〇地球・ピースランド・城下町・ホテル・ユリカの部屋──ユリカ

うわっ!
アキト君すっごい!
あんなにたくさんの衛兵さんをかいくぐってルリちゃんを探してる!
テレビに映るアキト君は本当に映画の中の人みたい!
生放送だよ、これ!
こんなかっこいいの見たら、ファンがまた増えちゃいそうだよ!

「…おーい、ただいま」

「あ、アキト!おかえ──…いらっしゃい」

「…お、おう」

もうアリバイ工作はいらないだろうけど…全部ことが済むまでは言葉遣いには気をつけよっと。
ピースランドから出るまでが遠足!じゃなくて作戦!

「…アキト君相変わらずすごいよ、ほら」

「おお…よく体力が持つな」

アキトの横顔を見ると…本当に疲れ切ってるみたい。
慣れないアキト君のフリを続けて一日…。お疲れさまだよね。

「…ね、アキト」

「ん?どした?」

「……アキト、後であのカッコしてくれる?」

「うえっ!?
 お、お前ホシノに…?」

「違うよ!
 もう、ばかぁ!
 私はアキト一筋だもん!
 …私、世界一の王子様のアキトくんよりも、

 アキトのほうが好きだもん!」

「お、お、お…おう…」

アキトは照れくさそうにしてうつむいている。
もう、アキトったら鈍いんだから。
……素直じゃないって方が正しいかな?
返事くらいしてくれてもいいのに。

「…わ、わかった。
 そ、そういうことなら…着てやるよ…」

「え!?やったぁ!」

がばっ!

「わっ!
 お、お前やめろって…。
 は、恥ずかしいんだよ」

「なんでー?
 好きな人に抱きついちゃいけないの?」

私が抱きつくと、またアキトはバツが悪そうに視線をそらしている。
…でも拒絶はされてないから、いいかな。
そのうち返事を聞けるよね、きっと…。

……アキト、本当に好きだよ。
同じ顔の、『世界一の王子様』と一日過ごしても、アキトの事しか思い出せないんだもん。
アキトにも、少しずつだけど私の気持ちは届いていると思う。
…あと一息、頑張らなきゃ!



「うおっ!?
 危ないなホシノ!!」

「えっ!?
 うわああ、紙一重!!」




衛兵さんたちの一糸乱れぬ剣の乱舞をすべて回避して、アキト君は逃げ出した!!
は、早く逃げてー!!



















『機動戦艦ナデシコD』
第三十三話:dramatherapy-演劇療法-




















〇地球・ピースランド・王城内──ホシノアキト

……俺は息をひそめて隠れている。
さすがに紙一重の戦いが続いてもう体力が残ってない…。
一休みして、いい加減ルリちゃんを探し出さないと…。
昨日の部屋にはやっぱりいなかったし。

「いたか!?」

「いや、見失ってからだいぶ経つが…まだ見つからない!」

…衛兵たちは俺を血眼になって探しているが、光学迷彩のマントがある限りはなんとかやり過ごせる。
ただ、さすがにバッテリーが切れそうだ。
バッテリーの予備は…そうだな、一度ナオさんと合流して予備をもらってから行けばいいだろう。
そろそろ今回の見せ場を、譲ってもいいころだ。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。





「だああ!?
 バッテリーが切れる前にマントが破損するなんて!!」



「「「「「待てーーーーー!」」」」」




俺は再度光学迷彩のマントで逃げていたが、先ほどの剣の乱舞をよけた時に裂けていたらしく、
その下に隠してあった防弾防刃のマントの地が丸見えになってしまったらしい。
衛兵たちは俺を追い回して…追い詰めようとしている。
くそう!
こっちは武器も品切れだってのに!!

「フリーーーズ」

「!?」

俺の背後から声が…いや、この声は!

「よ、アキト。
 そろそろ出番か?」

「ナオさん!」

姿は見えないが、光学迷彩のマントで隠れたナオさんが後ろに居る。
俺を追っかけに来てくれたのか!

「合流場所になかなか顔を出さないんでな、
 迎えに来たぜ」

「すみません!
 本来の合流場所に移動して、奴らを迎撃してもらえますか!?」

「あいあいっと!
 任せな!
 今回は俺がオフェンスだからな!
 …ちなみにお姫様の場所は?通話は?」

「ダメです!
 さすがに護衛の人が居るみたいで通話もつながらないし、
 場所に至っては皆目見当が…」

「なら、俺の光学迷彩マントをお前に渡した方がよさそうだな」

「すみません、助かります!」

俺とナオさんは本来の合流場所にたどり着くと、光学迷彩のマントを受け取り、
代わりにナオさんにこの場を受け持ってもらった。

「お願いします」

「任せな!」

…よし!
体力を温存しながら、ルリちゃんを探そう!
このペンダントはルリちゃんが近くになればなるほど振動が大きくなる仕組みだ…。
まだ距離はだいぶありそうだ…!


























〇地球・ピースランド・王城内─ナオ

俺はアキトとタッチして、この場を受け持った。
…今回は俺が戦う側だ!
せいぜい気張らせてもらうぜ!

「ホシノアキトが逃げたぞ!」

「あいつも味方だ!
 射殺するのもためらうな!!」


血気盛んな連中が衛兵どもが現れ、俺に向かって来ようとする。
まだ拳銃を撃たれる距離じゃないが…もたもたしてらんねぇな。

「やれやれ、想像通りに過激なこって。
 …だけどな、こっちだって何の準備もしてこなかったわけじゃねえんだよ!」




ジャキッ!



「「「「う、うわああああ?!」」」」





俺が担ぎ出したロケットランチャーを見て、衛兵たちは悲鳴を上げた。
こんな室内で、こんな化物をぶっ放すと思ったらそりゃそうなるだろうよ。
まだ俺の後ろには山のように武器が転がっている。
これを運び入れるのがかなり大変だったが、
今回は俺がアキトに代わって大暴れしなきゃ、落ち着いて探せないだろうからな!
これくらいは必要だ!



「おらーーーっ!」



ばしゅーーーーっ!ぱぁあぁあ…。



「ぐ…はぁ…ぐー…ぐー…」

当然、ルリちゃんが隠れているこの城で実弾をぶっ放すつもりはない。
これも大げさだが麻酔弾だ。
もっとも、距離が開いてない状態で撃つとこっちまで眠っちまう。
しかもかなり睡眠ガスの噴出時間が長い。
しばらくはこっちからの敵は防げるだろう。

「おい!侵入者だ!!」

「おっと、こっちからもか…。
 今度のは痛いぜェ!!」



ぼんっぼんっぼんっ!



「ぐあぁあぁ!?」



「ぐはぁあ!!」



今度は連射式のショットガンをゴム弾に切り替えたものだ。
元々のショットガンの威力が高すぎるので、
このショットガンはソードオフスタイルで拡散する範囲がかなり広い。
そうした方が制圧能力が高くなる。
…実際、実弾より痛いらしいんだよな、ゴム弾って。

「さーて、あと何人くるかな?
 俺はアキトと違って、装備が最初っから戦闘モードだからよ。
 今の俺なら、500人までだったら一度に相手できるつもりだぞ」



「「「「「バカめ!」」」」」



「へっ!?」




先ほど麻酔弾バズーカを撃った方を見ると…その手前の角から大量の衛兵が現れた!!
廊下を埋め尽くす大群だとぉ!?



「こっちは1500人居るんだ!
 いくら貴様がホシノアキト並みに強いと言っても、
 全員は倒せまい!!」




「んなっ!?
 ちょ、ちょっと待て…」



「戦力をここに集中しろー!
 この男を倒して装備をすべて奪えば、
 ホシノアキトは丸裸に出来るぞ!!
 かかれ!!」






「「「「「おおおおおおおおお!!!」」」」



「どわああああああ!?」




じょ、冗談じゃないぞ!?
俺は半狂乱になりながら、また麻酔弾のロケットランチャーを撃ちまくり、
ショットガンも撃ちまくり…かろうじて押し返してはいるがいつまでもつ!?
あいつらが銃を持っている限り、危険は尽きない。
最も、この状態では武器を使うと相打ちになるから、全員剣と銃を収めて、
怪我覚悟で素手で俺を取り押さえにかかっている…!
ま、まずいぞ!?
こう人が集まっては…!



「ぬがーーーー!?

 やめろーーーーーーっ!!」



「「「「「とらえてやるーーーー!」」」」」




「うおおおおおおお!!!」




……俺はこの乱戦を、ただ戦った…。
このだだっ広い廊下を埋めつくす衛兵たちと、ただひたすらに。
だが、その後、かろうじて俺は彼らから逃げ切ったらしい。
どうなってどうやったのか…俺は全く覚えていない。

び、貧乏くじ…。



























〇地球・ピースランド・王城内・ルリと王子たちの警護用部屋



「ルリ、みんな、大丈夫!?」



「は、母…!」



「「「「「お母様!」」」」」



衛兵たちとともに飛び込んできた女王に、ルリたちは驚いた。
この状況の中、まさか危険を冒してまでこの部屋に割り込んでくるとは思わなかったらしい。

「みんなでひとまず脱出しましょう!
 賊が入り込んでいる以上、外に出て身を隠せばここに居るよりは…」

「…すみません、兵士のひとたち。
 ちょっと席を外してもらえますか」

「は?
 しかし、内部に居た方が…」

「お願いです」

ルリのお願いに、兵士たちはしぶしぶ部屋を出て行った。
王女も不思議そうな顔でルリを見つめている。

「…ルリ?どうしたの?」

「……母、あれはアキト兄さんです。
 私が迎えに来るように頼みました。
 このペンダント型の無線機で。
 ひどいことにはなりませんから…あまり心配しなくていいです」

「る、ルリ…!
 どうして!?」

「…ごめんなさい。
 私、この国では生きていけないみたいなんです」

「あなたは帰りたいの…?」

「…はい」

「…やっぱり、私達じゃ合わない?」

「そう…です…。
 でも家族として迎えられて、すごくうれしかったです…。
 辛い人生だったけどここまで生きていて良かったって、思えました。
 けど生き方が違うんだって、思うんです…」

「…あの人と私のせい、ね…。
 でも、あの人はあの人であなたを愛しているわ。
 …やり方が乱暴で辛かったでしょうね…」

「分かってます…そんなに気にしないでください。
 確かに私はただ話し合いたかっただけなのに、
 父に無視されてしまったのはちょっとムカつきますけど。
 
 …でも父がおおげさにしていることも、愛情があるからだって分かってます。
 母、悪いのはピースランドでも父でも母でも、ましてや弟たちでもありません。
 
 私がこの国で育てなかったからなんです。
 
 さかのぼればいくらでも怒れることはあります。
 恨み事だってたくさんあります。
 今だって、ホントは一杯言いたいことがあります…。
 
 でも私はあなた達と、そしてアキト兄さん達と…。
 私を愛してくれる人たちと出会えた、この運命を呪いたくないんです」

「ルリ…」

「母、あの…私…」



ぎゅっ…。




「あ……」

ルリは女王に抱きしめられ、頬に涙が伝ったのを感じた。

「一緒に暮らせないのはなんとなくわかっていたの…。
 どこに居たって、あなたが元気でいてくれるなら、
 幸せでいてくれるなら、それでいいの。
 
 でもルリ、たまには戻ってきて。
 元気な顔を見せて。

 あなたは私の娘で…。
 ここはあなたのふるさとなんだから…」
 
 
 
