とある特殊な暗号化されたプライベート回線に通話が開かれている。
軍の上層部の人間をも含む、かなりの大企業の要人、政府要人などが集まっている。
『しかしネルガルが明日香と連携するとは…』
『地球側の戦力増強をするつもりだろうか?
莫大な利益を捨ててまでやることとは思えんが…』
『それだけではない、PMCマルスが連合軍にユーチャリスを貸し出す判断をするとは。
ミスマル家との関係が深いとはいえ、ナデシコに乗るからと気前よく…。
強力なあの艦を…連合軍とはことを荒立てるつもりがないらしいな』
『ネルガル、PMCマルス共に連合軍にかなり協力的だ。
いや、私は立場上それが好ましいわけだが…。
なるべく戦争を長引かせ、戦後の覇権を握るのが最善だ。
今のままでも私は軍の内部での評価を上げることは可能だが…』
『…盟約を交わした中で冷たいことをいうな貴様。
連合軍極東方面軍の立場がさらに大きくなり、軍備の増強と、
ネルガルとの連携で手が付けなくなる。
…これでもしホシノアキトが政界に打って出たらだろうなる?
我々が付け入る隙が無くなりかねないぞ。
政治と軍需に関しては間違いなくボロボロになるな』
『『『『『うーむ…』』』』』
彼らは悩み、唸ることしかできなかった。
既にこの戦争はネルガル、そしてホシノアキトが起点になりつつある。
ここに集まっている各企業の重役、政治家、そして軍の上層部は、
クリムゾンがもたらした木星トカゲが百年前の月面戦争の独立派の生き残りであるという情報で、
それを利用して戦後の覇権を握るべく結託している。
初期の計画では、同じく木星のトカゲの正体を知るネルガルを泳がせ、
アカツキの若さゆえの暴走で連合軍を出し抜くことだけを考えるであろうという推測をしていた。
そうすれば、仮に木星がボソンジャンプの取り合いに敗北したとしても、
ネルガルは連合軍と犬猿の仲になり、いくらでも付け入る隙が生まれる。
アカツキ会長にスキャンダルを誘発させ、引き抜きで技術を吸収してしまえばよい。
木星側が勝てば、そのまま身を摺り寄せればよい。
クリムゾンはどちらが勝っても損をしない戦術を用いていた。
前の世界の史実においては、それが最善だった。
だが、今回は大きく事情が異なった。
ネルガルはボソンジャンプの研究自体を白紙に戻し、
アカツキ会長は女性関係のスキャンダルを起こさないようになり、
ホシノアキトを起点としたネルガル製兵器の売り出しを成功させ、
反撃の狼煙を上げる準備を地球圏全体にさせて、
戦後ではなく戦時中の今、覇権を手にしようとしている。
恐らくネルガルが技術研究の成果をもう一度手にするために火星を目指すのは分かっていたが、
このままでは付け入る隙がほとんどなくなる。
クリムゾン会長はため息を吐いた。
(…まだ若者と侮っていたが、あのアカツキの息子の次男坊…。
なんでも手に入れないと気が済まないタイプと聞いていたが、まるで別人だ。
ミスマル提督がガサ入れをしてきた人体実験への対応もかなり早かった…。
それどころか父の罪を償おうとすらしているというのは…。
結果としてその行動はすべて、良い結果を生んでいる。
エステバリスが売れるという状態になっても、落ち着いて対応した。
連合軍との関係も、ふんぞり返って関係をこじらせることもなかった。
…あの手合いだったら、虚栄心にと浮かれ調子で隙を見せると思ったが…。
無能を装って、牙を研いでいたとでもいうのか?
…とんだ食わせ物だな)
クリムゾン会長の誤算はホシノアキトの戦いぶりだけではない。
アカツキが慎重に、そつのない経営と対応を続けてきたことだ。
無能で強欲な次男坊という評価にそぐわず、また父のやり方を踏襲することなく、
金を握らせたり、権力で叩き潰したり支配したりということをしなくなったことだった。
企業としてはそういう力関係を使った戦術というのは不可欠だが、
ホシノアキトが間に入って得た『戦果』と民衆への『信頼』が、
どうやっても少なからず不和をもたらす権力の行使を避けさせた。
これによってネルガルは売り込みや賄賂なしに、
連合軍側から『選んでもらい』『お墨付き』を得ることができた。
この点はとてつもなく大きかった。
さらに…。
(…ステルンクーゲルという機体を磨く時間があまりになさ過ぎた。
二足歩行機動兵器に執心だったあの開発者のリチャードを殺さなければ、
もう少しまともになったはずだ…。
当時は金食い虫だと思ってたが惜しいことをした…。
とはいえ、20機相手にホシノアキトとアカツキナガレが圧勝するほど、
性能がかけ離れてしまっていたというのはさすがに想定外だった…)
クリムゾンからすればステルンクーゲルはエステバリスに代わる機体として、
戦後の覇権を握る目的に取っておくべきだった。
だがこれ以上エステバリスを蔓延させては、
ネルガルの悪評を立てて技術者を引き抜く見込みがない以上、クリムゾンの力を衰えさせる遠因になりかねなかった。
だが無理をしてステルンクーゲルとステルンクーゲルminiを出した結果として、
かえって信用を落とし、相転移エンジン搭載艦の開発に携われなくなってしまった。
そして仕方のないことではあるが、経営者であるクリムゾンはパイロットの実力を見抜くことができない。
性能差が大きいのもあるがそれ以上に二人の実力が高すぎたということに気づけない。
10倍の戦力をひっくり返すという映像を見ても、
これは投資家たちも同様だった。
エステバリスの価格と性能に納得する結果となり、ネルガルの株価は元に戻ってしまったのだ。
アキトとアカツキの事故死、もしくは対戦パイロット殺しを狙って、無理にデスマッチを仕掛けたのが良くなかった。
むしろ敵に塩を送るような真似になってしまい、黙って放っといた方が良かったと振り返る。
(…まさかあのアクアに期待しなければならない状況になるとは思わなんだ)
出来るだけ表舞台でやりあうのを避け、すべてに完璧を期すクリムゾンも、
起こりえない事態の連続でことごとく裏目に出てしまって頭を抱えるしかなかった。
「はー…のんびりしてるわねー…」
「そうねー…」
私はヨーコと一緒にビーチで日に当たっていた。
そろそろ11月で海に入るのは厳しいんだけど、先月は結構楽しんでたから別にいいわ。
一ヶ月以上のんびりしてるなんて、こんなのいつ以来かしらね…。
「そういえばあなたのプロデュースしたアキト君と天龍君、
ドラマのせいもあってまた人気が倍増しちゃってるわよね」
「ええ、あの子たちはいつも私の想像の一歩先を行くわよ」
天龍地龍兄弟の『ダブルドラゴン』は、アイドルとしてだけならアキト君に追いつこうとしている。
もちろんマルチタレント、PMCマルスのエースとしての人気を考えるとまだまだ追いつけないけど…。
地龍君が本格的に参戦した後、ファンクラブの層が厚くなってる。
これは本当にすごいことで、アキト君との相乗効果がかなり生きたみたいね。
この間の二時間スペシャルではアキト君とテンカワ君、天龍君と地龍君の怪盗対決で、世間はもう熱狂の渦だったから…。
ピースランドで大好評のアトラクションも、お台場に出張してるとかでこちらも大ヒット。
世間の男の子たちの夢が、エステバリスパイロット、怪盗、タレント・アイドルって答えるようになり始めてるあたり、
その影響の大きさが分かるわね。
…きっとアキト君は「コック」が入ってないって心外なんだろうけどね。
「それに、アキト君が居なくてもナデシコが大活躍してるみたいで何よりね」
「ええ、かなりの地域がチューリップの支配から解放されつつあるって…。
もっとも、まだ主要都市の近所だけっていうのは歯がゆいけど」
「本人が戦いたがっていないだけに、いい傾向なんじゃない?」
「そうね…本当に戦わなくて済むのが一番いいわ」
本人が嫌がっててもそうせざるを得ない状況は終わりつつある…。
あとは火星にたどり着いて、命をつないでくれればことはすべて終わるわ。
『ホシノアキト』が英雄でなければいけない時期はおわる…。
「アキト君、穏やかに過ごせるといいわね…」
…俺はルリちゃんとラピスと『世紀末の魔術師』宝塚公演のリハーサルを見に来ている。
俺は何とか断ろうとしたんだけど、ラピスがどうしても見たいというのと、
劇団側の団員のたっての希望で、役作りをしっかりしたい、どうしても会ってみたいということで、
仕方なく来たわけだけど…。
……あ、圧巻だなこれ。
あんまりこういう舞台を見たことがなかったんで、知らなかったが…。
女性たちのみの独特の演劇で、すごいメイクの強さだ。
なんというか、インパクトと綺麗さ、力強さに満ちていて面白い、けど…。
「…さすがに俺たちとは剥離しちゃうよなー」
「そりゃそうですよ、そもそもアキト兄さんの演じたのだって、
だいぶもともとの性格から剥離してるんですから」
「そーそー。
これはこれで別物として楽しまなきゃ」
…うーん、とはいえ、こっぱずかしいぞこれは。
スラっと足の長い俳優さんが、どちらかというと日本人平均よりのプロポーションの俺を演じるとは…。
テレビに出てる時は全身まで映らないからそんなに気にならないんだけど、
こうして実際に目の当りにすると、俺はやっぱり大したことない気がするな。
うーん、なんで世間に受けちゃったんだろ…。
「それにしても、ルリは羨ましいよ。
ユリにだって羨ましがられてると思うよ?
