私は連合軍の上層部の人間に呼ばれ、通信で話を聞いている。
彼の言い分はとうに分かっている。
『敗戦の将がお情けで英雄にしてもらったのだから、
これ以上目立つような真似はするな』
とくぎを刺しているのだ。
隣にいる、この部屋の持ち主であるミスマルも冷ややかな視線で彼らを見ている。
それもそのはずで、この連合軍上層部の男は、アフリカ系だ。
露骨にクリムゾンに肩入れさせ、あまつさえ賄賂を普通の司令官の何倍も受け取っているらしい。
私は日系人、そして日本人のエリアの多い火星の防衛を任されていた関係で、
基本的にはミスマルと同じ極東方面軍に属する。
つまり、いくら階級が上とはいえ、直接的な命令権はないに等しい。
極東方面軍の上層部に問い合わせれば意向が違うとバレてしまうだろう。
もっとも、私はそこまで露骨に問い合わせる必要もなければ資格もない。退役しているからな。
在籍中なら下手に逆らうとアフリカ方面軍に回された時が怖いものだが、それはそれ。
今となってはクリムゾンとつるむアフリカ方面軍の全世界的な印象は最悪だ。
司令官はともかくとして、上層部とPMCセレネ、クリムゾンのやり方が悪すぎる。
もう、突っぱねても影響はそれほどないだろう。
だが、私はあえて黙っていることにした。頷いているわけでもないが。
『…では、くれぐれもよろしく頼むぞ』
私の返事を聞くまでもなく、通信は切られた。
私たち二人はため息を吐いた。
「…フクベ提督、ご足労ありがとうございます。
本来は佐世保基地でもいいものですが、どうしても私の見ている間でないと嫌なのでしょう」
「いや、気にするな。
彼らとて、本当にくぎを刺したいのは私ではなく君の方だろう」
ミスマルは私の言葉に深く礼をした。
単に私にくぎを刺すというのはあまり効果がないはずだ。お飾りの提督だしな。
と、なるとここまで私を呼んだのは、隣のミスマルに言い聞かせるつもりだったのだろう。
より直接的にネルガル、PMCマルスに関わりのある人間に言い聞かせることが出来る人間だ。
私はダシに使われたにすぎん。
「…それに、私のような死にぞこないをお飾りとはいえ、
あれだけの艦に連れて来てくれたネルガルには借りがある。
なんとしても、君の娘と息子のために火星に連れて行かねばなるまい。
私も後悔を取り戻せるかもしれんしな」
「…そうですな」
「ミスマル、私は生き恥の上塗りをしようとしていると思うか?」
「ええ、そう思います」
ふ、言いおるなミスマル。
階級が関係なくなって、言うことがより辛辣になっておる。
「しかし、あなたが居ればユリカもユリも、戦術的に見習うことが多いでしょう。
彼女たちは良くできた娘ですが、やはり若すぎます。
本当はユリカがナデシコの艦長になったら、最終的に軍に引き込むつもりでした。
あなたが見てくれればそこまではしなくて済みそうです」
「ほ、したたかだなお前は」
「…そうでなければ連合でこの地位には居られませんよ。
もっとも…地位では民間人も、地球も、我が娘すら守れはしません。
ユリたちが身内の連合軍特殊部隊に襲われたと聞いた時、初めて気づきました…」
なるほどな。
地位だけでは、大きく軍を動かさない白兵戦の速攻をかけられると危険だと感じたわけだな。
「だがナデシコとユーチャリス…そしてホシノアキト君が居れば、
そこまで神経質にならんでもいいのではないか?」
「…いえ、私はアキト君には戦いから降りてもらうつもりです。
彼はもう十分に戦いました。
世界中の民間人も軍人も、彼にいろんなことを気づかせてもらいました。
後は我々連合軍の仕事です」
「意外だな、自分の娘さえも軍に入れようとしていた割には」
「ユリカは…親バカな言い方になりますが、ケタ違いの軍事の才能があります。
しかしそれ以外の才能にはとんと恵まれなかったようで。
…今、彼女に人生的な下積みをさせうるのは軍艦の中しかありえません。
少なくとも、あと二年程度…荒波にもまれて、
自分の生き方を見出してもらわねばなりません」
「ふむ、分かった。
ユリカ君は私が責任を持って見守ろう。
アキト君は…そうだな。
あのような優しい男を戦わせるような時代を終わらせなければな」
「ええ。
そうでなければ私達も戦う甲斐がないというものです。
彼の命は、火星に行くという危険に見合うだけの価値があります」
「…私のようなでっちあげのエセ英雄には、
彼のような本物の英雄は眩しくて仕方ないがな」
「いえ、フクベ提督。
彼はやはり年相応に若いところがあります。
無理をしそうになったら止めてやってください」
…そうだな、引退を決めていたおいぼれの出来そうなことはそれくらいだ。
わずかでも役に立てればよい。
そして…。
…もし火星にたどり着くことが出来るのなら、
私は命を捨ててでも詫びねばならないだろう。
私の余計な行動ですべてを失った火星の人たちのために…。
「ではいくか、ミスマル。
ナデシコのお披露目に」
…私は食堂でクリームソーダを飲みながら、頬杖をついて呆れています。
それもこれも…いまテレビに映ってる青春ラブコメドラマ…もどきのせいです。
『あ、あのね、アキト…。
その…』
『えっと…ああ…ユリカ…その…』
『あ、ごめんね!
あ、アキト先に言ってくれる?』
『いっ、いやユリカからいいぞ!』
……はぁ。
PMCマルス社員のみんなが食い入るように見ている大型テレビモニタ…。
そこにはテンカワさんとユリカさんが静かな河原で隣り合って座りながら語り合っている姿が見えます。
これはラピスが仕組んだシチュエーションです。
テンカワさんという人間を鑑みた場合、どうやっても街中のデートではうまくいきません。
人前でいちゃつくとか、素直に話すとか絶対できないです。
で、そうなると完全に二人っきりになるシチュエーションを作ってあげる必要があります。
当然、私達も出歯亀してはいけません。
少しでも人気があれば、テンカワさんは照れて離れてしまいます。恥ずかしがりですよね。
…という理由で、空撮ドローンで遠目に撮影して、興味がありそうな人はこの食堂で見れるようにして、
のぞいたり追跡しなくても済むようにして遠ざける必要があります。
で、ユリカさんにもこの状況に追い込むやりかたをしっかり教えて誘導させたわけです。
…ついでにこのシーンをこっそり撮影しておいて、結婚式とかで流すムービーに入れるつもりだそうです。
ラピス、抜け目ない上に生々しいんですよね、時々。
「…うう、ユリカぁ」
…アオイさん、あなたメグミさんと付き合ってるのにまだ未練あるんですか?
アマノさんはものすごい勢いでスケッチとってますし、
意外とスバルさんは顔を真っ赤にしながらも見入っています。
心臓の鼓動が聞こえて来ちゃいそうです。
…しかし、そんな中、今日の厨房担当のユリ姉さんは皿を黙々と洗ってます。
さすがにこういうシーンをじっと見るタイプでは…。
……いえ、ユリ姉さんも皿を洗いながら、置いてあるタブレット端末をガン見してますね。
やっぱりこの瞬間は気になるみたいです。
それでも仕事を続けてるっていうのは、らしいと言えばらしいですけど。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
『わ、私はアキトが大好きだよっ!
