〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・本社社屋・最上階食堂─ホシノアキト
俺と12人のPMCマルス社員、そしてユーチャリススタッフのおおよそ30人ばかりは、
特設の料理教室の会場に改装された最上階の食堂に集まっていた。
未成年の多いPMCマルスの関係者は、忘年会に不向きということで、
ラピスの提案で、俺とコミュニケーションをとれる料理教室を開くことで決着した。
残りのPMCマルス社員、そして整備班など20人と、ユーチャリススタッフ70人は、
屋上の特設宴会場を設営してくれている。
この社屋はかなり大きいが、それでも全員はいるとぎゅうぎゅうな会場だ。
ここで作った料理で宴会をして、昼下がりには解散するというなんとも健康的な宴会だ。
最も、そのまま二次会三次会をここで行う人も多いんだろうけどね。
ユーチャリススタッフの女の子たちはここで夜まで過ごしてから帰省するんだろうし。
「よーし、それじゃ説明通りにやるんだよー。
細かいところはプリントにまとめてあるけど、
聞いた方が頭に入るってヤツもいるからねー。
嫁ぎに行く予定のある子はしっかり覚えてダンナの胃袋をつかむんだよー!」
「ホウメイさんと俺がひとつひとつテーブル回っていくから、
よろしくねー」
ご機嫌そうに、みんなが返事をしてくれた。
…メロメロな顔してる子も少なくないけど、料理には厳しくいこう。
とはいえ各テーブルに一人ずつ、
ホウメイガールズのみんなが入ってくれてるからひどいことにはならないんだろうけど…。
で、そのうちの一つのテーブルには、
テンカワ、ユリカ義姉さんとユリちゃん、ルリちゃん、ラピスの五人が居る。
ユリカの料理下手を、この場で暴いておいた方が得策だということで…。
テンカワとユリちゃんのサポートの元、申し訳ないが自信を無くしてもらって、
そこから立ち直ってもらおうという作戦だ。
部分的には俺よりも数段上のユリちゃんがついてればどうにでもなるだろう。
ベースは四川料理とはいえ、日本の家庭料理もかなり身に着けてるらしいし。
「…ユリちゃん、頼んだよ」
「…はい」
「アキトー!
私のおいしー料理食べさせてあげる!
ほっぺた落ちちゃうんだから!!」
「は、ははは…が、がんばろうな…」
「……ねえ、ユリカって料理の経験あるのかな」
「……なかった気がするんですけど」
テンカワとユリカ義姉さんの間が進んで、かなり距離が近くなってくれたのは良かったが…。
…本当にこの根拠のない自信はどこからくるんだ。
浮かれてるという感じではないんだけど、本当にユリかの自信は出所不明だよな…。
ラピスが呆れるのも無理ないよ…。
ちなみにルリちゃんもラピスも、戦後、食堂の手伝いをしたいという希望があったので、
二人はかなり慎重に自分の器用さを見定めに来てくれた。
…その姿勢だけでユリカ義姉さんには勝ってるところだけど。
た、ただちょ~~~~っとだけ思い込みが激しくて、
自分の得意分野を外れると計算が苦手で、
惚れてる人のことだとポンコツになるだけで…。
…ま、いいや。
とにかく、今はみんなを見ないと…。
俺はそれを期待されてる人物なんだから、それなりに応えないとダメだよな。
こ、これも会長の務めってことにしておこう…。
…はぁ。
どこまで続くんだろうな、これは…。
〇地球・佐世保市・PMCマルス本社・本社社屋・最上階食堂─ユリ
……ユリカさん、相変わらずです。
戦後はかなり努力してある程度克服できてたんですが、
現段階では、あの物体Xな料理しか作れなかった時期の技術しかありません。
ま、まあ私が横にいるせいもあって、ふつーにまずい料理になるくらいで済んでるんですが。
「う、うぐ…まずい…」
「アキトひどいっ!
せっかく頑張って作ったのに!」
「…頑張ってもダメなモンはダメですよ」
「うう…ユリちゃんが怖いよう…」
「こ、こんなにできないヤツがこの世に居るなんて…」
……テンカワさん、それ過去の例より百倍マシな方なんです、実は。
しかし…失敗しましたね。
ユリカさんとの将来を考えるくらいになってからこの味を出されるというのは、
テンカワさんからすると想定以上にダメージが大きいようです。
「だ、大丈夫です…努力すれば何とかなりま…」
「え?デミグラスソースを作ったつもりだったんだけど」
ルリが驚くそばで、ラピスの手元には
黒いというよりはすべてを吸い込むブラックホールのような…。
反射しないつや消しの闇のようなデミグラスソースが出来上がってました。
……し、失念してました。
ラピスもユリカさんとDNA的には同一人物です。
ラピスは元々数字を気にするタイプですし、材料や時間を間違えないと思っていたんですが…。
こんな冷静なのにどこをどうやったのかこんな闇を生み出してしまうとは…。
「やれやれ、艦長、ラピ坊。
二人はちょっと訓練が必要そうだねぇ」
…訓練で済むんでしょうか、これ。
「二人はレトルトから始めた方がいいよ。
ちょっと乗せてアレンジしたりしてみるだけでも、
料理とは言えないけど練習になるから」
「え?そんなのでいいの?」
「何を肩肘張ってんのさ。
苦手過ぎるならまずは食べれるものを、できる範囲でやるのがコツさね。
基本以前のレベルならそういうのもアリってことだ。
それに即席やレトルト、簡易調味料をバカにしちゃいけないよ。
工場で作られるけどねぇ、
私らコックとは別路線のプロがで美味を追求して作った英知の結晶なんだ。
そりゃぁ、そればっかりじゃ味気ないかもしれないけどね、
プロだって結構使う場合もあるし、チェーン店だったらそれが当たり前。
趣味でやってる分には何一つ問題ないし、
毎日忙しくしているお母さんが一品二品増やす時に使うのだって変じゃないだろう?
一つのジャンルの料理だって一人前になるのに何年もかかるのに、
そんな気の遠いことをするくらいだったら、力を借りるのも重要なことなのさ。
要は作られたスパイスを手に入れたり、誰かのレシピを参考に料理を作るのと同じ。
自分の力だけで料理を美味しくできるなんてのはうぬぼれもいいところさね。
もしも付き合ってる男がそんなんじゃ邪道だっていうんなら、
一週間くらい毎食作らせてやりゃいいのさ。
すぐに根を上げるにきまってんだから」
ホウメイさんの言ってることに目をぱちくりしてる女の子たちがほとんどです。
料理人の、それもプロ中のプロがそんなことを言うとは思ってなかったみたいですね。
でもアキトさんとテンカワさん、ホウメイガールズはみんな深くうんうんと頷いています。
アキトさんに聞いたことではあるんですが、
別の仕事を持っている人が、料理にそれだけの労力をかけるというのは無理がある…というのが、
ホウメイさんの長年のコック生活で出した結論だそうです。
私もホシノユリとしての人生で専業主婦に近いことをしてきましたが、それでも大変は大変でした。
母から教わった四川料理、そして一般の日本の家庭料理、ともに極まったとは言い難いです。
アキトさんやホウメイさんから一目を置かれてなお、
サイゾウさんやホウメイさんの足元には及ばないレベルであるという自覚があるんです。
そこまで鍛えるというのは並大抵じゃありません。
一日の労働時間すべてを料理に捧げるコックでなければ難しいでしょう。
主婦でも一日三食しか作れませんし、ほかの家事もあります。
共働き世帯だったらなおさら無理になりますね。間違いなく。
芸能活動してるアキトさんもテレビ局の食堂を借りたりして練習を続けるのが精一杯でした。
…そりゃ無理でしょうね。アキトさんで無理なら。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
その後、なんとか料理教室は滞りなく終わり、
続く宴会でもナデシコのクルーの一部も合流して大騒ぎになり、
結局料理会場になってた食堂までも使うことになってしまって、
相変わらずのしっちゃかめっちゃか状態になってしまいました…。
ああ、これは下手すると夜までかかるな、とあきらめのため息とともに、
お父さんに連絡をしようとした時、みんなが気遣って、私達を先に帰してくれることになりました。
何でもテンカワさんとユリカさんのデートで私達がサポートしたこともバレているようで、
今度は私達がデートする番だと、気遣ってくれたようです。
…ほんと、こういうの嬉しいですね。
「でも、この噂はお父さんには秘密ですよ。
一応テンカワさんを応援してるのはお父さんも知ってますけど、
外泊までしたってなると怖いですから」
「大丈夫です、みんな口硬いから」
「ああ、せっかく勇気を出したのに委縮させちゃなぁ」
まだ火傷跡が痛々しいナオさんは嬉しそうにニヤニヤしてます。
入院していれば火傷跡は技術的にすぐに治せるんですが、
ナオさんは会社を守るために通院しながらゆっくり治してくれてるそうです。
…頼りになる人です。
「じゃあ、私とルリちゃんとラピスちゃんは先に立川に戻ってるよ。
少佐のおじさんが車で来てくれるそうだから」
「ああ、少佐さんなら安心だね」
ミスマル家の専属運転手の、連合陸軍元少佐の戦闘技術は本物です。
ボディガードとしてもお父さんが一人で動く時に隣に居てもらっても不安にならないとか。
そんな人が連れて行ってくれるなら、安心です。
「…ユリちゃん、行こうか」
「ええ」
佐世保の街でのデートも…もしかしたら、これが最後になるかもしれません。
生きて帰れるか分からない戦いだけに、今日を…大事に過ごしましょうか…。
幸い、まだ日も落ちかかっていません。
