さんの情報は、
私が妹と知られる前は弟たちは知っていたそうです。
……アキト兄さん、どうやら異国の地ですらあなたはヒーロー扱いみたいですよ。
ま、そうよね。
木星トカゲにやられっぱなしの最近じゃ、
アキト兄さんの活躍ってほんとうに珍しい明るいニュースだから。
ただ私が妹と知られると同時に情報がシャットアウトされてしまったそうです。
どうやら父はアキト兄さんを露骨に敵視しているみたいですね。
…もしかしてネルガルのエージェント扱いされてたりとか?
ありえますね。
「でも意外です、あんなに強いのにコック志望なんて…」
「アキトさんの…ゴシップ?スキャンダル?
ってよく聞くんですけど、なんですかそれ?」
「…ちょっと悪い噂とか悪口とか思ってればいいです。
大人の世界の、明るくない嘘ってことです。
とにかく、世間で言うような噂はほとんど嘘っぱちです。
ユリ姉さんにぞっこんで、大食らいで、料理好きで、凄腕パイロットで、
でも普段はぼうっとしていて、やたら優しいバ…朗らかな人です」
「ルリお姉様は、アキトさんを好きですか?」
……なんてこと聞くんですか。
いえ、家族としてでしょうけど。
「兄と慕っているくらいには好きですよ。
私はユリ姉さんの方が好きですけど」
「ホシノアキトさんが娶った、
お姉様が好きっていう女性…立派な方なんだろうなぁ」
「ええ、とっても。
その姉のユリカさんといっしょで二人ともすごい人です」
あんな風に私が自分で気づかなかった、心の寂しさに気づいて、
抱きしめてくれるなんて思いもしませんでした。
そうじゃなくても仕事がすっごいバリバリですし。
ユリカさんも、私の事をまっすぐみてくれて、姉になってくれた…。
ユリ姉さんもユリカさんも、優しくてすごい人です。
「そういえば、そのペンダントをくれた…。
ラピスって女の子は?」
「美人でしたよね…」
…こら、そこの早熟な金髪の弟。
ちょっと怒りたいところですが、ま、あとにしましょう。
「彼女はラピスラズリ…私と同じ名前を持つ、
年の近い姉です。
まだ知り合って浅いんですけど、
アキト兄さんたちとおなじで、家族だって思います」
「……お姉様、帰りたいんですか?」
……この子、察しがいいですね。
「……そうですね」
「ぼくたちといるの、嫌ですか?」
…目を潤ませないで下さいよ。
言いづらいじゃないですか。
「いえ、嫌じゃないです。
こんなに賑やかな弟がいるの、楽しいです。
お姉さんになるってこんな気分なんだって、嬉しかったですし…。
でも…私、やっぱりこの国では暮らせないみたいなの。
お魚と同じです。
水質の違うところにいたら、死んじゃいますから」
「寂しいです…でも、また遊びに来てください。
二度と会えないなんて嫌です。
お姉様、優しくて綺麗です」
…優しい、ですか。
そうかな?
でも、本当にそうなっていたとするなら、やっぱり…。
「うん、必ずまた遊びに来ますよ。
弟たち、あなたたちも私の大切な家族だって、分かったんです。
でも私は…。
私は、優しさを教えてくれたあの家族の元に帰るんです」
この弟たちとのこの短い間の会話で…。
父と母が私を見つめてくれたことで、
私はここに居ていいって、家族で居ていいんだって、分かりました。
それが分かっただけで実は…すごく嬉しかったんです。
私は望まれてこの世に生を受けた。
そしてみんな、戻ってきた私を受け入れてくれた、愛してくれたという事実だけで…。
普通に生きられなかった空虚な過去を何とか…かろうじて受け入れられそうです。
……ユリ姉さん、私にこれを知ってほしかったんですか?
……とんでもないマズいピザ屋に当たってしまいました。
私たちは店主が機嫌を損ねないように気を付けながら、こそこそと出ていきました。
こういうテーマパークにあるお店って確かに潰れないわけですし、
あるだけで十分っていう人のほうが多いですし、おいしい印象はあまりないんですけど、
それにしてもひどいです。味は冷凍食品のほうが10倍マシって…。
変に特徴を持たせようとして大失敗してますね、ここ。
「お、おえぇ……」
「みんなよくアレを食べれるわよね…」
「はぁ、災難だったわ」
そういえば店内の人は割とだいじょぶそうな顔をしてましたね。
もしかして局所的にすごいマズいピザがあっただけとか?
……うーん、地雷って見えないから怖いわ。
「そういえばテンカワさんは来てないの?
彼もいればそれなりに悪目立ちするタイプだけど」
「あー、ナデシコ班のユリカさんがどうしてもデートに誘いたいって、
ユリさんにお願いしてたんでそのせいね」
……そうですか。
彼だけは今回だけはナデシコ班担当ですか。
ま、彼はコックが本業ですし、ナデシコ班の腕利きパイロットが居れば大丈夫でしょう。
「ヒロシゲにいちゃーん!
つぎあれやろうよー!」
「ばっ、お前らいくら使う気だ!?
もう軽く20万は使ってるぞ!?」
「いいじゃない、ピースランドなんて次は成人してからじゃないと来れないんだから!
一生の思い出にけちけちしないの!」
「お、俺の稼ぎなのに…」
「ヒロシゲさん、今日はあきらめましょうよ。
お義父さんとお義母さんと喧嘩別れ気味に家出してきちゃったから、
おいていくわけにもいかず連れてきちゃったんですから」
…説明口調に、シーラ整備班長が話してますね。
マエノ家は最近PMCマルスに入り浸りぎみみたいですが…。
あの家も結構大変みたいね。
…あ、私も実家にお土産くらい贈ろうかな。
せっかくだし…。
俺は…ユリカの『公私混同』の巻き添えによって…いや『休暇の調整』によって、
ナデシコ班のほうに回されてしまった。
ナデシコに乗ることになれば、やっぱり兼業コックとして乗るつもりではあったんだけど…。
「テンカワー!さっさと食材を切るんだよ!」
「う、うっす!」
ホウメイシェフに言われて、俺は焦りながら食材の仕込みを続けた。
200人規模の戦艦の厨房ってこんなにすごいのか!?