「は…母……。
 
 えぐっ……ぐず……は、はい……。
 
 ぅ…ぁ…うあぁ……あぁぁ……っ!」































〇地球・ピースランド・王城内・ルリと王子たちの警護用部屋──ホシノアキト

女王が警護を連れてルリちゃんの部屋に向かっているらしいのを見かけて、
追っかけてどさくさに入って来てみたけど……入りづらいな、これ。

でも…あの小さなルリちゃんがあんなに泣くなんて、初めて見たかもしれない。

あんなに強く強く、女王を抱きしめて…。
…そっか、あの時もルリちゃんは本当はこうしてほしかったのか…。
姫として大げさに迎えられることではなく、
ただただ、子供として抱きしめてもらうことだけが、ルリちゃんの願いだったんだ。

…子供っぽいことへの抵抗感がすごくある方だったよね…。
そうだよね、ルリちゃんは大人に負けないようにいつだって頑張ってきた。
何かをねだるということをほとんどしてこなかった。
誰かへの甘え方だって分かってなかったんだ。

そういえば…ユリちゃんが最初にルリちゃんと会った時、
真っ先に抱きしめたって言ってたっけ…。

…よかった。

ルリちゃんは、ユリちゃんがピースランドに置いてきた後悔を取り戻すことができたんだ…。
自分には優しいお母さんが居るって、大切な家族が居るって、分かったんだ。

もう、大丈夫だ。
もし…あのような凄惨な未来があったとしても、
きっとルリちゃんはこの人たちに支えられて、ずっと早く立ち直れる。
…そんな未来は二度と作らないけどさ。

でも、この先何が起こるかわからない。

だからこそ、今日この瞬間、今日起こしたこの事件が…。
ルリちゃんに生きる力を与えてくれる…!
何があっても、必ずいい未来を引き寄せてくれるはずだ!
だから…。

……いかん。
安心したら俺まで涙が。



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



その後、ルリちゃんは女王にしばらく抱きしめられ、
自分がどれだけ今嬉しいのか、女王に一生懸命に語って…。
女王も、それを受け入れて、ただ涙を流してうなずいていた。
王子たちはつられるようにぐずっていた。
…この子たち、こういう子だったんだな。

「…もう大丈夫です、母。
 二度と会えないわけじゃないですし」

「…そうね、また近くに寄ったら会いに来て」

「そうですね。
 もしかしたら何ヶ月も空かないかもしれません。
 何しろPMCマルスは全世界にお呼ばれしてますし。
 通話しようと思ったらいくらでもできちゃいますし」

「ちょっとオーバーだったかしらね」

「いいえ、いいんです。
 嬉しかったんですから、いいんです」

二人は先ほどまでの泣き顔が嘘のように、にっこり笑った。
こうしてみると、本当にそっくりだ。
ルリちゃんもきっと王女のように美人になるんだろうな。

…よし、一段落したな。
そろそろ姿を見せるか。

「お時間ですよ、ルリ姫」



「あ、アキト兄さん!?
 いつからそこにいたんですか!?」



「「「「「わっ!?」」」」」



「あ、あなたがホシノアキトさん!?」




突然姿を見せた俺に、ルリちゃんたちはびっくりした。
部屋に侵入するそぶりもなかったからそれはそうだ。

「実は女王と一緒に入室してたのさ。
 女王、こんな仰々しい恰好ですみません。
 何しろ怪盗『世紀末の魔術師』を演じるように言われてしまって…」

「…キザっぽくて似合わないですね、それ」

「…ルリちゃんくらいだよ、そう言ってくれるの」

衣装合わせの時、ユリちゃんですら顔が真っ赤だった。
ラピスはめちゃくちゃはしゃいでいたし、眼上さんはいつも通りくすくす笑っていたし。
…今テレビを見ているファンのみんなは、もう想像したくない。
うう。

「…それともルリちゃん、もうちょっとここにいる?
 国王を説得してくればきっと…」

「…いえ、大丈夫です。
 母と弟たちにはちゃんとお別れを言えましたし…。
 父は正面から言ってもたぶん聞いてくれません。
 一度離れて、連れ去られてからじゃないと堪えませんから」

…そうかもね。
もうちょっと心を開いてもらわないといけなかったけど、
どうもこの間の反応といい今日といい、全体的に曲解されてる感じがするから。

「ルリ、ごめんなさいね。
 私はただ…」

「…分かってます。
 ちょっとお灸をすえてあげるだけです」

「…ホシノアキトさん、
 こんな私達両親ですが、ルリを本当に…」

「…俺にもわかります、女王。

 国王がルリちゃんを、王子ともども一緒に匿ったのは…。
 子供を分け隔てなく守るつもりがあったということでしょう?
 会ったばかりのルリちゃんを自分の子供としてしっかり守ろうと…。
 もし、ルリちゃんをどうでもいいと思っていたらそんなことはしませんから。
 
 ましてや、あなたはこの状況で不利になる覚悟で、
 自分の命の危険を顧みず、靴を脱ぎ捨ててまでこの部屋に…。
 そんなあなた達を、誰が責められます?」

「!」

プレミア国王の態度や対応には、
誘拐犯ごときに負けるわけがない、ルリちゃんのわがままに構ってられない、
という強硬さ、傲慢さこそあったものの…。
やろうとしたことは親として極めてまっとうだったとも思う。

恐らくプレミア国王はこの数日、
ルリちゃんを外部の勢力から守るために駆けずり回り、
ネルガルに二度と手出しをさせないために努力していたんだろう。
それほどまでに非道な真似をしたネルガルの先々代会長…そう考えたらやりすぎとはとても言えない。
ユーチャリス受領の記者会見中に迎えに来たのもきっとそのせいだ。

そして誘拐犯に毅然とした態度で向かい、王子たちと一緒に匿った。

問題がなかったとは言わないが、かなり必死だったんだろう。
王女も相当心配していたことだろう。

…俺の様子を見て、女王は深くうなずいた。

「……あなたならきっとルリを…守ってくれますね…。
 ルリの心を温かくはぐくんでくれたのは、やっぱりあなたたちなんですね」

「…俺は大したことはしてませんよ。
 いつもルリちゃんにも迷惑ばかりかけてます。
 俺ができるのはせいぜい料理と、戦うことと、道化として振舞うことくらいです。
 
 …ユリちゃんやユリカ義姉さん…そしてラピスが、
 ナデシコのみんなが…PMCマルスのみんなが…。
 
 ルリちゃんの心を開いてくれたんですよ」

「そうです。
 …私もナデシコの人たちに出会う前だったら、
 きっともっとつっけんどんです」

「…そうなんですか。
 
 でも、謙遜なさらないで。
 
 ルリと温かく接してくれた上に、
 こんなことまでしてくれるなんて思いもしませんでした。
 
 さすが『世界一の王子様』と呼ばれるだけの事はありますわ」

「…か、勘弁してください。
 本物の王族にそんな風に言われるのは…」

…褒め言葉としてもかなり大げさだ。
王族に言われるというのはちょっとヒヤヒヤする。
ホントにルリちゃんの兄として王子扱いするつもりになられてしまっても困るし。

「母、アキト兄さんの実態は結構情けないです。
 すごいことはできますけど、元来の性格がそこらの高校生みたいですから」

「あら、そうなの」

「…そうなんです、実は」

…未来では木星戦争を生き抜き、あの地獄を生き抜き、立ち直り…。
自分の中ではかなり成長した部分はあると思うが、
地の部分があんまり進歩してないんだよなぁ、とほほ。
…ホシノアキトとしての部分が結構足を引っ張ってるのはあるけどさ。

「でも…アキト兄さんは、間違いなく『世界一の騎士』ですね。
 今回は『世紀末の魔術師』を演じてもらいましたけど、
 どっちかっていうとラピスのほうがよっぽど魔術師です」

「え?まさかこの作戦は…」

「…全部、ルリちゃんの一つ上の姉のラピスのせいです。
 ドローンを放つところから、予告状の準備、シナリオ、下準備の指示、
 状況づくりまで、すべて彼女の手腕です」

…色々と、ラピスの趣味が丸出しの今回の作戦、
しかしそのどれもが効果的に働いた。
もっとも、やっぱりルリちゃんをさらうだけなら光学迷彩のマントが一つあれば事足りたんだけどさ。
アフターフォローを考えるとこれも必要なんだ…。

「…驚きました。
 ルリ、あなたとアキトさんとラピスともどもピースランドに来てほしいくらいね。
 きっと今以上の国になるわよ」

「…嫌ですよ、母。
 私はやっぱりこの国は合いませんし…。
 アキト兄さんはコックになるのが夢です。
 ラピスもこの国だと退屈で死んじゃいますね」

「はは、違いないや」

「…残念ね。
 そうなると、もしベストな迎え方をしても、
 きっとルリはこの国に残ってはくれなかったんでしょうね」

「母、ご理解いただけて嬉しいです」

…色々とわだかまりもなく収まるかもしれないな、これなら。
あとはプレミア国王の方だけど…ラピスはどうやってこれを収拾するつもりなんだ?
ま、戻ればわかるんだろうけど…。

「ルリ。
 何かどうしようもない時、声をかけて。
 国を挙げてでも必ず助けるわ」

「…ありがとう」

「…アキトさん。
 ルリを…お願いします」

「承ります、女王。
 お任せ下さい。
 必ず守り抜きます。
 あ、これを…」

俺は自分のつけていたルリちゃんと同じペンダントを差し出した。

「…これは?」

「王に預けて下さい。
 きっと王が必要になるものです」

「…そうですね。
 あなた達ならきっと何か起こしてくれると思います。
 奇跡のようなことを…」

女王はうなずいてくれた。

「母、弟たち、いろいろ落ち着いたらまた来ます。
 …父が収まらないなら、すぐにでも説得に必ず来ますから」

「ええ…ルリ、達者でね」



「「「「「
 ルリお姉さま!
 アキト兄さま!
 またお会いしましょう!!
 」」」」」



「ぶっ!?」




「…アキトさん、気に入られちゃったみたいですね」

「ふふふ、本当に王子様になりたくなったら来てくださいね、
 アキトさん」

「か、勘弁してください…」

…本当に勘弁してくれ。
そして、俺はドアをルリちゃんに開けてもらい…。
衛兵の気を引いてもらい、直後、ルリちゃんを抱えて、飛んだ。



「さらばだ!
 ルリ姫はいただいていくぞ!」




「「「「「ま、待てーーーーーッ!!」」」」」」




衛兵たちは俺がルリちゃんを抱えているので銃を撃つこともできず、
ただ走って追いかけるのが関の山らしい…だったら俺の方が有利だ。
ルリちゃんを抱えていようと疲労困憊だろうと、そこまで足は遅くない!!

…でもこの演技、なんとかならないかなぁ。






















〇地球・ピースランド・王城内・ルリと王子たちの警護用部屋

「…行っちゃいましたね、お姉さまとアキトさん」

「…ええ、そうね。
 でも安心したわ。
 あんな人のそばだったら、ちょっとやそっとじゃ手が出せないでしょう。
 もしかしたらこの城の中よりも安全かもしれないわ」

「それにしても…」



「「「「「かぁっこよかったぁ!!」」」」」




「どんな観劇作品より、どんな映画作品よりかっこいい人なんて初めて見ました!」

「本当に『世界一の王子様』って言われるわけですよ!」

「ふふふ、そうね。
 本当に、あの人がピースランドの王子様になったら、
 それだけで何倍も収益だしちゃいそうね」

「僕たち、あの人みたいになりたいです!」

「じゃ、頑張りましょうね。
 今度来てくれたら、どんなことをしているのか聞いてごらんなさい」

「「「「「はーーーーい!」」」」」






















〇地球・ピースランド・王城外部・森林地帯──リョーコ

…ったく、車係に回された上にこんなに待ちぼうけをくらうなんてよ。
ホシノの兄の方も大立ち回り、ヤガミも大暴れ。
そのそばでオレは逃走用の車を守って光学迷彩で隠れている。
こんな退屈な仕事だったら俺以外でもよさそうなもんだったが…。
得物が得物だから任されたんだろうが…ああ、畜生!
じっとしてるのは耐えらんねーぜ!