会社のみんなも、片付けをしたら自分で帰ってくれますし…。
半日くらいしか残ってませんけど、たまにはしっかり出かけましょう。
〇地球・佐世保市・市街地──ホシノアキト
俺とユリちゃんは、立川のミスマル邸に向かったら火星から戻るまでは帰ってこれない。
もしかしたら二度と地球の土を踏むことはないかもしれない…。
だから、お世話になった人たちに挨拶がてら、この愛しい佐世保の街を歩いた。
俺のテンカワアキトとしての始まり土地であり、
この世界においてもスタートを切った、大事なものをたくさん得られた土地だ。
…ここから離れるのは寂しい。
それにこの数カ月は俺が目立ちすぎることもあってデートもほとんどできなかった。
最後にまともにデートできたのはピースランドと夏祭りの時くらいだろう。
その分、二人きりの時はお互いに遠慮なくコミュニケーションをとり、充実した時間を過ごしたが…。
翻って考えると、ユリちゃんと外出デートできた回数というのは、意外と少なかった…。
…働きに出る時の週に一度のデートの約束をしたのに、
おうちデートが多くなっちゃったのは可哀想だったよな。
でも…。
「…ちゃんと二人きりで出かけられて嬉しいです」
「うん…」
…もはやそんなことはどうでもいいのかもしれない。
方法はどうあれ、俺の躊躇いもなくなって…大事な時間を遠慮なくしっかり過ごした。
後悔なく俺たちは火星を目指せる。そこで何があろうと…。
…死んだ時のことを考えるのはあんまりよくないけど、保証はないから。
せめて、この佐世保でお世話になった人たちにあいさつに行こう。
芸能界の人たちには最後の撮影の時にあいさつ回り出来たし。
「それじゃ、どこから行こうか」
「…そういえば、私の働いていたソフトウェアの会社、
結局出資金を出してもらって以降、顔を出せてなくて。
お礼の手紙くらいは送ってたんですけど」
「…ああ、あの頃大変だったよね、ユリちゃん。
あの後、会社も色々あったんだっけ…」
「ええ。
…あの無能でずる賢い社長も、
後ろから撃たれないようにびくびくしながら働いてるそうです」
過労でぶっ倒れなかったのが不思議なくらい働いてくれてたもんね…。
〇地球・佐世保市・ソフトウェア会社─ユリ
………大失敗でした。
私とアキトさんが急に連絡なしに現れてしまったので、
会社はもう、大慌て、大わらわ、大騒動。
いっしょに働いてたOLも、部長も、幹部も総出で逆に挨拶に来てくれました。
アキトさんの前例のないレベルの有名人ぶりを忘れてました。不覚です。
「…いえ、本当に申し訳ございませんでした」
「あ、あの…その…気にしすぎないで下さい…。
こっちが悪者みたいじゃないですか…」
社長も私を酷使したことを謝ってます。
でも社長の問題が明らかになってからは、健全な経営が出来てるそうで良かったです。
「は、はは…」
「…アキトさん、ごめんですけど写真くらいはサービスしてあげてください」
…女性社員に加え、社長の娘さんまで呼ばれて、写真を何枚も取られて、
アキトさんはしょっぱなから疲弊してしまいました…。
…はぁ、最後まで持つでしょうか。
〇地球・佐世保市・雪谷食堂─ホシノアキト
今度はサイゾウさんの食堂に俺たちは立ち寄った。
俺は結局、サイゾウさんのところに寄る機会がなかった。
テンカワをスカウトする時に立ち寄ったきりで…。
久しぶりにサイゾウさんの料理を食べたくなって、立ち寄ったんだけど…。
「…ホシノおめーどんだけだよ」
「はぐはぐ、ふみまへん」
「…ストレスがあると食べ過ぎるのよくないですよ、アキトさん」
……返す言葉もございません。
俺は先ほどのソフトウェア会社での一幕に消耗して、
休憩時間に入る手前のサイゾウさんに十人前以上の料理をお願いしてしまった。
頬をひくつかせるサイゾウさんに、申し訳ないけどおいしくいただいた。
ユリちゃんはチキンライスを静かにほおばっていた。
ちょうどピークが終わって、人が居なくて助かった。
「しっかし、なんだなぁ。
テンカワによく似た不器用そうなお前が、
色々やるもんだよなぁ」
「…本当は不器用さはあいつと変わりませんよ、俺は」
「そうかぁ?
お前、テンカワと比べて三年か四年か先に言ってるような気がするが」
……人生経験があるとバレバレなんだな、俺って。
「だが昏睡状態だったらしいが、良かったなお嬢さん。
大変そうだったもんな」
「ご心配おかけしました。
…テンカワさんもしばらく佐世保を離れますけど、大丈夫ですか?」
「ああ、その辺はな。
ピースランドから来た、バカ三人がそこそこやるようになったからな。
それにここに戻らなくてもテンカワもあの調子ならあと一年もやりゃあ、
それなりにやっていけるだろうぜ」
おお…サイゾウさんのお墨付きをこの段階でもらえてるのか。
……テンカワも度胸がつくとずいぶん変わるもんだな。
「あ、映画楽しみにしてるぜ」
「…さ、サイゾウさんもっすか」
「バカな弟子が出るとあっちゃ、見ねえわけにもいかねえよ」
……サイゾウさん、意外と親バカみたいなところあるんだな。
〇地球・佐世保市・市内病院─ユリ
私とアキトさんは次に佐世保の病院によりました。
…ここでもアキトさんの人気ぶりは相変わらずですが、
病院のスタッフの人たちは、落ち着いて出迎えてくれました。さすがプロです。
「二度もお世話になって…ありがとうございます」
「こちらこそ、佐世保を救った英雄を助けられたとあれば鼻が高いよ」
「ふぉっふぉっふぉ。
元気そうでなによりじゃ」
奇遇にもナノマシンの光で体内を観察できないアキトさんを見てくれた、
連合陸軍の元軍医さんも立ち寄ってくれてました。
「これからも大変だとは思いますが、PMCマルスが地球を守ってくれると期待してますよ」
「…はい」
アキトさんが芸能人としてのほうが有名なので安心してたんですが…。
…まだ期待度は落ちてませんね、うちの会社も。
やっぱりインパクトがありすぎたってことでしょうか…。
戦後のことを考えると……うーん、頭が痛いです。
連合軍に後を託してとっとと引退したいんですけど。
挨拶が終わった後、私とアキトさんは屋上に上って、佐世保の街並みをじっと眺めていました。
「佐世保は…俺の故郷になったんだ。
テンカワアキトとしても第二の故郷って思ってたけど…。
戦いが終わったら、またここに戻ってきたいね」
「ええ…」
かつては独り立ちのために佐世保から離れたアキトさんでしたが、
後ろ盾のないホシノアキトとしての人生ではこの土地こそが、本当の故郷…。
そしてホシノユリとしての…私の人生でも…ここは故郷。
育ての両親はこの地でひっそり私を育ててくれて…。
でも一軒家の小さな家はとりこわされて、なにも残ってはいない。
アキトと私の住んでいた古びたアパートだけが、
不自由な私に残された、最後の世界だった。
…社検もそのなかでかろうじて受かって、準備はしてたけど、
アキトが大人しくしていられるまでは手が離せなくて…。
そんなある時に目覚めた、私の本当の人格が、すべてを変えた。
…本当に信じられない、私が五年後のルリちゃんだなんて。
そして未来ではユリカお姉さんが、死んでしまっていたなんて…。
私はマシンチャイルドとしてのプログラミング能力を駆使して働き、
目覚めたアキトがテンカワアキトとしての記憶で動き始めた。
…絶対に素のままのホシノユリとホシノアキトじゃ起こらないような、
奇天烈な人生が始まってしまった。
もっとも、それには何の不満もないんだけど…。
…世界一の王子様、私も好きだもん。
「…ユリさん?」
「あ、気づいてた?」
「そりゃ気づくよ。
…僕たちじゃできないような、すごいことがたくさんできたんだよね、
二人のおかげで」
「そうですね。
でもアキト…君が、アキトさんの容赦ない部分を中和してくれたから、
きっと昔のアキトさんに戻れたんです」
「えっと…ルリさん、だよね」
「ええ」
…本当に私達、二重人格で…大変です。
でも別に厳密に分かれてるって感じでもなくて。
一つの人格で、二つの性格が入れ替わるような、奇妙な二重人格。
普段は気にはしてないんですけど、こういう思い出話をすると無意識に切り替えて話してる。
でも、ホントに救われてます。
アキトさんがあの黒い皇子そのままだったら、どうなっていたことでしょう。
考えるだけでもちょっと、ゾッとします。
五感が戻って、穏やかに過ごそうとしても…。
アキトさんは結局どこかで自分を偽善者と断罪したくなっていたのかもしれません。
私を抱きしめてくれることだってなかったかも…。
……手に入れられた、この数奇だけど温かい運命を大切にしたいです。
「ユリちゃん。
…この傷に触れてくれないか?」
私は黙って、アキトさんの胸元に手を差し入れて、撃たれた時の傷を撫でました。
その部分だけは傷跡になっていて、皮膚の感触が違います。
…でもだいぶ薄れてきて、もしかしたらもうすぐ消えるのかもしれませんね。
「…ユリカの事を想うと、今も胸がうずくんだ。
この傷のうずきとよく似た、苦しみを思い出すような…。
君がそれを…両方とも少しずつ癒してくれている。
…どちらも、きっと永久に消えることはないんだろうけど。
この心根の弱さが、命取りにならないかと不安なんだ」
「…いいじゃないですか、とってもアキトさんらしいです。
もし、その分弱くなってしまうようなら、
癒すだけじゃなくて、私が支えます。
二人なら…いえ、みんな助けてくれますよ。
この世界のアキトさんも、私とアキトさんを救ってくれたんですから」
「そうだね…」
「未来のユリカさんも助けてくれましたし…」
