〇地球・東京都・テレビ局近くの公園──北斗
──俺は焦っていた。
この襲撃してきた、ホシノに瓜二つの赤い目の男。
戦い方は木連式柔のそれではなく、
昴氣をまとっているわけでもないというのに…。
俺に対抗するほどの力を持っているとは…!
「お、おいおい!
あれって年末の総合格闘技大会で、
テンカワアキトとよく戦ってる北斗じゃないのか!?」
「あの木連格闘技の!?
し、しかも相手は、ホシノアキト!?」
「違う、何か違うわ!
眼の色が違うのもあるけど…なんか違う!」
「これ、何だ!?
撮影だよな!?」
「でもあんな怪我をするようなことする!?」
俺たちの戦いを見ていた観衆が叫ぶ。
俺もゴールドセインツの護衛として裏、表ともに名が売れている。
目の前の男がホシノに似ているというのもあって、テレビの撮影か練習か何かと思っているらしい。
だが、ホシノに似ているとは言っても態度や戦い方が違う…どうなってるんだ!?
…くっ!
観衆を巻き込まないように戦える相手じゃないぞ!
俺も堅気を巻き込むのは…!
これほどの実力となると…互いに無傷とはいかない。
既に血が出る程度には打ち合ってしまっている。
しかも、さつきたちのいる喫茶店に二つの殺気が向かってる。
こいつを早く倒さないと…負ける気はしないが俺も油断していたら危ないだろう。
…勝負に出るしかないか?
…!銃声…!
ま、間に合わなかったのか!?
「…なるほど、機能の限界が近いようだ。
ここまでだな」
「…貴様、なんのつもりだ。
公衆の面前で、ゴールドセインツを狙うとは。
しかもホシノと同じ姿をしている…何者だ?」
…ホシノに似た男から戦意が消えた。
どうやら逃げるつもりのようだが…逃がすと思ってるのか。
だが、こいつの所属してる勢力のことが気にかかる。
さつきたちを助けに行くにも、もう間に合わん…。
昴氣をまとったホシノの気配も喫茶店に向かってる。
ホシノが俺より早く到着するなら、この男の事を少しでも知らなければ…。
…こいつは生け捕りを考えられるほど容易い相手じゃない。
できるだけ情報を引き出してから、仕留めるしかない。
「…俺には名前がない。
とある組織に作られたクローンだ」
「ホシノのクローンか!?」
「そうだ。
だが、ただのホシノアキトのクローンじゃない…。
ホシノアキトをクローニングする際に、北斗、お前の遺伝子を混ぜ込んだ。
それが俺だ。
開発コードネームは『アギト』。
俺は…!
ホシノアキトを…。
平和という幻想を…。
ここまでの静かさが嘘のように大げさに自己紹介をして見せた…アギト。
なんとも冗談じみた話だ。
今更ホシノを倒したところで、どうなるというんだ?
だが…こいつを放っておく気もない。
俺の遺伝子をどこでどう手に入れたのかも気になるが…。
何よりこいつの存在自体が気に入らん…やり方も気に入らん!
「…だが、昴氣がトリックではなかった以上、
今の俺の性能ではお前を倒せん。
今回のデータを持って、性能を上げ…。
次の機会を待つことにしよう」
「それで?
俺が貴様を逃すと思ってるのか?
…事情は分からんが、ホシノじゃなくゴールドセインツを狙った以上、
貴様を倒すのは俺の仕事だ。
「そうかな」
俺がバイクのエンジン音に気付くのとほぼ同時に、
アギトは無人の大型バイクに飛び乗った。
観衆を何人か轢きそうになりながらも、かろうじて突っ切っていく。
ちぃっ!公園でなんてことを!
そのまま、アギトは逃げ去ろうとした。
公園なら直進出来る速度が限られる。
昴氣さえあれば、追いつけないことはないはずだ!
だが広場で走っていたバイクは、直後に独特の動作音を発して加速していった。
こ、これは!?
アギトが乗った大型バイクに突如翼が生えて、飛び去ってしまった。
くっ、逃がしたか…!
「ホシノに対抗する勢力が出始めたか…。
…この俺を出し抜くとはな」
…だが人間のクローンを造るのは現状不可能に近いはずだ。
元々問題があって廃れた技術だった上に、
ホシノの一件で秘匿された違法な研究所は五年前におおむね壊滅した。
いや、いくらでもかいくぐる方法はあったってことだろうがな。
俺が地球に来てから…そしてラピスラズリが誘拐されたあの事件から五年だ…。
…ホシノ、お前が思っているより、敵の手は長かったみたいだぞ。
どうするんだ、お前は…?
〇火星⇔木星航路・ナデシコD・夏樹の部屋──夏樹
…私は自分の部屋でぼうっとしていた。
私はナデシコDのクルーとして登録されてはいるけど、正規パイロットとしての登録はされておらず…。
生活班としての登録をされており、予備パイロットとして乗船していた。
草壁春樹の娘の私は悪目立ちする。
顔を見られるのがあまりに危険だったから。
もっとも私が乗り込んでいるナデシコDは、木連の乗組員が多いからいつバレるかもわからないので…。
自室でナデシコ健康ランドのリネンを一人黙々とたたんでいるか、
ひそかに枝織さんと昴氣の鍛錬を続けているかしかなくて…。
こうして一人きりで悶々としていることしかできない。
本当は別の艦に乗っている方がよかったんだけど、
ヤマサキさんのところにたどり着くにはナデシコCかナデシコDに乗って、
艦長の二人についていくしかない。
はぁ…ヨシオさんに会いたい…。
「!?」
私は機械的な警告音に驚いた。
この音は…何かしらの理由で電気制御が切られてしまった時の警告音…!