ピピッ!




『…す、スバル…。
 せ、千五百人全員ぶったおした…俺もそっち向かうぞ…』

「ま、マジか!?お前すっげーな!」

ナオ…まさかそんな大群を相手にして勝つなんて…。
充実した装備があったとはいえ、その戦力差をひっくり返す…すげえ奴だ。

『た、ただ表の連中を倒す余裕がない…弾切れだしな…。
 予定通りアキトが打ち上げ花火をあげてから、脱出ルートに向かう…』

「わ、分かった。
 こっちもまだ警戒がきつくて危ねえからな」

















〇地球・ピースランド・王城外部──ルリ

アキト兄さんは私をお姫様抱っこして王城内を走っています。
さきほど、ヤガミさんから通信が入りました。
まさか本当にひとりで、しかも殺さずに衛兵を全滅させるなんて…。
どうやら私を救出した時点で一人きりじゃなくても通話ができるようになったようです。
けど…。

「…アキト兄さん、自分で走れますよ?」

「…一応、囚われの姫君だからね。
 ちゃんと最後までエスコートしないと」

「まったく、義理とはいえ兄妹でこんなことをするなんて、
 ちょっと恥ずかしいですよ」

「…文句ならラピスに言ってくれる?
 俺は乗り気じゃなかったんだ」

「その割には結構ノリノリに見えますよ」

「…悪酔いみたいなものかな」

それをいうなら悪乗りです、アキト兄さん。
そうこうしているとヤガミさんが見つかりました。
このあたりは完全に死屍累々の様相を見せています。
死んでないみたいだけど。

「あ、ナオさん!走れますか!?」

「お、おう…。
 決まってるぜ、大怪盗…」

…冗談を言える余裕があれば大丈夫でしょう。
そして私たちは、逃走ルートを走り抜け…。
アキト兄さんは、最後の打ち上げ花火のスイッチを入れました。























〇地球・ピースランド・王城内・王室──プレミア国王

「王城内はぜ…全滅だと!?」

「は、はぁ…ガンマンの恰好をしたヤガミナオが、持ち込んだ大量の武器で、
 全員気絶か眠りにつかされています」

「女王は!?」

「このモニターに…ぶ、無事です…。
 ルリ姫を抱きしめてますね。
 い、いえ!?


 

 ほ、ホシノアキトが出現しました!!」



「な、なにぃいいい!?
 おい、私についてこい!
 命に代えても奴からルリを守らねば!!」



「は、はっ!!」



















〇地球・ピースランド・王城外部──リョーコ

…お、ついに打ち上げ花火が打ちあがるな。
こりゃ傑作だ。



『ふははははは!
 ピースランドの諸君、ルリ姫は確かに頂戴したぞ!!』



「「「「「なにっ!?」」」」」




屋上に、ホシノ兄妹の姿が見える。
ハングライダーを広げ、飛び去ろうとしているわけだが…。
…これほんとーにホシノの兄の方の本来のキャラからはだいぶ逸脱してるよな。
演技ではあるから当然なんだけどよ。
ハングライダーは飛び立った。
しかし…。

「う、撃つな!ルリ姫に当たる!!
 追いかけるんだ!!」

…ホシノ兄妹を追いかけて走り出す衛兵たち…。
車に乗るものも多いが、当然間に合うわけもないわけだ。
…だけどあれが人形だって、まだ気づいてないみたいだな。さっきの声は録音だ。
王城の周りの人間もだいぶ減ったな。
よし…そろそろオレも出番だ!



ぶおおおん!



「な、なんだ!?」



「車が突然現れて…勝手に動いてる!?
 幽霊でも居るっていうのか!?」




オレは車の光学迷彩をオフにすると、車に乗り込み、合流先に向かった。
…こうすると、一見自動操縦のように見えて、
光学迷彩で隠れているオレ自身は比較的安全に車を運べる。
撃たれるにしても車の方が狙われるしな。

周囲のわずかに残った衛兵たちと、マスコミの連中をしり目に、
オレは合流場所にたどり着いた。

…よし!
いよいよ見せ場だぜ!
光学迷彩をオフにして…。



「さ、サムライだ!
 それも女の!!」



「緑色の髪をしたサムライだと!?」




「へんっ、見てな!



 …でやああああああっ!!」




ざしゅっ!ざしゅっ!ざしゅっ!ざんっ!




オレは車から飛び降り、王城の壁を切りつけて…。
綺麗な四角形を描くように、傷がつく。
そして…蹴破った。



どさ…!



「「「「なあぁにっ!?」」」」




「これがスバル流居合術…。


 

 ……みせもんじゃね~~~ぞコラぁ!
 
 刀の錆になりたくなかったら引っ込んでな!」




……ぶっちゃけ、これはただの強がりだ。
内心冷や汗だらだらだ。
うまく威嚇ができなかったら光学迷彩で隠れるしか方法がない。
一応車は防弾処理してあるし、俺の衣装も防弾装備だが…頭や手足は無防備だからな…。
どうだ?



「「「「ひ、ひいいいいいい!?」」」」




…想像以上の効果だったみたいだな
とはいえ、オレの技量じゃ建物を斬って穴をあけるなんて土台無理。
じっちゃんなら軽くやってのけるだろうけど、それも業物の刀なしには無理。
じゃあどうやったかっていうと…。
この刀はイミディエットナイフと同じ素材で、特殊加工を施されている。
しかも高周波が仕込んであるので、この通り綺麗に切れるわけだ。
レーダーで確認して壁の先には生体反応がなかったから容赦なく切らせてもらったぜ。

「…リョーコちゃん!」

「スバルさん!」

「スバル、またせたな」

…おっと、ようやく今回のヒロインがおっついてきたな。
いつも見てるルリがこんなお姫様らしい恰好をしてるってのはちょっとむず痒いな。
ま、とっとと逃げようぜ。
オレたちゃ結局ルリ姫の引き立て役の仮装行列なんだから。



「「「「ま、待てーーーーー!」」」」



「だ~~~れが待つかよ、このタコッ!」




「…ラピス、救出完了だ!
 だがこのままじゃ、誘導ミサイルが来るかも…。
 エステバリスに四人乗るのは無理だ!
 かといって手のひらに二人乗せてたたかうのは…」

『だいじょ~ぶ!
 どっちにしろ、ナオとリョーコは正面から出て行かないといけないし、
 ルリを抱えているアキトには攻撃できないよ!』
 
「け、けどよぉ。
 この様子じゃオレとナオはお尋ね者になっちまうぞ!
 国を出るなんてとても…」

『へーきへーき!
 私がなんの仕込みもなくこんなこと言うわけないじゃないの!』

…この状況を切り抜ける方法があるっていうのか?
誘導ミサイルを撃たせず、オレとナオがマークされずに出国する方法があるっていうのか?
あんなちいさなラピスの作戦に乗っかっちまったのはオレたちの責任だけどよ…。

…ええい、無理でも助けてくれるだろうよ!

「しゃーねーな!
 夜明けまで俺とナオはこの車で逃げてやらぁ!
 ホシノ兄妹!
 エステバリスまで送ってやるからとっととユーチャリスに帰りやがれ!」

「あ、ありがとう!」

「…ご迷惑をおかけします、スバルさん」























〇地球・ピースランド・王城内・ルリと王子たちの警護用部屋──プレミア国王

…私たちはルリと王子たちをかくまっている部屋にようやくたどり着いた。
われながらこの城の広さを侮っていた…防御としてはかなり有用なのだが。
急いで来たというのに、だいぶ時間がかかってしまった…!



「おいっ!?無事か!?」




「…あなた」

「「「「「お父様!」」」」」

女王と王子は無事だ!
だが…。

「ルリは!?」

「…ホシノアキトさんが、連れて帰られました」



「貴様っ!?
 身を挺して助けようともしなかったのか!?」




…女王は何をしていたんだ!?
自分の娘がさらわれようとしていたにもかかわらず、
まさか王子たち惜しさにルリを差し出したとでもいうのか!?

「大丈夫です、ホシノアキトさんは…。
 ルリを大事に…」



「ッ!!
 このうつけ者ッ!」



「「「「「ダメです、お父様!」」」」」




「うっ!?
 ど、どけ!」

私は女王があまりに愚かしい行動をしたと思い、
思わず手を上げようとしてしまったが…王子たちが全員、女王をかばって前に立った。
このようなことを許してはいけないだろうに…!



「どきません!」

「僕たち、何があってもどきません!」
 
「お父様!
 どうして話を聞かずに手をあげようとするのですか!?」
 
「お父様!
 どうしてルリお姉さまの言葉に耳を傾けなかったのですか!?」

「ルリお姉さまは、
 僕たちに、ただお別れを言いに来ていただけなんですよ!!」



「なっ!

 お、お前らもホシノアキトに騙されたのか!?」




巧みな話術や嘘で私の家族をだましたのか…。
いや…あの魔術師を自称する悪党だ。
催眠術の類でも、マインドコントロールの類でも…しかねない。
だ、だが…それにしては短時間で変わりすぎだ…。
女王は、王子たちに一度下がるように言う。
そして私の上げていた手をとって、そっと下げた。

「…あなた、お怒りは分かります。
 私を愚かな妻だと、ののしりたいでしょう。
 でも、事情を聴けばきっと分かってくれます。
 それに私に暴力をふるったことなど、一度もなかった優しいお方です。
 あなたはそういう方です。
 
 …どうか、落ち着きになって聞いてください」

「し、しかし…。
 彼奴はこんな大げさなことをして私からルリを奪ったのだぞ…」

…女王が私への信頼を、淡々と伝え…そしてなだめている。
私も少しだけ怒りがしぼんで…うろたえてしまった。
何があったんだ、この5分か10分かの間に…。



「彼はあなたのその強硬な態度と疑いがあるから、
 
 こうやって無理矢理迎えにきただけです!

 ちゃんと話し合いたいと頼めばきっと応じてくれます!」




「だ、だが──」

…どうやって信じろというのだ?
ネルガルは我が娘のルリを使って人体実験を行った。
ホシノアキトはルリを連れ去った…。
かといって連れ去る前にあいつらから相談を持ちかけたわけではないし…。
この事実を覆すような事実があるというのか…?

…と、考えていたら、女王は私の前に、
ルリが付けていたペンダントが差し出された。

「これはそのホシノアキトさんから預かったものです。
 …あなたに渡してほしいと──」



ピピッ!




『ぐっどいぶにんぐ、ピースランドの王族の皆様。
 今回の仕掛け人、本当の主犯格・ラピスラズリだよーっ」

「なっ!?ペンダントから声が!?。
 そうか、これでルリは通信を…」

声の主は…ラピスラズリ…だと。
あのルリがこちらに来る際にペンダントを渡していた少女か…。
ま、まさか今回の騒動はすべて彼女が?
そして最初から、私がルリを手放すつもりがないと分かっていて、
このペンダント型の通信機を手渡しておいたというのか!?