アキトさんが瀕死の時にみたというユリカさんの幻影…。
あまりにユリカさんらしいその言葉に、
私達は本当にユリカさんが助けてくれたんじゃないかって思いました。
……でも、まだアキトさんを撃った人は見つかってません。
アキトさんが生きているから捜査がそんなに苛烈になってないというのもありますが…。
何しろ、PMCマルスに潜んでいた事務員さんは全く痕跡を残していません。
連合軍の特殊部隊をけしかけた少佐を暗殺したという人物こそが今回の黒幕でしょう。
でも追いかけようがありません。
まだ敵は多いですね。
「これからも頼むよ、ユリちゃん」
「ええ、夫婦ですから」
…とはいうものの、私もちょっと頭のキレに不安があります。
普段はともかく、荒事に弱いです。
ホシノユリとしての人生がかなり影響をあたえてるようです。
ホシノルリ11歳のころでももうちょっとマシだったとは思うんですが…。
…このあたりは実はタフなルリとラピスに頼るしかなさそうなのが情けないことです。
二人も頑張ってくれてますし、しっかり頼りましょうか。
〇地球・佐世保市・PMCマルス社屋・屋上特設宴会場─テンカワアキト
……ああ、なんてこった。
俺たちホシノに関係の深い連中は特設ステージに担ぎ出されて、
ユーチャリススタッフたちの、
『ホシノアキト列伝~英雄の素顔に迫れ!~』という企画に強制参加させられてる。
どうやら、ユーチャリススタッフの女の子たちはホシノの事が知りたくて仕方ないらしいな…。
元パイロット候補生の、PMCマルス社員の12人の女の子…さつきちゃんたちも、
最初のホシノたちを守る会議の時はこんな感じだったし、仕方ないよな。
色々事情を知った後のさつきちゃんたちは、覇気がすごくて賢明に働いててすごいと思うんだけどさ。
「それじゃ、マエノさんとシーラさんどうぞ!」
「おーう」
「はーい」
「あいつ、素であんなカッコしてるだろ?
最初は自分の夢のコックにかかわる飲食店で働こうとしてたんだけど、
あいつの髪の色はナノマシンの発光だから髪が染まらないし、
カラコンのハードコンタクトがダメで、面接ぜーんぶ落ちてたんだぜ、情けないことにな。
…だから『サーフェイス』ってコスプレ喫茶で働いてたんだ。
俺も元同僚だぜ」
「知ってるー!
資金集めのために働いてたんですよねー!」
「おお、詳しいな」
ユーチャリススタッフのディープなファンはワイワイとはしゃいでいる。
……そしてホシノをめぐる、百物語…。
というか世間を揺るがす武勇伝の裏に隠れた、
あいつの情けな~い素顔を語る話が始まった。
ユーチャリススタッフの子たちも、
近くで生活しててあいつの情けなさはよく知ってるわけだけどな…。
…それでもよくファンが続けられるもんだよ、ホント。
〇地球・佐世保市・コスプレ喫茶『サーフェイス』─ホシノアキト
…俺は七階建ての雑居ビルのすべてのフロアがコスプレ喫茶と化した、
魔境ともいうべきこの地に戻ってきてしまった。
……ユリちゃんは入り口で入店を拒否した。
こういう状況で嫉妬しないほど大人しくなれないというのが理由だったが…。
入店しなくて賢かったと思う。だって押しつぶされちゃうもんな。
俺はうまくかいくぐりながら、飛び越えながら移動しているものの、
着地を狙われてさらにもみくちゃにされそうになってしまっている。
「おー、おー、すごいなぁさすがに」
店長はのんきにビデオカメラを回して、俺の姿を撮影している。
…こ、これをテレビに売り込むつもりか!?
それとも俺がたまに来店して挨拶に来るのを見込んで証拠みたいにするつもりか!?
どっちにしても相変わらずのやり手だな、店長!?
「うわー、全部のフロアから女の子が殺到してる。
ホシノー、さっさと逃げないと何されるか分からないぞー」
もはや何を狙っているのかは考えたくないが…俺を脱がせようとしている子が何人かいる。
そ、そりゃ完全にアウトだぞ…男が相手でも…。
ちなみに俺に声をかけているかつての同僚や先輩は、
それぞれ世紀末の魔術師、黒い皇子、黒戦闘服、パイロットスーツ、コック姿…俺のコスプレをしている。
……というか、俺に関わる恰好を全員がしている。
かつてウィッグを装備していた人も、面倒くさくなってブリーチ脱色をした人がほとんどらしい。
……自分の人気が分かってるつもりだったけど、全然だな、これ…。
は、早く終わってくれ…終わってくれない気がしちゃって来てるけど…。
うう…勘弁してくれ…。
〇地球・東京都・アカツキ邸──エリナ
私とナガレ君は、一応仕事納めで何とか戻ってこれた…。
コスモスの納入と、ユーチャリスのPMCマルス返還の手続きを行って、
エステバリス本格配備の下準備がようやく整って、明日はもう大晦日…。
二人してナガレ君ちでぶっ倒れているしかなかったわけね。
はぁ…もう、気力がないわよ。
昨日の夜からぶっ倒れて、夕方まで寝込んでしまって…。
私達は呆れながらも、二人で苦笑交じりに思い出話を肴にワインを飲んでいた。
帰省は正月開けてからにしないとナデシコを見送れないし、今日明日くらいはゆっくりしましょ。
「それにしても…本当にいまだに信じらんないよね、
ホシノ君が芸能人になっちゃうなんて」
「…ホントね。
でもアキト君と決闘したアンタも大概よ」
「うっ…も、もう二度としないってば、エリナ君…」
「どうだか」
元々の臆病でどうしようもないテンカワ君時代、
そしてどこまでも冷たくなっていった黒い皇子時代、
どちらでもあり得なかった、アキト君の変貌ぶりに私達は驚いた。
私達もあの頃は余裕がなかったからそんなアキト君にいら立ってた部分もあったけどね。
でも…昔よりいじりがいのある、あのボケボケっぷりは可愛いわよね。
変なところで素直になっちゃったのも、憎めないわ。
……油断してる時はボケてるのはナガレ君もだけど。
「草壁は何を考えてるんだろうね。
平和を開けるくらいの脈はありそうなんだけど」
「それも不安なのよね。
油断できないわ」
奇襲や苛烈な作戦がないので、脈はあると推測されてるけど…。
…未知数なのよね、すべてが。
仮に脈があったとしても草壁という独裁主義者が、
どこまで私達に合わせてくれるかなんてのは特に。
「…もしかしたら彼も何か背負ってたんじゃないかな」
「まさか…」
あれだけのことをしでかして、木連全体を全面戦争に傾けた男が、
そんなことはないと思う……けど否定はしきれなかった。
人がどこまでも狂う姿を目の当りにした身としてはね…。
悪役も実は可哀想な過去を持つ人でした、なんてのは少年漫画だけだとおもうけど…。
もしそうだったらアキト君たちは本当の意味でボソンジャンプの呪縛から解き放たれる。
ボソンジャンプを独占しようとする者が居なくなるんだから。
…私とナガレ君もその一部だったんだから…。
「ま、この世界じゃ僕のクソ親父の悪事もさらに筋金入りだ。
草壁のことを責める権利は僕にもないとは思うよ。
…まさか世が世ならクローンにまで手を出してたなんて」
「…でもあの三人の出生って謎なのよね。
人を生み出して、そこに未来の人格を植え付けるボソンジャンプなんて…」
…私達のボソンジャンプも異常だけどね。
過去にボソンジャンプするだけじゃなく、
過去の自分と重なるように綺麗に融合するなんて。
ホシノアキト、ホシノユリ、そしてラピス。
ホシノアキトがテンカワ君のクローンで、ラピスはユリカさんのクローン。
ユリは極めてホシノルリに似通った生い立ちをもつ、ユリカさんの妹…。
…彼らにとってあまりに都合が良すぎる身体の準備。世界の改変。
これが何者かの意図によるものとは考えられない…。
アキト君だってボソングレネードのランダムジャンプでジャンプ先をイメージすることが出来なかったから…。
単なるランダムジャンプで終わりだったはずなのに。
…それにしたって異常だわ。
ボソンジャンプではこんなことは起こりようがない。
これを考えると謎が深まるんだけど…ボソンジャンプというタイムスリップは、
テンカワ君が月に二週間前に戻ってもあのマジンたちの来襲は防げなかったし、
イネスが遺跡の前で出会った過去の自分である、
アイという少女が過去に戻るのを阻止することはできなかった。
つまり、私達の知る限りボソンジャンプは、
『過去を変えるためには使えない』
これはイネス博士もほぼ確定だったと言っている。
ボソンジャンプの結果を込みの運命で私達は生きているわけで、起こったことを覆すことはできない。
唯一覆す方法があるとすれば『遺跡の破壊』だけ。
ボソンジャンプの結果をキャンセルすることで、時間を巻き戻す、
あるいはボソンジャンプがなかった世界に移行するとされている。
これもやったことがないから推論にすぎないんだけど…。
「…ラピスが昔に比べて明るくて、
知識も発想も考え方も何もかもが規格外になってるのも…。
なんでなのか分からないわ。
あれがないと今のアキト君とユリじゃ危ない気はするけど…」
アキト君にとって都合のいい状況はともかく、一番不思議なのはラピスなのよ。
アキト君はこの世界のホシノアキトとして育った記憶のせいで穏やかさと素直さを手に入れ、
ボケボケしながらも昔と同じような性格に戻れた。
ユリも同じくホシノユリとして育ったので能力も性格もだいぶ変わって…。
でもラピスだけはまだこの世界では四歳。投薬によって身体だけ十二歳。
物心がつく前の幼女の人生では変わる要因なんてない…。
年相応の十二年の人生があったとしても、下地になる前の世界の記憶ではああはならない。
ではあの知識、あの考え方はどこから来たの?
