…ラピスが爆弾月の首輪をつけられてすでに40分が経過しています。
アキトさんを呼んだのはいいんですが、佐世保シーサイドホールからここまでそれなりに距離があるので、
その間、食事をとって待っていました。
そしてもう少し時間がかかりそうなので、整備班長のシーラさんにラピスの首輪を見てもらってます。
簡易スキャナーで透視して構造をしっかり確認してもらってますが、その表情は優れません。
「うーん…こりゃウリバタケさんでもお手上げかもしれないよ。
構造がちょっと意地悪すぎる」
「…駄目そうですか?」
「うん、これ特定の衛星から発信される暗号通信しか受け付けてくれないみたい。
しかもあまりしつこく別の通信機器からアタックを仕掛けると、爆発するかも。
それに物理的な破壊も難しいの。
この首輪、それほどきつくないけど温度感知と脈拍感知が途切れたらすぐ爆発する仕組みだと思う。
もちろんこじ開けようとしても同じだよ。
衝撃にはそれなりに強くしてあるみたいだけど、ラピスちゃんのほうが危ないし。
…プログラムの方をハッキングして解析しようにも、
特定の衛星を介さないと、爆発する可能性が高い。
さらにこの首輪はシンプルな受信オンリーの構造だから、プロテクトもやたら頑丈になってる。
一番意地悪なところは、この受信機に使われてるCPU、かなり性能が低いの。
だから解析さえできればあっさり解除できるけど、
反面ハッキングして操ろうとすると性能が足りなくてうっかりすると爆発するかも…」
……それは意地の悪い構造ですね、本当に。
つまり爆弾解体の方向性で行くと、その場で爆発。
しかも取り外さなかったとしても、ラピスの心臓が停止…死ななかったとしても、
わずかでも停止する、もしくは極端に体温が下がっても危ないということですね。
そうなると、簡易的に冷却、凍結する方法も危険になります。
「ごめんね、ラピスちゃん…」
「…うん、大丈夫。
まだ死ぬと決まったわけじゃないし」
…ラピスは気丈にふるまってはいますが、かなり緊張しているのが分かります。
アキトさんをどれだけ信じていようと、迫る死への恐怖をすべて消し去ることはできないでしょう。
それに自分が死ねばアキトさんがどうなるか分かっているから…。
「ラピス…お前…何でそんな馬鹿なことを…」
「…ごめんね、アキト。
でもアキトの一番大事なユリを守りたくて…」
「大事な人に一番も二番もないよ、ラピス。
…こんなことは二度とするな」
「全くだよ。
君みたいなかわいい子を死なせたとあったら僕らだって、
自分が情けなくて立ち直れなくなっちゃうさ」
「分かってるよぉ、もぉ。
さっきユリにも怒られたんだから。二度としないよ。
…でも助けてくれるんでしょ、アキト」
「…ああ、大丈夫だ。
任せておいてくれ」
ようやく二人が到着してくれました。
…ただ、のんきに表彰式に出てたっていう事実はちょっとむかつきます。
いえ、二人のせいじゃないんですけど。
「ん?
な、ナオさんからです!?
ビデオ通話とハンズフリーで流します!」
『お、ユリさんか?
よう、アキト。
戻ったか』
「な、ナオさん!?そんな重傷を!?」
『参ったぜ、歯がほとんど立たなかった…。
能力が同じだったらまず負けなかった自信はあるが、
あいつらまともじゃない』
「ナオさん、今は話していては…」
ナオさんは病院の集中治療室に居ながらも、私達に端末から通話を入れてくれました。
まだ治療は続いているようですが、無理を言って通話してくれているようです。
『バカ言わないでくれ、ユリさん。
俺は、この中で唯一正確にあいつらの実力と能力を話せる。
俺と互角のアキトが、俺と同じ目に遭うかもしれないってのに、
黙ってられるかよ』
……本当にこの人が居てくれて良かった。
アキトさんはこれで、わずかですが勝率が上がります。
あの三人を倒せるかどうかは未知数ですが、この情報があれば対策は取れるでしょう。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
それから私達は、ナオさんとできるだけ詳しく事の次第を話しました。
まず、敵が改造人間であり、炎を操るカエン、体の80%が機械のD、
そして能力不明の女のエルの三人組が居たということを語りました。
「…そりゃちょっと無理難題だな。
炎に対しての対策はちょっと思いつかないし…。
身体の80%がサイボーグ化された相手を倒す方法なんて…」
「…まるっきりターミネーターじゃないか、
眉間に銃弾を浴びてもたじろがないなんて」
…さすがのアキトさんもお手上げ状態のようです。
『けどアキト、お前にはまだ隠してる必殺技が一つや二つじゃないんだろ?
何とかなるんじゃないか?」
「はい。
一応、20%のサイボーグだったら『禁じ手』を使えばかろうじて倒せると思います。
だけどDに対しての対策はないかなと」
…前言撤回です。
相変わらずとんでもないです、アキトさん。
「あ、リョーコちゃんにあげた『高周波ブレード』なら何とかなるかもしれない。
…でもリョーコちゃんナデシコなんだよね」
扱う人によってはエステバリスの腕すら両断するという、あのいわくつきの刀ですか。
あれならDに対抗する手段にはなりえそうですが…。
「…確かにあれなら殺すか、戦意を喪失させることはできるかもしれないね。
できれば殺したくはないんだけどね…」
「むーっ、アキト!
私の命がかかってるんだからそんな弱腰じゃ困るよ!!
