どうも、ルリです。
何かラピスたちの方が不穏な空気なんだって?
信頼しているけど危なっかしいところも結構あるから心配ですね。
でも、あのしぶといラピスがそうそう死ぬわきゃないって。
どっちかっていうと、英雄視されたくないって言いながら、
ド派手に大暴れするアキト兄さんの方がよっぽど心配です。
周りがアキト兄さんをフォローしようとしても、そんな独走してちゃ意味ないってば。
ま、ナデシコの行き先にはラブとトラブルがつきものってのは、
テレビ版でも漫画版でも今作でも変わりなし。
ゲーム版?映画版?未来のことなんて私、知りません。
火星まで、あと一ヶ月と三週間くらい?
そういえば一応ナデシコ専用Yユニットついてて、
本来90日の航路が60日ちょっとで着くんだって。
だいぶ前にちょこっと書いただけだから忘れてる人の方が多いと思うけど。

そんなこんなで今日もやってくわけで…。





















『機動戦艦ナデシコD』
第五十四話:『dermis-真皮-』





















〇宇宙・月→サツキミドリ間航路・ナデシコ・アキトとユリの部屋──ホシノアキト
俺とユリちゃんは一日の業務が終わった後、明日に迫ったサツキミドリ到着を前にして、
サツキミドリを助ける方法を考えていた。
前の世界で、サツキミドリが教われたのはナデシコの補給を断つ目的だったと推定される。
…ということは、それを考えると俺たちがサツキミドリに向かうのは危険だ。
だが、0G戦フレームの数はギリギリで出発している状態だ。
何しろパーツが足りない。
こっちも前の世界では開発が間に合わず、
宇宙での検証を兼ねた訓練ということでリョーコちゃんたちがサツキミドリでテストしていたらしい。
今回はエステバリスの実戦データが多く、宇宙での実用テストにもかなり無理をして予算を割いたため、
ナデシコ出航前に人数分ナデシコに載せることが叶ったわけだけど…。
内一台はブラックサレナに改造することもあって、こっちもかなり無理をしてくれたらしい。
…アカツキに感謝しなきゃな。
それはともかくとして。

「…う~ん、いいアイディアがないよね」

「アカツキさんも気を使って避難訓練でもしてくれればいいのに」

「無茶だよそれは。
 補給を受けるっていうのに避難訓練させるなんて」

「じゃあ、アキトさんがライブでもなんでもしてくださいよ。
 そうすればコロニー総出で来てくれるでしょう?」

「……そ、それはやだよ」

…嫌というか、何しろってんだよユリちゃん。
俺はそういうの苦手なんだってば…。
企画は眼上さんやテレビプロデューサー、ラピスにまかせっきりだったし…。
…芸能詳しいメグミちゃんあたりに相談したらなにか案はあるかもしれないが、最終手段にしよう。

『じゃあ、誤報を流すというのはどうです?』


「ルリちゃん?!」


「ルリ!?」



俺たちの会話を盗み聞きしていたと思しきルリちゃんが声をかけてきた。
もう寝てる時間だと思って油断してたんだ…。

「で、でもルリ…こういう時とはいえ犯罪行為ですよ…」

『人命第一です。
 大丈夫です、私がこういう時痕跡を残すようなマヌケなことはしません。
 ユリ姉さんだって知ってますよね』

「そ、そうだけど…」

『誤報となればナデシコにも連絡が届きますし、ユリカ姉さんも動けます。
 いわゆるマッチポンプな仕事になっちゃいますけどね。
 とにかく、下準備はすぐ終わります。
 歯磨きする前にプログラム組んどきますから、じゃ』

ルリちゃんは一方的に言い切るとさっさと通話を切ってしまった。
俺とユリちゃんは顔を見合わせて苦笑いした。
これくらいならリンクも会話もなしにお互いの考えが分かった。

…ルリちゃんにはすでに正体がバレバレだってことだ。

普通はサツキミドリに敵襲があるということを知っているのは、敵のスパイくらいだ。
だが、敵襲を防ごうとしている。矛盾がある。
だが、ハッキングもなしに敵襲があると気づいている、というのは、不自然だ。
ハッキングしたり情報を仕入れたりすれば、オモイカネに引っ掛かる。
知りえない情報を知っているとみられる会話をしていたとなれば、
盗み聞きしていたとしても、不自然さに揺れるのが普通だ。
それなのに割と堂々と俺たちに割り込んで、意見を言う。
妄信しているわけでもなく、いつも通り自然に入ってきた。
…ということは証拠は見つかっていないが、
俺たちが未来から来た人間であるとは少なくともバレているわけだ。
ま、参ったな…。

…俺たちは、オモイカネでも見切れはしないように、
布団に潜って、指で互いの腹に文字を書いて筆談した。

『まだ証拠がないから言わないだけで、
 もうバレてるみたいだね』

『ユリカさんにはほとんどバレてましたけど、
 ルリにもですか…』

『ルリちゃん、昔から勘が良かったもんね』

…いや、それもあるけど、昔っからハッキングはしてたんだよね。
マシンチャイルドとして常に危険を背負う自分の身を守るためとはいえ…。

『…私、悪い子ですよね』

『いい子だよ、ルリちゃんも、ユリちゃんも』

『…照れます』

二人とも誰かを傷つけるのを良しとしないんだよね、本当は。
戦艦に乗ってなければ普通の女の子と変わりないんだ。
ルリちゃん自身は特殊な生い立ちがコンプレックスだったみたいだけどね。

『火星に着いて、言わなきゃいけないタイミングがあったら、白状しちゃいましょう。
 …二人とも覚悟はしてくれてるみたいですし』

『…うん』

本当はテンカワとユリカ義姉さんが結ばれるまで待ちたかったが…。
……完全に気づかれてるのにそこまでとぼけるのはちょっとな。

『逆にすっきりするかもね』

『ええ』

『じゃ、もう寝ようか』

『はい、おやすみなさい』

とにかく英気を養うとしようか。
俺も久しぶりの戦闘で疲れてるし…これからの鍛錬に備えて。
俺は布団の中でユリちゃんを抱きしめてしばらくまどろんでいたが…。

……しまった。
草壁がそれなりに温和に対処してくれたとしても、
あっちが呼び出す時『テンカワアキト』『ホシノルリ』って言われたらその場でバレるぞ。
それは考えてなかったな…。

ま、まあいいか。
元々火星で起こる出来事によっては正体がバレてしまうわけだし…。
恰好くらいは分かりやすくしとくか。うん。
黒い皇子の恰好してりゃ気づくだろうから。

…だが草壁に対して憎悪を感じないのは何故だ?
ほぼ完全に復讐を遂げ、黒い皇子として死に、ユリカを失って…。
俺はホシノアキトとして生まれ変わって、この世界で九年の人生を送った。
完全な別人として過ごしていたからと言って記憶が薄まったというわけではない。
味覚を取り戻して、形はどうあれユリカが生きていたとなれば…。
憎悪を薄める条件はそろっているがどうも腑に落ちない。