「ま、なるようにしかならないさ。
僕たちのこの命だって、もしかしたら明日にはボソンの粒子に葬られてしまうかもしれないんだ。
それどころか、この一瞬にだってここにバッタが飛んできてジ・エンドなんてのもあり得る」
「……そうよね」
……考えるだけ不毛かもしれないわね。死んだらやり直しがきかないもの。
こんなやり直しが出来てる私達はそんなに贅沢言ってらんないわ。命があるだけでも丸儲け。
さすがにバッタが飛んでくるとかなら連合軍のレーダーに引っ掛かるんだけど…。
もし草壁が火星のA級ジャンパーに『火星を見捨てた地球に復讐を提案する』なんてことがあったら、
いくらでもそんなことはできてしまうから…。
そうなってないからこそ、脈があるとしか言いようがないんだけど。
「そんなことを心配するくらいなら…ね」
「…バカ。
そういうことするには時間が早過ぎよ?」
「いつ亡くすか分からないからね、後悔したくないのさ」
ナガレ君は少し強引に私を抱きしめて迫ってきた。
私も拒否はしなかった。
…そうよね、
きっとアキト君もそれを思い知ったから、ユリを積極的に…。
私達っていつもそう…手遅れになってから大事なことに気が付くの。
大事な人が手の届かない場所に行ってから…取り返しがつかなくなってから悔やむの…。
私も…ナガレ君も…アキト君も…ユリも…。
でもアキト君以外は最愛の人をボソンジャンプのリセットで取り戻せた…。
…いえ、アキト君も自分の手で、失ったユリカさんの分までこの時代のユリカさんを…。
報われない愛でも、この事実を受け入れて進もうとしてるんだもの…。
…本当に変わったわ、アキト君も。
だから変わる…世界そのものも…何もかもが…。
〇地球・佐世保市・佐世保刑務所
佐世保刑務所で、テレビに映る映像に震えている男が一人いた。
その男は、かつてPMCマルス発足時、ユリを誘拐してみかじめ料を求めた暴力団の元組長だった。
「な、なんだよおやっさん!?
あのとぼけた男がどうかしたのかよ!?」
元組長はテンカワアキトが映画の予告で出てくる姿をみて震えている。
彼は一時『黒い皇子』に戻ったホシノアキトに指を折られた。
そしてプロスに記憶操作をされて忘れさせられていたが…。
無意識化ではトラウマを植え付けられており、テンカワアキトの顔に怯えていた。
ロケハンバトル中の『黒い皇子』再登場の時は卒倒したらしい。
映画がヒットしてしまうと、街中にテンカワアキトの顔がたくさん出ることだろう。
そうなったら彼に休まる隙間は全くなくなってしまうが…。
もっとも、彼が収監される期間はまだ十年以上残っていた。
〇地球・高速道路サービスエリア──ミスマル家運転手・連合陸軍元少佐
私は佐世保にミスマル家のお嬢様たちを迎えに向かっている。
だがお嬢様たちが乗ってしまうと、私はしばらくタバコを吸えなくなるので、
先んじてここで喫煙タイムをとっている。
タバコのにおいを残すのもよくないのでもちろん車内でも吸っていない。
ここからまた東京に戻らないといけないので休憩もしっかりとりたかったのもあるが…。
『少佐、分かっていると思うが、万全の体制で頼む。
アキト君とユリは明日こちらに向かうそうだからな』
「はっ、お任せください。
ミスマル提督に対する護衛よりも厳しくとのことでしたので、
抜かりはありません」
ミスマル提督に定時連絡を行う必要があった。
今回の警護は必要に駆られてのことだ。
正直なところ、ユリカお嬢様たちとアキト君の立場から言えば、
警護の重要性を鑑みると戦艦で移動するという方法も大げさではない。
ピースランドのお姫様、ルリお嬢様…。
アキト君とユリお嬢様を守る、PMCマルスの影番長、ラピスお嬢様。
そしてミスマル提督の生きがいともいうべき、提督が溺愛するユリカお嬢様。
この三人を守りながら東京に向かうというのは、一大事だ。
一見すれば私が一人で三人をお連れするしかない状況だが…。
護衛のためにこちらに来てくれているピースランドの護衛団とも密な連携の上、
皇族並、首相並の厳重な警護体制を敷いての移動となる。
私も昔のツテで頼りになる助っ人も頼んである。
…悔しいがここまでしても、おそらくアキト君一人の護衛とさほど変わりはないんだろう。
アキト君は殺気を読み取る力がとんでもなく強いので半径一キロ以内に、
自分を害するような気配があったら気づくだろう…本当に彼はすさまじい。
火器や個々人の戦闘能力はともかく敵の察知に関しては差があまりない。
…ユリお嬢様もアキト君も、出会ったころからすぐに提督をよく信頼している。
まるで旧知の仲であったかのように、大切に思っているのがすぐに分かった。
付き合いの浅い人間に対して引け目や怯えを感じる事もなく、
初めて出会う提督に全幅の信頼を寄せていたあの二人…。
人を見る目があり、人をひきつける魅力を持っていると感じたが、
まさかここまでの成功をおさめ、今まさに映画スターにすらもなりつつあるとは想像もしなかった。
…提督もまさかユリカお嬢様がメインヒロインになるとは想定外だったろうが…。
それはともかくとして、地球にエステバリスの有用性を広め、
軍事製品の分野においては二番手、三番手の地位に甘んじていたネルガルを押し上げ、
木星トカゲの戦艦の技術をさらに改良した強力なナデシコ系戦艦を公表する機会をあたえた。
これによって地球圏が、希望を得るに至った。
この働きはアカツキ会長すらも想定外のところがあったように思うな…。
むしろ最初のうちはアキト君と反目していて、彼らも何かいさかいがあったようだ。
…そういえばエステバリスの故障による危機から、
アカツキ会長を助けたのはラピスお嬢様とも聞いたな。
……PMCマルスのいきさつも、決して順風満帆とはいかなかったとも聞くな。
資金繰りから何から難航していたと、ユリお嬢様は苦労話をしてくれたこともあった。
すべてが綱渡り状態、後世の記録に残ったら脚色されたものと疑われるものばかりだ。
あの二人は間違いなく一生分以上は世間に貢献した。
今後は自分の人生を謳歌してもらいたい…。
すぐには無理だが、せめて今日くらいは私が、
ユリお嬢様とアキト君の二人きりの時間を守ってあげたいものだな。
〇地球・佐世保市・PMCマルス社屋・屋上特設宴会場─テンカワアキト
俺たちのホシノ列伝大会は大盛り上がり状態だった。
…ミーハーどころかホシノに完全に心酔しきってるらしいユーチャリススタッフの女の子たちは、
かなりの熱狂ぶりを見せて質問タイムに入ることが多かった。
今回は眼上さんが居ないのが惜しいところだ。
芸能界に出ているのでこの場に居ないが、ホシノを押し上げたという人物だ。
このホシノファンの女の子たちは逆にもう聞くところはあんまりないんだろうけどさ。
コスプレ喫茶で原石探しをしていたところに引っ掛かったらしいが…。
…まさか芸能人になることだけを条件に五十億円集めるってことになったとはな…。
「それでな、ちょうど俺が倉石ジムに顔出した時に、
テレビの企画でスパーリングに来てたアキトと出会ったんだよ。
倉石ジムのヨーコさんが気に入って出資金を出してくれてな」
……ナオさん、嘘は言っちゃいないが非合法の闇ファイトだろ、それ。
ナオさんという心強い味方を引き込んだからホシノは初めて安心して戦えたんだろうけどさ。
ナオさんが居なかったら俺たちも死んでたかも…。
だけど、今でも思い出すのはユリさんがスカウトに来た時のことだ。
俺はあの時、木星トカゲに怯えていた。
アイちゃんを…火星の人たちを殺したあいつらに怯えていた。
忘れ去ろうとして自分の夢に向かおうとしても、振り払えなくて…。
皮肉にも一番なりたくなかったパイロットになることで立ち直れた。
ホシノとユリさんが転機を与えてくれた、仲間というものを感じられるようになった。
ユリカとだって…。
……こんな情けない俺が、こんなにたくさん助けてもらえるなんて思いもしなかった。
そういえば、ルリちゃんもだな。
ホシノたちがかなり手をかけて助けてくれたのは…。
今でも疑問なのはユリさんとルリちゃんの関係だ。
なんでユリさんはルリちゃんの過去を知ってたんだろう。
DNA鑑定をしていた様子はなさそうだったし、
ネルガル…エリナさんもルリちゃんやラピスちゃんに対して気遣っている様子はあっても、
ルリちゃんの過去を知っているようなそぶりはしていなかったから、
ネルガルが調べていたわけじゃなさそうだな…じゃあなんで知ってたんだ。
ユリさんかラピスちゃんが調べても、DNA鑑定もせずに分かるはずもないし。
ホシノは無理だよな。俺と同じか俺よりバカだし。
…!?
