…私は呆気に取られていた。
謎の機動兵器が猛スピードで佐世保方面に飛び去ったという情報があり、
部下たちに追跡を頼み、これから忙しくなるだろうと思って先に食事をとっていたが…。
その時、なんとアキト君が映画に出るということで、
ロケハンしつつサイボーグと真剣勝負をしている、
というテレビ番組を見かけることになった。
…映画撮影は断り続けていたアキト君が?
不自然じゃないか?
私はそう考え…もしかしたらアキト君は陥れられて、
暗殺されようとしているのではないかという考えに至った。
アキト君が戦っているサイボーグ達は…。
かつて私が命じたアキト君がらみの人体実験の調査。
その時に助けられた実験体のリストに彼らの顔は確かにあった。
だが…その後の事は私も分からん。
なにか目的があってアキト君と戦っているのではないかと、思った。
理由は分からなかったが…。
そんな事を考えていたところで、疲労でダウンしたかと思えばアキト君が激変した。
普段の彼に似合わぬ暴力性と凶暴性をあらわにして戦い始めた。
精神的に退行した後にこの姿になったというのは…一種の精神的な変調のせいだろう。
一時的に過去に経験した状態に戻ってしまったんだろうが…。
……なるほどな。
かつて婚約者を失い、復讐を志したことがあると言っていたが、
…これではユリに合わせる顔がないと思うはずだ。合点がいく。
こんな遠くから見ているだけでも分かる。
あの刃物のような鋭さと、容赦のなさ…。
あのまま大切な人に触れようとすることなどできはしまい。
元々の心根の優しいアキト君のことだ、離れようとするのは間違いないだろう。
…だが、私の脳裏に疑問がよぎった。
あれほどまでに変わり果てたとして、どうやったらまともに戻れる?
狂気すら感じる、あの冷たい笑顔を持った彼を…。
ユリの態度を見るに、元々はあのちょっととぼけたところのある姿のほうが本当の彼なんだろう。
それでもこの状態は、ただの演出や演技とは思えん。
これも彼の一部なんだろう…。
ユリ。
お前はどうやって、夢を、すべてを失った凶暴な復讐鬼を真人間に戻したんだ。
あれほど徹底して敵を痛めつける男を、説得する方法があったのか…?
アキト君の力の源が、憎しみ、そして凶暴性だったとして…。
ユリが命を賭けて説得して、果たして助けることは出来たろうか。
……とても可能には思えんが。
……私はあの二人を信じる。
信じるしか、ないが……。
…しかしアキト君には問わねばならないだろう。
私闘で、私怨で人を殺したことがあるのかどうかを。
あの危険な姿を見れば…人を殺した数は、片手では済まないのが分かってしまう。
軍人といえど、戦闘以外で人を殺す事は許されていない。
捕虜の扱いが定められているのもそのためだ。
戦闘が終わって無防備な人間を撃ってはならない。
確かに、戦争という場においては軍人が憎しみを持っていようが戦えれば構わない。
だが憎悪にとらわれて軍規を忘れて、暴走するような人間は追放せざるを得ない。
…ましてや、虐殺など許していいわけがない。
……ただ、別の疑問が私の脳裏によぎった。
アキト君は…戸籍上の年齢はまだしも、実年齢は下手をすれば中学生以下かもしれん。
テンカワ君よりは少なくとも年下のはずだ。
この短い時間で、技術、思想、そして精神力を養えるだろうか…。
…だが、経験のある人間と脳を入れ替えようにも、拒絶反応の関係で無理だ。
私はこの点について納得して、彼を受け入れたが…。
何かがおかしい。
怪しいのではなく、おかしい。
ホシノアキトという男が、どのように生まれ育ったのか想像がつかない。
婚約者を失い、ユリと恋仲になり、結婚に至った経緯が想像できない。
天才だからではとても済まされないレベルに、すべてが成熟した男…。
…どんな教育を施されても、おそらくは無理だ。
ましてあのような凶暴性とそれに見合わぬ技術を共存させるなどとても…。
知れば知るほど逆に謎が深まっていくな。
…この場の出来事は、恐らく撮影と誤魔化せることだろう。
もっともプロには見抜かれてしまうがな…。
……とにかく納得するところまで話してもらうぞ、アキト君。
俺はDとエルと別れた後、アクア嬢に追い付いて待機していた。
作戦の仕上げは俺とアクア嬢が担当だ。
この出たがりのお嬢さんがいなければ始まらなかった作戦…。
こんなもったいぶったやり方は性に合わないが、思いのほか面白い。
だが…。
ホシノアキト…。
あいつのおかげで俺達は助かり、あいつのせいで俺達は存在を抹消されかけた。
俺はあいつを踏み台にすることでしか自分の存在を証明するすべを持っていない。
俺が叶えたい本来の夢すら、あいつなしには叶わない。
だが、あいつはなんなんだ?