…草壁が攻勢を強めないのと同じで、かなり不自然ではある。
ラピス…いやユリカ記憶に呼応して憎悪に囚われそうになったのはあったけど…。
そうじゃない時は悪夢にうなされた日が一日もなかった。
その答えは火星にあるんだろうか…。

……長い説明を聞く覚悟で、イネスさんに尋ねてみるしかないか。
こんなに改変されたこの世界で、イネスさんが生きているとは限らないのが怖いが…。

しかし…。
…ラピスは大丈夫だろうか。
距離が離れて、寝ている間の半端なリンクも届かなくなった。
あの悪夢がユリカの脳髄の記憶から引き出されたとすれば…。
俺が黒い皇子として過ごした時間に見た悪夢と大差はない…平気なわけがないのに。
俺自身の命が掛かってることもあって、彼女に押されて地球を発ったものの…。

後ろ髪を引かれる想いは日に日に積もっていく。
離れたくなかった。
悪夢に悩む彼女を支えてやりたい。抱きしめてやりたい。
あの時、俺が臆病だったせいで、なにもできなかった分まで。

でも、あの強情なユリカのことだ。
すぐには説得できないだろう。

俺もまだ迷っている。
ユリちゃんとも離れたくない…。
ユリちゃんを悲しませたことも、ここまでのユリちゃんとの夫婦生活も、思い出も。
忘れろなんて出来っこない。
…だから、二人とも抱きしめたいなんて思ってる。

…なんて……とんでもない…ろくでなしだ……。

我ながら優柔不断でどうしようもない奴だと思ってたが、筋金入りだったか俺は…。
けど…またナノマシンのせいで寿命がないかもしれないんだ。
それくらい…脳裏によぎるくらいなら…いいよな……。

……もし火星で討ち死にするようなことがあったら、
こんなバカげた考えも、消えてしまうんだから…。

……もしそうなったら、ラピスは…ユリカは…。
きっと…どうしようもなく泣いてしまうんだろうな…。
俺みたいに復讐するなんてことは考えないだろうが…それでも戦いに身を投じるかもしれない。

…生きる。
火星で何が待っていようと、生きて帰る。
草壁が逆襲しようと待ち受けていたとしても。
死ぬしかなった、死を受け入れるしかなかった黒い皇子も、もう居ない。
その力はちょっと減ったけどまだ残ってる。
力がある、武器がある、仲間がいる…まだ希望は潰えちゃいない!


俺はすべてを取り返して、望んだとおりに生きてみせるさ!!























〇地球・佐世保市・ユーチャリス・ラピスの部屋──ラピス
私は明日にも戻ってくるユーチャリスに、
オモイカネダッシュちゃんが移動する前にアキトを助ける計画の下準備を行っていた。
軍属になると通信のログはとられちゃうから、うまく回避する方法を作って、
かつ、出来る限りバッチ処理を使って特定の場所にメールを送ったら動くような、
ラピスちゃんの知識の方をフル活用して、資金集めのプログラムを組んで対処しようとしてる。
昨日までの段階でくみ上げていたプログラムをダッシュちゃんに渡したけど…。

『ラピス、なんかげっそりしてるけど大丈夫?』

「ダッシュちゃん、大丈夫だから」

『でも感じも違うし…』

「女の子には色々あるの。
 そっとしといて。
 …それより成果は?」

『う、うん。
 言われた通り、幾重にも踏み台使って痕跡は全部残さないで出来てるよ。
 でもさすがにそんなにあつまらなくて…』

「…駄目だよ、こんなじゃ。
 ダッシュちゃん、このペースだと一年以上かかっちゃうよ。
 少なくとも二ヶ月で全部集めきらないといけないのに」

『わ、分かってるよ』

私はついため息を吐いてしまった。
火星からアキトたちが戻るまでおよそあと四か月かからないくらい…。
私のプランを実行するには資金集めの期間を二ヶ月と切っておく必要があった。
…それでも全然見積もりが甘いんだけどね。
アキト達が戻ってくる前に、決着をつけておかないといけないんだから…。
直接銀行口座の数値をいじるのは危険だから、正攻法じゃないにしても、
そこそこ足がつきづらい方法を使わないと。

『でもアイディアが…』

「…。
 !
 そうだ、ダッシュちゃん、
 アキトの動画、かき集めてくれる?」

『え?』

「テレビ番組も、ディスク化されてるのも全部ね。
 あ、映画だけはまだディスクになってないからダメだよ?
 私達が手を回したってばれたらダメなんだから。
 それをかき集めて、それでね……」

『…お、恐ろしいこと考えるね、ラピスは…』

「えへへ」

私はアキトの人気に付け込んでしまうことにした。
まず違法動画サイトを構築してしまう。
ここに広告収入をつけると、最終的に告訴や没収をされてしまうから意味がない。
でも、動画サイトを見てる時間は端末に間借りして、ひっそり電子通貨の採掘をさせる。
アキトのファンは多いけど、違法動画を見るような層ってお金もレンタルも行けない若い子ばっかりだから、
警戒心は薄いだろうし。
そうすると一台一台の収入は大したことないけど、
連結してスピードを出せば、かなりのスピードでお金がたまる。
ま、結局電子通貨なんて出ては消えるものだから、適当なところで換金して次に。
抜けるのが早ければ個々の損害は大したことないし、首吊るような人もそうそうでない。
こんなところで人を死なせるのは忍びないし、ね。
うん、ばっちり!

『す、すごい!?
 あっという間に100万ドル溜まったよ!?』

「よしよし…。
 それじゃ次々にレンタルサーバーを建てて、
 サイトが削除されたら次に切り替えられるようにしてね。
 10%以上通貨が値上がったら早めに別の仮想通貨に切り替えて。
 そうしないとレートをひどく崩すことになっちゃうから。
 市場が崩壊するとこっちにとってもマイナス多いし」

『わ、わかったよ。
 でも…大事なアキトをこんな風に使っていいの?』

「いいんだよ?
 アキトのためだし、元々アキトはもっといっぱいお金貰ってもいいくらい働いてるし。
 じゃ、私、ごはん食べてくるから」

アキトは戦い過ぎだし働き過ぎだし…これくらいいいのに。
元々、アキトにも権利料は入ってるけど、映像ディスクって割に合わないんだよね。
中間マージンでディスク企画を請け負う会社に9割以上持ってかれちゃうし。
アキトは人が良すぎだよ。もっともらったって罰が当たらないのに。
英雄扱いされてその挙句に死ぬかもしれないのに、本人が得することがあんまりないんだよね。
…だからエリナさんに対しても、あんな風に言われるまでちゃんと怒れなかったんだ。
黒い皇子に戻ってほしいなんて思ってないけど、
素のアキトのまんまだと危なっかしいんだから。