ユーチャリスは巡洋艦で人数はほぼ半分ちょいにしてあるんだけど、
今回はみんな同時に食堂に来ないといけない状況だからだけど…・。
いっぺんに来ると、こんなにすごいことになるのか…。
確かに人数がいるし厨房も広いけど…これじゃまるで最近の雪谷食堂じゃないか!?
「テンカワ君、ホシノアキトさんのことなんだけど…」
「ちょ、それどころじゃないでしょ!?」
…ただ参ったのはナデシコ食堂班、通称『ホウメイガールズ』のみんなだ。
彼女たちは話しながらでも仕込みや調理ができるほどの手練れなんだけど、
雑談でしょっちゅうホシノの事を聞きに来る。
彼女たち全員、それなりにファンらしい。
そこまでディープなファンじゃないのが救いだ。ある程度自制してくれる。
だけど…。
「…テンカワ君、髪の毛染めないの?」
「染めないよ!」
……たまに俺をホシノのコピーにしようとするのが困りものだ。
カツラやカラコンはもちろんのこと…どこから仕入れてきたのか、
ホシノの戦闘服や、芸能界で使用した衣装まで持ってくる。
はぁ…。
ま、まあこういう食堂で働く機会があるだけいいんだろう。
色々な料理に挑むのもいいって、サイゾウさんも言ってたしな。
「テンカワー!
ピークが過ぎたらデザートの作り方を教えてやるから、
しっかりやるんだよー!」
「う、うーっす!」
日本でおなじみの和食、洋食、中華はもちろん、世界各国の本場の料理レシピも作れる、
しかもその味はどれもこれも一流のこのホウメイシェフに鍛えられるなんて、めったにないチャンスだ。
サイゾウさんも自分の料理を見つけるまでいろんな場所で鍛えたらしいし…。
よぉし、やるぞぉ!
……これは運がよかったというべき、なのか?
俺たちは遊びながら下調べを続けていたところ、衛兵に声をかけられて王城に招かれた。
なんでも、国王は俺たちにルリちゃんを見ていてくれた礼を言いたいらしい。
しかしルリちゃんを手放す気がないにしては柔らかい対応だな、と思っていたら、
ラピスがアイコンタクトでそんなことはない、と主張してきた。
…そうか、ちょっとした当てつけと警告のつもりなんだな。
最近どうもこの辺の勘が働かない…いや元々俺はそうなんだけど。
うーん、ちょっとはマシになったつもりなんだけどなー。
「ホシノ家の者よ、よく来てくれた。
君たちはルリの面倒を見てくれたようで、感謝している」
「はぁ、俺たちはこの間知り合ったばかりで…」
「む、そうなのか?」
「ええ。
俺はホシノ家に名義を貸してもらっているだけです。
…ルリちゃんとネルガルの件、さぞお心を痛めていると思います」
「全くだ。
ルリの事を調べるついでに、色々調べさせてもらったが…。
君たちは…ネルガルを恨んではいないのか?」
探りをいれてきたか。
ルリちゃんの事情を知るには、同じ実験体だった俺たちに話を聞くべきだと思ったんだろう。
…ま、ここは正直に答えるべきだな。
「俺とラピスは……詳しいことは言えませんが、ネルガルに生かされた人間です。
彼らに服従しているわけではありませんが、助けてもらっている立場でもありますので、
持ちつ持たれつ、という形で協力関係にあります」
「…だが、ユリ君は一心に愛してくれた育ての両親をネルガルに殺されて、
そのうえ実験体にされて途方に暮れたようだが?」
!!
プレミア国王はそこまで調べ上げたのか!?
マスコミや軍の人たちですらもそこまでは調べられなかったのに…。
…侮れないな、この人。
ユリちゃんの方を見ると…複雑な表情でうつむいている。
かつて実の父だったプレミア国王に、
このような目線と問いを向けられるのは辛いだろうけど…。
「……おっしゃる通りです、国王。
ネルガルに恨みがないわけではありませんが…。
しかし、木星トカゲが居る今、ネルガル製のエステバリスもユーチャリスも必要です。
そんなことをしている場合ではありませんから…」
「…君はずいぶんと冷たい女性なのだな」
ユリちゃんは唇を小さく噛んでいる。
…プレミア国王、言い過ぎだ。
もっとも、今は俺たちをネルガルの犬くらいにしかまだ思っていないかもしれない。
だから少し偏った見方をされてるだけなのかもしれないが…。
「そう思われるなら、ご自由にどうぞ。
…俺たちはいつでも彼らの首に刃を立てることができます。
実際に刃を突き付けることも、私たちの境遇を突き付けて刃の代わりにすることも。
ただその間に失われる命があると考えると耐えられないだけです」
俺がユリちゃんの代わりに俺たちの気持ちを伝えると…。
プレミア国王は失笑するように小さく笑った。
「分かった。
で、あればルリの事は私たちに任せてもらおう。
戦火に娘を巻き込むような真似は二度とさせはしない。
それでよいな?」
「ええ、彼女がそう望んでいるのなら喜んで。
ネルガルのアカツキ会長も意向は同じです」
「ならば良かった。
では、引き続きピースランドで楽しんでいって欲しい」
プレミア国王は今度は満足そうに笑って、うなずいた。
プレミア国王がルリちゃんを守ろうとしているのは分かるが…。
ただ、ルリちゃんと会わせてくれもしないんだから、あんまり状態がいいようには思えないな。
通話の様子だとひどいことはされてはいないだろうけど、
やっぱり俺たちに対する憎しみや拒絶反応があると考えるべきだろう…。
今はやはり距離を置くべきだな。
「あ、待って国王」
俺たちが背を向けようとしたら、ラピスが国王に向かって声をかけた。
「ルリは元気?」
「もちろんだ」
「…まさか、せっかく再会した最愛の娘を三日も放っておいてるってことはないよね?」
「お、おいラピス…」
ラピス、探りを入れるにしてもちょっと露骨じゃないか?
いや動揺を誘ってるんだろうけど…。
「ば、バカなことを。
そんなわけないだろう」
「……そ、じゃ良かった。
ルリを大切にしてね、おじさん」
「ま、待ってくれ。
…君たちは『世紀末の魔術師』という名前に心当たりはないか?」
今度はプレミア国王のほうが探りを入れてきたか…。
普通に知らないっていうべきだろう。
「知ってるよ」
!?ラピス、今度は何を!?