相手は人間かもしれないけど8割は機械だよ!!」
「だがラピス…。
俺は人を殺してしまったら、二度と自分の夢を追える自信がなくなる…」
「……。
分かった、アキトの信念なら仕方ないよ。
じゃあ殺さず何とかしてみせて」
…ラピスは自分に爆弾を付けた相手にも情けをかけようとしているアキトさんに不満の様子です。
ラピスは今のアキトさんを昔以上に好いてはいますが、緊急時は殺しもやむなし、と思っている節があります。
この部分については彼女の生き方の問題ではなく、育ちの問題なので仕方ないですが…。
…思えばナデシコ内ですらも、侵入者に対してはやはり厳しくせざるを得なかったので、
そのレベルで考えてみれば、命の危険を進んで請け負ったラピスを責めることはできません。
でもラピスは、『黒い皇子』より今のアキトさんの方が好きなので、強く言えないようですね。
「ごめん、ラピス」
「いいよ。
加減して失敗して後悔するのはアキトだもん。
助けてくれたら文句ないし」
…ラピスはアキトさんを信じてますね、やっぱり。
そしてすべてを語り終わると、ナオさんは通話を切りました。
…無理に話してもらって貴重な証言をしてくれて、助かります。
私達では見たまま伝えても、映像を見せても伝わらないことが多すぎますから。
「とりあえず、炎対策についてはシンプルだけど方法がある。
だけど、アキト会長は一人で行くの?」
「いや、僕も行くよ」
「僕だってホシノ君やナオ君ほどじゃないけど、ちょっとは鍛え込んであるんだよ。
ゴート君にだって勝ち越せるくらいにはなってるさ」
「そんなに鍛えていたのか…。
…すまん、アカツキ。
力を借りていいか」
「水臭いことをいうなよ。
ラピスは僕とエリナ君の娘同然でもあるんだからね」
「アカツキ、ありがと。
でもエリナを泣かしたら許さないんだから」
「ははは、そうだねぇ。
…でもラピスが死んでも同じ事さ」
…これは意外なタッグが結成されましたね。
確かに連合軍の衛兵をあっさり片付けるくらいのアカツキさんなら、アキトさんを助けてくれるでしょう。
二人ならなんとかなるかもしれません。
「じゃあ一刻を争う、早速出発しよう」
「待ってって、耐火対策と武器くらい持っていかないと。
エステバリスを出したり、連合軍や警察を動かすのもアウトなら、
時間をしっかりかけて準備した方がいいって」
シーラ班長の言う通りです。
体術にいくら優れていようと、相手が相手です。
できればパワードスーツの類でも持ち出しておきたいくらいのことです。
…それにナデシコにも戻ってきてもらうようには言ってはありますが、
どうやってもあと一時間はかかります。
追いかける分にはどうにでもなるはずですし。
シーラ班長は、先んじて準備をするために出ていきました。
…私達も準備のため動こうとしましたが…。
!
カエンに渡された端末が鳴りました。
そろそろ戻ったと踏んで連絡を寄越したようです。
私はアキトさんに促されて、端末を渡しました。
同じく、ハンズフリーにして全員に聞こえるようにしてから話し始めました。
「…ホシノアキトだ」
『おお、稀代の英雄さんが直々に出てくれるとはな。
…爆弾の解除装置の場所を知りたいか?』
「お前…何をしたか分かってるのか」
『おおっと?
まさか、
『英雄にたてつくなんて馬鹿な真似をして、命が惜しくないのか』
って言いたいのか?
やれやれ、権力を傘にものをいうとは落ちぶれたもんだねぇ』
…!!
あ、アキトさんの怒りの形相に、ブリッジのみんなが固まっています。
私も初めて見る表情です…。
一時的に『黒い皇子』の姿に戻った時でさえ、ここまで怒りを露わにしませんでした。
アキトさんの中に眠る、感情の強さ、精神の昂ぶりはここまでのものなんですか…!!
『おーおー、怖いねぇ。
…いいのか?
俺が解除器の場所を教えなければ、
そのフランス人形みたいな子を助ける方法がなくなるんだぜ?
ちったぁ下手に出た方がいいんじゃねぇのか?』
「くっ…」
アキトさんも歯噛みして悔しがっています。
この場でカエンが電話を切ってしまったら、ラピスは助からなくなります。
アキトさんも精神的な打撃で立ち直れなくなるか、『黒い皇子』のようになってしまうか…。
…後者のような気がします、今のアキトさんの様子を見ると。
『まぁいいさ。
こっちも主賓には来てもらわないと困るんだからな。
…解除器をもった人物はホテル・ストーン佐世保の最上階に居る。
そこまでたどり着くことが出来れば、お前たちの勝ちだ』
「…その途中に妨害があるわけだな」
『もちろんだ。
こっちも妨害させてもらう。
その道中でお前がくたばったら、同時にラピスラズリも死ぬかもな?』
「ッ!!」
『おっと、怒るな怒るな。
…ついでに絶望的なことを教えてやろうか。
俺たちブーステッドマンは五人いる。
つまり、PMCマルスに訪れた俺たち三人以外にも、
強力なサイボーグがもう二人いる』
あと二人!?
こっちは戦えるのが二人しかいないっていうのに!
ナオさんを圧倒する強さを持つブーステッドマンが五人…。
絶望的ですよ、それじゃ…。
『少しは焦ったか?
…それとも、PMCマルスの解体でもして、ちったぁ媚びてみるか?
まぁ、そんなこと俺たちは望んじゃいないがな』
「お前らの目的は何だ!」
『依頼があったというのが一つ。
俺たちは戦闘訓練は受けたが仕事についてはずぶ素人だ。
だが、クライアントの秘密は厳守するつもりだ。
だが…もう一つ理由がある。
俺たちは実験用の実験動物として、クローンとして生まれた!
暗殺目的、人間の兵器化を目的とした非道な実験の数々を、この身で味わった!!』
…改めてカエンの身の上を聞きましたが…やはり、この手の実験はどこでもやっているんでしょうか。
お父さんの調査で、かなり摘発されたとは聞きますが…。
でも、なんでアキトさんに当たってるような言い方を?
それだったら加害者を恨めば…。
「それは…クリムゾンの仕業か!?」
『お…?
いや、クライアントは伏せると言ったろう。
とにかく、そういうことだ。
それで、だ。
俺たちはお前の身の上を知ったミスマル提督の調査のおかげで、
五体満足とはいかなかったが、かろうじて普通の生活を手に入れた。
確かに一時は感謝すらしていたよ…趣味の映画だって浴びるほど見られた。
…もっとも、普通というにはあまりに貧しい生活だったがな。
それでも結構満足していた…。
だが、ホシノアキト!!
「な、なに…!?」
カエンの文脈が読めない物言いに、
アキトさんは先ほどまでの怒りの表情を収めてしまいました。
呆気にとられるアキトさんを気にせず、カエンは続けて言いました。
『摘発された研究所から保護された実験体は、国に保護された。
確かにあのままずっと囚われ続け、地獄の苦しみを味わうよりはマシだ。
……だがその後の面倒を見る態度は杜撰そのものなんだよ!
年齢の低いガキは幸か不幸か里親に引き取られたが、
俺たちのように成人している年齢の実験体は嫌った!
放っておかれて、生活保護費を振り込まれ、細々と貧しい生活を続けることしかできねぇんだよ!