あ…アキトはどうなの…』
『ゆ、ユリカ…。
お、俺もお前のこと、好き…だと思う…』
『あ、ああ…』
『ほ、ホントだって…』
結局その後、テンカワさんは顔を真っ赤にしながら、ユリカさんの気持ちに応えるとしっかり明言しました。
その告白を聞いて、食堂内は思いっきり沸き立ちました。
しかしその直後が問題でした。
抱き着いたユリカさんは明らかにキスをする間合いに来ているにも関わらず、
テンカワさんは言い出すことも迫ることもできず、
目が潤んでいるユリカさんと何分も何分もにらめっこしている状態になってしまいました。
…本人たちはこれが何時間にも感じられてそうですね。
で、そのうち時計を見て、ナデシコ記念式典に間に合わなくなりそうな時間だと気づいて、
二人してダッシュで戻り始めました。
…はぁ、どんだけ臆病なんですか。
まあ、好きあってるのがお互い分かってればそうそう別れないでしょう、あの二人の場合は…。
あ、ユリ姉さんが頭を抱えてます。
何かアドバイスしようと考えてるみたいですが、あの感じじゃ何ヶ月かかるかわかりませんね…。
ラピスもいいところまで仕組んだと思いますけど、やっぱり当人の問題ですから。
……はぁ、バカばっか。
…はぁ。
食堂が一段落したので、ナデシコのブリッジでお披露目の準備をしていますが…。
テンカワさんの度胸のなさって、やっぱり問題ですね…。
アキトさんがテンカワさんだった頃、なんでメグミさん相手にはキスが出来たんでしょう。
あの時はちょっと自信がついて、共感できるメグミさんに心を許したからだったと思ったんですけど…。
やっぱりアキトさんが横に居ると自信が持てないんですかね。
ああいう、いいシチュエーションで二人きりになれてるならキスのひとつくらいしそうなものですけど。
…単にメグミさんの方が恋愛に向いてて、うまく誘えてるからってことですね、たぶん。
テンカワさんとユリカさんの場合、二人して純情すぎて微妙にひと押しが足りないんですよね。
ギリギリの戦いだった当時は、生存本能がいい感じにひと押しになってたのかもしれませんが…。
「全く、テンカワ君ったら意気地なしよねぇ。
あそこまで行ったらキスの一つもするものよねぇ」
「ほんとですよ、期待をもたせといて」
さっきの映像を見ていたミナトさんとメグミさんまで呆れてます。
あれじゃ当然ですよね。
…テンカワさんとユリカさんは知りませんが、生中継でナデシコクルーまでもが全員見てます。
この映像の配信を自由に見れるのを条件に、
テンカワさんとユリカさんに直接的にダメだしやアドバイスをしてはいけないというのが付いています。
二人が委縮しては意味がないですから。
で、当然こんな面白い映像を見れなくなるのは論外なので、
みんな当然ちゃんとこのルールを守ってくれます。
ナデシコ出航直後に訓練を始める、ユーチャリス新スタッフはなじむまでは見せるつもりありませんが…。
とりあえず、火星から戻ってくるまでにはキスの一つくらいまではしてもらわないと困りますし。
「ま、じれったい人たちですが生温かく見てあげてください」
「…ユリ姉さん、温かくではなく生温かくなんですね」
ルリ、生温かくでいいんです。
ナデシコ的にはああいう二人はからかわれがちなのが普通なんです。
直接的にからかわない方がいいけど視線は生温かくていいです。
それくらいはないとぬるま湯でふやけます。テンカワさんもユリカさんも。
「それに、私とアオイさんでもナデシコは動きますが、
さすがにユリカさんほどはできません。
気を引き締めていきましょうか」
「とはいっても…ねぇ」
「おなじみの人たちと、ユーチャリスと内装がほとんど同じなナデシコじゃ、
今一つキリッとしませんよねぇ」
「今更言うことないわよねぇ」
「た、たるんでる…」
アオイさんは頭を抱えています。
ま、基本的にはそんなに問題じゃないです。
油断は危ないですけど、お互いの実力も分かりつつある状態ですし。
よほど油断しない限りは危険すらありません。
特にミナトさんはあんなにゆるい態度が多いのに、ミスったことがほぼありません。
精神的にショックを受けやすいメグミさんや、
テンカワさんが関わるとポンコツの極みに至るユリカさんはちょっと危ないです。
私とルリはミスしないです。ミスったら沈みますし。
アオイさんは普段は目立ちはしないんですけど、いないとユリカさん結構危ないです。
私かアオイさんが補助でいないと伝達に齟齬が発生しやすいのがユリカさんの欠点です。
補助は一応艦長経験があるアキトさんでもいいんですけど、戦術的なところはさすがに弱いですし、
エステバリスで殴りに行った方がよっぽど強いのでこの際除外します。
今は芸能界で働いてて中々戻れてないですし。
「アオイさん、緊急時に備えてユリカさんが戻るまで艦長お願いします。
私、副長しますから」
「あ、うん。
君が艦長でも構わないけど…」
「心得はあるつもりですが、私は正規の軍人じゃありません。
ここはアオイさんに任せます」
「分かった。
よろしく」
アオイさんの指揮能力はユリカさんと比べるとやや頼りないとは思いますが、それでも秀才レベルです。
それに私はアオイさんの指揮姿を見たことがありますが、私の指揮をアオイさんは知りません。
私の方が合わせやすい以上、私が副長になるべきでしょう。
私の実力は例のゲーム、「ラインハルトの野望」で対戦して知られてます。
私とアオイさんでは五分五分の戦いになることが多いです。勝率もほぼ五分五分。
ただ、トータルだとどちらかといえば私が負け越すことが多いです。
私はホシノルリ時代にかなり短期で訓練した方なので、新任時代のアオイさんにも練度は劣ります。
ユリカさんと対決して二回も勝てたのは、
ナデシコでユリカさんの戦術を実戦でたくさん見ていたからに他ならなりません。
それがなければ手も足もでないことでしょう。
「でもぉ、さすがに遅すぎませんかぁ?
艦長っていっつもちょっと不安にさせますよねほんと」
「まあ、ユリカの遅刻は今に始まったことじゃないから…。
授業もいつも代返してたりね」
「…ユリ姉さん、
式典に二人が間に合わなかったらどうします?」
「そうですね。
何か罰でも…。
「…うわぁ、辛辣ぅ」
「ミナトさん、ユリカさんは甘やかすとあんまりためにならないんですよ。
私生活はそれでもいいですけど、仕事でそれやっちゃうと艦長として印象悪いですから」
昔、思いっきり遅刻した上にあいさつ代わりのブイサインで呆れられてましたからね…。
艦長としてピカイチなんですけど、どうしてもこう大事なところが欠けがちです。
妹として常に支えるつもりではありますけど…ルリにもラピスにも示しがつかないです。
……テンカワさんと早くくっつけないと、またポンコツかまして危ないかもしれないですね。
俺はテレビ局で撮影に勤しんでいた。
ついに今夜から放映開始になるドラマ『世紀末の魔術師の弟子』の最終回の撮影にあたっていた。
一時間ドラマ全12話、木曜日10時から放映。
6話は拡大版二時間スペシャルで、俺と天龍君の対決が描かれることになってる。
このスペシャル特番では実はテンカワも出演しており、天龍君地龍君と同じような立ち位置になっている。
ルリちゃんは一話撮影の時点で最終回にちらっと出てくる役のパートも一緒に撮影されてる。
ちなみに先日に先行して放映された一時間の番宣番組では、
ピースランドの激闘をダイジェスト編集した『誕生!世紀末の魔術師!』を30分、
そして夏祭りの戦闘を再編集し、足りないパートを追加で撮影した『世紀末の魔術師対決!』を20分、
それぞれ放映した。これは視聴率が50%を超えている。
ピースランドの激闘に関しては映像ディスクが3時間越え、映像特典は2時間、
初回限定盤に100ページのコミックス版がついてくることになっていたが、
さらに少年漫画、少女漫画の作者が集まって作られた作品もついでとばかりに載せられ、
アンソロジーコミックとして300ページという桁違いのスケールの特典となり、
初回限定盤だけでも1200万枚という超ヒットを出してしまった…。
今もさらに生産が続いてて、全世界に送られてるらしいというのがなんとも。
……変なイメージが植え付けられてないか非常に不安だ。
ま、まあ…いいだろう、たぶん大丈夫だろう。
女の子は流行が終わると容赦ないからな…。
で、ついに最終回…。
天龍君の父親は確かに生きていたが、実は今まで敵対していた組織のボスだったことが判明し、
思い悩み、天龍君に追い詰められた父親は最終的には崖から落下して瀕死の重傷を負い、記憶喪失になってしまう。
父親の罪と記憶を『盗んだ』天龍君は、地龍君に後を託し、
俺とともに敵対組織の犯罪を暴いて残党をすべて逮捕させ、父親に危害が加えられないように、
父親の身柄を隠蔽し、守る戦いを始める、という物語だった。
…ちょっとだけ身につまされるお話だった。
監督のカットの声とともに、俺たちはスタッフの歓声に包まれた。
…終わりのなさそうな、危険な戦いに臨むというのはいいラストとは思えないが…。
けど、考えてみれば、この話には希望がないわけじゃない。
父親の記憶は一生戻らないかもしれないし、もしかしたら返り討ちにあうかもしれない。
けど、きっとこの脚本を書いている人は、記憶が戻り、敵対組織も滅んだと信じていると言っていた。
映画版も構想があるらしく、別の脚本家が担当で、
そのプロットを見せてもらったけどこっちは救いがなくてげんなりしたなー。
世紀末の魔術師がピカレスクロマンらしく、人を撃つし、ハードボイルド路線に走る、というものだった。
こっちは俺がもろもろの事情も込みでノーを突き付けることになった。
たぶん撮影できないまま火星に向かうことになること、
そして俺自身が、役柄でも人殺しをするということに耐えきれないことが原因だった。
映画を見る側としてはそういう話も見るのは許容できる。
どこまでいっても、どれだけ真理をついていようと創作物だからな。
だが、俺は実際に人を撃った事がある。
俺が人殺しをしていたころに戻らないで居られるのは、本当に誰も殺してないからだ。
演じる上で、確実にフラッシュバックする記憶に耐えられる自信がない。
そうなっては、俺もさすがに『黒い皇子』時代に精神が近づいてしまう可能性がある…。
それだけは何としても避けたかった。
…しかし火星に行けるかなぁ。
俺も寿命の件はまだ公表してないし、火星行きはまだ連合軍でも一部の人しか知らない情報だ。
寿命がどうこうって持ち出せば行けなくはないだろうが、パニックにならなきゃいいが…。
「アキトさん、ちーす」
「アキトさん、おつかれさまです」
「あ、お疲れ様」
天龍君と地龍君が撮影後、寄ってきてくれた。
どうやら地龍君が天龍君を色々とサポートしてくれてるらしくて、俺に対する態度もずっと柔らかい。
本当は根が優しい子なんだろうな。
この間は焦ってあんなことをしたんだろう。地龍君の優しさを見ればよくわかる…。
俺を本当に殺すつもりだったら俺にステルンクーゲルを渡すつもりはなかっただろうしな。
「…ホントはちょっとだけ癪なんだ。
あんたの名前を借りて売り出すなんてな」
「…ごめん。
俺は…」
「わーってるよ、不本意なんだろ。
俺が勝手に癪だって思ってるだけなんだから気にすんなよ。
『世紀末の魔術師』の称号は俺たちが盗んでやる」
天龍君は俺の肩を小突いた。
…うん、この間みたいな危うさは感じない。
地龍君がいるだけでずいぶんバランスが良くなるんだな。
「…ありがとう。
それじゃ、俺たちはPMCマルスの仕事があるから」
「おう、またな」
「今度またごはん作ってよ!」
「任せろって!