宇宙で、しかもオモイカネダッシュに制御されているナデシコDにおいて、
部屋の電気制御が切れてしまうというのは異常事態。
酸素がすぐに切れるということはないにしても…敵襲がある可能性が高いというのは事実なんだから…!
電気制御がない状態になり、重たそうな音ともに電子戸が開いた。
逆行で見えた男の姿に見覚えがあった。
確か、この人は──。
北辰さんの部下の、次期六連の生き残りの…!
私は昴氣を胴にめぐらせた、けど…。
私の弱い昴氣はせいぜい、足りない身体能力を補うために使うくらいしかできない。
DFSの操作を学ぶためのものだったから、北斗たちのように、銃弾をはじいたりはできない。
身体の表面に出るほど強いものじゃない、だから──。
「ごほっ!?」
私の心臓を捉えた銃弾を防ぐことなどできなかった。
ベットの上に居た私は、うずくまることもできずに倒れた。
苦しい…熱い…胸が…。
北斗に昴氣の特訓をつけてもらったおかげで痛みには慣れたつもりだったけど…。
こ、こんなえぐられるような重い衝撃を受けてしまって…それだけで意識が遠のいて…。
「すまんな…。
草壁閣下が我らを裏切らなければここまではしないでも済んだのだが。
…木連はすでに形を失いつつある。
火星軌道上の制空権確保以降…。
より良い暮らしを求めて地球への移住と月への移住が進み、結束が崩れつつある。
ゲキガンガーという聖典を踏みにじる者も少なくなかった。
…それもこれも草壁閣下の裏切り、そして敵であるホシノアキトとの和解がすべての始まりだ。
火星の土地を得られたことは尊いとは思うが…。
木連という国の形を失っては意味がない。
我々は、亡国を招いた恨みを晴らさねばならんのだ。
草壁閣下を、ホシノアキトを許すわけにはいかん!
まして彼奴を説得して、生かして帰すことなど許せることではない…!
ヤマサキ博士と許嫁であった貴様は、ここで死ぬべきなのだ。
…奴もすぐに後を追わせてやる。
許せ…」
「がほっ…げほっ…」
そ、そんな…。
私は、何のために…ここまで…。
覚悟はしてたつもりだったけど…こんな…。
ヨシオさん…たす、け…て…。
に、げて──…。
…ぁ…、
…。
〇火星⇔木星航路・ナデシコD・医務室──ラズリ
…私は飛び起きて夏樹さんの容体の確認のために医務室の前で座り込んで待ってた。
夏樹さんは発見された時点で失血性ショック死していてもおかしくないほど出血していて…。
心肺が止まって何分経っているか分からない状態だったと説明された…。
ダッシュちゃんも該当の区画が電気制御不能になった時点で人を呼んだんだけど、
設備不備の可能性が高いからと整備関係の人が来てしまって、
夏樹さんの発見はだいぶ遅れてしまった。
…心臓を撃たれていたから、もう助からない可能性の方が高いみたいだった。
枝織さんが入っていったけど、それでも…。
「…ラズリさん」
「だ、大丈夫…」
「…強がるのはなしです。
ラズリさん…」
「ご、ごめんね…。
あの…ダッシュちゃんに守ってもらってたし…。
扉も特別な金属に変えてあったし、
乗組員にもできるだけ知られないように乗り込んでもらってたし、
外に出来るだけでないで居てもらったし、
大丈夫だと、思ってたのに…」
「落ち着いて、ラズリさんのせいじゃありません。
…現代戦艦の電子制御を逆手にとられたんです。
詳しくはまだ検証が必要らしいですが、特殊なチャフが使われた形跡があります。
金属片をまき散らすだけじゃなくて、有線の回線までジャミングして、
電気制御が一切通らなくなるようなシロモノを使った後があったと…。
私達も知らないような最新技術を使われてしまっては、防ぎようがありません」
「で、でも…」
「…責任を感じるのは分かりますが、防ぐ方法がなかったんです。
今は…」
私とルリちゃんが話していると、枝織ちゃんが静かに医務室から出てきた。
…その表情だけで、何が起こったのか分かった。
「…ごめん、助けられなかった」
「そんな…」
枝織ちゃんのつぶやいた言葉に、私はめまいがして倒れそうになった。
ルリちゃんがかろうじて抱き留めてくれたから、椅子から倒れずに済んだけど…。
そんな…夏樹さんが…。
「これから検死に入るらしいから…。
二人とも一度、艦内にこのことを伝えないと。
ナデシコCとのドッキングも一度離した方がいいかも…」
「それには及びません。
ドッキングの通路は一つしかありませんし、
ナデシコCに犯人が逃げたとすればオモイカネとダッシュに気づかれます。
今は一時的にシャッターを閉じるだけで大丈夫でしょう。
あの場所だけは光学迷彩を使われても分かるようにセンサーがありますから。
…枝織さん。
ラズリさんと私を守って下さい。
こんな暗殺が起こった以上、敵はまた機会をうかがってくるはずです。
…次は間違いなく、私とラピスとラズリさんを狙ってきます」
「…うん、分かった」
私が落ち込んで何も言えない状態になっている間にも、
二人はやるべきことをしっかりしていた…。
…私、何にもできなかった…。
今も、落ち込んで、何も…。
また余計な事をしちゃったのかな…。
(ラズリ、気にしすぎちゃダメだよ。
夏樹だって覚悟してたんだから。
…それよりも夏樹の仇をとってあげないと。
私達も、精一杯生きようとしなきゃあぶないよ)
ラピスちゃんが、弱々しい声で私を励ましてくれた。
そう、だよね…。
でも…。
(…私だって悲しいよ。
夏樹の事、私も気にかけてたんだから。
でも私達がこんなところで死ぬわけにはいかないでしょ。
アキトのためにも、一生懸命生きよ?