『世界一の王子様』のアキトのお姫様役で記録に残っちゃうんだよ?
ホシノアキトのお姫様、なんて何人もなれないんだから」
「…そうはいいますけど、
私はアキト兄さんはお兄さんとしか思えませんし、
羨ましいって言われても…」
「だって世界で唯一、『世界一の王子様』に釣り合う女の子だよ、ルリは。
本物のお姫様だし。
本人にその気がなくたって、みんな盛り上がっちゃうわけ。
しかもピースランドのアトラクションにもなっちゃって、
間違いなく歴史の教科書に載っちゃうんだから。
あ、でもユリも私も『本当のアキト』には釣り合うと思うけどね。
実際それくらいのことしてるつもりだし」
「…しょうもない話ですよ、本当に。
勝手に世間で盛り上がられても困ります。
実際は能力はともかく性格は情けないのに。
…こんな世話の焼ける人、ユリ姉さんとラピスじゃないと困り果てますよ」
…そうなんだよなー。
なんていうか俺たち、勝手にフィクションに押し込まれてる感じがする。
神聖化されてるという感じはしないんだけど、何をするにもはしゃがれてしまうから。
流行のアイドルって感じだと思いたい。すぐに終わってほしい。
…火星に行って全部何とかしないとなー。
しかし、俺ってやつは能力がどれだけ伸びようが人気が出ようがある意味じゃ、
『自分のしたいことをできない状況に追い込まれる半端もの』
っていうのは変わりないみたいだ。
テンカワアキト時代はコック兼パイロット、
今はコック兼、会長兼、パイロット兼、マルチタレント。
う、うう…どうしてこうなってしまったんだ…。
不幸とは思わないが、なんで斜め上の成果が積み重なってくるんだ…。。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
その後、俺たちは劇団の団員さんたちに激励をした。
俺とルリちゃんの関係はそれとなく理解してくれている様子だったが、
それはそれとして俺たちの『世紀末の魔術師』スタイルは見たかったらしく、
急遽、ラピスが持ち込んであった服に着替えて、ちょっとしたスタントをルリちゃんとして見せた。
団員さんたちは大いに沸いてくれたし、台本の書き換えと新アクションの発想が得られたとかで、
どうもやる気を引き出せたようで喜ばれた。
…しかし、本当にどうしたもんかな、これ。
火星に行くのに、ナデシコが専用Yユニットをつけていたら50~60日で到着できるらしいが、
遺跡の演算ユニットを確保、ボソンジャンプはしないで往復するとして…。
トラブルがなければおおよそ最大120日、4ヶ月。
その間、俺は一切芸能界から切り離されるわけで、この間にブームが落ち着くかどうかだな。
地球はユーチャリスとコスモス、カキツバタ、シャクヤクに任せておけば、
俺の戦力としての価値は下がるだろうし、新しい英雄が生まれるかもしれない。
なら、ブームが落ち着いて、戦況が安定さえすれば俺は徐々にフェードアウトできる…。
…できるかな。
ナデシコは、ユーチャリスに代わって地球を転戦中。
相変わらずの連戦戦勝。
チューリップが複数ない限り、エステバリス隊もほとんど消耗なしで帰ってこれる。
連合軍とも連携がうまくいっていて、いい感じなんだけど…。
………戦闘が終了して移動中、僕は思いっきり居心地が悪い想いをしていた。
なんでかっていうと…。
「艦長、テンカワ君とはまだキスもしてないの?
そんな臆病なテンカワ君のどこがいいのよ?」
「ええ?
私はアキトがアキトだから好きなんだよ?」
「…艦長ぉ、それって聞き方によっては、
『ホシノアキト』でもいいって感じになりません?」
「そうですよ、メグミさん。
ユリカさんは珍しくアキトさんとテンカワさんを間違えない人なんですから。
私だって時々間違えちゃうのに、すっごく正確に見分けるんですから」
「へぇ、さっすが幼馴染ねぇ。
色以外も割とそっくりなのに間違えないなんて」
「これは愛の力!
そう、愛の力なの!」
「…あ、あのそれはちょっと。
私、間違えちゃうから愛で負けてるみたいになっちゃうので…」
…僕はユリカ、ユリさん、メグミちゃん、ミナトさんの四人の恋バナに、全く追いついていけてないんだ。
女子ばかりの空間になるとこういう話が増えるのは分かっちゃいたけど…僕が居るのを忘れてないか?
うう、恋心に気づかれもしないでライバル…にもできなかったテンカワの話を聞かされるなんて。
しんどい、離れられない立ち位置だけにしんどいよ…。
…そういえば、本当はこのブリッジはあと二名ほど乗り込む予定だったそうだけど、
予定が変更になったのか、いない。
手が足りないってことはないんだけど、意見を求められる人間が少ないっていうのは、
ちょっとしたトラブルに弱くなりそうだけど。
フクベ提督も、目立たない位置でお茶をすすってるし…。
まあ、大丈夫だろうけどさ。
「そういえばぁ、ユリユリは前よりもちょこちょこ抜けてるわよね。
たまに寝不足になってたり疲れてたりもするし。
やっぱり社長って大変なの?