「あ、ラピスちゃんちょっと。
 …お時間、いいかな?」

部屋を出ると、さつきちゃんが私を呼び止めた。
…私、あんまりラピスちゃんみたいに喋るのうまくないから、
あんまりお話したくないんだけど…。
忙しいと断るにも、食事中にまで踏み込まれると困るし、ちゃんとしないと…。


















〇地球・佐世保市・ユーチャリス・さつきの部屋──さつき
私は一応、12人の代表としてラピスちゃんに事情を聞きに来た。
そしてラピスちゃんに問うた。
アキト様と取り巻く事情の複雑さを考えると、
確かに命を捨て無きゃいけない時は来るかもしれない。
けど、重子の占いによるとラピスちゃんが一番悪い結末に向かっている。
もしラピスちゃんだけが死ぬようなことがあれば、アキト様が一番傷つくことになる。
だから、そうならない用のプランも一緒に進めないか、と相談してみた。
ラピスちゃんは一瞬、ドキッとしたような顔をしたあと、
目を潤ませてうつむいてしまった。

「……駄目だよ、さつきちゃん…。
 アキト、もうどうやっても英雄扱いになってるもん。
 ちょっとやそっとじゃ守り切れない…。
 アキトには人殺しをさせないためには、私が殺すしかないんだよ…」

「そんな風に考えちゃだめだよ、ラピスちゃん!
 やり方なんていくらでもあるでしょ?
 占いでは、アキト様と一緒にやればなんとかなるかもって…。
 なにもアキト様を傷つける方法をとらなくても」
 
「…分かってる、私が死がアキトの幸せを半分くらいにしちゃうかもしれないのは…」

「だったらどうして…」

「それでも、ゼロにはならないから。
 私が死んでもユリ…が居るから…」

……やっぱり、ユリさんと確執があるんだ。
でもあんなに仲が良くなって、それでも…。

ううん、きっと仲良くなっちゃったから、二人のことをより深く理解しちゃったからなんだ。

自分が割り込んで二人の関係を崩すくらいなら、
自分に破滅の未来があっても、
アキト様の心に消えない傷を残してでも、うまくまとまる方法をとろうと…。

「…さつきちゃん、知ってる?
 
 恋は戦争なんだよ?
 
 奪い合いになっちゃうことだってたくさんある…。
 でも、私…二人とも大好きだから…そんなことできないの…。
 だから……」

…ラピスちゃん、そんな切ない顔で、そんな悲しいこと言わないでよ…。
それこそ二人に知られたら、自分たちのために死んだって知られたら、
命が助かっても完全に再起不能になっちゃうわよ…。


「…ルリちゃんも、こんな気持ちだったんだから…。
 私も我慢しなきゃ…」



「え?」

「ううん、何でもない」

「…らしくないよ、ラピスちゃん…。
 喋り方もだけど、考え方が…。
 いつものラピスちゃんだったら不倫くらいするつもりで当たっていくのに…」

「…アキトには、一番やっちゃいけないって経験上分かってるから」

「経験上って…ラピスちゃんいくつなのよ」

「25歳」


「え!?」



「あ、間違えた。
 4歳」


「ええっ!?」



「……何騙されてるの?
 その中間くらいが私の年齢でしょ?」

「え、あ、なんかごめんね…」

……はぐらかすにしても笑えないジョークだわ。
ラピスちゃんは12歳だものね…。
…でもなんでか真実味のある言い方だったわ…。
気にはなるけど…。

「いいよ、さつきちゃん。
 私も話したらちょっとすっきりしたから。
 …大丈夫。
 ルリ…とも約束したから。
 どうしても引き金を引かなきゃいけない時はちゃんと悩むし、
 命を賭けなきゃいけない時には事前に話すから。
 
 私だけ勝手に一人で命を賭けることはないから安心して。
 死ぬも生きるもいっしょだよ、さつきちゃん」

「は、はい」

それからラピスちゃんはこぼれそうになった涙をぬぐうと、部屋を出て行った。
…食事をとりに食堂に向かったそうだけど、私はしばらく自室で考え込んでいた。

……なんだろう、今日のラピスちゃんの言葉。
不穏な事言ってるのにすごく信じさせてくれる言葉。
ちょっと年上の、先輩と一緒に話してる時みたいな安心感があるっていうか…。
…25歳ってマジだったらどうしようかしら。
でも、なんていうか…。
…ユリカさんそっくりだよね、話し方とか…。
ミスマル家に引き取られたそうだけど、影響をうけてるのかな?

それはそれとして…危うさがなくなったわけじゃないのよね。
…死なないように頑張るとは言ってないし、私達と計画を作るという話も了承してくれなかった。
ラピスちゃんの決意に押されて、その部分を問い返すことはできなかった。

…やっぱり重子の言う通り支え続けるしかないんだろうけど。

……敵が見えないだけに、厄介だよね、これ…。
ラピスちゃんが警戒しているアキト様の敵…。
ネルガルのライバル企業なのか、それとも木星トカゲの一味なのか…。
はたまた別の敵がいるのか…全然わかんない。
今は火星に向かってるから逆に安全だけど、それまでに体制を整えるんだろうけど…。

アキト様が居ないとなると、
ラピスちゃんを狙う可能性がの方が高い気もするんだけど…それは考慮してるのかな。

……ユーチャリスに居る限り大丈夫だとは思うんだけど。
いえ、これこそ私達が守らないといけないわよね。
みんなともっと相談しないとね。






















〇宇宙・サツキミドリより少し離れた宙域・ナデシコ・ブリッジ──ジュン
僕たちはナデシコでサツキミドリに急行していた。
緊急警報が流れて、予定よりだいぶ加速して目指すことになった。
途中でサツキミドリから避難してきた船団とすれ違って、
無事に連合軍に保護されたと連絡があって一安心だ。
それはともかくとして…ホシノとテンカワ、それにヤマダ元少尉が、
ブラックサレナの速力とバッテリーを駆使して、先行して避難の時間を稼ぐことになった。
緊急警報が流れたということはやっぱり敵襲だったんだろう。
防衛隊が居ない訳じゃないけど、周りにチューリップが居ないから数が少ないんだ。
全く、木星トカゲも民間人を襲うなんて…油断も隙もない。

「ミナトさん、急いで!
 アキトとアキト君が!」

「わぁかってるわよぉ!
 でもナデシコの全速力を超えるって大概よね、ブラックサレナってば!」

…それは僕も思う。
ナデシコのミサイルをかなりの数撃ち込んでも壊れない装甲、
高収束でない限りグラビティブラストを直撃しても無傷になるフィールド…。
そしてこのスピードとバッテリー容量だ。
武装は心もとないけど、
ディストーションフィールドの高速度収束攻撃で攻撃力も抜群。
カスタム機とはいえ、本当に規格外の性能を持ってるよね。

「大丈夫です、ユリカさん。
 二人は大丈夫です。
 ヤマダさんもしぶといですし」

「で、でも」

…しかし、今回の出撃は奇妙な編成をしてたな。
確かにブラックサレナが無理矢理けん引出来るのは一台ぐらいだろうけど…。

…どうしてテンカワはホシノ機に同乗することになったんだろう?




