今はいっぱい泣いて立ち直りなってば)
…ごめんね、ラピスちゃん。
私、やっぱりダメダメで…。
(ラズリがこういうことダメなのは最初っから知ってるよ。
でも今回はラズリのせいじゃない。
艦長としての責任っていうのもちょっと無理だもん。
…アキトと、草壁さんに話すのは辛いことだけど。
これから頑張ろ?)
…うん。
それから、私達はブリッジに戻った。
ルリちゃんと枝織ちゃんと一緒に、艦内に、
そしてナデシコ艦隊全体に暗殺が起こったことを伝えた。
これは艦隊全体に大きな衝撃を与えた。
ナデシコDという最新の戦艦を持っても、暗殺が起こるのを防げなかったこと、
そして犯人が、続いて私とルリちゃんを暗殺しようとするのが容易に想像できたから。
警戒状態のまま、ナデシコC・Dの各クルーの自室待機、そして現場検証が行われた…。
けど、捜査をあざ笑うかのように目立った証拠は見当たらず、
艦内のカメラをも無効化する光学迷彩と、特殊なチャフの使用があったのではと結論付けられた。
しかし、その間のナデシコC・Dの行き来は一件しか見当たらず…。
その一件に該当する人物への聞き込みをすることにはなったものの、それも空振りに終わった。
ひとまず、各クルーの自室待機は一時解除、保安部の警戒と巡回を強化することになり、
ナデシコC・Dのドッキングを解除。
ナデシコDに犯人が居るという仮定で捜査を進めることになった。
本来寝る時間だった私達は、そのまま完徹で状況の整理を行い、
一段落してからようやく二人そろって、二日分の睡眠をとることになった。
ルリちゃんは月臣さんとサブロウタさんの護衛で、私は枝織ちゃんに守られて。
……犯人を捕まえられるか、不安なまま。
私は寝不足のまま、ぐちゃぐちゃになった頭の中を整理しきれないまま、
ただ泣くだけ泣いて、力尽きる形で眠りに落ちた。
私…夏樹さんを守れなかった…。
あんな大層なことを言って…私達だけ幸せになるのが嫌だなんて綺麗事言って…。
それで守り切れないで、勝手に落ち込んで…。
いつも、何もかも裏目にでる。
時間を、命を浪費する…私の考えることは……。
…分かってる。
私一人で決めたことじゃない。
私も、ラピスちゃんも、ルリちゃんも、夏樹さんも…アキト達も…みんなで決めたこと。
だから一人で抱えちゃダメだって分かってるけど、辛いものは辛いよぅ…。
アキト、ユリちゃん…草壁さん…夏樹さん…ごめんね…。
〇東京都・池袋・アイドルプロダクション『大和』合宿所──ライザ
イツキとアサミの暗殺未遂、
そして二人をかばったさつきとレオナの死から二日ほどが経過していた。
…二人の通夜は今日の午後に行われる。
そして私達はアイドル活動の一時休止をすることになった。
眼上マネージャーとの協議の末、これ以上バラバラに活動するのは危険だからと。
当然、アキト達の『Peace Walkers』も活動の一時凍結。
メグミとホウメイガールズのユニット『食の恵』も巻き込まれる形で、
この合宿所に集まって一時謹慎することに決まった。
例の敵…『アギト』を名乗った、アキトのクローンの事もあるからって。
今後は北斗かアキト、そしてネルガルのシークレットサービスまでが護衛につくことになった。
外出する時は全員完全に装甲服を着てからという条件まで付いてしまった。
対バイオ兵器向けのガスマスク装備までした上に、外食も禁止。
さらに『大和』合宿所にはブローディアを最新バージョンのエステバリスパーツを使って整備・改造したものと、
北斗用のブラックサレナ改…こちらも整備・改造済みの、DFSを搭載してるタイプまで配備されてる。
これは決して大げさな措置ではなかった。
今回はアキトを狙っての暗殺事件じゃなかったとしても、
アキトと関係の深いゴールドセインツが死亡するような事件が起こった以上、
隙があるとふんで次を狙ってくる敵が出てくる可能性はゼロじゃなかったから。
…でも、みんな外出できないことなんて気にすることもできないほどに落ち込んでいる。
さつきとレオナ、五年以上の付き合いのある親友を亡くしてふさぎ込んでいた。
私も、ため息を吐く回数が日に日に増えている…。
一番重傷だったのは当然、暗殺のターゲットだったイツキとアサミだった。
『自分たちがウォルフに反抗していなければさつきとレオナは死ななかった』
というのは事実なだけにダメージは小さくなかった。
二人はうつろな表情でいるか、時折泣いてしまっているか。
…そんな状態だった。
いえ、あと一人…。
重子はタロットを何度広げても、
納得できる結果が出ないのか頭を抱えている。
「重子…どうなの…」
「はぁ…最悪。
…最悪の未来しか見えないのよ。
アキト様が死ぬか、失踪するか…。
…私達の運命は、割と大丈夫そうなんだけど…」
「原因の特定も、難しいの…?」
「…さつきとレオナの死を読めなかった私の占いには、もう期待できそうにないわ。
私も占いの修行を離れて長いから…」
重子に縋り付くように、負傷で車いすに座っている青葉が話しかけたけど…やっぱり良くないみたいね。
しかも五年前よりひどく精度が落ちてるってことは…。
ラピスの救出を叶えた、重子の奇跡の占いもできなくなるってこと。
…最悪の事態が近づいてるみたいね。
「落ち込むんじゃないわよ、重子。
…こういう言い方はひどいと思うけど、生きてるほうに賭けるしかないでしょ。
仮に失踪しても、生きてる望みはあるんだから」
「でも…」
「…それともあんた達、アキトが身重のユリを放っておいて、
永遠にどっかに消えるとでも思ってるの?