!!
カエンの、ふり絞るような魂の叫びが、アキトさんの怒りを、完全に打ち砕いた…。
私も彼を否定することが出来ず、ただ絶句してしまいました。
…カエンの過去は、アキトさんに起こった出来事と全く同じことなんです。
ヒサゴプランという、未来への明るい希望を灯す計画…。
地球と木連が手を取り合って、外宇宙への進出を目指すという記念すべき計画でした。
その裏には、A級ジャンパーの100人もの躯が転がっていたんです。
アキトさんがユリカさんを取り戻し、火星の後継者の野望を打ち砕こうとしなければ…。
…もしアキトさんが、テロリストとしてボソンジャンプの裏を暴かなければ、
アキトさんとユリカさん、100人のA級ジャンパーの悲劇は、表に出ませんでした。
声もなく、ただ消えていくだけの…。
仮にアキトさんがテロリストでなく、
被害者として表舞台で彼らの悪事を公表しようとしたらどうなっていたでしょう。
もしかしたら、権力に握りつぶされたかもしれません。
殺されるか、殺されなかったとしても、証拠を上げることが出来ず、
出来たとしても時間がかかりすぎて寿命が尽きたかもしれません。
…火星の後継者側からすればユリカさんのクローンが生きてさえいれば、
アキトさんが死んでから蜂起してもいいわけですし。
そう考えたら、あれ以外に方法はなかったのかもしれませんね…。
……!?
そ、そうなるとアキトさんは…!!
カエンと自分を重ねて、否定することができなかったから…。
アキトさんは自分でも草壁と同じことをしてしまったと、罪悪感に打ちひしがれている!?
「あ…あ……」
『……けっ、何うろたえてやがる。
ちっとでも悪いと思ってんなら、さっさと首でも差し出せよ。
待ってるからな』
「あき……」
私は声を発しようとましたが、アキトさんが崩れ落ちているのを見て、声が出ませんでした。
頭を抱えて、瞳孔が開いている状態で…焦点の合わぬ目をうつろに床に向けています。
「お、れ…は……」
アキトさんの頬に、涙が伝うのが見えました。
アキトさん…!!
「しっかりしろよ、ホシノ君」
「あか…つき…」
アカツキさんが、アキトさんの胸倉を掴んで、睨みつけました。
い、いけない…。
今のアキトさんを、無理に立ち直らせようとしては…かえって危険です。
…私とラピスの時とは状況が違うんです。
だめです、そんなことをしては…!
でも、どうやって止めればいいんですか…なんて声をかければ…。
「…いいか、ホシノ君。
僕を見ろ。
君の目の前にいる男を見ろ。
僕はネルガルを背負う男だ。
何をどうやっても、人を死なせることを生業にしてる男だ。
どんな言い訳をしようとしても、それを変えることはできないだろう。
…それに比べて、君は何だ?
君は、町食堂をしたいだけの男だろ。
それだけじゃなく、誰かを殺すためじゃなく、生かすために戦える男だろ。
君が戦わざるを得なかったのも、英雄ともてはやされるのも、君が望んだことじゃない。
そうしなければならない状況だっただけだろ」
「だ、が…」
「……百歩譲って、自分の行動に責任を持とうとするのはいい。
だが君に責任を被せようとする相手の言いなりになるこたないだろ。
君は意図的に彼らの状況を不利にしたわけじゃない。
こんなことになるなんて、だれが想像できるっていうんだい?
…それに君があいつらが不満を言えない状況を作ったなら、
逆に言えば君ならその状況を壊せるってことでもあるだろう?」
「あ……」
「まだ君も、あいつらも生きてる。
とりあえず…終わってから話し合えばいいんじゃないかい?」
「そう、か……」
「君も頭が固いなぁ、相変わらず」
アキトさんは少しだけ落ち着いて深呼吸をし始めました。
アカツキさんも手を放して腕を組んでアキトさんを待ってます。
…アカツキさん、相変わらず詭弁がうまいですね。
いえ、この場合は正論に近いんですけど。
相手が突き付けたことが正論でも、それを突っ返してはいけない理屈はありません。
何しろアキトさんのせいでカエン達はとりあえず助かったという事実があるわけです。
なら貸し借りで言えばプラマイゼロといってもいいでしょう。
そもそも文句があるならこんな方法を取らないでもアポとって話し合うくらいできます。
忙しくても、人体実験を受けた者同士での話をどうしてもしたいと言われたら、
アキトさんはまず断れません。
ミスマル父さんに文句言いたいと言ってきたとしても断らないでしょう。
…まあ、普通そんなことを正面から頼むという発想がないでしょうけど。
それにアキトさんとカエンには明確な違いがあります。
助ける対象が居るか居ないか。
直接的な加害者に復讐する意識があるかどうか。
カエンは復讐すべき相手を間違えています。
もし復讐するなら実験体にした相手にするべきです。
それに取り戻したい対象がありません。
自分の人権を回復するという点についてはむしろアキトさんに協力を求めるべきです。
どんな企業が相手でも、下手したら勝てます。クリムゾンだろうとネルガルだろうと。
アキトさんがネルガルを許したからと言って、
ほかの実験体が企業を許さないといけないわけじゃありません。
そう考えたら、カエンの主張はすべて本音で本当だとしても、
別の目的でPMCマルス襲撃を起こし、このタイミングでアキトさんに罪をぶつけてきたのかわかります。
あくまで依頼者が居るから始めたことであって、
彼ら個人としてはアキトさんに恨みをぶつける気がないんです。
主張をぶつけたのはアキトさんを揺さぶるため。
アキトさんへの復讐というのは、あくまで主目的じゃないんです。
いえ、あるいはアキトさんを殺して、世間にブーステッドマンの事を広めようとする、
そういうタイプのテロの目的が彼らの動機なのかもしれませんね。
…私もアキトさんも、まんまと騙されそうになってましたね。
アカツキさんが居て良かったです、本当に。
もし居なかったら、アキトさんは再起不能になっていたかもしれません。
こんな調子じゃ戦って死ぬか、
生き残ったとしても間に合わずラピスが死んで、精神を壊してしまったかもしれなかったです。
暗い未来しかないですね…。
…う、ラピスが冷ややかに私とアキトさんを見てます。
ちょっと呆れられてますね…。
「…すまん、なんとか持ち直した」
「よし、じゃあさっさと準備しよう。
…ん?ラピス?