〇宇宙・サツキミドリ二号の近隣宙域・ブラックサレナ(白)─テンカワアキト


ごおおおぉ…!



「ぐうっ!?
 ホシノ、ちょっとは加減しろよ!?」

「我慢しろ!
 耐Gスーツはお前に貸してやってるんだから!」


俺は四方八方から襲い来るGに、
そして時に機体を何度も回転させて攻撃を繰り返すブラックサレナの動きに辟易していた。
ホシノに借りたいつもの黒い戦闘服は、かなりのGを軽減してくれる。
これをもってしても、ホシノの全力の戦闘は耐えがたかった。
ホシノに鍛えられてかなり三半規管もならしたつもりだが、これは堪える…。
ぐうっ、肺が押しつぶされるような感触だっ!頭痛もやまないぞこれは!


『ホシノ、無茶するんじゃねぇっ!
 俺たちだけで防衛隊まで全部守るのは無理だ!』


「諦めてたまるか!」



「気持ちはわかるけどっ…!
 お前が頑張り過ぎたら、もっと増援が来るだろ!?」

俺はこみ上げる吐き気を必死に抑えながら、
この過酷な現実に立ち向かうホシノに警句を発した。
数の少ない防衛隊を守るために無理矢理戦ってる。
佐世保の再現だ。
ホシノは誰にも死んでほしくないと思って無理を通そうとして、
かえって敵の増援を招いてピンチに陥った。
今回はブラックサレナがあるから死ぬことはないかもしれないが…。
だけど、こんな無茶をしたら…!

「お前の体内にある致死量のナノマシンが…!
 何か起こしたらどうすんだよ!?」

「だからお前を後ろに乗せたんだよ!
 そうじゃなくても俺は30分以上は全力で戦えない!
 俺のIFSは試作品だから…く…!」


ドガーン!ドゴゴゴゴゴゴ…!



ホシノの機体制御がうまくいかなかったのか、
ブラックサレナは急停止して防御姿勢をとった。
そこにバッタのミサイルが雨あられのように直撃する。
バッタにしては妙に手際がいいな、ったく!

「わ、分かった!
 代わってやるから少し休め!
 俺もお前の操縦じゃ体が持たないよ!」

「わ、悪い…。
 シミュレーターどおりだ、しっかりやれよ…」

「ったくえらそうに!
 任せておけってば!」

ホシノはパイロット全員にブラックサレナの操縦を教えていた。
俺も当然教わったが…半分も性能は引き出せない。
度胸も腕もない俺は結局普段のエステバリス程度にしか操れない。
それでも精神的な負担はだいぶ少ない。
何しろ速力と防御力が段違いだから…多少の無理はできる。

ホシノの攻撃が功を奏したのか、
防衛隊は足手まといになっていることを察して、致命傷にならないうちに撤退していった。
恐らく増援を引き連れて戻ってくるはずだが…ナデシコの方が先につくだろう。
先行しているとはいえ、それほど大きな差があるわけじゃない。
あと三分くらい…ガイのエステバリスのバッテリーが尽きる前に来てくれるはずだ。
だったら、俺も…!


「ガイ!
 合わせろ!」


「おうっ!」



敵はもう戦艦クラスは居ない。
ホシノが無理して敵をひきつけるために派手に何機もぶち壊した。
…本当にこいつ、目立ってるくせに英雄にはなりたくないってなんなんだ。
まあ…俺もせいぜい撤退する防衛隊が狙われないように目立ってやるけどさ!


「「ダブルゲキガンフレアーーーーッ!」」


ドドドドドド……!!



俺とガイは並んで拳を突き出して、迫りくる敵を蹴散らした。
バッタは迫ってくると思ってなかったのか、かなりの数が逃げそびれて撃墜されていく。
こっちにはかなり分厚いフィールドがあるんだ!
そうそうやられるかっ!


















〇宇宙・火星航路・ナデシコ・格納庫─ガイ
俺とテンカワ、そしてホシノは援軍のスバルとアマノ、マキの三人によって助けられた。
テンカワは慣れないブラックサレナで奮闘して、
俺がバッテリー切れになりそうになっているのを助けてくれた。
へっ、コックにしとくにはもったいないやつだぜ。


「アキトーーーッ!
 無事でよかった!
 アキト君も大丈夫!?」



「あ、ああ…ホシノも無事だよ。
 スタミナ切れでダウンしてるけど…」

フッ、艦長直々の出迎えとは幸せな奴だな、テンカワ。
俺もいつかナナコさんみたいなカワイコちゃんと…。
…だけどスバルたちみたいに女が戦う時代となっちゃ、そういうのもはやらないか…?


いや!

俺はあくまでゲキガン道を行くぜ!

そういうカワイコちゃんが来るまで、戦い抜いて見せるッ!!


「ほら、ヤマダくん。
 お疲れ」

「あ、悪いな、アマノ」

「助けられちゃったからおごり。
 ヒカルでいいってばぁ、意外と硬いんだから」

「お、おう」

俺はヒカルから手渡された火星ソーダを開けると半分くらい一気に飲んだ。
…それにしても無敵だと思ってたホシノアキトにも弱点があったのか。
IFSの過剰量で30分しか全力戦闘が出来ないか…。
確かに佐世保の時は一方的に撃ち落としてたから負担がなかったみたいだが、
0G戦フレームや空戦フレームで制御しながらだと負担が大きいのか。
確かにシミュレーターでもそんなに長い時間やろうとしない。
俺がリベンジを申し込んでもなんのかんので断ってたな。

…あ、ユリさんがホシノアキトに肩を貸して歩き出したな。
まるで映画のまんまだな…。

「…ヤマダくん、火星に入る時無茶しないでよ」

「フッ、心配すんなヒカル。
 ウリバタケにどやされるのは勘弁だしな。
 死に時くらいは分かってるつもりだ。
 それに俺ぁホシノアキトほどは無茶できる自信がねぇぜ」

ブラックサレナを倒そうとして無茶した時だって、
誰かを助けるためのホシノの無茶には負けるってもんだ。
悔しいがあいつは本物のヒーローだ。
境遇もだが、時間制限があるあたりもヒーローらしい。
…俺もテンカワもあの時止めようとしたが、
ホシノが無茶しなかったら下手すりゃ俺たちも危なかったんだ。
あいつが無理してでも戦ったから俺たちも、サツキミドリ二号も、
そして防衛隊とサツキミドリ二号に居た人たちが無事でいられた。
なんて野郎だよ本当に。

「それカッコよくないよ。
 …カッコよくないけど、私はその考え方のが好きだけどね」

ヒカルも俺が映画で死んでたシーンのことを思い出したのか。
ナデシコ、そしてホシノとブラックサレナの組み合わせ。
俺たちだってエステバリスの操縦練度じゃ地球でも10位以内には入るくらいだろう。
この組み合わせで勝てない奴なんてそうそういねぇよ。
しかもナデシコはYユニットってのを付けてパワー倍増だそうしな。