あのホシノアキトをなじるのはかなり小気味よかったが…。
子供じみた性格、人の好さ…俺達が抱えていた心の闇というのを感じなかった。
尊厳を、自由をふみにじられて、人間の複製品として生み出された俺達…。
それに対してホシノアキトは後ろめたい過去を持っていないようにふるまい、
俺達と違って『人間的なまっとうさ』『何年も鍛える必要のある高い技術』を持っている。
おそらくあいつと俺達はそんなに環境も違わないはずなのに…才能の差や人柄の差ではないはず。
ネルガルに鍛えられたとはいえ、IFSの実験体だったバックボーンを持っているとすれば、
身体能力の強化はほとんどされていないと考えるべきだろうが…。
なら、なんだ。何が違うんだ…。
そう思った時、俺はクローンとしての人生で感じた以上の、惨めさを覚えた。
決定的に違うのは境遇でも、出自でもない。
遺伝子だとしたら……救いがない。
天から与えられた遺伝子…コピー元に依存する俺達クローン…。
せめて優れた遺伝子を使っていたのであれば、救いはあっただろうが…。
…何しろ俺達は身元不明の孤児、浮浪児といった実験体の、さらにそのコピーに過ぎない。
そうでなければ、血筋をたどられてあっさり身元が割れる。
そうなってしまってはクリムゾンも終わりだ。
だからこそ、どうでもいい人間のコピーを大量に作って生産して、
実験体として扱いやすい人間を使っていた。
クリムゾンの持っているクローン技術はかなり完成されていたらしい。
かなり手軽に、偶然に頼った孤児の獲得、誘拐などという手間を取らずに、
モルモットとして、手軽な実験体として、俺達は造られた…。
…俺だってわかっている、クリムゾンが悪いと言う事くらい、バカな俺でも分かる。
クリムゾンを、滅ぼしたい。
だが…そうしたらすべてを失うのは必至だ。
暗殺や人間サイズの戦闘を想定している俺達では近代兵器が包囲して来たら勝ち目はない。
なり振り構わず攻撃されたら間違いなく勝てない。
クリムゾンはそれくらい軽くやってのけるだろう…。
だったらせめて…俺が叶えたいと生まれた初めて願った、
ようやくつかめそうな俺の夢、俺の希望。
憧れたあのムービースターたちと同じ銀幕に姿を刻みたい。
例えそれが、本当に殺したいと思った、
あの『ホシノアキト』が主演する映画だったとしても…。
だが…。
俺はあいつを見誤っていたのかもしれない。
あいつは…。
『おーっと!
ホシノアキト、インが苦し紛れに放ったミドルキックを逃さない!
肘と膝で挟んでダメージを与えています!
イン、悶絶しております!』
『これは、蹴り足挟み殺しですねぇ』
…先ほどまでの情けない姿と打って変わって、
インの攻撃をことごとくカウンターで容赦なく潰している。
脚力を強化してあるインを悶絶させるとは…。
…ホシノアキトは一方的にインを叩きのめしている。
インも、なぜかムキになって向かっていっている。
決着はすでについていると言える状況なのにだ…。
インはここにホシノアキトを連れてくるまでの中継ぎに過ぎないというのに、
適当なところで撤退していいはずなのに、なぜインは…。
…インは口数が少なくて良く分からないやつだったが、
手も足もでないとなると、意外とムキになるタイプだったのか…。
ま、分からんでもないがな…普通の人間に負けるのはプライドが許さんというのは。
だが、俺はホシノアキトへの評価を変えざるを得なかった。
ただのほほんとしてる男ではなく、あの冷たい笑みと、動きの激しさから感情の高ぶりを…。
恐らくは憎しみと怒りに支配されていた時期があったと分かった。
何があったのかは分からないが、あいつも実験体として何か抱えていたことがあったんだろう。
ネルガルに鍛えられる前に何かがあったんだろう。
ちょっとは同情できる何かがあるのかもしれんが…。
…はン、何をいまさら。
これから心中する相手に、同情もクソもあるかよ。
あいつがどれだけ強かろうと、Dには勝てねえ。
ほどほどでDが撤退したところで満身創痍だ。
その状態ならアカツキとの二人がかりだろうと、勝てる。
自分で自分の夢を砕くしかないってのが、悲しいところだがな…。
……一瞬、俺はホシノアキトに負けるのを望んだ自分に気が付いた。
バカなことを…何を考えてるんだ、俺は。
だが……一瞬あいつに、俺の夢を叶えるチャンスを与えてもらうことを想像した。
そんなことあり得るはずがないのにだ…。
…たった二人で、俺達ブーステッドマン相手に、
生身で孤軍奮闘するホシノアキトが生き残るなんてことはあり得ない。
もしそんなことが起こるとしたら……奇跡だ。
「カエンさん、何笑ってるんですか?」
俺はアクア嬢に言われて俺はハッとして、頬に手を触れた。
そんなはずはない、と思いながらも、本当に笑っていたようだった。
…インが危機に陥ってるのに、何を笑ってるんだ、俺は…。
「楽しいんでしょう?
あんなにすごい人が会いに来てくれるんですから」
「何バカな事言ってやがる。
あんたみたいに惚れ込んだわけじゃねえんだよ」
「憎しみの反対、そして裏返しは愛情ですわ」
「……馬鹿げた考えだぜ、アクア嬢。
それともボーイズ・ラブの類でも読みふけったことでもあるのか?」
「それも好きですけど…。
やっぱり、嫌いすぎる人にはこだわれないものではなくて?」
「そういう意味じゃ分からんでもないが、
フィクションなら良くある話だが現実で適用するのはどうかと思うぜ」
…映画ならよくある話だ。
ヒールの一番の理解者は正義の戦士で、
正義の戦士の一番の理解者はヒールだ。
だが現実的には、そうはならんだろう。
お互いを滅ぼす事しか考えられんだろうし、俺達ヒールは正義の戦士を利用する立場だ。
敵対するんじゃなくて、あくまで利用する立場を突き通そうとするわけだ。
「フィクションは現実ではありませんが、
現実の一部を切り出さずには居られませんし、
現実的である必要はあるんではなくて?
それに題材が現実離れしていればしているほど、
本質を引きだせる時もあるものです」
俺はつい言葉が出なかった。
……アクア嬢、夢見がちな少女と噂されちゃいたが、
意外と物語をしっかり見てるタイプだったのか?
