ナデシコ艦隊が地球を発って三ヶ月と一週間が過ぎ、
一週間だけ逗留してた火星をようやく出てこれました。
五年ぶりに家族に再会できた木連の人たちは嬉しそうです。
私も地球に帰ったら…日本で帰還をお祝いしたらしばらくピースランドに引っ込みましょうか。
もっとも、きっとみんな追っかけて来ちゃいそうですけどね…。
ま、色々楽しみもありますんで頑張って生き残ります。
そいじゃ、本編始めましょう。
本番スタート、よーいドン。
























『機動戦艦ナデシコD』
第八十三話: die-hard&die-hard -頑強な抵抗者と頑固な保守主義者-その1



























〇地球・ピースランド・王城・王室──プレミア国王

「はぁ…」

私はピースランドの収支を報告の書類を読みながらため息を吐いていた。
かなりの権限を部下たちに与えるようになってから、公務で外出することは減った。
家族とも時間を多くとれるようになり、この五年ほどはかなり充実した生活を送っていた。
だが、度々ピースランドに逗留するようになってくれていたルリが、
木星トカゲとの最終決戦のために木星に向かうと聞いて、私達は必死になって止めたが…。
ルリはどうやらホシノアキト君のために、ラピス君と一緒に戦うつもりらしい。
私達はそこまでする必要がないと思っていたが、どうやら何か訳ありらしいと気づいて引き留めるのを辞めた。
ラピス君は、
「ルリが結婚するくらいの年頃になったら、本当の事を話すから」
と、何か含みのあることを言っていたが…。
二人を信じていると言っている手前、それ以上の追求が出来ずにいたが、
後でこんなに悩むくらいなら聞いてしまうべきだったか…。

「あなた」

「どうした?」

私が眉間にしわを寄せていると、王妃が困った顔をして現れた。
公務が終わったばかりのようで余所行きのまま来たようだが…。

「…あなたもルリの事を考えていたようですね。
 私も気が気じゃなくて…」

「…このところどうも仕事に身が入らんな、お互いに。
 王子たちも力を有り余らせて、相変わらず剣の稽古に励んでおる」

私達はお互いの顔を見て、同じことを考えていると気づいてため息を吐いた。
王子たちはエネルギーのぶつけ先があるだけマシなんだろうが…。
五人の王子は全員、十四歳の難しい年ごろになってもホシノアキト君にまだ憧れている。
世界中も同じだった。六年ほど続くブームはまだまだ冷めやらない…。
そういえばアンチホシノアキト勢力は未だ彼を殺そうとしているようだが、
その後に起こるだろう全世界的な恐慌や、戦争の再開をコントロールできる自信があるんだろうか。
私は稀代の英雄となった彼が、経済の柱であり、地球復興の柱だと考えている。
…いや、手痛い失敗がない者は自分の力を過信し、相手を見下して見誤るものだ。
私がかつてルリとの再会をめぐる『世紀末の魔術師事件』で私がそうであったようにな…。

「…そういえば、ルリとラピスさんに頼まれた事ですが。
 どんな苛烈な攻撃があったとしてもあれほどの準備をしなければいけないとは…」

「…いや、決して大げさなことではない。
 元々、危険が迫った時は手を貸してほしいと頼まれていた。
 五年前の、ルリの一件の頃からの約束だ。
 この程度の事は引き受けねばならんよ」

「…分かってます。
 ただ、そこまでの事態が私には想像できなかったので…」

「気にするな。
 私とて冷静ではいられないのだ…」

…ルリたちが木星に到着するまでの時間である三ヶ月程度は決着がつかん。
木星の攻略にどれほどの時間がかかるかも想定できんが…。
往復の時間を考えると、早く見積もってもあと九ヶ月か十ヶ月はかかってしまう。
せめて木星の攻略が終わって、ルリが安全な状態になってくれるのを祈るしかないだろう。

だが、敵の手の長さは尋常ではない…。
ラピス君の誘拐事件でも彼らは尻尾をつかませてくれなかった。
世界中が協力してくれてなお、誘拐犯も、その上にいるだろう勢力も特定できていない。

そうなると敵も、ルリたちとホシノアキト君たちが分断された今、敵は好機だとみているだろう。
彼らに対抗するために考えられたラピス君の策でさえも、不足している部分がないとは言い切れない。
そしてルリたちも、ナデシコCとナデシコDの中だろうと、完全には安心できん。
何しろ宇宙空間は逃げ場がそうないのだから…。




















〇宇宙・火星⇔木星航路・ナデシコC・ブリッジ──ルリ

「…あの、艦長?
 航海日誌は僕かサブロウタさんに任せてくれてもいいんですよ?」

「いいんです、暇ですから」

私はハーリー君が気を遣ってくれているのを断って、手書きの航海日誌を書いています。
オペレータ用IFSがあるんで、本当はそんな手間を取る必要はないんですが、
最終的にはオモイカネに私の手書き文字を見せてテキストデータ化しますし…。

でもこうでもしないと…私が暇してる姿を見せると、
みんなが毎日毎日ゲキガンガーの上映会だとか、
私とホシノ兄さんの出演してる作品の上映会が始めちゃうんで…。

はあ、さすがにどっちももう飽きてます…。
っていうか自分の顔を何度も見たくないです、マジで。


「まてぇっ!!

 サブロウタァ~~~~~ッ!!」



「おっとぉっ!
 そう簡単には捕まってやれないんだよぉっ!
 俺には地球に残してきたカワイコちゃんが待ってるんでねえっ!」


「う、うるせぇっ!
 待ってる人が居るんだったらなんで、なんで…。
 あんなこと…。
 
 

 くそおぉーーーっ!
 
 責任取れーーーーーーーーっ!

 
 

 あたしのファーストキス、返せーーーーーっ!!」

 

……。
相変わらず騒がしいですね、サブロウタさんとリョーコさん。
どういう経緯なのかはわかりませんが、
どうもサブロウタさんはリョーコさんにアプローチして唇を奪ったようですね。
…サブロウタさんは芸能界で女遊びしてるってことで有名で、
純情一直線のリョーコさんが引っかかるとは思わなかったんですが…。
いえ、ユリ姉さんには未来で二人がちょっといい仲になってたとは聞いたんですけど。

「…サブロウタさん、サイテーです」

「全くです」

ハーリー君はジト目でサブロウタさんが走り去った先を睨んでます。
あの人、木連育ちなのにああも変わってしまうんだってよくボヤいてます。
リョーコさんだけじゃなくていろんな人に手を出しては最終的にフラレているそうです。
エスコートは上手みたいですが、寝てると別れた元許嫁の事を寝言でつぶやいてしまうらしいです。
…サイテーですね、本当に。

