どうも、ルリです。
意外と木連の人も、ナデシコの人と気が合いそうなくらいドタバタですね。
ま、ヤマダさんの兄弟分みたいな人がいっぱいいますし、そりゃそっか。
でも、どうも不穏な感じがするのよね、あの赤い髪の優男。
私よりは年上でしょうけど、全然若いです。
服装といい、小柄な体格といい中学生ですか?
アキト兄さんの前にすんごい殺気でめっちゃくちゃ怖いんですけど、何者でしょう。
例の夏樹って人も姿を現してくれないし、波乱の予感ですね。

とりあえず、アキト兄さん。
死なない程度に頑張ってね。

そいじゃ、今日もいってみましょう。
よーいドン。























『機動戦艦ナデシコD』
第五十九話:duet-デュエット-その2























○火星・スタジアム──草壁
…私はかつてない力と技のぶつかり合いに震えていた。
このスタジアムに集まった木連、そして火星の人々も同じことだろう。
先ほどまでのアキト君と月臣の試合の緊張感以上だ…。
しかし北斗の実力は月臣すら凌駕する。

…このままでは間違いなく、アキト君が死に至るまで戦うことになるだろう。

今は北斗が楽しむように実力を測っている状態だからいいものの、
本気になった北斗相手ではいたぶるように…。

そして何よりアキト君は、黒い皇子と渾名された時の容赦なさがない。

この状態ではいくらも持たないぞ…!
北辰の片目を奪って以来の強敵を目の前にして、闘気が漲っている。
…命を落としてしまう。
だが、そんなことになればこの戦争が泥沼になる。
ヨシオ君の命を賭けた行為も無駄になってしまうぞ…どうすれば…!

…!

アキト君が、打ち負けた!


















○火星・スタジアム──ユリカ
私は…身近でアキト君の戦う姿を見たことがない。

北斗さんと打ち合う、アキト君の姿をみながら、私は震えていた。
いつもいつも、私から離れた場所で戦い続けたアキト君…。
近くだとこんなにすごいなんて…。
アキト君は、未来のアキトだけど…どうやったらあんな風に強くなるの?
あの、黒くて怖いアキト君の別人みたいな姿もそうだけど、
私を失ったらアキトはあんな風になっちゃうんだって思うと、悲しくて怖い…。
草壁さんとの戦いもきっと私の想像を絶するひどい戦いがあったんだと思う。
でも…それでも…。

私はアキト君を信じる!


あの恐ろしい黒い姿も、確かにアキト君の一部分かもしれないけど!
ユリちゃんを見つめる優しい表情も、私たちを守ろうとする温かさも、本物なの!

だって私が好きになったアキトなんだもん!

だから、草壁さんも、きっとたくさん後悔して…アキトを許してくれたんだ。
これ以上、戦争で死者を出さないために涙を飲んでヤマサキ博士のことを…。
アキト君も未来の私が死ぬようなことがあっても、戦争が終わるならって、悲しみを乗り越えて…。
だから、こんなところで倒れたりしない!
…あっ!?


ばきっ!


「がはっ!」


「アキトさん!?」


「アキト君!?」



私とユリちゃんの叫びが聞こえてたのか、膝をつきながらも、
アキト君は北斗さんを睨みながら呼吸を整えている。

「審判。
 さっさとカウントをとらないか」

「!?
 あっ、はっ…ワン!ツー…!」
 
…でも北斗さんはアキト君がダウンしたっていうのに、
態々レフェリーにカウントを取るように言ってる…。

…殺すって言ってみんなが固まってたのに、妙に律義で真面目だよね…。

北斗さん、黒いアキト君と同じくらい怖いと思ってたのに…なんでだろ?





















○火星・スタジアム──ホシノアキト
俺はコーナーポストに戻りながら、茫然と北斗を見つめていた。
実力差は明らかで…俺はなぶり殺しに遭うのを覚悟して全力で戦っていた。
月臣との戦いで消耗した俺を、有利な条件でつぶしに来たと思っていたんだが…。

……遊ばれてるのか?

いや、それもあるかもしれないが様子が妙だ。
この北斗、木連の人たちと同じくやたら正々堂々と戦っている。
どこか北辰を思わせる狂気と技術を持っているにも関わらず、だ。
…何故だ?

「北斗、お前…俺を殺すんじゃなかったのか?」

「なんだ、俺が手を抜いてるとでも思ってるのか?
 もしかして期待してるのか?
 この試合に生き残れるのを。
 
 …どのみち、最終的にお前は殺すぞ?」

「そこまで甘くはないか…。
 だが…遊んでる風にも見えないな。
 …どういうつもりだ?」

「勘違いするなと言ったはずだ。
 俺は木連で敵なしになって数年経つ。
 ここまで本気でやってもくたばらない相手はひさしぶりなんだ。
 
 ──楽しもうじゃないか?
 時間はたっぷりある。
 

 お前ほどの上物…簡単につぶしてたまるか…!」



ぞくっ!



背筋に冷たい汗が伝ったのを感じた。
……俺としたことがとんだ見当違いだな!
正攻法で来るのは自信の表れにすぎないってことか!
俺が弱ったら、あくまで試合の形式の中で殺すつもりだ!
もし俺がちょっとでも気を抜いたら、
致命の一撃を放ってくるだろう…ある意味じゃ嬲り殺しよりタチが悪い。

こっちは必死に隙を見て、火中の栗を拾うつもりでいるってのに…。
北斗は有利な分だけ、高圧的に楽しみながら俺を追い込んでくる。
今のところ、不利を覆せる方法が思いつかない。

……かといって相手が格下じゃなければ『黒い皇子』の戦法など意味がない。
あれは不利にならないように敵を早く蹴散らす、あるいは蹂躙するための戦術にすぎない。
そもそも北斗はこっちが禁じ手を使えば躊躇なくやり返すだろう。
そうなっては…地力で劣っている俺では防ぐ手段がなくなる。
ただでさえ、このままじゃ競り負けて死ぬ未来しかないってのに…!

「それにな」

「…なんだ」

「これからもっと面白いことが起こるぞ。
 …腰を抜かすなよ?」

……!
北斗はハッタリじゃない、意味深なことを言い出した。
この場で、まだ何かやらかそうっていうのか!?
…俺も余力がない。
月臣との戦いでかなり消耗してる…このままじゃ…。
…いや。

「…す、すまん北斗…」

「何だ?命乞いか?」

「いや…そうじゃなくてさ…」

俺はふらついてリングに膝をついた。
…こんな時に、こんな風になっちゃダメなんだけど、ホントに困るよな…。


ぐぅぅぅう~~~~~~~っ。


「は、腹へっちゃって力がでない…」



「「「「「「「だあああああああっ!?」」」」」」」」


どどどどどどどどど……。


数万人の観客は、全員ずっこけた。
…ナオさんとの試合の時もこんな風にみんなにずっこけられたっけ…。
でも月臣との試合、そして北斗との打ち合いは想像以上に消耗して、
空腹でぶったおれそうなんだよぉ…。

「…お前、正気か?」

「こういう体質なんだって…本当なんだよぉ…」

北斗は呆れかえってため息を吐いて、シッシッっと手を振った。
食事に行くことを許可してくれたらしい…。

「さっさと食って戻ってこい、マヌケ」

「うう…緊張感がなくてごめん…」

…腹が減って戦いを離脱するなんて、マヌケな真似は本当にあっちゃいけないんだけど、
今の俺の身体、あんまり長時間持たないんだよなぁ。
生きて帰れたらアイちゃんに治してもらいたい…。

…は、恥ずかしすぎて死にたい…。





















○火星・スタジアム──テンカワアキト
……俺はある意味、世紀の瞬間に立ち会ってしまったのかもしれない。
ホシノはこの重要極まりない、そして命懸けの試合の最中…。

まさかの空腹での試合中断という珍事を招いてしまった。

……こんな奴が未来の俺だと考えると、恥ずかしくて仕方ない。
いや、なんかナノマシンの量が致死量とかのせいだとは知ってるんだが…。
北斗も呆れて追い出してしまった。

「ったく、スタンバイしておいた甲斐があったよ、まったく!
 世話が焼けるんだからねぇ!」

「ホントですっ!」

「ひじょ~に申し訳ない…」


じゅわあぁあぁあっ!



…そして、ウリバタケさんがひそかに『こんなこともあろうかと』で準備しておいてくれた、
非常に出来のいい、移動式調理台でホウメイさんとユリさんが鉄なべをぶん回して調理してくれてる。

チンジャオロースに麻婆豆腐か…さすがだな、この二人…。
近くでは炊飯器の早炊きがもうもうと煙をあげてる。

呆れていた観客たちも、その絶品中華の香りに生唾を飲んでいる。

……そういえば火星でもうまい料理を作れる人ってのは結構珍しかったんだよな。
だから俺もガキの頃、すごい感動したんだけど。
木星は火星よりさらに状況が悪かったらしいから…。

……そりゃ、この極まった技、
そして肥沃な大地から生まれた地球産の食材が合わさったらそんな顔にもなるよな。
無事に試合が終わったら、みんなで料理を振舞うか…。

「おい、そこの黒いの」

俺は声をかけられて、振り向くと、その先には先ほどの北斗が居た。
ホシノに対して俺が黒い髪だから言ってるんだろうけど…。
…なんか嫌な予感がする。

「な、なに?」

「お前も柔ができるんだろうが。
 …だったら時間つぶしに付き合え」

「うえっ!?」

…なんだって!?
ご、ごめんだぞそんなの?!
俺はホシノほど格闘できないってば!?

「い、嫌だよ!?
 ホシノがあれだけ押されるのに、俺なんかが…」

「安心しろ。
 俺も暇つぶしで殺すほど趣味は悪くはない。
 ホシノアキトは先ほどまで月臣との試合で消耗して戦ってたからな。
 俺もちょっとくらいは疲れておいてやろうと思ってな。
 
 …まあ本気で来ないなら殺すかもな?」

「……十分趣味悪いよ、お前」

俺は説得を諦めてにうなだれた。
隣で熱々の料理をほおばってるホシノは、その見た目に反して申し訳なさそうにしていた。
……まあ、そうだな。
ここまでの北斗のクリーンファイトを考えたら、下手な致命傷はないと思う。
それに、二人の戦いのやり取りは見ていて絶望的に追いつけないというほどじゃない。
もって二ラウンドくらいだろうけど…付き合ってやろうかな。

…なぜか、なんとなく意外と北斗はいいやつな気がするし。

「仕方ないか…」

俺はリングに再び上がると、再び軽くストレッチをして北斗に向き合った。
退屈そうに待っていた観客たちも、北斗に対する警戒心が薄らいだのか、
先ほどとは打って変わって、俺たちの戦いに注目して盛り上がり始めた。
さっきまでの緊張感が嘘みたいだ。

……ホシノめ、全部無事にすんだら文句の一つも言ってやる。
ったく、ホシノに巻き込まれて迷惑しっぱなしなんだよ。
一応許してるけど、最初っから訳を話してくれた方がよっぽどよかったのに…。
いや、その場合ちょっと焦ってミスったりしたかも。
……色々反論できる要素がなくてそれも腹が立つな。はぁ。



















○火星・スタジアム──ホシノアキト
俺は自分の空腹を満たすため、食事を取っていたわけだが…。
……テンカワの戦いぶりに、箸が止まってしまった。


ガッ!バシッ!パァンッ!


「!?
 お、お前…ホシノアキトよりも…」

「…へ?」

テンカワは呆けたように驚く北斗を見つめている。
…自分で自覚がないのか、テンカワは北斗の攻撃をことごとくさばいて、
うまく反撃をしてそこそこダメージを与えられていた。
決して派手ではないし、消極的な戦い方ではあるものの…。

あの動きは、俺が黒い皇子としての全盛期の動きに匹敵するほどの動きだ。

…いや、それだけじゃない。
数分経たないうちにさらにレベルアップし続けている。
しかもそれを禁じ手なしの完成度の高い木連式柔として昇華してる。
観客たちも北斗と互角以上に渡り合うテンカワの戦いに盛り上がっている。
こ、これは一体!?