とはいえ、現実とフィクションを自分に都合よくまぜこぜにする、
頭のおかしい少女というのにはあまり差はないがな。
クッキーをつまみながらテレビを見ているアクア嬢の後ろで、
俺はただインとホシノアキトの激闘を見つめて、
次に何が起こるかを期待している自分にも気づいて首を横に振った。
馬鹿げた話だ。
シンパシーを感じるような相手でもないだろうに。
俺があいつを気に入るなんてことは…あり得ない。
……さっさと来い、ホシノアキト。
全て終わらせて、バラバラの黒こげにしてやる。
そんでイン、怪我しないうちに戻ってこい…。
らしくないぞ、お前…。
俺は…光学迷彩を切って立ち尽くしていた。
ホシノアキトは息を切らせている俺をどういうわけか観察して攻めてこない。
奴も疲労しているからだろうが…カウンター攻撃をする以外は何もしない。
…まるで撤退しろと言っているようだな。
「イン、そろそろ退け。
俺もこれ以上やるのは気が進まん」
いや、空気を読まないのを怒るように撤退勧告をしてきた。
だが…。
「舐めるなよ」
俺は再び姿を消してホシノアキトに迫った。
かく乱するように周囲を走り回るが、すべて見抜かれている。
ここまでの戦いでも、俺の位置を正確に見抜いて攻撃してきた。
俺はかなりのダメージを受けたが…黒くなってからのホシノアキトは反撃を許さなかった。
どうあっても…こいつには勝てない。
だが、生まれて初めて見る、畏怖を覚えるほどの『強者』。
今回はカエンのバカに付き合ってやるつもりで居たが…。
どうやら…俺もバカだったらしい。
勝てもしない、お遊びの戦いに命を賭けようとしている。
死ぬかもしれないのに、意地になって立ち上がり続けている。
暗殺任務に使われるはずだった俺の能力は…こいつに通じないのに、
どこまで行けるか、試さずに居られない…。
生まれて初めての外での実戦が、楽しくて仕方ない!
「…ガキの遊びだな…!」
ホシノアキトが小さく呟いた。
俺は、小さく笑った。
まさに、それだ。
子供だましと言いたいんだろうが…俺はやっぱりガキなんだろう。
こんなに楽しいと思った事を、やる必要がないことにこだわるのをやめられない!
自然と触れ合う瞬間と同じように!
…例のブラックサレナと接敵してから、すでに20分ほど経過しています。
しかし、エステバリス隊のみんなも、ナデシコも決め手を欠いています。
ブラックサレナにはライフル弾やミサイルなどの通常攻撃が通りません。
かといってイミディエットナイフやフィールドランサーなどの近接武器はほぼかすりもしません。
…妙に手馴れています。
まるでこのブラックサレナを操った事があるかのように…いえ…。
「なんで…あのブラックサレナはアキト君みたいに戦ってるの…」
ユリカさんがぽつりとつぶやいた言葉に、私は背筋に冷たいものを感じました。
そう、ブラックサレナは技量が高いなんてものではなく、
アキト兄さん『そのもの』のような振る舞いをみせるんです。
事実、ここまでエステバリス隊のみんなが持ちこたえられているのは、
アキト兄さんのクセを覚えているからです。
癖を知らない上に、この技量を持つ相手では、反撃もままなりません。
…そしてナデシコの前にうまくおびき寄せてもグラビティブラストが全く当たりません。
グラビティブラストに対応する術を、威力を知っているかのように動くんです。
『ナデシコ、聞こえる!?
そのブラックサレナは、ヤドカリに支配されてるのよね!?
だったら…まずいわよ!!』
「え?何でですか、エリナさん」
突如通信を入れてきたエリナさんに、アオイさんが応答を返してます。
もはやブリッジクルーではどうしようもない状態なので、
私達は呆然と事の成り行きをみています。
ブリッジの緊張感がさらに高まりました。
IFSを通じて、アキト兄さんの癖をバックアップした機体、ですか…。
それは…最悪です!
「そ、それじゃホシノ君そのものと戦ってるのと変わりがないんですか!?」
『そうなのよ!
ヤドカリのプログラムがどこまでのものかはわからないけど、
アキト君の戦術データを利用してるのは確かよ!
でも…ここで止めなかったらとんでもないことになるわ!
ナデシコと互角にやり合える機体で、街を襲ったらどうなるか!
しかもアキト君の戦闘データを持ち帰られでもしたら…!』
………最悪です。
ナデシコに匹敵するディストーションフィールドをまとったまま突っ込んでくる機動兵器。
サイズ的に機銃かミサイル系しか届きませんし、それはフィールドに阻まれます。
しかも唯一有効であるはずのグラビティブラストですら当たりません。
このまま襲い掛かるだけでも相当の脅威でしょう。
それだけでなく、ブラックサレナごと持ち帰られたら…。
解析されて、劣化コピーでも量産されたらさらに危険です。
しかもアキト兄さんの動きを再現できる高性能の量産機。
………悪夢でしかありません。
「オモイカネ、ブラックサレナとヤドカリから外部にデータを送信した様子は?」
『今のところないよ。
でもこのまま放っておくと危ないならジャミングかけとく?』
「うん、データ送信系の電波はブロックして。
通信とコミュニケ系はそのままでいいから」
周波数を絞ってブロックかけておけばなんてことはありません。
とりあえず最悪の事態を阻止できていればなんてことはありませんから。
…ただ、ハッキングして止めるという方法がとりづらいですね、これ。
ラピスとハッキング技術について競い合ってて技術的にはあるんですが、
ユリ姉さんから『人前で堂々とハッキングすると人生が狂いますよ』と、
がっつり止められてしまってます。
実際、犯罪行為ではありますし、緊急時でも人前となると…。
…今日はアキト兄さん居ないからマスコミの人は来てないんですけど、
軍の報告書に書けないことをしてしまうといけないですし。
エステバリス隊のパイロットのみんなの命がかかってることですし、
強硬策もやむをえないとは思ったんですが…。
はぁ…めんどくさいですね。
『…ユリカ、エリナ秘書から事情は聴いた。
援軍を出すから、何とか止めてくれないか』
「お父様!?