ボロボロになろうが、生きてりゃ帰ってくるわよ。
もしそうじゃなきゃ追いかけて連れ戻すまで、でしょうが」
私にどういわれても、重子も青葉も強気にはなれないようだった。
私だって空元気だったし、これ以上は何も言えなさそうだけど…。
「そういえばチハヤは?」
「自室に籠ってるわよ。
護衛の手間が増えるから一緒に居ろって言ってるんだけど、
一緒に居たって安全とは限らないし、誰とも会いたくないって」
…チハヤらしいわね。
あんまり打ち解けてなかっただけに、放っておいて欲しいって態度だし。
でもあの子、どことなくテツヤに…。
やっぱり…そうなのかしらね…。
〇東京都・池袋・アイドルプロダクション『大和』合宿所──チハヤ
私はアイツにメールでの現状報告を命令されていた。
仕方がないとはいえ、あいつの言いなりになるのは癪だったけど…。
でも今回は私も撃たれる可能性のあった出来事だっただけに、身を守るためにも情報を仕入れる必要があった。
アイツに頼りたくない。
でもアイツにたどり着くまでに死ぬのもバカバカしい。
今回の敵がどこの勢力なのか、追撃はあるのか知らないといけないし、
これからも暗殺があるようなら先んじて知っておきたいし…。
と、メールの文面を考えていた私の横で、テレビの緊急ニュースが入った。
『…ホシノアキトです。
この度、ゴールドセインツのメンバーの、
明野さつきさんと、樹雷レオナさんが亡くなったことについて、
詳細をお伝えするために、この記者会見を準備させていただきました…』
…ホシノアキトが記者会見してるわね。
どうやら今回の『ツインツイスター』襲撃事件のことを事細かに説明するみたいね…。
…。
イケダがホシノアキトにツインツイスターを保護してほしいと依頼、
同じくテレビ局を出ていったイツキとアサミを追いかけて行ったゴールドセインツのメンバーが、
ウォルフの仕掛けた殺し屋の、ツインツイスター暗殺に巻き込まれて死亡…。
イケダの訴え通り、生体ボソンジャンプの実験だったことも伝えたわね。
こいつらの事だからウォルフがどこの勢力だったのかまで掴んでそうだけど…言わなかったわね。
証拠らしい証拠はつかめてないということかしらね。
そういえば五年前からこの戦争の目的が、ボソンジャンプだったと伝えられてはいたけど…。
火星では生体ボソンジャンプが封印される措置がされていたと聞いたけど、
ヤマサキ博士が繰り出し続ける機動兵器が届くように、ボソンジャンプ自体はまだ封印できてない。
あれから五年、機動兵器のボソンジャンプもそろそろ封印できてもいいころだと思うけど…。
いえ、私にはそんなことどうでもいいわ。
問題は…例の『アギト』というホシノアキトクローンの事。
そっちについては、どう言い訳するのかしらね。
『…しかし、ゴールドセインツのメンバーには北斗さんがガードについてるはずでしたが、
彼女は一体何を…』
『…それについても、問題があります。
俺は……五年前ほどではないにしろ、まだ命を狙われています。
好戦派、戦争継続派にとっては、俺という人間は邪魔なんでしょう…』
『いえ、ホシノアキトさんの身の上ではなく…』
『…関係のあることなんです。
北斗が足止めを喰らってしまった理由は…。
ゴールドセインツを狙っていた、俺のクローンが居たそうなんです』
『『『『『ええっ!?』』』』』
テレビの先の記者会見会場がひどくざわついた。
…それも正直に話すのね。
まあ、言うしかないでしょうね…。
すでにネットではその話題で持ちきりだったもの。
当時は同時刻に、
『ビルからビルに跳んでわたっていくホシノアキト』
『北斗と戦い、空を飛ぶバイクで逃亡していくアギト』
『佐世保の町食堂「星天」で働くテンカワアキト』
がそれぞれ確認されている。
ということは、ホシノアキトやテンカワアキトの演技だったってことはなくなる。
真実をすべて話すほかないでしょうね。
『俺を倒すために、ゴールドセインツのみんなを狙って動揺を誘うつもりだったみたいです。
北斗が戦ってくれたのでそれは防げましたが、
イツキさんとアサミさん狙った暗殺者の手にかかって、二人が…』
ホシノアキトは、責任を感じているのか涙を流して顔を覆ってしまった。
…演技が下手で精神的にもろいとは聞いたけど、ここまでなのね。
『し、しかし…今回の事は、護衛に不備があったかもしれませんが、
ホシノアキトさんのせいとは言えないのでは…。
急いで現場に向かっていたのに間に合わなかったのは仕方ないと…』
『でも、残された遺族の人たちの事を考えるとそうも言えません…。
…俺も、もうすぐ親に…子供が生まれる身です。
子供を亡くしたら、どんな気持ちになるか…全く分からないわけじゃない…。
…俺は…俺は……っ!』
…こういう時って、記者は責め立てていくもんだと思ったけど。
むしろ同情すらしてるって、あきれるわよ。
いえ、マスコミですらも「ホシノアキトの不敗神話」が破られるのが嫌なんでしょうね。
絶望的だった木星戦争を覆した英雄。
和平を叶えてくれた、絶対無敵、不敗のヒーロー。
歴史上、絶対に生まれるはずの無かった「全世界を味方につける英雄」が、
「仲間を守ることもできないただの男」だったと思いたくない、幻滅したくないのよ。
…まあ、それがそもそも馬鹿げた話なんだけどね。
親なんて、肉親なんてきっかけがあればどういうことをするのか。
私は身をもって知ってる。
今はそんな風に泣いたって、ちょっと事情が変わったら子供を捨てるわよ…。
分かってるのよ、私は。
だから、アイツは…。