じゃ、二人とも頑張れって!
またね、『ダブルドラゴン』!」
さて、ラピスたちと合流して佐世保に戻ろうかな…。
「なぁ、『ダブルドラゴン』って、なんだ?」
「僕たちのあだ名、かなぁ」
「でもいいよな、『ダブルドラゴン』…。
プロデューサーさんに、俺たちのユニット名を考えといて欲しいって言われてたけど、
いいんじゃないか?これ?」
「あー!いいねいいね!」
……いかん、これ決めるの少し後だったのか。
きっかけを俺が作ったことになっちゃったな…。
ま、いっか。
「アキト君、お疲れ様」
「アキト、おつかれ!」
「アキト様、お疲れ様でした」
ラピスと眼上さん、そして重子ちゃんが俺をねぎらってくれた。
そして、俺たちはそろって飛行機で佐世保に向かった…。
その道中、眼上さんはついに俺たちのプロデュースから離れることを告げられた。
本来はもう二ヶ月は早い予定だったが、重子ちゃんがラピスのサポートに入るのと、
面通しと仕事を覚えるためにかなり無理を言って手伝ってもらっている状態だったからな。
「…改めてあとでお礼を言わせていただきますが、先んじて言わせてください。
眼上さん、本当にありがとうございました。
あなたが居なければ俺はここまでこれなかった」
いつもこんなことを言ってるけど、本当にそうとしか言いようがない。
ここまでたどり着くことができたのはすべてこの人のおかげだ。
エリナとの件も、吹っ切るきっかけをくれた。
感謝してもしきれない。
「何言ってるの、稀代のスーパースターが。
あなたの実力がちょっとでも足りなかったら、私が居たって駄目なんだから。
それに頼りになるマネージャーが盛り立ててくれたからじゃないの」
「眼上は分かってるね!えっへん!」
…ラピスは威張っているが、間違っていない。
眼上さんも重子ちゃんもうんうん頷いてるもんな…。
『世紀末の魔術師』関係の出来事も、芸能界での立ち回りも、ラピスの主導で完璧に行われた。
本当に自分が情けなくなってくるくらいに仕事できるんだよな、ラピスは…。
「ま、しばらく、何ヶ月か沖縄でぶらぶらしてるわ。
近所だし、何かあったら呼び出してちょうだい。
ラピスちゃん、重子ちゃん、あんまりパワハラだのセクハラだのあったら頼っていいわよ。
もちろん、プロデュースの事だって相談に乗るわよ。
もう何年かしたら楽隠居する予定だけど、まだまだ必要としてくれる人が居るんじゃ、
そうもいかないしね。
逆に仕事がちょっとくらいあった方が気が楽だし」
「分かったよ、眼上。
それじゃ、相談するごとに報酬が発生するコンサル担当ってことで契約しよっか。
さすがにタダ働きさせたら私達も気が引けるし、会社としてもよくないからね」
「あら、ラピスちゃんは相変わらず経営上手ね。
普通に逃がすつもりがないなんて」
「あったりまえじゃない!
眼上ほどの実力者、タダ働きさせるなんてバチがあたるよ!!」
……いかん、眼上さんは手伝ってくれたのにろくに報酬の話をしたことがなかったな。
何しろちゃんと安定した収入を得られたのは二ヶ月目からだったし…。
後でラピスと相談するか…。
「さて、アキト君。
空港に着いたらダッシュでいかないと間に合わないわよ。
何しろ今日もあなたが主役でしょ?」
「違いますよ、眼上さん。
今日の主役は、艦長のユリカ義姉さんと…。
ナデシコですから」
「はっ、はっ…あと何分あるかな!?」
「も、もう間に合わないかもしれない!
あと30分しかないぞ!!」
私とアキトは二人して走って連合軍基地に向かっていた。
一応、このあとナデシコの出航式典のために、制服の上にカーディガンを羽織ってきたけど…。
さ、さすがに走ると十月とはいえちょっと暑いよ!
「どうするもこうするも、タクシーでも拾える場所まで走るしかないだろ!?」
私達はラピスちゃんの計画で、アキトが正直に話しやすいように人気のない場所を求めて山まで来ちゃったから、
降りるのに時間がかかってて…。
本当は一時間もあれば戻れるんだけど、思ったより時間がかかっちゃったんだもん!!
アキトからちゃんと告白してもらえてすっごく嬉しいけど、
ナデシコの出航式典に遅れちゃったら、お父様だけじゃなくていろんな人に怒られちゃうよ!!
どうしよう、どうしよう!!
『おーい!艦長!テンカワ!迎えに来たぞ!!
ったく、艦長が遅れてどうすんだよ!!』
「「!?リョーコちゃん!!」」
リョーコちゃんの赤いエステバリスが、私達の目の前に降り立った。
やった!空戦のエステバリスなら余裕で間に合っちゃうよ!
『お前ら、遅れそうなら連絡くらい先にしろってんだ!!
ユリが迎えに寄越さなかったら遅刻だっただろーが!!』
「「ご、ごめんなさい…」」
私達は二人そろって頭を下げて謝罪した。
…二人で告白しあってて遅刻なんてシャレにならないもんね…。
ユリちゃん、本当に助かるよ…。
『いいから行くぞ!
手のひらに乗れ!』
そうして私達はリョーコちゃんのエステバリスの手のひらに乗って、佐世保基地に向かった。
…あれ?でもなんで私達がここに居るって知ってるんだろ?