で、でも…」
ユリカさんは突然入って来たミスマル提督…。
いえ、ミスマルお義父さんの通信でうろたえてます。
それはそうです。
連合軍側の援軍とはいえ、エステバリス隊の練度はまだ低い上に、
戦闘機も戦艦の類も、ブラックサレナには歯が立ちません。
…恐らくは死者を出してしまうでしょう。
事情が事情だけに、死人を出してまで何とかしないといけないというのも分かりますが…。
それをためらっているんでしょう。
『新型IFSの件も聞いた…このブラックサレナの性能とアキト君の能力を鑑みれば、
どんな手を使ってでも止めなければならない。
……地球圏の危機と言ってもいいだろう。
そしてそれを導いたのがネルガルとアキト君となってしまっては…』
「……」
ユリカさんは悔しそうに唇を噛んでいます。
どうようもなく、死人を出してまで何とかしないといけない状態…。
ここからではどうあっても負けないでも、絶対に勝てないでしょう。
しかしそれでも止められるかどうかは微妙です。
せめてアキト兄さんが居れば対応も取れたのかもしれませんが。
『黙って聞いてれば何言ってやがる!
俺達を信じろ、艦長!!』
『へっ!訂正するのもバカバカしくなってきたぜ!
けどな、こいつをブチ落とす事ができたら…』
!
ヤマダさんの目つきが違います。
不敵に笑って見せたさっきとはまるで…。
これは…。
「ま、待って!!
無謀な突撃は許可できません!!戻って!!」
ヤマダさんはユリカさんが言うのも聞かず、突撃していきました。
エステバリス隊では、スバルさんたちの三人グループの連携に比べると、
元々単独での戦闘が多く、それで成果を上げてきたヤマダさんは…。
比較的指示を無視しがちなところがあります。
それが今回、最悪な事態に発展しようとしています。
ブラックサレナに肉薄するヤマダさんのエステバリス。
一方、ブラックサレナはその程度、といなすような姿勢を見せています。
案の定、回避され…。
!?それを読んで、ヤマダさんが動きました。
フィールドランサーを押しあてて、フィールドを中和、しかしフィールドランサーが砕けました!
そしてそのままショルダータックルの姿勢で激突…いえ、浅いです。
動きながら当たったタックルは、ブラックサレナを下にして押し込むように動いています。
しかし、ブラックサレナの推力はエステバリスのそれを明らかに上回ってます。
いくら上から押しこんでいるとはいえ、このまま地面には落とせないでしょう。
ヤマダさんのエステバリスがブラックサレナの太い腕を関節技のように絡め取ります。
これでブラックサレナは横っ腹に引っ付くヤマダさんのエステバリスをふりはらえません。
『や、ヤマダくん!無茶だよ!?
こんなことしてたって…』
ブラックサレナが、ついに押し負けて少しずつ下がっています。
エステバリス二台分以上の重量には耐えきれなかったようです。
あ、でも…ブラックサレナが空いてる片手でヤマダさんのエステバリスの腕を掴みました!
凄い力で、へこみ始めました!!
ヤマダさんの考えにみんなが息を飲みました。
エステバリスには、待機時に動きを押さえるためのホールド機能があります。
斜面に置いたり、トラックに乗せる時に便利な機能です。
いわば、車のサイドブレーキのようなものです。
…確かに今の状態であれば間違いなく有効打が通ります。
仮に倒しきれなかったとしても、大打撃になります。
ヤマダさんのアサルトピットの射出を待って、
ナデシコ、そして空戦エステバリスのミサイル発射準備をみんなが整えてます。
ヤマダさんが脱出しました。
それと同時に発せられたユリカさんの号令と共に、
ミサイルがブラックサレナに集中しました!
爆音とともに、ブラックサレナにミサイルが突き刺さります。
フィールドの回復が間に合わず、どんどん損傷が広がり…。
その分厚い装甲にひびが入っているのが見られます…!
『ダメだ!倒しきれねぇ!!』
『に、逃げちゃうよ!!』
『…間に合わないわ、ここからじゃ!』
……あ。
三人を尻目に出撃準備してたバカ二号…もとい、テンカワさんが、
ブラックサレナに肉薄しました。
この土壇場で、出撃が間に合ったようです。
テンカワさんのエステバリスの高速度フィールド収束攻撃が直撃し、
ブラックサレナはついに近場の小島に墜落しました。
煙を上げてますし、完全に撃墜できたようですね。起動反応も消えてます。
……テンカワさん、いいとこどりですね。まったく。
「か、艦長…ヤマダさんがアサルトピットで沈んじゃってるんで助けないと」
『そうだ、はやく…がぼぼぼぼ…』
…ヤマダさん、無茶したんでアサルトピットに浸水しちゃってますね。
まあ、無事なら何でもいいんですけど。
ユリカさんがヤマダさんを回収する指示をすると、
エステバリス隊のみんなが海に飛び込んでアサルトピットを回収に向かいました。
ヤマダさんのエステバリスはオシャカですが、
死人出さずに空戦エステバリス一台と相討ちなら、まあいいんじゃない?
「あ、背中のヤドカリももう取れてる。
さっきのミサイルでバラバラになったんだ。
じゃ安心だよ、これなら。
ね、ユリカ」
「……でも、これで終わった…のかな」
「なぁに不吉なこといってるのよ、艦長。
ルリルリが不安がるじゃないの」
「あ、ごめんねルリちゃん」
「…いえ、別に」
『まあ、ひとまずは安心できるだろう。
…エリナ秘書、ブラックサレナは破壊してしまっていいのか?』
『いえ…ヤドカリがもうとりついていないなら回収しましょう。
あれは最新の技術をつぎ込んだワンオフ機で、
技術的に外部に出していいものではありません。
残骸を残すのも危険です。
空中に浮かべなければグラビティブラストも撃てませんし…。
ユリカさん、エステバリス隊に回収お願いしてもらえる?
修理して何とかなるレベルなら、直してアキト君に渡してあげるから』
「はーい!任せて、エリナさん!」
ユリカさんが胸を張って、回収を指示しました。
もう、大丈夫…です…よね…?