私、社長秘書の経験あるし、手伝ってあげようか?」
「あっ、その、えっと…。
き、気持ちは嬉しいんですけど…」
「んー?」
ミナトさんが覗き込むと…ユリさんは妙にもじもじしてるな。
どうしたんだろ。
「ち、違うんです、お仕事じゃないんです…。
その、あの…アキトさんと夜過ごすと…。
アキトさん、体力がすごくて…」
ナデシコブリッジの女の子4人は顔を真っ赤にして悶えている。
ユリさんに至ってはちょっと目が潤んでる。
…ルリちゃんやラピスちゃん、ハーリー君が居なくて幸いだったともいうかな、これは…。
「ユーチャリススタッフの訓練の事もあって芸能活動お休みも多くなって、
佐世保で過ごしてることが増えたので…。
最近は奥手だったアキトさんも私をよく誘ってくれて…」
「は、はい…」
…やっぱり、僕とフクベ提督忘れられてる気がする。
僕まで顔が真っ赤になっちゃうな、こんな話を聞くと。
ユリさんの場合、あんまりホシノアキトを悪く言われたくなくて、言ったんだろうけど。
仕事を押し付けてるとか、構ってもらってないとか、そういうの嫌がってるし。
「は、はい…」
「…相変わらず、強烈なのね。
ホシノアキトくんってば…」
「…な、なんかこれはこれでユリさんが心配になってきちゃいますね。
暴力とかなくても身体が持たないんじゃ…」
…そうかもしれないな。
まあ、オペレーターは人数が居るし、PMCマルスも増員してるみたいだし、
なんとか休みが取れればなんとかなるかな。
「ほっほっほ、若いとはいいものだ」
……フクベ提督、あなたまで何を言ってるんですか。
僕とエリナ君は、お昼に頼んだお弁当を食べていた。
当然、質素すぎるレベルではなくそれなりにいいところのお重が届く。
僕たちも忙しすぎてのんびりランチとはいけないからねぇ。
まあ、昔の僕とエリナ君だと食事もとらずにスナックバーの類で誤魔化して、
バリバリ最前線でやって足りない経験を補うしかなかった。
お互いをビジネス上のパートナーとはみなしていたけど、信頼しすぎるのもよくないって思ってたからね。
今はというと、お互いに人生のパートナーになることを決めたので、仲良く昼ご飯だ。
もっとも、話す内容は色気がないけどね。
「むぐ……連合軍は、ひとまずユーチャリスがあるんで満足してるみたいだね。
ナデシコも活躍してるけど、
自軍のグラビティブラスト搭載艦の存在はかなり安心感につながってるらしい」
「もぐもぐ…。
けど、大丈夫かしらね。
何しろオモイカネダッシュを外して、属人的に動かすように直しちゃったけど…」
「ああ、それは大丈夫。
今のところ月攻略の『移動砲台』の用途でしか使わないだろうから。
いざって時は、ディストーションフィールドで盾にもなれる、最強の矛と最強の盾だ」
「けど、柔軟さが激減するとさすがに…」
「あの第三宇宙艦隊の手助けをするとなると、突出しすぎるのはかえって危ない。
むしろ現状の方がいいはずだよ」
僕はお茶でごはんを流し込むと、エリナ君も同じくお茶を飲んだ。
「ま、ラピスとオモイカネダッシュがPMCマルスの特別訓練所を使って、
ユーチャリススタッフを育ててれば今のところは大丈夫だよ。
とにかく、僕らもエステバリスの運用データを再び集めなきゃ」
そう、エステバリス自体は問題がない。
けどここから先の運用データの収集がカギを握る。
何しろ設計図だけじゃ戦闘ができないからね。
特に今回は『エステバリスだけの部隊』が前の世界より圧倒的に多い。
以前は連合軍との仲が悪かっただけに、ナデシコを実験部隊とせざるを得なかったけど、
今回は連合軍からも相当のフィードバックがもらえる。
これだけでもエステバリスが強力になる可能性が出てくる。喜ばしいことだ。
「…そういえば、追加装甲型のブラックサレナが、
ついにロールアウトするわ」
「!!」
「アキト君に送って、また機能検証をする必要がある。
何しろこの世界の技術レベルで作ったものだから少し不安があるし…。
空戦と0G戦フレームのハイブリッドはまだ作れない。
だからこそ試してデータをとらないと」
「だから今は空戦フレームで作ってあるわけだね」
ついにホシノ君も本領発揮というわけだ。
今まではエステバリスの方が追いつかなかったから能力も制限されていたわけだが、
ここからはそういう制限がなくなる。
…ホシノ君の立場を考えるとそこまでする必要もないのかもしれないが、
火星についてからあの北辰が待ち受けているってことになったらと考えると仕方ないな。
とにかく、安全策をとらないと。
「ホシノ君には伝えたのかい?」
「ええ」
「何か言ってたかい?」
「…『色は白にしておいてくれ』って言ってたわ」
「ぶっ!?
…そ、そうかい」
…今のは不意打ちだった。
理由は分かる。
色んな暗い思い出まで思い出したくないんだろう。
今のホシノ君のカラーは白だからね。
ブラックサレナという追加装甲の付いたエステバリスは、
まるで甲冑を着ているようだし、『白い皇子』『白い騎士』…。
まーた女の子にウケそうなあだ名がつきそうだねこりゃ。
「それじゃホワイトサレナって名前にする?」
「…いいじゃない、もう単に『サレナ』で。
可愛くいくなら英語で『リリィ』」
「…そうなると、お嫁さんの名前を期待に付けてることにならないか?」
「いいじゃない、別に。
アキト君は恥ずかしがりそうだけど」
……いや、ブラックサレナもそうっちゃそうなんだけど、
あれは『呪い』の花言葉で名付けたものだし、悪臭を放つ不名誉な花でもあるからね…。
ま、普通にユリの名前がつけばユリ君には喜ばれそうだけども。
「あ、今回は機体性能のアップがイネス博士の合流まで見込めないから、
割り切ってIFSの方の強化をしようって話になったじゃない?
ちょうどいい具合に、ルリの遺伝子操作をした研究者がうちに来てくれたし、
新型IFSパネルインターフェースと、処理システムの更新をしたの。
この間、アキト君にも軽く合わせてもらったわ」
エリナ君は僕が色々と遠出しなければいけなかった時、
ブラックサレナに追加する新IFSシステムのテストをしたらしい。
確かにIFSの反応速度は神経伝達速度とほぼ同等だが、
本人の無意識部分の反射神経は使わないようになってる。
そこまで使おうとすると、IFS機器を操っている間に動くことが出来なくなるか、IFSから手が離れてしまう。
ただホシノ君の場合、そこまでしないと恐らくエステバリスをフルには使えない。
何しろエステバリスの反応速度が『遅い』と言い出すんだからね。
最低限でも未来のエステバリスカスタムでなければおっつかない。
そこで、本人の無意識部分と戦術パターンをある程度プログラムに書きだして、
利用するためのシステムを構築した。
元々こういうことは可能ではあったんだが、そこまで必要とするパイロットが少なかったからね。
未来のエステバリスカスタムほどではないけど、反応速度だけは匹敵するものを手に入れる。
それでぎりぎりこの時代の技術で作ったブラックサレナが、辛うじてホシノ君の要求に応えることが出来る。
…はぁ、情けないことに現在のネルガルじゃこれが精いっぱいだ。
あとはウリバタケ君に預けてチューニングしてもらうしかないだろう。
リミッターを切るというのも選択肢としてはあったけど、
そのたびに毎回エステバリスをおしゃかにするのは無理があるからね。
「あとはアキト君が受け取る段階の手前くらいで塗装開始、
こっちから佐世保に飛んで帰らせればいいでしょうね。
何しろ計算上、マッハ2で飛べるからバッテリーの持ちから言っても間に合うはずよ」
「…それ、ラピスが耐えられたら芸能界に出る時、往復に使いかねないよね」
「…や、やりかねないわ、ラピスの場合」
「…一応、ユーチャリスに来てもらおうか」
ラピスは時々無理するからな…。
これくらい大丈夫、ちょっと我慢すればいい、とか言い出しかねない。
成長期の子供には明らかに負担だ。我慢できるかどうかの話じゃない。
…あまり強力な手段を持たせるのも考え物だね、本当に。
「それと『世紀末の魔術師』の宝塚公演、一週間後に迫るそうね。
もちろんチケットは確保したわ」
「…一枚?僕の分は?」
「見たかったの?」
「…いや、いいよ」
……ちょっとだけ誘ってもらえるかと期待していた自分に気づいてしまった。
い、いいや、エリナ君が楽しんで来たらいい。
ネルガルもこれから忙しくなるしね。
いいんだ、いいんだ……。
「冗談よ、ほら」
エリナ君は手をすっとずらすと、二枚目のチケットを見せた。
考えてみれば、僕たちくらいになるとむしろ招待状が届くのが普通か…。
……エリナ君のいじわる。
…俺はこの女子高のごとき訓練所で辟易していた。
PMCマルスに入社したユーチャリスの新スタッフたちは、本当に目が輝いていた。
声はでかいし、動きは激しいし、目の保養というにはあまりに精神が削れる。
昨日は初入社とあって、アキトは無理矢理本社に帰還して、
入社のオリエンテーションに奔走し、そして歓迎会では料理を作りまくり、
生で『世紀末の魔術師』姿を披露して、とかなり疲弊して今日も出かけて行った。
とはいえ、今日は半分休養でルリちゃんとラピスちゃんと一緒に宝塚観劇らしいけどな。
しかしユーチャリスは連合軍に貸し出してレンタル料をとった方が割に合いそうなもんだが…。
どうも戦艦が一つもないと勢力としてはかなり弱くなる可能性が高いから避けているらしいな。
うーん、かえって危険視されそうではあるが、それはそれでわかるな。
「…さつき先輩、ホントにアキト様ってユリさん一筋なんですか?