『さっすがプレミア国王、賢いね。
 でも、ルリの本当の気持ちに気づけなかったなんて、冷たいんじゃないの?』

「ぬ、ぬかせ!
 お前らが誘拐したことに変わりはないだろうが!!」

『あれれ?おっかしいな。
 私たちはルリに言われてここに来たんだよ?
 ま、ちょっといたずらじみたことはいっぱいしてきたけどね。
 それに音声で証拠だってあるのよ。
 一度聞いてみる?あんまりしつこいなら、これ世界に流しちゃうんだから』

「な…」

る、ルリが?
…この通信機で、脅されて言われるがままに情報を伝えていたのではなく?
ルリの意思で?
そ、そんなバカな…。
録音された音声が流れ始める…。



『おっと、ようやく私を呼んでくれたね、ルリ!』

『ラピス!?
 ど、どうやって!?』

『こ~んなこともあろうかとってやつ!
 ウリバタケにお願いして作った特製ペンダントだよ!』
 
『あ、アキト兄さん!
 お願いです、ちょっと困ったことになってしまって…。
 …たぶん父の差し金なんですけど、いろんな国民の人からプレゼント攻撃を受けてて…。
 趣味じゃないものをどんどん手渡されて、困惑してます。
 私、仮にも働いてるんですよ?
 欲しいものはちゃんと買えますし、
 知らない人からプレゼントもらったって嬉しくないです』



………私はただ崩れ落ちて、膝をついた。
あの年ごろの女の子というものは…お姫様にあこがれているものだ。
そして、いろんなものを欲しがって居るはずだと…。
ルリは実験体として過ごしている時間が長いと聞いたから、
そういうものも我慢してきたと思い込んでいたのに…。
女王が注意した通りじゃないか…。

それにルリは研究所を出て働いているから…だと…。
ナデシコにのるべく育てられたようだと言っていたが、無給ではなかったのか?
もう、ルリは大人と同じ扱いを受けていたということか…。

ま、的外れだったのか…私のしたことは…。



『…それだけならまだしも、
 父は時間を本当にとってくれないんです。
 後で話すって約束を破って。
 ほったらかしです。
 三日間も一人きりで過ごしてます。
 これじゃ病んじゃいそうです…。
 アキト兄さんたちと一緒に居た方がずっと良かった…』

『…辛かったね、ルリ』



違うんだ、ルリ…。
私はただ、お前のために…。
ネルガルが二度とお前に手出しできないように、
ほかの国が、人体実験を行う機関が、二度と手出しできないように、
守ろうとして、周辺諸国に言って回っていたんだ…。
そうならなくては、日本などにいては危険だ。
もう二度と…。
……だが私が守ろうとして閉じ込めてしまったこと、
根回しを行っている間ルリを放っておいたことが、
結果としてルリを苦しませていたんだな…。

それにしても、ホシノアキトたちは…ルリが一緒に居たいと思うほど、
彼らに懐いていたのか?
だとするなら、ルリが助けを求めたのも納得できるが…。

…もしかしなくても、ホシノアキト自身はネルガルの研究所とは関係が薄いのか?
ネルガルのアカツキ会長と親交があるというのは、
手出しできないようにするブラフにしか思えなかったが…。
…ネルガル本家と、ネルガルの研究所が反目していた可能性を考えられてなかったな。
人体実験を続けていた研究施設をことごとく壊して回ったのは、
自営のための証拠隠滅ではなく、ホシノアキトが呼びかけたせいだったというのか…?



『…はい。
 でも私、この国とは合わないとは思うんですけど、ちょっと安心しました。
 こんな風に戻ってきた私をちゃんと子供として迎え入れてくれて、
 ちゃんと望まれて生まれた子だってわかったから、
 もう大丈夫です。
 
 …この国への未練は、もうありません。
 
 生き方が、違うんです』



……ルリは、不安を抱えて生きてきたんだな。
それは私達も分かっているつもりだったが…生き方が違う…か。
…この国を気に入るかどうかも分からないようにしたのは、
閉じ込めてしまった私のせいだし、な。



『じゃ、ルリ?
 逃げ出したい?』

『今からでも逃げたいです。
 父の場合、時間があっても今のままじゃ何を話しても聞いてくれなさそうですし』



……そうかもしれん。
私はお前の本心を推し量るどころか、ただ私の思い込みを押し付けて…。
それどころか話を一切聞かずに、ネルガルとホシノアキトを敵だと思い込んで…。
ルリに直接言われても、それを理解できなかったかもしれない。



『オッケー!
 ルリ、必ず私達が外に出してあげるよ!』
 
『ごめんなさい、ラピス。アキト兄さん。
 こんな目に遭うなんて思ってなかったから…』

『う、ううん。
 助けに行くのは大丈夫、何とかするよ』

『ルリ、ダンスパーティーに行ってみるといいよ。
 きっと驚くことが起こるんだから』



…そうして、あの予告状は届いたのか。
これは…やり方を批難する権利すら、私にはなさそうだ。
今回は私がただの一回でも立ち止まってルリの話を聞こうとしていたら…。
何も起こらないで、素直にルリを見送ることすらできたのかもしれん。
……みじめだ、私は…。

「あなた…」

「「「「「お父様…」」」」」

…私の家族たちの声がどこか遠く聞こえる。
今でも…それでも…こんな愚かな父を…気遣ってくれているんだな…。



『こ、国王!!
 先ほどまでホシノアキトを追っていましたが、
 ハングライダーで逃走していたホシノアキトとルリ姫は偽物でした!
 最後、花火となって爆発、墜落したハンググライダーを見たところ、
 ただ焼け焦げたぬいぐるみが!』



『国王!!
 本物のホシノアキトはただいま車で逃走しております!
 こちらには車がなく、追いかける手段がありませんが…』



『国王!防衛用の誘導ミサイがルあります!
 先んじてエステバリスを撃破すれば、逃走は防げると思います!』



次々に、私の端末に緊急連絡が入ってくる。
…ふ、もういいんだがな。
私はあの子の父親でいる資格がもうないのだから…。



「……もういい」



『『『は?』』』




「もういい、といったのだ。
 ルリ姫は、自分の意思でホシノアキトについていった。
 …ひとまず、危険はないらしい。
 危害を加えるつもりがないと、女王が詳しく話を聞いてくれた。
 納得の上だ。
 少し連絡が行き違いになってしまって伝えるのが遅れてしまった。
 
 皆の者、安心して…もう、休め」



『『『し、しかし!!』』』




「私は休めといったぞ。
 …いいか?
 君たちは、この国を守る衛兵だ。
 もうこれ以上、私のわがままに付き合う必要はない。
 今は休んで…明日からまた、この国を大切に守ってくれ…。
 ルリは大丈夫だ…。
 
 私を信じてくれ。
 
 もし、またルリの身に危険が迫ったら、力を借りることもあるかもしれん。
 だが今は…すまん、黙って帰ってくれまいか?
 負傷した衛兵たちの介抱と、手当てが終わり次第、だがな。
 詳しいことはまた追って話す。
 私も、君たちに謝らなければならないことがたくさんあるようだ。
 だから…。
 
 いいな?」



『『『……はっ!』』』




…彼らの声に、また覇気が戻ったな。
この調子なら彼らもまたこの国のために…戦い続けてくれるだろう。
……だが、私は…。

「…王子たち。
 お部屋に戻りなさい」

「し、しかしお母様…」

「…国王も少し、心を痛めております。
 二人きりにしてちょうだい…」

「は、はい」

…王子たちは、従者とともに自分の部屋に戻っていった。
気を使わせてしまったな、また…。

「…あなた、大丈夫です。
 ルリはきっと戻ってきます。
 約束しましたから。
 いっしょに暮らせないとはいえ、
 二度と会えないわけじゃありません」

「そうだな…。
 だが…私はなんてことを…」

「…ルリもあなたの気持ちは分かっています。
 ちょっとやり方が悪かっただけです。 
 また会えたら、ちゃんと話してあげてください…」

…その機会が…あればよいがな。

















〇地球・ユーチャリス、格納庫──ホシノアキト

俺たちはようやく、ユーチャリスに戻ってこれた。
…ラピスが、帰り際にあんな爆弾を置いていたとは。
ルリちゃんが助けを求めた時の会話の中身を、
あのペンダントを通じて流したって聞いて、俺たちは驚いた。
…と同時に、プレミア国王がひどく傷ついただろうな、と思った。
ラピスのことだから、この辺のフォローも考えていることだろうけど…。
…なんていうか、我が義妹ながら末恐ろしいよな。

格納庫に着艦して…俺はエステバリスの歩を進めた。
だが…。

「すー…」

「ん、ルリちゃん、着いたよ」

…疲れて眠っちゃってるな。
いっぱい泣いたし、いろいろ大変だったんだろうな。
ルリちゃんがこんな風に眠るなんて初めて見た…。
…やっぱり昔は結構緊張していたんだな、どこでも。
それくらい信頼されてるっていうのも、嬉しいもんだな。

「みんな、降りるけど…熱烈歓迎は後にしてくれる?
 ルリちゃんが、寝ちゃってるもんだから…」

『あら、珍しいですね。
 …安心しちゃったんですね』

「ルリちゃんを部屋に寝かせてくるから、
 みんな、お礼を言いに戻るから静かにね」
 

『『『『『『はぁーーーい…』』』』』』


…よし、これなら大丈夫だろう。



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



ルリちゃんを部屋に連れて行き、ベットに寝かせた後…。
その後、俺は格納庫に詰め掛けていたみんなをねぎらいに戻ったわけだけど…。
や、やっぱりこうなるか…。



「「「「アキト様ーーーーッ!!」」」」




…ゆ、ユーチャリスに100人スカウトする前で良かった…。
青葉ちゃんを除くパイロット候補生たちのほかに…。
一緒に乗り合わせた連合軍のパイロット練習生の一部、
そしてマエノさん家の女の子たちまで、俺のショーに感激して集まってきてしまっている。
…これ、うまく事態を収拾できなかったら俺はお尋ね者になっちゃうし、
下手するとPMCマルス全体もピンチなんだけど…そんなことはお構いなしらしい。
に、日本のファンのみんながどうなってるかって、これだけでもわかる。
普段俺と対面する機会の多いこの子たちですらもこうだもんな…。

…は、はは…。
し、しばらく日本に帰りたくないな、これは……。
…恨むぞ、ラピス…。

…で、今度はツーショット写真を撮ってほしいと、みんなしてリクエストしてきた。
そんな写真があるともろもろ後々困りそうなもんだけど、
これについてユリちゃんについて問うと…。

「ふ、福利厚生の一環です!」

と答えた。
…そりゃ無料で従業員にサービスできるって考えたら、これ以上ない対費用効果があるけどさ。
いいのかなぁ、こんな福利厚生って。
望まれてるからやってるけど。
そんなわけで、俺はしばらく眼がキラッキラしている女の子たちの写真撮影に付き合わされた…。

「ほへー、こりゃあの古巣のコスプレ喫茶も、
 しばらくは『世紀末の魔術師』一色だよな」

「ま、マエノさん…。
 お、俺…この先大丈夫っすかね…」

「…駄目なんじゃないか?」

…だよな。
は、犯罪者にならなかったとしても、このままじゃ下手すると一生芸能人だ…。
う、うう…頼むから戦後は町食堂で過ごさせてくれ…。



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



俺は、みんなに強く強く念を押して、
写真を失くさないこと、ネットに流さないこと、他人に見せびらかすことはしないことを条件に、
彼らにこの記念写真を現像して差し出した。
…彼女たちも俺の素の性格はよくわかっているから納得はしてくれた。
はぁ、散々だった…。

「アキトさん、社員サービスありがとうございました」

「…あの、ユリちゃん?
 ルリちゃんの件の方はいいの?」

「あ、ごめんなさい。
 そっちの方が先ですよね。
 …こんなことまでしてくれてありがとうございます。
 ラピスはちょっとやりすぎですね…」

「…いいさ。
 色々と問題はあるけど、ルリちゃんが…。
 この先何があっても、立ち直れる心の支えが出来たんだ」

ユリちゃんは、深くうなずいてくれた。
この先何があるかわからないからね…。

「…だいぶ仲良くなれたみたいで良かったです」

「…ユリちゃん」


「んんっ!?」


ばっ!