はぁ。アキト兄さんとユリ姉さんとラピスが居ないだけで妙に不安になる戦いでした。
芸能界に縛られてるくせに、居ないと本当に困る人です。困りものです。本当に。
…でも、私も一抹の不安をぬぐえずに居ました。
本当にこれで終わりなのか…終わりだと、いいんですけど…。
アキト兄さんに似つかわしくない、
武骨で、危険で、悪役のような、鎧を着たエステバリスの姿に…。
私はまだ終わらないような予感を覚えていました。
気のせい…だよね…。
「そんなこというなよ~お願いだよ、ガイ~~~」
「む、むう。
ガイって呼ぶなら見せてやる。
呼んでくれるのはお前とホシノアキトくらいだからな」
俺はガイにヘッドロックをかけられ、なじられていた。
…ちょっと情けないながらも今後のゲキガンガーライフの為に、
ガイのご機嫌をとることに終始していたが、何とか成功した。
ガイはガイで、『ブラックサレナを落とすきっかけを作ったんだからダイゴウジガイと呼べ!』
と威張り散らしたものの、ブラックサレナに巻き込ませて一台のエステバリスを完全に壊して、
整備班に勝利の祝福と共にボコボコにされて、ガイ呼びは全クルーに拒否されている有様だった。
…まあ、ナデシコに積んである空戦エステバリスのほぼすべてが中破で、
パーツ交換ならすぐに済むが、全部がボロボロで修理に何時間かかるか分からない、という状況だ。
俺は補欠パイロットだし、唯一無傷のエステバリスをガイに自分の機体を渡してもいいとは思ってるけどな。
多分、ウリバタケさんが許さないだろう。
そうしないと『今回の事で味を占めて命を賭けるのが習慣化する』って怒ってたもんな。
…この辺は艦長がいうべきなんだろうけど、
ユリカは色々うろたえる事態に陥ってたから仕方ないか。
だけど…。
「ったく、生きた心地がしなかったぜ。
ヤマダがしつこくホシノに絡んでなかったらどうなってたか」
「まったくだね~」
「命の無駄遣いはするんじゃないわよ、ヤマダ」
言い方はちょっと乱暴だけどリョーコちゃんもガイには感謝しているらしい。
ホシノに勝ちたいって何度も何度も挑んでいた成果が出たんだ。
ガイはパイロットとしては一流で、根性は超一流だからな…。
俺は出遅れて結果として後詰が出来たというのは、本当に偶然だったが、悪いことじゃない。
補欠は補欠らしく、欠けた部分のフォローが出来たのは良かったよ、ホントに。
「だけどよ、本当にホシノ相手で、
あいつが本気だったらオレ達全滅してたよな…」
ぼそっとリョーコちゃんの呟いた言葉が、やたら重たかった。
…あいつは生身でもエステバリスでも無敵だからな。
まあホシノののほほんとした人柄を知るだけに、
そんなことは起こり様もないんだけどさ…。
「あ、ホシノ君なんか戦ってるの?」
「あーなんかルリが急いで戻ろうとしてるのはこのせいらしいけど…。
なんでだ?」
一瞬ちらっとロケハンバトルの文字が見える中、
CMが挟まって中断されて、戦ってる姿が見えなかったが…。
うーん?なんかあったのか?
『ごめんなさい、ブラックサレナの事で言いそびれたんですけど、
ラピスが敵に陥れられて爆弾付の首輪をつけられてしまって、
解除器をとりにアキト兄さんとアカツキさんが戦ってるんです。
…どうやら事故死狙いみたいです。
公式的には映画撮影のためのロケハンバトルらしいんですが。
敵は改造人間で…。
何とか助けに行かないといけないんです』
全員で声を上げてしまった。
…なんかピースランドの一件を思い出す話だな、それ。
ホシノとアカツキ会長を同時に始末したい連中の差し金だろうけどさ…。
しかしサイボーグか…なんでこうフィクションみたいなことが起こるかな、色々と。
「そ、そんなことが…う…」
「う?」
「…ヤマダくーん、さすがにちょっと不謹慎だよー。
ウリピー、ヤマダくんもってってー」
『あー?そいじゃボッシュートだな』
ヒカルちゃんは、
ウリバタケさんに連絡をすると、食堂の壁に、
ダストシュートが突如現れ、
ガイが投げ込まれて行った…。
「…ヒカル、あいつどこにいったんだ?」
「え~?
あれは自室に移動する用のベルトコンベアだから大丈夫だよぉ~」
…いつのまにナデシコにそんなもんを増設したんだ、ウリバタケさんは。
まあ本当のダストシュートだと、
宇宙だったら、そのまま外にポイだったりするんだけどさ…。
「あ、CMおわって…えっ!?」
そして俺達が再びテレビに映ったホシノの姿を見て…全員が驚愕した。
ホシノはあのマントが似合うような真っ黒い髪に…さらに普段のぼけっとした顔が嘘のように、
悪人のようなサディスティックな笑みで相手のサイボーグに痛烈な一撃を放っている。
敵も光学迷彩で隠れるような奴だが…それすら全く通用していない。
的確に読んで、殴り飛ばしている。
いたぶっているという言葉がしっくりくる…。
相手がギブアップしないからなんだろうけど…やりすぎだ…だが…。
「ね、ねえ…?あれはテンカワ君の双子の兄とかじゃないの?」
「い、いや俺も孤児だし、その前は親と暮らしてたし、そんな話は…」
今度は俺のほうをじっとみんなが見ている。
ホウメイさんとホウメイガールズのみんなも、他の生活班、整備班のみんなすらも…。
「俺、あいつが撃たれてた時に髪が黒くなったのを見たな…
それにホシノが入院してた頃言ってたんだけど…。
『本当の俺はお前そっくりだよ』って…。
もしかしたらあれが、ホシノの本来の姿、なのか…」
「…あんな姿が、ホシノの本性だってのか…」
「……危ない男だわ、あれは。
巻き込まれたら生き延びられないんじゃないかってくらいに…」
イズミさんのつぶやきが、やたらに気にかかった。
…ルリちゃんは唇を噛んで、じっと耐えてる。
ルリちゃんは…ピースランドで自分を助けてくれたあいつが、
研究員を殴り殺してしまいそうになった時に優しく諭してくれたあいつが…。
あんな笑みを浮かべて人を傷つける男だと、思いたくないんだ…。
あれが本当に、あいつの本性だって、思いたくないんだ…!
