前回に引き続き、ピースランドから、こんにちは、世界。
どうも、ルリです。
みんな結構楽しくやってるみたいで、私は放っとかれてさびしんぼ。
でも、弟たちが結構気のいい子たちで、ちょっと安心。
家族が居るって思えるの、嬉しい。
それでも私、ピースランドに夢を見られるタイプじゃないので、
やっぱり帰るしかないんだけど。
…そんなわけでいい加減助けて下さい、アキト兄さん。
ラピスと下準備、いっぱいしたんでしょ?
昔の事があるからって、ユリカさんといちゃついてると、
本当にユリ姉さんに愛想つかされちゃいますよ?
そんじゃ、本編スタート、よろしく。
よーい、どん。
「それでは、よろしくお願いします」
「う、うむ…。
くれぐれも、静かに頼む」
……これは、どういうリアクションをすればいいのだ。
あのホシノアキトが…この王城をバックに、
エステバリスとともにPMCマルスのCM撮影をしたいと…。
彼奴はネルガルの犬だとは思うが…だが、件の『世紀末の魔術師』は今夜来る。
今回はスケジュールの都合で断りたいと、
CM撮影の交渉に来城したホシノアキトのマネージャーである眼上に頼んだ。
しかしバックにとるとはいえ、数キロ離れた場所で海岸から撮影するので、
邪魔にはならないのではと提言されて、私はしぶしぶ頷くしかなかった。
もしここで断っていたらそれこそ外部に弱みを見せてしまうことになる。
厳戒態勢を敷けるのはせいぜい王城周辺だ。
とはいえ、このCM撮影自体が罠である可能性も高いのだが…。
「国王、許可なさるとは…」
「…仕方あるまい、これ以上不利になることをはできん。
それにエステバリス一機なら、誘導ミサイルをありったけ撃ち込めば、
撃墜できないこともあるまい」
…それはそれでルリの反感を買うかもしれんが、
ルリは従者たちには「帰りたい」とは一言も言っていないようだし…。
ホシノアキトと反目しているからこそ、我々を頼ってくれたはずだ。
うかつな動きをするようなら容赦なく撃墜すればよい。
警告の上であれば、こちらに非はないのだからな。
兵器を持ち込んでの蛮行、許す道理はない。法的にも問題は全くない。
「それはそうですが…」
「それに撮影目的で入ってくるなら無理はしないはずだ。
仮にホシノアキトがルリをさらうつもりであるならば、
連れ去るのにエステバリスを用いるはずがない。
建物を破壊して、ルリを押しつぶす可能性があるからな。
ユーチャリスも同様だ。
かといってあの主砲の威力で私たちを恫喝すれば、世論の非難が殺到する。
もっと言えば…ネルガルにルリがどうしても必要な状況があるとは考えられん。
ユーチャリスのオペレーターは情報によるとまだ三人いる状態らしい。
そうなると、ネルガルもPMCマルスも、ルリをさらう理由はないだろう」
「はぁ、確かにそうですが…」
現実的に言えば、ネルガルやPMCマルスに理由がない以上、無関係と考えるべきだ。
ホシノアキトもアカツキ会長すらも、本人の意思を尊重すると言い張った。
…ただ、そうなると引っ掛かるのはあの予告状だ。
あの予告状が、いたずらではないとするなら…誰がばらまいたんだ?
しかも私を非難し、ルリを『助ける』かのようなあの文面で。
誘拐犯の文面とは思えん…愉快犯なら考えられなくもないが、
この国のセキュリティをかいくぐってドローンを送るような相手だ。
そんなふざけたことをするとは思えんが…。
「しかし…こんな子供じみたことを考える奴がどこにいるというんだ…」
フィクションならまだしも、現実でこのようなバカげたことをする奴はいない。
さらにピースランドに対する宣戦布告を、ふざけてやる奴などどこにもいない。
ピース銀行の力は、この戦時下にあってもこの国を守ってくれている。
財力は戦争に巻き込まれることすらもある程度避けることができる。
金が理由で命を断つものが居るように、命は金で守れる。
先の戦争で独立し、我々の一族は命の危険のない国を、楽園を作り上げたんだ。
…その平和を脅かす罪、どれだけ重いか思い知らせてやるぞ。
来い、『世紀末の魔術師』!
時刻はもうすでに、夜の八時。
『世紀末の魔術師~宝石姫奪還作戦~』の決行は近づいていた。
…準備は万端だね。
あとは配置についたみんなの点呼をしよう。
例のペンダント型通信機を全員に配ってある。
端末での通信は、傍受される可能性があるから、
暗号化された電波を使ったこのペンダントを使う方がいい。
ユーチャリスに残る私とユリ、それとウリバタケとシーラ班長は、バックアップ。
適宜、レーダーとGPSによる追跡、ドローンによる撮影、指示を行う。
メインの装備はもう既に全員に手渡してあるけどね。
「リョーコ、準備はいい?」
『あー構わねぇぜ。
…ったく、オレが車係かよぉ。
トレーラー運転してるヤツに任せればいいじゃねえか』
「ダメだよぉ。
みんなの度肝を抜いて華麗に逃げないと、逃げ切れないよ?」
『しゃーねーな。
ま、面白いオモチャもらったしな。
せいぜいやってやらぁ』
「おっけ。
…ナオ、準備はいい?」
『すでにポイントには到着してるぜ。
…しかし、銃ってのはあんまり性に合わないんだが』
「射撃は得意でしょ?