「あ、アキトさん、とりあえず食べて回復したほうが…。
 交代する必要が出ないとは限らないですし」

「あ、ああ…そうだね…」

俺はテンカワの様子を見ながら、料理をかっ込んだ。
……あいつにはちゃんと色々教えたつもりだが、体にしみついたような技の出し方をしてる。
さすがにそこまで出来るようになっていたとは思えなかったんだけど…。
なにがあったんだ、テンカワに…。

「私にもちょーだい!」

「おや、お嬢ちゃんも食べたいってかい?
 あの子の妹なのかい?」

「うん!」

後ろで何か聞こえたが、俺は一心不乱に食事をかっ込んでお茶で流しこもうとした。
…だが、その目の前の光景にお茶を噴き出した。

北斗はテンカワの突きを躱すと、俺と戦っている間も落とさなかった学帽を落とした。
無理矢理しまい込んでいただろう、長髪が露わになり、印象がだいぶ変わった。
そして…。


「…こいつはうかうかしてると負けるな。
 余裕ぶってる場合じゃなさそうだ…!」


北斗は優人部隊の白ラン上着を脱ぎ捨てると、その下にはサラシを巻いているだけだった。
……!?その体つきは!?


「「北斗、お、お、お、お前っ!?」」



「「「「「「おっ!?女ぁぁあぁあああっ!?」」」」」」


先ほどまでの屈強な男たちの死闘以上の、
すさまじい柔を小柄な北斗が繰り出していたことを知って、スタジアム全体が驚きに激震した。
だが、中学生と見まがうばかりの優男と思っていた北斗が、まさか女性だったとは!?

「…あの、アキトさん?
 私、一応北斗のこと、女性だったって伝えてたんですけど…」

「はっ!?」

確かに何度か話してた時にいってたかも…。
最初の時に『北斗という襲撃者が居て…』っていわれてたのが印象が強くて、
なんとなく男だと思ってたのか!?

「おーい、北ちゃーん!
 私も来たよー!」

隣にいつの間にか座っていた少女の姿が見えた。
恐らくホウメイさんからもらったらしい、麻婆豆腐丼をかっ込むと、
満面の笑みでリングに近付いていった。
……姿が北斗にそっくりだ!?

「遅かったな、枝織。
 中断がなかったら片を付けてたところだったぞ?」

「だぁって遠かったんだもん!
 こんな面白いことしてたら北ちゃんだってきっと黙ってないって思ったから、
 試合のこと聞いてから夜通し走ってきたの!
 途中で間に合わないって踏んで、虫型戦闘機にしがみついてきたんだから!
 文字通り飛んできちゃった!
 
 でも、ひっさしぶりにあえて感激ぃ!
 もう五年くらいになるっけ!?」

「そうだな、それくらい経つか」

…北斗は、この枝織という少女と知り合い…いや姉妹らしい。
さ、さっき言ってた面白いことになるってこういうことか!?

「よし、俺も体があったまってきたところだ。
 役者がそろったところで、続きをやろう。
 
 これで二対二だ。
 
 タッグマッチで片をつけようじゃないか?」

…俺はぽかんと口を開けて驚いてしまった。
最初からこういう筋書きを考えていたのか…?
殺すと言いつつ、ず、ずいぶん遊び心があるっていうか…再会を喜んでるっていうか…。
…だがこの二人、こんな和やかな雰囲気だけど、油断できないな。
北斗とは別種の危険性を感じるぞ、この枝織って子は…!

…そして、俺たちは改めて仕切り直しすることになった。
どうやらゲキガンガーにプロレス回があったおかげか、
タッグマッチのプロレスルールについては木連でも知られていたらしい。
とはいえ、プロレスは結構流れで反則したりカットに入ったりするから、
どのみち油断できないことには変わりがないな。

「…どーしてこうなった」

「テンカワ、諦めてくれ。
 …それに本当に俺を超えてるみたいだから頼りにさせてもらうぞ」

「くう…勘弁してくれよ…」

ブラックサレナのシミュレーション模擬戦で、俺を超えられたと考えていたが…。
どうやら戦いに関しては本当に全部超えられてしまったらしい。
理屈は分からないが、戦術だとか感覚や勘以外のところは俺の負けだ。
身体の方もタフネスと筋量は俺が少し勝ってるが、スタミナで負けてるし。
このタッグマッチではテンカワがかなりカギを握ってるのは確かだ。
少なくとも北斗はテンカワに倒してもらうしかないだろう。

「わくわく、わくわく」

「枝織、飛ばし過ぎるなよ。
 …こんな戦い、二度とできないかもしれないんだからな」

「……うん」

枝織ちゃんはうきうきではしゃいでいたが、北斗に言われると静かになってうなずいた。
…どうやら、二人も事情が複雑らしい。
何か…無理をしてここに来たのか?
俺たちも負けるわけにはいかないが…。

「俺が先発する」

「だ、大丈夫か?」

「…どうも枝織ちゃんがどう来るか読めないからな。
 様子見だ」

今ここで口に出してはいけないが…二人を見てると北辰を思い出す。
たぶん弟子かなんかだろう…こんな女の子にまで手を汚させようとしてたのか…。
……ラピスを巻き込んだ俺には、それを責める資格はないけどな。

…そういえば、今のラピスの脳の大部分は未来のユリカで、
脳の記憶の部分はラピス自身のものって判明したけど…あの二人は元々別の人間の脳だ。
そう考えると、俺とユリちゃんと違って二人の人格はきっぱり別れてるのかもしれない。
…いや、今は考えまい。

イネスさ…いや未来のイネスさんの知識を持ったままのアイちゃんに見てもらうまでは何ともいえん。
俺の体、そしてラピスの体についてはまだ未知の部分が多い。
かつて五感を失った時にナノマシンについて徹底的に研究して治療法を探してくれた、
そしてこの世界で唯一、未来のナノマシンについてすらも知っているイネスさんの知識であれば、
俺の体を正確に診断できるはずだ。

…そういえばアイちゃんの方も疑問が多いんだよな。
事情を聴く暇がなかったけど、
なんでアイちゃんの姿で、中身がイネスさんなんだ?
仮に、アカツキやエリナと同じに、
アイちゃんの状態で記憶がボソンジャンプで移ることがあったとしても、
過去に行ってしまう可能性は高い。
だが、現実的にはそんな様子はなかった…なぜか数年くらいは成長してたけど。
それにアイちゃんのお母さんはあの時死んでいたはずなのに生きてて…。
…後で話を聞けば済む事だったが、生きて戻れる保証がないんだし聞いときゃ良かったな。

「ねぇ?
 ホシノアキトさん」

「うん?」

俺は枝織ちゃんに話しかけられて思考を中断した。
どうやら北斗も休憩をしたかったらしく、枝織ちゃんに先発を譲っている。
枝織ちゃんは手を差し出している。握手を求めているようだ。

「よろしくね」

「あ、ああ」

俺たちは軽く握手をすると、小さく構えた。
が、次の瞬間、俺の頬はひきつった…ちょっと油断しすぎたな。

「…殺気もなしに毒を仕込むとは」

「なっ!?」

「あれっ、気づいちゃった?
 無針注射の応用で、痛みのないのを選んだのに」

「俺も鈍ったかな…暗殺向きの技か」

テンカワが驚いているが、レフェリーには聞こえていない。
俺たちはかなり至近距離で、かなり小さくささやいたからだが、
テンカワも聴覚が鋭くなった?なんでだ?

「でもすごいね。
 すぐに殺すつもりはないから、致死性じゃないけど、
 ちょっとくらいくらっと来るはずなの…に…?」

枝織ちゃんは、俺の腕がナノマシンの光と紋様に包まれるのを見て驚いた。
俺は自分の中のナノマシンが活性化するのを感じて、体温が上がったのにも気づいた。

「見ての通りさ。
 …俺の体にはナノマシンが常人の致死量程度入ってる。
 だから薬物がほとんど効かないんだよ」

「えーと…ナノマシン…微小機械!?」

「ああ。
 俺は何度か地球で検査をしたことがあるが、
 薬がことごとく効かないので医師に困り果てられたんだ。
 例えば普通は深手なら抗生物質などが必要だが、それも投与してもすぐ分解される。
 薬が効かないということは、同じく体に影響を及ぼす毒も効かない。
 それどころか、ナノマシンは銃撃から俺の内臓を守ったことすらある。
 …レントゲンすらも受け付けない、特異な体質なんだ。

 そんな小細工じゃ俺は倒せないよ」

俺は少し笑うと枝織ちゃんに向かい合って構えた。
……殺気がむき出しじゃないだけに読めない。
ある意味じゃ北辰よりも怖いかもしれないな、この子は。

「…へえ、すごいね、アー君。
 北ちゃんの言う通り、結構楽しめそう」

「…アー君?」

「ちょっと呼びづらいからアー君」

「…ちなみにさ、あっちもテンカワアキトって言ってアキトなんだけど。
 あいつはどう呼ぶ?」

「ええ!?同じ名前で同じ顔!?
 ややっこしいなぁ…。
 
 じゃあ、そっちはテン君」

「て、テンって…どっかの犬猫みたいじゃないか…」

テンカワは指差されて渾名を付けられると、緊張感が台無しだとばかりにうなだれた。
……なんていうか、意外とノリがいいよな、木連の人たちも…。

「じゃ、やろっか!
 アー君!」

「はぁ、死なない程度にしてほしいよ」

「だーめ!
 北ちゃんとの約束だもん!」

……参ったな。
こんなにフレンドリーにしていても、
結局二人とも俺を殺すつもりなのは変わらないのか…。
また油断できないぞ、こりゃ…。






















○火星・スタジアム──アイ
あれからどれくらい時間が経ったかしら…スタジアムは熱狂に包まれた。
四人の攻防は、時に華やかさすら見せつつ、みんなを魅了するようなものを含んではいるものの…。
先ほどまでの死闘と同じく、肉と肉、骨と骨がぶつかり合う壮絶な試合になってる。
あの赤毛の二人の目的がお兄ちゃんたちの殺害としても…。
二人はなぜか通常の格闘技の範囲で戦い続けてる。
でも、想像以上にこの世界のお兄ちゃん…テンカワお兄ちゃんは強くなってる。
おかしいわ、普通試合中にそんなに急激に技術的に進歩するなんてありえない。
私も格闘技はそんなに詳しくないから、先に調べてきたけど、
こんな風に試合しながら成長するなんてありえないのは私にも分かる。

素人目にもわかるほどの進歩を見せて、何度もホシノお兄ちゃんを助けてる。

本来の実力ではどう考えてもテンカワお兄ちゃんの方が劣っている。
それなのに、北斗と枝織の実力に呼応するがごとく…。
何があったの?どうして…。

「おおっと!
 今度は北斗ちゃんと枝織ちゃんのツープラトン!
 クロスボンバーが炸裂しましたぁっ!
 …あのアイちゃん?
 解説、しないの?」

「あっ、ごめんなさい、メグミちゃん…」

私はメグミちゃんについ慌てて、らしくなくうろたえてしまった。
……年齢は子供でも、冷静じゃなきゃだめよね。
でも脳の発達がまだ未完成な年齢でもあるから、記憶があってもちゃんとは…。
ああっ!もう!たくさん調べたいことがあるのに!
二人とも生きて帰ってきてくれないと困るのに!頭が回んないわ!
また説明おばさんって言われるよりよっぽどマシだけど!

「…ねえ、解説さん?」

「…なに、ホシノルリ」

「やっぱり、テンカワさんってあんなには強くないんですか?」

私はドキっとしたようにまたうろたえてしまった。
ほんと子供の体って厄介だわ。
ちょっとしたことですぐ動揺しちゃう。
研究者として脂が乗るのはやっぱ成人してからよね。
…でも、今言うべきことじゃないわ。伏せておきましょう。

「…おほん。
 ノーコメント」

「あっそ。
 やっぱりですか」

……ホシノルリ、思ったより深入りしてるのね。
一言で察してしまってるみたい。うかつだったかしら…。
でもそろそろすべてを話すタイミングではあるから大丈夫かもしれないけど…。
私も想像以上に体に引っ張られて…いえ、この時代の私に精神が寄せられてるのかしら。
自覚はしてたけど…。
……なんかホシノお兄ちゃんの鋭さが無くなってるのもそのせいなのかも。
これは興味深いわね…火星を出たら色々と研究しなきゃ…。

「あ、あのだから解説を……」




















○火星・スタジアム──ホシノアキト

「ちぃっ…強い!」

「どうしたの、アー君?
 それで精いっぱいなの?
 