俺が突然深く口づけて、ユリちゃんがバランスを崩したところで、
ユリちゃんを抱えて、お姫様抱っこした。

「わっ!?
 あ、アキトさん!?」


「…ごめんね。
 あの頃は俺も、なんもできなかったから」

…ユリちゃんは本当に寂しそうにしていたので、
俺はつい慰めるつもりで、急にこんなことをしてしまった。
…な、なんでこうしたんだろう。

「いっ、いえっ!
 あ、アキトさん、どこでこんなキザなテクニックを身に着けたんですか!?」

「…あ、その…ちょっと、
 急にこうしてみたくなっちゃって…」

…いかん、二人して顔が真っ赤だ。

「…ばか」

「…バカでいいよ。
 ユリちゃんを放っといて写真撮影で女の子をとっかえひっかえしてたみたいな感じで、
 俺がちょっと罪悪感があっただけだから…」

「わ、分かりました。
 それは大丈夫ですから…。
 こ、この後、ラピスとも話すんですよね?
 じゃ、じゃあ降ろしてくれても…」

…そういいながら、ユリちゃんは降ろしてほしいようにみえない。
なんていうか、やっぱり寂しそうで…放したくないな…。

「…嫌?」

「い、嫌じゃないですけど…どうしてこんな…」

「…たまにはユリちゃんをドキドキさせたいから、かな」

「はぁう!?
 だからそんなキザなことを…!」

…なんでだ?妙にこんな強気なセリフが出てくる?
う、うう…変だな?

「う、うん…やっぱなんかおかしいよね、今日は」

「ほ、ホントですよ!!
 
 

 わ…わーーっ!
 
 そのまま歩かないで!
 
 お願い、降ろしてーーーッ!」
 

「だ、大丈夫大丈夫。
 誰も見てないから」
 

…ど、どうしたんだろう。
なんでこんなにユリちゃんを翻弄することを楽しんでいるんだ?
場酔いみたいなもんだろうか…。
…でも、なんかユリちゃんすごいいい意味でドキドキしてるし、
俺もドキドキして…こうしたい気分なんだよな…。

…結局、ユリちゃんはすぐ恥ずかしそうに黙ってしまったので、
下に降ろすこともなく、俺たちはただ自分の部屋に戻った…。


















〇地球・ユーチャリス・廊下

アキトがユリを抱えたまま廊下を通り過ぎたのを見つめて、
パイロット候補生たちは色めきだっていた。

「…見た?」

「見た見た!
 アキト様、あんなに大胆なことをするの初めて見たわ!」

「自発的にあんなことをするなんて、めったに見られないわ!」

「ユリさん、羨ましいぃ~~~」

「で、でも…私達もこんな素晴らしい写真もらっちゃった…。
 こんなツーショットなんて、もう二度と撮ってもらえないわよぉ…。
 もはや家宝よっ!これはっ!」

「写真撮れなかった青葉が気の毒ね」

「可哀想だから、ちゃんと言って写真を撮ってもらいましょう?
 あの子も作戦のために現地に行ってたんだし、
 私達、一蓮托生なんだから」

「そ、そうね」

「…でもこれで一つ課題が増えちゃったわよね」

「え?」

「え?じゃないわよう。
 今、ユーチャリスのクルーを募集してるでしょ!
 今回の怪盗騒ぎ、無事に事態が収拾したとしても、
 応募の倍率が三倍…いえ、十倍は増えるわ!」

「あ…」

「ラピスちゃんに頼まれて私達も手伝うことになったけど、
 選ぶのに何日かかるやら…」

「「「「「「「「「「「「はぁ…」」」」」」」」」」」」

「…その100名にこの写真の事ばれたら大変よ。
 死守しなさい!なんとしても!」



「「「「「「「「「「「「おーっ!!」」」」」」」」」」」」

























〇地球・ピースランド・王城内・王室──プレミア国王

……私は何を一人で突っ走っていたんだ。
少し話を聞いてあげるだけで何もかも問題なく済んだというのに。
…それでもルリはおそらくこの国には残らなかっただろうという女王の慰めが、
王子たちの毅然とした態度が…かえって私の胸に突き刺さった。

あのテロリストの襲撃事件さえなければ、と思うが…。

そうなると王子たちは生まれなかっただろう。
…そんな残酷なことを考えてはいけない。
いけないが…。
ルリという子の人生が、決定的に歪んでしまった原因はそこにあるんだ…。
…従者が入ってきた。こんな時間に…。

「…国王、通信が入っています」

「……後にしろ。
 気が遣えんのか」

「それが…ルリ姫の事で、ネルガルからなんですが」

「なに!?」


ま、まさか謝りにでもきたというのか!?
い、いやありえん。さすがにないだろう。
…とにかくルリの事とあっては、聞かないわけにはいかん。
どのみち、一度は話さずにはいられないだろうからな…。

『夜分遅くに失礼いたします。
 私、プロスペクターと申します。
 ルリ姫の件で、ご相談をと。
 事態が事態ですので緊急に話す必要があると思いまして』

「…貴様、盗人猛々しいとは思わんのか。
 もとはといえばルリの人生をゆがめたのは貴様らではないか」

『…大変申し訳ございません。
 その件を扱っていたネルガルの先々代会長は亡くなられております。
 ですから私共は、その償いをするつもりは最初からございました』



「なんだと!?どこがだ!?
 こんな仕打ちをしておいて何を言っているッ!?」




『…順を追って説明させていただけませんか?
 まず、最初にルリ姫を迎えに来た件です。
 あなたはルリ姫を、自らの国の船で連れていかれましたね?』

「…当然だ。
 迎えに来てほしいとコンタクトを取られたからな」

『では、出国手続きは致しましたか?』

「!?
 ピースランドは入国に当たって審査は…」

『いえ、日本国から出る場合、日本側で出国手続きをする必要がございます。
 少なくともパスポート申請くらいはしておく必要があります。
 そうでなければ国外で誘拐の危険性が高まります。
 …そうして人身売買や臓器売買に使われる子供はいまだに多いですからねぇ』

「だ、だが、PMCマルスの人間はピースランドに来ているようだが…」

『あれはPMCマルスが届け出によって戦闘目的の渡航が許可されているからです。
 そうなるとピースランドも当然、寄ることは可能です。
 半舷休息のために、一度クルーを待機させるにはちょうど良い国です。
 ほかの諸国に入る場合は先行した手続きが必要になりますし、
 確かにこれは抜け道のような形ですし、誘拐の危険性はあるかもしれませんが、
 まあ、かいくぐることは可能なわけです。
 ただし、設定された戦闘期限の間だけ、という形にはなりますが』

「…ということは?」

『国際法上、本人の意思があったとはいえ、
 出国手続きなしにルリ姫を連れ出したことが発覚すれば、
 ピースランドの国王の指示の元、不正出国をしたことになりますねぇ』




「なに!?」




『まあ、今回は幸いにもピースランドにたまたま寄港していたユーチャリスに、
 もともと乗船する乗組員として登録されていたルリ姫が、
 合流する形で乗り込んでくれたので、表ざたにはなりませんなぁ』

「…つまり、そもそも出国手続きなしに、
 ルリをここに滞在させ続けることはできなかったというのか?」

『そうですね』

…焦っていた部分はあったとはいえ、確かに正規の手順を踏まなかったことは問題だろう。
ネルガルが応じるか不透明だったので、多少無理にでも連れて行かないといけないと思っていたが…。

『え~~~さらに申しづらいことではあるんですが、
 そもそもルリ姫は日本国籍を取得しているので、国籍の変更の手続きも必要です。
 確かに遺伝子上の親が権利を持つこと自体は道理ではありますし、法律的にも問題ありません。
 が、そもそも戸籍上の親が居る場合、話し合いは必要ではありますね。
 ここも本来は日本の法律に従って動く必要がありました』



「んがっ!?」




…ネルガルの非道な誘拐があったとはいえ、まずそれについて相談、
そして裁判まで行う必要があったというのか!?
……いや、道理にかなっているが。
だ、だが…誘拐犯だぞ!?

『さらに言えば身元不明の体外受精の場合、
 誕生元の里親が実の親になってしまいます。
 この点を覆すことが日本ではできません。

 近い例で言いますと、ホシノユリさんも代理出産で生まれており、
 通常通りであれば、彼女は肉親のミスマル提督でさえも養子として取ることしかできません。
 裁判によっては変更も可能かもしれませんが、一朝一夕にはできませんしねぇ。

 日本での親権の譲渡、そして国籍変更、ピースランドへの移動…。
 ピースランドで戸籍を正しく変更して、そこまで行って初めて、
 初めて公的にもホシノルリからルリ・ピースランドになることができるわけです、はい』

「……つまり、私は法的なところをすべて飛ばして、
 ルリを娘に仕立てようとしていたというのか?」

『ええ~~~申し訳ございませんがそういうことになります。
 いえ、私共があまりに非道な方法でルリ姫を奪ってしまったので、
 無理矢理にでも引きはがさないといけないとお考えになったのは当然かとは思います。
 しかし…こういう言い方をすると怒られるとは存じてますが、
 ぶっちゃけていいますと、ですね、はい。
 
 プレミア国王が、現在の里親から手続きを飛ばして、
 国を挙げて無理矢理出国手続きなしにルリ姫を連れ去った、と。
 実は順序を追っていくとそういうことになってしまいまして…。 
 
 あのままだと、プレミア国王が誘拐犯になっていたわけなんです』



「なんだとぉぉおおお!?」




『い、いやぁ、待ってください、おちついて下さい。
 分かります、分かります。
 本当に悪いのは私たちです、はい。
 しかし、この点が公になってしまいますと、
 今回の比じゃないほどピースランドの信用が失われてしまいます。
 
 法に逆らって娘を手に入れたとあっては、
 実の父親であろうと、どんな相手であろうと、
 各国の重鎮たちにどんなに同情され、味方をされても、
 守るべき法律を破ったことについて責め立てられるのは避けられません。
 国王という立場はそういうものでしょう』

「…む、む、むう」

『今回の誘拐騒ぎは、事をすべて穏便にしつつ、
 強行策ですが一度、日本にルリ姫を連れ出すための策です。
 そうしなければ日数がたてばあなたの法律違反行為が、
 露見してしまう可能性が高まったでしょう。
 とはいえ……本来はあんな馬鹿げた方法で誘拐されたとあっては確かに申し訳が立ちません。
 外部への心象は最悪でしょう。お互いに。
 しかし、ルリ姫があれを「帰るついでの余興」だったと発表したらいかがでしょう?』

「!!」

『幸いけが人はいますが、後遺症が出るような怪我はしていないはずです。
 死者もひとりもおりません。
 …この点はさすがホシノアキトとヤガミナオの手腕といったところでしょうか。
 そのように発表されれば、今回の事件での醜態はすべてフィクションに隠されます。
 当然、これはプレミア国王も調子を合わせていただくことが前提となります。
 
 これはただのマジックショー、世間の皆様へのどっきり番組でした、と。
 
 そういえば穏便に済ませることが可能でしょう。
 マスコミの人たちは混乱を起こし、不満を言い出すでしょうが、
 世間の盛り上がりいかんではむしろ称賛せねばならない状況になるでしょう』