「ほ、本当か!?」
「うん。
ちょっと前に見た20世紀末のアニメ映画で見たことある」
「な、なんだ…アニメ映画か…」
「でもあれはフィクションだよ?
プレミア国王もそういうの好きなの?」
「まさか…。
いたずらの犯行予告で犯人が自分をそういう名前で名乗ったんだ」
「そ。
じゃ、またね」
…俺たちは冷や汗をかきながら王城を後にした。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
俺たちは城下町に戻る前に、少し森林地帯の公園で休んだ。
人気がなく、また盗聴の恐れもあまりないので相談事にはちょうどよい場所だ。
俺はユリちゃんをなだめてあげて、ラピスはその間じっと考え事をしていた。
さすがにユリちゃんも、プレミア国王の態度は少し堪えたらしい。
「…大丈夫です、アキトさん。
落ち着きました」
「よかった。
…プレミア国王は…」
「…いえ、あれはあれでちょっと安心しました。
ルリを大切にしてくれてはいるみたいでしたし」
…ユリちゃんも気づいてくれてたか。
「ユリ、甘いよ。
三日放置するなんて子供の扱い方が分かってないって証拠じゃない。
愛情はともかく、お灸はすえてあげないと」
「…それはそうですけど、あの時は気づけなかったことだから」
「ま、それならそれでいいけど。
…それじゃ、落ち着いたところで悪だくみの相談だね」
「だが…ラピス、ちょっとやりすぎじゃないか?
あの場面で国王を挑発するようなことを言うのはさすがに…」
「こういう時は図星をついてあげるのが一番効果があるの。
それにプレミア国王はあの一言で自分の部下に内通者がいるんじゃないかって疑ったよ、きっと。
私たちは今日初めてピースランドに訪れたのに、
決して外に出さなかったルリの事情を、なんで知っているんだろうって。
あてずっぽうにしてはあまりに正確な言葉だったから。
だから、子供の私が言ったことについボロを出して『世紀末の魔術師』の質問をしたの。
立ち去る寸前だからあわててね」
「…子供だからはしゃいで答えてくれるんじゃないかって、期待してたわけですね」
「そう。
それにプレミア国王が冷静じゃないのもちゃんと確認できたよ。
だっていくら何でも犯行予告をされたって、
私たちに聞かせるべき情報じゃないでしょ?
ルリが危険かもしれないって聞いたら、PMCマルスも警護に来るかもしれないのに。
ついでに私の言葉も聞こえてなさそうだったね。
私、『またね』って言ったんだよ?
少なくとも近くにもう一度会う可能性が低い人はそんなこと言わないもん。
ってことは忍び込んでくる犯人の可能性があるって推測できてもいいはずだよ。
なのに私たちを警戒もなしに素通りさせちゃったでしょ?
今だって尾行の一つもつけてないし。
だからね、私たちの悪だくみは全然ばれてないのも確認出来ちゃったわけ」
……ぬ、抜け目ないなラピス。
あのやりとりだけでそこまで見抜いたのか…。
どうなってるんだ、最近のラピスは…。
「…では、ラピス。
次にするべきことも見えてるんですね?」
「うん、当初の予定通りでよさそうなのが分かったよ。
城までの潜入ルートもひとまず大丈夫そうだし。
あとは当日の城内の潜入ルートと、逃走経路、
そして、演出の組み立て直しだね」
「演出だって?
確かに大げさなやり方だとは思うけど、演出が必要なのか?」
「うん、今回の演出はね…。
鉄壁の警護をかいくぐり、そして当日アキトをフリーにするための仕掛けなの。
今のアキトはどこで何をしても目立っちゃうから、逆にそれを利用するんだよ」
……確かに当初のプラン、最初っから大げさだとは思っていたが、
今日得た情報をもとにそれをさらに改良して、完璧に仕上げるつもりか。
ラピス…ちょっと問題があるよな、最近。
注意できるようにしておきたいんだけど、俺たち助けられっぱなしだ。
う~ん、ユリちゃんとエリナとアカツキと一度話し合うか…?
「とびっきりの大マジックで、世界を魅了して、
その隙にお姫様をさらってみせるの。
期待してるよ、『世界一の王子様』?」
また『王子様』か…ユリカの口癖で…今はおれのあだ名…。
……その実態は、頭が悪くて妻とその妹にいいように扱われてるへっぽこ兄貴だけどな。
俺たちは二度の出撃で…俺は出撃してないけど。
チューリップを二基、完全に粉砕して、ようやくピースランドに飛び込んだ。
想像以上にスムーズに作戦を完遂できたので早めにピースランドに来れるかと思ったが、
チューリップを破壊した後、
その地域住民に熱烈な歓迎を受けてしまい、俺たちは中々帰らせてもらえなかった。
特に俺はホシノの影響か、俺自身は一切出撃していないにもかからわず、
歓迎会にお呼ばれされてしまい、ユリカと一緒にもてなされてしまった。
…どうやら俺はホシノと兄弟と勘違いされているらしく、
ユリさんの姉であるユリカとともに主賓扱いになってしまった…。
……面倒事増やすなよホシノ…。
で、今は…。
「アキトー!
時間少ないんだからどんどん行こうよー!」
「お前、あんまり遠くにいくなよ!?
集合場所に戻れなくなるだろ?!」
「いいじゃない!せっかく来たんだから!」
夕方にピースランドにようやくついた俺たちは、
先乗りしていたPMCマルス組と祝杯を挙げるということで、
ホテルの一室で宴会をするので、時間通りに集合することになっていた。
それまでの二時間はフリーだけど…二時間じゃ、そんなに遊べない。
……と思っていたらユリカはこれだ。
その二時間すら無駄にしないつもりなんだろう。
…いや、さっきラピスちゃんからもらったメールのせいなんだろうけどさ。
ま…楽しむか、ちょっとくらい。
…ヒカルちゃんとウリバタケさんと、
整備班のみんなのやっかみさえなければもうちょっと素直に楽しむんだけどな。
…うーむ、ルリ君の報道が過熱しているな、今日は。
新聞もテレビも、ネットも…全てだ。
『ルリ・ピースランド、人体実験から奇跡の生還』
『ホシノアキトの妹はピースランドのお姫様、ルリ・ピースランド』
『ホシノアキト、本当に王子様か!?』
『ネルガル、鬼畜の所業!誘拐の上、人体実験!』
しかしちょっと異常だな、これは。
ピースランド側が、ネルガルへの制裁と逆襲を兼ねてやっていることだろう。
想像通りの展開になってしまったな。
アキト君とユリもピースランドに入っているそうだが…明日の出撃で抜けてしまうらしいな。
そうなるとルリ君を迎えに行くのも難しくなるかもしれん。
…どうするんだ、アキト君。
む…テレビでピースランドの様子が流れているな。
どうやらナデシコ班のメンバーもピースランドに到着したようだが。
何々…むう!?