選り好みしないの。
相手は実銃と真剣装備なんだから」
『はいよっと。
それじゃせいぜい死なないように気を付けるよ』
「青葉、衣装と機材、バイクは届いた?」
『ええ、大丈夫。
ちょっと危ない橋を渡ることにはなるけど、
ルートはばっちり取れてるから大丈夫よ』
「おっけ…。
アキト、そっちは大丈夫?」
……。
まだ準備できてないみたいね。
仕込んだあれは…あと二分か。
じゃ、大丈夫かな。
「アキトはまだ準備に出れないみたいね。
作戦の決行は予定通り一時間後だよ。
それまで、周囲に気を付けて待機。
危なくなったら目立ってもいいから撤退するんだよ。
命はいっこしかないんだから。
ルリを助けても、誰かが死んだらルリもアキトも、私も悲しむんだから」
『おっ、ラピスちゃん泣かせるねぇ。
そいじゃ、せいぜい派手にやって、さっさと逃げますか』
ナオは軽口叩くけど、本当にしっかりやってくれるから安心できるね。
リョーコと青葉の方はちょっと不安だけど…逃走の手伝いをするだけだから大丈夫。
…待機しているみんなとの通信を切って、
私たちはバックアップのメンバーで会議を始めた…かったんだけど。
…ウリバタケとシーラ班長は爆睡していた。
「…おーい、起きてよー」
「ラピス、二人とも何日も徹夜で頑張ってくれたんです。
必要じゃない時は起こさない方がいいですよ」
「む、そうだね。
とはいえ、そろそろ眠りについて10時間は経過するから…。
もうちょっとしたら勝手に起きるかもね。
それじゃ、今日の主役の準備が整うまで待とっと。
ユーチャリス食堂から出前取ろうか」
「あ、いいですね。
腹ごしらえしましょう」
私はアキト君の部屋で雑談を続けていた。
ナデシコ班のみんなも、私たちが二人っきりだっていうのを知ると、
からかい半分で部屋に割り込んできたけど、
アキト君が食堂で飯をおごるのでちょっと放っておいてほしいと言うと、
少し笑ってしょうがなさそうに出て行った。
……アキト君、ナデシコ班のみんなの扱い、うまいね。
「それでね、お父様がね…」
「へえ、そんなことが…」
そのあと、私たちは取り留めのない会話を続けていた。
時計を見る。
…そろそろかな。
パッ!
そうすると…ぱっと停電になる。
時間が来たんだね!
アキト君は、闇に紛れて、窓から飛び降りた。
でも、その姿はきっと見えない。
ウリバタケさん特製の、光学迷彩マントで姿は見えないし、
ネルガル製の特殊シューズで足音も最低限に抑えられている。
…その先は見えないんだけど、
王城に食材を届けるトラックがこの時間に通過するので、
荷台にこっそり飛び乗って、入りこむらしいの。
ここからなら王城までは15分もかからないから…。
で…私もナイトビジョンゴーグルを使ってベットにあるものを乗せる。
この部屋にとどいていた、
『シーラ班長特製、リアルアキトマネキン』をベットに横たえる。
このマネキンはちょっと特殊で、スピーカーと通信機能が付いていて、
リアルタイムに声を出せるようになっている。
『な、なんだ、停電か?』
「あれ、ホントだ」
…別の場所で待機しているアキトが、演技をしてくれている。
自然な会話をして、間をつなげるために。
『それじゃ、もうそろそろ俺はこのまま寝ちゃうよ」
「あ、停電大丈夫そうだよ。
…でもそだね。
明日もまた半日あるもんね。
早めに寝よっか。
電気、消しちゃうね」
意図的に起こした停電が、ようやく復旧して…。
一瞬だけベットに横たわったアキト風のマネキンがカメラに映る。
これでアリバイはばっちりだね。
私はアキトの部屋の電気を消して出て行った。
『悪いな、ユリカ』
「ううん、お休みね」
こうすればアキトは少なくともベットで眠っていることになって、問題はなくなる。
…さて、これで私のお仕事は終わり。
あとは…アキト君の華麗な怪盗っぷりを見てあげなきゃ!
…でも。
「ユリちゃんとルリちゃんとラピスちゃんと…。
一緒にピースランドに来れなかったのは残念だなぁ」
明日はまたアキトと出かけられるけど…。
でも、無理そうだもんね。
…もっとみんなで家族らしいことしたいなぁ。
…作戦準備がほぼ完了して、
最後の仕上げ用の『打ち上げ花火』を仕掛けて、ラピスに通信を入れた。
開始五分前か。
な、なんとか間に合ったな。
「ラピス…遅れた。
こっちは準備大丈夫だ。
予定通りいける」
『待ちくたびれたよぉ!
それじゃ、テンカワの方にも連絡を入れるよ!』
「…な、なぁラピス。
本当にこんな方法でやるのか?」
『今更なぁにを言ってるの。
今からじゃ中止できないし、
これ以外に角が立たない方法はないんだよ?
正攻法で行ってもいいけど、遺恨は残るし、
ルリの家族関係だって変わらないままだよ。
それでいいの?』
は、反論できん。
……ラピス、お前は本当にどうしたんだ。
確かに頭のいい子だとは思っていたが、こんなに色々考えられるなんて…。
…だがラピスの言う通りだ。
ルリちゃんの家族関係は過去より良いものに変化しつつあるが…。
このままではルリちゃんはピースランドで飼い殺しの人生を送ることになる。
それを阻止して…かつ、穏便に済ませるには、ショック療法しかないってことか。
…やるしかない。
「分かった、頼む」
『おっけおっけ。
…ユリ、なんか言わなくていいの?』
『あ、アキトさん。
…これからやるのは、知っての通りバカバカしいショーにすぎません。
でもラピスの言う通り、これくらいやらないといけないって思います。
虚構の国を崩すには、虚構をぶつけるほかありません。
……お願いです。
アキトさんもルリも、みんなも、
怪我しないで丸く収めて来てください!』
「分かった!任せて!」
俺は光学迷彩のマントを脱いで、いそいそと着替え始めた。
くっ、スーツは着慣れてないから苦手だな…。
あっ!しまった、ホテルのバイキングの食事をこっそりタッパに入れてきたんだ!
あと四分だ、食べきれる!!
空腹で動けなくならないように、食べよう!!
…ふう、まずは一段落…。
次はテンカワさんがトチらなければ、
あとはアキトさんの仕事ですし、安心です。
ちょっとくらいセリフを噛む可能性はありますけど、大丈夫でしょう。
「ふぁぁ~~~~~よくねたぁ。
…ん、まだ始まってないよね」
「シーラ班長、起きた?」
「大丈夫よ。
私はずーっとこもりっきりだったウリバタケさんほどは負担なかったから。
ま、さすがにちょっとまだ疲労してるけどね。
世界一のスターの、世紀のマジックの生放送…。
オンタイムで見ないわけにはいっかないじゃ~ん♪」
…のんきですね、シーラ班長は。
いえ、私達もたいがいではあるんですけども。
「しっかしラピスちゃん、
20世紀の傑作『まじっく快斗』を元ネタにするなんて渋いわねぇ~~。
お姉さん、感心しちゃった」
「白い姿が印象的な怪盗を調べて、似合いそうなのを探したの。
でも大元のアルセーヌルパンだとアキトには似合わないでしょ?