一晩くらい、相手してもらったりとか…」
「だってぇ~~~~」
「だってぇ~~~~」
…なーに考えてんだよ、この子たちは。
そうそうそんなことあるわけないだろう。
むしろそれが本当だったらもうこの半年くらいでスキャンダルがぼんぼんでるだろうに。
…まあアキトの場合、ユリさんの手に余るくらいの体力の持ち主らしいってのは、
最近、ちょくちょく普段とは違う疲れ方をしてるユリさんの姿を見ればわかるが…。
……アキトのやつが本当に気の多いやつだったら本当にどうなってたやら…。
「期待するのは勝手だけど、迫ったりしちゃダメよ。
今のところ、狙っていいのはラピスちゃんくらいのものなんだから」
「え?ラピスちゃんは例外なんですか?」
「…ラピスちゃん周りのことだけは割とこの週刊誌の情報が正確なのよ。
さすがに関係はまだ持ってないらしいんだけど…。
ラピスちゃん、ファンに警戒させるために自分で写真や情報をリークしてるみたいだから。
ほらアキト隊長は週刊誌読まないじゃない?ユリさんは忙しすぎるし。
だからある程度流しても気づかれないわけね」
……ラピスちゃんはいったい何してんだよ、本当に。
まあ、唾つけとくくらいの感覚で居るんだろうが、後々困らないか?
ファンに警戒されるどころか、かえって期待を持たせてる可能性があると思うが。
…いや、ちょっと困らせるつもりくらいありそうだよな、あの子の場合。
「それにラピスちゃんは、ユリさんの妹ってだけじゃなくて、
昔アキト隊長が大けがした時にリハビリを手伝ったり、色々と絆が深いの。
この辺のところはプライベートだから詳しく話せないけど、
アキト隊長は本当に一途でプラトニックな人だから、
あんまり誘惑したり、疑わないであげてよ」
「「「「「はぁ~~~~い……」」」」」
ようやっと、誤解を解いたようで、しょぼくれながら新スタッフの女の子たちは離れていった。
…まあ、アキトは意外と女性と付き合った回数の多い気の多いやつではあるけど、
その都度、トラブルに見舞われたり悲しんだり苦しんだりしたのがありあり分かるからな…。
新スタッフにはこれくらいでいいんだろうな、いろいろと。
…しかし、この新スタッフの子たち、結構能力が高そうな子ばっかりだな。素直だし。
もうちょっと素直じゃない子や、妬みひがみをしてる子が居てもいいもんだが…。
どうやってスタッフを選定したんだ?
ユリさんと社員の女の子たちは…。
重子は寝苦しそうに布団に寝そべっていた。
レオナが冷えた濡れタオルを額にのせて様子を見ている。
「重子~。
本当に大丈夫?」
「うん…ちょっと能力を使い過ぎちゃっただけだから…」
「能力って…占いでしょ?」
「占いは占いで色々消耗するの…。
…はぁ、本当は宝塚観劇行きたかったなぁ」
「いつもアキト様とラピスちゃん、ルリちゃんと一緒に行動してるから罰があたったのよう」
「そーかもね…。
でも、占いのおかげでばっちりいい子ばっかり来てくれたみたいで、
一安心だわ」
「……本当に外部に出せないわよね。
PMCマルスの人事の決め手が占いだなんて」
「勝っちゃいいのよ、勝ちゃね」
重子はサムズアップを力強く掲げると、そのまま眠りについた。
「それでは、ぜひともお願い致します」
「ありがとうございます。
もし交渉が失敗したら必ずお返しいたしますので、
交渉の成功を祈って下さいませ」
アクア嬢と、この老舗大手ソフトウェア会社の若き社長ががっちりと握手をした。
俺はちょっとした変装をして、偽名でアクア嬢のマネージャーをしている。
作戦によると、これも下準備なんだが…。
…これで何社目だ?
ざっと数えただけでもすで100にも及ぶ企業から出資金を募っている…。
この出資金を集める名目は『映画の製作費』そして『ホシノアキトのギャランティ』だ。
どうやらアクア嬢は、
『映画の撮影、もしくは交渉を装ってホシノアキトに接近、暗殺』という計画を立てているらしい。
暗殺の手順はまだ聞かされてはいないが…。
映画を本当に撮影するつもりで下準備から始めるってのは、妙なやり方だな。
堂々と接触できる口実を作るだけにしてはオーバーだ。
…まさかこのアーパー女、失敗したら普通に映画を撮影するつもりじゃねぇか?
そうしたら俺が爆弾のスイッチを押してやるか。
一個くらい、爆弾の数が増えたって気づきゃしないだろうよ、このバカは。
…しかし、ホシノアキトと交渉する前に、資金を集められるというのは正直驚いた。
末席とはいえクリムゾンの血を引いているだけのことはあるらしく、
クリムゾンの名前を出しているとはいえ、きっかり出資金を集まることに成功した。
結果として、400億という映画製作費としては飛びぬけた額を手に入れた。
これは映画の製作費としては一位二位を争う額だ。大法螺吹いてるくせにやり手だ。
…まあ、ホシノアキトはどんな手段をとったとしても映画には出ないだろうが、俺にも筋道は見えた。
『映画の交渉を名目にホシノアキトとアクア嬢が正面から接触、
そのまま爆破する、もしくはテロリストの襲撃を装い爆殺、
一緒に居ることで所在を確認、かつ動きを封じ、
爆弾で吹っ飛ぶことで、確実に命を奪う』
ホシノアキトは、まだ社交界にデビューしていないアクア嬢の事は知らんだろう。
危険度もなければ、殺意もほとんどないアーパーなアクア嬢は、接近しても警戒されない。
ましてや、映画製作のためのお誘いくらいじゃ気付かれもしないだろう。
そこでドカン。
本来は一番得をするクリムゾンが疑われることになるが、
アクア嬢を巻き込んだとあっては、一度捜査上から外れるだろう。
…待てよ?
アクア嬢は普段の素行が素行なので、一緒に吹き飛んだとしても、自害ととられる可能性すらある。
遺書が書かれていたら、それもかなり信ぴょう性が高くなる。
証言者もたくさんいるだろう。
……どのみち、アクア嬢が自爆したところでクリムゾン爺には批難は届きづらいな。
思ったより狡猾なのか、このアクア嬢は。
「テツヤさぁん?
それじゃ肝心の映画監督をスカウトしに行きますわ。
今回はテツヤさんの交渉術は必要ないので、二日ほどお休みになって下さい」
「あ、ああ。
しかしお嬢…。
ここまで状況を整える必要はあるのか?」
「嫌ですわ、私はうぬぼれていないだけですわ。
…死に損なったら、クリムゾン家から追い出されちゃうんですよ?
せめてその場合の行き先くらいは、確保したいんです」
……いや、やっぱりただのアーパーだ。
世間知らずなだけだ。
クリムゾン家を追い出されたとして、映画で食ってくつもりなのか?
だがホシノアキトはどうやってもうなずくことはないだろう。
他人の心をおもんばかるとか、読んで操るとか、
そういうことが出来る人間じゃないな、アクア嬢。
自分の都合で金を出させて、
自分の都合で次の職業を決めて、
自分の都合で映画に出させようとする。
そんな態度が丸出しで、人を動かせるもんかよ。
まず、少なくとも表面上協力してるように見せるってのが、人を騙す条件だ。
そして最後の最後で、そそのかす、突き落とす。
この場合、ホシノアキトのスカウトに失敗しておじゃんだ。
…一応、クリムゾンの爺にはこのことを伝えておくが、『捨て置け』で終わりだろうな。
ったく、この三か月くらい、ずいぶん時間を無駄にしちまったな。
…ま、死んだら盛大に手向けの記事でも書いてやる。
せいぜい派手に吹っ飛んで悲劇のヒロインになるがいいさ、バカが。
う…う……。
ずいぶん深酒してしまったようだ…。
…前回映画を撮ったのはいつのころだったろうか。
私はチャンスに恵まれても、肝心なところで自分の趣味を出し過ぎて小ヒットどまりの、
話題作はどうやっても作れないダメ監督だという自覚はある…。
……しかし、そんな私に、映画製作のスカウトに来る少女が居るという。
あのクリムゾングループの孫娘、まだ10代の少女、アクア・クリムゾンが…。
そろそろ時間だというのに、酒が抜けない。
人生最後のチャンスかもしれないというのに…体が…。
「お邪魔しますわ、クリス・マリン様」
「!?」
突如、鍵をかけ忘れていたドアを開けて、アクア嬢が入ってきた。
まだ時間にはなっていないようだが!?