……違うとは、言えなかった。
でも…。
「…ホシノは、婚約者を失って苦しんだ時期があるんだ。
木星トカゲを滅ぼす為に、憎しみで強くなったって言ってた…。
でも、今はそれを乗り越えて、そうしない方法を探っている。
…今は追いつめられて、昔の状態に退行してしまっただけなんだよ。
きっと、あれが本性じゃない。
あの憎しみを知っているからこそ、ホシノは…。
誰にも自分と同じ思いをしてほしくないって思ってるんだ。
…今だって、乱暴だけどナイフがあるのに使おうとはしてないだろ?」
俺は冷静に…知って居ることを、少しだけ吐き出した。
ナデシコのみんなは、まだ知らないことだから…。
…俺が小さく呟いた言葉を、みんな聞いてくれたみたいだ。
空気が少しだけ変わった、気がする。
こんな言葉で庇えるほど生易しくない状態だけど…。
ホシノは苦しみを知っているから、誰にも傷ついてほしくないって思ってる…。
…俺は果たしてそう思えるだろうか。
『…そ、そうです、きっと…。
アキト兄さんは、だからあの時…私を止めてくれたんです…。
しっかりと繋ぎ止めてくれたんです…。
あの時、私をちゃんと人間で居させてくれた…。
私の人生を盗んだ、あの人を…手にかけずに済んだんです…。
怒りに任せて椅子を手に取って殴りつけた私を止めてくれたんです…。
だから…』
『る、ルリルリ…』
『ルリちゃん…』
『だ、大丈夫…大丈夫です…』
ユリカが、ルリちゃんを抱きしめている。
…本当に思い詰めていたんだな、ルリちゃん。
ルリちゃんの涙で、ホシノへのの感情は怯えではなく…。
ルリちゃんと同じように信じてみようと思ってくれたみたいだ。
ったく…ホシノ…お前あんまり心配かけんなよ…。
…ん?
待てよ…。
「ってことはまさか!?」
「な、なんだよぉ?テンカワ?」
俺は過去の記憶とつなぎ合わせて…。
あの黒いホシノを思い出した。
「に……」
「に?」
「お、おれ…佐世保の雪谷食堂で働いてた頃…。
黒ずくめの、俺にそっくりな男に自転車を盗まれたんだよ…。
俺は見なかったんだけど、サイゾウさんが俺と間違えて。
俺の自転車を堂々と盗みやがった…。
その後、放置自転車で回収されて、回収費に二千円取られたんだよ!
どこのどいつかと思ってたけどやっぱホシノか!!」
…確かに。
あののほほんとしたあいつのことだから、悪事っても本当はそんなもん、なのか?
『ぷーーーーーっ!』
『る、ルリちゃん?』
『あ、あ、あ、アキト兄さん…っ、おっ、おかしい…。
あんな、あんな悪そうな顔してやることが自転車泥棒って…あは、ふふ…ははは…。
くふっ…』
『そ、そうだね…おかしいね。
アキト君らしいよ…そんなちっちゃな悪いことしかできないんだよ…きっと…』
ルリちゃんは先ほどまでの曇った顔ではなく、
苦笑とホントにおかしくて笑ってるのが混ざったような笑顔になった。
ユリカもつられて笑ってる。
なにか事情があったんだろうが…その程度っていうのは、ちょっとまあ笑っちゃうよな。
窃盗は窃盗だけど…そこんとこは聞いてみようか。あいつのことだからちゃんと答えるだろ。
…うん、みんなちょっとは持ち直したな。
…ホウメイさんの言う通りだな。
過去や事情はどうあれ…俺はホシノに信頼を置いている。
PMCマルスだけじゃなく、あまり一緒に居ないナデシコのみんなでさえそうだ。
それほどのすごいことをここまでしてきた。
戦うだけじゃなく、魅了し続けて…。
「ほれ、テンカワも戦闘が終わったんだから、
さっさと生活班の服に着替えるんだよ。
それじゃ、エステバリス修理に忙しい整備班に軽食を作ってやろうじゃないか」
「あ、うっす」
ホウメイガールズの景気のいい声とともに、
俺達は軽食を作るために仕込みを始めたわけだが…。
「そういやホウメイさん、ホシノと面識あるんすか?
妙に自信満々にホシノを信じてるみたいっすけど…」
「挨拶にはきてくれたけど、あんまり話したことはないね。
でもルリ坊や艦長、ラピ坊にもよく話は聞いてるよ。
それだけでも良く分かるもんだよ。
人柄ってのは行動からにじみ出るもんさ。
お前さんだって、だから仲良くしてるんだろ?」
「ま、まあそうなんすけど…」
…奇妙な関係なんだよな、上下関係があるはずなのに、そう感じないし。
その割に親身で親切だ。
ユリカの義理の弟って言うのもないわけじゃないんだけどさ。
「そうじゃなくてもホシノはどこ行っても見られるってのもあるかねぇ」
「……食傷気味になるくらいには見かけるっすね、確かに」
…どのチャンネルにもホシノの顔があるもんな。本当に。
「とにかく、テンカワ。
あんたもホシノには負けるんじゃないよ。
コックとしてもパイロットとしてもなんもかんも負けっぱなしじゃいけないね。
兼業とはいえ、ホシノよりは厨房に立てる時間が長いんだから。
もっとも、ホシノのカミさんのほうに追い付くのはもっと厳しいだろうけどね」
「えっ!?
ユリさんのほうがすごいんすか?!」
「お前、まだまだ見る目がないねぇ。
ホシノとユリの腕は昔テレビに出てた時に見かけたんだけど…ありゃ筋金入りだよ。
ユリはコックじゃないけどね、家でよっぽど丁寧に毎日、何年も何年も教えてもらったんだ。
あの鍋の振るい方を見たら分かる。
よっぽど腕のいい親御さんに仕込まれた、『生きた技術』を持ってるんだよ。
『おふくろの味』ってやつさ。
テンカワ、あんたは毎日しっかりやっては来たけど、
養護施設の職員に習ったり、独学や自己流のところが多いだろう?