だから十代の怪盗で、ピッタリ来そうな『怪盗キッド』の方にしたの。
『世紀末の魔術師』っていうのは別作品のクロスオーバー作品から取ったのよ」
とってもオタク心をくすぐるわ、今回のショー!
アキト会長のファンじゃないけど見てみたくなっちゃった!
ラピスちゃん、これ映像ディスク出すの!?
いくら出したら見れるの!?」
「……あ、売るって発想なかったけど、いいね。それ。
カメラはドローンが大量に送り込んであるし、録画はしてあるし…。
危ないところはいくらでもカットしていいわけで…。
…これは超ヒットしちゃうかも!
ありがと、シーラ班長!」
「いえいえ!」
「ちょ、ちょっとラピス…」
…思わぬところに飛び火しそうです、このままだと。
ま、まあ…まず終わってから考えればいいことですし、大丈夫…。
………じゃない気がしますね。
どうしましょ…。
「そういえばユリさんち…って考えてみると、
長女が一番セクシーで独身、次女は恋人がいて、三女は技術担当…。
予告にキャッツカードを送ればさしずめ」
「…誰が怪盗キャッツアイですか」
「ユリさん、意外とアニメ詳しいのね」
「ほっといてください」
「ユリ…」
「ラピス…言わないでください、
半分はアキトさんのせいなんです」
これにはちょっとした理由があります…。
私がホシノルリだった頃…ナデシコB時代、
ワンマンオペレート可能なレベルにオートマ化されている艦を預かり、
しかもそのオペレートはハーリー君に任せっぱなしで、そのハーリー君すらも暇になるレベルです。
色々と事件はありましたが、事件がない間は情報収集をちょっとして業務終わりです。
ナデシコAが火星に向かうまでの90日間、ほとんど暇だったのが年単位である感じです。
…そのせいでネットサーフィン、もしくはアニメや映画を見続ける習慣がついてしまったんです。
サブロウタさんもゲキガンガーから色々なアニメを見るようになりましたけど、
ほぼ毎日何かしらの作品上映会を始めてしまい、
ほぼネットかアニメ・ドラマ・映画、ゲーム中毒になってる状態でした。
ネット配信サービスの便利さを思い知ります。
…それだけならまだしも、
ホシノユリとしての人生でも似たようなシチュエーションになってました。
幼いホシノアキトをなんとか退屈にさせまいと、いつも散歩の帰りにレンタルディスクを借りまくって、
月1000円の借り放題プランで、ほぼ毎日最大貸し出し数の5本を借りては返し、借りては返し…。
……好きになった作品は少なくても、2年もそんな生活をしていたらそれはそれはすごい本数になります。
…結果として、私は普通のアニメファンよりはよっぽどアニメに詳しくなっちゃってるんです。実は。
ついでに未来の分まで知ってますし…。
……はぁ。
ため息しか出ませんね。
ひとまず、全員の無事を祈るしかありません。
…ルリはどうしてますかね。
私は恐らくかなり強固な特殊金属で作られた部屋に居ます。
弟たちもそばにいてくれています。
衛兵がこの部屋のドアを閉めようとしています。
ドアだけはほかの部屋と外見が同じですがこれも金属製、
特別な錠で解錠は困難なんでしょう。
…とはいえ、ラピスの事です。
この程度の防御は全く意味をなさない準備をしてきているはずです。
わが姉妹ながら、恐ろしい子です。
「いいですか、姫様と王子様方。
賊がきているんです。
一番強固なこの部屋なら絶対に大丈夫です。
絶対に外部に出ないで下さいよ」
「…ええ、わかりました」
「は、はい。
お母さまはまだ戻られないんですか?」
「…王女もうすぐ戻るご予定です。
警護の上、こちらにお連れ致します。
しばしお待ちください」
…賊が兄だってこの場ではさすがに言えませんね。
言う必要もないんですけど。
形式的にですが、私はさらわれる必要がある立場です。
そうでもしないと父と話す機会は得られないようですし。
さらわれてからなら、方法はともかく話を聞いてくれるでしょう。
自分の不甲斐なさや、話を聞かなかった後悔を実感しないと黙って話を聞いてくれなさそうです。
弟たちのリアクションからも私が虐げられた生活を強いられていたと思い込んでるようですし。
申し訳ないですけど、手痛い仕返しを受けてもらいます。
…衛兵が出ていくと、私たちは弟たちに事の次第を話しました。
「しっ、声が大きいです。
…父は私と話すつもりがないみたいなので、お願いしました」
「で、でもどうやって…」
「このペンダント、実は通信機なんです。
一人の時じゃないとつながらないようになってるんですよ」
私が説明した直後に、弟たちは眼を輝かせて私を見ました。
「うわっ、かっこいい…」
「まるでスパイ映画じゃないですか!!」
「いいなぁ、ルリ姉さまいいなぁ」
……この子たちは。
ま、私達くらいの年頃なら、こんなシチュエーションは盛り上がるのが普通よね。
そういえばスパイ映画くらいは見たことがあるんですね。どうでもいいけど。
「…だから怯えないで大丈夫です。
父には悪いとは思いますが、窮屈な生活を強いられては我慢なりません」
「ルリ姉さま、お父様を恨んでいらっしゃいます…?」
…どうなんでしょう。
ちょっとムカついてますし、離れたいとは思ってますし…。
でも愛情は感じてますし、なんとも言い難いです。
試験管ベイビーとして生まれたためにこんな人生を送りましたが、
それを責め立てるわけにはいかないですし。
「…恨んではいません。
ただ、仮に時間がもらえても注意を聞いてもらえなさそうだとはわかりましたから。
ちょっと父に、隙を作りたいだけです」
「隙、ですか?」
そう、隙です。
時間を作ってもらえないなら、隙を作ってついてみるしかありません。
父は絶対の強者です。
自分の思想と権力、そのほかの力すべてに絶対の自信を持っています。
それが国中、そして家庭までも支配し、聞く耳を持たせなくしてしまっています。
愛情が本物でも、そのおごりで普通の会話一つしづらい状態になっているんです。
そして私はこの国では情けないほどの弱者なんです。
ネットと電子機器一つあれば私もちょっとやそっとじゃ負けません。
でも、それすらを奪われた私は、普通の子供と何一つ変わりはしません。
つまり現状ではピースランドに居る限り、父が話を聞いてくれない限りは、
私は本当に何も手に入れられず、なんの義務も権利もなく、ただ干からびていくだけなんです。
「…前にユリカさんに聞いたことがあります。
戦争は単に殺し合いというだけではありません。
侵略を防ぐため、相手に自らの力を認めさせるために、
命を懸けて力を行使しなければいけない場合がある。
…少なくとも相手の首筋に、
たった一度でも刃を突き立てるチャンスを得たことがなければ、
要求は踏みにじられ、自分のすべてを奪われると」
「…姉さま、まさか」
「これはバカげた方法をとってはいますが…。
私と父との戦争なんです。
父は私を、そしてアキト兄さんを無力で、無知で、なにもできない…。
一山いくら、一緒くたの有象無象としかとらえていません。
私を娘として愛してくれていようと、
私の言葉に、心に、価値を認めていない。
父と、その先祖が築いたこの国の強さを無力化して、
父の心に刃を突き立てられるほどの隙を作るんです。
そうしなければ、私はただの宝石に成り下がってしまうんです。
いえ…宝石の輝きすらも失って、ただの石くれになってしまうんです。
……私は死にたくない。
せっかく人間らしい優しい心を手に入れられたのに、
また閉じ込められて、心を冷たい檻の中に閉ざしたくないんです!