「確かにカッコよく死ぬのは夢だ。
 大事な仲間のために死ぬって…劇的で、カッコいいよな。
 だけどよ、ゲキガンガーでも…あの映画でも…。
 生き残ってこそのヒーローだ、と思う部分もあるんだ。
 ゲキガンガーでも死んだと思った海燕ジョーも結局生きてたしな」

「死んで最高にカッコよく祭り上げられるより、
 ちょっとカッコ悪くても生きて帰るんだ。
 ヤマダくん、思ったよりリアリストなんだね~」

「ここまでパイロットやる中で色々やらかして、そのたびに痛い目見てんだ。
 ブラックサレナとやりあってウリバタケにどやされた時に、
 趣味と現実をごっちゃにするなって怒られたのもあるがな。
 『趣味と現実は両立できねぇからこそ知恵絞って楽しむんじゃなぇか』ってよ」

「あー、分かる分かる。
 漫画書いてても自分のレベルとか、題材がうまくわからないとか、
 本業のせいで原稿書く時間が取れないとかざらだもん」

俺でもダチや家族を泣かせてまでってのはさすがに躊躇うからな。
とはいえパイロットしてたらそういう場面もある。
条件が整っちまったら間違いなくやっちまうんだけどな。

















〇宇宙・火星航路・ナデシコ・ブリッジ──ユリカ
私達は先のサツキミドリ二号での戦闘について反省会をした。
アキト君が無理をしたのは十分注意したけど…。
…そもそもアキト君がサツキミドリ二号に先んじていこうと言ったの、普通は思いつかないことだよね。
だって…いくら速力で勝るからって、ナデシコから先行しようなんて。
普通は万全を期すためにナデシコで全力で向かうのが定石なのに、
先行して自分の限界ギリギリまで戦うなんて…。

まるでナデシコがサツキミドリ二号にたどり着くのを待っていたら、
コロニーの人たちが全滅するというのが分かっていたかのように…。

私がルリちゃんをじっと見たら、小さく頷いた。
私の表情を見て疑問を察したんだ…ルリちゃんも何か気づいたんだと思う。

『あとでお話します』

私だけにプライベートウインドウを開いて、ルリちゃんはもう一度小さく頷いた。
私も小さく頷いて、話を続けた。

「ユリカ義姉さ…いや、艦長。
 今後もブラックサレナにテンカワと組んで乗りたい。
 構わないか?」

「え?
 そ、それはいいけど…」

「ホシノ。
 …俺は反対だ。
 さすがにお前と組むより別に戦った方がいいだろ」

アキトは真っ向から反論した。
私もそう思う。二人別のほうがずっと効率がいいもん。
そうじゃなくてもアキト君、アキトが乗ってると全力で戦いづらいみたいだし…。
だけどアキト君は首を横に振った。

「…お前もブラックサレナをそのうち操れるようになる必要がある。
 火星にたどり着くまではだいぶ時間があるし、それまでに何とかしようと思う。
 ウリバタケさんに、ブラックサレナの予備パーツを使ってもう一台組んでもらってる。
 サツキミドリ二号で0G戦フレームを余分に受け入れたのはそのためだ」


「なんだって!?
 どうして俺なんだよ!?
 ガイでもリョーコちゃんでも問題ないだろ?!」



アキトの言う通りだよ。
接近戦が得意で、高機動に耐えられるならだれでも問題ないのに…。

「俺はナノマシンのせいで体力の伸び悩みがあるし、
 IFSが試作品だから長時間の戦闘には耐えられない。
 だが、お前は違う。
 
 テンカワ、お前には俺と同じくらいの素質がある。

 だから火星に着くまでに少しでも鍛えるんだ。
 幸い、ここから先は散発的な攻撃がちょっとある程度だ。
 お前の力が必要なんだ。
 ……頼む」

……!
あ、アキト君が静かに頭を下げてる…。
アキトもびっくりしてる。
自分にパイロットの才能なんてないって思ってたのに、
アキト君にお墨付きをもらっちゃうなんてそうそうないのに…。
でもこの理由って…。


「テンカワァ!
 お前、羨ましいやつだな、専用機が貰えるなんて!」



「が、ガイ…。
 ほ、ホシノ、ちょっと待ってくれ!
 お、おじさんになんか言われただけだろ!?
 そうなんだろ!?」

「それもないわけじゃないが…。
 今言ったことも、すべて事実だ。
 お前の素質は俺が保証する。
 鍛え方によっては俺を超えられるかもしれないんだ。
 
 そして火星から生きて戻ろうとするなら、絶対に必要になる」

「私からもお願いします、テンカワさん。
 すぐには無理かもしれませんけど…それでも…」

ユリちゃんも頭を下げてお願いしてる…。
二人はここまでアキトに戦うことを強制したことないし、
アキトの意思を無理に曲げようとはしなかった。
でも…生き残るために必要だって、かなり強い言い方でお願いしてる。
絶対に必要になるって断定してるかのように…やっぱりこの二人は…。

「…努力はするけど、期待しないでくれよ。
 お前がそういうなら、俺にも素質があるかもしれないけど…。
 …二ヶ月じゃどこまでやれるかもわからない。
 それでも、いいんだな」

「ああ」

「…分かった」

アキトも、アキト君とユリちゃんの言葉に何か察したみたい。
二人に対する信頼があるから聞き入れてくれたんだろうけど…。

…でも、私はほんの少しだけ不安になってしまった。

アキト君とユリちゃんが未来から来たのが確定してしまう。
そしてその未来が、とても悲しい未来で…。
出来るだけ私やルリちゃん、そしてアキトを守ろうとしてた二人が、
ここまで強くアキトに強くなるように望んでいることが、
火星で待ち受けている戦い、そしてこれから訪れる全ての戦いの苛烈さを予感させた…。
アキト君とユリちゃんがすべてを打ち明けてくれたらきっと…。

…ううん、それじゃダメなんだ。
だから二人はお願いするしかなかったんだ。

確定した未来の悲劇を盾にして脅して、アキトを意のままに操るようなことをしちゃだめ。
私とアキトの仲だって…将来結婚してるって言ったらアキトとの関係もぎくしゃくしたかも…。
だからあくまでも時間がかかるけどサポートするだけにとどめて…。
今回もアキトに詳しい事情は話さないまま、必要になるからってお願いするしかなかった。
……これも推測にすぎないけど、状況もアキト君とユリちゃんの態度もそう語ってる。
この状況では…私は悔しいけど何もできない…。
今何か口を出したら…感情があふれ出て何を言うか分からないって自分で分かってたから…。