…地球に戻るまで…いえ、木星にたどり着くまでに刺されないといいんですが…。























〇宇宙・火星⇔木星航路・ナデシコC・リフレッシュルーム──リョーコ

「はぁ、はぁ…くそっ、見失っちまったよ…」

「ホラ、リョーコ」

「うおっと」

あたしがサブロウタを追いかけて走っていたところで、イズミが火星ソーダを投げてきた。
どうやらあたしが必死に走って追いかけてたことに気付いていたらしい。
労ってくれているのを素直に認めて、あたしはサブロウタを追いかけるのを中断して、
火星ソーダに口をつけた。

「…あんた、あんな男やめといた方がいいわよ。
 結局弄ばれてポイなんだから」

「そ、そ、それは…」

あたしはイズミの警告にうろたえて、肩を落とすしかなかった。
柄にもなくサブロウタに翻弄されて、でも本当にときめいちゃってることに気づいてて。
……あいつを取っ捕まえてやりたいって、本気になってる。

「確かに惚れた相手を追いたくなるのは構わないけどね。
 惚れた腫れたの勝負でサブロウタに勝てるあんたじゃないでしょう。
 百戦錬磨の相手に、キス一つでうろたえる少女みたいなあんたじゃ」

「む…」

あたしは反論しようとしたが、言葉が出なかった。
…ここまで、パイロットとして男に負けないように頑張ってきた。
実際にこれまでの戦いで、挙げた戦果で証明できた。

ホシノやテンカワ、アリサやサラにはそりゃ敵わなかったけど…。
実際に性差が関係ないくらい、私は自分の実力を証明できたんだ。
…でも、それ以外のことはからっきしだ。
あたしの技術って、言っちゃえば人殺しのための技術。
そんなことしかできなくて、サブロウタに気付かされた恋を諦めきれなくて…。

それに、今時はもう女性パイロットっていうのも珍しくない。
ホシノのせいで女の連合軍パイロットの比率が、半分近くまでなっちまったし…。
もう男が、女が、っていうような時期じゃなくなってきた。
さすがに上層部まではそうなってないけどな。
軍だけじゃなく、世の中全体が変わってきた。
本当の意味で、向いてるなら男女問わず職業に就けるような…。
まさしく『男女平等』って感じだ。

…あたしの頑張ってきたことって、何だったんだよ。

「…あんた、テンカワに惚れてたわよね。
 あいつ、似ても似つかないじゃない」


「ばっ!?
 
 お、お、お、お前ぇっ!?
 
 いつから気づいてた!?
 
 だ、誰かに話したのかよ!?」



「そんな趣味悪くないわよ。
 確かに控えめだったから周りは気づかなかったでしょうけど、
 私とヒカルは気づいてたわよ。ナデシコA時代からね。
 同室だし、チームメイトだし」

……そんな前から気づかれてたのかよ。
そうなん、だよな。
火星に向かうまでのテンカワの成長ぶり…そしてホシノをも凌駕する力をつけて…。
それから艦長…いやユリカに一途にほれ込んで、パイロットもコックの修行も頑張るアイツが…。
……今考えると、惚れてたっていうのもちょっと違うのかもな。
あたしにないものを全部持ってるテンカワが羨ましかっただけなんだ、きっと。

「ま、それでもやめらんないのが恋よね。
 …フラレたら慰めてやるわ。
 いっそ当たって砕けてきなさい。
 惚れた方が負けなのは、私だって分かってるから」

「ああ…そんときゃ頼む」

あたしは、強がらずに頷いた。
才能や素質には限界があるのは居合道をじいちゃんに教わってた頃から分かってたことだ。
敵わないなら、潔く負けるのも大事なことだ。
その後のことを、自分の生きる道をもう一度考え直すのも、残るのも、そうしなきゃできねぇし。

ヒカルまでここにいてあたしをなじったらこういうのもできなかったけどさ。
…イズミがシャレを言わない時ってのは、本当に本心から、茶化しなしで警告してる時だ。
それにイズミの過去…二人も本気で惚れた婚約者を亡くしてるんだからよ…。
あたしは、まだ恵まれてんだよな…。
好きな人にフラレたって…死なれるよりはずっとマシだ…。


「……。
 私も、人の事言えないけどね…」



あたしがリフレッシュルームから離れたら、
イズミのつぶやきが、はっきりとは聞き取れなかったけど、

…どこか寂しそうな声が聞こえた気がした。




















〇???
とある特殊な暗号化されたプライベート回線に通話が開かれている。
軍の上層部の人間をも含む、かなりの大企業の要人、政府要人などが集まっている。
クリムゾンを筆頭とする、木連と手を結んで利益を共有するために同盟を結んでいる人物たちである。
資料を表示して、様々な報告を話し合っていた。

『…以上だ。
 この三ヶ月で、ホシノアキトたちはなにも動いていない。
 いつもどおりに食堂、芸能活動、アイドル活動、チャリティーコンサートのサイクルで生活している。
 
 つまり五年前の推察通り、ラピスラズリが実質的な彼らのブレーンである可能性が極めて高い。
 
 …ただミスマルルリ、ミスマル・ラピス・ラズリが、
 元ナデシコAのクルーとともにナデシコ艦隊に所属、木星に向かったことだけは腑に落ちんが…』

『奴らの思惑は分からんが、ブレーンを手放している状態であれば防戦一方だろう。
 機をうかがって奴らを各個撃破していけばいい』

『ホシノアキトからつぶせないのは口惜しいがな』

『だがこちらに有利な状況になりつつある。
 …一気に攻め落とすぞ』

彼らはルリとラピスが木星に向かっていることに疑問を持ちながらも、
これ以上の好機、そして機会は二度とないと考えていた。
木星トカゲを完全に撃滅した後、ホシノアキトが生みだした反戦の空気を変えることが難しく、
変えるにしても二十年、三十年の時が必要だと計算していた。
そしてそこまでの年数を、この同盟のメンバーが生き延びることはできない。
そうなると、これが事実上最後の、しかも絶好の機会が訪れている。
これを逃せばイコールで敗北だと彼らも自覚していた。

『それと噂程度のことなんだが…。
 我々とは別に、元ネルガルの研究者を抱えた別勢力が、
 ホシノアキトを狙っているらしい。
 もしうまくすれば我々が手を下さずとも…』
 
『噂程度だろうが。
 そんなものに縋り付いてどうする。
 皮算用をしていたら足元をすくわれるぞ』

『いや、ただの噂ではないようだ。
 ネルガルのエステバリス工場からエステバリス数台分のパーツが盗まれたという情報がある。
 テスト運用していると思しき姿もあり、幽霊ロボットとあだ名されている。
 …どこかでホシノアキトに仕掛けるつもりだろう』