『…さつきちゃんとレオナちゃんは、優しい子でした。
こんなところで無くなっていい命じゃなかった。
…さつきちゃんと、レオナちゃんのご家族には、出来る限りの生活の保障をするつもりです。
そんなことでは、とても足りないとは思いますけど…。
俺の出来る限りの事を、精一杯…』
記者会見の会場は静まり返っていた。
ホシノアキトの言葉の、一つ一つに重みでも感じてるように。
私は白けた気持ちになりながら記者会見を見ていた。
そしてゴールドセインツと、ホシノアキトの所属するPeace
Walkerのアイドル活動の無期限凍結が発表され、
記者会見は終了が近くなっていった。
ホシノアキトは呼吸を整えて、最後に記者に向かって言った。
『…こんな情けない俺でも、慕ってくれている人が、一緒に戦ってくれる人が居てくれて…。
本当に幸せな人生だと、ずっと思ってます。
でも、だからこそ…。
俺が命を失うかもしれない今だからこそ、
言わなきゃいけないことが、お願いしなきゃいけないことがあります…。
…もし、これから俺が死んだり…。
もしかして死んだかもしれないって状況になったとしても…。
誰にも、ショックを受けて、命を絶って欲しくないんです…。
俺のせいで死んだり、悲しんだりする人はもう、見たくないんです。
…俺が死んだって、世界は終わりません。
俺は、もう十分に世界に生きた証を刻んできました。
これ以上は、もういらないんです。
…だけど俺も本当は死にたくありません。
ユリちゃんを、生まれてくる子供を、残して逝くなんて耐えきれません。
でも、みんなにも、今一度…思い返してほしいんです。
家族を、仲間を、友達を…。
自分と同じ時を共有して、生きてきた人たちの事を。
その人たちが、自分が命を絶ったらどう思うのかを…。
…俺が死んだ悲しみに負けて、命を絶って欲しくない。
愛されて生まれてきた、愛されて生きてきたのに…。
俺なんかのために自分の命を捨てるなんて、間違ってます…。
親になる身になって、ようやく分かったんです…。
お願いです、から…』
ホシノアキトは、泣きながら小さく礼をして、足早に会場を出ていった。
マスコミの連中も、しばらく黙り込んでいた。
生放送だったのに、なかなか画面が切り替わらないわ…放送事故もいいところじゃない。
…白々しいのよ、全く。
自分が死んだ時の予防線を今から引いてるなんてうぬぼれてるわよ。
確かに世界的なスターが死ぬと自殺が増えるっていうけど、あんたなんかのために誰が死ぬって…。
…私の身近にいる若干10名程度は首を吊るかもしれないけど。
戦争に介入して世の中そのものを変えたような男が、「死ぬな」なんて都合がよすぎないかしらね。
ホシノアキトの思想と、言ってる事には矛盾はないけど、なんとも…。
ま、いいわ。
私は感心がもうなくなった。
アイツに頼まれたことはすべて終えた。
私の仕事はこれで終わり…。
とっととメールを書いて、返信を待つだけ。
アイツの見立て通り、ライザは「あの」ライザ本人だった。
アイツの仕掛けた『ライザの実親』の登場で、彼女が本物だと確認できた。
…よし、これでOK、送信と。
約束をアイツが守ってくれるかどうかは置いておいて…。
アイツを倒す方法を考えなきゃね。
実銃は手に入れられなかったから、手に入る刃物で何とかしないといけない。
それくらいで何とかできるとは思えないけど、相討ち覚悟でやるしかないわ…。
…でもアイツ、まだ条件を付けて来そうよね。
アイツの言いなりになり続けるのは癪だけど、従うしかなさそうよね…。
と、思っていたらメールがすぐに返ってきた。
……私は、ため息を吐いた。
アイツの伝えた条件は少し面倒だった。
今の時期はダメだろうけど、タイミングさえ合えばすぐにでも会えそうだけど。
はぁ、まあいいわ。
…この条件だったら何とかなりそうだもの。
ホシノアキトを殺してこいって言われたら困るところだったけど…。
〇東京都・繁華街・裏路地
夜が深まった薄暗い路地で、駆けずり回っている男が居た。
男は老人のようにも見えるが体格はしっかりしている。
かろうじて逃げ回ることは出来る体力があるようにも見えるが、
息を切らしているのに、彼は顔面蒼白でうろたえている。
目の前に銃を向けた男が先回りしていたからだ。
彼に向けられた銃口は、正確に額を捉えていた。
「はぁっ…はぁっ…。
わ、私を殺すつもりか!?
イツキとアサミが生きている限り、貴様らもただでは…」
「嫌だなぁ、ウォルフ先生。
…今回の事件ではあなたしかクリムゾンとのコネクションはないんですよ?
つまりウォルフ先生が死ねばすべては闇に葬れるんです」
「これまでの私の働きを、知らんのか!?」
「いやはや、狡猾でクリムゾンに忠実なウォルフ先生もボケてしまいましたか…。
これまではこれまで、です。
あなたを殺してすべてが葬れるなら、あなたの功績など安いものです。
…ボソンジャンプのことについてまでバレてしまっているのですから。
今回の件を仕掛けたとなれば、クリムゾンも身が持ちませんから当然でしょうね。
ま、あなたの今回の働きは会長も評価はしてますが…。
あくまで北斗がアギトのせいでその場に居なかっただけで、
偶然ホシノアキトの部下を殺せたというのは運がよかった、それだけです。
ホシノアキトの評判は落とせましたし、本人にもダメージは合ったようですし…、
目的通り木連に対する反感も得られましたし、十分です。
しかし…。
あなたのせいで、すべてが芋づる式に明るみに出てしまう可能性があるなら──」
「──やめるわけないじゃないですか?