そんなの、死んでいるのと変わらないじゃないですか!!」
「ね…姉さま…」
「…ごめんなさい、弟たち。
あなた達は、この国の中で生き、
そして心をはぐくんでいるのにこんなことを言って…。
私はここでは、生きた心地がしないんです。
ここで生まれ育ったわけじゃないから…」
「……いえ、分かります。
全部ちゃんと分かってるとは言えないとは思いますけど。
ぼくたちが不満に思っていることが…。
ルリ姉さまにとっては不満ではなくて、致命傷になってしまうんですね…」
「…ごめんね」
「お姉さま、お別れまでずっと一緒です。
僕たちを忘れないでください…」
「忘れません。
こんなにかわいい弟たちのこと…忘れるわけありません」
弟たちは素直に私の言葉を聞いて、受け入れてくれる…。
本当に、本当にすごく嬉しいです。
泣いちゃいそうです。
この子たちと暮らせたらどれだけあったかいんだろう。
でも、それができないのも分かってるの…。
……アキト兄さん、早く来てください。
別れがどんどん惜しくなってしまいます。
私は陣頭指揮を執るため、王室から出て外で警備計画の確認をしている。
…今回ばかりは衛兵たちの動きを直接みたいからな。
私では分からない点も多いが、衛兵隊長とも密に相談しているし、隣に居てもらっている。
問題は全くないだろう。
「そ、そ、それが…」
ビデオカメラを持ったマスコミ関係者が数十人…いや百人に近いか!?
ま、まさかマスコミがかぎつけたというのか!?
いや、よく見ると彼らの手には、予告状がある。
…まさか『世紀末の魔術師』は自ら予告状を配って回ったのか!?
それもこの土壇場で…!
やられた!
これでは身動きが制限されてしまう!
それにいくらなんでも生放送の最中では、彼奴を射殺する命令を出せん!
せいぜい、マスコミを王城内部に入れない状況を作って、
王城内部での戦闘を許可することくらいしかできない…!
「対策はどうなんですか、国王!」
「む、む、む…見ての通り、万全を期しておる!」
「この予告状の内容、あまりに過激ですが心当たりは…」
「知らんッ!こんな失礼な内容を送る相手がまともなわけがないだろうが!!」
い、いかん…西欧系のマスコミを中心に、日本のマスコミもいる、
かなりの数のカメラが向けられて…準備にすら支障をきたすぞ、これでは!!
マスコミの連中は、しぶしぶと離れていき、それぞれ警備状況を放送し始めた。
このタイミングでマスコミの取材を拒否するというのは心象が悪すぎる。
ただでさえ、隣国に警備を頼まなかったことを批難されかねない状況なのだ…。
…幸い、警備計画は説明済みだ。
問題は大きくならない。
しかし、これほど大胆に仕掛けてくるつもりとは…。
衆人環視の元、どうやってルリをさらうつもりだ、『世紀末の魔術師』…。
この状況ではかえってやりづらいはずだが…。
まさかこの状況をひっくり返す策でもあるというのか?
…ありえんだろう。
出来たら…本当に『魔術師』だ。
何者なんだ…彼奴は…。
俺は派手な恰好で、エステバリスを飛ばしていた。
バッテリーの問題もあるから早く降りないといけないんだが、
報道陣をうまくよけないと…っと、着地成功。
『テンカワ!アキトが準備万端だって!
腹ごしらえもばっちり!』
「お、おう。
…で、でも本当にやるの?」
『やるの!絶対やるの!
やらなかったら一生恨むよ!
ルリを助けるのに協力しなかったなんて、絶対許さない!
私の恨みは地球圏一怖いんだから!!』
………マジでそんな気がする。
だ、だけど…何回も練習したけどさ…うう、勘弁してくれ。
こんなの俺のキャラじゃないってのに…。
…俺は空戦エステバリスを浜辺に着陸させた直後、
いい感じに報道陣に見えやすい位置に歩かせて、そのままスリープさせた。
このエステバリスはホシノ用で真っ白なカラーリングをされている。
……そしてアサルトピットに居る俺も、ホシノの変装の上、
さらに真っ白なスーツ、シルクハット、マント…そしてモノクルを身に着けている。
こ、こんな派手な格好で見得を切るなんて…うおお…。
『ほら、作戦開始するよ!
日本のテレビ局も集まってるんだから!!』
…俺は、アサルトピットから出て、縄梯子でエステバリスの肩によじ登った。
「おいおい、何してんだホシノアキトは」
「なんだか派手な衣装きてるけど…今度は何をおっぱじめようってんだ?」
「眼上プロデューサーからのお誘いで、驚くことが起こるから、
上司からもとにかくここで集まって生放送するように言われてっけど…」
恐らく撮影ということで呼ばれた、日本のテレビ局がまぜこぜに集まっている。
彼らも撮影の内容について聞かされていないみたいだな。
首をかしげながら、俺の様子を見ている。
うう、これだけでも恥ずかしさで死にそうだ。
だけど俺の役目がここで終わりになるので、覚悟するしかない…。
ええい!もうヤケだ!!派手にやってやる!!