『望み薄だが、混乱に乗じて殺せれば儲けものだな』 

『…ここまで不運が続いていたが、ついに運が回ってきたようだな。
 …思い知らせてやるぞ…ホシノアキト…!』





















〇地球・東京都・テレビ局・男性楽屋──ホシノアキト
俺はまた日本に戻ってきた。
貴重な休みを消費してチャリティーコンサートをした翌日、
食堂での六時間営業をして、その後すぐに東京にとんぼ返りだ。
…ああ、ホントに疲れるな。

最近、休みは週一日あればいい方で、下手すると半日しか残ってない…。
その日は全部ユリちゃんのために使ってる。
うう、俺にはまとまった自由はもうないんだよなぁ。
必要があるとはいえユリちゃんを置いてうろうろしてる身だから、文句は言えないんだけどさ。
確かに幸せだけど…やりたくないことも結構多いし…。

「ホシノ、次が出番だよ」

「…ああ、分かってる」

ジュンが呼びに来てくれたが、もうそんな時間か。
歌番組に出るのは相変わらず苦手だけど…。
…まあ、頑張ろっかな。


どんっ!



「わっ!?」

「きゃっ!?」

俺は楽屋を出ると、ルリちゃんくらいの女の子とぶつかってしまった。
…敵意も殺気もないとどうも俺も油断してしまうんだよな。
着飾った格好を見ると、どうやら俺たちより少し前に歌ってたアイドルらしい。
…どこかで見た顔だな?

「アサミ!
 あなたも大丈夫ですか!?
 
 あっ!?ホシノアキトさん!?」

「ええっ!?」

「あ、はい…。
 ええっと…たしか…」

目の前に倒れ込んでいる女の子と、その子と同じような衣装を着ている女の子は…。
…思い出した!
川崎でボソンジャンプに巻き込まれて消えた、
ナデシコを降りる俺と入れ替わりで入ったパイロットの…。

確か…そうだ、イツキさんだ…!
川崎での戦いが無くなって、しかも木連とのファーストコンタクトもかなり早まったから、
多分無事だとは思ってたけど、アイドルになってたのか!

「ご、ご、ご、ごめんなさい!!」

「アサミが失礼しました!!」

「あ、いや、その…こっちこそ不注意でごめんね…」

ルリちゃんくらいの年頃の子はアサミちゃんか…。
顔がそっくりだ、きっと姉妹なんだ。

「「失礼しました!!」

「あっと、えっと…こちらこそ…」

二人は大げさに頭を下げるとさっさといなくなってしまった…。
あ、そういえば、忘れてたけど…。
五年前にイツキさんは確かアリサちゃんのシルバーバレッツ小隊に合流してたって話もあったな。
どこでアイドルになったんだろう?
この時期なら木星に出征しててもおかしくないと思ったんだけど。
生きるか死ぬかの世界よりはずっといいとは思うけど。

「あれ、イツキさんじゃないか」

「ん?
 ジュン、知ってるのか?」

「知ってるも何も、僕と同じで連合軍の外部広報員だよ。
 ラピス君のバトルアイドルプロジェクト経由じゃないけど、
 彼女はアリサさんとサラさんと縁があるだろ?
 話題性があってつい最近スカウトされたと思うんだけど…。
 だから妹のアサミさんと一緒に…」

「…そうなのか」

なるほど…連合軍を辞めてアイドルになったわけじゃないのか。
…納得はしたがちょっと気になるな。
経緯はともかくとして、生真面目そうでアイドルするような子じゃなかったはずだし。
それにアサミちゃんが、何か妙な装置を…首輪みたいにつけてるのが気になるな…。

…いや、まずはステージに集中しようか。
不器用なのに考え事してたら間違える…いや間違えてもいいとは言われてるんだけどさ。
あんまり真剣にやらないのもそれはそれで気が引けるから…。


「「「「「アキト様ーーー!ガンバガンバ!!」」」」」



…ステージに行くと、入れ替わりでさつきちゃんたちとすれ違った。
ステージ袖にはけていくみんなは、とっても元気そうだ…。
あ、あれくらい元気に出来たらいいんだけどね、俺も…。

「…バカ」

…ライザさん、なんかルリちゃんに似てきたかな?














〇地球・東京都・テレビ局・女性楽屋──ライザ


「「「「きゃーーーーっ!アキト様ーっ!!」」」」



ステージが終わったんで私達は楽屋で一息ついていた。
で、さつきたちは例によって備え付けのステージを映すモニターでアキト達のステージを見ている。
ジュンもなかなかやるようになってきてるんだけど、アキトは相変わらずよね…。
その万年素人っぽさが好きって子も多いんだけど。

「…すごいですね」

「すごい…」

楽屋に入ってきたイツキとアサミはぽかんと口を開いていた。
さつきたちは近くにずっと一緒にいて五年か六年かの付き合いだってのに、良く飽きないわよね…。
彼女たちは『ツイン・ツイスター』というアイドルユニットをやっているらしい。
私も彼女たちがランキング上位にいるアイドルで、顔も知ってるしちょこちょこ共演してる。
彼女たちは連合軍の仕掛けたアイドルらしい。
ジュンはラピスの手引きがあったから分かるんだけど…連合軍ってこういうの得意じゃないはずなのに。
ちょっと解せないわね、ジュンに便乗するような形でっていうのは。
…ま、私が首を突っ込むような話でもないわね。


「イツキ!アサミ!
 こんなところで何をやっている!
 お前たちはすぐに次のレッスンをする予定だったろう!?
 
 早く戻りなさい!」


「「はっ!?ご、ごめんなさい!!」」



休んでいたイツキたちを呼びに、女性がいる楽屋に堂々と入り込んできた男に、楽屋の空気は凍り付いた。
重役であろうと関係者であろうと、ノックもなしに女性の楽屋に突入してくるのはご法度だ。
だけど、それ以上に男の猛獣のような表情と、雷鳴のような叫び声に身を固まらせてしまっていた。
三人はすぐに部屋からでようとした。
けど…私はその男の顔に、見覚えがあった。

ウォルフ・シュンリン。
私がテツヤから受けた初仕事のターゲットだったクリムゾン子会社の社長に代わって、社長の座を就いた男…。
その前は連合軍の将校だったって聞いたこともある。
狡猾で、クリムゾンに忠実な男だったと覚えてたけど、なぜアイドルのマネージャーを…解せないわね。
それにアサミの首輪…アイドルの装飾品にしては不自然よね…。