「…そこまで考えて、こんなバカげた方法をとったのか?」

『ええ。
 ルリ姫を誘拐するだけなら今回のトリックの種さえ使えばあっさりできました。
 しかし…それではピースランドとネルガルの間がますます険悪になる可能性はありましたし、
 国王、あなたは私たちネルガルやホシノアキトの話を聞こうとはしていなかったですよね?』

「うぐっ」

…反論できん。
謝罪に来たアカツキ会長とこのプロスペクター、そしてやたらごついボディーガードを、
仕返しにとらえようとして深く話をしなかったのは事実だ…。
ホシノアキトが言っていたこともだ。
私がルリを引き取ると言っていたあの場で「彼女がそう望んでいるなら喜んで」と言っていた。
…つまりその時点でルリに、
「ホシノアキトが来て、ここにとどまることを望んでいるなら身を引くと言っていたぞ」
と軽く本人確認するだけでも、ルリの意思が確認できたということだ。
それを怠った私の落ち度でしかない。
ホシノアキトがネルガルの犬としてしかとらえていなかったのが災いしてしまった…。
いうことをすべて疑ってかかった私が悪い。

いや、それどころかルリとまともに話をした回数がほぼなかった。
反省すべきはやはり私ではないか…。

…ネルガルについての悪評を流してルリの立場を確保しようとした件についても、
同じくらい時間をかけて、ネルガルと和解したことを言って回らねばならないかもしれんな。
自分の身から出た錆とはいえ、なんとも情けない話だ。

『…そういうわけですので、ルリ姫の今後について、
 必ず話し合いの場は改めて設けさせていただきます。
 
 ルリ姫、
 現在のルリ姫の里親であるホシノ夫妻、
 PMCマルスのホシノ夫妻、
 ホシノユリさんの父親で、ルリ姫を養子にと相談されているミスマル提督を全員お呼びします。
 
 現在のところ、ルリ姫はミスマル提督の養子になることを希望しております。
 
 プレミア国王、記者会見でことの真相をお話し下さい。
 真相とはいっても、逆に嘘をつくことにはなりますが。
 ルリ姫も明日、合わせて記者会見を開きます。
 そうすれば、ほとんどの問題は片付くはずです』

「……娘の人生をゆがめたネルガルに頭を下げるのは業腹だが、致し方あるまい。
 今回の出来事を引き起こしたのは、私の落ち度だ。
 それにピースランドに戻らないとするならば、
 親権の事ははっきりさせておいた方がいいだろう。
 
 娘の願いであれば、私がかなえられる範囲なら、ぜひかなえてやりたい。
 
 …よろしくお願いする」

『…ありがとうございます。
 多忙な会長に代わって御礼申し上げます』

「すまない」

『いえいえ。
 こちらこそ先々代会長がご迷惑を…』

…そうだな、今回の事で走り回っているアカツキ会長を責められんな。
私は通信を切り、従者に一人にしてほしいと頼み、部屋にこもった。
さすがに自己嫌悪にさいなまれるな…これは…。



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



…どれだけ時間がたっただろうか。
ルリと話をしなかったことについて…また後悔の念が沸いてきた。
あの子がもともと帰るつもりだったとしても…女王や王子たちはともかく、
私は嫌われてしまったことだろう。
次は私とは会いたくない、とまで言うかもしれん。

…今回はルリのため、といいつつルリを一番苦しめたのは私なんだ。

謝る機会をくれるだろうか…。
いや、話す機会をそもそも放棄したのは私だ。
……もう、取り返しはつかないだろう。
こんな安っぽい…だがルリが大事そうに身に着けていた、
このペンダントを…形見のように置いていくなんて。
私はペンダントを大切に強く握りしめ…。

「…ルリ」

あのルリが帰ってきた日に戻れるならと、ただ、強く後悔を抱いた。

どうして、もっと話を聞かなかった。
どうして、女王の警告を遮った。
どうして、従者が話をしたがっているというルリの伝言を無視した…。

私は……。


『…父?』

「ッ!?」

突然、ルリの声がペンダントから聞こえてきた。
こ、これは…そういえばあのラピスラズリという少女の声が聞こえた…。
そういえばこれは通信機だったか!?
だ、だが…。

これは最後のチャンスだ…!

私がルリと向かいあえる、最後の…!
今度こそ、ルリと話し合おう!

「す、すまなかった…ルリ…」




















〇地球・ユーチャリス・ルリとラピスの部屋──ルリ

私はアキト兄さんに助けてもらって、安心してつい眠っていたんですね…。
私とラピスに割り当てられたこの部屋で、眼を覚ましました。
けっこう深く眠ってたみたいですね。
もう日付が変わっちゃいそうです。
でもなんで私は眼を覚ましたんでしょう?
結構疲れていると思ったんですけど…。

『…ルリ』

…こ、これは…。
ペンダントから父の声がします。
そういえば最後に、アキト兄さんが自分のペンダントを母に渡して、
父に渡すように言っていましたね。

…父、やっぱり後悔していたんですね。
私が何もあなたに言わず、いなくなってしまったから…。
…ちょっとだけいい気味です。
でも、それはちょっとだけです。
父…ようやく話せますね。

「父?」

『ル、ルリ!?』

「このペンダントを握りしめて名前を呼ぶと、対応した相手に通じるんですよ。
 …父、大丈夫ですか?」

『す、すまなかった…ルリ…。
 
 私達はお前を早くに助けられなかった。
 一方的にプレゼントを送り付けるなどと無礼なことをしてしまった。
 話し合う約束を破ってしまった。
 それどころか、何もせずに数日放っておいて…』
 
「父。
 …謝ってくれてありがとう。
 それと私達こそ、ひどいことをしてごめんなさい…。
 もうちょっと段階を刻んで警告をするべきだったと思います。
 話を聞いてくれなかったら日本に帰っちゃいますよ、とかあったかもしれないです。
 黙って出ていくなんて、失礼だったと…。
 それに…ラピスがここまでしてくるとは思っていなかったので…」

『そ、それはよい…私がお前の言葉を聞かなかったから悪いんだ。
 …ルリを出国させるにしても手続きが甘いと、
 ネルガルのプロスペクターにも注意されてな』


…反省、してくれましたね。
お互い、自分の悪いところを反省できたみたいです。
父には久しぶりのかなりきついお灸になったみたいです。
じゃ…。

「…これでようやく、
 ちゃんと話が出来そうですね、父」

『も、もちろんだ!
 こうして機会を与えてくれて、本当に…』

「くすっ。
 父、あなたって普段は結構強がってるくせに、
 一皮むくとそんな感じなんですね」

『は、はは…国王は強くなければいかんからな」

とはいえ国王が一人で頑張るのは無理がありますよ、父。
個人が強いだけでは、その人を欠いたときに全体が崩壊しますし。
…でもこっちの方が素敵です。
やっぱり人間、素直が一番です。
私も拗ねてないで、最初からもっと素直に父と向かい合って上げられれば、
あの場で何時間も話し合うことができたのかも…。

…タイミングや心の問題って難しいですね。

『ルリ、本当にすまなかった』

「大丈夫です。
 すべてわかっています。
 あなたが私を想ってくれたことも…」

『で、では…』

「ごめんなさい、それでも戻ることはできないんです」

…でもこの結論だけは変わりそうにありません。
ちゃんとそれも伝えないと。

「…私、自分が望まれて生まれた子じゃなかったんじゃないか、
 両親はきっと私が邪魔だったんじゃないか…。
 
 そんな風にずっと思って生きてきました。
 
 でも、違いました。
 
 弟たちは私を優しい姉だと認めてくれた。優しく話を聞いてくれた。
 
 母も、私を大切に思ってくれていた。抱きしめてくれました。
 …私、自分でも気が付かなかったけど、親に抱きしめられたかったんです。
 
 父…あなたのしていたことは、方向が間違っていましたけど、
 私を想ってくれていたからしてくれたことだって、
 ちゃんとわかってます。
 
 全部、全部、嬉しかったです、すごく」

『だ、だが…ならどうして…』

「でも…私はここで生まれることができなかった。
 育つことができなかった。
 だから、何があっても私たちの道は交わらないって…。
 生き方が、考え方が全く違うんだっていうのも分かっちゃったんです…。
 ああ、この優しい家族と、暮らせないんだって…悔しいけど、分かってしまったんです…」

『…あ…ああ…』

父の…何も言えなくなってしまった父の悲しみが、声から伝わります。
…ピースランドという国は、私に何も与えてくれないんです。
私は人並みの夢を持つことができていない。
それどころか遊園地にあこがれる感性すらない。
…生きているだけで、精一杯でした。
ただ、温かい家族へのあこがれだけで、かろうじて生きてきました。
いつかは、優しい本当の両親が迎えに来てくれると…。
……思うことすらできないような、ひねくれたガキです。
世間の、大人の良くないところばっかり見てきて、人を信じるのが苦手でした。
…あの人たちに出会うまでは。

「父、あなたはこのピースランドという国を支える王様です。
 この国を、国民を愛し、精一杯支える人です。
 国民のみんなも、きっとあなたを想ってくれています。
 私、そういうあなたが父親で良かったって思います。
 
 でも…一度立ち止まってみんなの顔を見てあげてください。
 私のために動いていた人たちは、みんなどこか怯えていました。
 仕事を失う恐怖…自分を、家族を不幸にしないために怯えていました。

 父、あなたもです。
 あなたは、自分が失敗したらみんなを不幸にしてしまうと怯えて、
 知らず知らずのうちにみんなの心を縛り付けていたんです。
 そして自分自身の心さえも縛り…強い自分を演じることで相手を圧迫してました」

『わ、私が…』

王の命令通りに動くだけで安泰な国…だけど王にそっぽを向かれたら死ぬかもしれない国。
そんなのが、国民を真に安心させるなんて考えられません。
…このやり方の行きつく先には、きっと私のような子供が生まれます。
夢を持つことを忘れ、何かを強制され続け、閉じ込められ…。
そして大人の醜くて、浅はかでつまらないところしか見せられないような子供が…。
そんなのは、死んでいるのと大して変わりはありません。
少なくとも、自分の望むものがわずかでも手に入らないなら…死んでるのと同じです。

「アキト兄さんたちとみんなを見てて、
 そうじゃない関係があってもいいんだって思うんです。
 
 あなたが全部背負いこむ必要はないんです。
 
 無理せずお互い頼りあって支えあって生きていくのが、
 一番幸せを呼ぶんだって、教えてもらったんです。
 
 あなたの思想だけで、力だけで、国一つを支えるなんて出来っこないです。
 
 あなたを支えられる人をもっと集めて下さい。
 …それで時間を作って、もっと弟たちと触れ合ってあげてください。
 弟たちは、私と同じで中々会えないのを寂しがってましたよ」

『…私は間違っていたんだな、ルリ…。
 お前は賢い子だ…』

「……そんなこと、ないです。
 私、ユリ姉さんやユリカさんが優しくしてくれなかったら、
 こんな風に思えなかったです。
 それに父のやり方は間違っていたかもしれませんけど、致命的じゃありません。
 みんな、父の心も分かってくれているはずです」

『うむ…うむ……』

父のやり方は恐怖政治というわけではありません。
ただ、ちょっと高圧的なところがあるだけです。
責任が重すぎて、話し合う余裕がなくなってしまっただけなんでしょう。
きっともっとうまくやる方法が必ずあるはずです。

「…私はこの国では生きられませんけど、
 私に出来なかったことを、弟たちにたくさんしてあげてください。
 落ち着いたら必ず会いに来ます。
 父も時間はかかるかもしれませんけど、落ち着いたら私に会いに来てください。
 私たちの歓迎の仕方では趣味が合わないかもしれないですけど」