俺はエステバリスの上で不敵に笑い、手を大きく広げ見得を切った。
「ま、マジックだって?」
「今度は何やらかすんだ、アキトサマはよぉ」
うううう…顔が真っ赤になってないかな?
もうなりきるしかないから、勢いに乗せるしかないぞ…。
集まっているテレビ局のカメラマンたちは全員あきれ顔だ。
…俺だって呆れたいよ。
まさか12歳の女の子が考えたシナリオを堂々と演じることになるなんて、誰が思う?
……でもこれユリさんも眼上さんも公認なんだよなー、はぁ。
「そしてこの格好は、大怪盗アルセーヌ・ルパンにあやかったもの。
…と聞けばこれから私が何をするかお分かりですよね?」
一瞬、カメラマンたちが息をのんだ。
まさか衆人環視の元、堂々と犯行予告をするとはおもわないだろうからな。
彼らも予告状の事は知っているはずだ。
だが、上司の命令でこの場を離れられないと残念がっていただろうが…。
見てろ!
……噛むなよ、俺。
最後の見せ場だぞ…。
俺は息を大きく吸って、最後の演技を見せる!
「それでは、とくとご覧あれ…。
「き、消えた!?」
「バカ、たかが煙幕だ!!
こんな子供だましに…」
俺が手元に持っていたスイッチを押すと煙幕とともに、俺は消え去る。
…とはいっても、それは煙の中に居たまま、光学迷彩のマントで姿を隠しているだけだ。
さすがにサーマルカメラまでは持ってきている人はいないだろうから気付かれないはずだ。
「あん?なんだって…。
はい、もしもし…あ、なんだお前か。
王城の周りで…な!?
「わ、分かった!
俺たちもそっちに向かう!
こっちに居たホシノアキトが急にそっちに出たなら追いかけないと…!」
慌ててテレビ局のスタッフたちは走り去り、王城に向かったみたいだな。
さて、俺も彼らが居なくなったら降りて脱出しないと…。
「…」
「おいっ!?何してんだよ、テツヤ!?」
ッ!?離れない奴もいるのかよ!?
早くいけよ、そうじゃないとアリバイトリックが成立しないだろ!?
「…いや、悪いな。
どうもマジックの種を解かないと気持ちが悪いんでな」
「…ったく!!さっさと乗らないと特ダネを逃しちまうぞ!」
「へーへー」
彼らは自分たちの車に乗るとさっさと離れていった。
……ほ、何とかやり過ごしたか。
俺がエステバリスから降りていると…。
『…テンカワ君、そろそろ一人になれたみたいね』
「あ、うん。
青葉ちゃんはもう来てるの?」
『マスコミのどさくさに紛れてね。
一応、私もネルガル系のマスコミのカッコしてるから怪しまれなかったのよ』
…なるほどね。
俺と青葉ちゃんは合流すると、自分たちの変装を脱ぎ、カバンにしまい込む。
普段の服に着替え、フルフェイスのヘルメットを着けた。
青葉ちゃんはなぜかノーヘルで皮のつなぎを来ている。
「…青葉ちゃん、それ暑くない?」
「…指示どおりなんだから仕方ないでしょ。
さ、さっさと乗りなさい。
変なところ揉むんじゃないわよ」
「も、もまないよ!?」
俺たちはバイクに乗って、街に向かう。
俺はバイク乗れないので、当然青葉ちゃんの運転だ。
…俺たちの役目は滞りなく完了だ。
「さて、あとはテンカワ君がちゃんとホテルに戻れば作戦終了ね。
真っ暗な部屋で転ぶんじゃないわよ」
「わ、分かってるよ。
…けどここまでしなくても…」
「ここまでしないとアキト様は完全にフリーにできないわよ。
あんなに目立つ人じゃね。
それに下準備も間に合わないし。
一度アキト様姿でテンカワ君が国外に出ていないと誤魔化せないのよ。
…どうも正攻法じゃいけない理由があるみたいだし、ぼやかないの」
「…へーい」
「ま、人畜無害なテンカワ君は、
アキト様に似ているからマークはされていても、
警戒されるってことはあんまりないからね。
今回の作戦はテンカワ君なしじゃ成立しないわけよ」
べ、別に悪いことじゃないはずなのに、なんか複雑な気分だ。
…ま、いいだろ。後はホシノに任せれば。
戻ってユリカと一緒にテレビで様子でも見てやるか。
……なんか自然にユリカと見ようとしたな、今。
ま、まあ別に…ほら、深い意味はないんだけど…。
って誰に言い訳してるんだ、俺は。
「…あたしにじゃない?」
「…声に出ちゃってた?」
「ええ。
…いいんじゃない、好きな人なんだから、
ちゃんと認めちゃえば」
「…そ、そうなのかもしれないけど」
な、なんか微妙に告白するタイミングを逃してしまったのは失敗したかな…。
俺って…結構バカだよな…。
「ははははは!
こ、こいつは傑作だ!!
敵を欺くためにボソンジャンプのようにテレポートトリックとは!
ラピスはしゃれが分かってるよ本当に!
あはははははははは!!」
「……冗談にしてはちょっと皮肉が効き過ぎじゃないかしら?」
「いいじゃないか。
世間の度肝を抜くくらいがちょうどいい。
これくらいやらないとプレミア国王は堪えないからね」
「…どうでもいいけど、あんたレディメイドでもいいからスーツを着替えなさいよ。
なんでボロボロのままなのよ」
私は枕を抱きしめてつい悶えちゃう。
私の部屋は別にマークされてないので、つい黄色い声がでちゃうのも我慢しない。
それにマークされていたところで、私がアキト君をアキトって呼んでも気にされないだろうしね。
そんなに口調まで気にしないだろうし。
…それにしても…アキト君のフリだって分かってても、
アキトが中身って知っていると、さらにカッコよくみえちゃう!
あんなキザなセリフで堂々としてるの、見たことないもん!
戻ってきたらあの衣装また着てほしい!
私も盗み出してほしい!
私たちは完璧な警備状況を敷いた。
…この状況で乗り込んでくるのは相当のバカだ。
そんなバカ、いるわけがないだろう。
尻尾を巻いて逃げ出せ、『世紀末の魔術師』!