…アキトがステージ終わったわね。
ちょっと呼び出そうかしらね。






















〇地球・東京都・テレビ局・リフレッシュルーム──ライザ

「…聞こえる?」

「…大丈夫。
 言い争ってるみたいだ。
 ジュースでも飲んで待ってて」

アキトは私に静かにするように促すと、目をつぶって神経を集中した。
アキトは元々気配を感じる能力がけた違いだけど…。
五感を失っていた時の名残で、小さな音を聞くのも得意らしい。
そうでなくても気を感じることで相手の精神の波を捕らえることもできるから、
詳しいことを聞き出せないまでも出来事はある程度分かってしまうとか…。
…どんだけ人間離れしてんのよ、こいつは。
このリフレッシュルームからウォルフたちが入っていった楽屋からは50メートルは離れてるのに。

「…あ、イツキさんたちが飛び出てった。
 アサミちゃんの首輪で…声を変えてて、実際よりうまく聞こえるようにしてるとかで、
 生の声で勝負したいって、大げんかしてたんだよ」

「…それだけ?」

何か危険なことが起こっていると思ったけど、勘が鈍ったかしらね。
ウォルフという男が…クリムゾンから子会社を預かれるような男が、
アイドル界隈に首を突っ込んでいるのは不自然かと思ったけど…。

「…いや、ちょっとウォルフって人はおかしいね。
 アイドルのマネージャーをしてるような感じじゃない。
 何かを企んでいるような悪意…殺気に近いようなものを持ってる。
 ライザさんの言う通りだよ」

アキトは目をつぶったまま顔をしかめた。
…やっぱり。
もしかしたらクリムゾンから離れる機会があったのかもと期待したんだけど…。
カタギにはなり切れないのよね、ウォルフって男は。
テツヤとは違うタイプだけど、支配力のあるタイプだし、何かしでかすはずだわ。

「…あ!?
 ちょっと、急がないと…」

「え?」

「急いで!走りながら話すから!」

「な、なんなのよ!?」

私とアキトは急いで走り出した。そして走りながら説明した。
どうやらウォルフに対して向けられた殺気を感じ取ったらしい。
手段は分からないものの、ウォルフを直接追いかけないあたり、
直接ではなく間接的に、何かしらの仕掛けをして殺すことを考えている可能性があると…。

…普段すっとぼけてるくせに、ずいぶん正確な推理だこと。

そしてとアキトは、イツキたち『ツイン・ツイスター』の本来の楽屋にたどり着いた。
そこには、謎の機械がならんでいた。
テーブルの上の注射器に手を触れようとしている男が居た。
確か、イツキたちのマネージャーの…。

「…イケダさん!?」

「!?
 ほ、ホシノアキト…さん…!?」

イケダはテレビ局で時々顔を合わせる程度には、私達も知っている男だ。
私とアキトの登場で、イケダはうろたえた。
犯行現場を目撃されて、もう終わりだと絶望しているような表情で私達を見ている。

「……。
 イケダさん、注射器から離れて下さい。
 何か理由があるんですよね…?
 よかったら話してもらえませんか?」

「あ…う、うう…」

イケダは手にしていた花束を落とすと、崩れ落ちた。
私達はこの場に居続けるのも危険だと思って、
局の屋上にイケダを連れだして、訳を聞くことにした…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


イケダに事情を聴いた私とアキトはひどく驚いた。

なんとイツキとアサミは特異な体質であり、ボソンジャンプに巻き込まれても生還した過去がある。
テンカワと同じく、木星トカゲとの初戦で地球にボソンジャンプしていたらしい。
それを連合軍の関係者が目撃しており、イツキはその縁で連合軍に所属することになった。
さらに、この件の報告からボソンジャンプに関する実験に参加させられる計画が浮かんでいた…。

しかし、五年前に突如として生体ボソンジャンプができなくなり、秘密裏に行われていた人体実験もできなくなった。
アキトと遺跡ユリカの一件が、ここで影響していたのね。
そうなるとボソンジャンプの研究の切り札ともいうべき、
生体ボソンジャンプを成功させたイツキとアサミを使うことも、もはや不可能。

そこでアサミに、声の伸びが足りないからと虚偽の説明をして、身体モニター用の首輪をつけて、
一般人との体質の違いを調査することで、ボソンジャンプ向けの人間を特定するたたき台を作ろうとしていた。

「しかし、ボソンジャンプのことまでご存知とは…。
 ミスマル総司令に聞く機会があってもおかしくないとは思いますが、
 機密を話してもらえるほど信頼されているとは…さすが英雄です」

「…お義父さんから聞いたわけじゃありません。
 俺が個人的に知ってしまっただけです。
 そのせいで死にかけたこともあります」

「そうですか…。
 …それでイツキとアサミが、なぜアイドルを始めることになったかですが…」

「そのモニタリング装置をつけるためよね?
 そのためにアイドルをするなんてちょっと大げさじゃない?」

「いえ、そうとも言い切れません。
 彼女たちを他の勢力に引き抜かせないためには最適だったんです。
 別の理由で目立っていればアイドルとして以上には詮索されませんし、
 ボソンジャンプを知る勢力からは狙われづらくなりますから」

…なるほどね、バトルアイドルプロジェクトと同じような理由があったわけね。
それから、イケダは再び事情を話し始めた。

イケダは元々連合軍の広報部に所属しており、ラピスにデビューさせられたジュンに便乗する形で、
イツキとアサミをアイドルデビューさせ、表向きのアイドル活動を支えるように命令されていた。
ラピス主導、ミスマル提督許諾とはいえアオイジュンという前例があるだけに、これはあっさり通ったらしい。
イケダが詳しい事情を知らされているのはことの重要性を教えるため、
そして逃れられないようにするためだったらしい。
軍の機密になるようなことを知っていれば外部に漏らさないし、
しかもイツキとアサミの命の危険が伴う秘密だと認識するだろうからと。
…相変わらず悪趣味よね、クリムゾンも、連合軍の連中も。

しかしイケダはアイドル活動のマネージャーを続けていくうちに、
イツキとアサミのアイドルとしての素質に気づき、
軍の命令だったはずのアイドルマネージャーに、生きがいを見出してしまっていた。
イケダは元々アイドルファンだったのもそれに拍車をかけたらしい。

そしてもう一つ、想定外の出来事があった。

「体に体を調べるモニタリング装置をつけるためという目的のためのアイドルだったのに…。
 …イツキとアサミは、想定外に売れてしまいました。
 確かに二人はメグミさんにも、ホウメイガールズにも、jewelryprincessesにもかないません。
 それでもアイドル界でも五本の指に入る実力を見せつけてくれました。
 しかし、そのせいで二人のアイドルとしての道は…。
 
 いえ、彼女たちの命は、断たれようとしているんです」

「「え?」」

「…連合軍はホシノアキトさんが作った反戦の空気を何とか変えたがっているようです。
 軍縮を阻止して軍拡をするための、計画を考えているようです。
 もちろんミスマル総司令の意思とは別の、上層部の意向ですが…」