『…る、ルリ……』

…アキト兄さんと同じくらい情けない声だしますね、父。
あ、でも意外と似てるところあるのかもしれませんね、アキト兄さんと父。
ちょっと純情なところがありますし。
ほっとくと一人で無茶しちゃうタイプで、それで何十年もやってきちゃったのかもしれませんね。
…母もユリ姉さんによく似てますし。
あ、そういえばなんか弟たちってユリカさんみたいに感情豊かで思い込み激しいですよね。
なんか既視感があったのはそのせいですか。

……な、なんか急に親近感が増しましたね。

ふふ、でもそれって、すっごく嬉しいです。

「ちょっと外出できるくらいに国政を任せられる人を見つけて…。
 ピースランドのプレミア国王ではなく、
 今度は、ただの『ルリの父』として来てください」

『…必ず、会いに行く。
 どれくらい時間がかかるかは分からないが…絶対に…』

「…楽しみにしてます。

 父、私はきっと、ここで生まれて育っていたら、
 みんなと楽しく生きていけたって思います。 
 
 ここに居る家族は、私を愛してくれて、私が愛したいと思える人達だったんです。
 
 ピースランドに来てそれが分かって、とっても幸せな気持ちになれました。
 
 …生まれて初めて、自分の命が大切なものだって感じられたんです」

『っ…ルリ……』

…私、ちょっと自分でも意外なほど素直になってます。
確かにアキト兄さんたちと出会ってから、そうなっていたんですが…。
特にピースランドに来て、弟たちと話したあたりから、だんだん遠慮が無くなってきた気がします。
なんていうか、話しながら自分の本心に気づいているような感覚で…。
…素直な気持ちが出てきて心地いい。
こんなあったかいものが私の中に眠っていたんですね…。

「それと…お願いがあります。

 ネルガルの事、本当はすごく恨んでます。
 私の大事な命を、人生を弄んだんですから。
 
 でも、それは昔アカツキさんの父親がしたことで…。
 今のアカツキさんは、私たちやアキト兄さんを助けてくれてます。
 実験に使われた子供たちも、無事な人は保護してくれてます。
 
 お願いです、これ以上ネルガルを責め立てないで下さい。
 
 今ネルガルが潰れれば、木星トカゲに対抗する術を失います。
 幸せに暮らしている家庭が壊れてしまうかもしれません。
 そんなの私、耐えられません」

木星トカゲの問題は、ホントに大きいです。
ネルガルが、PMCマルスが仮になくなったら、相当の打撃です。
…トカゲさんたちに降参させられちゃいます、きっと。
この戦いを、できるだけ地球、木星トカゲ共に死者を減らして、穏便に終える。
これは私の願いであり…アキト兄さんとユリ姉さんの決意です。

『…分かった。
 私は下手をすればネルガル以上の悪人になるところだったのだな。
 ルリ、明日にでもすぐに声明を発表しよう。
 話し合いの末、お前を返すことに決めたと…』

「そうですね。その方がおたがいのためです。
 あ、それとラピスから伝言です。

 『今回の脱出劇は帰るついでの余興って発表すれば角が立たないよ』

 …だそうです。
 私も声明が発表されたら、おっかけて記者会見でも開きます。

 『私のわがままでアキト兄さんに余興をやってもらった』
 
 って言おうかと。
 こんなこと私が頼んだなんてちょっと恥ずかしいですけど、
 それが一番うまくまとまりそうです」

『それはネルガルのプロスペクターからも聞いている。
 …ラピスという子は、本当にすごい子なんだな』

「ええ、今回の台本も作戦もほとんどはあの子が作ったそうです」

今回の作戦は…ちょっと苛烈過ぎたとは思いますが、効き目はばっちりでした。
感謝することしかありません。
私を逃がすだけじゃなく、本音をぶつけやすい状態に父をほぐしてくれたんですから。

『そういえば…ホシノアキトという男は…本当に強いんだな。
 彼の元なら、お前も安心して過ごせそうだ。
 …ゴシップの類が多すぎて心配だったんだ』

「……でしょうね。
 でも、とぼけた人で欲のない人ですから大丈夫です」

『それはそれでちょっと不安だがな。
 欲のない奴というのは一見人畜無害だが…。
 その反動で時に突拍子もない欲を出し始めるからな』

……なんか怖いですね、それ。
ま、まあ大丈夫でしょう。
お金が有り余っていようと、女性関係でどれだけ恵まれていようと、
遊び惚けないような人ですから、大丈夫です。たぶん。

「それじゃ、父…。
 また、お会いしましょう。
 お元気で」

『…ルリ、お前こそな。
 その…体は大丈夫か?』

「ええ、ばっちしです。
 アキト兄さんの方がちょっと不安らしいですけど、
 今のところは私達はみんな健康です」
 
ネルガルに体をいじられたり、遺伝子いじられたり本当に色々されてますからね。
たぶん大丈夫かとは思うんですが。

「そうか…良かった…」

「そういえば父、それに関係してることですが…。
 私が生まれ育った施設って…」

「…把握は出来ている。
 お前が望むなら、当事者を呼び出しておこう」

「…すみません、明日にでもお願いしたいです。
 一言くらい文句を言わないと気が済まないので」

「うむ、分かった。
 …私には、何か…」

「……もう、いいです。
 謝ってもらったし、これ以上は不毛です。
 せっかく再会したんですから、仲良くしましょう?」

「む、そうか…。
 すまないな、ルリ」

「いえ…。
 また会いましょう、父」

そして、私は通話を切り……。

──どうしようもない寂しさに、涙がこぼれました。

父に言ったことはすべて真実。
でも彼らと暮らせない、生きられないというのが、辛い。

…どうして私はあの国に生まれてこれなかったんでしょう。

確かに今はアキト兄さん達と居ると…この上ない幸せを感じています。
今の私に必要なのはアキト兄さんたちです。

私はこの国から、家族から離れざるを得ないんです。
どう頑張っても、この結論を覆せない。

でもこの国から離れたいと思っていても、この寂しさを埋めようがない。

私はやっぱりまだ子供だったんです。
……私は……バカ………誰よりも…バカ。

どれだけ強がってクールにふるまっても、大人と同じくらい働けても、
血のつながりのある家族と離れることに耐えられないんです…。

もっと甘ったれている、子供らしい子供だったら…。
世の中を斜に構えて見るのをやめていたら…。
あの国に戻ることだってありえたかもしれない。
遊園地を楽しめる子供だったら、あの国は楽園にしか見えなかったかもしれない。

……でも、そうはならなかった。
あの研究施設での生活が、あの育ての両親が、これほど憎いと思ったことはありません。
少しでもまともに育ててくれていたら、きっと…。
私は……。

「……う…うぅ…うっ…ぁあぁ……」

この命がなければ、アキト兄さん達にも、ピースランドの家族に会うこともなかった。
だからもう、自分の命をどうでもいいと考えるのはやめたいと思う。
けど、過程があまりにもみじめすぎた。
否定したい過程、否定したい人生…否定してしまえば、
この温かな人と出会った運命まで否定してしまうのに。

そしてその過程のせいで、私はこの国を離れなきゃいけなくなった…。
みじめです。恨めしいです。悔しいです。
選択したのは自分だけど、帰りたいと思う場所があるからだけど、
そう思わずには居られないです…。


…やめましょう。
一人でいると恨みのほうが勝ってしまいそうです。

大切に思える人、大切に思った自分の命、この嬉しい気持ち…。
それまで否定してしまうのは寂しいです。
そんなのダメです。
ちゃんと報告して、落ち着いて、それからいっぱいみんなと話して…。
そうすれば、私は普段通りに戻れるはずです。


……そういえば、施設で一緒に育ったあの子たちは、どうしたんだろう。
あの子たちも親元に戻れたのかな…そうだったら、いいな。








































〇地球・ユーチャリス・アキトとユリの部屋──ホシノアキト

……俺たちは、ルリちゃんとプレミア国王との会話を盗聴していた。
ちょっとずるいけど、ちゃんと和解してくれていないと困るし。
ラピスとユリちゃんはほっとしている。

「…ほ、とりあえず問題なさそうでよかった」

「そう、ですね。
 ひとまず、無事に済んだみたいで」

「ユリ、プレミア国王の事…許してあげるの?」

「許すも許さないもありません。
 私はルリがどうするのか知りたいだけです。
 …もう他人ですし」

…そういいながらもユリちゃん、寂しそうだよ。

「素直に言ってもいいんだよ、ユリちゃん。
 …もう他人なら、なおさら言ってもいいんじゃないかな」

「…私、あまりにもピースランドの家族に冷たくし過ぎたんじゃないかって…。
 浮世離れしすぎていて、絶対に合わないって分かっていても…。
 一日くらい、ちゃんと向かい合って生活した方がよかったと、後悔していたんです。
 私がナデシコに帰ると言っても、意思を尊重してくれたあの人たちに、
 何も温かい言葉をかけてあげられなかったから…」

…ユリちゃんは俺の目をまっすぐ見れず、うつむいて答えた。
そうだね…もしかしたらあの時の状況次第では、ピースランドに残っていたということだし…。
そうしたら、俺たちがシャトル事故で死んだと思った時も、
もっと立ち直れていたかもしれないけど…。
…そうだったら、何にも出来ず俺は死んでしまっていたかもしれない。
火星の後継者に勝つことも、何もかも。
…そのあたりの事を気にしているから、ためらっていたのかもね。

「…今回は無理矢理でもつなぎとめようとしてたもんね。
 ピースランドの国王は。
 でも安心したよ。
 ルリちゃん、女王に抱きしめられて本当にうれしそうにしてたから。
 …きっとこれからも、たまに顔を出してくれるようになるよ。
 いい傾向だと思うよ。いい顔してたし。
 
 …それにしても、どうしてあそこまで対応が違ったのかな。
 ユリちゃんの時と状況はそんなに変わりなかったと思うんだけど…」

「……この場合、アキトさんのせいですね」

「え!?」


「そーそー。
 アキト、ハーレム作ってるってもっぱらの噂だもんね」

「ちょっ!?」

「アキトさんにルリがひどい目に遭わされてるかも、
 世界一の有名人の庇護下だからネルガル以上に引き離しづらいかも、
 しかもPMCマルスなんて危ない会社をしてるから、
 無理にでも連れて行かないと危ないんじゃないか…。
 そういう気持ちがあって衆人環視の下で迎えに来た気がしますよ」

「…ううう。
 俺が望んだことじゃないのに…」

…とんだ風評被害だ。
訂正しようにも話題が多すぎてチェックしているだけで一日が過ぎてしまうし、
ほったらかしにするしかない状態だっていうのが本当につらい…。
今回に関しては完全にとばっちりもいいところだ…。

「…ごめん、ちょっといじめすぎたね」

「すみません…」

「ぐすん……」



ぷしゅ。




「あ、ユリちゃん。
 ルリちゃんがちょっと話があるからこっち来てもいいかって」

「あっ、はい」

そんなことを考えていたら、ユリカ義姉さんがルリちゃんを連れて現れた。
…ルリちゃんも泣きはらしたのか眼が赤いな。
二人でこたつに入りこんで、ルリちゃんは黙り込んでうつむいていた。