 

 ──だったらそろそろ壊しちゃうよ?」

 

俺は何度かテンカワと交代しながら戦ってきたが…。
枝織ちゃんがだんだんと禁じ手を使い始め、
さらに致命傷を負わせる技を繰り出すようになって、
危険になり始めたので俺が戦い始めたが…さすがに厳しいな。
枝織ちゃんの実力は北斗よりは劣る…が、容赦なさでは勝っている。
ちょうど今の俺と互角くらいだろう。
そうなると俺も殺す気でやらないとやられる…だが!

「…なに躊躇ってるの?
 アー君だってまだ本気じゃないでしょ?
 殺す気でくれば結構いい勝負になるのに」

「…冗談じゃないよ。
 俺は人殺しなんかしたくないんだ。
 君みたいな女の子相手だったら、特に…」

「ふぅん、アー君って優しいね。

 ──でも、その優しさのせいで奥さんの前で無様に死んで悲しませるつもり?
 
 だったら私を殺してでも先に進まないとダメじゃない?」

俺はユリちゃんの方を横目で一瞬見た。
悲しみ、俺を失う恐怖と戦っている様子で…それでも、俺は!

「…どっちもごめんだ!
 俺は君たちに勝って、生きて帰る!
 誰も死なせない!」

「……そっか、つまんないね。


 じゃ、これで終わりにしてあげるよっ!」




がががががっ!ばしっ!



枝織ちゃんは言い切ると走り込んで俺に乱打を仕掛けてきた。
先ほどまでの容赦ない技以上の、すさまじい連撃…。
動脈を狙って手刀や貫手などのかなり威力の高い技を、通常の攻撃に混ぜ込んできている。
この狙いの正確さ、一発でも貰えば致命傷になりかねないぞ…!


「あ、アキトさぁぁぁぁんっ!」


「ゆ、ユリユリ下がって!
 近づいたら死ぬわよ!?」



ユリちゃんとミナトさんの声が聞こえる。
すでにセコンドの二人はかなり離れてみている。
俺たちの攻防に巻き込まれたらまず助からないから離れるように言ったからな。
俺は防戦一方で、辛うじて致命傷を避けている。
致命傷を避けられてはいるが、受ける度に、受け手に生傷が刻まれ、出血している。
周りからは俺が切り刻まれているようにしか見えないだろう。
だが、極めて浅いこの傷も…受けすぎれば失血が怖いな。


「ほらほらほらぁっ!
 綺麗事じゃ自分も何も守れないんだから反撃してきなよぉ!
 何もできないで死んでいくのは悔しいでしょぉ?!」


「ぐっ…!」

枝織ちゃんは徐々にサディスティックな…。
…北辰そっくりの笑みを浮かべながら、俺を責め立てた。
その最中、血が飛び散って目に入ってしまった。
一瞬、視界がふさがれるのを枝織ちゃんは見逃してくれなかった。


ザクッ!



「うぐっ…」

枝織ちゃんの貫手が深々と俺の腹に刺さって…。
俺はうめいた。

「ホシノっ!?」

「アキトさん…っ…ぅ…」

「う、うそ…」

「…っ!?」

俺は苦悶しながら、枝織ちゃんを見た。
ま、まだ致命傷じゃないが、次が来たら…!
しっかりとどめを刺しに来るかと思ったが、枝織ちゃんはむしろ驚きの表情を浮かべて…。
直後に貫手を引き抜いた…その爪は折れ、指先は曲がってはいけない方向に曲がっていた。
痛みと驚きに枝織ちゃんは茫然としていた。

「嘘…て、鉄板でも仕込んでるの!?」

「そんなんじゃないよ…。
 またナノマシンに救われたか…」

俺は自分の傷口を見ると、やはりナノマシンの光に満たされていた。
心臓への致命傷になるはずだった、45口径の銃弾すら止めたことのある俺の体内のナノマシン。
今回も、致命傷を防ぐために動いてくれたらしい。
前と違って十分に食べといたせいか、動けなくなることもないみたいだ。
…はは、シャレにもなんないや。
未来ではナノマシンの投与と脳をいじられたせいで五感を失ったってのに…。
こんな風に何度も命を救われてるんだからさ。
嬉しいけど、人間やめてる気がしてちょっと嫌だな…。

「…枝織、代われ。
 お前の得意技が防がれて、しかも利き手を負傷したんでは分が悪いだろ」
 
「むぅ、残念。
 でもアー君のとどめは私に譲ってよ?」

「任せろ」

…次は北斗が相手か。
だが、さすがに内臓に届いていないとはいえ、筋肉を傷つけられてて辛いな…。
戦闘不能じゃないにしろ、受けた貫手の衝撃は逃げ切ってないしどのみち大ダメージだ。

「ホシノ、こっちも交代しよう」

「そうしてくれると助かるが、だが…」

「いいから」

テンカワは横目でユリちゃんを見た。
俺が死んだかもしれないシーンをみて、
過呼吸になってしまったのかうずくまっていた。
…いつも苦労かけてばっかだな、俺は。

「分かった」

テンカワにタッチすると、俺はリングを降りてユリちゃんを介抱に向かった。
だが…。

「あの、ユリちゃん?ユリちゃん?」

「……ぅぅ……ぅ」

ユリちゃんは無言で強く俺を抱きしめて、放してくれなかった。
俺の胸に顔をうずめて、今日はもう戦わないで欲しいと言わんばかりに…。
俺はユリちゃんを落ち着けるために抱きしめ返してなだめることしかできなかった。
こ、これは……て、テンカワが危なくなったらカットに入らないといけないってのに…。

て、テンカワ…死ぬなよ…。


























○火星・スタジアム──北斗
テンカワとの戦いが、すでに30分も続いている。
さすがに俺もこいつも、限界が見えてきたが…なんなんだこいつは。
精神的にはどう見ても未熟そのもの、
技の返し方も戸惑いがあるが…技術と勘だけがずば抜けている。

まるでその部分だけを取って付けたかのようにだ。

……どちらかと言えばホシノアキトの方がこの部分を持っているのが正しいんだが…。
ホシノアキトの方はどういうわけか体力で劣っている。
あの技術を鍛えて身に着けたとしたら体力もそれに比例して鍛えられているはずだ。
気迫、精神力の方もホシノが上だ。
総合的に考えればホシノの方が俺と互角であるべきなんだ。
もしや…ヤマサキのような科学者に、遺伝子細工を施されて弱ったか?

だが、こいつは…。

「なぜだ…何故お前みたいなやつに勝てん!?」

「ぜぇ…ぜぇ…し、知らないよ…」

戦いに対して消極的で、未熟なテンカワアキトが俺の技を返してくる。
たまに飛んでくるテンカワの技は、俺を正確にとらえてダメージを蓄積させつつある。
闘気と殺気が薄いせいか、どうも回避できない…枝織と、ある意味じゃ近い。
体格の差があるにしても、これは…。

…いや、親父との最後の戦い以降、俺は己を研鑽するのを諦めていた。
戦いの喜びを知ったあの日に…皮肉にも戦いを奪われてしまったも同然だった。
どんな相手でも、戦いにならない。
ただの殺戮に成り果てる。
かといって互角にやりあえる枝織との戦いは何よりも禁じられ、離されてしまった…。

枝織は俺を強くなったと言ったが、そんなわけがない。

要人の護衛というつまらない任務、そしてつまらない人生を送ってきた。
その中で何をどうしたって強くなるわけがないんだ…。

だが、だからと言って…こんな奴を許せるわけがない!


「…腹立つんだよ、お前。


 腑抜けたお前が!

 
 そんな力を持ってる事そのものが!」



「だから俺に言うなって!?
 俺は必要になるからってホシノに鍛えただけなんだからさ!?」


「……納得できるかッ!

 心技体の整ってないお前がこんなに戦えるはずがない!!」



…こんな相手には出会ったことがない。
木連では強い、弱い関わらず戦闘訓練を受けさせられる。木連式柔は必修科目だ。
最終的に軍人になろうがなるまいが、通過せざるを得ない。
そうしなければ優秀な戦士が発掘できないからだ。

人口の多い地球や火星では必ずしもそうじゃないんだろうが…。
だが…。


「ふざけるなよ…!


 お前の存在そのものが!


 俺の…いや俺だけじゃない!



 …戦士として生きた人間の存在を否定してるんだよ!!」



「な!?」


「…お前は死ぬ覚悟もなく、
 どうやってその力を手に入れた?

 ここに集まった連中も…誰もが、
 今となってはロクでもないと分かった戦争のために自分の命を賭けていた。
 長年かけて己の牙を研いで備えてきた。
 
 …憎しみが糧だった。
 
 戦う者たちはそうやって生きてきた。
 恐らくホシノアキトもそうだろう。
 
 だが、俺には分かる。
 
 お前がまだ戦い始めて半年そこそこの人間で、
 本格的な鍛錬に至っては数か月もしていない。

 鋭くない目つき、堂々としていない態度、手心を加えた拳が、
 それをすべて物語ってる。
 
 …俺を女だと思って加減してるのがいい証拠だ。
 戦いを知っているなら、そんなことを気にするべきではないと分かるはずだ。
 
 ホシノアキトでさえも、
 殺す気がないというだけで本気で戦っていた。
 お前みたいに女だからと顔を狙えないような腑抜けじゃない」

テンカワはうろたえて黙り込んだ。
図星を突かれて反論できなかったんだろう。
俺の指摘に、スタジアム内がざわついている。
先ほどの激闘が手加減を伴ったものだとは思えなかったんだろう。
ホシノとテンカワの訓練がどの程度のものだったのかは分からないが…。
そんな急激な成長が出来るわけがない。
まして試合中にさらに技術を上げるなんてことはできるはずがない。
どんな天才でも、不可能だ。

俺は親父を倒すためだけに力を求めてきた…。
強くなるためだけに人生をささげてきた。
その結果…誰にも負けない力を得たのにだ…!

命を捨てる覚悟も、人生を賭ける気概もない…。


…こんな男に追いつかれるなんて、馬鹿げた話だろうがッ!



「……打ち所が悪けりゃ人間なんて簡単に死んじゃうだろ?
 俺は…人を殺す職業じゃなくて、コックになりたいんだよ…」

「何だと?」

「だけど…戦わなきゃ死ぬかもしれない、大事な人を失うかもしれない。
 だから俺は…戦ってるんだよ。
 ホシノだってそうだ。
 北斗ちゃんだって、聞いたんだろ?」

「…ああ。
 だがお前とは違う。
 お前は覚悟がなすぎる」


「あるさ!
 この戦いを切り抜けてコックになる覚悟が!」


「バカにしてるのか!?」


ぶあっ!



俺はついいら立って、単なる乱暴な突きを放った。
技も何もないだけにテンカワはあっさり避けた。

「馬鹿になんかしてない!
 どうして俺が北斗ちゃんにも負けないくらいになれたかなんて、
 俺が聞きたいくらいなんだよ!
 マグレにしちゃ、ちょっとうまく出来過ぎてるなって思うけどさ…。
 
 でも、俺は…」
 
「………はぁっ。
 …埒があかんな」

恐らく嘘は言っていないんだろう…こいつ自身にも分からんのなら仕方ない。
四の五の言っても、頭の悪そうなこいつには説明できんだろう。
だったら…。

「だったらせめて加減するのはやめろ。
 …正面から実力で叩きのめしてやる」

「お、おう」

…やっぱり情けない奴だ。こんな奴に負けたくないな。
だがこんな奴相手に禁じ手や枝織のような戦い方を持ち出すのは情けない。
やはり木連式柔・硬式・表の技だけで叩き潰してやる。

「せいぜい気張ることだな。
 …お前が倒れた時が、ホシノアキトの死ぬ時だ」

「ッ!!」

テンカワに少し気迫が出たな。
こういう手合いは自分の命よりも誰かの命が掛かってる時の方が本領を発揮する。
やはりこういう挑発が一番いいみたいだな。

「……ホシノはやらせない!
 俺がここまで来れた分を返してやるんだ!」

「だが俺と枝織、二人を倒してようやく助かるんだぞ?
 お前にやれるのか?」

「やってみるさ!」

ふ…未熟で、向こう見ずで、馬鹿な奴…。
実力があるくせに、戦ってても期待が高まらないつまらない奴…。
不服だが、ホシノの代わりに遊んでもらうぞ!