どうしたんだい?」
「あのね、アキト。
分かるよ、アキトの性格的に気にすると思うよ?
でも……私の命がかかってるの忘れてない?」
「あっ、いやっ、そんなことない、ぞ…?」
「…アカツキに言われてなかったら、立ち直れてなかったでしょ?」
「う、うう…」
……アキトさん、うろたえてたとはいえ、ラピスを助ける意識がすっとんでいたようですね。
これはアキトさんが悪いです。
カエンが巧みだったというのはあるにしても、
ラピスが命を懸けて進んで私を助けようと身を挺したことを忘れていたような態度です。
相手に罪を覆い被させられても、それでもラピスを助けたい、と胸を張らなかったのはラピスがかわいそうです。
…ラピス、かなり目が据わってますね。
「……いいよ、許してあげるよ。
でもこのまんまじゃ、生きて帰れそうにないから、
気合入れてあげる…ねっ!」
ラピスの渾身の平手打ちが、アキトさんの頬に紅葉マークを刻みました。
…生まれて初めてアキトさんにブチ切れたようです。
あ、アキトさんが半泣きで土下座してます。
これはフォローできません。
妻であるからこそフォローできません。妹が不憫ですから。
でもどんなことがあってもラピスはアキトさんを嫌いになることはないでしょうから、
放っておきましょう。
アキトさんのこんな情けない姿、久しぶりに見た気がします。
…ま、ひとまず大丈夫そうなんで、いいですけど。
私とヨーコのバカンスはまだ続いていた。
蓄えは結構あるし、まだ何ヶ月か滞在してても全然問題ないのよね。
ラピスちゃんから呼ばれる可能性もあるし、このあたりでとどまってればいいし…。
うーん、それとも別荘でも買おうかしらね。
こっちで滞在してる間はここに泊ってればいいし、いない間はアキト君の会社の保養地にしてもいいじゃない。
WIN-WINの関係で居られるし、アリね。
「マリア、何呆けてんの」
「ううん、ちょっと別荘買っちゃおうかなって」
「豪気ねぇ」
端末が鳴り響いて、私はラピスちゃんからの着信だと気づいた。
「もしもし、眼上よ」
『あ?眼上?
ちょっとお願いがあるんだけど…』
私はラピスちゃんの急なお願いに驚いてしまった。
映画出演?そんな面白そうなこと、どうして相談してくれなかったのかと聞くと、
まだアキトが難色示してるから、ロケハンして様子を見たいってことらしい、と説明され、
テレビ局にも協力を要請するように、と言われた。
すべて私はOKして、電話を切る前にちょっと気になったことを聞いてみた。
「ラピスちゃん、ちょっと声が低いけど風邪?」
『う、うん。
私、声変わりみたいで』
「あら、成長期よねぇ。
分かったわ、それじゃあまた後で」
…私は端末を切ると強烈な眠気に襲われた。
うーん、ちょっとワイン飲み過ぎたかしら。
「ふぁぁ…ちょっと早いけど眠くなっちゃったわね。
寝ましょうか」
「そーねー…。
くあぁぁ…」
「…ええ、ちゃんと眼上プロデューサーに連絡したわよ。
あの端末をくすねて、ラピスラズリの声真似で。
ちゃんと騙されてくれたみたい」
『結構ですわ。
それじゃ…先んじて佐世保に乗り入れさせていたスタッフと、
あなた達で仕上げをお願いします。
上手に追い込んでくださいませ』
「ええ。
それじゃ中継で見ていて頂戴」
私は端末を切って、ため息をはいた。
…こんなバカげたやり方に付き合うことになるなんて思わなかったわ。
まあ…馬鹿げてはいるけど、証拠隠滅や事故を狙うならこの方がいいとも思うけど…。
……まさかこんな方法で犯罪を隠すつもりなんて、バカの天才よね。
眼上プロデューサーの宿泊してるホテルのワインすべてに睡眠導入剤を入れて、
この後には連絡が出来ないように仕組んで…変な周到さがあるわよね。
「エル、ジェイ達は配置についたのか?」
「ええ。
私たちの能力はあなたが居ないと使えないんだから、
ホシノアキト達の進撃と共に移動しないといけないわ。
…最も、戦力の小出しをしないといけないのは癪だけど」
「いや、大丈夫だろう。
カエンとやりあったナオの性能を見れば、明らかにホシノアキト一人では太刀打ちできないのが分かる。
あの二人以上の戦闘力を持つ人間はPMCマルスにはいないようだしな」
「彼らだって半端な準備で来ないと思うけど…」
「いや、良い。
どのみち、アクアは『ホシノアキトとの心中』が目的だ。
俺達はホシノアキトをほどほどに消耗させたら撤退してもいいんだ。
できれば到達するまでに殺すのが好ましいが、締めをする二人に任せてやりたい」
…Dはあくまでカエンの気持ちを汲んであげるつもりなのね。
ま、いいわ。
私たちがうっかり殺してしまっても、事故扱いで処理できる。
そうでなくても、ちゃんと目的通り依頼通り、ホシノアキトは死ぬ。
…別に損な話じゃないわ。
「それじゃあ…一世一代の花火を上げに行きましょうか?」
私たちは、ジェイのいるポイントに車を走らせた。
「…おい、ホシノ君、大丈夫か」
「だ、大丈夫だ…立ち直ってはいるから…」
……俺は自分の頬の紅葉マークが消えていることをサイドミラーで確認すると、
おにぎりを食べ始めた…とりあえずある程度食べないとな。
しかしこの『黒い皇子』時代の戦闘服を着ているのにこんなに情けない顔をする羽目になるとは…。
アカツキに運転してもらって、俺達は指定されたホテル跡地に向かっている。
……それにしても、ラピスはまだ怒ってるかな。
ちょっと能天気になってるっていうか、精神的に弱ってるところがある自覚はあったが、
あんな風になっちゃうとは自分でも思わなかった。
でも怒るのも仕方ないよな。
カエンたちの境遇は、俺やユリちゃん、ルリちゃん、ラピスと変わらない。
…だからこそ共感してしまったけど、同じく辛い生き方をしたラピスが死ぬかもしれないのに、
あんな風にうろたえて、助けられないくらいふさぎこんでしまうなんて、不覚にもほどがある。
ラピスにも良い人生を歩く権利がある。
…少なくとも、こんなところで無くなっていい命じゃない。
俺とアカツキが助けるんだ。
…そして俺たちはあの後、カエンの炎対策、そのほか装備を車に乗せ…。