ここに来るのを知ってるラピスちゃんはまだ戻りの飛行機だよね…。
ま、いっか…間に合いそうだし…。
俺はナデシコのお披露目会だっていうんで、ついでに祝砲を上げる予定のエステバリスの様子を確認してる。
もっとも、いつも通り整備はバッチシだから最終点検と弾薬のチェックだけを行ってる状態だ。
しかし緊急時に備えていつでも出撃できるように、祝砲用のマガジン以外はすべて実弾じゃないといけない。
うっかり武装解除と勘違いしてる整備員を見つけて、叱っている。
…ったく、どうしてこう微妙に危機管理が甘いんだ。
緊急時に備えるのが整備士だろうが。
『ウリバタケさん、エステバリスの準備は大丈夫そうですか?』
「あ?ユリユリか。
エステバリスは祝砲仕様にしてあるぜ。
ちょっとミサイルの信管オフにしちまったバカが居るから戻す必要はあるがな。
それだけなら全機5分もいらねぇな。
なんだ、なんかあったか?」
『いえ、ちょっとアキトさんが空港から普通に戻ると式典に間に合わなさそうですから、
あとテンカワさんとユリカさんも遅れそうなので、空戦エステバリス何台かを寄越してあげようかと』
「エステバリスで迎えにいくのかぁ?
分かった、3分くれ。
全機、信管を戻してから」
『あ、よよいのよい!よよいのよいっと!』
「は、班長!!
バカがエステバリスで踊ってやがります!!」
「ヤマダァ!!
エステバリスをおもちゃにするなってんだろうが!!」
『いや~ついにナデシコがお披露目されるってんで、
全国の子供たちに喜びの踊りのひとつも披露しなきゃって思ってな~。
いやんばか~ん、あ、どっか~~~~ん!ってかぁ』
ったく、このバカは一度死ななきゃ治らねぇんじゃねぇか?
『……ま、今回は慣れてるから壊さないでしょ』
あん?何言ってんだユリユリは。
『とにかく、今回は失敗できません。
世話の焼ける私の夫と姉と妹、義理の弟予定とマネージャーたちを全員連れて来てください。
エステバリス隊のみなさん。
バカのヤマダさんは危ないので引っ込んでてください』
『ったく、しゃーねーなぁ』
『はいは~い!
お迎え部隊、格納庫に向かいまーす!』
『エステでお迎え嬉しいなぁ~…ってかぁ?』
…ったく、どいつもこいつも緊張感がねえってなぁ。
まぁ、変に肩肘張ってミスするよりかは健全だけどな。
ユリユリの手腕でPMCマルス社員中心に来賓を迎える準備が進み、
連合軍側もかなり張り切って式典の準備をしている。
連合軍は最初ネルガルが艦を私的運用することにかなり懸念してる感じだったらしいが、
ミスマル提督とつながりの強い、元々かなり活躍しているPMCマルスが間に入って、
ナデシコ乗船予定のクルーとともにユーチャリスで協力し続けたのが功を奏して、
出航の式典までやってくれるっていうのは、まあいいことだな。
下手したらグラビティブラストが強すぎるってごねてくる可能性すらあったかもな。
そう考えると、PMCマルスは本当にナデシコを助ける役割を担ってくれたわけだ。
…まるで艦長とユリユリの関係にそっくりだな。
俺たちは空港に迎えに来てくれたヒカルちゃんとイズミさんのエステバリスに二人ずつ同乗し、
なんとか式典に間に合うことになった。
そこにはすでに連合軍の上層部の人達とお義父さんも集まっていて、そうそうたる人たちが集まっていた。
アカツキとエリナ、そして今度ネルガルと提携することが決まった明日香インダストリーの幹部もいる。
あ、あれはカグヤちゃん……テンカワも災難だな、詰め寄られてる。
俺はテンカワアキトじゃないから何ともないけど…事情が事情だけにちょっと複雑だな。
ま、まあいいだろう。
「…あれ、アキトさん、あれは」
「え?…ピースランドの船!?」
俺が目をやると、ピースランドの船が現れた。
しかも護衛に、やたら装飾華美な紋章が施されたエステバリスをお供にして。
……こ、これは想定外だ。
ルリちゃんはもろもろ落ち着いたらぜひ日本に来てほしいと言ってはいたそうだが、
まさかこんな短期間に、こっちに来てくれるとは思わなかったな…。
「…ルリちゃん」
「…はぁ、仲が良くなっても唐突なところは変わりませんね、父」
ルリちゃんはため息をはいてはいるものの、ちょっと嬉しそうだ。
もっとも、あのプレミア国王のことだからしっかり式典の時間を調べて、
それでギリギリ断る余裕がないような時間に押しかけたんだろう。
…うーむ、ちょっとラピスの剛腕っぷりに近いものを感じるな。
「…アキト、なんか失礼なこと考えてない?」
「ま、まさか」
…ラピスも勘がいいからな、うっかりしてられん…。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
その後、来賓の長い長い祝辞が続きまくり、三時間ほどが経過してしまった。
俺たちは割とマジに連合軍にもちやほやされはじめてるらしい。
とはいえ、エステバリスが行き渡った後、俺の芸能界活動のブームの終了後が怖いけどな。
そして意外なことだったが、プレミア国王は祝辞を断った。
急な参加であることと、ルリの顔を見に来ただけだと説明した。
…本当にそういうつもりだったんだろうが、だったら一日ずらしてくれてもいいようなもんだが…。
とはいえ、エステバリスの祝砲を撃ち終え、式典が終わり、立食パーティーまで滞りなく終わった。
やれやれ…俺たちもこういうことになれてはきたが、やはり大変は大変だな。
そして俺たちはPMCマルスに戻り、ひとまずPMC業務の一段落を祝った。
食堂で二次会のような状態になっている。
アカツキやお義父さんたちもいる。
身内の打ち上げのような状態だ。
今後の事だが、明日から本格的にナデシコクルーを中心としたナデシコの運用が始まる。
元々ナデシコという艦は214人のスタッフのみで運用できるようなっている。
しかし元々オペレーターが一人という欠点があり、艦長と副長のような代行できる人材がいない。
なので、サブオペレーターとしてラピスとハーリー君が居ることになっている。
ユリちゃんはPMCマルスのこともあるのでサブサブ扱いだ。
もっともこのスタッフ数でも限度はあるので24時間体制とはいかないが…。
…ただ俺たち的には「子供に夜勤をさせたくない」という理由で、
朝七時スタート、午後二時終業の昼勤、午後二時から九時までの夜勤の二人体制でカバーすることになっている。
それ以上動かさないといけない場合はユリちゃんが出る。
ギリギリ子供には負担のない程度で、かつナデシコ内の修理や管理、スタッフの休息は確保しつつも、
出来る限り長い時間運用できるような配慮が可能になった。
過去のナデシコよりもかなり高い継続した戦闘が可能だ。連合軍も昔ほど無茶は言わないしな。
…仮眠を何度も繰り返すんじゃ成長期の子供には悪すぎる。
遺伝子操作でその部分は結構大丈夫なルリちゃんでも相当負担だったみたいだからな…。
それで俺たちPMCマルスはというとユーチャリススタッフの教育を行うために、
PMCマルス内に作った訓練用施設での訓練を始めることになっている。
ユーチャリスはすでにパンジーの艦長と、パンジーの乗組員を中心としたクルーに足りないクルーを補い、
しっかりとした人員で月の攻略に向かう。
一月にコスモスが月攻略に出るまでに、俺たちもユーチャリススタッフを教育を済ませないといけないわけだ。
…大変は大変だろうな。
「しかし式典をやってもらえるとは思わなかったね」
「ええ、まさかここまでしてもらえるとは思いませんでしたね」
俺とユリちゃんはこの二次会の中で、
『何もしなかったらこんなことは絶対なかったろうなぁ』
と感慨深くなっている。
過去のナデシコは状況的な問題が多かったのは確かだが、
ナデシコクルー、そしてアカツキの『若気の至り』だけでグイグイ行ってたからなー。
とにかく前に進むことしかしてなくて、いろんな弊害をこうむることを考えてなかった。
…あ、いやちょっと待て。
もしかして連合軍が式典をしたのは、連合軍に協力しろと暗にくぎを刺しにきているだけだったのか?