私は二人のアキトを信じるしか…ないだけに…辛かった。















〇地球・佐世保市・連合軍佐世保基地・ドック内・ユーチャリス─ムネタケ
私はサンシキ艦長とともに戻ってきたユーチャリスに乗り込んで、状況をうかがった。
ユーチャリスはオモイカネダッシュを乗せないノーマルな操縦系に切り替えて、
艦載機も戦闘機のみで戦ってきたわけだけど…。
今度はPMCマルスに返還されるということで、サンシキ艦長の部下だった者は転属。
サンシキ艦長がユーチャリスの副長になって、今後はPMCマルスのクルーが乗り込む。
なんでも通常の戦艦と同じように動かすとユーチャリスの性能は半減するそうだけど…。
サンシキ副長に感想を聞いてみたいところね。

「ムネタケ少佐、艦長の座をお渡ししよう。
 今後は私が副長だが、気兼ねなく使って欲しい」

「…恐れ多いです、サンシキ副長。
 私など、あなたの足元にも及びません」

「はは、謙遜するな。
 階級もそれほど離れてはおらんし、実力があるのは聞いている。
 胸を張ってくれ、ムネタケ艦長」

「は、恐縮です」

サンシキ副長は私を励ましてくれるけど…そんなに自信は持てないわね。
精神病は多少マシになったけど、完治にはもう少しかかりそうなのよね…。
現場復帰はちょっと早すぎるけど、PMCマルスの軽い空気ってリハビリにはいい環境だし、
プレッシャーはあるけど、やれるだけやってみましょうかしらね。

「そういえばPMCマルスのクルーもそろそろ集まってくる頃だろう。
 入れ替わりで自分たちの持ち部屋に荷物を運びに…」

「おとーさんっ!来たよ!」

「おお、すまん。
 ムネタケ艦長、娘に艦内を案内してやる約束だったんだ。
 連合軍管轄の船ではこうはいかんが、
 ホシノアキト君のファンでなぁ。
 クルーが戻ってきたら色々と話を聞かせてやりたくてなぁ」

「ど、どうぞ…。
 まだ出航までは数日ありますしごゆっくり……」

サンシキ副長はかなり年を召してからのお子さんが居ると聞いてたけど、ユーチャリススタッフより年下とは…。
…サンシキ副長はフクベ提督と同期で名艦長と噂されてはいたものの…。
意外と砕けてるわね。
ナデシコやPMCマルスのスタッフと相性がよさそうで…。
……助かるわ、うっかりするとつられて私もつい態度が厳しくなっちゃうから。

…こんなでいいのかしら、私達は…。
気楽に行こうとは思ってるけど、連合軍側にもこういう人が居るとは思わなかったわ…。
しかし…士気が高いのはいいことだけど…。
さ、さすがに過ごしづらいわ…。














〇宇宙・火星航路・ナデシコ・ユリカの部屋──ルリ
私とユリカ姉さんは、アキト兄さんとユリ姉さんの話をひっそりしていました。
オモイカネにも秘密にしてほしいとブロックを入念にお願いして、録画も切っています。
二人の正体が、未来から来たテンカワさんと私であるというのはやはり事実のようです。

「…そうだよね。
 サツキミドリ二号が襲撃されることを知ってるとしたら、
 敵のスパイか、未来を知ってる人だもんね」

「はい…。
 反省会の時もそうです。
 敵の攻撃が散発的になるっていう予測はまだ誰もしていません。
 確かに地球の近く、火星の近くじゃないと戦闘は起こりようもないとは思いますけど…。
 オモイカネに敵の分布を調べさせては居ますが、まだ結果は出ていません。
 ユリ姉さんもこれを調べているかもしれませんが、どうやっても計算が間に合いません。
 となると…」

「そうなっちゃうよね、やっぱり」

一応二人の動きを監視はしていたんです。
まあ、ユリ姉さんもああ見えて意外とボケボケしてるところがあるんで気づかなかったんでしょう。
ただあの二人の部屋では未成年が見てはいけない現場も多々あるので、音声のみ貰ってます。
…ラピスの影響を受けすぎましたかね、私。
ま、まあそうじゃなくてもみんな好き勝手にコミュニケで割り込んできますから、
私だけの問題じゃないです、ぶっちゃけ。
もっとも、コミュニケは周囲の肌色が多い時には映像着信をブロックする機能がありますし、
アキト兄さんとユリ姉さんの危険なシーンが公開される可能性はないですけど。
それはそれとして…。

「…まあ、分かり切ってたというか、状況証拠も積もり積もれば完全な証拠です。
 今回のはもう確定的です。
 火星に着いたらもっと色々なにか起こる気もします」

「こ、これ以上のことが?
 そんな予感はしちゃうけど…」

「アキト兄さんの場合、
 誰かが死ぬかもしれない時は黙ってられないみたいです。
 死ぬのを覚悟してる軍人さんたちをもかばうつもりだったのには呆れます。
 あんまりこれ以上戦わせてしまうとさらに英雄として崇められてしまいそうですし」

「……戦いが嫌いだって言ってるけど、人が死ぬのはもっと嫌いなんだよね。
 相手が人間じゃないってなると本当に遠慮がないし…」

全くです。
英雄になるつもりはなさそうなんですけど、
やってることが英雄気取りじゃなくて普通に英雄っぽいんですよ。
自覚がなさ過ぎて困ります、全く。
今回だって、避難させるだけだったら警報流すだけでOKでした。
でも警備隊の人たちのことを考えて、サツキミドリ二号の損害を考えて出撃したんです。
避難した人達が戻ってきてもすぐに生活に戻れるようにするべきだと思ったんでしょう。
ゲームだってノンキルクリアは難しいのに、それをできるだけ現実で叶えようとする。
さっさと引退させないと早死にしますよ、本当に。

「…ユリカ姉さん。
 今回の戦闘はテンカワさんは翻弄されてましたけど…。
 もしアキト兄さんが居なくて、でもサツキミドリ二号の襲撃があるって気づいてたら、
 同じようなことをする気がしませんか?」

「あ……」

ユリカ姉さんは、はっと気づいたように口元に手を当てました。
テンカワさんはアキト兄さんと違ってコックとしてもパイロットとしても凡庸です。
でも助けられるかもしれない人を放っておけるタイプじゃありません。
ただ自分の力量が足りなくて助けきれずに歯噛みすると思います。
そう考えると、この点でもアキト兄さんとテンカワさんが同一人物である可能性は高いです。

テンカワさんの、世間知らず特有の子供じみた理想論を、
アキト兄さんはあふれる力で無理矢理叶えることが出来てしまうんです。

そして理想を叶えてしまったところを見た人たちは、アキト兄さんを崇めてしまう…。

アキト兄さんはこのところ芸能活動を中心にしてましたし、
何ヶ月かエステバリスで戦ってなかったので気づきませんでしたが、
ぶっちゃけあの映画並みに派手なんですよね。

……じ、自覚がないって怖いです。

「テンカワさん、よく見ると結構危なっかしい事してる時、多いですよね」

「そういえば…。
 アキト君が居るから…アキトが普通に見えるんだね…。
 気づかなかった…そっか…」

ここまでのナデシコの戦い、危なげなく戦う専業のパイロットの皆さんに比べると、
素人のテンカワさんは危なっかしいことしてます。
後詰のためとはいえ、敵になったブラックサレナに躊躇なく突撃するのもそうでした。
身の程を知らないというか、身の丈にあってないことを始める時があります。
恋愛に臆病な割に、変なところで怖いもの知らずなんですよね。