『えーテンカワさん、今回は出撃がなかったそうで残念ですね』
『いやー俺はコックが本業っすから。
もっと強い人が居るなら代わってもらうんで』
『アキトぉ、早く行こうよぉ!
時間なくなっちゃうよぉ!』
『あ、ああ。
すみません、これくらいでいっすか?』
『デート中にご迷惑をおかけしました。
どうも、ご協力ありがとうございます』
「よ、嫁入り前の娘と堂々とデートするとは…。
いい度胸だな…テンカワ君…」
…怒りのあまりまた湯飲みを砕いてしまった…。
ユリカも国内の外出だと遠くからひそかに護衛をつけるが…。
ユーチャリスに乗る時はさすがにそうもいかない。
だからユリカの状態が分からなかったがこんなことになってしまうとは…。
「ホシノアキトさん、サインしてください!」
「あ、うん…ハーリー君、本当に俺のサインなんかでいいの?
急に呼んでごめんなんだけど…」
「いいんです!
ぼく、ホシノアキトさんにあこがれてるんです!!」
…オペレーターのちびっこ、ハーリー君はホシノアキトを目の前にしてはしゃいでいる。
相変わらず大人気だな、この男は…。
けど……うう…ユリカ…。
もうテンカワとのデートの様子がテレビに映ってしまったら僕のやれることなんてないじゃないか…。
告白する前に恋が終わってしまうなんて、残酷だ…。
…宴会の喧騒がどこか遠く聞こえる。
…とそんなことを考えていたら、ホシノアキトは宴会の音頭を取り始めた。
「えーみんな、お疲れ様。
ナデシコ班のみんな、連戦お疲れ様。
手伝えるところが少なくてごめん」
……暑っ苦しいな、ヤマダ少尉は。
いや、元少尉か。
「今日の宴会が終わったら、俺たちは入れ替わりにユーチャリスに戻るよ。
ナデシコ班のみんなは3回連続で出撃になっちゃったし、
今日来たばっかりでほとんど回れてないだろうし、
残り二日はピースランドで楽しんで来てください」
気前がいいな、PMCマルスは…。
資金難から一転、稼ぎまくってお金が余ってるってことか。
しかも直近三回の出撃は弾薬の使用率が低く、エステバリスは無傷…。
ミサイルもほとんど撃ってないから、恐ろしく儲けてるみたいだけど。
…そのあと、しばらく会場の端っこで僕は黄昏ていたわけだけど…。
「…アオイさん。
ちょっといいですか?」
「ん?メグミ君…どうしたんだい?」
「…あの、よかったらなんですけど。
明日デートしませんか?」
「えっ!?
嬉しいけど…僕なんかでいいの?」
「なんか報われないの見てたら可哀想で」
…なんだ同情か。
ちょっとみじめだけど、一人きりでピースランドで黄昏るよりはいいか。
「同情って思ってます?
でも女の子はちょっとでもいいって思わなかったら声をかけませんよ。
…艦長はひどいです。
アオイさんみたいな一途な人を放っておくんですから」
「…ユリカを悪く言わないでよ。
ルリ君が言った通り、臆病な僕がいけないんだから」
「そうじゃなくてもあの姉妹、男の人の趣味が悪いみたいですから。
私、アオイさんみたいないい人が報われないのって、許せないです」
……優しいな、メグミ君は。
「…うん、僕で良かったら、ぜひ」
「はいっ」
ユリカを追いかけて来すぎて、
女の子と付き合うことがどういうことかわかってなかったけど…。
メグミ君の言う通りなのかもしれない。
僕も大概、世間知らずなんだろう。
少なくとも、僕にアプローチしてくれる人は初めてで…。
ちょっときつい言葉も出てきたけど、僕を案じてくれて、それなりに気に入ってくれたんだろう。
…うん、それでいい。
な、なんだ!?
宴会場が真っ暗になって…。
スポットライトが当たった!?
あれは…ネルガルのアカツキ会長!?
プレスリーのような服を着て、現れて…。
…直後に金ダライが落っこちてきて、鼻血を出している。
何してるんだ、この人。
「か、金持ち、なめんなよ…」
そして何をいってるんだ、この人…。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
そのあと、アカツキ会長は僕たちにねぎらいの言葉をかけて、
ピースランドのプレミア国王に謝罪をしに出掛けて行ったらしい。
…なんていうか、その、やろうとしてることはまともなんだけどさ。
どうしてこう、ボケたがるんだ?
アカツキ会長って…。
衛兵たちは実銃と真剣をもっているにもかかわらず…。
ネルガルのアカツキ会長は逃げ切ってしまった。
練度では一流の彼らを出し抜くとは、一体何者なんだ、あの会長は!?
「し、しかし彼らは相当の手練れでして…」
「は…はッ!」
…責任の所在のない戦いは、いずれ腐敗を生む。
部下たちも責任を負って動いてもらわねば…命を懸けてもらわねば、守り切れん。
今度こそはルリを…。
私が守り切らなければ、私は……!
私たちは宴会の直後、逃げるように帰ってきたアカツキさんと合流して、話し合いについてました。
私、ユリカさん、ラピス、アカツキさん、そして『一応』アキトさんです。
アカツキさん、王室にたどり着いたところまではよかったんですが、
その直後、報復とばかりにとらえられそうになって、
お付きのプロスさん、ゴートさんと一緒に服をボロボロにしながらも大した怪我もなく帰ってこれました。
長袖のスーツが思いっきり省エネスーツか未開の地で遭難したサラリーマンみたいなことになってます。
ちょっといい気味です。
なんでボロボロのまま着替えないでここに来たのかはわかりかねますけど。
「いや、僕に二回も道化を演じさせるとは。
ラピスも大概だね」
「だってアキト以外に注目を集められるのは、
今回のルリ騒動の中心の一人、アカツキだけだし。
あの場面で『入れ替わる』チャンスを作れるのは、
あの会場、そしてアカツキだけだもん」
「ま、いいさ。
ネルガルの責任で起こった事件だし?