目的のためなら人ひとりくらいあっさり消すのが私達でしょうに…」
ウォルフと呼ばれた男は、額から血煙を上げて倒れた。
降り出した雨が、彼を染め上げる血だまりを少しだけ洗い流していった。
その後、ウォルフの死が世間に知られたころ…。
ホシノアキトの不敗神話が崩れたことに対する不安と、木連への反感が高まり始めていた。
アキトも記者会見では木連に対する言及を出来る余裕は全くなく、
その積み重ねが、段々と世間に暗い影を落とし始めていた…。
〇地球・東京都・ネルガル・会長室──アカツキ
僕とホシノ君はナデシコC・Dからのレーザー通信を受けるためにここに集まっていた。
レーザー通信はすでに既存技術だから盗聴の危険はあるが…。
重大なことが起こってしまったので、無理にでも話す必要があった。
…ここまででは考えられないことが二件も三件も同時に起こったからね…。
通信先のラピスも、いつになく表情が硬い。
さすがに参ってるらしいね。
ホシノ君ほどじゃないけど。
『…夏樹が暗殺されてから、
捜査してるんだけど全然犯人が見つからなくて…。
私も参っちゃってるの』
「そっか…草壁さんにも改めて話さないといけない…な…。
…あと、ラズリは大丈夫か…?」
『ダメ…。
…重傷だから、私がしばらく前に出てる。
聞いてるだろうから、慰めてあげてよ』
「…そうだな。
ラズリ…俺も、さつきちゃんとレオナちゃんを助けられなかった。
…情けない話だよ、ちょっと状況が変わったらこんなことになっちゃうんだから。
でも、頑張るよ。
お前と、ラピスと、ルリちゃんと、会える日まで頑張って生きる…。
だからさ、一緒に幸せになるために…。
あの約束を果たすために戻ってきてくれよ…」
『…分かった。
ラズリも分かったってさ。
それじゃね、アキト。
ユリにもよろしく言っといて。
アカツキも、じゃあね』
『元気でいて下さいね、ホシノ兄さん。
ユリ姉さんとピースランドにでも避難しておいてください。
アカツキさん、こんな時間に付き合わせてすみません』
「ああ、気にしないでくれたまえ」
そうして通信が切られると、ホシノ君はしばらくうなだれていた。
僕は気の利いた言葉をかけるのも無理だなと思った。
…ホシノ君も仲間の死は経験があるけど、
自分にも責任があるとなると再起不能になりかねない。
それに…男はこういう時、素面で慰められてもすぐには立ち直れるもんじゃない。
ただ酒でも付き合わせてやればいいんだ。
その方が弱音も吐きやすいだろうしね。
そういうやつなんだ、ホシノ君は。
さつきちゃんとレオナちゃんの通夜が終わって、連絡のためにここに直行してくれた。
もう疲れ切ってるだろうし、それくらい労ってやろう。
「ホシノ君、うちで飲むかい」
「…一人にしてくれ」
「君はこういう時に放っとくと、一人で悩んで逃げ出すだろ。
そういうところには信用がないんだって自覚しなよ。
それに、話しておく必要があることもあるんだ」
「…なんだよ」
まあ、ラピスからのお願いなんだけどね。
ホシノ君をあんまり放っておかないようにしないと、
本当に危ないからって一人で失踪しかねないからって。
ユリ君が身重だから、放っておいても帰ってくるとは思うんだけど、ね。
…とにかく、僕と飲むのを断らせない文句もあるわけだし。
ぴりぴりしているホシノ君を連れて、僕は車に乗り込んだ。
……さて、これからどうなることかな?