イケダは屋上の転落防止の柵を強く握りしめて、怒りに肩を震わせていた。
…殺しが出来るタイプじゃないわね、この男は。
殺し屋をやるには直情的すぎる、普通の男。
殺人を考えるまでの決意をさせるほどのことがあったみたいね。

「…彼らはボソンジャンプのきっかけがつかめないことにいら立って、
 二人を切り捨てるつもりなんです。
 できるだけ自分たちの利益になるやり方で…。
 
 『連合軍きってのアイドルを木連の銃弾で死なせた』というシナリオを演じるつもりです。
 
 …彼女たちはアキトさんとは桁が違いますが、
 アイドルとして上り詰めた二人が暗殺されたとあれば、
 『戦争はまだ終わってない』と思わせるには十分でしょうから…」

「そんな…!」

「私も、ここまで調べるのにかなり危険を冒してきました。
 …気付かれて、目をつけられて、マネージャーを外されることになってます。
 でも、その前にクリムゾンから派遣されたウォルフを…。
 ウォルフが常用している栄養注射に毒を仕込んで殺して、
 時間を稼いでイツキたちを逃がそうと…!」

大きな組織に、正面切って反抗しようとするなんて…馬鹿げた話ね。
その程度の方法じゃ、遅かれ早かれイツキもアサミも、イケダ自身も死ぬことになるわよ。
…無鉄砲にもほどがあるわ。

「そういうこと…。
 その花…デンドリウムでしょう?
 蔓に、遅効性の毒がある…。
 それでウォルフを…」

「…気付いていましたか」

知ってるわよ…私も一度だけ使ったことがあるもの。
もっとも口には出さないけどね…。

「…イケダさん。
 未遂とはいえ、見逃していい話じゃないけど…。
 …方法は間違っていたかもしれないけど、気持ちはわかりました。
 
 二人を連れて、うちの事務所に来てくれませんか?
 俺が近くに居れば、正面切って思い切った方法は取れないでしょうから」

「!?
 私を信じて下さるんですか!?」

「はいっす。
 俺も、無関係なことじゃないですし…。
 …それより、急がないと。
 早く二人を…」

「は、はい!
 ありがとうございます!
 あなたなら、きっと彼女たちを…!」

イケダは端末でイツキたちに連絡をするとすぐに走り出した。
その直後、私達にも重子からの連絡があった。
どうやらイツキたちはウォルフとの言い合いになった後、
私がアキトと合流する前に、さっきフォローを頼んでおいたさつきたちとうまく合流できたようで、
近くの喫茶店で待ってくれているらしい。
私とアキトはほっと溜息を吐いて、屋上から降り始めた。
イケダが向かったとなれば、私達は待っていてもいいかもしれないけど…。
ゴールドセインツにはガードの北斗もついてるし大丈夫だとは思うんだけど…なんか胸騒ぎがするのよね。
私達も同じ喫茶店に向かおうとタクシーを拾うことになった。

「良かった…」

「…相変わらずお人よしよね、あんたは。
 イケダがテツヤの部下だったらどうするつもり?」

「…そうじゃないことが分かってたからここまで連れてきたんだろ?
 ライザさんだって、気づいてたんだろ?
 それにクリムゾンがらみなら、無関心ではいられないよ」

「ま、そうだけどね。
 …テツヤが動き出したって分かってても落ち着いてたあんたのことだし、
 このくらいじゃ動じないとは思ってたけど」

「…ちょっとは緊張してるさ。
 ユリちゃんと離れてるし、テンカワも居ないし…。
 各個撃破される可能性もあるしね」

どうだか。
…テツヤも、クリムゾンもまだまだ健在だっていうのにその態度で居られるのが異常なのよ。
それに各個撃破の危険があるっていうならまとまってどこかに身を隠した方がマシだと思うけど。
ここまで五年も無事でいられたから気が緩んでるのかしらね。
















〇地球・東京都・喫茶店内──イツキ
私達はゴールド・セインツの人たちに呼び止められて、喫茶店で一息つくことにしました。
徒歩で逃げても、アイドルとして顔が売れてしまった私達では、
変装もなしにうろついていてはすぐに捕まるだけだからと。
それならいっそちゃんと連絡を取って所在を伝えて、しばらくしたら戻ると伝えた方がいい、
そうしないとまた喧嘩になるよ、とアドバイスされてのことです。

私達はアイドルとしてウォルフ先生の厳しいトレーニングに耐えるつもりはありましたが、
アサミは『歌をうまくするための装置』の使用を嫌っていました。
私からみても、アサミの歌声には変化がなかった。
歌をうまくする装置という不正を働いているという負い目を抱きたくない、
そしてそもそもそれは事実じゃないかもしれない。
だからこそ、ウォルフ先生に抗議したんですが…。

「私達がオゴるからどんどん頼んで。
 イケダさんにも連絡してあるし、スケジュールにはまだ空きがあるからって。
 ゆっくりしようよ」

「でも、ウォルフ先生を待たせてしまってますし…」

「へーきへーき!
 ウォルフ先生ってどんな人か知らないけど、
 あんましひどいならうちの事務所で引き抜いちゃうんだから!」

「で、でも、私達先生にはお世話になってて…」

私達が『歌をうまくする装置』の話をどうしても切り出せないせいか、
ゴールド・セインツの人たちは私達に気を遣ってくれてます…。
確かに天下のホシノアキトの関係する事務所から抗議とか引き抜きとかされたら、
ウォルフ先生も、うちのプロダクションも、連合軍広報部も引っ込むしかないでしょうけど…。
…それでいいんでしょうか、ここまでお世話になったのに。

「和解するならするで、仲裁してあげるってば!
 二人ともこんなに生真面目なんだから、
 サボって見せないと分かんないよ、あの強情そうなウォルフさんは。
 女の子のアイドルなんてうかうかしてるといいように使われちゃうんだから、
 ちょっとくらい駆け引きして見せないと!」

「駆け引き、ですか…」

「うーん…」

私も戸惑ってますが、アサミはちょっと困ってます。
私はパイロットでしたし、アイドルなんてすることになるとは思ってなかったんですが、
どうしてもアイドルになりたいというアサミが東京で一人暮らしするのを心配する両親から頼まれて…。
一緒にスカウトされたのもありましたし、連合軍は除籍されてないですし、
アイドル活動が終わったらパイロットに復職できるという条件なので引き受けましたけど…。
…選択を誤った気がします。
除籍されてないとは言ってもトカゲ戦争終わったらポジションが無くなってるかもしれませんね。
…いっそアイドル一本で行きましょうか。

「姉さん?」

「なんでもないわ。
 …あれ、あの人は?」

喫茶店の前に、ウォルフ先生のボディーガードに似た人が立っています。
でもあの人は見たことないですね…こちらを見てます。

「ッ!」


「「きゃぁっ!?」」


どさっ!
ぱんっ!ぱんっ!がしゃぁんっ!