「…お酒臭いですわ。
少し時間をつぶしてからもう一度来ます。
外出の準備をして、待っていてくださいな」
「あ、ああ…」
少し険しい顔をしたものの、酒臭さなどどうでもよさそうに、アクア嬢は一度出て行った。
……こんな姿を見ても幻滅する様子もなく、もう一度来ると言ってくれたのが、とてもうれしかった。
私は飛び起きて、顔を洗って、水を大量に飲んで、くたびれたシャツを適当にアイロンがけして、
部屋を飛び出た。
そうすると、アクア嬢はすぐ来るのが分かっていたかのように、外で待っていてくれた。
…なんなんだ、この娘は。
私のような才能の枯渇した映画監督に、何を期待しているというのだ…?
「せっかくですから、お昼をご馳走しますわ。
そこのカフェで」
「す、すまない」
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
「──というわけで、あなたにホシノアキトの映画をとってほしいんです」
私は食べていたパンケーキを皿に落としてしまった。
ここまで、映画監督としてスカウトされるということで、色々と条件と現状についての話を聞いていた。
製作費は破格の4億ドル…しかしこれはホシノアキトに交渉をする際に使い切ってしまうかもしれないらしい。
確かに彼の名声はこのアメリカでも特別だ。
地球を救うきっかけを作った男であると共に、世界最高のエンターテイナー。
彼を映画俳優として使うことが出来れば、どんな下手な映画監督や脚本家でも成功が約束されているが、
肝心の本人が演技が下手で、時間をあまり割けないということもあって、映画俳優の仕事は断っている。
…しかしなぜ私をそんな大物に当てるのか、理解が出来なかった。
アクア嬢は大粒の涙をこぼしながら、私の目の前に一枚のディスクケースを差し出した。
これは私が監督した、もうどこのレンタルショップにも置いてないほどのマイナー映画…。
『時計仕掛けの世界』
…二人の愛する男女が死に別れ、
生き残った女は男の事が忘れられず、時を巻き戻す懐中時計を手に入れると、
それを使って何度も男を救おうと努力するものの、結局はうまくいかず、
男と楽しい時間を過ごし、そして巻き戻すのを繰り返すことしかできない。
最終的に、何度も男が死ぬことに耐えきれなくなった女は、男に懐中時計の事を話し、
時計を破壊して時を進めて先に進もうと二人は決断するが、
女は男の今わの際に、ナイフを取り出して自害して心中を図るが、できない。
男は涙を流す女の懐中時計を手にすると、今度は男が時を巻き戻し…。
懐中時計を知る前の、付き合い始めたばかりのころに戻り、
男は女とともに出会った場所で語り合い、女の手に手錠をかけると、
爆弾を起爆させ、愛の言葉とともに二人は風に消える…。
女を悲しませまいとする男の愛情が、女の人生を奪って終わる物語だ。
私としては、もう二度と見たくないレベルの失敗作だと思っていた。
けど、この作品をここまで愛してここに来てくれた、この子…。
…応えないわけにはいかない。
なら、私のすべてをぶつけた物を見せないといけない。
私は肌身離さず持っている、一つの文庫本のサイズのメモ帳を手渡した。
それなりに分厚いメモ帳だ。
「…アクア嬢、これを」
「これは…」
「私がこの先行きの見えない生活の中、
ずっと考えていた映画のアイディアだよ。
あなたの期待に応えられるかは分からないが、
私のすべてをぶつけたつもりだ」
アクア嬢は、それを聞くと返事もせずにただひたすらに読み込んだ。
私は一時間ほどかけてそのメモ帳を読むアクア嬢から目が離せなかった。
時に驚き、時に笑い、時に涙を流し…。
最後の結末まで目を通すと、アクア嬢は震えながら私を見つめた。
「…よかった、そう言ってくれると」
「でも…」
「でも…?」
「…ひょっとしたら、この映画、撮れないかもしれません。
ホシノアキトと交渉が難航したりすると、ちょっと…」
「…そうか」
…そんなおいしい話があるわけないか。
それはそうだ、彼は日本の芸能界のスターであって、交渉がうまくいくとは限らない。
特にPMCマルスの経営と掛け持ちとあっては、映画撮影などできはしないだろう。
だが、このアクア嬢と出会えただけでも私はずいぶん満足してしまった…。
ここまで食い入るように私の作品を見てくれた人は初めてだった。
映画プロデューサーは私の話に頷きもしてくれない人が多かったからなぁ…。
せいぜい、自分のところの俳優を売り出したくて無理矢理私を使うだけだった。
ここまで言ってくれる人に出会えたというだけで、私は…。
「…あの、クリス様?」
「何だい、アクア様」
「も、もし出演許可が取れたらその…映画を撮る、条件みたいなの、
言ってもよろしいですか?」
「かまわない。
私も一世一代のチャンスにかける。
…正直、もう二度と映画を撮るチャンスなんてないと思っていた。
貯金が尽きたら通販の配送センターでアルバイトするくらいしかないと思っていたよ」
「では…そ、そのお恥ずかしいのですが…。
私と……け、結婚していただけませんか?」
アクア嬢は何を言っているんだ!?
突然現れたと思ったら映画監督としてスカウトされ、
映画を撮る条件が結婚!?
い、意味が分からないぞ!?
「あ、あの順を追って説明しますと…。
…今、私は恋を追いかけてます。
叶うか分からない、ちょっと悲しい恋を…。
その恋にあきらめがついたら、
身を固めないと適当なところに嫁に出されちゃいますの。
そんなの嫌なんです。
…滑り止めに使われるのが嫌だったら断って下さいませ。
でもあなたの事は本当に好きなんです。
…内面的には、あなたが一番好きです。
あんな素敵な映画を撮る方、中々会えません。
でも今している恋も、諦めきれないんです…」
「…君もクリムゾンの孫娘だと大変なんだね。
恋をひとつするにも、何をするにも」
……しかし私はもうすぐ50歳になるというのに、こんな若い娘と結婚か。
映画を撮るための条件としては極端だし、あまり感心できないが…。
…私としてはここまで作品を好きで居てくれる子と一緒に居る人生というのは悪くない。
もっとも、仮にホシノアキトの映画を撮れても次があるとは限らないから、
結婚してもアクア嬢に苦労を掛けるかもしれないし、あまりいい傾向ではないんだろうけど。
「はい…」
「…分かった、確約できないことが多そうだし、
その条件を飲もう。
君もかなり覚悟をしているようだし…。
アクア嬢の言い方からすると、いろいろと事情がややこしい様子だし、
私も最後のチャンスをつかむのだから、これは呑み込むべきだろう。
……それに結婚するという条件にしても離婚してはいけないわけではないだろう。
一緒に生活しないと、お互いそりが合うかどうかは分からないんだ。
しかし私も若いお嬢様相手というのは、かなり苦労しそうだが、酒浸りよりはましだ。
「はい!
ぜひお願いしますわ、クリス様!!
あ、それとこれマル秘資料なんですけど、部外秘でお願いします。
ウチで調べ上げたホシノアキト関係の資料です。
お話づくりにぜひ生かしてくださいませ!」
アクア嬢の差し出した分厚い資料は…。
世間で言われてるPMCマルス関係の噂の、裏付けと真相に当たる部分だった。
早速、この人達のバックグラウンドをもとに話を作ってみよう!
この映画は、22世紀を席捲するかもしれん!
20世紀の映画界の神話となった、あの宇宙時代劇のように!
やってやる!!やってやるぞ!!