テンカワアキト!!


















○火星・スタジアム──テンカワアキト
…俺はようやくユリちゃんを説得してリングサイドに戻った。
テンカワが危ないからと言うと、
ユリちゃんもちょっと自分で自分が制御できなかったらしくて謝ってた。
……ミスマル家特有の感情の強さなんだろうな、これは。

とはいえ、テンカワと北斗の試合はかなりの接戦で、
北斗も意地になって木連式柔の普通の技しか出してきてないみたいだ。
この調子だったらもしかしたらテンカワが競り勝つかもしれん。
そうなると問題は枝織ちゃんの方だけど…俺がなんとかするしかない。
…枝織ちゃんも、俺のタフさを知った以上何か対策を取ってくるかもしれないしな。

「テンカワ、いいぞ!
 体重差の分だけ技の威力では勝てるんだ!押し込んでやれ!」

「簡単に、言うなっ、よっ!」


ばちぃんっ!



二人の蹴りが交錯して、派手な音がして、テンカワは顔をしかめる。
アドレナリンの制御によるダメージのコントロールは教えてないからかなり痛いだろう。

「はぁ…はぁ…」

「…意外としぶといな…テンカワ…」

「俺だって、だ、だてにしごかれてないってば…」

テンカワは強がってはいるがすでに限界ギリギリだろう。
ユリカ義姉さんもかなりハラハラしながら見てる。
北斗は息は上がっていないが、ダメージの蓄積が大きいのかふらついている。

本来凄惨な戦いになりかねないところだったが、
どうやら試合形式であることや北斗が俺だけを殺すのを狙ってるせいか、
比較的穏やかな戦いになっているのが救いだった。
とはいえ、気を抜くとすぐに死ぬかもしれないのは変わりないけど。
その中で二人の技は、感覚はどんどんと研ぎ澄まされていき…。
攻防をもはや目で追いきれない人間の方が多くなっている。

…すごいな、これは。
俺の黒い皇子時代を完全に超えてるぞ…。
か、形無しだな、こりゃ…。

「…あれ、痛みが消え…」


「「「「「…!?」」」」」



テンカワのぽやっとした発言の直後、
俺たちは、いやスタジアム内の人間がすべて驚愕した。
テンカワが青白い銀色の光を放っている。
ボソンジャンプの光にも似たそのオーラのような光は、
フィクションのように見えて、強烈な存在感を放っていた。
テンカワだけじゃなく、北斗も同じだった。
北斗は赤く金色の光を放っていた。
ど、どうなってるんだ?!


「な、なんだこれ!?」


「ええっ!?うそぉっ!」



「…よりによってお前がこれに目覚めるとは、皮肉だな」


北斗は何かを知ってるようだったが、枝織ちゃんもかなり驚いた様子だった。

「木連式柔、口伝『武羅威(ぶらい)』
 己の魂の色を発現せし『昴氣(こうき)』を、その身に纏う時。

 その者は人の身にして、武神への道を歩む。

 …そういう口伝があるんだよ」

「は!?」

テンカワは北斗の言葉に驚愕した。
…よりによって一番戦いに消極的なテンカワがこれに目覚めるのは確かに皮肉だな。
木連の人たちも、噂程度でしか知らないのか驚いてる。
俺も月臣から聞かされてなかったが…。

「内面的な発勁の類ではなく、実際に外面にも影響を及ぼす『昂氣』を纏う、
 木連式柔に伝わる伝説の奥義だ。
 
 歴史上、この奥義に到達したのは十人に満たないらしい。
 
 事情は分からんが、一年も修行してないヤツにこれを習得されるとはな。
 …本当に腹の立つ奴だ」

……そんなどこぞの伝説の金色の戦士みたいなことが?
だが、どうして…テンカワがそれに目覚めるほど…。
お、俺だってそうはならなかったのに…。

「そ、そんなこと言われても…」

「…とにかく、腹が立つついでに、
 この力でお前をぶん殴る…死んでも恨むなよ?」

「うえっ!?」

北斗ににらまれてテンカワが俺の方を見た。
…だが俺は首を横に振った。
どうやらこの昂氣というのは、体内の気を具現化して物理的な攻守に使うもののようだ。
恐らく破壊力防御力が数倍から十倍に膨らんでいる可能性がある。
…そんなもん受けきれるわけがない。

「テンカワ、昂氣持ち同士じゃないとこれは危ない。
 あきらめて向き合ってくれ」

「なんでだよ!?」

「俺が昂氣持ってたら代わってやったって。
 たぶん死にはしないから」

……無責任だが、こう言うしかないだろう、この状況では。


「くらえッ!」


「くそぉっ!!」



だっ!



北斗は力を振り絞って。
テンカワは、やけくそ気味に。
お互いに突っ込んでいって、抜き打ちの形で衝突した。


どごぉぉんっ!!



二人の拳が交錯して、クロスカウンター気味に直撃した。
おおよそ人間が放っていい音じゃない轟音がスタジアム内にとどろいた。
二人はすれ違うように打ち抜けた…。

そして、避難しようとリングを降りていたレフェリーも吹っ飛ばされ、
強烈な踏み込みで特設リングもぐしゃぐしゃに崩壊し、
挙句に鋼線の入ったロープを分断した。
俺と枝織ちゃんはその鞭のようなロープをかいくぐって逃げた。

こ、こんなことが…!?


「「きゃあっ!?」」



「ちいっ!」

衝撃波が襲ってきて、俺はユリちゃんとミナトさんを抱きしめて飛んだ。
それでもかなり吹き飛ばされて、身体を回転させてスタジアム内の壁に着地、
かろうじて無事に二人をかばうことに成功した。

「大丈夫!?」

「は、はい…」

「生きた心地がしなかったわぁ…」

二人は呼吸を整えると降りて…テンカワは!?


がしゃん…。



「……相討ちか…」


「いや…」


ぐしゃぐしゃになったリングの上で、テンカワと北斗は倒れ込んでいた。
だが、テンカワはふらつきながらも立ち上がった。

「…俺の方がリーチが長い。
 その分だけ俺の方がダメージが少なかったんだ。
 だから同じ技で、同じ打ち方でやればダメージは北斗ちゃんの方が大きいから」

「ち……女に生まれたことを後悔したのは…何度もあるが…。
 今日ほどは久しぶり…だ…」

北斗は言い切ると意識を失った。
吹っ飛ばされて転がってボロボロになっていたレフェリーが戻ると、
北斗の意識がないことを確認して、手を振った。
一応試合で、タッグマッチ形式だから…。


「勝負あり!
 勝者、テンカワアキト!」



ぅわああああああぁぁぁぁぁ……!!



観客たちの大声援と共に、テンカワの勝ちが宣言された。

……はは、マジで俺を超えちゃったんだな、テンカワ。
いや、それどころか地球圏最強に…。
あのリョーコちゃんのおじいさん並みになっちゃったか?
笑えないが…この場で北斗が意識を失った以上、もう大丈夫だろう。
良かった…。


「アーーーキーーートーーーーォッ!」


「どわぁっ!?」


どさっ!



テンカワは、ユリカ義姉さんにタックルを喰らって体制を崩してしまった。
テンカワももうちょっと気が利いてたら抱きしめられただろうにな。
先ほどまでの昂氣の光は、すでに消え去っていた。

「ちぇ、負けちゃった。
 二人とも強いんだねぇ」

「…俺の命はもういいの?」

「だってしょうがないでしょ?
 試合中じゃないと、合法的に殺せないんだから。
 …利き手がこれで、貫手が通らないんじゃもう勝ち目ないもん」

枝織ちゃんは右手にギプスをはめてむくれていた。
繰り出す技はルール無用だったが、こういうところは守ってくれるようだ。

「…はぁ、助かったよ」

「でも楽しかった。
 またやろ?」

「命の取り合いじゃなければね」

「うん、一回で終わっちゃもったいないから。
 やっぱり何度も戦えた方が楽しいもんね♪
 次は負けないよ!」

…とはいえ、あんまり何度もやりたいことじゃないな。
この二人に付き合ってたら命がいくらあっても足りなそうだ。
俺と枝織ちゃんは怪我をしてない左手で握手をすると、北斗を医務室に連れて行った。

「な、なあ…これ台本とかあるよなぁ」

「いや、真剣勝負だった気もするが…」

「すごすぎてどっちか分からなくなったな…」

…観客たちは冷静になって、今の試合についてやらせじゃないかと逆に思い始めた。
まあ、そんな合成技術ないし、すぐに実戦だったとバレるだろうが…。
……俺としてはやらせのショーだったことにしたい、マジで…。
俺もテンカワも人外じみたことしちゃったもんだから…。

ああ…ラピス、この辺の誤魔化し方どうすりゃいいんだよ…。
つ、ついてきてもらえばよかった…。





















○火星・スタジアム・医務室──ユリカ
私達は医務室でみんなの治療のために集まっていた。
アキトもボロボロで、本当はすぐに入院しなきゃいけないレベルなんだけど、
なんかすごいさっきのオーラのおかげか、少し傷が癒えてるみたいで…映画のアキト君みたい。
アキト君も太鼓判を押してたけど、本当にアキトはアキト君を超えちゃったんだって。
…アキト、すごいなぁ。

「北ちゃん大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫。
 すごい破壊力だったけど、防御にもさっきのオーラは有効みたい。
 昴氣って本当に興味深いわ。
 ま、元々が頑丈なんでしょ。
 一週間も寝てればばっちり治るわ」

聴診器をあてていたアイちゃんは、北斗さんの診断を終えて小さくため息を吐いていた。
で、次はアキト君を見たけど…。

「ナノマシンがかさぶたみたいに傷口を守りながら修復してる…こんなの初めて見たわ。
 …どんな体質なのよ、ホシノお兄ちゃんは」

「あ、あはは…できればアイちゃんに詳しく見てほしくって…。
 致死量のナノマシンがあるし、こういうことも起こるし…お腹がめっちゃすくし…。
 レントゲンも取れないから地球のナノマシン専門家が匙投げててさ…」

「…また仕事が増えそうね、はぁ。
 でもよかったわ、とりあえず元気そうで。
 …ボソンジャンプの件もちょっと訳アリみたいだし、
 詳しい調査が必要かもしれないわね」

結局アイちゃんも、この場では処置なしというしかなかったみたい。
みんな謎が多すぎてどうしようもない状態だよね。
…でも無事に済んでよかった。

「…動かないで」

……あ。

医務室に音もなく入ってきた、夏樹さんが…。
アキト君に銃を向けて、睨んでる。
そうだった…まだ終わってなかった…!