…ありえるな、直接言わないのが連合軍らしい。
ハッキリ言うとマスコミに叩かれると思って、式典をやって巻き込むつもりだったのかもな。
まぁ、俺も俺とイネスさんの命がかかってることだし、引くつもりはない。
寿命の事を公言すれば、彼らも火星行きにあまり強くは言えないだろうしな。
…最悪、連合軍とことを構えてでも突破する。
何なら、俺の命が掛かってるとなれば世論が黙っちゃいないだろう。
不本意だが死ぬかもしれない状態で地球に抑留されるよりはマシだ。
「ミスマル殿、ルリを我が子のようにかわいがってくれているようで感謝に堪えない」
「いえ、プレミア国王。
私は同居しておりませんので…。
しかしルリ君は娘たちが仲良くしてくれているようで…」
「そうです。
毎日とっても楽しく過ごしてます」
…あ、お義父さんがプレミア国王と話してる。
和やかにユリカ義姉さんとルリちゃんを挟んで、仲良くやってることを確かめ合ってる。
ルリちゃんの様子は実は逐次ピースランドから派遣された連絡員から伝わっている。
実際にお互いの様子をみて安心したいんだろう。問題なさそうだ。
そういえば昔は気づかなかったけど、きっと前の世界でナデシコから降りた後もルリちゃんを見てる人はいたんだろうなー。
「父、母、その…」
「ルリ、戦艦に乗るのは分かっている。
お前が選んだ人生だ、気にするんじゃない。
祝辞を避けたのは、あくまでお前に用があるからだ。
…まあ、連合軍とネルガルににらみを利かせようとしたのは否定しないがな」
「ちゃっかりしてますね、父。
…でもこんなに早く来てくれるなんて思ってませんでした」
「なに、公務は何とかなる。
部下の裁量もだいぶ増やしたし、人員も増やした。
しっかり時間をとって、見直したらなんとか一日くらいなら空けられるようになった。
これもお前のおかげだよ」
「そうです。
この人は仕事もできるし気遣いもできる癖に、
ちょっと集中すると周りが見えなくなっちゃうんですよ、ルリ。
あなたもそういう人の扱いには気を付けるんですよ」
「分かってます。
身近に結構そういう人が何人かいますから。
色々と気を付けてます。
…そういえば、弟たちはどうしました?」
「ああ、ラピス君が見てるようだな」
「そういえばラピスに興味津々でしたね。
……色々と悪影響がなければいいんですけど」
ラピスはちゃんと対応してくれてはいるようだが、ルリちゃんの言う通りちょっと不安だな。
何しろピースランドの王族たちにはラピスが『世紀末の魔術師』作戦を立てたと知っている。
うっかりするとああいうことにあこがれを持たれても困る…。
しかしルリちゃんとプレミア国王もほがらかな空気で居られているな。よかった。
火星行きについてもちゃんと話さないといけないだろうが、まずはな。
そして、プレミア国王、王妃は一つ部屋を貸してほしいとお願いして食堂を出て行った。
何か大事な話があるんだろうな…なら。
「ラピス」
「分かってるよ。
ルリには防諜設備の整ってる私の部屋を使うように言ってあるし、
念のため監視カメラも隠してあるの。
だから、ルリがなにかひどいことを言われるようなら、
後で逆襲するための証拠は取れるの」
「…ふ、相変わらず抜け目ないな」
「感謝してよ。
今のアキトとユリじゃ、命がいくつあっても足りないんだから」
…そうだな、ちょっと腑抜けてるのは否定できん。
ユリちゃんはどうしても会社のことだけで手いっぱいで、
時間があればラピスの役割もできるだろうが、現状会社の事を任せられるのはユリちゃんだけだ。
だから芸能界に出ちゃうと会えなくなるのはちょっと辛い。
週に一度くらいはちゃんとデートしてるけどさ。
「ま、今のプレミア国王だったら別にそこまで心配しなくてもよさそうだけど」
「そうだな」
恐らくナデシコに乗った時点で、ユーチャリスに乗ってる時ほどは生易しくはならない。
地上に足をつける機会もだいぶ減ってしまうだろう。
それを見越して、ルリちゃんに大事な話をしに来ただけだ。
大丈夫だ、きっと…。
「ほら、アキト。
王子たちはエステバリスに乗せてほしいってご所望だよ」
「え?
でもIFSがないと操縦はできないぞ?」
「そんなの分かってるよぉ。
アキト、アキトの陸戦エステバリスは出撃がなくて教習用のタンデムタイプになってるでしょ?
後ろに乗せてほしいんだって」
……そういうことか。
もっともそれがもとで天龍兄妹に二人して乗り込まれちゃったんだけどな。
とにかく、俺はルリちゃんが気にしないようにエステバリスで遊んであげる必要があるか。
やれやれ、これも兄貴の務めだな。
行ってくるか。
私と両親はラピスの個室に集まりました。
実はここはラピスのハッキング行為を隠すため、軍の電算室以上の防諜システムが入ってます。
軽く見積もっても一億円以上の投資がされており、オモイカネ単体の防御力に次ぐほどの設備です。
…押し入れの中にぎっちりと大型のサーバーと冷却システムを備えているといういわくつきの部屋です。
私は両親が色々話すべきことがあって呼ばれたのは分かっていました。
けど、私もナデシコが火星に向かう伝えなければならないのもあったので好都合です。
止められるかもしれないとは思っていましたが…やはり二人は少し黙り込んでいました。
しかし顔を見合わせると、うなずいて私に許可を出してくれました。
「不安はあるがあのホシノアキト君のためとあっては止められん。
何しろ彼が居なければ私はルリを苦しませ続けたかもしれんのだ。
この恩に報いる機会など中々ありはしない。
アキト君を助けてやるんだ、ルリ」
「そうです、ルリ。
あ、あなたを失うかもしれないと思うと涙が出てきてしまいますけど…。
でも火星の人たちを助け、アキトさんを助けることが出来る旅です。
アキトさんは少ないかもしれない寿命をあなたのために使ってくれています。
私達には止められません…」
「…ありがとう、父、母…」
「生きて帰ってこい」
「はい」
「世界一のナイトがそばに居ればきっと大丈夫です」
「はい…」
…離れたくない。
本当はこの人達と一緒に居たい。
でもそれができない…辛いけど、事実なんです…。
こぼれる涙をぬぐって、私は二人の話を聞こうと思いました。
「で、お話ってなんですか?」
「ルリ、火星に行くという話は分かりました。
…私達は色々考えたの。
ルリはすでに大人と同じように働き、そして人間的にも成長できる環境にある。
守ってくれる人もたくさんいるみたいですし、安心できてます。
でも私達に出来ることが何かないか…ずっと考えて、答えが出たの」
「母、そんなに気にしなくてもいいんですよ」
父と母が私を心配してくれているのは嬉しいんですが、もう私の望むものはほとんど手に入っています。
あとは時間をかけて、普通の生活をして、自分を育て、育ててもらうだけです。
…普通の女の子にはどうやってもなれませんけど、あったかい家庭で、あったかく生きられそうなんです。
それだけで、私は本当に幸せで…。
「いえ、ルリ。
これから私達はあなたが必要になる可能性が高い、武器を授けます」
「武器?」
…なんだか物騒な言葉ですね。
「このカードを受け取りなさい」
……これって、ピース銀行のキャッシュカードじゃないですか。
でも…。
「こんなの、受け取れません!
結局お金ですか、あなた達が私にくれるものは!」
「違うの、ルリ。
あなたを甘やかしたいとか、そんなつもりはありません」
違いません。
お金は確かに欲しいものを手に入れさせてくれはするけど、ただそれだけです。
生きるための貯蓄は働く中でしっかりしてます。
私は私の働く範囲で生き延びることができます。
…それなのに、何を考えてるんですか!
ガッカリしました…。
私を懐柔するつもりでこんなカードを、こっそり渡そうなんて。
私の心を分かってくれたと、思ってたのに…。
…もう、縁を切りましょう。
この人たち、きっと私が自由に使えるお金を渡さなかったから、
国に残らなかったんだって、思ってる。
最低です、そんなの嫌です。
「ッ!?」
私は、父の怒鳴り声にびっくりしてしまいました。
な、なぜ私が怒られているんですか?
私の自立心を奪おうとしたのは父と母じゃないですか…。
「あなた、怒鳴ってはいけません」
「む…。
すまん、ルリ。
しかし、順を追って説明もしないうちに幻滅されてはかなわん。
一度落ち着いて、全部聞いてはくれまいか?」
「…はい。
私こそごめんなさい」
…いけません、早とちりとコミュニケーション不足はトラブルの元です。
私と父とはそれで親子の危機を迎えたんです。
すべて聞いてから幻滅しても全く遅くはありません。
父の主張を聞きましょう。しっかりと。
「このカードは直接使える金額が三億ドル入っている。
日本円で言えば300億円だな。
ピースランドの国庫の一部が入っていると言ってもいい。
なぜ、お前にこんな大金を渡すと思う?
