どうも、ルリです。
目の前にユリカ姉さんが現れちゃいました。
動く像って感じで不気味極まりないです。
……でも笑顔に反してどこか儚くて悲しい感じ。
アキト兄さんを優しく見つめる、この像のようなユリカ姉さんが…。

なにかとんでもない爆弾を抱えてるように思います。

アキト兄さんとユリ姉さんが完全に凍り付いちゃってます。
なにかやっぱりヤバいって感じ?…はぁ。
いつも二人は困難に阻まれてますね。

神様って本当にいるのかな。

それじゃ、今日も行ってみよう。
よーい、ドン。






























『機動戦艦ナデシコD』
第六十話:deus ex machina-デウス・エクス・マキナ/機械仕掛けの女神-






























〇火星・遺跡内部──ユリ
遺跡とともに出現した遺跡と融合したユリカさんのクローンと同じ姿をしている、
でも、そのままユリカさんそのものの笑顔と口調で喋る、裸婦像のような…。
…恐らくは遺跡の一部を目の当りにして、私は立ち尽くしていました。

「ひさしぶり、かな?
 ……会いたかったよ、アキト」

私達は心臓の鼓動が早まるのを感じました。

もしかしたら、ラピスはユリカさんではなかったんじゃないかと…。
ただ、記憶のコピーを移された贋作にすぎないのではないかと…。

そして本物のユリカさんは、この目の前にいる動く裸婦像に作り替えられ、演算ユニットに封印され、
遺跡の対人インターフェースに成り果てたんじゃないかと、思ってしまったんです。
そんなことがあったら私達は……!

「あ、違う違う。
 私はあくまで遺跡の演算ユニットだよ。
 でも私って古代火星語しか知らないでしょ?
 未来でのファーストコンタクト…あの融合があったから。
 いい具合にテンカワユリカさんクローンからの体の構造と言語をもらえたの。
 この時のために、身体をちゃーんと準備しておいたんだから。
 詳しいことは順を追って話すから。
 ね?」

「「…はぁ」」

私達の驚きようから察してくれたのか、
演算ユニットのユリカさんは事情を軽く教えてくれました。
…心臓に悪いです、全く。
テンカワさんとユリカさんは目をぱちくりして驚いています。
未来の詳しい事情は知らないので、
演算ユニットとユリカさんの登場に理解が追いついていません。
ルリは複雑な表情で『演算ユニットのユリカさん』を見つめています。

「でもここまでこの世界のアキトたちを連れてくるなんて意外だったよ。
 …てっきり、自分の醜い部分を見せたくないかと思ってたけど」

「……。
 見せるつもりはなかったが、結果的には見せびらかすことになったからな。
 逃げるわけにはいかなくなったんだ」

アキトさんは『黒い皇子再公演・テレビ中継』の一件を思い出したのか、
不本意だったと言いたそうにむくれています。

「…テンカワ、ユリカ義姉さん、ルリちゃん。
 未来の俺たちに起こったことを…。
 白鳥さんやフクベ提督の前では言えなかったことを、
 これ以上隠すわけにはいかない、みたいだな…」

アキトさんは悲しそうに、そして申し訳なさそうに向きかえった。
ルリもこの『演算ユニットのユリカさん』の姿で察してしまっていたようです。
未来でアキトさんと草壁さんとの間に起こった、むごたらしい争いの理由がここにあると…。

そうして、私達は未来であって出来事の詳細を話し始めました。

ボソンジャンプの争奪戦により、地球と木連の争いが始まったことから、
争いの起点となる演算ユニットを太陽系外に永久に葬ることで決着を図ったこと。
その最中、イネスさんはお互いを好いているアキトさんとユリカさんをくっつけるために、
一芝居打って見せたことなども込みで。
アキトさんはアイにネタばらしされて苦笑していました。

「ほへー…。
 私達、一年半以上、なにも進展しなかったんだ…」

「……そういや分かりやすく色々けしかけられてたもんな、俺たち」

テンカワさんとユリカさんは顔を見合わせて照れてます。
こんなに見るからにラブラブ状態になるなんて、結婚前じゃないとみられなかったのに。
私もついあのエステバリスの映像を全方位に発信して、逃げ場のないように仕組んだのを思い出した。
……若気の至りってやつですかね。


い、いえ!私はまだ老けてません!!



…それから地球に帰還して、私がユリカさんに引き取られて、
アキトさんとの四畳半の貧しくも楽しいラーメン屋台の暮らしが始まったことを伝えると、
三人は見るからに照れて、嬉しそうに、楽しそうにしていました。
……そこから先がとんでもないことになってるのは、ちょっとは知ってるはずなのに。
言いづらいですが、ちゃんと伝えましょう。
ここまで来たら。

「…ハネムーンで火星に行くことになってさ…乗り込んだシャトルが爆破されたんだ」

アキトさんの一言に三人は体をびくりと震わせて、背筋が凍ったように動けなくなりました。
そして短距離のボソンジャンプで連れ去られ、
ボソンジャンプのコントロールを自在にできるようにするための人体実験を受けたと。
その後の、地獄のような実験の日々について、アキトさんは出来るだけソフトに伝えてくれました。
それでも言葉の端々から出てくる凄惨さに、三人とも絶句して涙をこぼしていました。

「……俺はその実験のせいで五感を失った。
 ユリカも、ボソンジャンプのコントロールを完璧にするため、
 脳を切り刻まれて記憶部分をはぎ取られて…。
 …俺はずっと生きてるものだと思って、追いかけ続けた。
 ラピスとアカツキとエリナ、そしてイネスさんに力を借りてさ…。
 憎しみで強くなり続けた。
 火星の後継者の構成員も研究者も、何人も何百人も殺した。
 …味覚を失って、手を血に染めた俺は、二度とコックになれないから。
 それでもユリカを取り戻そうとしていた。

 でも、結果は…。
 そこの演算ユニットの一部のような姿に成り果てたユリカは、
 ボソンジャンプのコントロールがしやすいように、大部分がクローンの脳と差し替えられていた。
 ……そこには本物のユリカの脳は、記憶部分の脳しか移植されてなかった」

ユリカさんは泣き崩れて立ち上がれなくなって…私も思い出して涙が止まりませんでした…。
この状況を伝えられたらユリカさんの脳のほとんどは廃棄されたと、死亡したと考えた方が普通です。
…まさかあんなことになってるとは思いもしませんでしたけど。
時が巻き戻っていたとしたら、なお取り戻しようはないですし…。

「わ、私のせいで…アキトが…」

「…ホシノ。
 お前、そこまで話すことないだろ。
 ユリカとルリちゃんにまで…」

「い、いいの、アキト…。
 辛い気持ちを抑えて私達を助けてくれたんだもん、
 こ、これくらい…」

「そ、そうです…」

「…ありがとう、ユリカお姉さん、ルリ…」

私は二人を抱きしめ、私の事情も話しました。
私もアキトさんとユリカさんを失って、ピースランドと疎遠になっていたので戻ることもできず…。
ミスマル父さんに立ち直らせてもらったことも話して…。
そしてナデシコCでアキトさんを手助けして、火星で決着をつけたと思ったところで、
北斗に妨害されて、アカツキさんたち、草壁さんたちを巻き込んでランダムジャンプに至り、
その果てに、ホシノユリとして生まれ変わったことも。

「私、本当にミスマル父さんの娘になれて、ユリカさんの妹になれて…。
 …悲しいことばっかりじゃないんだって、こんな幸せなことあるんだって…。
 嬉しくて嬉しくて…」


「ユリちゃぁんっ!
 ……ユリちゃん、ユリちゃん…!」



ユリカさんは強く私を抱きしめてくれました。
ルリは…羨ましそうに私を見てます。
でも…血のつながりだけじゃない、本当の姉妹みたいになれるって、分かってます。
だから、きっと大丈夫なんです。

そして草壁さんも木連のためにまた必死で戦おうとしてきたことも、
そのために悪に堕ちることも厭わず…。
そしてアキトさんとユリカさんに憎しみをぶつけて人体実験にかけたことも、すべて話しました。

「俺たちは互いの遺恨を清算して…未来に進もうと反省したんだ。
 ……草壁さんは言っていた。
 この場合、ボソンジャンプを封印することが木連を救う方法になるって。
 ボソンジャンプの一般化がを進めれば木星に手が届きやすくなる、
 そうなれば少数の木連は、結局つぶされてしまうと。
 …あの言葉を俺たちは信じたけど、
 本当にそうかは分からないからユリカ義姉さんに聞いてみろって言ってたけど…」

ユリカさんは私を抱きしめたまま、アキトさんの方を見て、冷静そうに答えました。

「…草壁さんって賢いね。
 うん、間違いないと思うよ。
 例えばだけど、月の独立派の人たちが火星に逃げた時、なんで核ミサイルを撃ってきたか分かる?
 憎いからとか歴史から抹消したいからとか、そういう理由じゃないよ?」

「「いえ…」」

「正解はね、攻撃の計画が複雑になりすぎるから。
 例えば少数派とはいえ、火星の広さを使ったゲリラ戦術を取られたら攻めきれない。
 これはベトナム戦争でも最も厄介だったのがゲリラ戦だったことからも証明されてる。
 月の独立派の人たちの技術力が分からないけど、うまく潜まれたら何年かかるか…。

 それに基本的に補給線が確保できないんだよ、地球と火星くらい距離が離れると。
 
 どれくらいの戦力が必要か分からない、補給は何ヶ月もかかる。
 増援が必要でもすぐには助けにこれないし…。
 そもそも戦争が起こらなかったと言い張りたいのなら、
 そんな長距離の出征なんてしたくないよね。
 表沙汰にできない戦争じゃ、きっと武勲にもなりづらいし。
 …だから核ミサイルを、極秘裏に使用して、補給線を取らない大雑把極まりない、
 でもこれ以上ないくらい、効率のよい方法のない攻撃を仕掛けたんだよ。
 
 …これはあくまで推測なんだけど。
 軍の歴史の授業でも取り上げられてたことなの。
 月の独立戦争の、さらに百年前の冷戦時代から続く核ミサイル配備が縮小されてから…。
 この頃まで、まだ核廃棄の問題が取りざたされてたの。
 当時の軍と政治家の人たちからするとちょうどよかったんじゃないかな。
 弾頭の処理も終わらなかったミサイルをまとめて処分できる、いい機会だって。
 連合軍になる前の、世界各国の軍が裏で手を取り合って大賛成したんだと思うよ。

 ……ひどい話だね」

……めちゃくちゃですけど、筋は通りますね、それ。
当時の情勢も詳しく知ってるユリカさんの言うことなら間違いないでしょう。
さすが、『ラインハルトの野望・自由惑星同盟編』のクリア経験者です。
歴史的、戦術的知識の深さはヤン・ウェンリー級ですね。
私とユリカさんは抱き合っていたのをほどくと、再び『演算ユニットのユリカさん』を見ました。

「……しかし、ここまで話したところで。
 まず、ええと…」

「演算ユニットさんでもいいよ?
 それとも『遺跡ユリカ』って呼ぶ?」

……安直ですけど呼びやすいですね。

「…そうするか。
 遺跡ユリカ…このボソンジャンプによる世界の改変はなぜ起こったんだ?」

「そんなの簡単だよ。
 ランダムジャンプが起こったのは偶然だけど、
 テンカワユリカの記憶が影響して、自我が発生した演算ユニットの私が…。
 
 

 ──意図的に世界まるごと改変したからだよ」


「「「「「「………!!」」」」」」



私達は衝撃を隠せませんでした。
確かにそういう推理をしたことがあります。
夏祭りの夜、ラピスが…なんであんなに色々出来るようになったのか想像出来なかった時。
もしかしたら遺跡に残ったユリカさんの記憶が、そうしたんじゃないかって…。

「…でも正確には、ちょっとだけちがうんだよね」

「何だと?」

「…実は今回が初めてじゃないの。
 ずっとずっと、長い年月をずっと私は過ごしてきたの。
 試行回数、16216回…。
 年数は大体四万年とんで六年ってところかな」


「「はぁ!?」」


「「「「ええっ!?」」」」



今度は別の意味で衝撃が走りました。
今回だけじゃない!?
何万年も、こんなことを続けてきたんですか!?

「色々端折ってお話するけど……ええっと。
 前回色々リセットしたから今の『ホシノアキト』が体験したのが、
 厳密な一週目に近い、かな。
 私がクローンと合わされたところとか厳密には違うんだけど。
 …一回目の歴史は…『テンカワユリカ』本人が演算ユニットに融合させられて…。
 実験や無機物の融合で無理が祟って、五年くらいしか寿命が残ってない状態で生き延びた。
 
 ──その時、私が生まれたの」

「……!」

「テンカワユリカと融合したら人間の感情を羨ましく思って、それを取り入れた。
 私は厳密にいえば『テンカワユリカ』本人ではないコピー。
 だけど、納得できなかった。
 ……アキトが幸せになれない未来なんて、認められなかった。
 だから…」

「…リセット、したんですか」

「そう。
 少しずつ、条件を変えて…時間だけを戻したの。
 この世っていうのは…言うなればプログラムの関数のようなものなのかも。
 引数を入れて、結果を待つ。
 そうして…すべてが終わるまで私は待った。
 
 何度も…何度も…。
 
 でも、結果は変わらなかった。
 結局、アキトは木星大戦の間はちょっと成長しただけのパイロット。
 どんなに条件を変えても、ミスマルユリカ以外の人間を好きなっても、何をしても…。
 A級ジャンパーの条件を広め、火星の後継者に実験される運命に落ちた。
 
 ……ここまでの試行回数は1058回。
 全部、最後に行きつく先は『黒い皇子』だった」

「…そんな!?」

あの『黒い皇子』は…やっぱりアキトさんの一部だとは思いますが…。
そんな、救われない運命をたどっただなんて!
何をしても、変えようがなかっただなんて…!