とはいえ、ほとんどの弾薬はゴム弾などの非殺傷の弾であるため、あまり頼りにならない。
ナデシコが戻らないのでリョーコちゃんの高周波ブレードはまだ受け取れないし…。
ウリバタケさんがなにか秘密兵器を貸してくれるのも今のところは期待できない。
シーラちゃんはウリバタケさんほど攻撃的なことは好まないので、武器はなかったし。
アカツキの方も同様で、武器の類はほとんど持ってない。むしろゴム弾の拳銃を貸してやったくらいだ。
ゴートさんやプロスさんの増援も期待できない。
何しろ、会長代理をしているエリナががら空きになりすぎると行けないので警護中だ。
…そういう観点から言っても、
俺たちの最大の武器は俺の持つ『未来から持ち込まれたレーザーブラスター』一丁。
しかも残弾はたった10発分。
あとの基本装備はナイフが三本。俺が二本でアカツキが一本。
ゴム弾もあるにはあるが、あまり堂々と振り回せないのでカートリッジは各々三本だけ。
あ、それとこの間、夏祭りの乱闘で奪ったスチールトンファーもあるが、やや心もとないな…。
手りゅう弾の一つもあればだいぶ違うんだが、生憎スモークグレネードとスタングレネードしかない。
…うーん、ウリバタケさん製の『世紀末の魔術師の睡眠弾』だけでもあればだいぶ楽なんだが。
あいつらも20%のサイボーグならそれなりに効くと思うから。
ゴム弾のショットガンは威力はあるが取り回しが悪いので却下。
一応シーラちゃんが準備した予備の武器もあるが、あまり使えそうなものはないな…。
「しかし今一つあいつらの目的がわからん…。
俺を殺すだけなら帰り際に五人で襲い掛かられたらアウトだったぞ」
「だよねぇ…。
依頼者から何か条件がついているみたいだけど、
不可解なことが多いね、たしかに」
ブーステッドマンの身体能力から言って、俺たち二人がかりでも各個撃破が限度だ。
…しかし、戦力の逐次投入なんてマヌケなことをする相手とは思えん。
いや、ユリちゃんに爆弾を付けようとしたあたり、結構趣味的なやり方な気はするんだが。
あれはカエンの趣味だろうか。
…なにか嫌な予感がし続けているのは気のせいだろうか。
「…おいおい、なんか人通りが多くないか?
立ち止まって見てる人も多いし、写真撮られてるぞ?
ホシノ君、変装甘いんじゃないか?」
「いや、そんなはずは…。
お前が目立ってるんじゃないか?
表彰式の直後だし…」
…変だな、このあたりはあまり人が通らないんだが。
ん?また通行止めか?
なんか今日は多いな…何回か遠回りさせられてるんだが。
「ストーップストーップ!
…おにいさーん、帽子とサングラスとってもらえませんか?」
「は?なにかあったんすか?」
俺は警備員の人に呼び止められて、誘導されると思ったけど、
なにか警察の検問みたいなことを言われて、眉をひそめてしまった。
「いえ、ちょっと…ホシノアキトさんですか?
それだけ教えてもらえればいいんですが」
「えっ?はい」
「そうですか…そりゃぁ…」
俺とアカツキの乗った車は、警備員の人に抱えられて、持ちあがった!!
アカツキがアクセルを踏み込んでしまい、
な、なんだぁ!?こ、こいつはまさか!!
俺たちが車から飛び降りると同時に、警備員は車を投げ飛ばした!!
軽自動車は10メートルも転がり、ドアはひしゃげ、取れてしまった。
なんて怪力だ!!こいつは…。
警備員は服を脱ぎ捨てると、タンクトップ一枚に、隆々の筋肉を露わにした。
そしてその所々が人体の色ではなく、特殊な人工皮膚と思しき不自然な色をしている。
背中に背負ったメタリックな機械が、首の根元にチューブのように刺さっている!
やはりこいつが、ブーステッドマン!!
俺たちはどこから集まってきたのか、とんでもない人数のギャラリーの歓声に驚いた。
いや、よく見ればテレビの見慣れたカメラマンの人も結構いるぞ!?名前も覚えてる人ばっかりだ!!
こ、これは!!
「さーて、ホシノアキト、あんたはどこまで抵抗できる?
これはあんたの主演映画のロケハンでやるんだからな、注目の的だぜ!」
「聞いてるだろうに、何とぼけてんだよ」
え、映画出演…!?
ま、まさか…俺を暗殺するのは目立って大変だから、
映画のロケハンと偽って、事故死扱いで始末するつもりか!?
だ、だが…眼上さんやラピス、重子ちゃんの経由なしにテレビ局が動くか!?
「……ホシノ君、マジなのかい」
「…バカだって自覚はあったんですね、ラピス」
私はアキトを追跡しているドローンの映像を確認した頭を抱えて絶叫した。
…どこの誰だか分からないけど、
どうやら私がピースランドでルリを助けるために取った作戦を真似されたらしい。
周囲のマスコミたちは私も見慣れた人ばっかり。
完全にこれロケハンだと思い込んでるよ!
あのジェイっていうサイボーグの言うことを信じるなら、だけど…。
もしかしてアキトの映画デビューで特番とか組んでるんじゃないの?!
状況の追い込み方は天龍兄弟のそれに近いところもあるけど…。
こうやって堂々と撮影をされてしまうと、これを命を懸けたバトルとは思われない。
もしアキトやアカツキが死んだとしても、事故扱いで処理されてしまう。
……まさかこんな方法をとってくるなんて!!
「眼上に連絡…ッ!?
「ら、ラピス!落ち着いて!!
私からストップかけても大丈夫でしょう?」
「…つ、つながりません。
ね、寝てるみたいです」
『…すみません、さっき端末を水没させちゃって』
ユリはアキトのマネージャーをしていたこともあるけど、
今は現場を離れてて責任者扱いじゃない。
何より、ユリの電話番号に登録してあるのはプロデューサーの番号で、
このレベルの撮影を止めるとなると私の電話に登録してるさらに上の権限の人じゃないと…。
かといってハッキングで止めるわけにはいかないし…。
現地に行って止めるにも、私達じゃ止められたら突破できないから危険すぎるし…。
……私、人生最大のピンチを自分で呼んじゃったみたい。
ああ…アキト…せめてアキトだけは無事でいて…。
と、とにかく、何とか状況をちょっとでも良くしないと!!