よく考えてみるんだ。
そもそもお前はプレゼントや金銭に困っていないと言っていただろう。
ちゃんと覚えているぞ。
それにお前が欲しいものを買えるようにするだけだったら1億もあれば大概足りるだろう。
私達も日本の平均所得やGDPくらいはしっかり知っている。
甘やかすにしても、それくらいで構わないと思うだろう」
「…そういえばそうですね」
一億円あれば郊外に家が買えますし、余りで老後の蓄えまでばっちりできます。
車を買って、色々こだわってもそんなにはいらないでしょう。
結局浪費する生活をしない限り、一億円余分に持ってれば、収入を使い放題状態にすらできるでしょう。
…まあ、結局自堕落になる可能性の方が高いですね、これ。
とにかく私を甘やかす目的なら300億円は多すぎです。
「お前の想像できる限りのトラブルを考えてみろ。
…お前の置かれてる状況だと、急に必要になったら困ることがあるんじゃないか?」
「…そうですね」
…考えてみれば会社経営をしている姉を持っていますし、
そうでなくても、業態が業態なので危ないです。
費用の掛かるようなことばかりです。
「…例えばPMCマルスのエステバリスが急に全台おしゃかになってしまったら、
その後の借入できるかはともかく、大ピンチになります。
今は多少の余裕こそあれど弾薬も予備はあまり置けてないですし。
それに戦闘のやり方によっては建物の被害がひどくなれば、
保険を上回って補償費を出さないといけないかもしれません。
…確かに、会社運営一つとっても、足りなくなる可能性はなくはないです」
「それに加えてだ。
もしもアキト君…いやユリ君やラピス君が誘拐されたとして、
身代金の要求があったらどうするつもりだ?
アキト君はその時、二人を助けるために走るだろう。
身代金の準備にネルガルが動けなかったら?
お前がそこで身代金が準備できなければ、どうなると思う。
全くありえないことじゃないだろう?」
…あり得ます。
私達の警護体制も万全を期してはいますが、完全じゃありません。
アキト兄さんはともかく私やユリカさん、ユリ姉さんやラピスは抵抗し難いです。
今のところ暗殺を企てる者はいますが、身代金目的の誘拐はあまりありません。
しかしこれから起こるかもしれませんし…。
何しろ、銀行口座を直接動かせるのはアキト兄さんとユリ姉さんだけです。
もしも二人が誘拐で居なくなる、負傷、病気などを負って意識を失うことがあったとしたら、
下手をするとそれだけでPMCマルスは立ち往生です。
アカツキさんに頼むにしても、すぐには無理です。
父に頼むにしても、どうやってもひと手間かかります。
海を隔ててますし、送金となると休日を挟んだら出来ません。
直接引き出せる状況にするしかないんです、どうしても。
少なくとも引き落としに対応できるようになってないとその場で決済できません。
かといって即座に融資はできません。
お金を動かす、人を動かす、人に頼む、どれも時間がかかるものです。
そうでなくても、臨時で人を雇う必要があったりした時、現金がなければ詰みです。
…そう考えると、父の言ってる事はあながち間違っているとは言い切れません。
「…ごめんなさい、私が間違ってました。
アキト兄さんたちの状況によってはお金が必要になります。
それも、300億円という大金が必要になるかもしれないです」
「分かってくれたか…。
今やお前たちはこの戦争の象徴になりつつある。
お前たちの価値は、ピースランド全土の価値よりも大きいかもしれんのだ。
命そのものには値段をつけることなどできないが…その人のする働きにはやはり値段が付く。
PMCマルスが人々に与えた影響と希望は、値段が付けられないほどの価値がある。
…そんなアキト君たちを失ったらどうなる?」
これは…ピースランドの王として以上の意思を感じます。
人類全体に与える影響を鑑みて、自分のできることをすべて行おうとしてくれています。
同時に、私にとって代えがたい家族を守るための術を、私に与えてくれています。
…浅ましい考えでした、お金は軽視してはいけないものです。
少なくとも、今はこのカードが必要です。
「ルリ、最期に…。
ピースランド家の家訓を教えておこう。
『金は最後の武器』だ。
金そのものでは幸せは買えないが、幸せを守るために金はとても有用だ。
ピースランドという国が永世中立国として独立して戦争から遠ざかれたのは、ピース銀行あってこその話だ。
敵対している国や企業がこぞって預けてくれるおかげで巻き込まれないで済むわけだな」
「…黒い噂も聞いてはいますが、
そうしてでも国民を守りたいんですね」
「…そうだ」
ピース銀行は守秘が万全で、スイス銀行と並び、一種のタックスヘイブンになってます。
堂々と課税を避けるための国として全世界に使われてます。
本来はマズいんですが、国連のほぼ公認銀行として便利に使われています。
戦時下にあって、特にかなり危ない資金の預け先にすらもなってます。
戦争を起こし、それを食い物にしている人達ほどはひどくないですが、
罪深いと分かりつつ、それをせずにいられない状態です。
ピースランドのような小国では、それくらいしないといけないです。
戦争が絶えた日は、地球にはほとんどないんですから…。
私もそういう覚悟が要るわけですね。
戦争の象徴になりつつある家族を守るために…。
「分かりました、謹んで受け取らせていただきます」
私は母の手からカードを受け取り、小さな財布にしまいました。
…必要にならなければいいだけの事です。
とにかく、私の力では足りなくなる時に使えるように持っておく必要があります。
「…もし使うようなことがあったら、後で改めて連絡します。
それに使ったらできる限りちゃんと返します。
今のうちなら私とアキト兄さんなら一年もしないうちに返せると思います」
「返してくれなくても構わないんだが……。
…いや、ルリ、お前の覚悟は分かった。
そうだな。
お前は私達からいざというときの武器を受け取るというだけで、
私達に甘やかしてほしいわけではないんだからな。
お前の自立心には感服させられるよ」
「いえ…。
…ありがとう、父、母。
私を心配するだけじゃなく、私に必要なものを与えてくれて。
この武器が必要なくなるか、ピースランドが破綻しそうな時はカードごとお返しします」
「はは、そうだな」
「ふふ、ルリ…あなたは義理堅いのね」
義理堅い、ですか。
…そうなんですかね。
今一つピンときませんが。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
私達はその後近況報告をされました。
まず驚いたことに例の元研究者が、
私のために力になりたいので、何かできることはないかと訪ねてきたそうです。
父はそれを汲んで、ネルガルに紹介状を書いたそうです。
元々関係のあるネルガルであれば、彼の能力を生かす可能性が高いと判断したそうです。
そして元研究員はアカツキさんに面会を申し出て、遺伝子操作の問題点について、語りました。
優れた能力を獲得する、遺伝子操作にはやはり副作用があるそうです。
どこかの遺伝子を顕性にすると、その反動で別の遺伝子が潜性に変わってしまう。
IFS強化体質者になるべく先天的な遺伝子の操作を行っている私、ラピス、ハーリー君は、
比較的影響が薄いですが全くないわけじゃないです。
私は瞳の色が金色になってしまいましたし、ラピスはそれに加えて髪の色まで変化しました。
細かいところを調べると、深く影響が出てるかもしれません。
さらに後天的に遺伝子の操作を行っているアキト兄さんとユリ姉さんは特に影響が強い可能性が高いそうです。
特にアキト兄さんは後天的に実験に耐えうる丈夫な体とナノマシン耐性が強化されてるため、
元々のナノマシン保有量のための空腹発生に加え、どんなものでも消化吸収できる胃腸を持っています。
そのせいで過剰に食事をとらないといけないそうです。
…自然界的には、少しの食事で動けるように燃費をよくするのは普通な気はしますけど。
そしてその代わりに筋肉がつくのが遅くなりやすく、サバイバビリティの高い遺伝子になった代わり…。
…謎が解けた気がします、テンカワさんのクローンの癖に妙にぼうっとしてますし。
実年齢や成長過程のせいもあるかもしれませんけど。
ユリ姉さんは大きな影響がなかったのはアキト兄さんの実験があって、
限定的な範囲で遺伝子操作をしたせいだということみたいです。
とはいえ、アキト兄さんとユリ姉さんはもともとナノマシン耐性が強く、
それがあったからこそほかの人と違って後天的にマシンチャイルドになっても生き残れたみたいです。
本当に紙一重ですね…。
それと遺伝子病の発生が無いとは言い切れないため、経過を観察する必要があるそうです。
元研究者曰く、
「研究者としては完璧な出来の三人だが、絶対的な成功は化学にはありえない。
どんな抗生物質にも副作用はあるものだ。
継続的な検査をできる限りするべきだ」
と、自暴自棄になり投げやりに自分の成果を誇っていたことを恥じて、冷静に私の状態を伝えてくれたそうです。
「そういうわけで、ネルガルで定期的に検査をした方がいいらしい」
「そうですか…ちょっとだけ見直しました」
何はともあれ、私達のためにあの元研究員が頑張ってくれるというのは、
複雑な気持ちもありますが嬉しいです。
ひょっとしたらアキト兄さんが長生きするきっかけが生まれるかもしれませんし。
「そしてこちらはあまり明るくない話題だが、
一応、ルリの育ての両親を『保護』した」
「保護ですか?