「そこまで来て、このままじゃ何も変わらないと思って、私は一つの秘策を考えた。
 『黒い皇子』の記憶だけを、ナデシコAの時代、木星戦争の時代のアキトに飛ばす方法。
 でも…それは本当に失敗でしかなかった。
 
 たった一人で逆行したアキトは…。
 
 ナデシコでやり直すことよりも、一人で木星に乗り込んで、
 木星を滅ぼすことを画策して、北斗ちゃんに殺されて討ち死にしたの」


「なっ!?」



……。
あの『黒い皇子』だったらやりかねません。
相手をいたぶることに喜びを感じて、普通に生きることを諦めてしまった狂人…。
心根が変わっていなくても、きっかけさえあれば暴発してしまう可能性を内包していました。
私達に対する愛情が無くなっていなくても、危険なことに変わりはないんです。
木星を滅ぼすことで決着を図ろうとしても不思議ではありません。
もしこの世界のホシノアキトと融合しなかったら、
アキトさんを救うことなんてできなかったかもしれません…。

「その時、私はアキトのことをなんにも分かってなかったって絶望しちゃったよ…。
 やり直すチャンスだけじゃだめなんだ、きっとパートナーが必要なんだって…。
 一人だけパートナーを付けて、逆行したなら、そうそう狂えないって思ってやり直した。
 
 でも、それもことごとく失敗したの。
 
 ルリちゃん、リョーコちゃん、ラピスちゃん、エリナさん、イネスさん、メグミちゃん、ミナトさん、
 イツキさん、ホウメイさん、ホウメイガールズのみんな…あとカイ…?って子もいたかな?
 挙句の果てに大本命のテンカワユリカでも失敗した。
 
 詳しい内容はここじゃ言えないくらいひどいよ…。
 
 良くてアキト一人で失踪、悪いとナデシコをアキトが一人で轟沈させて全員死亡。
 最悪の時は完全に発狂して、相転移砲で地球、火星、木星問わず虐殺…。
 
 それくらい凶暴で最悪なの、『黒い皇子』は」

「……」

アキトさんは黙り込んでしまいました。
そういう自覚はあるんでしょう…。
テンカワさんは茫然…いえ、愕然として膝をついています。
そんな見境ない化け物に、そして救いのない人生にたどり着くなんて考えたくもないでしょう。
テンカワさんは…アキトさんは元々不器用な小市民で、きっかけさえなければ、町食堂で終わる人です。
なにがそこまで狂わせたんでしょうか…。

「…でも試行回数が一万回を超えたあたりで、さすがにおかしいと思い始めたの。
 いくら元々の素質があって、そして『黒い皇子』が凶暴だったとしても、
 ユリカやルリちゃん、ナデシコのみんなを大切に想っているのならそこまで狂うわけがないでしょ?」

テンカワさんが顔を上げました。
それは救いを求めるような、縋り付くような顔にも見えます。
…しかし一万回やらないと気づかないのがユリカさんらしいと言うかなんというか。
アバタもえくぼ、どんなにひどいことをしてもアキトさんの優しい姿が見えてしまうんでしょうね。
…コピーの癖に図々しいです、遺跡ユリカさん。

「……私がいけなかったの。
 あまり同じことを繰り返すと、いわゆる因果律みたいなのがたまっちゃうらしくて…。
 運命もちょっとずつ変わりやすくなったりして、不安定化してたの。
 そのせいで同じところが強化されていっちゃうの。
 アキトはどんどん強くなるし、どんどん黒く、救い難い方向に狂っていくようになった。
 
 …これじゃいけないと思って、一度完全にリセットして、
 前提条件もだいぶもどして…運命と因果律は完全にゼロじゃないけど、
 半分くらいに減って、ひとまず狂いやすいアキトではなくなってくれた。
 
 そしてパートナーも一人じゃなくて、複数人必要だと思ったの。
 
 その時選出したのは、ルリちゃんに協力してくれる人。
 ルリちゃん、ラピスちゃん、ハーリー君、サブロウタさん。
 
 複数人居るっていうのは役割分担がしやすいこと、
 また、パートナーを狂わせる場合のあるアキト自身も少しだけ遠ざけられた。
 ある程度分散、分断できるので全員の精神的なバランスがとりやすくなっていい感じだった。
 
 でも…これが一番良くなかったのかもしれないって、後で思った」

「え?」

遺跡ユリカさんは眉間にしわを寄せてオーバーに頭を振りました。

「…この時、IFSっていう規格外の武器が生まれたの。
 元々はイネスさんが考えてたけど技術的に不可能だった…。
 でもルリちゃんたちがまとまって逆行したことで、アキト以外も準備がしやすくなった。
 
 資金繰り、技術集積、協力者集め、ネルガルに対する交渉、ボソンジャンプの多用…。
 
 アキト一人だったらまず思いつかないほどの準備を着々と進めた。
 IFSの開発もアキトの発案一つでできるほど整っていたの。
 それに精神的なバランスや人間関係が整ったってことは、
 その分いろんなところに働きかけたり、戦いを効率的にできたりと下地が整いやすくなった。

 その結果が…『漆黒の戦神』。
 
 そんな渾名の付いた、規格外の英雄の誕生。
 連合軍に目をつけられて一時的にナデシコを降りなきゃいけなくなったり、
 最終的に手にした武器の破壊力は核兵器すらも上回るほどの…。 

 ……因果律はまだ十分すぎるほど溜まってたんだ。
 
 しかも今度は表立って北斗ちゃんが現れる事態になって、互角の戦いをし始めて…。
 力のインフレーション、そして狂気のインフレーションが再び始まった。
 その時は人質を取られて、木連の戦艦にアキトが捕らえられて、
 ヤマサキさんに実験台にされたアキトは、『黒い皇子』以上の怪物になって……。
 ……これ以上、私からは言えないよ。
 すぐにリセットしないと、私もおかしくなりそうだった…。
 
 ………そこから先は、どうやっても変わらなかった。
 
 『漆黒の戦神』になってしまうルートを通った場合、
 最終的には戦って死ぬか、実験台になって狂って殺戮の限りを尽くして宇宙で死ぬか、
 ボソンジャンプの失敗でどこかに消えてしまうかしかなかった…」

「ちょ、ちょっと…!?
 アキトさんがまともになる確率ってそんなに低いんですか?!」

「…絶望的に低いね。
 少なくともボソンジャンプか木星がなくなるかしないと。
 でもさすがに私がいじれるのって、アキトと一緒に逆行する人を選ぶくらいだから…。
 関わり方を変えようにもアキトの不器用さが邪魔するの。
 最終的には理想に向かう、ある意味じゃ独裁者よりタチの悪い英雄が誕生する。
 
 …最初はユリカさえいれば、って思ってたけどそれでもだめだったもん」

「ぐぅぅ…うおおお…」

私がうろたえるそばで、テンカワさんは恐怖と絶望に喘いでいました。
…私だって泣きたいですよ、そんな回数繰り返してもうまくいかないなんて。
そんな風に考えていたら、遺跡ユリカさんはぱあっと満面の笑顔になってはしゃぎ始めました。


「でも!

 も~~~~~~~今回は大成功しちゃった!!

 これもすっごい賭けだったんだけど、たんなる記憶の上書きじゃなくて、

 クローンの身体を準備して別個にして因果律を分散する方法を考えちゃったの!

 新しく人間を生み出すのはきっかけがあれば楽ちんだし!

 毎日毎日脳細胞をていねい~に、ちょっとずつちょっとずつボソンジャンプさせて!

 五感や精神が崩壊しないようにうまくすり合わせさせながら自我を育てて!

 本当はボソンジャンプを何回にも分けるなんてできないんだけど、

 『ここにボソンジャンプする』って決まってるなら、できなくないんだよ!

 

 そしたら!なんと!
 

 アキトの狂う部分はだいぶ薄まって、半減以下!

 因果律はこの世界のアキトと半分こ!

 二人とも狂うきっかけがないままここに来れたでしょ?

 草壁さんとヤマサキさんも逆行させたら意外といい人だったし!

 ボソンジャンプ戦争も終わりになっちゃいそうで、ばっちり!

 

 もうゴールまでまっしぐらって感じ!!

 

 ユリカえらい!えっへん!」



……し、深刻になった私がバカでした。
ユリカさんって…基本的にやり直しがきくならめげないんですね…。
とはいえ、遺跡ユリカさんを前にしてユリカさんは呆けてますけど。

「…ね、ねえ?アキト?
 私って外からみるとこんな感じなの?」

「…ここまでじゃないけど、そっくりだぞ」

……さすがに嫌になってしまったんですね、ユリカさん。
こんなヘビーな話題をあっけらかんと話されて。
でも、ユリカさんは私達のことがあってか、最近は結構大人しくなっちゃってますよね。
身近で大事な家族がひどい目に遭ったと知ってからは特に、思慮深さが増したって言うか…。
…しかしそういう手法で私達はこの世界の私達と融合したんですか。
確かにそんな丁寧にくっつけられて成長したら、離れようがないでしょうね。

「待て、遺跡ユリカ」

アキトさんはため息を吐いて、遺跡ユリカさんを見つめました。

「なぁに?アキト?」

「…ラピスのことだよ。
 草壁さんが…ヤマサキのせいで、
 ラピスの体にはユリカの脳の大部分と、
 ラピスの記憶の部分が入っていると言っていた。

 ユリカは完全には死んでいなかったともいえるが…疑問が多い。
 …何故、記憶を完全に取り戻したのか、分からないんだ。
 お前が何かしたのか?」

「「「!?」」」

テンカワさんとユリカさん、ルリは驚いてアキトさんを見つめました。
そんなことは今まで言えませんでした。
草壁さんに聞くまで確証が得られませんでしたから。

「あき、と…君…」

「……地球から出る前に、彼女は記憶を取り戻したんです。
 脳髄のことも本人の記憶にありましたが、それ自体がフェイクかもしれないから、
 知ってるはずの草壁さん達に聞きに行って欲しいと…」

「…そんなこと?
 確かに私が記憶を返してあげたよ。
 でも、テンカワユリカの脳はすでに破壊されてたから、
 私と同じでコピーを渡すしかなかったけど。
 一週前の世界で融合した、クローンの脳の入ったユリカの記憶、応バックアップしておいたんだ。
 脳の記憶部分以外に残留する記憶と組み合わせて合致させたの。
 
 記憶を取り戻すタイミングが遅くなったのは…。
 そこまでのラピスちゃんが幸せだったからかなぁ?
 
 たぶん、ブラックサレナにとりついたヤドカリが思ったより手ごわくて、
 脳に負荷かかるほどIFSを操作した結果、眠ってた記憶が呼び起こされたんじゃない?」

「…なんでそんなことを?」

「聞きたい?
 聞かない方がいいと思うけど」

遺跡ユリカさんは、どこか悪魔のような無邪気で危険な笑みを浮かべています。
聞かないで居れば、そのままハッピーエンドにたどり着けるよ、と言っているように。

「……聞かせろ」

「あぁん、相変わらずアキトはこういうところ潔癖だよね。
 …じゃあまず、アキトとユリちゃんの身体を、
 どうしてこんな風に作ろうとしたか教えないとね?」

「それも聞きたかったんです。
 …あんまりにも私に都合が良すぎますから」

これ以上知らないままでいるべきではないでしょう。
意図的に世界を改変するこの演算ユニット…。

もはや『機械仕掛けの女神』です。

ユリカさんの意思がコピーされてるとはいえ、
別に私もルリのクローンでも良かったはずなんです。
アキトさんも九歳児になる必要なんてありません。
テンカワさんの兄になったって良かったはずなんです。
出来るかどうかはともかく、
なぜそうしなかったのか…聞かないといけないと思います。

「ふっふっふ~。
 そこが一番のポイントなんだよぉ?
 これはね…アキトを助けるためには絶対に必要なことだったの。
 因果律の調整以上に、ある意味じゃ重要だったかもね?」

「…どういうことです?」

「さっきもちょっとだけいったけど因果律のほかに、
 『運命』がつかさどる要素っていうのがあるんだよ、ユリちゃん。
 こっちは別パラメーターで、生まれや環境によって運を引き寄せることが出来るの。
 幸運だけじゃなくて、人と出会う確率、人望、目立ち方、報われ方が変わる。
 すっごく強烈な効果があって、因果律の引きよせる「こうなる」っていう人生の強制を覆せるの。
 
 気付かなかった?
 