待てよ…そういえばあいつは、ホシノはなんであの時……。
「テンカワ、何をぼうっとしてんだよ」
「へ!?」
「自分の彼女が帰るってのに見送っていかないのか?」
「しゅーん。
アキトってば、お父様がまだ認めてないからついて来れないからって、
冷たいよう」
「あ…ユリカが…。
ご、ごめんな」
……俺はあいつも情けないだろ、と反論せずに逃げるように出ていく。
ユーチャリススタッフの女の子の怒号のごときはやし立てる声にぐらんぐらんしながら、
俺はユリカとルリちゃんとラピスちゃんと会場を出て行った。
ユリカがホシノのエピソードを話したあたりで、迎えが来ていたらしい。
俺はユリカの乗った、元少佐の運転手さんの車を見送りながらぼんやり考えていた。
…疑問は一個残ったけど、いいか。
あいつには貸しが多すぎるし、それくらい飲み込んでおいてやろう。
ナデシコに乗ってる時間、あいつがついてくるなら時間なんていくらでもあるし、
聞いたら答えてくれるだろうし。
…はぁ、まだこのホシノ列伝大会は俺たち抜きで続いていくのか…。
そのうち自伝でも書いて質問が少なくなるようにしないとまずいんじゃないか?
またそういうの本人は嫌がりそうだけどな。
〇地球・高速自動車国道・ミスマル家専用車両内──ルリ
私とユリカさんとラピスは、東京に向かってます。
本当はアキト兄さんとユリ姉さんも一緒にと思ったんですが、
座席数の事もありますし、二人がゆっくり佐世保でデートできるように配慮しての事です。
このあたりもラピスの提案でした。気が利いてます、相変わらず。
「あ、お父様?
ちゃんと少佐さんの車にのってそっちに向かってます。
お父様もちゃんと帰ってきてくださいね」
ユリカさんがおじさんに連絡をしてくれてます。
ミスマルおじさんもナデシコが火星に向かうために秘密裡に動いてくれてます。
本当はユリカさんを火星に行かせるなんて死んでもさせないとまで言いそうですけど、
アキト兄さんとエステバリス隊の強さは知れ渡ってますし、
ナデシコの性能があれば不可能じゃないと納得してくれたんでしょう。
…決して映画のせいじゃないと思いたいです。
それに…東京に戻ったら、私たちは正式にミスマル姓を貰えます。
かなり時間が掛かりましたが嬉しいです。本当に。
ユリカさんを…ユリカ姉さんと呼ぶ日が近くに…。
「さて、長旅になるし、私ちょっと寝とくね。
三人のうち、一人くらい深夜に起きてた方がいいでしょ」
「え?
でもラピスちゃん、それなら私が」
「…一晩くらい、好きに夜を過ごさせてあげたって罰は当たらないでしょ。
二人のいちゃつく姿くらいならまだ我慢できるけど、
放送禁止なところまではさすがに見てらんないし」
「そ、そっか」
……また配慮してますね、ラピスは。
ラピスは…アキト兄さんが五感を失った時の治療の手伝いをした後遺症で、
寝ている間はアキト兄さんの視覚と聴覚を傍受できる超能力があると…。
「運転手さん、二人も積もる話があるだろうし、
真ん中の仕切り出しといてくれる?
後ろで話されるとさすがに眠れなくなっちゃうだろうし」
「はい、ラピスお嬢様」
「…私がお嬢様かぁ。
言われてみると結構気分いいね。
中盤くらいでパーキングエリアでご飯食べようね、ルリ、ユリカ。
そのあと二人も仮眠とりなよ」
「…うん、おやすみ、ラピスちゃん」
「おやすみなさい、ラピス」
ラピスはふっと笑うと目をつむって眠り始めました。
ラピスは元々眠りに入るまでがかなり早い方ですが、最近はなおのことです。
あのブラックサレナのプロテクト突破の時に、かなり無理をしてから数か月、
後遺症というほどではありませんが、脳の疲労が大きかったのか睡眠時間が増えてます。
最近はまた普段通りの時間に戻りつつはあるんですけど。
運転席と助手席、後部座席を分断する仕切りを挟んで、
私達は同じ空間に居ながら遮断されました。
この車はミスマル提督の専用車であるため、
極秘情報を漏らさないようにするために、防音装備を施されてます。
極端に叫ぶような状況でなければ絶対に聞こえません。
でも…。
「…ユリカさん、念のため端末の電源を切ってくれますか」
「え?」
「ラピスも自分から気を使って私達を二人きりの状況にしてくれたんです。
でも話を聞かれたくないから端末は切っておいてほしいと言っているようです」
「…うん」
ユリカさんは私の意図をすぐにくみ取ってくれたようです。
私とユリカさんはすぐに電源を切りました。
完全に二人きりで、ラピスが居ない状態というのも今まで機会がありませんでした。
私とラピスのどちらがナデシコに乗るかはまだ決まってませんが、
もし私が地球に残ることになったらこういう話をする機会もだいぶ減ってしまいますし。
オモイカネを介した通信で記録に残すのもまずいことですから。
「アキト君とユリちゃんの事だよね」
「ええ。
ラピスの事も気にかかりはしますけど、
あの二人は…色々おかしいんです。
……ユリカさん、アキト兄さんの話し方に違和感を覚えてますよね?」
「うん…。
今までもそう思うことは多かったんだけど…映画撮影の時、確信に変わったの。
私の先に居る『元婚約者ユリカ』じゃなくて、私に目線が向いてることが多くて…」
…やっぱり。
「私も疑問だったんです。
私とユリ姉さんに対する態度が…同じに見えるんです。
ラピスに対する態度はまるっきり違うのに」
「…変だよね」
アキト兄さんは人をひいきするようなタイプじゃありません。
なのに私は呼び捨てにしないんです。
それだけならまだしも、私とユリ姉さんの扱いが同じように感じることが多いんです。
確かに私達は似ていますが…ユリカさんが感じた違和感と同じような、重なる違和感。
「ルリちゃん…色々あったよね。
PMCマルスが連合軍の特殊部隊に襲われて、その後アキト君が死にかけたり、
お父様が襲撃指示をしたんじゃないかって疑われたり…」
「あの時はユリ姉さんとユリカさんが乗り込んで何とか出来たんですよね」
「うん、アカツキ会長が助けてくれて…」
アカツキ会長も今一つ分からない人です。
今でこそはっきり味方ですけど、何か企んでたんでしょうか。
男同士の決闘って、古臭いですし、思惑があったようにも思うんですけど。
それはともかくとして…。
「そのあたりで特に気になるのはアキト兄さんとアカツキ会長の親友関係です。
二人がお互いを信じているのはわかるんですが、そうなる要因が少なすぎて」
「…そうだよね。
いくら助けてもらったとはいっても実験体扱いされてたのはかわりないし……」
そうなんです。
協力関係にあって、何か変わる事があったとしても。
色々期間が合わないのもあります。
これに気づいたらラピスはすべてを教えてくれるという話でしたが…。
その先を聞くことを私は保留しました。私に関わりがありそうなことでしたし。
しかもユリカさんは知らないことですが、
アキト兄さんとラピスはネルガルに生み出されたクローンです。
…ある程度伏せて話しておくべきでしょうか。
「ユリカさん、ラピスがこっそり教えてくれたことなんですが」
「なに?」
「アキト兄さんとラピスは、生まれた時からネルガルにマークされていたそうです」
「!?」
ユリカさんが驚愕しています。
当然です。
この事実は二人が最初からネルガルに人生を操られていたことを意味します。
二人がネルガルに反抗してもおかしくない事実です。
「なんで…」
「…詳しくはまだ言えません。
でも、そうなるとアカツキ会長を許す理由がなくなると思いますよね」
「…うん。
いくら優しいアキト君でも…そんなことまでされたら…」
「私もそう思います。
…それに、あることに気づいてしまったんです。
私、この間、私を育てた研究員に体の検査をしてもらったんですが…。
その時、マークされていたアキト兄さんの情報を聞いてみたんです」
「どんなことを聞いたの?」
「…マークされていたアキト兄さんの人生の途中には、
『ユリカ』という存在は一度も出てこなかったそうです」
「ええっ!?」
とはいいますが、実際に聞いた内容は異なります。
アキト兄さんがクローンだという話を前提として…。
『ユリカ』という実験体が居たのかどうかという問いをしました。
答えはNO。
その研究員自身も、レポートでしか知らないので、それ以上の事は聞けなかった。
そうなると…研究所を出た二年の間に起こったことになりますが、やはり年数が合いません。
どうやっても、復讐のために戦おうとしてユリ姉さんから離れたとすれば合わなくなるんです。
…やはりアキト兄さんの言う通り前世の事?