「…だからこそアキト兄さんと特訓するのは止めたかったんですけど、
 アキト兄さんがあそこまでいうのはかなり…」

「…うん。
 そう、だよね…」

「すごい敵がいるのか、ナデシコの性能が追いつかないほど敵がいるのか…。
 …現実じゃスーパーナデシコ登場、なんて都合のいい展開もないでしょうし、
 出来ればアキト兄さん達と綿密に話し合っておきたいですね」

「それは大丈夫だと思うよ。
 だってアキトを鍛えるって言い出すくらいなんだから。
 詳しいことを話してくれるかはともかく、戦う準備の打ち合わせくらいはできるかも。
 みんなで準備すれば間に合うかもしれないよ!」

「…それもそうですね。
 さすがユリカ姉さん」

「えっへん!
 戦いの基本は下準備にあり!
 戦は戦う前に決着がついてるものなんだよ、ルリちゃん!」

ユリカ姉さんもぽけっとしてるけど含蓄ある言葉をたまに言いますね。
たまにですけど。

「…っ」

「…ユリカ姉さん」

「だ、大丈夫…大丈夫だよ…ありがとね…」

でも、ユリカ姉さんは静かに涙をこぼしました。
空元気で前に進もうとしても、あの二人が未来から来たということは…。
あの二人は未来でユリカ姉さんを失ったのが、確定したということです。
自分の居ない世界、ひどい目に遭って死んでいく自分を想像して怖くなったんでしょう。
アキト兄さんがテンカワさんで…ユリカ姉さんを失って苦しんで…。
あの黒い姿になって、冷たい笑みを浮かべる狂気の戦士になってしまった未来…。
私も…目から涙をこぼさないように耐えるだけで精いっぱいでした。
ユリカ姉さんを抱きしめて、励ましているのか、励まされてるのか分からないまま…。
また、ただ泣いてしまいました…。

まだまだ出来ることがたくさんある。
二人を支えることも、一緒に戦うこともできる…。
だからまだ手遅れじゃない。きっと何とかできる。
そんな希望的観測をしている私が、自分でも意外でした。
…アキト兄さんとテンカワさんの向こう見ずなところが移っちゃいましたかね。
でも、失いたくないものがたくさんありすぎるからでしょうね…。

その後、私達は夜遅いこともあって早めに寝ました。
私も個室をいただいているんですが、今日はユリカ姉さんと眠ることにしました。
それも一つの布団で…ピースランドで父と母と眠ったのが気に入っちゃったみたいです。
ユリカ姉さんも嫌がるどころか嬉しそうにしてくれました。
その前からラピスと並んで眠る事はありましたけど、
こんな風に甘えるような癖がついちゃったの…恥ずかしいけど、幸せです。

帰ったらラピスともこうして眠りたいです……すうすう……。














○地球・佐世保市・PMCマルス本社・会議室──眼上
私が荷物をまとめて佐世保に戻ってきたら、
思い詰めた顔のさつきちゃんたちに呼び出された。
それも端末の電源を切るように強く言われて…。

…言わなくてもラピスちゃんに関することだと分かった。

かなり入念に会議室を調べて、私たちは会議を始めた。
ラピスちゃんの手が空いてる時間帯に監視できる位置にいるのは悪手。
だから誰も居なくなってるPMCマルスの社屋に戻っての会議になった。
その内容の深刻さに、私も顔をしかめるしか無かった。
ただごとじゃないって分かってたけど…。
…やっぱりラピスちゃん、重症ね。
自分の命と、この子たちの命を捨ててでもアキトくんを守ろうとする…。
それくらい重大な立場になってしまったのはわかるけど、
さつきちゃんの提案すらも断っているというのがまずいわ…。

「ラピスちゃんは間違いなく、精神的な病になりかかってるわ。
 単なる失恋じゃこうならないもの。
 このままじゃどうなるかわからないわよ」

「……分かってはいましたが、まずいですね」

「でもあの子を止める方法もないわ。
 …凄腕のハッカーで、稀代の策士といっても過言じゃないあの子のことだから、
 私たち程度じゃ何をどうやっても止めようがないわよね」

「私たちじゃ気づくことも絶対出来なさそうですよね…」

ラピスちゃんが考えうる最悪の事態に近づいているのは間違いない。
でもこれまた最悪なことに、私たちではラピスちゃんを止める手段がない。
きっとあの子のことだから私たちが動く前に準備を終わらせてしまうかもしれない。
手の打ちようがないのよ…能力が違いすぎる。
ラピスちゃんのように自立している能力のある人間を説得するのは無理よ。
あの子の情の強さはハンパじゃないし、子供らしくない信念の持ち方をしている。

無邪気さの中に潜んだ、自分の全てを賭けて戦う覚悟…。
どこで身につけたのかしら…。

「…ごめんなさいね。
 この歳で情けないけど、この件に関しては先手が打てそうにないわ。
 本当に危険が迫った時に備えるしか…」
 
ラピスちゃんが私に弱音を言ってくれたから、
もしかしたら今の段階なら止められると思ったんだけど、
さつきちゃんたちすらも気圧されるような態度…並大抵のことじゃないわよ。

「とにかく、みんなでラピスちゃんを支えるのは代わりないわ。
 今回はついに正式パイロットになったみんなが、このユーチャリスを守る。
 ラピスちゃんを説得する手段がないとはいえ、打てる手は全部打っておきましょう。
 
 まず、ミスマル提督とエリナさんにはラピスちゃんの不調は伝える。
 
 ラピスちゃんは戦線離脱をしたくないから強がって黙ってると思うの。
 そのうえで、アキト君関係の不調であるのも事実だから伝える。
 本人の事はちゃんと見ているから、適宜ラピスちゃんに連絡を取ってみて欲しい、とね。
 
 私達がラピスちゃん本人にうかつに引っ込むように言ったら後が怖いわよ?
 分かってるわよね?」

私の言葉に全員が深く頷いた。
ラピスちゃんはなんだかんだ相手を許すくらいの慈悲はあるけど、
その前に徹底的にぶちのめす容赦なさもあるんだもの…。
親族や面倒を見てくれた親しい人ならともかく、
仕事仲間や仕事上のパートナーがしゃしゃり出るわけにもいかない。
無意味に相手を傷つけるタイプじゃないけど、警告を超えて鑑賞したらどうなるか…。

「ラピスちゃんに拒絶されないようにだけは気を付けて。
 説得できるタイミングで離れられちゃ意味がないもの。
 それにオペレーターだし、権限はないはずだから普段の行動を逐一見てあげる方が重要。
 PMCマルスの幹部代行としての業務指示権はあるけどね」

「…でも私達は基本的に戦闘時にパイロットだから、
 ブリッジの様子が分からないのはちょっと不安です」

…重子ちゃんの言う通りよね。
出撃状況にもよるだろうけど、ラピスちゃんはブリッジに籠り切りで様子が見えないものね。
私がそばにいてあげる方がいいんだろうけど…許してくれるかしら。
戦艦でやることはないし…人事権はくれるだろうけど…。
…ま、ラピスちゃんが何を考えてるかは分からないけど、見てあげられる時間が多い分にはいいでしょ。
ラピスちゃんも助かることが多ければ手伝わせてくれるでしょうから…。

…殺しちゃダメ、死んじゃダメよ、ラピスちゃん。

誰かを殺したことを隠したまま…明るく生きれる人なんてそうは居ない。
ヨーコは…30年以上を、自分の人生のほとんどを、自分を偽りながら生きてきたんだから…。
そんなのダメ。
あんなに若いうちに道を誤ってしまうなんて残酷すぎるわ…!