「うぐっ!?」


「レオナっ!?」


「あ、あああああっ!?」


「ちぃっ!」



私はゴールド・セインツのレオナさんに突き飛ばされてソファーごと吹き飛ばされました。
その直後、喫茶店の前にたたずんでいたボディーガード風の男性が銃を取り出して、
私とアサミに二発発砲しましたが…。
レオナさんがかばってくれて、おそらく私達の脳髄を吹き飛ばす予定だった弾丸を、

胸に受けてしまって…これでは助かりません…そ、そんな!?


「よくもレオナをっ!」


ばりぃっ!がつっ!


「!?
 格闘で向かってくるだと!?
 それも、これは木連式柔の、硬式!?
 木連男児しか知らぬはず…!」

「教えてもらったのよ、北斗さんに!
 五年も訓練してれば少しは…あんた一人ぶちのめすくらいは出来るわっ!」


ちゅいんっ!



青葉さんが銃弾で割れたガラスを蹴り割って、発砲した男性にガラスを浴びせて飛び掛かりました。
男性は狼狽えながらも、次弾を発砲できないまま、青葉さんの蹴りで銃を落とし、格闘に移行しました。
しかし、青葉さんの頬をかするような突風と、風切り音が…これは狙撃!?

「青葉、一人じゃないわ!
 どこかでスナイパーが狙ってる!
 
 みんな、レオナとイツキさんたちを連れて逃げて!」


「「「「「「「「「「「分かったわっ!」」」」」」」」」」」


さつきさんは全員に指示を与えると、青葉さんに加勢しました。
ゴールド・セインツのみんなは、レオナさんが撃たれた動揺は感じているようですが、
一糸乱れぬ隊列で素早く行動し始めました。
私たちを守るように、連合軍の白兵戦さながらの脱出をし始めましたが…。
レオナさんは良くても肺に、悪ければ心臓に銃弾を受けてるはずです。
このままじゃ…!


「待てっ!
 
 地球の卑劣な尖兵がッ!
 
 色香で人を惑わし、騙し!
 
 新たなる戦乱を起こそうとする卑怯者がッ!

 
 

 木連婦女子の可憐さ、清廉さ、奥ゆかしさを見習えッ!!」



「勝手なこと言ってんじゃないわよっ!
 
 丸腰の婦女子を、拳銃で不意打ちで殺そうとした卑劣漢がっ!
 
 そんな半端だから素手の戦いでも私を殺せないんじゃない!
 
 
 違うっ!?」
 

「戯言をッ!!」


がつっ!ごっ!



…私達が、戦乱を起こそうとしてる?
その言葉には身に覚えがありませんし、どういうことなのか飲み込めません…。
私達をかばったレオナさんが瀕死になってしまったショックもあって、言葉をかみ砕けません。

私達は裏口から逃げようとしている中でも、
青葉さんとさつきさんの決死の戦いの声と鈍い打撃音が聞こえてました。


ぱんっ!


「ぅぎゃっ!?」


「さ、さつきっ!?」



さつきさんまで狙撃された!?
ど、どうしてこんなことに…!
私とアサミのせい…?
さっきの、たぶん殺し屋は…私達を狙ってた…。
レオナさんがいち早く気づいていたから、私達が助かっただけで…。

どうして…私達が命を狙われることに…!?















〇地球・東京都・喫茶店外──ライザ

「…遅かった…!」

「……さつきちゃん」

私とアキト、そしてイケダが…。
二人とゴールドセインツのみんなが待っている喫茶店に到着した時、すでに決着はついていた。
アキトは先んじて到着するために、ビルの屋根を次から次に飛んで移動し、
私とイケダはそれぞれ車を拾ってここに向かった。
重子が状況を刻々と端末から送ってくれていたけど…それも途切れて、一分ほど…。
それでも、間に合わなかった…。

青葉は最初の殺し屋を、狙撃者からの銃撃の中、何とか倒したらしい。
しかし、最期の一撃を放った直後、狙撃者に腿を撃たれてしまい行動不能になってしまった。
かろうじて転がって逃げて、さつきを連れて遮蔽物に隠れてやり過ごしていた。

青葉は自分の傷とさつきの傷を必死に抑えて助けを待っていた。
さつきは、青葉が戦っている間の失血がひどく…虫の息だった。
アキトは昴氣で治療を始めたけど、血が足りない…これじゃ…。

「アキト…様…青葉の治療をして…。
 私…もう…」

「諦めないで、さつき!
 救急車がすぐ来るから!」

「そうだよ、さつきちゃん!
 絶対助けるから、諦めちゃ…!」

「……嬉しいな。
 アキト様に看取られるんだから…」

「さつき…」

…助からない。
私は…さつきの手を握ることしかできなかった…。
アキトも青葉も、さつきが助からないと分かっている。
でも、さつきは弱々しいけど、満面の笑みで笑ってアキトを見ている。

「…ここまで、最高に…幸せ…でした…。
 役立たずの…わたし、なんかが…こんなアキト様の近くにいられて…」

「そんなことない、そんなことないから…!
 いっぱい助けてもらったから…。
 
 まだ、お礼をしてもしたりない、くらいなんだから…。
 
 だから、生きてくれよ!

 さつきちゃんっ!」
 
「身に余る…光栄です…。
 アキト様…青葉…ライザさん…みんな…。

 
 いままで……あり、がと……」


「「さつきっ!!」」

「さつきちゃんっ!!

 ……だめ、か……く…」

──救急車の到着も空しく、さつきは息を引き取った。

狙撃者はアキトを狙っていたようだったけど、騒ぎが大きくなってきたので逃げたようだった。
青葉はなんとか助かるということで救急車に乗り込んだ…さつきも一緒に。
アキトは息絶えたさつきを抱えていた。
蘇生できないかと考えてるみたいだけど…無理ね…。
せめて病院まで意識が持てば、可能性はあったんでしょうけど…。

「…分かってたんでしょ、アキト。
 こういう日が来るかもしれないって。
 五年前、いえ六年前にPMCマルスを始めた時から…」

アキトは、何も言い返さなかった。
ただ、心を閉ざすように弱々しい顔でうつむくだけだった。
ここまでが、あまりに運が良すぎただけなのよ。

今回は巻き込まれた形だったけど、今までだってこういう暗殺が起こってもおかしくなかった。
今までは護衛も問題なくできてたし、アキトの英雄の威光があってかろうじてだったけど…。
…?
そういえば、なぜ北斗が居なかったの?
…いえ、今はいいわ。