ナデシコがもう少しで戻るし、何とかしないと!!
「ら、ラピス。
アキトさんはアカツキさんもいますし、すぐにどうってことはないはずです。
水を飲んで落ち着いて…」
「う、うん…」
いいアイディアも、慌ててたら出ないもんね…。
冷静に、冷静に…。
ううう…でも焦っちゃうよぉ、こんなの初めてだよぉ…。
はぁ、激務だわ。
エステバリス関係の書類だけでも大仕事だし、ナデシコ級戦艦の部品の納入、
明日香インダストリーとの提携にかかわる承認も山ほどあるのに、あの極楽トンボは!!!
わざわざ佐世保に行って表彰式出ることないじゃないの!!
…ま、いいわ。
帰ったら思いっきりサービスしてもらっちゃうから。
「か、会長…でなくてエリナさん!」
「どうしたのよ、顔真っ青にして」
「そ、それが…。
会長が、サイボーグと戦ってます!!」
「………は?」
会長室に入ってきた、若いシークレットサービスの発言に私は首を傾げた。
…サイボーグ?荒唐無稽で突拍子もない言葉。
何で?サイボーグと戦うような事って、何が起こってるわけ?
…そういえばさっきナガレ君からメールが入ってたけど忙しくてスルーしてたわ…見てみましょうか。
『ホシノ君不在の時にサイボーグの襲撃があった。
ラピスに爆弾付きの首輪をプレゼントしてくれたんで、
解除機を取りに行かなきゃいけなくなってね。
いやぁ、参ったよ。
本当はゴートとプロスも呼びたかったんだけど間に合わないから、
ホシノ君と二人で行ってくる。
心配しないでいいから』
…!?ら、ラピスが!?
いえ、ラピスもだけど…何で大事な事なのにメール!?
こういうことはちゃんと連絡しなさいよ!?
「エリナさん、これを!」
シークレットサービスがテレビをつけると、ナガレ君が大男と戦ってる様子が見える…。
「ホシノアキトさんの映画のロケハンって言ってますが、これは…」
「…そんな連絡はないし、ナガレ君の連絡があったから、
これは映画のロケハンなんかじゃないわ。
マジにサイボーグと戦ってるのよ、ナガレ君は…」
「な、なぜ!?」
「ラピスを人質に取られてるのよ!!」
思考をめぐらせてみるものの…うかつに中止させるとラピスがどうなるかわからないわ。
…まさかロケハンと銘打って、事故死扱いにするつもりなのかしら。
馬鹿げてる考えよ、本当に。
「え、エリナさん!大変です!」
「何よ!ナガレ君の事ならもう知ってるわよ!!」
「そ、それが………」
「ッ!?」
私は耳を疑った。
もう一人飛び込んできたシークレットサービスの伝えてきたことは…。
な、なんで!?あのプロジェクトは極秘で進んでてセキュリティも…。
さ、最悪の展開じゃない!!
「は、はい!
しかも極秘の格納庫の外壁をぶち破って、
乗って逃走した模様です!!」
シークレットサービスが見せた端末の映像を見ると、
監視カメラが捕らえた映像の一部始終…。
突如ブラックサレナが起動し、天井をぶち破って飛び立つ姿が見えた。
な、なんてこと!?
敵はアキト君とナガレ君を同時に始末しようとしたうえ、
こちらの最強の手札を奪ったっていうの!?
内通者?
いえ、ブラックサレナはあくまでただの試作機扱いで作っていたわ。
まだ相転移エンジンの類も載せてないし、せいぜい一時間も飛べばバッテリーが尽きる…。
GPSでの追跡も容易にできるようになっているし、捕らえられないわけじゃないわ。
「それで!どこに向かったの!!」
「現在、名古屋を超えた模様!
おそらく目指しているのは…九州方面です!!」
「!?それじゃナガレ君とアキト君を…!?」
「わ、わかりませんが、そうかもしれません!!」
「ナデシコの位置は?!
ブラックサレナ相手じゃ、連合軍じゃ止められない!!
ナデシコに対応させないと!!」
「は、はい!今調べます!」
…とはいえナデシコに、ユリカさんたちに人間相手に戦いを挑ませるのは、
少々酷かもしれないわね…。
でもエステバリスの操縦テクニックに長けた人間はそう多くはない。
この時代のパイロットはPMCマルスに鍛えられた連合軍の訓練生くらいだけど…。
けどそそのかされたとして、わざわざ敵対する?
その訓練生たちのレベルではブラックサレナを扱いきれないはずだし。
…一番考えたくないのは木連側の人間が乗り込んでる可能性よね。
北辰達がこの地球に来ているとしたらあり得なくはないけど…。
…それにしてもほとんどフルスロットルじゃない、あのブラックサレナ。
レーダーを見るとマッハ2以上で疾走しているのが分かる。
並の人間じゃ、あの速度に耐えられないはずだけど…。
まさか例のサイボーグの一人がブラックサレナを奪取したっていうの!?
…最悪の最悪じゃない!!
ナガレ君、アキト君、ラピス…!
無事で帰ってきて……!