──私は今日、女神にでも出会ったような気分になった。
可愛くて天真爛漫なわりに、ちょっと後ろめたそうに話す、
思い込みの激しい、若い女神に…。
さて、こちらの武器も渡したことですし…。
交渉もばっちり成功しましたわ。
テツヤさんを連れてこなくて良かった。
ちょっとこじれそうな話ですもの。
盗聴器も、調査員も巻いたし、肝心なところは聞かれないように工夫しましたし…。
これで私の本来の目的通り『ホシノアキト様と心中』が果たされたら、それでよし。
もし失敗しても『ホシノアキト様を主人公にした映画』が撮れる。
…ホシノアキト様関係の資料を見れば見るほど失敗する確率が増して行くばかり。
だったら、少なくともあとの事くらいはちゃんと詰めておかないと損です。
初恋の人を滑り止めにしてしまうのはちょっと後ろめたいですけど、
死に損なっても私とおじい様が損しないようにするくらいはいいでしょう。
それに心中が成功したら、本当に悲劇のヒロインになれちゃいますし。うふふ。
結婚を約束した相手が居るのに、別の人を追いかけて死に別れちゃうなんて、ロマンチック。
ホシノアキト様に映画出演を断らせない方法は考えてありますし、
その状況に追い込んで差し上げるくらいはやってみましょう。
少なくともおじい様には害が及ばぬのは確かですし。
…最後の詰めは、彼らが本当に私に協力してくれるかどうかですわね。
今度はテツヤさんを呼ばないと。
彼らとの交渉は命懸けになりますわ。
何しろ加害者が被害者に交渉に行く形になるのですから…。
私は温かい日差しを受けて、けだるく体を起こした。
朝食を食べて、すぐにひと眠りして、もう昼…。
時間をムダにしてる気はするんだけど…心地よくてもう…。
「ふぁぁ~~~…。
なんとも退屈ねぇ…自由を満喫できるようになったのはいいけど…」
「ああ、何かするにもな…目的がないな…」
「でもD、あなただけは…」
「言うな、エル。
俺たちが自由になれたのが奇跡的なんだ。
本格的に改造された俺だけがあと3年持たないってのは仕方のないことだ。
…こうやって、地上で心地の良い日差しを、人並みに受けられる幸せを甘受しよう」
「…うん」
…私はDの言葉に小さくうなずくことしかできなかった。
私達はクローンとして『製造』され、遺伝子操作で強化された、強い兵士を作るための実験体…。
ちょうど今世間を騒がせているホシノアキトとほとんど境遇は同じらしい。
ホシノアキトがクローンかは知らないんだけど。
私達はホシノアキトのおかげで解放されたと言ってもいいんだけど…。
──ミスマル提督はホシノアキトを改造した研究所を突き止めるため、大規模な調査を行った。
それに伴って、私達の研究所は摘発され、私達は救出され、一時は国に保護されることになった。
けど、その後が問題だった。
保護こそしたものの、その後の面倒は見てくれない。
戸籍がないので戸籍くらいはくれたけど、一般常識に欠けている私達はなんの仕事に就くでもなく…。
こうしてただ、月々振り込まれる生活保護費を浪費して、
クリムゾンが罪滅ぼしに建ててくれたちょっとしたアパートで余生を送ることしかできなかった。
…クリムゾンを起訴するのは、いささか躊躇われた。
というのは救出した国は私達のことを黙殺するか、公表するかで躊躇ったからだ。
国がクリムゾンに気を使ったというのもあるが、人権問題が噴き出してる現在では誰かが責任を問われる。
しかも改造人間であるということはともかく、クローンという境遇を世間に知らしめてしまえば、
マスコミのおもちゃにされてしまうか、人権団体にダシにされてしまうか、最悪また研究施設入り…。
私達も結局国が黙殺することに同調した。
貧しくてもわずかでも自由になれる環境の方がよっぽど欲しいと思ったから…。
…私達の体はもうボロボロだったけど、治療を続ければかろうじて10年か20年くらいの時間があった。
身体の20%くらいは機械に置き換えられてて、戻しようがないから仕方ないけど、時間がそれなりにある。
何かを成すには短いけど、穏やかな日常を送れるくらいには、残ってる。
あと1年遅れていたらもう持たなかったそうだけど…。
でもDだけは例外だった。
Dは体を本格的に改造されてしまって、体内に試作の相転移エンジンがある。
身体の80%が機械になってしまい、私達以上に頻繁なメンテナンスが必要で…。
挙句に3年持たないって…。
「ぐず…」
「泣くな、エル。
せっかく自由になれたんだから」
「…泣くのも私の自由でしょ?」
「…そうだな」
せっかく自由になれた…。
人間としていろんなものが欠けていても、かろうじて穏やかに過ごせるなら、悪くない。
幸せって、こういうものなんだろうから…。
「そういえば、ジェイは?」
「また図書館に行ってるわよ」
「カエンは?」
「いつも通り部屋にこもってネット配信で映画の見放題」
「…インはまだソロでキャンプにでてるのか?」
「…一か月くらい続いてるわよね、
メンテナンスの日くらいしか戻ってこないし、
ちょっと心配だわ」
他の二人は割と近所だからまだいいんだけど、インは放っとくと倒れてるかもしれないのよね…。
そんなに遠くの山じゃないけど、月に一度くらいは顔を見せるからまだ…。
ま、大丈夫だとは思うんだけど。
「あ、誰かしら…。
回覧板?」
「俺が行こう」
「…D、私が行くわよ。
あんまり急に動かないで。
床が抜けるわ」
「む…すまん」
…Dはもともと巨体なのに加えて、かなり特殊な金属で機械部分を作られてるから、
体重が300キロ超えてるのよね…。
いつも庭の方から外出せざるを得ないことが多いのよ…。
「はい」
「こんにちわ、アクア・クリムゾンですわ」
何考えてるのよこの子!?
よりにもよって、私達を改造したクリムゾングループの孫娘が…!!
「…わざわざ殺されにきたの?
恨みが積もりに積もってる私達に顔を見せるなんて」
「殺すつもりはないんでしょう?
あなた達、寿命がいくらもないのに刑務所に入るの?」
「…ちっ」
私は舌打ちをせざるを得なかった。
この場でアクアクリムゾンを殺したとして、クリムゾンの報復がある。
うまく隠したとしてもバレる可能性はゼロじゃない…。
殺すくらいなら、まだ帰したほうが私達のためになるとは思うけど…。
後ろに居る男も、かなり裏の世界で過ごした方に見える。
…なにかろくでもないことが待ってそうだし、帰すのが吉ね。
「私達はもう穏やかに余生を過ごすつもりなのよ。
今更クリムゾンの世話にはならないわ」
「あら、それは残念ね。
ちょっとしたお仕事の話を持ってきたつもりなのに」
「…仕事?」
「あなた達、生活保護でちょっと不自由しているんでなくて?
それに仕事もなくて生きる目的を見失っているって聞いてるわ。
ま、何にしても自由と時間はあっても、
『自由に何かをするためのお金』はないじゃない?」
「…余計なお世話よ。
そんなに言うなら慰謝料でもくれればいいじゃない」
「クリムゾンも今はそんなに余裕がないのよ、ホシノアキト様のせいでね。
まあまあ、お話くらい聞いてくれてもいいんじゃないかしら?
一応全員呼び出してくれると助かるわ」
「…はぁ、仕方ないわね。
インが山から戻るのに一時間はかかるから、
上がって待ちなさいよ。
うちは貧乏なんだからお茶は出ないわよ」
「結構ですわ。
ちゃんと持ってきてますから」
…アクアクリムゾンは人数分の飲み物を持ってきていた。
それも持ち運び用のティーポットで…。
よ、用意がいいというか意外と気が利くのね…。
アクア嬢は、揃った元クリムゾンの戦闘員研究施設の実験体の連中を目の当りにして、なおニコニコしている。
…このアクア嬢はどうも『悲劇に見舞われた人間』が大好物らしい。
だからこそこの連中に声をかけたんだろうが…、
このセンス、やはり悪趣味だ。俺ほどじゃないが。
元々入れ込んでいたホシノアキトも過去が明らかになるにつれて、さらにお気に入りになったらしいな。
それはともかくとして、クリムゾン内部でもかなり隠されているこの実験体たちを突き止め、
しかも引き入れようとしている手腕は、目的はともかく中々のもんだな。
……しかし本気で映画を撮る準備をしてるのは、ちょっといただけないが、
クリムゾン爺の命令でなかったとするにはこれくらい必要というのはまあ筋が通ってはいるが。
「…はぁ、それじゃホシノアキトを暗殺する手伝いをしろと?」
「ええ」
「失敗したら、本当に映画を撮るから俳優になってほしいってか?」
「はい」
「「「「はぁ…」」」」
実験体の5人のうち4人は呆れてため息を吐いているな。
そりゃそうだろう、いくらなんでも暗殺に加担させたかと思ったら、
それが失敗したら映画に出ろって…支離滅裂にもほどがあるだろう。
そもそも暗殺に失敗するというのは、暗殺未遂で追われる可能性が出てくる。
クリムゾンで受けられる、元研究者の治療もカットされかねない。
犯罪者になるか、俳優になるか。
普通は両方断るか、俳優だろう。
…いや、一人だけ尋常じゃない食いつきを見せてるのは何なんだ。
「あのな、アクアさん。
俺たちゃ、色々あんたらの会社で散々な目に遭ってきたんだ。
平和で幸せなここに居られるだけで満足なんだよ。
時間があれば本だってたくさん読める。
刑務所に行く可能性のあることをさせるなよ」
「…そうだ。
確かに貧しいし、趣味の買い物だってしづらいのは辛いが…。
毎日、自然を満喫させてもらってるし、
あの薄暗い研究所に押し込まれるよりずっといい」
「ああ、これ以上を望もうとして台無しにするよりずっといい」
「…お願いだからそっとしておいてくれない?」
ほぼ交渉は決裂したも同然だな。
一人は食いつきがいいが、一人じゃ覆すこともできんだろう。
「そうかしら?