事態を収拾しないとネルガルもピンチだし?
割にはあってると思うからね」
…そうです。
今ここに居る『アキトさん』はテンカワさんです。
すでに変装済み、かつらをかぶって、カラーコンタクトをしてはいますが。
この派手なピースランドでの慰安旅行は、すべてラピスのプランによるものです。
今回は、当日にアキトさんへのマークを一度完全に外す必要があります。
そのためには、ベタではありますがアカツキさんが登場した時の一瞬の間に、
アキトさんとテンカワさんを入れ替え、アキトさんをピースランドに残す必要がありました。
アキトさんに先乗りしてもらい、逃走経路の確保を図ります。
そして今はその後の具体的な打ち合わせをする必要があります。
それで集まったわけですが……ただ、心配事があります。
「…ラピス、さすがにちょっとやりすぎじゃないですか?」
「いーじゃない。
そろそろアキトだって未練捨てないと、
一生引きずるよ」
「それはそうかもしれないですけど、
相手が相手です。
ほとんどショック療法の類じゃないですか」
…明日一日は、ユリカさんとアキトさんがデートをして人目を引く必要があります。
『ホシノアキトのフリをしたテンカワアキト』は、ずっとユーチャリスに居た。
『テンカワアキトのフリをしたホシノアキト』は、ユリカさんとデートをしていた。
ピースランドの追跡を断つには、そういうアリバイを作ってあげる必要があります。
そして肝心かなめの部分に関しては、大それたトリックを使って欺く方法が必要です。
で…それなりにアキトさんはテンカワさんの代わりに、マジなデートをしないといけないわけです。
……私、ユリカさんにはどうやっても勝てない気がするんで、心配なんです。
アキトさんが裏切るかどうかっていう話じゃない次元です、これ。
「ユリ、アキトの事を信じてるんだろうけど…。
今のうちにどうなるか見とかないときっと困るよ、浮気性かどうか。
こうなった時に見ておかないとマズくない?
ま、私は浮気性でいてもらったほうが助かるし?
確認は大事じゃない?」
「分かってますよ…」
「…あの、ラピスちゃん。
あいつはそういうタイプじゃ…」
「テンカワ、あんたは黙ってて。
私より恋愛に疎いじゃないの」
「う…」
……テンカワさんには辛辣ですね、ラピスは。
ま、まあラピスは成長した大人なアキトさんのほうが好きですもんね。
今はちょっと子供っぽいところもありますけど。
成長過程のテンカワさんじゃ、いろいろ響かないんでしょう。
ここまで…過去のピースランドほどいいシーンもありませんでしたし。
「そうですけど…でもユリカさんのほうがマジになっちゃったら…」
「それもいいんじゃない?
肝心な時には妙に勇気が出ないしタイプみたいだし、
最終的にはテンカワとくっつくと思うよ」
「だぁって、テンカワは堅物の癖に、
今日もユリカとデートしたんでしょぉ?
ちょっとの時間でも一緒に楽しく過ごしてるんでしょ?
羨ましいな」
「そういうことだ、テンカワ君。
強くなって彼女を幸せにしてやることだ」
…テンカワさん、ラピスとアカツキさんにからかわれて顔が真っ赤です。
テンカワさんも実はユリカさんがアキトさんに惚れるんじゃないかって焦ってるところがあります。
いい感じで、いい嫉妬心が芽生えているし…こういうからかわれ方をしても起こるんじゃなくて、
黙って悶える感じのリアクションになってて、いいですね。いい傾向です。
……それに確かにユリカさんってフリーダムに見えて、
意外と律義で常識的すぎるところがあるんでブレーキはかかるんですよね。
イネスさんがアイちゃんだって判明した時、やけっぱちになって暴走しましたし。
それにしてもアカツキさん…色々含みがありますけど、応援はしてあげてるんでしょうね。
そう、私達は今度こそ『テンカワアキト』と『ミスマルユリカ』が幸せになる世界がほしいんです。
もう下準備はばっちりです。
後はつかず離れず、経過を見守るだけです。
「…あの、ユリさん。
俺、そうでなくてもホシノの真似事なんて…」
「いいです。
この間の撃たれた傷が痛むとか仮病つかってブリッジで待機してください。
指揮の真似事でもしてればいいですから。
ぶっちゃけ、今のテンカワさんには戦うことは期待してません」
「き、きついっすね…ユリさん…」
「テンカワ君、君は僕から見ても才能はあるとおもうよ。
だけど経験も鍛錬も足りないからね。
もっともパイロット志望じゃないから仕方ないだろ?」
「そ、そうなんすけど…」
「いいさ、また鍛えてやるよ。
必死にやれば何年もかからないさ。
何しろユリカ君はミスマル提督の娘、そしてホシノアキトの義姉。
…ちょっとくらい護身術の一つも身に着けとかないと、守れないかもよ」
「う。
ちょっと憂鬱っすけど…頑張るっす…」
「まあ、これも一つの部活動くらいに思っておきなよ。
幸い君、労働時間長いだろうけど通勤時間とかあんまりないし、若いからね」
…一応上下関係のあるアカツキさんには敬語なんですよね、今のテンカワさん。
なんかこういうのも新鮮です。
新しい世界、新しい人生、新しい人間関係…。
ちょっと悔しいところもありますけど、おおむね満足してます。
今回の事で、ルリも新しい人生を切り開けるといいんですが。
「それじゃ、今日は寝ましょう。
…テンカワさん、一応今夜は私の部屋で眠ってください。
今回はブリッジクルー以外には事情を話すつもりがありません。
そこまでしないと欺けないですし。
布団は分けますから」
「は、はいっす!」
ちょっとこういうの、不倫みたいで微妙に緊張しますけど…。
テンカワさんは付き合っている女性の妹を襲うような不貞でもなければ、
寝込みを襲うような卑怯ものでもありませんし。
ま、テンカワさんと並んで寝るのは別に初めてじゃないですから、いいでしょう。
俺は一人、明日に備えて侵入ルートと逃走ルートを確保するために城の中を歩いた。
光学迷彩のマントがあるから、基本的にはばれないんだけど…。
…スニーキングなんて久しぶりなもんだから、結構緊張するな。
「む?」
「どうした?」
「いや…気のせいだな」
巡回の衛兵をなんとかやりすごした…危ないな。
どうもあの戦闘服じゃないと、あの頃の緊張感を保てなくなっているみたいだ。
できればルリちゃんの部屋までのルートも確保しておきたいところだが…。
いや、当日は万全にしてくるはずだ。同じ部屋にいるとは限らない。
ならできる限り内部構造を把握するのを徹底するべきだろう。
だが、この潜入はともかく…明日の予定、大丈夫かな…。
俺も気を付けてはいるんだけど…まさかテンカワに化けるはめになるとは思わなかった。
…うっかりすると俺、どうなっちゃうかわかんないぞ。
い、いや耐えろ…俺…。
ユリちゃんの信頼を裏切る上に…未来のユリカを裏切ることにもなる。
抑えろ…。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
二時間ほど広い城の中を行ったり来たりして、俺はようやく落ち着いた。
構造の理解も、侵入方法も逃走方法もばっちり大丈夫だ。
…もう深夜の一時だ。万全にするためにも一刻も早く戻らないと…。
そうだ…ルリちゃんはちゃんと眠れてるかな?