…やれやれ、こいつは骨が折れるね。
僕とホシノ君は協力してジェイというブーステッドマンと戦ってはいるが…。
このジェイという男は、基本の身体能力はシークレットサービス上位のゴートやプロスすら凌駕している。
問題なのは、彼のとびぬけた『怪力』。組み合ったらアウトだ。
人間サイズのゴリラか熊と対峙していると考えた方がいい。
力はそのままに密度を高めたような怪力だ。
きっとほっぺでもつねろうものなら、食パンみたいにあっさりちぎれてしまうだろう。
背筋、腹筋、腕力が飛びぬけて高く、かつ全身の筋肉が連動した場合はとんでもない力になる。
僕たち二人が乗った軽自動車を軽々と放り投げるほどの怪力だ。
だが…。
「そりゃぁっ!!」
「うわっ!?」
「あ、あっぶな!」
ジェイはホシノ君の戦闘服のマントの端っこをひっつかむと、地上三階ほどの高さに放り投げた。
そこからホシノ君は体を振るとバランスを整えて、軽やかに着地した。
観客たちはその華麗な動きに感心して歓声を上げる。
…この場合、ジェイはホシノ君を引き寄せて首をへし折るのが正解のはずだ。
最も、ホシノ君だったら引き寄せられたら何かしらカウンター技を出して、倍返しすることだろうけど。
予想しないふざけた投げ技を出されて、対応が遅れたんだろう。
…とはいえ、ジェイはホシノ君や僕を積極的に殺そうとはしていないらしい。
僕もさっき横に投げ飛ばされたけど、受け身はあっさりとれるような投げだ。
どういうわけかは分からないが、まさかマスコミに気を使ってるとは思えないんだが…。
それでも、これはこの際、救いだと言っていい。
何しろ僕たちは二人がかりで戦っているにも関わらずあしらわれているんだから。
ホシノ君も本気でやってはいるだろうけど、身体能力の差を埋めるのが一苦労というところなんだろう。
僕たちも殺気がある攻撃だったら逆によけやすいが、殺意が感じられないんだよねぇ、不思議に。
むしろジェイは僕たちと『格闘ごっこ』というコミュニケーションを楽しんでいるようにすら思える。
とはいえ僕らもジェイを倒して次に行かなきゃいかないんで、ほどほどにしないといけないんだけどね。
あと4人もブーステッドマンが居るって考えるとげんなりするよ、全く。
「…そろそろ決めるぞ、アカツキ」
「決めるって、どうするんだい?」
「見えやすい弱点があるだろ。
あれが恐らくあの怪力の源だ。
重力波の受信装置だ」
僕は表情を険しくしたホシノ君が指さした動力パイプと思しき金属製のホースを見つめた。
…そりゃなんとなく察しちゃいたが、簡単に壊せる強度とも思えないが。
「アカツキ、少し下がれ。
俺が一人でやる」
「大丈夫かい?」
「同士討ちするわけにはいかないだろ」
ホシノ君は両手にナイフを持つと、左手を順手に、右手を逆手に、ナイフを構えた。
…ホシノ君がかつて、北辰の木連式抜刀術に対抗するために月臣くんとともに編み出した、
木連式柔を剣術にアレンジした『テンカワ流小太刀二刀流』の基本の構えだ。
左手のナイフはジャブのように手早く繰り出す。刀であれば首を狙えれば致命傷にできる。
右手はとどめ、もしくは受けに使う。
限られた時間では剣術を覚えるのは難しいと考えて、
武術・格闘術を剣術にアレンジするというのは、大胆な発想だったが、効果はかなり大きかった。
北辰以外の対人戦においては、その独特の剣術を見切れるものはなく、
北辰に対しても互角以上の戦いを繰り広げた。
何しろ月臣くん曰く、
『木連式抜刀術は殺人剣にあらず』
と言わしめるほど、北辰の戦い方は正統派剣道、居合道の類だ。
とはいえかなりえげつない技も隠し持っていたそうだが…。
とにかく、ホシノ君が本気でやるつもりなら、ジェイも対抗してくることだろう。
そこを突くつもりだね。
「おう、刃物を抜けるのか、ホシノアキト!
てっきり世間様の前ではそういうえぐい手は使ってこないと思ったけどな!」
「…サイボーグに言われたくないよ、ったく…」
…全くだよ。
何しろDが金属製の頭蓋骨を持つようにこのジェイも、
恐らくは骨と肉が何かしら弄られているのか、胴回りの防御力がとんでもなく高い。
ジェイに関しては骨格と人工筋肉が特に強化されているんだろう。
突き立てたところで普通の刃物じゃ通らないかもしれない。
だが、狙いは動力パイプだ。
ジェイが両手にグローブをはめ直すと、強く握りしめた拳がアスファルトを粉砕して、
小型のクレーターが出来てしまった!
僕は飛んでくる小石に顔をかばい、目を細めた。
ほ、本気になるとこんな威力があるのかい!?
しかしその素早さは見切れないほどじゃなかった。
ホシノ君はしっかり回避して飛び、逆立ちのように宙を舞い、ジェイの頭上に現れた。
そして体を起こそうとしたジェイの首元に刃を突き立てようとして…。
焦ったようにナイフをジェイの動力パイプに合わせ直し、両手で鋏のように切断した!!
「ぐっ!?
動力がやられた!?」
「宣告通り、切らせてもらったぞ。
…まだやるつもりか?」
「いや、やめとくよ。
…まいった」
ジェイはあっさりと降参を宣言した。
動力パイプを破壊したとはいえ、ずいぶん素直だね。
観客たちは再び沸き立ったが…。
「…いいのか?」
あまりにあっさりとした降参に、ホシノ君は疑問そうにジェイを見つめた。
ジェイは背中に背負った装置をそっと取り外し、切られた動力パイプの接続部を取り外すと、
代わりに蓋を取り付けて、向き直った。
「ああ、俺は別にあんたたちに恨みがあるわけじゃない。
見世物同然でも、自分の能力ってのを一度思いっきり使ってみたかっただけなんだ。
中々満足のいく結果になったぜ。
それに今日は仲間のためでもあるしな」
「…ジェイ、お前って人がいいっていうか…変わってるな…」
ホシノ君は呆れたようにナイフを鞘にしまった。
…どうやらブーステッドマンも一枚岩ではないらしいね。
それぞれ目的があって今回のバカ騒ぎに参加したらしい。
ま、これでラピスを助けられる可能性がほんの少しだけ上がったのは喜ばしいことだね。
「俺の役割はここまでだ。
…ばっちり役割は果たしたしな」
「は?」
ジェイが指さす先には…。
僕たちの乗ってきた軽自動車があった。
完全にフレームから何からボロボロになってて、走行不能だ。
どんな力で投げたんだ、あれ…。
「目的地は、ここから12キロ先だ。
…これからどこで襲われるか分からないのに、
あんたらは自分の荷物を持ってそこまで必死に走らなきゃいけなくなったわけだ」
……完全にやられたね、これは。
僕たちの装備も決して軽くはない。
身に着けている基本装備は少ないが、カエンの対策に持ってきた荷物、そのほかが結構重い。
かといって車を拾うのは他の人を巻き込む可能性が高いのと、
これがテレビ中継されているとすると、僕らが走る姿を撮りたいってんで、
車に乗ろうものならブーイングだろうね。
それで妨害されちゃかなわないが…。
……24時間やってるテレビじゃあるまいし、マラソンしろってかい。
「まあ、そういうわけだ。
せいぜい頑張んな。
俺は高みの見物といくからな」
「「は、ははは…」」
「アキト様ーっ!頑張ってー!」
「ついでにアカツキ会長、頑張ってー!ネルガルの株が落ちるよー!」
……余計なお世話だよ
僕とホシノ君は車の中からボストンバッグを回収すると、不格好に走り出した。
僕たちは沿道に居る、物見遊山の観客たちに手を振りながら、
クソ重たい荷物を背負って走るしかなかった。
………はぁ、誰か飲み物くらいくれないかな。
いや、とぼけてる場合じゃない…。
今はすでに17時21分…。
ジェイとの戦いが結構長引いてしまった。
ラピスの首輪爆弾のタイムリミットはもう7時間もない。
急がないとね。
〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
今回は続きがあるので切のいいところで、ちょっと短めです。
カエンの主張はある意味じゃあってるけど、
何も言わなくても気を使えと言わんばかりの部分もあるし、発想的にはやっぱテロリストですね。
今回はアカツキが同席してたんでうまく丸め込むことができましたが、
居なかったらやっぱ落ち込んで動けなくなるか暴走してたんだろうなぁ…。
それと今まで人を乗せまくってきたラピスが、逆に乗せられ出し抜かれ、泡食ってます。
因果応報?