「言ってたでしょ、さつきは幸せだったんだから気にしすぎても仕方ないわよ。
 世界一の王子様に抱きしめられて、看取られて、泣いてもらって。
 さつきが、今くちを聞けたらいうはずよ。
 『世界一幸せな死に方を出来たんですから気にしないで下さい』って。
 
 …そんなに落ち込むなら、ピースランドにでも引っ込んでりゃよかったのに」

「…ライザ、そっとしておきなさいよ」

「ダメよ、こいつは言ってやらなきゃ引っ込まないんだから。
 …自分の身の程が分かってるようで、自分の価値は分かっちゃいないんだから。
 それに…さつきはやっぱり幸せだったと思うわよ。
 …レオナなんて、死に目に会ってもらえなかったんだから」

「……甘かった」

アキトは拳を握りしめて震えている…。
先ほどのイケダと同じような怒りを感じているんだわ。
…黒い気持ちを抑え込むのに必死になっている。
別の救急車で運ばれてる、あの殺し屋を手にかけたいという気持ちと戦っているわけね…。

「で、どうするのよ?
 …みんなの事を想ってるなら、あんたが引っ込んどいた方がいいんじゃない」

「…それもできない。
 今回の事は、イツキさん達に巻き込まれた形だったけど…。
 …俺たちの警護体制に穴があると気づかれた以上、敵はまだ来る。
 俺を追い込むためにみんなを襲う可能性がある。
 安全策を取るつもりで俺だけ離れて、各個撃破されてしまっては意味がない。
 かといって全員でピースランドにすぐに逃げるにしても、
 それなりに工夫しなければ無防備の状態で追われることになる…。

 …今すぐにでも、背を向けて逃げ出したいけど、それが一番危険だ」

「難儀ね」

…アキトも思ったよりは冷静に考えられてるだけマシね。
今から直情的に殺し屋を殺そうものなら、それこそ敵の思うつぼ。
とはいえ次の一手を打てないだけに、歯がゆいでしょうけど…。

「…アキト様」

「せめてユーチャリスかナデシコAが動かせれば…」

アキトがぼやくのも無理はないわね。
もしアキトを揺るがすためにPMCマルスのスタッフ、そして元ナデシコのクルーを狙う敵から、
うまく匿うとしたら戦艦という空の孤島を準備してしまうのが手っ取り早い。
敵はそうすればほぼ100%手を出せない。

ピースランドに逃げる場合でも、戦艦を利用する必要性はあるかもしれない。
でも地球にも戦力は残っているとはいえ、PMCマルスの戦闘でもないのに連合軍の戦艦に便乗はできない。
しかもナデシコ級艦隊はほとんど出払ってしまっている。

ナデシコAは解体されてネルガルの研究用に使われてしまっているし、
ユーチャリスも連合軍への貸与が終わってからは、
PMCマルス社屋の土地を『PMCマルス・ユーチャリス平和記念公園』にする時に解体して、
ユーチャリス訓練施設と合体させて、ユーチャリスの乗船体験シミュレーター施設に改装しちゃっている。
…まあ、立場が立場なのになんで取っておかないのかは疑問だったけど、
ただでさえ、緊急用のブローディア一機だけでも持ってれば危険視されかねないだけに、
敵対してる勢力に余計な口出しさせないためにも必要だったんでしょうけど。



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



私は、ゴールドセインツのみんなとイツキ、アサミ、イケダと一緒に、病院のロビーでアキトを待った。
警察の事情聴取は一度後回しにしている、けど…。
あまりに事情が込み入っているので、周囲に警戒しつつ、全員で情報を共有した。

ウォルフがイツキとアサミに虚偽の説明をしてアイドルとして身柄を確保し続けていたこと、
そしてイツキとアサミは近々暗殺される可能性があったこと、
イケダがウォルフを手にかけようとしていたこと、
その後、想像以上に早いタイミングで暗殺が来てしまったことなど…。

説明をすべて聞いたイツキとアサミは、驚きと失望でふさぎ込んでしまった。

「わ、私達が大人しく従ってなかったから、さつきさんもレオナさんも…」

「いや、私がいけないんだ…。
 アキトさん達を巻き込んで、二人を死なせてしまったのは…」

「ひどい…ひどすぎます…!
 う、ううっ…!」


がしっ。



「…待ちなさい。
 今一人になったらそれこそ死ぬわよ。
 二人の死を無駄にするつもり?」

「…!」

イケダもイツキもショックを受けていてふさぎ込んでいたけど…。
アサミも気持ちが先走って走りだそうとしてしまったけど、
私が手を取ってにらみを利かせると、はっとしたように黙り込んで椅子に戻った。
…そういえば。

「…北斗はどうしたのよ。
 あいつが居たらこんなことになるわけないじゃない。
 チハヤ、あんた知らない?」

「あの少し前に、凄腕の殺し屋か誰かに狙われてるって言って、喫茶店を出てったけど…。
 …あの場にいた襲撃者とスナイパーのほかに誰か居たんじゃない?
 だから戦闘訓練の経験のある保安部のさつきたちが一応周りを警戒してたんだけど…」

少し前…私がお手洗い行ってた時だったの。
私もイツキとアサミの様子を見るのに集中してたから気づけなかったけど。

「…遅れてすまん」

「北斗!
 あんたが席を外してたから…ッ!?
 その怪我は!?」

「……不覚を取った。
 お前たちを狙っていた奴を逃した。
 …もう少し時間があれば仕留められたものを」

北斗はボロボロになっていながらも、足取りはしっかりしていた。
でも昴氣を使える北斗がここまでダメージを受ける相手なんてそうはいないはずなのに…。
あ、アキトも戻ってきたわね。

「戻ったよ。
 …みんな、ごめん。
 二人とも死亡が確認された…」


「「「「「「「「「「「そんなっ!!」」」」」」」」」」」



…アキトの告げた言葉に、全員が狼狽えていた。
私も二人には世話になっていたし、仲は悪くなかったから、さすがに胸が痛んだ。
…アキトと同じナノマシンを持ってる私がかばってやりたかったわ。
そうすれば、撃たれても私なら助かったのに…。

「…遺族の人たちが二人を見てるから、
 葬式まではそっとしておいてあげよう。
 みんな、警察の現場検証に立ち会ってくれる?
 ネルガルのシークレットサービスを護衛に呼んでおくよ…」

「そ、それはいいですけど、アキト様は…」

「…俺は現場にいなかったから、二人の遺族の人たちに謝らないと。
 北斗も…」

「…分かった。
 ゴールドセインツの守衛だった俺は、
 さつきたちの家族に言い訳をする必要があるな」

「…頼むよ。
 お前がてこずった相手の事も聞かせてほしいし…」

「…そのことなんだが」

気落ちしているアキトとは対照的に、
深刻そうだけど攻撃的にも見える顔で、北斗はため息を吐いていた。

「その襲撃者なんだが…。
 …奇妙なんだ。
 地球の格闘術を使ってるくせに、昴氣を使っているような腕力を持っている…。

 しかも…。



 ──お前と同じ顔をした、赤い目の男だった」















〇宇宙・火星⇔木星航路・ナデシコD・ラピスの部屋──ラズリ

「アキト達どうしてるかなぁ…」

「通信します?」

「…ううん、かえって寂しくなっちゃうから、最期の戦いの前だけにしようかなって…。
 
 …。
 ラズリにはあんまり強がらないように言ってるんだけどね。
 相変わらず強情なんだから。
 アキトにそういうとこ似てるよね。
 
 …。
 だったらラピスちゃんがかけたら…?
 