そうなれば納得はできますが…ユリ姉さんと合流出来た理由も分かりません。
アカツキ会長との出会いも同様です。前世のあたりから会ってないと無理です。
「じゃ、じゃあアキト君は嘘をついてるの?」
「…分かりません。
前世の記憶だとか、そういうロマンチックなことだったら説明がつきますけど。
バカな話してごめんなさい」
「…ううん、バカげてなんかいないよ。
それにバカげた絵空事でも聞くよ、私はお姉さんだもん」
「…はい」
ちょっとぼやかして発言しましたが、これくらいが私の想像の限界であり、
知っている事実からまとめた情報です。
文学的な創造の翼を広げるには不向きな人生してますし、私。
「……じゃあ、ルリちゃん。
私のバカな、妄想みたいな考えだけど聞いてくれる?」
「どうぞ」
「…あのね。
アキト君とユリちゃんは、もしかしたら、
未来から来たアキトとルリちゃんじゃないかって…思ったの…」
「!!」
ユリカさんは不安そうに、思いつめた表情で私に伝えました。
私もびっくりして眼を見開いてしまいました。
そ、それなら私の疑問もすべて解けてしまいます…!
アキト兄さんとラピスとの関係、
ユリカさんを大事そうに見つめるアキト兄さんとユリ姉さん、
エステバリスの導入も、アカツキ会長との関係も、何もかもが…!
この場合、タイムスリップしても同じ自分がそこにいるだろうという別の疑問はありますし、
アキト兄さんが老けてないとかそういう疑問もありますが…。
そもそもタイムスリップが出来るのか、とかそういう一番の問題はありますが、
一番納得がいく説です、確かに。
「そ、それ…妄想というには、現実味があります…」
「そ、そう?
ちょっと突拍子もないと思ったけど…」
「…前世の記憶という風にアキト兄さんが言ってたことは本当にありました。
もし前世と言っていたのが未来の事で…。
タイムスリップで、この世界で生まれ変わるようなことがあるとしたら…」
「あ、あはは…だんだん飛躍してきちゃったね…」
私達は力の抜けた苦笑いをしてます。
気付いてはいけないことに気づいてしまった感じです…。
…いえ、それよりも考えないといけないことがあります。
ユリカさんの表情がどんどん曇って、ついに涙をこぼしてしまいました。
…そんな未来なんて想像もしたくありません。
あのとぼけた…でも素朴で心優しいテンカワさんが、そんな風になるなんて…。
そしてユリカさんが死ぬ未来なんて……そしたら、私はどうなっていたんでしょう。
……!
私がピースランドの姫と告げた後の言葉…!
もしかしたらあの時、ユリ姉さんは…私と同じ状況の時、
私が最初にそうしようと思った通り、ピースランドを拒んだ!?
……アキト兄さんが私とユリ姉さんに同じ態度だったとすると…。
ユリ姉さんはテンカワさんとユリカさんの間に居た…!?
そして、復讐のためにユリ姉さんを置いていったという言葉通りなら…。
ユリ姉さんが私だったとしたら、
ひとりぼっちになって、今更ピースランドに戻れなくなり、帰る場所もなくなっていた!?
そ、そんな、寂しい人生を……!
それを変えるために二人は未来から来た…!?
間違っていたらいいと思うのに、どう考えてもそれを否定できない…。
二人の気持ちを考えるだけで、二人の人生を想うだけで、
私も目の前がにじんできて…抑えられない…。
私達は暗くなってきて、
後部座席の様子がうまく見えないままでいてくれることを祈りながら、
ただしばらく泣いていました…。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
「ま、まだ本人に確認したわけじゃないですし、
ちょっと結論を急ぎ過ぎですよね」
「そ、そうだね…」
私達はハンカチで涙を拭いて、鼻をかんで、一段落しました。
とはいえ、もう確定事項といっても過言じゃありません。
どう接すればいいのかも迷ってしまいそうです。
「…でもどうするんです、聞くんですか?」
「…ううん、聞かない……状況証拠ばっかりだし、
言いたくないことを暴いても、二人の気遣いを踏みにじることになるもん」
「…そうですね、ラピスの言う通り戦争が一段落してからにしましょうか」
二人は聞けばすべて話してくれるでしょう。
でも、私達はその未来の話を詳しく聞いて冷静で居られませんし…。
それに未来の答え合わせをしながら生きるというのはつまりませんし。
せいぜい、猫型ロボットの言う悲惨な未来予想図があるのを阻止するお話のように、
未来を失わないために自分で努力するだけです。
それ以外は結局、いつも通りにするほかありません。
「でも…あの映画、二人の入れ込みようを考えると、
あんな感じの未来があったんじゃないかなって思うよね…」
「そうですね…それじゃもしかしたら、
アキト兄さんがテンカワさんよりとぼけてるところがあるのって、
あの映画みたいに過去と未来、二つの人格が一つになってるみたいなことかもしれませんね」
「あ、そうかも…。
…駄目だなぁ、否定する要素がどんどんなくなっちゃうよ」
「いいじゃないですか。
…大事な人には変わりがないんですから」
「…うん」
二人がどれほどの涙をのんで私達を助けてくれるのか…分かりません。
でも、それなら二人を今までより信じて、愛してあげるほうがずっといい。
いつか、アキト兄さんたちのすべてを知る日が来る。
それまで生き残って…平和に生きる日をつかむんです。
そう信じるだけでいいんです、私達は。
…あの真っ黒いアキト兄さんの事を思い出したくないだけかもしれませんけどね。
「それに、大丈夫な気がします」
「何が?」
「…どうも似てはいるんですが、ユリ姉さんは私自身には思えません。
ユリカさんみたいに表情が豊かで、面倒見もいいし、優しいです。
同い年になっても、あんな風にはなれる気がしないので…。
…今まで通り、ちゃんとお姉さん扱いできると思います。
アキト兄さんも、テンカワさんとは付き合いがまだ深くないですし、別に」
「ルリちゃん…」
私はどうやってもユリ姉さんにはなれない。
確信をもってそう思います。
でも、だからこそ私は妹として…負い目なく、今後も付き合える気がしてます。
同じ境遇で育った、同じような性格の年上の人間で、私に親切にしてくれるなら、やっぱりお姉さんでいいと思います。
「ユリ姉さんが私にくれた温かさは…自分好きという感じではなく、
あくまで自分に近い、血のつながった妹に対する態度のように思います。
私…ユリ姉さんが羨ましいです、ユリカさんを実のお姉さんにできるなんて」
「…ルリちゃんも私の妹だよ。ラピスちゃんも。
それにピースランドの大事な家族も手放したくないって思ってたんでしょ?
とっても大事な人がたくさんいるのって…嬉しいでしょ?」
「はい!」
私はよどみなく、はっきりと答えました。
私はこういうところは欲張りなんです。
今まで家族というものを感じられなかった分も、全部貰おうとしてます。
ユリカさんも嬉しそうに笑ってくれました。
「でも…ちょっとだけ心配事が出来ちゃったな」
「え?」
私が首をかしげると、ユリカさんは困ったようにまた笑いました。
「だぁって、そう考えるとね。
私を亡くしたらアキトはルリちゃんとくっついちゃうってことでしょ?
……もしかしたらルリちゃんにアキト取られちゃうかもって」
私はぽかんと口を開けて呆れてしまいました。
そんなこと、起こりようがないのにと…。
「……あんな扱いづらい人嫌ですよ、私」
…でも…安心した。
でもね、覚えといてよルリちゃん。
誰かを好きになるって、
欠点もなにも気にならないくらい…自分の全部を賭けてもいいって思っちゃうくらい、
その人の事しか見えなくなっちゃうんだよ?」
「……覚えときます。
自分自身かもしれない姉が、あんなにポンコツになっちゃうのを見てますし…」
……好きな人が居ると、あんなになっちゃうものですかね。
どっちかっていうと、好きな人が関わるとポンコツになるのは、
ミスマルおじさんの遺伝な気がするから大丈夫な気もしますけど…。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
「ねえ、二人とも目が真っ赤だけど大丈夫?」
「え?