「…こ、これは物々しい状況です。
王城の周りにはすでに千にも及ぶ兵士たちが構えております!
ルリ姫の警護に気合十分です!」
当然だ。
この城には常時200名程度の人員が詰めているが…。
非番の者、そして町で警察機能を担う衛兵まで集めれば、
おおよそ2000名の衛兵が居る。
残りの1000名については城内を警備している。
広大な城といえど、この密度であれば簡単に潜入は出来ん!
国境沿いは、ピースランドに面した国々が守っている。
どこからも容易な侵入など…。
…むっ!?
「お、おや!あれは何でしょう!
真っ白なスーツの男が、突如現れました!!
シルクハットにマント、そのすべてが白!
純白の姿…そ、そしてその髪の色は!?」
「こんばんわ」
サーチライトを当てられているにもかからわず、
王城の壁を背にして、涼しい顔で挨拶をしたその男は…!?
「やあ。
またお会いしましたね、プレミア国王」
しょ…正気か!?
ネルガルに演出されたとはいえ世界的に有名なスターであり、
エステバリスの操縦技術の第一人者として、PMCマルスの経営者として名をはせるこの男が…!
よりにもよって、誘拐犯だと!?
これもネルガルの指示だというのか!?
どんな利益が、メリットがあるというんだ!?
この男を犯罪者に堕とすことになんの意味があるというんだ!?
「ご名答。
妹を迎えに来ました。
ルリ姫は、この国は退屈で死にそうになっているらしいですよ」
「言うに事を欠いて、貴様ッ!!」
「おっと、動かない方がいいですよ」
!?私に銃を向ける、だと!?
「この銃が本物か偽物か…。
自分の命で試すのは、怖いでしょう?
シュレディンガーの猫になりたい人なんているわけがない」
「ちぃ…貴様がそのつもりなら…。
構わん!
全員銃を抜けッ!!」
「し、しかしっ!!」
私の命令があっても衛兵たちはためらっている。
ええい、撃つつもりがないにしても構えていなければ威嚇もできんだろうに!
衛兵のみなさん、動かないでくださいよ。
俺も緊張しているとうっかり引き金を引いてしまうかもしれません。
…ちょっとだけ、お話をする時間をもらいますよ」
俺たちユーチャリス班のほとんどは食堂で待機しながらアキトの活躍を見ていた。
テレポートのトリックはファンやちょっと見慣れている人だったら誰でも気づいてしまう、
チープで単純なものだ。ピースランドの人たちも話題としては知っているが、
状況が状況で混乱してそんなことを考えてる場合じゃない感じだな。
テンカワという瓜二つの人物がいるというのはほとんどみんな知っている。
だが…アキトとテンカワを入れ替えるトリックが効果的に作用している。
…しかし、俺はこの食堂で、ちょっと辟易している。
黄色い歓喜の声…いや絶叫しつつ悶える『ホシノアキトファンクラブ』兼『パイロット候補生たち』。
彼女たちはもう失神寸前の興奮の渦の中に居る。
…恐らく日本中のファンの女の子は全員こんな感じになっているだろう。
200万人に迫る数の非公式ファンクラブのファン…。
……もしかして、今日は全世界に羽ばたいちゃったんじゃないか、アキト。
ゆ、誘拐犯として逮捕されなくてもお前、一生芸能界から抜けられなくなるぞ?
「きゅーん…」
「かっこいい…」
「お…お前らも!?」
…し、しまった。
これは俺の妹二人にも効果がありすぎるのか。
ま、まあ…俺もアキトについてきたいって思うタイプだ…分からんでもない…。
「うわ!」
「すっげー!」
お、弟たちよ…お前らもかよ…。
……普段は人を傷つけるのをためらうほどやさしく、
不器用でおっとりしてるアキトが、
こんなピカレスクロマンな役を演じているっていうのは…そりゃ魅せられるものがあるだろうよ。
意外過ぎる一面だ。
…ホントにお前、大丈夫か。
……わ、私までドキドキしてきました。
これはあくまでバカげたショーです。
で、でも…あんなに不敵に、いつもの優しい顔立ちはそのままに、笑顔を見せるアキトさん…。
ああ……だめ、ダメ…。
「ふふ。
ユリ、ときめいちゃった?」
「ら、ラピス…駄目ですよこんなの…。
こんなことしたらまたファンが増えちゃいますよ…」
「いいじゃない。
今更200万も1000万も変わんないよ。
ユリもあのカッコで迫ってもらったら?」
「なっ…何てことをいう…んです…か……」
あ、あうう…想像しただけで顔どころか体中が赤くなってしまいます。
『私を盗み出して下さい』って言ってしまいたい…!
ああ!本当にダメです!
私、これ以上好きになっちゃったらただのバカ女になっちゃいそうです!
こ、これ…本当に強烈です…。
キザなセリフが妙に似合います…台本だと分かっていても…。
「ふふん、ユリ、私はね。
みんなが知らないアキトの悪役になりうる部分を全部知ってるの。
だからね、かっこいい部分だけを抽出して、
危なくてかっこいいアキトに仕立てるのもお手の物なのよ」
「…うひゃー。
これすっごいね、ラピスちゃん。
しばらく『世紀末の魔術師』だけでブーム続いちゃうんじゃないかな。
命懸けのこのショー、映画やアニメくらい盛り上がっちゃうもん。
私も次に何が起こるかわくわくしてるよ」
「へへ、シーラ班長、お目が高い!しゃぐしゃぐ」
シーラ班長はどこから持ってきたのか山もりのポップコーンと、コーラを手に、
テレビモニターを見つめています。
ラピスもそのポップコーンをご相伴に預かってます。
それにしても今回のショー…。
……ラピスがアキトさんのダークな部分を、
無理矢理フィクションに変換しているようにも見えますね。
でも、その方がよっぽどいいのかもしれません。
どうやっても心の底に付きまとうことですし…。
…アキトさんもかなり素直になりましたけど、
恥ずかしがりで不器用なところが残ってはいますから、
ここまで恥ずかしいショーをしたという記憶があると、
自分の暗い過去をある程度思い出しづらくなるかもしれません。
いい傾向になるかはわかりませんが、悪くはないかもしれないです。
…とりあえず、無事に済んでくれればいいです。
ルリの経過も気になりますし…。
……ふう、ここまでは順調だ。
こんなキザでこっぱずかしい怪盗を演じることになるなんてな。
状況的に命懸けにならざるを得ないとはいえ、さすがに冷や汗ものだよ。
さすがに千人単位の人間から逃げ切る自信もなければ、
正面から戦って勝つこともできないだろう。
もし、彼らを殺すことを許容したとしても無理だ。
…無謀すぎるが、今回のラピスの策は決して悪くない。
俺の…『黒い皇子』時代の戦術に酷似している。
ボソンジャンプの代わりに光学迷彩のマントを使ったテレポートトリックでかく乱、
多くの敵を倒すのではなく、フェイントと速度でひっかきまわす。
次の行動を考えやすいのはとても助かる。
ちょっとばかばかしくて恥ずかしいのが難点だけどな。
「あの予告状…お読みにならなかったんですか?