「……夏樹さん。
 やっぱり、許してはくれないんだね」


「当たり前でしょ…。
 命で償いなさいよッ!」



「やめろ、夏樹!」

「止めないで、お父様!」

医務室に草壁さんも現れた。
きっと夏樹さんがここに来ると確信してたんだ!
でも、草壁さんに銃を向けて近づけないようにして…。
…私も、夏樹さんのすべてを呪うような表情を見て動けなくなって…。
どうしていいか分からなかった。

「…いい、草壁さん。
 所詮、俺たちのしてることは…。
 きっと自分可愛さのための、罪滅ぼしにすぎないんだよ。

 ……俺を撃ってくれ、夏樹さん」

「アキトさん!?ダメですよっ!!」

「アキト兄さん!?」

「や、やめろホシノ!!」

アキト君は椅子から立ち上がると夏樹さんの前に立って、手を広げた。
無防備に、撃ってもらうためだけに前に立った。
二人の制止すらも、アキト君は聞こうとしていない。
試合の時も着ていた、いつもの黒い戦闘服を脱いで、向き合った。
防弾効果がない、自分の素肌をさらけ出して…。

「…ッッッ!!」

「…いいかい?
 良く狙うんだ。
 俺は銃弾の一発や二発じゃ死ねない身体だ。
 眉間、心臓、目、額、腹…どこでもいい、弾倉すべて撃ち尽くすんだ。
 
 もしここで殺し損ねたら、俺は生きて地球に帰ってしまうんだよ?
 
 後悔のないように…。
 確実に俺が死ぬように撃つんだよ?」


アキト君は穏やかに、子供に言い聞かせるように…。
ただ静かに、夏樹さんに自分を殺す方法を教えている。
だ、ダメだよ…ユリちゃんを置いて死んじゃうなんて!
私達、まだアキト君に何もお礼を言えてないのに…。
ここまでたくさん助けてもらって、何も返してあげられてないのに…!


「アキッ…アキト君!
 死んじゃダメだよ!
 私の前で死ぬなんて、許してあげないよ!!」


私は精一杯、傲慢にふるまってアキト君を止めた。
アキト君は、未来のアキト…。
もしかしたら私のお願いなら…聞いてくれるかもしれなかった。
でも、帰ってきた返事は違った。

「ごめん、ユリちゃん。
 ユリカ義姉さん。
 テンカワ、アイちゃん。

 ……俺は未来でしてきた殺戮のツケを、払わないといけないんだ。
 
 俺はあの時、すでに死んでたんだ。
 夢を、未来を、すべてを失って…。
 それでも…ユリカを取り戻さなければ…。
 あいつらにやり返さないと、死んでも死にきれないからと、
 みじめな余生にしがみついて、最低の男に成り下がったんだ。
 
 死ぬ予定だった男が……もう一度死ぬだけさ。
 悲しむ事なんて、何もないんだよ」

私はその、寂しそうで、とても残念そうだけど…。
運命を受け入れているアキト君の返事に絶望することしかできなかった。
どうしようも、ないってことが分かってしまったから…。

…どうにかして、誰か…お願いだから…!














○火星・スタジアム・医務室──夏樹
ホシノアキトは、ただ潔さそうに前に出た。
…こんな簡単に出来るんだったら、北斗に頼むんじゃなかったわ。
最初の段階でも、撃とうとしたら抵抗せずに撃たれてくれたんじゃないかしら。
でも、私の手は震えている。
こんな、自分の命も、死んだ後に残された妻がどうなるかも考えてないヤツ…!
殺したっていいはずなのに…!


撃ってもいいはずよ!


私には撃つ権利がある!


殺していいって本人も言ってる!


でもなんで指が動かないのよ!?



「…撃たないの?」


いつまで経っても引き金を引かない私に、ホシノアキトは問いかけた。
こ、ここで撃たなきゃ…許したと思われてしまうだけよ、夏樹!
しっかりするのよ、夏樹!
もう、後戻りはできないのよ!
私も!ヨシオさんも!

「…撃つわよ」

「…みんなが見てるとやりづらいかい?」

「気を遣ってんじゃないわよ!
 この偽善者!」

「…ああ、そうだね。
 俺はとんだ偽善者だよ…」

ホシノアキトは申し訳なさそうに、私を気遣うように話しかけた。
でも、いら立っても、指が、いつまでも動いてくれない。
……どうして!?

「ま、待ってください…アキトさん…」

「…ユリちゃん?」

「…約束しました。
 私より一日でも長生きしてくれるって…」

「あ……」

ホシノアキトは、しまった、という表情でユリを見つめた。
……なんも考えてないだけじゃない、この男…。

「約束通りなら、私が先に死ぬんです。
 …無責任に逝かせませんよ?
 さっきだって心配ばっかりかけて…。
 カッコつけてないで、代わって下さい。
 
 …夏樹さん、撃つなら私からにして下さい。
 
 アキトさんの、夫の罪は、私の罪です。
 
 私はアキトさんが過去、いえ、
 未来でどれだけひどいことをしてきたか知ってても受け入れました。
 …過去に戻って、別人になったから、未来のことは誰も知らないからと、
 いい気になって、自分の都合の良いように戦争に介入してきたんです。
 
 私はアキトさんの共犯者です。
 未来で草壁さんの妨害をしました。
 
 どこをどう繕っても覆せません。
 あなたは私を撃つ権利があります」

「また、バカにして…!」

かばうつもりで前に出てきたこのユリも…嘘をついてるようには見えないけど…。
でも………いえ?
考えてみれば……これは、本当の意味での復讐になるわね…。

「……分かったわ。
 ホシノアキト、あなたの命はいらないわ。

 このユリの命をもらう。

 …大事な伴侶を失って余生を過ごす悲しさをあんたも味わいなさい?」

「ッ!?
 や、やめてくれ、ユリちゃん!
 夏樹さんも、それだけは…!」

「ユリちゃん!?ダメだよ!?」

「ユリ姉さん!?
 二人とも死んじゃダメですよ!」

「──やめるわけないでしょ?」

ホシノアキトとユリカという女性はわめいて止めるが、ユリは引かなかった。
私は銃をユリの眉間に向けて笑った。
私の心にとんでもなく黒い、沸騰しそうな歪んだ感情が渦巻くのが分かった。
アキトの許しを請う、情けない表情…滑稽だわ。
そう、自分の命を差し出すのは当然と思ってる。
でも…自分以外の、特に大事な伴侶を失うのを恐れている。
かつて失った時の悔しさも空虚さも知っているみたいだし…。

──そういえばお父様がこの男から奪ったという前妻も、
ラピスって少女になって生きてるそうじゃない?
ヨシオさんってやっぱり優しいわよね?

…奪える。
ここでユリを殺せば、この男の人生を永遠に奪うことが出来るわ…!
これでいい、これでいいのよ!

私は満面の笑みを浮かべているんだと思う。

ああ…本当に報われ…。

………。

それでも、やっぱり指は動かない。

何故…?
私は力を籠めようとしているのに、できない…。


「……あの、早く、してくれませんか……」



──ユリは涙を流して、ぶるぶる震えながら恐怖に耐えていた。
目を強くつむって、これから起こる衝撃に、死に怯えていた。

私はそれを見た瞬間、胸が強く痛んだ。

…撃てない。
そして明確に気づいた…私は人を殺すことなんてできない。
これまでの人生では人を叩くことすらしたことないもの…。
だから北斗に頼って、何とかしようとして、自分でお父様を撃つこともできなかった。
目の前の二人が、どんな人生を生きてきたのか分からないけど…。
……今のやり取りで、二人が、優しい人だって分かってしまった。
私の憎しみによる、殺人すらも受け入れて、伴侶を助けようとしている。

その姿が、あの優しいヨシオさんと重なって、
私の自己満足のためだけの、誰も助からない、つまらない復讐を企てた自分の醜さが嫌になった。

この二人が…ヨシオさんを奪ったのでも、狂わせたのでもないわ…。

あくまでヨシオさんは、
木連と、私のためだけにすべての罪を背負ったんだもの…。

…何より、ヨシオさんは、まだ死んでいないから。

「…もういいわ」

「え…」

「目を開けなさい。
 とても許すことなんてできないけど…。
 私はあなた達を仇と思えなくなったの…。
 
 あなたたちのやり取りを、茶番と切り捨てることができなかったのよ…」

…撃てない。
この人たちは、私と同じ…ヨシオさんと同じ、温かい心を持った人間だった。
血も涙もない悪党だったら…ここで容赦なく撃てたのに…。
あんなにお互いを想いあって、一生懸命戦い抜いて、人生を、命を分け合える夫婦だった…。
…ヨシオさんも、そうでいてくれたら、良かったのに。

「いいん、ですか…」

「……ヨシオさんの判断でしたことで、
 あなた達を恨むのは筋違い、だから…」

この事実は変えようがなかった。
この二人と、お父様のせいでもあるのは確かだけど…。
でも、私を置いていく判断をしたのはヨシオさん。
これは変えようがない、残酷な事実…。
そしてこの二人とお父様が、ヨシオさんが目指した、真の平和。
…ここで私が二人の命を奪わなければ、本当の意味で木連は救われる。
分かっている…分かりたくなかった、真実。

…ここで受け入れなきゃ、私は今度こそ何もかも無くしてしまうもの…。

銃をおろしてお父様に渡して、小さく一礼して二人に向きかえった。
私は再び呪詛を吐き出さないように、必死に我慢して二人へ言葉を届けた。

「…ヨシオさんはね。
 とっても優しい人なのよ。
 昔っからいつもそうなの。
 ガリ勉だとか青ビョウタンだとかからかわれても、
 身体が弱い分だけ、頭脳で木連を救うんだっていつも夢みたいなことを言っていたの。
 
 …それで批難も多かった跳躍の人体実験も、遺伝子操作の研究も、
 自分が外道扱いされるのを覚悟して、木連のために全部投げ出してきたのよ。
 
 私は、そんなヨシオさんが大好きだった。
 
 人生をすべて捧げて、支え続ける覚悟でいたのよ。
 
 ……言いたいこと、分かるわよね」

「…ああ」

「……なら、いいわ」

ホシノアキトは小さく頷いた。
地球も、木連も、私とヨシオさんの人生を奪って、
何事もなかったかのように生きていくことになるけど…。
でも、この場に居る人たちだけは違う。
明確に、私とヨシオさんの人生を奪って、
踏み台にして生きている自覚を持って生きることになる。
自覚してもらわなきゃ…困るわよ…。

…もっとも、ヨシオさんと同じくらい優しい人たちじゃなかったら、
嫌味くらいで済ませてあげないけど。
最もこんな嫌味を言わなくても、
この二人はヨシオさんの事を分かってくれていたんだろうけど…言わずにはいられなかった。

そして私はお父様とともに医務室を後にした。
お父様は申し訳なさそうな顔をずっとしていた。

「…すまんな、夏樹」

「…いいんです。
 ヨシオさんの生き方を支えるのを忘れそうになったのに気付いたんです。
 ……あの人のしてほしくないことをするのも、やっぱりおかしいですから」

「そうか…」

「…お父様、私があの場で撃ったら勘当してくれましたか?」

「……いや。
 どんな罪を犯そうが、私にはそれを咎める権利はない…。
 だが、罪を隠蔽することもしなかっただろう。
 正当に裁かれるように逮捕するつもりではあった」

「…やっぱりお父様は厳しいですね。
 じゃあ、ホシノアキトが逆襲して私を殺すようなことがあったら?」

「正当防衛が成立する条件だったら責めはしないつもりだった。
 ……例えばだが、お前がユリ君を撃ったとしたら。
 そのせいでお前をホシノ君が殺したら、正当防衛だ。
 銃を持ってる場合、過剰防衛とは言えないからな。
 その場合は裁判もせずに地球に帰した」

「…ひどいなぁ。
 でも、それなら撃たなくてよかった。
 ……お父様、ごめんなさい」

「…すべては私が悪いんだ。
 気にするな」

「…それより、北斗のことなんですけど」

私が命令したとはいえ、お父様ほどの人間を撃つとなると、
うやむやにはできないと思うけど…。
それに、あの枝織って子も、本当は別の場所にいることになってるのに、
脱走してきちゃったみたいだし…。

「ああ、それも大丈夫だ。
 ……むしろ彼女たちには詫びなければいかんのでな」

お父様はため息交じりに笑っていた。
……何か、あったのかな?

そして、私達は一度家に戻った。
ホシノアキトさん達は、どこか別の場所に向かったみたいだけど…。

私は一人、自室でヨシオさんの写真を見ていた。
…やっぱり私、ヨシオさんを諦められないのかも。

……ううん、諦めちゃだめ。

北斗は、枝織ちゃんと再会するために私に乗っかってきた。
私だって、ヨシオさんの元にたどり着くために何でもやれることをしないと…!
ちょっとだけポジティブになれて、私は何かできないかを考え始めた。

まだヨシオさんは生きてるんだから、何とかなるかもしれないんだから!!
こんなところで止まってる場合じゃないわ!

