逮捕でもしてるかと思ったんですけど」
「いや、逮捕はしている。
なにしろ国際的にバッシングされ、
私刑の対象になり得るから当事者の私達が建前上逮捕しておいた方が安全だと思ってな。
ひとまず安全に王城にかくまっている」
「…そうですか、ひどいことはしていませんか?」
「いいえ、ひどい人達ですがあなたを生かしてくれた恩義はあります。
軟禁状態ですが、できる限り不自由なくさせてあげてます」
私はほっとしました。
私がピースランドに戻れないような性格に育てたという恨みはありますが、
ここまで生き延びたのは事情はどうあれ育ての両親がいたからです。
あまり手ひどいことをされても、それはそれで嬉しくないです。
「しかしな、何かしら罰を与えないとお互いに収まらないし、国民や国際社会に示しが付かない。
何かしら、ほどよく彼らが反省しているように見せ、遺恨がないようにしてやりたいんだが…。
少なくとも数年は無理だろうが、そのうちちゃんと開放するべきだろう。
何かよい罰の与え方はないだろうか」
「私が決めるんですか?」
「ああ、法律違反ではないし刑法ではさばけん。
被害者のお前の言うことなら受け入れる、と彼らも言っているぞ」
「…難しいですね」
私としては高跳びして職すら失い、金は持ってても途方に暮れてる彼らにはちょっと同情してます。
ま、あったかい家庭を作ろうとしてこなかった罰としてはちょうどいいかもしれませんが、
助け船くらいは出してあげてもいいでしょう。
このまま軟禁で一生を過ごすのは可哀想すぎます。
何か手打ちにできる、ちょうどいい罰はないでしょうか。
そうなると…あ、思いつきました。
…私もちょっとラピスに影響をうけてますかね、これ。
「いい罰を思いつきました」
「おお」
「私はアキト兄さんとラピスにフィクションに包んだ救出劇で助けてもらいました。
だったら家族ごっこすらも下手な彼らの悪事も、
同じようにフィクションに封印しちゃいましょうか」
~後日~
ピースランドのアトラクション建物内。
「は、は~~~っはっは!
ルリ姫を奪って見せろ、世紀末の魔術師!」
『アキト兄様ーッ!!』
『ルリ姫!今助けます!!』
そこには『世紀末の魔術師』アトラクションで、悪役を演じるルリの育ての両親の姿があった。
ルリとプレミア国王は、実際に起こったことをかなり装飾過剰なシナリオに押し込めて、
ショーの一部としてまとめ上げ、悪役を演じてもらうことで、
すべてをフィクションに葬りルリとピースランド王族との和解を示す形で、
ステージ俳優、悪役俳優としてピースランドの国民として働くことになった。
「る、ルリのやつはこういうのが好きだったのか…」
「い、意外だわ…」
ルリの育ての両親はトホホと肩を落としながらも、これくらいで済めば御の字かなと苦笑いしていた。
実際、効果は抜群で、
『ルリ姫をとらえた悪役』としてフィクションのほうのイメージが定着し、
ピースランドとの和解も理解され、世間で言われる人体実験の加担者という印象は薄まっていった。
完全にゼロにはできなかったが、当事者が和解しているという事実が広まると、
だんだんとトーンダウンすることになっていった。
しかし、結局この二人、悪役としてドはまりしてしまい、世紀末の魔術師人気と相まって、
かなり長い年月をこのアトラクションのステージ俳優で過ごす羽目になるのだった…。
私達はピースランドの王族たちを見送りに来ました。
これが終わり次第、ナデシコクルーとともにナデシコの出航します。
PMCマルスは明後日からユーチャリスの新スタッフのための訓練を行います。
私達オペレーターはナデシコに乗る場合があるので、休日扱いですが、ちょっとお邪魔します。
一応、慣れるためという名目です。本当はそんなことをする必要はありませんが、
どうしてもナデシコの出航に立ち会いたかったので。
もちろんアキトさんも乗ります。
「いや、急に押しかけてすまなかった。
こうでもしないと無理をさせる者が出かねないからな」
「各勢力にくぎを刺してくれて助かります、プレミア国王。
ルリはこれからも責任を持ってお預かりします」
「お願いします、ユリさん」
「うむ、よろしく頼んだ。
王子たちもお礼を言うんだ」
王子たちは揃ってお礼を言ってくれました。
ルリの言っていたとおり、素直でかわいい子たちですね。
…もう私の弟たちじゃないけど、ルリがきっと仲良くしてくれる。
それに…。
「エステバリスってやっぱりすごいです!」
「お母様、日本式中華っておいしいんですね!」
「ラピスお姉さま、お話面白かったです!」
…色々と楽しんでくれたようで良かったです。アキトさんも料理を褒められて嬉しそうです。
「また今度は遊びに出たりしましょう、父、母、弟たち。
来てくれてありがとう」
「達者でな、ルリ」
「またね、ルリ」
そうして、ピースランドの王族たちは帰っていきました…。
さて、ナデシコに行かないと…。
ついにナデシコ出航の時が来た。
さっき、お披露目のために一度外出したんだけど、すぐにドックに戻しちゃった。
けどやっぱりマスコミの人達すごいよねぇ。
式典の時も詰め掛けて来ていたけど、
私達が二次会でのんびりやってたのに、ナデシコが出港するまで待ってるんだから。
やっぱりアキト君とルリちゃんに注目してるってことなのかな。
ナデシコそのものが地球圏を救う戦艦と目されてるのはあるんだろうけど、それにしてもすごいよ…。
「ユリカ、敵影はないし、
普通に出て行って大丈夫そうだよ」
「ありがとジュン君。
ルリちゃん、発進手順はいけそう?」
「問題ないです。
連合軍の人達からもゴーサイン出てます。
ゲート、開きます」
「各部署、発進時は揺れます。
重力制御で緩和はされますが、激しい揺れにご注意ください」
「はぁ~い、それじゃサクッと出しちゃうわよぉ!」
「おっけ!