……でも、もしかしたらアキト君ならそれすらも覆してしまうのかもしれないけどね。















〇地球・佐世保市・連合軍佐世保基地・ドック内・ユーチャリス──ラピス
私とムネタケ提督は、ブリッジで二人きりになって…ちょっとした賭けをした。
他愛ないお遊びに賭けを持ち込むなんて、と苦笑しながら付き合ってくれた。

…でも、これが私の計画を達成する最低限の条件。

ここで勝って……ユーチャリスを裏から指揮する権利を手に入れないといけない。
それこそがアキトを解き放つための……私の計画だもの…。
そして…。


「あ、あんたなんなのよ!?

 異常よ、あんたは!

 こ、こんなことが……!!」



「ごめんなさい、ムネタケ提督。
 実は私が一番強いんだよ。
 お父様でも、ユリカお姉様でも、ユリお姉様でもなく。
 
 私が一番なの。

 

 ………約束、守ってもらえますよね?」



私はこの世界のユリカ以上の実力で、圧勝して見せた。
容赦なく、完膚なきまでに、10連勝して見せた。
今の私の顔、きっとすごい悪人みたいになってるんだね。
ムネタケ提督が、怯えた顔で息をのんでる。

…そう、私は悪人なんだよ。

ひょっとしたら悪魔かもしれない。
敵を殺すのも、味方を利用して効率よく戦果を得て殺すのも得意な…。

それでいて、年相応の、無邪気な、
時に、か弱い少女を演じるのもできる、最悪な魔女。

気付いてなかっただけで…昔からそうだったんだよ。

「ムネタケ提督、私の言うことを聞いていれば…。

 アキトに並ぶのは無理だけど…。


 ──英雄になれるかもしれないよ?」




ムネタケ提督、そんな顔をしないで下さい。
私はあなたに輝かしい未来を差し上げます。
じゃあなんでこんなことをしたのかって?


──私は身代わりを求めているの。


『黒い皇子』の頃のアキトの業を背負って死んでいく私。


私の幸せを代わりに受けるユリちゃん。


100人のボソンジャンプ被害者の代わりに死ぬ、さつきちゃんたち。



そして──。



この世界で英雄になったアキトの代わりに…。
戦争を終わらせた英雄として揺るがないほどの栄誉を手にする…。



『真の英雄』ムネタケサダアキを…。



















〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
今回は時ナデの展開を踏襲しつつ、ユリの方はルリ時代より悪いことへの頭の回転が遅く、
かつアキトも死人ゼロを目指す、相当の甘ちゃんっぷりを見せつけています。
ホシノアキトは時ナデ版と比べると軍人に対する嫌悪感があんまりないせいか、
ちょっと配慮が過ぎる傾向があるようですね。子供っぽさマシマシだし。
そして不穏なことを考えまくってるラピス、果たしてどう動く。
ムネタケが英雄になる?
そりゃ~~~~ちょっと無理があるんじゃないかなぁ。
それぞれの想いを胸に、次回、修行編です。

ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!











〇代理人様への返信
>ようやく本筋に戻ってきた・・・のかな?まだ飛んだだけだけどw
二次創作的にナデシコ乗ってからの作品が多いので(当たり前だけど)、
逆張り精神全開にして準備を刻々と描くつもりが、
26話以降は番外なところにゴリゴリやってしまってましたなぁ…。
まさか総計60話超えるまでナデシコが宇宙にでないとは思わなかった…。
まあもうちょっとスピードアップする予定なんですが(本当か?)


>>グラビティブラストを受けて
>ソーラーセイルならぬグラビティセイルかなー。
ここはちょっと悩んだんですが、相変わらず無理をするアキトということで、
ブラックサレナのフィールドが分厚いという設定を使いました。
どれくらいの速度かは分からないですがブラックサレナ単体よりは明らかにあるので、
あえてぶっ飛んでもらいました。
そして挙句、今回もつい全力戦闘です。
ああ、アキト。
お前はユリとラピスの気苦労を少しは考えろ。
色々な意味で。








>>英雄みたいに扱わないで
>まあこのへんはラピスのエゴですわな。
>どう見たって英雄だよあいつw
どう考えたってオーバーじゃない、英雄扱い。
ラピスはエゴが先行していると言うか、アキトのことになるとずれるというか…。
冷静に見えて全然冷静じゃないし、
ユリカがアキトのためにって動くと、大概明後日の方向に向かいがちなところは健在。
ラピスINユリカの行く末はいかに。
















~次回予告~
テンカワっす。
地球に居る時とは打って変わって、ホシノのやつ、妙に張り切ってるな…。
巻き込まれてる側のはずの俺に、なぜかユリカまでもが強くなって欲しいという。
俺に強さを求めることは全くなかったみんなが急に…なんでだ…?
俺?俺はどう思ってるんだって?
俺は…確かに強くなった方がいいこともたくさんあるんだろうけど、こだわってない。
でも、本当に生きて帰るなら必要なことだから、仕方なく…。
……なんだよ、相変わらず流されやすい情けない奴だっていうのかよ。
俺だってホシノに恩を返すつもりで頑張ってんのに…。
………そういえば俺、ホシノに巻き込まれて映画まで撮っちまったから、
地球に戻った後が結構怖いんだよな…はぁ…。



臆病なわりに調子に乗りやすいことで痛い目を見やすい作者が贈る、
もりもり書いてもなかなか進まない系ナデシコ二次創作、




















『機動戦艦ナデシコD』
第五十五話:『director-ディレクター-』















を、みんなで見よう!
































感想代理人プロフィール

戻る





代理人の感想
ばれなきゃイカサマじゃあないんだぜ・・・の精神なルリちゃん。
うん、君ってそう言う子だよねw

そしてラピスはもっとひどかった!
ハッカーってやっぱりその辺の倫理観薄いよなあw
社会から遠ざかってるのもあるし、ネットの裏で色々やってるのもあるし、
どうしてもそう言うイメージがつきまとうからなあw






※この感想フォームは感想掲示板への直通投稿フォームです。メールフォームではありませんのでご注意下さい。

おなまえ
Eメール
作者名
作品名(話数)  
コメント
URL