ルリ姫と出会って以来…。
ずっとお話をしてあげなかったんでしょう?」
「…ッ!!
貴様に答える筋合いはないッ!」
「『30分でいいから時間が二人きりで話すほしい』
ルリちゃんはそう言ったそうですね。
子供のために30分も割けないというのは、ちょっとないんじゃないですか?」
「……!?」
俺が知っているはずのない情報を言われて、国王は眼を見開いた。
周りに居る従者の方々も、ざわついている。
「この『世紀末の魔術師』が内通者の一人や二人、準備できないとお思いですか?
あなたは俺を敵に回した時点で、敗北が確定しているんですよ」
「ぬかせッ!
この場で私を殺せばネルガルから何から一族郎党無事に済むものはおらんぞッ!」
「…それは困りますね。
少なくとも、ユリちゃんと、ユリカ義姉さん、ラピス…。
そしてお義父さんであるミスマル提督は守らないと。
アカツキたちは勝手に逃げ切ってくれますけど」
「そうだろう!降参した方がいいぞ!!
命だけは助けてやってもいい」
俺は銃を捨てて両手を挙げた。
当然みんなずっこけた。
「こ、この局面で降参する奴があるか!?」
「え、ダメでした?」
…ちょっと意地悪がすぎるかな、これ。
一応作戦の一部ではあるんだけど。
衛兵が俺をボディチェックしつつ、不審なものはないかを確認している。
「い、一応、問題ありません!
銃のほかは…」
「ちょっと待ってよ、衛兵さん。
帽子は調べなくていいの?
もしかしたら…。
失敗した時の自爆用の爆弾とかあるかもしれないよ?」
「いっ!?」
「それで、この奥歯に起爆スイッチがあったりとか…」
「いいいっ!?」
「…とりあえず調べてみたら?」
「ゆ、油断するなよ!?」
衛兵はすっかり怯えている。俺の挑発に乗ってくれたな。
プレミア国王も少し怯えてる。
ここまでいろんな準備をしてきた俺を警戒しているんだろうな。
突如現れた方法も分からないだろうし。
衛兵が俺の帽子を手に取った…。
いいぞ…もう少し…。
…と!
俺が軽く左の人差し指を握ると、スイッチが動き、
帽子から煙が噴き出して、俺と衛兵を包み込んだ!
俺は衛兵の腹を一撃し、シルクハットと銃を回収する。
「やはり罠だ!
銃を抜け!!」
させないよ!
俺は光学迷彩のマントで体を包み、衛兵を担いで飛んだ。
こうすると、衛兵が浮いて吹き飛ばされただけに見える。
そして兵士をそっと転がすと、俺自身は周りの人たちをすり抜け、飛びぬける。
……こうして俺は完全に脱出した。あとは…。
「き、消えた!?」
「こっちだ!」
俺はもう一度、屋根の上に登って見せた。
この城、大きさはあるけど手足がひっかけられる場所が多いから楽なんだよね。
「な、なんだと!?
テレポートした!?」
「トリックだ、種がないわけではない!」
「その通り。
でも、種が分からないんじゃしょうがないけどね」
「おっと、なりふり構わず発砲してきたな!」
俺は走り出して凹凸のある屋根の上を走った。
さすがに俺から銃を向けたとあっては、俺一人を狙うことにためらいはないわけだ。
…こっちだって黙ってやられないぞ!
俺も彼らに銃を向けて連続で発砲した。
「ぐあっ!?煙幕弾だと!?
舐めた…まね…を……ぐー…」
「さ、催眠弾だ!
息を止めろ!」
この銃は、本来『トランプ銃』として運用する予定だったものだけど…。
トランプが普通に出たり、敵を殺さず倒したり、煙幕を出したりと、
フィクションらしく構造が複雑すぎて、さすがのウリバタケさんとシーラちゃんも、
「これどう作るんだ…」と頭を抱えてしまった。
だから、カートリッジ式のいろんな弾が打てる特別な銃になっている。
当然、非殺傷の弾しか使えない。
基本は煙幕弾と催眠煙幕弾しか使えない。ゴム弾もあるにはあるけど、
ルリちゃんを救出する装備を考えると、予備カートリッジを何本も持てない都合上、
あくまですべてけん制に使わざるをえない。
…さて、そろそろ城に入ってやらないとな!
「また消えた!」
「こっちだ!」
俺は、少し離れた場所に現れ…。
ロープを使って、ガラスをけ破って、城の中に入った。
うお!?白の内部も衛兵でいっぱいだ!?
だが、俺はもう一度光学迷彩のマントで姿をそのまま消す。
俺を見失った兵士たちは騒ぎながら虚空に威嚇射撃をはじめ…。
って危な!?
こういうやけくその流れ弾のほうがよっぽど怖いんだよな…。
…そして、俺は姿を現し、また姿を消しを繰り返し、
かく乱を続けてペンダントを握りしめて走り出した。
昨日の部屋には…やはりもういないようだ。
そうなると、この広い王城をしらみつぶしに走るしかないか…。
くっ、さっき食べて食休みなしで、さすがにちょっとわき腹が痛いぞ!!
あっさりと王城内部への侵入を許してしまった…!
こ、このままではルリは…また…!
「も、申し訳ございません!
かくなる上は、この命で…」
…よし、500名を外部に残し、残りはすべて王城内部に入ったな。
この状態ならば、さすがにホシノアキトといえども、逃げ切れはしないだろう。
いくらトリックで姿を隠しても、肝心の部屋にたどり着けるわけが…。
!?