あ、ちょっとね、あはは…」
私はサービスエリアで目覚めたラピスに指摘されてため息を吐きました。
…これくらい盗聴しなくても状況を見れば読まれてしまいますね、ラピスには。
もう、参ります、本当に。
〇地球・佐世保市・市街地──ユリ
「はぁ…はぁ…なんとか逃げ切ったね…」
「……アキトさん、やっぱ行くべきじゃなかったですね」
「そうもいかないって…。
コスプレ喫茶がスタート地点みたいなもんなんだから…。
…義理堅いけど、それで貞操の危機にあっちゃ意味ないでしょうに…。
アキトさんはかろうじてコスプレ喫茶から逃げてきました。
最終的に、アキトさんは世紀末の魔術師コスチュームに着替えて、
複数人同じ格好をしている人たちに紛れて逃げました。
宙を舞いながらの生着替えをしてしまったそうです。
その時点で鼻血をだしてぶっ倒れる子が居たりして、ある程度数が減って、
それで協力を得ながら逃げまどってかろうじて脱出しました。
「ラピスには困ったものです。
あの世紀末の魔術師の大成功で、
アキトさんの名声が日本だけじゃすまなくなって、
全世界的に有名になっちゃったんですから」
「あ、あはは…」
あの一件以来、ピースランドでの「世紀末の魔術師」ショーのディスクは、
この半年たらずの間に一億枚の超セールスを記録してしまったそうです。
予約の段階で300万枚、全世界で1000万枚に達する可能性がありましたが…。
どこをどう間違ったのかここまで売れて、少年漫画、少女漫画での連載も始まったとかで頭が痛いです…。
…アキトさんと平穏な日を得られるのはいつになりますかね…。
「で、でも…俺が盗みたいのは…ゆ、ユリちゃんのハートだけだったりして…」
「ばっ!
……………ばか」
アキトさんはちょっと強がって、キザなセリフを言っては見たものの…。
二人して顔を真っ赤にしてしまうだけで、別に盛り上がるとかそういう気分にはなりませんでした。
嬉しいけど恥ずかしいだけです、これ…。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
私達は日が暮れて目立たなくなり始めて話しながら歩いて、
この世界にボソンジャンプした…と思い込んでいた、土手にたどり着きました。
もう22時ですか…出かけたのがだいぶ遅くなっていたとはいえ、ずいぶんですね。
「お、アキトじゃないか」
「ナオさん?」
「よお、色男」
歩いていると、ナオさんが土手で、なぜか花火をしてました。
乾燥してて危ないでしょうに。
しかも一緒に居るのはブーステッドマンの人たちです。
カエンさんが指で触れて着火をしてくれてます。
なんか変な感じですね、この間殺し合いをしてたっていうのに、仲良く花火。
…でも、敵同士でこんな風になれるっていうのは、理想かもしれませんね。
〇地球・佐世保市・郊外・土手──ホシノアキト
「どうしてこんなところに」
「アキトの武勇伝大会が終わった後、飲みに誘われな。
色々積もる話もあるし、おごってくれるってんで出て行ったら、
驚いたぜ」
……俺はナオさんの話を聞いて、同じく驚いた。
飲み会の最中、ナオさんも、ブーステッドマンたちも、
同じ研究所で作られたクローンだったと教えられたらしい。
恐らくクリムゾンの持っている研究所だと察することが出来る内容だった。
そういうこともあって、ナオさんを倒すことに執着していたと…。
彼らは照れくさそうにしながらも話してくれた。
「…そっか、似たもの同士だったのか」
「あ?」
「俺もクローンだよ。
知っての通りユリちゃんは違うけど」
テンカワがオリジナルということは伏せたが、すっと口からこぼれた。
今度はナオさんとブーステッドマン達が驚いた。
俺がネルガルの実験体だったというニュース、
そしてユリちゃんとルリちゃんの出生に関わるニュースもあったので、
どこからか連れてこられた孤児かと思われていたんだろうな。
「…もっとも戦闘に関する遺伝子操作は受けちゃいない。
あくまでIFS強化体質者に関する遺伝子操作だけだけどな」
「…なるほどな」
「どっちにしても戦争のために作られたという点も含めて、
俺たちは似たもの同士だ。
…ま、残りの命は大事にしような、お互いに」
「けっ。
そういや…正月には火星に向かうらしいな、お前ら」
カエンは俺の言葉はどうでもよさそうに問うた。
ナオさんに聞いたんだろう。
もうすぐ発表だし、マスコミに言われなきゃどってことないが。
「ああ」
「だったら映画と同じように生きて帰ってこいよ。
アカデミーにノミネートされても主演俳優が死んでちゃ意味ねえからな。
もし情けなく死んだら盛大に笑ってやらぁ」
……ふ、カエンは相変わらず皮肉たっぷりだが、ずいぶん機嫌はよさそうだ。
映画を撮るってことになったきっかけの一つがカエンのひと押しだったらしいし…。
映画俳優になれて喜んでくれてるんだろうな。
「ああ。
もう一度佐世保に戻って…。
俺はコックになる夢をかなえるんだ。
…ユリちゃんと」
俺が横目でユリちゃんを見ると、ユリちゃんは静かにうなずいて笑ってくれていた。
…ユリちゃんは俺の夢についてきてくれるんだな、どこまでも。
「あら、アキト様にユリさんもいらっしゃったんですか」
「どうも」
遅れて来たと思われる、アクアとクリス監督が現れた。
…なるほど、そういう集まりだったのか。
こんな寒空の下でやることじゃないが…次集まれる日が分からないからな。
無理にでも集まったんだろう。
「これからでっかいテントを張って二次会することになっているんですが、
よろしければ…」
「いや、ごめんアクア。
明日には帰省しなきゃいけないんだ。
酒が抜けないまま行くわけにもいかないし…。
また無事に戻れたら、映画の集まりの後にでも」
「そうですか。
…アキト様、意外とワルなんですね」
……しまった、今の俺は未成年だった。
堂々と未成年飲酒をすすんでやると言ってしまっていたか。
「じゃ、また」
俺たちはナオさんたちと別れて、会社に戻った。
会社に戻った俺たちを迎えてくれたみんなは、酒も飲まずにいたのに場酔いしてずーっと騒いでいたらしい。
俺が解散宣言をすると、みんなそれぞれ社員寮に戻っていった。
そして、俺たちは自分たちの部屋に戻ってきた。
…東京に向かったら、後はナデシコに乗るまでここにはもどらない。
だから…明日は起きたらすぐに荷造りをして出発しないとな。
「…アキトさん、またナデシコに乗れるんですね」
「うん」
「…今度こそ、私達はあの頃を繰り返すことになるんですね」
「繰り返すんじゃない、あの頃に戻れはしないんだ。
俺は…もうテンカワアキトじゃないから。
でも、あの頃より良い未来を引き寄せるために戦うんだ。
…ユリカの分までね」
「はい…」
…草壁が、俺たちと同じ気持ちになっていることを祈るしかないだろう。
そうでなければ…恐らく泥沼だ。
たまたま木星の人たちが火星に着いてないだけ、なんて事だけは避けてほしいが…。
「あ、あのアキトさん…」
「え?」
ユリちゃんに話しかけられて、俺は一度思考を止めた。
どうしたんだろう。
「…さっき、ラピスからメールが来たんですけど…。
仮眠を十分にとったからユリカさんとルリが寝てる間、
連絡係で起きてるから今晩はフリーだよって…」
「…あいつ」
ラピスの気遣いに苦笑せざるを得なかった。
ラピスは変なところまで気が付くからな…この間のお詫びかもしれないけど。
嬉しい話ではあるが…あまり明日遅れるわけにもいかないんだよな。
いや…ゆっくり、ユリちゃんと一晩過ごそう。
ナデシコに乗ってる間、また自分とテンカワを鍛えたり忙しくなるかもしれないからな。
今くらいは…。
「…じゃあ、ゆっくり味わってね」
「は、はい…」
「ユリちゃん…」
「アキトさん…」
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
ユリちゃんと夜を過ごした回数はどれくらいになっただろう。
ユリカを抱きしめられなかった後悔が、ユリちゃんに対するためらいをだいぶ減らした。
ちゃんと積極的になれるまでは半年くらいはかかったけれど…。
ユリちゃんは俺を待ってくれた。
臆病な俺を待ってくれたユリカのように…。
それがどれだけ俺を救ってくれるか分からない。
俺は彼女への感謝のためにも、これからも精一杯応える。
ユリカもそれを願ってくれているだろうから…。
〇地球・高速自動車国道・ミスマル家専用車両内──ラピス
後部座席でルリとユリカが寝息を立てている中…。
私は端末を操作しながら、エリナとアカツキに連絡を取っていた。
アキトとユリはPMCマルスの事でいっぱいいっぱいだし、
芸能関係と映画の関係の事は眼上とアクアに任せてるけど…。
私はアキトのナデシコ乗船を阻害しそうな人たちの動きをチェックしないといけないんだよね。
ユリもこの辺は得意だったと思うんだけど、忙しすぎて無理だし。
私は重子を中心にさつきたちに仕事を振って何とか抜け出せてたんだよね。
…まあ、敵はどいつもこいつもどうってことない連中だけど、