あなた達、本当にそれでいいと思ってるの?」
アクア嬢は挑発するように彼らを見据えた。
彼らも少しぴくっと表情が硬くなったな…。
…なんだ?アクア嬢は妙に的確に挑発するな…。
俺だったらこんな風に真正面からやるのはリスクがでかすぎるし、
相手を動かせない確率も高くなるから避けるところだが…。
それとも何か、シンパシーでも感じてるのか?アクア嬢は。
「確かに好きなことをしていれれば、気は晴れるでしょうけど、なにも手に入らない。
満たされてるけど、何かできないかってくすぶってる間の苦しさのなかで、
時間だけが過ぎ去って、何にもなれないで朽ちて死んでいくのはつまらないって思わない?」
「それは…」
「バカなことをして死んだんだって笑われても、
自分の存在を見せつけて、やりたいことを押し通して、
誰かの心に刻み付けるような死に方をしたいとは思わないの?」
──今度は、大男の方が顔を上げた。
大男だけじゃない、全体の空気が少しずつ変わっている…。
な、なんだ?アクア嬢、こいつらから何を見抜いたんだ?
「ホシノアキト様を殺すことが出来たら…。
あなた達は確かに非難されるでしょう。
でもそれ以上に世の中や、あなた達を保護した連中は後悔するでしょうね。
『なんでもっと人体実験について非難しなかったんだ』
『どうしてもっと戦争のための人体実験の被害者を助けようとしなかったんだ』
『なんでもっと彼らを知ろうとしなかったんだ』
ってね…たとえ、方法がテロだったとしても、あなた達の境遇を知れば知るほど、
理解は進むし、自分たちの行動の未熟さを振り返らずにはいられないでしょう。
ホシノアキト様はある意味では異常なのよ、もっと世間を責め立てていい立場のはずなのに。
優しくて優しくて、誰も傷つけたくない人。
でもその優しさのために、あなた達は世界に見向きもされずに消えていこうとしているのよ。
…とにかくホシノアキト様を殺すために動けば、
あなた達を見た人達は…何かを考える機会を与えることになるわ。
偽善なり独善なり、諸説が立ちあがり、議論の機会を与える。
そしてあなた達の名前は、顔は、きっと永久に残る。
何も残せない、何かになることもできないあなた達が…。
ホシノアキト様はそれほどまでに価値のある英雄でしょう?」
「そんな、そんなこと…」
なるほどな…。
クリムゾンそのものじゃなく、世界そのものに復讐させようとしているのか、アクア嬢は。
加害者の関係者がぬけぬけというのはすこし調子が良すぎるとは思うが、
クリムゾンがこんな計画に手を染めた理由は戦争の絶えない世の中のせいと言えるだろう。
だが『ホシノアキトが人体実験を黙殺させようとしている』というのは少しオーバーだ。
あいつのおかげでむしろ人体実験は非難されやすくなってる。
とはいえ、確かに奴が死ねば、奴を起点に戦争を生き延びようとしている世界全体が激震する。
そう考えるとアクア嬢は『ホシノアキトを踏み台にして世界に復讐せよ』と言っているわけだ。
…中々スケールがでかいな。
まあ、英雄そのものの価値が堕とせないってのは俺だったらちょっと物足りないが。
確かにホシノアキトを奪うというのは、世界への反逆といっていいだろう。
誰からも愛され、世界を救うかもしれない、ホシノアキトを殺す…。
しかもそれをやるのは、境遇の近い、改造人間たちだ。
世界中パニックになるのはもちろん、
マスコミ・メディアの動きがどうなるか想像するだけで愉快だ。
俺も身近でこのやり取りを見て記事を書いたら、さぞ楽しいだろうよ。
世の中に夢を見て、平和を手に入れた、この性格の穏やかな連中が…。
なんの不自由もないような、アクア嬢にそそのかされて世界へ反逆する逆徒に堕ちる。
これを映画にしただけでも結構ウケるんじゃねぇか。
…空気が変わってきたな。
人のよさそうな連中だが、クローニングで作られ、親もオリジナルも分からないこいつらの事だ。
人体実験を受け続けたせいもあって、かなり歪んだ部分を持ってる。
あと一押しで、頷くだろうな。
女だけはそれを否定しようとしているが内心ではその意味が分かっているようだ。
見たところ、寿命の短いらしい大男のことを、かなり気にかけてる様子だしな。
「…やらせてくれ、アクア」
「凶悪犯罪者として歴史に名を刻むのも、
フィルムに姿を焼き付けるのも、本望だ。
歴史に消えない傷跡を残せるかもしれないって、面白いじゃねぇか。
それに映画に残るってのは、永久に生き続けるってことなんだよ。
失敗しても生き残れたら俺も映画に出れるわけだ。
稀代の英雄、ホシノアキトの映画だったらどんな駄作だって残るはずだ。
ま、殺す予定だったホシノアキトに便乗する形になるってのは気に食わないが…。
…すまねぇ、みんな。
俺は一人でもついてくつもりだぜ」
「カエン、あなた…」
「…俺も付き合う」
「エル、俺は寿命も残り三年もないと分かってるんだ。
俺はせめて俺という人間が生きていたことを、見せつけて死んでいきたい。
…たとえ汚名でも、俺は…」
…意外に人をそそのかすのが得意だな、アクア嬢。
Dってこの大男は必要がなければ動かないタイプに見えたが、意外と直情的なところがあるようだな。
「…Dがそういうんなら、私も付き合うわよ」
「…すまないな」
「いいわよ。
私達、一蓮托生だもの。
それに失敗したら映画に残れるんでしょう?
一生の思い出になるわ、きっと。
…あなたの映画を何度も、何度も見てあげるわよ…」
女まで涙ぐんで頷いた。
おセンチだな、ったく。
暗殺しに行くの分かってんのか、こいつらは。
「それじゃ俺も手伝うかな。
生まれて初めての一世一代の仕事になるし、付き合ってやるよ」
「…わかった、俺だけ残るわけにもいかんだろう」
…な、なんなんだこいつら。
二人が乗り気になったら次々と…。
妙に結びつきが強い…家族みたいなもんだからだろうが…。
「ちょっと待って」
エルは手を挙げて全員を一度抑えるかのように注意を促そうとしている。
…そうだな、これだけは確認しなければならんことだがあるだろう。
暗殺未遂の罪をどうやって隠すのか、だ。
「失敗した場合…暗殺未遂を起こして無事ですませる方法が本当にあるの?