あ、あれは…公務から戻った王女!?
車を飛び降りて、ドレス姿で…ヒールすら脱ぎ捨てて走った!?
「お…おい!?」
帰ってくるなり勝手なことを…。
…いや、だがこの場に残られてしまっても別の問題が起こるな。
それならばいっそのこと…。
「ちぃ、お前は相変わらず言っても聞かないヤツだな!
外部の警護は半数でいい!もう半数は王女を警護しろ!
人質にされるようなことだけはないようにな!」
「し、しかし、いいんですか!?
ホシノアキトに付け込まれる可能性が…」
…兵士たちの顔が変わったな。
こんな馬鹿げたショーじみたこの騒動では、一流の衛兵たちも動きが鈍っていたが…。
正念場を迎えて、本来の力を取り戻したようだな。
……だが、はっきり言ってこれは博打だ。
賭けてはいけないものを、いくつも賭けてしまっている。
大切な自分の…家族の命を…ピースランドという国を…。
…すでにピースランドの権威はかなり傷ついてしまった。
これだけの兵をもって、あんなコソ泥一匹を捕まえることもできずにいた。
エステバリスが突撃してきたわけでもユーチャリスで恫喝されたわけでもなくだ。
今後、ピースランドという国に付け込む連中が増えるのは眼に見えている。
周辺の諸国に協力を頼まなかったのも何かといわれてしまうことだろう。
結果はどうあれルリ姫を本気で守ろうとしなかった、
薄情な親と…後ろ指をさされてしまうだろう。
……ふ、何をいまさら。
ほかの敵を呼ばないためと言い訳をして、外部の協力を拒んだ。
事件が発覚した時に重荷となる可能性くらい分かっていただろうに。
いっそ、エステバリスの一台でも無理に寄越してもらうべきだったか。
…ネルガルの兵器とはいえ、ホシノアキトに対する威圧にはちょうど良かったかもしれん。
だがそれも過ぎたことだ…。
「国王、もはや外では陣頭指揮を執るのも城の内部が主戦場となっては難しいでしょう。
かといって場内で陣頭指揮をするのは難しく、危険です。
王室にお戻りください。
そちらで状況の確認や指揮できるように準備してあります」
「む、すまんな」
「失礼ですがそのままですとさすがに目立ちます。
一時的にお召し物を我々と同じにしたほうが良いと思われます」
「分かった」
私はすぐに服を着替え、衛兵に案内され、
私は衛兵隊長を含む10名ほどの手練れに囲まれて、王城内に戻った。
どういうつもりでこんなことをしているのかは分からん。
だがこの上、王女を、王子たちを、ルリを失うようなことになったら、
私はすべてを捨ててでもネルガルの人間を……!
それだけのことをしでかしたのだぞ、『世紀末の魔術師』!
いやホシノアキト!
今回はついにルリちゃん奪還作戦の本編と相成りました。
バカげた作戦、バカげたシナリオにより、動く事態。
ルリちゃんを果たして助けられるかホシノアキト!
見せ場がなくて地味だぞ、テンカワアキト!
…が!例によってまた分量が激増したので、次回に続きます。
濃厚Aパートな感じで作ってみましたが、
どう考えてもこの尺じゃあテレビアニメのAパート12分程度には入らんっ!!
ってな具合で次回へ~~~~~~~~ッ!!
>ルパン三世か、懐かしいなw
前回は怪盗きらめきマンでしたが、今回はルパンでした。
5thシーズンも面白かった!!
>そしてあったなあ、まずいピザ屋w
>遊園地の中の店とはいえ、あそこまで酷かったら立ち退き迫られる気もしないではないw
あのピザ屋、二次創作では大概ボコボコにされますねw
ただ味については、周囲の人がげんなりしていない様子を見ると、
西欧圏では味がそこそこ普通なのか、
それともたまたまアキト達が地雷のメニューを踏んだのか、
ちょっと判断に迷うところではありますw
ホウメイさんのせいで二人とも舌が肥えてるのは間違いないし。
>後弟たちとルリちゃんとの会話にほっこり。
>やっぱりほっとしますよね、こう言うのがあると。
>仲良きことは美しき哉。
TV版では会話することをむしろルリちゃんが放棄してしまっていたので、
今回は時間がありあまっていることで興味を持たせてみました。
子供同士で素直にお互いを想いあう会話ができるのってあったかいですね。やっぱり。
それと兄弟たちとの会話では、
今回のルリちゃんとプレミア国王の関係を最初から解決できた可能性を示唆してみました。
『根気よく話す』『思い込みを捨てる』『正直に気持ちを話す』
弟たちとの会話で出来たことが全て出来ていれば、プレミア国王とも実は簡単に和解できたと。
とはいえプレミア国王はそもそも話すことを放棄してましたし、
状況に追われて思い込みを捨てられなかったし、
ルリちゃんも親なら察してほしいとばかりの態度を取ってしまい、
時間を取ってほしいという要望を無視されてしまって距離が遠くなりがちになってしまいましたね。
この場合、実は『話してくれないならアキト兄さんのところに帰ります』
と子供らしく脅しかけるくらいでよかったんですよね。
人間、中々ベストな回答は見つからないもんですね。
ラピスだよっ!
花の都で大評判!怪盗紳士『世紀末の魔術師』!
華々しく活躍開始!
さあ、フィナーレは近いよ!
ルリ、ごめんね。
ちょっと辛辣なやり方だけど、必ずいい感じにまとまると思うから!
ちょっと書いてるつもりが、二話分に膨らむこともザラで、
一週間に一話と思ったら二話分書いてしまった作者が贈る、
スラップスティック度マシマシでお送りするナデシコ二次創作、
に、
シーユーネクストイリュージョン!
感想代理人プロフィール
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代理人の感想
まじっく快斗乙。
そしてまあユリカはユリカだったよねと(ぉ
>ルリは従者たちには「帰りたい」とは一言も言っていないようだし…。
>ホシノアキトと反目しているからこそ、我々を頼ってくれたはずだ。
うーん、このコミュ不足な感じw
やっぱり意思疎通は重要ですね!
>正攻法で行ってもいいけど、遺恨は残るし、
>ルリの家族関係だって変わらないままだよ。
普通に会話すればどうにかなるんじゃないかなあ・・・w
ラピスの場合、やっぱり趣味でやってる感がぬぐえないw
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