 ルリちゃんにそっくりで、ルリちゃんのお兄さんになる『ホシノアキト』。
 ユリカそっくりで、ユリカの妹になる『ホシノユリ』。
 
 それぞれ『ホシノルリ』と『ミスマルユリカ』の運命を引き継いだ人間になったの。
 
 『因子』とでもいうのかな。
 研究所住まいで実験台にされてきた『ホシノルリ』に見た目も人生も酷似した『ホシノアキト』は…。
 親に溺愛されて育った『ミスマルユリカ』に見た目も人生も酷似した『ホシノユリ』に引き取られて、
 育てられた。
 
 …ちょうど、未来でユリカにルリちゃんがひきとられたようにね」


「「「「「ッッッ!?」」」」」



今日一番の衝撃だったかもしれません。
ひどい言い方にはなりますが、
アキトさんがろくでもない人生を引きずってしまうのはある程度想定内でした。
…ただ一万回以上変われなかったっていうのはちょっと救いがなさすぎますけど。
でも、それを覆すためにホシノルリの因子を与えるなんて発想、誰が出来るんですか!?

「もちろん、因子を引き継いだだけだから完全に同じ運命になるわけじゃないよね?
 せいぜい半分くらいじゃないかな、因子の影響受ける割合って…。
 でも、結果は大成功。
 アキトは不幸続きではなくなって、
 やりたくないことは降り積もってくるけど、でもすごい人望を獲得したでしょ?
 いっつも誰かが助けてくれる。ルリちゃんと同じでね。
 
 未来じゃルリちゃんも『電子の妖精』ってちやほやされて客寄せパンダ扱い、世間でも大人気。
 ネルガル派で、人気の陰りのあった連合宇宙軍の屋台骨あつかいだったでしょ。
 
 それをアキトに混ぜ込んだら、すごい化学反応起こしちゃった!
 
 元々女の子に好かれるアキトだもん、
 そりゃ世界一の王子様になっちゃうよね!


 きゃ~~~~~~~っ!」



「……あ、あのさ。
 まさか俺の芸能活動とか、俺たちの映画って…」

「もちろん、ばっちり見ちゃった!
 いつもアキトの様子はモニターしてたし、同じことだよ!
 ボソンジャンプのちょっとした応用でテレビや映画館を見るなんて軽い軽い!


 もうユリカ、メロメロ~~~~~~~~!」



アキトさんのひきつった笑みなど関係なさそうに、
遺跡ユリカさんはでへへと緩んだ笑みでいやんいやんと首を振っていた。

「ね、ねぇ…アキト…」

「…何も言うな。
 お前のことはあんなだらしない顔をしても、す、好きだって思ってる。
 気にしなくて、いいって、ば…」

「…バカ」

……この二人もラブラブ度合がどんどん上がってますね。

「それにアキトの場合、あんまり辛辣に人に言うのが得意じゃないから、
 厳密にいうとルリちゃんとは違う感じになったよね。
 育ちのせいか、流されるっていうより大人しい性格になったみたいだし。
 代わりに素直な気持ちを前に出せるようになったみたいだし、
 結果オーライだよね♪」

「…言ってろ」

「で、ユリちゃんの方だけど、
 ユリちゃん、お父様に懐いてくれてたでしょ?
 それに、愛のある家庭で育ちたかったってずっと思ってたみたいだったし…。
 だからね、本当は自殺する運命にあった二人と引き合わせてあげたの。
 
 …本当に満足して逝けたと思うよ、ユリちゃんの育てのご両親」

「…!」

「子供がどうしてもほしかった人たちと、愛情が欲しかった子供…。
 合わないわけがなかったんだ。
 …確かにお父様は悲しんでたし、お母様の運命も少し変わっちゃったけど…。
 でも!嬉しかったでしょ!」

「え、ええ…。
 ……ただ、こんなでっかい子供を育てる羽目になるとは思わなかったですけど」

「は、はは…」

「……ねえユリちゃん」

「はい?」

「…アキト君、九歳って言ってたけど、もしかして」

「はい、ホシノユリとしての人生ではお母さん代わりです。
 …まあ、そういうこともあって、アキトさんは私に頭が上がりません。
 結果的に『黒い皇子』再発防止には一役買ってたかもしれませんね」

「……ホシノ、お前マザコンだったのか」

「………そういう言い方傷つくぞ」

…どんぐりの背比べです、テンカワさん。
女性の好み、そんなに変わんないでしょう。まったく。
暴露大会第二弾、ですね。もはや。

「…だけど遺跡ユリカ。
 どうしてラピスのことで、俺たちの話から始めたんだよ?」

「あれ?ここまで言って気が付かなかった?」

遺跡ユリカさんはにぶいなぁと言いながらアキトさんを見つめました。
また遺跡の演算ユニット…いえ、この場合は本体ですね。
本体に腰掛けてからかうようにアキトさんを見ました。

「…アキト。
 ここまでの話で、因子の話をしてきたけど…。
 
 基本的に因子は有限なんだよ、アキト。
 
 アキトは因子を無くしても強かったけど、狂気はほぼ欠落した。
 ユリちゃんは因子を無くしてもマシンチャイルドの働きはできたけど、積極的には使わなかったよね。
 ラピスちゃんだって、活発になったけどユリカらしさは最初見られなかったじゃない?
 
 ボソンジャンプした時にお互いの因子を交換することはできるけど、ないものは生み出せないの。
 そもそも存在が揺らぐほどは因子を持ち出せないから、
 交換できるのは因子全量から半分くらいが限度。 
 
 ここまではいい?」

「ああ」

「はい」

なんとなく言ってることは分かります。
つまり新しい力を付与しようにも材料がないとできないし、
因子の変更もできない、因子による運命の引き寄せもできないってことです。

…!?

ま、待ってください、そうだとしたら…。
私が気づいたと見えたのか、遺跡ユリカさんはにっと笑いました。

「そう。
 もっとも厄介で、危険で、排除しなきゃいけない…。
 常にハッピーエンドを拒絶する……。
 最強、最悪の黒い黒い…凶悪で凶暴な…。

 救いがたい因子。


 ──アキトの『黒い皇子』の部分の因子って、どこにいったのかな?」





















〇地球・日本海上空・ユーチャリス・ブリッジ──ラピス

「…ラピス、あんた本当に大丈夫なの?」

「大丈夫…です…」

…私はムネタケ提督に強がって見せた…けど、さすがに限界が近いのかな。
ハーリー君と半分こでオペレーターをしてきたけど…。
…自分の死が近いと意識すると、やっぱりなおのこと眠れなくなる。
眠っても悪夢にうなされるから深く眠れないし…。
…かなり強い睡眠薬も貰ってるけど効果がないし。精神安定剤も効果が薄い。
お医者さんの言うことには、マシンチャイルドだから効きが悪いってことはないらしいけど…。
……ま、まだアキトの無事を確認してないから、倒れられないのに。

「ラピスさーん!
 交代の時間ですよ!
 しっかりやすんでくださーい!」

「…ありがと」

ハーリー君が交代に現れたので、私はオペレーター席から立ちあがった…。
けど…。


ばたっ!


「ラピスさん!?」



「…!
 医療班、急いで来て!」

「あ……ぁ…」

私は思ったより…ずっとひどい状態だったみたい…。
倒れて力が入らなくなって…声が出なくなってきた…。
もうろうとする意識の中、医療班のチェックを受けた。

「…脈拍は不安定ですがこの程度なら恐らく大丈夫です。
 単純に過労ですね。
 でも最近はそこまで出撃が立て込んでなかったかと…」

「…この子、ちょっと病んでるみたいなのよ。
 ホシノ一家がほとんど宇宙に出てるし、心の支えが足りてないみたいなの。
 仕事できるからって無茶しちゃってるから…」

「……そうですか。
 不眠の相談はされていたんですが、
 体調不良の相談はされてなかったので、様子見を続けていたんですが…。
 しばらく休養をした方がよさそうですね。
 ミスマル提督に言って、一度艦を降りて療養してもらった方がよいでしょう」

「…ま……って…」

「ラピスラズリ?」

私は力を振り絞って、かろうじて声を出した。

「ここで…私がユーチャリスを降りたら…そんなことが広まったら…。
 また…色んな人に…つけこまれちゃうよ…。
 …それに、お父様だって…お仕事をずっと休んで私を見るわけにはいかないもの…。
 
 ……一人きりになった私を守り切れる護衛って、考えつくの?」

「…それは、そうだが」

ユーチャリスに乗ってからずっと私の専属の護衛をしてくれてるナオさんつぶやいた。
そう…ナオさんの護衛があれば乗り切れる可能性は上がる。

でもそれは私が万全の状態の時の話。

守ってもらうにも逃げ出すにも、
私が動けないとナオさんでも護衛は難しくなってくる…。

アキトを殺すためだったらなんでもする人達が、私を見逃してくれるとは思えない。
アキトを好きで居てくれるスタッフの多い、
このユーチャリスにだって危険がないとは言い切れないんだもん…。

「…分かったわ。
 だけど三日ほど休養なさい。
 出撃のスケジュールはまだ埋まってないから、ドックに戻ればなんとかなるわ」

「…すみません」

私は大人しく担架に乗せられて、医務室に連れられて行った。
診断も滞りなく終わって、命に別状はないのを確認されてほっとしていた。
でも…。

「麻酔を使わせてもらいます」

「!?
 ま、まって…麻酔は…」

「…睡眠薬が効かないんでしょう?
 乱暴ですが麻酔で眠ってもらいます。
 この状態では危険ですから」

「あ、ぁ…」

私は緊急用の簡易麻酔マスクを口元に当てられて、
余裕のない状態では息を止めることも間に合わなくて、眠りに落ちていった。

…けど、それは再び地獄に落ちることを意味していた。

目覚めることのできない、逃げ出すこともできない状態で…。
この悪夢に落ちていくことになる…。

…こんなに披露した状態で意識を失ったら、きっと十二時間は起きれない。
ひょっとしたら丸一日以上…あの地獄に囚われて…。

あ…あぁ…狂う…私が私で居られなく、なってしまう…。

…お願いだから許して……眠らせないで…。

残酷なことに余裕のなかった私は、限界を迎えて深い眠りについてしまった。
眠りが深ければ夢を見る確率も下がってくれるはずだけど…。
だけど私の場合、下手をすると長く目蓋を閉じてしまうだけでも、
あの地獄を呼び起こしてしまう…。

ああ、また……。

私は、テンカワユリカの…。
ロクでもない人生の最後を繰り返す…。
夢のはずなのに、現実感しかない、救いのない悪夢を。


助けて…アキト…。
ひどいよ…こんなの生き地獄じゃない…。
だったら、ひと想いに…。





早く死なせてよぉぉおお……っ!






















○火星・遺跡──ホシノアキト


「…俺を『黒い皇子』の因子から引き離すためだけに、
 ユリカとラピスに押し付けたっていうのか!?」



「そうだよ。
 アキトの中の『黒い皇子』の因子を半分こするだけじゃどうやっても足りない。
 そこからこの世界のアキトと因果律を半分こしても、まだ足りない。
 
 …だったらね、いっそより、濃く未来の絶望を引き継いだ、
 『テンカワユリカの脳髄を持ったラピスラズリ』に、
 因子と因果律を押し付けたほうがいいって思ったの。

 そのためにラピスちゃんに、
 あのひどい未来の記憶を戻してあげたの。
 ユリカとして惨めな最後を迎えた記憶を。
 とは言えアキトの半分くらいしか因子を継承できないし、
 直接攻撃的なことを自分からできるタイプじゃないから、
 きっとひどいことにはならないって踏んだんだ。

 …それにね、ユリカは無事に救出されたケースでも、
 アキトが『黒い皇子』のままで居続けることで、
 ユリカの元に帰ってこないことで、ユリカは不幸な運命しか掴めなくなる。

 ──だったら、アキトを助けて『黒い皇子』を抱いて死ぬことを選ぶ。

 私だったらそれでもいいって思うもん」

俺は血液が沸騰しそうな気持ちになった。
この、容赦なく…人を人とも思わない考え方をしている、
コピーのユリカもどきが、俺たちの運命を操って、
俺だけを助けるためになんでもしようとしているのが、腹立たしかった。

「…アキト。
 きっと私に怒ってるんだろうけど、
 アキトだってそうでしょ?
 私のために、そして自分のために殺戮だってやるじゃない」

「…それは認める。
 だけど、お前はユリカのコピーに過ぎない!
 机上の空論を並べ立てて、世界を弄んでいるだけだろ!?


 神様にでもなったつもりかよッ!?」



「…ひっどいなぁ。
 でも、私だってこんなにアキトが救えない人だと思ってなかったもん。
 今まで言ったことは全部本当だし、
 これでもそれなりにルールは守ってるよ?
 リセットする時は条件を変えたりはするけど、
 リセット後は直接的な介入は一回もしてないもん。
 
 こうやってアキトたちに話しかけるのだって、
 介入になり過ぎないように気を使って、
 本当にハッピーエンドに近づいて、あと一息、
 もうリセットなしでこの世界を継続させていいって思ったから、
 全部ネタばらししておこうって思ったんだもん」


「ユリカとラピスを人柱にしてか!?」



「分かってるんでしょ、
 アキト。ユリちゃん。
 それにこの世界のアキトとユリカ、ルリちゃんも。
 もう答えは出ちゃってるんでしょ?