最近まで師匠にゃめぐまれなかったんだろうね」
俺は呆気に取られて口をぽかんと開けてしまった。
ホシノやユリさんだけじゃなくて俺のバックボーンまで見抜いてる。
……ホウメイさんはなんでも御見通しなんだな。
「う、うっす…」
「とはいえ、まだまだこれからだろ?
あんたはまだ若いんだ、なんとでもなるよ」
「が、頑張ります…」
「じゃないと、艦長をいつまで経っても嫁にもらえないよ、テンカワ!」
「んなぁっ!?
ホウメイさんまでそんなことを!!」
「あったりまえじゃないかい。
テンカワはそこんとこ度胸がないって有名なんだからねぇ。
技術も度胸もしっかりつけないと、艦長どっかいっちまうよ?」
「…うっす」
……なんていうか、恋愛関係は四面楚歌だ。
パイロット料理の技術以上に、度胸を付けるのが難しい…うう…。
僕は自販機でミネラルウォーターを購入して飲みながらホシノ君の戦いを見ている。
さすがに僕も消耗してしまってるからね…この状態ならちょっと目を離しても問題ないだろうし。
…しかしホシノ君、加減はしてるがやっぱり容赦ないな。
滅多打ちにしていると言ってもいい。
この程度の相手に苦戦したというのはけっこうストレスだったんだろう。
まあ、ホシノ君も今はかなりマイルドな性格だからね。
とはいえ、あんまりいたぶるのは感心しないね。時間ばっかりかかってるじゃないか。
「ホシノ君、いい加減にしなよ。
あんまりいたぶってるとファンが泣くよ?」
「……一撃で倒すとなると加減ができん。
ギブアップしてほしいんだがな、俺としては。
黙ってみてろ」
やれやれ『黒い皇子』の技術は殺しに偏ってるからねぇ。
しかもサイボーグ相手となるとどれくらいの威力を出していいかは迷うってことか。
…だが、ホシノ君はそれでも殺さずに居られる攻撃を探っている様子もある。
それはそうか、インのスピードじゃ動力パイプを切るにも、
うっかりすると頸動脈を切ってしまうからだね。
…そろそろだろう。
インも最後の攻撃を出してくるはずだ。
それを叩き潰して、カウンターで仕留める。
やるつもりだ…!
「来い…!」
インは挑発に乗るかのように、突撃してきた。
先ほどと同じく、最後の最後まで光学迷彩を使ったかく乱を止めないようだ。
ホシノ君は小さくため息を吐いた。
同じ芸が続いて飽きてしまったかのような態度だ。
そして…自分のバイザーをすっと外すと、目をつぶったまま、
バイザーを空に放り投げた…。
「ぐっ!?」
インの声だけが聞こえた。
どうした?どこに当たったんだ?
いや、そのままホシノ君は手を貫手の形にして、突きだした!
「がっ…はぁ…!!」
「お前だけ姿を隠してこっちを覗き見るのは趣味が悪いな。
だから一瞬だが視力を奪わせてもらった」
そうか…早く動くインの目にバイザーを投げ当てたのか!
早く動く中で目にバイザーが直撃すれば、さすがに動きを止めざるをえない!
ホシノ君は跳ね返ったバイザーをキャッチしてポケットにしまうと、
姿が見えない状態のインの足を…恐らく踏みつけ、
そして頭突き、肘打ちと連続して撃ちこんだ!
逃げ場のない状態でこの重たい攻撃は堪えるぞ…!
身動きの出来ないインの姿が、ようやく見えてきた。
光学迷彩は…IFS操作のように意識的にする必要があるのか?
集中が切れて姿が見えるようになったみたいだ。
そして、悶えるインを背負い投げで投げ…!?
この角度はダメだ!!
アスファルトにこの速度でたたきつけたら…!
ホシノ君は辛うじてブレーキをかけてしっかり背中から落としてあげた。
ほ…よかった。
さすがにテレビ中継中に殺人はまずいって…。
まあ…ホシノ君のことだからそうじゃなくても殺さないつもりだったんだろうけどね。
『黒い皇子』の姿を取っていても、思想まで戻ってるわけじゃないんだ。
戦い方が苛烈でも、明らかに加減してくれてるからね。
…そしてついにインの動力装置のコードを切って、ホシノ君はナイフをしまった。
「…首を切らないとは優しいな」
「…そこまでする悪人に見えたか?」
「見えたが…そんな悪人じゃなくてホッとした。
…俺の負けか」
「そのようだな…む」
ホシノ君の髪の色と…いつもの穏やかな表情がもどった。
…ようやく、いつも通りか。
「ふうっ…。
ごめん、イン。
俺もああなっちゃうと加減が難しくてさ」
「…不思議な奴だ。
こんなに簡単にコロッと変わるんだな」
ホシノ君は照れくさそうに、申し訳なさそうにインを起こしてやった。
あまりの変わりように、ファンの女の子たちですらリアクションに困ってるよ。
…まったく、怒らせたくないやつだよ、君は。
「あー、みんな、ちょっと驚いたかもしれないけど、
ホシノ君は二重人格みたいなところがあるんだ。
でも変に手出ししなきゃ大丈夫だよ、猛獣よりかは安全だから」
「…アカツキ、フォローになってないぞ」
…こういうフォローをするしかないだろうに。
とりあえずファンの女の子たちは、納得はしてないみたいだが、
ひとまずいつも通りになったホシノ君をみてホッとしたようだ。
…ロケハンバトルって、なんかよくわかんない企画だけど、
これもフィクションに葬られてくれるといいが…ま、なるようにしかならんさ。
「行こう、ホシノ君」
「あ、ああ…」
ホシノ君のファンたちを尻目に、僕達は走り出した。
ファンの女の子たちは迷いながらも、お互いの目を見合わせて、また追いかけ始めたね。
…はは、意外とタフな子の多いこと。
インも、声こそかけてこないが、苦笑いしながら、ふらふらしながらも手を振ってる。
彼も意外と愛想のいい奴だね…。
「…大丈夫か、ホシノ君」
「ああ。
…何とか『坊や』にも信用してもらえたみたいだ」
「まったく、二重人格じゃなかったと思ったら自分同士で喧嘩とはね。
相変わらずはた迷惑な体質してるよ」
「俺だってこうなるとは思わなかったよ…。
でも、多分もう大丈夫だ。
いや…まだちょっと不安だけど、
よっぽど追いつめられ過ぎなきゃ大丈夫だ」
「ま、そういうことにしとこうか。
僕は『黒い皇子』の頃も、心根は変わらず、
優しくて情けなかったのは知ってるしね」
「…言ってろ」
ちょっとだけ恥ずかしそうにそっぽを向いたホシノ君に、
僕もちょっとだけ笑みがこぼれた。
──そうだ。
君はそうしてちょっと強がりで、恥ずかしがりで、優しくて、
憎らしい敵でも殺すのをためらう、綺麗事の好きな男で居続けろ。
二度と復讐に囚われた、危険な男に戻るんじゃないよ。
僕も、エリナ君も、イネスさんも、ラピスでさえもそんな君に魅せられてしまったが…。
昔と同じ、ガキっぽい理想で走り続ける君の姿のほうがよっぽどいいと思うよ。
……これって、なんか僕、親友って言うかファンになってるか?