さっき、一応場所は確認したんだけど…。
ルリちゃんの部屋を覗き込んだ。
…ちょっと寝苦しそうだな。布団が合わないんだろうな。
こういう時映画とかなら、顔を少し見せるんだろうけど…。
……いや、やめよう。
ルリちゃんの態度があまり変わってしまうと、王に気が付かれてしまうかもしれないし、ね。
けど…。
「…アキト兄さん?」
俺が離れた直後…ルリちゃんは、俺に気が付いたみたいだった。
眠っていなかったのか…。
ルリちゃんは、戸を開けて小さなテラスに身を乗り出した。
「ルリちゃん、そのまま。
気づかれちゃうよ」
「あ…」
俺は静かにルリちゃんの手を握った。
ほんの少し空間が歪んで見えるだけだろうけど、俺も姿を見せるわけにはいかないのでこのままだ。
「…幽霊みたいですね、アキト兄さん」
「昨日は王子様、今日は幽霊、明日は魔術師さ」
「くす…そんなキザなセリフ、似合いませんね」
「君の今の姿も似合わないさ。
宝石のように閉じ込められて飾り立てられるなんて、似合わないよ。
明日、必ず迎えにくるから」
「…はい、信じてます。
世界一の王子様なら、必ず…私を盗み出してくれます」
ルリちゃんは照れくさそうに、静かにうなずいてくれた。
「約束するよ。
じゃ、またね」
…そして、俺はルリちゃんの手を放して…。
静かに飛び降りた。
…ルリちゃん、本当に変わったよね。
ナデシコを降りたころと同じくらい、柔らかく笑うようになって…。
明日、すべて決着がつく。
あのルリちゃんと過ごした、辛かった一日が変わってくれるかどうか…。
…さ、今度はまたテンカワに化けないとな。
私はピースランドで『アキトのフリをしたアキト君』とデートしている。
夜の作戦のためにね。
なんか、カラーコンタクトは眼がゴロゴロしちゃってダメだったらしいんだけど、
ソフトコンタクトレンズなら何とかなるみたい。
で、普段通り振る舞っているんだけど…。
「アキトー!こっちこっち!」
「ちょ、待ってくれってば!
お前ってやつは昔っから…」
見た目がアキトでも、中身がアキト君だと…。
…う、浮気みたいでドキドキしちゃう。
でも、アキト君って演技が下手だって聞いたけど、そっくり。
顔がおんなじってだけじゃなくて…演技のはずなのに、
アキトそっくりに振る舞っている。
私を良く受け止めてくれているし、私を良く知っているような…。
……そういえば、アキト君も私にそっくりな婚約者がいたんだっけ。
そんなにそっくりなのかな、私とその人って…。
で、でもなんかこれすごい不思議で禁断の関係みたい!
お互いを見つめてるはずなのに、その目線の先には別の人が居る…。
目の前には偽りの恋人…でもその面影に、想い人の姿が見えて…。
ああ…あなたには決して手が届きはしないのに…。
だ、だめよ!バカバカ!ユリカのばかっ!
アキト君の悲しい思い出を、こんなふざけてはしゃいだら失礼じゃない!
…それにアキト君と違って、私はちゃんとアキトと付き合える状態だもん。
アキト君もユリちゃんが支えてくれている。
うん、きっと大丈夫だよ。
だ、だって…二人は朝までラブラブなんだもん…。
ユーチャリスに乗り込んで二回目の出撃になるけど…今回もどっしり後ろに構えて見学。
今の私には仕事中はあくまで連合軍の折衝だけに集中するのが最善。
基本的には休養を続ける必要があるものね。
もっとも、それくらいしか今のところは役に立てそうにないからなんだけど…。
「ユリさ──ゆ、ユリちゃん」
「…アキトさん、ルリを呼ぶ感覚でいいんですよ」
「そ、そうなんだけど…やっぱりなれなくて…」
…全く、替え玉作戦のためとはいえ、
ホシノアキトの一つ年下で妙に頼りないテンカワが指揮に出てくるのはちょっといただけないわ。
ま、ホシノユリの指揮能力は本当に連合軍の中堅艦長以上のものがあるみたいだし、
補助ありならなんとかなるんじゃないの?
とはいえ、こんなに姿がそっくりならむしろ間違えて普通にルリ扱いしそうなもんだけどね。
「み、みんな!グラビティブラストの範囲から──」
「しばらくグラビティブラストの範囲に入って誘導をお願いします。
今は敵が守りに入っているので、
積極的な攻撃をお願いします」
おろおろしながら、正しい指示が出来ずにいるわね。
……本当にボロボロじゃない、テンカワ。
全く、情けない私でも手助けしたくなってくるくらい情けないわ…。
……ま、作戦自体はあっさり片付いちゃったんだけどね。
…すごいことになっちゃった。
私が出されたピザに「まずーーーい!」って言っちゃったから、
店主に怒られちゃって、叩かれそうになったのを、アキト君が助けてくれた。
でもアキト君も手加減しながらも、闘牛と戦うマタドールのように華麗に避けて、
数人がかりのお店の人達の暴力を相討ちに追い込んだり、
合気道みたいにそっと投げ飛ばしたり…よくかつらを落っことさないよね。
「どう?まだやる?」
「ち、ち、ちくしょう!!