 ブラックサレナに現れた自分の人格を否定して破壊した。
 その中にあるのが自分の本性だったと思いたくないばっかりに。
 ラピスちゃんだって同じに見捨てるしかないんじゃない?

 それにヤマサキさんを見捨ててでも戦争を捨てようとした。
 夏樹さんに人生を棒に振れってお願いしてまで。

 アイちゃんだってそうでしょ、お父さんを亡くすと分かっても、
 戦争を止めて、アキトを助けるために…。

 …どうしてアキトは何も失わないで済むと思ったの?」

「…それは……」

「そもそもアキトに私を責める資格があるっていうの?

 ユリカを助けるためだったら人はたくさん殺すし。
 アカツキさんやエリナさん、イネスさんも、小さなラピスちゃんだって巻き込むし。
 助けたかと思ったら罪を負い過ぎた、狂った俺ではダメだって逃げちゃうし。
 
 何のためにユリカを助けたの、アキトは。
 
 ユリカはアキトが居なかったら不幸な道しか残ってないって分からなかったの?
 
 …よくわかんないよ…もう。
 私だって人の生き死にに関わる重大な変更を、自分のわがままでやってる自覚はあるよ。
 でも前提条件を変えただけで、そのあと殺戮したのはアキト自身だよ?
 
 私はどんなことをしたってアキトを人殺しにしたくないの。
 私がユリカのコピーだからなんだっていうの?
 二度と不幸になる道を歩いてほしくないの。
 そのためには何万回、何億回だってやり直すつもりでいたのに。
 
 私はユリカのコピー。
 だからユリカの気持ちが分かる。
 私の元にアキトが戻ってこないなら、
 手を尽くしてアキトが幸せになる方法を見つけて見せる。

 それがどんなに許されないことでも、どんな傲慢なことだとしても。

 どんなことがあっても、アキトが大事なの。
 ラピスちゃんだっておんなじ気持ちでいるよ。
 
 …だから私とラピスちゃんは進んで犠牲になるんだよ。
 
 アキト。
 
 自分が罪深いと思っているなら。
 そして『ユリカ』を想ってくれているなら。
 『ユリカ』を諦めて。

 これはきっと罰なんだよ。
 ユリカを追い求めているくせに、
 自分で自分を中途半端に裁いて逃げて殺戮で自分を慰めてきた…。
 
 16216回の繰り返しでも変われなかった、アキトへの罰。
 
 …ユリカとラピスちゃんを人柱にしただけで、
 こんなにうまく行くなんて思いもしなかったよ」

「あっ、あなたがしたことじゃないですか!?」

「そうだよ?
 ユリカの心と、ユリカの判断でやったんだよ。
 でも、結果が出ちゃったんだ…。
 ……最小の犠牲で、なんとかなっちゃうって結果が…」

ユリちゃんは反論してくれたが、俺は手をついてうなだれることしかできなかった。
俺自身が、その繰り返しがどのようになっていたかは知らない。
リセットされてしまって知る方法すらない。

だが、遺跡ユリカの言う通り、俺は変われない人間だったんだろう。

バカで…狂ってて…何一つ正しい判断のできない、マヌケな俺…。

いっそ、演算ユニットを壊してユリカと関係のない人生を歩むべきだったろうか…。
そうすれば…俺は…。

「アキトはもう誰も殺さない。
 殺さないから、『黒い皇子』の因子から逃れられる。

 考え方ひとつで結果が変わるんだよ。

 ユリカとラピスはアキトのために自分から死ぬの。
 ヤマサキさんも譲れないもののために死ぬ。
 アキトが見捨てるんじゃなくてね。
 
 今回の世界は、アキトが狂わず、戦争が早めに終わるから死者も少ない。
 不幸になる人が劇的に減少して、ボソンジャンプを捨てたことで、
 人類全体が別の進歩を遂げるかもしれない。

 …本当に凄いことだと思うよ。

 アキト、ラピスちゃんと未来の私のことを本当に思うなら、
 ちょっとでもこの演算ユニットに残った私を憐れんでくれるなら、
 絶対に止めちゃダメ。

 それで、ユリちゃんと世界一幸せになろうとしなきゃダメなの」

「だ、だけど…」

俺は恐怖に怯えていた。
ここで説得されてしまったら、俺は俺でなくなると思った。
ユリカを、ラピスを見殺しにしたら…俺は…。
ユリちゃんは怒りのためか、ブルブルと手を震わせている。

「…脅しじゃないんだよ、アキト。
 
 これがアキトが真っ当に生きられるラストチャンス。

 …ここまでうまく行ったケースを投げ捨てられたら私だってくじけちゃうよ。
 ラピスちゃんだって絶対悲しむ。

 …まだ言いたいこと、ある?」

「アキト君…」

「ホシノ…」

「アキト兄さん…」

「ホシノお兄ちゃん…」

みんなは俺がどういう決断をするのかを見守っていた。
俺はというと、完全に動けなくなっていた。

確かに遺跡ユリカの言っていることに嘘はないと思う。

でも…ラピスを見殺しにするなんて馬鹿げたことを選べない。
まだ生きている彼女を、諦めるなんて…。
だが、ラピスは徹頭徹尾、俺のために命を捨てようとしてきた。
未来でも、今でも、いつでも…。

返し切れないほどの恩がある。
俺のせいで不幸を被り続けた…ユリカとラピスに。
きっと巻き戻された時の中でも何千、何万回も泣かせたんだ…。

──その時。
俺が自分の罪を振り返っていた、その時。

ユリちゃんは俺の装備していたブラスターを引き抜いて、
遺跡ユリカに向けた!!

「ユリちゃん、何を!?」

「…あなたはユリカさんじゃありませんっ!
 こんな、こんな残酷なことをする人がユリカさんの訳がありませんっ!!」

「へえ、ユリちゃん。
 私に銃を向けるんだ。
 …未来と同じことをしようっていうんだ?」


「そうです!終わらせてみせます!
 クローンに奪われたユリカさんの記憶部分のように消し去ってやります!


 未来も今も、自分の人生をコピーに操られるほど落ちぶれてません!!」



「いいじゃない、コピーでもなんでも。
 幸せだったでしょ?
 ユリカのコピーの私が四万年という悠久の時の中で編み出した方法で…。
 テンカワアキトのコピーの体を得た、ホシノアキトと、
 ミスマルユリカのコピーの体を得た、ラピスラズリ。

 …わけもわからず力を追い求め、人を地獄に追いやる人たちを、
 偶然とは言え追い込んで、戦争を奪えるんだよ?
 踏み潰す予定だった人間のコピーに蹂躙されて、さぞ悔しいと思うよ?

 …もはやこれは革命と言ってもいいくらいの逆転劇だよ」


「それは未来の草壁さんが考えてた方法です!

 いい加減にしてください!

 あなたが本当に神にも等しいっていうなら!

 ラピスを、未来のユリカさんを救って下さい!

 ヤマサキさんもなんとかしてあげればいいでしょう!?

 そもそもそんなことをしなくてもアキトさんは救えるでしょう!?」



「そこまでしちゃったらダメだよ。
 いい?
 私は演算機、計算機の類だもん。
 意志を持ったとは言え、生きてる人間をどうこうする権利ってないもん。
 人間に干渉する能力が、そもそもないの。
 会話は出来るけど、人間を傷つける行為を禁止されてるから事実しか言えないし、
 刃物だって握れなければ石つぶてを握ることだってできない。
 それどころか握りこぶしも平手打ちだってできないんだよ?

 例外的に、
 ボソンジャンプする時に干渉することはできる。
 あるいはボソンジャンプの計算結果のリセット、
 そのリセット時にある程度の条件の変更はできる。
 人間の存在を生み出すのが容易いのはこの条件に含めるから。
 ちなみに、アキトには最高の身体をあげたつもりだよ。

 だからラピスちゃんの中のアキトの因子を取り除こうにも、
 ボソンジャンプしてもらわないといけないし…。
 すぐにはB級ジャンパーになれないでしょ?
 しかも別の人に押し付けないといけないけど、その相手はどうするつもり?
 まさかまたリセットして、アキトの因子をヤマサキさんか草壁さんに押し付けるの?
 
 結構不便なんだよ、できることが多くなくって」

「その中でしか、手心を加えられないし、
 干渉するにも招待状を送るのが限界ってことか…」

「そゆこと。
 もう一回リセットかけてもいいけど、次はまた因果律が変わるから、
 同じ道筋で来れない可能性だってあるんだよ。
 …いいの?今度はお父様の娘になれないかもしれないのに」


「ッッッ!!」



「…ユリちゃん、やめてくれ。
 …遺跡の演算ユニットを壊そうとした時、反対したのはユリちゃんだろ?
 
 全部チャラにできるかもしれないけど…大切な思い出までなくなる。
 
 そんなの嫌だろ…?」

「…嫌です。
 でもラピスが…ユリカさんが死んでいくのを見過ごすのは…」

「…分かってるんだろ。
 この遺跡ユリカの人格が演技じゃなくて、
 本当にユリカそのものの考え方を出来てしまってることを…。
 
 …それに俺、ちょっと怖い想像をしたんだ」

「え?」

ここまでの話で、ちょっとした疑問が浮かんだ。
ほぼ確信に近い、推測が。
…どうやらたまに鋭い考えが出るのはルリちゃんの因子のせいみたいだな。
遺跡ユリカも小さく頷いていた。

「…この世界の改変はかなり大きいだろ。
 俺も、君も、本来の歴史には居ないはずの人間だ。

 意図して遺跡ユリカに存在を作られた。

 …ということは、リセットされてしまったら、
 俺たちは元の体に戻れることもなくなり、
 意識丸ごと消滅してしまうんじゃないか?」


「「「「「!!!」」」」」



みんなが驚く中、遺跡ユリカは申し訳なさそうに頷いた。

「…そうなの。
 これは大きな賭けで…。
 今までとは違う、帰る場所のない魂を生み出してしまう可能性のある改変だったの。
 もし、通常通りのリセットを今後かけたら、

 ホシノアキトも、
 ホシノユリも、
 ラピスの中に生きるユリカも、

 全員消滅する。
 消滅したことすら、自分で気付かないうちにね。

 …できることなら使いたくなかった方法なの。

 今後はリセットするにしても、この世界の基準でリセットし続けなければいけない。
 でもそれで因果律が貯まっちゃったらどうなるのか想像もできない。
 だからこのリセットを最後にしたかったの。

 …二人とも、消滅はしたくないでしょ?
 たぶん、私の体を壊すようなことがあればそうなるかもね」

「で、でも…」

「ユリちゃん…ユリカお姉さんとルリちゃんを泣かせるの?
 誰がテンカワアキトを『黒い皇子』にならないように守るの?
 ユリちゃん、二人のアキトを守れるのはユリちゃんだけなんだよ?
 ラピスが『黒い皇子』の闇を抱いて死んだあと、
 ユリちゃんが居なかったらアキトはどうなっちゃうと思うの?」

ユリちゃんは声を発せず、ただ唇が震えていた。
そして銃を向けたまま、後ろを振り返った。
その先にいる、ユリカ義姉さんたちの顔を見て…。
消え去って欲しくないと願う大事な人たちを見て、手の力が緩んだ。


ガチャリ…。



ユリちゃんは銃を落として崩れ落ち、両手で顔を抑えて声を殺して泣いた。
俺はユリちゃんを支えて、抱きしめた。

「それでいい…。
 ユリちゃん、それでいいんだ…。
 恨みや怒りで銃を撃ってはいけない…そこから先は地獄なんだよ。
 
 地球に残ったラピスがどんなことを考えてるかは分からないけど…。
 ヤマサキと違って、戻れれば会えるし、説得できる可能性があるんだ。

 …まだ遅くないよ」

「ユリちゃん…」

「ユリ姉さん…」

…俺も遺跡ユリカを撃つことはできない。
リセットすることも、自分の存在を消すことになるし、意味がない。
それでボソンジャンプのない世界が作れるならそれもいいかもしれないが…リセットされる確証もない。
そうなっては意味がないんだ…。

…だが、どうするつもりだ俺は…。

…俺に遺跡ユリカを責める資格なんてない。

だとしたら…俺に、あるのは…。

「…じゃあアキトさん。
 地球に戻ったら離婚してくれませんか…?」

「…またそんなこと言って。
 そんなに今すぐ決めなきゃいけないことじゃないだろ?」

「だって…そうしなきゃ私…」

「本人と話し合わないうちに全部決めちゃダメだろ?
 ユリちゃん、俺が一人で決めて突っ走ったのを怒ったでしょ?
 