動きのチェックは当然必要だし、放置できないし。
『そういうわけで、今のところは大丈夫。
状況的に過去の妨害工作は無理だから安心して。
しいて言えば、PMCマルスのアフターフォローの方が必要だよ。
私が残る場合はそっちはしてあげられるけど支援してね』
『分かったわ。
それじゃまたね』
メールの返信を確認して私は頭をシートに預けた。
一応、傍受の危険も考えてある程度伏せてる内容だけど伝わるからおっけ。
それにしても…。
ユリカの過去の話はアキトの記憶で知ってるけど、皮肉なもんだよね。
ミスマル家のユリカじゃなくて、私らしくを目指して離れていったのに、
結局は接収されそうになったり、連合軍の指揮下に入らなきゃいけなかったり…。
今だって、ナデシコに乗るために佐世保に向かうというのと逆だもん。
ナデシコから離れて東京に帰省して、正月にナデシコに迎えに来てもらうんだもんね。
…もっとも、状況がだいぶ違うからユリカも変わったんだろうね。
ミスマル家に居るからユリとつながりがある、
ユリとつながりがあるからルリと私とアキトとつながりがある。
だから変に自分らしさを求める必要がなくなったわけで…。
かえって自分の本領を発揮しやすい状況になったのかも。
しかもユリとアキトが、テンカワとのつながりを引き寄せた。
テンカワが居たらユリカってあんまり無理しないようになるんだよね。
…そう考えるとユリカって『自分らしく』あれる場所ってよりは、
『自分らしい生き方』を受け入れてくれる異性の方を求めてたんじゃないかな。
能力を発揮できる場所は戦艦だろうけど、のんきな性格だし、そっちの方がいいじゃないかともおもうけど。
ま、元々の頭のよさのせいかルリともどもアキトとユリの正体に気づいてるみたいだし。
それでも変なところで臆病なのはアキトにもちょっと似てるから、
戦争が終わるまでは聞かないだろうけどね。
「ラピスお嬢様、みんなのためにとても苦労されているようですが、
ご無理は禁物ですよ」
「わかってるよー」
この少佐さんは人を見る目がすごいみたいだよね。
アキトも色々褒められてたし、内容は実際大当たりだったし。
「あなたはもっと輝けます。
私たちのような裏方仕事をせずともよいと思います」
「むー。
今はアキトとユリを守れるの私だけなんだから、
しょーがないじゃん」
年相応じゃない苦労人って思われてるね。
…半分くらいは実は当たってるけど。
報われない恋だってのも自覚があるし。
代わりに仕事の上ではアキトを好きに使ってるけどね。
はぁ……どうしてアキトを好きになっちゃったかなぁ、私。
後悔もないし不満もないけど…もっと容易い恋もあるだろうにね。
ハーリーが同い年で隣に居たらどうだったかな…いや、あんなの要らない。
ま、将来決めるのも男を決めるのもちょっと早すぎると言われれば反論しがたいけど。
「…私ね、アキトの事が好きなの。
自分の命を懸けて守りたいって、心の底から思ってる。
アキトの幸せはユリが居て初めて守れる。
…私も、ルリもユリカもミスマルおじさんも死んじゃダメだけどね」
「…アキト君は危ういんですね」
「そう。
優しすぎるし情が強いから、何かあったら本当にどうかしちゃうよ」
「力もあるし、人望もある…それが致命的になると。
まるであの映画のスサノオのようですね」
「じゃなくてあの映画はもはやアキトの一部を描いたようなもんなの。
クリス監督の観察眼がすごいんだよ、ホント」
アクアとクリスには本当に参ったよね。
色々研究したにしてもそういうキャラを当ててくるとは思わなかった。
「…だからね、危険な独裁者にしたくないから頑張るの。
本当はさっさと町食堂にでも押し込んじゃいたいんだよ。
危なっかしいから」
「そういえば歴史に残る独裁者の一人は、芸術家を志していたのに、
その夢が破れたことがきっかけになってましたな」
「そうそう、そんなかんじ。
ま、その人との違いは料理の才能はちゃんとあるってことだけどね」
あの人も大概なんだけど…でも、独裁って意外と本人はちゃんと社会のためを思ってたりするんだよね。
スサノオの場合は、思ってないわけじゃないけどユリバナのためがメインなあたりが救えないし。
「あの映画のシャーマン役を貰ってる私だけど、
現実じゃ地道な仕事をこっそり積み重ねてるの。
心配しないでも私ももうちょっと年頃になって、戦争が落ち着いたら、
自分の道を考えるってば。
だから大丈夫だよ」
「そうですか?
ラピスお嬢様はどこかユリカお嬢様によく似ていて、
頭はいいんですが、どこか自分を見失うようなところがあるように思うのです」
「…言うじゃん」
「ええ、一途なところもよく似てます」
…正直、ちょっとヒヤッとしたね。
ユリカのクローンだってばれてるのかと思った。
さすがにアキトもそうそう簡単には話さないだろうけど。
「まー肝には命じておくよ。
私が死なないまでも倒れでもしたらアキト達も無事じゃすまないもん」
「はは、あくまでアキト君のためですか。
それもいいでしょう。
…それくらい頑張れるなら、その時間もムダにはならないでしょう」
……分かってる、かないっこない恋だもん。
でも一回だけ公認で浮気してもいいって約束してもらったし…。
…もしかしたらそれであきらめがつくかもしれないし…。
ううん、できれば記念日くらいは毎回浮気させてほしい!
だってそれくらいは働くつもりだもん!
私の貸しは高いんだから!!
「ま、さしあたっては5年か6年くらい頑張るよ。
仕事に飽きたら学校行ってもいいわけだし」
「そうですねぇ、人生は楽しんでいかなければ」
…この人不思議だな、お説教されてるのになんだか安心する。
初めて会うタイプの人かも。
「さて、あと二時間くらいだよね?
ちょっと次でおトイレ休憩寄っていいかな」
「ええ、もちろんです。
お二人もそろそろ目が覚める頃でしょうし」
だんだんと朝焼けが見えてきてる頃だから…。
ふぁぁ…ミスマル家に着いたらもうひと眠りしようかな。
生まれて初めての帰省だもんね。
敵の監視はダッシュに任せておいて、久しぶりに普通にのんびりしたいな。
年末年始くらいはゆっくり休まなきゃ…。
〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
今回は、忘年回でした。
一年を忘れるタイミングで、ここまでのアキトたちの軌跡を振り返る回。
でも芸能界は思いのほか尾を引いたなぁ~。
初期プランではまったくなかった話だけにびっくり。
次回は4クール目でナデシコに乗る前後のお話予定!
ついにテレビ版の二話以降に入る(遅い!)予定です!
ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!
PS:
下書きしてる最中でさえもホウメイさんをさん付けしてることに気が付いてしまった。
PS2:
スパロボDDのBGMがものたりなくて、スパロボFのサントラをamazonミュージックで流してつけてたりしてます。
やっぱり主題歌BGMは偉大だ…。
>うんまあ、娘溺愛してるお父さんがあんなもの見せられて心穏やかでいられるはずが無いと思うのw
>わかってても来るわ・・・とはいうがあの暴れっぷりはなw
外伝一話のラストまで書いたあたりで、「絶対これ入れよう」と思ったアイデアでした。
当然こうなるだろう、と思いながらも爆笑しながら書いてましたw
>ミスマル提督のインパクトが強すぎて、その後の話が全然頭に入ってこなかったw
こう言われるたびにオチに持ってくる方がいいかとも思うんですが、
流れ的にはこのあたりに入れるべきなのと、
結局オチに持ってきてもそこまでの流れを、
全部ぶっ飛ばすだけなのでもうこのままでいいかなってw
~次回予告~
ホシノアキトです。
色々と苦労はしてきたし、死ぬような目にもあったけど、
ようやくここまで来た。
ナデシコでまた火星に向かう。
その先にあるのが過去を超える地獄なのか、
もしくは光明を見出すきっかけがあるのか、
それはまだ分からない。
だけど…。
俺はあの地獄から立ち直って、真に願う未来に向かっている。
俺の力だけじゃなく、信じるみんなにたくさん助けられて…。
だから俺は信じたいんだ。
この先にある、自分の夢がかなう世界を。
ろくでもない思惑にとらわれた、ろくでもない戦争は無くていい。
今度こそボソンジャンプを完全に封印した世界で、俺たちは幸せをつかむんだ。
そうなってほしい。
だろ?なぁ、ユリカ…。
をみんなで見…ええっ!?タイトル空白!?思いつかなかったの!?
感想代理人プロフィール
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代理人の感想
なんでこう、アキトのヒロインはメシマズばっかりなんだw
ダークマターはやめろ、ダークマターはw
P4のムドオンカレー、あれ実在するんだぞw
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