〇火星・荒野・ヒナギク──テンカワアキト
…はぁ、さっきの一幕は生きた心地がしなかったな。
あの場でホシノもユリさんも死ぬようなことがあったら、それこそ全面戦争だった。
そうじゃなくたって、二人には生きてほしいと思ってる、が…。
…未来での出来事で…殺戮者ってのはちょっと気になる。
だけど、ちゃんと説明してもらうのはまた後にしよう。
今はあんまり精神的にも肉体的にも余裕がない…。

俺もかなり重傷なんで外に出たくはなかったんだが…。
アイちゃんに言われて、俺たちはこの荒野を突っ走っていた。
ホシノと俺は後部座席で休んでいるが、隣にはそれぞれ大事な人が居る。
かなり力強く腕を抱かれてて、おちおち寝ていられない状態だ…はは。
アイちゃんはむくれながらも前の方の席で、ルリちゃんと一緒にちょこんと座ってる。
ヒナギクは、念のため黒いブラックサレナを一機だけ積んで、爆走している。

このヒナギクなら音速とはいかないが、
地上を300キロ以上で走れることもあって、例の遺跡まで半日はかからないらしい。
試合が終わったのが午後の三時で、そこからもう四時間は走って、夜がとっぷりと暮れてしまった。

「なんで急に?」

「このタイミングじゃなければ、
 また色々めんどくさいことになっちゃうでしょ?」

「いや、さすがに横になりたいんだけど…。
 俺たちボロボロなんだって…」

ホシノがぼやくのも無理はない。
何しろ火星の軌道上での戦いで疲労して、
そのまま木連の人たちと生身で一戦交えて、
その翌日の今日、あの二人との死闘だ。
俺だって、ホシノよりは重傷じゃないだけでふらふらしてるってのに…。

「ボソンジャンプの封印の件があって、内密に出ないといけないし。
 私達はナデシコに帰ったフリをして遺跡で話し合う必要があるの」

「…だが草壁さんは来ないのか?」

「…あのね、テンカワお兄ちゃん。
 草壁さんには話してあるけど、
 ボソンジャンプ技術のことは私に一任してることになってるし、
 立場上、うろつく訳にはいかないから私達だけで行ってきてほしいって。

 …実は遺跡にある演算ユニットから招待状が来てるの」



「「「「「ええっ!?」」」」




「…草壁さんに教えたんだけど、ボソンジャンプの封印に使えるなら、
 すべて任せるって言ってくれたの。信頼してくれてるみたい」

俺たちは驚いてしまった。
古代火星人の文明とはいえ、まさか機械から招待状が来るとは…。

「火星の復興が一段落したあたりで、
 私は草壁さんと秘密調査チームを結成して、遺跡の調査を行っていたの。
 私がボソンジャンプした時に持ってたカード…。
 未来でも一通もらってたけど、その時は解読できなかったでしょ?
 だから時間をかけて、遺跡を調査、
 遺跡の中にカードの読み込み端末があったから私が読んだの。
 こっちのカードは古代火星人たちが、
 
 『ボソンジャンプで通過するタイミングがあるから、
  良かったら見に来てほしい、
  あとボソンジャンプの揺らぎが数年続くから気を付けて』
 
 という警告が書かれていたの」

「な、なんか優しいんだね、古代火星人って」

ホシノが汗をかいてコメントしたが……なんか妙にのんきなコメントだよな。
友好的ともいうか?

「で、こっちのもう一つの方が問題なの。
 『テンカワアキト』『ホシノルリ』当てに来た手紙で…、
 どうやら差出人は遺跡の演算ユニットそのものみたい。
 その場ではすべてを話せないみたいで、とにかく二人を連れてきてほしい、って。
 私はそれを伝えるためのメッセンジャーってことになったわけね」

「それじゃアイ博士、私とテンカワさんを?」

「違うと考えるべきじゃないかしら?
 何しろ、この世界のホシノルリが遺跡に呼ばれるなんてありえないんだから。
 少なくとも演算ユニットに呼ばれてるってことは、
 それで大きな存在の改変が起こったホシノお兄ちゃんとユリお姉ちゃんが、
 呼び出されてるって考えた方が自然よ」

アイちゃんはまたちょっと年上みたいな顔になって、目を細めた。
……遺跡が呼んでるってなると、ホシノの謎が聞けるのかもしれないな。
ボソンジャンプが原因っていうのはさっき聞いたわけだし、何かあったんだろう。

「…そういえば、いつまで子供のふりをしてるんですか、イネスさん。
 三十三歳にもなって恥ずかしくないんですか?」


「「ええっ!?」」



ユリさんの発言に、俺とユリカは大声を出して驚いた。
アイちゃんって未来では三十三歳になってたの!?

「……事情はこれから話すけど。
 確かにそれプラス三歳だから精神年齢三十六歳かもね。
 でもユリ?
 そんなこと言っちゃっていいわけ?」

「え?」

「だって、考えても見なさい?」

アイちゃん…は、たぶんそのイネスさんって人だったんだろう、未来では。
で、それなりにすごい科学者だったんだろう。
そうでないとここまで火星の復興で頑張れないだろうし…。

……でもアイちゃんはさっき戦ってた枝織ちゃんくらいおっかない顔になって、笑った。

それは薄暗い車内で、さらに際立っていた。

「あなたはホシノルリ十六歳の頃から来たわけでしょう?
 でも、別の人生を一からやり直したって聞いたけど…。
 そうなると…。
 
 十六歳、さらにこの世界での人生が十九歳だから…?
 


 合計すると、あなたも私と一個しか違わないことにならない?」




「あ……」

ユリさんの血の気が、さーっと引いていくのが薄暗い車内でも分かった。


「わ………わーーーーっ!!

 やめてください!!
 
 そんなこと言わないで下さい!!」


「でもやっぱり事実だし?
 ホシノユリ、精神年齢三十五歳…。
 悲しいわね、ユリさん、楽しい二十代の頃をすっ飛ばして…。
 私と同じ三十路の仲間入りなんて…。
 
 ああっ、可哀想で可哀想で…」


「わーーーーっ!


 うわーーーーーっ!
 
 
 あーーーーっ!!
 
 
 あんまりですーーーーーっ!!


 うわーーーーんっ!!」



……ユリさんは、いつものクールさが嘘のように。
ユリカそっくりの騒ぎっぷり喚きっぷりで大混乱して、しばらく収まらなかった。
女性にとって、年齢ってやっぱり重要なんだな…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



ユリさんはその後、落ち着いても涙をボロボロ流してて完全には収まらなかった。

「ぐず…っ。
 おかしいと思ったんです…。
 ホシノユリとしての人生で幼子の面倒を見てても違和感がなくて…。
 プログラマーの仕事とか、マネージャーとか社長業務とか、なんか妙になじんでたり…。
 その理由が精神的に老けてるからだったなんて知りたくなかった…」

「だ、大丈夫だよ…ユリちゃん。
 いつもちゃんと女の子してるじゃんか」


「アキトさんに言われたくないです!!
 だってアキトさんは二十三歳足す九歳で、それでも三十一歳じゃないですか!!」


「「ええええええっ!?」」



ほ、ホシノが九歳!?ルリちゃんより年下!?
何があったらそうなるんだ!?

「ゆ、ユリちゃん!?
 このタイミングで言うとややこしいことになるから!!」

「あー、アキト兄さん、クローンなんです。
 たぶん、テンカワさんの」


「「えええええええーーーーーーーっ!?」」



「ルリちゃんまで!?」

……結局、大暴露大会となったヒナギクは、
まだ数時間ある道のりの中で、パニック状態になってしまった。
ああ……おかしいことが起こりすぎて頭がパンクしそうだ…。
……帰りに、ホシノに文句を言う余裕があるだろうか。はぁ。

……その後、結局精神年齢の話については、
『二つの人生があるので、合計値割る2で計算すること』で決着した。
そうするとまあ、今度は平均値がおかしくなるんだけど。
ホシノは15.5歳、ユリさんは17歳、アイちゃんは17.5歳。
結局、ユリさんは未来からの実年齢では近くなるが、
ほかの二人はかなりサバを上下に読むことになってしまった。
実際、アイちゃん自身もこの時代の精神にかなり引っ張られることもあって、
未来の研究者らしいクールさは長続きしないらしい。

「ユリちゃん、ユリちゃんはどんなことがあっても私の妹だから、ね?」

「ユリカさぁん…」

「そうですよ。
 実際に三十路になった人と、十代までを二回繰り返してる人じゃ色々違いますし」

「ルリ…」

……このフォローがまた火種にならなきゃいいけどな。

「ついでだけど、ホシノお兄ちゃん?」

「な、なんだい?」

「この際だから、はっきり言っとくけど、昔火星での遺跡争奪戦の時ね?
 私が寝てると思って、
 『あのアイちゃんがこんな説明おばさんになっちゃうなんて』って言ったの、
 私、いまだに根に持ってるからね?」

「うぐっ!?」

……ホシノはホシノで何やってんだよ。
普通相手が寝てたって言わないだろ…と言いたいところだけど、
俺も実際見たらそう言ってたんだろうなぁ。

「一日デートしたら許したげる♪
 あ、でも、約束順だとテンカワお兄ちゃんが先かな?」

「……は、はは」

……なんか猛烈に逃げ出したいけど、逃げた方が身の危険が大きい気がする。
俺は、あの可愛いアイちゃんの中身が三十路のおばさんになっちゃってたことより、
おっかない性格になった方が悲しいよ、とほほ…。

ぎゅっ。

……そしてユリカは無言で俺の所有権を主張するがごとく、俺の腕を取った。
佐世保の時といい、なんで小さい子に対して警戒するんだお前は…。
今更揺らぐ関係じゃないだろうに…。

「…だって、アキトもう強くてかっこいい王子様になっちゃったもん」

……声に出ちゃってたか。
アイちゃんが怖い目で見てるよ…うう…。
やっぱホシノと同レベルなのか、俺は…とほほ…。














〇火星・荒野・ヒナギク──ホシノアキト
……俺たちは、とても大切なものを失ったような気分になってうなだれていたが…。
さすがにこのままじゃいけないと思って、少し遅めの夕食を食べることにした。
ヒナギクを一時停車して、軽い調理を行って、落ち着いて食事することが出来た。
一応、小さいながらも簡易コンロなどがついているので、野営まではしなくていいのが救いだ。
やっぱり食事は偉大だな。
動物としての人間の本能を満足させるだけじゃなく、心を豊かにしてくれる。
あんなに荒れてたユリちゃんも、食事を取ると少し安心したのか、
俺にもたれかかってうとうとし始めている。
ユリちゃんも限界ギリギリまで頑張ってたもんな…。
一段落して、再び走っているヒナギクの中で、
俺はアイちゃん…いや、イネスさんに話を聞こうと思った。

「…あのさ、イネスさん。
 ナデシコの開発スタッフにも名前がなくて俺たち心配したんだよ?
 ……もしかしたらボソンジャンプのせいで存在そのものが消滅しちゃったかもって」

「…ごめんなさい。
 ちょっと事情が複雑だったの。
 地球との交信が完全に途切れたのと、
 草壁さんとボソンジャンプの封印について話し合ってたから…。

 …まだ時間あるし、話しておきましょうか」

アイちゃんは…イネスさんとして話し始めた。
遠く、そして懐かしそうな、優しい目で…。














〇火星・荒野・ヒナギク──アイ
私は、この世界に帰還した時のことを回想していた…。
ホシノお兄ちゃんに、時間をかけて、ゆっくりと話して…。
ふふ、大変だったけど、説明なしのこんな話し方も…楽しいものね…。
イネスとしての人生で、こんな風に思い出話をしたいと思えた事なんて、一度もなかったもの…。

「ここは…」

ヤマサキ博士に撃たれて、瀕死になった後…。
気付くと、アイの姿で、あのシェルターにたたずんでいた。
私は記憶だけがボソンジャンプしたと気づかず、走馬灯なんじゃないかと…。
そう思って、お兄ちゃんにしがみついてしまった。

「あ、アイちゃん?どうしたの?」

「こ、怖いの…。
 きっとこの後、私…死んじゃうから…」

「死なないよ、大丈夫。
 きっと軍の人たちが守ってくれるさ」

その時、はっきりと感じたお兄ちゃんのぬくもり、そしてにおい、声に…。
私は夢ではないことを確信して、パニックに陥った。
あるいは、この直後に起こる爆発への恐怖が…私から冷静さをはぎ取っていたんだと思う。
子供の心、子供の体は、落ち着いて行動する余裕を与えてはくれなかった…。
フォークリフトで突撃するお兄ちゃんの姿を見て、私は怯えた。
直後に襲い来る、爆炎が…分かっていたから。

……またママが死んじゃう!