 …いいんだよ、ユリちゃん。

 俺は君がユリカと同じくらい好きなんだ。
 …色々決まるまではいつも通り俺の隣にいてくれないか。
 
 いつも俺が苦労ばっかりかけてるんだから、自信を持ってよ」

「ぐず…っ。
 アキトさん、アキトさん…」

「…別れたくないくせに、強がらなくてもいいのに」

ユリちゃんは心細かったのか、俺の抱擁に対して、強く抱きしめ返してくれた。
…ぼそっと呟いたルリちゃんのツッコミが、今日はなんだか妙に染みるな。

「ユリカは…ラピスは、俺が説得する。
 なんとかなるさ、大丈夫。
 二人とも寂しい想いは絶対させない。
 
 墓場で、俺はどこにもいかないって約束しただろ?
 
 三人そろって、昔みたいにいっしょに暮らすんだよ」

「…本当に説得できるのかなぁ、アキト。
 ラピスちゃんは『黒い皇子』の因子を持ってるんだよ?
 自分のどうしようもないレベルの酷さ、自覚してるんでしょ?
 せっかくここまでこれたのに、最悪の最悪になる可能性だって高いのに」

「…そしたら今度こそ諦めるさ。
 ラピスが自分で選んで死んだ時も、そうする。
 …俺を信じてもらえなかったんだから、俺が悪いんだ。
 
 でも、生きているなら助けられるかもしれないんだ。
 生きてるのに諦められるほど薄情じゃいられないんだよ。

 助けるためにありとあらゆる手段を考える。
 …俺たちの関係はそれまで未定でいい。これまで通りでいいんだ。
 ラピスを助けられた後に、追々決めていけばいいんだ」

前向きな選択とはとても言えないが、即断即決でいい問題でもない。
…そこまで出来るなら俺もまともなんだろうけどさ、結局、俺ってろくでなしなんだろう。
人殺しになるより、ずっといいって思ってるあたりもやっぱりろくでなしだよな。

……はは。変に開き直ってるな。

「ふーん。
 やっぱりアキトは根本的には変わってないよね。
 月で遭難した時、酸素がゼロになっちゃうかもしれないのに、
 私とメグちゃんを選べなかった時と同じで曖昧にするんだ。

 あの時は運が良かったから助かっただけなんだよ?」

「…だったら勝ち目があるさ。
 この世界の俺は、洒落にならないくらい強運だからな」

「えへへーっ、私のおかげだもんね!」

「…まあ、感謝はしとくよ。
 俺のために苦労をかけて、ごめんな」

…俺は一応謝ることにした。
あの悪夢が…ラピスの脳髄から届いたものだとするなら、彼女は今も苦しんでいるだろう。
そうだとするなら…黒い皇子の因子によって狂うかもしれないのなら、
遺跡ユリカを許すなんて到底できないが…だが許すかどうかと、謝らないのは別問題だ。

一回目に俺がユリカを取り戻して、その場に残ることが出来たら…。
このユリカと同じ心をもった演算ユニットが何万年も苦しむことはなかったんだ。
俺たちが全てやり直せるだけのものをもらえたのは事実だし…。

何より、演算ユニット自身もかなり辛い余生を送ることになる。
草壁さん達のせいで演算ユニットがユリカの人格をコピーしてしまったのがきっかけとはいえ…。
恐らくは歴史の傍観者として、ここに残らないといけないんだろう。
ユリカと同じ心をもった存在が、そんな孤独に囚われてしまう。
…どうにかして助けたい、そう思っても出来るはずがない。
演算ユニットほどのオーバーテクノロジーをどうこうするのは無理だ。
かといって一緒についてこいともいえない。
演算ユニットという危険なものと一緒に過ごしていいわけがないんだ…。
それが分かっているから…せめて、謝っておきたかった…。
俺達が死んだ後も死ぬことすら許されない、この機械仕掛けの女神に…。

「いいのいいの!
 私が勝手に始めたことだし…アキト達が知らないまま何度も同じことを繰り返させて、
 ずっと苦しめたのは事実だし…。
 
 その代わり、絶対幸せになって!
 
 勝手なことばっかりいってごめんね!
 
 私も、ユリカ因子をもらえて…辛いこともたくさんあったけど!
 でも感情を持つってこんな幸せなことなんだって、
 アキトを想う心を大事にしたいって思ったの!
 
 アキトが最高の王子様になってくれて、ユリカ感激っ!」

「…ああ。
 約束する。
 幸せな人生だったと、胸を張って言えるように頑張るよ…」

……そうして、俺たちは…。
お互いの事情を呑み込んで、未来に進むための話し合いを始めた。

アイちゃんが中心となって、どうするべきか、
どのようなことをしてボソンジャンプを封印するべきかを協議した。

ここでやらなきゃいけないことは、
遺跡ユリカを端末とした演算ユニットの設定変更だった。
…どうやら、A級ジャンパーなら握手してれば操作できるらしい。
しかもセキュリティが解除できれば、ボソンジャンプの設定変更が出来る。

まあ…演算ユニット本人がセキュリティコードをばらしてくれたので、
セキュリティとしては最低品質なんだろうが…。

「とりあえず古代火星人以外の、
 生体ボソンジャンプを完全に禁じる設定にしてほしいわ。
 できればチューリップを介した無機物のボソンジャンプもやめてほしいけど」

「それはやめた方がいいんじゃない?
 だってヤマサキさんが一人で地球を攻めてるって構図を崩したら、
 火星にいる木連の人たちとの争いだって再発しちゃうでしょ?」

「…それもそうね」

…この瞬間、俺たちは自分たちの判断で戦争に介入してしまっている。
そう分かっていても、止めることはできなかった。
自分勝手な命の選別にはならないだろうが…。
戦争の動きをコントロールしてしまっていることには変わりがない。
…それでも木星トカゲとの戦闘で死ぬ人は、まだゼロに出来ていない。
こんなことをするのは不本意だが…すべてをまとめ上げるにはこうするほかないんだ。
だからこそ…。

「でも本当にいいの?
 ラピスちゃんが危なくなっても助けに行けないんだよ?」

「…分かってる。
 でもヤマサキを助けに行かないと決めたのと同じなんだ。
 
 俺たちはもうボソンジャンプで得も損もしない。
 ボソンジャンプを徹頭徹尾封印してみせる。
 
 だからラピスのことでも特別扱いしないよ。
 そうじゃなきゃ、夏樹さんに申し訳ないし…。
 
 この世界にはボソンジャンプはなかったことになるんだ。
 
 運命に逆らうつもりはあっても物理法則に逆らっちゃいけないだろ?」

「…アキトさん」

「……心配しすぎちゃだめだよ、ユリちゃん。
 ラピスを…ユリカを信じてあげなきゃ」

「アキトって昔以上にこういうところいい子ちゃんだよね。
 …でもそういう我慢ができるようになったなら、
 何があっても『黒い皇子』に逆戻りしないかもね。
 
 …ううん、それが今のアキトの『私らしく』なんだね。
 
 うん、わかった。
 
 ヤマサキさんとの決着がつくまで、
 無機物のボソンジャンプは止めないよ。
 
 …全部終わったら、古代火星人の人たち以外はボソンジャンプさせないようにするから。
 
 残念だろうね、古代火星人の人たちも。
 地球圏の人類に自分たちに追いついてほしいから演算ユニットもプラントも置いてったのに」

「そんなの知りません。
 勝手に置いてって、勝手に期待されても困ります。
 人間そんなに賢くないです」

ルリちゃんはぼそっと、遺跡ユリカの言葉を否定した。
身も蓋もないだろうけど、人間の愚かさはそうそう変えられないんだろう。
四万年繰り返しても、ルリちゃんの因子がなかったら俺が変われなかったように…。

「…それじゃ、アキト。
 それと…みんな。
 私はみんなが年を取って死んじゃうまでずうっと見てるから。
 
 もうリセットしないよ!
 これが最後、どんな結末になっても受け入れる。
 
 だから老衰以外で死ぬなんて絶対許してあげない!
 
 私の分まで、みんなで幸せになってね!!」


「──ああ。

 ありがとう…『ユリカ』…」


俺たちは、足取り重く歩き始めた。
もう二度と会わないだろう、ユリカの複製品の遺跡…。
けど、そこには確かにユリカの意思を感じて…。

もしかしたら、ユリカが本当にこの遺跡に意識を奪われたんじゃないかって、
そう思ってしまいそうになって…。
遺跡ユリカを抱きしめてしまいたくなるのを我慢して…俺は歩き始めた。

彼女は、嘘を言っていない。

全てにおいて、正直に答えてくれた。
警告さえ、してくれた。
ユリカらしくありつつも、コンピューターらしい、誠実な答え方。
……憎しみがない分、合理的というか機械的と言うか、
効率優先しすぎてる、あんまりにも残酷すぎる方法をとってはいたがな。



「でもアキト、それは大外れだよ。
 ラピスちゃん、もう取り返しつかないところに行きそうになってる。
 
 ……本当にアキトは、諦めてくれるのかな?」





・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。




俺たちはヒナギクで帰る中、半々で仮眠をとって警戒にあたりながら戻ることになった。
もう午前の0時を回ったか…。
だが…眠りに入る前に、テンカワは俺に呼びかけた。

「…ホシノ。
 お前…本当にあれでよかったのか?」

「…こうするしかないさ。
 俺は…草壁さんと夏樹さんだけに我慢を強いることが出来なかった。
 ラピスが何をしてるかは分からないが、少なくとも悪夢にうなされてるのは間違いない。
 
 ……けど、そのためにボソンジャンプなんてしたら、ずるいだろ?」

「ずるいって…そりゃそうかもしれないけど」

…遺跡ユリカには言えなかったが、俺はすでにかなり自分のわがままを叶えている。
過去の自分たちを導くことには成功したし、戦争だって止められそうだ。
家族関係だって、あり得ないくらいしっかりまとまってて…。
いつもユリちゃんが支えてくれてるのも嬉しいし。
世間的にも味方が多いし、助けてもらえてる。
……挙句に、店は持ててないけどこんな状況でも料理を止めてないくらいの人生だ。

………この上、戦争を止めるために必要なボソンジャンプを利用して、
ラピスを助けようとしたら本末転倒極まりない。

ボソンジャンプで得も損もしない。

それを自分から徹底しないと、あっさり情報漏洩する可能性の方が高いんだ。
悪夢に苦しんでいるラピスの事を想うと、胸が張り裂けそうな気持になるけど…。

「そもそも俺は生体ボソンジャンプできない身体だし、
 B級ジャンパーになって飛ばしてもらうのもたぶん無理だ。
 体内のナノマシン量はもう致死量いっぱいなのに、ナノマシンをこれ以上体に入れたらどうなるか分からない。
 じゃあテンカワやユリカ義姉さんに行ってもらうか?
 二人は今は有名人だ、うろうろしてたらどうなるか分からないだろ…?
 
 …心配してないって言ったらうそになるけどさ」

「アキト君……」

…ユリカ義姉さんは辛そうな顔をしていた。
一度にこの戦争のこと、テンカワアキトの救われない人生のことも…。
遺跡ユリカのことも、ラピスのことも……。
全部受け止めきれないくらい重たい問題を目の当りにして、どうしようもない気持ちになったんだろう。

「…大丈夫です。
 ユリカ義姉さんはその…。
 あんまり、気にしないで下さい。
 ラピスも、遺跡の彼女も…気にされると逆に悲しみますし。
 俺とユリちゃんも…。
 いつも通り、優しい義姉さんでいて下さい…」

「うん…」

……俺は心配かけないように言ったつもりだったが、
強がっているのがバレているのか、ユリカ義姉さんの心配そうな顔は晴れなかった。

「そういえばアキト兄さん、ずいぶん自信満々に言ってましたけど、
 何かプランがあるんですか?
 説得するとかどうとかはまだしも、
 どんなにうまくいっても、二股かけることにはなりそうですよ?」

「……それは分かってるんだけど」

……俺自身、答えが出せるとは思ってない。
無責任極まりない、相変わらずのバカっぷりで自分でも嫌になるけど…。

この状況をリセットで覆すより、
『黒い皇子』の因子に囚われたラピスをなんとかするほうが可能性が有る。
ボソンジャンプで因子を誰かに押し付けるのも無理がある。
となると、俺が責任を持って説得して、説得出来たらそれから考える。
極めて無責任なプランだが、まずは時間をかけてラピスを立ち直らせるしかない。

ただし、それ以上はしてはいけない。
ヤマサキの一件と同じことなんだ。
『黒い皇子』の因子の危険さは分かっているが…。
…そもそも、ラピスがひどいことを考えてるとは限らない。
だからこそ俺は比較的冷静でいられたわけだけど…。
…単に俺がユリカに甘かっただけかもしれないか。遺跡がユリカの姿だったから…。

「…もう、二股くらいで解決するなら構いません。
 でも…本当にそれで解決するか分からないから怖いんです…。
 私、ラピス…未来のユリカさんがどれだけ涙を呑んでアキトさんを託したか思うと…。
 このままじゃ可哀想です……」