「…ルリ、今からでも引き返す?」

ラピスが問うと、ルリちゃんは首を横に振った。

「…私、分かったんです。
 あの国に生まれていたらきっとあの父と母に愛されて満足できた。
 そうならなかったのに…愛されてるのがよく分かったんです…。
 
 でも、私の方があの国に居るとダメになっちゃうっていうのも分かるんです。
 
 …あそこでは私は何もせず、何も得られず、大事なことを覚えられないんだって…。
 外の世界を知らなければ、私はきっと満足できない。
 アキト兄さんも、ユリ姉さんも、ユリカさんも、ラピスも…。
 私がしてほしいと思ってることをしてくれます。
 私がほしいと思っているものを全部持っています。
 一緒に居たら、同じようになれる気がするんです。
 もっと素直になって、
 子供らしくいていいんだって、わかったんです。
 
 ……だから、私は…」

「…ルリ」

「で、でも、よかったです…。
 私が…こんなにいろんな人に愛してもらえるなんて思わなかった…。
 
 ただ、すごく嬉しくて…。
 
 だから…また、会いに行きます。
 それで、いっぱい楽しいことがあったんだって、
 父にも、母にも、弟たちにも教えてあげるんです。
 
 私は一緒に暮らせないけど、こんなに幸せに生きているんだって…。
 何も心配いらないんだよって…」

「そっか…ルリちゃんは、ピースランドの家族も…。
 ちゃんと家族だってわかったんだね」

…本当に昔と全然違う。
ルリちゃん自信もどんどん素直になって…。
こんなに俺たちにいろんなことを言ってくれるようになって…。
ピースランドとも関係が切れないまま…きっといい関係になるんだろう。
帰れるところがたくさんあるっていうのは、とってもいいことだ。

「はいっ。
 …私、すっごい欲張りですね。
 愛してくれる家族がこんなにたくさんいるのに、
 ピースランドも捨てきれないんですから…」



ぎゅぅぅ。




ユリちゃんはルリちゃんを強く抱きしめた。
…ユリちゃん、嬉しいんだね。

「…ルリ、それでいいの。
 大切な人はたくさんいていいんだよ。
 人間は無くしたくないものがたくさんあるから…一生懸命に生きられるんだから…」

「……はいっ…んぐっ…はいっ!」

ルリちゃんもまた涙を流して、ユリちゃんを強く抱きしめ返した。
女王と同じように…同じくらい大事なんだ…。

ルリちゃん、良かったね…。


























〇地球・ユーチャリス・アキトとユリの部屋──ユリ

そのあと、ルリはラピスと一緒に自分の部屋に戻っていきました。
…もう、ルリは普通の女の子になれたんだろうと思います。
こんなに激しく感情を表に出せるようになって…家族と安心する場所をもうひとつ得られて…。

…きっと、昔の私より幸せになれます。

もう私は、ホシノルリじゃないけれど…。
それがとっても嬉しくて…。

「…ユリちゃん」

二人きりになると、アキトさんは私を抱きしめてくれました。
…まだ寂しそうに見えましたかね?

「アキトさん、私ね…。
 本当はピースランドで母に抱きしめられていたら、
 私の弟たちがもしも、いなかったら…。
 あの場でナデシコを降りてたかもしれないんです…」

「…うん」

「…弟たちに、ひどいことを言ってるのは分かります。
 でもあの時、

『ああ、ここにはもう私がいなくてもよくなっちゃったんだ』
 
 って思ったんです。
 …普通の家庭でよかった、愛情がたくさんあったらそれでよかった。
 それなのに…」

「ユリちゃん」

「いえ…うれしいんです。
 私が気づけなかったことだけど、
 ホシノルリが本当は愛されていたってことがわかって…。
 それだけでなんだか、すごくうれしくて…。
 自分がバカだっただけだって、分かったんです…」

「…その愛情に気づけなくて、悔しい?」

「はい…。
 でも、いいんです。
 私もホシノユリになって、育ての親からいっぱい愛情をもらいました。
 今はミスマル父さんに愛してもらってます。ユリカさんだっています。

 私にも最愛の両親が二組もいるんですよ…?

 こんなこと、普通はありえない。
 ありえないけど…幸せなんです…。
 これ以上、ぜいたくを言うつもりありません」
 
「…うん」

ルリと私には…家族が二組、しっかり居ます。
こんなことふつうありえません。
結婚したら増えたりはしますが…そういうのともちょっと違いますし。
しかもその二組とも、尋常じゃないくらい愛してくれてます。
そんなのあり得るわけないです。世の中そんなに甘くないです。
普通に育っても恵まれない家庭もあれば、愛されないこともある。
…でも、私とルリはそれを手に入れてしまっている。
こんな幸福なこと、あり得るわけないんですよ…。

「…よかったよ、ルリちゃん」

「へ?」

久しぶりに私をルリちゃん呼びして…どうしたんでしょう?

「……ルリちゃんがあの施設で落ち込んだ時、
 すごく悲しそうな顔してたよね…。
 
 俺、なんて声をかけたらいいかわからなかったんだ。
 でもこの世界のルリちゃんも、今のユリちゃんになった君も…。
 今日、そんなことは感じさせないくらい、笑ってくれた。
 
 あの辛い過去がついに終わったんだって……。
 
 …良かった…本当に良かった……」

「アキトさん…」

…全く、アキトさんのほうが寂しい家族構成になっちゃったでしょうに。
そんな風に気にしてたんですか、もう。

「ええ、とっても幸せです。
 ルリを見習って、もっと素直にわがままになってみます。
 そっちの方がきっと幸せです。
 私はもう子供じゃないですけど、変な遠慮はしません。
 …あ、アキトさんはきっと答えてくれますし…」

「…う、うん」

「アキトさんもちゃんと私にいろいろ頼んでくださいね。
 仕事ばっかり頼んだら、ゆ、許しませんから…」

「わ、わかってるよ…今日もついあんなことしちゃったし、大丈夫だよ…」

…はぁ、いつまでこんなに夫婦関係慣れないままでいるつもりなんでしょう、私達。
でも…今日はそんな気分でいるのが嬉しいです。

──そう、どうやっても過去は変えようがない。
私の、ホシノルリとしての過去。
アキトさんの、テンカワアキトとしての過去。『黒い皇子』だった過去。

過去は呪いです。覆せない現実です。

空虚だった子供時代を取り返すことなんて出来っこありません。
温かなナデシコの思い出ですら、それを消し去ることはできなかったんです。

…でも呪いは呪いで悪いことばかりではありません。

呪いが、後悔が、自分に、誰かに力を与えることがある。
私が受けた呪いはユリカさんに見透かされ、同じ呪いを持つルリの心を解き放ったんです。
だから…ルリは、私たちの、そしてピースランドの家族の愛情に気付けた。

……本当に、奇跡みたいです。

「…アキトさんのおかげで、たくさん奇跡が起きました。
 今日のアキトさんはやっぱり…。

 『世紀末の魔術師』ですよ」

「……そ、それ、恥ずかしいからやめてよ。
 柄じゃないっていうか…」

「いやです。

 だって……」






そう、だってあなたは…。






「アキトさんは……。













 私と『ユリカさん』の王子様ですから」
























〇作者あとがき

ひとまずピースランド編、ほぼ完結。
後始末に入ります。
今回は、ルリ自身がテレビ版よりかなりほぐれているのが幸いして、
ルリ自身がプレミア国王に応えてちゃんと話そうとチャンスを与える形になりました。
彼らは決していっしょに暮らすことはないかもしれないけど、
最後の最後ですれ違い続けるのをやめて、
希望も縁も、ギリギリ断たずに居られるくらいの救いがあってもよかったんじゃないかなと…。
こんなスレスレの手を使うラピス、危ないんじゃないかなぁ。
しかし本当に次回、これを収拾できるのか?
できれば収拾まで書きたかったけど、長くなり過ぎたから再度分割!

ってな具合で次回へ~~~~~~~~ッ!!
















〇代理人様への返信
>まじっく快斗乙。

一度怪盗ものシナリオを書いてみたかったりしたのでついw
ただ今回は途中のシーラの指摘通り、
メインシナリオの部分はキャッツアイが元ネタです。
キャッツアイセカンドシーズンの最終回で、
「三女の技術担当・愛ちゃんのシナリオで進行する」お話が元ネタです。
あっちは演劇中に本当の盗みをしますが、
本作では本物の盗みと見せかけて演劇をしている体です。





>そしてまあユリカはユリカだったよねと(ぉ

改めてナデシコを見返すと、
意外と彼女のアキトへのリアクションの回数って、
意外と少ない気がするんですよね、本編では(爆
いざって時にはスルーされたりスルーしたり、拒絶されたり拒絶したりで。
ちょっと露骨にユリカらしいシーンを挟みたくなって書いてみました。
で、当然ミスマル家系DNAを持っているユリちゃんにも飛び火してますw





>>ルリは従者たちには「帰りたい」とは一言も言っていないようだし…。
>>ホシノアキトと反目しているからこそ、我々を頼ってくれたはずだ。
>うーん、このコミュ不足な感じw
>やっぱり意思疎通は重要ですね!

……ジャイアントロボの最終回のシズマドライブを思い出してしまいました。

そ、それはさておいて、実はプレミア国王が根回しばかりに走っていて、
単純に『仕事ばかりで家庭を顧みないお父さん』というだけではなく、
『真面目に娘の事を考え、虐待した相手への逆襲とルリちゃんの立ち位置の確保』
に奔走した結果が今回のすれ違いを生んだわけですねー。
あの非道なネルガルのことなど聞くまでもない、と思い込んでしまったと。










>>正攻法で行ってもいいけど、遺恨は残るし、
>>ルリの家族関係だって変わらないままだよ。
>普通に会話すればどうにかなるんじゃないかなあ・・・w
>ラピスの場合、やっぱり趣味でやってる感がぬぐえないw

ラピス、今回は趣味半々、判断半々です。
とはいえラピスがこのように判断したのは原作と違ってアキトが保護しているせいです。

『女好きのアキトに保護をされていると女の子として危機』
『傭兵のアキトに巻き込まれてナデシコに乗っている』

とプレミア国王は、アキトが起点だと勘違いしている節があるせいですね。
ラピスはこの点を十分に理解してました。
ユリの過去を探るのは十分出来た癖に、自分の娘の事となると冷静な判断ができない…。
……ん?ミスマル提督の同類か?

ただ、ラピスはラピスで、アキトに対し、
『本人の意にそぐわない服を着せて、本人にそぐわない演技をさせている』
という点において、ルリにドレスを着せて舞踏会に出そうとしたプレミア国王と同類ですね。


















~次回予告~

こんにちわ、ユリカです!
もうすっごいことばっかり起こってて、翻弄されてばっかり!
アキト君ってちょっと抜けてるけどすごい子だよね!
え?お前に言われちゃおしまいだって?
ひっどーい!
…でもアキト君と私、
好きな人にとことんほれ込んじゃうところはちょっと似てるかな?
えへへ!

でね、今度のお話は、いろんなことに決着つけて、次に進もうってお話なの。
やっぱりアフターフォローはしっかりしないとね。
…でもね、作者さん。
いっつも微妙な関係とか大げさな立ち回りとか、トラブルとかばっかり書いてて、
私とアキトのラブラブ~~~!なシーンが少ないんじゃない?
え?テレビ版本編でも少なかったからこれで正常?
もっとひどーい!!




ちょっと長めに書いてしまう癖がある作者が贈る、
戦争してるよりもギャグやってる回数のほうが多い系、ナデシコ二次創作、









『機動戦艦ナデシコD』
第三十四話:dissoluble-関係を解きほぐす-










に、レェッツ・ゲキガイン!




……作者さん、中々ゲキガンガー出ないからって無理矢理入れてない?
























感想代理人プロフィール

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代理人の感想 
楽しそうだなおまえらwww

いやほんとにねえw
まあお父さんとも話が出来てめでたしめでたしかな。


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