〇東京都・池袋・アイドルプロダクション『大和』合宿所──アサミ
…私とイツキ姉さんはさつきさんとレオナさんの葬儀の後、しばらく与えられた自室でこもりきりになっていた。
しかも先日、私たちの命を狙って殺し屋を送ってきたウォルフ先生までもが、敵の手によって暗殺された…。
あのクリムゾンが大手兵器商の企業が、木連に対して悪印象を与えるために私達を殺させようとしたなんて…。
今回の事件のことでも、クリムゾンの事は表に出せてない。
イケダさんの命をこれ以上危険にさらせないからって…。
本来は隠していいことじゃないけど、証拠もないのに訴えれば逆に窮地に陥るからって。
…ひどい。
私達を殺そうとした人達の事を、暴くことも許されないなんて。
さつきさんとレオナさんは本当に殺されてしまったのに…。
さらにクリムゾンの狙いはおおむね成功したんだって…。
私達を狙った殺し屋が殺したさつきさんとレオナさんは、
ラピスさんの救出劇の際に、墜落しかかったホシノアキトさんの命を救ったことで有名。
二人は巻き込まれた形でとはいえ、木連の銃弾で倒れたってことで、
木連に対する悪意は広まり始めていて…。
ホシノアキトさんは、この件についても一生懸命世間を説得しようと頑張っているけど、
表だっての差別こそないけど、かなり木連に対する敵意が育ち始めているって…。
…私達のせいで、とんでもないことになってしまった。
せめて、撃たれるのが私達だったら、まだ…。
「あの時死んじゃえばよかった…」
「…アサミ、そんなこと言っちゃだめよ」
「分かってる…分かってるよ、姉さん。
でも…」
さつきさんとレオナさんは、私達を守ろうとしてくれた。
ライザさんの言う通り、二人の気持ちをムダにしてはいけない。
生きてなきゃいけないの、それは分かってる…。
でも、私達のせいで二人が死んでしまったのは事実なのに誰も責めてくれなかった。
世間は私達に同情こそすれ、批判はしてくれなかった。
それがかえって、私達には苦しいことだった。
責めてくれれば、私達のせいだって認識させてくれれば、まだ救いがあった。
だって、それくらいしてくれなきゃ、
さつきさんとレオナさんの命が軽いってみんなが言ってるみたいで、耐えられないの…。
だから、せめて感情のまま泣いた。
それくらいしか、考えられなかった。
でも…この数日で涙も枯れてそれもできなくなって、薄情な自分がもっと嫌になった。
だから誰とも触れ合わないように籠っていることしかできなかった。
動くと、誰かと話すと、消えてしまいたいという気持ちを抑えきれないと思ったから…。
「眼上よ。
…入るわよ」
「どうぞ…」
ホシノアキトさんを育て上げた伝説のマネージャー、
そしてゴールドセインツのマネージャーである眼上さんが私達の部屋に入ってきた。
何度か入ってこようとした眼上さんを追い返したことがあるけど、もうそんな気力もなかった。
…でも、眼上さんは食事の時間にすら顔を出さなくなった私達に、
岡持ちでホシノアキトさんの作った中華料理を持ってきてくれた。
「すぐに元気を出しなさいっていうのは無理かもしれないけど、
何も食べないで弱っちゃったら、さつきちゃんとレオナちゃんも悲しがるわよ。
ほら、食べなさい」
もうもうと美味しそうな湯気を上げる料理に、私たちのお腹が鳴った。
昨日の朝から何も食べずにいたから、口の中によだれがあふれ出した。
でも…私達の心には、これを食べたいと思える余裕は全くなかった。
罪悪感に沈み込んでいたからじゃなくて…。
こんな私達でも救ってくれようとする、あのホシノアキトさんという、
英雄の心の温かさに、涙がこぼれてしまったからだった。
「う、ううっ…。
どうしてこんなことまでしてくれるんですか…。
わ、私達のせいでホシノアキトさんの大事な仲間を…」
「そ、そうですよ…。
私達を守ってくれるだけじゃなくてこんなことまで、してもらって…」
「…今回の事を、あなた達のせいだなんて誰も思ってないわよ。
だから泣いてほしくないし、せめて立ち直れるまでは一緒に居てほしいの。
そもそも、さつきちゃんとレオナちゃんを殺したのは敵でしょ。
二人はあなた達を一生懸命に助けたいって思ってただけなんだから」
「で、でも…。
私達の両親が…私達の無事を喜んでくれたのと同じように、
さつきさんとレオナさんにも、家族が居たんですよね…」
姉さんの言う通り…。
私達の命とさつきさんとレオナさんの命の価値に差はない。
…誰しも同じで、同じように悲しむ人がいる…。
私達は両親からの電話を…怒鳴り返すことしかできなかった。
私達の代わりに死んだ人が居たことを忘れてないかって、責め立てることしか…。
「…一瞬の判断を迫られた時には、
ベストな選択なんてできないこともあるわよ。
あなた達、さつきちゃんとレオナちゃんのご両親にいっぱい謝って、許してもらったわよね。
だったらこれ以上、苦しまなくていいの。
お腹が減ったら、食べていいの。
いつも通りに、食べて、笑って、遊んでいいの。
悲しいなら自由に泣いてもいい。
罪悪感は一生消せないと思う。
でも、生きることを放棄するほど苦しんだらダメよ。
死んでほしいなんて誰も思ってないんだから。
誰もそんなことは望んでない。
あなた達に関わった人たちは誰もそう思ってないと思うわ。
あなた達は胸を張って生きていていいのよ」
「ウォルフ先生も、ですか…?」
私は不意に、私達の暗殺失敗で殺されたと思うウォルフ先生の事を持ち出してしまった。
もはや私達の命を狙った人だったというのに…。
そんな人でも…そう思ってくれたとは思えないんだけど…。
「…そうだと思うわよ?
冷徹な人だったらあなた達を殺すことくらいなんとも思ってないはずだし、
アキト君たちの推測だと、口封じで敵に殺されただけで失敗を問われたってわけじゃなさそうだし。
成功しようがしまいが、殺されてたんじゃないかしらね。
生体ボソンジャンプの貴重なサンプル扱いして、狙う人はいるかもしれないけど…。
その人達だって、あなた達に死んでほしいなんて思ってないと思うわよ?