ユリちゃんは疲れ果てたように、ぽつりとつぶやいた。
……。

「ユリちゃん…。
 俺は君もラピスも捨てるつもりないよ。
 …最低な言い方だけどさ。
 
 でも、どっちが不幸になってもダメなんだよ。
 
 俺が君と離婚してラピスとくっついたって、ラピスは拒絶すると思うよ。
 ユリちゃんを捨てるなんて、何考えてるんだって。
 
 かといってユリちゃんと結婚したままじゃユリちゃんは…。
 ずうっとそんな顔して、辛い気持ちになり続ける。
 
 ……俺もきっと気が気じゃなくなるし。
 
 俺が二股かけるしかないんだよね、この場合って」

「そう言ってくれると、ちょっとだけ楽です。
 ……でも、また週刊誌を喜ばせそうですね、それ」

「…もういいさ。
 いっそ芸能人って立場だしスキャンダル起こしちゃおうか。
 …お義父さんに死ぬほど怒られるの覚悟でさ」

…もうやけくそ気味で、俺らしくない考え方になってるな。
でも遺跡ユリカに語られた未来のような、
どん底になるよりずっといいんじゃないかって思ってるんだよな…。

「そんな風に言えるなら大丈夫ですよ、アキト兄さん、ユリ姉さん。
 いいじゃないですか、二股でも。
 堂々としてればなんてことないはずです」
 
「る、ルリちゃん?」「ルリ?」

唐突なルリちゃんの発言に、俺たちは驚いた。
急に何を言い出すのかと思ったが、いつもどおり涼しい顔でルリちゃんは続けた。

「私は二組家族を持ってます。
 ユリ姉さんも。
 そこにいるアイだってお母さんが二人います。
 
 っていうか、そもそもボソンジャンプのせいで、同一人物が何人もいます。
 
 でもドッペルゲンガーみたいにいっしょに居ても、
 お互いに消滅させるなんてことありませんでした。
 
 なら大丈夫なんです。
 大事で大事で、どうしても失いたくない人が二人いたとして、
 どちらかを選ばないといけないほど、この世界は不条理じゃありません。
 それを批難する人はたくさんいるかもしれないけど。
 
 でも二人がやけくそ気味に言ってる事、本気で言ってるの分かります。
 どんな運命が待っていても、ラピスと一緒に生きていきたいって。
 そもそもですけど、小心者のアキト兄さんじゃ、
 ユリ姉さんとラピスのことをいい加減にはしないでしょ?
 浮気してるなんて知られたら、意外と甲斐性があるって思ってくれる人の方が多いんじゃないですか?
 
 何しろ、臆病で女性関係が苦手で通ってるのに、まさかの二股ですよ?
 
 その上で、『それでも二人が大好きだっ!』なんて叫んじゃったりしたら…。
 
 むしろホッとする人のほうが多いでしょう?」

・・・・・・・・・。

はっ!?一分ぐらい固まったか!?
俺たちはルリちゃんらしからぬ大胆過ぎる発言で、時間が止まってしまった…。
た、確かにアカツキにもそんなことを言われた気がするけど、ルリちゃんがいうか!?

だ、だけど…。

まっとうじゃない話だけど、俺たちは反論できなかった。
そうだ…。
俺には、一生をかけて愛したいくらい好きな人が二人いるんだ。
優柔不断だと、自分で唾棄するべき、ひどい人間だと思ってたけど…。

この気持ちに嘘なんてついていない。

…物理法則は無視できないけど、倫理観は割と無視できる自分に…。
『黒い皇子』の片鱗を思い出して、げんなりした、けど…。

「やけくそになることなんてないでしょう?
 自分の気持ちをいつも通り素直に伝えて、
 らしくないくらい堂々としちゃいましょうよ。
 
 そうしたら、また奇跡が起こるかもしれませんよ?」

……ま、またルリちゃんらしくないことを。
この世界で初めて出会ったころのリアリストぶりが嘘のように…。
奇跡なんて言葉を使って…。

でも…このルリちゃんの言葉に、俺は強く励まされた。
ルリちゃんはユリちゃんも、ラピスも、未来のユリカにも…そして俺にも。
幸せになってほしいんだなって…。

「る、ルリ…?」

「…ユリ姉さん。
 アキト兄さんとテンカワさんが救えないバカで、とんでもなくひどい人だって、
 さっきぐったりするほど知りました。
 
 でも今のアキト兄さんもテンカワさんも、そんな人には見えません。
 そうなるきっかけがなければ、いつも通り一緒に居たい、優しくて情けない兄貴たちです。
 …奇跡的に、そうありつづけてくれたんです。
 テンカワさんもあんなに強くなったのに変わらないし。
 あの遺跡ユリカさんのせいか、複雑な因子のせいかどうかはわかりませんけど…。
 
 
 この世界では奇跡が起こるんです、きっと。
 
 
 稀代の悪人が光の道を歩む英雄になって。
 
 姉妹になりたかった人同士が本当に姉妹になって。
 
 血縁関係も家族関係も冷え込む予定だった少女は愛される人生を手に入れて。
 
 未来に置き去りになる予定だったあの人もこの世界に現れて。
 
 人を呪う狂気の科学者は人類を救うために命を賭けて。
 
 地球と木星は本当の意味で戦争を捨て去るかもしれないところまできて。
 
 挙句の果てに理解し合えるはずのなかった敵同士が、
 手を取ってボソンジャンプを封印するとまで言った。
 
 ……こんなことばかり起こる世界じゃ、
 クソ真面目に考える方が馬鹿らしくないですか?」

「あ、はは…ルリちゃんらしい言い方だね、それは…」

…奇跡という言葉に集中してたけど、結局ルリちゃんはルリちゃんらしいね。
なんていうかあきれてそうで、でも本当に奇跡を信じてるみたいだ。

………はは。

何を俺は日和ってたんだかな。
失敗続きで、流されてるからそんな風に生きるのが怖かっただけだよ…な。
はっきりと自分の意思を貫くための、言葉を口に出せ無かった、怖がってただけなんだよ。
俺が頭を下げて頼み込めば、きっとみんなが助けてくれたって分かり切ってたのに。

だったら…!



……バカはバカなりに押し通してやろうじゃないか!



俺は底抜けのバカでいい!



最愛の人を一人だけを選べない、だらしない俺でいい!




二人とも抱きしめたいって堂々と言う愚かな男でいいんだよ!




「そうだよ……ルリちゃん…!

 ルリちゃんの言う通りだよ…!

 譲れない最愛が二つあってもいいんだ!

 俺は…俺は…!」



そして俺は…。
すごくよくない吹っ切れ方をしている自覚をしながらも、
ダメな俺でいるという決意をしてしまった。

二人を幸せにするためだとか、ラピスを救いたいだとかいう、
大儀名分めいたことは考えないようにした。
それも確かに目的で、俺の願いだ。
だけど…。


俺が!



俺の意思で!




誰に何と言われようと二人を抱きしめる!!





それができないなら、二人を幸せにすることなんてできないんだから!!





ラピス、待ってろよ…!



























〇火星・ヒナギク──テンカワアキト
…俺たちはリビングルームで仮眠を取っているホシノ、ユリさん、アイちゃんが居ない間、
寝ぼけ眼をこすりながらも火星の荒野を走っていた。
半々で後退する予定だが、せいぜい三時間ずつしか眠れない。
恐らくナデシコに戻ったら、もう朝の七時か八時…。
昼までは寝てないと回復しきれないだろう。
もっとも、そうでなくても俺たちはここから丸一日くらい眠ってしまいたいぐらいだ。
…色々ありすぎたからな。
俺たちは運転席側で、ただ黙って前を見ていた。
ルリちゃんはレーダーに注意して、ユリカはただ運転席の俺の横顔を見ていた。

「……ねえ、アキト」

「どうした?」

ただぽつりと小さく声を発したユリカ。
その顔はどこか寂しそうで、迷っているようにも見えた。

「……アキトは、あの遺跡の…コピーの私を見て、どう思った?
 私があんなことをするかもしれない子だって知って、幻滅した?」

「いや…」

俺は小さく否定した。
ハッキリと答えを聞けたので安心したようにユリカはため息を吐いた。
…続きを言ってやるべきだな。だが、その前に。

「お前はどうなんだ、ユリカ。
 ……俺はどうしようもない、シャレにもならない悪魔になるかもしれないんだぞ。
 それでも、いいのか?
 俺と一緒に…その…」

「良いに決まってるよ、アキト」

ユリカはよどみなくはっきりと答えてくれた。
……嬉しいもんだな。
こんな風に信じてくれる人が居るっていうのは…。

「アキトがどんなひどい人だったとしても一緒に居たい。
 愚か者って言われても、最後まで一緒に…」

「…ありがとな」

「アキトは?」

「俺も…。
 何があっても一緒に居たいよ…」

「嬉しいな…」

俺たちはぼっと顔が赤くなった。
こ、これほとんどプロポーズじゃんか…。
ホシノとユリさん、そして遺跡ユリカのことで…不安になったから、
お互いの気持ちを確認したかっただけだってのに…。

「…はぁ、私も居るんですけど」

「「あ、ご、ごめんルリちゃん!」」

「いいです、私にも関係してる事ですし」

ルリちゃんの声は、いつもどおり冷静に感じたけど…。
どこか嬉しそうで、弾んでさえいるように聞こえた。

「……アキト兄さんが、テンカワさんと同一人物って、いまだに信じられません。
 私の因子の影響だっていうのも、なんか信じられません。
 私、あんなにぼうっとしてませんから」

「あ、あはは…そうだよね」

…ルリちゃんは、いつも通り辛辣だった。

「想像できますか?
 テンカワさんがアキト兄さんみたいに芸能界でスターになるのを」

「…想像できない。
 アキト、アキト君以上にぶきっちょだもん」
 
「おいおい…。
 で、でも映画の時も頑張ったじゃんか」

「あれは演技じゃなくてほとんど素じゃないですか」

……反論できない。

「…でもアキトが急にアキト君以上に強くなったのも疑問だったよね。
 なんでだろ?」
 
「さあな…器用じゃないのに、自分でもわかんないんだよ」

「テンカワさんもすごく強くなったのは、例の因果律のせいなんですかね?」

「そんな気もするけど…理屈が分からないよね。
 そういうのを運命的に引き寄せる効果があるみたいだけど…」

……とはいえ、騙されてる可能性がないわけじゃない。
あの遺跡ユリカ…ホシノは信用したみたいだけど、俺はどうも信じられない。
…人生経験の差なんだろうか。

それにしても…。

「…『漆黒の戦神』ってどんな俺なんだろうな。
 真っ黒いホシノ…『黒い皇子』って言ったっけ。
 あのおっかない『黒い皇子』が、英雄になる姿ってのも想像できないな」

「あ、それは私も思います。
 …どんな道筋をたどったのか、聞けばよかったですね」

「だね。
 今のアキト君、ホントに輝く英雄だもんねぇ」

……しかし本当にあいつ一人で戦争を終わらせかねない状況になってるのも不思議だ。
ホシノの黒い部分の因子が無くなった分だけ、
英雄度だけが加速度的に上がったってことか?
これもルリちゃんの因子と因果律が招いた結果なんだろうけど。

「でも、それも大丈夫な気がします。
 ……アキト兄さんがあそこまで腹を決めた以上、
 そして遺跡ユリカさんも覚悟を決めた以上、きっとひどい結果にはなりません。
 ラピスの一件だけは…未知数ですけど…。
 
 それに自分がひどい人になるっていう自覚がちょっとでもあれば、
 完全に狂う前に何とかできるかもしれません。
 
 今のテンカワさんなら不器用なりに相談したりするのもできますし、
 戦闘能力もアキト兄さん以上に強いです。
 
 どこかでブレーキをかけられる可能性が高くなってます」

「……うん、そうだね」

俺自身が危険な状況に追い込まれなければ、何とかなるだろうが…。
…ただ、俺とホシノが抑えきれない感情を抱きやすいのは変わらないんだよな。

俺自身がいつ爆発するか分からない時限爆弾になった気分だよ…。

「…ね?アキト?」

「ん?」

「何か許せないことがあって…。
 アキトが真っ黒い、最低の『黒い皇子』になっても、私は大丈夫。
 それでもそばにいたいの。
 遺跡の私が言っていた通り、アキトのそばに居られないのが一番不幸なの。
 だから…。
 
 ……置いてかないでね?」

……俺は馬鹿げていた自分の考え方を反省した。
『黒い皇子』のような人殺しになる自分を想像して、勝手に悲観していたが…。

…そうだ。
『黒い皇子』にならないのが一番だが…。
そうなってしまった時、ユリカの願いを無視することがもっとも危険で愚かな判断だ…。
その先にあるものは…本当に救いのない世界だ。
後悔ないように備え、何があってもユリカを離さないようにするんだよ…!

「ああ…。
 何があってもお前と離れない。
 もしお前を奪うやつが居たら、絶対に取り返して…。
 誰に何を言われようと、どんな状況だろうと、ずっとそばに居てやる。
 一生…な…。

 …約束するよ」

「ありがと、アキト…」

……自分でも歯が浮くようなことを言ってる気がする。
でも…この誓いの言葉があるだけで、『黒い皇子』について知っただけで…。
ずいぶん俺の気持ちは楽になった。
こんなの、ただの言葉にすぎないけど…。

俺のやるべきことが、分かった。

俺が生涯をかけて、突き通すべき、そして俺が望んで居ることが…!