成功した場合は、証拠隠滅で私達も処分されるのは、まあ、その…しょうがないけど」
エルの言葉に、残りの四人も頷いている。
この点については、ホシノアキトの命と引き換えなら死ぬ覚悟があるが、
そうでない場合は映画を撮って元の生活に戻りたい、ってことだろう。
…そんなおいしい話、あるわけないんだが。
どうするつもりだ、アクア嬢。
「ありますわ。
しかも、ちゃんと成功例のあるのが一つ。
…安心していいですわ」
「…信じるわよ。
そうじゃなかったら脱獄して自爆覚悟で殺しに行くんだから」
「それは楽しみですわね」
…アクア嬢、いい根性してるよな。
「ああ、それと…。
暗殺が成功した場合でも、あなた達の戦いぶりはネットに流してあげます。
そういう仕組みを作っておきました。
瞬く間に広がるでしょうね。
英雄の最後、そしてそれを殺した暗殺者のサイボーグ…。
ふふ、想像するだけで楽しくなくて?」
カエンがにっと笑ったな。
…どれだけ削除されても永久にコピーされ続け、蔓延し続けるってことだな、この映像は。
まるで『呪いのビデオ』だな。
「それじゃ、正式に契約書を交わしましょう。
よく読んで、納得した上で署名して」
改造人間五人はそれぞれ契約書の内容を確認するとそれぞれ署名した。
…アルファベット一文字の署名ってのはどうにも間が抜けてはいるが。
とにかく、正式に…アクア嬢が作った映画製作会社『アクア・シネマ』の社員として、
この五人が入社することになったわけだ。
すでに一通り、映画関係のスタッフは集めてあるらしいが…。
…まあ、こいつらならホシノアキトを殺せる可能性がだいぶ増すな。
こいつら、D以外は基本『半生』で、メンテなしでも一年くらいは何とかなるらしい。
もっとも80%のサイボーグであるDほどは強くないという問題もあるにはあるが、
それでも残りの四人は20%のサイボーグ、人工筋肉への置き換えや特殊能力は残ってる。
元々の肉体の方も、遺伝子操作で相当強くなってるのはあるらしいからな。
実験でボロボロだったのも、この数か月でだいぶ治っているそうで体力的な問題も少ない。
ホシノアキトは確かに強いが、あくまで人間だ。
サイボーグ相手じゃ身が持つまい。
エステバリスを持ち出せない状態に追い込んでボコボコにするなら、勝機はあるだろう。
クリムゾン爺もこいつらを持ち出すのは考えはしたものの、
自分からの命令だと勘付かれる可能性があるからと避けていたところがあったな。
…まあ、孫娘が自分から一緒に殺されることで報復目的と見せるという手段を取るなんて、
誰が想像するかってんだよな。
それに失敗した場合の『暗殺未遂を隠す方法がある』ってのは出まかせだろう。
そんな実例は一つも存在していないし、あったとしてもアクア嬢は知らんはずだ。
あるとしても、アクア嬢の考えたやり方だったら絶対に失敗するだろう。
どのみち、アクア嬢は死ぬさだめからは逃れられん。
…それにしちゃ妙に周到に映画を作る準備をしてみせたが、クリムゾン本体にダメージがないなら何でもいいだろう。
ったく、付き合ってられん。
俺とアカツキは佐世保県知事に呼び出され、表彰された。
なんでも長崎県、特に佐世保周辺の観光客が倍増…いや10倍以上になったのは、
俺とPMCマルスのおかげだというので、感謝の気持ちを表したいと、
県知事、市長、そのほかもろもろ…すごいお偉いさんに囲まれて、表彰された。
いつもちやほやしてもらってるけど、ここ佐世保が地元の人たちは本当にすごい。
そのおかげであんまりうろうろできないっていう弊害があるくらいだ…。
…いかんな、これ成人式出る時、大変なんじゃないか。
祝辞まで言わされかねないぞ、これは…。
結局ナデシコに乗ってた頃は佐世保が地元とはとても言えなかったし、
成人式出るなんてのも意識したことがなかったけど、そういう事態もあり得るわけだな…。
…もしかして荒れた新成人をストップさせることまでさせられるか?
か、勘弁してくれ…。
「いや、ホシノ君。
相変わらずの評判だねえ」
「…アカツキ、あんまりからかうなよ。
参ってるんだから」
アカツキの車に乗り込んで、ようやく避難が出来るような状況だ。
…まいった、本当に。
「ま、なんだ。
ここまで目立っちゃ、君を暗殺しようってやつも出づらくなってるわけだし…。
悪いことだけじゃないだろ?」
「そりゃそうだが…」
「我慢してやれよ。
今の君はPMCマルスの会長で、ユリ君の旦那だ。
世のため人のため家庭円満のためにも、世間様にはいい面しとけって。
そうすりゃそのうちコックの仕事で生きるのだってなんとかなるだろう」
…大人になりたくなくなるな、とほほ。
もう精神年齢は24歳だけどさ。
「そういえば、ユリ君とラピスはどうしたんだい?
てっきり今日は表彰式に出席すると思ってたんだけど」
「ああ、ユーチャリススタッフの訓練をしてもらってるよ。
新スタッフはまだ練度がそれほど高くないわけだし、一日もムダにできない。
出来のいい子ばかりで、そんなに心配することでもないんだけどな」
ユーチャリス新スタッフの子たちはみんな素直で、能力は高い。
だけど、素人ではある。
だからこそみっちりと残りの一ヶ月半、鍛える必要がある。
本来はそれでも不足だけど、今の調子なら何とか間に合いそうだ。
意外なことにムネタケがしっかりさつきちゃんたちや新スタッフと連携できている。
これだけでもだいぶ心配が減ってる。
ユーチャリススタッフの研修に伴い、ナデシコは正規ナデシコクルーだけで回して、
オペレーターもルリちゃんとハーリー君だけで済むように調整、
二人を休ませるときにユリちゃんとラピスが入る形になってる。
…これでほぼ盤石にもっていけるだろうな。
「ん?
…もしもし、ユリちゃん?」
「ど、どうしたの!?
ただ事じゃなさそうだけど…」
『そ、それが…』
──俺はユリちゃんの言葉を聞いて耳を疑った。
まさかこのタイミングで仕掛けてくるとは…。
それもこんな悪辣な方法で…ナオさんが居たにも関わらず、こんなことを…!
俺はこの時、気が付かなかった。
これから立ち向かうべき罠は、狡猾で、間抜けで、とんでもない連中が仕掛けたものだった。
……そしてすべてを変えてしまう、時限爆弾のスイッチが入ってしまったんだ。
一見すると順風満帆なホシノアキトとPMCマルス。
しかし、ついに牙をむくアクアクリムゾン。
そしてブーステッドマンの参戦。
彼らは果たしてホシノアキトにどう対抗するのか!?
そして本当に映画を撮るつもりなのか、アクア!!
ちなみにナデシコはまだ戦闘中で、手を借りるどころじゃないぞ!!
ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!
これについてはユリさんからコメントがあります。
「これだけ状況が整っているにも関わらず、キスの一つもできない方が悪いです。
アキトさんのナデシコ時代の状況に比べれば雲泥の差なのに、文句言われる筋合いないです、マジで」
プライバシーより、恋の進行を手助けしているのに進まない方に問題があるという考えだそうです。
…確かに元々ナデシコ内って微妙にプライバシーが守られてなかったけど。
アキト自身がかなり『家族』に飢えてる節があるのもありますが、
明確にルリの兄貴になった結果、こういう立場になりやすくなってます。
昔に比べると結構密接な関係が結べてるのでほのぼのした空気になりやすくていいですね。
テンカワのほうは、今一歩足りなくて関われないという悲しみ。テレビ版同様の不幸。
ウリバタケさんはアマチュアレース、草レースの経験があって、
ピット作業だったり緊急時の備え、注文の厳密さ、指示の確認に気を使うように言ったようですね。
信管をオンオフにするかどうかって、確かに軍に居ないとわからんですけどw
これについてはウリバタケさんからコメントがあります。
ホシノアキト君の場合長考する余地があったり、慣れてることへの判断力はあるのですが、
微妙に対人関係での不器用さ、世間知らずさが増してる感じですねー。
特に慣れてないことに対して頭の回転が鈍っている印象です。
…かといってテンカワ君の方がコミュニケーション能力高いかどうかは微妙ですけど。
この作品書きながらDの単語を調べまくって、適したものを配置してましたが、
あまりにアクアクリムゾン向けの言葉すぎて使いたくなってしまいましたw
よう、カエンだ。
このあたりで出てくるってのは意外だったか?
だけどな、俺たちはホシノアキトのせいでサイボーグとして半端なまんま放り出されたんだ。
あいつを爆弾なり炎なりで真っ黒こげにしねぇとおさまらねぇんだよ!!
もっとも、映画俳優への道ってのもやっぱり捨てがたいけどなぁ…。
どっちか我慢しなきゃいけねぇのがつれぇわ。
そろそろナデシコ二次創作なのか、「時の流れに」の二次創作(ナデシコ三次創作)なのか、
微妙に分からなくなってきた(もともと)、なんでも盛り込む系ナデシコ二次創作、
をみんなで見やがれーーーーっ!!
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代理人の感想
まあアクア様相変わらずというか・・・あかんなあw
映画監督にプロポーズしたのはさすがに吹いたけどw
>(…まさかあのアクアに期待しなければならない状況になるとは思わなんだ)
この時点でもう詰んでると思う(真顔)
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