さらにちょっとおちゃめなブーステッドマンでお送りしました。
…しかし時ナデ版のようにしっかり強くなってないうちに出会うと、
D以外は弱体化しているとはいえ、
腑抜けモードのホシノ君ではあっさりやられてしまうくらい強い!!ってな描写で行ってみました。
ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!
代理人様への返信
【第40話】
>まあアクア様相変わらずというか・・・あかんなあw
今回はテレビ版の『誰でもいいから心中したい』状態の、出たとこ勝負なアクアではなく、
『ホシノアキトにガチ恋』『順を追って計画的に心中を図る』という条件を与えたうえで、
シミュレートした結果ああなりました。
クリムゾン爺の孫娘らしく剛腕っぷりを発揮しつつ、周到に、しかしアクアらしい趣味を含んだ計画となっております。
で、ブーステッドマンの処遇についてはミスマル提督がホシノアキト関係の調査をしたせいで、
D以外はまだマシな状態で助かってて、それがクリムゾン内にも広まった結果、
アクアにスカウトされる事態に…。
さて、次のアクアの一手にご期待ください。
>映画監督にプロポーズしたのはさすがに吹いたけどw
クリムゾン爺の注意を引いてみたいという気持ちと、言いなりになりたいわけではない、
という気持ちがせめぎあった結果、こうなりました。
あれくらいぶっ飛んでるのがアクア嬢らしいかなとw
>>(…まさかあのアクアに期待しなければならない状況になるとは思わなんだ)
>この時点でもう詰んでると思う(真顔)
一応ホシノアキトとネルガルを叩き潰せばなんとかなるところですが(明日香もいるけど)、
アクアに期待した時点である意味終わっちゃってますよね、クリムゾンの命運。
【第41話】
>頭悪いよ(真顔)
初連載から15年かけて頭悪くてゴリゴリ行く系にクラスチェンジしました(バカ
まあ、頭悪くなかったら10年以上たってカムバック決めてこないってことでひとつ…。
>>ボクシング
>ノーガード戦法(爆笑)
よぉし!笑いが取れた!
>捨て身だなあw
捨て身は捨て身ですが、この時のジュンのあわれなところは、
『普段の積み重ねではなく、いきなり突拍子もないことを始める』
『その場の思いつきで戦術を変える(信念がない)』
『怒る相手を間違えている』
『テンカワはなんだかんだきっかけがあってユリカのために強くなろうとしているけど、
ジュンはじつは面倒事引き受けるだけでなんもユリカのためになることをしてない』
…とテレビ版に比べてもさらに情けない事になってます。
でも取り合いで喧嘩売る根性あるし、覚悟もあるんだから方向性間違わなきゃなぁ…。
ナデシコ内で最もまともに見えて、その実根っこは『性格に問題はあっても』な人、ジュン。
彼の今後に、幸あれ。
メグちゃん、しっかりな!
>その前のナオさんVSブーステッドマンの緊張が綺麗に吹き飛んだわwwww
>まあナデシコだよなw
シャレにならない事態が進行しているにも関わらず、おちゃらけていたまま進行する相変わらずのナデシコ。
そして基本的にシャレにならない事件や危険の避雷針となっているPMCマルス。
テレビ版と時ナデ版の展開を平行できるのが今作のメリット(メリットなのか?)。
でもその根源にある、
『シャレにならない事態があるにも関わらずおちゃらけラブコメ』というのは変化なし。
ユリとラピスですらも、それはあんまり変わりなく~。
>つうか教えただけで寸剄打てるとか、実は才能あるのかお前w
わずかにも才能なしに『黒い皇子』になれないかな、と思って入れてみました。
ただ、これについてはホシノアキト君からコメントがあります。
「テンカワはバカだから、
この二週間、毎日何時間もワンインチブローの練習続けてたんだよ。
……ワンインチブローだけを!!」
>>隠居したい
>あれ、バールきれいになってんの?
>なにがあったんだw
これは現在ユーチャリスを預かってるサンシキ艦長です!!
バールは話してた司令官のほうです!!
>>目に消毒液が
>本日の爆笑ポイントその2w
よぉし!(二回目
ぷちゅっ、って擬音でアクシデントでキスしたのかと思わせといて、
顔を消毒していた消毒液の付いた脱脂綿がアキトの目に直撃しましたw
痛いぞ~あれは。
~次回予告~
ジェイだぜ。
今回、惜しくも敗れたけど、あんまし気にしちゃいないさ。
お互いに殺しあうつもりがなかったし、フィナーレはあいつに任せるって約束だったしな。
それにしても、ホシノアキトってやつは妙なやつだよ。
とぼけてると思ったら急に表情が変わるんだ。
あいつも色々あったんだろうなぁ…。
無事に事が済んだら、話し込んでみたいもんだな。
ブーステッドマンの扱いはそれでええんかいと自問自答しながらも、そういうカラーだこの作品は!
俗っぽさが加速する系ナデシコ二次創作、
をみんなで見てくれよっ!
感想代理人プロフィール
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代理人の感想
テロリスト死すべし慈悲はない。
ニンジャスレイヤー=サンなら普通にスレイしてますわw
しかしジェイはさっぱりしてるなあ。
確かに時ナデでもこんな感じでしたがw
>「………しまったぁ!
> こんなバカな方法、私しかやらないと思ってたのに!!」
(爆笑)
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