「…その時は私も付き合いますよ」

「ルリちゃん?」

「…アキト兄さんの一件で分かりました。
 どうも世界を変えてしまうレベルの二人を二人っきりにしておくと、
 逆に手を組んで世界を破滅に追い込むかもしれないって。
 
 …そんな危なっかしい人達を放っておけません。
 
 私が居たら、二人とも無茶できないでしょ?」

…言い方はきついけど、ルリちゃんも一緒に居たいと思ってる…みたい、だな。
……いや、ルリちゃんはもっと先を見てる。

「大丈夫だよ、ルリちゃん。
 俺たちはルリちゃんとは離れない。
 ホシノだって、ユリさんだって、ラピスちゃんだってそうだ。
 
 俺は…みんなと離れたくないんだ…」

「…テンカワさん」

「アキト…」

……ま、また顔が赤くなってきた。
でも考えてみるとホシノとそう変わらない発想だよなこれ…。
一緒に居たいからって、悪人になっても意地でも離れないつもりだって言ってるようなもんだから…。

すると、ユリカはまた困ったような顔をした。

「でも困ったなぁ、そうしたらやっぱりルリちゃんもアキトに惚れちゃうよ?」

「……またお前はそうやって嫉妬するのかよ」

「だってぇっ!!」

「前もそんなこと言ってましたけど、たぶんないです。
 私はテンカワさんやアキト兄さんに対して恋愛感情を持てませんよ。
 あんなめんどくさい人、嫌です」

「…きっついね」

……べ、別に残念なわけじゃないけど傷つくな。

「…ま、ちょっと気になったら言います。
 何かと素直な気持ち言わないと損するって、学びましたから」

「…やっぱりルリちゃん、てごわいねぇ」

……ルリちゃん、容赦ないんだけど色々可愛げがあるっていうか、
素直になったんだよね、ピースランドに助けに行ってから…。

「ええ。
 その時があったら、責任取って下さいね。

 …て、テンカワ兄さん」

「「!!」」

る、ルリちゃんが俺を兄貴呼ばわり!?
懐いてるユリカにだってミスマル家にはいるまでは姉さんって呼ばなかったのに!?

……いや、俺が腹を決めてユリカと添い遂げるつもりだって決めたからか。

「…はは、よ、よろしくね、ルリちゃん」

「はい。
 …あ、ユリカ姉さん、式場はピースランドのお城にしますか?」

「ええっ!?いいのぉっ!?」

「たぶん割引いてくれますよ、父と母なら」

「ちょ、ちょっと…」

……き、気が早いってば。
しかし…い、いくらかかるんだ、それって…。
あのバカでかい城をの一部を借りるんだろ…?
別に給料三ヶ月分の指輪くらいすぐに買えるくらい稼いだし、
店だってすぐに出せるくらいの貯金がPMCマルスで溜まってたけど…。
……。
……い、いや!


それは話し合って決めよう!
まずはちゃんとプロポーズし直して挨拶に行ってからだ!


ってそれもだけど、違うだろッ!?


「そ、そういう話は地球に戻ってからにしような!?
 それよりまずラピスちゃんの無事を確認しような!?な!?」


「あ…」

「ごめんなさい…」

…二人とも忘れてたわけじゃないんだろうけど、
この段階で俺たちの将来の話をするのは失言だったと反省してくれた。

…そうなんだよ。
その例の『黒い皇子』の因子を持ったラピスちゃんの件がある。

ラピスちゃんは、イコールで未来のユリカ…。
ホシノが愛した『テンカワユリカ』だ。

彼女の安否が今後の俺たちの運命を左右すると言っても過言じゃない。

今のところは何も起こっていない…と考えるしかない状況だが…。
だが、『黒い皇子』の危険さを考えると、
ラピスちゃんが狂う可能性はないわけじゃないらしい。

……『黒い皇子』の因子をより強くするために未来の黒い記憶を残した。
あの遺跡ユリカの仕組んだこと…本当に狂ってるよ…。

でも、それだけ凄惨な未来があった。
そうしないとホシノが『黒い皇子』のまま、
この世界ごと焼き尽くすかもしれなかったんだ…。

そして…そうじゃなかったとしても。
俺とユリカもその運命に堕ちるはずだったんだ。
救いのない、無限に続く地獄に…。

「…ユリカ、ルリちゃん。
 今のところ、俺たちはホシノたちのような悲惨な未来にたどり着かないだろ?
 
 ボソンジャンプがうまく封印されるかもしれなくて、
 しかも木連との争いが無くなるからだ。
 
 ……でも、俺たちをたくさん助けてくれたホシノたちが、
 一番失いたくない、未来のユリカを失うかもしれない。
 
 

 …助けよう!みんなで!
 俺たちも、もう他人ごとになんかにできないだろ!?」
 

「…うんっ!」
 


「あったりまえです。
 そもそもそうじゃなくたって、大事な家族です!
 何が何でも助けてやります!」

ユリカとルリちゃんは深く深く頷いてくれた。
…そうだ。
ラピスちゃんが、未来のユリカが救われて…それで初めてハッピーエンドだよ。
ホシノがあんなに、わがままなことを言うのなんて初めて見たし…。
ユリさんも自分がホシノと別れてでも助けたいと思ってて…。

…やるしかない!

「とにかく、地球に帰ろう。
 …まず、火星から出て電波妨害から逃れて、
 ラピスちゃんの状態を確認しよう」

そして、俺たちはしばらくヒナギクを走らせて…。
仮眠から戻ったホシノたちと入れ替わりに仮眠に入った。
興奮気味で眠れないかと思ったが、疲労困憊だったのですぐ寝付いた…。
……それでも戻るのに二カ月かかるのか。
心配だな…ラピスちゃんも…。
















〇火星・スタジアム・会議室──ホシノアキト
俺たちはナデシコに戻ってから再び仮眠を取った。
結局正午を超えてようやく目覚めて、
草壁さん達に連絡を取って地球に対する和平会談の準備を整えることにした。
とはいえ俺たちが準備できるのは大したことじゃない。
ただ『木星トカゲは人間で、彼らも戦力を奪われていて、戦いを望んでいない』
と伝えるのがめいっぱいだ。
だから一時間もせずにそのあたりの話し合いが終わってしまった。

ボソンジャンプの封印についての協議は、遺跡の周辺を完全に封印することで決着した。
時間をかけて埋めてしまい、さらにその上に建造物などを建てて触れられないようにするつもりだとか。
プランの一つは、『遺跡の上に、別の文化的な建造物を作る』ことだそうだ。
数百年後、何も知らない人たちが調査しに来た場合でも、
文化的な建造物はそれ自体の調査はされるものの、その地下を無理に掘り起こすことはしなくなる。
そうすれば何があっても掘り起こされることはないからと。
……そりゃまあ、古代火星人の人たちが通過したら用済みだろうから封印しちゃっていいんだけどさ。


そしてナデシコに随伴する艦の選定、
火星・木連出身で地球に向かう組の希望を取ることになったわけだが…。

「……あの、草壁さん。
 妙に女性が多くないですか?」

「…それなんだが」

俺は希望者のリストの内容を見て、7割という女性率の高さに驚いた。
火星出身の人たちは、生活の保障が受けられているのでほとんど名前がなかった。
だが、木星出身はゲキガンガーゆかりの地である地球、
そして先祖の宿命の地である月への移住を希望している人は確かに多い。
しかし、女性が率先してこっちに来るなんて、理由が考えづらいな…。

草壁さんは眉間にしわを寄せて、テーブルに肘をついてうなだれた。
…どうしたんだ?

「…あ、あのねホシノ君…。
 ちょっとまずっちゃったの…」
 
「え?」

ミナトさんが急に謝罪した。
思慮深いミナトさんが軽率な真似をするとは思えないんだけど…。

「試合の後ね、ヤマダ君の持ち込んだゲキガンガーディスクを見ようってことになって、
 『熱血!映画祭』っていうのが企画されて、
 ウリバタケさんも張り切って極上の音響を整えて、爆音上映が始まったの
 
 ヤマダ君の持ち込んだゲキガンガーの劇場版と、
 ゲキガンガーのテレビ版総集編の木連の特製映画二本を上映したの」

「?それで?」

ミナトさんの言ったことは関係なさそうだけど…。

「…それでね、地球側の文化についても知りたいので、
 何かいい映画がないかって言われて…」

……。
俺は自分の血の気が引いていくのが分かった。

「…わ、私達も出演してるし、縁があるしぃ?
 この二ヶ月の航行期間の間、地球から超ヒットって情報があるしぃ?
 私達も出演者でディスクもらってるでしょ?
 
 だ、だから『ダイヤモンドプリンセス』三部作のディスクを…」

……やっぱりか!?

「……ホシノ君、君は完全に吹っ切ってるみたいだな」

「……言わないでください、草壁さん。
 吹っ切っちゃいません、今も未練たらたらです…。
 脚本も設定もノータッチであれで…。
 諸事情で撮るしかなくて…不本意だったんです、あの映画…」

……一応、不本意ながらも、戦争収束に一役買ってる事も伝えた。
だが、この上映はゲキガンガーというアニメ一辺倒だった木連の中にあって、衝撃だったらしい。
もちろん木連でもドラマだの映画だのないわけじゃないが、極端に狭い世界で続く日常では、
限られたドラマしか取れず、やや受けな作品が多かったのだとか。
たくましい男、家庭的で優しい女性、一途な想い、苦難を乗り越えて幸せを得る物語…。
ゲキガンガー同様に、展開の波こそあれどワンパターンの展開になりがちの部分が多い。

…で、一作目の中世的な世界における悲恋、二作目のこの戦争を題材にしたような内容、三作目の複雑なSF設定…。

これは木連にとってはすさまじい衝撃だった。
俺が優男にしか見えないのに強く、しかも美しい…っていうのが俺には分からんけど。
マシンチャイルドの容姿も相まって、人によってはかなり中性的に見えるらしい。
それがどうもストライクな女性が多かったらしくて…。

「……勘弁してくれ」
 
「アキト兄さん、これからもっとやらかすんですから、
 これくらいでへこたれないで下さい」

…そうなんだけど。

そしてこの一件は、動画配信で何とかすることになった。
例のレーザー通信を介してやれば、映像を送ればなんとかなるからな。
…そもそも、許嫁が居る女の子が相当数いたので、
もし連れてったら俺…すごい憎まれるし…。
というか俺のためだけについてきてほしくないんだよな…一度落ち着いてほしい。
…あくまでフィクションだぞ?
木連の人らしいと言えばらしいんだけどさ…。。

………本当に勘弁してくれ。















〇木星・都市・プラント制御室──ヤマサキ
やれやれ…一人でやるってのは大変だよね、まったく。
頼れる相棒は今出払ってるし、次元跳躍門の制御だって僕一人じゃ大変なんだけど。
…まあ、攻撃は数時間も止められないから僕が眠ってる間は『彼女』にまかせっきりなんだけど。
僕たちのせいとは言え、眠ることすらできない演算ユニットに意識があるっていうのは大変だよねぇ。
……だからこそ責任を持って片棒を担いでるんだけどさ。


しゅううう・・・・。



すると、青白い光とともに、演算ユニット…『遺跡ユリカ』が戻ってきた。
どうやら話が終わって、帰ってきてくれたらしい。
結構のんびりしてたみたいだね。僕はそのせいで徹夜仕事だよ。

「ただいま、ヤマサキさん」

「おかえり。
 …君の見立て通りだったかい?」

「うんっ、大丈夫。
 ただ…ラピスちゃんのほうは不安要素があるけどね」

「そうかい…」

……報告を聞く限り、どうも『ホシノアキト』になった彼はやはり別人のように変わったらしい。
一万回以上の繰り返しでも変わらなかった彼は、いとも簡単に元のテンカワアキトの性格に近づいた。
…そうして、この戦争は滞りなく終わろうとしている。
僕が…木連が背負うべきだった罪を背負って、
ボソンジャンプというずるい技術は使われなくなっていく…。
どれだけの人の幸せを守れるだろう…。

「…でも、いいの?
 ヤマサキさん…奥さん悲しそうだったよ?
 遺伝子いじって連れてきてあげてもいいんだよ?」

「…彼女には悪いと思ってる。
 でも…僕はそんなことをしても何にもならないのを知ってるよ…。
 
 こんな隔絶された場所で朽ち果てていい娘じゃない。
 
 少なくとも草壁閣下の悲しみを半減させることはできるんだから…」

「……でも」

「いいんだ」

そう。
彼女が、僕を諦めるか、諦めないかは関係ないんだ。
僕は、僕の命ですべての罪を贖う。

木連の侵した虐殺の罪を。
この目の前に居る、演算ユニットに人格を与えてしまった罪を。
そして『黒い皇子』という怪物を生み出し、幾度となく人を苦しめた罪を。
16216回という途方もない回数のやり直しを人類に強いてしまった罪を…。