ホシノアキトじゃ歯が立たないと思ったが、
テンカワアキトもこんなに強いのか!?」
…ごめんね、そこにいるのホシノアキト君なの。
「あ、アキト…もういいよ、行こ?」
「……そ、そうだな。
ちょっと大人げないもんな」
…アキト君、思ったより熱くなってたのね。
アキトの振りしなきゃいけないのについケンカしちゃうなんて。
正当防衛の部分もあるけど、やっぱり料理人として許せないのかなぁ、まずい料理。
「ユリカ、大丈夫か?」
「う、うん。
あ、お代……」
「…そうだな、ちゃんと払わないとな」
アキト君は食器代まで払った。
…律儀だよね、アキト君って。
私たちは足早に休憩所に走った。
口直しのホットドックをほおばりながら、私は静かにアキト君を見た。
隣に座った、アキトとそっくりなのにいつもは違う人のように見えるアキト君が…。
何でか、アキトそのものに見えて、ちょっと切なかった。
「…ちょっとユリカを守るつもりでやりすぎた。
ごめん」
「ううん、大丈夫だよ…」
……そっか、私を守るのもあったから…。
そうだよね、私にケガさせたらユリちゃんに…。
……ううん。
「…アキト君、やっぱり婚約者のこと、
気にしているの?」
アキト君にしか聞こえないくらい小さな声で囁いた。
アキト君は、はっとしたように目線を上げたけど…すぐに俯いて小さくうなずいた。
「……俺がちゃんとしていたら、彼女はきっと守れた。
もっともっと強くなる必要があるって、前から気づいていたら、きっと…」
「…だけど、アキト君。
戦うのは好きじゃないんでしょ?」
「…はい」
「じゃ仕方ないよ…。
その人の生き方はそうそう変えられないもん…」
「…そうですね」
…アキト君の表情が暗くなっちゃった。
そうだよね、一度はそれを捨て去ってでも戦おうとしたんだもんね…。
そんな自分を許せないだろうけど…。
……ううん、大丈夫。だって…。
「ユリちゃんだって、その婚約者の人だって、
きっとそういう生き方をしてるアキト君の事が大好きだよ」
「お、俺は……」
アキト君、今度は真っ赤になっちゃった。
…そうだよね、なんかこういうところもアキトに似てるもん、アキト君。
もし…私たちが、何も知らないままで会っていたら…。
「……彼女には捨てきれない後悔があります。
でもユリちゃんは、それもひっくるめて俺を…」
「…本当にお互いに好きなんだね。
羨ましいな、ユリちゃん。
こんな優しい男の人に愛されるなんて…」
「なっ、ちょっ…。
そ、そんなことを言われてしまうと、その…」
「ふふっ、ごめんね。
…でも、ユリちゃんがいるんだからダメだよ、アキト君。
またみんなに噂話されちゃうよ」
「う…ぅ…す、すみません…」
アキト君、本当に純情だよね。
婚約者の人と私を重ねるのは失礼だって思っても、止められないほど…。
…大丈夫、きっとユリちゃんはその人と同じくらい愛されてる。
そして、私の事も…きっとユリちゃんと同じくらい守ろうとしてくれていて…。
隠し事が全くできない、まっすぐな…アキトによく似た、優しい男の人…。
もしもアキトがもし居ない世界だったら、きっとほれ込んじゃうんだろうなぁ。
でも私…もうアキト以外の人を好きになれないって思っちゃうくらいアキトが好きなんだもん。
「…気にしなくていいよ。
私もずっとアキトとアキト君を重ねて、思い出しちゃってるもん。
だって、アキト君って本当にそっくりだから…。
これからもユリちゃんの事、お願いね」
「…はい」
「じゃ…行こ、アキト」
私はアキト君の手を取って、アキトと同じ距離感で…もう一度歩き始めた。
アキト君の心の傷を癒すのは、ユリちゃんしかできない。
何年も何年もかけて癒して…それでもきっと完全には消えないんだろうけど。
せめて…ずっと幸せでいてほしいな、二人とも。
私もアキトと、それくらいラブラブになれたらいいなぁ。
きっとなれるよね…。
…私も負けてられない、がんばろっと!
…参ったな、本当に。
こんな風に古傷を撫でられてしまうと、俺はもう抵抗できない。
昔ほどユリカに執着しないで済むのは、もう俺が『テンカワアキト』じゃなくなったからだろうけど…。
それでも俺の記憶が、突き上げてくる衝動が、ユリカを求めて…。
胸をかきむしりたくなる。
…そして戦後、必死に自分の生きる術を探っていた毎日を思い出す。
なぜ、あの時もっとユリカと過ごさなかったのか…後悔が噴き出す。
こうして遊園地でデートするようなことも、ほとんどなかった。
借金に追われ、自分の生き方に追われ…ようやく手に入れたあの幸せすら…。
…駄目だ、そんなこと考えてても何も取り戻せないんだって。
まだやれることがある、俺が幸せにできなかった『ユリカ』のために…。
「…あのね、アキト。
私のどこが好き?」
……心臓が跳ね上がった。
ユリカ義姉さんはただいたずらっぽくウインクした。
たぶん、テンカワのフリをしている俺に…。
ただテンカワが…自分のどこを好きになっているかを、
想像でいいから答えてほしいと、それとなく聞いてみたかっただけなんだろうけど…。
…昔、同じ質問をされた時、俺はうまく答えられなかった。
なんていうかそういう表現ができなかったから、ただ、
『元気なところ』
って答えた。
それでもユリカはただ満面の笑みで俺を抱きしめてくれて…。
…あの時…ユリカにうまく伝えられなかったこと…。
そして、もっと言いたかったこと…。
こんな風にしか、言うことができないなんて…。
い、いや、これもユリカ義姉さんのためだ。しっかり答えなきゃな。
「え、えっと…。
元気で、明るくて…。
口下手な俺に優しく声をかけてくれるし…。
実力も自信もなくて強がることしかできない俺を…いつも励ましてくれるから…」
自分本位すぎる、かな。この答えじゃ…。
それでも、ユリカ義姉さんは眼を丸くして、驚いていた。
意外過ぎたか…?