…いや親友がファンじゃいけない理由はないか、な?
ふ、複雑な気分になってきたよ…ははは…。
ま、いいか。
私は待機しながら、テレビでインとホシノアキトとの闘いを観戦していたけど…。
…とんでもない奴ね。強化もされてないのにインの隠密術を見破り、
挙句の果てにほとんど一方的に叩きのめすなんて。
何か改造されているのかしら…。
だけど…。
「そろそろ、俺が出る番だな」
──Dの番がついに回ってきた。
「ええ、あなたなら間違いなく勝てるわ」
これは間違いない。
Dは唯一完璧な改造を施されたブーステッドマン…。
未完成の私達ではとても太刀打ちできないほどの性能、そして強度を誇る。
下手したらエステバリスとも互角に渡り合えるかもしれないレベル。
もはやDは『サイボーグ』というよりは『機動兵器』というのがふさわしいのよ。
「まあ、予定通り殺すのはカエンに譲るが…。
俺も世間に性能を見せつけてやるとしよう」
「…D、やっぱりあなたちょっと変わった?
ちょっとらしくないわよ」
今回の事に乗り気だったのがそもそも不思議だったけど…。
Dが妙に人前に立とうとするのが意外で…。
自分の存在を見せつけたいっていう主張は分かるけど、目立ちたがりにすら思えるくらい、
積極的なところがあるわよね。
「ああ。
まるでお遊戯会に出る子供みたいな心境だ」
…お遊戯会かぁ。
私たちも育ちが普通じゃないから、実際に見たことはないけど…。
愛されて育った子供たちが愛らしい姿をお披露目する演劇をやったりするのよね。
…そうかもね。
私たちのしていることは結局、その程度のことなのかもしれない。
愛されることもなく育った私たちの…多分人生最後の思い出作りの…。
「私が見てるわよ。
いい演技、期待してるわ」
「ああ。任せろ」
私はトラックを出たDを見送って、考えにふけった。
…でもDの言いたいことも分かる。
だって…親も世間体もなく…常識も人生もかけたところの多い私たちが、
こんなバカな形とは言え、日の目を見て…注目される立場になるんだもの…。
悪役とはいえ、ね。
ちょっとくらいはしゃいじゃうのも無理ないわ。
私たちはあのままだったら、要人暗殺で誰にも知らないまま動き、
日の当たらぬ場所で静かに始末されるくらいしかなかっただろうから。
それに比べれば…こんなお祭り騒ぎを装って英雄を殺して、歴史に名を刻むテロリストでも、
こうやって堂々と戦った記録が残るの、愉快じゃない。
誰にも忘れられない思い出になるわ、きっと。
だったら…。
…楽しんでらっしゃい、D。
どうもこんばんわ、武説草です。
諸事情に付き、ちょっと間が空いたうえに、また今回もちょっと短めです。
ブラックサレナ、轟沈。
インも撃破。
アキトはついにその『黒い皇子』の片鱗をさらけ出し、
味方を、そして世間を騒がせることになったが果たして~~~!
な回でございました。
しかし相変わらずシリアスが持たない作品だなぁもう!
でもいっかぁ!
ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!
>まあ女は影のある男に弱いからw
美形で影がありゃ、それだけで女が群がってくるものよぉ!(偏見・・・でもない
ちょい悪系、危険な男、ヤクザ、殺し屋…。
重たそうな過去を持っている男であればあるほど、
その人の心の隙間を埋めたいって思いこんじゃうタイプだったり、
ハマる要因になるっぽいですね…。
顔がいいとなんか深読みする人多くなるし…でも大概そんないいもんじゃないんだけどなぁ、とは思います。
アキトはダメなハードボイルドをしている自覚あるタイプで、離れたんだろーなとは思いますがw
Dだ。
ようやく俺の出番が来たか。
先ほどまでの戦いで、ホシノアキトの限界は見えた。
あの程度で、しかも素手でやり合うとしたら、悪いが負ける気がしないな。
いよいよ年貢の納め時ってやつだ。
…それとも、まだ何か隠してるってことはないよな?
奴もサイボーグだったっていうなら話は別だが…。
ナデシコの後番組がポケモンだったことしってうろたえる系作者が贈る、
シリアスがあんまり持たない系ナデシコ二次創作、
をみんなで見てほしい。
感想代理人プロフィール
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代理人の感想
自転車泥棒(爆笑)
ガイが相変わらずガイだなあとか
アクアがちょっといいとこ見せたりとか、色々ありましたが、
これで全部吹っ飛んだわw
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