…僕のしてきた人体実験も許されないことだったと思うけど。
この重すぎる罪に比べれば、なんてことはないさ…。

「ヤマサキさんって、意外とアキトに似てるよね」

「そうかい?」

「うん、不器用で自分でなんでも背負うところとか」

「そうかなぁ?
 僕はこう見えて結構ユーモラスで通ってたんだけどなぁ」

よく冗談交じりの解説をして呆れられたっけなぁ。
あのクローンのユリカ君の脳をいじった時も冗談みたいな方法で突破口を開いたし。
まさか少女漫画雑誌の『うるるん』を使わないと、
こっちのいうこと聞いてくれないなんて思うわけないじゃないか。
少女趣味のユリカ君とは言え、まさかねぇ…。

「…ねぇ、ヤマサキさん?」

「へ?」


ちゅっ。



僕は振り向くと、いきなり…遺跡ユリカ君は唇を強く押し付けてきた。
僕の唇に…。
裸婦像のような色と姿をしているものの、その柔らかさ、匂い、温かさは人間と変わらなかった。
心臓の鼓動が早まっているのを感じて、僕はうろたえた。


「な、な、なにを!?」



「…寂しそうだったから。
 ね、ヤマサキさん…今日は時間くれてありがとね…。
 …アキトに会えてうれしかった。
 私、コピーだけどアキトに一回も会えない人生しかないって思って、辛くって…。
 ヤマサキさんに協力してもらってきたけど…その代金っていうかお返しできないから…。
 身体で払ってあげようかなって…」

「ま、待ってくれ…。
 そんなこと、僕は望んでないよ…」

「…そう?
 でもヤマサキさん、捕らえたユリカを乱暴したよね?
 欲情してたんでしょ、ユリカに」

「う…」

僕は反論できなかった。
ユリカ君は夏樹とは似ても似つかないけど…。
僕は確かに彼女を制圧して、従属させることに暴力的に意のままにすることを楽しんだ。
……それが許されない、最低のことだと知っておきながら…。

「いいんだよ、ヤマサキさん。
 これくらいさせてよ。
 …本当はそうしたいくせに」

「う、う、う…。
 そんなことしたら、僕は…夏樹に申し訳が…」

「だったら連れてきてあげるよ?
 でもヤマサキさんが嫌だっていうから。
 …ただでさえコミュニケーションが少なくてストレスが溜まってるのに。
 こんなじゃ、戦争終結までにストレスで死んじゃうよ?」

「で、でも…好きでもない人に…」

「私は好きだよ。
 ヤマサキさんのこと。
 エッチするくらいなんでもないくらい。
 …私の悪だくみに付き合ってくれて、実は結構優しくて。
 ……奥さん想いなところも。
 私、意外とヤマサキさんとだったら幸せになれたのかも…」

僕は、その真っ白すぎる肌が赤くなるのを見て、うっとうめいた。
…こんなに現実感のない、二人っきりの密閉空間でこんなことを言われたら…。
ここは無人島もいいところなんだから…。

「……僕はアキト君じゃないんだよ?
 それでも…いいの?」

「いいの。
 アキトは潔癖だから、本物のユリカかユリちゃんじゃないと嫌がるから。
 あの感じだとラピスちゃんはギリギリセーフかな?」

「…後悔しないかい?
 誘ったのは、君なんだから…」

「もう、しつこいなぁ。
 私がいいって言ってるんだからいいんだよぅ!
 
 …私はアキトのためだったらなんでもする、世界最悪の悪女。
 
 夏樹さんからヤマサキさんを寝取って、そそのかして、
 世界最悪の殺戮者に仕立てるの。

 そういうことになってるの!
 
 …そのためには、アキトを騙して、裏でヤマサキさんに協力だってするの。
 言い出しっぺは全部私だよ。
 
 山崎さんが実行犯の役をしてくれなきゃ、全部まとまらないんだもん。

 だからいいの!」

「…君も言うねぇ」


どさっ…。



僕は遺跡ユリカ君に口づけると、その場に押し倒した。
…遺跡ユリカ君は、妙に嬉しそうにしていた。

「ありがと、ヤマサキさん。
 私、ヤマサキさんを選んでよかった。
 最高の共犯者だね…」

「そりゃどうも。
 でも…お互い好意はあるけど…恋人にはなれそうにもないけどね…」

僕の言葉に、遺跡ユリカ君は抱き着いて深くキスを返してきた。

「いいじゃない、それでも!
 私達には孤独な運命しか残ってないんだもん!
 これくらいいいじゃない!
 
 男女の間にちょっとでも愛があるなら、こういうことがあってもいいの!
 大事なコミュニケーションだよ、これも!」

……繰り返し回数16126回、四万年も一人で孤独に戦ってた子がいうかね。
まあ…。

「…今日は深く眠れそうだよ、ユリカ君…」

「そう?
 よかったぁ!」

僕たちは強く抱き合って…それから…。
一番大事な人とは居られない悲しさをしばし慰め合った。

…これで裏では跳躍を操ってるんだから怖いよね。
でもそれも一時忘れてホシノアキトに会いたいと願っていた、この遺跡ユリカ君が…。

……僕たちの悪事のせいで生まれてしまったっていうんだから、ホントに僕ってやつは…。

「無事に戦争が終わる算段がついたら、
 どっかからいいワイン盗んできちゃうから、
 乾杯しようね♪」

あっけらかんと窃盗発現をする遺跡ユリカ君に、僕は呆れた。
……アキト君相手にも、実はボソンジャンプは自在に操れるっていう部分だけは嘘をつくんだから。
それに僕をそそのかした方法だってそうだ。
人を傷つけることはできないが…提案は出来る。それを逆手にとって危険な策を提示した。
僕の問いに対しこのままだとどうなるか危険性を提示するだけなら、出来る。そうしてエラーにならない言葉を選んだ。
その後、実行犯となった僕に協力してるのだってそうだ。
僕が、演算ユニットに命令を下している形式になってる。
…ほとんど屁理屈の詐欺みたいなものだけどね。
僕に演算ユニット本体を操る権限を与えるために僕の遺伝子もかなり弄っているし。
挙句、僕が演算ユニットに命令を下している、という建前さえ用意すれば、
演算ユニットという優れた演算機械である遺跡ユリカ君は、かなり複雑なことをやってくれる。
過去と寸分たがわぬ場所へ機動兵器を送る跳躍管理、
機動兵器の開発のシミュレーションテスト、
兵器生産のコントロールなどなど…。
とはいえ、僕の担当する部分も必須なので彼女にまかせっきりとはいかない場合も多い。

そしてそれは全部ホシノアキトのためだという。
いっそホシノアキトにこういう形で力を貸してやればいいと思うんだけどね。

まあ、ボソンジャンプの神であると言ってもいい彼女も…。
愛する人とはいえ過保護にするつもりもないんだろう。
あくまで最初の条件だけは設定する。途中経過は操作しない。
代わりに自分の力を与えた使途を放つ。ホシノアキトたちと、僕と言う…。
…そういうところも、ちょっと神様っぽいのかもね。

「うん、約束するよ」

遺跡ユリカ君は再びにっこり笑ってくれた。
その時は…僕が死ぬタイミングだろう。
後悔せずに逝けるだろうか。
…逝かなきゃいけないだろう。
僕の償いは…その時に果たされるんだから…。

「……英雄になるんだよ…ヤマサキさんは…。
 みんながほめたたえる英雄じゃなくて…誰も認めないけど…。
 だけどホントは気付かないうちにみんなを救った、
 みんなのために犠牲になった、優しい英雄に…」

「…僕が英雄、かぁ」

「…一緒に頑張ろうね?」

「…うん」

英雄なんて柄じゃないけど…。
…方法は違うけど僕の夢は叶うよね…。
身体が弱くて…武闘派が出世していく木連の中で…僕が考えたこと…。

頭脳で目連を救うという、僕の夢は…叶うんだ…。


でも…。



ああ、夏樹…。





会いたいな…。
























〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
今回は真相編ということで、推理モノで犯人が自白するシーンのように全部ぶつけました。
というか、まあ遺跡ユリカ君に自分の考えた設定を言わせてる感じもありますけど。
細かいところはもうちょっとだけ続いた時に解明されます。
すべての謎を解放したと言っても過言ではありません(ホントか?
ちなみにこの世界でもBen様の『時の流れに(旧バージョン)』の軸を通ってるんですが、
ヤマサキにつかまって暴走したエピソードで、乗ってた艦を機能停止に追い込んで死亡してます。
なのでこの世界軸ではほぼエンディングにたどり着けてるケースはないという救いのない過去。
それについてはかけない、というか書いたら病んで私が死ぬぅ!

そして変な吹っ切れ方をするホシノアキト、
ホシノアキトたちの過去を知って奮起するテンカワアキトたち、
そして案の定、文化的侵略を行うホシノアキト主演映画『ダイヤモンドプリンセス』。
もはや人気は太陽系全土を制覇しつつありますね。
……まさか古代火星人の人たちですらも?いや、まさか…。

そしてまさかのヤマサキの共犯者は遺跡ユリカでした。
まあヤマサキがたった一人で木連全土を制圧できるわけもなく、
侵攻計画だってうまくやれるはずもありません。
木連だってそんな簡単なシステムなわけがない。ただでさえ機動兵器も数がおかしいのに。

とりあえずもろもろまとまりつつはありますが、
まとまり切るまでにもう何度か波乱がありそうで…?


ってなわけで次回へ~~~~~~!


















〇代理人様への返信
>大暴露大会www
この後のネタばらしの準備のため、
雪崩式に今までの謎をテンカワたちに教えるタイミングが欲しかったので、
遺跡に向かうという口実を作ってみたところ、こんな感じになりました。
遺跡ユリカの言う通り、実は初期案ではテンカワたちはここまで来ませんでした。
遺跡ユリカに銃を向ける役割も、ホシノアキト君だったりとか。
ただ、因子の説明の通り、第一話で銃を向けていたサブロウタを止めたのがルリだったように、
ルリの因子を持っているホシノアキト君がユリちゃんを止める感じにしてみました。
そしてクローン脳を移植されたユリカを撃ったのもルリちゃんだったので、
銃を向ける役割の方はユリちゃんが担当。
役割を半分こにしてます。



>しかし北斗と別に枝折いるのかあ。
>大変なことになってきたぞう。
これも遺跡ユリカの言う通り、アキトが増えてしまったので誘発される形で、
枝織ちゃんが肉体を得たということになりました。
彼女としては意図してなかったんですが、そのせいで北斗も安定感が出たりとかで、
大人しく草壁直属の護衛役として仕事を全うするようになりました。
本人曰く『つまらん仕事だが座敷牢に囚われてるよりは百倍マシ』だとか。




>> クロスボンバーが炸裂しましたぁっ!
>おいっw
>どう考えても遊んでるだろうw
一対一では真剣のようでしたが、描かれてないだけでこんなのも結構ありました。
そのシーンを描かないでセリフだけでギャグ度を増してますが、
これは枝織ちゃんのリクエストで、北斗がのっかった形になりましたw
ダメージが大きいし、やってみたいなら、ということでw





>>ホシノユリ、精神年齢三十五歳
>(爆笑)
これは「人生をやり直した」という設定を考えたあたりからずっと考えてたネタですw
イネスさんがアイちゃんに戻るにあたって、
いつも年齢でなじられるアイちゃんが逆に若返ってなじられ、
そのカウンターが出せる状況があるとなおいいかなぁってw

とはいえ肉体年齢に引きずられることの方が多いですし、
そもそも周囲の人間からするとそれってどうでもよかったりしますw
別に年齢がどうであれ大切な人なので対応が変わりません。
本人は致命的に気にすることになりますけどw

普段の人間関係や、やり取りではまず動じないユリが激震するシーンが欲しかった(鬼

ちなみに向こう見ずであほな若者が突っ走る話…。
バックトゥザフューチャーとか好きだな…(唐突
ケムリクサのワカバとかも好き。



















~次回予告~
おほん、ムネタケよ。
火星では結構大変だったそうじゃない。
こっちだって大変なのよ、ラピスラズリはぶっ倒れるし、ハーリー坊やはその代わりをしててぐずってるし。
立派にやってるっちゃやってるけどね、子供を駆り出してる手前胸を張れないわよね、ったく。
……まあ、出来る限りなんとかするわよ、そういう仕事だもの。
一応ユーチャリスをIFS強化体質者なしでもなんとかできるような改装を上申しとこうかしらね。
…そういやメインOSのオモイカネダッシュすらもラピスを案じてるわよ?

そんなことより、まさかの事態で連合軍も地球も焦りまくって大変でしょうね。

まさか…映画よろしく人間相手だったって、
堂々とホシノアキトにばらされたらどうしようもないでしょ?
また、恐ろしく恨み買っちゃいそうよね。
ラピス、こういう時にはあんたの出番なんだからちゃんと休んどきなさいよ?


ついについに物語の全貌を暴露してしまって、気力が持つかどうかどきどきな作者が贈る、
この因果律の説明って単純にまどか☆マギカじゃん…な反逆の物語系ナデシコ二次創作、












『機動戦艦ナデシコD』
第六十一話:drop a brick-周りの人を傷つけるようなまずいことを言う、へまをやる-

















を、見なさいよ。

…ホシノアキト、あんたボソンジャンプの女神にも愛されてんの?
そりゃ勝てないわ…。
















































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代理人の感想
あー、そういうことか・・・
まあ色々あるんで一言で言いますと。
作者さん悪趣味ねw



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