そう思った時、私は涙を流して、ママを突き飛ばすように炎から逃がした。
私もそのまま逃れようとしたけど…炎は私の体を半分以上焼いてしまった。


ぼぁっ!


「ぅああぁぁぁぁーーーーーーっ!?」

「アイちゃん!?

 あ、あ、あ、あ…」

「アイちゃん!?
 う、嘘だろっ!?」



ママは、私を抱きしめて…絶望に染まった顔で私を見ていた…。
もしかしたら私の全身は醜く焼けただれて、助からないくらいひどいんだなって分かった。

…でも、良かった。

あの時、助からなかったママが、生きてくれるかも…。
このまま、お兄ちゃんのボソンジャンプに巻き込まれれば…。
青い光に包まれながら、私は、過去を変えられて死ねるなら、それもいいかなって…。
そう思っていた。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


その後、ボソンの粒子の中で…。
ママが必死に叫んでるような声を聴いた気がしたの。


『アイちゃんを助けて!!
 どんなことだってするから!!
 私の命と引き換えでもいいから!!』



──その言葉を聞いた時、私はバカなことをしたんだと分かった。
二人一緒に助かるつもりで、ママを悲しませるような、愚かなことを…。

…でも、この時は気づかなかったけど、誰かにお願いしてたのかなって思った。
たぶん、古代火星人か、演算ユニットと…何か話していたんだと思う…。

その後…私とママは、過去と同じように二十年前の火星に戻っていた。
何故、あの遺跡の取り合いの最中にジャンプしなかったのかと思ったけど…。
私にとって三度目のジャンプ先であるはずの二十年前の火星に…。
…また砂漠に放り出されたんじゃ、結局私は死んじゃうな、
ともうろうとした意識の中で思っていたけど…。

どうやら、二十年前の火星の、ネルガルの研究所にジャンプできたみたい。

ママは、必死に大やけどした私を治療してくれるように頼んでくれた。
この火傷だと、助かる確率は低いかな…と思ったけど…。
イネスとしての人生でお義母さんと呼んだイリス博士が、優秀な医療スタッフを集めて、
私は何とか助かって…火傷の傷すらも全く残らないくらい、すっかり治してくれた。
半年の間、私はママと一緒に必死にリハビリして、元通りに回復できた。

「よかったね、アイちゃん…」

「うんっ、ごめんね、ママ…」

回復を喜んでくれたママにとイリス博士と医療スタッフにたくさんお礼を言って…でも、半分は落ち込んでいた。
私はイネスとしての人生を、ここからやり直すことに滅入っていた。
ここから二十年、もう一度同じ人生を歩まないといけないのはさすがに辛いと思ったし…。

蓄えた未来の知識をそこまでの年数、覚えておける保証がなかった。
アイ時代の私に記憶が重なった場合、知識を使わなかったら脳の細胞分裂に耐えきれず、
記憶はともかく知識を失う可能性はかなり高かった。

だから私はチューリップクリスタルを手に入れて、元の時代に戻ろうと考えた。

「…イリスさん。
 養子に取ってくれると言ってくれて嬉しいです。
 でも…私達は未来に帰らないといけないんです」

「未来?」

私はボソンジャンプについて、しっかり話した。
そしてそれが原因で、未来で多くの悲劇を生み、私はここに来るのは二度目だと説明した。
ママにも今までボソンジャンプの事は話さなかったから目を白黒して驚いていた。

「…事情は分かったわ。
 確かにあなたが病床に就きながらも書いてくれたレポートの中身…。
 とても子供が書いたものとは思えなかった。
 …字は可愛らしかったけどね」

私は顔をかぁっと赤くしてしまった。
…知識はともかく、体の癖までは継承出来てなかったから、
この時は八歳相当のアイの字しか書けなかった…。

「分かったわ。
 でもこの石の発掘は、かなり危険が伴うわけよね。
 …時間はかかるし、危険に見合うだけのものが必要ね。
 
 ボソンジャンプの件は伏せておくにしても…。
 アイちゃん、あなたには私の助手になってもらうわ。
 このレベルの頭脳を眠らせておくのはもったいないから」

「…はいっ!」

「それとお母さんの方も、雑務をお願いしたいわ。
 生活費も、住所もないんでしょう?
 遺伝子検査で、お母さんの方は子供の姿で発見できたけど…。
 タイムパラドックスとかあったら困るから、今まで通りここに居なさい」

「は、はぁ」

イリス博士はいつも通り質実剛健、というか身もふたもない、
けどちょっとだけやさしさのある言葉で私達に言ってくれた。
…もう、二度とお義母さんと呼ぶことはないんだろうけど。

でも、研究者としてこのころのイリス博士を手伝えたのは幸せだった。
私は当時、イリス博士との関係は悪くはなかったけど、
ママに会いたいとぐずって困らせたことがあった。
…それもなく、しかも未来と同じようにイリス博士を手伝えたのは、
奇妙なほど幸せを感じていられた。

──それからさらに半年して、チューリップクリスタルは発掘された。
まだボソンジャンプについては詳しくない人達がほとんどだったから、
ひそかに持ち出すことに成功して、ついにイリス博士とのお別れの時が来た。

「こんな優秀な研究者が抜けちゃうんじゃ…研究がまた滞っちゃうわね」

「イリスさん、そんなことを…」

「いいの、ママ」

イリス博士がいつもどおりつっけんどんな言い方をしてるのを見て、
ママは表情を曇らせてしまったけど…。
イリスお義母さんはいつもそう。
おばさんになった私と同じで、素直じゃないのよ…。
でも…。

「イリスさん…ううん。

 ……イリスお義母さん」


「「!!」」



私は、我慢できなかった。
この土壇場で、私に正直な気持ちを言ってくれない、
イネスに似て意地っ張りなイリスお義母さんに、言わずにはいられなかった。

「…私ね、ここに来るの二度目だって言ったでしょ?
 本当は未来じゃ、シェルターでママが死んじゃって…私は無傷だったの。
 それからイリスお義母さんに引き取ってもらえた…。
 
 いっぱいイリスお義母さんを困らせたの。
 ママに会いたい、会いたいって。
 
 …本当はね、イリスお義母さんとも離れたくない。
 でも、ここでいかなきゃ、私の頭脳がなきゃ、助からない人が居るの!
 
 だから、私、大事なイリスお義母さんとお別れしないといけないの!!
 
 ごめんなさい…悪い子で…!!」

私は…どうしても助けたいと思っていたお兄ちゃんを助けたかった。
私と同じようにボソンジャンプしてきているはずで…。
お兄ちゃんを助けられなかったら、私は一生後悔するから…。
ママは、私の気持ちを分かってくれているのか、涙を流してみていた。

「…アイちゃん」

「ママ、私…。
 ママが助かるなら死んでもいいって、思っちゃったの…。
 でも、そのくせ…イリスお義母さんとも居たいと思って…」

「……馬鹿ね。
 人の心がそんな簡単に折り合いがつくわけないでしょ?」

イリスお義母さんは、私の頭をぽんぽんと撫でると、強く抱きしめてくれた。

「…私だって思ってたわ。
 こんなかわいくて、優秀な娘が欲しかったって。
 でも、やっぱり奪えないわ。
 あなたのママからはね」

「…うん」

イリスお義母さんは、さびしそうに、でもにっこりと私に笑ってくれた。

「じゃ、いいわよ。
 また会えるじゃない?
 …二十年後、でしょ?
 私は結構いい歳になっちゃうけど、
 今度こそ二人とも養子にしてあげちゃうわよ!
 ちょうどいいじゃない!
 それだったら、なんにも変わらないじゃない!」

「「…!」」

私は絶句するしかなかった。
私の知る、イリスお義母さんはこんなことを言う人じゃなかった。
…ううん、違う。
きっと…私がイリスお義母さんを大事に思ってることに気付いたんだ。
それを、頭脳の回転でまとめ切っちゃって…。
…ふふ、敵わないわね。こういうところは。

「じゃ、二十年後、楽しみに待ってるわよ!
 未来の、私の娘たち!」

「い、イリスさんってば…私とそう歳が変わらないのに…」

「変わるのよ!これから!
 たっぷり二十年かけてね!
 あーまったく、老けられないわよね、これじゃ!」

「ふふっ…!
 ありがとう!イリスお義母さん!!
 またねーっ!!」


…そうして、私達は未来に跳んだ。
順番や、ちょっとした年数は違うけど…。
結局、過去に、そして未来にジャンプするというアイの運命は同じだった。

そして、私達はナデシコの開発がスタートした時…火星大戦の一年前にたどり着いた。

「ひさしぶりね。
 …もっとも、あなた達からすると数分も前のことじゃないでしょうけど?
 約束通り、養子にとってあげるわよ」

再会したイリスお義母さんは、宣言通り、
アンチエイジングと生活の摂生を徹底していたらしく、
私の知る、この時代のイリスお義母さんよりずっと若々しく見えた。
昔は私がかけた苦労の分もあったのかもしれないけど…ずっと元気そうだった…。

そして、私達はナデシコの研究に没頭した。
過去より大幅なパワーアップをし過ぎてはいけないものの、
欠点を減らすための努力を心がけて、完成度の高い相転移エンジンに仕上げた。
そうして、万全の準備を整えて、火星と木連のファーストコンタクトに備えた。
…でも…一つだけ、心残りがあった。

「…ママ、いいの?
 ……パパを止めなくて…」

「…あの人は止めたって止めないわ。
 負けると分かっている戦いでも…。
 それに一人でも抜けたら、下手するとこの戦いの結果が変わっちゃう、でしょ…」

パパは連合宇宙軍の所属で…どこかの艦に所属していた。
…どこをどうやっても、パパを助ける方法だけはなかった。
軍に所属するというのは、緊急時にどんなことがあっても出撃しなければいけないということ。
このレベルの戦いで出撃拒否をしたら、敵前逃亡扱いすらあり得る。
そうなっては結局銃殺刑、そうじゃなくても私刑にかけられて殺されたかもしれない。
…ママは、悔しさの中、パパを止めたい気持ちを抑えていた。

そして、ユートピアコロニーにチューリップが直撃するという未来は変えられない。
変えては、いけなかった。歴史の改変の方はまだしも、
もし下手に情報を流せばスパイとして疑われてしまうだけ。
かといって強力な兵器をこの段階で連合軍に流すことはできない。
ナデシコ級の建造を火星で行っても、結局間に合わなかったら敵に塩を送るだけ。

…しかも、私とママは、この段階でまだ火星に居る。
タイムパラドックスは、起きないのが通説ではあったけど、
本当に差の少ない同一人物が出会うことに危険がないとは言い切れなかった。
だからこそ表立って行動はできず、研究所でひっそりと暮らすことしかできなかった。

……私とママ、イリスお義母さんは、
大事な人を、そして助けられたかもしれない火星のみんなを見殺しにするしかなかった…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


私は二時間くらいかけて、事情をすべて話すと、一息ついてオレンジジュースを口にした。
…この時間まで起きてると、さすがに眠くてしょーがないわ。
コーヒー飲むのにはちょっと早い年ごろだし、困るわね。