それじゃ、機動戦艦ナデシコ…。
「発進します」
そして、私達のナデシコは夕日に照らされながら、発進した。
火星に向かう日になったら、この綺麗な夕日はもうしばらく見れない。
だけど、今度はキレイな地球が、宇宙の闇が、そしてあの火星の風景が、見られる。
アキトともう一度あの火星の夕焼けを見たいな…。
ナデシコが発進して一時間ほどが経過した。
次の戦いはアフリカ方面だけど、移動に少し時間がかかるので、
通常の終業時間ということもあって、私達はひとまずブリッジから離れた。
…アキトの思い出の船だけど、真新しくてそんな感じしないや。
ま、ナデシコになれたら私もここが好きになるんだ、きっと。
…で、私はルリとナデシコ食堂でイチゴパフェを食べていた。それも大盛。
ルリはマンゴーパフェを食べてる。
ルリとの約束を果たそうと思って、おごってもらってるわけだけど…。
…せっかくの休みだけど、ナデシコに同乗しなきゃいけない状態っていうのはちょーっと癪だよね。
今後はナデシコクルーがメインでナデシコに乗るわけだし、
ブリッジメンバーとパイロットの班分けでそれぞれ運用してたゆーちゃリス時代とはだいぶ違って、
ルリと会う回数も少なくなるし、これくらいはしないとね。
ルリと話すのが目的だったしいいかな。
どのみち、1月の頭に火星に向かうまではこまめにドックによる必要があるから、
機会はまだあるけど、いつどうなるかわからないし、ね。
「ラピス、あなたの部屋を借りたわけですし、
いつも通り話は聞いていたんでしょう?」
「ルリ、さすがにするどいね。
でもこういう時じゃないと盗み聞きしないよ。
ちょっとまだ警戒する必要があったし、内容聞いてやっぱりって思ったし」
「いえ、助かります。
ピースランドの家族は信頼してはいますが、
まだ価値観が噛み合ってないかもしれないのであれで正解です。
そういう配慮してもらえるとホント助かります」
「なら良かった。
私達も緊急時の武器があるって助かるよ」
ルリがピースランドのカードを持ってるっていうのはかなり心理的に楽になる。
プレミア国王もさすがに一国一城の主だけのことはあるね。
私達の状況を鑑みてここまでしてくれるなんて。
実を言うと私達もピースランドに口座を持とうかと思ったんだけど、ユリから止められた。
「私達はただでさえ目立つ立場です。
小さな会社ですし、まっとうに営業してるかどうかっていうのはしっかり見られます。
ネルガルくらいの規模ならいくらでもごまかしが効きますけど、ちょっと危ないです」
私もそれには納得した。立場が立場だもんね。
まあアキトの場合、破産しても芸能界でいくらでも取り戻せちゃうからお金のことは緊張感ないんだけどね。
アキトの記憶の中にある借金地獄の話、ひどかったもんねぇ。
あれが無かったらアキトも芸能界に入ったりはしなかったんだろうけど。
人に歴史ありってやつだよね。
「はむはむ、さすがにおいしいね」
「おいし…。
しかしナデシコ食堂はことごとく料理がおいしいですけど、
甘味の安定感もすごいです」
「調理班は女の子率高いしね。
ホウメイシェフもデザートは結構こだわってるみたいだし」
キャリアの長さが半端ないし、元々器用なタイプなんだろうね、ホウメイシェフ。
すごい大柄で腕力もあるから、パンやお菓子作りは言うまでもなくそば打ちうどん打ち、
挙句の果てにマグロの解体までできるんだって。
アキトは料理が体力勝負の部分があるって話してたことがあったけど、まさにそんな感じだよね。
「ルリ、ラピス、私たちも入っていい?」
「おじゃましまーす」
「ユリカさん、ユリ姉さん、どうしたんですか?」
ユリカとユリも入ってきた。
ユリカはイチゴパフェ、ユリはマンゴーパフェか…。
うーん、DNA的に一緒だとやっぱりこういうセレクトまでかぶっちゃうか。
ま、仕方ない。ある意味血のつながった姉妹だし。
「どうしたの?
アキトと部屋でいちゃいちゃしててもいいんだよ、休みだしまだ時間早いし。
ユリカだって、ちょっとくらいテンカワと遊んでてもいいんじゃない?
終業時間すぎてるし」
「…いえ、そうしたいのはやまやまなんですけど…」
「…ねぇ」
二人は顔を合わせてしょぼくれた。
……なんかあったのかな。
テンカワアキト、ホシノアキト、そしてガイは三人そろって、
大型プロジェクターで映し出された、夕日の中で倒れるジョーの映像を見ていた。
事の発端は、ホシノアキトがガイに誘われてゲキガンガーを見ようとした時に、
テンカワアキトがぼそっとつぶやいた言葉だった。
「お前ら、ゲキガンガー何度も見やがって。
一体いくつなんだよ」
さすがのホシノアキトもこれにはキレた。
ガイとゲキガンガーを見た記憶は、ホシノアキトにとって宝物であり、
木星で出会った人たちとの絆そのものだった。
その後に起こった悲劇を勘案しても、どんなことがあっても覆してはいけないものだった。
ホシノアキトはテンカワアキトをヘッドロックして部屋に引き込み、映像を見せた結果、
正史通りにドはまりしてしまい、海燕ジョーの死にざまを見て絶叫しているのだった。
…そしてその結果として、ミスマル家の長女と次女は放っておかれてしまった。
とにもかくにも、ある意味『正史通りに』進みつつ、
変化をふくみつつ、ナデシコはかつての歴史と同じ日に出航した。
そして…女心が今一つ分かってない『アキト』に恋するミスマル家姉妹の明日はどっちだ。
「……あれを見るんですか?
あ、頭痛くなってきました…」
……ついでにホシノアキトとともに芸能界デビューしてしまったルリちゃんの明日はどっちだ。
今、出払っているテンカワに代わって、明らかに日系人ではない人間が雪谷食堂で、
ひたすら仕込みを行っていた。
客たちは呆れかえりながらも、その様子を見つめていた。
「なんだぁ、サイゾウさんはずいぶん弟子をとったな」
「あれはピースランドの中華料理屋の連中らしいぞ。
何でもルリ姫の弟さんたちがホシノアキトの料理が気に入ったらしくて、
料理を作ってもらったら味があまりに悪くて修行のし直しを命じられたとか」
「で、テンカワがナデシコに乗るからって入れ替わりで修行に入ったってか。
テンカワの紹介でここに来たみたいだな。
そりゃ災難だな、サイゾウさんも、あいつらも」
「サイゾウさん曰く、あいつらは技術はともかくちょっと大雑把すぎるから、
基礎の部分から正確に矯正しないと帰せないって呆れてたぜ」
「やっぱりサイゾウさんも災難だなぁ」
未熟者を三人も抱えた雪谷食堂の明日はどっちだ。
ナデシコ、3クール最終話、四十話一歩手前の発進でした。
今回はついにナデシコ出航と相成りましたが、ユーチャリスですでに慣れてしまってて、
緊張感がやや足りないまま、そしてテンカワも勇気が足りないまま、
色んな事が同時に起こることになってしまいました。
トラブルはそれほどなく、むしろ主要人物によって小さな人災がぽろぽろ起こりますね。
とはいえ、その後のナデシコの活躍をあまり快く思わない人も多いようで…?
ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!
>閑話だけに余り言うべき事もないかなー。
閑話というのもありますが、ある意味総集編回ですねー。
今までの振り返りと、成長してる部分、解決したこと、これから起こる問題を、
それぞれ振り返る回となりました。
新規の情報はあまりなく、彼らの状態の確認と、一部詳細が明らかになる程度のお話です。
ナデシコが出港する前にどうしても挟みたかった話だったりします。
この辺で挟んでおかないとそろそろ機会が減る話のタイミングなので。
もっとも内容的にあとどれだで続くのか未知数な話ですが。
>・・・しかし、ホウメイさんって人格者枠だけど、それでも「人格より能力」で集められたメンバーの一人なんだよなあw
>本当に何でナデシコなんかに乗ってるんだろうあの人w
確かに性格、人格面では問題はなさそうですが…。
…ナナフシ攻略戦で、
『エステバリスサイズの風呂敷で持たねばならないほどたっぷりの食材を持たせた』シーンから察するに、
『軍艦の食堂なのに予算以上の食材を請求し、上司から苦情が出ているものの、
兵士たちの士気が異常に高まる食堂として有名で厄介がられている人』
って、予算を全く気にしない軍艦コックだったと私は想定してますw
私、ホシノアキト様と一緒に死ぬのを夢見て、
ロマンティックな作戦を立て、この三か月くらいはもうすごい回数折衝を行っていますの!
どんな作戦かって?それは見てのお楽しみ!
おじいさまの事だからネルガルに先を越されてる状況でも、
ホシノアキト様が死んだらまた盛り返してくれますわ、きっと!
おじい様、アクアの一世一代の孝行をお受け下さいませ!
テレビ版と同じくナデシコがばりばり活躍してることにはなってるけど、
世間と連合軍に対する印象が段違いで、ここからどうやってお話を転がすつもりなのかしら?な、
読者を不安にさせる傾向のあるかもしれない?系、ナデシコ二次創作、
をみんなで見てくださいませ!
…こんなにピッタリな言葉があるとは思わなかった by作者
感想代理人プロフィール
戻る
代理人の感想
出歯亀しちゃいけませんって、盗撮してそれを全艦で共有するのはええんかいw
でもルリの弟たちの面倒を見るアキトはいいなあ。
仲良きことは美しきかな。
>…ったく、どうしてこう微妙に危機管理が甘いんだ。
>緊急時に備えるのが整備士だろうが。
まあその辺は軍で勤務した事無いと中々難しいんじゃないかなあw
>アカラスペシャル
わかるのかウリバタケwwww
>頭の悪くなる影響
どっかのツインバードの片割れを思い出すなあw
まああっちは頭の悪い方がオリジナルだけどw
>Drama Queen
なるほどーw
※この感想フォームは感想掲示板への直通投稿フォームです。メールフォームではありませんのでご注意下さい。