…自分を殺そうとした人まで持ち出すなんて、
無理くり自分の事を罪人みたいに言うのはどうかしらね?」
…考えてみればそうよね。
ウォルフ先生も「私は根無し草で家族は居ない」って言ってたし…。
ほんの少しだけ、肩の荷が下りた気がした…。
「ほら、冷めるわよ。
喋りたいなら食べてから。
アキト君も料理をベストな状態で食べてもらえないほうが寂しがるわよ」
「「は、はいっ!」」
私達はテーブルの上に置かれた料理を、奪い合うように食べ始めた。
もう生きる気力がなくなりそうだったのに、
ちょっと気持ちが軽くなっただけで次々に胃に食べ物が収まっていった。
消えたい気持ちはお腹が膨らむたびに少しずつなくなった。
自然に涙も笑顔もこぼれていたのは、現金な自分たちに呆れていたから、だけじゃなかったと思う…。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
全て食べ終わったかと思ったら、
眼上さんは途中でホシノアキトさんに追加注文までしてくれて、
さらに天津飯と焼きそばまで、二人とも一食ずつ平らげてしまった。
お腹いっぱいで、動けなくなってしまったけど…。
久しぶりに満腹以上に食べてしまって、私達は幸せな気持ちで壁にもたれた。
そんな私達を眼上さんはニコニコして見ていた。
「ちょっとは落ち着いた?」
「「は、はい…けふ」」
ドアからホシノアキトさんが覗き込んでいるのをみて、
私達ははっとして、だらしない顔を引き締めて背筋を伸ばした。
でも、ホシノアキトさんは嬉しそうにしているだけだった。
私達を気にかけてくれてたんだ…。
「…俺の料理でちょっとでも元気になってくれたら、
それだけで嬉しいよ。
じゃ、またね…」
ホシノアキトさんは、すぐに戻っていった。
誰よりも悲しんでそうだったのに…。
もう悲しみから立ち直ってるのかな…。
「…それじゃ、二人とも。
今日はゆっくりしてなさい。
そのお腹じゃ、もう今日は何もできないでしょ」
「あ、はい…えっと…眼上さんもホシノアキトさんも、
私達のためだけに…?」
「うちの事務所に移籍してきてくれたんだから当たり前でしょ?
それにアキト君もすぐに佐世保に戻るのも危ないから暇してるのよ。
ま、アイドルやめる場合でも、ことが落ち着くまでは一緒に居た方がいいでしょうけど…」
「「ご、ごめんなさい!
お手数をお掛けしてしまって!甘えてしまって!」」
「いいのよ。
…それにゴールドセインツも、二人が欠けて寂しくなってるし。
あなた達がよければ、さつきちゃんとレオナちゃんの代わりに加入してくれると、
みんな喜ぶかなって、こっちが本題だったんだけど…。
でも、あなた達がそれどころじゃなかったから」
「な、何から何まですみません…。
その話、お受けします…。
さつきさんとレオナさんの分まで…」
「ありがと。
でも、すぐに返事をもらえて嬉しいけど、勢いで決めちゃうのもちょっとね。
恩を売ってるみたいになっちゃうから仕切り直しましょ?
明日、もう一度聞きに来るわ。
それじゃ」
眼上さんは、そのまますぐに食器を片付けて出ていった。
満腹で動けない私達…ほ、ホントに何から何までしてもらっちゃった…。
「…アサミ、どう思う?」
「…受けようと思う。
さつきさんとレオナさんの分まで、出来ることをしたい…」
「…私もそう思うわ。
アイドル続けようにも、ここからじゃないと続けられないし。
一応連合軍とも相談は必要だけど…。
私達とボソンジャンプのことが明るみになったし、
表立ってまずいことはされないと思うわ。
一緒に頑張りましょ」
「うん!」
──もう、私達の心は決まっていた。
そしてその晩、私達は両親に電話をかけて、さつきさんとレオナさんのことで怒鳴ったことを謝った。
お父さんもお母さんも頷いてくれて、軽率な発言だったと謝ってくれた。
だから、私達も誓った。
これからも危ないことが続くかもしれないけど、
さつきさんとレオナさんの分まで頑張って生きていくって。
それが守ってくれた二人に、そしてお父さんとお母さんに恩を返すことになるんだからって。
そう言ったら、お父さんもお母さんも、何度も頷いてくれた。
そう、それが一番の、償いで…。
私達が、二人の分まで輝くアイドルになるのが…。
ウォルフ先生の元から離れた私達の、新しい夢だから…!
〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
ナデD版『早すぎる『さよなら』!』に当たりますね、この二話は。
明らかに重要だと思われる人物が急に消えてしまいます。
しかしその意思を引き継いだ人間が立ち上がるはず!
けどまぁ、その立ち直り方っていうのも結構危ういよなぁって大人になると思いますわ。
変に躁状態になるっていうか、その後鬱を誘発しそうっていうか。
敵との最終決戦が近いとはいえ、人が倒れすぎかなぁ…でも書いてたらこうなってしまった。
ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!
追伸
前の話で誤ってテレビ局から走って向かってたはずのライザが、
「お手洗いに行ってる間に北斗が居なくなった」って話をしてしまってます。
珍しいミス(´・ω・`)
〇代理人様への返信
>このあたりが死ぬとはさすがに思わなかったなあ・・・
>きたないさすが武説草さんきたない(ぉ
それほどでもないです(キリッ
ここまでが死ななすぎた反動ですね。劇ナデでアキトが豹変するくらいのアレです。
まあ、そうは言いながらも詰めが甘いんだよなぁ、劇ナデアキトも…。
>思い知らせてやるぞ…ホシノアキト…!
>こいつらいい加減諦めればいいのに(真顔)
普通は諦めますよね、冷静なビジネスマンなら。
まあ冷静なビジネスマンじゃなくて貴族みたいなもんですからそら無理かなって…。
~次回予告~
イツキです。
なんとか立ち直って、心機一転頑張っていきます!
とはっても、当面は合宿所に籠ってトレーニングに励むことになりそうですけど。
木星へ向かうナデシコDの中では犯人を捕まえるための推理が、
そして段々と敵の攻撃が苛烈になる中、ついにホシノアキトさんとアギトの戦いが始まる!?
名探偵コナンの新作映画をマジで一年待たされると思ってなかった作者が送る、
人がここまで死ななかった分を回収するのは露骨じゃないか?系ナデシコ二次創作、
をみんなで見て下さい!
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代理人の感想
目覚めろ、その魂(違)
しかしこう言う暗殺ものを考えると、マジでA級ジャンパー恐ろしすぎる。
ボソンジャンプ自体かく乱できない限り防ぐ手段が無いw
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