「…そっか、アイちゃんが一度目に体験した人生では大やけどを負うことがなかったのか。
 あのやけどとチューリップの事があって、助かってないと思ってたよ…」

「…状況が食い違うなとは思ったけど、そんなことが…。
 それで、なんでナデシコの開発者の中に名前がなかったの?」

「それなんだけど…。
 私、ママの名義で研究成果を発表するしかなくて。
 何しろ、火星の初戦が終わってからじゃないと、表だって動けないでしょ?
 同じ火星に、過去の私が居るんだから、社検も受けられないから働けない。
 …初戦が終わったら別の意味で受けられなくなっちゃったけど。
 でも、結局養子として取られるまでの間は旧姓で動くしかなくて…。
 
 だから、ナデシコの開発者には、
 今のママの名前、トモコ・フレサンジュではなくて、
 旧姓のカワカミ・トモコと書くしかなかったの。
 
 こっちに関しては別に社内の書類だから、別に過去のママには届かないし。
 それにアカツキ君の記憶が戻ってる確証がないうちに連絡もできなくて…」

「あー…」

ホシノお兄ちゃんは、ようやく納得したように深く何度か頷いた。

「そんなわけで改めて私はアイ・フレサンジュと名乗ることになりましたとさ。
 どう?ホシノお兄ちゃん?
 まだ何か聞きたい?」

「…草壁さんとの協力関係だけど、最初揉めなかった?」

「そりゃ揉めたわよ。
 最初はしおらしくしてた木連の人たちも、
 草壁さんを連れて来いって言うと態度が硬くなってきちゃって。
 ママもパパが死んだこともあって、私も一緒になって怒っちゃって、大ゲンカ。
 火星の生き残りの人たちも、木連の人達を占領軍扱いして敵対ムードだったし。

 まさに一触即発だったけど草壁さんが直々に手をついて謝ってくれたから、
 その場は矛を収めて冷静になれたんだけど、そこからの説得が骨だったわ…」

「そりゃ…そうだよね」

…イネスの姿だったらまだマシだったんだけど、
この小学生の姿じゃ、時間がかかったわよ…。

「草壁さんも話をしたらちゃんと通じたんだけど、
 そこに行くまでが大変だったの。
 も~…ボソンジャンプの研究レポートで相手を叩き潰してずんずん進んで、
 そこまでしてようやくだもん…一ヶ月もかかっちゃったんだから」

「……さ、さすがイネスさんだよね。
 研究成果じゃだれも太刀打ちできないってことか。
 でも、そんな景気よくボソンジャンプのことを木連の人たちにだしちゃ…」

「…しょうがないじゃない、これが一番効果的なんだから。
 木連の人たちと共通の技術ってやっぱりボソンジャンプだから。
 ちゃんとしたレポートで内容が実証されてれば人体実験も減るでしょ?
 兵器に関するデータ提供よりはよっぽどマシよ。

 それに火星生まれがA級ジャンパーってことは教えてないもの。
 
 致命的なところを避けるのは私だって得意なんだから」

「そこは信頼してるよ」

科学者っていうのはちょっと油断すると乗せられてえらいことをさせられちゃうから、
いつもこのあたりは気を付けてるのよ。
……って言ってもたぶんだ~~~れも信じてはくれないでしょうけど。
私は私で気を付けてるのよ、もう。

「その後は木連の人と協力して火星の復興に力を注いだってわけ。
 火星の人たちも避難所暮らしを続けたいって人はいなかったし、
 背に腹は代えられないからだんだん協力をするようになった。
 でも、まさかヤマサキ博士が全部背負うつもりだったっていうのは驚きだったわよ」

「…俺もいまだに信じがたいけど、マジみたいだから」

「ま、一人で戦争を背負うなんて馬鹿げた真似、
 アキト兄さんしかやらないと思ったんですけどね」

「る、ルリちゃぁん…。
 俺はそんなつもりは毛頭ないってば」

「そうですか?
 コスプレ喫茶、芸能人、PMCマルスの英雄、
 さらには映画スターまで一年そこそこでやるなんて、
 そういうつもりがないとやらないと思うんですけど」

「わ、分かってるくせにそういうなじり方するんだから…。
 PMCマルス始める時の資金繰りで仕方なくやったことなのに…」

「ほ、ホシノお兄ちゃん、変な吹っ切れ方したのね?」

「…言わないで」

ホシノお兄ちゃんは顔を真っ赤にしてうなだれていた。
PMCはともかく、コスプレ喫茶とか芸能界とか映画とか、
一番苦手そうなのに、なにがあったのかしら?

「……でもホシノお兄ちゃんの主演映画があるの?
 ちょっと見たいかも…」

「ナデシコに帰ったら貸してあげますよ」

「ユリちゃんまで…か、勘弁して……」

「ピースランドで怪盗騒ぎやった時も大変だったもんなぁ」

「テンカワ、余計なこというなってば…」

……。
ほ、本当になにがあったの?
す、すごい気になるけど、後にしましょう。
もう一時間もしたら到着するから…。



















〇火星・荒野・遺跡──ユリ
私たちは氷に閉ざされた火星の遺跡にたどり着きました。
防寒服がないので、ちょっと厳しいですけど…長居するわけではないので、直接来ました。
ルリとイネ…アイは、一枚多めに羽織ってきましたけど。

「…ついに、ここまで来たね」

「ええ」

アキトさんが感慨深そうにしているのを見て、私もうなずきました。
ボソンジャンプを封印するとなったら、ここに戻らないこともありえたんですけど…。
でも、封印するためにもここに来るべきというアイの言葉に、
疑問はありましたが、アイも詳しくは何が起こるかは分からないと言っていました。
けど、ボソンジャンプの演算ユニットが招待状を寄越したということは、
意思疎通が可能な可能性が高い、と踏んだということでしょう。

…そうなれば、ボソンジャンプを止めることができる。

もしかしたら今地球や火星に襲い掛かっている機動兵器群も、
止めることすらできるかもしれない。
…そうなればヤマサキ博士の救出や説得も不可能ではないでしょう。

……その後のことは、なんともできないかもしれないですけど。

「ちょっと待っててね」

アイは端末を操作すると、光に包まれ、ぼうっとしたようにたたずんで、交信を始めたようです。
テンカワさんはうろたえているようでしたが、全員が静かに見守っているのを見ると、
黙って様子を観察することにしました。
やがて光が収まって、私達に向き合ったアイは、驚いたように叫びました。


「…!?
 来るわよ!!」


「「「「「…!」」」」」



私達は何が、と問うのも忘れて、突如目の前に現れた演算ユニットを茫然と見つめました。
この演算ユニットは、厳重にディストーションフィールドに守られていて、
近づくにもまずはボソンジャンプで内側に潜り込む必要があります。
ここでならチューリップクリスタルなしにボソンジャンプすることすらできますが…。
アイはこの場所までうまく入り込める道を見つけたと…。
いえ、過去と違ってまるで『招き入れられるように』遺跡に入ることが出来たとも言っています。
となると…演算ユニットが何かを語り掛けようとして、私達を呼んだのが事実と言うことになります。
…けど、その先では、私達の想像を絶する光景が広がっていました。







遺跡の演算ユニットの上に腰掛けて、後ろ姿しか見えない女性の姿があったんです。


裸婦像を思わせる…髪も肌も陶磁器のように真っ白い姿。


それはかつて遺跡の演算ユニットと融合させられた、未来のユリカさんのクローンの姿。


…ユリカさんの姿をもったそれは…恐らくは演算ユニットの一部。


私達は茫然としながらも…目が離せないまま、立ち尽くしていました。


そんな私達を尻目に、裸婦像像のようなユリカさんはゆっくり近づいてきました。


隣に居るこの世界のユリカさんのような、とっても優しい笑顔でにっこり笑って…。





「ひさしぶり、かな?

 ……会いたかったよ、アキト」
































〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
今回は対決と、夏樹の話、そしてアイちゃんのお話と相成りました。

当初はここまで急激にテンカワくんが強くなる予定はなかったんですが、
弱体化したホシノくんの方だとどうやっても北斗には勝てないので、こんなことに…。
別の伏線が実はあるんですが、まあまあそれは後々と言うことで。
そして北斗の双子の妹、枝織ちゃんが登場するのは過去作「時の流れにReload」の再構成です。
北斗がちょっとだけ柔らかいのは、
彼女の存在があることで女性として振舞う回数が少なかったからだったりとか。
今さらですが結構手を突っ込んでます、はい。

そして夏樹さんは、やっぱり怒りが大きくてもすぐに引き金を引くことができなかったようです。
もし、怒りと憎しみが熟成するだけの時間があって、ヤマサキが死んでて、
ホシノ君を知るタイミングが一切なかったら危なかったかもですね。

アイちゃんのお話も、同様に「時の流れにReload」で、
あんまりにも無意味にちっちゃくなったアイちゃんが報わんかったんで、
ああいう書き方をしてみました。

そして演算ユニットとともに現れたユリカは一体何者なんでしょうか。
次回の真実の暴露にこうご期待。

ってなわけで次回へ~~~~~~!


















〇代理人様への返信
>うーん、この最大トーナメントの範馬勇次郎感w
>いや殺す気でいるあたりよりたちが悪いですがw
確かにそういう感じになっちゃってますねw
勇次郎もアニメだと赤い髪で描かれることが多いし、バトルジャンキーなところもw
ちょっと無意識につられてましたね。
(実はナオさん登場回のナデD六話に寄せたんですけど)



>>とはいえ、草壁がすでに侵略戦争も遺跡の演算ユニットの争奪戦も放棄している以上、ほとんど目的は達成できたも同然だ。
>それら全部握ってるのがヤマサキだと思うと、未だに信用しきれないんだよなあ・・・(ぉ
この場合、ヤマサキがまっとうに戦争を終わらせるつもりが本当にあるかがカギですね。
草壁も本音が違ったらアウトだし…現在のところは大丈夫そうだけど。
……ただヤマサキが原作や時ナデ版より多少まっとうだったとしても、
未来ユリカにやらかしたことの重さを鑑みると手放しでは信じられないという…。

だって近々アキト君が引っ込むとなると、
ボソンジャンプを封印してたらなんでもいいってなったら、
割と好き放題できるっちゃできるもんだから…。



















~次回予告~
知りたくないことを思い知らされた時、
選択の余地もないままに巻き込まれていると気づいた時。
俺の人生には何度もそんなことがあった。
時には偶然、時には意図的に巻き込まれて、何度も泣きを見た。

…今思えば、こうなる要因はたくさんあった。

一度は疑ったこと。
信じたくはなかったこと。
残酷すぎる運命が俺の大事な人に待っていたこと。

…そのおかげで俺は救われた。救われてしまったんだ。
彼女はきっと俺のために残酷な運命を選んでしまったんだ。

確かに嬉しかった。
取り戻した五感も、ユリカの分まで俺を愛してくれるユリちゃんも、
負けん気が強くて俺を助けてくれるラピスも、
そしてかつての俺だったテンカワとユリカの幸せになる未来が見える世界も、
温かいこの家族関係も、アカツキたちとの関係も、会社の仲間たちも、
戦争が無事に終わるかもしれないという希望も、すべて…。

やりたくないことも、辛いこともなかったわけじゃない。
それでも不幸続きだったテンカワアキトとしての人生よりも幸せだった。

だけど…。

それがもしも『与えられたもの』だったとしたら。
この世の理に逆らってまで、彼女が願って苦しんでかなえようとした夢だとしたら。
そうだとしたら…。

俺は……。













次回、


『機動戦艦ナデシコD』
第六十話:deus ex machina-デウス・エクス・マキナ/機械仕掛けの女神-


























彼女が…俺のせいで不幸になるのが必然だと神が言うのなら。








たとえ神にだって、俺は従わない。

















































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代理人の感想
大暴露大会www
しかし北斗と別に枝折いるのかあ。
大変なことになってきたぞう。

> クロスボンバーが炸裂しましたぁっ!

おいっw
どう考えても遊んでるだろうw

>ホシノユリ、精神年齢三十五歳
(爆笑)





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