「え、え、えっと…。
じゃ、もっと好きになってもらうには、どうしたらいいの?」
「…そのままで大丈夫、だよ。
ユリカは…」
ユリカ義姉さんは、涙目で顔を真っ赤にして悶えている。
な、なんかまずいこと言ったかな?
「……ちょ、ちょっとごめんね…。
冷たい飲み物買ってきていい?
コーラでいい?」
「う、うん。
暑いもんな…」
「わ、分かったよ!
ちょっと待っててね!」
少し離れた売店に、ユリカ義姉さんは足早に向かった。
…。
自分の事だし、この答えでいいと思ったんだけど…。
あ、小銭を落っことして…な、なんか想像以上に動揺してるな。
大丈夫かな、ユリカ義姉さんは…。
…もしかしてあんまり正直に答えない方が良かったか?
テンカワの心を読んで言ったように見えなくもないし…。
この辺はテンカワに答えてもらった方が良かったかな。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
その後、日が落ちるまで森林地帯を俺たちは散歩し続けた。
暑くて何度も日陰で休憩したり、時に飲食店に入って涼んだり…。
その間、いろいろと思い出話をしていたが…。
…テンカワの知っていることを話し過ぎると、食い違いが出そうでヒヤヒヤしたけど、
何とか一日を乗り切った。
…やっぱり、俺はユリカを忘れられないと思い知った。
でも、ユリちゃんはそれを責めはしないし、
時々とてつもなく胸が苦しくはなるけど…。
ユリカの元気な姿が見たい。ユリカの幸せになった顔が見たい。
俺はもうユリカを幸せにしてあげることはできないって分かっているのに、
そう願うことを止められないんだ…。
俺はテンカワアキトだった自分を、永久に捨てきれないんだろう。
それでも、いいんだ。
俺たちはどのみち、後悔を取り戻す戦いを避けてはいけない。
今日だって、そのために…ルリちゃんのために、このピースランドに来たんだ。
一人で抱えても仕方ないだろう、ユリちゃんともっと話そう。
…夫婦だし、な。
……そして、俺たちはナデシコ班のみんなが宿泊しているホテルに戻って夕食を取った。
さすがに疲れ切ったし、テンカワ以上に食べ過ぎると正体がバレるから気を付けて…。
…こっそり見えないようにタッパーにしまい込んで、弁当を作って持ち出して。
そして部屋に戻った。
俺とユリカだけは一人で一部屋ずつ取っている。
当然、この部屋は監視されていると考えるべきだろう。
少なくとも監視対象の室内にいることで、アリバイが成立しなければプレミア国王に感づかれる。
だから一度ホテルに戻ってきた。
──ついに、俺はルリちゃんを奪還するための作戦に取り掛かることになった。
…だが。
「……本当にやるのか、これを」
俺は持ち込みやすいように漫画本に偽装した…というか本当に、漫画本になっている作戦の概要を見つめている。
ヒカルちゃんとPMCマルスパイロット候補生、ホウメイガールズ他十数人に漫画作品として作成された、
丸一日かけて作られた、本編60ページ、捕捉項目40ページに及ぶ小さな単行本、
『世紀末の魔術師~宝石姫奪還作戦~』のプランを眺めて、俺はため息を吐いた。
ラピス、お前本当にどうしたんだ。
シナリオも、作戦も、下準備も変な方向に手が込み過ぎてるぞ。
……勘弁してくれ。
今回はルリちゃん以外のピースランド内での動き、
そして暗躍するラピス、
バブル期の会社のように羽振り良くピースランドで遊ぶPMCマルスの面々!
で、お送りしました。
どこまで何をやらかすんだ、ラピス!
そして一日で漫画60ページは人数が居てもきついぞ!
ルリちゃんの救出はうまくいくのか!?
そしてどんな作戦なんだ!?
ってな具合で次回へ~~~~~~~~ッ!!
必要とされてて頑張ったはずなのに、正しいことと教えられてやっていたはずなのに、
一生懸命やったのに全然報われなかったって見てて辛いですね…。
ムネタケは火星では必死に頑張っていたんだろうなぁ、
ってナデシコ拿捕時のフクベのリアクションで分かる気がしたんです。
フクベには結構信用されていて、民間人に銃を向けることなどしないと思っていたんじゃないかと。
彼自身も強がってはいたけど、心底では民間人に銃を向けたことを気に病んでいて、
最終的には不意にガイを撃ったことで本当に取り返しがつかなくなっちゃったんだろうなぁ。
テレビ版、ナデD版共にルリ自身もちょっと対応がまずいところはあったんですが、
彼女も知識はともかく実は年相応なので、さすがにそこまでは配慮できなかったんですよね…。
プレミア国王自身もかなりルリの事を案じていて、
時間をかけて段階的にほぐしていく予定ではあったんですが、
ネルガルへの対抗姿勢を崩せないし、ルリの足場を固めないとと焦って、
弟たちのほうと同じような扱いで放置してしまったんですよね。
プレミア国王の誤算は弟たちは5人居るので孤独は感じないということに気が付けなかったことです。
従者の人たちもうまく扱いきれなかったり…。
逆に言うとルリを弟たちと同じように扱うつもりがあったということでもありますが。
ナオだぜ。
アキトの奴、また何とも派手な方法でルリちゃんを助けるらしいな。
綿密に練られた作戦、鮮やかに欺く手口。
これ、外部に漏れたら結構コトだと思うんだけど、大丈夫か?
それと…ラピスちゃん、結構ドラマの脚本とか映画監督とか向いてるんじゃないか?
やれやれ、12歳にして才能豊かでいいねえ。
ま、俺も人肌脱がせてもらおうか?
最近衝動買いが多くなってだんだん部屋を圧迫してきて整理をそろそろしなきゃいけない作者が贈る、
あっちゃこっちゃしまくる展開過積載気味のナデシコ二次創作、
にチャンネルは決まったぜ!
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代理人の感想
ルパン三世か、懐かしいなw
そしてあったなあ、まずいピザ屋w
遊園地の中の店とはいえ、あそこまで酷かったら立ち退き迫られる気もしないではないw
後弟たちとルリちゃんとの会話にほっこり。
やっぱりほっとしますよね、こう言うのがあると。
仲良きことは美しき哉。
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