 …。
 んーん、実は私もおんなじなの」

「あんまり心配しない方がいいでしょうね。
 ここからじゃ何もできないですし」

私とルリちゃんはパジャマ姿で枕をだきしめてゴロゴロしていた。
…ラピスちゃんとルリちゃんが居るだけ寂しくないけど、
それでもやっぱりアキトとユリちゃんに会いたいなあ…。
夏樹さんをヤマサキさんに会わせてあげないといけないからしょうがないんだけど…。


ぴっ!


『ラピス!ルリ!大変だよ!?』



「…どうしたんですか、ダッシュ。
 こんな夜更けの女の子の部屋に」

『両艦長ともにいるか!?
 夜更けにすまない!
 …やられた!』

「えっ…」

私は月臣さんが出てきたので一瞬、事の重大さに気付いた
ナデシコDの副長と保安部主任を兼ねる、木連式柔の達人で、
ネルガルのシークレットサービスの戦闘技術も収めた月臣さんが、ここまで焦るなんて…。
私達の部屋にも、私とラピスちゃん、ルリちゃんの専属の護衛の枝織ちゃんが現れた。

「二人とも大丈夫!?
 ちょっと離れた場所で暗殺が起こったって…」

「嘘…!?」

「だ、誰かが殺されたの!?」

私とルリちゃんはお飾り扱いされてはいるけど、正式な訓練を受けた艦長。
だからその中で起こった出来事については責任がある立場。
でも、私達を狙うならまだしも…ううん、アリサちゃんとサラちゃんを暗殺するようなことがあれば、
ナデシコ艦隊の士気にも影響するかもしれない…まさか…。


「夏樹ちゃんが撃たれたの!!
 
 今医務室で手術中だけど、心肺停止の危険な状態だって…!
 
 発見が遅れたから危ないって…。
 
 早くいかないと昴氣の治療が間に合わないかもしれないから、私は先に行くよ!」



──その言葉を聞いて、私は愕然として動けなくなった。
既に運命は私達の手から離れ始めている。
万全の警護体制を敷いていたはずの夏樹さんを、オモイカネダッシュの監視を潜り抜けて撃った。
それがどういう意味を持っているのか、分からないわけじゃない。

敵は、身内に居る。

夏樹さんがナデシコDに乗船していることは、出来る限り伏せてある。
髪型を変えたり、化粧や装飾品で分かりづらくはしてあるけど、
顔を整形したりはしていないから、知ってる人に見られたら気づかれる可能性はあった。
でもナデシコCとナデシコDのクルーは、お父様のお墨付きの人たちと、私達が選んだ人たち。
信じていた戦友たちが、裏切って、殺人まで犯しているかもしれない。
しかも夏樹さんがナデシコDに乗っていることの重要性を知っている人が、私達以外にも居る。

その事実が、私の心を揺さぶっていた。

そして、もう一つ私の心を揺さぶっていたのは──。
アキトと私の心残り…。
夏樹さんの願いを叶えてあげられないかもしれないことへの、恐怖だった。


……夏樹さん、お願いだから生きていて…。



















〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
ラピスの救出劇のあたりをどうしても書きたくてやっていた話なだけに、
そこからはだいぶペースは落ちてしまいましたが、ゆっくりペースが上がってきました。
しかしまぁ…内容が今まで書いて来なかったようなものになっているので、
そういう意味では乗り気じゃなくなってるパートですね。

劇ナデ時間に入って、劇ナデ相当のハードさになるのかなぁ?

なんて思いながら進行してます。

連載に際してb3yもプレイしたんですが、
行動を変えないと別パートに進まないと気づくのが遅れて毎回アイドルスタールートに入るというポカを。(バカ
あのルートがコナン的な推理モノみたいな流れになるのが気に入っていたのと、
イツキ&アサミを登場させて流れを作るのをやりたかったのでこんなお話になりました。
さつき、レオナがまさかの死亡、戦線離脱。
しかもキーキャラだったはずの夏樹までも生死不明の状態に陥ってしまいました。
夏樹はどのようにして襲撃されたのか!?そして本当に助かるのか!?

ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!











〇代理人様への返信
>ハーリー君は男の子!
>まあしょうがないですよね、サブちゃんだって昔はそんな感じだったんだろうしw
>でもお前は爆発して死ね(ぉ
サブロウタは何かこう、本当にハーリーに昔の自分を重ねててかわいがってるところはあるんですけど、
どこか根本的なところが違うんですよね。
なんというかアキトのろくでもなさが増幅してるタイプというか、
さらにお調子者な感じがまじってるというか(オイ
元々、サーファーの振りが身についちゃった未来サブロウタもろくでもなかったんですが、
ナデDのサブロウタは芸能界でわちゃわちゃしてたので、割とドクズな感じに。
まあ、リョーコちゃんもよう好きになったよなぁ。ホント。
今回も書いてくとどんどんサブロウタがクズになってくこと…。












~次回予告~
ライザよ。
…さつきとレオナが死ぬなんて、考えもしなかったわ。
それに青葉も重傷だし…アキトも気落ちしてるし、マスコミには叩かれるし、さんざんね。
とっとと立ち直んないと、また殺し屋が来たらシャレにならないわよ。
テツヤもクリムゾンも、敵対してる連中もそこまでノロマじゃないんだから。

アキト、さつきとレオナを裏切るような腑抜けた生き方するんじゃないわよ!














『機動戦艦ナデシコD』
第八十四話:die-hard&die-hard -頑強な抵抗者と頑固な保守主義者-その2











をみんなで見なさいよ!




































感想代理人プロフィール

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代理人の感想
このあたりが死ぬとはさすがに思わなかったなあ・・・
きたないさすが武説草さんきたない(ぉ

>思い知らせてやるぞ…ホシノアキト…!
こいつらいい加減諦めればいいのに(真顔)


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